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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023035329
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】核医学診断装置、試料評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/161 20060101AFI20230306BHJP
   G01T 1/20 20060101ALN20230306BHJP
【FI】
G01T1/161 A
G01T1/161 C
G01T1/20 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021142101
(22)【出願日】2021-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】平出 哲也
(72)【発明者】
【氏名】大鷹 豊
(72)【発明者】
【氏名】島添 健次
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 憲悟
【テーマコード(参考)】
2G188
4C188
【Fターム(参考)】
2G188AA02
2G188BB07
2G188BB15
2G188CC12
2G188CC21
2G188DD02
2G188EE16
2G188EE25
2G188EE29
2G188EE39
4C188EE02
4C188EE25
4C188FF07
4C188FF20
4C188GG18
4C188JJ02
4C188KK15
4C188KK24
(57)【要約】
【課題】試料(人体を含む)における複数の情報を陽電子を用いて同時に測定する。
【解決手段】個々のγ線検出器からの出力は、イベント抽出部20に入力する。イベント抽出部20は、認識された個々のパルス出力の中における、2光子消滅によると推測されるもの(2光子検出イベント)と、3光子消滅によると推測されるもの(3光子検出イベント)を認識し、それぞれに関わる情報を、記憶部30に記憶させる。マッピング部40は、このうち、2光子検出イベント情報のみから、2光子消滅強度分布を算出し、3光子検出イベント情報のみから、3光子消滅強度分布を算出する。演算部60は、被験者Hの体内における2光子消滅強度分布、3光子消滅強度分布より、3光子消滅強度の2光子消滅強度に対する比率(対消滅強度比)を、位置毎に算出する。演算部60は、このように算出された位置毎の対消滅強度比から、ラジカル濃度を算出することができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から放出された陽電子対消滅に起因するγ線を検出することによって前記被験者の診断を行う核医学診断装置であって、
前記γ線の検出を行う放射線検出器が前記被験者の周囲で複数配列されて構成された検出器群と、
前記検出器群における、前記陽電子対消滅の2光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである2光子検出イベントと、前記陽電子対消滅の3光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである3光子検出イベントと、を区別して認識するイベント抽出部と、
認識された複数の前記2光子検出イベント、前記3光子検出イベントの各々に対応する陽電子対消滅の発生位置を算出し、前記被験者中の一領域における前記2光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である2光子消滅強度と、前記一領域における前記3光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である3光子消滅強度と、を算出するイベント計数部と、
前記3光子消滅強度と前記2光子消滅強度の比である対消滅強度比からオルト-ポジトロニウム(o-Ps)の存在状況を認識する演算部と、
を具備することを特徴とする核医学診断装置。
【請求項2】
前記演算部は、前記o-Psの存在状況からラジカル濃度を算出することを特徴とする請求項1に記載の核医学診断装置。
【請求項3】
前記イベント計数部は、前記被験者内の位置毎に前記2光子消滅強度及び前記3光子消滅強度を算出し、
前記演算部は、前記位置毎に前記ラジカル濃度を算出することを特徴とする請求項2に記載の核医学診断装置。
【請求項4】
前記演算部は、前記対消滅強度比と前記ラジカル濃度との間の関係が一次関係式で表されるものとして、前記ラジカル濃度を算出することを特徴とする請求項2又は3に記載の核医学診断装置。
【請求項5】
試料の中で発生した陽電子対消滅に起因するγ線を検出することによって前記試料を評価する試料評価方法であって、
前記γ線を検出した検出イベントにおいて、前記陽電子対消滅の2光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである2光子検出イベントと、前記陽電子対消滅の3光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである3光子検出イベントと、を区別して認識するイベント抽出工程と、
