(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023035115
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】カルコゲナイド薄膜、及び熱電変換素子
(51)【国際特許分類】
H10N 10/852 20230101AFI20230306BHJP
H10N 10/17 20230101ALI20230306BHJP
【FI】
H01L35/16
H01L35/32 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021141736
(22)【出願日】2021-08-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 〔開催日〕 令和3年7月6日~8日(発表日:令和3年7月6日) 〔集会名、開催場所〕 先端セラミックスの科学技術に関する第12回国際会議(STAC-12) (The 12▲th▼ International Conference on the Science and Technology for Advanced Ceramics(STAC-12)) オンライン開催(http://conf.msl.titech.ac.jp/Conference5/STAC12/wiki/)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、東工大元素戦略拠点(TIES)委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】片瀬 貴義
(72)【発明者】
【氏名】神谷 利夫
(72)【発明者】
【氏名】細野 秀雄
(57)【要約】
【課題】高温で良好な熱電特性を示すカルコゲナイド薄膜と、これを用いた熱電変換素子を提供する。
【解決手段】カルコゲナイド薄膜は、550℃以上、800℃未満の温度範囲において、結晶構造が空間群Pnmaに属する。あるいは、カルコゲナイド薄膜は、550℃以上、800℃未満の温度範囲において、n型伝導を示す。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
550℃以上、800℃未満の温度範囲において、結晶構造が空間群Pnmaに属するカルコゲナイド薄膜。
【請求項2】
550℃以上、800℃未満の温度範囲においてn型伝導を示すカルコゲナイド薄膜。
【請求項3】
600℃から700℃の温度範囲で熱電変換性能指数が3.0以上であるカルコゲナイド薄膜。
【請求項4】
650℃近傍で熱電変換性能指数が3.5以上である請求項3に記載のカルコゲナイド薄膜。
【請求項5】
室温から800℃の全温度範囲にわたって、単一のキャリア濃度の活性化エネルギーを有するカルコゲナイド薄膜。
【請求項6】
前記カルコゲナイド薄膜は、カルコゲンと14族元素との化合物の薄膜である、
請求項1から5のいずれか1項に記載のカルコゲナイド薄膜。
【請求項7】
前記カルコゲナイド薄膜は、絶縁性の単結晶基板の表面にエピタキシャル成長した薄膜膜である、
請求項1から6のいずれか1項に記載のカルコゲナイド薄膜。
【請求項8】
絶縁性の単結晶基板と、
前記単結晶基板の上に形成された請求項1から7のいずれか1項に記載のカルコゲナイド薄膜と、
前記カルコゲナイド薄膜の高温側と低温側に接続される電極と、
前記カルコゲナイド薄膜を覆う800℃よりも高い融点の絶縁性の保護膜、
を有する熱電変換素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、カルコゲナイド薄膜、及び熱電変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
廃熱を電気エネルギーに変換する熱電変換は、エネルギーハーベスティング技術のひとつとして注目されている。熱電変換の効率は、熱電材料の性能指数ZT(=S2σTκ-1)によって評価される。従って、熱電材料として、ゼーベック係数Sが大きく、電気伝導度σが高く、かつ、熱伝導率κの低い材料が求められる。小さい温度差を効率よく電気エネルギーに変換することができるからである。
【0003】
熱電材料にセレン化スズ(SnSe)バルク単結晶を用いて、650℃でZT2.6が達成されている(たとえば、非特許文献1参照)。SnSe単結晶は、500℃を超えると結晶構造がPnma相からCmcm相に転移して、ゼーベック係数Sが350℃のときの約半分に低下することが知られている(たとえば、非特許文献2参照)。
【0004】
パルスレーザ堆積(Pulse Laser Deposition:PLD)法により、単結晶基板上にエピタキシャル成長させたSnSe薄膜が知られている(たとえば、非特許文献3、及び非特許文献4参照)。非特許文献3では、異なる成長温度で成膜したSnSe薄膜の熱電特性を室温で評価している。非特許文献4では、SnSe薄膜の室温での熱電特性と、300℃での熱電特性を比較している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】L.-D. Zhao et al., Nature 508, 373-377 (2014).
【非特許文献2】P.-C. Wei et al., ACS Omega 4, 5442-5450 (2019).
【非特許文献3】T. Inoue et al,, J. Appl. Phys. 118, 205302 (2015).
