(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033383
(43)【公開日】2023-03-10
(54)【発明の名称】密閉型冷媒圧縮機およびそれを用いた冷凍・冷蔵装置
(51)【国際特許分類】
F04B 39/00 20060101AFI20230303BHJP
【FI】
F04B39/00 103E
F04B39/00 A
F04B39/00 102K
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023001085
(22)【出願日】2023-01-06
(62)【分割の表示】P 2021562673の分割
【原出願日】2020-12-02
(31)【優先権主張番号】P 2019218529
(32)【優先日】2019-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】505252724
【氏名又は名称】パナソニック アプライアンシズ リフリジレーション デヴァイシズ シンガポール
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 健汰
(72)【発明者】
【氏名】川端 淳太
(72)【発明者】
【氏名】林 寛人
(72)【発明者】
【氏名】権藤 政信
(57)【要約】
【課題】 高効率化を図るために、摺動面に特殊な処理を必要とせず、かつ、フランジ部を過剰に薄くせずに全高の増大を回避することが可能な、スラストベアリングを備える密閉型冷媒圧縮機を提供する。
【解決手段】 密閉型冷媒圧縮機においては、主軸受134のスラスト面136にスラストベアリング(例えばスラストボールベアリング210)が設けられる。クランクシャフト120は主軸124および偏心軸122をつなぐフランジ部128を有する。圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面第二端(圧縮室133の反対側の端部、摺動面下端139)との距離がL、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面第一端(圧縮室133側の端部、摺動面上端138)との距離がLaである。距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに距離Laは16mm以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油を貯留する密閉容器と、当該密閉容器内に収容される電動要素および当該電動要素により駆動され冷媒を圧縮する圧縮要素と、を備え、
前記圧縮要素は、
主軸および偏心軸を有するクランクシャフトと、
圧縮室が設けられるシリンダブロックと、
前記圧縮室内に往復運動可能に挿入されるピストンと、
前記ピストンおよび前記偏心軸を連結する連結手段と、
前記主軸を軸支する主軸受と、
前記主軸受のスラスト面に設けられるスラストベアリングと、
を備え、
前記クランクシャフトは前記主軸および前記偏心軸をつなぐフランジ部を有し、
前記主軸受の摺動面において前記圧縮室側の端部を第一端とし、その反対側の端部を第二端とし、前記圧縮室の軸心と前記主軸受の摺動面第二端との距離をLとし、前記圧縮室の軸心と前記主軸受の摺動面第一端との距離をLaとしたときに、
前記距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに前記距離Laは16mm以下であることを特徴とする、
密閉型冷媒圧縮機。
【請求項2】
前記スラストベアリングは、前記スラスト面上に位置する下レースと、当該下レースに対向して位置する上レースと、これらの間で転動可能に当接する複数の転動体と、を備え、
前記転動体がボールであることを特徴とする、
請求項1に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項3】
前記フランジ部の厚さは4mmを超えることを特徴とする、
請求項1または2に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項4】
前記潤滑油は、40℃での動粘度が1mm2 /S~7mm2 /Sであることを特徴とする、
請求項1から3のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項5】
前記潤滑油は、その平均質量分子量が150~400であるとともに、高分子量成分を0.5質量%以上含有するものであり、
前記高分子量成分は、その質量分子量が500以上であることを特徴とする、
請求項4に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項6】
前記潤滑油は油性剤を含有することを特徴とする
請求項1から5のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項7】
前記油性剤がエステル系化合物であることを特徴とする、
請求項6に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項8】
前記潤滑油は、その留出温度300℃での蒸留分率が0.1%以上で終点が440℃以上であることを特徴とする、
請求項1または7のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項9】
前記潤滑油は、硫黄元素重量に換算したときに100ppm以上の摺動性改質剤を含有することを特徴とする、
請求項1から8のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項10】
前記潤滑油は、リン系の極圧添加剤を含有することを特徴とする、
請求項1から9のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項11】
前記潤滑油は、鉱油、アルキルベンゼン油、およびエステル油からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする、
請求項1から10のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項12】
前記電動要素は、複数の運転周波数でインバータ駆動されることを特徴とする、
請求項1から11のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項13】
35rps以下の回転数で運転されることを特徴とする、
請求項12に記載の密閉型冷媒圧縮機。
【請求項14】
請求項1から13のいずれか1項に記載の密閉型冷媒圧縮機と、放熱器と、減圧装置と、吸熱器とを含み、これらを配管によって環状に連結した冷媒回路を備えることを特徴とする、
冷凍・冷蔵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷蔵庫、エアーコンディショナー等に使用される密閉型の冷媒圧縮機およびそれを用いた冷凍・冷蔵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から化石燃料の使用を少なくする高効率の密閉型冷媒圧縮機の開発が進められている。例えば、高効率化を図るために、密閉型冷媒圧縮機が備える摺動部材において、その摺動面に種々の被膜を形成するとともに、より低粘度の潤滑油を用いることが提案されている。
【0003】
密閉型冷媒圧縮機は、密閉容器内に潤滑油が貯留されるとともに、電動要素および圧縮要素が収容されている。圧縮要素は、摺動部材として、例えば、クランクシャフト、ピストン、連結手段のコンロッド等を備えており、クランクシャフトの主軸および主軸受、ピストンおよびボア、ピストンピンおよびコンロッド、クランクシャフトの偏心軸およびコンロッド等は、いずれも互いに摺動部を形成している。
【0004】
潤滑油としてより低粘度のものを用いる密閉型冷媒圧縮機としては、例えば、特許文献1に開示される往復圧縮機が挙げられる。この往復圧縮機で用いられる潤滑油としては、その粘度が、40℃の動粘度で3mm2 /S~10mm2 /Sの範囲内のものが挙げられている。
【0005】
潤滑油が低粘度であると油膜が形成されにくくなるが、特許文献1に開示される往復圧縮機(密閉型冷媒圧縮機)では、摺動部を構成する摺動部材の表面(摺動面)に対して特殊な処理を施すことによって、油膜を形成しやすくしている。これにより、低粘度の潤滑油を用いて油膜が薄い状態であっても、ピストンおよびコンロッドにおける摩耗または焼付きの防止を図っている。
【0006】
また、高効率化の取組みとしては、低粘度の潤滑油を用いる以外に主軸受にスラストベアリングを設ける構成も知られている。例えば、特許文献2に開示される密閉型圧縮機では、主軸受のスラスト面にスラストベアリングが設けられており、このスラストボールベアリングは、保持器に保持された複数の転動体(例えばボール)と、転動体の上下に設けられる上レースおよび下レースとを備えている。転動体は上レースおよび下レースに点接触の状態で転動するため、スラストベアリングは転がり軸受として機能する。このような転がり軸受では、垂直方向の荷重を支持しながら少ない摩擦で主軸を回転させることが可能であるため、密閉型冷媒圧縮機を有効に高効率化することができる。
【0007】
ところで、密閉型冷媒圧縮機の高効率化は、これを用いた冷凍・冷蔵装置の省エネルギー化を図ることができる。高効率化の他に冷凍・冷蔵装置を省エネルギー化する取組みとしては、密閉型冷媒圧縮機を低速運転化することが知られており、密閉型冷媒圧縮機においては、この低速運転に好適化することが可能な構成が提案されている。
【0008】
例えば、特許文献3に開示される圧縮機(密閉型冷媒圧縮機)では、低速運転時に、シリンダとピストンとの間に供給される潤滑油の量が低下することを回避するために、クランクシャフトの主軸と偏心軸との間で径方向に突出するフランジ部の厚さを4mm以下とする構成が記載されている。これにより、シリンダの断面積を小さくしなくてもシリンダ全体を低い位置にすることができるので、潤滑油がピストン上面に到達しやすくなり、シリンダとピストンとの間に供給される潤滑油の量を増加できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第5222244号公報
【特許文献2】特許第6469575号公報
【特許文献3】特開2018-035727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
密閉型冷媒圧縮機に対する近年の高効率化はより一層高いレベルとなっている。特許文献2のように主軸受にスラストベアリングを設けることで、さらなる高効率化が可能であるものの、スラストベアリングの存在により密閉型冷媒圧縮機の全高が増大する。このような密閉型冷媒圧縮機を冷凍・冷蔵装置に搭載すると、当該冷凍・冷蔵装置の機械室の拡張が必要となり、冷凍・冷蔵装置の庫内容積が縮小することになる。
【0011】
