(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033763
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】パンの製造方法、及び製パン用改良剤
(51)【国際特許分類】
A21D 2/26 20060101AFI20230306BHJP
【FI】
A21D2/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139646
(22)【出願日】2021-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】000165284
【氏名又は名称】月島食品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桐生 昌樹
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 奈央子
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 昌淳
(72)【発明者】
【氏名】垣内 大志
【テーマコード(参考)】
4B032
【Fターム(参考)】
4B032DB02
4B032DG02
4B032DK03
4B032DK12
4B032DK23
4B032DL03
(57)【要約】
【課題】クラムの復元力が高く、食感が優れるパンの製造方法、及びクラムの復元力が高く、食感が優れるパンを製造できる製パン用改良剤を提供する。
【解決手段】パンの製造方法が、酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネートの少なくとも1つを含むカゼイン類が水に溶解された状態で澱粉質原料に添加される工程を含み、澱粉質原料100質量部に対するカゼイン類の添加量は0.005~0.4質量部である。製パン用改良剤は、酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネートの少なくとも1つを含むカゼイン類が水に溶解されている部分を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カゼイン類が水に溶解された状態で澱粉質原料に添加される工程を含み、
前記カゼイン類は酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネートの少なくとも1つを含み、
前記澱粉質原料100質量部に対する前記カゼイン類の添加量が0.005~0.4質量部である、パンの製造方法。
【請求項2】
水100質量部に対して0.03~40質量部の前記カゼイン類が溶解されている、請求項1に記載されたパンの製造方法。
【請求項3】
カゼイン類が水に溶解された水系部を含む油中水型乳化物が澱粉質原料に添加される工程を含む、請求項1又は2に記載されたパンの製造方法。
【請求項4】
前記澱粉質原料をアミラーゼ、ヘミセルラーゼ、及びプロテアーゼの少なくとも1つの酵素で処理する工程を更に含む、請求項1~3のいずれか1項に記載されたパンの製造方法。
【請求項5】
前記パンが食パンである、請求項1~4のいずれか1項に記載されたパンの製造方法。
【請求項6】
前記パンが、前記パンが切断された切断面により具材が保持された調理パンに使用される、請求項1~5のいずれか1項に記載されたパンの製造方法。
【請求項7】
カゼイン類が水に溶解されている部分を含み、
前記カゼイン類は酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネートの少なくとも1つを含む製パン用改良剤。
【請求項8】
水100質量部に対して0.03~40質量部の前記カゼイン類が溶解されている、請求項7に記載された製パン用改良剤。
【請求項9】
油中水型乳化物からなる、請求項7又は8に記載された製パン用改良剤。
【請求項10】
アミラーゼ、ヘミセルラーゼ、及びプロテアーゼの少なくとも1つの酵素で処理されるパン生地の調製に適用される、請求項7~9のいずれか1項に記載された製パン用改良剤。
【請求項11】
食パンの製造に適用される、請求項7~10のいずれか1項に記載された製パン用改良剤。
【請求項12】
パンが切断された切断面により具材が保持される調理パン用のパンの製造に適用される、請求項7~11のいずれか1項に記載された製パン用改良剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンの製造方法、及び製パン用改良剤に関する。