【非特許文献4】T. Horide et al., ACS Appl. Mater. Interface 11, 27057-27063 (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、バルクのSnSe単結晶では、500℃を超えるとゼーベック係数Sが大幅に低下する。500℃を超える高温でもゼーベック係数Sを高く維持することができれば、ZT値をより向上できるはずである。一方で、基板上に成膜したSnSe薄膜の高温での相構造(空間群)と熱電特性は、未だ知られていない。
【0007】
本発明は、高温で良好な熱電特性を示すカルコゲナイド薄膜と、これを用いた熱電変換素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ひとつの側面では、カルコゲナイド薄膜は、550℃以上、800℃未満の温度範囲において、結晶構造が空間群Pnmaに属する。
【0009】
別の側面では、カルコゲナイド薄膜は、550℃以上、800℃未満の温度範囲において、n型伝導を示す。
【0010】
さらに別の側面では、カルコゲナイド薄膜は、600℃から700℃の温度範囲で3.0以上、好ましくは3.5以上の熱電変換性能指数ZTを示す。
【0011】
さらに別の側面で、カルコゲナイド薄膜は、室温から800℃の全温度範囲にわたってキャリア濃度の単一の活性化エネルギーを有する。
【発明の効果】
【0012】
高温で良好な熱電特性を示すカルコゲナイド薄膜と、これを用いた熱電変換素子が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】基板上に成膜した実施形態のカルコゲナイド薄膜の模式図である。
【
図2】MgO基板上にエピタキシャル成長したSnSe薄膜のイメージ図である。
【
図3】MgO基板とSnSeエピタキシャル薄膜の界面のモデル図である。
【
図4】実施形態のSnSe薄膜の熱電変換性能指数ZTを、SnSeバルク単結晶と比較して示す図である。
【
図5】実施形態のSnSe薄膜の構造転移を説明する図である。
【
図6】実施形態のSnSe薄膜の構造転移点を、SnSe単結晶の構造転移点と比較して示す図である。
【
図7】実施形態のSnSe薄膜の評価方法を示す図である。
【
図8A】作製したSnSe薄膜の室温での面直のX線回折(XRD:X-ray diffraction)パターンである。
【
図8B】作製したSnSe薄膜の室温での面内XRDパターンである。
【
図9A】作製したSnSe薄膜の800℃までの面直XRDパターンである。
【
図9B】作製したSnSe薄膜の800℃までの面内XRDパターンである。
【
図10】作製したSnSe薄膜の800℃までの011回折強度と022回折強度を示す図である。
【
図11】作製したSnSe薄膜の電気抵抗率の温度依存性を、SnSeバルク単結晶の電気抵抗率の温度依存性と比較して示す図である。
【
図12】作製したSnSe薄膜のゼーベック係数の温度依存性を、SnSeバルク単結晶のゼーベック係数の温度依存性と比較して示す図である。
【
図13】作製したSnSe薄膜のZTの温度依存性を、SnSeバルク単結晶のZTの温度依存性と比較して示す図である。
【
図14】作製したSnSe薄膜のキャリア移動度を、SnSeバルク単結晶のキャリア移動度と比較して示す図である。
【
図15】作製したSnSe薄膜のキャリア濃度を、SnSeバルク単結晶のキャリア濃度と比較して示す図である。
【
図16A】SnSeバルク単結晶のキャリア濃度のアレニウスプロットである。
【
図16B】SnSeバルク単結晶のキャリア濃度の2キャリアモデル解析の結果を示す図である。
【
図17】作製したSnSe薄膜のアレニウスプロットを、SnSeバルク単結晶のアレニウスプロットと比較して示す図である。
【
図18】作製したSnSe薄膜の電子構造を示す図である。
【
図19】実施形態のカルコゲナイド薄膜を用いた熱電変換素子の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
