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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023003315
(43)【公開日】2023-01-11
(54)【発明の名称】コロナウイルスワクチン
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/215 20060101AFI20221228BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20221228BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20221228BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20221228BHJP
   A61K 31/711 20060101ALI20221228BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20221228BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20221228BHJP
   C07K 14/165 20060101ALN20221228BHJP
   C12N 15/50 20060101ALN20221228BHJP
   C12N 15/85 20060101ALN20221228BHJP
【FI】
A61K39/215 ZNA
A61P37/04
A61K48/00
A61K31/7088
A61K31/711
A61K31/7105
A61K35/76
C07K14/165
C12N15/50
C12N15/85 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021104415
(22)【出願日】2021-06-23
(71)【出願人】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(71)【出願人】
【識別番号】505048482
【氏名又は名称】株式会社IDファーマ
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】石井 洋
(72)【発明者】
【氏名】俣野 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】草野 好司
(72)【発明者】
【氏名】島崎 竜太郎
(72)【発明者】
【氏名】森 豊隆
【テーマコード(参考)】
4C084
4C085
4C086
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA13
4C084MA02
4C084MA59
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZB09
4C085AA03
4C085BA71
4C085BB11
4C085CC08
4C085EE01
4C085EE03
4C085GG03
4C085GG10
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA59
4C086MA66
4C086NA14
4C086ZB09
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC83
4C087CA20
4C087MA59
4C087MA66
4C087NA14
4C087ZB09
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA01
4H045DA86
4H045EA31
(57)【要約】
【課題】本発明はコロナワクチン、その製造方法、およびその使用を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、コロナウイルスの非スパイク蛋白質を標的抗原とするワクチン組成物であって、該標的抗原蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチン組成物その製造方法、およびその使用を提供する。本発明のワクチンは、スパイク抗原非依存的にコロナウイルスに対する防御効果を発揮し、中和抗体に必ずしも依存せず、T細胞応答、特にCD8+ T細胞応答の誘導を介してその効果を発揮する。スパイク抗原に対する中和抗体を誘導するワクチンは、スパイク蛋白質の変異体の出現による効果の低下が懸念されるが、本発明のワクチンはその問題を克服する新たなワクチンとして有用である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コロナウイルスの非スパイク(S)蛋白質を標的抗原とするワクチン組成物であって、該標的抗原蛋白質または該標的抗原蛋白質を発現する核酸を含み、該標的抗原蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチン組成物。
【請求項2】
T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
非S蛋白質が、該コロナウイルスのヌクレオカプシド(N)、メンブレン(M)、エンベロープ(E)からなる群より選択される蛋白質である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
該コロナウイルスのN蛋白質または該蛋白質を発現する核酸を少なくとも含む、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを含むか、または該蛋白質をすべて発現する1つまたは複数の核酸を含む、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
該標的抗原蛋白質が1つまたは複数のベクターから発現される、請求項1から5のいずれかに記載の組成物。
【請求項7】
該ベクターの少なくとも1つがDNAベクターである、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
筋肉内投与により投与する、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
該ベクターの少なくとも1つがマイナス鎖RNAウイルスベクターである、請求項6に記載の組成物。
【請求項10】
該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
経鼻投与により投与する、請求項9または10に記載の組成物。
【請求項12】
請求項7または8に記載の組成物に含まれるDNAベクターと請求項9から11のいずれかに記載の組成物に含まれるマイナス鎖RNAウイルスベクターとを組み合わせて接種するために用いる、請求項7から11のいずれかに記載の組成物。
【請求項13】
請求項7または8に記載のワクチン組成物を接種後に、請求項9から11のいずれかに記載のワクチン組成物を接種するために用いる、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
請求項7または8に記載のワクチン組成物の最初の接種と請求項9から11のいずれかに記載のワクチン組成物の接種との間隔を3週間またはそれ以上とする、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
コロナウイルスがSARS-CoV-2である、請求項1から14のいずれかに記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコロナウイルスワクチン、その製造および利用等に関する。
【背景技術】
【0002】
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)により引き起こされるコロナウイルス感染症2019(COVID-19)は急速な広がりを見せ、パンデミックが引き起こされている。無症候性の感染者から生じうるSARS-CoV-2の伝播を制御することは困難であり(Moghadas, S. M., et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 117:17513-17515, 2020 (非特許文献1); Nikolai, L. A., et al. Int. J. Infect. Dis. 100:112-116, 2020 (非特許文献2))、COVID-19パンデミックを制御するには、効果的なワクチンの開発が鍵となる。 mRNAやウイルスベクターを用いたいくつかの有効なワクチンが急速に開発され、現在、臨床的に使用されている(Jackson, L. A., et al. N. Engl. J. Med. 383:1920-1931, 2020 (非特許文献3); Polack, F. P., et al. N. Engl. J. Med. 383:2603-2615, 2020 (非特許文献4); Voysey, M., et al. Lancet 397:99-111, 2021 (非特許文献5))。これらのワクチンは筋肉内投与され、効果的な抗SARS-CoV-2中和抗体(NAb)を誘導する(Walsh, E.E., et al. N. Engl. J. Med. 383:2439-2450, 2020 (非特許文献6); Ramasamy, M. N., et al. Lancet 396:1979-1993, 2021 (非特許文献7))。この中和には、スパイク(S)抗原の受容体結合ドメイン(RBD)を標的とする抗体が中心的な役割を果たす(Barnes, C. O., et al. Nature 588;682-687, 2020 (非特許文献8); Yuan, M., et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 538:192-203, 2021 (非特許文献9))。これらのワクチンが完全な防御をもたらす可能性は依然不明であるものの、COVID-19の発症と進行に対する有意な有効性が示されている(Jackson, L. A., et al. N. Engl. J. Med. 383:1920-1931, 2020 (非特許文献10); Polack, F. P., et al. N. Engl. J. Med. 383:2603-2615, 2020 (非特許文献11); Voysey, M., et al. Lancet 397:99-111, 2021 (非特許文献12))。
【0003】
現在開発されているSARS-CoV-2のスパイク(S)抗原特異的中和抗体を誘導するワクチンは大きな効果を発揮している。しかしながら、ワクチンによって誘導された中和抗体に対して抵抗性のS変異を持つウイルスの出現が懸念される。実際、近年SARS-CoV-2の変異体の報告が相次ぎ、ワクチン誘導中和抗体(Nab)抵抗性S変異体の出現が大きな問題となっている(Tegally, H., et al. Nature 592:438-443, 2021 (非特許文献13); Boehm, E., et al. Clin. Microbiol. Infect. S1198-743X(21)00262-7, 2021 (非特許文献14))。伝播性の増加や中和感受性の低下を伴ういくつかの変異体は、懸念される変異体(variants of concern; VOC)と呼ばれ、精力的に調査が行われている(Korber, B., et al. Cell 182:812-827.e19, 2020 (非特許文献15); Supasa, P., et al. Cell 184:2201-2211.e7, 2021 (非特許文献16); Liu, H., et al. Cell Res. 31: 720-722, 2021 (非特許文献17))。例えば、B.1.351は、COVID-19患者の回復期血漿だけでなく、ワクチン接種者の血漿でも中和に対する感受性の低下を示すことが知られている(Zhou, D., et al. Cell 184:2348-2361.e6, 2021 (非特許文献18))。これらのNAb抵抗性の変異体に対しても有効な免疫応答を誘導できるワクチンを開発することが重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Moghadas, S. M., et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 117:17513-17515, 2020
【非特許文献2】Nikolai, L. A., et al. Int. J. Infect. Dis. 100:112-116, 2020
【非特許文献3】Jackson, L. A., et al. N. Engl. J. Med. 383:1920-1931, 2020
【非特許文献4】Polack, F. P., et al. N. Engl. J. Med. 383:2603-2615, 2020
【非特許文献5】Voysey, M., et al. Lancet 397:99-111, 2021
【非特許文献6】Walsh, E.E., et al. N. Engl. J. Med. 383:2439-2450, 2020
【非特許文献7】Ramasamy, M. N., et al. Lancet 396:1979-1993, 2021
【非特許文献8】Barnes, C. O., et al. Nature 588;682-687, 2020
【非特許文献9】Yuan, M., et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 538:192-203, 2021
【非特許文献10】Jackson, L. A., et al. N. Engl. J. Med. 383:1920-1931, 2020
【非特許文献11】Polack, F. P., et al. N. Engl. J. Med. 383:2603-2615, 2020
【非特許文献12】Voysey, M., et al. Lancet 397:99-111, 2021
【非特許文献13】Tegally, H., et al. Nature 592:438-443, 2021
【非特許文献14】Boehm, E., et al. Clin. Microbiol. Infect. S1198-743X(21)00262-7, 2021
【非特許文献15】Korber, B., et al. Cell 182:812-827.e19, 2020
【非特許文献16】Supasa, P., et al. Cell 184:2201-2211.e7, 2021
【非特許文献17】Liu, H., et al. Cell Res. 31: 720-722, 2021
【非特許文献18】Zhou, D., et al. Cell 184:2348-2361.e6, 2021
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新たなコロナワクチン、その製造方法、およびその使用を提供することを課題とする。特に本発明は、コロナウイルスの非スパイク蛋白質を標的抗原とするワクチン組成物であって、該標的抗原蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチン組成物その製造方法、およびその使用を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
S抗原に対する中和抗体の誘導をメカニズムとする防御方法は、上述のとおりNAb抵抗性の変異体に対して効果が低下することが懸念されることから、本発明者らは、S非依存的なSARS-CoV-2防御を可能とするワクチンの開発が、これらの変異体の封じ込めに貢献できるかもしれないと考えた。また本発明者らは、S抗原に対する中和抗体(NAb)による防御ではなく、ウイルス特異的なT細胞応答を誘導することが、変異体の流行を制御するための代替手段となりうると考えた。アカゲザルにおいてSARS-CoV-2再感染前にCD8+を枯渇させると、防御効果が部分的に失われ(McMahan, K., et al. Nature 590:630-634, 2021)、S抗原を含むワクチンにおいてSARS-CoV-2特異的T細胞応答の誘導が示されている(Walsh, E.E., et al. N. Engl. J. Med. 383:2439-2450, 2020; Ramasamy, M. N., et al. Lancet 396:1979-1993, 2021)が、このワクチンはS抗原を含みS特異的抗体も誘導するため、ワクチン誘導T細胞応答のSARS-CoV-2感染予防効果の可能性は今のところまったく不明である。
【0007】
