(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032959
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】演算装置
(51)【国際特許分類】
G06F 7/38 20060101AFI20230302BHJP
G06G 7/60 20060101ALI20230302BHJP
G06N 10/00 20220101ALI20230302BHJP
【FI】
G06F7/38 680
G06G7/60
G06N10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139350
(22)【出願日】2021-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】304000836
【氏名又は名称】学校法人 名古屋電気学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】五島 敬史郎
(72)【発明者】
【氏名】市原 悠嗣
(57)【要約】
【課題】演算装置のハードウェア構成を簡略化する。
【解決手段】イジングモデル演算装置1は、複数のパラメトリック共振回路2と、複数の配線3と、複数の相互作用回路4とを備える。パラメトリック共振回路2は、コイル12と時変キャパシタ13とを含む。複数のパラメトリック共振回路2は、予め設定された共振周波数で共振するように構成される。複数の配線3は、第1パラメトリック共振回路と第2パラメトリック共振回路とを接続し、複数のパラメトリック共振回路2のそれぞれについて少なくとも1つ設けられる。複数の相互作用回路4は、配線3によって形成される通電経路上に配置されて、第1,2パラメトリック共振回路間の相互作用を設定するように構成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イジングモデルを利用した演算を実行する演算装置であって、
予め設定された共振周波数で共振するように構成された複数の共振回路と、
複数の前記共振回路のうち、任意の1つの前記共振回路を第1共振回路とし、前記第1共振回路とは異なる1つの前記共振回路を第2共振回路として、前記第1共振回路と前記第2共振回路とを接続し、複数の前記共振回路のそれぞれについて少なくとも1つ設けられる複数の配線と、
複数の前記配線のそれぞれについて、前記配線によって形成される通電経路上に配置されて、前記第1共振回路と前記第2共振回路との間の相互作用を設定するように構成された複数の相互作用回路とを備え、
前記共振回路は、少なくとも、コイルとキャパシタとを含む演算装置。
【請求項2】
請求項1に記載の演算装置であって、
前記相互作用回路は、少なくとも、抵抗器と、前記抵抗器に対して直列接続されたスイッチとを含む演算装置。
【請求項3】
請求項1に記載の演算装置であって、
前記相互作用回路は、少なくとも、時間遅延回路と、前記時間遅延回路に対して直列接続されたスイッチとを含む演算装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イジングモデルを模擬した演算を実行する演算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イジングモデルを利用して組み合わせ最適化問題を解く演算装置として、カナダのD-WAVE社により開発されたイジングマシンが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。このイジングマシンは、超電導状態でのみ出現する特殊なスピンを利用して、2000ビットの並列計算を実現している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】西森秀稔、「量子アニーリングの現状と展望」、電気情報通信学会誌、vol. 103, No. 3, pp. 264-266. 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に記載の上記イジングマシンは、超電導状態でのみ起こる物理現象を利用するために-270℃以下の極低温が必要であり、装置も大型になり使用用途が限られる。
【0005】
本開示は、イジングモデルを模擬した演算装置のハードウェア構成を簡略化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様は、イジングモデルを利用した演算を実行する演算装置であって、複数の共振回路と、複数の配線と、複数の相互作用回路とを備え、共振回路は、少なくとも、コイルとキャパシタとを含む。