実施形態では、基板上に成長したSnSe薄膜の高温での優れた熱電特性と結晶構造、及び電子構造を解明し、カルコゲナイド薄膜の熱電変換素子への適用例を示す。特に、550℃以上、800℃未満の高温領域で結晶構造の転移を抑制し、600~700℃の範囲でZT値が3.0以上、より好ましくは3.5以上を示すカルコゲナイド薄膜を提供する。
【0015】
ZT値はZT=S2σTκ-1で表されることから、ZT値を高くするには、ゼーベック係数Sを大きくすることが重要である。非特許文献1では、SnSeバルク単結晶を用いて、650℃でZT2.6を達成しているが、非特許文献2に示されるように、350℃を超えるとゼーベック係数Sが低下し、550℃では約1/2に低下する。ゼーベック係数Sの低下は、SnSeバルク単結晶の結晶構造の転移が関係していると考えられる。
【0016】
ゼーベック係数Sの低下にもかかわらず650℃でZT2.6が達成されているのは、高温では熱励起により電気伝導度σが増大するためと考えられる。高温でゼーベック係数Sを維持することができれば、ZT値はさらに向上するはずである。そのためには、500℃以上の高温領域で結晶構造の相転移を抑制することが有効と考えられる。実施形態では、ある程度の欠陥をもたせて、カルコゲナイドの薄膜を基板上にエピタキシャル成長(基板表面に拘束)させることで、800℃近くまで結晶構造を維持して、ZT値の向上を実現する。
【0017】
カルコゲナイドの薄膜は、300℃を超える高温で昇華しやすく、これまでは高温でのカルコゲナイドの熱電特性は測定されていなかった。実施形態では、カルコゲナイド薄膜12を高融点絶縁膜で覆うことで、高温での熱電特性の測定を実現する。
【0018】
<基本構成>
【0019】
図1は、基板11上に成膜した実施形態のカルコゲナイド薄膜12の模式図である。カルコゲナイドとは、周期表の16族の元素のうち、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)を含む化合物をいう。実施形態では、S、Se、Teの化合物を用いる。
【0020】
カルコゲナイドとして、たとえば14族元素との化合物を用いてもよい。14族元素として、カルコゲンと安定した化合物を形成するゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)、鉛(Pb)などを用いることができる。カルコゲナイドは、SnS、SnSe、GeS、GeSe、Sn(S,Te)、Sn(Se,Te)、Ge(Se,Te)、Ge(S,Te)、(Sn, Pb)S、(Sn, Pb)Se、(Ge, Pb)S、(Ge, Pb)Se、(Sn, Pb)(S,Te)、(Sn, Pb)(Se,Te)、(Ge, Pb)(S,Te)、(Ge, Pb)(Se,Te)などを含む。
【0021】
基板11は、カルコゲナイド薄膜12を成膜できるならば、どのような基板であってもよい。たとえば、MgO、NaCl、SrF2、CaF2、BaF2などの単結晶基板、SrTiO3、YAlO3、LaAlO3、NdGaO3、(La,Sr)(Al,Ta)O3、KTaO3、AlSrAlO4、NdScO3、DyScO3、GdScO3等のペロブスカイト酸化物の単結晶基板、C面(0001)サファイア、R面(1-102)サファイア、A面(11-20)サファイアなどの基板を用いることができる。
【0022】
後述するように、基板11とカルコゲナイド薄膜12の界面で、カルコゲナイドの格子定数と基板材料の格子定数の間にある程度の差(面内格子不整合)があるように、カルコゲナイド薄膜12の材料と、基板11の材料の組み合わせを選択するのが望ましい。ある程度の面内格子不整合とは、基板11上にカルコゲナイド薄膜12が成長することができ、かつ、カルコゲナイド薄膜12の結晶を基板11の表面に拘束できる程度の格子不整合である。
【0023】
カルコゲナイド薄膜12は、PLD法、スパッタリング法、分子線エピタキシー法、化学気相成長法、抵抗加熱蒸着法、化学析出法、噴霧熱分解法等により、基板11の表面に形成され得る。
【0024】
図2は、基板11上にエピタキシャル成長したカルコゲナイド薄膜12のイメージ図である。基板11はMgO(100)単結晶基板、カルコゲナイド薄膜12はSnSe薄膜である。MgO基板の表面にエピタキシャル成長されたSnSe薄膜は、基板11と垂直な方向にa軸、基板11と平行な面内にb軸とc軸をもつ。