認識された複数の前記2光子検出イベント、前記3光子検出イベントの各々に対応する陽電子対消滅の発生位置を算出し、前記2光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である2光子消滅強度と、前記3光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である3光子消滅強度と、を前記試料内の位置毎に算出するイベント計数工程と、
前記3光子消滅強度と前記2光子消滅強度の比である対消滅強度比から前記位置毎にオルト-ポジトロニウム(o-Ps)の存在状況を認識する解析工程と、
を具備することを特徴とする試料評価方法。
【請求項6】
前記解析工程において、前記o-Psの存在状況からラジカル濃度を算出することを特徴とする請求項5に記載の試料評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽電子を用いて癌組織等の診断を行う核医学診断装置、あるいは陽電子を用いて試料の評価を行う試料評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陽電子(陽電子源)を用いて癌組織等の診断を行う手法として、PET(Positron Emission Tomography:陽電子放出断層撮影)が知られている。PETにおいては、陽電子源である例えば18Fをラベル化したブドウ糖が放射性薬剤として患者に投与される。癌細胞の代謝は通常細胞よりも活発であるため、この放射性薬剤は特に癌患部に集積し、癌患部から陽電子が発せられる。この陽電子は周囲の電子と対になって対消滅(陽電子対消滅)する際にγ線を発するため、このγ線の発生源が癌患部(癌細胞)であると認識される。このため、この発生源を画像化すれば、癌の分布、転移等を認識することができる。
【0003】
一般的には、対消滅は、これによって2つの光子を発する2光子消滅であるとして扱われる場合が多い。この場合の2つの光子はそれぞれ電子(陽電子)の静止エネルギー(約511keV)をもち、運動量の保存則より、正反対の方向に同時に発せられる。このエネルギー領域の光子はγ線となるため、γ線検出器が患者を囲むように多数配置され、各γ線検出器では、γ線の検出時刻とそのエネルギーが認識される。このため、2つのγ線検出器が同時に上記のエネルギーのγ線を検出した場合には、このγ線は対消滅によって発せられたものと推定することができる。この場合、このγ線を発した放射性薬剤(陽電子源)はこの2つのγ線検出器を結ぶ直線上に存在することになるが、単一の2光子同時検出イベントからは陽電子源の位置は一義的には定まらない。ただし、このような2光子同時検出イベント数を多くとれば、対応する多くのこの直線の交点として陽電子源(癌患部)の位置が特定される、あるいはその分布が測定できる。このようなPET装置については、例えば特許文献1に記載されている。
【0004】
一方、対消滅は前記のような2光子消滅ではなく、3つ以上の光子を発する多光子消滅となる場合もある。この場合、発生した3つ以上の光子のエネルギーの総和は2光子消滅の場合と同一であり、約1022keV(511keVの2倍)となるが、対消滅によって同時に発生した全ての光子のエネルギーは同一とは限らない。一方、運動量の保存則により、各光子の運動量の総和はほぼ零となることは同様である。ただし、一般的には、多光子消滅が起こる確率は光子の数が多いほど低くなるため、前記の2光子消滅と比べるとその確率は低い。
【0005】
特許文献2には、3光子消滅に対応したPET装置が記載されている。前記のように2光子消滅を検出する場合には、陽電子源は複数の直線の交点に対応するため、単一の2光子同時検出イベントから陽電子源の位置を特定することは原理的にできないのに対し、単一の3光子同時検出イベントからは、陽電子源の位置(対消滅発生位置)は、3つのγ線の検出位置と前記のような運動量の保存則から原理的に一義的に定まる。3光子同時検出イベントは、3つのγ線検出器で同時にγ線が検出され、かつ3つのγ線のエネルギーの総和が前記の値となった場合として認識することができる。この場合においても、γ線を検出したイベント数を多くとることによって統計的な精度を向上させ、陽電子源(癌患部)の位置やその分布がより高精度で定まる点については同様である。また、実際には4つ以上の光子を発する多光子消滅も存在するが、この場合にも3光子消滅の場合と同様の原理によって対消滅発生位置を算出することができる。
【0006】
一方、このような癌患部の位置の特定(分布)だけでなく、認識された癌患部の特性を調べることも望まれる。癌患部におけるこのような特性の一つとしては、例えばラジカル濃度がある。特に、非特許文献1に記載されるように、ラジカルを用いた抗癌剤の開発が近年進んでいる。また、非特許文献2には、癌細胞に鉄イオンが多く取り込まれることを利用し、この鉄イオンと反応してラジカルを発生させることによって、癌細胞を消滅させる薬剤が記載されている。すなわち、このような薬剤の患者に対する効果を確認するためにも、患者の体内のラジカル濃度を測定することが望まれる。
【0007】
ラジカル濃度分布を測定するための技術としては、電子スピン共鳴(ESR)イメージングや、オーバーハウザー効果MRIが知られている。しかしながら、前者については、水分を多く含むためにマイクロ波を透過しにくい人体に対しての適用は容易ではなく、少なくとも高精度の測定は困難である。後者についても、電子スピン共鳴励起を起こすための設備が必要であるために、現状では、小動物に対する実験においてのみ用いられている。
【0008】
