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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033208
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】抗がん剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/366 20060101AFI20230302BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230302BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230302BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20230302BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20230302BHJP
   A61K 31/404 20060101ALI20230302BHJP
   C07D 309/30 20060101ALN20230302BHJP
   C07D 209/24 20060101ALN20230302BHJP
【FI】
A61K31/366
A61P35/00
A61P43/00 111
A61P35/04
A61P35/02
A61K31/404
C07D309/30 R
C07D209/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022133521
(22)【出願日】2022-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2021137508
(32)【優先日】2021-08-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(74)【代理人】
【識別番号】100167689
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 征二
(72)【発明者】
【氏名】下野 洋平
(72)【発明者】
【氏名】佐谷 秀行
(72)【発明者】
【氏名】前田 真男
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA17
4C086BC13
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZB27
4C086ZC41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】新たな作用機序による抗がん剤を提供する。
【解決手段】シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む、抗がん剤。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、を有効成分として含む、抗がん剤。
【請求項2】
シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む、請求項1に記載の抗がん剤。
【請求項3】
フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む、請求項1に記載の抗がん剤。
【請求項4】
脂肪細胞等の働きを抑制することで抗がん作用を奏する、請求項1~3の何れか一項に記載の抗がん剤。
【請求項5】
抗がん剤が、がんの転移予防、再発予防および/または治療効果を有する、請求項1~3の何れか一項に記載の抗がん剤。
【請求項6】
がんが、乳がん、大腸がん、子宮がん、胃がん、膵臓がん、肝臓がん、肺がん、腎がん、食道がん、咽頭がん、胆道がん、膀胱がん、血液がん、リンパ腫、卵巣がん、前立腺がん、甲状腺がん、骨軟部腫瘍から選択される1種または複数種である、請求項1~3のいずれか一項に記載の抗がん剤。
【請求項7】
がんが、卵巣がんである、請求項6に記載の抗がん剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願における開示は、シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む抗がん剤に関する。
【背景技術】
【0002】
