(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023003525
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】希土類化合物、その製造方法、及び、その用途
(51)【国際特許分類】
H01F 1/059 20060101AFI20230110BHJP
H01F 10/12 20060101ALI20230110BHJP
H10N 50/01 20230101ALI20230110BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20230110BHJP
G11B 5/65 20060101ALI20230110BHJP
G11B 5/706 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
H01F1/059 130
H01F10/12
H01L43/12
H01L43/08 M
G11B5/65
G11B5/706
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021104647
(22)【出願日】2021-06-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、元素戦略磁性材料研究拠点、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】709002004
【氏名又は名称】学校法人東北学院
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】高橋 有紀子
(72)【発明者】
【氏名】セペリ アミン ホセイン
(72)【発明者】
【氏名】広沢 哲
(72)【発明者】
【氏名】宝野 和博
(72)【発明者】
【氏名】嶋 敏之
【テーマコード(参考)】
5D006
5E040
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
5D006BB01
5D006BB06
5D006EA03
5E040AA11
5E040CA01
5E040CA06
5E040NN01
5E049AA01
5E049AC05
5E049BA01
5E049BA08
5F092AA20
5F092AB10
5F092AD23
5F092BB08
5F092BB43
5F092BB53
5F092BC33
5F092BE03
5F092BE06
5F092BE11
5F092BE21
5F092BE24
5F092BE25
5F092CA02
5F092CA26
(57)【要約】
【課題】より優れた固有磁気特性を有するThMn12型構造を有する希土類化合物を提供する。
【解決手段】全体組成が(R1
(1-x)R2
x)aTbM1
cM2
d(R1はSm、Pm、Er、Tm及びYbからなる群より選択され、R2はZr、Y、La、Ce、Pr、Nd、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho及びLuからなる群より選択され、TはFe、Co及びNiからなる群より選択され、M1はホウ素であり、M2はケイ素であり、xは0~0.5の数であり、aは6.0~13.7原子%の数であり、cは0原子%より大きく12原子%以下の数であり、dは0原子%より大きく7原子%以下の数であり、bは(100-a-c-d)原子%で表される数である。)で表され、ThMn12型の結晶相とアモルファスの粒界相を有し、結晶相が粒界相で覆われた複相構造であり、粒界相はホウ素の含有量が多く、かつ、ホウ素とケイ素の含有量が多い部分を含んでなる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体組成が、式1:(R1
(1-x)R2
x)aTbM1
cM2
d
(上記式中、R1は、Sm、Pm、Er、Tm、及び、Ybからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、R2は、Zr、Y、La、Ce、Pr、Nd、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、及び、Luからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、Tは、Fe、Co、及び、Niからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M1はホウ素であり、M2はケイ素であり、xは0~0.5の数であり、aは6.0~13.7原子%の数であり、cは0原子%より大きく、12原子%以下の数であり、dは0原子%より大きく、7原子%以下の数であり、bは(100-a-c-d)原子%で表される数である。)
で表され、
ThMn12型の結晶相と、アモルファスの粒界相を有し、前記結晶相が前記粒界相で覆われた複相構造であり、
前記粒界相はホウ素の含有量が多く、かつ、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多い部分を含んでなる希土類化合物。
【請求項2】
前記結晶相中のホウ素の含有量と前記粒界相中のホウ素の含有量の差の絶対値、及び、前記結晶相中のケイ素の含有量と前記粒界相中のケイ素の含有量の差の絶対値が、1.0原子%以上である、請求項1に記載の希土類化合物。
【請求項3】
前記R1が、少なくともSmを含む、請求項1又は2に記載の希土類化合物。
【請求項4】
実質的にTi、V、Mo、Nb、Cr、及び、Wのいずれも含有しない、請求項1~3のいずれか一項に記載の希土類化合物。
【請求項5】
前記TがFe、及び、Coである、請求項1~4のいずれか一項に記載の希土類化合物。
【請求項6】
所定の方向に沿って、結晶方位、及び、磁化容易軸からなる群より選択される少なくとも一方が優先配向している、請求項1~5のいずれか一項に記載の希土類化合物。
【請求項7】
前記aが、6.0~10.0原子%である、請求項1~6のいずれか一項に記載の希土類化合物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の希土類化合物からなる磁石。
【請求項9】
請求項8に記載の磁石を含有する膜。
【請求項10】
前記磁石の結晶方位が、[001]方向に優先配向している、請求項9に記載の膜。
【請求項11】
下地層と、前記下地層に接するように形成された請求項8に記載の磁石を含有する磁石層と、を有し、前記下地層は単結晶構造を有する、積層体。
【請求項12】
前記磁石層の結晶方位が、[001]方向に優先配向している、請求項11に記載の積層体。
【請求項13】
前記下地層が、更に支持体を有する支持体付き下地層である、請求項11又は12に記載の積層体。
【請求項14】
更にキャップ層を備える、請求項11~13のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項15】
請求項8に記載の磁石を有するモーター。
【請求項16】
請求項8に記載の磁石を有する発電機。
【請求項17】
請求項15に記載のモーター、及び、請求項16に記載の発電機のいずれか一方又は両方を有する自動車。
【請求項18】
磁性層に請求項1~7のいずれか一項に記載の希土類化合物を用いた磁気記録媒体。
【請求項19】
前記磁性層の結晶方位が、[001]方向に優先配向している、請求項18に記載の磁気記録媒体。
【請求項20】
支持体又は基板上に請求項1~7のいずれか一項に記載の希土類化合物を含有する磁石層又は磁性層をスパッタリング法によって製造する方法であって、
前記支持体又は基板を250~400℃に加熱して、前記希土類化合物を構成する元素のうちR1、R2、T、及び、M1を含むターゲットをスパッタした後、M2を含むターゲットを単独でスパッタする、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ThMn12型の結晶相(ThMn12型構造)を有する希土類化合物、その製造方法、及び、その用途に関する。
【背景技術】
【0002】
現在世界最強の磁石であるネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)系磁石は、ハイブリット自動車や電気自動車用モーターをはじめ、様々な省エネ電化製品などに幅広く応用されている。しかし、Nd-Fe-B系磁石は耐熱性に問題があり、自動車のモーター用途での使用における200℃の温度環境下では、耐熱性向上のために資源の供給リスクのあるジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)を添加する必要がある。そこで、重希土類フリーもしくは重希土類元素の使用量を削減した新たな磁石材料の開発が望まれている。
【0003】
希土類元素(R)と強磁性遷移金属元素(TM)で構成されたThMn12型構造を有する希土類磁石化合物は、様々なR-TM化合物の中で最も希土類含有量が少なく、新たな高性能磁石化合物の候補として期待されている。長年の間、ThMn12型構造を安定化させるためにはチタン(Ti)などの非磁性元素を置換する必要があり、それが磁化を下げる原因となっていたが、最近、非磁性元素を全く含まないサマリウム鉄コバルト化合物(Sm(Fe0.8Co0.2)12化合物)が薄膜法によって発見され、永久磁石の特性を左右する飽和磁化、異方性磁場、キュリー温度などの固有磁気特性がいずれもNd2Fe14Bを上回ることが見出された(非特許文献1)。
【0004】
Sm(Fe0.8Co0.2)12化合物を磁石として使うには、1Tを超える高い保磁力が必要である。高い保磁力を得るには、Sm(Fe0.8Co0.2)12粒子間の交換結合を切る、又は、異方性の異なる化合物とナノコンポジットにする、という2つの方法が考えられる。例えば、これまでに、Sm(Fe0.8Co0.2)12粒子間の交換結合を切るために低融点共晶合金を用いた粒界拡散法によりマグネシウム-亜鉛(Mg-Zn)を拡散させた高配向Sm(Fe0.8Co0.2)12多結晶薄膜が0.87Tを示すこと(非特許文献2)、及び、軽元素のホウ素(B)を添加することによりSm(Fe0.8Co0.2)12B薄膜において1.2Tという高い保磁力を示すことが報告されている(非特許文献3、特許文献1)。
【0005】
しかしながら、ThMn12型構造を有する希土類化合物の保磁力については更なる改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Y. Hirayama, et al., Scr. Mater. 138 (2017) 62-65.
【非特許文献2】D. Ogawa et al., Scr. Mater. 164 (2019) 140.
