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特開2023-33916ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産
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  • 特開-ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産 図1
  • 特開-ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023033916
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/74 20060101AFI20230306BHJP
   C12P 1/04 20060101ALI20230306BHJP
【FI】
C12N15/74 Z ZNA
C12P1/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139881
(22)【出願日】2021-08-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年3月5日、日本農芸化学会2021年度大会講演要旨集において発表 令和3年3月19日、日本農芸化学会2021年度大会において発表
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 宏和
【テーマコード(参考)】
4B064
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
(57)【要約】
【課題】ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質の高生産に適しており、大腸菌における毒性が抑制されたプラスミドベクターを提供する。
【解決手段】ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産用のプラスミドベクターであって、Geobacillus kaustophilusのコールドショックタンパク質CspDの遺伝子由来のプロモーターにおいて配列番号1の第200塩基および第280塩基または配列番号1の第265塩基に対応する塩基に変異を有するプロモーターを含む、プラスミドベクター。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産用のプラスミドベクターであって、
Geobacillus kaustophilusのコールドショックタンパク質CspDの遺伝子由来のプロモーターにおいて配列番号1の第200塩基および第280塩基または配列番号1の第265塩基に対応する塩基に変異を有するプロモーターを含む、
プラスミドベクター。
【請求項2】
配列番号1の第200塩基および第280塩基に対応する塩基がそれぞれTからAおよびAからGに変異しているか、または配列番号1の第265塩基に対応する塩基がTからCに変異している、請求項1に記載のプラスミドベクター。
【請求項3】
前記プロモーターを提供する核酸として配列番号2または配列番号3の核酸を含む、請求項1または2に記載のプラスミドベクター。
【請求項4】
配列番号2または配列番号3の3’末端にSphI制限酵素サイトを有する、請求項3に記載のプラスミドベクター。
【請求項5】
前記プロモーターの下流に、組換えタンパク質をコードするコード配列の核酸が連結されている、請求項1~4のいずれか一項に記載のプラスミドベクター。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のプラスミドベクターと、ジオバチラス属細菌とを含む、組換えタンパク質生産システム。
【請求項7】
前記プラスミドベクターが前記ジオバチラス属細菌内にある、請求項6に記載の組換えタンパク質生産システム。
【請求項8】
Geobacillus kaustophilusのコールドショックタンパク質CspDの遺伝子由来のプロモーターにおいて配列番号1の第200塩基および第280塩基または配列番号1の第265塩基に対応する塩基に変異を有するプロモーターと、
前記プロモーターの下流に連結された、組換えタンパク質をコードするコード配列の核酸と
を含む核酸構築物で形質転換されたジオバチラス属細菌を培養して、前記組換えタンパク質を発現させることを含む、組換えタンパク質生産方法。
【請求項9】