【0025】
図3は、MgO基板とSnSe薄膜の界面構造のモデルである。構造緩和(または最適化)により最も安定した状態を示しており、SnSeは、MgOのOサイトに結合している。SeとOの間のイオン間距離は0.329nm、SnとOの間のイオン間距離は0.281nmである。
【0026】
面内でb軸方向への格子不整合Δb/bは+1.4%、c軸方向への格子不整合Δc/cは-5.2%である。SnSeは、面内方向に歪がかかった状態でMgO(100)面上に成長している。この歪みは一種の欠陥であるが、歪によってSnとSeは基板表面に拘束(ロック)され、準安定状態としてPnma相が800℃近くまで維持される。
【0027】
図4は、実施形態のカルコゲナイド薄膜12の熱電変換性能指数ZTを、バルクのカルコゲナイド単結晶と比較して示す図である。カルコゲナイドとして、
SnSeを用いている。バルクのSnSe単結晶は、650℃でb軸方向のZT値が2.6である。一方、実施形態のエピタキシャル成長したSnSe薄膜(以下、「エピ薄膜」と省略する場合がある)は、600℃から700℃の間でZT値が3.0以上、650℃近傍で3.5である。
【0028】
ここでは、エピ薄膜のZTを計算する際に、熱伝導率κの値としてバルク単結晶の熱伝導率の値を流用している。作製したエピ薄膜の面内熱伝導率κを直接測定するのが難しいからである。一般的に、薄膜の熱伝導率はバルクの熱伝導率κよりも小さいので、実施形態のSnSe薄膜のZTは、実際は3.5以上となる。
【0029】
興味深いのは、エピ薄膜のZT値が、500℃近傍でいったんゼロ近くまで低下したあとに、急激に増大している点である。これは、ゼーベック係数Sがプラス(p型伝導)からマイナス(n型伝導)に転換し、かつ絶対値が急増しているからである。ゼーベック係数Sの符号の転換については、熱電特性の測定と評価に基づいて後述する。
【0030】
550℃以上の領域では、SnSeエピ薄膜のZT値は、SnSe単結晶のZT値を上まわる。SnSe単結晶のゼーベック係数Sが550℃で半減するのに対し、実施形態のエピ薄膜では、エピタキシャル歪を利用した結晶構造の準安定化により、550℃以上でもゼーベック係数Sを高く維持しているからである。
【0031】
図5は、実施形態のSnSe薄膜の構造転移を説明する図である。基板11と平行な面をb‐c面、薄膜の成長方向をa軸とする。基板11上に成膜したカルコゲナイド薄膜12は、室温から800℃未満の領域で、空間群Pnmaに属する結晶構造を有する。Pは単純格子(Primitive Lattice)を意味し、単位格子において頂点以外に格子点をもたない。また、a軸に垂直な対角映進面(n)と、b軸に垂直な鏡映面(m)と、c軸に垂直なa並進面(a)を有する。
【0032】
Pnma相では、基板11と平行なc軸方向でSn(図中で「A」と表記)とSe(図中で「B」と表記)は非結合である。
【0033】
800℃を超えると、カルコゲナイド薄膜12はBbmm相に転移する。BはB底心格子を意味し、b軸と垂直な面内に格子点を有する。また、a軸と垂直なb並進面(b)と、b軸と垂直な鏡映面(m)と、c軸と垂直な鏡映面(m)を有する。Bbmmは、軸の取り方を変えると、Cmcmと等価である。Bbmm相では、基板11と平行なc軸方向でSn(図中で「A」と表記)-Se(図中で「B」と表記)は結合を有する。Bbmm相となることで、b軸の格子定数とc軸の格子定数がほぼ同じになる。
【0034】
図6は、実施形態のSnSe薄膜の構造転移点を、バルクのSnSe単結晶の構造転移点と比較して示す。横軸は温度(℃)、縦軸は格子定数(オングストローム)である。各軸の格子定数は、XRDの2θの値から面間隔を求めることで決定される。SnSe単結晶では、500℃を超えるとb軸の格子定数とc軸の格子定数が近接し、Bbmm(またはCmcm)相に構造転換する。
【0035】
これに対し、実施形態のSnSeエピ薄膜では、基板11と平行な面内の格子定数(b軸とc軸の格子定数)が700℃まで安定している。700℃を超えると、b軸の格子定数とc軸の格子定数は徐々に近づき、800℃近傍で一致する。800℃近くの高温までPnma構造が安定することにより、後述するようにゼーベック係数Sを高く維持することができる。