【非特許文献3】H. Sepehri-Amin et al., Acta Mater. 194 (2020) 337.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、Sm(Fe0.8Co0.2)12化合物に代表されるThMn12型構造を有する希土類化合物において、より優れた固有磁気特性を有する新規な化合物、その製造方法、及び、その用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0010】
[1] 全体組成が、式1:(R1
(1-x)R2
x)aTbM1
cM2
d(上記式中、R1は、Sm、Pm、Er、Tm、及び、Ybからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、R2は、Zr、Y、La、Ce、Pr、Nd、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、及び、Luからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、Tは、Fe、Co、及び、Niからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M1はホウ素であり、M2はケイ素であり、xは0~0.5の数であり、aは6.0~13.7原子%の数であり、cは0原子%より大きく、12原子%以下の数であり、dは0原子%より大きく、7原子%以下の数であり、bは(100-a-c-d)原子%で表される数である。)で表され、ThMn12型の結晶相と、アモルファスの粒界相を有し、上記結晶相が上記粒界相で覆われた複相構造であり、上記粒界相はホウ素の含有量が多く、かつ、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多い部分を含んでなる希土類化合物。
[2] 上記結晶相中のホウ素の含有量と上記粒界相中のホウ素の含有量の差の絶対値、及び、上記結晶相中のケイ素の含有量と上記粒界相中のケイ素の含有量の差の絶対値が、1.0原子%以上である、[1]に記載の希土類化合物。
[3] 上記R1が、少なくともSmを含む、[1]又は[2]に記載の希土類化合物。
[4] 実質的にTi、V、Mo、Nb、Cr、及び、Wのいずれも含有しない、[1]~[3]のいずれかに記載の希土類化合物。
[5] 上記TがFe、及び、Coである、[1]~[4]のいずれかに記載の希土類化合物。
[6] 所定の方向に沿って、結晶方位、及び、磁化容易軸からなる群より選択される少なくとも一方が優先配向している、[1]~[5]のいずれかに記載の希土類化合物。
[7] 上記aが、6.0~10.0原子%である、[1]~[6]のいずれかに記載の希土類化合物。
[8] [1]~[7]のいずれかに記載の希土類化合物からなる磁石。
[9] [8]に記載の磁石を含有する膜。
[10] 上記磁石の結晶方位が、[001]方向に優先配向している、[9]に記載の膜。
[11] 下地層と、上記下地層に接するように形成された[8]に記載の磁石を含有する磁石層と、を有し、上記下地層は単結晶構造を有する、積層体。
[12] 上記磁石層の結晶方位が、[001]方向に優先配向している、[11]に記載の積層体。
[13] 上記下地層が、更に支持体を有する支持体付き下地層である、[11]又は[12]に記載の積層体。
[14] 更にキャップ層を備える、[11]~[13]のいずれかに記載の積層体。
[15] [8]に記載の磁石を有するモーター。
[16] [8]に記載の磁石を有する発電機。
[17] [15]に記載のモーター、及び、[16]に記載の発電機のいずれか一方又は両方を有する自動車。
[18] 磁性層に[1]~[7]のいずれかに記載の希土類化合物を用いた磁気記録媒体。
[19] 上記磁性層の結晶方位が、[001]方向に優先配向している、[18]に記載の磁気記録媒体。
[20] 支持体又は基板上に[1]~[7]のいずれかに記載の希土類化合物を含有する磁石層又は磁性層をスパッタリング法によって製造する方法であって、
上記支持体又は基板を250~400℃に加熱して、上記希土類化合物を構成する元素のうちR1、R2、T、及び、M1を含むターゲットをスパッタした後、M2を含むターゲットを単独でスパッタする、方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ThMn12型構造を有する希土類化合物において、結晶粒界にホウ素の含有量が多いアモルファス相を有し、当該アモルファス相がホウ素とケイ素の含有量が多い部分を含んでなる複相構造を形成することができる。
このため、本発明によれば、優れた保磁力を有する希土類化合物を提供することができ、この希土類化合物を、磁石化合物として用いることができる。
また、本発明によれば、この希土類化合物を適用した磁石、膜、積層体、モーター、発電機、及び、自動車、並びに、磁気記録媒体を提供できる。
また、本発明によれば、この希土類化合物を含有する磁石層もしくは磁性層をスパッタリング法によって製造する方法も提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係る積層体の模式図である。
【
図2】本発明の実施形態に係るモーターの模式図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る発電機の模式図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る自動車の発電、蓄電、及び、駆動機構を示す概念図である。
【
図5】本発明の実施形態に係る磁気記録媒体の層構造を示す模式図である。
【
図6】例1及び例2~例7の薄膜の、面外(Out-of-Plane)XRDパターンである。
【
図7】例1及び例2~例7の薄膜の、面直(Out-of-Plane(OOP))方向及び面内(In-Plane(IP))方向の磁化曲線である。
【
図8】例4A、例4、及び、例4Bの薄膜の、Out-of-Plane XRDパターンである。
【
図9】例4A、例4、及び、例4Bの薄膜の、Out-of-Plane(OOP)方向及びIn-Plane(IP)方向の磁化曲線である。
【
図10】例8、例4、及び、例9の薄膜の、Out-of-Plane XRDパターンである。
【
図11】例8、例4、及び、例9の薄膜の、Out-of-Plane(OOP)方向及びIn-Plane(IP)方向の磁化曲線である。
【
図12】例1及び例10~例14の薄膜の、Out-of-Plane XRDパターンである。
【
図13】例1及び例10~例14の薄膜の、Out-of-Plane(OOP)方向及びIn-Plane(IP)方向の磁化曲線である。
【
図14】例12及び例4の薄膜の、面内及び断面の透過型電子顕微鏡(BF-TEM)像である;(a)例12、(b)例4。
【
図15】例12及び例4の薄膜の断面の、高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像である;(a)例12、(b)例4。(a)には、結晶相およびアモルファス相のナノビーム電子回折像も示す。
【
図16】例12及び例4の薄膜の、面内及び断面の走査透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析の結果(STEM-EDS像)である;(a)例12、(b)例4。
【
図17】(a)~(d)例4の薄膜の、3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果である。
【
図18】(a)~(c)例12の薄膜の、3DAPによる分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に断らない限り「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含有する範囲を意味する。
【0014】
[希土類化合物]
本発明の実施形態に係る希土類化合物(以下、「本実施形態の希土類化合物」ともいう。)は、全体組成が、式1:(R1
(1-x)R2
x)aTbM1
cM2
dで表され、ThMn12型の結晶相と、アモルファスの粒界相を有し、前記結晶相が前記粒界相で覆われた複相構造であり、前記粒界相はホウ素の含有量が多く、かつ、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多い部分を含んでなる。
ここで、上記式中、R1は、Sm、Pm、Er、Tm、及び、Ybからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、R2は、Zr、Y、La、Ce、Pr、Nd、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、及び、Luからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、Tは、Fe、Co、及び、Niからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M1はホウ素であり、M2はケイ素であり、xは0~0.5の数であり、aは6.0~13.7原子%の数であり、cは0原子%より大きく、12原子%以下の数であり、dは0原子%より大きく、7原子%以下の数であり、bは(100-a-c-d)原子%で表される数である。
【0015】
以下、本実施形態の希土類化合物の構成について詳述する。
【0016】
〔全体組成〕
本実施形態の希土類化合物の全体組成は、(R1
(1-x)R2
x)aTbM1
cM2
dで表される。
本明細書において、「全体組成」は、ICP発光分光分析装置(Inductivity coupled plasma optical emission spectrometer; ICP-OES)により求められ、その測定方法は後述する実施例に記載したとおりである。
また、代替的な測定方法として、後述する実施例に記載するような3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果を用いて、全体組成を見積ることも可能である。
【0017】
本実施形態の希土類化合物の全体組成における、各構成元素(R1、R2、T、M1、及び、M2)の含有量(原子%)は、ICP-OESによる元素分析結果を確定値とするが、代替的な分析法として、後述する実施例に記載するような、走査透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析の結果(STEM-EDS像)、及び/又は、3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果を用いて算出される値を推定値として用いてもよい。
【0018】
・全体組成中のR1
式1中、R1は、Sm(サマリウム)、Pm(プロメチウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、及び、Yb(イッテルビウム)からなる群より選択される少なくとも1種の元素(以下、「特定希土類元素」ともいう。)である。R1の特定希土類元素は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0019】