前記培養の前に、前記核酸構築物を含むプラスミドベクターを前記ジオバチラス属細菌内に導入することにより前記ジオバチラス属細菌の形質転換を行うことをさらに含む、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、遺伝子工学技術を利用したタンパク質の生産に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子工学技術を利用してタンパク質の生産を行うために、原核生物および真核生物を含め様々な宿主生物種が利用可能となっている。しかしながら、それぞれの宿主系には長所と短所とがある。例えば、大腸菌は、長年にわたる研究・開発の蓄積があり様々な実験条件に応じた遺伝子工学的ツール(発現ベクター等)が利用可能となっている最も古典的なタンパク質発現宿主系であるが、タンパク質発現量が比較的限定されること、分泌タンパク質の生産には不適であること等といった短所も有している。
【0003】
非特許文献1は、ジオバチラス(Geobacillus)属細菌において組換えタンパク質を発現することに利用できるプロモーターおよびそれを含むプラスミドベクターを記載している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Extremophiles (2020) 24:147-156
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ジオバチラス属細菌発現系は、いくつかの有利な特徴を有している。第一に、40℃付近(株によっては37℃)から最高で約74℃(株によっては80℃)に至るまで広い温度範囲で生育可能であり(典型的な至適温度は50~65℃)、特に、他の細菌宿主等では不可能な高温域での組換えタンパク質発現(例えば耐熱菌由来の耐熱性タンパク質の発現)に応用可能性を有する。第二に、接合伝達または電気穿孔法を利用した遺伝子導入法が確立されている。さらに、Geobacillus kaustophilus種(HTA426株)について全ゲノム配列が決定されている(Nucleic Acids Res. 32, 6262 (2004))。第三に、本明細書において後述するように、ジオバチラス属細菌は、大腸菌を上回る高生産量で組換えタンパク質を生産することができ、分泌タンパク質を生産することもできる。第四に、これも本明細書において後述するように、少なくともある種のジオバチラス属細菌は、コーンスティープリカーを栄養源とする安価な培地においてロバストに生育できることが確認されているため、他の宿主生物系と比べて培養のコストおよびタンパク質生産のコストを著しく抑えることが可能である。
【0006】
本発明者らは、RNA-seq手法を用いてGeobacillus kaustophilus HTA426株のトランスクリプトームを解析し、発現量が多い遺伝子を同定することを通じて、Geobacillus属における組換えタンパク質高生産に適したプロモーターの候補をいくつか同定した。上述した全ゲノム配列決定におけるアノテーションでGK1356という番号が付けられた、コールドショックタンパク質CspDをコードする遺伝子のプロモーターは、そのなかでも特に強力な発現駆動力を示すものであった。
【0007】
しかしながら、このGK1356のプロモーター(本明細書においてPgk1356ともいう)に組換えタンパク質のコード配列が連結された構築物は、大腸菌に導入された場合に、大腸菌の生育を著しく阻害し得ることが見出された。この現象は、複数種類の異なる組換えタンパク質を試みてきたなかで共通して見られた一般的傾向であり、大腸菌における遺伝子組み換え操作およびクローニング手順を妨げるものであった。Pgk1356は大腸菌において(おそらくは過剰発現を通じて)組換えタンパク質に基づいた毒性を引き起こすと見られた。
【0008】
最終的なタンパク質生産はジオバチラス属細菌で行うとしても、目的のタンパク質コード配列をプロモーター下流に挿入して構築物をクローン化することを含む遺伝子操作の下準備は、大腸菌で行われることが圧倒的に多い。したがって、高発現プロモーターが大腸菌において毒性を引き起こすことは、該プロモーターの有用性を著しく低下させ得る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、ジオバチラス属細菌で組換えタンパク質の高生産を駆動する能力を有しながら大腸菌における毒性の抑制も達成された新規プロモーター配列を創出し同定することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
ジオバチラス属細菌における組換えタンパク質生産用のプラスミドベクターであって、
