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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023034844
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】塔状建造物の転倒方法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/08 20060101AFI20230306BHJP
   F03D 80/50 20160101ALI20230306BHJP
【FI】
E04G23/08 J
F03D80/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021141286
(22)【出願日】2021-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】成原 弘之
(72)【発明者】
【氏名】大谷 英夫
(72)【発明者】
【氏名】鵜澤 哲史
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 崇弘
【テーマコード(参考)】
2E176
3H178
【Fターム(参考)】
2E176AA11
2E176DD22
2E176DD61
3H178AA03
3H178AA22
3H178AA43
3H178BB77
3H178BB79
3H178CC23
3H178DD67X
(57)【要約】
【課題】高所作業と大型重機を不要にでき、塔状建造物の転倒方向を制御できる塔状建造物の転倒方法を提供する。
【解決手段】塔状建造物の転倒方法であり、塔状建造物60を構成する中空の塔体10の基礎40の近傍にある切断面14において、対向する二つの切断部15を設定し、対向する二つの切残し部16を設定するA工程と、設定された二つの切断部15を塔体10の切断面14に形成するB工程と、二つの切断部15のいずれか一方に押上げ装置50を設置し、押上げ装置50にて切断部15の上方の塔体10を押上げて塔状建造物60を所定の転倒方向へ転倒させるC工程とを有し、A工程では、切断面14において、二つの切残し部16を線対称の関係とし、かつ、二つの切残し部16の図心を通る線対称軸Lが、塔状建造物60の重心Gの切断面14への投影点G1を通るように二つの切残し部16を設定し、線対称軸Lを転倒方向に設定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基礎に支持された塔状建造物を転倒させる、塔状建造物の転倒方法であって、
前記塔状建造物を構成する中空の塔体の前記基礎の近傍にある切断面において、対向する二つの切断部を設定し、該二つの切断部の間に、対向する二つの切残し部を設定する、A工程と、
設定された前記二つの切断部を前記塔体の前記切断面に形成する、B工程と、
前記二つの切断部のいずれか一方に押上げ装置を設置し、該押上げ装置にて該切断部の上方の前記塔体を押上げて前記塔状建造物を所定の転倒方向へ転倒させる、C工程とを有し、
前記A工程では、
前記切断面において、前記二つの切残し部を線対称の関係とし、かつ、該二つの切残し部の図心を通る線対称軸が、前記塔状建造物の重心の前記切断面への投影点を通るように該二つの切残し部を設定し、該線対称軸を前記転倒方向に設定することを特徴とする、塔状建造物の転倒方法。
【請求項2】
前記切残し部の設定は、該切残し部の位置と長さであることを特徴とする、請求項1に記載の塔状建造物の転倒方法。
【請求項3】
前記A工程において、
前記塔状建造物を転倒させる際に、該塔状建造物に作用することが想定される横力を受けた際の前記二つの切残し部に生じる曲げモーメントによる応力と、該塔状建造物における該切残し部よりも上方の重量による圧縮応力との組み合わせ応力により生じる、該切残し部の縁応力が、前記塔体の使用材料の降伏応力以下となるように、前記切残し部を設定することを特徴とする、請求項1又は2に記載の塔状建造物の転倒方法。
【請求項4】
前記A工程において、
前記塔状建造物を押し上げた際の該塔状建造物の傾斜角度に応じて、当初の直立姿勢の際の鉛直軸から重心がずれることにより生じる、前記切残し部に作用する偏心モーメントが、該切残し部の抵抗モーメントと等価となるようにして、該切残し部を設定するとともに、前記押上げ装置の押上げ高さを設定することを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の塔状建造物の転倒方法。
【請求項5】
前記A工程は、
前記塔状建造物を転倒させる際に、該塔状建造物に作用することが想定される横力を受けた際の前記二つの切残し部に生じる曲げモーメントによる応力と、該塔状建造物における該切残し部よりも上方の重量による圧縮応力との組み合わせ応力により生じる、該切残し部の縁応力が、前記塔体の使用材料の降伏応力以下となるように、横力作用時の切残し部の位置と長さを設定する、A1工程と、
前記塔状建造物を押し上げた際の該塔状建造物の傾斜角度に応じて、当初の直立姿勢の際の鉛直軸から重心がずれることにより生じる、前記切残し部に作用する偏心モーメントが、該切残し部の抵抗モーメントと等価となるようにして、前記押上げ装置の押上げ高さを設定する、A2工程とを有し、
前記A2工程にて設定された前記押上げ高さが、使用予定の押上げ装置の最大押上げ高さよりも高い場合は、前記押上げ装置の仕様見直しを行い、
前記A2工程にて設定された前記押上げ高さが、使用予定の押上げ装置の最大押上げ高さよりも低い場合は、前記使用予定の押上げ装置を使用する、もしくは、前記使用予定の押上げ装置の仕様を低くし、見直し後の修正押上げ高さに相当する前記切残し部の長さを算定して修正長さとし、該修正長さを切残し部の長さに設定することを特徴とする、請求項1又は2に記載の塔状建造物の転倒方法。