特許文献2では、全高の増大を回避する先行技術として、シリンダブロックの支持部の肉厚を薄くする例を挙げており、この先行技術については、支持部の肉厚を薄くするとシリンダブロックの剛性が低下して主軸受が変形しやすくなるという課題を指摘している。そのため、特許文献2では、支持部の肉厚を薄くせずに全高の増大を回避できる構成を採用している。
【0012】
一方、特許文献3では、全高の増大を回避するために、前記の通り、クランクシャフトの主軸と偏心軸との間に位置するフランジ部の厚さを4mm以下に薄くしている。ところが、フランジ部の厚さを薄くしすぎると主軸に対して偏心軸が傾いてしまう。特許文献2および特許文献3のいずれにおいても、クランクシャフト全体が主軸受内で傾斜すると高効率化を妨げることについて記載している。しかしながら、いずれの文献においても、主軸に対する偏心軸の傾斜については想定していない。
【0013】
さらに、特許文献1のように、低粘度の潤滑油を用いると摺動部を構成する摺動部材の間での摩擦係数を低下して高効率化を図ることができるものの、摺動部の耐摩耗性を低下させるおそれがある。特許文献1では、前記の通り、摺動面に対して特殊な処理を施すことで耐摩耗性の低下を回避しているが、特殊な処理は製造コストの増加を招くことになる。
【0014】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、高効率化を図るために、摺動面に特殊な処理を必要とせず、かつ、フランジ部を過剰に薄くせずに全高の増大を回避することが可能な、スラストベアリングを備える密閉型冷媒圧縮機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る密閉型冷媒圧縮機は、前記の課題を解決するために、潤滑油を貯留する密閉容器と、当該密閉容器内に収容される電動要素および当該電動要素により駆動され冷媒を圧縮する圧縮要素と、を備え、前記圧縮要素は、主軸および偏心軸を有するクランクシャフトと、圧縮室が設けられるシリンダブロックと、前記圧縮室内に往復運動可能に挿入されるピストンと、前記ピストンおよび前記偏心軸を連結する連結手段と、前記主軸を軸支する主軸受と、前記主軸受のスラスト面に設けられるスラストベアリングと、を備え、前記主軸受の摺動面において前記圧縮室側の端部を第一端とし、その反対側の端部を第二端とし、前記圧縮室の軸心と前記主軸受の摺動面第二端との距離をLとし、前記圧縮室の軸心と前記主軸受の摺動面第一端との距離をLaとしたときに、前記距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに前記距離Laは16mm以下である構成である。
【0016】
前記構成によれば、スラストベアリングを備える密閉型冷媒圧縮機において、その全高に影響する距離Lを所定範囲内に特定したときに、圧縮室の軸心と主軸受の摺動面第一端との距離Laの上限を16mmに特定している。これにより、偏心軸の安定性に寄与するフランジ部を過剰に薄くすることなく、全高の増大を回避することができるとともに、摺動面に特殊な処理を施さなくても主軸への負荷を低減することができる。その結果、密閉型冷媒圧縮機の全高を増大させずにさらなる高効率化を図ることができる。しかも、フランジ部を過剰に薄くすることがないので、高効率化とともに良好な信頼性を実現することも可能となる。
【0017】
また、本発明に係る冷凍・冷蔵装置は、前記構成の密閉型冷媒圧縮機と、放熱器と、減圧装置と、吸熱器とを含み、これらを配管によって環状に連結した冷媒回路を備える構成である。
【0018】
前記構成によれば、スラストベアリングを備えている密閉型冷媒圧縮機において、フランジ部を薄くせずに全高の増大を回避することが可能であり、摺動面に特殊な処理を必要としなくても主軸への負荷を低減することができる。そのため、当該密閉型冷媒圧縮機は、高効率化された良好な信頼性を有するものとなっている。冷凍・冷蔵装置が、このように高効率かつ良好な信頼性を有する密閉型冷媒圧縮機を備えることによって、その消費電力を低減することができるとともに、信頼性も高いものとすることができる。
【0019】
本発明の上記目的、他の目的、特徴、および利点は、添付図面参照の下、以下の好適な実施態様の詳細な説明から明らかにされる。
【発明の効果】
【0020】
本発明では、以上の構成により、高効率化を図るために、摺動面に特殊な処理を必要とせず、かつ、フランジ部を過剰に薄くせずに全高の増大を回避することが可能な、スラストベアリングを備える密閉型冷媒圧縮機を提供することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本開示の実施の形態に係る密閉型冷媒圧縮機の構成の一例を示す模式的断面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す密閉型冷媒圧縮機における距離Lおよび距離La,並びに主軸摺動部に加えられる負荷(主軸負荷)の一例を模式的に示す、当該密閉型圧縮機の部分断面図である。
【
図3】
図3は、
図1に示す密閉型冷媒圧縮機におけるスラストベアリングの要部構成の一例を模式的に示す、当該密閉型圧縮機の部分断面図である。
【
図4】
図4は、
図1に示す密閉型冷媒圧縮機を備える冷凍・冷蔵装置の構成の一例を示す模式図である。
【
図5】
図5は、
図1に示す密閉型冷媒圧縮機において、距離Laと主軸負荷Fと偏心軸の倒れ角度との関係の一例を示すグラフである。
【
図6】
図6Aは、
図1に示す密閉型冷媒圧縮機に用いられる潤滑油の分子量分布の一例を示すグラフであり、
図6Bは、
図6Aに示す潤滑油が含有する高分子量成分の含有量と
図1に示す密閉型冷媒圧縮機の成績係数の関係の一例を示すグラフである。
【
図7】
図7は、
図1に示す密閉型冷媒圧縮機において、回転数と圧縮機効率との関係の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本開示に係る密閉型冷媒圧縮機は、潤滑油を貯留する密閉容器と、当該密閉容器内に収容される電動要素および当該電動要素により駆動され冷媒を圧縮する圧縮要素と、を備え、前記圧縮要素は、主軸および偏心軸を有するクランクシャフトと、圧縮室が設けられるシリンダブロックと、前記圧縮室内に往復運動可能に挿入されるピストンと、前記ピストンおよび前記偏心軸を連結する連結手段と、前記主軸を軸支する主軸受と、前記主軸受のスラスト面に設けられるスラストベアリングと、を備え、前記主軸受の摺動面において前記圧縮室側の端部を第一端とし、その反対側の端部を第二端とし、前記圧縮室の軸心と前記主軸受の摺動面第二端との距離をLとし、前記圧縮室の軸心と前記主軸受の摺動面第一端との距離をLaとしたときに、前記距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに前記距離Laは16mm以下である構成である。
【0023】
前記構成によれば、スラストベアリングを備える密閉型冷媒圧縮機において、その全高に影響する距離Lを所定範囲内に特定したときに、圧縮室の軸心と主軸受の摺動面第一端との距離Laの上限を16mmに特定している。これにより、偏心軸の安定性に寄与するフランジ部を過剰に薄くすることなく、全高の増大を回避することができるとともに、摺動面に特殊な処理を施さなくても主軸への負荷を低減することができる。その結果、密閉型冷媒圧縮機の全高を増大させずにさらなる高効率化を図ることができる。しかも、フランジ部を過剰に薄くすることがないので、高効率化とともに良好な信頼性を実現することも可能となる。
【0024】
前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記スラストベアリングは、前記スラスト面上に位置する下レースと、当該下レースに対向して位置する上レースと、これらの間で転動可能に当接する複数の転動体と、を備え、前記転動体がボールである構成であってもよい。
【0025】
前記構成によれば、スラストベアリングが一般的なボールベアリングであっても、全高の増大を回避することができるとともに、摺動面に特殊な処理を施さなくても主軸への負荷を低減して高効率化を図ることができる。
【0026】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は、40℃での動粘度が1mm2 /S~7mm2 /Sである構成であってもよい。
【0027】
前記構成によれば、潤滑油としてより低粘度のものを用いることになる。前記距離Lを所定範囲内に特定したときに前記距離Laを16mm以下に特定することで、フランジ部を薄くすることなく、かつ、摺動面に特殊な処理を施すことなく、主軸への負荷を低減することができる。それゆえ、低粘度の潤滑油を用いても、主軸および主軸受で構成される摺動部(主軸摺動部)の耐摩耗性の低下を有効に抑制または回避することができる。その結果、摺動面に特殊な処理を必要とせず、かつ、全高を増大させずにさらなる高効率化を図ることができる。
【0028】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は、その平均質量分子量が150~400であるとともに、高分子量成分を0.5質量%以上含有するものであり、前記高分子量成分は、その質量分子量が500以上である構成であってもよい。
【0029】
前記構成によれば、低粘度の潤滑油の平均分子量が所定範囲内であり、かつ、当該潤滑油が相対的に分子量の大きい高分子量成分を含有している。これにより、低粘度の潤滑油でも好適な油膜を形成することが可能となる。そのため、主軸摺動部の耐摩耗性の低下を有効に抑制または回避することができる。その結果、摺動面に特殊な処理を必要とせず、かつ、全高を増大させずにさらなる高効率化を図ることができる。
【0030】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は油性剤を含有する構成であってもよい。
【0031】
前記構成によれば、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油がさらに油性剤を含有している。そのため、この油性剤により潤滑油による油膜をより一層形成させやすくすることができる。これにより、主軸摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0032】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記油性剤がエステル系化合物である構成であってもよい。
【0033】
前記構成によれば、潤滑油が含有する油性剤がエステル系化合物であるため、油性剤がエステル結合を有することになる。そのため、このエステル結合に由来する極性により油性剤による油膜の形成能力を向上することができる。これにより、主軸摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0034】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は、その留出温度300℃での蒸留分率が0.1%以上で終点が440℃以上である構成であってもよい。
【0035】