Geobacillus kaustophilusのコールドショックタンパク質CspDの遺伝子由来のプロモーターにおいて配列番号1の第200塩基および第280塩基または配列番号1の第265塩基に対応する塩基に変異を有するプロモーターを含む、
プラスミドベクター。
[2]
配列番号1の第200塩基および第280塩基に対応する塩基がそれぞれTからAおよびAからGに変異しているか、または配列番号1の第265塩基に対応する塩基がTからCに変異している、[1]に記載のプラスミドベクター。
[3]
前記プロモーターを提供する核酸として配列番号2または配列番号3の核酸を含む、[1]または[2]に記載のプラスミドベクター。
[4]
配列番号2または配列番号3の3’末端にSphI制限酵素サイトを有する、[3]に記載のプラスミドベクター。
[5]
前記プロモーターの下流に、組換えタンパク質をコードするコード配列の核酸が連結されている、[1]~[4]のいずれか一項に記載のプラスミドベクター。
[6]
[1]~[5]のいずれか一項に記載のプラスミドベクターと、ジオバチラス属細菌とを含む、組換えタンパク質生産システム。
[7]
前記プラスミドベクターが前記ジオバチラス属細菌内にある、[6]に記載の組換えタンパク質生産システム。
[8]
Geobacillus kaustophilusのコールドショックタンパク質CspDの遺伝子由来のプロモーターにおいて配列番号1の第200塩基および第280塩基または配列番号1の第265塩基に対応する塩基に変異を有するプロモーターと、
前記プロモーターの下流に連結された、組換えタンパク質をコードするコード配列の核酸と
を含む核酸構築物で形質転換されたジオバチラス属細菌を培養して、前記組換えタンパク質を発現させることを含む、組換えタンパク質生産方法。
[9]
前記培養の前に、前記核酸構築物を含むプラスミドベクターを前記ジオバチラス属細菌内に導入することにより前記ジオバチラス属細菌の形質転換を行うことをさらに含む、[8]に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1aは、大腸菌において、野生型(pGKE122)または変異型(pGKE123、pGKE124)プロモーターでvenus蛍光レポーター遺伝子を発現させた結果を示す。各プラスミドを有する大腸菌をLB培地中30℃(黒)または37℃(白)で24時間培養した。図1bは、Geobacillus kaustophilusにおいて、野生型(Pgk1356)または変異型(Pm1、Pm2)プロモーターでvenus蛍光レポーター遺伝子を発現させた結果を示す。LB培地中60℃で、24時間(黒)、48時間(白)、および72時間(灰)培養を行った。なお、図1aとbの縦軸は異なる相対的スケールを表している。
図2図2は、Geobacillus thermodenitrificansにおいてpGKE124のPm2プロモーター下で分泌性キシラナーゼを産生させた実験を示す。図2aはLB培地で24時間培養した試料のSDS-PAGEであり、組換えキシラナーゼが細胞外に放出されたことがわかる(矢印)。図2bは、LB培地(黒)およびCSL培地(白)で1週間にわたり培養した際のキシラナーゼ生産量の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
一態様において、本開示は、ジオバチラス属(Geobacillus)細菌における組換えタンパク質生産用のプラスミドベクターを提供する。ジオバチラス属細菌自体は公知であり、自然界に見出すことができるほか各種ストックセンターや販売会社から入手することもできる。ジオバチラス属細菌はグラム陽性菌である。ジオバチラス属細菌の例としてはG. kaustophilus、G. thermodenitrificans、G. subterraneus、G. thermoglucosidasius、およびG. thermoleovoransが挙げられるがこれらに限定されない。本開示において、組換え遺伝子という用語は、人為的に遺伝子構造が改変されて(例えば、その遺伝子本来の天然プロモーターとは異なるプロモーターに連結されて)、典型的には(限定はされないが)本来の宿主とは異なる宿主内で発現される遺伝子を意味する。組換えタンパク質という用語は、そのような組換え遺伝子によってコードされているタンパク質を意味する。本開示に係る変異型プロモーターに連結されて発現される組換えタンパク質コード配列およびその組換えタンパク質は、異種(heterologous)コード配列および異種タンパク質とも換言され得る。産業的に生産される組換えタンパク質は、対応する天然タンパク質よりも発現量が多い、かつ/または対応する天然タンパク質と比べて配列が改変されていることが典型的である。本開示におけるプラスミドベクターは、組換え遺伝子を組み入れて運搬するベクターであって、細菌細胞内で染色体外DNAすなわちプラスミドの形態で存在できるものである。