特定希土類元素は、スティーブンス因子を有する希土類元素である。スティーブンス因子とは、希土類元素の内殻にある4f電子の電化密度(形状)に関する物理量である。これが負であると対称軸に対して縮んだ形、正であると球対称から伸びた形になる。4f電子雲は周りのイオンからの結晶場を受けて、その安定方向が決まるため、電子雲の形状は磁気異方性の向きを決定づける。
本実施形態の希土類化合物は、スティーブンス因子が正である元素を含有するため、優れた磁気特性を有する。
【0020】
なかでも、より優れた本発明の効果を有する希土類化合物が得られる点で、R1としては、スティーブンス因子が正であるSm、Pm、Tm、及び、Ybからなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、Sm、Tm、及び、Ybからなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、Sm、及び、Ybからなる群より選択される少なくとも1種が更に好ましい。
【0021】
なかでも、Smは、スティーブンス因子が正で、基底状態では後述するTで表される原子と強磁性的な結合をすると推測され、R1がSmを含有すると、得られる希土類化合物はより優れた本発明の効果を有する。
従って、本実施形態の希土類化合物は、R1として、少なくともSmを含有することが好ましい。
【0022】
・全体組成中のR2
式1中、R2は、Zr(ジルコニウム)、Y(イットリウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Pr(プラセオジム)、Nd(ネオジム)、Eu(ユウロピウム)、Gd(ガドリニウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)、及び、Lu(ルテチウム)からなる群より選択される少なくとも1種(以下、「特定元素」ともいう。)である。R2の特定元素は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0023】
R2は本実施形態の希土類化合物が有するThMn12型の結晶相の安定化に寄与する成分である。
このうち、Y、及び、Ce(中でも、Ce(IV)が好ましい。)は、それ自体は磁性を有さない元素であるものの、希土類化合物がR2として上記を含有することによって、得られる希土類化合物は優れた安定性を有する。
【0024】
Gd、及び、Zrは、得られる希土類化合物の安定性をより向上させる機能を有し、特に、R1がSmを含有する場合に、その効果がより顕著である。すなわち、本実施形態の希土類化合物が、R1として少なくともSmを含有する場合、本実施形態の希土類化合物は、R2として、Gd、及び、Zrからなる群より選択される少なくとも1種の特定元素を含有することが好ましい。
【0025】
La、Ce、Pr、Nd、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、及び、Luは、スティーブンス因子が負、又は、ゼロであり、本実施形態の希土類化合物が有するThMn12型の結晶相の安定化に寄与する。一方で、R2元素は、R1元素に由来する磁気異方性を弱める作用もまた有するため、結晶相の安定性と、磁気特性の両面から、その含有量を調整することが好ましい。
【0026】
具体的には、本実施形態の希土類化合物におけるR1、及び、R2の含有量の合計に対するR2の原子%(at%)基準の含有量の比(式1中xで表される数)は0.5以下であり、0.4以下が好ましく、0.3以下がより好ましい。
なお、下限としては特に制限されないが、本実施形態の希土類化合物は、R2を含有していなくてもよい。すなわち、本実施形態の希土類化合物においては、0≦x≦0.5であり、0≦x≦0.4が好ましく、0≦x≦0.3がより好ましい。
【0027】
全体組成中におけるR1とR2との原子%基準の合計含有量aは6.0≦a≦13.7である。より優れた本発明の効果を有する希土類化合物が得られる点で、aとしては、6.0≦a≦10であることが好ましい。
【0028】
・全体組成中のT
式1中、Tは、Fe(鉄)、Co(コバルト)、及び、Ni(ニッケル)からなる群より選択される少なくとも1種の元素である。これらは鉄族元素に分類され、常温、及び、常圧において、強磁性を示す点で共通の性質を有する。従って、TとしてのFe、Co、及び、Niは互いに置換可能であり、Tとしては上記鉄族元素を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
全体組成中のTの原子%基準の含有量bとしては、上述したa、及び、後述するc及びdとの関係で、b=(100-a-c-d)を満足すれば特に制限されないが、一般に50~95原子%が好ましく、60~92原子%がより好ましい。
【0030】
Tとしては、より優れた本発明の効果を有する希土類化合物が得られる点で、Fe、及び、Coからなる群より選択される少なくとも1種の元素を含むことが好ましく、Fe、及び、Coを併用することがより好ましい。
TとしてCoを含有する場合、希土類化合物の磁化がより向上し、キュリー温度がより上昇する。言い換えると、本実施形態の希土類化合物では、TとしてのCoの含有量を調整することによって、磁気特性を損なわずにキュリー点を制御することができる。
【0031】
Tは、Fe、及び、Coであることが好ましい。すなわち、本実施形態の希土類化合物の全体組成としては、式2:(R1
(1-x)R2
x)a(FepCo1-p)bM1
cM2
dで表されることが好ましい。このとき、pは、0.5~1.0の数である。
なかでも、より優れた本発明の効果を有する希土類化合物が得られる点で、本実施形態の希土類化合物の全体組成としては、式3:(Sm1-xR2
x)a(FepCo1-p)bM1
cM2
dで表されることがより好ましい。このとき、pは、0.5~1.0の数であり、好ましくは、0.9~1.0の数である。
【0032】
・全体組成中のM1及びM2
式1中、M1はホウ素(ホウ素元素、B)である。全体組成中のホウ素の原子%基準の含有量cとしては、0原子%より大きく、12原子%以下が好ましい。
式1中、M2はケイ素(ケイ素元素、Si)である。全体組成中のケイ素の原子%基準の含有量dとしては、0原子%より大きく、7原子%以下が好ましい。
【0033】
従来、ホウ素のような軽元素を1-12相(ThMn12型の結晶相)に添加すると、磁気異方性が面内に変化し、得られる希土類化合物の保磁力が低下すると考えられてきた。しかし、本発明者らは、上記のような技術常識にとらわれずに、様々な元素の可能性を多面的な視点で検討してきた結果、所定量のホウ素を含有する希土類化合物が、優れた保磁力を有することを見出した(非特許文献3、特許文献1)。
【0034】
更に、本実施形態の希土類化合物は、その構造中に、1-12相のほかにα-Fe(α-(Fe,Co))相等の結晶相を有するにもかかわらず、優れた保磁力を有する。一般に、1-12相を主相とする希土類化合物の構造中に、上記他の結晶相が混在することは、保磁力を低減させたり、減磁曲線の角形性を低下させたりする原因となり得ると考えられてきたが、本発明者らの鋭意の検討によって、本実施形態の希土類化合物については、上記他の結晶相を含有する場合であっても、優れた特性を有することが明らかにされた。
【0035】
結晶相として1-12相のほかにα-Fe(α-(Fe,Co))相等を有する場合でも優れた保磁力が発揮される理由は必ずしも明らかではないが、構造解析の結果から、本発明者らは以下の通り推測している。すなわち、ホウ素を添加することにより、1-12相を主相とする結晶相の粒界に、ホウ素の含有量が多いアモルファス相(B濃化相)が形成され、結晶相がこのアモルファス相で覆われた複相構造となることで、α-Fe(α-(Fe,Co))相等の軟磁性相が形成されても、当該アモルファスの粒界相(B濃化相)に含まれる非磁性のホウ素化合物により磁壁の移動が制限されるため、あるいは、当該アモルファス相と結晶相間の磁壁エネルギー差が急峻なため、保磁力が増加すると考えられる。ここで、上記アモルファス相(B濃化相)は、一定の幅(厚み)を有しており、その範囲は、約1~10nmの範囲内であり得、1~7.5nmの範囲内であることが好ましく、1~6nmの範囲内であることがより好ましく、1~5nmの範囲内であることが更に好ましく、2~4nmの範囲内であることが特に好ましい。
【0036】
更に、本発明者らによる継続的な努力の結果、ホウ素の添加によって形成された、結晶相を覆うように(取り囲むように)存在するアモルファス相(B濃化相)を有する構造に対して更にケイ素を添加することにより、当該B濃化相のみに優先的にケイ素が拡散し、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多い部分を含んでなるアモルファスの粒界相(Si拡散B濃化相)が形成されることがわかった。すなわち、本発明者らは、希土類化合物の微細組織において、1-12相を主相とする結晶相の粒界に、アモルファスのSi拡散B濃化相が存在し、結晶相がこのアモルファスの粒界相で覆われた複相構造を実現することに成功した。そして、所定量のホウ素及びケイ素を含有する式1で表される全体組成を有する希土類化合物であれば、更に優れた保磁力を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0037】
本実施形態の希土類化合物において、上記粒界相(Si拡散B濃化相)は、ホウ素の含有量が多いB濃化相であり、かつ、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多い部分(Si・B濃化部)を含んでなることを特徴としている。すなわち、本実施形態の希土類化合物は、粒界相(アモルファス相)において、ホウ素の含有量が多いB濃化部と、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多いSi・B濃化部を含み得る。言い換えると、本実施形態の希土類化合物では、粒界相の全体がSi・B濃化部であることは必須の要件ではなく、少なくともSi・B濃化部を含んでいればよく、これにより、本実施形態の希土類化合物は優れた保磁力を発揮し得る。
【0038】
本実施形態の希土類化合物では、上記Si拡散B濃化相による保磁力の向上効果をより確実に得る観点から、結晶相(1-12相)中のホウ素の含有量と粒界相(Si拡散B濃化相)中のホウ素の含有量の差の絶対値、及び、上記結晶相中のケイ素の含有量と上記粒界相中のケイ素の含有量の差の絶対値は、いずれも1.0原子%以上であることが好ましい。また、当該ホウ素の含有量の差の絶対値は、全体組成中のホウ素の含有量に応じてより大きい値であってもよく、例えば、1.5原子%以上であってもよく、2.0原子%以上であってもよく、3.0原子%以上であってもよく、4.0原子%以上であってもよく、5.0原子%以上であってもよく、7.5原子%以上であってもよく、10原子%以上であってもよい。同様に、当該ケイ素の含有量の差の絶対値は、全体組成中のケイ素の含有量に応じてより大きい値であってもよく、例えば、1.5原子%以上であってもよく、2.0原子%以上であってもよく、3.0原子%以上であってもよく、4.0原子%以上であってもよく、5.0原子%以上であってもよく、6.0原子%以上であってもよい。
