(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023035312
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】洪水吐き装置
(51)【国際特許分類】
E02B 8/06 20060101AFI20230306BHJP
【FI】
E02B8/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021142080
(22)【出願日】2021-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】594135151
【氏名又は名称】一般財団法人ダム技術センター
(71)【出願人】
【識別番号】594162308
【氏名又は名称】西日本技術開発株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067356
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 容一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100160004
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 憲雅
(74)【代理人】
【識別番号】100120558
【弁理士】
【氏名又は名称】住吉 勝彦
(74)【代理人】
【識別番号】100148909
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧澤 匡則
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 秀明
(72)【発明者】
【氏名】能塚 孝
(57)【要約】
【課題】大洪水時において大幅に放流能力を増大し、安定した放流を可能とする非常用洪水吐き装置を提供する。
【解決手段】ダム湖の余水を大量かつ安定的に増大放流する洪水吐き装置(20)であって、前記余水を流入させる流入部(21)と、この流入部(21)に隣接して設けられ前記余水を放流する放流管部(30)とを備え、前記放流管部(30)は、入口又は途中に、サイホン作用を発揮するサイホン部(33)を備え、前記サイホン部(33)の上部に大気に繋がる開口(35)を備え、この開口(35)に越流開始から一定の水位上昇までは開かれており、越流が前記一定の水位に達したら閉じられる蓋(36)を備えている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダム湖の余水を大量かつ安定的に増大放流する洪水吐き装置であって、
前記余水を流入させる流入部と、この流入部に隣接して設けられ前記余水を放流する放流管部とを備え、
前記放流管部は、入口又は途中に、サイホン作用を発揮するサイホン部を備え、
前記サイホン部の上部に大気に繋がる開口を備え、この開口に越流開始から一定の水位上昇までは開かれており、越流が前記一定の水位に達したら閉じられる蓋を備えていることを特徴とする洪水吐き装置。
【請求項2】
請求項1記載の洪水吐き装置であって、
前記流入部は、上面が開放された枡形状を呈し、
前記流入部は、前記放流管部の呑口を有する放流管接続壁を備え、
この放流管接続壁は、流入部上流側に延ばされ前記余水を安定して呑み込むための整流板を備えていることを特徴とする洪水吐き装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の洪水吐き装置であって、
前記放流管部は、吐口が絞られている若しくは途中が絞られている、又は吐口が上向きとされていることを特徴とする洪水吐き装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダムの設計洪水位等の高い貯水位において放流量を増大させる非常用洪水吐き装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ダムには、洪水吐き装置が設置される(例えば、特許文献1(
図4)参照)。サイホン式の洪水吐き装置は、福地ダムにも設置されている。
従来のサイホン式の洪水吐き装置の原理を、福地ダムの大洪水に対する非常用洪水吐きとしての事例を用いて、
図13に基づいて説明する。
【0003】
図13に示すように、越流頂101より、下位位置に、常時満水位102が設定されている。貯水がさらに増え、水位が越流頂101を超えると、図面左から右へ流れる自然越流が始まる。さらに水位が上昇すると、自然越流による放流量が増大する。
【0004】
サイホン部103の呑口104より若干高い水位が、水位A105である。
貯水位が水位A105に達すると、サイホンの形成が始まる。
貯水位が水位A105より上の水位B106に達する頃に、サイホンの形成が完了する。