【請求項6】
前記切残し部の前記抵抗モーメントは、前記塔体の使用材料の降伏応力に対して、前記切残し部の塑性断面係数を乗じ、さらに、前記塔状建造物を転倒させる際の傾斜角度に応じた低減係数を乗じることにより設定することを特徴とする、請求項4又は5に記載の塔状建造物の転倒方法。
【請求項7】
前記塔状建造物を転倒させる際の傾斜角度が4度乃至7度の範囲にあり、
前記低減係数が0.7乃至0.9の範囲にあることを特徴とする、請求項6に記載の塔状建造物の転倒方法。
【請求項8】
前記二つの切断部のうち、前記転倒方向と反対側にある該切断部において、前記押上げ装置が一台設置されている、もしくは、複数台設置されていることを特徴とする、請求項1乃至7のいずれか一項に記載の塔状建造物の転倒方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塔状建造物の転倒方法に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽光や風力、地熱、水力、バイオマスといった再生可能エネルギーは、温室効果ガスを排出せず、国内生産が可能であり、エネルギー安全保障にも寄与できる重要な低炭素の国産エネルギーである。
その中で、風力エネルギーは、高効率で電気エネルギーに変換できること、太陽光発電と異なり風さえあれば夜間でも発電できることから注目されており、陸上と洋上の双方で発電システムが開発され、建設されている。
陸上の風力発電システムにおいては、その主たる構成要素である発電用風車(塔状建造物の一例)の老朽化等に伴い、発電用風車を構成する塔体(タワー)の高さが例えば50mかそれ以上にも及び得る、発電用風車が所定の耐用年数を経過した際に解体撤去され、新規の発電用風車が建設されることになるが、大規模な塔状建造物故にその解体撤去工事は一般に大掛かりにならざるを得ない。
【0003】
ここで、特許文献1,2にはいずれも、発電用風車の解体に際して発電用風車を倒す、倒し方法が提案されている。特許文献1に記載の発電用風車の倒し方法は、塔の上端部にナセル及びブレードを有する発電用風車を解体するための発電用風車の倒し方法であり、塔の途中高さ位置を折り曲げるための折曲位置として設定する折曲位置設定工程と、塔の上端部に紐状体の一端を固定し、紐状体を折曲位置の近傍に設けられた中継部を通して下方に導いて取り付ける紐状体取付け工程と、塔の折曲位置部分の曲げ方向側及び/又は曲げ方向と反対側に切断部を部分的に形成する切断部形成工程と、塔の折曲位置より上部に対して曲げ方向に力を加えて折り曲げる動作を、紐状体を下方に引っ張りつつ行う曲げ工程とを有し、曲げ工程をナセル及びブレードが所定の低位置に至るまで継続する倒し方法である。
【0004】
一方、特許文献2に記載の塔状建造物の倒し方法は、地盤に固設された基礎部に固定支持されている塔状建造物を解体のために倒す塔状建造物の倒し方法であり、基礎部を略水平方向に切断することによって基礎部を塔状建造物に固定されている上部基礎と地盤に固定されている下部基礎とに分割する基礎部分割工程と、上部基礎を上方から略水平方向の切断により生じた略水平面まで縦方向に切断し、上部基礎を塔状建造物が固定支持されている支持基礎部と塔状建造物から切り離された分離基礎部とに分割する上部基礎分割工程と、分離基礎部を除去する除去工程と、支持基礎部の縦方向に切断した縦方向切断面の下端辺を転倒軸として、塔状建造物を支持基礎部と一緒に倒す倒し工程とを有し、転倒軸がその軸方向視で塔状建造物の重心よりも塔状建造物の倒れ方向側に位置する倒し方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2016/092609号
【特許文献2】国際公開第2018/189852号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の倒し方法では、クレーンなどの揚重機で塔の上端部にワイヤを固定する高所作業が発生し、さらには、大型重機(大型クレーン)が必要になることから、施工コストが高くなるとともに、大型クレーンの設置作業や解体作業等に手間と時間を要するといった課題がある。一方、特許文献2に記載の倒し方法では、ジャッキによる押し上げ作業により塔を倒す方向制御が困難であり、例えば、作業中の強風や地震等により、切込み個所から亀裂が進展し、想定外の方向へ倒れる恐れが懸念される。
【0007】
本発明は、塔状建造物の解体に際して転倒させる方法に関し、高所作業と大型重機を不要にでき、塔状建造物の転倒方向を制御できる塔状建造物の転倒方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成すべく、本発明による塔状建造物の転倒方法の一態様は、
基礎に支持された塔状建造物を転倒させる、塔状建造物の転倒方法であって、
前記塔状建造物を構成する中空の塔体の前記基礎の近傍にある切断面において、対向する二つの切断部を設定し、該二つの切断部の間に、対向する二つの切残し部を設定する、A工程と、
設定された前記二つの切断部を前記塔体の前記切断面に形成する、B工程と、
前記二つの切断部のいずれか一方に押上げ装置を設置し、該押上げ装置にて該切断部の上方の前記塔体を押上げて前記塔状建造物を所定の転倒方向へ転倒させる、C工程とを有し、
前記A工程では、
前記切断面において、前記二つの切残し部を線対称の関係とし、かつ、該二つの切残し部の図心を通る線対称軸が、前記塔状建造物の重心の前記切断面への投影点を通るように該二つの切残し部を設定し、該線対称軸を前記転倒方向に設定することを特徴とする。
【0009】