【0039】
より具体的には、結晶相(1-12相)中のホウ素の含有量は0原子%超である。従って、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のホウ素の含有量は、1.0原子%超であることが好ましい。また、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のホウ素の含有量は、1.5原子%以上であってもよく、2.0原子%以上であってもよく、3.0原子%以上であってもよく、4.0原子%以上であってもよく、5.0原子%以上であってもよく、7.5原子%以上であってもよく、10原子%以上であってもよい。
【0040】
結晶相(1-12相)中のホウ素の含有量の上限としては、全体組成中のホウ素の含有量(原子%)を基準として、その半分の値から1.0を除算して得た値未満の値であることが好ましい。例えば、本実施形態の希土類化合物の全体組成中のホウ素の含有量が12原子%である態様では、結晶相(1-12相)中のホウ素の含有量は、5.0原子%未満が好ましく、4.0原子%以下がより好ましく、3.0原子%以下が更に好ましく、2.0原子%以下が特に好ましく、1.0原子%以下が最も好ましく、0.5原子%以下がより最も好ましい。
【0041】
上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のホウ素の含有量は、全体組成中のホウ素の含有量(原子%)を基準として、その半分の値以上の値であることが好ましい。例えば、本実施形態の希土類化合物の全体組成中のホウ素の含有量が12原子%である態様では、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のホウ素の含有量は、6.0原子%以上が好ましく、6.5原子%以上がより好ましく、7.0原子%以上が更に好ましく、8.0原子%以上が特に好ましく、9.0原子%以上が最も好ましく、10原子%以上がより最も好ましく、10.5原子%以上が更に最も好ましい。なお、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のホウ素の含有量の上限としては特に制限されず、全体組成中のホウ素の含有量によって変動し得ることが理解されるべきである。
【0042】
また、本実施形態の希土類化合物では、上記B濃化相のみに優先的にケイ素が拡散することでSi拡散B濃化相が形成されているため、結晶相(1-12相)中のケイ素の含有量が低いことがその特徴の一つであるが、結晶相(1-12相)中のケイ素の含有量は0原子%超であり得る。従って、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のケイ素の含有量は、1.0原子%超であることが好ましい。また、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のケイ素の含有量は、1.5原子%以上であってもよく、2.0原子%以上であってもよく、3.0原子%以上であってもよく、4.0原子%以上であってもよく、5.0原子%以上であってもよく、6.0原子%以上であってもよい。
【0043】
結晶相(1-12相)中のケイ素の含有量の上限としては、全体組成中のケイ素の含有量(原子%)を基準として、その半分の値から1.0を除算して得た値未満の値であることが好ましい。例えば、本実施形態の希土類化合物の全体組成中のケイ素の含有量が7原子%である態様では、結晶相(1-12相)中のケイ素の含有量は、2.5原子%未満が好ましく、2.0原子%以下がより好ましく、1.5原子%以下が更に好ましく、1.0原子%以下が特に好ましく、0.5原子%以下が最も好ましい。
【0044】
上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のケイ素の含有量は、全体組成中のケイ素の含有量(原子%)を基準として、その半分の値以上の値であることが好ましい。例えば、本実施形態の希土類化合物の全体組成中のケイ素の含有量が7原子%である態様では、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のケイ素の含有量は、3.5原子%以上が好ましく、4.0原子%以上がより好ましく、4.5原子%以上が更に好ましく、5.0原子%以上が特に好ましく、5.5原子%以上が最も好ましく、6.0原子%以上がより最も好ましく、6.5原子%以上が更に最も好ましい。なお、上記粒界相(Si拡散B濃化相)中のケイ素の含有量の上限としては特に制限されず、全体組成中のケイ素の含有量によって変動し得ることが理解されるべきである。
【0045】
また、より優れた本発明の効果を有する希土類化合物が得られる点で、本実施形態の希土類化合物は、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Mo(モリブデン)、Nb(ニオブ)、Cr(クロム)、及び、W(タングステン)(以下、「除外元素」ともいう。)のいずれをも実質的に含有しないことが好ましい。上記除外元素を実質的に含有しない希土類化合物は、より優れた最大磁気エネルギー積(BH)max及び保磁力を有する。
【0046】
なお、本明細書において、実質的に含有しないとは、ICP-OESによって主相中に含まれる元素を分析した場合に、除外元素の含有量が、全原子中の0.1原子%以下であることを意味し、0.01原子%以下であることがより好ましく、0.001原子%以下であることが更に好ましい、
なお、上記主相が2種以上の除外元素を含有する場合、上記2種以上の除外元素の合計が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0047】
本実施形態の希土類化合物は、ThMn12型の結晶相を有していれば他の結晶相を有していてもよい。他の結晶相としては特に制限されないが、例えば、全体組成がSm(Fe0.8Co0.2)12B-Siで表される場合、α-Fe、α-(Fe,Co)、Sm(FeCo)7、及び、Sm2(FeCo)17相等が挙げられる。
より優れた本発明の効果が得られやすい点で、本実施形態の希土類化合物は、ThMn12型の結晶相を主相とし、α-Fe、α-(Fe,Co)、Sm(FeCo)7、及び、Sm2(FeCo)17相等を他の結晶相とする構造であることが好ましい。
なお、本明細書において、主相とは、希土類化合物のX線回折測定において、検出されるピーク強度が最も大きい相を意味する。
【0048】
本実施形態の希土類化合物において、結晶方位、及び、磁化容易軸の配向状態としては特に制限されないが、最大エネルギー積(BH)maxがより大きくなりやすい点で、結晶方位、及び、磁化容易軸からなる群より選択される少なくとも一方が、所定の方向に沿って優先配向していることが好ましい。結晶方位、及び、磁化容易軸からなる群より選択される少なくとも一方が所定の方向に沿って優先配向した希土類化合物を、本明細書においては、磁気異方性を有する希土類化合物ともいう。
すなわち、本実施形態の希土類化合物は、磁気異方性を有する希土類化合物であることが好ましい。
【0049】
例えば、ThMn12型の結晶相を有する磁性化合物であるSm(Fe0.8Co0.2)12は、[001]方向が磁化容易軸であり、上記磁化容易軸が所定の方向に優先配向している場合、より優れた最大エネルギー積(BH)maxが得られる。
本実施形態の希土類化合物は、ThMn12型の結晶相を有しており、この結晶方位、及び/又は、磁化容易軸が所定の方向に優先配向していると、より優れた本発明の効果を有する希土類化合物が得られやすい。
【0050】
なお、本明細書において、「優先配向」とは、XRD(X-ray diffraction)の面内測定(In-Plane XRD)、又は、通常の薄膜X線回折(面外(Out-of-Plane)XRD)において、検出されるThMn12型の結晶相以外の相(第2相)のピーク強度に対する、ThMn12型の結晶相の(00L)からの回折線のピーク強度が、1以上であることを意味し、2以上であることが好ましい。
本実施形態の希土類化合物は、ThMn12型の結晶相以外の相(すでに説明したα-Fe相等)を有していてもよく、この場合、α-Fe相に由来するピークは、ThMn12型の結晶相の所定の結晶方位等に由来するピークには含まれない。
【0051】
〔希土類化合物の用途〕
[磁石]
本実施形態の希土類化合物は、優れた保磁力を有するため、高性能永久磁石として、自動車モーター、及び、省エネ電化製品等に好ましく用いることができる。
【0052】
[希土類磁石の製造方法]
本実施形態の希土類化合物からなる磁石(以下、「本実施形態の希土類磁石」ともいう。)の製造方法においては、(1)ホウ素を添加することにより、1-12相を主相とする結晶相の粒界に、ホウ素の含有量が多いアモルファス相(B濃化相)を形成させるステップと、(2)当該B濃化相にケイ素を拡散させ、ホウ素の含有量とケイ素の含有量が多い部分を含んでなるアモルファスの粒界相(Si拡散B濃化相)を形成させるステップと、を含むことが好ましい。また、これらのステップは、同時進行的ではなく、段階的に進行させることが好ましい。これにより、本実施形態の希土類磁石の微細組織をより確実に制御することができ、上記B濃化相が形成された後に、このB濃化相のみに優先的にケイ素が拡散することで、上記Si拡散B濃化相が形成される。そして、このようなSi拡散B濃化相を粒界相として含み、結晶相が当該粒界相で覆われた異方性複相組織を有する本実施形態の希土類磁石は、優れた保磁力を発揮し得る。
【0053】
本実施形態の希土類磁石を形成する方法としては、上述した好ましい条件を満たすことができる限りにおいて、特に制限されず、焼結法、超急冷凝固法、蒸着法、及び、HDDR(Hydrogenation Decomposition Desorption Recombination)法等が適用可能である。なかでも、より簡易に、磁石(層)を形成できる点で、スパッタリング法により支持体上に形成することが好ましい。以下では、スパッタリング法により磁石層を形成する形態について詳述する。
【0054】
支持体としては特に制限されず、公知の支持体を使用可能である。なかでも、より優れた本発明の効果を有する磁石が得られる点で、支持体としては、シリコン、低温焼成セラミックス、Al2O3、LiTaO3、LiNbO、水晶、SiC、GaAs、GaN、及び、ガラス等が挙げられる。
また、上記支持体は別の元素がドープされたもの(例えば、ヒ素、及び/又は、リンがドープされたシリコン)であってもよく、複数の層を有する積層体(例えば、熱酸化膜付きシリコン)であってもよい。
【0055】
スパッタリングを行う際の成膜装置のチャンバ内の圧力としては特に制限されないが、得られる磁石中の意図しない成分の混入をより減少させる観点で、10-6Pa以下が好ましく、10-8Pa以下がより好ましい。