【0007】
複数の共振回路は、予め設定された共振周波数で共振するように構成される。
複数の配線は、第1共振回路と第2共振回路とを接続し、複数の共振回路のそれぞれについて少なくとも1つ設けられる。第1共振回路は、複数の共振回路のうち、任意の1つの共振回路である。第2共振回路は、複数の共振回路のうち、第1共振回路とは異なる1つの共振回路である。
【0008】
複数の相互作用回路は、複数の配線のそれぞれについて、配線によって形成される通電経路上に配置されて、第1共振回路と第2共振回路との間の相互作用を設定するように構成される。
【0009】
このように構成された本開示の演算装置は、複数の共振回路における発振の位相を0[rad]またはπ[rad]に設定することによって、複数の共振回路のそれぞれについて、イジングモデルのスピンを「上向きのスピン」または「下向きのスピン」に設定し、イジングモデルのスピンの向きを模擬することができる。そして、本開示の演算装置は、複数の共振回路を用いてイジングモデルのスピンの向きを模擬することができるため、常温動作が可能であり、特別な冷却装置を不要とすることができる。このため、本開示の演算装置は、演算装置のハードウェア構成を簡略化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1実施形態のイジングモデル演算装置の概略構成を示す図である。
【
図2】パラメトリック共振回路の回路図と、時変キャパシタの回路図と、時変キャパシタの静電容量の逆バイアス電圧依存性を示すグラフである。
【
図3】パラメトリック共振回路の発振のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図4】第1実施形態の相互作用回路の構成を示す回路図である。
【
図5】3つのスピンで構成されるイジングモデルを示す図である。
【
図6】3つのスピンの全ての組み合わせで算出されたエネルギーを示す図表である。
【
図7】3つのスピンで構成されるイジングモデルを模擬したイジングモデル演算装置の構成を示す回路図である。
【
図8】イジングモデル演算装置を構成する3つのパラメトリック共振回路の発振のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図9】イジングモデル演算装置におけるエネルギーおよびスピン分布の時間変化を示す図である。
【
図10】第2実施形態のイジングモデル演算装置の概略構成を示す図である。
【
図11】第2実施形態の相互作用回路の構成を示す回路図である。
【
図12】第2実施形態のイジングモデルを示す図である。
【
図13】第2実施形態において3つのスピンの全ての組み合わせで算出されたエネルギーを示す図表である。
【
図14】第2実施形態において3つのパラメトリック共振回路の発振のシミュレーション結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第1実施形態]
以下に本開示の第1実施形態を図面とともに説明する。
本実施形態のイジングモデル演算装置1は、
図1に示すように、複数のパラメトリック共振回路2を二次元格子状に配置して構成される。本実施形態のイジングモデル演算装置1では、横方向D1に沿って10個のパラメトリック共振回路2が配列され、縦方向D2に沿って10個のパラメトリック共振回路2が配列されている。
【0012】
パラメトリック共振回路2は、
図2に示すように、抵抗器11と、コイル12と、時変キャパシタ13とを備える。パラメトリック共振回路2は、共振周波数ω
cのRLC並列回路である。
【0013】
パラメトリック共振回路2は、第1端子14と第2端子15とを備える。第1端子14は、抵抗器11の第1端と、コイル12の第1端と、時変キャパシタ13の第1端とが接続される。第2端子15は、抵抗器11の第2端と、コイル12の第2端と、時変キャパシタ13の第2端とが接続される。
【0014】
時変キャパシタ13は、可変容量ダイオード21,22,23,24と、直流電源25と、交流電源26と、第1端子27と、第2端子28とを備える。
可変容量ダイオード21のアノードは、可変容量ダイオード23のカソードに接続される。可変容量ダイオード21のカソードは、可変容量ダイオード22のカソードに接続される。
【0015】
可変容量ダイオード22のアノードは、可変容量ダイオード24のカソードに接続される。可変容量ダイオード23のアノードは、可変容量ダイオード24のアノードに接続される。
【0016】