【0036】
<サンプルの作製と評価>
【0037】
図7は、実施形態のカルコゲナイド薄膜の評価方法を示す。
図7の(a)および(b)に示すサンプル20を作製し、(c)のようにXRD測定を行う。
図7の(a)はサンプル20の平面図、(b)は(a)のA-A’断面である。サンプル20は、基板11上にカルコゲナイド薄膜12を成膜し、カルコゲナイド薄膜12を高融点の絶縁性の保護膜15で覆うことにより、作製される。電気的な測定のために、カルコゲナイド薄膜12の四隅に電極31を設けておく。カルコゲナイド薄膜12を高融点の絶縁膜で覆うことで、高温でのXRD測定と熱電測定を可能にする。保護膜15として、800℃よりも高い融点の絶縁膜を用いる。
【0038】
具体的には、MgO(100)単結晶基板の上に、カルコゲナイド薄膜12としてSnSeの薄膜をエピタキシャル成長させる。Seを過剰に添加したSnSe(化学組成はSn:Se=1:1.2)の焼結体をターゲットに用いたPLD法により、10-5Pa程度の真空下で、500℃程度に加熱したMgO単結晶基板上にSnSe薄膜を成長する。上述したように、成膜法はPLDに限定されず、スパッタリング法、分子線エピタキシー法、抵抗加熱蒸着法、化学気相成長法等の気相成長法を用いてもよい。
【0039】
単結晶基板はMgOに限定されず、NaCl、SrF2、YAlO3、LaAlO3、SrTiO3、NdGaO3、DyScO3、(LaAlO3)0.3(SrAl0.5TaO.5O3)0.7、LaSrAl4、Al2O3等の単結晶基板でもよい。カルコゲナイド薄膜12の厚さは50nm程度であり、幅、形状等は限定されない。実際に作製したサンプル20では、矩形に加工したカルコゲナイド薄膜12の四隅に、電子ビーム蒸着法でプラチナ(Pt)の電極31を室温で形成する。
【0040】
カルコゲナイド薄膜12を覆って、保護膜15を形成する。保護膜15として、厚さ30nmのSiO2膜13と、厚さ100nmのAl2O3膜14を、PLD法により室温で成膜する。高融点の絶縁膜として、SiO2、Al2O3、MgO、Y2O3等の酸化物膜や、SiN、AlN、Si3N4等の窒化物膜を用いることができる。これらの高融点絶縁材料を用いた単一膜でも積層膜でもよい。成膜法もPLDに限定されず、スパッタリング法、化学気相成長法などの気相成長法を用いることができる。実際に作製したサンプル20では、保護膜15の厚さは130nm程度であるが、さらに膜厚を増やしてもよい。高融点の絶縁性の保護膜15を設けることで、高温下でのSnSe薄膜の揮発または昇華を抑制し、800℃まで加熱することが可能になる。
【0041】
作製したサンプル20を用いて、高分解能のXRD測定により、SnSeの結晶構造を評価する。ステージ34上のグラファイトカプセル35内に、作製したサンプル20を設置する。ステージ34を加熱しながら、真空下でXRD測定を行う。X線照射領域は、電極31に接続されている領域を除くカルコゲナイドの薄膜領域である。ステージ34の加熱温度と、サンプル20の基板温度の関係をあらかじめ測定し、校正して、サンプル20の温度を室温から800℃まで変えながら、測定する。
【0042】
図8Aは、サンプル20の室温での面直のXRDパターン、
図8Bは、サンプル20の室温での面内のXRDパターンである。作製したサンプル20のアウトオブプレーン(面直)回折測定から、SnSe薄膜の400面で反射された回折ピークと、MgO基板の200面の回折ピークが観察される。インプレーン(面内)回折測定から、SnSe薄膜の002面で反射された回折ピークと、MgO基板の002面の回折ピークが観察される。これにより、MgO基板上にSnSe薄膜がエピタキシャル成長していることが確認される。
【0043】
図9Aは、サンプル20の800℃までの面直のXRDパターン、
図9Bは、サンプル20の800℃までの面内のXRDパターンである。面直、面内ともに、どの温度でも400面における回折ピークと、002面における回折ピークが見られ、800℃までSnSe膜がMgO基板とのエピタキシャル関係を維持していることが確認される。
【0044】