また、支持体上に磁石を積層する前に、支持体表面を清浄化することが好ましい。支持体表面を清浄化する方法としては特に制限されないが、例えば、支持体自体をスパッタリングする方法等が挙げられる。上記によれば支持体上に形成された支持体の酸化被膜、及び、有機物等を除去できる。また、支持体を所定の温度(例えば、600~800℃程度)に加熱し、所定時間(例えば、10~30分間程度)保持して熱処理を施すことにより、支持体表面を清浄化してもよい。
【0056】
スパッタリングの方法としては特に制限されないが、より低圧のAr雰囲気でスパッタリングが可能となるマグネトロン・スパッタリング法が好ましい。ここで、ターゲット材の厚みを調整することで、マグネトロン・スパッタリングの漏れ磁束の低減をより抑制し、スパッタリングをより容易にできる。スパッタリングの電源は、DC、及び、RFどちらでも使用可能であり、ターゲット材に応じて適宜選択できる。
【0057】
磁石の支持体加熱温度、成膜レート、及び、成膜時間としては特に制限されず、必要な磁石の厚みに応じて適宜調整すればよい。成膜レートは、スパッタリングのパワー、及び/又は、時間により調整可能である。
支持体加熱温度は、上述した構造を有する本実施形態の希土類磁石がより効率的に得られる観点で、250~400℃が好ましく、300~375℃がより好ましく、325~375℃が更に好ましい。
【0058】
具体的には、本実施形態の希土類磁石の製造方法は、支持体を250~400℃に加熱して、上述した本発明の実施形態に係る希土類化合物を構成する元素のうちR1、R2、T、及び、M1を含むターゲットをスパッタした後、M2を含むターゲットを単独でスパッタすることが好ましい。なお、以下では、M2を含むターゲットを単独でスパッタする方式を「単独スパッタ方式」ともいう。また、単独スパッタ方式に対比する表現として、M2を含むターゲットを、他の構成元素(R1、R2、T、及び、M1)を含むターゲットと同時にスパッタする方式を「同時スパッタ方式」という。
【0059】
また、本実施形態の希土類磁石の製造方法では、支持体上への磁石層の成膜(磁石の積層)後、支持体加熱温度未満の温度で冷却することが好ましい。これにより、本実施形態の希土類磁石の効果をより確実に得ることができる。なお、上記支持体加熱温度未満の温度で冷却する際の冷却手段及び冷却時間は特に制限されない。例えば、磁石層の成膜後、支持体の加熱及び冷却を行わずに、自然冷却してもよい。上記自然冷却の場合、支持体加熱温度の値や成膜装置のチャンバ内の雰囲気等によって異なるが、例えば、支持体加熱温度が300~350℃の条件では、約20~50分後に支持体の温度は約50~70℃まで低下する。
また、磁石層の成膜後、支持体加熱手段の温度を、支持体加熱温度未満の温度に設定し、所定時間保持することで支持体を冷却してもよい。この場合において、支持体加熱手段の設定温度は上記支持体加熱温度未満の温度であれば任意の温度であってよく、保持時間も任意の時間であってよい。
また、上述した支持体加熱手段による冷却と自然冷却を組み合わせてもよい。
さらに、磁石層の成膜後、窒素ガス等の冷却媒体を用いて支持体を冷却してもよく、これにより、より短い製造時間で本実施形態の希土類磁石を得ることができる。上記冷却媒体を用いる冷却の場合、冷却媒体の種類や支持体加熱温度の値等によって異なるが、例えば窒素ガスを用いた場合、数分~10分程度で支持体の温度は20℃程度まで低下する。
なお、上述した冷却条件について、磁石層の成膜時の支持体加熱温度と冷却終了時の支持体温度との差を冷却時間で除算して得られる平均冷却速度(℃/分)のおおよその目安としては、約3~85℃/分であってよい。
【0060】
また、本実施形態の希土類磁石の製造方法は、上記に加えて、磁石を形成する前に、更に、支持体上に下地層を形成する工程を更に有していてもよい。
【0061】
下地層は、支持体と磁石層との間に形成される層であって、磁石層と直接接するように形成されることが好ましい。
すなわち、磁石層は、支持体上に形成された下地層上に形成されることが好ましい。言い換えれば、磁石層は支持体付き下地層上に形成されることが好ましい。下地層上に磁石前駆体を形成することにより、磁石層の結晶配向を制御できる点で好ましい。
【0062】
下地層の材料としては特に制限されないが、その後に形成される磁石との格子ミスマッチによる格子欠陥を低減し、結晶性を改善できる形態が好ましい。すなわち、下地層の材料は、磁石の格子定数と同程度であるものがより好ましい。
【0063】
下地層の材料成分としては、特に制限されず、その後に形成される磁石に応じて適宜選択すればよいが、例えば、より結晶性が高い、及び/又は、より配向性の高い結晶が得られる点で、MgO、及び、V等を含有することが好ましい。
なお、下地層の材料は、上記の材料成分の1つ以上を含有することが好ましいが、2つ以上を含んでもよい。その場合、固溶体、共晶(共融混合物)、金属間化合物、及び、これらの混合物のいずれであってもよいし、積層体であってもよい。すなわち、下地層は、複数の層の積層体であってもよい。
【0064】
下地層の材料は、単結晶であっても多結晶であってもよいが、より優れた本発明の効果を有する磁石が得られる点で、単結晶であることが好ましい。単結晶である下地層を用いることにより、その後に形成される磁石層が、よりエピタキシャル成長しやすく、結果として、より優れた本発明の効果を有する磁石が得られる。
【0065】
下地層の形成方法としては特に制限されず、公知の方法が適用可能である。なかでも、より簡便に下地層を形成できる点で、すでに説明した磁石(層)の形成方法と同様の方法が好ましい。
【0066】
また、上記以外の工程として、更に、磁石層上にキャップ層を配置する工程を有していてもよい。
キャップ層は磁石層を保護し、及び/又は、磁石層の変性(例えば、酸化)等を防止する目的で形成される層である。
【0067】
キャップ層の材料成分としては特に制限されないが、すでに説明した下地層と同様の材料を用いることができる。また、キャップ層の形成方法としては特に制限されないが、磁石層の形成と同様の方法が適用できる。
【0068】
[膜]
本発明の実施形態に係る膜(以下、「本実施形態の膜」ともいう。)は、上述した本実施形態の希土類磁石を含有する膜である。
本実施形態の膜中における磁石の含有量としては特に制限されないが、一般に、50体積%以上が好ましく、60体積%以上がより好ましく、70体積%以上が更に好ましく、80体積%以上が特に好ましい。
また、膜が磁石を含有する形態としては特に制限されないが、粒子状の磁石と、バインダとを含有する形態、及び、磁石からなる層(磁石層)を有する形態等が挙げられる。
【0069】
本実施形態の膜は、本実施形態の希土類磁石を含有すれば、本発明の効果を奏する限りにおいて他の成分を含有していてもよい。他の成分としては、例えば、バインダ等が挙げられる。
バインダとしては特に制限されず、公知の材料を使用でき、無機材料、有機材料、及び、これらの複合材料が使用できる。公知のバインダとしては例えば、エポキシ樹脂等が挙げられる。
【0070】
また、他の成分としては、式1においてR1、R2、T、M1、及び、M2として説明した各元素を少なくとも1つを含有する化合物が挙げられる。
【0071】
本実施形態の膜中における磁石は、単結晶であってもよいThMn12型の結晶相を有し、典型的には全体としては多結晶相である。このとき、膜における結晶方位、及び、磁化容易軸からなる群より選択される少なくとも一方の配向状態としては特に制限されない。
なかでも、最大エネルギー積(BH)maxがより大きくなりやすい点で、上記磁石の結晶方位が、[001]方向に優先配向していることが好ましい。
すなわち、本実施形態の膜は、結晶方位が[001]方向に優先配向した磁石を含有する膜であることが好ましい。
【0072】
本実施形態の膜の厚みとしては特に制限されないが、より優れた本発明の効果が得られる点で、1nm~10000μmが好ましく、10~1000nmがより好ましく、15~300nmが更に好ましく、20~200nmが特に好ましく、30~180nmが最も好ましく、50~150nmがより最も好ましく、60~120nmが更に最も好ましく、80~120nmが特に最も好ましい。
【0073】
[積層体]
本発明の実施形態に係る積層体(以下、「本実施形態の積層体」ともいう。)は、下地層と、上記下地層に接するように形成された、本実施形態の希土類磁石を含有する磁石層と、を有し、上記下地層は単結晶構造を有し、かつ、上記磁石層の結晶方位が、[001]方向に優先配向している積層体である。
【0074】
本実施形態の積層体について、
図1を参照して説明する。積層体10は、キャップ層11から順に、磁石層12、下地層13、及び、支持体14を有している。
【0075】
磁石層12は、本実施形態の希土類磁石を含有していればその形態としては特に制限されないが、例えば、上述した本実施形態の膜であることが好ましく、その好適形態も同様である。またその他の層の構成も本実施形態の希土類磁石の製造方法において説明したのと同様であり、好適形態も同様である。
【0076】
本実施形態の希土類磁石は、優れた保磁力を有するため、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)分野、エナジーハーベスト(環境発電)等エネルギー分野、及び、医療機器分野等に適用可能である。
【0077】
[モーター]
本発明の実施形態に係るモーター(以下、「本実施形態のモーター」ともいう。)は、上述した本実施形態の希土類磁石を有するモーターである。
図2には、本実施形態のモーターとして、永久磁石モーター20を示した。永久磁石モーター20は、固定子21と、固定子21内に回転可能に配置された回転子24とを有する。回転子24は、芯材22と、芯材22中に配置された複数の磁石23とを有する。
【0078】
図2は永久磁石モーターであるが、本実施形態のモーターとしては上記に制限されず、可変磁束モーター等にも適用可能である。
【0079】
[発電機]
本発明の実施形態に係る発電機(以下、「本実施形態の発電機」ともいう。)は、上述した本実施形態の希土類磁石を有する発電機である。
図3には、本実施形態の発電機を示した。
発電機30は、上記磁石を有する固定子31と、回転可能に設けられた回転子32とを有する。回転子32は、固定子31の内側に配置されており、回転子32は、シャフト34により、タービン33に接続されている。タービン33は、例えば、外部から供給される流体により回転し、上記回転によって発生した起電力が、発電機30の出力として取り出される。なお、発電機30は、他の部材であって公知の物、例えば、相分離母線、主変圧器、及び、帯電除去用のブラシ等を有していてもよい。
また、上記発電機30の回転子32には、タービン33の回転が伝達されているが本実施形態の発電機としては上記に制限されず、自動車の回生エネルギー等を入力することもできる。
【0080】
[自動車]
本発明の実施形態に係る自動車(以下、「本実施形態の自動車」ともいう。)は、上述した本実施形態のモーター、及び/又は、発電機を有する自動車である。