本態様によれば、塔状建造物を構成する中空の塔体の基礎の近傍にある切断面に対して、対向する二つの切断部と二つの切残し部を設定するA工程において、二つの切残し部を線対称の関係とし、二つの切残し部の図心を通る線対称軸が塔状建造物の重心の切断面への投影点を通るように二つの切残し部を設定し、線対称軸を転倒方向に設定することにより、塔体の転倒方向を高い精度で制御することが可能になる。また、基礎の近傍に形成された切断面を起点に塔体を転倒させることにより、高所作業と大型重機を不要にできる。
ここで、塔状建造物には様々な塔状の建造物が含まれ、撤去の際に転倒対象となる発電用風車が一例として挙げられる。発電用風車の塔体は例えば鋼製で円筒状(高さ方向上方に断面寸法が漸次低減する形態を含む)を呈し、例えば鉄筋コンクリート製の基礎に支持される。
「切断面」は、水平面の他、水平面から若干傾斜した(±20度以下程度)傾斜面を含んでいる。
切断面が設けられる「塔体の基礎の近傍」とは、塔体における基礎の直上や、50mかそれ以上の高さの塔体において数m程度以下の高さを意味している。
【0010】
例えば、筒状の塔体の断面円形の切断面においては、線対称の関係にある相互に長さの等しい二つの円弧状の切残し部の図心を通る線対称軸が、円形断面の円中心を通る。線対称軸が塔状建造物の図心を通るように二つの切残し部が設定されることから、塔状建造物の重心を切断面に投影した塔状建造物の図心が切残し部の図心(断面円形の中心)と一致することもあるが、少なくとも塔状建造物の図心が線対称軸の軸線上にあることで、線対称軸を塔状建造物の転倒方向とすることができる。
この場合、転倒方向である線対称軸は相互に長さの等しい二つの円弧状の切断部の双方の中心を通ることになり、切断部を起点に塔体を効率的に転倒させることができる。
尚、線対称軸が二つの切残し部の各中心位置を通る形態も、「二つの切残し部の図心を通る線対称軸」に含まれるが、効率的な塔状建造物の転倒の観点では、線対称軸が二つの切残し部の間を通る(二つの切断部の各中心位置を通る)形態が好ましい。
【0011】
A工程にて設定された二つの切断部を、B工程において塔体の切断面に形成し、C工程において二つの切断部のいずれか一方に設置された押上げ装置にて塔体を押上げることにより、A工程にて設定されている所定の転倒方向へ塔状建造物を転倒させることができる。
ここで、塔状建造物が「設定されている所定の転倒方向」に転倒されることは、転倒後の着地位置への衝撃緩衝手段の設置計画や、ナセルやブレード等の塔体頂部の着地時の衝撃による分裂・飛散方向の予測など、解体工事の安全性と転倒後の作業工程の計画において重要である。A工程にて二つの切残し部に基づいて転倒方向を設定することにより、塔状建造物を可及的に高い精度で設定された転倒方向へ転倒させることが可能になる。
【0012】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様において、
前記切残し部の設定は、該切残し部の位置と長さであることを特徴とする。
【0013】
本態様によれば、切残し部の設定をその位置と長さによって行うことにより、定量的でかつ比較的容易に切残し部を設定することができる。
【0014】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様は、
前記A工程において、
前記塔状建造物を転倒させる際に、該塔状建造物に作用することが想定される横力を受けた際の前記二つの切残し部に生じる曲げモーメントによる応力と、該塔状建造物における該切残し部よりも上方の重量による圧縮応力との組み合わせ応力により生じる、該切残し部の縁応力が、前記塔体の使用材料の降伏応力以下となるように、前記切残し部を設定することを特徴とする。
【0015】
本態様によれば、強風や地震等の自然外乱によって塔状建造物に作用する横力と、切残し部よりも上方の重量の双方に基づく縁応力が、塔体の降伏応力以下となるように切残し部の位置と長さを設定することにより、転倒施工期間における自然外乱の際の塔状建造物の不意な転倒を防止して施工安全性を確保するとともに、A工程にて設定された転倒方向やこの転倒方向に近い方向への塔状建造物の転倒を保証することができる。
【0016】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様は、
前記A工程において、
前記塔状建造物を押し上げた際の該塔状建造物の傾斜角度に応じて、当初の直立姿勢の際の鉛直軸から重心がずれることにより生じる、前記切残し部に作用する偏心モーメントが、該切残し部の抵抗モーメントと等価となるようにして、該切残し部を設定するとともに、前記押上げ装置の押上げ高さを設定することを特徴とする。
【0017】
本態様によれば、転倒施工期間における自然外乱のない状態において、塔状建造物を押し上げた際の傾斜角度に応じて塔状建造物の重心移動による切残し部の高さ位置における偏心モーメントを、切残し部の抵抗モーメントと等価となるようにして切残し部と押上げ装置の押上げ高さの双方を設定することにより、適正な仕様(性能)の押上げ装置を使用しながら、最適な条件下にて塔状建造物を転倒させることができる。
【0018】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様において、
前記A工程は、
前記塔状建造物を転倒させる際に、該塔状建造物に作用することが想定される横力を受けた際の前記二つの切残し部に生じる曲げモーメントによる応力と、該塔状建造物における該切残し部よりも上方の重量による圧縮応力との組み合わせ応力により生じる、該切残し部の縁応力が、前記塔体の使用材料の降伏応力以下となるように、横力作用時の切残し部の位置と長さを設定する、A1工程と、