【0005】
以上の放流量の変化を、グラフで整理する。
図14は横軸が流速で縦軸が水位であるグラフであり、点P1で自然越流が始まる。水位の上昇に伴って流速が大きくなる。
点P2でサイホンの形成が始まり、点P3でサイホンが完成する。
【0006】
点P1と点P2の間が、自然越流域となる。自然越流域では流れが安定しており、放流量は正確に計算できる。
点P3以降が、管路流域となる。管路流域も流れが安定しており、放流量は正確に計算できる。
【0007】
点P2と点P3の間は、自然越流域から管路流域へ変わる途中の遷移流域になる。遷移流域では、流れが不安定になり、放流量が定まらない状態となる。
【0008】
そして、
図13において、水位A105から水位B106まで水位が変化するまでの時間は洪水によって大きく異なる。
そのため、
図14では点P2から点P3までの放流制御の困難な時間が長くなる可能性がある。放流量が安定しないことは守るべき下流に対して洪水調節機構を果たせないことになり、このことがサイホン式洪水吐き装置を洪水調節施設に使う上での妨げとなっている。
【0009】
近年の洪水多発の中でサイホン式洪水吐き装置による大洪水時の放流能力の大幅増大機能は重要であることから、遷移流域を大幅に短くし安定した洪水放流を可能とするサイホン式洪水吐き装置が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、大洪水時において大幅に放流能力を増大し、安定した放流を可能とする非常用洪水吐き装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に係る発明は、ダム湖の余水を大量かつ安定的に増大放流する洪水吐き装置であって、
前記余水を流入させる流入部と、この流入部に隣接して設けられ前記余水を放流する放流管部とを備え、
前記放流管部は、入口又は途中に、サイホン作用を発揮するサイホン部を備え、
前記サイホン部の上部に大気に繋がる開口を備え、この開口に越流開始から一定の水位上昇までは開かれており、越流が前記一定の水位に達したら閉じられる蓋を備えていることを特徴とする。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1記載の洪水吐き装置であって、
前記流入部は、上面が開放された枡形状を呈し、
前記流入部は、前記放流管部の呑口を有する放流管接続壁を備え、
この放流管接続壁は、流入部上流側に延ばされ前記余水を安定して呑み込むための整流板を備えていることを特徴とする。
【0014】
請求項3に係る発明は、請求項1又は請求項2記載の洪水吐き装置であって、
前記放流管部は、吐口が絞られている若しくは途中が絞られている、又は吐口が上向きとされていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明では、サイホン部の上部に大気に繋がる大きな開口を備えている。開口が大気に繋がっているので、サイホン部に自然越流が円滑に形成される。
越流が一定の水位に達したら蓋で開口を閉じる。すると、ごく短時間でサイホンが完成して、管路流域に移行する。遷移流域がごく短時間となり、短時間で放流量が増大する。
すなわち、大洪水時において大幅に放流能力を増大し、安定した放流を可能とする非常用洪水吐き装置が提供される。
【0016】
請求項2に係る発明では、放流管接続壁に、呑口の庇の役割を果たす整流板を備えた。
仮に、整流板が備わっていないと、呑口の上方に大きな渦ができることがある。大きな渦は空気を巻き込む。空気はサイホン形成の阻害要因となり、好ましくない。
本発明により整流板を設けると、渦の発生位置が整流板の先端(流入部上流側)に移り、且つ渦は小さくなる。渦の発生位置が呑口から十分に離れているため、渦が呑口へ到達しにくくなり、加えて小さな渦であれば、サイホン形成に支障はでない。
以上により、サイホン部のサイホンが健全に維持される。
【0017】
請求項3に係る発明では、放流管部は、吐口が絞られている若しくは途中が絞られている、又は吐口が上向きとされている。
吐口から侵入する空気は、サイホン形成の阻害要因となるが、放流管部の吐口を絞ると、空気の侵入を防ぐことができる。
また、放流管部の途中に段差等の絞りを設けると、吐口から侵入した空気は、絞りで止められ、サイホン部へは到達しない。
また、吐口を上に向けると、空気の侵入を防ぐことができる。
以上により、サイホン部のサイホンが健全に維持される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る洪水吐き装置を備えたダムの平面図である。
【
図8】水位と流速の関係を説明するグラフであり、(a)は比較例、(b)は実施例を示す。
【
図11】整流板の効果を説明する図であり、(a)は比較例、(b)は実施例を示す。
【
図13】従来のサイホン式洪水吐き装置の模式図である。
【