前記構成によれば、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油には、留出温度が高い成分が存在することになる。そのため、摺動面積を減少させることで摺動部の温度が上昇しても、潤滑油の蒸発を有効に回避または抑制することができるので、当該潤滑油による油膜をより安定的に形成することができる。これにより、主軸摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0036】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は、硫黄元素重量に換算したときに100ppm以上の摺動性改質剤を含有する構成であってもよい。
【0037】
前記構成によれば、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油に対して、好適な量の硫黄系の摺動性改質剤を好適な量で添加している。この摺動性改質剤によって摺動面の耐摩耗性を良好なものとすることができるので、主軸摺動部の低摩擦化を促進することが可能となる。そのため、摺動面積を減少させた状態であっても、主軸摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0038】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は、リン系の極圧添加剤を含有する構成であってもよい。
【0039】
前記構成によれば、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油に対して、リン系の極圧添加剤を添加している。この極圧添加剤によって摺動面の耐摩耗性を良好なものとすることができるので、主軸摺動部の低摩擦化を促進することが可能となる。そのため、摺動面積を減少させた状態であっても、主軸摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0040】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記潤滑油は、鉱油、アルキルベンゼン油、およびエステル油からなる群から選択される少なくとも1種である構成であってもよい。
【0041】
前記構成によれば、潤滑油そのものは特に限定されないものの、当該潤滑油として、鉱油、アルキルベンゼン油、エステル油の少なくともいずれかを用いることになる。これにより、潤滑油を低粘度化して高分子量成分を含有させたときに、摺動面積を減少させた状態であっても、主軸摺動部の摩擦係数を低減させやすくすることができる。
【0042】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、前記電動要素は、複数の運転周波数でインバータ駆動される構成であってもよい。
【0043】
前記構成によれば、インバータ駆動における低速運転時または高速運転時においても、主軸摺動部では、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油によって好適な油膜が形成される。摺動面積を減少させた状態であっても、軸部の摩擦係数を良好に低減することができる。これにより、主軸摺動部では、運転速度に関わらず低摩擦係数化および耐摩耗性を良好なものにできるので、密閉型冷媒圧縮機の効率化および信頼性をより良好なものとすることができる。
【0044】
また、前記構成の密閉型冷媒圧縮機においては、35rps以下の回転数で運転される構成であってもよい。
【0045】
前記構成によれば、特に低速運転時であっても、主軸摺動部では、低摩擦係数化および耐摩耗性を良好なものにできるので、密閉型冷媒圧縮機の効率化および信頼性をより良好なものとすることができる。
【0046】
本開示に係る冷凍・冷蔵装置は、前記構成の密閉型冷媒圧縮機と、放熱器と、減圧装置と、吸熱器とを含み、これらを配管によって環状に連結した冷媒回路を備える構成である。
【0047】
前記構成によれば、スラストベアリングを備えている密閉型冷媒圧縮機において、フランジ部を薄くせずに全高の増大を回避することが可能であり、摺動面に特殊な処理を必要としなくても主軸への負荷を低減することができる。そのため、当該密閉型冷媒圧縮機は、高効率化された良好な信頼性を有するものとなっている。冷凍・冷蔵装置が、このように高効率かつ良好な信頼性を有する密閉型冷媒圧縮機を備えることによって、その消費電力を低減することができるとともに、信頼性も高いものとすることができる。
【0048】
以下、本発明の代表的な実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0049】
(実施の形態1)
[圧縮機の構成]
まず、本開示の実施の形態1に係る密閉型冷媒圧縮機の代表的な構成例について、
図1を参照して具体的に説明する。
図1は、本開示の実施の形態1に係る密閉型冷媒圧縮機100(以下、基本的には冷媒圧縮機100と略す。)の構成の一例を示す模式的断面図である。
【0050】
図1に示すように、冷媒圧縮機100は、密閉容器102内に冷媒ガス181として、例えばR600aを充填するとともに、底部には、潤滑油180として鉱油を貯留している。また、密閉容器102内には、圧縮機本体108が収容されており、この圧縮機本体108はサスペンションスプリング190により弾性的に支持されている。また、圧縮機本体108は電動要素104および圧縮要素106を備えている。
【0051】
電動要素104は、固定子150および回転子152から少なくとも構成される。圧縮要素106は、電動要素104によって駆動される往復式の構成であり、クランクシャフト120、シリンダブロック130、ピストン140、連結手段142等を備えている。クランクシャフト120は、回転子152を焼き嵌めした主軸124と、この主軸124に対して偏心して形成された偏心軸122と、主軸124および偏心軸122とをつなぐフランジ部128とから少なくとも構成される。
【0052】
なお、
図1に示すように、クランクシャフト120のうち偏心軸122は冷媒圧縮機100の上側に位置し、主軸124は冷媒圧縮機100の下側に位置する。それゆえ、クランクシャフト120の位置を説明する場合にも、この上下の位置関係(方向)を利用する。例えば、偏心軸122の上端は密閉容器102の内側上面に向かっており、偏心軸122の下端は主軸124につながっている。
【0053】
主軸124の上端は偏心軸122につながっており、主軸124の下端は密閉容器102の内側下面に向かっており、主軸124の下端部は、潤滑油180に浸漬している。また、クランクシャフト120の下方すなわち主軸124の下方には、給油機構125が設けられており、給油機構125は、潤滑油180に浸漬する主軸124の下端から偏心軸122の上端まで潤滑油180を供給する。
【0054】
本開示で用いられる潤滑油180は特に限定されないが、本実施の形態1では、後述するように、40℃での動粘度が1mm2 /S~7mm2 /Sであり、かつ、その平均質量分子量が150~400であるとともに、高分子量成分を0.5質量%以上含有するものを用いている。この高分子量成分は、その質量分子量が500以上である。なお、本実施の形態1では、より具体的な潤滑油180として低粘度の鉱油が用いられるが、これに限定されない。例えば、後述するように、鉱油以外の油状物質が用いられてもよいし、油性剤または極圧添加剤等を含有してもよい。
【0055】
シリンダブロック130には、圧縮室133を形成するシリンダ132と、主軸124を回転自在に軸支する主軸受134とが一体に形成されている。主軸受134は、シリンダブロック130に対して、上下方向に延伸する管状(筒状)に形成されており、その内周面が摺動面である。また、主軸受134は、スラスト面136および管状延長部137を備えている。
【0056】
スラスト面136は、軸心すなわち主軸124の延伸方向(上下方向)に対して直交する方向(垂直となる方向、水平方向)に広がる平面部である。管状延長部137は、スラスト面136よりさらに上方に延長する管状(筒状)であり、言い換えれば、管状の主軸受134本体から上方に延長する部位である。したがって、管状延長部137は主軸受134本体とともに、主軸124の外周面(摺動面)に対向する内周面(摺動面)を有する。主軸受134のスラスト面136上にはスラストボールベアリング210が設けられている。なお、スラストボールベアリング210の具体的構成については後述する。
【0057】
圧縮室133は、シリンダブロック130に形成される円筒状(円柱状)のボアであり、ピストン140はこの圧縮室133が往復可能に挿入される。したがって、圧縮室133はピストン140の挿入により閉止されている。連結手段142は、例えばアルミ鋳造品で構成され、偏心軸122を軸支するとともに、ピストン140に連結されている。したがって、偏心軸122とピストン140とは連結手段142により連結されている。
【0058】
本開示においては、
図1に示すように、シリンダブロック130において主軸受134よりも圧縮室133の方が上側に位置する。したがって、圧縮室133の軸心(円筒状または円柱状の空間(ボア)の中心軸)は、主軸受134よりも上側に位置する。本開示おいては、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面下端との上下方向の距離をLとし、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面上端との上下方向の距離をLaとしたときに、距離Lは38mm~51mmの範囲内であるときに距離Laは16mm以下である。なお、距離Lおよび距離Laは、いずれも圧縮室133の軸心を基準とした摺動面の端部までの距離(間隔)ということができる。
【0059】
クランクシャフト120の主軸124の外周面には、摺動面126および非摺動面127が含まれる。本開示においては、「摺動面」とは、摺動部を構成する複数の摺動部材の外周面または内周面であって、他方の内周面または外周面と摺動可能に接する面のことを意味する。「非摺動面」とは、摺動面とは異なり、他方の内周面または外周面に接することのない面である。本実施の形態では、非摺動面127は、主軸124の外径を摺動面126よりも小さくした(外径を細くした、摺動面126から凹んだ、あるいは、中抜きで形成した)構成である。
【0060】
シリンダブロック130は、本実施の形態では、例えば、鋳鉄で構成され、略円筒形の圧縮室133を形成するとともに、クランクシャフト120の主軸124を軸支する主軸受134を備えている。主軸受134の内周面は、主軸124の外周面すなわち摺動面に摺動可能に接している。したがって、主軸受134の内周面も摺動面となっている。
【0061】
主軸124が主軸受134で軸支されている状態では、当該主軸124の非摺動面127は、主軸受134の上端および下端の間に位置している。それゆえ、非摺動面127は、主軸受134の上端および下端から露出しておらず、主軸受134の上端および下端はいずれも摺動面126に接している。なお、主軸124の摺動面126は、このように外周面の一部を構成してもよいし、当該主軸124の外周面全面を構成してもよい。
【0062】