前記塔状建造物を押し上げた際の該塔状建造物の傾斜角度に応じて、当初の直立姿勢の際の鉛直軸から重心がずれることにより生じる、前記切残し部に作用する偏心モーメントが、該切残し部の抵抗モーメントと等価となるようにして、前記押上げ装置の押上げ高さを設定する、A2工程とを有し、
前記A2工程にて設定された前記押上げ高さが、使用予定の押上げ装置の最大押上げ高さよりも高い場合は、前記押上げ装置の仕様見直しを行い、
前記A2工程にて設定された前記押上げ高さが、使用予定の押上げ装置の最大押上げ高さよりも低い場合は、前記使用予定の押上げ装置を使用する、もしくは、前記使用予定の押上げ装置の仕様を低くし、見直し後の修正押上げ高さに相当する前記切残し部の長さを算定して修正長さとし、該修正長さを切残し部の長さに設定することを特徴とする。
【0019】
本態様によれば、A1工程において、転倒施工期間における自然外乱が作用した際の条件下で切残し部の位置と長さを設定し、A2工程において、設定された切残し部の位置と長さを使用して、転倒施工期間における自然外乱のない状態における押上げ装置の押上げ高さを設定し、押上げ高さが使用予定の押上げ装置の最大押上げ高さよりも高い場合は、押上げ装置の仕様見直しを行うことで、自然外乱が作用した際の施工安全性を確保しながら、設定された押上げ高さを実現できる仕様の押上げ装置を特定することができる。一方、押上げ高さが使用予定の押上げ装置の最大押上げ高さよりも低い場合は、使用予定の押上げ装置をそのまま使用してもよいし、使用予定の押上げ装置の仕様を低くできることから、押上げ装置の仕様を見直し、見直し後の修正押上げ高さ(例えば、仕様ダウン後の押上げ装置の最大押上げ高さ)に対応する切残し部の長さを算定して修正長さとし、これを切残し部の長さに再設定してもよい。
【0020】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様において、
前記切残し部の前記抵抗モーメントは、前記塔体の使用材料の降伏応力に対して、前記切残し部の塑性断面係数を乗じ、さらに、前記塔状建造物を転倒させる際の傾斜角度に応じた低減係数を乗じることにより設定することを特徴とする。
【0021】
本態様によれば、切残し部の抵抗モーメントの設定において、塔体の使用材料の降伏応力と、切残し部の塑性断面係数と、塔状建造物を転倒させる際の傾斜角度に応じた低減係数を乗じることにより、切残し部の抵抗モーメントを効率的かつ定量的に設定することができる。
【0022】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様において、
前記塔状建造物を転倒させる際の傾斜角度が4度乃至7度の範囲にあり、
前記低減係数が0.7乃至0.9の範囲にあることを特徴とする。
【0023】
本態様によれば、塔状建造物を転倒させる際の現実的な傾斜角度である4度乃至7度の範囲における低減係数が0.7乃至0.9の範囲に規定されていることにより、切残し部の抵抗モーメントを効率的かつ定量的に設定することができる。ここで、塔状建造物を4度と7度で押し上げた際の切残し部に作用する付加曲げを考慮しない場合の塔体を押し上げる押上げ荷重と、付加曲げを考慮した偏心モーメントによる場合の塔体を押し上げる押上げ荷重を解析にて求め、双方の比率である低減係数がおよそ0.7と0.9であることから、低減係数の範囲を0.7乃至0.9の範囲に規定している。
【0024】
また、本発明による塔状建造物の転倒方法の他の態様において、
前記二つの切断部のうち、前記転倒方向と反対側にある該切断部において、前記押上げ装置が一台設置されている、もしくは、複数台設置されていることを特徴とする。
【0025】
本態様によれば、二つの切断部の一方の切断部に設置されている一台もしくは複数台の押上げ装置にて塔体を押し上げること、すなわち押上げ装置の台数が一台であっても複数台であっても、同程度の総押上げ荷重にて塔体を所定の転倒方向に転倒させることができる。
例えば、一方の切断部の中心位置(線対称軸と切断部の交点位置)にある一台の押上げ装置にて塔体を押し上げるケースと、一方の切断部の中心位置から左右の同距離にある二箇所にある二台の押上げ装置にて塔体を押し上げるケースを解析にて検証した結果、一台の押上げ装置による押上げ荷重と、二台の押上げ装置による総押上げ荷重が同程度になることが検証されており、この検証結果に基づくものである。
従って、三台の押上げ装置を使用して、その一台を一方の切断部の中心位置に設置し、残りの二台の押上げ装置を中心位置から左右の同距離にある二箇所に設置してもよいし、四台の押上げ装置を使用して、一方の切断部の中心位置から左右の同距離にある二箇所ずつに四台の押上げ装置を設置してもよい。
中でも、二台の押上げ装置を一方の切断部に設置することで、可及的に少ない押上げ装置を使用しながら安定的に塔体を押し上げることができ、かつ、一台の押上げ装置が故障した場合でも残りの一台の押上げ装置にて塔体の押し上げを継続できることから好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明の塔状建造物の転倒方法によれば、高所作業と大型重機を不要にでき、塔状建造物の転倒方向を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】実施形態に係る塔状建造物の転倒方法の一例を示す図であって、切断面において押上げ装置にて押し上げられ、塔状建造物が傾斜している状態をともに示す図である。
図2図1のII-II矢視図であって、塔体の切断面に設定される、二つの切断部と二つの切残し部の一例を示す平面図である。
図3】(a)、(b)ともに、一方の切断部における押上げ装置の設置形態を示す図である。
図4A】塔体の切断部と切残し部の一例を側方から見た側面図である。