そこで本発明者らは、SARS-CoV-2特異的T細胞応答を誘導する新規ワクチンを開発し、それが感染防御に貢献できることの実証を目指して鋭意研究を行った。
非Sのウイルス蛋白質抗原を発現するワクチンを開発し、これを接種した後、SARS-CoV-2経鼻チャレンジに対する防御効果をカニクイザルにおいて検討したところ、ワクチンを接種した動物(n = 9)は、ワクチンを接種していない対照(n = 9)と比較して、チャレンジ後2日目のウイルス量を有意に低下させることが判明した。重要なことに、SARS-CoV-2の防御効果は、ワクチンによって誘導されたウイルス抗原特異的CD8+ T細胞応答と有意に相関していることが判明した。この結果は、非Sワクチンの接種によるCD8+ T細胞応答の誘導が、SARS-CoV-2感染に対するS非依存的な防御効果をもたらすことを示しており、T細胞応答を誘導する非Sワクチンの開発に理論的根拠があることを示唆している。
【0008】
特に本発明においては、非S抗原をマイナス鎖RNAウイルスベクターから発現させることで顕著なT細胞応答を誘導することが可能であることが見出された。当該ウイルスベクターを経鼻投与によりワクチン接種を行うことにより、抗原蛋白質に対するT細胞応答が高い効率で誘導され、SARS-CoV-2感染に対する防御効果を発揮した。
【0009】
当該ウイルスベクターの効果は複数のワクチンプロトコルにおいて確認された。例えばコロナウイルスのヌクレオカプシド(N)、メンブレン(M)、エンベロープ(E)の各抗原をそれぞれ発現するプラスミドDNAの筋肉内接種(プライム)を0日目と4日目の2回行い、最初のワクチン接種後5週目にNMEを発現するマイナス鎖RNAウイルスベクターの鼻腔内接種(ブースト)を行ったところ(第1群)、顕著なSARS-CoV-2のN-、M-、E-特異的T細胞応答が観察された(図1:T031・T032・T033)。あるいはNMEを発現するマイナス鎖RNAウイルスベクターを、5週間の間隔をおいて2回経鼻接種を行った場合(第2群)でも、SARS-CoV-2のN-、M-、E-特異的T細胞応答が誘導された(図1:T034・T041・T042・T043)。この結果は、マイナス鎖RNAウイルスベクターの接種だけでSARS-CoV-2の抗原特異的T細胞応答を誘導することが可能であることを示している。またプラスミドDNAの筋肉内接種(プライム)を1回と、1週間後にNMEを発現するマイナス鎖RNAウイルスベクターを経鼻投与した場合(第3群)でも、NME特異的T細胞応答が観察された(図1:T044・T045)。但し、第3群に比べると第1群の方が高い特異的T細胞応答が誘導されたことから、最初の接種(プライム)からマイナス鎖RNAウイルスベクターによるブーストまでの間隔は、1週間よりも長く、例えば2週間またはそれ以上、3週間またはそれ以上、4週間またはそれ以上、あるいは5週間またはそれ以上あけることが好ましいと考えられる。
【0010】
またワクチン接種から2週目におけるT細胞応答を調べたところ、マイナス鎖RNAウイルスベクターによるワクチン接種は、1回の接種でもコロナウイルス抗原に対する特異的T細胞応答を誘導することができることが判明した(図3a)。
【0011】
またこれらのワクチン接種を行った個体にSARS-CoV-2の経鼻チャレンジを行って防御効果を検証したところ、ワクチン接種した個体では、鼻咽頭スワブ中のSARS-CoV-2 RNAレベルの低下が観察され(図2a,b)、ウイルスサブゲノムRNA(sgRNA)レベルも著しく低下することが判明した(図2c,d)。
【0012】
ワクチン接種した個体の防御効果の免疫相関(immuno-correlates)を調べたところ、ワクチン接種後のNME特異的CD8+ T細胞応答と、チャレンジ後の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNA量との間には有意な逆相関があることが明らかとなったことから(図2e)、本発明のワクチンの防御効果は、抗原特異的CD8+ T細胞応答によってもたらされていることが示唆された。
【0013】
本発明のワクチンによる効果は、上記の鼻咽頭スワブのみならず、鼻粘膜および後咽頭リンパ節(RPLN)においても観察され、ワクチン接種を行った個体では、これらの組織中のsgRNAがほぼ検出されず、SARS-CoV-2感染からの顕著な防御が達成されることが示された(表3)。
【0014】
また、S1抗原を発現するセンダイウイルスベクター(SeV-S1)を筋肉内接種した個体では、時間とともに中和抗体レベルが低下し、SARS-CoV-2チャレンジに対する防御効果も低下することが判明した(図5)。このように本発明のワクチンは、CD8+ T細胞応答を誘導することでSARS-CoV-2感染を抗S中和抗体に依存せずに防御する新たなワクチンとして有用である。
【0015】
すなわち本発明は、コロナウイルスの非S蛋白質を標的抗原とするワクチン組成物であって、該標的抗原蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチン組成物、その製造方法、およびその使用等に関し、より具体的には請求項の各項に記載の発明を包含する。なお同一の請求項を引用する請求項に記載の発明の2つまたはそれ以上の任意の組み合わせからなる発明も、本明細書において意図された発明である。すなわち本発明は、以下の発明を包含する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質を標的抗原とするワクチン組成物であって、該標的抗原蛋白質または該標的抗原蛋白質を発現する核酸を含み、該標的抗原蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチン組成物。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の組成物。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の組成物。
〔4〕 該コロナウイルスのN蛋白質または該蛋白質を発現する核酸を少なくとも含む、〔3〕に記載の組成物。
〔5〕 該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを含むか、または該蛋白質をすべて発現する1つまたは複数の核酸を含む、〔4〕に記載の組成物。
〔6〕 該標的抗原蛋白質が1つまたは複数のベクターから発現される、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の組成物。
〔7〕 該ベクターの少なくとも1つがDNAベクターである、〔6〕に記載の組成物。
〔8〕 筋肉内投与により投与する、〔7〕に記載の組成物。
〔9〕 該ベクターの少なくとも1つがマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔6〕に記載の組成物。
〔10〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔9〕に記載の組成物。
〔11〕 経鼻投与により投与する、〔9〕または〔10〕に記載の組成物。
〔12〕 〔7〕または〔8〕に記載の組成物に含まれるDNAベクターと〔9〕から〔11〕のいずれかに記載の組成物に含まれるマイナス鎖RNAウイルスベクターとを組み合わせて接種するために用いる、〔7〕から〔11〕のいずれかに記載の組成物。
〔13〕 〔7〕または〔8〕に記載のワクチン組成物を接種後に、〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のワクチン組成物を接種するために用いる、〔12〕に記載の組成物。
〔14〕 〔7〕または〔8〕に記載のワクチン組成物の最初の接種と〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のワクチン組成物の接種との間隔を3週間またはそれ以上とする、〔13〕に記載の組成物。
〔15〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔14〕のいずれかに記載の組成物。
【0016】
また本発明は、以下の発明を包含する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導するため、あるいは該応答を誘導するワクチネーションもしくはイミュナイゼーション(免疫付与)のために用いる、コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質または該抗原蛋白質を発現する核酸、あるいは該抗原蛋白質または該核酸を含む組成物。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の抗原蛋白質、核酸、または組成物。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の抗原蛋白質、核酸、または組成物。
〔4〕 抗原蛋白質および核酸が、それぞれ該コロナウイルスのN蛋白質および該蛋白質を発現する核酸を少なくとも含む、〔3〕に記載の抗原蛋白質、核酸、または組成物。
〔5〕 抗原蛋白質が該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべての蛋白質である、あるいは、および該核酸が該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを発現する1つまたは複数の核酸である、〔4〕に記載の抗原蛋白質、核酸、または組成物。
〔6〕 該抗原蛋白質が1つまたは複数のベクターから発現される、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の核酸または該核酸を含む組成物。
〔7〕 該ベクターの少なくとも1つがDNAベクターである、〔6〕に記載の核酸または組成物。
〔8〕 筋肉内投与により投与する、〔7〕に記載の核酸または組成物。
〔9〕 該ベクターの少なくとも1つがマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔6〕に記載の核酸または組成物。
〔10〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔9〕に記載の核酸または組成物。
〔11〕 経鼻投与により投与する、〔9〕または〔10〕に記載の核酸または組成物。
〔12〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターと〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターとを組み合わせて接種するために用いる、〔7〕から〔11〕のいずれかに記載の核酸または組成物。
〔13〕 〔7〕または〔8〕に記載のワクチン組成物を接種後に、〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のワクチン組成物を接種するために用いる、〔12〕に記載の核酸または組成物。
〔14〕 〔7〕または〔8〕に記載のワクチン組成物の最初の接種と〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のワクチン組成物の接種との間隔を3週間またはそれ以上とする、〔13〕に記載の核酸または組成物。
〔15〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔14〕のいずれかに記載の核酸または組成物。
【0017】
また本発明は、以下の発明を包含する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導する医薬の製造、またはコロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチンの製造における、コロナウイルスの非スパイク蛋白質を抗原蛋白質または該抗原蛋白質を発現する核酸、あるいは該蛋白質または該核酸を含む組成物の使用。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の使用。
〔3〕 該蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の使用。
〔4〕 該蛋白質または該核酸が、該コロナウイルスのN蛋白質または該蛋白質を発現する核酸を少なくとも含む、〔3〕に記載の使用。
〔5〕 該蛋白質または該核酸が、該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを含むか、または該蛋白質をすべて発現する1つまたは複数の核酸を含む、〔4〕に記載の使用。
〔6〕 該蛋白質または該核酸が、該蛋白質を発現する1つまたは複数のベクターである、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の使用。
〔7〕 該ベクターの少なくとも1つがDNAベクターである、〔6〕に記載の使用。
〔8〕 該蛋白質、該核酸、または該蛋白質または該核酸を含む組成物が筋肉内投与により投与される、〔7〕に記載の使用。
〔9〕 該ベクターの少なくとも1つがマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔6〕に記載の使用。
〔10〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔9〕に記載の使用。
〔11〕 該蛋白質、該核酸、または該蛋白質または該核酸を含む組成物が経鼻投与により投与される、〔9〕または〔10〕に記載の使用。
〔12〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターと〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターとが組み合わせて接種される、〔7〕から〔11〕のいずれかに記載の使用。
〔13〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターを接種後に、〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターが接種される、〔12〕に記載の使用。
〔14〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターの最初の接種と〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターの接種との間隔が3週間またはそれ以上とされる、〔13〕に記載の使用。
〔15〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔14〕のいずれかに記載の使用。
【0018】
また本発明は、以下の発明を包含する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導する方法、あるいは該応答を誘導するワクチネーションもしくはイミュナイゼーション(免疫付与)の方法であって、コロナウイルスの非スパイク蛋白質または該抗原蛋白質を発現する核酸、あるいは該蛋白質または該核酸を含む組成物を対象に投与する工程を含む方法。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 該コロナウイルスのN蛋白質または該蛋白質を発現する核酸を少なくとも投与する工程を含む、〔3〕に記載の方法。
〔5〕 該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを投与するか、または該蛋白質をすべて発現する1つまたは複数の核酸を投与する工程を含む、〔4〕に記載の方法。
〔6〕 該抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のベクターを投与する工程を含む、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕 該ベクターの少なくとも1つがDNAベクターである、〔6〕に記載の方法。
〔8〕 筋肉内投与により投与する、〔7〕に記載の方法。
〔9〕 該ベクターの少なくとも1つがマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔6〕に記載の方法。
〔10〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔9〕に記載の方法。
〔11〕 経鼻投与により投与する、〔9〕または〔10〕に記載の方法。
〔12〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターと〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターとを組み合わせて接種する、〔7〕から〔11〕のいずれかに記載の方法。