電動要素104は、回転子152と、回転子152の周りを囲むように回転子152と同軸で配置された固定子150とで構成されている。固定子150は、回転子152とほぼ一定の隙間を保つように、回転子152の外径側に配置され、シリンダブロック130の脚部に固定されている。また、回転子152は主軸124に固定されている。
【0063】
なお、本実施の形態1では、密閉容器102内において、電動要素104が下側に位置し圧縮要素106が上側に位置する。しかしながら、本開示に係る冷媒圧縮機100の構成はこれに限定されず、電動要素104が上側に位置し圧縮要素106が下側に位置してもよい。また、本実施の形態1では、電動要素104はインナーロータ型であり、回転子152は、固定子150と同軸で当該固定子150の内周部に回転可能に配置される。しかしながら、電動要素104の構成はこれに限定されず、アウターロータ型、すなわち、回転子152は、固定子150と同軸で当該固定子150の外周に回転可能に配置される構成であってもよい。
【0064】
このような構成の冷媒圧縮機100においては、まず、図示しない商用電源から供給される電力が電動要素104に供給されるので、電動要素104の回転子152を回転させる。回転子152はクランクシャフト120を回転させ、偏心軸122の偏心運動が連結手段142を介してピストン140に伝達することにより、当該ピストン140を往復運動させるように駆動する。ピストン140の往復運動により密閉容器102内に導かれた冷媒ガス181を圧縮室133内に吸入して圧縮する。
【0065】
なお、冷媒圧縮機100の具体的な駆動方法は特に限定されない。例えば、冷媒圧縮機100は単純なオンオフ制御で駆動されてもよいが、複数の運転周波数でインバータ駆動されてもよい。つまり、本実施の形態1に係る冷媒圧縮機100は、複数の運転回転数で電動要素104を回転駆動可能とするようにインバータ回路を備えてもよい。
【0066】
電動要素104の運転回転数は特に限定されないが、一般的には、例えば17~75rps(revolutions per secondまたはrotations per second)の範囲内を挙げることができる。運転回転数の上限は80rpsであってもよいし、運転回転数の下限は13rpsであってもよい。本開示においては、高速運転時でも低速運転時でも冷媒圧縮機100の良好な効率化を図ることができるが、特に低速運転時において高効率化を図ることができる。低速運転時の回転数は特に限定されないが、本開示では、後述するように例えば35rps以下を挙げることができる。
【0067】
冷媒圧縮機100が備える複数の摺動部のうち、クランクシャフト120の主軸124は、前記の通り、主軸受134に対して回転可能に嵌合されて摺動部を構成している。それゆえ、説明の便宜上、主軸124および主軸受134により構成される摺動部を「主軸摺動部」と称する。クランクシャフト120の回転に伴って、給油ポンプから潤滑油180が各摺動部に給油される。これにより各摺動部は潤滑される。なお、潤滑油180は、ピストン140および圧縮室133の間においてシールもつかさどる。本開示においては、後述するように、潤滑油180として高分子量成分を含有する低粘度のものを好適に用いることができるが、このような潤滑油180は、各摺動部を良好に潤滑できるとともに、ピストン140および圧縮室133の間を良好にシールすることもできる。
【0068】
[スラストベアリング並びに距離L,La]
次に、本実施の形態1に係る冷媒圧縮機100が備えるスラストベアリングの具体的な構成例、並びに、圧縮室133の軸心を基準とした摺動面の端部までの距離である距離Lおよび距離Laの一例について、
図1に加えて、
図2および
図3を参照して説明する。
図2および
図3は、いずれも
図1に示す冷媒圧縮機100の断面図の一部を模式的に示したものであり、
図2は、距離Lおよび距離La,並びに主軸摺動部に加えられる負荷(主軸負荷)の一例を模式的に示し、
図3は、スラストベアリングの要部構成の一例を模式的に示している。
【0069】
図1に示すように、主軸受134は、密閉容器102内で水平方向に広がりを有するシリンダブロック130に対して、上下方向に延伸するように設けられる円管状または円筒状の形状を有している。主軸受134本体は、シリンダブロック130の下方に延伸している。そして、前記の通り、シリンダブロック130の上方には、前記の通り、管状延長部137が延伸しているので、主軸受134本体と管状延長部137とで単一の円管状または円筒状の構造を有している。
【0070】
主軸受134の内周面は前記の通り摺動面である。それゆえ、
図2に示すように、主軸受134の内周面の上縁が摺動面上端138であり、主軸受134の下縁が摺動面下端139である。本実施の形態1では、主軸受134が上側に管状延長部137を有しているので、摺動面上端138は、管状延長部137の内周面の上縁に相当する。言い換えれば、管状延長部137は、主軸受134を上方に延伸させた「延長部」であるということができる。このような管状延長部137を備えることにより、距離Laの上限を規定したときに、冷媒圧縮機100の全高を増大させることなく主軸受134の全長を長くすることができ、主軸受134に挿入されているクランクシャフト120の運転時の姿勢を改善することができる。
【0071】
図3に示すように、管状延長部137の上端内面には面取り等の加工がされていてもよい。この場合、管状延長部137内面の面取りされた部位の内縁が主軸受134の摺動面上端138となる。なお、管状延長部137の上端内面に面取り等の加工がなされていない場合には、管状延長部137内面の上縁が主軸受134の摺動面上端138となる。
【0072】
そして、
図2に示すように、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面下端139との距離を、前記の通り「距離L」とし、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面上端138との距離を「距離La」としたときに、本開示に係る冷媒圧縮機100においては、スラストボールベアリング210等のスラストベアリングを備えていても、距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに距離Laは16mm以下となっている。
【0073】
本開示に係る冷媒圧縮機100は、主軸受134のスラスト面136上にスラストベアリングが設けられている。スラストベアリングの具体的な構成は特に限定されず、各種の転がり軸受であればよいが、本実施の形態1では、
図1~
図3に示すように、スラストボールベアリング210を用いている。
図3に示すように、スラストボールベアリング210は、スラスト面136上に位置する下レース206と、当該下レース206に対向して位置する上レース202と、これらの間で転動可能に当接する複数の転動体としてのボール204を備えている。
【0074】
スラストボールベアリング210は、管状延長部137の外周側には配置されており、複数のボール204は保持器205に収納されている。上レース202および下レース206は、例えば環状の金属製の平板であり、互いに平行に配置されている。なお、上レース202および下レース206には円弧状の溝を設けてもよい。
【0075】
図3に示す構成例では、スラスト面136の上に、下レース206、ボール204、上レース202の順に互いに接した状態で積み重なっており、上レース202の上面にクランクシャフト120のフランジ部128が着座している。これにより、スラストボールベアリング210を構成される。
【0076】
スラストボールベアリング210は、ボール204が上レース202と下レース206に点接触の状態で転動する転がり軸受である。そのため、スラストボールベアリング210により垂直方向の荷重を支持しながら、少ない摩擦で主軸124を回転させることが可能である。なお、スラストボールベアリング210はボール204を転動体とする「玉軸受」であるが、ころを転動体とする「ころ軸受」であってもよいし、他の転がり軸受であってもよい。
【0077】
これにより、滑り軸受の軸受機能がスラストボールベアリング210という転がり軸受に変わることにより損失が低減されるため、冷媒圧縮機100を有効に高効率化することができる。ただし、通常、スラストボールベアリング210等のスラストベアリングを設けることにより、冷媒圧縮機100の全高が増大してしまう。これに対して、本開示に係る冷媒圧縮機100では、圧縮室133の軸心を基準とした距離Lおよび距離Laにおいて、距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに距離Laは16mm以下となるように設定している。この距離Laの上限を設定することによる作用(機能)について、より具体的に説明する。
【0078】
本実施の形態1のように冷媒圧縮機100が片持ち軸受の構造を採用している場合には、当該冷媒圧縮機100の運転時において主軸124での摺動損失Wは、簡易的に次の式(1)で求めることができる。なお、下記式(1)におけるFは主軸124への負荷であり、μは主軸124と主軸受134と間の摩擦係数であり、vは主軸124の摺動速度である。
W=F×μ×v ・・・(1)
また、主軸124への負荷F(主軸負荷F)は、次の式(2)で求めることができる。なお、
図2に示すように、下記式(2)におけるFaはピストン140からの負荷(ピストン負荷Fa)であり、Laは前記の通り圧縮室133の軸心と摺動面上端138との距離であり、Lも前記の通り圧縮室133の軸心と摺動面下端139との距離である。
F=Fa×{1+La/(L-La)} ・・・(2)
これら式(1)および(2)に基づけば、冷媒圧縮機100の高効率化を図るための取組み、すなわち、主軸124における摺動損失Wを低下させる取組みとしては、摩擦係数μを小さくする、または、主軸負荷Fを小さくする、もしくは、その両方を採用することが挙げられる。さらに、主軸負荷Fを小さくする手法としては、距離Laを小さくする、または、距離Lを大きくする、もしくは、その両方を採用することが挙げられる。
【0079】
しかしながら、距離Lを大きくしようとすると冷媒圧縮機100の全高を大きく(高く)する必要がある。このように全高が大きくなると、冷媒圧縮機100を搭載する冷凍・冷蔵装置のエンジンルーム(機械室)の拡張が必要となり、ひいては冷凍・冷蔵装置の庫内容積の縮小につながる。そこで、主軸負荷Fを小さくするためには、距離Lを変えずに距離Laを小さくすることが想定される。
【0080】
ただし、単純に距離Laを小さくするようとすると、特許文献2に先行技術として記載されるように、シリンダブロック130の支持部の肉厚を薄くしたり、特許文献3に記載されるようにフランジ部128の厚さを4mm以下に薄くしたりする手法、すなわち、特定の部材(の一部)を薄肉化するという手法(薄肉化手法)の採用が考えられる。
【0081】
ところが、このような薄肉化手法を採用すると、結果的に他の部材の変形を招くことになる。具体的には、支持部を薄肉化すると、シリンダブロック130の剛性が低下して主軸受134が変形しやすくなり、フランジ部128を薄肉化すると偏心軸122の傾きが大きくなる。特に、フランジ部128の薄肉化による偏心軸122の傾きの増大については、従来では全く想定されていなかった。このように、薄肉化手法により距離Laを小さくすると、冷媒圧縮機100の高効率化を図ることができるものの、特定の部材の変形により冷媒圧縮機100の信頼性を低下させるおそれがある。