【0013】
ジオバチラス属のような細菌のゲノムはタンパク質コード領域(ORFともいう)が密に分布しており、隣接するコード領域間の間隔すなわち非コード領域は典型的にわずか数百塩基対である。天然の各プロモーターは、この非コード領域中に存在し、下流に置かれたコード配列の転写を駆動できる配列として定義することができる。各プロモーターは、ゲノムから分離されて独立しても(例えばプラスミドの一部となっても)、下流に置かれたコード配列の転写を駆動することができる。本開示のプロモーターは、翻訳に関与する配列(例えばリボソーム結合部位)を内包し得る。
【0014】
本実施形態のプラスミドベクターは、組換え遺伝子の転写を駆動して組換えタンパク質の生産をもたらすためのプロモーターを含むが、このプロモーターは、Geobacillus kaustophilusのコールドショックタンパク質CspDの遺伝子のプロモーターに基づくものである。タンパク質をCspDと表記する一方、遺伝子をcspDと表記することもできる。Geobacillus kaustophilusのcspD遺伝子は、上述したHTA426株の全ゲノム配列決定の際のアノテーションにおいて見出された遺伝子であり、GK_RS07225あるいはGK1356とも呼ばれる(なお、「discontinued on 7-Apr-2017」との記載があるhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/3186394では、同じ遺伝子の産物がCspDではなくCspBと表記されていた。18-JAN-2021の日付を有するhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/WP_003251474.1ではCspDに改められている。)。本発明者らは、このcspD遺伝子がHTA426株において最も豊富に発現される遺伝子の一つであることを発見した。
【0015】
本実施形態では、Geobacillus kaustophilus cspDに由来するプロモーターのうち、配列番号1の第200塩基および第280塩基または配列番号1の第265塩基に対応する塩基に変異を有する(すなわちそれらが非野生型塩基に置換されている)プロモーターが使用される。野生型プロモーターは配列番号1の配列を有するが、大腸菌においてこの野生型Geobacillusプロモーターは、しばしば大腸菌にとっての毒性を引き起こすことが見出された。本発明は、上記特定の塩基を変異させることによって、大腸菌における毒性を抑制でき、しかもGeobacillus属における高発現能力は維持できるという、予測できなかった新知見に基づくものである。機序は明らかではないが、cspDはそもそも最も強力なプロモーターの1つとして同定されたものであったから、上記毒性は大腸菌で発現レベルが過剰になることに起因する可能性が高く、そして上記特定箇所の変異により大腸菌の発現活性化因子の結合が緩和されると考えられる。大腸菌における毒性抑制という特徴によって、大腸菌を利用したプラスミドベクター構築物の構築、操作、維持、クローン化、スクリーニング等、および大腸菌からジオバチラス属細菌へのプラスミドベクターの接合伝達における困難が除去される。
【0016】
配列番号1は、GenBankに登録されたHTA426株全ゲノム配列BA000043.1における第1376819~1377098塩基の逆相補鎖に相当する。ある実施形態では、この配列番号1の第200塩基および第280塩基に対応する塩基がそれぞれTからAおよびAからGに変異している。ある実施形態では、配列番号1の第265塩基に対応する塩基がTからCに変異している。
【0017】
より具体的には、プラスミドベクターは、組換え遺伝子の転写を駆動するためのプロモーターを提供する核酸として配列番号2または配列番号3の核酸を含み得る。配列番号2は、配列番号1の第200塩基および第280塩基に対応する塩基がそれぞれTからAおよびAからGに変異している。配列番号3は、配列番号1の第265塩基に対応する塩基がTからCに変異している。さらに具体的には、該プラスミドベクターは、配列番号2または配列番号3の3’末端に例えばSphI制限酵素サイトを有していてもよい。制限酵素サイトとは、当業者に通常理解されるように、個々の制限酵素によって特異的に認識され切断される短い核酸配列である。例えばこのSphI制限酵素サイトの切断/ライゲーションを介してプロモーター自体をプラスミドベクターに組み入れたりあるいは目的の組換え遺伝子コード配列をプロモーター下流に挿入したりすることができるが、これはプラスミドベクターの具体的構成の一例に過ぎない。同様に、配列番号2または配列番号3の5’末端にはHindIII制限酵素サイトを配置し得るが、これも一例に過ぎない。