図4は、本実施形態の自動車の発電、蓄電、及び、駆動機構を示す概念図である。自動車40は、車輪41と、モーター42とを有し、これらが車軸45で連結されている。モーター42は、上述した本実施形態の希土類磁石を有するモーターであり、モーター42の出力により車輪41が回転する。
【0081】
モーター42は蓄電池43と電気的に接続されており、モーター42へ蓄電池43から電気エネルギーが入力される。蓄電池43は発電機44と電気的に接続されており、発電機44で発生した電力が蓄電池43へと供給される。なお、発電機44は、上述した本実施形態の希土類磁石を有する発電機である。
発電機44は、図示しないエンジンとシャフトにより接続されており、エンジンから生じた機械的エネルギーにより発電機44の回転子が回転するよう構成されている。
【0082】
自動車40においては、モーター42、及び、発電機44のいずれもが磁石を有しているが、本実施形態の自動車としては上記に制限されず、磁石と発電機のいずれか一方が磁石を有していればよい。
【0083】
[磁気記録媒体]
また、本実施形態の希土類化合物は、優れた保磁力を有するため、キュリー点が低くかつ高い磁気異方性を示す媒体材料として、磁気記録媒体の磁性層に好ましく用いることができる。
【0084】
図5は、本発明の実施形態に係る磁気記録媒体(以下、「本実施形態の磁気記録媒体」ともいう。)の層構造を示す模式図である。
図5において、本実施形態の磁気記録媒体50(垂直磁気記録媒体)は、基板51上に、熱吸収層52、下地層53、及び、磁性層54をこの順に備えている。
【0085】
基板51としては、限定されるものではないが、MgO単結晶基板、又は、ガラス基板が好ましく用いられる。基板用ガラスとしては、アルミノシリケートガラス、アルミノボロシリケートガラス、ソーダタイムガラス等が挙げられるが、なかでもアルミノシリケートガラスが好適である。また、アモルファスガラス、結晶化ガラスを用いることができる。なお、化学強化したガラスを用いると、剛性が高く好ましい。本実施形態において、基板主表面の表面粗さはRmaxで10nm以下、Raで0.3nm以下であることが好ましい。
【0086】
熱アシスト磁気記録装置においては、磁気記録媒体への書き込み時にレーザーによって書き込み領域が一時的に600K以上の高温になるため、本実施形態の磁気記録媒体においては、基板51上に熱吸収層52を設けることが好ましい。熱吸収層52の材料としては、高熱伝導性の材料を用いることができ、具体的には、Ta、Cu(TaとCuの積層膜を含む)、NiTa合金のような金属が挙げられる。熱吸収層52の膜厚は、50~100nm程度の範囲とすることが適当である。熱吸収層52は、スパッタリング法を用いて形成することができる。
【0087】
基板51上、好ましくは熱吸収層52を設けた基板51上には、下地層53(配向制御層)が設けられている。下地層53は、その上に形成される磁性層54(垂直磁気記録層)におけるThMn12型構造の磁化容易軸の垂直配向性(結晶配向を基板面に対して垂直方向に配向させる)、結晶粒径の均一な微細化、及び、結晶相(1-12相)がアモルファス粒界相に囲まれたグラニュラー構造を形成するための粒界偏析、等を好適に制御するために用いられる。
【0088】
また、本実施形態の磁気記録媒体においては、下地層53は、上層の磁性層54の格子ミスマッチによる格子欠陥を低減し、結晶性を改善できる形態が好ましい。すなわち、下地層53の材料は、磁性層54の格子定数と同程度であるものがより好ましく、磁性層54中のThMn12型構造の希土類化合物との格子定数ミスマッチが10%以内であるものが特に好適である。下地層53が、磁性層54中の希土類化合物との格子不整合が上記範囲内であることにより、下地層53による希土類化合物を主成分とする材料からなる磁性層54の結晶配向性の乱れを抑制し、微細構造を改善する効果が良好に発揮される。
【0089】
下地層53の材料は、単結晶であっても多結晶であってもよいが、より優れた本発明の効果を有する磁気記録媒体が得られる点で、単結晶であることが好ましい。単結晶である下地層53を用いることにより、その上に形成される磁性層54が、よりエピタキシャル成長しやすく、結果として、より優れた本発明の効果を有する磁気記録媒体が得られる。
【0090】
具体的には、本実施形態の磁気記録媒体においては、下地層53として、MgO/X、又は、Mg-Ti-O/Xの2層構造を有する膜が好ましく用いられる。ここで、上記Xは、Pt、TiN、Ag、Au、Cr、Mo、V、Ti、Ta、Nb、及び、Wからなる群より選択される少なくとも1種の金属又は化合物である。
【0091】
また、本実施形態においては、下地層53として、CrRu、Pt、Cr、Vを用いてもよく、この場合、下地層53は単層でもよく、複数層からなっていてもよい。複数層の場合、同じ材料の組み合わせはもちろん、異種材料を組み合わせることもできる。その場合、固溶体、共晶(共融混合物)、金属間化合物、及び、これらの混合物のいずれであってもよい。
【0092】
また、下地層53の膜厚は、特に制限されないが、磁性層54の構造制御を行うのに必要最小限の膜厚とすることが望ましく、例えば全体で5~30nm程度の範囲とすることが適当である。下地層53はスパッタリング法を用いて形成することができる。
【0093】
磁性層54は、上述した本発明の実施形態に係る希土類化合物を主成分とする材料からなる。磁性層54は、上記希土類化合物を含有していればよく、その好適形態は上述した通りである。また、本実施形態の磁気記録媒体においては、磁性層54の結晶方位が、[001]方向に優先配向していることが好ましい。
【0094】
本実施形態の磁気記録媒体において、磁性層54はスパッタリング法を用いて形成することができる。以下、スパッタリング法により磁性層54を形成する形態について詳述する。
【0095】
スパッタリングを行う際の成膜装置のチャンバ内の圧力としては特に制限されないが、得られる磁性層54中の意図しない成分の混入をより減少させる観点で、10-6Pa以下が好ましく、10-8Pa以下がより好ましい。
【0096】
また、スパッタリング法により基板51上に熱吸収層52、下地層53、及び、磁性層54を積層する場合、予め基板51の表面を清浄化することが好ましい。基板51の表面を清浄化する方法としては特に制限されないが、例えば、基板51自体をスパッタリングする方法等が挙げられる。上記によれば基板51上に形成された酸化被膜、及び、有機物等を除去できる。また、基板51を所定の温度(例えば、600~800℃程度)に加熱し、所定時間(例えば、10~30分間程度)保持して熱処理を施すことにより、基板51表面を清浄化してもよい。
【0097】
スパッタリングの方法としては特に制限されないが、より低圧のAr雰囲気でスパッタリングが可能となるマグネトロン・スパッタリング法が好ましい。ここで、ターゲット材の厚みを調整することで、マグネトロン・スパッタリングの漏れ磁束の低減をより抑制し、スパッタリングをより容易にできる。スパッタリングの電源は、DC、及び、RFどちらでも使用可能であり、ターゲット材に応じて適宜選択できる。
【0098】
磁性層54を形成する際の基板加熱温度(基板51の加熱温度)、成膜レート、及び、成膜時間としては特に制限されず、必要な磁性層54の厚みに応じて適宜調整すればよい。成膜レートは、スパッタリングのパワー、及び/又は、時間により調整可能である。
基板加熱温度は、上述した構造を有する本実施形態の磁気記録媒体がより効率的に得られる観点で、250~400℃が好ましく、300~375℃がより好ましく、325~375℃が更に好ましい。
【0099】
具体的には、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法は、基板51を250~400℃に加熱して、上述した本発明の実施形態に係る希土類化合物を構成する元素のうちR1、R2、T、及び、M1を含むターゲットをスパッタした後、M2を含むターゲットを単独でスパッタすることが好ましい。すなわち、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法の好ましい態様では、M2を含むターゲットを単独でスパッタする、単独スパッタ方式を採用する。
【0100】
また、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法では、磁性層54の成膜(磁性層54の積層)後、基板加熱温度未満の温度で冷却することが好ましい。これにより、本実施形態の磁気記録媒体の効果をより確実に得ることができる。なお、上記基板加熱温度未満の温度で冷却する際の冷却手段及び冷却時間は特に制限されない。例えば、磁性層54の成膜後、基板51の加熱及び冷却を行わずに、自然冷却してもよい。上記自然冷却の場合、基板加熱温度の値や成膜装置のチャンバ内の雰囲気等によって異なるが、例えば、基板加熱温度が300~350℃の条件では、約20~50分後に基板51の温度は約50~70℃まで低下する。
また、磁性層54の成膜後、基板加熱手段の温度を、基板加熱温度未満の温度に設定し、所定時間保持することで基板51を冷却してもよい。この場合において、基板加熱手段の設定温度は上記基板加熱温度未満の温度であれば任意の温度であってよく、保持時間も任意の時間であってよい。
また、上述した基板加熱手段による冷却と自然冷却を組み合わせてもよい。
さらに、磁性層54の成膜後、窒素ガス等の冷却媒体を用いて基板51を冷却してもよく、これにより、より短い製造時間で本実施形態の磁気記録媒体を得ることができる。上記冷却媒体を用いる冷却の場合、冷却媒体の種類や基板加熱温度の値等によって異なるが、例えば窒素ガスを用いた場合、数分~10分程度で基板51の温度は20℃程度まで低下する。
なお、上述した冷却条件について、磁性層54の成膜時の基板加熱温度と冷却終了時の基板温度(基板51の温度)との差を冷却時間で除算して得られる平均冷却速度(℃/分)のおおよその目安としては、約3~85℃/分であってよい。
【0101】
また、磁性層54(垂直磁気記録層)の上には、保護層(図示せず)を設けることが好ましい。保護層を設けることにより、磁気記録媒体上を浮上飛行する磁気ヘッドから磁気記録媒体表面を保護することができる。保護層の材料としては、たとえば炭素系保護層が好適である。また、保護層の膜厚は3~7nm程度が好適である。保護層は、例えばプラズマCVD法やスパッタリング法で形成することができる。
【0102】
また、上記保護層の上には、更に潤滑層(図示せず)を設けることが好ましい。潤滑層を設けることにより、磁気ヘッドと磁気記録媒体間の磨耗を抑止でき、磁気記録媒体の耐久性を向上させることができる。潤滑層の材料としては、たとえばパーフロロポリエーテル(PFPE)系化合物が好ましく用いられる。潤滑層は、例えばディップコート法で形成することができる。潤滑層の膜厚は0~10nm程度が好適である。
【0103】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。
以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す実施例により限定的に解釈されるべきものではない。
【実施例0104】