〔13〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターを接種後に、〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターを接種する、〔12〕に記載の方法。
〔14〕 〔7〕または〔8〕に記載のDNAベクターの最初の接種と〔9〕から〔11〕のいずれかに記載のマイナス鎖RNAウイルスベクターの接種との間隔を3週間またはそれ以上とする、〔13〕に記載の方法。
〔15〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔14〕のいずれかに記載の方法。
【0019】
なお、本明細書に記載した任意の技術的事項およびその任意の組み合わせは、本明細書において意図されている。また、それらの発明において、本明細書に記載の任意の事項またはその任意の組み合わせを除外した発明も、本明細書において意図されている。また本発明に関して、明細書中に記載されたある特定の態様は、それを開示するのみならず、その態様を含むより上位の本明細書に開示された発明から、その態様を除外した発明も開示するものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明のワクチンは、S非依存的にコロナウイルスに対する防御効果を発揮することが可能で、中和抗体に必ずしも依存せず、T細胞応答(主にCD8+ T細胞応答)を介してその効果を発揮する。現在主流のS抗原に対する中和抗体を誘導するワクチンは、S変異体の出現によるウイルス側のワクチン回避が懸念されるが、本発明のワクチンは、その欠点を克服する新たなワクチンとしてその利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】ワクチン接種したカニクイザルにおける非S特異的T細胞応答の誘導を示す図である。SARS-CoV-2の非S抗原(N、M、E抗原)特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答は、最後のワクチン接種から2週間後(post-v)およびSARS-CoV-2チャレンジの直前(pre-c:最後のワクチン接種から6週間後[T031、T032、T033、T034、T041、T042、T043]または3週間後[T043、T044])に採取したPBMCを用いて調べた。N-、M-、E-特異的CD4+ T細胞(白抜きのボックス)およびCD8+ T細胞(塗りつぶしたボックス)の頻度の合計をNME特異的T細胞頻度として示す。
図2】ワクチン誘導性CD8+ T細胞応答と相関するSARS-CoV-2の防御効果を示す図である。(a) ワクチン未接種の9匹のナイーブ・コントロール(左パネル)とワクチンを接種した9匹のカニクイザル(右パネル)におけるSARS-CoV-2経鼻チャレンジ後の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNAレベルの変化。(b) ワクチン未接種(U)とワクチン接種(T)のカニクイザルのチャレンジ後2日目のウイルスRNAレベルの比較。ワクチンを接種したカニクイザルは、ワクチン未接種の対照と比較して、有意に低いウイルスRNAレベルを示した(p = 0.0142;マン・ホイットニーU検定による)。(c) ワクチン未接種の9匹のナイーブコントロール(左パネル)と、ワクチンを接種した9匹のカニクイザル(右パネル)における、SARS-CoV-2経鼻チャレンジ後の鼻咽頭スワブ中のウイルスサブゲノムRNA(sgRNA)レベルの変化。aおよびcでは、比較のために、ワクチン未接種の対照群のウイルスRNAおよびsgRNAレベルをそれぞれ右パネルに、測定点にマークのない折れ線で示している。ワクチン未接種のヒストリカル・コントロールのN012、N013、N022、D024、D025のデータ(Nomura, T., et al. bioRxiv 2021.05.26.445769, 2021)も示した。d)ワクチン未接種(U)とワクチンを接種した(T)カニクイザルの間での、チャレンジ後2日目のウイルスsgRNAレベルの比較。ワクチンを接種したカニクイザルは、ワクチン未接種の対照と比較して、有意に低いウイルスsgRNAレベルを示した(p = 0.0012;マン・ホイットニーU検定による)。e)チャレンジ後2日目の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNAレベルと、最後のワクチン接種から2週間後のPBMCにおけるNME特異的CD4+ T細胞(左パネル)およびCD8+ T細胞(右パネル)の頻度との相関分析。ウイルスRNAレベルとワクチン誘導性NME特異的CD8+ T細胞応答との間には、有意な逆相関が観察された(p=0.0047、r=-0.8619;スピアマン検定による)。f)ワクチン未接種(U)とワクチン接種(T)のカニクイザルの間で、剖検時に得られた顎下リンパ節(SMLNs)におけるNME特異的CD8+ T細胞頻度の比較。ワクチンを接種したカニクイザルは、ナイーブコントロールと比較して、有意に高いCD8+ T細胞頻度を示した(p = 0.0182;マン・ホイットニーU検定による)。
図3】ワクチンを接種したカニクイザルにおけるSARS-CoV-2 N, M, E抗原特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答を示す図である。(a) 最初のワクチン接種から2週間後のNME特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答。(b) 最後のワクチン接種から2週間後のSARS-CoV-2 N、M、E抗原特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答。これらの応答の合計を図1に示す。
図4】ワクチン接種したカニクイザルにおけるSeV特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答を示す図である。最後のワクチン接種から2週間後のPBMCを、GolgiStopの存在下でSeV感染B-LCLと6時間共培養し、特異的なIFN-γ誘導を検出する分析に供した。
図5】カニクイザルにおけるSARS-CoV-2チャレンジによるNAb応答の誘導を示す図である。 2匹のカニクイザル(B041およびB042)に、foldon三量体化配列(nt 1177-1461、GenBank accession #X12888)タグを付加したスパイクS1ドメインをコードするcDNAを発現するSeVベクター(SeV-S1)を6週間の間隔をおいて2回接種した。これらのカニクイザルは、最後のワクチン接種から11週間後に、同じSARS-CoV-2のストックを105 TCID50 で鼻腔内にチャレンジした(ポストブースト,PB)。(a) SeV-S1ワクチンを接種した2匹のカニクイザル(B041およびB042)におけるSARS-CoV-2経鼻チャレンジ後の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNAレベルの変化。ワクチン未接種のコントロールのデータは、比較のために、測定点にマークのない折れ線で示した。(b) ワクチン未接種(U)、SeV-NMEワクチン接種(T)、SeV-S1ワクチン接種(B)のカニクイザルにおけるチャレンジ後2日目のウイルスRNAレベルの多重比較。SeV-NMEワクチンを接種したカニクイザルは、ワクチン未接種の対照と比較して、有意に低いウイルスRNAレベルを示した(p = 0.0228;ダン(Dunn)の多重比較検定を用いたクラスカル・ウォリス(Kruskal-Wallis)検定による)。(c) SeV-S1ワクチンを接種した2匹のカニクイザル(同上)における経鼻SARS-CoV-2チャレンジ後の鼻咽頭スワブ中のウイルスsgRNAレベルの変化。ワクチン未接種のコントロールのデータは、比較のために、測定点にマークのない折れ線で示した。(d) ワクチン未接種(U)、SeV-NMEワクチン接種(T)、SeV-S1ワクチン接種(B)のカニクイザルにおけるチャレンジ後2日目のウイルスsgRNAレベルの多重比較。SeV-NMEワクチンを接種したカニクイザルは、ワクチン未接種の対照と比較して、有意に低いウイルスsgRNAレベルを示した(p = 0.0025;ダン(Dunn)の多重比較検定を用いたクラスカル・ウォリス(Kruskal-Wallis)検定による)。(e)2回目のSeV-S1ワクチン接種後2週目および8週目(ポストブースト、pb)、ならびに0日目(チャレンジ直前)およびチャレンジ後7日目(ポストチャレンジ、pc)におけるカニクイザルB041およびB042の血漿中抗SARS-CoV-2 NAb力価。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0023】
本発明において「ワクチン」とは、標的抗原に対する免疫反応を惹起させるための組成物を言い、例えば、伝染病や感染症等の予防または治療のために使用される組成物を言う。ワクチンは標的抗原を含んでいるか、または標的抗原を発現可能であり、これにより標的抗原に対する免疫応答を誘導する能力を有する。病原性コロナウイルスの感染、伝播、および流行の予防または治療のために、本発明のワクチン組成物は、標的抗原または当該標的抗原を発現する核酸を含むワクチンとして製剤化されうる。このワクチンは、所望の形態で用いることができる。本発明のワクチン組成物は、コロナウイルスの感染、体内における複製、またはそれらに起因する疾患の予防および/または治療のために有用である。
【0024】
「抗原」とは、1つまたはそれ以上のエピトープ(抗体あるいは免疫細胞が認識する抗原の一部分)を含む分子であり、宿主の免疫系を刺激して抗原特異的な免疫応答を誘導し得るものを言う。本発明の抗原は、細胞性免疫応答を誘導しうる抗原が用いられる。本発明の抗原としては、細胞性免疫応答を誘導しうる抗原である限り特に制限はないが、通常、蛋白質中の 1つのエピトープは、約 7~約 15アミノ酸、例えば少なくとも 8、 9、 10、 12、または 14アミノ酸を含んでいる。なお本発明においてエピトープには、一次構造から形成されるエピトープだけでなく、蛋白質の立体構造に依存したエピトープも含まれる。また抗原は免疫原とも言う。
【0025】
本発明は、T細胞応答を誘導するコロナウイルスワクチンを提供する。本発明のワクチン組成物は、非スパイク蛋白質を標的抗原とするワクチン組成物であって、該標的抗原蛋白質または該標的抗原蛋白質を発現する核酸を含むワクチン組成物である。当該ワクチン組成物は、さらに薬学的に許容される担体または媒体、例えば、水、生理食塩水、緩衝液、緩衝剤、塩、賦形剤、アジュバント、凝固抑制剤、またはその組み合わせ等が含まれていてもよい。
【0026】
本発明のワクチン組成物は、標的抗原に対するT細胞応答を誘導する能力を有する。T細胞応答は、CD4+ T細胞応答でも、CD8+ T細胞応答でも、その両方でもよいが、好ましくは少なくともCD8+ T細胞応答である。すなわち本発明のワクチン組成物は少なくともCD8+ T細胞応答を誘導する組成物であり、好ましくはCD4+ T細胞応答およびCD8+ T細胞応答の両方を誘導する。なお接種個体によって誘導の程度に違いはあることはよく知られている。本発明のワクチン組成物は、少なくとも統計上有意にCD8+ T細胞応答を誘導する組成物であり、好ましくはCD4+ T細胞応答およびCD8+ T細胞応答の両方を誘導する組成物である。例えば本発明のワクチン組成物は、接種個体の半数以上、好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、または90%以上で少なくともCD8+ T細胞応答を誘導する組成物であり、好ましくはCD4+ T細胞応答およびCD8+ T細胞応答の両方を誘導する組成物である。CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞の応答は、本願実施例に記載の方法等で測定することができる。
【0027】
本発明のワクチンは、コロナウイルス由来の標的抗原を含むか、当該標的抗原を発現する核酸を含む。本発明においてコロナウイルスには、コロナウイルス科(Coronaviridae)に属する所望のウイルスが含まれるが、好ましくはSARSコロナウイルスまたは中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスであり、より好ましくはSARSコロナウイルスである。より好ましくは SARSコロナウイルス 2型(SARS-CoV-2)およびそこから派生するコロナウイルスである。SARS-CoV-2は所望の株であってよく、株としては例えば2019-nCoV/Japan/TY/WK-521/2020 (accession number LC522975) が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0028】
本発明のワクチンの有効成分となる抗原蛋白質としては、コロナウイルスの非S蛋白質が用いられる。非S蛋白質としては、具体的にはS蛋白質以外のコロナウイルスの構造蛋白質および非構造蛋白質が挙げられ、アクセサリー蛋白質等であってもよく、これらの蛋白質は既に知られている。コロナウイルスの非S抗原としては、例えばN(ヌクレオカプシド)、M(メンブレン)、E(エンベロープ)の他、ORF1a、ORF1b、ORF3a、ORF3b、ORF6、ORF7a、ORF7b、ORF8、ORF9b、ORF9c、ORF10等がコートする蛋白質が挙げられる。具体的な配列は、例えばSARS coronavirus 2 (accession number LC522975) のゲノム配列を参照することができるが、具体例を例示すれば、Nとしては上記accession number LC522975の28271-29527番目の塩基配列(配列番号1)、および当該塩基配列によりコードされる蛋白質(accession number BCA25681.1)(配列番号2)、Mとしては上記accession number LC522975の26520-27185番目の塩基配列(配列番号3)、および当該塩基配列によりコードされる蛋白質(accession number BCA25677.1)(配列番号4)、Eとしては上記accession number LC522975の26242-26466番目の塩基配列(配列番号5)、および当該塩基配列によりコードされる蛋白質(accession number BCA25676.1)(配列番号6)が挙げられる。また、ORF1a(LC522975の263-13465)、ORF1b(LC522975の13465-21549)、およびribosomal slippageを考慮してこれらORF1abにコードされる蛋白質(accession number BCA25673.1)、ORF3a(LC522975の25390-26214)およびそこにコードされる蛋白質(accession number BCA25675.1)、ORF6(LC522975の27199-27381)およびそこにコードされる蛋白質(accession number BCA25678.1)、ORF7a(LC522975の27391-27753)およびそこにコードされる蛋白質(accession number BCA25679.1)、ORF8(LC522975の27891-28253)およびそこにコードされる蛋白質(accession number BCA25680.1)、ORF10(LC522975の29555-29668)およびそこにコードされる蛋白質(accession number BCA25682.1)が、非S抗原およびそれをコードする核酸として挙げられる。
【0029】
また本発明の非S蛋白質およびそれをコードする核酸としては、上記に例示した塩基配列およびアミノ酸配列以外にも、他の株の相同遺伝子および相同蛋白質やそれらの変異体を用いてもよい。ここで相同とは、異なるウイルスのアミノ酸配列において対応するものを言い、例えばコンピュータープログラムなどを用いて塩基配列やアミノ酸配列の相同性を検索したりアライメントを作成したりすることにより同定することができる。これらの核酸および蛋白質は、例えば上に例示した塩基配列およびアミノ酸配列と比較して1または複数(例えば数個、3個以内、5個以内、10個以内、15個以内、20個以内)のそれぞれ塩基およびアミノ酸が付加、欠失、置換、および/または挿入された配列を有しているものが含まれる。そうした塩基配列およびアミノ酸配列は、通常、上に例示した塩基配列およびアミノ酸配列と高い同一性を示す。例えば本発明においては、配列番号1~6のいずれかと高い同一性を持つものを好適に用いることができる。
【0030】