一方、前記のような癌の分布を調べること以外にも、陽電子を用いて、物質の各種の特性を調べることもできる。陽電子を用いて物質の特性を評価するための技術として、高分子材料等の物質中において陽電子が対消滅で消滅するまでの時間(陽電子消滅寿命)を測定し、この寿命によってこの物質の構造的特性(空孔率等)を評価する技術が知られている。この場合においては、この寿命測定のために、陽電子源で陽電子が発せられたタイミングを認識できることが要求される。このため、陽電子源としては、被験者に投与しやすい前記の18Fとは異なり、陽電子を発する際に同時にγ線も発するためにこのタイミングの認識が容易である22Naが通常使用される。
【0009】
非特許文献3には、陽電子と電子が結合したポジトロニウム(Ps)の寿命と酸素ラジカル濃度とを関連付けることができることが記載されている。このため、原理的には陽電子を用いて酸素ラジカル濃度を測定することも可能である。すなわち、陽電子(陽電子源)を用いて、癌の分布とそのラジカル濃度分布を共に測定することが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009-42029号公報
【特許文献2】特開2013-83580号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】佐野紘平、「がん特異的ラジカル療法用薬剤の開発研究」、上原記念生命科学財団研究報告集、Vol.33、114(2019年)
【非特許文献2】野田製薬株式会社HP(https://www.noda.co.jp/product/artesunate/)
【非特許文献3】Kengo Shibuya、Haruo Saito、Fumihiko Nishikido、Miwako Takahashi、 and Taiga Yamaya、「Oxygen Sensing Ability of Positroniumu Atom For Tumor Hypoxia Imaging」、Communications Physics、Vol.3、Article Number.173(2020年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このように陽電子源を用いた診断は、患者の放射線被曝の問題があるために、上記のような癌の分布と、ラジカル濃度分布を同時に測定できることが望まれる。これに対して、前記のように、一般的にはPETと陽電子寿命測定では異なる陽電子源が用いられるため、このような測定は実際には容易ではなかった。
【0013】
また、上記のようなPETの技術は既に実用化されており、十分な精度で癌患部の位置の測定を行うことができるのに対し、ラジカル濃度分布の測定は困難であり、実際には非特許文献3に記載の技術によっても、ラジカル濃度分布を高精度に測定することは困難であった。このため、陽電子を用いて患者(被験者)の体内に関わる複数の情報を同時に測定することができる技術が求められた。更には、人体に関わらず、試料における複数の情報を陽電子を用いて同時に測定する技術が求められた。
【0014】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の核医学診断装置は、被験者から放出された陽電子対消滅に起因するγ線を検出することによって前記被験者の診断を行う核医学診断装置であって、前記γ線の検出を行う放射線検出器が前記被験者の周囲で複数配列されて構成された検出器群と、前記検出器群における、前記陽電子対消滅の2光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである2光子検出イベントと、前記陽電子対消滅の3光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである3光子検出イベントと、を区別して認識するイベント抽出部と、認識された複数の前記2光子検出イベント、前記3光子検出イベントの各々に対応する陽電子対消滅の発生位置を算出し、前記被験者中の一領域における前記2光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である2光子消滅強度と、前記一領域における前記3光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である3光子消滅強度と、を算出するイベント計数部と、前記3光子消滅強度と前記2光子消滅強度の比である対消滅強度比からオルト-ポジトロニウム(o-Ps)の存在状況を認識する演算部と、を具備する。
本発明の核医学診断装置において、前記演算部は、前記o-Psの存在状況からラジカル濃度を算出する。
本発明の核医学診断装置において、前記イベント計数部は、前記被験者内の位置毎に前記2光子消滅強度及び前記3光子消滅強度を算出し、前記演算部は、前記位置毎に前記ラジカル濃度を算出する。
本発明の核医学診断装置において、前記演算部は、前記対消滅強度比と前記ラジカル濃度との間の関係が一次関係式で表されるものとして、前記ラジカル濃度を算出する。
本発明の試料評価方法は、試料の中で発生した陽電子対消滅に起因するγ線を検出することによって前記試料を評価する試料評価方法であって、前記γ線を検出した検出イベントにおいて、前記陽電子対消滅の2光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである2光子検出イベントと、前記陽電子対消滅の3光子消滅に対応した前記γ線の検出イベントである3光子検出イベントと、を区別して認識するイベント抽出工程と、認識された複数の前記2光子検出イベント、前記3光子検出イベントの各々に対応する陽電子対消滅の発生位置を算出し、前記2光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である2光子消滅強度と、前記3光子検出イベントに対応する陽電子対消滅の発生強度である3光子消滅強度と、を前記試料内の位置毎に算出するイベント計数工程と、前記3光子消滅強度と前記2光子消滅強度の比である対消滅強度比から前記位置毎にオルト-ポジトロニウム(o-Ps)の存在状況を認識する解析工程と、を具備する。