図4B図4AのB方向矢視図であって、塔体の切断部の一例を転倒方向と反対側から見た図である。
図5】塔状建造物の転倒解析において、解析モデルが転倒している状態を示すコンピュータ画面図である。
図6】二台の押上げ装置で塔体を押し上げる転倒解析の結果を示す図であって、それぞれの押上げ装置の押上げ荷重と押上げ高さの関係を示す図である。
図7】一台の押上げ装置で塔体を押し上げる転倒解析の結果を示す図であって、それぞれの押上げ装置の押上げ荷重と押上げ高さの関係を示す図である。
図8】一台の押上げ装置で塔体を押し上げる転倒解析の結果を示す図であって、押上げ装置側の変位と非押上げ装置側の変位の関係を示す図である。
図9】転倒解析の結果を示す図であって、塔状建造物の傾斜角度と塔体の切断面における曲げモーメントの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、実施形態に係る塔状建造物の転倒方法について、添付の図面を参照しながら説明する。尚、本明細書及び図面において、実質的に同一の構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省く場合がある。
【0029】
[実施形態に係る塔状建造物の転倒方法]
はじめに、図1乃至図4を参照して、実施形態に係る塔状建造物の転倒方法の一例について説明する。ここで、図1は、実施形態に係る塔状建造物の転倒方法の一例を示す図であって、切断面において押上げ装置にて押し上げられ、塔状建造物が傾斜している状態をともに示す図である。また、図2は、図1のII-II矢視図であって、塔体の切断面に設定される、二つの切断部と二つの切残し部の一例を示す平面図であり、図3(a)、(b)はともに、一方の切断部における押上げ装置の設置形態を示す図である。さらに、図4Aは、塔体の切断部と切残し部の一例を側方から見た側面図であり、図4Bは、図4AのB方向矢視図であって、塔体の切断部の一例を転倒方向と反対側から見た図である。
【0030】
図示例の転倒対象の塔状建造物60は、風力発電システムを構成する発電用風車である。発電用風車60は、中空11を備えた塔体10と、塔体10の頂部に設けられているナセル20と、ナセル20の側面に取り付けられている複数のブレード30とを有し、塔体10の脚部は鉄筋コンクリート製の基礎40により支持され、基礎40(の大部分もしくは全部)は地盤に埋設されている。ここで、図示例の基礎40は直接基礎であるが、場所打ち杭や既製杭等の杭により支持されていてもよい。
【0031】
塔体10は、鋼製で、上方に向かうに従い断面が漸次低減する筒状体であり、下端には平面視円形の脚フランジ12が接合されている。平面視円形の脚フランジ12の周方向には、間隔を置いて不図示のボルト孔が開設されており、各ボルト孔に挿通されたアンカーボルト13が基礎40に埋設されている。
【0032】
ナセル20はブレード30の回転を利用して発電する装置であり、ナセル20を形成するケーシング21はブレード30の回転軸方向に延設し、その内部には、ブレード30が固定される動力回転軸と、増速機と、ブレーキ装置と、発電機(いずれも図示せず)が内蔵されている。ここで、ブレーキ装置は、例えばメンテナンスの際に動力回転軸の回転を停止させる装置である。
【0033】
ブレード30は、ナセル20の前方に設けられているハブ22に対して複数本(例えば120度間隔で3本)設けられており、ハブ22を中心に放射状に配設されている。
【0034】
実施形態に係る塔状建造物の転倒方法は、塔体10における基礎40の近傍にある切断面14に二つの切断部を設け、一方の切断部に押上げ装置を設置し、押上げ装置にて塔体10を押し上げて発電用風車60を所定の転倒方向へ転倒させる方法である。ここで、塔体10の高さは例えば50mかそれ以上の高さであり、塔体10に設定される切断面14の基礎40からの高さs1は、数m以下に設定されている。また、図示例の切断面14は水平面として設定されているが、切断面は水平面から若干傾斜した傾斜面であってもよい。
【0035】
図1において、発電用風車60の全質量はm、作用する重心位置はG、重心位置Gの高さはHで示しており、切断面14において、発電用風車60の転倒方向であるX方向と反対側に設けられている切断部15Bにある押上げ装置50(図4A図4B参照)にて、塔体10が上方へδの押上げ高さで押し上げられた際の発電用風車60の傾斜角度をθで示している。
【0036】
塔状建造物の転倒方法は、A工程として、図2に示すように、切断面14において、対向する二つの切断部15A,15Bを設定し、二つの切断部15の間に、対向する二つの切残し部16A,16Bを設定する。
【0037】
A工程は、以下のA1工程とA2工程をさらに有している。A1工程は、塔状建造物60を転倒させる際に、塔状建造物60に作用することが想定される横力を受けた際の二つの切残し部16に生じる曲げモーメントによる応力と、塔状建造物60における切残し部16よりも上方の重量による圧縮応力との組み合わせ応力により生じる、切残し部16の縁応力が、塔体10の使用材料の降伏応力以下となるように、横力作用時の切残し部の位置と長さを設定する。
【0038】
一方、A2工程は、切残し部16がA1工程にて設定された長さを有すると仮定した上で、塔状建造物60を押し上げた際の塔状建造物60の傾斜角度θに応じて、当初の直立姿勢の際の鉛直軸から重心Gがずれることにより生じる、切残し部16に作用する偏心モーメントが、切残し部16の抵抗モーメントと等価となるようにして、押上げ装置50の押上げ高さδを設定する。ここで、設定される押上げ高さδは、発電用風車60を徐々に押し上げた際に、傾斜姿勢の発電用風車60が自重にて転倒していく臨界高さのことである。
【0039】