図14】従来の水吐き装置における水位と流速の関係を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。
【実施例0020】
図1に示すように、ダム10は、ダム湖11に面する堤体上流面12と、この堤体上流面12の上端に繋がる堤体頂部13と、堤体下流面14と、既設の洪水吐き15を有している。
ダム10は、
図1下側にダム湖11の余水を放流する洪水吐き装置20を備えている。
【0021】
図2に示すように、洪水吐き装置20は、ダム湖の余水を貯める流入部21と、この流入部21に貯まった余水を放流する放流管部30とを備える。
【0022】
好ましくは、流入部21に、貯めた余水の水位を測る水位目盛り29を設ける。この水位目盛り29には、一定の水位に対応する目印29aが付設されている。
なお、水位目盛り29は、電気的、電子的、機械的に水位を測る水位計であってもよい。
【0023】
放流管部30は、全部又は一部が露出している裸管の他、地中に埋設された地中管であってもよい。又は、一部が地中管で残部が裸管であってもよい。
放流管部30は、地中管部31を具体例にして以下説明する。
【0024】
放流管部30としての地中管部31は、呑口32と、側面視で逆U字状を呈するサイホン部33と、このサイホン部33より下流側の下流管部34とを備えている。
この例では、放流管部30の入口にサイホン部33を設けたが、サイホン部33は放流管部30の途中に設けてもよい。この場合は、放流管部30は、上流管部とサイホン部33と下流管部34とで構成される。
【0025】
サイホン部33の上部に、大気に繋がる開口35が設けられており、この開口35は、開閉可能な蓋36で閉じられている。
【0026】
図3に示すように、流入部21は、ダム湖11に隣接して設けられ、底22と、この底22から立ち上がる4つの壁23とからなる枡である。
4つの壁23は、ダム湖側の壁24と、地山側の壁25と、放流管接続壁26と、上流側の壁27とからなる。
【0027】
放流管接続壁26から破線で示す地中管部31が延びている。
また、上流側の壁27を貫通して、流入路28が上流側へ延びている。
流入部21へは、ダム湖側の壁24を越えて直接流入部21へ落下する余水と、流入路28を通って流入部21へ流入する余水の合計が、流入する。
【0028】
流入路28は、必須ではないが、流入部21へ流入量を増加して、ダム湖の水位上昇を遅らせるため、付設することが推奨される。
【0029】
図4は
図3の4部拡大図であり、この図に基づいて蓋移動機構50の構成の一例を説明する。
図4に示すように、蓋移動機構50は、蓋36を案内する一対の案内レール51と、これらの案内レールに平行に蓋36から伸びるラック52と、このラック52に噛み合うピニオン53と、想像線で示すハンドル54とを備えている。
【0030】
好ましくは、ピニオン53に対向する位置に、バックアップローラ55を設ける。バックアップローラ55は、フリー回転ローラであって、ピニオン53の反力でラック52がピニオン53から離れる方向へ移動することを防止する役割を果たす。
【0031】
図5に示すように、堤体頂部13にフレーム56を立て、このフレーム56に中継軸57を沿わせ、この中継軸57を軸受58にてフレーム56に取付ける。中継軸57の下端にピニオン53を取付け、上端にハンドル54を取付ける。ハンドル54は、操作がしやすい高さ、例えば堤体頂部13から0.8~1.2mの高さに設けられる。
【0032】
人手でハンドル54を回すと、ピニオン53が回転し、ラック52が図面表裏方向へ移動し、蓋36が図面表裏方向へ移動する。蓋36は一対の案内レール51で案内されるため、移動は円滑になる。
【0033】
なお、ハンドル54を、減速機付き電動機に変更することは差し支えない。このときは、フレーム56の丈を小さくし、中継軸57を短くする。
また、蓋移動機構50は、電動シリンダであってもよい。電動シリンダであれば、電動シリンダのロッドを蓋36に直接連結する。フレーム56、中継軸57、軸受58が不要となる。
【0034】
減速機付き電動機や電動シリンダであれば、遠隔操作が可能である。
よって、蓋移動機構50は、開口35を閉じる位置から開く位置まで蓋36を移動することができる機構であればよく、その方式、構造は任意である。
【0035】
以上の構成からなる洪水吐き装置20の作用を、
図6及び
図7に基づいて説明する。
図6(a)では、蓋36は開位置にあり、開口35は大気に繋がっている。
そして、
図6(a)では、ダム湖の水位が、常用の最高レベルHWLにある。ダム湖の水が壁24の向こう側に留まっているため、流入部21及び地中管部31に、水はない。
【0036】
洪水時にダム湖の水位が上昇すると、
図6(b)に示すように、ダム湖の余水が壁24を越えて流入部21へ落下する。流入部21の水位RWLが上昇すると、サイホン部33の底を越えて余水が下流管部34へ流れ始める。このときの越流水の流速V1は、自然流下であって1~3m/s程度である。