本発明の試料評価方法は、前記解析工程において、前記o-Psの存在状況からラジカル濃度を算出する。
【発明の効果】
【0016】
本発明は以上のように構成されているので、試料(人体を含む)における複数の情報を陽電子を用いて同時に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施の形態に係る核医学診断装置の構成を示す図である。
図2】本発明の実施の形態に係る核医学診断装置における検出器群の構成を示す図である。
図3】本発明の実施の形態に係る核医学診断方法(試料評価方法)を示すフローチャートである。
図4】本発明の実施の形態に係る核医学診断方法(試料評価方法)における対消滅イベント抽出工程を示すフローチャートである。
図5】2光子検出イベントにおけるγ線発生位置を推定する原理を示す図である。
図6】3光子検出イベントにおけるγ線発生位置を推定する原理を示す図である。
図7】非特許文献3に記載されたo-Psの消滅率の酸素濃度依存性の例である。
図8】本発明の実施の形態に係る核医学診断装置において用いられる検量線の例である。
図9】対消滅強度比算出工程、ラジカル濃度算出工程において得られる各結果を模式化して示す例である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施の形態に係る核医学診断装置においては、従来のPETと同様に陽電子(陽電子源)が用いられる。このため、これによって体内における癌患部の位置(分布)を認識することができる。この際、同一の測定結果を用いて、体内のラジカル濃度(分布)を測定することもできる。
【0019】
図1は、この核医学診断装置100の構成を示すブロック図である。この核医学診断装置100においても、従来のPET装置と同様に、患者に対して18Fを含む放射性薬剤が投与され、ここから発せられる陽電子が対消滅する際のγ線が検出され、このγ線を検出するための検出器群10が設けられる。この検出器群10は、特許文献1に記載された2光子消滅によるγ線の検出イベント(2光子検出イベント)と、特許文献2に記載された3光子消滅によるγ線の検出イベント(3光子検出イベント)とを、共に高収率で認識できるように構成される。
【0020】
なお、前記のように、2光子消滅以外の多光子消滅としては、3光子消滅以外にも4光子(以上)消滅もあるが、4光子(以上)消滅の確率は3光子消滅と比べて更に低く、かつ4つ以上の光子が同時に全て検出される確率もより低い。一方、後述する解析方法は、2光子消滅と3光子消滅とでは異なるが、4光子(以上)消滅と3光子消滅とでは同様である。このため、以下では、対消滅においては2光子消滅と3光子消滅のみがあるものとする。
【0021】
図2(a)、(b)は、寝台200上の被験者Hと検出器群10の関係を模式的に示す図であり、図2(a)は被験者Hの身長方向(x方向)に垂直な断面図であり、図2(b)は被験者Hの身長方向に沿った中心軸(y軸)上の断面図である。検出器群10は、被験者H側から発せられたγ線をそれぞれ検出可能な多数のγ線検出器(放射線検出器)1が配列されて構成される。図2においては、被験者Hの体内における放射性薬剤R中の1点から2本のγ線Gが反対向きに発せられる2光子消滅が発生しているものとしている。
【0022】
単体のγ線検出器1は、γ線を吸収することによってパルス状の可視光を発するシンチレータと、この可視光を受光してパルス状の電気的出力を発する光電子増倍管で形成される。シンチレータとしては、例えばNaI、LYSO、BGO等の結晶材料を好ましく用いることができる。シンチレータと光電子増倍管の受光面との間を可視光を伝搬させるライトガイドで接続してもよい。
【0023】
この光電子増倍管の出力となるパルス状の出力の一つ一つが検出したγ線光子に対応し、そのパルス高がこのγ線光子のエネルギーに対応する。このため、個々のγ線検出器1の出力から、γ線光子の検出タイミングとそのエネルギーを共に認識することができる。また、γ線のエネルギーをEγとすると、このγ線の運動量(絶対値)はEγ/c(c:光速)となる。すなわち、γ線検出器1によって、γ線の検出タイミング、検出したγ線のエネルギーEγ、その運動量の絶対値を認識することができる。なお、図示は省略されているが、光電子増倍管には、これを駆動するための高電圧を印加するための回路、及びその出力パルスを増幅するプリアンプがγ線検出器1毎に設けられている。
【0024】
図2(a)に示されるように、個々のγ線検出器1は、身長方向の周りで被験者Hを全方位から囲むように設けられる。また、図2(b)に示されるように、身長方向に沿っても一定の範囲内で多数が配列される。2光子消滅によるγ線は2つのγ線検出器1で、3光子消滅によるγ線は3つのγ線検出器1で、それぞれ同時に検出されると期待される。2光子消滅においては一方のγ線が、3光子消滅においては1つ又は2つのγ線が検出できない場合もあるが、特に図2(b)において横方向の広い範囲にわたりγ線検出器1を配列することによって、このような確率を低減することができる。
【0025】