【背景技術】
【0002】
具材がスライスされた食パンで保持されるサンドイッチ等のパンにおいて、クラムの復元力が問題になる。復元力とは、クラムが圧力により変形された後、圧力から解放されると素早く元に戻ろうとする力である。クラムの復元力が大きいと、パンの保形性がよくなり、スライスされたパンが手で持たれたり、輸送中に圧力がかけられたりしても、クラムがへたらない(圧力や重力で容易に折れたりつぶれたりしないことを意味する)。
他方、クラムの食感としてソフトな食感が好まれるから、クラムにソフトな食感を持たせるため、種々の改良剤がパン生地に加えられる。例えば、アミラーゼ、ヘミセルラーゼ、プロテアーゼ等の酵素が当該改良剤として使用される。しかしながら、当該改良剤が加えられたパン生地から製造されたパンのクラムの復元力は高くならない傾向にある。
【0003】
特許文献1には、カゼイングリコマクロペプチド(CMP)を、グルテンを含む材料に加えて水の存在下でミキシングする工程を含む、パン等の食品の製造方法が記載され、更に生地中に形成されるグルテンネットワークがCMPにより安定化され、当該生地の弾性率が増大することも記載されている。当該製造方法では、グルテンを含む粉末材料とCMP粉末がミキシングされているが、上記生地の弾性率の向上効果は限定的であった。
また、特許文献2には、α-グルコシルトランスフェラーゼ、ヘミセルラーゼ、及び、乳蛋白質又はその加水分解物を含有する、パン類のケービングと腰折れの防止、食感と食味の向上を図るパン類用品質向上剤が記載されている。しかしながら、引用文献2に記載されたパン類の製造方法でも、穀類とパン類用品質向上剤は粉末状でミキシングされ、パン類生地の弾性率の向上効果は限定的であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2017-510282号公報
【特許文献2】特開2021-29119号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
クラムにソフトな食感を持たせるため改良剤がパン生地に添加されても、製造されたパンのクラムの復元力を高くできるパンの製造方法が求められていたが、そのようなパンの製造方法は提供されていなかった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、クラムの復元力が高く、食感が優れるパンの製造方法を提供することである。本発明が解決しようとする別の課題は、クラムの復元力が高く、食感が優れるパンを製造できる製パン用改良剤を提供することである。
【0007】
本発明の発明者らは、鋭意検討した結果、酸カゼイン、レンネットカゼイン、及びカゼイネートの少なくとも1つを含むカゼイン類が水に溶解されている部分を含む製パン改良剤が、澱粉質原料に対する当該カゼイン類の添加量が特定範囲となるように当該澱粉質原料に添加されたパン生地から、クラムの復元力が高く、食感が優れるパンを製造できることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記課題は、下記の手段により解決された。
カゼイン類が水に溶解された状態で澱粉質原料に添加される工程を含み、
前記カゼイン類は酸カゼイン、レンネットカゼイン、及びカゼイネートの少なくとも1つを含み、
前記澱粉質原料100質量部に対する前記カゼイン類の添加量が0.005~0.4質量部である、パンの製造方法。
本発明のパンの製造方法において、好ましくは水100質量部に対して0.03~40質量部の上記カゼイン類が溶解されている。
本発明のパンの製造方法において、好ましくはカゼイン類が水に溶解された水系部を含む油中水型乳化物が澱粉質原料に添加される工程を含む。
本発明のパンの製造方法において、好ましくは上記澱粉質原料をアミラーゼ、ヘミセルラーゼ、及びプロテアーゼの少なくとも1つの酵素で処理する工程を更に含む。
本発明のパンの製造方法において、好ましくは上記パンが食パンである。
本発明のパンの製造方法において、好ましくは上記パンが、上記パンが切断された切断面により具材が保持された調理パンに使用される。
【0009】
カゼイン類が水に溶解されている部分を含み、
上記カゼイン類は酸カゼイン、レンネットカゼイン、及びカゼイネートの少なくとも1つを含む製パン用改良剤。
本発明の製パン用改良剤において、好ましくは水100質量部に対して0.03~40質量部の上記カゼイン類が溶解されている。