次に、XRD測定により、Pnma相からBbmm相への構造転移温度を評価して、SnSe薄膜の結晶構造の転移温度を特定する。消減則に基づくと、ミラー指数hklを用いて、Pnma相は011と022で反射するが、Bbmm相では011反射は消滅し、022反射は観察される。消減則とは、ブラッグ条件を満たしていても、空間群の対称要素などによって反射が観察されない場合を規定し、反射があるときの条件で記述される。
【0045】
Pnma相の反射条件は「0kl」であり、k+l=2n(nは自然数)である。したがって、011と022は反射条件を満たす。Bbmm相の反射条件は「h0l」でありh,l=2n(nは自然数)である。したがって、011は消減し、022の反射は観察される。
【0046】
011回折ピークと022回折ピークの双方が観察される場合は、Pnma相である。011回折ピークが消滅して022回折ピークだけが観察される場合は、Bbmm相である。サンプル20で、温度を変えながら011回折と022回折を測定することで、Pnma相とBnmm相を区別することができる。
【0047】
図10は、室温から800℃まで温度を変えて測定した001回折と022回折のXRDパターンである。温度変化に対して022回折ピーク強度はほとんど変化しないが、011回折ピーク強度は、800℃で急激に減少することが確認される。このことから、SnSe薄膜は800℃付近でPnma相からBbmm相に構造転移することがわかる。SnSe薄膜の構造転移温度は800℃であり、SnSeバルク単結晶の構造転移温度である500℃と比較して、大幅に上昇している。エピ薄膜では、Pnma相が高温まで安定化していることが確認される。
【0048】
<サンプルの電気特性と熱電特性の評価>
【0049】
図11は、作製したサンプル20の電気抵抗率の温度依存性を、SnSe単結晶の電気抵抗率の温度依存性と比較して示す。電気抵抗率は、電極31を用いて4端子測定により測定する。
【0050】
電気抵抗率ρ(Ωcm)は、電気伝導度σ(Ω-1cm-1)の逆数である。したがって熱電変換性能指数ZTは、S2ρ-1Tκ-1と表されてもよい。SnSeバルク単結晶では、室温から300℃まで電気抵抗率ρが上昇し、300℃を超えるとρは減少する。エピタキシャル成長したSnSe薄膜では、室温での電気抵抗率ρはバルク単結晶よりも高いが、温度上昇につれてρは大きく減少する。300℃近傍でいったんρの減少が止まるが、500℃を超えるとまた減少する。逆にいうと、電気伝導度σは室温から700℃まで上昇を続ける。
【0051】
図12は、サンプル20のゼーベック係数Sの温度依存性を、SnSeバルク単結晶のゼーベック係数Sの温度依存性と比較して示す。ゼーベック係数Sは、ゼーベック測定から求められる。ゼーベック測定は、ステージ34に温度差を付けて、熱電対でカルコゲナイド薄膜12の面内の温度差(ΔT)を計測する。同時に、カルコゲナイド薄膜12に発生する熱起電力(ΔV)を測定し、S=ΔV/ΔTで求める。Ar不活性ガス雰囲気中で、室温から650℃まで温度を変えて測定する。
【0052】
SnSeバルク単結晶では、室温から高温(650℃)まで、ゼーベック係数Sの符号は正であり、p型伝導のままである。エピタキシャル成長したSnSe薄膜では、550℃近傍でゼーベック係数Sの符号が正から負へ変化し、p型伝導からn型伝導に反転する。600℃でのSの絶対値は、バルク単結晶が350μV/Kであるのに対し、実施形態のSnSe薄膜は900μV/Kと大きな値を示す。Sの絶対値が大きいということは、ZTを向上できることを示す。
【0053】
図13は、サンプル20のZTの温度依存性を、SnSeバルク単結晶のZTの温度依存性と比較して示す。ここでは、縦軸と横軸の比率を除いて、
図4と同じデータを用いている。ZT値は、ZT=S
2ρ
-1Tκ
-1で計算される。電気抵抗率ρとゼーベック係数Sは、
図11および
図12で求めた値を用いる。熱伝導率κは、SnSe単結晶で報告されている面内(b-c面)のκ平均値(非特許文献1)を用いる。薄膜は表面と基板界面でのフォノン散乱により、単結晶よりもκが低くなるのが一般的であるので、最悪条件として非特許文献1に記載される単結晶SnSeのκ平均値を流用する。