【0082】
特許文献2では、薄肉化手法を回避すべく、密閉容器102の全高をピストン140の直径の6倍以内にするとともに主軸受134の全長の半分以上を回転子152の穴部に収納する構成、あるいは、電動要素104がアウターロータ型であるときに、主軸受134の下端を固定子150の下方に延出させる構成を採用している。
【0083】
これに対して、本発明者らが鋭意検討した結果、後述する実施例1の結果に示すように、距離Laの上限を所定値すなわち16mm以下に設定することで、薄肉化手法を採用しなくても、高効率化および良好な信頼性の双方の実現を図ることが可能であることを独自に見出した(
図5参照)。
【0084】
すなわち、前記の式(1)および(2)によれば、主軸124における摺動損失Wを低下させる取組みでは、主軸負荷Fを小さくするために距離Laを小さくすることは見いだせるものの、距離Laを小さくすることにより冷媒圧縮機100の信頼性を低下させることに関しては、従来では特に検討されていなかった。
【0085】
しかしながら、本発明者らは、距離Laを小さくすると、冷媒圧縮機100の運転時に生じる、偏心軸122のわずかな傾き(倒れ角度)が、冷媒圧縮機100の信頼性だけでなく高効率化にも関与することを独自に見出した。言い換えれば、距離Laの変化と偏心軸122の傾きとが、主軸負荷Fを小さくして冷媒圧縮機100の高効率化および良好な信頼性の実現に重要な要因であることを、本発明者らが独自に見出し、その結果、距離Laの上限を16mm以下とすることが重要であることも、本発明者らが独自に見出した。
【0086】
本開示では、距離Lを38mm~51mmの範囲内に設定したときに、距離Laを16mm以下に設定しており、好ましい範囲として12mm~16mm(すなわち下限値の一例として12mm)を設定している。そのため、冷媒圧縮機100の全高を大きく(高く)する必要がない。これにより、冷媒圧縮機100の良好な品質(特に信頼性)を維持したままで高効率化を図ることができるだけでなく、冷凍・冷蔵装置のエンジンルーム(機械室)の拡張する必要がないので、冷凍・冷蔵装置の庫内容積を十分に確保することができる。
【0087】
なお、特許文献2では、ピストン140の直径を基準として密閉容器102の全高を規定しているが、本開示においては、ピストン140の直径、または、当該ピストン140が挿入される圧縮室133の内径は特に限定する必要はない。本開示に係る冷媒圧縮機100では、圧縮室133(ボア)の内径(ボア径)は特に限定されないが、本実施の形態では、22mm~28mmの範囲内であればよい。距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに距離Laを16mm以下に設定すれば、フランジ部128を過剰に薄くする必要がないだけでなく、圧縮室133の内径も上記の範囲内を保持することができる。
【0088】
また、前記式(1)および(2)に基づけば、距離Laを小さくする以外に摺動損失Wを低下させる取組みとしては、主軸124と主軸受134と間の摩擦係数μを小さくすることが想定される。ただし、単純に摩擦係数μを小さくしようとすると、特許文献1に記載されるように、低粘度の潤滑油180を用いることが考えられるが、潤滑油180を低粘度化すると潤滑に十分な油膜を形成することが困難になる。十分な油膜が形成されなければ、主軸124および主軸受134の摩耗または焼付きが発生する可能性があるため、特許文献1では、摺動面に対して特殊な処理を施している。
【0089】
これに対して、本発明者らが鋭意検討した結果、後述する実施例2~実施例4の結果に示すように、距離Laを16mm以下に設定すること(すなわち主軸負荷Fを小さくすること)に加えて、低粘度で高分子量成分を含有する潤滑油180を用いることで、高効率化および良好な信頼性の双方をより一層良好なものにできることを独自に見出した(
図6および
図7参照)。
【0090】
すなわち、単に潤滑油180を低粘度化する手法を採用すると、主軸124および主軸受134の摩耗または焼付きを有効に防止または抑制できないため、潤滑油180として低粘度のものを用いることは、冷媒圧縮機100の品質を確保することには適さないと考えられていた。
【0091】
しかしながら、本発明者らは、前記の通り、冷媒圧縮機100の距離Laを16mm以下に設定することにより主軸負荷Fを小さくできるため、主軸124および主軸受134の間の摩擦係数μが相対的に低下し得ること、そのため、潤滑油180として相対的に低粘度のものを用いることが可能であることを独自に見出した。さらに、潤滑油180として、低粘度かつ高分子量成分を含有するものを用いることで、より良好な油膜の形成が可能になるため、高効率化および良好な信頼性の双方の実現を図るという作用効果をより一層向上することが可能であることも明らかとなった。
【0092】
特に、冷媒圧縮機100が低速運転しているときには、主軸摺動部の摺動環境は厳しくなり、潤滑油180が低粘度であると良好な油膜を形成しにくくなる。これに対して、本開示によれば、距離Laを16mm以下に設定することにより主軸負荷Fを小さくすることで、低粘度の潤滑油180であっても低速運転時に良好な油膜を形成しやすくすることができる。これにより、主軸124および主軸受134の摩耗または焼付きを有効に抑制または回避することが可能となる。
【0093】
なお、冷媒圧縮機100の低速運転時の運転回転数の上限は特に限定されず、冷媒圧縮機100の運転性能における具体的な運転回転数の範囲に応じて適宜設定することができる。例えば、具体的な運転回転数の範囲の中間値未満の回転数を、相対的に低速の運転回転数と規定することができる。
【0094】
本開示では、前記の通り、一般的な運転回転数の一例として17~75rpsの範囲内を挙げることができ、この場合、後述する実施例3、実施例4および比較例の結果に示すように、35rps以下の運転回転数であっても、距離Laを16mm以下とすることで、冷媒圧縮機100の効率(成績係数)を有意に向上することができる。そのため、本開示では、低速運転とは、35rps以下の運転回転数での運転であると規定することができる。
【0095】
さらに、実施例3、実施例4および比較例の結果の対比によれば、運転回転数が35rpsのときに比べて、30rps、25rps、20rps、17rpsと運転回転数が下がると成績係数の向上の程度が同等以上になることが確認される。それゆえ、本開示では、低速回転時の運転回転数の上限は、実施例3および実施例4の結果(
図7参照)に基づいて適宜設置することができる。このように、本開示においては、特に低速運転時であっても、主軸摺動部では、低摩擦係数化および耐摩耗性を良好なものにできるので、冷媒圧縮機100の効率化および信頼性をより良好なものとすることができる。
【0096】
ここで、本実施の形態では、
図1および
図2に示すように、主軸124の上部(上端)に偏心軸122が設けられ、この偏心軸122に対して連結手段142を介してピストン140が連結され、このピストン140は水平方向に配置される圧縮室133内に往復運動可能に挿入されている。すなわち、本実施の形態では、ピストン140および圧縮室133は冷媒圧縮機100内の上部に位置する。しかしながら、本開示に係る冷媒圧縮機100の構成はこれに限定されない。
【0097】
例えば、図示しないが、主軸124の下部(下端)に偏心軸122が設けられることにより、ピストン140および圧縮室133が冷媒圧縮機100内の下部に位置してもよい。この場合、距離Lは、圧縮室133の軸心と摺動面上端との距離になり、距離Laは、圧縮室133の軸心と摺動面下端との距離になる。
【0098】
あるいは、本実施の形態では、
図1に示すように、クランクシャフト120は冷媒圧縮機100の上下方向(縦方向)に延伸しているので、主軸124および偏心軸122も上下方向に延伸する。しかしながら、本開示に係る冷媒圧縮機100の構成はこれに限定されず、例えば、クランクシャフト120が水平方向(横方向)に延伸し、ピストン140および圧縮室133は、冷媒圧縮機100内の上下ではなく水平方向の一方に偏在してもよい。この場合、距離Lおよび距離Laの基準となる摺動面の両端は上下方向に位置せず水平方向に位置する。
【0099】
そこで、本開示においては、主軸受134の摺動面において圧縮室133(または偏心軸122)側の端部を第一端とし、その反対側の端部を第二端とする。それゆえ、距離Lは、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面第二端との距離と定義することができ、距離Laは、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面第一端との距離と定義することができる。本実施の形態(
図1または
図2に示す例)では、摺動面上端138が第一端となり、摺動面下端139が第二端となる。
【0100】
なお、本開示においては、クランクシャフト120(主軸124および偏心軸122)は、例えば第一方向と規定することができる。本実施の形態(
図1または
図2に示す例)では、上下方向が第一方向になり、水平方向が第二方向になる。したがって、ピストン140の往復運動の方向、および、圧縮室133の配置方向(圧縮室133の軸心方向)は第二方向となる。クランクシャフト120が水平方向に延伸する場合には、水平方向が第一方向になり、上下方向が第二方向になる。
【0101】
[潤滑油の構成]
次に、本開示に係る冷媒圧縮機100において潤滑油180として特に好ましく用いられる、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油について具体的に説明する。なお、本開示では、潤滑油180は高分子量成分を含有する低粘度のものに限定されないので、以下の説明では、高分子量成分を含有する低粘度の潤滑油を、説明の便宜上「好適潤滑油」と称する。
【0102】
本実施の形態において、潤滑油180として用いる好適潤滑油としては、40℃での動粘度が1mm2 /S~7mm2 /Sの範囲内となる低粘度のものであり、かつ、その平均質量分子量が150~400であり、さらに、相対的に分子量が大きい成分、すなわち、その質量分子量が500以上である高分子量成分を0.5質量%以上含有するものである。当該好適潤滑油の具体的な材質は特に限定されず、代表的には、例えば、鉱油、アルキルベンゼン油、およびポリアルキレングリコール油からなる群から選択される少なくとも1種の油状物質を好適に用いることができる。
【0103】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、もともと高分子量成分を含有するものであってもよいし、高分子量成分に該当する油状物質を0.5質量%以上となるように添加する構成であってもよい。前者の例としては、例えば鉱油を挙げることができる。未精製または粗精製の原料鉱油を精製して好適潤滑油を調製(製造)する際に、0.5質量%以上の高分子量成分が残留するように原料油の精製条件または精製手法を調節すればよい。後者の例としては、例えば、鉱油、アルキルベンゼン油、またはポリアルキレングリコール油を好適潤滑油の「主成分」とし、この主成分に対して「添加成分」として高分子量成分となる油状物質を添加したものを挙げることができる。