本発明の製パン用改良剤は、好ましくは油中水型乳化物からなる。
本発明の製パン用改良剤は、好ましくはアミラーゼ、ヘミセルラーゼ、及びプロテアーゼの少なくとも1つの酵素で処理されるパン生地の調製に適用される。
本発明の製パン用改良剤は、好ましくは食パンの製造に適用される。
本発明の製パン用改良剤は、好ましくは、パンが切断された切断面により具材が保持される調理パン用のパンの製造に適用される。
【発明の効果】
【0010】
本発明のパンの製造方法は、クラムの復元力が高く、食感が優れるパンを製造できる。本発明の製パン用改良剤は、パンの食感を維持したままクラムの復元力を向上させる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明について更に詳細に説明する。
[製パン用改良剤]
本発明の製パン用改良剤は、カゼイン類が水に溶解されている部分を含む。水100質量部に溶解しているカゼイン類の質量の下限値は、好ましくは0.03質量部であり、より好ましくは0.5質量部であり、更に好ましくは1質量部であり、特に好ましくは2質量部である。水100質量部に溶解しているカゼイン類の質量の上限値は、好ましくは40質量部であり、より好ましくは30質量部であり、更に好ましくは20質量部である。水に対するカゼイン類の溶解量が上記好ましい下限値~上限値であると、有効な量のカゼイン類をパン生地原料に添加するときに多量の水を添加する必要がなく、パン生地を形成するのに適当な水分含量にでき、製パン用改良剤の粘度が適当で、当該製パン用改良剤をパン生地原料に分散させやすい。さらに、水分を十分に吸収している状態のカゼイン類をパン生地原料に添加できるから、カゼイン類が製パンに必要な水分を製パン工程において吸収してしまうことがなく、パンの食感が良くなると考えられる。
【0012】
<カゼイン類>
カゼイン類は酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネートの少なくとも1つを含む。
酸カゼインとは、乳を酸によって沈殿させて得られたカゼイン類を意味する。レンネットカゼインとは、乳を、レンネットを用いて凝固させることで得られたカゼイン類を意味する。カゼイネートとは、乳を酸によって沈殿させて得られた酸カゼインを、アルカリによって中和させたカゼイン類を意味する。これらのカゼイン類のうち、酸カゼイン、及びカゼイネートの少なくとも1つを好ましく用いられる。また、カゼイネートとしては、例えばカゼインナトリウム、カゼインカルシウム、カゼインカリウム、カゼインマグネシウム等を挙げることができ、特にカゼインナトリウム、カゼインカリウムが好ましい。
【0013】
酸カゼイン、レンネットカゼインの水溶性は、カゼイネートの水溶性より低いが、pH調整剤としてアジピン酸、クエン酸、クエン酸ナトリウム、グルコノデルタラクトン、グルコン酸、グルコン酸カリウム、グルコン酸ナトリウム、コハク酸、コハク酸一ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カルシウム、DL-酒石酸、L-酒石酸、DL-酒石酸水素カリウム、L-酒石酸水素カリウム、DL-酒石酸ナトリウム、L-酒石酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、二酸化炭素、乳酸、乳酸ナトリウム、乳酸カリウム、氷酢酸、ピロリン酸二水素二ナトリウム、フィチン酸、フィチン酸ナトリウム、フィチン酸カルシウム、フィチン酸マグネシウム、フィチン酸カリウム、フマル酸、フマル酸ナトリウム、フマル酸カルシウム、フマル酸マグネシウム、フマル酸カリウム、DL-リンゴ酸、DL-リンゴ酸ナトリウム、リン酸、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、水酸化マグネシウム等を、酸カゼイン、及びレンネットカゼインの少なくとも1つと併用し水溶化することで、カゼイネートと同様の効果を得られる。
【0014】
上記製パン改良剤は、酸カゼイン、レンネットカゼイン、及びカゼイネート以外の乳製品を含んでもよい。当該乳製品として、例えば生乳、牛乳、加糖練乳、加糖脱脂練乳、無糖練乳、無糖脱脂練乳、脱脂乳、脱脂粉乳、全粉乳、バターミルク、バターミルクパウダー、ホエイタンパク、ホエイパウダー、トータルミルクプロテイン、ミルクプロテインコンセントレート、クリーム、クリームチーズ、ナチュラルチーズ、プロセスチーズが挙げられる。これらの乳製品に含まれる乳蛋白質は、酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネート以外のカゼイン類を含んでいてよい。カゼイン類に対する酸カゼイン、レンネットカゼイン及びカゼイネートの少なくとも1つの含有量は、好ましくは80質量%以上であり、より好ましくは90質量%以上であり、更に好ましくは95質量%以上であり、特に好ましくは100質量%である。