正常組織、がん組織ともに、上皮細胞はその周囲の間質細胞と協調して組織をつくる。特に、がん細胞と間質細胞の相互作用は、がんの増殖、浸潤、転移に深くかかわる。例えば、正常乳腺組織は、主たる機能を発揮する上皮組織が脂肪組織に取り囲まれた特徴的な構造を持つ。また、乳がん細胞の周囲は脂肪細胞を含む間質に取り囲まれている。実験的にも、正常乳腺組織および乳がんの発生には、乳腺の脂肪組織の存在が必須であることが明らかになっている。
【0003】
脂肪細胞は様々なアディポカインを分泌しており、アディプシン(adipsin、補体D因子)も脂肪細胞が分泌するアディポカインの一種である。アディプシンは、補体活性化反応に関わる酵素として細菌や真菌などの感染に対する自然免疫反応の惹起に関わる。また、補体活性化反応に伴い、アディプシンの作用を介して産生されるC3aは、免疫細胞の誘引や活性化、血管内皮細胞や上皮細胞の増殖、血小板の活性化にも関与することが知られている。そして、特許文献1には、抗アディプシン作用を有する物質が抗がん剤として有用であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6664685号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
腫瘍の形成および進展には、微小環境である間質に含まれる細胞、例えば腫瘍関連線維芽細胞、浸潤性炎症細胞、血管内皮細胞、リンパ球および神経細胞を含む様々な細胞が関連している。間質細胞の一つである脂肪細胞は、乳房などの組織において重要な細胞であるにもかかわらず、腫瘍微小環境の成分としてはあまり知られていない。また、卵巣がんの腹膜播種性転移は、脂肪組織に富む大網に高頻度に起こり、Omental cake(大網ケーキ)と呼ばれる腫瘍塊を形成する。しかしながら、脂肪組織と卵巣がん転移との関係はあまり知られていない。
【0006】
上記特許文献1で開示されている発明は、脂肪組織とがん細胞との関係に着目しているものの、脂肪細胞から分泌されるアディポカインの一種であるアディプシンのみを標的とした抗がん剤である。また、特許文献1で開示されている発明において、実施例で具体的に抗アディプシン作用を確認している物質は、siRNAのみである。
【0007】
抗がん剤としては、細胞障害性物質、抗体、抗体断片、ホルモン療法剤、低分子化合物、免疫チェックポイント阻害薬等が知られている。また、抗がん剤ががん細胞に作用する機序は様々である。がん治療を促進するためには、新たな作用機序による治療薬の開発および/または新たな物質の開発が望まれている。
【0008】
本出願における開示は、上記問題点を解決するためになされたもので、鋭意研究を行ったところ、驚くべきことに、シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩が、抗がん剤として有用であることを見出した。
【0009】
すなわち、本出願における開示の目的は、新たな抗がん剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本出願における開示は、以下に示す抗がん剤に関する。
(1)シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、を有効成分として含む、抗がん剤。
(2)シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む、上記(1)に記載の抗がん剤。
(3)フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含む、上記(1)に記載の抗がん剤。
(4)脂肪細胞等の働きを抑制することで抗がん作用を奏する、上記(1)~(3)の何れか一つに記載の抗がん剤。
(5)抗がん剤が、がんの転移予防、再発予防および/または治療効果を有する、上記(1)~(3)の何れか一つに記載の抗がん剤。
(6)がんが、乳がん、大腸がん、子宮がん、胃がん、膵臓がん、肝臓がん、肺がん、腎がん、食道がん、咽頭がん、胆道がん、膀胱がん、血液がん、リンパ腫、卵巣がん、前立腺がん、甲状腺がん、骨軟部腫瘍から選択される1種または複数種である、上記(1)~(3)のいずれか一つに記載の抗がん剤。
(7)がんが、卵巣がんである、上記(6)に記載の抗がん剤。
【発明の効果】
【0011】
シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、を抗がん剤として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は図面代用写真で、がん患者由来異種移植(PDX)腫瘍細胞と脂肪組織由来幹細胞(ADSC)の共培養溶液にシンバスタチン1nM、10nMを投与した実施例1、ADSCを混合せず卵巣がん細胞(PDX腫瘍細胞)のみ培養した比較例1、および、実施例1においてシンバスタチンを添加しなかった比較例2の写真である。