高い同一性とは、例えば70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、93%以上、95%以上、または96%以上の同一性を有する配列である。塩基配列やアミノ酸配列の同一性は、例えばBLASTNおよびBLASTPプログラム(Altschul, S. F. et al., J. Mol. Biol. 215: 403-410, 1990)を用いて決定することができる。例えばNCBI(National Center for Biothchnology Information)のBLASTのウェブページにおいて、デフォルトのパラメータを用いて検索を行うことができる(Altschul S.F. et al., Nature Genet. 3:266-272, 1993; Madden, T.L. et al., Meth. Enzymol. 266:131-141, 1996; Altschul S.F. et al., Nucleic Acids Res. 25:3389-3402, 1997; Zhang J. & Madden T.L., Genome Res. 7:649-656, 1997)。例えば2つの配列の比較を行うblast2sequencesプログラム(Tatiana A et al., FEMS Microbiol Lett. 174:247-250, 1999)により、2配列のアライメントを作成し、配列の同一性を決定することができる。ギャップはミスマッチと同様に扱い、上記の抗原遺伝子または蛋白質分子の塩基配列またはアミノ酸配列全体に対する同一性の値を計算する。具体的には、たとえばある蛋白質 (分泌蛋白質の場合は成熟型) の全アミノ酸数における一致するアミノ酸数の割合を計算する。あるいは当該蛋白質(分泌蛋白質の場合は成熟型)をコードする塩基配列の全塩基数における一致する塩基数の割合を計算する。配列番号2、4、6のいずれかと高い同一性を持つアミノ酸配列含むコロナウイルス抗原、および配列番号1、3、5のいずれかと高い同一性を持つ塩基配列を含むコロナウイルス抗原遺伝子は、本発明のワクチンにおいて好適に使用することができる。
【0031】
また本発明の抗原蛋白質は、上に例示したコロナウイルス抗原遺伝子の塩基配列の一部または全部を含む核酸とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸がコードする蛋白質であって、抗原性を有する蛋白質が挙げられる。ハイブリダイゼーションにおいては、例えば抗原蛋白質遺伝子のコード領域の配列またはその相補配列を含む核酸、またはハイブリダイズの対象とする核酸のどちらかからプローブを調製し、それが他方の核酸にハイブリダイズするかを検出することにより同定することができる。ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件は、例えば 5xSSC、7%(W/V) SDS、100 μg/ml 変性サケ精子DNA、5xデンハルト液(1xデンハルト溶液は0.2%ポリビニルピロリドン、0.2%牛血清アルブミン、及び0.2%フィコールを含む)を含む溶液中、50℃、好ましくは55℃、より好ましくは60℃、より好ましくは65℃でハイブリダイゼーションを行い、その後ハイブリダイゼーションと同じ温度で2xSSC中、好ましくは1xSSC中、より好ましくは0.5xSSC中、より好ましくは0.1xSSC中で、振蘯しながら2時間洗浄する条件である。具体的には例えば配列番号1、3、または5の塩基配列を持つ核酸の一部または全部とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸がコードする蛋白質であって、抗原性を有する蛋白質は、本発明の抗原として有用である。
【0032】
抗原蛋白質は、好ましくはコロナウイルスの非Sの構造蛋白質であり、より好ましくはN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である。N、M、Eは、いずれか一つを選択してもよく、任意に組み合わせたり、すべてを選択してもよい。例えばNおよびMまたはそれらを発現するワクチンや、NおよびEまたはそれらを発現するワクチン、MおよびEまたはそれらを発現するワクチン、N、M、およびEの3つまたはそれらを発現するワクチンは、本発明において好適である。
【0033】
特に本発明において、N蛋白質がT細胞応答の誘導において重要であることが判明した。したがって本発明のワクチン組成物は、抗原蛋白質として、少なくともN蛋白質を用いることが好ましい。なおここで「用いる」とは、抗原蛋白質そのものをワクチン組成物に含ませる態様、および当該抗原蛋白質を発現するように、抗原蛋白質をコードする核酸をワクチン組成物に含ませる態様等を包含する。
【0034】
蛋白質抗原をワクチン製剤とする場合は、蛋白質抗原は合成蛋白質であっても組み換え蛋白質であってもよい。蛋白質をペプチド合成する場合、例えば固相合成におけるBoc法やFmoc法を用いて合成することができる。合成ペプチドは必要に応じて脱保護してよい。ペプチドは、逆相クロマトグラフィー、分配クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等のクロマトグラフィー、ゲル濾過、電気泳動等により精製することができる。アミノ酸は天然のアミノ酸でも誘導体でもよく、D-アミノ酸、L-アミノ酸、およびその組合せ等を用いることができる。
【0035】
本発明において抗原蛋白質を発現する核酸は、その形態に制限はなく、DNAであってもRNAであってもよい。また裸の核酸、プラスミド、ウイルスベクター、非ウイルスベクター(例えばリポソーム)など所望のベクターを使用することができる。DNAベクターから発現させる場合は、適宜所望のプロモーターから発現させることができる。プロモーターとしては、例えばCMVプロモーター、CAGプロモーター、SV40プロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、SRαプロモーターなどを用いることができるが、これらに限定されない。
【0036】
本発明において「ウイルスベクター」は、当該ウイルスに由来するゲノム核酸を有し、該ゲノム核酸に導入遺伝子を組み込むこと等により、ウイルスベクターを細胞に導入後、該遺伝子を発現させることができるベクターである。ウイルスベクターとしてはアデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、HSVベクター、レトロウイルスベクター(レンチウイルスベクターを含む)、およびマイナス鎖RNAウイルスベクター(パラミクソウイルスベクター、特にセンダイウイルスベクターを含む)などが挙げられる。
【0037】
本発明においては、ウイルスベクターとしてはマイナス鎖RNAウイルスベクター(特にパラミクソウイルスベクター)を用いることが最も好ましい。本発明において、コロナウイルスの非S抗原を発現するDNAベクターおよびマイナス鎖RNAウイルスベクターを用いてカニクイザル(T031、T032、T033)にワクチン接種を行う実験を実施したところ、抗原特異的T細胞応答は、抗原発現DNAベクターの接種後には検出されなかったが、抗原発現センダイウイルスベクターによるブースト接種後に明確に誘導された(実施例1)。この結果は、マイナス鎖RNAウイルスベクターが、コロナウイルスの非S抗原に対するT細胞応答を誘導する顕著な能力を有することを示している。
【0038】
すなわち本発明は、特に好ましい態様においては以下の組成物に関する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む、該抗原蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチン組成物。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の組成物。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の組成物。
〔4〕 該コロナウイルスのN蛋白質を少なくとも発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む、〔3〕に記載の組成物。
〔5〕 該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む、〔4〕に記載の組成物。
〔6〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の組成物。
〔7〕 該パラミクソウイルスベクターがセンダイウイルスベクターである、〔6〕に記載の組成物。
〔8〕 経鼻投与により接種する、〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の組成物。
〔9〕 複数回接種を行うために用いる、〔1〕から〔8〕のいずれかに記載の組成物。
〔10〕 最初の接種と次の接種の間隔を3週間またはそれ以上とする、〔9〕に記載の組成物。
〔11〕 コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のDNAベクターと組み合わせて用いるための、〔1〕から〔10〕のいずれかに記載の組成物。
〔12〕 該DNAベクターを接種した後で接種するために用いる、〔11〕に記載の組成物。
〔13〕 該DNAベクターの接種後、3週間またはそれ以上経過後に接種するために用いる、〔12〕に記載の組成物。
〔14〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔13〕のいずれかに記載の組成物。
【0039】
また本発明は、以下の発明も提供する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導するため、あるいは該応答を誘導するワクチネーションもしくはイミュナイゼーション(免疫付与)のために用いる、コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクター、あるいは該ベクターを含む組成物。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載のベクターまたは組成物。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載のベクターまたは組成物。
〔4〕 該ベクターが、該コロナウイルスのN蛋白質を少なくとも発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔3〕に記載のベクターまたは組成物。
〔5〕 該ベクターが、該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔4〕に記載のベクターまたは組成物。
〔6〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のベクターまたは組成物。
〔7〕 該パラミクソウイルスベクターがセンダイウイルスベクターである、〔6〕に記載のベクターまたは組成物。
〔8〕 経鼻投与により接種する、〔1〕から〔7〕のいずれかに記載のベクターまたは組成物。
〔9〕 複数回接種を行うために用いる、〔1〕から〔8〕のいずれかに記載のベクターまたは組成物。
〔10〕 最初の接種と次の接種の間隔を3週間またはそれ以上とする、〔9〕に記載のベクターまたは組成物。
〔11〕 コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のDNAベクターと組み合わせて用いるための、〔1〕から〔10〕のいずれかに記載のベクターまたは組成物。
〔12〕 該DNAベクターを接種した後で接種するために用いる、〔11〕に記載のベクターまたは組成物。
〔13〕 該DNAベクターの接種後、3週間またはそれ以上経過後に接種するために用いる、〔12〕に記載のベクターまたは組成物。
〔14〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔13〕のいずれかに記載のベクターまたは組成物。
【0040】
また本発明は、以下の発明も提供する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導する医薬の製造、またはコロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導するワクチンの製造における、コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクター、あるいは該ベクターを含む組成物の使用。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の使用。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の使用。
〔4〕 該ベクターが、該コロナウイルスのN蛋白質を少なくとも発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔3〕に記載の使用。
〔5〕 該ベクターが、該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔4〕に記載の使用。
〔6〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の使用。
〔7〕 該パラミクソウイルスベクターがセンダイウイルスベクターである、〔6〕に記載の使用。
〔8〕 該ベクターまたは該組成物が経鼻投与により接種する、〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の使用。
〔9〕 該ベクターまたは該組成物が複数回接種において使用される、〔1〕から〔8〕のいずれかに記載の使用。
〔10〕 最初の接種と次の接種の間隔を3週間またはそれ以上とする、〔9〕に記載の使用。
〔11〕 該ベクターまたは該組成物が、コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のDNAベクターと組み合わせて用いられる、〔1〕から〔10〕のいずれかに記載の使用。
〔12〕 該ベクターまたは該組成物が、該DNAベクターを接種した後で接種される、〔11〕に記載の使用。
〔13〕 該ベクターまたは該組成物が、該DNAベクターの接種後、3週間またはそれ以上経過後に接種される、〔12〕に記載の使用。
〔14〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔13〕のいずれかに記載の使用。
【0041】
また本発明は、以下の発明も提供する。
〔1〕 コロナウイルスの非スパイク蛋白質に対するT細胞応答を誘導する方法、あるいは該応答を誘導するワクチネーションもしくはイミュナイゼーション(免疫付与)の方法であって、コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターまたは該ベクターを含む組成物を対象に投与する工程を含む方法。
〔2〕 T細胞応答がCD8+ T細胞応答である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 非スパイク蛋白質が、該コロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 該コロナウイルスのN蛋白質を少なくとも発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターを投与する工程を含む、〔3〕に記載の方法。
〔5〕 該コロナウイルスのN、M、E蛋白質のすべてを発現する1つまたは複数のマイナス鎖RNAウイルスベクターを投与する工程を含む、〔4〕に記載の方法。
〔6〕 該マイナス鎖RNAウイルスベクターがパラミクソウイルスベクターである、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕 該パラミクソウイルスベクターがセンダイウイルスベクターである、〔6〕に記載の方法。
〔8〕 経鼻投与により接種する、〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕 複数回接種を行う、〔1〕から〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕 最初の接種と次の接種の間隔を3週間またはそれ以上とする、〔9〕に記載の方法。
〔11〕 コロナウイルスの非スパイク抗原蛋白質を発現する1つまたは複数のDNAベクターと組み合わせて投与する、〔1〕から〔10〕のいずれかに記載の方法。
〔12〕 該DNAベクターを接種した後で接種する、〔11〕に記載の方法。
〔13〕 該DNAベクターの接種後、3週間またはそれ以上経過後に接種する、〔12〕に記載の方法。
〔14〕 コロナウイルスがSARS-CoV-2である、〔1〕から〔13〕のいずれかに記載の方法。
【0042】