【0015】
<製パン用改良剤の形態>
本発明の製パン用改良剤の形態は特定の形態に限定されない。ただし、カゼイン類が水に溶解されていない形態は、当該形態から排除される。製パン用改良剤が、カゼイン類が水に溶解されていない形態であると、クラムの復元力が十分に高くならない。当該形態としては、水溶液、油中水型乳化物、水中油型乳化物が挙げられる。当該油中水型乳化物及び水中油型乳化物において、カゼイン類は水系部に溶解している。好ましい当該形態は、マーガリン等の油中水型乳化物、水溶液である。より好ましい当該形態は油中水型乳化物である。
【0016】
<油脂>
上記油中水型乳化物及び水中油型乳化物に含まれる油脂として、パーム系油脂、ラード、牛脂、乳脂肪、ヤシ油、パーム核油、なたね油、大豆油、コーン油、米油、綿実油、ひまわり油、ごま油、オリーブ油、それらの分別油、水素添加油、及びエステル交換油等、食品分野で通常使用される油脂が挙げられる。ここで、水素添加油は、近年心疾患との関連から使用が敬遠される部分水素添加油(ヨウ素価4以上)ではなく、極度硬化油(ヨウ素価が4未満)の使用が好ましい。これらは、1種類を単独で用いてもよいし、2種類以上を混合して用いてもよい。
【0017】
<乳化剤>
上記油中水型乳化物及び水中油型乳化物は、乳化剤を含むことができる。当該乳化剤は、食品表示法に基づく食品表示基準において、乳化剤の一括名での表示が認められている添加物である。当該乳化剤としては、例えば、グリセリン脂肪酸エステル(ポリグリセリン脂肪酸エステル、グリセリン酢酸脂肪酸エステル、グリセリン乳酸脂肪酸エステル、グリセリンコハク酸脂肪酸エステル、グリセリン酒石酸脂肪酸エステル、グリセリンクエン酸脂肪酸エステル、グリセリンジアセチル酒石酸脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを含む)、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム、ステアロイル乳酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、レシチン(酵素処理レシチン、酵素分解レシチン、分別レシチンを含む)、サポニン、動物・植物ステロール類等が挙げられる。これらは、1種類を単独で用いてもよいし、2種類以上を混合して用いてもよい。これらの乳化剤は市販されている。当該市販品として、ダニスコジャパン株式会社製ダイモダンUP-T/B(グリセリンモノ脂肪酸エステル)、辻製油株式会社製SLP-ペーストST(レシチン)が挙げられる。
【0018】
上記製パン用改良剤には、上記油脂、乳化剤、pH調整剤、及び乳製品のほかにも、食塩、リン酸塩、有機酸塩等の塩類、上記カゼイン類以外の乳蛋白質、大豆蛋白質、卵白、小麦蛋白質等の蛋白質、アミノ酸、アミラーゼ、ヘミセルラーゼ、リパーゼ等の酵素、糖質、澱粉、加工澱粉、増粘多糖類、食物繊維、香料、色素、酸化防止剤等の1種又は2種以上を含有させてもよい。
【0019】
上記油中水型乳化物中の水系部の含有量は、好ましくは3~65質量%であり、より好ましくは13~50質量%であり、更に好ましくは14~40質量%であり、特に好ましくは15~30質量%である。
【0020】
[パンの製造方法]
本発明のパンの製造方法は、カゼイン類が水に溶解された状態で澱粉質原料に添加される工程、すなわち本発明の製パン用改良剤が上述された形態で澱粉質原料に添加される工程を含む。上記澱粉質原料100質量部に対する上記カゼイン類の添加量は0.005~0.4質量部である。上記澱粉質原料に対する上記カゼイン類の含有量が少なすぎると、クラムの復元力が低くなる。また、上記澱粉質原料に対する上記カゼイン類の含有量が多すぎても、パンが固くなりパンの食感が悪化する。上記澱粉質原料100質量部に対する上記カゼイン類の添加量の下限値は、好ましくは0.02質量部であり、より好ましくは0.03質量部である。上記澱粉質原料100質量部に対する上記カゼイン類の添加量の上限値は、好ましくは0.3質量部であり、より好ましくは0.2質量部である。上記澱粉質原料と他の原材料とのミキシング等により、上記澱粉質原料に含まれるグルテンに衝撃が加えられると、網目構造のグルテンネットワークが形成される。グルテンネットワークが発酵により発生するガスを保持し、伸展することでパン生地は膨化する。膨化したパン生地を焼成することでグルテンネットワークが熱変性する一方、澱粉質原料に含まれる澱粉が糊化、膨潤することで焼成後のパンの構造が形成される。糊化、膨潤した澱粉による構造に対して、クラムにソフトな食感を持たせる目的でパン生地に加えられるアミラーゼ、乳化剤等の改良剤が作用すると、クラムの構造の強度が低下し、それによりクラムの復元力が低下する。