図1において、上記のような検出器群10における個々のγ線検出器1からの出力(パルス出力)は、イベント抽出部20に入力する。イベント抽出部20は、各γ線検出器1毎のパルス出力を認識し、その入力タイミングを認識すると共に、特に、このパルス出力がどのγ線検出器1からのものであるか、及びこのパルス出力に対応したγ線のエネルギーEγ(あるいはパルス高)を認識する。なお、イベント抽出部20は、この認識を行う際に、このパルス出力に対する波形成形や演算処理等を適宜行ってもよい。
【0026】
イベント抽出部20は、認識された個々のパルス出力の中における、2光子消滅によると推測されるもの(2光子検出イベント)と、3光子消滅によると推測されるもの(3光子検出イベント)を認識し、それぞれに関わる情報を、ハードディスクや不揮発性メモリで構成された記憶部30に記憶させる。後述するように、2光子検出イベントとして記憶される情報(2光子検出イベント情報)は、各γ線を検出したγ線検出器1の識別情報(検出器群10中における位置を特定する情報)と、検出時における寝台200の状態(位置、方向)である。一方、3光子検出イベントとして記憶される情報(3光子検出イベント情報)は、3つのγ線を検出した各γ線検出器1の識別情報、寝台200の状態に加え、各γ線検出器1が認識した各γ線のエネルギー(あるいはこれに対応したパルス高)である。前記の通り、このエネルギーの総和は約1022keVとなる。
【0027】
所定時間の測定後には、記憶部30には、多くの2光子検出イベント情報、3光子検出イベント情報が記憶される。マッピング部(イベント計数部)40は、このうち、2光子検出イベント情報のみから、特許文献1等に記載の技術と同様に、2光子消滅のγ線の発生源の被験者H中のマッピング(2光子消滅の発生強度の位置分布)である2光子消滅強度分布を算出する。ここでは、2光子消滅の発生源の空間密度の位置依存性が特定される。2光子消滅強度分布は、特許文献1等に記載の従来のPET装置において測定される被験者Hの体内における癌患部の分布に対応する。
【0028】
また、マッピング部40は、3光子検出イベント情報のみから、特許文献2に記載の技術と同様に、3光子消滅の対消滅γ線の発生源のマッピング(3光子消滅の発生強度の位置分布)である3光子消滅強度分布も算出する。ここでは、3光子消滅の発生源の空間密度の位置依存性が特定される。3光子消滅強度分布は、特許文献2に記載のPET装置において3光子消滅として測定される被験者Hの体内における癌患部の分布に対応する。
【0029】
2光子消滅強度分布、3光子消滅強度分布は、共に、ディスプレイである表示部50で任意の形態で表示させることができる。これにより、被験者Hの体内における癌患部の分布を視覚的に認識することができる。また、マッピング部40は、2光子消滅強度分布、3光子消滅強度分布も記憶部30に記憶させる。
【0030】
演算部60は、被験者Hの体内における2光子消滅強度分布、3光子消滅強度分布より、3光子消滅強度の2光子消滅強度に対する比率(対消滅強度比)を、位置毎に算出する。
【0031】
後述するように、演算部60は、このように算出された位置毎の対消滅強度比から、ラジカル濃度を算出することができる。このため、この対消滅強度比分布から、ラジカル濃度分布を算出することができる。このように算出されたラジカル濃度分布も、表示部50で表示させることができる。
【0032】
また、図1においては、図2における寝台200の位置、方向を制御する寝台制御部70、操作者からの各種操作を受け付ける入力部80、核医学診断装置100全体の制御を行う制御部90が設けられている。制御部90は、操作者による入力部80の操作に応じて、上記の構成要素を制御する。この際、制御部90は、寝台制御部70を制御することによって、寝台200の位置、方向も制御する。
【0033】
マッピング部40は、前記の2光子消滅強度分布を算出する際には、2光子検出イベント情報として記憶された検出時における寝台200の状態を考慮することによって、例えば寝台200のデフォールトの状態における位置分布として、2光子消滅強度分布を算出することができる。3光子消滅強度分布についても同様である。この際、例えば図2(b)において被験者Hにおける図中右側の部分の測定を重点的に行う際には寝台200を図中左側に移動させる等の操作を行うことによって、この部分からの対消滅γ線の検出効率を高めることができる。
【0034】
以上の核医学診断装置100によって、被験者H中のラジカル濃度分布、特に癌患部におけるラジカル濃度分布を測定することができる。図3は、この際に制御部90が行わせる動作(核医学診断方法:試料評価方法)を簡略化して示すフローチャートである。ここでは、まず、検出器群10によってイベント抽出部20が対消滅イベントを抽出する対消滅イベント抽出工程(S1)が行われる。ここで抽出されるのは、2光子検出イベントと3光子検出イベントの両方である。
【0035】
イベント抽出部20による対消滅イベント抽出工程(S1)の動作について説明する。図4は、この動作を示すフローチャートである。
【0036】
この動作は、イベント抽出部20が検出器群10におけるいずれかのγ線検出器1からγ線の検出に対応したパルス出力を認識する度に行われる(S11)。ある一つのパルス出力を認識すると、イベント抽出部20は、まず(略)同時に認識された他のγ線検出器1からのパルス出力があるか否かを判定する(S12)。ここで、特許文献2に記載されるように、ここでいう同時とは、実際には認識されたパルス出力(S11)から一定の短時間(時間ウィンドウ幅)内に他のγ線検出器1からパルス出力が入力したことを意味する。なお、(略)同時と認識されたパルス出力については、前記のパルス出力の認識(S11)からは除外される。