【0104】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油の平均質量分子量は、前記の通り150~400の範囲内であればよい。好適潤滑油の平均質量分子量がこの範囲内であれば、前述した40℃での動粘度の範囲を良好に実現できるとともに、高分子量成分を0.5質量%以上含有したときに、距離Laを16mm以下に設定した場合には、主軸摺動部(主軸124と主軸受134との間の摺動部)において好適な油膜を形成することが可能となる。また、好適潤滑油の平均質量分子量は200~300の範囲内であってもよい。好適潤滑油の平均質量分子量がこの範囲内であれば、諸条件にもよるが、距離Laを16mm以下に設定したときに、主軸摺動部に好適な油膜をより形成しやすくなる。
【0105】
好適潤滑油が、主成分に対して高分子量成分を添加した構成であるときに、高分子量成分の具体的な材質または種類は特に限定されず、質量分子量が500以上となる油状物質であればよい。例えば、主成分が鉱油であるときに、高分子量成分として同じく鉱油を用いてもよいし、アルキルベンゼン油を用いてもよいし、ポリアルキレングリコール油を用いてもよいし、他の油状物質を用いてもよい。
【0106】
好適潤滑油の平均質量分子量および高分子量成分の質量分子量の測定方法は特に限定されないが、本開示においては、後述する実施例2で用いているGPC(Gel Permeation Chromatography)法による標準ポリスチレン換算を挙げることができる。すなわち好適潤滑油の平均質量分子量(重量平均分子量)はGPC法によるポリスチレン換算重量(質量)平均分子量として測定されればよい。また、高分子量成分の質量分子量が500以上であることは、GPC法により微分モル質量分布と質量分子量との関係を示す分子量分布グラフを測定し、質量分子量が500以上のピークが存在するか否かで判断すればよい。
【0107】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油における高分子量成分の含有量は、その下限が0.5質量%であればよく、その上限については、少なくとも好適潤滑油としての機能もしくは作用効果に影響を及ぼさない限り特に限定されない。後述する実施例2(
図6B参照)によれば、好適潤滑油が高分子量成分を含有しない場合(0質量%)と比較して、好適潤滑油が高分子量成分を少なくとも0.5質量%するだけでも、冷媒圧縮機100の成績係数(COP:Coefficient of Performance)が向上している。
【0108】
また、後述する実施例2(
図6B参照)によれば、高分子量成分の含有量の上限の好ましい一例としては7.0質量%以下を挙げることができ、より好ましくは6.0質量%以下を挙げることができ、さらに好ましくは5.0質量%を挙げることができる。好適潤滑油が高分子量成分を含有しない場合(0質量%)と比較して、高分子量成分が7.0質量%を超えても成績係数が向上しているが、7.0質量%を超えると高分子量成分の含有量に見合った成績係数の向上効果が得られない可能性があるので、本実施の形態では、高分子量成分の含有量の上限は7.0質量%以下を挙げることができる。
【0109】
また、後述する実施例によれば、高分子量成分の含有量が6.0質量%を超えた範囲での成績係数と、6.0質量%以下の範囲での成績係数とを比較すると、6.0質量%以下の範囲の方が良好な成績係数を示している。そのため、本実施の形態では、高分子量成分の含有量の好ましい上限としては6.0質量%以下を挙げることができる。さらに、後述する実施例によれば、高分子量成分の含有量が。2.0~2.5質量%付近で成績係数が極大値を示し、5.0質量%付近でも、含有量の下限値0.5質量%と同程度の成績係数を示している。そのため、本実施の形態では、高分子量成分の含有量のより好ましい上限は5.0質量%以下を挙げることができる。
【0110】
したがって、本実施の形態において、好適潤滑油における高分子量成分の含有量の好ましい範囲としては、0.5質量%~7.0質量%の範囲内を挙げることができ、より好ましい範囲としては、0.5質量%~6.0質量%の範囲内を挙げることができ、さらに好ましい範囲としては、0.5質量%~5.0質量%の範囲内を挙げることができる。なお、冷媒圧縮機100または潤滑対象である軸部の諸条件によっては、成績係数の極大値は、高分子量成分の含有量が少なくなったり多くなったりする側にシフトする可能性がある。この場合には、高分子量成分の含有量の上限値は7.0質量%を超えた値、もしくは、0.5質量%未満の値に設定することもできる。
【0111】
なお、好適潤滑油における高分子量成分の含有量が前記の範囲内であれば、基本的には好適潤滑油の平均質量分子量が150~400の範囲内に入ると判断される。すなわち、好適潤滑油に含有される高分子量成分の比率が前記の範囲内であれば、好適潤滑油全体で見たときに、高分子量成分が平均質量分子量の増大に与える影響はほとんどない(好適潤滑油の平均質量分子量が400を超えない)とみなすことができる。したがって、好適潤滑油における高分子量成分の含有量の上限は、好適潤滑油の機能に影響を与えず、かつ、平均質量分子量を過剰に増大させない範囲で設定することも可能である。
【0112】
本実施の形態において、好適潤滑油が高分子量成分を含有することで冷媒圧縮機100の成績係数が向上する理由としては、後述する実施例2および実施例4の結果(
図6Bおよび
図7参照)から、好適潤滑油が低粘度(40℃での動粘度が1mm
2 /S~7mm
2 /Sの範囲内)であっても、高分子量成分により摺動部において良好な油膜の形成に寄与しているためであると考えられる。すなわち、主軸124が主軸受134で支持されて摺動する際に、主軸摺動部に生じる好適潤滑油の全体の流れに伴うことなく、主軸摺動部を構成する主軸124の外周面(摺動面)および主軸受134の内周面(摺動面)に高分子量成分が存在することができ、これにより好適潤滑油による油膜が良好に形成されると考えられる。
【0113】
本実施の形態においては、好適潤滑油として用いられる油状物質は、1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。ここでいう2種類以上の油状物質の組合せとは、例えば、鉱油に該当する異なる油状物質を2種類以上組み合わせる場合だけでなく、例えば、鉱油に該当する油状物質を1種類以上、アルキルベンゼン油に該当する油状物質を1種類以上(もしくはポリアルキレングリコール油に該当する油状物質を1種類以上)組み合わせる場合も含む。
【0114】
また、好適潤滑油が、主成分に添加成分としての高分子量成分を添加したものである場合には、例えば、主成分として1種類の油状物質を用い、高分子量成分として主成分とは異なる油状物質を1種類用いてもよい。あるいは、主成分として2種類以上の油状物質を用い、高分子量成分として1種類の油状物質を用いてもよいし、主成分として1種類の油状物質を用い、高分子量成分として2種類以上の油状物質を用いてもよい。もしくは、主成分に高分子量成分を添加した油状物質の混合物を2種類以上さらに混合してもよい。
【0115】
本実施の形態においては、油状物質そのものは特に限定されないものの、当該油状物質として、鉱油、アルキルベンゼン油、エステル油の少なくともいずれかを、主成分または高分子量成分(もしくはその両方)に用いればよい。これにより得られる好適潤滑油は、摺動面積を減少させた状態であっても、軸部の摩擦係数を低減させる効果を良好に実現することができる。
【0116】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油(油状物質または潤滑油組成物)の物性は、前述した40℃での動粘度を除いて特に限定されないが、好ましい物性の一例としては、当該好適潤滑油の留出温度300℃での蒸留分率が0.1%以上で終点が440℃以上という蒸留特性を挙げることができる。この蒸留特性の測定方法は特に限定されないが、本実施の形態では、JIS K2254:1998 石油製品-蒸留試験方法、あるいは、JIS K2601:1998 原油試験方法に準じて測定する方法を用いている。
【0117】
軸部および軸受部で構成される摺動部では、摺動時の摺動面同士の摩擦により発熱が生じるが、摩擦の初期には、閃光温度と称される瞬間的な高温が生じることが知られている。軸部の外周面および軸受部の内周面は、良好な摺動性を実現するために円滑な摺動面として構成される。ただし、摺動面が巨視的には円滑面であるとしても、微視的には微細な突出部が存在する。摺動時には、一方の摺動面の微細な突出部が、他方の摺動面に対して凝着したり破断したりすることが繰り返される。微細な突出部の破断に際して放出される熱エネルギーが集中すると瞬間的な高温が発生し、この瞬間的な高温を閃光温度と称する。
【0118】
例えば、参考文献1:特開2006-097096号公報には、浸炭または浸炭窒化された軸受鋼部品が開示されており、この参考文献1によれば、一般的には、閃光温度が約140℃を超えると焼付きが発生すると記載されている。摺動部における閃光温度は数百度に達することも知られているが、本実施の形態では、高分子量成分を含有する低粘度の好適潤滑油を用いる場合、摺動部における閃光温度が300℃以上になる条件が重要になると判断された。
【0119】
それゆえ、本実施の形態で用いられる好適潤滑油(油状物質または潤滑油組成物)においては、その蒸留特性が、留出温度300℃での蒸留分率(体積分率)が0.1%以上で終点が440℃以上とすることが好ましい。好適潤滑油の蒸留特性がこの条件を満たすことにより、摺動部において300℃以上の閃光温度が生じるとしても、好適潤滑油による油膜の蒸発等を有効に抑制または防止することができる。そのため、好適潤滑油が高分子量成分を含有する低粘度のものであり、かつ、摺動面積を減少させることで摺動部の温度が上昇しても、好適潤滑油による油膜をより安定的に形成することが可能となる。
【0120】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、高分子量成分を含有する低粘度の油状物質であればよいが、この油状物質に対して種々の添加剤を添加してもよい。言い換えれば、本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、油状物質以外の成分を含有する潤滑油組成物であってもよい。なお、前記の通り、好適潤滑油として用いられる油状物質は、1種類のみであってもよいし2種類以上であってもよいが、油状物質を2種類以上用いる場合も「潤滑油組成物」と定義してもよい。あるいは油状物質を2種類以上用いる場合には「混合油」と定義し、油状物質以外の成分を含有する場合には「潤滑油組成物」と定義してもよい。