パン生地中に存在するヘミセルロースはパン生地中の水分を吸収する。ヘミセルロースに吸収された水分と澱粉の糊化に必要な水分が競合するため、ヘミセルロースは澱粉の糊化に対して阻害的に作用する。ヘミセルラーゼはパン生地中においてヘミセルロースを分解することにより、澱粉の糊化、膨潤を促進し、クラムにソフトな食感をもたらす作用を示す一方、より糊化、膨潤の進んだ澱粉により形成されたパンの構造は強度が低下し、それによりクラムの復元力が低下する。
パン生地中に存在するプロテアーゼは、製パン時に一部のグルテンを分解する。これによりグルテンネットワークの伸展性が向上するため、発酵や焼成初期の膨化が促進され、容積は増大する。このことにより、焼成後のクラムの構造の強度は低下し、クラムの復元力が低下する。
本発明のパン改良剤に含まれるカゼイン類は、強度の低下したパンの構造を補強するため、本発明のパンの製造方法により製造されたパンのクラムの復元力は高くなると考えられる。
【0021】
<澱粉質原料>
本発明のパンの製造方法のパン生地の調製工程において使用される澱粉質原料は、通常のパン生地の調製工程において使用される澱粉質原料である。当該澱粉質原料として、小麦粉、強力粉、薄力粉、中力粉、米粉、ライ麦粉、大豆粉、豆粉、ジャガイモの乾燥粉末等の穀粉類、コーンスターチ、ワキシーコーンスターチ、小麦澱粉、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉、米澱粉、サゴ澱粉、甘藷澱粉等の澱粉類、これら澱粉類をエーテル化、エステル化、架橋化、酸化、α化などのいずれか一以上の処理を施した加工澱粉が挙げられる。これらは、1種類を単独で用いてもよいし、2種類以上を混合して用いてもよい。澱粉質原料には強力粉が含まれることが好ましい。これらの澱粉質原料は市販されている。当該市販品として、日清製粉株式会社製カメリヤが挙げられる。
【0022】
<副原料>
本発明のパンの製造方法で調製されるパン生地は、酵素、カゼイン類以外の乳製品、増粘安定剤、食塩、塩化カリウムなどの塩味剤、酢酸、乳酸、グルコン酸などの酸味料、糖類、甘味料、着色料、酸化防止剤、植物蛋白、卵および各種卵加工品、着香料、調味料、pH調整剤、食品保存料、果実、果汁、及び香辛料等の副原料を含有してよい。
【0023】
上記酵素は、アミラーゼ、ヘミセルラーゼ、及びプロテアーゼの少なくとも1つを含み、好ましくは、アミラーゼ、及びヘミセルラーゼの少なくとも1つを含む。
アミラーゼとしては、例えば、α-アミラーゼ、β-アミラーゼ、グルコアミラーゼを挙げることができる。α-アミラーゼは、デンプンのα-1,4結合をランダムに切断するエンド型の酵素であり、市販されている。当該市販品としては、例えば、Bacillus subtilis由来のスミチームA-10、Bacillus sp.由来の耐熱性スミチームAH、Aspergillus niger由来のスミチームAS、Aspergillus oryzae由来のスミチームL(以上、新日本化学工業社製)、細菌由来の耐熱性のスピターゼXP-404V2、細菌由来の耐熱性のスピターゼHK/R(以上、ナガセケムテックスジャパン社製)、Bacillus sp.由来のクライスターゼT10S、Aspergillus属由来のビオザイムA(天野エンザイム社製)、Bacillus sp.由来のオプティケーキフレッシュ50BG、Bacillus sp.由来のノバミル10000 BG、Bacillus sp.由来のノバミル 3D BG、Aspergillus属由来のファンガミル2500SG(以上、ノボザイムズ ジャパン社製)、Aspergillus oryzae由来のコクラーゼ(三菱ケミカルフーズ社製)、Aspergillus oryzae由来のベイクザイムP500、Bacillus amyloliquefaciens由来のベイクザイムAN301(以上、DSM社製)が挙げられる。