【0054】
室温から400℃付近までは、エピ薄膜とバルク単結晶のZTは、ほとんど同じ温度依存性を示す。550℃を超える高温領域で、エピ薄膜のZTが急激に増加する。600℃で、ZT3.3を示し、650℃でZT3.5を示す。この値は、熱電材料で最高のZT値である。SnSe単結晶のκ値を流用してZT3.5が得られるのであるから、薄膜のκ値(単結晶より小さい値を持つ)を用いると、600℃でZT3.3以上、650℃でZT3.5以上になるはずである。
【0055】
図14は、サンプル20のキャリア移動度μを、SnSeバルク単結晶のキャリア移動度μと比較して示す。
図15は、サンプル20のキャリア濃度nを、SnSeバルク単結晶のキャリア濃度nと比較して示す。キャリア移動度μとキャリア濃度nは、ホール効果測定により測定される。キャリア移動度μとキャリア濃度nは、実施形態のカルコゲナイド薄膜12が大きなZTを示す起源を調べるために測定される。
【0056】
図14で、キャリア移動度μは、温度上昇とともに減少する。キャリア移動度μの温度変化については、エピ薄膜もバルク単結晶も同様の傾向を示す。一方、
図15のキャリア濃度nの温度依存性では、SnSeエピ薄膜は、室温から600℃の高温領域まで、キャリア濃度nは単調増加する。このキャリア濃度nの温度変化は、バルク単結晶のキャリア濃度nの温度変化と大きく異なる。バルク単結晶では、300℃より低い温度領域では、温度変化に対するキャリア濃度nの変化はほとんどなく、300℃以上の領域でキャリア濃度nが急激に増大する。
【0057】
電気抵抗率ρは、移動度μ×キャリア濃度n×電気素量eの逆数で表される(ρ=1/μ×n×e)。したがって、
図12におけるエピ薄膜とバルク単結晶の電気抵抗率ρの温度依存性の違いは、主として、キャリア濃度nの温度依存性の違いから生じていると考えられる。
【0058】
図16Aと
図16Bは、バルク単結晶のキャリア濃度nのアレニウスプロットを示す。アレニウスプロットは、アレニウスの式を自然対数の形にした
Ln(n)=(-Ea/k
B)(1/T)+Ln(n
0)
に基づき、温度Tの逆数とキャリア濃度nの自然対数との関係をプロットした図である。ここで、Eaは活性化エネルギー、k
Bはボルツマン定数、n
0は温度0Kでのキャリア濃度である。
【0059】
図16Aにおいて、バルク単結晶では、低温側の飽和領域(出払い領域)と、高温側の真正領域で、2つの傾きがみられる。飽和領域では、キャリアが出払ってキャリア濃度nの温度変化はほとんど見られない。高温領域では、キャリアの熱的な励起により、キャリア濃度nは温度依存性をもつ。真正領域の傾きを表す活性化エネルギーEaは、0.56eVである。飽和領域の傾きを表す活性化エネルギーEaは、0.004eVである。
【0060】
真正半導体のキャリア濃度nは、温度Tに対してn=n0exp(-Eg/2kBT)の形で変化し、真正半導体の活性化エネルギーEaは、バンドギャップエネルギーEgの約1/2である(Ea≒Eg/2)。拡散反射スペクトルから求められるSnSeバルク単結晶のバンドギャップエネルギーEgは0.86eVであるから、Ea≒Eg/2となり、SnSeバルク単結晶は、高温領域で真正半導体である。
【0061】
図16Bにおいて、SnSeバルク単結晶の全温度領域のキャリア濃度nは、1/e・R
H,2と表される。ここで、eは電気素量、R
H、2は、電子と正孔の2キャリア伝導モデルによるホール定数である。2キャリアモデルに基づくホール定数R
H,2は、
R
H,2=(1/e)[(n
hμ
h
2-n
eμ
e
2)/(n
hμ
h-n
eμ
e)
2]
と表される。n
hは正孔濃度、n
eは電子濃度、μ
hは正孔移動度、μ
hは電子移動度である。
【0062】
解析の結果、SnSeバルク単結晶のバンドギャップエネルギーEgは0.822eV、アクセプタ準位EAは0.01eV、アクセプタ濃度NAは2.96×1017cm-3と見積もられる。SnSeバルク単結晶の電子構造は、全温度範囲にわたって、価電子帯の上端にほとんど縮退したアクセプタ準位EAがあるp型半導体であると説明できる。
【0063】