直流電源25の正極25aは、可変容量ダイオード21のカソードと可変容量ダイオード22のカソードとの接続点13aに接続される。直流電源25の負極25bは、交流電源26の第1出力端子26aに接続される。交流電源26の第2出力端子26bは、可変容量ダイオード23のアノードと可変容量ダイオード24のアノードとの接続点13bに接続される。
【0017】
第1端子27は、可変容量ダイオード22のアノードと可変容量ダイオード24のカソードとの接続点13cに接続される。第2端子28は、可変容量ダイオード21のアノードと可変容量ダイオード23のカソードとの接続点13dに接続される。
【0018】
図2のグラフG1に示すように、時変キャパシタ13の静電容量は、接続点13aと接続点13bとの間に印加される逆バイアス電圧に応じて変化する。
なお、RLC並列回路において共振系のパラメータを時間的に変化させるとパラメトリック発振が起きる。また、共振角周波数の2倍でパラメータを時間的に変化させると最も強いパラメトリック発振が起きる。交流電源26は、共振角周波数ω
cの2倍の角周波数(すなわち、2ω
c)で電圧が変化する。このため、時変キャパシタ13は、共振角周波数ω
cの2倍の角周波数で静電容量が周期的に変化する。
【0019】
具体的には、時変キャパシタ13の静電容量C(t)をC0(1+2Γsin2ωt)で変化(すなわち、C0を中心にして、振幅2ΓC0、角周波数2ωで変化)させると、「Γ2>1/Q2+δ2」が成立した場合に、パラメトリック発振が起きる。ここで、Q=R×(L/C)1/2、δ=1-ωc
2/ω2であり、通常、発振が起きやすいようにするために、抵抗器11の抵抗値を十分大きくし、ωを共振角周波数ωcにする。
【0020】
パラメトリック共振回路2は、第1端子14を接地し、第2端子15の初期電圧を正(例えば、+1V)にすることによって発振の位相を0[rad]に設定することができ、第2端子15の初期電圧を負(例えば、-1V)にすることによって発振の位相をπ[rad]に設定することができる。なお、初期電圧は、パラメトリック共振回路2の動作開始時から所定時間(例えば、100μs)が経過するまで継続して印加される。すなわち、パラメトリック共振回路2の動作開始時から所定時間が経過すると、初期電圧の印加が停止される。
【0021】
図3は、LTspiceを用いてパラメトリック共振回路2の電圧変化をシミュレーションした結果を示すグラフである。LTspiceは、電子回路の動作をシミュレーションするソフトウェアである。LTspiceは、登録商標である。
【0022】
初期電圧を正にすることによってグラフG2に示すシミュレーション結果が得られ、初期電圧を負にすることによってグラフG3に示すシミュレーション結果が得られた。
グラフG2,G3における曲線L21,L31は、交流電源26の出力電圧の時間変化を示す。グラフG2,G3における曲線L22,L32は、パラメトリック共振回路2における第1端子14と第2端子15との間の出力電圧の時間変化を示す。
【0023】
グラフG2は、パラメトリック共振回路2の発振の位相が0[rad]であるときのシミュレーション結果である。
グラフG3は、パラメトリック共振回路2の発振の位相がπ[rad]であるときのシミュレーション結果である。
【0024】
グラフG2,G3に示すように、シミュレーションによって、励振角周波数が2ωである場合において、角周波数がωであり且つ位相が0[rad]またはπ[rad]である発振を確認することができた。また、発振を止めると、通常のRLC回路の減衰振動が起き、位相の状態が保持される。
【0025】
このため、パラメトリック共振回路2の発振によって、イジングモデルのスピンの向きを模擬することができる。すなわち、位相が0[rad]となる発振を「上向きのスピン」、位相がπ[rad]となる発振を「下向きのスピン」とする。
【0026】
図1に示すように、イジングモデル演算装置1を構成する複数のパラメトリック共振回路2はそれぞれ、互いに隣接するパラメトリック共振回路2と配線3を介して接続されている。
【0027】
例えば、パラメトリック共振回路2aは、横方向D1に沿ってパラメトリック共振回路2dおよびパラメトリック共振回路2eに隣接し、縦方向D2に沿ってパラメトリック共振回路2bおよびパラメトリック共振回路2cに隣接している。
【0028】
そしてパラメトリック共振回路2aは、配線3bを介してパラメトリック共振回路2bに接続される。同様にパラメトリック共振回路2aは、配線3c,3d,3eを介してパラメトリック共振回路2c,2d,2eに接続される。
【0029】