β-アミラーゼは、澱粉のα-1,4グルコシド結合を非還元末端からエキソ型に二糖単位で加水分解してマルトースを生成する酵素であり、市販されている。当該市販品としては、例えば、大豆由来のβ-アミラーゼ#1500S(ナガセケムテックスジャパン社製)、Bacillus属由来のβ-アミラーゼF「アマノ」(天野エンザイム社製)などが挙げられる。
グルコアミラーゼは、澱粉を非還元性末端からグルコース(β型)単位で逐次分解を行うエキソ型酵素であり、市販されている。当該市販品としては、例えば、Aspergillus niger由来のベイクザイムAG800(DSM社製)、Aspergillus属由来のAMG1100BG(ノボザイムズ ジャパン社製)などが挙げられる。
ヘミセルラーゼは、植物組織からアルカリ抽出される多糖類であるヘミセルロースを加水分解する酵素であり、基質となるヘミセルロースとしては、キシラン、アラビノキシラン、アラビナン、マンナン、ガラクタン、キシログルカン、グルコマンナン等を挙げることができる。これらヘミセルロースを加水分解する酵素が一般的にはヘミセルラーゼといわれており、市販されている。当該市販品としては、例えば、Aspergillus niger由来のスミチームSNX、Trichoderma reesei由来のスミチームX(以上、新日本化学工業社製)、Aspergillus niger由来のセルロシン HC100、Trichoderma reesei由来のセルロシン TP25(以上、エイチビィアイ社製)、Aspergillus niger由来のベイクザイムHS2000、ベイクザイムARA10000、Bacillus subtilis由来のベイクザイムBXP5001(以上、DSM社製)、ペントパン500BG(ノボザイム社製)、ヘミセルラーゼ「アマノ」90(天野エンザイム社製)、スクラーゼTMX(三菱化学フーズ社製)などが挙げられる。
プロテアーゼとしては、市販品として、Aspergillus oryzae由来の中性プロテアーゼであるスミチームLP、スミチームLPL、スミチームOP(以上、新日本化学工業社製)、耐熱性プロテアーゼであるプロテアーゼS「アマノ」(天野製薬株式会社製)、ニュートラーゼ1.5MG(ノボザイム社製)、超耐熱性セリンプロテアーゼ Pfu Protease S(タカラバイオ社製)、Aspergillus sp.由来のパンチダーゼP(ヤクルト薬品工業社製)、Bacillus amyloliquefaciens由来のベイクザイムB500、Aspergillus oryzae由来のベイクザイムPPU95.000(以上、DSM社製)などが挙げられる。
【0024】
上記カゼイン類以外の乳製品としては、生乳、牛乳、加糖練乳、加糖脱脂練乳、無糖練乳、無糖脱脂練乳、脱脂乳、脱脂粉乳、全粉乳、バターミルク、バターミルクパウダー、ホエイタンパク、ホエイパウダー、トータルミルクプロテイン、ミルクプロテインコンセントレート、クリーム、クリームチーズ、ナチュラルチーズ、及びプロセスチーズが挙げられる。これらの乳製品は市販されている。当該市販品として、よつ葉乳業株式会社製の脱脂粉乳が挙げられる。
【0025】
上記増粘安定剤としては、グアーガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、アラビアガム、アルギン酸類、ペクチン、キサンタンガム、プルラン、タマリンドシードガム、サイリウムシードガム、結晶セルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、寒天、グルコマンナン、ゼラチン、デキストリン、及びデキストランが挙げられる。
【0026】
上記糖類としては、ブドウ糖、果糖、ショ糖、麦芽糖、酵素糖化水飴、乳糖、還元澱粉糖化物、異性化液糖、ショ糖結合水飴、はちみつ、オリゴ糖、還元糖ポリデキストロース、フラクトオリゴ糖、大豆オリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、乳果オリゴ糖、ラフィノース、ラクチュロース、パラチノースオリゴ糖、還元乳糖、ソルビトール、キシロース、キシリトール、マルチトール、エリスリトール、マンニトール、及びトレハロースが挙げられる。これらの糖は市販されている。当該市販品として、大日本明治製糖株式会社製上白糖が挙げられる。
【0027】
本発明のパンの製造方法は、上記パン生地を上記酵素で処理する工程を更に含んでいてよい。アミラーゼ及びヘミセルラーゼは上記澱粉質原料中の澱粉、繊維質等の糖分を分解する。プロテアーゼはグルテンをはじめとする原材料中の蛋白質を分解する。
【0028】