【0018】
上述したプロモーターの下流に、組換えタンパク質をコードするコード配列の核酸が連結され得る。これは、当該コード配列がこのプロモーターによってその転写を駆動されるように配置されることを意味する。所与のプロモーターに任意のコード配列をそのように作動可能に連結すること自体は当業者の通常の技量の範囲内である。この組換えタンパク質のコード配列の核酸を欠くプラスミドベクターは所謂「空のベクター」であり、これに任意の組換えタンパク質コード配列を挿入できる。
【0019】
本実施形態のプラスミドベクターは、上述したプロモーターの他に、様々な追加的エレメントを含むことができる。そのような追加的エレメントの例としては、転写ターミネーター、複製起点、クローン選別のための薬剤耐性遺伝子、および組換え遺伝子を挿入するためのマルチクローニングサイトが挙げられるが、これらに限定されない。当業者は通常の知識に基づいて適切な追加的エレメントの組合せを選択し、プラスミドベクター内に配置することができる。
【0020】
一態様において本開示は、組換えタンパク質を生産する方法を提供する。この方法は、上述した変異型cspDプロモーターと、そのプロモーターの下流に連結された、組換えタンパク質をコードするコード配列の核酸とを含む核酸構築物で形質転換されたジオバチラス属細菌を培養して、組換えタンパク質を発現させることを含む。形質転換されたジオバチラス属細菌は、該核酸構築物を含むプラスミドベクター(例えば本明細書に記載されるいずれかのプラスミドベクター)を保有する細菌であってもよいし、上記核酸構築物(プロモーター・コード配列カセット)がプラスミドベクターから宿主ゲノム染色体に挿入されて樹立される安定的形質転換体であってもよい。
【0021】
当業者は、通常の知識と本明細書の開示に基づいて、ジオバチラス属細菌を適宜培養することができる。液体培地による培養が好ましい。培養時間は典型的には12時間以上であり、例えば18時間以上、または24時間以上であり得る。新鮮な培地を追加することにより培養を無期限に継続することも可能なため、培養時間の上限は特に限定されない。例えば48時間、1週間、1ヶ月、あるいは数カ月に至るまで培養を継続することができる。培養温度は典型的には50~65℃である。
【0022】
液体培地としては、大腸菌でもよく用いられるLB培地が好適である。さらに、本開示のジオバチラス属細菌は、コーンスティープリカー(CSL)を栄養源とするCSL培地でもロバストに生育し、組換えタンパク質を高生産できることが見出された。コーンスティープリカーとは、トウモロコシからデンプン(コーンスターチ)を製造する過程で得られる副産物である。CSL培地はLB培地と比べるとリットル当たりの価格が約三分の一と安価であるため、これを組換えタンパク質生産に利用できることは大きな利点となる。
【0023】
本開示の変異cspDプロモーターは、発現誘導操作は特に要せず、形質転換体であるジオバチラス属細菌を培養し増殖させるだけで、組換えタンパク質の発現・生産を達成することができる。
【0024】
発現された組換えタンパク質を、菌体内および/または菌体外から回収することができる。菌体内に発現されるタンパク質の場合は、通常は、菌体(細胞)を溶解してからタンパク質の回収が行われる。組換えタンパク質が分泌性タンパク質である場合には、培養後に細胞外画分を細胞内画分から分離することによって、前者の画分に組換えタンパク質を高純度で取得することができる。細胞外画分にあるか細胞内画分にあるかに関わらず、通常は、目的の組換えタンパク質が試料中で最も豊富なタンパク質となっていることが見出される。当業者は、生産された組換えタンパク質を、通常の知識に基づいて分離しさらに精製することができる。
【0025】
本方法はさらに、培養の前に、上記核酸構築物を含むプラスミドベクターを宿主ジオバチラス属細菌内に導入することによりジオバチラス属細菌の形質転換を行う工程を含んでもよい。ジオバチラス属細菌内に所与のプラスミドを導入して形質転換を行うための方法は当業者に知られており、例えば接合伝達、または電気穿孔法が使用され得る。
【0026】
本開示はさらに、上述したプラスミドベクターと、ジオバチラス属細菌とを含む、組換えタンパク質生産システムを提供する。一実施形態では、このシステムは、プラスミドベクターとジオバチラス属細菌とを含むキットの形態で提供され得る。ユーザーは、必要に応じてプラスミドベクターに目的の組換えタンパク質コード配列を組み入れること、および/または目的の組換えタンパク質コード配列を含むプラスミドベクターをジオバチラス属細菌に導入することを行うことができる。キットは、これらの操作の1つ以上を実行するための説明書を含んでいてもよい。別の実施形態では、システムは、プラスミドベクターがジオバチラス属細菌内にある状態で提供される。その場合は、プラスミドベクターにおいて既に上記プロモーター下流に組換えタンパク質のコード配列核酸が連結されていることが好ましく、当該システムは、組換えタンパク質生産装置として捉えることができる。