〔全体組成がSm(Fe0.8Co0.2)12B-Siで表される希土類化合物を含有するエピタキシャル薄膜の作製〕
(例1~例9)
薄膜の作製には、DCマグネトロンスパッタ法を用いた。
0.167Pa(1.30mTorr)のAr雰囲気下、超高真空(UHV)対応のDCマグネトロンスパッタ装置のチャンバ内の圧力を10-8Pa以下とし、MgO(100)単結晶基板を700℃で20分間熱処理し、表面を清浄化した。
その後、325~375℃の基板温度にて、このMgO(100)単結晶基板上に、下地層として、Sm(Fe0.8Co0.2)12と格子ミスマッチの小さいV(厚み=20nm)を配置した(以下、上記下地層を配置したMgO(100)単結晶基板を単に「基板」ともいう。)。
続いて、上記と同じ325~375℃の基板温度にて、Sm、Fe、Fe50Co50、Fe80B20ターゲットを同時にスパッタすることにより、Sm(Fe0.8Co0.2)12B層(厚み=100nm)を成膜した。
次いで、上記と同じ325~375℃の基板温度にて、Siターゲットを単独でスパッタすることにより、このSm(Fe0.8Co0.2)12B層上に、Si層(厚み=5.0~15.0nm相当)を成膜した。
更に、酸化防止のためキャップ層としてV(厚み=10nm)を堆積した。
【0105】
(例10~例14)
上述したのと同様の手順でMgO(100)単結晶基板上に下地層としてV(厚み=20nm)を配置した基板を用いて、350℃の基板温度にて、Sm、Fe、Fe50Co50、Fe80B20、及び、Siターゲットを同時にスパッタすることにより、Sm(Fe0.8Co0.2)12B-Si層(厚み=100nm)を成膜した。
更に、酸化防止のためキャップ層としてV(厚み=10nm)を堆積した。
【0106】
なお、予めDCマグネトロンスパッタ装置の設定条件と成膜レートとの関係を、段差計を用いて測定し、この結果を用いて、例10~例14の試料膜におけるケイ素の添加量を成膜レートから見積もった。
すなわち、同じ厚みの膜であっても、成膜レートを制御することでケイ素の添加量を制御でき、成膜レートを一定とすれば、一定のケイ素含有量を有し膜の厚みの異なる試料を成膜することもできる。
【0107】
以下の表1には、本実施例で作製した試料とSiの添加条件(スパッタ方式、基板温度(℃)、添加量)をまとめて示した。
なお、表1中、例1は、Si層の成膜を行わなかった(Siの添加量がゼロである)試料である。
【0108】
【0109】
なお、上記のようにして作製される試料膜のICP-OES分析は、以下の手順によって実施することができる。
まず、試料を石英ビーカーに採取し、硝酸と水との1:1(体積)溶液の5ml、塩酸と水との1:1(体積)溶液の10ml、及び、硫酸と水との1:1(体積)溶液の3mlを加え、120℃で30分間加熱して溶解させ、放冷後100mlに定容する。この溶液中の各元素の含有量をICP-OESにより測定する。
【0110】
〔エピタキシャル薄膜の構造及び磁気特性の分析〕
図6には、例1のSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B膜、及び、単独スパッタ方式でSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B層にSiを添加して作製した例2~例7のSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si膜の、面外(Out-of-Plane)XRDパターンを示した。
図6のOut-of-Plane XRDの結果より、いずれの膜においても、(002)及び(004)に由来する回折パターン(図中、下向き白三角印で示す。)が観測され、ThMn
12型の結晶相(1-12相)の(001)面が強く配向していること、すなわち、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12B層、及び、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si層の結晶方位が[001]方向に優先配向していることがわかった。
【0111】
また、例2~例7の膜では、Siの添加量(Si層の成膜時の厚み相当量)が増加すると、(002)及び(004)に由来する回折パターンが高角側へシフトする傾向が見られた。
【0112】
加えて、例1及び例2~例7の膜では、1-12相以外の結晶相として、α-Fe相、1-7相(Sm(FeCo)7)、又は2-17相(Sm2(FeCo)17)に起因するピーク(図中、下向き黒三角印で示す。)が、2θ=65°付近に観測された。
【0113】
図7には、例1及び例2~例7の薄膜の磁化曲線を示した。
図7中、実線は、膜面直(Out-of-Plane(OOP))方向の磁化曲線であり、破線は、膜面内(In-Plane(IP))方向の磁化曲線である。磁気特性の測定には、超伝導量子干渉磁束計(SQUID)を用い、室温下で±7T(70kOe)の範囲で磁場を印加した。後述する
図9、
図11、及び、
図13についても同様である。
【0114】
図7によれば、いずれの膜においても強い垂直異方性を示しており、Siを含有しない例1の膜では、面直方向の保磁力(H
c)は1.11Tを示した。
【0115】
また、例2~例7の膜では、いずれも例1の膜に比べて面直方向の保磁力が有意に高く、Siの添加量(Si層の成膜時の厚み相当量)の増加とともに保磁力は増加し、8.0nm相当量(例4の膜)で1.32Tの保磁力を示した。この値は、後述する例4A及び例4Bの膜を含め、本実施例で作製したSm(Fe0.8Co0.2)12B-Si膜の中では最大の値であった。また、例4の膜では、1.50Tの磁化(Ms)を示した。なお、Siの添加量が8.0nm相当量を超えると、面直方向の保磁力は若干減少するが、Siを含有しない例1の膜よりも高い値を示している。
【0116】
ここで、例4の膜では、Sm(Fe0.8Co0.2)12B層の成膜時の成膜レートから、試料膜中のSmの含有量は11.3at%と見積もられた。
そこで、Siの添加量を例4の条件と同じ8.0nm相当量とし、Sm(Fe0.8Co0.2)12B層の成膜時の成膜レートを制御することでSmの含有量を10.1at%、12.5at%(いずれも見積値)に変化させた2種類の試料(以下、例4A、例4Bとも称する。)を作製し、各試料膜の構造及び磁気特性を分析した。
【0117】
図8には、例4A、例4、及び、例4BのSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si膜の、面外(Out-of-Plane)XRDパターンを示した。
図8のOut-of-Plane XRDの結果より、いずれの膜においても、(002)及び(004)に由来する回折パターン(図中、下向き白三角印で示す。)が観測され、ThMn
12型の結晶相(1-12相)の(001)面が強く配向していること、すなわち、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si層の結晶方位が[001]方向に優先配向していることがわかった。
また、1-12相以外の結晶相として、α-Fe相、1-7相(Sm(FeCo)
7)、又は2-17相(Sm
2(FeCo)
17)に起因するピーク(図中、下向き黒三角印で示す。)が、2θ=65°付近に観測された。
【0118】
図9には、例4A、例4、及び、例4Bの薄膜の磁化曲線を示した。
図9によれば、いずれの膜においても強い垂直異方性を示しており、Smの含有量が異なる例4A、例4、及び、例4Bの膜の中では、Smの含有量が11.3at%である例4の膜が、最も高い1.32Tの保磁力を示した。
【0119】
図10には、Si層の成膜時の基板温度条件が異なる例8、例4、及び、例9のSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si膜の、面外(Out-of-Plane)XRDパターンを示した。
図10のOut-of-Plane XRDの結果より、いずれの膜においても、(002)及び(004)に由来する回折パターン(図中、下向き白三角印で示す。)が観測され、ThMn
12型の結晶相(1-12相)の(001)面が強く配向していること、すなわち、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si層の結晶方位が[001]方向に優先配向していることがわかった。
また、1-12相以外の結晶相として、α-Fe相、1-7相(Sm(FeCo)
7)、又は2-17相(Sm
2(FeCo)
17)に起因するピーク(図中、下向き黒三角印で示す。)が、2θ=65°付近に観測された。
【0120】
図11には、例8、例4、及び、例9の薄膜の磁化曲線を示した。
図11によれば、いずれの膜においても強い垂直異方性を示しており、Si層の成膜時の基板温度を325℃~375℃に変化させて作製した例8、例4、及び、例9の膜の中では、基板温度が350℃の条件でSi層を成膜して得られた例4の膜が、最も高い1.32Tの保磁力を示した。
【0121】
図12には、例1のSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B膜、及び、同時スパッタ方式でSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si層を成膜して得られた例10~例14のSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si膜の、面外(Out-of-Plane)XRDパターンを示した。
図12のOut-of-Plane XRDの結果より、例10~例14の膜においても、(002)及び(004)に由来する回折パターン(図中、下向き白三角印で示す。)が観測され、ThMn
12型の結晶相(1-12相)の(001)面が強く配向していること、すなわち、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si層の結晶方位が[001]方向に優先配向していることがわかった。
また、1-12相以外の結晶相として、α-Fe相、1-7相(Sm(FeCo)
7)、又は2-17相(Sm
2(FeCo)
17)に起因するピーク(図中、下向き黒三角印で示す。)が、2θ=65°付近に観測された。
【0122】
図13には、例1及び例10~例14の薄膜の磁化曲線を示した。
図13によれば、例10~例14の膜では、Siを含有しない例1の膜で見られた垂直異方性が失われており、いずれのSiの添加量の場合でも、例1の膜と比べて面直方向の保磁力が大きく低減した。
【0123】
以上の分析結果から、本実施例で用いたDCマグネトロンスパッタ法による薄膜の作製法では、単独スパッタ方式でSm(Fe0.8Co0.2)12B層にSiを添加して作製したSm(Fe0.8Co0.2)12B-Si膜において、Siを含有しないSm(Fe0.8Co0.2)12B膜よりも優れた固有磁気特性を示すことがわかった。
なかでも、Si層の成膜時の基板温度が350℃であり、Siの添加量が8.0nm相当量である場合に、最大の1.32Tの保磁力(Hc)、及び、1.50Tの磁化(Ms)が得られた。