【0121】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油が、油状物質以外の成分(他の成分)を含有する潤滑油組成物である場合、具体的な他の成分は特に限定されないが、代表的には、一般的な潤滑油の分野で公知の添加剤を挙げることができる。特に、本実施の形態においては、好適潤滑油は油性剤を含有することが好ましい。油性剤を好適潤滑油に添加することにより、摺動部の摺動面に好適潤滑油による油膜が形成されやすくなる。これにより、摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0122】
油性剤の具体的な種類は特に限定されないが、代表的には、高級脂肪酸、高級アルコール、エステル類(エステル系化合物)、エーテル類、アミン類、アミド類、金属せっけん等を挙げることができる。これら油性剤は1種類のみを用いてもよいし2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。油性剤の添加量は特に限定されないが、例えば、0.01~1重量%の範囲内を挙げることができる。
【0123】
本実施の形態においては、より好ましい油性剤として、エステル系化合物を挙げることができる。エステル系化合物は、アルコールとカルボン酸とを反応させたエステル構造を有する化合物であればよい。アルコールは1価であってもよいし2価以上の多価アルコールであってもよい。同様に、カルボン酸もモノカルボン酸であってもよいしジカルボン酸であってもよいしトリカルボン酸であってもよい(4つ以上のカルボキシ基を有してもよい)。一般的には、市販のエステル系油性剤を好適に用いることができる。
【0124】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、前記の通り高分子量成分を含有する低粘度のものであるが、このような好適潤滑油が油性剤を含有する潤滑油組成物であれば、油膜の形成能力をより向上することができる。前述したように、本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、高分子量成分を含有するため、摺動部を形成する主軸124および主軸受134の摺動面に高分子量成分が存在し、これにより良好な油膜の形成が可能になると考えられる。さらに、好適潤滑油が油性剤を含有することで、この油性剤が主軸124および主軸受134の摺動面に吸着し、これにより好適潤滑油(潤滑油組成物)による油膜の形成をさらに容易にしていると考えられる。
【0125】
特に油性剤がエステル系化合物であれば、当該油性剤はエステル結合を有することになる。そのため、このエステル結合に由来する極性により、好適潤滑油(潤滑油組成物)による油膜を摺動部により密着させやすくする(油膜の密着性を向上する)ことができる。これにより、好適潤滑油の油膜の形成能力をさらに向上することができるため、摩擦係数をより一層低減することができ、摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0126】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、添加剤として、前述した油性剤以外に硫黄系の摺動性改質剤を含有してもよい。硫黄系の摺動性改質剤としては、主軸124等の軸部に用いられる材料(軸部材料)と硫黄とが反応可能なものを挙げることができる。したがって、摺動性改質剤は、硫黄そのものであってもよいし、硫黄を含有し軸部材料と反応可能な硫黄化合物であってもよい。
【0127】
本実施の形態では、軸部の材料として鉄系材料が用いられるので、摺動性改質剤として使用可能な硫黄化合物としては、硫化オレフィン、サルファイド系化合物(例えば、ジベンジル(ジ)サルファイド(DBDS)等)、キザンテート、チアジアゾール、チオカーボネート、硫化油脂、硫化エステル、ジチオカーバメート、硫化テルペン等を挙げることができる。
【0128】
好適潤滑油における硫黄系の摺動性改質剤の含有量は特に限定されないが、好ましくは、硫黄元素重量に換算したときに100ppm以上となるように、摺動性改質剤を好適潤滑油に添加すればよい。なお、摺動性改質剤の添加量の上限は特に限定されず、好適潤滑油(潤滑油組成物)の物性に影響を与えない程度(例えば1000ppm以下)であればよい。
【0129】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、前記の通り高分子量成分を含有する低粘度のものであるが、このような好適潤滑油が、油性剤に加えて摺動性改質剤を含有する潤滑油組成物であれば、摺動性改質剤により摺動面の耐摩耗性を良好なものとすることができる。そのため、摺動面積を減少させた状態であっても、摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0130】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、添加剤として、前述した油性剤および摺動性改質剤に加えて、公知の極圧添加剤を添加してもよい。具体的な極圧添加剤としては、公知のものを好適に用いることができ、特に限定されないが、例えば、リン酸エステル等のリン系化合物、塩素系炭化水素またはフッ素系炭化水素等のハロゲン化化合物等を挙げることができる。これら極圧添加剤は、1種類のみを潤滑油組成物(好適潤滑油)に添加してもよいし2種類以上を適宜組み合わせて添加してもよい。
【0131】
これら極圧添加剤の中でも、リン系化合物を好ましく用いることができる。代表的なリン系化合物としては、トリクレジルホスフェイト(TCP)、トリブチルホスフェイト(TBP)、トリフェニルホスフェイト(TPP)を挙げることができ、中でもTCPをより好ましく用いることができる。好適潤滑油に対して、硫黄系の摺動性改質剤に加えてリン系の極圧添加剤を添加することで、主軸摺動部において良好な摩耗低減等を実現することができる。
【0132】
極圧添加剤の潤滑油組成物に対する添加量は特に限定されないが、例えば、好適潤滑油の主成分が鉱油またはアルキルベンゼン油のような低極性物質である場合には、好適な添加量として、0.5~8.0重量%の範囲内を挙げることができ、1~3重量%をより好ましい範囲内として挙げることができる。
【0133】
本実施の形態で用いられる好適潤滑油は、前記の通り高分子量成分を含有する低粘度のものであるが、このような好適潤滑油が、油性剤に加えて極圧添加剤を含有する潤滑油組成物であれば、極圧添加剤により摺動面の耐摩耗性を良好なものとすることができる。特に、摺動性改質剤および極圧添加剤の双方を含有していれば、その相乗効果により、摺動面における摩耗をさらに良好に低減することができる。そのため、摺動面積を減少させた状態であっても、摺動部の低摩擦化をより好適に実現することができる。
【0134】
加えて、本実施の形態では、好適潤滑油に対して、油性剤、摺動性改質剤および極圧添加剤以外に、公知の種々の添加剤を添加してもよい。このような添加剤としては、一般的な潤滑油の分野で公知の様々なものを好適に用いることができるが、代表的には、酸化防止剤、酸捕捉剤、金属不活性剤、消泡剤、腐食防止剤、または分散剤等を挙げることができる。
【0135】
言い換えれば、本実施の形態では、冷媒圧縮機100に用いられる好適潤滑油は、高分子量成分を含有する低粘度の油状物質(1種類であってもよいし2種類以上の混合油であってもよい)であればよく、好ましくは、油状物質に油性剤が添加された(油状物質および油性剤から構成される)潤滑油組成物であればよく、他の好ましい一例としては、潤滑油組成物が、摺動性改質剤または極圧添加剤、もしくはその両方を添加剤として含有するものであってもよい。
【0136】
このように、本開示に係る冷媒圧縮機100においては、圧縮要素106が、上下方向に延伸し、主軸124および偏心軸122を有するクランクシャフト120を備え、主軸124は主軸受134により軸支され、主軸受134のスラスト面136上にスラストベアリング(例えばスラストボールベアリング210)が設けられ、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面下端139との距離を距離Lとし、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面上端138との距離を距離Laとしたときに、距離Lが38mm~51mmの範囲内であるときに距離Laは16mm以下である。
【0137】
このような構成であれば、スラストベアリングを備える密閉型冷媒圧縮機において、その全高に影響する距離Lを所定範囲内に特定したときに、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面上端138との距離Laの上限を16mmに特定している。これにより、偏心軸122の安定性に寄与するフランジ部128を過剰に薄くすることなく、全高の増大を回避することができるとともに、摺動面に特殊な処理を施さなくても主軸124への負荷を低減することができる。その結果、密閉型冷媒圧縮機の全高を増大させずにさらなる高効率化を図ることができる。しかも、フランジ部128を過剰に薄くすることがないので、高効率化とともに良好な信頼性を実現することも可能となる。
【0138】
(実施の形態2)
本実施の形態2では、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100を備える冷凍・冷蔵装置の一例について、
図4を参照して具体的に説明する。
【0139】
本開示に係る冷媒圧縮機100は、冷凍サイクルまたはこれと実質同等な構成を有する各種機器(冷凍・冷蔵装置)に広く好適に用いることができる。具体的には、例えば、冷蔵庫(家庭用冷蔵庫、業務用冷蔵庫)、製氷機、ショーケース、除湿器、ヒートポンプ式給湯機、ヒートポンプ式洗濯乾燥機、自動販売機、エアーコンディショナー、空気圧縮機等を挙げることができるが、特に限定されない。本実施の形態2では、本開示に係る冷媒圧縮機100の適用例として、
図4に示す物品貯蔵装置を挙げて、冷凍・冷蔵装置の基本的な構成を説明する。
【0140】
図4に示すように、本実施の形態4に係る冷凍・冷蔵装置は、本体301、区画壁304、および冷媒回路305等を備えている。本体301は、断熱性の箱体および扉体等により構成されており、箱体はその一面が開口した構成であり、扉体は箱体の開口を開閉する構成である。本体301の内部は、区画壁304により物品の貯蔵空間302と機械室303とに区画される。貯蔵空間302内には、図示しない送風機が設けられている。なお、本体301の内部は、貯蔵空間302および機械室303以外の空間等に区画されてもよい。
【0141】
冷媒回路305は、貯蔵空間302内を冷却する構成であり、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100と、放熱器307と、減圧装置308と、吸熱器309とを備え、これらが環状に配管で接続された構成となっている。つまり、冷媒回路305は、本開示に係る冷媒圧縮機100を用いた冷凍サイクルの一例である。
【0142】