【実施例0027】
[変異プロモーターの作製および同定]
60℃で増殖中のGeobacillus kaustophilus HTA426株で転写されている全mRNAを、RNA-seq手法により網羅的に解析したところ、GK1356が、最も豊富に転写される遺伝子の1つとして同定された。この遺伝子のプロモーター配列(Pgk1356)を有しその下流に目的の組換えタンパク質コード配列を連結できるように設計された、大腸菌-ジオバチラス細菌シャトルベクターpGKE122を作製した。ところが、大腸菌の文脈でこのプロモーター下流に挿入できない(あるいは挿入したら大腸菌を生育させない)異種コード配列が数多く存在することが判明した。そのような異種コード配列の例としては少なくともvenus、bgaB、xynA、PH1171、およびamyEが挙げられる。Pgk1356による異種タンパク質の過剰発現が大腸菌で毒性を引き起こす可能性が疑われた。
【0028】
そこで、エラープローンPCRの手法を用いて、Pgk1356プロモーター配列にランダムに変異を導入することにより、大腸菌では毒性が抑制されかつジオバチラスでは野生型プロモーターと同様の機能を維持できる変異プロモーターを取得することを試みた。エラープローンPCRは、2 mM dATP、2 mM dGTP、10 mM dCTP、10 mM dTTP、および通常のTaq DNAポリメラーゼ(New England Biolabs Japan)を用いて、7 mM MgCl2および0.3 mM MnCl2の存在下で行った。
【0029】
エラープローンPCR後のプロモーターを蛍光レポーター遺伝子venusのコード配列に連結させた構造を有するプラスミドpGKE74-Pgk1356-venusのライブラリーを、大腸菌DH5α株に導入したところ、約1,700個のコロニーが得られた。これらには、蛍光を呈するものと呈さないものとが混在していた。コロニーから抽出して得た混合プラスミドを、Geobacillus thermodenitrificans K1041株に電気穿孔法により再導入したところ、約7,000個のコロニーを得た。その内、60℃と65℃で強力に蛍光を発するクローン(24個)を選抜し55℃で液体培養を行ったところ、14個のクローンでは蛍光が観察できなかった。上記24個のクローンからプラスミドを抽出して大腸菌へ再導入したところ、上述した14個については蛍光を発するコロニーと発しないコロニーが混在して生じた。一方で、残り10個のクローンについては、全コロニーが蛍光を発していた。
【0030】
以降の実験では、安定して蛍光発現を示していた10クローンのプラスミドを使用した。これらプラスミドを抽出し、配列を決定した。10個のうち5個についてはプロモーター領域内に変異が見られなかった。残り5個についてはプロモーター領域内に変異が導入されていた。
【0031】
pGKE122-venusのプロモーター領域の代わりにこれら5個の変異プロモーター領域のいずれかを有するプラスミドを、大腸菌に導入したところ、Pm1およびPm2と呼ぶ2つの変異プロモーターのいずれかをもつプラスミド(pGKE123-venusおよびpGKE124-venusと呼ぶ)についてのみ、全コロニーが蛍光を発しかつ多数(1,000個以上)のコロニーが生じるという結果が得られた。残りの3つについては10個以下のコロニーしか得られず、それらの変異では大腸菌での毒性が抑制されていなかったことが示唆された。あるいは、Pm1およびPm2以外の変異については毒性とは異なる何らかの不安定性原因が導入された可能性もある。
【0032】
pGKE123およびpGKE124が有する変異プロモーターの配列はそれぞれ配列番号2および配列番号3に示されている。pGKE123およびpGKE124ではこれらの変異プロモーター配列がHindIII-SphIサイト間に挿入されている。pGKE123-venusおよびpGKE124-venusではそのSphIサイトの下流にvenusコード配列が挿入されている。
【0033】
[変異プロモーターの特性解析]