本発明のパンの製造方法では、本発明の製パン用改良剤、上記澱粉質原料、及び必要に応じて添加される上記副原料は、通常のパン生地の調製工程と同様にミキシングされる。これらの添加順序は適宜決定される。上記酵素を含む上記副原料は、本発明の製パン用改良剤及び上記澱粉質原料の少なくとも1つに予め加えられていてもよく、本発明の製パン用改良剤、上記澱粉質原料及び上記副原料のそれぞれが別個にミキシングされてもよい。さらに、本発明の製パン用改良剤及び上記澱粉質原料の混合物に上記副原料が添加されてもよい。
【0029】
本発明のパンの製造方法で製造されるパンの種類は限定されない。当該パンとしては、食パン、菓子パンが挙げられる。当該パンは、好ましくはサンドイッチ、ホットサンド、ホットドック、ハンバーガー等に使用されるような、パンが切断されて切断面を有し、切断面において具材を保持する調理パンに使用される。なお、ホットドックに使用されるパンのように、切り込みを入れられ、切断面によってパンが完全に分割されずに切断面を有する場合も、本発明の好ましい例として挙げられる。さらに、当該パンは、クリーム類(生クリーム、ホイップクリーム、バタークリーム、カスタードクリーム等)、バター、ジャム、及び果物等を充填したり載せたりした菓子パンであってよい。
【実施例0030】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0031】
実施例及び比較例において、パンのクラムの復元力及び食感は以下のとおりに測定された。
2cmの厚さにスライスされたパンを指で押した感触を、後述するコントロールとなるパン(カゼイン類を含まない)の感触を0として、5名の評価者が下記基準に従って評価し、平均値を算出した。
-クラムの復元力の評価基準-
3:復元力がかなり強い。
2:復元力が強い。
1:復元力がやや強い。
0:コントロールの復元力と同等である。
-1:復元力がやや弱い。
-2:復元力が弱い。
【0032】
5名の評価者が2cmの厚さにスライスされたパンを食し、後述するコントロールとなるパン(カゼイン類を含まない)の食感と比較して下記基準に従って評価し、平均値を算出した。
-クラムの食感の評価基準-
3:食感がかなりソフトである。
2:食感がソフトである。
1:食感がややソフトである。
0:コントロールの食感と同等である。
-1:食感がやや硬い。
-2:食感が硬い。
-3:食感がかなり硬い。
【0033】
<カゼインナトリウム水溶液の調製(1)>
カゼインナトリウム(Fonterra Limited)を表1に示される添加量で水に溶解し、水溶液1~5を調製した。
【0034】
【0035】
<エステル交換油の調製>
パーム分別軟質部(月島食品工業株式会社製)を110℃に加熱し、十分に脱水した後、化学触媒としてナトリウムメチラートを油脂量の0.08質量%添加し、減圧下、100℃で0.5時間攪拌しながらエステル交換反応を行った。エステル交換反応後、水洗して触媒を除去し、活性白土を用いて脱色し、更に脱臭を行って、エステル交換油脂を得た。
【0036】
<製パン用改良剤の調製(1)>
表2に示される量の原材料を用いて、以下のように、製パン改良剤を調製した。パーム油(月島食品工業株式会社製)40質量%及び上記のエステル交換油60質量%からなる油脂を60℃に調温し、乳化剤を溶解して油相を得た。水又は上記カゼインナトリウム水溶液1~5を60℃に調温したものに、食塩を溶解し、水相を得た。前記油相に前記水相を添加混合して乳化物としたものに対して冷却、練りを加えて油中水型乳化物である製パン用改良剤A~Fを調製した。
【0037】
【表2】
1)グリセリンモノ脂肪酸エステル(ダニスコジャパン株式会社製ダイモダンUP-T/B)
2)レシチン(辻製油株式会社製SLP-ペーストST)
原材料の添加量の単位は質量部である。
【0038】
<パンの製造(1)>
表3中の中種の原材料を、ミキサーボウルに投入し、フックで低速3分、中速2分のミキシングを行った。中種生地の捏ね上げ温度を24℃に調整した。前記中種生地を発酵温度27℃、発酵湿度75%RH、発酵時間4時間、熟成終点温度29℃の条件下で発酵させ、中種を調製した。当該中種と表3中の本捏の、改良剤以外の原材料を、フックで低速2分、中速4分ミキシングした。そこに改良剤A~Fのそれぞれを5質量部投入し、フックで低速2分、中速4分のミキシングを行い、パン生地を得た。捏ね上げ温度は27℃に調整した。フロアータイム30分の後、240gに分割し、分割生地を6つ並べてプルマン型に入れた。型生地比容積は4cm3/gであった。所定の蓋をして上火及び下火焼成温度200℃で33分間焼成した。その後、焼成パンから粗熱を除き、ビニール袋で包装して常温で保管し、各パンを製造した。翌日、各パンを2cmの厚さにスライスし、クラムの復元力、及び食感を評価した。結果を表3に示す。