図2図2は、実施例1および比較例1、2の培養液中のスフェロイド形成数(縦軸)のグラフである。
図3図3は、卵巣がん細胞とADSCの共培養溶液にシンバスタチン(0nMから100nM)を投与した実施例2およびADSCを混合せず卵巣がん細胞のみの培養液にシンバスタチン(0nMから100nM)を投与した比較例3の培養液中のスフェロイドの全面積(μm2)(縦軸)のグラフである。
図4図4は、実施例3でADSCの培養液にシンバスタチンを投与した時の脂肪細胞分泌因子MCP1(CCL2) mRNAの発現量を示すグラフである。
図5図5は図面代用写真で、PDX腫瘍細胞とADSCの共培養溶液にフルバスタチン1nM、10nMを投与した実施例4、ADSCを混合せず卵巣がん細胞(PDX腫瘍細胞)のみ培養した比較例4、および、実施例4においてフルバスタチンを添加しなかった比較例5の写真である。
図6図6は、実施例4および比較例4、5の培養液中のスフェロイド形成数(縦軸)のグラフである。
図7図7は、卵巣がん細胞とADSCの共培養溶液にフルバスタチン(0nM、10nM)を投与した実施例5、ADSCを混合せず卵巣がん細胞のみの培養液にフルバスタチン(0nM、10nM)を投与した比較例6の培養液中のスフェロイドの全面積(μm2)(縦軸)のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本出願において開示する抗がん剤について詳しく説明する。抗がん剤は、シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含むことを特徴としている。
【0014】
なお、本明細書において「腫瘍」とは、ヒトや動物に発生し、自立性を有する過剰な新生細胞群であれば特に限定されるものではなく、悪性腫瘍および良性腫瘍を含む概念で用いられる。また、本明細書において「がん」とは、悪性腫瘍のうち上皮性悪性腫瘍に限らず、非上皮性悪性腫瘍すなわち肉腫をも含む概念で用いられる。
【0015】
本発明者らは、腫瘍と脂肪細胞および/または脂肪組織由来幹細胞との関係に着目し、種々の低分子化合物の探索を行った。その結果、後述する実施例に示すとおり、脂肪細胞と卵巣がん細胞を混合培養した系において、シンバスタチン(Simvastatin)、フルバスタチン(Fluvastatin)が抗がん作用を奏することを新たに見出した。
【0016】
シンバスタチン、フルバスタチンは、HMG-CoA(hydroxymethylglutaryl-CoA)還元酵素の働きを阻害することによって、血液中のコレステロール値を低下させる薬物であるスタチン系薬の一種である。ところで、スタチン系薬は、
(1)体内に吸収された後は主に肝臓に作用し、
(2)メバロン酸経路の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素の働きを阻害することで、肝臓でのコレステロール生合成を低下させ、
(3)その結果、コレステロール恒常性維持のため肝臓でのLDL受容体発現が上昇し、血液から肝臓へのLDLコレステロールの取り込みが促進される、
ことが知られている。
【0017】
しかしながら、後述する実施例に示す通り、本出願における開示では、
(1)シンバスタチン、フルバスタチンは脂肪細胞の働きを抑制すること、
(2)脂肪細胞および卵巣がん細胞を混合培養した系にシンバスタチン、フルバスタチンを添加すると、卵巣がん細胞のみにシンバスタチン、フルバスタチンを添加した場合と比較して、ごく少量のシンバスタチン、フルバスタチンで卵巣がん細胞の増殖を抑制すること、
を確認した。
【0018】
当該結果から、シンバスタチン、フルバスタチンは、
(1)脂肪細胞のHMG-CoA還元酵素を阻害することで脂肪細胞の働きを抑制(アディポカインの分泌を抑制)、または、脂肪細胞に対する新たな機序により脂肪細胞の働きを抑制(アディポカインの分泌を抑制)し、
(2)脂肪細胞の働きの抑制が、がん細胞の増殖を抑制する、
という機序で抗がん作用を奏すると考えられる。上記のとおり、スタチン系薬は肝臓に吸収され、肝細胞のコレステロール生合成を低下させるための薬剤である。HMG-CoA還元酵素阻害剤であるシンバスタチン、フルバスタチン投与による脂肪細胞の働きの抑制が、がん細胞の増殖を抑制するという作用機序は知られていない。したがって、本出願における開示内容は、HMG-CoA還元酵素阻害剤であるシンバスタチン、フルバスタチンの新たな作用機序に基づくものである。
【0019】