ウイルスベクターは、複製能を持つベクターであってもよいが、好ましくは複製不能型(複製能欠失型)のウイルスベクターが用いられる。本発明のウイルスにおいて複製不能(あるいは「複製能欠失」または「複製欠失」)とは、ウイルスベクターが感染した細胞において、感染性ウイルス粒子を複製できないことをいう。例えばウイルスゲノムから感染性ウイルス粒子に必須の遺伝子、具体的にはウイルス粒子表面に存在する蛋白質(例えばパラミクソウイルスであればF、HN等のエンベロープ蛋白質)の遺伝子を欠失または欠損させることにより、複製能を欠失したウイルスを取得することができる。
【0043】
本発明において用いられるマイナス鎖RNAウイルスベクターとしては特に制限はないが、例えばパラミクソウイルスベクターを好適に用いることができる。パラミクソウイルスとはパラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)に属するウイルスまたはその誘導体を指す。パラミクソウイルス科は、非分節型ネガティブ鎖RNAをゲノムに持つモノネガウイルスグループの1つで、パラミクソウイルス亜科(Paramyxovirinae)(レスピロウイルス属(パラミクソウイルス属とも言う)、ルブラウイルス属、およびモービリウイルス属を含む)およびニューモウイルス亜科(Pneumovirinae)(ニューモウイルス属およびメタニューモウイルス属を含む)を含む。パラミクソウイルス科ウイルスに含まれるウイルスとして、具体的にはセンダイウイルス(Sendai virus)、ニューカッスル病ウイルス(Newcastle disease virus)、おたふくかぜウイルス(Mumps virus)、麻疹ウイルス(Measles virus)、RSウイルス(Respiratory syncytial virus)、牛疫ウイルス(rinderpest virus)、ジステンパーウイルス(distemper virus)、サルパラインフルエンザウイルス(SV5)、ヒトパラインフルエンザウイルス1, 2, 3型等が挙げられる。より具体的には、例えば Sendai virus (SeV)、human parainfluenza virus-1 (HPIV-1)、human parainfluenza virus-3 (HPIV-3)、phocine distemper virus (PDV)、canine distemper virus (CDV)、dolphin molbillivirus (DMV)、peste-des-petits-ruminants virus (PDPR)、measles virus (MeV)、rinderpest virus (RPV)、Hendra virus (Hendra)、Nipah virus (Nipah)、human parainfluenza virus-2 (HPIV-2)、simian parainfluenza virus 5 (SV5)、human parainfluenza virus-4a (HPIV-4a)、human parainfluenza virus-4b (HPIV-4b)、mumps virus (Mumps)、およびNewcastle disease virus (NDV) などが含まれる。ラブドウイルスとしては、ラブドウイルス科(Rhabdoviridae)の水疱性口内炎ウイルス(Vesicular stomatitis virus)、狂犬病ウイルス(Rabies virus)等が含まれる。
【0044】
なおパラミクソウイルスを含め一般にマイナス鎖RNAウイルスのゲノムRNAはマイナス鎖(ネガティブ鎖)であり、蛋白質等はゲノムRNA上にアンチセンス配列としてコードされている。本発明においては、このような場合も蛋白質を「コードしている」と称す。また、蛋白質がマイナス鎖RNAゲノムにアンチセンス配列としてコードされているとき、当該蛋白質の遺伝子が当該ゲノムに搭載されているとも称す。マイナス鎖RNAウイルスのゲノム(マイナス鎖)の「上流」とはゲノムの3’側を指し、「下流」とは5’側を指す。マイナス鎖RNAゲノムを鋳型としてプラス鎖(ポジティブ鎖)RNAゲノム(アンチゲノムとも言う)が複製される他、マイナス鎖RNAゲノムを鋳型として転写が起こり、センス鎖のRNAが生成される。本発明においては、マイナス鎖RNAゲノムおよびプラス鎖RNAゲノムを「ゲノム」と総称することがある。
【0045】
パラミクソウイルスベクターは、染色体非組み込み型ウイルスベクターであって、ベクターは細胞質中で発現されるので、導入遺伝子が宿主の染色体(核由来染色体)に組み込まれる危険性がない。従って安全性が高く、また感染細胞からベクターを除去することが可能である。本発明においてパラミクソウイルスベクターには、感染性ウイルス粒子の他、ウイルスコア、ウイルスゲノムとウイルス蛋白質との複合体、または非感染性ウイルス粒子などからなる複合体であって、細胞に導入することにより搭載する遺伝子を発現する能力を持つ複合体が含まれる。例えばパラミクソウイルスにおいて、パラミクソウイルスゲノムとそれに結合するパラミクソウイルス蛋白質(NP、P、およびL蛋白質)からなるリボヌクレオ蛋白質(ウイルスのコア部分)は、細胞に導入することにより細胞内で導入遺伝子を発現することができる(WO00/70055)。細胞への導入は、適宜トランスフェクション試薬等を用いて行えばよい。このようなリボヌクレオ蛋白質(RNP)も本発明においてパラミクソウイルスベクターに含まれる。本発明においてパラミクソウイルスベクターは、好ましくは上記のRNPが細胞膜由来の生体膜に包まれた粒子である。
【0046】
本発明のワクチンとしてパラミクソウイルスベクターを用いる場合、パラミクソウイルスとして特に好ましいのはパラミクソウイルス亜科(レスピロウイルス属、ルブラウイルス属、およびモービリウイルス属を含む)に属するウイルスであり、より好ましくはレスピロウイルス属(genus Respirovirus)(パラミクソウイルス属(Paramyxovirus)とも言う)に属するウイルスである。本発明を適用可能なレスピロウイルス属ウイルスとしては、例えばヒトパラインフルエンザウイルス1型(HPIV-1)、ヒトパラインフルエンザウイルス3型(HPIV-3)、ウシパラインフルエンザウイルス3型(BPIV-3)、センダイウイルス(Sendai virus; マウスパラインフルエンザウイルス1型とも呼ばれる)、麻疹ウイルス、サルパラインフルエンザウイルス(SV5)、およびサルパラインフルエンザウイルス10型(SPIV-10)などが含まれる。本発明においてパラミクソウイルスは、最も好ましくはセンダイウイルスである。
【0047】
パラミクソウイルスは、一般に、エンベロープの内部にRNAとタンパク質からなる複合体(リボヌクレオプロテイン; RNP)を含んでいる。RNPに含まれるRNAはパラミクソウイルスのゲノムである(-)鎖(ネガティブ鎖)の一本鎖RNAであり、この一本鎖RNAが、NPタンパク質、Pタンパク質、およびLタンパク質と結合し、RNPを形成している。このRNPに含まれるRNAがウイルスゲノムの転写および複製のための鋳型となる(Lamb, R.A., and D. Kolakofsky, 1996, Paramyxoviridae: The viruses and their replication. pp.1177-1204. In Fields Virology, 3rd edn. Fields, B. N., D. M. Knipe, and P. M. Howley et al. (ed.), Raven Press, New York, N. Y.)。
【0048】
パラミクソウイルスの「NP、P、M、F、HN、およびL遺伝子」とは、それぞれヌクレオキャプシド、ホスホ、マトリックス、フュージョン、ヘマグルチニン-ノイラミニダーゼ、およびラージタンパク質をコードする遺伝子のことを指す。ヌクレオキャプシド(NP)タンパク質は、ゲノムRNAに結合し、ゲノムRNAが鋳型活性を有するために不可欠なタンパク質である。一般に、NP遺伝子は「N遺伝子」と表記されることもある。ホスホ(P)タンパク質は、RNAポリメラーゼの小サブユニットであるリン酸化タンパク質である。マトリックス(M)タンパク質は、ウイルス粒子構造を内側から維持する機能を果たす。フュージョン(F)タンパク質は、宿主細胞への侵入にかかわる膜融合タンパク質であり、ヘマグルチニン-ノイラミニダーゼ(HN)タンパク質は宿主細胞との結合にかかわるタンパク質である。ラージ(L)タンパク質は、RNAポリメラーゼの大サブユニットである。上記各遺伝子は個々の転写制御ユニットを有し、各遺伝子から単独のmRNAが転写され、タンパク質が転写される。P遺伝子からは、Pタンパク質以外に、異なるORFを利用して翻訳される非構造タンパク質(C)と、Pタンパク質mRNAを読み取り途中のRNA編集により作られるタンパク質(V)が翻訳される。例えばパラミクソウイルス亜科に属する各ウイルスにおける各遺伝子は、一般に、ゲノムの先頭(3')からコードされている順に、次のように表記される。
レスピロウイルス属 N P/C/V M F HN - L
ルブラウイルス属 N P/V M F HN (SH) L
モービリウイルス属 N P/C/V M F H - L
【0049】
例えばセンダイウイルスの各遺伝子の塩基配列のデータベースのアクセッション番号は、N遺伝子については M29343, M30202, M30203, M30204, M51331, M55565, M69046, X17218、P遺伝子については M30202, M30203, M30204, M55565, M69046, X00583, X17007, X17008、M遺伝子については D11446, K02742, M30202, M30203, M30204, M69046, U31956, X00584, X53056、F遺伝子については D00152, D11446, D17334, D17335, M30202, M30203, M30204, M69046, X00152, X02131、HN遺伝子については D26475, M12397, M30202, M30203, M30204, M69046, X00586, X02808, X56131、L遺伝子については D00053, M30202, M30203, M30204, M69040, X00587, X58886を参照のこと。またその他のウイルスがコードするウイルス遺伝子を例示すれば、N遺伝子については、CDV, AF014953; DMV, X75961; HPIV-1, D01070; HPIV-2, M55320; HPIV-3, D10025; Mapuera, X85128; Mumps, D86172; MeV, K01711; NDV, AF064091; PDPR, X74443; PDV, X75717; RPV, X68311; SeV, X00087; SV5, M81442; および Tupaia, AF079780、P遺伝子については、CDV, X51869; DMV, Z47758; HPIV-l, M74081; HPIV-3, X04721; HPIV-4a, M55975; HPIV-4b, M55976; Mumps, D86173; MeV, M89920; NDV, M20302; PDV, X75960; RPV, X68311; SeV, M30202; SV5, AF052755; および Tupaia, AF079780、C遺伝子については CDV, AF014953; DMV, Z47758; HPIV-1, M74081; HPIV-3, D00047; MeV, ABO16162; RPV, X68311; SeV, AB005796; および Tupaia, AF079780、M遺伝子については CDV, M12669; DMV Z30087; HPIV-1, S38067; HPIV-2, M62734; HPIV-3, D00130; HPIV-4a, D10241; HPIV-4b, D10242; Mumps, D86171; MeV, AB012948; NDV, AF089819; PDPR, Z47977; PDV, X75717; RPV, M34018; SeV, U31956; および SV5, M32248、F遺伝子については CDV, M21849; DMV, AJ224704; HPN-1, M22347; HPIV-2, M60182; HPIV-3, X05303, HPIV-4a, D49821; HPIV-4b, D49822; Mumps, D86169; MeV, AB003178; NDV, AF048763; PDPR, Z37017; PDV, AJ224706; RPV, M21514; SeV, D17334; および SV5, AB021962、HN(HまたはG)遺伝子については CDV, AF112189; DMV, AJ224705; HPIV-1, U709498; HPIV-2. D000865; HPIV-3, AB012132; HPIV-4A, M34033; HPIV-4B, AB006954; Mumps, X99040; MeV, K01711; NDV, AF204872; PDPR, X74443; PDV, Z36979; RPV, AF132934; SeV, U06433; および SV-5, S76876 、L遺伝子についてはCDV, AF014953; DMV, AJ608288; HPIV-1, AF117818; HPIV-2, X57559; HPIV-3, AB012132; Mumps, AB040874; MeV, K01711; NDV, AY049766; PDPR, AJ849636; PDV, Y09630; RPV,Z30698; およびSV-5, D13868が例示できる。但し、各ウイルスは複数の株が知られており、株の違いにより上記に例示した以外の配列からなる遺伝子も存在する。これらのいずれかの遺伝子に由来するウイルス遺伝子を持つセンダイウイルスベクターは、本発明のワクチンを産生するためのウイルスベクターとして有用である。例えば本発明のセンダイウイルスベクターは、上記のいずれかのウイルス遺伝子のコード配列と、90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の同一性を持つ塩基配列を含んでよい。また、本発明のセンダイウイルスベクター、および感染性および非感染性粒子は、例えば上記のいずれかのウイルス遺伝子のコード配列がコードするアミノ酸配列と、90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の同一性を持つアミノ酸配列をコードする塩基配列を含んでよい。また、本発明のセンダイウイルスベクターは、例えば上記のいずれかのウイルス遺伝子のコード配列がコードするアミノ酸配列において、10個以内、好ましくは9個以内、8個以内、7個以内、6個以内、5個以内、4個以内、3個以内、2個以内、または1個のアミノ酸が置換、挿入、欠失、および/または付加されたアミノ酸配列をコードする塩基配列を含んでよい。
【0050】
なお本明細書に記載した塩基配列およびアミノ酸配列などのデータベースアクセッション番号が参照された配列は、例えば本願の出願日および優先日における配列を参照するものであって、本願の出願日および優先日のいずれ時点における配列としても特定することができ、好ましくは本願の出願日における配列として特定される。各時点での配列はデータベースのリビジョンヒストリーを参照することにより特定することができる。
【0051】
本発明において用いられるマイナス鎖RNAウイルスは誘導体であってもよく、誘導体には、ウイルスによる遺伝子導入能を損なわないように、ウイルス遺伝子が改変されたウイルス、および化学修飾されたウイルス等が含まれる。
【0052】
またパラミクソウイルスは、天然株、野生株、変異株、ラボ継代株、および人為的に構築された株などに由来してもよい。例えばセンダイウイルスであればZ株が挙げられるがそれに限定されるものではない(Medical Journal of Osaka University Vol.6, No.1, March 1955 p1-15)。つまり、当該ウイルスは、目的とするウイルス粒子を製造できる限り、天然から単離されたウイルスと同様の構造を持つウイルスであっても、遺伝子組み換えにより人為的に改変したウイルスであってもよい。例えば、野生型ウイルスが持ついずれかの遺伝子に変異や欠損があるものであってよい。例えば、ウイルスのエンベロープ蛋白質または外殻蛋白質をコードする少なくとも1つの遺伝子に欠損あるいはその発現を抑制するストップコドン変異などの変異を有するウイルスを好適に用いることができる。このようなエンベロープ蛋白質を発現しないウイルスは、例えば感染細胞においてはゲノムを複製することはできるが、感染性ウイルス粒子を形成できないウイルスである。このような伝搬能欠損型のウイルスは、非感染性ウイルス粒子の製造に好適である。例えば、FまたはHNのいずれかのエンベロープ蛋白質(スパイク蛋白質)の遺伝子、あるいはFおよびHNの遺伝子をゲノムにコードしないウイルスを用いることができる (WO00/70055 および WO00/70070; Li, H.-O. et al., J. Virol. 74(14) 6564-6569 (2000))。少なくともゲノム複製に必要な蛋白質(例えば N、P、およびL蛋白質)をゲノムRNAにコードしていれば、ウイルスは感染細胞においてゲノムを増幅することができる。エンベロープ蛋白質欠損型でありかつ感染性を持つウイルス粒子を製造するには、例えば、欠損している遺伝子産物またはそれを相補できる蛋白質をウイルス産生細胞において外来的に供給する(WO00/70055 および WO00/70070; Li, H.-O. et al., J. Virol. 74(14) 6564-6569 (2000))。一方、欠損するウイルス蛋白質を全く相補しないことによって、非感染性ウイルス粒子を回収することができる(WO00/70070)。