【0037】
ここで、(略)同時に認識されたパルス出力があった場合(S12:Yes)には、これらのパルス出力は、対消滅によるγ線によるものである可能性がある。このため、イベント抽出部20は、同時と認識されたパルス出力の数を認識する(S13)。
【0038】
この数が2つのみであった場合(S13:Yes)には、これらのパルス出力は、2光子消滅のγ線に対応する可能性がある。2光子消滅のγ線であれば、個々のγ線のエネルギーは約511keVであるところ、イベント抽出部20は、前記の通り、各γ線のエネルギーがこの値になっているか否かを判定することができる。各γ線(パルス出力)のエネルギーが約511keVであった場合には、これらのγ線は、2光子消滅によると推測される(S14:Yes)。なお、特許文献2に記載の技術と同様に、実際には、実際にはこのエネルギーが511keV±α(αは適宜設定されるエネルギーウィンドウ幅)内にあるか否かが判定される。
【0039】
このため、イベント抽出部20は、この2つのパルス出力を検出したγ線検出器1の識別情報(図1における検出器群10中における2つのγ線検出器1の位置情報)と、この状態における寝台200の状態(位置、方向)を、2光子検出イベント情報として、ハードディスクや不揮発性メモリで構成された記憶部30に記憶させる(S15)。
【0040】
同時と認識されたパルス出力の数が3つであった場合(S13:No)には、これらのパルス出力は、3光子消滅のγ線に対応する可能性がある。この場合、3つのパルス出力に対応する3つのγ線光子が3光子消滅によるものであれば、これらのγ線光子のエネルギーの和が約1022keV(前記の511keVの2倍)となる。このため、イベント抽出部20は、このエネルギーの和が約1022keVとなっているか否かを、これらのγ線が対消滅によるものか否かの判定基準として判定する(S16)。この際、エネルギーウィンドウ幅が適宜設定される点については前記と同様である。
【0041】
この3つのγ線が対消滅によるものであると認識された場合(S16:Yes)、イベント抽出部20は、この3つのパルス出力を検出したγ線検出器1の識別情報(図1における検出器群20中における3つのγ線検出器1の位置情報)と、この状態における寝台200の状態(位置、方向)を、3光子検出イベント情報として記憶部30に記憶させる(S17)。ただし、前記の2光子検出イベントとは異なり、ここでは、3つのγ線検出器1が検出した個々のエネルギーも同時に記憶させる。
【0042】
なお、同時検出されたパルス出力がない場合(S12:No)、γ線のエネルギーが対消滅によるものとは異なる場合(S14:No、S16:No)には、このパルス出力(S11)は対消滅とは無関係であると判定され、以降のデータ解析には無関係となる。
【0043】
図4における上記の動作は、所定の測定時間の間(所定の測定終了時刻)まで(S18:Yes)繰り返される。これによって、多数の2光子検出イベント情報、3光子検出イベント情報が記憶部30に記憶される。なお、以上では、2光子消滅と3光子消滅のみがあるものとしたが、4光子(以上)消滅の場合も実際には3光子消滅の場合と同様の手順を適用することができる。
【0044】
次に、図3において、2光子検出イベントのみに対応したγ線源の発生強度分布(2光子消滅強度分布)、3光子検出イベントのみに対応したγ線源の発生強度分布(3光子消滅強度分布)を算出するマッピング工程(イベント計数工程:S2)が行われる。この動作は、主にマッピング部40によって行われる。以下では、単純化のために、寝台200の状態は一定であるものとする。寝台200の状態を変えた場合には、これに応じて位置関係について適宜補正が可能である。
【0045】
2光子検出イベントに対するこの動作は、γ線を同時に検出した2つのγ線検出器1の位置関係から、γ線(対消滅γ線)の発生位置を特定する。この動作は、前記のように、特許文献1等に記載の従来のPET装置と同様である。図5は、この動作の原理を示す図である。
【0046】
図5(a)は、1回目の2光子検出イベントで、図2(a)におけるγ線検出器1A、1Bで検出された場合の状況を示す。2光子消滅の場合に発せられるγ線は運動量保存則より同一直線上を逆向きに発せられるため、この場合のγ線発生源(陽電子源に対応)は、この場合の直線L1上に存在すると推定される。この場合には、前記のように、γ線検出器1A、1Bで検出されたγ線のエネルギー、運動量の絶対値は等しい。
【0047】
2回目の2光子検出イベントで、図5(b)に示されるように、γ線検出器1C、1Dが認識された場合、これに対応する直線L2が形成される。γ線発生源が1回目の場合と同一である場合には、その位置は直線L1、L2の交点Q1と推定される。
【0048】
同様に、3回目の2光子検出イベントで、図5(c)に示されるように、γ線検出器1E、1Fが認識された場合、これに対応する直線L3が形成される。この場合には、γ線発生源は、直線L1、L2、L3で形成される各交点に対応する。γ線発生源の強度が高い場合にはこの交点の空間密度が高く、γ線発生源の強度が低い場合にはこの交点の空間密度は低くなる。
【0049】
すなわち、多くの2光子検出イベントを記憶部30が記憶し、各々に対応した直線を形成した場合、2光子検出イベント毎に形成される直線の交点が2光子消滅の対消滅位置に対応する。このため、この交点の密度を2光子消滅の発生強度(強度)と推定することができる。すなわち、この動作によってマッピング部40は、2光子消滅強度の位置依存性である2光子消滅強度分布を得ることができる。