実施例において具体的に効果を確認したシンバスタチン、フルバスタチンに限らず、HMG-CoA還元酵素の機能を阻害または機能を低下させるHMG-CoA還元酵素阻害剤は、シンバスタチン、フルバスタチンと同様の効果を奏することが期待できる。シンバスタチン、フルバスタチン以外のHMG-CoA還元酵素阻害剤は、例えば、タンパク質、核酸等の高分子化合物、または低分子化合物が挙げられる。高分子化合物の例としては、抗体、抗体断片、ペプチド、siRNA、shRNA等が挙げられる。抗体、抗体断片、siRNA、shRNA等は、公知の方法により作製すればよい。
【0020】
低分子化合物は、例えば、スタチン系薬(スタチン系化合物)が挙げられる。シンバスタチン、フルバスタチンを含め、スタチン系薬として一般的に知られている化合物を以下に示す。
・式(1):シンバスタチン(Simvastatin)
・式(2):フルバスタチン(Fluvastatin)
・式(3):ロスバスタチン(Rosuvastatin)
・式(4):ピタバスタチン(Pitavastatin)
・式(5):アトルバスタチン(Atorvastatin)
・式(6):プラバスタチン(Pravastatin)
・式(7):ロバスタチン(Lovastatin)
・式(8):メバスタチン(Mevastatin)
【0021】
【化1】
【0022】
本出願で開示する抗がん剤の適用可能ながんは、脂肪細胞、脂肪組織由来幹細胞(ADSC)、および脂肪組織由来幹細胞から分化誘導された細胞から選択される1種または複数種の細胞(以下、「脂肪細胞等」ともいう。)との相互作用により、がん幹細胞性の亢進および/またはがん細胞増殖に影響を受けるがんである。なお、「脂肪細胞等」は、「脂肪細胞とその関連細胞」と換言してもよい。相互作用は、直接的相互作用であってもよいし、間接的な相互作用であってもよい。直接的な相互作用とは、がん細胞やがん幹細胞の近傍に位置する脂肪細胞等と直接的に相互作用を有することを意味する。また、間接的な相互作用とは、がん細胞やがん幹細胞の近傍には位置しない脂肪細胞等の働きの抑制(例えば、脂肪細胞等からのアディポカインの分泌抑制)効果が、例えば血管やその他の間質を介して、がん細胞やがん幹細胞と相互作用することを意味する。
【0023】
がんの具体的な種類は、限定されるものではないが、例えば、乳がん(Breast cancer)、大腸がん(Colon cancer)、子宮がん(Uterine cancer)、胃がん(Stomach cancer)、膵臓がん(Pancreatic cancer)、肝臓がん(Liver cancer)、肺がん(Lung cancer)、腎がん(Kidney cancer)、食道がん(Esophageal cancer)、咽頭がん(Pharyngeal cancer)、胆道がん(Biliary tract cancer)、膀胱がん(Bladder cancer)、血液がん(Blood cancer)、リンパ腫(Lymphoma)、卵巣がん(Ovarian cancer)、前立腺がん(Prostate cancer)、甲状腺がん(Thyroid cancer)、骨軟部腫瘍(Bone and soft tissue tumor)などが挙げられる。脂肪細胞に富む組織に形成あるいは転移しやすい、卵巣がん、乳がん、膵臓がん、大腸がん、血液がん、リンパ腫がより好適ながんとして挙げられる。
【0024】
本出願で開示する抗がん剤は、がんの予防剤および/または治療剤として使用することができ、がんの転移予防、再発予防および/または治療効果を有する。したがって、本出願で開示する抗がん剤は、がんと診断されたのちに投与可能なことは言及するまでもないが、例えば、術後や他の抗がん剤で処置した後に、治療およびがん再発予防を目的とした更なる処置にも適用することができる。
【0025】
また、化1で例示したシンバスタチン、フルバスタチンを含むHMG-CoA還元酵素阻害剤は、脂質異常症の治療薬として世界各国で使用され、抗がん剤との併用も行われている。したがって、新薬と異なり、予期せぬ副作用が発生するリスクが少ないという長所もある。更に、後述する実施例に示すとおり、HMG-CoA還元酵素阻害剤であるシンバスタチン、フルバスタチンは、がん幹細胞性を促進させる脂肪細胞の働きを抑え、その結果、がん細胞が増殖することを抑制する。したがって、シンバスタチン、フルバスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害剤)は、既知の抗がん剤と併用することもできる。
【0026】