A1工程とA2工程を実行した後、A2工程にて設定された押上げ高さδが、使用予定の押上げ装置50の最大押上げ高さδmaxよりも高い場合は、押上げ装置50の仕様見直しを行う。すなわち、このようなケースでは、当初使用する予定の押上げ装置50の押上げ能力が不十分であることから、押上げ高さδを充足する仕様の押上げ装置50を選定することになる。
【0040】
一方、A2工程にて設定された押上げ高さδが、使用予定の押上げ装置50の最大押上げ高さδmaxよりも低い場合は、使用予定の押上げ装置50を使用してもよいし、使用予定の押上げ装置50の仕様を低くし、見直し後の修正押上げ高さδ'に相当する切残し部16の長さを算定して修正長さとし、修正長さを切残し部16の長さに設定してもよい。
【0041】
ここで、修正押上げ高さδ'は、例えば低い仕様の押上げ装置50の最大押上げ高さδmaxに相当する押上げ高さのことである。押上げ高さを変更したことに起因して切残し部16の長さも変更する(押上げ高さが低くなることから、切残し部16の長さは長くなる)ことから、修正押上げ高さδ'に基づいて切残し部16の長さを算定し直して修正長さとする。
【0042】
A1工程では、図2に示すように、切断面14において、二つの切残し部16A,16Bを線対称の関係とし、かつ、二つの切残し部16A,16Bの図心Z1(x1,y1)を通る線対称軸Lが、発電用風車60の重心G(図1参照)の切断面14への投影点G1(x2,y1)を通るように、二つの切残し部16A,16Bを設定し、線対称軸Lを転倒方向Xに設定する。
【0043】
切残し部16A,16Bは、ともに円弧状で同じ長さt1を有し、切断部15A,15Bは、ともに円弧状で同じ長さt2を有する。線対称軸Lが線対称の関係にある二つの切残し部16A,16Bの線対称軸であることから、線対称軸Lは切断部15A,15Bの各中心点を通る。
【0044】
図示例は、切断面14の線形が円形であることから、塔体10の円中心Oと図心Z1(x1,y1)が一致している。
【0045】
線対称軸L上であれば、発電用風車60の重心Gの切断面14への投影点G1(x2,y1)の位置が変化(図2においてy=y1上で矢印方向に変化)しても、線対称軸Lを塔状建造物60の転倒方向に規定できる。
【0046】
A1工程とA2工程によって切残し部16の長さを設定し、押上げ装置50による押上げ高さを設定することにより、自然外乱が作用した際の施工安全性を確保しながら、設定された押上げ高さを実現できる仕様の押上げ装置50を特定することができる。
【0047】
次に、B工程として、図4A及び図4Bに示すように、設定された二つの切断部15を塔体10の切断面14に形成する。
【0048】
図4Aに示すように、発電用風車60の転倒方向Xにある切断部15Aの形状は、切断面14に沿う上ラインと、下方にテーパー状に開いた下ラインとを有する形状であり、押し上げられた塔状建造物60が自重にて転倒する臨界傾斜角度を超えた際に転倒方向Xへ転倒し易い形状となっている。
【0049】
一方、発電用風車60の転倒方向Xの反対側にある切断部15Bの形状は、切断面14に沿うラインを左右に備え(左右ライン)、その内側に押上げ装置50が設置される開口15Baを備えている。
【0050】
そして、図4Aに示すように、切断部15Aの上ラインと切断部15Bの左右ラインとの間に、切残し部16が設けられることになる。実際には、A工程にて二つの切残し部16A,16Bの位置と長さt1を設定し、線対称軸Lにより塔状建造物60の転倒方向Xを設定した後に、切残し部16A,16Bの残りの円弧領域を切断部15A,15Bとして切断面14に形成する。
【0051】
次に、C工程として、図4A及び図4Bに示すように、二つの切断部15のいずれか一方(図示例は切断部15B)に押上げ装置50(図示例は二台の押上げ装置50A,50B)を設置し、各押上げ装置50A,50Bにて切断部15の上方の塔体10を押上げて(押上げ荷重Q1,Q2で押上げ高さδ)、塔状建造物60を所定の転倒方向へ転倒させる。
【0052】
ここで、図3を参照して、転倒方向Xの反対側にある切断部15Bへの押上げ装置50の設置形態について説明する。
【0053】
図3(a)に示す押上げ装置50の設置形態は、線対称軸Lから同じ距離t3の位置に二台の押上げ装置50を設置する形態であり、図3(c)は、塔体10の切断面14における円形ラインと線対称軸Lとの交点に一台の押上げ装置50を設置する形態である。
【0054】
以下の転倒解析において詳説するように、線対称軸Lから等距離の位置にある二台の押上げ装置50にて塔体10を押し上げる場合と、塔体10における線対称軸Lとの交点にある一台の押上げ装置50にて塔体10を押し上げる場合では、いずれも、同程度の押上げ荷重(もしくは総押上げ荷重)で、かつ同程度の押上げ高さにて、塔体10を所定の転倒方向へ転倒できることが検証されている。
【0055】
従って、設置される押上げ装置50は、一台でも二台でもよく、この解析結果に基づけば三台以上であってもよいことが分かる。例えば、三台の押上げ装置を使用して、その一台を一方の切断部の中心位置に設置し、残りの二台の押上げ装置を中心位置から左右の同距離にある二箇所に設置してもよいし、四台の押上げ装置を使用して、一方の切断部の中心位置から左右の同距離にある二箇所ずつに四台の押上げ装置を設置してもよい。
【0056】
このように、押上げ装置50の設置台数に制限はないものの、図3(a)に示すように、二台の押上げ装置50を切断部15Bに設置することで、可及的に少ない押上げ装置50を使用しながら安定的に塔体10を押し上げることができ、かつ、一台の押上げ装置50が故障した場合でも残りの一台の押上げ装置50にて塔体10の押し上げを継続できることから、二台の押上げ装置50を使用するのが好ましい。
【0057】