なお、配線3b,3c,3d,3eにおいてパラメトリック共振回路2b,2c,2d,2eに接続されていない側の端部は、接続点Paに接続される。そして、パラメトリック共振回路2aの第2端子15は、接続点Paに接続される。また、パラメトリック共振回路2aの第1端子14は、接地される。
【0030】
また、複数の配線3のそれぞれによって形成される通電経路上には、相互作用回路4が配置される。
相互作用回路4は、
図4に示すように、抵抗器31,32と、スイッチ33と、第1端子34と、第2端子35とを備える。本実施形態では、抵抗器31,32の抵抗値Rは50kΩである。
【0031】
抵抗器31の第1端は第1端子34に接続される。抵抗器31の第2端は、スイッチ33の第1端に接続される。スイッチ33の第2端は、抵抗器32の第1端に接続される。抵抗器32の第2端は第2端子35に接続される。
【0032】
次に、イジングモデルについて説明する。
イジングモデルは、磁性体におけるスピンの振舞いを示す統計力学上のモデルである。イジングモデルでは、磁性体のエネルギーHが、式(1)で示すハミルトニアンで表現される。
【0033】
【0034】
式(1)におけるσiおよびσjはそれぞれ、i番目およびj番目のスピンである。σiおよびσjは、+1または-1の値となる。「+1」は上向きのスピンであることを示し、「-1」は下向きのスピンであることを示す。
【0035】
式(1)におけるJijは、i番目のスピンとj番目のスピンとの間の相互作用の強さを示す係数である。なお、強磁性体の条件はJij>0であり、反強磁性体の条件はJij<0である。
【0036】
ここで、
図5に示すように、3つのスピンσ
1,σ
2,σ
3で構成されるイジングモデルM1を検討する。イジングモデルM1は、強磁性体におけるスピンを模擬するために、J
12=J
23=J
31=+1と設定する。
【0037】
例えば、
図5のイジングモデルM1では、σ
1=+1、σ
2=+1、σ
3=-1である。このため、磁性体のエネルギーHは、式(2)で示すように、+1である。
H=-(J
12σ
1σ
2+J
23σ
2σ
3+J
31σ
3σ
1)
=-{(+1)+(-1)+(-1)}=+1 ・・・(2)
このようにしてσ
1,σ
2,σ
3の全ての組み合わせで算出されたエネルギーHを
図6に示す。
【0038】
図6に示すように、σ
1=σ
2=σ
3=-1である場合と、σ
1=σ
2=σ
3=+1である場合とにおいて、エネルギーH=-3となる。一方、それ以外のスピンの組み合わせである場合において、エネルギーH=+1となる。したがって、σ
1=σ
2=σ
3=-1である場合と、σ
1=σ
2=σ
3=+1である場合とが最適解(すなわち、基底状態)である。
【0039】
図7に示すイジングモデル演算装置101は、
図5のイジングモデルM1を3個のパラメトリック共振回路102,103,104で模擬している。
イジングモデル演算装置101は、パラメトリック共振回路102,103,104と、3本の配線105,106,107と、相互作用回路108,109,110とを備える。
【0040】
パラメトリック共振回路102,103,104は、パラメトリック共振回路2と同様に、抵抗器11と、コイル12と、時変キャパシタ13と、第1端子14と、第2端子15とを備えるRLC並列回路である。
【0041】
そして、パラメトリック共振回路102とパラメトリック共振回路103とは、配線105を介して互いに接続される。パラメトリック共振回路103とパラメトリック共振回路104とは、配線106を介して互いに接続される。パラメトリック共振回路104とパラメトリック共振回路102とは、配線107を介して互いに接続される。
【0042】
なお、配線105の第1端と配線107の第2端との接続点101aには、パラメトリック共振回路102の第2端子15が接続される。配線105の第2端と配線106の第1端との接続点101bには、パラメトリック共振回路103の第2端子15が接続される。配線106の第2端と配線107の第1端との接続点101cには、パラメトリック共振回路104の第2端子15が接続される。
【0043】
また、パラメトリック共振回路102,103,104の第1端子14は接地される。
相互作用回路108,109,110は、相互作用回路4と同一である。相互作用回路108,109,110はそれぞれ、配線105,106,107によって形成される通電経路上に配置される。
【0044】