また、本出願で開示する抗がん剤は、単独または他の有効成分と組み合わせて、医薬組成物の形態とすることができる。本出願で開示する抗がん剤または医薬組成物には、シンバスタチンおよび/またはフルバスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害剤)、またはその薬学的に許容し得る塩の他に、投与形態に応じて、薬理学的に許容しうる担体を含ませることができる。担体としては、例えば、賦形剤、崩壊剤若しくは崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤若しくは溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、および粘着剤等が挙げられる。
【0027】
本出願で開示する抗がん剤の投与量は、患者の体重、年齢、疾患の重篤度等に応じて変動するものであり、特に限定するものではないが、例えばフルバスタチンの場合一日一回20-60mgの投与が標準的である。本出願で開示する抗がん剤または医薬組成物を用いることによる、がんの予防方法および/または治療方法にも及ぶ。
【0028】
本出願で開示する抗がん剤または医薬組成物は、局所投与または全身投与することができる。投与形態は特に限定されないが、例えばフルバスタチンの場合内服投与が標準的である。非経口投与用の製剤は、滅菌した水性の、または非水性の溶液、懸濁液や乳濁液などを含んでいてもよい。非水性希釈剤の例として、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、植物油、例えば、オリーブ油および有機エステル組成物、例えば、エチルオレエートなどが挙げられる。水性担体には、水、アルコール性水性溶液、乳濁液、懸濁液、食塩水および緩衝化媒体などのいずれが含まれていてもよい。非経口的担体には、塩化ナトリウム溶液、リンゲルデキストロース、デキストロース、塩化ナトリウム、リンゲル乳酸および結合油などのいずれが含まれていてもよい。静脈内担体には、例えば、液体用補充物、栄養および電解質(例えば、リンゲルデキストロースに基づくもの)などのいずれが含まれていてもよい。抗がん剤は、さらに、保存剤および他の添加剤、例えば、抗微生物化合物、抗酸化剤、キレート剤および不活性ガスなどのいずれなどが含まれていてもよい。
【0029】
以下に実施例を掲げ、本出願で開示する実施形態を具体的に説明するが、この実施例は単に実施形態の説明のためのものである。本出願で開示する技術的範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。
【実施例0030】
本実施例に記載の試験は、藤田医科大学内規定に従い倫理委員会の許可を得て実施した。
(1)細胞の準備
(1-1)卵巣がん細胞の培養
卵巣がん細胞(ES-2)に蛍光色素ZsGreenをコードするレンチウイルスを感染させて、蛍光発現卵巣がん細胞を作製した。
【0031】
(1-2)卵巣がんPDX細胞の作製
卵巣がん患者より採取した細胞の培養について示す。卵巣がん患者より腫瘍組織を採取し、Imamuraら(Oncol Rep 2015;33:1837-43)に記載の方法に従い、細分化した腫瘍組織をマトリゲルと混合して免疫不全マウスの皮下組織に移植し、ヒト卵巣がん異種移植マウス腫瘍(patient-derived tumor xenograft:以下「PDX腫瘍」ともいう)を形成させ(以下、「PDX腫瘍細胞」と記載することがある。)を樹立した。免疫不全マウスは、市販の5~8週齢の重度複合免疫不全マウス(NOD-SCID (NOD.CB17-Prkdcscid/J))または超免疫不全マウス(NSG (NOD.Cg-PrkdcscidIl2rgtm1Wjl/SzJ)あるいはBRJマウス(Jak3/Rag2欠損、Ono、Okadaら(J Biomed. Biotech. 2011;e539748)))を用いた。
【0032】
(1-3)ヒト脂肪組織由来幹細胞(ADSC)の分離培養
卵巣がん患者の手術検体の切除標本より大網の脂肪組織を採取し、そこからADSCを分離培養した。ADSCは、脂肪細胞を含む複数種の細胞に分化する能力を有する。ADSCは、Zhaoら(Exp Ther Med 2013;6:937-42)およびZukら(Tissue Eng 2001;7:211-28)に示す方法に基づいて作製した。採取した脂肪組織を細断し、2000単位のコラゲナーゼI(Worthington Biochemical)および100KU単位のDNaseI(Sigma)を含む199培地(Thermo-Fisher)内で、37℃で45分インキュベーターで振とう混和し、15分毎にピペッティングを行った。セルストレイナーで濾過後、細胞を遠心分離により収集し、10%ウシ胎児血清(FBS)、100U/mLペニシリンおよび100μg/mLストレプトマイシン(Gibco)を含有するダルベッコ改変イーグル培地(DMEM/F12,Gibco)に再懸濁して培養した。