図17は、サンプル20のアレニウスプロットを、SnSeバルク単結晶のアレニウスプロットと比較して示す。サンプル20のSnSeエピ薄膜では、室温から高温まで、0.26eVの大きな活性化エネルギーEa(傾き)でキャリア濃度nが単調に変化する。
図16Bと同様に2キャリア伝導モデルで計算した解析結果によると、SnSeエピ薄膜のバンドギャップエネルギーEgは0.822eV、アクセプタ準位エネルギーE
Aは0.513eV、アクセプタ濃度N
Aは8.44×10
19cm
-3である。SnSeエピ薄膜では、0.82eVのバンドギャップ内の中心付近にギャップ内準位を有するために、バルク単結晶と異なる電気特性を示すと考えられる。
【0064】
図18は、作製したサンプル20の電子構造を示す。
図18の(a)は、フェルミ準位E
Fと温度Tの関係を示し、(b)はバンドアライメント図、(c)は状態密度のエネルギー依存性を示す。温度Tの上昇にともなって、フェルミ準位E
Fが上昇する。フェルミ準位E
Fが0.34eVを超えると、バンドギャップ内準位E
Aに電子がドープされ、キャリア極性がp型からn型に反転する。これにより、高温でゼーベック係数Sが負に反転し、n型伝導を示すと説明される。
【0065】
図18の(c)において、ゼーベック係数Sは、状態密度D(E)の自然対数のエネルギー微分(dInD(E)/dE)に比例する。換言すると、ゼーベック係数Sは、状態密度Dの傾きに比例する。エピ薄膜では、バンドギャップ内準位の状態密度の傾きが急峻であるためSが増大する。すなわち、バンドギャップ内に弱く局在する準位(これを欠陥準位と呼んでもよい)が大きな状態密度を形成し、そこにドープされた電子が大きなSを実現する。これは、
図12のSの温度依存性と一致する。
【0066】
エネルギーの低い領域(価電子帯)で、状態密度Dに比例するゼーベック係数Sは正の値をとり、その傾きは小さい。エネルギーの高い領域(バンドギャップ内準位)で、状態密度Dに比例するゼーベック係数Sは負の値をとり、その傾きは大きい。これは、
図12のSの温度依存性と一致する。高温での高いSにより、高いZTが達成される。
【0067】
図19は、実施形態のカルコゲナイド薄膜12を用いた熱電変換素子100の模式図である。
図19の(a)は平面図、(b)は、(a)のB-B’断面図、(c)は(a)のC-C’断面図である。熱電変換素子100は、同じ導電型のカルコゲナイド薄膜12を電極21で直列につなげたユニレグ(uni-leg)型の熱電素子である。
【0068】
熱電変換素子100の全体は、高融点の絶縁性の保護膜15で覆われている。この保護膜は、XRD測定と熱電測定で用いた保護膜15と同じものであってもよい。高温側と低温側の温度差により、カルコゲナイド薄膜12に熱起電力が発生する。生じた熱起電力は、直列接続されるカルコゲナイド薄膜12の両端部に接続される電極21から、配線22を介して外部に取り出される。
【0069】
実施形態のカルコゲナイド薄膜12は、550℃以上、800℃未満の温度範囲で大きなゼーベック係数Sを持ち、高いZTを示す。この温度範囲で、カルコゲナイド薄膜12はn型伝導を示す。カルコゲナイド薄膜12は、室温から800℃の温度範囲で、空間群Pnmaの結晶構造を維持する。また、室温から800℃の温度範囲にわたって、キャリア濃度の単一の活性化エネルギーを有する。このような高温領域でのカルコゲナイド薄膜12の熱電特性と結晶構造および電子構造は初めて解明され、高ZTの理由が科学的に説明された。
【0070】
SnSeと類似する結晶構造を有する他のカルコゲナイド薄膜も、適度の面内格子不整合を有する基板を選択し、基板表面に拘束させることで、高温まで結晶構造を維持し、高ZTを実現することができる。他のカルコゲナイド薄膜として、カルコゲン(S、Se、Te)と14族元素(Sn、Ge、Pbなど)の化合物の薄膜を用いてもよい。熱電変換素子100として、3つ以上の複数のカルコゲナイド薄膜を電極21で直列接続するのが望ましいが、ひとつのカルコゲナイド薄膜を高温側と低温側に配置された一対の電極に接続するだけでも、有効に熱電変換することができる。
【符号の説明】
【0071】
11 基板
12 カルコゲナイド薄膜
15 保護膜
21、31 電極
20 サンプル
100 熱電変換素子