図8は、イジングモデル演算装置101におけるパラメトリック共振回路102,103,104の電圧変化を、LTspiceを用いてシミュレーションした結果を示すグラフである。グラフG4の曲線L41,L42,L43はそれぞれ、パラメトリック共振回路102,103,104の出力電圧の時間変化を示す。
【0045】
図8に示すように、時間が0~10μsのときには、パラメトリック共振回路102の発振の位相がπ[rad]で、パラメトリック共振回路103,104の発振の位相が0[rad]となっている。
【0046】
そして15μsのときに、交流電源26による励振を停止し、相互作用回路108,109,110のスイッチ33をオン状態にすると、パラメトリック共振回路102,103,104の間で相互作用が発生する。その結果、パラメトリック共振回路102,103,104の発振の位相が0[rad]となる。このため、イジングモデル演算装置101は、強磁性体においてσ1=+1、σ2=+1、σ3=-1である状態(すなわち、エネルギーの高い状態)から、σ1=+1、σ2=+1、σ3=+1である最小値(H=-3)の状態(すなわち、基底状態)への遷移を再現することができる。
【0047】
次に、イジングモデル演算装置1におけるエネルギーHの時間変化と、イジングモデル演算装置1におけるスピン分布の時間変化とを、LTspiceを用いてシミュレーションした結果を説明する。
【0048】
図9のグラフG5に示すように、シミュレーション開始時(すなわち、0μsのとき)には、エネルギーHは0近傍である。そして、約80μsのときには、エネルギーHが約-150になる。そして最終的には、エネルギーHが最小値(すなわち、約-180)になる。
【0049】
図9のスピン分布SD1,SD2,SD3,SD4,SD5はそれぞれ、グラフG5における点P1,P2,P3,P4,P5の時点でのイジングモデル演算装置1のスピン分布を示す。
【0050】
スピン分布SD1~SD5では、横方向D1に沿って10個のマス目が配列され、且つ、縦方向D2に沿って10個のマス目が配列されるようにして、合計100個のマス目が二次元行列状に配列されている。100個のマス目のそれぞれが、1個のパラメトリック共振回路2に対応している。
【0051】
スピン分布SD1~SD5において、ハッチングが施されたマス目は、スピンが+1であり、ハッチングが施されていないマス目は、スピンが-1である。
スピン分布SD1に示すように、シミュレーション開始時(すなわち、0μsのとき)には、スピンが+1であるマス目の数と、スピンが-1であるマス目の数とが、ほぼ同じである。本実施形態では、初期設定として、スピンが+1であるマス目を53個、スピンが-1であるマス目を47個とした。また、23μsにおいて、相互作用回路4のスイッチ33をオン状態にして計算を開始した。
【0052】
その後、スピン分布SD2~SD5に示すように、時間が経過するにつれて、スピンが+1であるマス目の数が増加し、最終的に、全てのマス目で、スピンが+1となる。従って、イジングモデル演算装置1によって強磁性体の性質を再現することができる。
【0053】
このように構成されたイジングモデル演算装置1は、イジングモデルを利用した演算を実行し、複数のパラメトリック共振回路2と、複数の配線3と、複数の相互作用回路4とを備える。そしてパラメトリック共振回路2は、少なくとも、コイル12と時変キャパシタ13とを含む。
【0054】
複数のパラメトリック共振回路2は、予め設定された共振角周波数ωcで共振するように構成される。
複数の配線3は、第1パラメトリック共振回路と第2パラメトリック共振回路とを接続し、複数のパラメトリック共振回路2のそれぞれについて少なくとも1つ設けられる。
【0055】
第1パラメトリック共振回路は、複数のパラメトリック共振回路2のうち、任意の1つのパラメトリック共振回路2である。第2パラメトリック共振回路は、複数のパラメトリック共振回路2のうち、第1パラメトリック共振回路とは異なる1つのパラメトリック共振回路2である。例えば、
図1に示すように、パラメトリック共振回路2aを第1パラメトリック共振回路とすると、第2パラメトリック共振回路は、パラメトリック共振回路2b,2c,2d,2eである。そして配線3b,3c,3d,3eは、パラメトリック共振回路2aについて設けられた配線3である。
【0056】
複数の相互作用回路4は、複数の配線3のそれぞれについて、配線3によって形成される通電経路上に配置されて、第1パラメトリック共振回路と第2パラメトリック共振回路との間の相互作用を設定するように構成される。
【0057】