【0039】
【表3】
3)日清製粉株式会社製 カメリヤ
4)オリエンタル酵母工業株式会社 オリエンタルイースト
5)オリエンタル酵母工業株式会社 Cオリエンタルフード
6)理研ビタミン株式会社 エマルジーMM-100
7)株式会社日本海水 特急塩R
8)大日本明治製糖株式会社 上白糖
9)よつ葉乳業株式会社 脱脂粉乳
10)ノボザイム社製ノバミル3D GB(マルトース生成アミラーゼ)
中種及び本捏で使用される原材料の添加量の単位は質量部である。
【0040】
<カゼインナトリウム水溶液の調製(2)>
カゼインナトリウム(Fonterra Limited)8質量部を水92質量部に溶解し、水溶液6を調製した。
【0041】
<製パン用改良剤の調製(2)>
表4に示される量の原材料を用いて、以下のように製パン改良剤を調製した。パーム油(月島食品工業株式会社製)40質量%及び上記のエステル交換油60質量%からなる油脂を60℃に調温し、乳化剤を溶解して油相を得た。上記カゼインナトリウム水溶液6を60℃に調温したものに食塩を溶解し、水相を得た。油相に水相を添加混合して乳化物としたものに対して冷却、練りを加えて油中水型乳化物である製パン用改良剤Gを調製した。
【0042】
<ショートニングの調製>
表4に示される量の原材料を用いて、以下のようにショートニングを調製した。パーム油(月島食品工業株式会社製)40質量%及び上記エステル交換油60質量%からなる油脂を60℃に調温し、乳化剤を溶解した。これに対して冷却、練りを加えてショートニングを調製した。
【0043】
【0044】
<パンの製造(2)>
表5中の中種の原材料をミキサーボウルに投入し、フックで低速3分、中速2分のミキシングを行った。中種生地の捏ね上げ温度を24℃に調整した。前記中種生地を発酵温度27℃、発酵湿度75%RH、発酵時間4時間、熟成終点温度29℃の条件下で発酵させ、中種を調製した。当該中種と表5中の本捏の、改良剤A及びカゼインナトリウム、改良剤G、又はショートニング及び水溶液6以外の原材料を、フックで低速2分、中速4分ミキシングを行った。そこに表5に従って、改良剤A及びカゼインナトリウム、改良剤G、又はショートニング及び水溶液6を投入し、フックで低速2分、中速4分のミキシングを行い、パン生地を得た。捏ね上げ温度を27℃に調整した。フロアータイム30分の後、240gに分割し、分割生地を6つ並べてプルマン型に入れた。型生地比容積は4cm3/gであった。所定の蓋をして上火及び下火焼成温度200℃で33分間焼成した。その後、焼成パンから粗熱を除き、ビニール袋で包装して常温で保管し、各パンを製造した。また、評価基準とするために表3に示したコントロールについても同様に製造した。翌日、各パンを2cmの厚さにスライスし、クラムの復元力及び食感を評価した。結果を表5に示す。
【0045】
【表5】
3)日清製粉株式会社製 カメリヤ
4)オリエンタル酵母工業株式会社製 オリエンタルイースト
5)オリエンタル酵母工業株式会社製 Cオリエンタルフード
6)理研ビタミン株式会社製 エマルジーMM-100
7)株式会社日本海水製 特急塩R
8)大日本明治製糖株式会社製 上白糖
9)よつ葉乳業株式会社製 脱脂粉乳
10)ノボザイム社製ノバミル3D GB(マルトース生成アミラーゼ)
中種及び本捏で使用される原材料の添加量の単位は質量部である。
【0046】
強力粉100質量部に対するカゼインナトリウムの添加量が0.4質量部より多いパン生地から製造された比較例1のパンCEx1のクラムの復元力はパンとして不自然なほどにかなり強く、また食感は硬かった。カゼインナトリウムが水に溶解された状態でなく、粉末の状態で強力粉に添加されたパン生地から製造された比較例2のパンCEx2の復元力はカゼインナトリウムを含まないパンCの復元力より小さく、その食感はカゼインナトリウムを含まないパンCの食感よりやや硬かった。
【0047】
他方、カゼインナトリウムが油中水型乳化物の形態の製パン改良剤(実施例1~5)、又は、カゼインナトリウムが水溶液の形態の製パン改良剤(実施例6)が、強力粉に対して所定範囲で添加されたパン生地から製造された実施例1~6のパンEx1~6の復元力は、カゼインナトリウムを含まないパンCの復元力よりやや強かった。さらに、パンEx1~6の食感は、カゼインナトリウムを含まないパンCの食感よりやや硬い~ややソフトであった。