【0033】
(1-4)卵巣がん細胞とADSCの共培養
上記(1-1)で作製した蛍光発現卵巣がん細胞あるいは上記(1-2)で作製したPDX腫瘍細胞(5×104 cells/well)と上記(1-3)で作製したADSC(1×104 cells/well)を混合し、3次元培養プレートディッシュ(NanoCulture 96-well plate,低接着,micro-honeycomb pattern,JSR Life Sciences)に加え、0-2%ウシ胎児血清(FBS)を含有するダルベッコ改変イーグル培地(DMEM,Gibco)にて培養した。
【0034】
(2)候補薬剤のスクリーニング
上記(1-4)で作製した蛍光発現卵巣がん細胞とADSCの共培養溶液に種々の化合物を添加し、スフェロイド形成能の抑制効果を示す化合物のスクリーニングを行った。スフェロイドの解析には、画像解析装置(Opera Phenix、PerkinElmer社製)により、形成されたスフェロイドの数や面積の総和を一度に解析した。その結果、候補薬剤として、シンバスタチン、フルバスタチンを特定した。
【0035】
以下に記載の手順により、シンバスタチン、フルバスタチンの抗がん能の確認を行った。
[シンバスタチンによるスフェロイド形成抑制能の確認]
<実施例1>
上記(1-4)で作製したPDX腫瘍細胞とADSCの共培養溶液に、シンバスタチンの濃度が、1nM、10nMとなるように添加し7日間培養した。
【0036】
<比較例1、2>
上記(1-4)においてADSCを混合しなかった培養液(卵巣がん細胞(PDX腫瘍細胞)のみ)を比較例1、実施例1においてシンバスタチンを添加しなかった培養液を比較例2とした。
【0037】
図1に、実施例1(1nM、10nM)および比較例1、2の培養液を撮影した画像を示す。また、図2に直径が50μm以上のスフェロイド形成数(縦軸)のグラフを示す。図1および図2から、卵巣がんPDX細胞単独より、卵巣がんPDX細胞とADSCを共培養することでスフェロイド形成数が増加した。したがって、ADSCが卵巣がんPDX細胞のがん幹細胞性(スフェロイド形成数に反映)と増殖を促進することを確認した。一方、シンバスタチンを投与することで、卵巣がんPDX細胞およびADSCを共培養した際のスフェロイド形成数は著しく少なくなった。なお、P値は0.01未満で有意な結果と言える。以上の結果から、シンバスタチンは、卵巣がんPDX細胞およびADSCを共培養した際のスフェロイド形成数を抑制することを確認した。
【0038】
[シンバスタチンの卵巣がん細胞と脂肪細胞への影響の確認]
<実施例2>
上記(1-4)で作製した蛍光発現卵巣がん細胞とADSCの共培養溶液に、シンバスタチンの濃度が、0nM、2nM、5nM、10nM、100nMとなるように添加し7日間培養した。
<比較例3>
ADSCを加えなかった蛍光発現卵巣がん細胞を用いた以外は、実施例2と同様の手順で実験を行った。
【0039】
図3に、スフェロイドの全面積(μm2)(縦軸)のグラフを示す。なお、図3に示すスフェロイドの全面積は、面積が7500μm2以上のスフェロイドの合計である。比較例3では、シンバスタチンが蛍光発現卵巣がん細胞の増殖を有意に抑制した濃度は、100nMであった。一方、蛍光発現卵巣がん細胞およびADSCを共培養した実施例2では、シンバスタチンが蛍光発現卵巣がん細胞の増殖を有意に抑制した濃度は5nMであった。以上の結果より、シンバスタチンは先ず脂肪細胞に影響を与え、脂肪細胞の何らかの働きを抑制することで蛍光発現卵巣がん細胞の増殖を抑制したと考えられる。
【0040】
[シンバスタチンの脂肪細胞分泌因子抑制の確認]
<実施例3>
次に、上記(1-3)で作製したADSCにシンバスタチンの濃度が0nM、10nM、100nMとなるように添加して培養した。2日後の脂肪細胞分泌因子であるMCP1(CCL2) mRNAの発現量を公知の方法により測定した。図4に測定結果を示す。MCP1 mRNAの発現量は、シンバスタチンの濃度依存的に減少した。MCP1は、脂肪細胞が分泌するアディポカインの一つである。また、MCP1はがん細胞のがん幹細胞性を促進することが報告されている(Tsuyadaら(Cancer Research 2012;72:2768-79))。以上の結果より、シンバスタチンが脂肪細胞の働きを抑制(アディポカインの分泌を抑制)することで、がん細胞のスフェロイド形成能(がん幹細胞性を反映する)を抑制したと考えられる。
【0041】
実施例1~3および比較例1~3の結果から、シンバスタチンは脂肪細胞の働きを抑制(アディポカインの分泌を抑制)し、その結果、卵巣がん細胞の増殖を抑制することを確認した。