【0050】
次に、マッピング部40の3光子検出イベントに対する動作について説明する。この動作は、前記のように、特許文献2に記載のPET装置と同様である。図6は、この動作の原理を示す図である。
【0051】
図6においては、一つの3光子検出イベントでγ線検出器1G、1H、1Iが特定された場合を図5と同様に示す。この場合においては、図5の場合とは異なり、γ線検出器1G、1H、1Iが検出したγ線のエネルギーは等しくはならず、その値をE、E、Eとすると、マッピング部40はこれらを認識する。これに対応するγ線の運動量の絶対値をP、P、PとするとP=E/c、P=E/c、P=E/cとなるが、各運動量ベクトルの向き(γ線が発せられた向き)はこれだけからは定まらない。ただし、各運動量ベクトルの向きは、γ線発生源(対消滅位置)からγ線検出器1G、1H、1Iに向かう向きとなる。
【0052】
この場合においても、運動量保存則により、上記の絶対値(P、P、P)をもつ3つの運動量ベクトルの総和が零(ベクトル)となり、かつ各運動量ベクトルに対応したγ線がγ線検出器1G、1H、1Iでそれぞれ検出されるという制限によって、γ線発生源Q2を算出することができる。図6(a)はこのように算出されたγ線発生源Q2を示す。一方、図6(b)は、3つの運動量ベクトルの絶対値は同じで、かつγ線がγ線検出器1G、1H、1Iでそれぞれ検出されるが、この場合には仮のγ線発生源Q2’を起点とした3つの運動量ベクトルの総和が零とはならない例である。図6(a)のように、3つのγ線の運動量の絶対値が特定され、かつγ線を検出する3つのγ線検出器1が特定された状態において運動量ベクトルの総和を零にする(あるいは最小にする)点として、一つの3光子検出イベントにおけるγ線発生源の位置(3光子消滅の発生位置)を各種の数値計算法によってコンピュータで算出することができる。
【0053】
すなわち、多くの3光子検出イベントを記憶部30が記憶し、各々に対応して3光子消滅の発生源の位置を算出すれば、その空間密度を、3光子消滅の発生強度(強度)と推定することができる。すなわち、この動作によってマッピング部40は、3光子消滅強度の位置依存性である3光子消滅強度分布を得ることができる。
【0054】
次に、図3において、演算部60は、2光子消滅強度分布と3光子消滅強度分布から、位置(領域)毎の3光子消滅強度N3cの2光子消滅強度N2cに対する比率(対消滅強度比Rc=N3c/N2c)を、領域毎に求める、すなわち、対消滅強度比分布を算出する対消滅強度比算出工程(解析工程:S3)を行う。
【0055】
演算部60は、前記のマッピング工程(S2)によって、被験者Hにおける位置(領域)毎の2光子消滅強度N2cと3光子消滅強度N3cを認識することができるため、対消滅強度比Rcを容易に計算することができる。この計算を行う際には、マッピング工程(S2)によって得られた2光子消滅強度分布、3光子消滅強度分布をそのまま用いずに、これらに対して適宜スムージング処理等の補正を施した結果を代わりに用いてもよい。
【0056】
次に、図3において、演算部60は、対消滅強度比Rcから、この位置における酸素ラジカル濃度を算出するラジカル濃度算出工程(解析工程:S4)を行う。ここでは、対消滅強度比と酸素ラジカル濃度との間の関係が一次関係式となる検量線に従うものとして計算が行われる。以下にこの点について説明する。
【0057】
非特許文献3に記載されるように、陽電子と電子は対消滅する前に、結合して疑似原子状のポジトロニウムを形成する。ポジトロニウム(Ps)には、両者のスピンの向きが逆向きであるパラ-ポジトロニウム(p-Ps)と、両者のスピンの向きが等しいオルト-ポジトロニウム(o-Ps)がある。このうち、p-Psは2光子消滅をし、o-Psは3光子消滅をする。このため、3光子消滅強度は、o-Psの存在を反映する。
【0058】
また、非特許文献3には、p-Psの対消滅による平均寿命は125psであるのに対して、o-Psの対消滅による平均寿命は142nsであり大幅に長いことが記載されている。ただし、ラジカルの存在下においては、ラジカルの不対電子とo-Psがスピン交換をすることによって、o-Psがp-Psに変換される。すなわち、ラジカルの存在下においてはo-Psは3光子消滅せずにp-Psに変換され、短時間で2光子消滅する。
【0059】
このため、前記の対消滅強度比Rcとラジカル濃度の間には相関があり、ラジカル濃度が低い場合には対消滅強度比Rcは高く、ラジカル濃度が高い場合には、対消滅強度比Rcが低くなる。このため、例えばラジカルを用いた薬剤が被験者Hに投与されている場合等、o-Psの存在状況を左右する支配的な要因がラジカルであると判明している場合には、対消滅強度比Rcをラジカル濃度と関連付ける指標とすることができる。ここで、対消滅強度比Rcの代わりに3光子消滅強度N3c自身を用いることも不可能ではないが、3光子消滅強度N3cの絶対値は陽電子源における陽電子の発生状況にも依存して変化するため、2光子消滅強度N2cで規格化された上記の対消滅強度比Rcを指標として用いることが適切である。この場合、ラジカル濃度と対消滅強度比Rcを単純な関係式で結びつけることができる。近似的には、これらが一次関係式で定まるとすることができ、この関係式の係数は実験やモデル化した解析等によって予め定めることができる。
【0060】