図4A図4Bに示すように、押上げ装置50には例えば油圧ジャッキが適用される。開口15Baの下方には架台52が設置され、架台52に載置された油圧ジャッキ50のピストンの上端に座金51を固定し、開口15Baの上端面を座金51を介して油圧ジャッキ50にて押し上げる。この際、塔体10の開口15Baの上方側面には、押上げ箇所を補強する補強リブ17が設けられている。
【0058】
図示例は、二台の油圧ジャッキ50A,50Bがそれぞれ押上げ荷重Q1,Q2で塔体10を押上げ、その際の押上げ高さδが発電用風車60の転倒の臨界高さに達した段階で、傾斜姿勢の発電用風車60が自重にて転倒方向Xへ転倒する。ここで、二台の油圧ジャッキ50A,50Bの押上げ荷重Q1,Q2が同時かつ相互に調整されながら増減されることにより、発電用風車60の転倒方向への正対姿勢を保持しながら臨界高さまで押上げることができる。
【0059】
[塔状建造物の転倒解析]
次に、本発明者等が実施した塔状建造物の転倒解析とその結果について説明する。本解析では、主に二項目を検証している。その一つは、押上げ装置が一台のケースと二台のケースにおいて、双方の押上げ荷重(二台の場合は総押上げ荷重)と押上げ高さ(臨界押上げ高さ)が同程度になることの検証である。また、他の一つは、切残し部の抵抗モーメントの設定において用いられる、塔状建造物を転倒させる際の傾斜角度に応じた低減係数を特定するべく、塔状建造物を押し上げた際の切残し部に作用する付加曲げを考慮しない場合の切断部に作用するモーメント、及び、付加曲げを考慮した偏心モーメントと、塔体(塔状建造物)の傾斜角度との関係を特定することである。
【0060】
本解析における条件を以下に示す。
【0061】
<解析条件>
発電用風車の塔体の脚部の直径D:3.0m
塔体の鋼材の厚み:2cm
塔体の鋼材の降伏点強度:390N/mm
塔体の高さ:45m
ブレードの半径:24m
発電用風車の重心Gの高さH:29.4m
発電用風車の全体重量m:77.6ton
切残し部の長さ(片側)t1:0.9m
重力加速度g:9.8m/s
上記条件に基づいて、コンピュータ内において発電用風車のFEM(Finite Element Method)モデルを作成した。
【0062】
<解析1>
まず、押上げ装置の設置台数に関する解析について説明する。この解析では、FEMモデルにおいて、発電用風車の転倒方向の反対側の切断部における線対称軸の左右に対称な二箇所に二台の押上げ装置を設け、二台の押上げ装置にて発電用風車を押し上げるケース(図3(a)参照)と、発電用風車の転倒方向の反対側の切断部の線対称軸上に一台の押上げ装置を設け、一台の押上げ装置にて発電用風車を押し上げるケース(図3(b)参照)で解析を行った。
【0063】
ここで、一方の押上げ装置は、切断部に隣接して開口部を部分的に補強したハッチ開口が設けられていることをFEM解析モデルでも模擬しており、以下、適宜、ハッチ側押上げ装置、ハッチ反対側押上げ装置と称する。本解析では、ハッチ開口の存在が、発電用風車の転倒方向の横ずれに影響を与えるか否かについても検証した。
【0064】
解析1における解析結果を、図5乃至図8に示している。ここで、図5は、塔状建造物の転倒解析において、解析モデルが転倒している状態を示すコンピュータ画面図である。また、図6は、二台の押上げ装置で塔体を押し上げる転倒解析の結果を示す図であって、それぞれの押上げ装置の押上げ荷重と押上げ高さの関係を示す図であり、図7は、一台の押上げ装置(ハッチ側押上げ装置)で塔体を押し上げる転倒解析の結果を示す図であって、それぞれの押上げ装置の押上げ荷重と押上げ高さの関係を示す図である。さらに、図8は、一台の押上げ装置で塔体を押し上げる転倒解析の結果を示す図であって、押上げ装置側の変位と非押上げ装置側の変位の関係を示す図である。
【0065】
図6より、一台の押上げ装置にて押上げた際の最大の総押上げ荷重はおよそ2500kN(ハッチ側:およそ1300kNと、ハッチ反対側:1200kNの総計)である。一方、図7より、一台の押上げ装置にて押上げた際の最大の押上げ装置もおよそ2500kNであり、二台の押上げ装置の総計と同程度になることが検証されている。
【0066】
また、双方ともに、押上げ荷重がゼロになる際の押上げ高さ(押上げられた傾斜姿勢の塔状建造物が自重にて転倒を開始する押上げ高さ)は、およそ150mmとなることが検証されている。
【0067】
また、図8によれば、ハッチ側押上げ装置のみを押上げた場合(押上げ側装置)の押上げ高さと、ハッチ反対側押上げ装置(非押上げ側装置)の位置における持ち上がり高さの変位差が分かる。
【0068】
非押上げ装置の位置における持ち上がり高さ(変位)は、押上げ側装置の押上げ高さ(変位)より多少は少ないが、押上げ側装置の変位に追従して上昇し、最大押上げ荷重がおよそ2500kNの際に、押上げ側装置の変位は40mm、非押上げ装置の変位は30mmまで上昇した。その後、塔状建造物を押し上げた際の傾斜角度に応じて塔状建造物の重心移動による偏心モーメント(P-Δモーメント)によって押上げ荷重が低下することに伴い、両者の変位差は縮まり、押上げ荷重がゼロとなって発電用風車の転倒が始まる時点における両者の変位はおよそ150mmでほぼ一致している。その後、最終的な転倒方向は、当初設定されている転倒方向(目標転倒方向)から僅か1m程度のずれとなることが検証されている。
【0069】
以上より、一台の押上げ装置にて押上げる場合と、二台の押上げ装置にて押上げる場合とでは、押上げ荷重と押上げ高さはいずれも同程度になることが検証されている。
【0070】
<解析2>
次に、切断部における曲げモーメントと発電用風車の傾斜角度との関係に関する解析について説明する。塔体の傾斜角度がθの時の塔体の脚部の抵抗モーメントをMa(θ,t,l,σy)とし、塔体の傾斜角度がθの時の塔体の脚部の偏心モーメント(P-Δモーメント)をMe(θ,m,g,H)とし、切残し断面の全塑性モーメントをMp(t,l,σy)とすると、以下の式(A)乃至(C)で表すことができる。