【0042】
[フルバスタチンによるスフェロイド形成抑制能の確認]
<実施例4>
シンバスタチンに換え、フルバスタチンの濃度が、1nM、10nMとなるように添加した以外は、実施例1と同様の手順で実験を行った。
【0043】
<比較例4、5>
上記(1-4)においてADSCを混合しなかった培養液(卵巣がん細胞(PDX腫瘍細胞)のみ)を比較例4、実施例4においてフルバスタチンを添加しなかった培養液を比較例5とした。
【0044】
図5に、実施例4(1nM、10nM)および比較例4、5の培養液を撮影した画像を示す。また、図6に直径が100μm以上のスフェロイド形成数(縦軸)のグラフを示す。図5および図6に示す通り、シンバスタチンと同様、フルバスタチンを投与することで、卵巣がんPDX細胞とADSCを共培養した際のスフェロイド形成数は著しく少なくなった。なお、P値は0.05未満で有意な結果と言える。以上の結果から、フルバスタチンは、卵巣がん細胞および脂肪細胞を共培養した際のスフェロイド形成数を抑制することを確認した。
【0045】
[フルバスタチンの卵巣がん細胞と脂肪細胞への影響の確認]
<実施例5>
シンバスタチンに換え、フルバスタチンの濃度が0nM、10nMとなるように添加した以外は、実施例2と同様の手順で実験を行った。
【0046】
<比較例6>
ADSCを加えなかった蛍光発現卵巣がん細胞を用いた以外は、実施例5と同様の手順で実験を行った。
【0047】
図7に、スフェロイドの全面積(μm2)(縦軸)のグラフを示す。なお、図7に示すスフェロイドの全面積は、面積が3500μm2以上のスフェロイドの合計である。比較例6では、フルバスタチンを10nM添加しても卵巣がん細胞のスフェロイド形成の抑制は見られなかった。一方、卵巣がん細胞およびADSCを共培養した実施例5では、フルバスタチンを10nM添加することで、卵巣がん細胞のスフェロイド形成を抑制した。P値は0.05未満であることから有意な結果と言える。
【0048】
以上の結果から、シンバスタチンと同様、フルバスタチンは脂肪細胞の働きを抑制(アディポカインの分泌を抑制)し、その結果、卵巣がん細胞の増殖を抑制することを確認した。
【0049】
がんの多くは、外科的手術による他、化学療法、放射線療法、免疫療法などで治療されるが、完全に腫瘍細胞を排除することは極めて困難である。がん幹細胞は、腫瘍組織中に存在し、それらは自己を複製する能力を持つとともに、少数存在するだけで元の腫瘍組織と同様の腫瘍を形成する能力をもつ。さらにはがんの再発・転移の原因とも考えられている。がん幹細胞を標的とした治療法を確立することで再発、転移のリスクの少ないがん治療へとつながることが期待されるが、その存在比率が低く、がん幹細胞の性状解析は非常に困難である。特に白血病幹細胞の研究においては、がん幹細胞を標的とした治療法の探索・マウスモデルでの治療の段階まで研究が進められているが、固形がんにおいては、分離、濃縮方法の確立もまだ不十分であった。
【0050】
本出願で開示する抗がん剤によれば、がん幹細胞性を抑制し、がん細胞の増殖を抑制する効果を有する。また、脂肪細胞がHMG-CoA還元酵素を有することは知られていない。HMG-CoA還元酵素阻害剤であるシンバスタチン、フルバスタチンによる脂肪細胞の働きの抑制(脂肪細胞からのアディポカイン分泌抑制)が、脂肪細胞のHMG-CoA還元酵素を阻害しているのか、または、異なる作用機序によるものであるのかは明らかではない。しかしながら、HMG-CoA還元酵素阻害剤であるシンバスタチン、フルバスタチンによる脂肪細胞の働きの抑制により、がん細胞の増殖を抑制する抗がん剤は新規機序に基づくものである。したがって、シンバスタチン、フルバスタチン以外のHMG-CoA還元酵素阻害剤を用いた場合にも同様の効果が期待できる。
【0051】
また、実施例では卵巣がんを用いた例で有用性を確認している。しかしながら、本出願で開示する抗がん剤の作用機序からみて、脂肪組織に浸潤しているがん、更には、脂肪組織から分泌されるアディポカインの影響を受ける場所に存在するがんに対しても有用であることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0052】
シンバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩、および/または、フルバスタチンまたはその薬学的に許容し得る塩を有効成分とすることで、新たな作用機序による抗がん剤を提供できる。したがって、抗がん剤の創薬に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7