モデル化した解析によってこの関係(検量線)を定める一例について説明する。図7は、非特許文献3のFig.3を示す。ここで、横軸は試料における溶存酸素濃度(酸素分圧換算)であり、縦軸はo-Psの消滅率(寿命の逆数)である。ここで、窒素飽和時における消滅率は約520μs-1であり、酸素飽和時における消滅率は548μs-1である。この消滅率の差28μs-1は、酸素飽和時における酸素ラジカルとの間のスピン交換によるo-Psの減少に起因し、これは3光子消滅強度の減少分に対応する。この3光子消滅強度の減少分は、前記の対消滅強度比に対応させると、(28/548)と考えることができる。一方、図7においては横軸は酸素分圧で示されているが、非特許文献2のTable.1により、酸素飽和時における酸素濃度は296.4μmol/Lとなっている。
【0061】
以上より、対消滅強度比Rcとラジカル濃度の関係を、この関係が一次関係式で表されるとして算出した結果を図8に示す。ここでは、ラジカル濃度が零である場合の対消滅強度比Rcを100%として縦軸に表示している。このため、実際には縦軸の値は適宜定数倍される。また、対消滅強度比Rcは、装置構成等に起因する3光子消滅、2光子消滅の収率の違いにも左右されるため、この点からも縦軸には定数倍の不定性が存在するが、被験者Hにおける位置毎の測定が同一の装置構成で行われれば、このような不定性がある場合でも位置毎のラジカル濃度の比較は適切に行われるため、例えば局所的なラジカル濃度の増大等を認識することができる。あるいは、標準試料等を用いることによってこの不定性を排除し、より正確にラジカル濃度を算出することもできる。この場合には、被験者H中の分布ではなく1点でラジカル濃度を算出してもよい。
【0062】
図8において、該当部分の3光子検出イベント数が1000、10000である場合の縦軸上の標準偏差がそれぞれ示されている。この標準偏差は、求めるべきラジカル濃度の標準偏差に換算すると、それぞれ0.2mM、0.05mL程度となる。すなわち、検出数を多くすることにより、高精度でラジカル濃度を算出することができる。
【0063】
なお、非特許文献3においては酸素ラジカルについて記載されているが、前記の通り、o-Psに対するスピン交換に寄与するのはラジカルにおける不対電子のみである。このため、上記の手法でその濃度、分布が測定可能であるのは酸素ラジカルに限定されず、各種のラジカルに対して同様の手法が適用できる。
【0064】
図9は、対消滅強度比算出工程(S3)、ラジカル濃度算出工程(S4)において得られる各結果(分布)を模式化して示す図であり、上から順に2光子消滅強度分布、3光子消滅強度分布、これらから算出された対消滅強度比分布、ラジカル濃度分布の例である。どの図においても、横軸は位置に対応する。
【0065】
前記においては、o-Psの存在状況に対する支配的な要因がラジカル(不対電子)であるとされた。しかしながら、o-Psの存在の状況が他の要因で支配される場合もある。例えば、T.Hirade and O.E.Mogensen、「Dependence Of The Yield Of The Short-Lived Ortho-Ps State On The Concentration Of CCl In Hexane」、Chemical Physics、Vol.170、p.249(1993年)には、ヘキサン中のo-Psの存在状況が、添加されたCCl濃度に依存することが記載されている。すなわち、この状況下では、前記のラジカル濃度の代わりに、上記の対消滅強度比をCCl濃度と対応付け、CCl濃度を算出することができる。
【0066】
すなわち、上記の対消滅強度比からo-Psの存在状況を認識することができるが、このように認識されたo-Psの存在状況は、試料に応じた各種のパラメータに依存し、このうち試料に応じて支配的となる一つのパラメータを、上記のラジカル濃度と同様に算出することができる。この際、上記と同様に検量線は適宜作成することができる。
【0067】
このようなo-Psの存在状況は、単純化して考えると、o-Psの発生状況と消滅状況によって定まる。前記のように、ラジカルを測定対象とする場合には、o-Psの消滅状況がラジカルとのスピン交換で定まるために、o-Psの存在状況(消滅状況)が対消滅強度比を用いて認識されることによって、ラジカル濃度が算出された。同様に、試料中にある、o-Psの発生状況又は消滅状況に影響を及ぼす物質を、このo-Psの存在状況を認識することによって、検知することができる。すなわち、このような場合においても、前記の対消滅強度比をこのための指針として用い、この物質の分布(濃度)を測定することができる。
【0068】
また、上記のような癌患者である被験者Hの代わりに、陽電子源を内部に有する任意の試料、例えば陽電子源が分散されたヒト以外の試料に対しても上記と同様の解析を行うことができる。すなわち、上記の核医学診断方法を、そのままこの試料に対する試料評価方法として適用することができる。
【0069】
なお、上記と同様の動作を行うことができる限りにおいて、上記の核医学診断装置(あるいは試料評価装置)の構成は任意である。例えば、複数の放射線検出器が配列された検出器群の代わりに、位置検出型の放射線検出器等を用いることもできる。
【符号の説明】
【0070】
1、1A~1H γ線検出器(放射線検出器)
10 検出器群
20 イベント抽出部
30 記憶部
40 マッピング部(イベント計数部)
50 表示部
60 演算部
70 寝台制御部
80 入力部
90 制御部
100 核医学診断装置
200 寝台
G γ線
H 被験者
R 放射性薬剤
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9