このようなイジングモデル演算装置1は、複数のパラメトリック共振回路2における発振の位相を0[rad]またはπ[rad]に設定することによって、複数のパラメトリック共振回路2のそれぞれについて、イジングモデルのスピンを「上向きのスピン」または「下向きのスピン」に設定し、イジングモデルのスピンの向きを模擬することができる。そしてイジングモデル演算装置1は、複数のパラメトリック共振回路2を用いてイジングモデルのスピンの向きを模擬することができるため、常温動作が可能であり、特別な冷却装置を不要とすることができる。このため、イジングモデル演算装置1は、イジングモデル演算装置1のハードウェア構成を簡略化することができる。
【0058】
また相互作用回路4は、少なくとも、抵抗器31,32と、抵抗器31,32に対して直列接続されたスイッチ33とを含む。これにより、イジングモデル演算装置1は、強磁性体の性質を再現することができる。
【0059】
以上説明した実施形態において、イジングモデル演算装置1は演算装置に相当し、共振角周波数ωcは共振周波数に相当し、パラメトリック共振回路2は共振回路に相当し、時変キャパシタ13はキャパシタに相当する。
【0060】
[第2実施形態]
以下に本開示の第2実施形態を図面とともに説明する。なお第2実施形態では、第1実施形態と異なる部分を説明する。共通する構成については同一の符号を付す。
【0061】
第2実施形態のイジングモデル演算装置201は、パラメトリック共振回路202,203,204と、配線205,206,207と、相互作用回路208,209,210とを備える。
【0062】
パラメトリック共振回路202,203,204は、パラメトリック共振回路2と同様に、抵抗器11と、コイル12と、時変キャパシタ13と、第1端子14と、第2端子15とを備えるRLC並列回路である。
【0063】
そして、パラメトリック共振回路202とパラメトリック共振回路203とは、配線205を介して互いに接続される。パラメトリック共振回路203とパラメトリック共振回路204とは、配線206を介して互いに接続される。パラメトリック共振回路204とパラメトリック共振回路202とは、配線207を介して互いに接続される。
【0064】
なお、配線205の第1端と配線207の第2端との接続点201aには、パラメトリック共振回路202の第2端子15が接続される。配線205の第2端と配線206の第1端との接続点201bには、パラメトリック共振回路203の第2端子15が接続される。配線206の第2端と配線207の第1端との接続点201cには、パラメトリック共振回路204の第2端子15が接続される。
【0065】
また、パラメトリック共振回路202,203,204の第1端子14は接地される。
相互作用回路208は、
図11に示すように、相互作用回路4と同一である。相互作用回路209,210は、抵抗器41,42と、スイッチ43,44と、時間遅延回路45と、第1端子46と、第2端子47とを備える。
【0066】
抵抗器41の第1端は第1端子46に接続される。抵抗器41の第2端は、スイッチ43の第1端に接続される。スイッチ43の第2端は、時間遅延回路45の第1端に接続される。
【0067】
時間遅延回路45の第2端は、スイッチ44の第1端に接続される。スイッチ44の第2端は、抵抗器42の第1端に接続される。抵抗器42の第2端は第2端子47に接続される。
【0068】
本実施形態では、抵抗器41,42の抵抗値Rnは50kΩである。
反強磁性体は強磁性体と逆の性質を有する。このため、互いに隣接する2つのパラメトリック共振回路2の間で、信号が伝搬する時間を半周期遅延させることにより、反強磁性体を表現することができる。このため、時間遅延回路45の遅延時間は、パラメトリック共振回路2の共振周期の半分に設定される。
【0069】
抵抗器41の抵抗値と抵抗器42の抵抗値とは互いに等しい。そして、時間遅延回路45の特性インピーダンスZ0は、信号の反射を抑制するために、抵抗器41,42の抵抗値Rnと等しくなるように設定される。本実施形態では、時間遅延回路45の遅延時間Tdは3.846μsである。
【0070】
これにより、相互作用回路209,210は、i番目のスピンとj番目のスピンとの間で、反強磁性体における相互作用の強さ(すなわち、Jij<0)を設定することができる。
【0071】
図10に示すように、相互作用回路208,209,210はそれぞれ、配線205,206,207によって形成される通電経路上に配置される。
イジングモデル演算装置201は、
図12に示すイジングモデルM2を模擬している。
【0072】
図12に示すように、イジングモデルM2は、J
12=J
31=-1、J
23=+1と設定する。
例えば、
図12のイジングモデルM2では、σ
1=+1、σ
2=+1、σ