前述したように、冷媒圧縮機100内(密閉容器102内)には、例えばR600a等の冷媒ガス181が封入されているが、この冷媒ガス181は、冷凍・冷蔵装置の低圧側と同等圧力となるように比較的低温の状態で封入されている。冷媒ガス181の具体的な種類は特に限定されないものの、R600aのように地球温暖化係数の低い炭化水素系のものを好適に用いることができる。
【0143】
冷媒回路305の吸熱器309は、貯蔵空間302内に配置されている。吸熱器309の冷却熱は、
図4の破線の矢印で示すように、図示しない送風機によって貯蔵空間302内を循環するように撹拌される。これにより貯蔵空間302内は冷却される。
【0144】
このように、本実施の形態2に係る冷凍・冷蔵装置は、前記実施の形態1に係る冷媒圧縮機100を搭載している。本開示に係る冷媒圧縮機100においては、前記の通り、主軸受134のスラスト面136上にスラストベアリングが設けられ、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面下端139(圧縮室133から離れた側の第二端)との距離Lが、38mm~51mmの範囲内であるときに、圧縮室133の軸心と主軸受134の摺動面上端138(圧縮室133に近接する側の第一端)との距離Laは16mm以下となっている。
【0145】
本開示に係る冷媒圧縮機100は、このような構成を有しているため、偏心軸122の安定性に寄与するフランジ部128を薄くすることなく、当該冷媒圧縮機100の全高の増大を回避することができるとともに、摺動面に特殊な処理を施さなくても主軸124への負荷を低減することができる。その結果、冷媒圧縮機100の全高を増大させずにさらなる高効率化を図ることができる。それゆえ、このような冷媒圧縮機100を搭載する冷凍・冷蔵装置は、その消費電力を低減することができるとともに、信頼性も高いものとすることができる。
【実施例0146】
本発明について、実施例および比較例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0147】
(実施例1)
前述したように、本開示では、冷媒圧縮機100の主軸負荷Fは、下記式(2)に基づいて求めることができる。ただし、前述したように、式(2)におけるFaはピストン140からの負荷(ピストン負荷Fa)であり、Laは圧縮室133の軸心と摺動面上端138との距離であり、Lは圧縮室133の軸心と摺動面下端139との距離である。
F=Fa×{1+La/(L-La)} ・・・(2)
そこで、本実施例の冷媒圧縮機100として、レシプロコンプレッサー:TKD91E(製品名、パナソニック株式会社製)を想定し、上記式(2)に基づいて、距離Laを10mm~20mmの範囲内で変化させたときの主軸負荷Fの変化と、ピストン負荷Faを付与したときの偏心軸122の倒れ角度のシミュレーション結果とを対比させた。その結果を
図5のグラフに示す。
【0148】
なお、
図5のグラフでは、実線が主軸負荷Fの変化を示し、点線が偏心軸122の倒れ角度の変化を示す。また、
図5のグラフでは、横軸は距離Laの変化(単位:mm)であり、縦軸は、主軸負荷Fの変化(相対値)または偏心軸122の倒れ角度の変化(相対値)である。偏心軸122の倒れ角度のシミュレーションには、市販の構造解析ソフトウェアである、CAE(computer aided engineering)ソフトウェアNXシリーズ(Siemens PLM Software社製)を用いた。
【0149】
図5の相関グラフから明らかなように、主軸負荷Fは前記の式(2)で表されるため、距離Laが増大するに伴って主軸負荷Fも増大する。ただし、距離Lを変えずに距離Laを小さくしていけば、必然的にフランジ部128の厚さを小さく(薄く)することになる。フランジ部128が薄くなると、主軸124に対して偏心軸122が傾いてしまう。それゆえ、
図5に示すように、ピストン負荷Faを受けた偏心軸122の倒れ角度は、距離Laを小さくすることに伴って大きくなる。
【0150】
冷媒圧縮機100においては、偏心軸122には連結手段142を介してピストン140が連結され、ピストン140は圧縮室133内に挿入されている。偏心軸122の倒れ角度が過剰に大きくなった場合には、偏心軸122に連結されるピストン140の姿勢が悪化する。冷媒圧縮機100の運転時にピストン140の姿勢が悪化すると、シリンダ132とピストン140との間に摩耗等が生じるため、冷媒圧縮機100の信頼性を十分に確保できなくなるおそれがある。
【0151】
一方で、距離Laが大きくなると、ピストン負荷Faを付与している状態であっても偏心軸122の倒れ角度は所定の値に漸近し大きく変化しないことがわかる。このように、倒れ角度が所定の値でほぼ一定になるとみなすことができる場合、冷媒圧縮機100の運転時には、偏心軸122に連結されるピストン140の姿勢が良好であるということができる。したがって、冷媒圧縮機100においては良好な信頼性を確保することができると判断される。
【0152】
図5に示す結果から、主軸負荷Fの変化と偏心軸122の倒れ角度の変化との相関関係は、
図5の領I、領域II、および領域IIIに区分することができる。
【0153】
領域Iでは、偏心軸122の倒れ角度が小さいため冷媒圧縮機100の信頼性が十分に確保することが可能であるが、主軸負荷Fが大きいために高効率化が不十分であると判断される。
【0154】
領域IIでは、領域Iと比較して偏心軸122の倒れ角度が相対的に大きくなるものの、冷媒圧縮機100の信頼性を十分に確保することが可能である。しかも、領域IIでは、領域Iよりも主軸負荷Fを相対的に小さくすることができるため、冷媒圧縮機100の高効率化を図ることができる。
【0155】
領域IIIでは、領域IIよりもさらに主軸負荷Fが小さいため、冷媒圧縮機100おの高効率化を図ることができるが、偏心軸122の倒れ角度が領域IIよりもさらに大きくなるため、諸条件によっては、冷媒圧縮機100の信頼性を十分に確保できないおそれがある。
【0156】
このように、
図5に示す結果に基づけば、本開示に係る冷媒圧縮機100においては、その信頼性および高効率化の双方の実現を図るためには、主軸負荷Fの変化と偏心軸122の倒れ角度の変化との相関関係のうち、高効率化を図ることができない領域Iが省かれる。それゆえ、距離Laの上限は16mmに設定することができる。
【0157】
また、領域IIIでは、諸条件によっては信頼性を十分に確保できない可能性があるので、領域IIが好適な範囲であると判断される。それゆえ、距離Laの好ましい範囲は12mm~16mm(12mm≦La≦16mm)に設定することができる。
【0158】
(実施例2)
本実施例の冷媒圧縮機100(実施例1参照)として、距離Laを15.8mmに設定したものを用いるとともに、潤滑油180として、質量分子量が500以上である高分子量成分を含有する低粘度の鉱油(本実施例の潤滑油180、前述した好適潤滑油。)を用いた。具体的には、本実施例の潤滑油180における40℃での動粘度は2.7mm2 /Sであり、主成分および高分子量成分のいずれも鉱油である。
【0159】
高分子量成分の含有量が2.0質量%の潤滑油180について、その分子量分布をGPC法により測定した。その結果を
図6Aに示す。なお、
図6Aの分子量分布グラフでは、縦軸が微分モル質量分布(dW/dlogM)であり横軸が質量分子量である。また、GPC法の条件は、検出器として示差屈折率検出器RIを、カラムとして直径6.0mm×長さ15cmのものを、溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)を、標準試料として単分散ポリスチレンを用い、流速0.45mL/分、カラム温度40℃とした。
【0160】
図6Aに示すように、本実施例で用いられる潤滑油180では、相対的に低分子量である主成分のピークとともに、ブロック矢印で示す高分子量成分のピークが観察される。なお、図示しないが、高分子量成分を含有しない従来の潤滑油では、高分子量成分のピークは観察されない。
【0161】
また、本実施例の潤滑油180において、高分子量成分の含有量を0質量%~約8質量%の範囲内で変化させて、冷媒圧縮機100の成績係数を評価した。その結果を
図6に示す。なお、
図6Bのグラフでは、縦軸が成績係数であり、横軸が高分子量成分の含有量である。また、成績係数(COP)は、消費エネルギー(入力)に対する冷凍能力の比(冷凍能力/入力)である。
【0162】
図6Bに示す結果から明らかなように、本実施例の潤滑油180を用いた冷媒圧縮機100では、潤滑油180に高分子量成分を少なくとも0.5質量%以上含有させることで、成績係数を良好に低減できることがわかる。
【0163】
(実施例3)
本実施例の冷媒圧縮機100(実施例1参照)として、実施例2と同様に距離Laを15.8mmに設定したものを用いるとともに、潤滑油180として従来のもの(JXTGエネルギー株式会社製、商品名FREOL S3)を用いた。冷媒圧縮機100の運転回転数を37rps、27rps、および17rpsに変化させた上で、実施例2と同様にして成績係数を評価した。その結果を
図7において正方形シンボルのグラフで示す。なお、
図7のグラフでは、縦軸が成績係数(相対値)であり横軸が冷媒圧縮機の運転回転数(単位:rps)である。
【0164】
(実施例4)
本実施例の冷媒圧縮機100(実施例1参照)として、実施例2と同様に距離Laを15.8mmに設定したものを用いるとともに、潤滑油180として、40℃での動粘度が2.7mm
2 /Sであり、高分子量成分の含有量が2.0質量%である好適潤滑油(実施例2および
図6A参照)を用いた。これら以外は実施例3と同様にして成績係数を評価した。その結果を
図7において三角形シンボルのグラフで示す。
【0165】
(比較例)
比較例の冷媒圧縮機として、距離Laが16mmを超える従来のものを用い、実施例3と同様に従来の潤滑油を用いた。これら以外は実施例3と同様にして成績係数を評価した。その結果を
図7において円形シンボルのグラフで示す。
【0166】
(実施例3,4および比較例の対比)
図7に示すように、比較例の従来の冷媒圧縮機に比べて、実施例3および実施例4の冷媒圧縮機100では、少なくとも35rps以下の運転回転数で成績係数(圧縮機効率)が有意に上昇していることがわかる。比較例と実施例3との対比では、27rpsから運転回転数が下がるに伴って成績係数の差が広がっている傾向にあることがわかる。
【0167】
さらに、実施例3および実施例4の対比から明らかなように、潤滑油180として従来のもの(実施例3)ではなく、低粘度であって高分子量成分を含有するもの(実施例4)を用いることにより、成績係数がさらに上昇することがわかる。特に、実施例3および実施例4の対比では、27rpsから運転回転数が下がるに伴って成績係数の差がより一層広がっていることがわかる。
【0168】
なお、本発明は前記実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0169】
また、上記説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。
以上のように、本発明によれば、密閉型冷媒圧縮機の高い信頼性を維持したままで、さらなる効率化を図ることが可能である。そのため、本発明は、冷凍サイクルを用いた各種機器に幅広く適用することができる。