【0071】
【数1】
【0072】
まず、FEM解析モデルを用いて、従来からの慣例的な計算法により塔体の押上げ高さを算定する。ここでは計算の簡素化と計算結果への影響が軽微なことを考慮して、発電用風車の自重が切断部に作用する圧縮応力による曲げ耐力への影響は無視するものとする。
【0073】
A1工程において、仮に一方の切断部の長さ:l=0.9mが算定されたとして、他の要素に対して解析条件にある各数値を適用し、発電用風車の転倒が開始する際のMeとMpが一致すると仮定して、式(B)と式(C)からδを求めると、0.212mと算定される。
【0074】
押上げ高さはおよそ21cm必要となるが、汎用的な押上げ装置の最大ラムストロークが20cmのジャッキであることを勘案すると、汎用ジャッキでは発電用風車を転倒させることができない結果となる。
【0075】
一方で、FEM解析では、図6乃至図8に示すように、押上げ高さは15cm程度でよいこと(従って、汎用ジャッキの使用が可能であること)が検証されていることから、従来の慣例的な計算法による場合の結果:21cmとの間に乖離がある。
【0076】
一方,押上げ高さをFEM解析結果の15cmと仮定し、式(B)と式(C)から必要な切断部の長さを求めると、l=0.757m(<0.9m)が算定される。
【0077】
以上より、l=0.757mとすればδ=15cmで発電用風車を転倒させることができるが、施工時の地震や風力等の外力(横力)に対しては上記するようにl=0.9m必要であったことから、曲げ強度はl=0.9mの場合と比較して、長さの比の二乗に比例して70%に低下する。発電用風車は一般に、年間を通じて風速の高い地域に建設されていることから、立地条件によっては切断部が短いと施工時の横力に対する安全性確保が保証できない。
【0078】
以上のように、切残し部の長さ:l=0.9mの際の転倒開始時の押上げ高さは、慣例計算では21.2cmであり、FEM解析では15cmとなっているが、この違いは、転倒が開始される際の塔体の傾斜によって生じる、切残し部の圧縮縁の鋼材の座屈による圧縮応力の低下を考慮するか否かの違いであると考えられる。慣例計算の全塑性モーメントは断面のひずみの大きさに関わらず一定である一方、FEM解析では、降伏後のひずみ硬化による応力上昇や座屈による応力低下が再現されるからである。
【0079】
この応力低下量を事前に予測し、転倒開始時の切残し部の応力低下を考慮した、式(A)に示す抵抗モーメントMaと式(B)に示す偏心モーメント(P-Δモーメント)Meを等価に置いて、転倒施工の際に用いる押上げ装置の押上げ高さと切残し部の長さを計算することにより、最適な条件で施工安全性を確保しつつ、確実に発電用風車を転倒させることが可能になる。
【0080】
図9は、転倒解析の結果を示す図であって、塔状建造物の傾斜角度と塔体の切断面における曲げモーメントの関係を示す図である。
【0081】
2つの曲線は、P-Δ効果無しの曲げモーメント(重心移動を考慮しない曲げモーメント)と、P-Δ効果有りの偏心モーメント(重心移動を考慮しない場合の曲げに対して低減する付加曲げを考慮したモーメント)の双方の曲線である。
【0082】
P-Δ効果無しの曲線は、傾斜角度がおよそ1.5度で最大曲げモーメントのおよそ3600kNmに達した後、徐々に低下している。横軸の転倒開始の際の傾斜角度6度の時の縦軸の切断部の曲げモーメントMaは2350kNmであり、全塑性モーメント3159kNmの74.4%である。
【0083】
経験則より、現実的な転倒時の傾斜角度は4度乃至7度の範囲にあることから、その際のMaは図9より2800kNm乃至2200kNmであり、全塑性モーメントからの低下率は0.9乃至0.7の範囲となることが分かる。
【0084】
以上のように、どの傾斜角度で転倒させるか、即ち、塔体の直径に対する押上げ高さが決まれば、その際の偏心モーメントMeと切断部の曲げモーメントMaを等価に置いて切断部の長さを算出することができる。
【0085】
一方、逆に、発電用風車の立地条件に応じた解体施工場所の施工時の風力等の横力から切断部の長さを先に決定し、この切断部の長さで確実に転倒させるための押上げ高さを算定して、必要な押上げ性能を有する押上げ装置を無駄なく選定することもできる。
【0086】
すなわち、FEM解析を実施するまでもなく、簡易的に切断部の長さや押上げ装置による押上げ高さを設定することが可能になり、塔状建造物の転倒施工に関する施工計画を速やかに進めることができる。そして、簡易的に設定された切断部の長さや押上げ装置による押上げ高さに関しては、施工計画の作成と並行して、詳細なFEM解析にてその妥当性を検証するのが好ましい。
【0087】
尚、上記実施形態に挙げた構成等に対し、その他の構成要素が組み合わされるなどした他の実施形態であってもよく、ここで示した構成に本発明が何等限定されるものではない。この点に関しては、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能であり、その応用形態に応じて適切に定めることができる。
【符号の説明】
【0088】
10:塔体
11:中空
12:脚フランジ
13:アンカーボルト
14:切断面
15,15A,15B:切断部
15Ba:開口
16,16A,16B:切残し部
17:補強リブ
20:ナセル
21:ケーシング
22:ハブ
30:ブレード
40:基礎
50:押上げ装置(油圧ジャッキ)
51:座金
52:架台
60:塔状建造物(発電用風車)
L:線対称軸
X:転倒方向
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8
図9