pGKE123-venusまたはpGKE124-venusで形質転換された大腸菌DH5αを、LB培地中で24時間培養し、変異プロモーターの大腸菌内での機能性を調べた(図1a)。Pm1およびPm2変異プロモーターの使用により大腸菌での毒性が抑制され、それらのプロモーター下に挿入されたvenus組換えタンパク質コード配列は大腸菌で適度に発現され安定に維持できることが確認された。さらに、比較的低温度(30℃)で大腸菌を培養することによって、組換え遺伝子の発現を抑制し得ることが示された(黒色のグラフ)。
【0034】
図1bは、Pm1またはPm2変異プロモーターに連結されたvenus蛍光レポーターの、Geobacillus kaustophilusにおける発現を示す。この実験では、当該レポーターカセットをプラスミドベクターから染色体ゲノムの特定位置に挿入して樹立した株を使用している。Pm1またはPm2変異プロモーターは、野生型Pgk1356プロモーターと同様にGeobacillusにおける高発現能力を有していることが確認された。
【0035】
pGKE123-venusまたはpGKE124-venusで様々なGeobacillus属好熱菌を形質転換し、LB培地中50℃~60℃で24時間培養したところ、試験されたいずれのGeobacillus属でもPm1およびPm2変異プロモーターは組換えタンパク質の高生産をサポートできることが示された(表1)。表1における数値は生産されたvenusタンパク質の量をmg/L単位で、すなわち培地1 L当たりの組換えタンパク質生産量として示している。
【0036】
【表1】
【0037】
G. thermodenitrificans K1041株とpGKE124の宿主・ベクター系を用いて、様々な組換えタンパク質の生産を試みた。表2に示す異種タンパク質のコード配列をpGKE124プラスミドベクターのPm2プロモーター下流に挿入し、電気穿孔法を用いてK1041株に導入した。形質転換体を、CSL培地で55℃において24時間培養した。また、CSL培地で55℃で増殖期に到達するまで培養し、その時点から40℃で24時間培養する実験も行った。粗抽出液中(細胞内)と培養液中(細胞外)のタンパク質をSDS-PAGEに供し画像処理を行って、組換えタンパク質の生産量を評価した。
【0038】
表2に示されるように、幅広い細菌属からの常温菌、好熱菌、および超好熱菌由来の様々な異種タンパク質が本システムで生産できることが確認された。なかでも、Geobacillus属細菌の分泌タンパク質として知られていたキシラナーゼが、培養液中に0.5 g/L以上という高濃度で生産されたことが非常に顕著であった。さらに、40℃という比較的低温でも組換えタンパク質生産が可能であることが示された。表2における数値は生産された組換えタンパク質の量をmg/L単位で示している。
【0039】
【表2】
【0040】
図2は、好熱菌G. thermodenitrificans由来の分泌性タンパク質であるキシラナーゼを、G. thermodenitrificans宿主中で、pGKE124のPm2プロモーター下で生産させた実験を示す。この実験では、LB培地またはCSL培地を使用し、55℃で1週間培養を行った。24時間ごとにサンプリングし、培養液中に放出された組換えキシラナーゼをSDS-PAGEで分析し定量した(図2a)。LB培地で培養4日目に1.0 g/L以上の高生産が達成され、LB培地よりも著しく安価なCSL培地でも同様の生産レベルが得られた(図2b)。CSL培地は、最少培地要素(0.3 g/L K2SO4,2.5 g/L Na2HPO4・12H2O,1 g/L NH4Cl,0.1%v/v trace element solution,0.4 g/L MgSO4,3 mg/L MnCl2・4H2O,5 mg/L CaCl2・2H2O,7 mg/L FeCl3・6H2O,10 mM Tris-HCl,pH 7.5)を伴う1% (v/v)コーンスティープリカー(CSL)(シグマ アルドリッチ ジャパン)水溶液である。上記trace element solutionの組成は、400 mg/L ZnSO4・7H2O、200 mg/L CuSO4・5H2O、250 mg/L EDTA・2Na、50 mg/L CoCl2・6H2O、10 mg/L H3BO3、10 mg/L NiCl2・6H2Oである。
【0041】
BrevibacillusやBacillusなどの分泌高生産の株ではアミラーゼが3.0 g/L以上の高濃度で生産可能なことが報告されているが、他の分泌タンパク質で1.0 g/L以上生産されるものは稀である。本実施例のキシラナーゼの高生産は非常に顕著なものである。
【0042】
以上の実施例は、本発明の実施形態の様々な有用性を実証するものであるが、本発明はこれらの具体的な実施形態に限定されるものではない。
図1
図2
【配列表】
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