【0053】
また、本発明のウイルスの生産において、変異型のウイルス蛋白質遺伝子を搭載するウイルスを用いることも好ましい。例えば、ウイルスの構造蛋白質(NP, M)やRNA合成酵素(P, L)において弱毒化変異や温度感受性変異を含む多数の変異が知られている。これらの変異蛋白質遺伝子を有するマイナス鎖RNAウイルスを本発明において目的に応じて好適に用いることができる。本発明においては、望ましくは細胞傷害性を減弱したウイルスを用い得る。細胞傷害性は、例えば細胞からの乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の放出を定量することにより測定することができる。細胞傷害性の減弱化の程度は、例えば、ヒト由来HeLa細胞(ATCC CCL-2)またはサル由来CV-1細胞(ATCC CCL 70)にMOI(感染価) 3で感染させて3日間培養した培養液中のLDH放出量が野生型に比べ有意に低下したもの、例えば20%以上、25%以上、30%以上、35%以上、40%以上、または50%以上低下したウイルスを用いることができる。また細胞傷害性を低下させる変異には、温度感受性変異も含まれる。温度感受性変異とは、低温 (30℃ないし36℃、例えば30℃ないし32℃) に比べ、ウイルス宿主の通常の温度(例えば37℃ないし38℃)において有意に活性が低下する変異のことである。このような、温度感受性変異を持つ蛋白質は、許容温度(低温)下でウイルスを作製することができるので便利である。本発明において有用な温度感受性変異を持つウイルスは、例えば培養細胞において32℃で感染させた場合に比べ、37℃で感染させた場合に、増殖速度または遺伝子発現レベルが、少なくとも1/2以下、好ましくは1/3以下、より好ましくは1/5以下、より好ましくは1/10以下、より好ましくは1/20以下である。
【0054】
例えば、ウイルスの構造蛋白質(NP, M)やRNA合成酵素(P, L)において弱毒化変異や温度感受性変異を含む多数の変異が知られている。これらの変異蛋白質遺伝子を有するウイルスベクターなどを本発明において目的に応じて好適に用いることができる。
【0055】
具体的には、例えばセンダイウイルスベクターであれば、M遺伝子の好ましい変異としては、M蛋白質における69位(G69)、116位(T116)、および183位(A183)からなる群より任意に選択される部位のアミノ酸置換が挙げられる(Inoue, M. et al., J.Virol. 2003, 77: 3238-3246)。センダイウイルスのM蛋白質に上記の3つの部位のいずれか、好ましくは任意の二つの部位の組み合わせ、さらに好ましくは三つの部位全てのアミノ酸が他のアミノ酸に置換された変異M蛋白質をコードするゲノムを有するウイルスは、本発明において好適に用いられる。
【0056】
アミノ酸変異は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましく、例えばBLOSUM62マトリックス(Henikoff, S. and Henikoff, J. G. (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89: 10915-10919)の値が3以下、好ましくは2以下、より好ましくは1以下、より好ましくは0のアミノ酸に置換する。具体的には、センダイウイルスM蛋白質のG69、T116、およびA183を、それぞれGlu (E)、Ala (A)、およびSer (S) へ置換することができる。また、麻疹ウイルス温度感受性株 P253-505(Morikawa, Y. et al., Kitasato Arch. Exp. Med. 1991: 64; 15-30)のM蛋白質の変異と相同な変異を利用することも可能である。変異の導入は、例えばオリゴヌクレオチド等を用いて、公知の変異導入方法に従って実施すればよい。
【0057】
また、HN遺伝子の好ましい変異としては、例えばセンダイウイルスのHN蛋白質の262位(A262)、264位(G264)、および461位(K461)からなる群より任意に選択される部位のアミノ酸置換が挙げられる(Inoue, M. et al., J.Virol. 2003, 77: 3238-3246)。3つの部位のいずれか1つ、好ましくは任意の2部位の組み合わせ、さらに好ましくは3つの部位全てのアミノ酸が他のアミノ酸に置換された変異HN蛋白質をコードするゲノムを有するウイルスは、本発明において好適に用いられる。上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。好ましい一例を挙げれば、センダイウイルス HN蛋白質のA262、G264、およびK461を、それぞれThr (T)、Arg (R)、およびGly (G) へ置換する。また、例えば、ムンプスウイルスの温度感受性ワクチン株 Urabe AM9を参考に、HN蛋白質の464及び468番目のアミノ酸に変異導入することもできる(Wright, K. E. et al., Virus Res. 2000: 67; 49-57)。
【0058】
またセンダイウイルスは、P遺伝子および/またはL遺伝子に変異を有していてもよい。このような変異としては、具体的には、SeV P蛋白質の86番目のGlu(E86)の変異、SeV P蛋白質の511番目のLeu(L511)の他のアミノ酸への置換が挙げられる。上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、86番目のアミノ酸のLysへの置換、511番目のアミノ酸のPheへの置換などが例示できる。またL蛋白質においては、SeV L蛋白質の1197番目のAsn(N1197)および/または1795番目のLys(K1795)の他のアミノ酸への置換が挙げられ、上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、1197番目のアミノ酸のSerへの置換、1795番目のアミノ酸のGluへの置換などが例示できる。P遺伝子およびL遺伝子の変異は、持続感染性、2次粒子放出の抑制、または細胞傷害性の抑制の効果を顕著に高めることができる。さらに、エンベロープ蛋白質遺伝子の変異および/または欠損を組み合わせることで、これらの効果を劇的に上昇させることができる。またL遺伝子は、SeV L蛋白質の1214番目のTyr(Y1214)および/または1602番目のMet(M1602)の他のアミノ酸への置換が挙げられ、上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、1214番目のアミノ酸のPheへの置換、1602番目のアミノ酸のLeuへの置換などが例示できる。以上に例示した変異は、任意に組み合わせることができる。
【0059】
例えば、SeV M蛋白質の少なくとも69位のG、116位のT、及び183位のA、SeV HN蛋白質の少なくとも262位のA,264位のG,及び461位のK、SeV P蛋白質の少なくとも511位のL、SeV L蛋白質の少なくとも1197位のN及び1795位のKが、それぞれ他のアミノ酸に置換されており、かつF遺伝子を欠損または欠失するセンダイウイルスベクター、ならびに、細胞傷害性がこれらと同様またはそれ以下、および/または37℃におけるNTVLP形成の抑制がこれらと同様またはそれ以上のF遺伝子欠損または欠失センダイウイルスベクターは、本発明において好適である。
【0060】
より具体的には、F遺伝子を欠失し、M蛋白質にG69E、T116A、およびA183Sの変異、HN蛋白質にA262T、G264R、およびK461Gの変異、P蛋白質にL511Fの変異、ならびにL蛋白質にN1197SおよびK1795Eの変異をゲノムに含むセンダイウイルスベクターは、本発明において好適に用いることができる。本発明において、F遺伝子の欠失とこれらの変異との組み合わせを「TSΔF」と称す。
【0061】
本発明に用いるウイルスベクターは、そのゲノムにウイルス蛋白質遺伝子以外に、ウイルスの性質を制御する外来の遺伝子や調節因子をコードしていてもよい。例えば、ウイルスタンパク質の発現を調整するためにdegron配列やmiRNAの標的配列をコードしていてもよい。
【0062】
本発明において好適に用いられるマイナス鎖RNAウイルスは、少なくとも1つのエンベロープ遺伝子が、欠失または変異している。このようなウイルスには、少なくとも1つのエンベロープ遺伝子が欠失しているもの、少なくとも1つのエンベロープ遺伝子が変異しているもの、少なくとも1つのエンベロープ遺伝子が変異しており少なくとも1つのエンベロープ遺伝子が欠失しているものが含まれる。変異または欠失している少なくとも1つのエンベロープ遺伝子は、好ましくはエンベロープ構成蛋白質をコードする遺伝子であり、例えばパラミクソウイルスベクターにおいてはF遺伝子および/またはHN遺伝子が挙げられる。例えば、F遺伝子を欠失しているか、F遺伝子が機能喪失型変異Fタンパク質をコードするものを好適に用いることができる。また、HN遺伝子を欠失しているか、HN遺伝子が機能喪失型変異HNタンパク質をコードするものであってもよい。また、例えばF遺伝子を欠失し、HN遺伝子をさらに欠失するか、HN遺伝子に変異をさらに有するマイナス鎖RNAウイルスは、本発明において好適に用いられる。また、例えばF遺伝子を欠失し、HN遺伝子をさらに欠失するマイナス鎖RNAウイルスも、本発明において好適に用いられる。このような変異型のウイルスは、公知の方法に従って作製することが可能である。
【0063】
例えばパラミクソウイルスベクターの場合、好ましい一態様においては、少なくとも一つの自身のエンベロープタンパク質遺伝子(例えばF遺伝子)をゲノムから欠失し、自身のN、P、L遺伝子を搭載している。また該ウイルスベクターは、好ましくはゲノム上に自身のM遺伝子を搭載している。
【0064】
本発明のウイルスベクターは、コロナウイルス抗原をコードする核酸を発現可能に搭載している。コロナウイルス抗原をコードする核酸は、ウイルスベクターのゲノムの所望の位置に挿入することができる。例えばパラミクソウイルスの場合、ゲノム(マイナス鎖)の3'末端に近いほど発現レベルの上昇が期待できるので、例えば3'末端にあるリーダー配列とその5'側にある最初のマイナス鎖RNAウイルスタンパク質(通常Nタンパク質)の遺伝子との間に、抗原タンパク質をコードする塩基配列を挿入することができる。あるいは、最初のマイナス鎖RNAウイルスタンパク質(通常Nタンパク質)と2番目のマイナス鎖RNAウイルスタンパク質(通常Pタンパク質)の遺伝子の間、2番目と3番目(通常PとMの間)などであってもよい。
【0065】
ベクターから発現させるコロナウイルス抗原は、上述のとおり所望の非Sコロナウイルス抗原を用いることができるが、好ましくはコロナウイルスのN、M、Eからなる群より選択される蛋白質である。N、M、Eは、いずれか一つを選択してもよく、任意に組み合わせたり、すべてを選択してもよい。例えばNおよびMの組み合わせ、NおよびEの組み合わせ、MおよびEの組み合わせ、あるいは、N、MおよびEの組み合わせを発現するベクターは、本発明において好適である。特に、少なくともコロナウイルスN抗原を発現するベクターは本発明において最も好適に用いられる。
【0066】
これらのコロナウイルス抗原をコードする核酸をベクターに搭載させる場合、その位置は適宜決めてよいが、パラミクソウイルスベクターにN抗原をコードする核酸を含む複数の抗原をそれぞれコードする核酸を搭載させる場合、N抗原をコードする核酸を、他の抗原をコードする核酸よりもパラミクソウイルスベクターのゲノム上流側(ウイルスゲノムの3’側)に挿入してよい。例えば、上流側から、N、Mの順番、N、Eの順番、M、Eの順番、あるいは、N、M、Eの順番でパラミクソウイルスベクターのゲノムに挿入することができる。コロナウイルス抗原をコードする核酸は、その両端を、適宜パラミクソウイルスのs(start)配列とd(end)配列に挟んで挿入することができる。パラミクソウイルスベクターにおいて、s配列は転写を開始させるシグナル配列であり、e配列で転写が終結する。s配列とe配列で挟まれた領域は、1つの転写単位となる。ある遺伝子のe配列と次の遺伝子のs配列の間は、適宜スペーサーとなる配列(介在配列;intervening sequence; i)を挿入することができる。例えば コロナウイルスN抗原遺伝子 -e-i-s- コロナウイルスM抗原遺伝子 -e-i-s- コロナウイルスE抗原遺伝子(小文字の e-i-s はパラミクソウイルスの上記s配列、i (intervening) 配列、およびe配列が並んだものを表す)の構成をもつ核酸をゲノムに含むパラミクソウイルスベクターは、本発明のワクチンとして好適に用いることができる。
【0067】
例えばセンダイウイルスベクターの場合、S配列としては、例えば 3'-UCCCWVUUWC-5'(W= AまたはU; V= A, C, またはG)(配列番号:13)の配列を好適に用いることができる。特に 3'-UCCCAGUUUC-5'(配列番号:14)、3'-UCCCACUUAC-5'(配列番号:15)、および 3'-UCCCACUUUC-5'(配列番号:16)が好ましい。これらの配列は、プラス鎖をコードするDNA配列で表すとそれぞれ 5'-AGGGTCAAAG-3'(配列番号:17)、5'-AGGGTGAATG-3'(配列番号:18)、および 5'-AGGGTGAAAG-3'(配列番号:19)である。センダイウイルスベクターのE配列としては、例えば 3'-AUUCUUUUU-5'(プラス鎖をコードするDNAでは 5'-TAAGAAAAA-3')が好ましい。I配列は、例えば任意の3塩基であってよく、具体的には 3'-GAA-5'(プラス鎖DNAでは 5'-CTT-3')を用いればよいが、これに限定されるものではない。
【0068】
コロナウイルスN、M、Eをコードする核酸は、例えばこの順番で、パラミクソウイルスベクターのゲノムのリーダー配列とN遺伝子との間に挿入することができる。パラミクソウイルスベクターとしては、エンベロープ遺伝子(例えばF遺伝子)を欠失する複製不能型のパラミクソウイルスベクターを使用することができる。一例としては実施例に記載の、コロナウイルスN、M、Eをコードする核酸がリーダー配列とN遺伝子との間(SeV N遺伝子の上流)に挿入されたSeVベクター(SeV18+nCoV_NME/ΔF)が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0069】
エンベロープ遺伝子を欠失するパラミクソウイルスベクターを用いる場合は、欠失した遺伝子の位置にコロナウイルス抗原をコードする核酸を挿入してもよい。例えばF遺伝子を欠失するパラミクソウイルスベクターを用いる場合は、コロナウイルス抗原をコードする核酸をその位置、具体的にはHN遺伝子とM遺伝子との間に挿入することができる。また、コロナウイルス抗原を複数発現させる場合は、一部のコロナウイルス抗原をコードする核酸をパラミクソウイルスベクターのゲノムのリーダー配列とN遺伝子との間に挿入し、残りのコロナウイルス抗原をコードする核酸をパラミクソウイルスベクターのゲノムのHN遺伝子とM遺伝子との間に挿入してもよい。具体的には、例えばコロナウイルスN蛋白質およびM蛋白質をコードする核酸をパラミクソウイルスベクターのゲノムのリーダー配列とN遺伝子との間に挿入し、コロナウイルスのE蛋白質をコードする核酸をパラミクソウイルスベクターのゲノムのHN遺伝子とM遺伝子との間に挿入することができる。コロナウイルスN蛋白質およびM蛋白質をコードする核酸の順序に限定はないが、例えばN蛋白質をコードする核酸がパラミクソウイルスベクターゲノムの上流側となるようにしてもよい。一例としては実施例に記載の、コロナウイルスN、Mをコードする核酸がリーダー配列とN遺伝子との間(SeV N遺伝子の上流)に挿入され、コロナウイルスEをコードする核酸がSeV MおよびHN遺伝子の間に挿入されたSeVベクター(SeV18+nCoV_NM(MHN)nCoVE/ΔF)が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0070】