このときには、蓋36は開位置に維持され、開口35は大気に繋がったままであり、自然越流の形成は支障なく行われる。
【0037】
図7(a)に示すように、流入部21の水位RWLがさらに上昇し、水位RWLが水位目盛り29の目印29aに達した。
図7(a)のb部拡大図である
図7(b)に示すように、サイホン部33の底から天井までの高さ寸法をHd、越流高さをhwとする。
【0038】
吐口の絞り等により下流管部34に空気が入らない状態にして越流高さhwがdの概ね1/3になったときに、蓋36を開位置から閉位置へ切り換える。すると、開口35は閉じられる。開口35が閉じられると、短時間でサイホンが完成する。
【0039】
以降、
図7(c)に示すように、サイホンが完成すると、流速V2は5~20m/s程度となる。
【0040】
図8(a)に従来の放流量のグラフを示し、
図8(b)に本発明による放流量のグラフを示す。
図8(a)に示す比較例では流れの安定しない遷移流域の時間が長い。対して、(b)に示す実施例では点P2から点P3の管路流域に移行して、飛躍的に流速は増す。
【0041】
すなわち、
図8(b)に示す実施例では放流量が計算できる自然越流域から放流量が計算できる管路流域へごく短時間で移行するため、放流量が安定している。そして、管路流域では放流量が増大する。
結果、大洪水時において大幅に放流能力が増大し、安定した放流が可能となる。
【0042】
次に、整流板41のレイアウト及び構成例を、
図9及び
図10に基づいて説明する。
図9に示すように、放流管接続壁26に、整流板41を付設する。
【0043】
図10に示すように、整流板41は、呑口32の庇を構成する水平部材である。好ましくは、整流板41の左端から底22へ左脚42を下げ、整流板41の右端から底22へ右脚43を下げる。整流板41と左脚42と右脚43とで、呑口32を囲うようにする。
左脚42と右脚43とで整流板41が支持される。
左脚42と右脚43には、十分に大きな開口部45が所定個数設けられている。
【0044】
なお、整流板41の右端を延ばして、右端をダム湖側の壁24を当てることで、右脚43を省略することや、整流板41の左端を延ばして、左端を地山側の壁25を当てることで、左脚42を省略することや、整流板41の左右端を延ばして、左脚42及び右脚43を省くこともできる。
【0045】
左脚42と右脚43の少なくとも一方を省く場合は、整流板41の中央から呑口32を横断するように中央脚44を下ろしてもよい。中央脚44が整流板41を支持するからである。加えて、中央脚44は、呑口32へ向かう左右流れを整流する作用を発揮する。
【0046】
図11は整流板の効果を説明する図である。
図11(a)の比較例では、整流板を備えていない。サイホンが完成すると、放流管部30の呑口32から余水が急激に放流管部30に流入し、呑口32の近傍に大きな渦47ができることがある。大きな渦47は空気を巻き込み、この空気を呑口32へ送り込む。この空気はサイホン作用に悪影響を与えるため、好ましくない。
【0047】
図11(b)の実施例では、整流板41を放流管接続壁26に備えている。整流板41は流入開口面積が十分に大きいため、整流板41へ流入する余水の速度は小さくなる。そのため、渦48が発生しても、この渦48は小さい。
さらには、渦48は平面視で整流板41の縁にできるため、小さな渦48は呑口32から十分に離れたところにできる。
小さな渦48が巻き込む空気は少なく、かつ、流入する速度も遅いため、結果として呑口32から流入しない。よって、サイホン作用が健全に維持される。
【0048】
次に、本発明に係る変更例を、
図12に基づいて説明する。
図12(a)に示すように、放流管部30の吐口に絞り部37を設けてもよい。絞り部37では流速が高まるため、外の空気が吐口から放流管部30内へ侵入することはない。
【0049】
または、放流管部30の途中に三角断面や台形断面の絞り部38を設けてもよい。仮に、外の空気が吐口から放流管部30内へ侵入しても、この空気は絞り部38で遮られ、サイホン部33へは到達しない。
【0050】
また、
図12(b)に示すように、放流管部30の吐口に上向き部39を設けてもよい。比重の違いにより、軽い空気は余水内を上昇する。そのため、上向きに流れる余水に逆らって空気が下向きに侵入することはない。結果、吐口から侵入しようとする空気は、上向き部39で遮断され、放流管部30内へ侵入することはない。
【0051】
尚、ダムは、溜池の堤体や河川の堤体であってもよく、堤体上流面、堤体頂部及び堤体下流面を有する堤体であれば、大きさや構造は格別に限定されない。
また、本発明の洪水吐き装置20は、新設のダムに付設される他、既設(既存)のダムに付設される。
10…ダム、11…ダム湖、20…洪水吐き装置、21…流入部、26…放流管接続壁、30…放流管部、32…呑口、33…サイホン部、35…開口、36…蓋、37、38…絞り部、39…上向き部、41…整流板、50…蓋移動機構。