3=-1である。このため、磁性体のエネルギーHは、式(3)で示すように、+1である。
【0073】
H=-(J
12σ
1σ
2+J
23σ
2σ
3+J
31σ
3σ
1)
=-{(-1)+(-1)+(+1)}=+1 ・・・(3)
このようにしてσ
1,σ
2,σ
3の全ての組み合わせで算出されたエネルギーHを
図13に示す。
【0074】
図13に示すように、σ
1=-1,σ
2=σ
3=+1である場合と、σ
1=+1,σ
2=σ
3=-1である場合とにおいて、エネルギーH=-3となる。一方、それ以外のスピンの組み合わせである場合において、エネルギーH=+1となる。したがって、σ
1=-1,σ
2=σ
3=+1である場合と、σ
1=+1,σ
2=σ
3=-1である場合とが最適解(すなわち、基底状態)である。
【0075】
図14は、イジングモデル演算装置201におけるパラメトリック共振回路202,203,204の電圧変化を、LTspiceを用いてシミュレーションした結果を示すグラフである。グラフG6の曲線L61,L62,L63はそれぞれ、パラメトリック共振回路202,203,204の出力電圧の時間変化を示す。
【0076】
図14に示すように、時間が0~20μsのときには、パラメトリック共振回路202の発振の位相がπ[rad]で、パラメトリック共振回路203,204の発振の位相が0[rad]となっている。
【0077】
そして20μsのときに、交流電源26による励振を停止し、相互作用回路208のスイッチ33と相互作用回路209,210のスイッチ43,44とをオン状態にすると、パラメトリック共振回路202,203,204の間で相互作用が発生する。その結果、パラメトリック共振回路202,203の発振の位相がπ[rad]となり、パラメトリック共振回路204の発振の位相が0[rad]となる。このため、イジングモデル演算装置201は、σ1=+1、σ2=+1、σ3=-1である状態(すなわち、エネルギーの高い状態)から、σ1=+1、σ2=-1、σ3=-1である最小値(H=-3)の状態(すなわち、基底状態)への遷移を再現することができる。
【0078】
このようなイジングモデル演算装置201において、相互作用回路209,210は、少なくとも、時間遅延回路45と、時間遅延回路45に対して直列接続されたスイッチ43,44とを含む。これにより、イジングモデル演算装置201は、反強磁性体の性質を再現することができる。
【0079】
以上、本開示の一実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に限定されるものではなく、種々変形して実施することができる。
[変形例1]
例えば上記実施形態では、複数のパラメトリック共振回路2を二次元格子状に配置して構成される形態を示したが、三次元格子状に配置されていてもよい。また、格子状の配置に限定されるものではなく、複数のパラメトリック共振回路2が配置されて配線3を介して接続されているものであればよい。
【0080】
[変形例2]
上記実施形態では、時変キャパシタ13は、共振角周波数ωcの2倍の周期で静電容量が周期的に変化する形態を示した。しかし、時変キャパシタ13において静電容量が変化する周期は、共振角周波数ωcの2倍に限定されるものではなく、共振角周波数ωcの整数倍(周波数誤差δを含む)であればよい。
【0081】
[変形例3]
上記第2実施形態では、抵抗器31,32とスイッチ33とを備える相互作用回路4と、抵抗器41,42とスイッチ43,44と時間遅延回路45とを備える相互作用回路4とが混在する形態を示した。しかし、模擬するイジングモデルに応じて、強磁性体相互作用(すなわち、J>0)を設定する相互作用回路4と、反強磁性体相互作用(すなわち、J<0)を設定する相互作用回路4とを自由に切り替えることができる。
【0082】
[変形例4]
上記実施形態では、コイルのインダクタを固定し、キャパシタ容量の時間的変化を利用してパラメトリック共振回路2のパラメトリック発振を実現している。しかし、パラメトリック共振回路2のキャパシタ容量を固定し、コイルのインダクタの時間的変化を利用してもパラメトリック発振が実現可能である。
【0083】
上記実施形態における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加または置換してもよい。
【符号の説明】
【0084】
1,201…イジングモデル演算装置、2,202,203,204…パラメトリック共振回路、3,205,206,207…配線、4,208,209,210…相互作用回路、12…コイル、13…時変キャパシタ