本発明のコロナウイルス抗原蛋白質またはそれをコードする核酸、ベクターは、例えば薬学的に許容される担体もしくは媒体を組み合わせて、適宜、組成物とすることができる。当該組成物は、例えば本発明の抗原蛋白質、核酸、またはベクターと所望の担体または媒体とを含む組成物である。薬理学上許容される担体もしくは媒体は適宜選択されるが、例えば、水(例えば滅菌水)、生理食塩水(例えばリン酸緩衝生理食塩水)、緩衝液、培養液、グリコール、エタノール、グリセロール、ラクトース、スクロース、ソルビトール、マンニトール、澱粉、アカシアガム、リン酸カルシウム、ゼラチン、デキストラン、寒天、ペクチン、ポリビニルピロリドン、セルロース、メチルセルロース、メチルヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル、滑石、ステアリン酸マグネシウム、オリーブオイル、ピーナッツ油、ゴマ油、ミネラルオイルなどのオイル等が挙げられ、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、緩衝剤、香味剤、希釈剤、保存剤、安定剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、徐放剤等も挙げられる(Remington: The Science and Practice of Pharmacy, 19th edition, Williams & Wilkins, 1995)。これらや他の薬学的に許容される担体もしくは媒体を任意に組み合わせて組成物とすることができる。当該組成物は、ワクチン製剤として有用である。本発明のワクチン製剤はコロナウイルスの抗原タンパク質に対するT細胞応答を効率的に誘導することができるため、特に病原性コロナウイルスに対する予防および治療のためのワクチンとして特に有用である。本発明のワクチン製剤は、適宜アジュバントや免疫賦活剤をさらに含んでもよい。アジュバントとしては、例えばミョウバン、リン酸アルミニウム、フロイント完全および不完全アジュバント、ビロソーム、リポソーム、リポ多糖、油性または水性のエマルジョン型アジュバント等が挙げられ、これらから選択される、または他のアジュバントを適宜含んでよい。
【0071】
注射剤として製剤化するためには、注射用蒸留水等の担体を用いて処方することができる。注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウムなどのその他の成分を含む水溶液が挙げられる。また、アルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤等を含んでもよい。
【0072】
ワクチンの投与経路は適宜選択することができ、経口または非経口で投与することができる。非経口投与としては、例えば経鼻投与、吸引、鼻腔内投与、腹腔内投与、筋肉内投与、経皮投与、皮下投与、皮内投与、舌下投与、静脈内投与、経腸投与、経粘膜投与などが挙げられるが、それらに限定されない。本発明は、本発明のワクチン組成物を対象に投与する工程を含む、コロナウイルス感染症に対する予防または治療方法を提供する。また本発明は、本発明のワクチン組成物を対象に投与する工程を含む、コロナウイルスの抗原蛋白質に対するT細胞応答、特にCD8+ T細胞応答を誘導する方法を提供する。
【0073】
本発明のワクチン組成物は、例えば経鼻投与、鼻腔内投与、または吸引等により投与しうる。実施例に示すとおり、本発明は、経鼻接種によるコロナウイルス非S標的抗原に対するT細胞応答誘導を可能とするワクチンを初めて提供した。本発明のワクチンを経鼻接種することにより、標的抗原に対するT細胞応答を高い効率で誘導することが可能である。本発明は、本発明のワクチン組成物を対象に経鼻接種する工程を含む、コロナウイルス感染症に対する予防または治療方法を提供する。また本発明は、本発明のワクチン組成物を対象に経鼻接種する工程を含む、コロナウイルスの抗原蛋白質に対するT細胞応答、特にCD8+ T細胞応答を誘導する方法を提供する。経鼻接種においては、適宜適したワクチン形態を選択してよい。例えば、マイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチン組成物は、接種部位において標的抗原を発現して免疫応答を効率よく惹起できるので好適である。本発明は、マイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチン組成物を対象に経鼻接種する工程を含む、コロナウイルス感染症に対する予防または治療方法を提供する。また本発明は、マイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチン組成物を対象に経鼻接種する工程を含む、コロナウイルスの抗原蛋白質に対するT細胞応答、特にCD8+ T細胞応答を誘導する方法を提供する。
【0074】
本発明のワクチン製剤の接種形態に特に制限はなく、例えば単回接種や複数回接種に使用することができる。複数回の接種においては、本発明のワクチンを複数回接種してもよく、あるいは、他のワクチンと組み合わせて接種してもよい。例えば、プライマリー接種では、非ウイルスベクターのワクチンを用いて接種を行い、ブースター接種において、ウイルスベクター(好ましくはマイナス鎖RNAウイルスベクター)を含むワクチン製剤を接種してもよい。マイナス鎖RNAウイルスベクターは宿主染色体に組み込まれるおそれがないため、安全性が高く、複数回(例えば2回またはそれ以上、3回またはそれ以上、4回またはそれ以上、あるいは5回またはそれ以上)の接種を行うのにも適している。
【0075】
また本発明のワクチン組成物は、複数の抗原を含むか、複数の抗原を発現する多価ワクチンとしてもよい。但し本発明のワクチン組成物は、コロナウイルススパイク(S)抗原を含まず、またS抗原を発現もしないものが好ましい。
【0076】
ワクチンを複数回接種する場合の接種間隔は適宜決定してよい。例えば、1週間またはそれ以上、10日間またはそれ以上、2週間またはそれ以上、20日間またはそれ以上、3週間またはそれ以上、4週間またはそれ以上、あるいは、5週間またはそれ以上の間隔とすることができ、4か月またはそれ以下、3か月またはそれ以下、2か月またはそれ以下、9週間またはそれ以下、8週間またはそれ以下、7週間またはそれ以下、6週間またはそれ以下の間隔とすることができる。具体的には、1~6週間、10日間~5週間、2週間~5週間、3~5週間、または4~5週間とすることができるが、これに限定されない。
【0077】
例えばマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチンは、1回の接種でもコロナウイルス抗原に対する特異的T細胞応答を誘導することができ(図3a)、2回の接種でコロナウイルス抗原に対する顕著な特異的T細胞応答を誘導する(図1)。マイナス鎖RNAウイルスベクターを含むワクチンを複数回接種する場合は、その間隔は、例えば2週間~6週間、3~6週間、4~6週間、3~5週間、または4~5週間とすることができる。また、DNAベクターを含む本発明のワクチンを複数回接種する場合は、その間隔は、例えば1週間~6週間、1週間~5週間、1週間~4週間、1週間~3週間、1週間~2週間とすることができる。
【0078】
DNAベクターを含む本発明のワクチンとマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチンを組み合わせて接種する場合は、所望の順番で接種することができ、DNAベクターを含む本発明のワクチンを接種した後でマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチンを接種してもよく、マイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチンを接種した後でDNAベクターを含む本発明のワクチンを接種してもよいが、好ましくはDNAベクターを含む本発明のワクチンを接種した後でマイナス鎖RNAウイルスベクターを含む本発明のワクチンが接種される。その際、DNAベクターを含む本発明のワクチンを複数回接種してもよい。DNAベクターを含む本発明のワクチンを複数回接種する場合の接種間隔は適宜決定してよいが、例えば上記のとおりとすることができる。DNAベクターワクチンの最初の接種とマイナス鎖RNAウイルスベクターワクチンの最初の接種までの間隔は、例えば、1週間またはそれ以上、10日間またはそれ以上、2週間またはそれ以上、20日間またはそれ以上、3週間またはそれ以上、4週間またはそれ以上、あるいは、5週間またはそれ以上とすることができ、4か月またはそれ以下、3か月またはそれ以下、2か月またはそれ以下、9週間またはそれ以下、8週間またはそれ以下、7週間またはそれ以下、6週間またはそれ以下とすることができる。その間隔は、具体的には1~7週間、10日間~6週間、2週間~6週間、3~6週間、4~6週間、または4~5週間とすることができるが、これに限定されない。
【0079】
ワクチンの複数回接種を行う場合、各回に接種されるワクチンに含まれる、または発現されるコロナウイルス抗原は、毎回同じであってもよく、異なっていてもよい。例えば、コロナウイルスのN、M、およびE抗原を発現するワクチンを各回で接種してもよいし、異なる抗原を発現する(あるいは異なる抗原を含む)ワクチンを接種してもよい。
【0080】
異なる抗原を含む、または発現するワクチンを組み合わせることで、ワクチン接種を行った個体で誘導されるT細胞応答の標的対象を拡大することができる。例えば本発明のワクチン製剤を用いてブースター接種を行う場合に、プライマリー接種で用いたワクチン製剤に含まれる(または発現される)抗原とは異なる抗原を含む(または発現される)ワクチン製剤を用いてもよい。例えば同じ病原体の抗原であっても、プライマリー接種で用いた抗原とは異なる蛋白質を標的抗原として用いたり、あるいは同じ蛋白質であっても、プライマリー接種で用いた抗原とは異なる部分を抗原として用いたり、あるいは、プライマリー接種で用いた抗原が属する病原体とは異なる病原体の蛋白質を抗原として用いることができる。特に、同種の病原体であっても、プライマリー接種で用いたワクチン製剤が由来する病原体とは異なる株をブースター接種に用いることができる。
【0081】
本発明のワクチン組成物を動物に投与する場合、その投与量は、疾患、患者の体重、年齢、性別、症状、投与目的、投与組成物の形態、投与方法等に応じて適宜決定することが可能である。また投与量は、対象動物、投与部位、投与回数などに応じて適宜調整してよい。例えば体重に応じて、1 ng/kg~1000mg/kg、5 ng/kg~800mg/kg、10 ng/kg~500mg/kg、0.1 mg/kg~400mg/kg、0.2 mg/kg~300mg/kg、0.5 mg/kg~200mg/kg、または 1 mg/kg~ 100mg/kgに設定され得るが、これに限定されない。また、マイナス鎖RNAウイルスベクターを含むワクチン組成物を投与する場合は、例えば1x104 ~ 1x1015 CIU/kg、1x105 ~ 1x1014 CIU/kg、1x106 ~ 1x1013 CIU/kg、1x107 ~ 1x1012 CIU/kg、1x108 ~ 5x1011 CIU/kg、1x109 ~ 5x1011 CIU/kg、または1x1010 ~ 1x1011 CIU/kgで投与すること、ならびに、1x106 ~ 1x1017 particles/kg、1x107 ~ 1x1016 particles/kg、1x108 ~ 1x1015 particles/kg、1x109 ~ 1x1014 particles/kg、1x1010 ~ 1x1013 particles/kg、1x1011 ~ 5x1012 particles/kg、または5x1011 ~ 5x1012 particles/kgで投与することが挙げられるが、それらに限定されない。当業者であれば、患者の体重、年齢、症状などを考慮し、適宜適当な投与量及び投与方法を決定することが可能である。
【0082】
本発明のワクチン組成物の投与対象は、好ましくは哺乳動物(ヒトおよび非ヒト哺乳類を含む)である。具体的には、ヒト、サル等の非ヒト霊長類、マウス、ラット、モルモットなどのげっ歯類、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、イヌ、ネコなどの非げっ歯類動物、所望の霊長類、例えばサルなどの非ヒト霊長類、具体的にはカニクイザルやアカゲザルなどのマカク、およびヒトが含まれる。
【0083】
なお本明細書において引用された文献は、すべて参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例0084】
動物実験
以下に示す実施例におけるカニクイザル(Macaca fascicularis, 3-7齢)を用いた動物実験は、日本学術会議が定めた「動物実験の適正な実施に向けたガイドライン」(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-k16-2e.pdf)に準拠して実施した。採血、鼻咽頭スワブ採取、ワクチン接種、ウイルス接種はケタミン麻酔下で行った。カニクイザルは深麻酔下での全血採血により安楽死させ,感染後7日目または9日目に剖検した。
【0085】
ワクチン接種のために、SARS-CoV-2 wk-521株(2019-nCoV/Japan/TY/WK-521/2020, GenBank Accession LC522975)のヌクレオカプシド(N)、メンブレン(M)、エンベロープ(E)タンパク質をコードするcDNAをそれぞれpcDNA3.1(Invitrogen)に導入して、pcDNA-N、pcDNA-M、pcDNA-EプラスミドDNAを構築した(それぞれpcDNA-2019nCoV-N, pcDNA-2019nCoV-M, pcDNA-2019nCoV-Eとも称す)。pcDNA-2019nCoV-N, pcDNA-2019nCoV-M, pcDNA-2019nCoV-Eにおける、pcDNA3.1への挿入断片(NheI/BamHI断片)の配列をそれぞれ配列番号7~9に示す。
【0086】
また、N、M、Eを発現する複製不能型F欠失センダイウイルス(SeV)ベクターを構築した(SeV-NME)。SeVベクターは、国際公開公報WO00/70070に記載のSeV18+/ΔFを使用した。なおSeV18+/ΔFはZ株SeV cDNA(pSeV18+ b(+))(Hasan, M. K. et al., J. General Virology 78: 2813-2820, 1997)からF遺伝子を欠失させたものである。コロナウイルスN、M、およびEのコード配列としては、上記のwk-521株のN、M、およびEの全長配列を使用したが、Nについてはサイレントミューテーションを2か所(A1107G、A1116G)導入した上でSeVベクターに搭載した。wk-521株N、M、およびEコード配列は、SeVベクターゲノムの上流から下流に向かってN、M、Eの順番で18+の位置(すなわちSeV N遺伝子のすぐ上流であり、N遺伝子とリーダー配列との間)に挿入した(SeV18+nCoV_NME/ΔF)。また、NおよびMをコードする全長配列を上記の18+の位置に、Eをコードする全長配列をSeVのM遺伝子とHN遺伝子の間(MHN+18位置)(すなわち欠失したSeV F遺伝子があった部位)に挿入したSeVベクターも作製した(SeV18+nCoV_NM(MHN)nCoVE/ΔF)。以下の実施例ではSeVベクターとしては特に断らない限りSeV18+nCoV_NME/ΔFを使用した。
【0087】
いくつかのワクチンプロトコルを試みた(表1)。3匹のカニクイザル(T031、T032、T033)の第1群は、0日目と4日目の2回、pcDNA-N(4mg)、pcDNA-M(2mg)、pcDNA-E(2mg)を筋肉内にワクチン接種し、最初の接種から5週目にSeV-NME(5×109 cells infectious unit[CIU])を鼻腔内に接種した。第2群の4匹のカニクイザル(T034、T041、T042、T043)には、5週間の間隔をおいて2回、SeV-NMEの経鼻ワクチン接種を行った。第3群の2匹のカニクイザル(T044、T045)には、pcDNA-N(8mg)およびpcDNA-E(2mg)を1回、筋肉内接種し、1週間後にSeV-NME(7×109 CIU)を経鼻接種した。
【0088】
[表1]
a:Exp1とExp2の2セットの実験を行った。カニクイザルN012、N013、N022の感染後2日目、5日目、7日目、およびカニクイザルD024、D025の2日目、5日目の鼻咽頭スワブ中のウイルス量のデータ(Nomura, T., et al. bioRxiv 2021.05.26.445769, 2021)をヒストリカル・コントロールとして使用した。