【0124】
ここで、例4及び例12の膜について、3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果(後述する
図17(a)~(d)及び
図18(a)~(c)参照)を用いて見積もられた全体組成は、それぞれ以下の通りであった:
例4の膜:Sm
6.8Fe
68.7Co
17.4B
6.8Si
0.3(at%)
例12の膜:Sm
7.0Fe
69.1Co
18.9B
3.3Si
1.7(at%)
【0125】
Siの含有量に着目すると、興味深いことに、例4の膜は、その全体組成において、例12の膜よりもSiの含有量が低い一方で、上述したような優れた保磁力が得られている。このことは、単に膜の全体組成におけるSiの含有量が多いことが保磁力の向上に寄与する訳ではないこと、言い換えると、全体組成におけるSiの含有量が比較的少ない場合であっても、微細組織を適切に制御することで、Siの添加による保磁力の向上効果が得られることを示唆している。
【0126】
〔エピタキシャル薄膜の微細組織の分析〕
図14(a)及び(b)には、それぞれ、例12及び例4の薄膜の、面内及び断面の透過型電子顕微鏡(BF-TEM)像を示した。
図14(a)及び(b)中、上側が面内像であり、下側が断面像である。また、各図中のスケールバーは、100nmである。
【0127】
図14(a)(例12の膜)では、コントラストの薄い部分がアモルファスになっていることがわかる。
これに対して、
図14(b)(例4の膜)では、柱状のSmFe
12系結晶粒(1-12粒子)が確認され、この柱状粒の平均粒径は、約50nmであった。また、この柱状粒を主相として、主相間に一定の幅(約1nm以上)を有するアモルファスの粒界相が存在するグラニュラー構造であることがわかる。
【0128】
図15(a)及び(b)には、それぞれ、例12及び例4の薄膜の断面の、高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像を示した。各図中のスケールバーは、5nmである。また、
図15(a)中、左下及び右下に示す画像は、それぞれ、HAADF-STEM像においてコントラストの濃い部分及び薄い部分の、ナノビーム電子回折パターンである。
【0129】
図15(a)によれば、例12の膜では、コントラストの濃い部分(
図14(a)のBF-TEM像においてコントラストの濃い部分に対応する部分)はSm(Fe,Co)
12結晶粒であり、ナノビーム電子回折パターン(左下)、及び、原子分解能STEM-EDSマッピングの結果を投影することにより、この1-12粒子はThMn
12型構造を有することがわかった。一方、コントラストの薄い部分(
図14(a)のBF-TEM像においてコントラストの薄い部分に対応する部分)は、ナノビーム電子回折パターン(右下)がハローパターンを示していることから、アモルファスであることが確認された。
【0130】
これに対して、
図15(b)によれば、例4の膜では、2つのSm(Fe,Co)
12結晶粒の間に約3nmの厚みを有するアモルファスの粒界相が確認された。
なお、
図15(b)には示していないが、ナノビーム電子回折パターンから、上記粒界相によって隔てられている2つのSm(Fe,Co)
12結晶粒はいずれもThMn
12型構造を有し、ミスアラインメントは2°程度と小さく、両者の近接するSm(Fe
0.8Co
0.2)
12結晶粒の[001]方向(c軸)が上向き(
図15(b)の紙面上方向)に配向していることが確認された。
【0131】
図16(a)及び(b)には、それぞれ、例12及び例4の薄膜の、面内及び断面の走査透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析の結果(STEM-EDS像)を示した。
【0132】
図16(a)によれば、例12の膜では、Siの含有量が多い領域が存在していることがわかる。
【0133】
これに対して、
図16(b)によれば、例4の膜では、上側に示す面内のSTEM-EDS像から、
図14(b)のBF-TEM像を参照して説明したアモルファスの粒界相において、Fe及びSiの含有量が多いことがわかる。なお、エネルギー分散型X線分析装置の検出限界により、STEM-EDS像からはBの分布に関する情報は得られていないが、後述する3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果から、当該粒界相においては、Bの含有量も多いことが確認されている。
また、
図16(b)の下側に示す断面のSTEM-EDS像からは、Siが、膜の上部の粒界部分に偏って分布(偏在)していることがわかる。
【0134】
このことは、単独スパッタ方式でSm(Fe0.8Co0.2)12B層にSiを添加して作製したSm(Fe0.8Co0.2)12B-Si膜においては、Sm(Fe0.8Co0.2)12B層上にSi層を成膜する過程で、Sm(Fe0.8Co0.2)12B層とSi層の界面から、Sm(Fe0.8Co0.2)12B層(の表面)に存在するアモルファスの粒界相のみに優先的にSiが浸透(拡散)することを示唆している。このようなSiの拡散現象は、Feを多く含む1-12相に対するSiの拡散係数よりも、Fe及びBを多く含むアモルファス相に対するSiの拡散係数が大きいことからも首尾よく説明することができる。
【0135】
さらに、
図16(b)の下側に示す断面のSTEM-EDS像では、例4において添加した8.0nm相当量のSiの一部は、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12B層のアモルファス相に拡散せずに膜の上部に堆積している様子が見られることから、Si層の成膜レートや成膜時の基板温度などの条件を適切に調整することにより、膜の上部から下部の粒界部分全体に渡ってSiを浸透させることも可能であると考えられる。そして、そのようにして得られるSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si膜では、より高い面直方向の保磁力(具体的には、例4の膜が示した1.32Tを上回る保磁力)を示すことが期待される。
【0136】
なお、
図16(b)の下側に示す断面のSTEM-EDS像において、Siの偏在が見られた部分の厚みは約20nmであり、アモルファス相に拡散せずに膜の上部にSiが堆積している部分の厚みは約6.25nmであった。このことから、上述した単独スパッタ方式で得られたSm(Fe
0.8Co
0.2)
12B-Si膜において、Siの偏在が見られた部分(Si・B濃化部)には、Si層の成膜時に添加した8.0nm相当量のSiのうち、(8.0-6.25)=1.75nm相当量のSiが含有されていると見積もられる。そして、Si以外の構成元素(Sm、Fe、Co、及び、B)は、このSi含有量を除いた、(20-1.75)=18.25nmの厚みに相当する含有量で存在していると考えることができる。これに、結晶構造を考慮することで見積もられる粒界相中のSiの含有量は、約6.2原子%であった。
【0137】
図17(a)~(d)には、例4の膜の、3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果を示した。
図17(a)に示す3DAPマップは、薄膜の面に対して平行にプローブを走査して得た、面内の原子マップであり、
図17(a)の紙面貫通方向が、薄膜の面直方向である。
図17(b)に示す3DAPマップは、薄膜の面に対して垂直にプローブを走査して得た、断面の原子マップであり、
図17(b)の紙面上下方向が、薄膜の面直方向である。
図17(c)及び(d)は、それぞれ、
図17(b)中の2つの直方体(i及びii)で示した領域の組成プロファイルである。
【0138】
なお、アトムプローブは、レーザーアシスト局所電極型アトムプローブ(LEAP5000XS)を用いて行った。試料のベース温度は30Kであり、アトムプローブ試料は集束イオンビーム(FEI Helios g4-UX)のデュアルビームを用いて、リフトアウト法で作成した。後述する
図18(a)~(c)についても同様である。
【0139】
図17(a)~(d)によれば、例4の膜では、Siが拡散していない(存在していない)部分の粒界相においては、Bの含有量が多く、Coの含有量が少ないこと、すなわち、当該部分はB濃化部であることがわかる(特に、
図17(c))。
一方、Siが拡散した部分の粒界相においては、Feの含有量が少なく、Si及びBの含有量が多いこと、すなわち、当該部分はSi・B濃化部であることがわかる(特に、
図17(d))。
なお、
図17(d)に示す組成プロファイルに基づいて計算された、
図17(b)の直方体iiの領域における粒界相(Si・B濃化部)中のSiの含有量は、約3~4原子%であった。
【0140】
このように、例4のSm(Fe0.8Co0.2)12B-Si膜では、Siが添加される前(Si層の成膜前)のSm(Fe0.8Co0.2)12B層において、1-12相を主相とする結晶相の粒界にホウ素の含有量が多いアモルファス相(B濃化相)が形成されており、当該アモルファスの粒界相(B濃化相)に含まれる非磁性のホウ素化合物により磁壁の移動が制限される、あるいは、当該アモルファス相と結晶相の磁壁エネルギー差が急峻であることに加えて、さらにSiが拡散(存在)することでSi・B濃化部が形成されることによって非磁性化が進み、磁壁のピニング効果が強まることで、保磁力が増加したと考えられる。
【0141】
図18(a)~(c)には、例12の膜の、3次元アトムプローブ(3DAP)による分析結果を示した。
図18(a)に示す3DAPマップは、薄膜の面に対して垂直にプローブを走査して得た、断面の原子マップであり、
図18(a)の紙面上下方向が、薄膜の面直方向である。
図18(b)及び(c)は、それぞれ、
図18(a)中の2つの直方体(i及びii)で示した領域の組成プロファイルである。
【0142】
図18(a)~(c)によれば、例12の膜では、アモルファスの部分においては、Bの含有量が多く、Coの含有量が少ないが、1-12粒子で構成される結晶相は、Bを含まないことがわかる。
本発明の希土類化合物は、優れた保磁力を有するため、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)分野、エナジーハーベスト(環境発電)等エネルギー分野、及び、医療機器分野等に適用可能である。
特に、自動車、及び、電車等の輸送用機械に用いられるモーター、及び、発電機として好ましく用いることができる。
また、本発明の希土類化合物は、優れた保磁力を有するため、特にHDD等の磁気ディスク装置に搭載される垂直磁気記録ディスク用の垂直磁気記録媒体に用いられる媒体材料として好適である。また、現状の垂直磁気記録媒体の情報記録密度をさらに上回る超高記録密度を実現するための媒体として有望視されているディスクリートトラックメディア(DTM)やビットパターンドメディア(BPM)向けの媒体材料として、あるいは垂直磁気記録方式による情報記録密度をさらに上回る超高記録密度を達成できる熱アシスト磁気記録(HAMR)向けの媒体材料として特に好適に用いられる。