b:カニクイザルT031、T032、T033は、0日目と4日目に2回、pcDNA-N、pcDNA-M、pcDNA-Eを筋肉内に接種し、1回目の接種後5週目にSeV-NMEを経鼻的に接種した。カニクイザルT034、T041、T042、T043は、5週間の間隔を空けて2回SeV-NMEを経鼻接種した。カニクイザルT044およびT045は、0週目にpcDNA-NおよびpcDNA-Eの筋肉内ワクチン接種を行い、1週目にSeV-NMEの鼻腔内ワクチン接種を行った。
c:すべてのカニクイザルは同じSARS-CoV-2接種液のストックを用いてSARS-CoV-2の経鼻チャレンジを行った。カニクイザルT031,T032,T033,T034,T041,T042,T043は最後のワクチン接種から6週間後に、カニクイザルT044,T045は最後のワクチン接種から3週間後にチャレンジを行った。
【0089】
ウイルスチャレンジのために、SARS-CoV-2 wk-521をVero E6/TMPRSS2細胞(Matsuyama, S., et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 117:7001-7003, 2020)で増殖させ、これを回収してウイルス接種用のストックを調製した。ウイルスの感染性は、Vero E6/TMPRSS2細胞での細胞変性効果(cytopathic effect; CPE)検出エンドポイント力価の測定によって評価した。ウイルスチャレンジ実験1および2は、施設内のケージ数に制限があるため、別々に2回実施した。すべてのチャレンジ実験は、同じSARS-CoV-2のストックを用いて行った。ワクチンを接種したカニクイザルに、最後のワクチン接種から6週目(T031、T032、T033、T034、T041、T042、T043)または3週目(T044、T045)に、105(正確には7.5×104)TCID50のSARS-CoV-2を経鼻チャレンジした。ワクチン未接種の4匹のカニクイザル(N031、N032、N041、N042)にも105 TCID50のSARS-CoV-2を経鼻チャレンジした。さらに、同じSARS-CoV-2ストックを105 TCID50 で経鼻感染させた5匹のカニクイザル(N012、N013、N022、D024、D025)のデータ(Nomura, T., et al. bioRxiv 2021.05.26.445769, 2021)を、ワクチン未接種のヒストリカル・コントロールとして使用した(表1)。
【0090】
SARS-CoV-2抗原特異的T細胞応答の分析
ウイルス抗原特異的T細胞頻度は、公知の手順にしたがって特異的刺激後のインターフェロン-γ(IFN-γ)誘導のフローサイトメトリー分析によって測定した(Nomura, T., et al. bioRxiv 2021.05.26.445769, 2021)。PBMCは、Ficoll-Paque PLUS(Cytiva社)を用いた密度勾配遠心分離により全血から調製した。リンパ節由来のリンパ球は、ミンチにしたリンパ節からFicoll-Paque PLUSを用いて密度勾配遠心分離により調製した。ヘルペスウィルス・パピオ不死化Bリンパ芽球細胞株(B-LCLs)を、SARS-CoV-2のN, M, Eのアミノ酸配列にまたがる重複ペプチドのパネル(PM-WCPV-NCAP-1, PM-WCPV-VME-1, PM-WCPV-VEMP-1; JPT Peptide Technologies)を用いたペプチドプールで、GolgiStop(monensin, BD)の存在下で6時間パルスした(各ペプチドの最終濃度は0.1μM以上)。細胞内IFN-γ染色は、CytofixCytopermキット(BD)と、LIVE/DEAD Fixable Aqua Dead Cell Stainキット (Invitrogen)、抗CD3 APC-Cy7(SP34-2;BD)、抗CD4 FITC(M-T477;BD)、抗CD8 PerCP(SK1;BD)、および抗IFN-γ PE(4S.B3;BioLegend)を用いて行った。染色した細胞をBD FACS CantoTM IIで解析した。特異的T細胞頻度は、ペプチド特異的刺激後の頻度から非特異的IFN-γ+ T細胞頻度を差し引いて算出した。CD4+ またはCD8+ T細胞の0.02%未満の特異的T細胞頻度を陰性とした。
【0091】
SARS-CoV-2 RNAの検出
0.2 mlのスワブ液(2%ウシ胎児血清 [Cytiva] 含有DMEM 1ml)からQIAamp Viral RNA Minikit(QIAGEN)を用いてスワブRNAを抽出し,QuantiTect Probe RT-PCR Kit(Qiagen)およびQuantStudio 5(Thermo Fisher Scientific)を用いてリアルタイムRT-PCRを行い、ウイルスRNAの定量を行った(Shirato, K., et al. Jpn. J. Infect. Dis. 73:304-307, 2020)。また、スワブRNAをリアルタイムRT-PCRに供し、以下のプライマーを用いてウイルスサブゲノムRNA(sgRNA)のレベルを測定した(Nagata, N., et al. bioRxiv 2021.01.07.425698, 2021):SARS2-LeaderF60 (5'-CGATCTCTTGTAGATCTGTTCTCT-3' (配列番号10))、SARS2-N28354R (5'-TCTGAGGGTCCACCAAACGT-3' (配列番号11))、SARS2-N28313Fam (FAM-TCAGCGAAATGCACCCCGCA-TAMRA (配列番号12))。 ホモジナイズした組織から、TRIzolTM Plus RNA Purification Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いてフェノール・クロロホルム抽出により組織RNAを抽出し、リアルタイムRT-PCRに供してウイルスRNAを検出した。
【0092】
統計解析
統計解析は、Prismソフトウェア(GraphPad Software, Inc)を用いて行い、p値<0.05を有意とした。比較はマン・ホイットニーU検定で行った。相関分析はスピアマン検定で行った。
【0093】
[実施例1] 非SワクチンによるT細胞応答を伴う防御効果
カニクイザルのSARS-CoV-2チャレンジに対する、スパイク(S)蛋白質を抗原としないSフリーワクチンの経鼻投与によって誘導されるT細胞応答の防御効果を調べた。ヌクレオカプシド(N)、メンブレン(M)、エンベロープ(E)の各抗原をそれぞれ発現するプラスミドDNA(pcDNA-N、pcDNA-M、pcDNA-E)と、N、M、およびEを発現する複製不能型F欠失センダイウイルスベクター(Li, H. O., et al. J. Virol. 74:6564-6569, 2000)(SeV-NME)を構築し、ワクチン接種に用いた。複数のワクチンプロトコルを試みた(表1)。3匹のカニクイザル(T031、T032、T033)の第1群は、pcDNA-N、pcDNA-M、pcDNA-Eの筋肉内接種(プライム)を0日目と4日目の2回と、最初のワクチン接種後5週目にSeV-NMEの鼻腔内接種(ブースト)とを行った。4匹のカニクイザル(T034、T041、T042、T043)の第2群は、5週間の間隔をおいて2回SeV-NMEの経鼻接種を行った。第3群の2匹のカニクイザル(T044、T045)には、pcDNA-NとpcDNA-Eの筋肉内接種を1回と、1週間後にSeV-NMEの経鼻投与を行った。
【0094】
ワクチンによって誘発されたSARS-CoV-2のN-、M-、E-特異的T細胞応答を、それぞれN,M,Eのアミノ酸配列にまたがる重複ペプチドのパネルを用いて特異的刺激後に、インターフェロン-γ(IFN-γ)の誘導をフローサイトメトリーで分析することによって測定した(図3)。これらの応答の合計をNME特異的T細胞応答として示した(図1)。最後のワクチン接種から2週間後に末梢血単核細胞(PBMC)を用いて解析したところ、9匹の免疫を受けたカニクイザルのすべてにおいて、NME特異的T細胞応答が誘発された。カニクイザルT031、T032、T033では、NME特異的T細胞応答は、DNAプライム後には検出されなかったが、SeV-NMEブースト後に誘導された。特に、カニクイザルT031およびT032では、NME特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答が効率的に誘導されたが、カニクイザルT033では、NME特異的CD4+ T細胞応答が低レベルで検出された。SeV-NMEを2回投与した4匹のカニクイザル(T034、T041、T042、T043)では、3匹のカニクイザルでNME特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞の応答が検出され、T043ではNME特異的CD4+ T細胞の応答は低レベルではあったもののやはり検出された。
【0095】
まとめると、NME特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答は、ワクチン接種した9匹のカニクイザルのうち、それぞれ8匹および7匹で検出された(図1)。SeV特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答は、ワクチン接種を受けたすべてのカニクイザルで効率的に誘導された(図4)。この結果は、N、M、Eを標的抗原とするワクチン接種によりT細胞応答が誘導されることを示しており、特にSeVベクターを用いて標的抗原蛋白質を発現させることで、高い効率でT細胞応答を誘導できることを示している。
【0096】
これらのワクチン接種されたカニクイザルに対して、最後のワクチン接種から6週目(第1および第2のワクチン接種群[n=7])または3週目(第3のワクチン接種群[n=2])に、SARS-CoV-2 wk-521(2019-nCoV/Japan/TY/WK-521/2020)(Matsuyama, S., et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 117:7001-7003, 2020)を105 TCID50(50%組織培養感染用量)経鼻チャレンジした。NME特異的CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞応答は、チャレンジの直前に、それぞれ6匹および4匹のカニクイザルで検出可能であった。これらのワクチン接種されたカニクイザルには、SARS-CoV-2チャレンジ前に抗SARS-CoV-2中和抗体(NAb)反応を示したものはなかった(表2)。ワクチンを接種していない4匹のカニクイザル(N031、N032、N041、N042)にも105 TCID50のSARS-CoV-2を経鼻接種した。また、同じSARS-CoV-2のストックを105 TCID50で経鼻感染させた5匹のカニクイザルのデータを、ワクチン未接種のヒストリカル・コントロールとして使用した(表1)。
【0097】
[表2]
a:Vero細胞において20 TCID50のSARS-CoV-2感染を抑制するためのエンドポイント血漿力価を示す。非働化血漿サンプルの連続2倍希釈を4重(quadruplicate)で試験した。四重試験のための各混合物において、40μlの希釈された血漿を40μlの80 TCID50 SARS-CoV-2 wk-521とインキュベートした。室温で45分間インキュベートした後、混合液20μlを96ウェルプレートの4つのウェル(1×104 Vero細胞/ウェル)のそれぞれに加えた。3日後、ウイルスの感染性を細胞変性効果(cytopathic effect; CPE)の検出により評価し、エンドポイントの力価を決定した。検出下限値は10(1:10)であった。
【0098】
ワクチン未接種の対照群(n=9)では、チャレンジ後2日目の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNA量の幾何平均は1.1×108コピー/スワブであった(図2a)。カニクイザルN032では5.6×105 コピー/スワブであったが、残りの8匹のカニクイザルでは約108~109 コピー/スワブであった。対照的に、ワクチン接種した9匹のカニクイザルのうち8匹は、チャレンジ後2日目の鼻咽頭スワブで107コピー/スワブ以下であった(図2a)。比較の結果、ワクチンを接種したカニクイザルは、ワクチン接種していない対照群に比べて、チャレンジ後2日目の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNAレベルが有意に低いことが明らとなった(マン・ホイットニーU検定でp = 0.0142)(図2b)。鼻咽頭スワブ中のウイルスsgRNAは、ワクチン未接種の9匹の対照群のうち8匹ではチャレンジ後2日目に検出されたが、ワクチン接種した9匹のカニクイザルのうち8匹では検出されず(図2c)、ワクチン接種したカニクイザルは、ワクチン未接種の対照群に比べてウイルスsgRNAレベルの有意な減少を示した(マン・ホイットニーU検定でp = 0.0012)(図2d)。これらの結果は、SARS-CoV-2の経鼻チャレンジに対するワクチンの防御効果を示している。
【0099】
次に、ワクチン接種した9匹のカニクイザルの防御効果の免疫相関(immuno-correlates)を調べたところ、チャレンジ後2日目の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNA量と、最後のワクチン接種から2週間後のNME特異的CD8+ T細胞応答との間には、有意で顕著な逆相関があることが明らかとなった(p = 0.0047, r = -0.8619;スピアマン検定による)(図2e)。
【0100】
チャレンジ後7日目または9日目に剖検で得た組織を分析したところ、ワクチン未接種の4匹の対照動物の鼻粘膜および/または後咽頭リンパ節(RPLN)でウイルスのsgRNAが検出された(表3)。なお、鼻粘膜のsgRNAは、鼻咽頭スワブのウイルスRNAレベルが低かったカニクイザルN032でも検出された。これに対して、ワクチン接種した9頭のカニクイザルのうち4頭では、鼻粘膜および/または後咽頭リンパ節(RPLN)でウイルスのsgRNAは検出されなかった(表3)。特に、ワクチン誘導CD8+ T細胞応答が高く、鼻咽頭スワブのウイルスRNAレベルもわずかであった2匹のワクチン接種カニクイザルT031およびT032では、鼻咽頭スワブだけでなく、剖検時に得られた鼻粘膜およびRPLNでもsgRNAが検出されず、SARS-CoV-2感染からのほぼ完全な防御が達成されていることが示された。
【0101】
[表3]
a:組織は、7日目(T032, T034, T041, T043, T045, N032, N041)または9日目(T031, T033, T042, T044, N031, N042)の剖検で得た。ホモジナイズした組織から、TRIzolTM Plus RNA Purification Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いてフェノール・クロロホルム抽出により組織RNAを抽出し、SARS-CoV-2 sgRNAを検出する解析に供した。
+はウイルスのsgRNAの検出を示す。
【0102】
さらに、S1抗原を発現するSeV(SeV-S1)を2回筋肉内に接種した2匹のカニクイザル(B041およびB042)に、最後の接種から11週目に同じSARS-CoV-2ストックを105 TCID50で経鼻的にチャレンジした(図5)。抗SARS-CoV-2 NAb抗体価は、カニクイザルB041およびB042において、最後のワクチン接種後2週目でそれぞれ320および160、チャレンジ直前でそれぞれ80および10であった。これらのカニクイザルは、ワクチン未接種の対照群と比較して、チャレンジ後2日目の鼻咽頭スワブ中のウイルスRNAレベルがほとんど減少しなかった(図5)。この結果から、SeV-NMEを経鼻接種したカニクイザルは、筋肉内接種で誘導された低力価のNAbを示す個体と比較して、より顕著な防御効果があることが示唆された。
【0103】
以上の結果から、経鼻ワクチン接種によりCD8+ T細胞応答を誘導することで、SARS-CoV-2感染をS非依存的に防御することができることが示された。この結果は、SARS-CoV-2変異体の制御のためにT細胞応答を誘導するワクチンが有用であることの合理的根拠を示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明のワクチンは、S非依存的にコロナウイルスに対する防御効果を発揮することが可能で、中和抗体に必ずしも依存せず、T細胞応答(主にCD8+ T細胞応答)を介してその効果を発揮する。現在主流のS抗原に対する中和抗体を誘導するワクチンは、S変異体の出現による効果の低下が懸念されるが、本発明のワクチンは、その問題を克服する新たなワクチンとして有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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