(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023035335
(43)【公開日】2023-03-13
(54)【発明の名称】量子ドットおよびその製造方法、緑色の蛍光体、可視化染料並びに顔料
(51)【国際特許分類】
C09K 11/70 20060101AFI20230306BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20230306BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20230306BHJP
B82Y 20/00 20110101ALI20230306BHJP
C09C 3/06 20060101ALI20230306BHJP
【FI】
C09K11/70
C09K11/08 G
C09K11/08 A
B82Y40/00
B82Y20/00
C09C3/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021142116
(22)【出願日】2021-09-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「ナノブロック高次秩序化による配向性ナノ構造体の開発と表面ドーピングによる高機能化」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】白幡 直人
(72)【発明者】
【氏名】根本 一宏
【テーマコード(参考)】
4H001
4J037
【Fターム(参考)】
4H001CA02
4H001CC07
4H001CF01
4H001XA15
4H001XA49
4J037AA06
4J037AA11
4J037AA30
4J037DD02
4J037DD05
4J037EE25
4J037EE28
4J037EE47
4J037FF07
(57)【要約】 (修正有)
【課題】波長500nm以上540nm以下の波長帯で高い量子収率と狭い半値幅を有する量子ドットおよび蛍光体を提供する。
【解決手段】コア部11と前記コア部を覆うシェル部12からなり、コア部の表面はシェル部の内面側の表面と接しており、コア部はインジウムリン(InP)の単結晶からなり、シェル部は硫化亜鉛(ZnS)の単結晶からなり、シェル部の厚さは0.2nm以上1.1nm以下とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コア部と前記コア部を覆うシェル部からなり、
前記コア部の表面は前記シェル部の内面側の表面と接しており、
前記コア部はインジウムリン(InP)の単結晶からなり、
前記シェル部は硫化亜鉛(ZnS)の単結晶からなり、
前記シェル部の厚さが0.2nm以上1.1nm以下である、量子ドット。
【請求項2】
前記コア部は球形であり、前記コア部の直径が0.58nm以上2.95nm以下である、請求項1記載の量子ドット。
【請求項3】
前記コア部の結晶の格子定数と前記シェル部の結晶の格子定数が同一である、請求項1または2記載の量子ドット。
【請求項4】
前記格子定数は0.56nmである、請求項3記載の量子ドット。
【請求項5】
前記シェル部の厚さは0.27nm以上1.08nm以下である、請求項1から4の何れか1項記載の量子ドット。
【請求項6】
前記シェル部の厚さが0.81nmである、請求項5記載の量子ドット。
【請求項7】
コア部と前記コア部を覆うシェル部からなり、
前記コア部の表面は前記シェル部の内面側の表面と接しており、
前記コア部はインジウムリン(InP)の単結晶からなり、
前記シェル部は、前記コア部に接する第1のシェルと、前記第1のシェルに接する第2のシェルからなり、
前記第1のシェルはガリウムリン(GaP)の単結晶からなり、
前記第2のシェルは硫化亜鉛(ZnS)の単結晶からなり、
前記第1のシェル部の厚さが0.27nm以上1.9nm以下であり、
前記第2のシェル部の厚さが0.27nm以上1.9nm以下である、量子ドット。
【請求項8】
前記コア部の直径が2.4nm以上2.95nm以下である、請求項1から7の何れか1項記載の量子ドット。
【請求項9】
酢酸インジウム、塩化インジウム、臭化インジウム、ヨウ化インジウムのいずれか1種と、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、臭化亜鉛、ヨウ化亜鉛からなる群より選ばれる1以上と、パルミチン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、オレイン酸からなる群より選ばれる1以上と、トリオクチルホスフィンと、1-オクタデセン(ODE)、ドデカン、テトラデカン、ヘキサデカン、オクタデカン、ドデセン、テトラデセン、ヘキサデセンからなる群より選ばれる1以上とを不活性ガス下で混合して第1の混合液を作製することと、
前記第1の混合液を真空下で第1の熱処理を行うことと、
前記第1の熱処理の後不活性ガス環境下で、前記第1の混合液に、トリオクチルホスフィンに亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶解させた第1の溶液を加えることと、
前記第1の溶液添加の後、前記第1の混合液を真空下で第2の熱処理を行うことと、
第2の熱処理の後、前記第1の混合液を不活性ガス下で第3の熱処理を行ってInPコアを作製することと、
前記InPコアと、ODEと、ドデカンチオール(DDT)または硫黄粉末と、オレイン酸亜鉛(Zn-OA)またはステアリン酸亜鉛(Zn-SA)とを混合し、真空下で保持して第2の混合液を作製することと、
前記第2の混合液を不活性ガス下で第4の熱処理を行うことと、
前記第4の熱処理後に、前記第2の混合液にDDTとZn-OAを添加し、不活性ガス下で第5の熱処理を行うことを含む、量子ドットの製造方法。
【請求項10】
前記不活性ガスはアルゴンガスである、請求項9記載の量子ドットの製造方法。
【請求項11】
前記第1の熱処理の温度は、90℃以上140℃以下である、請求項9または10記載の量子ドットの製造方法。
【請求項12】
前記第2の熱処理の温度は、20℃以上60℃以下である、請求項9から11の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
【請求項13】
前記第3の熱処理の温度は、210℃以上320℃以下である、請求項9から12の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
【請求項14】
前記第4の熱処理の温度は、210℃以上320℃以下である、請求項9から13の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
【請求項15】
前記第5の熱処理の温度は、230℃以上320℃以下である、請求項9から14の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
【請求項16】
請求項1から8の何れか1項記載の量子ドットを含む、緑色の蛍光体。
【請求項17】
請求項1から8の何れか1項記載の量子ドットを含む、緑色の可視化染料。
【請求項18】
請求項1から8の何れか1項記載の量子ドットを含む、緑色の顔料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ドットおよびその製造方法、緑色の蛍光体、可視化染料並びに顔料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、蛍光体として量子ドットが注目されている。
直接遷移型バンド構造をもつ半導体結晶は、バルクのエキシトンボーア半径よりも小さな結晶に微小化されると、粒子サイズに依存して光吸収・PL(フォトルミネッセンス)スペクトルがシフトする。これは、微小結晶粒子中に電子・正孔や励起子が閉じこめられてエネルギー状態が離散的となった結果であるが、一般にこのような半導体結晶は、量子ドットと呼ばれる。
量子ドットは、発光や光吸収スペクトルを粒子のサイズで変調できることから、波長可変蛍光体、発光ダイオード、レーザー、および受光素子等に応用されている。最近では、可視光域の蛍光体粒子として、例えば特許文献1から3に開示がある、バンドギャップの狭いInPなどからなるコアをバンドギャップの広いZnSeなどからなるシェルで覆ったコア/シェル構造の量子ドットが開発されている。
【0003】
光の色の三原色は赤、青、緑であることから、緑色の蛍光体や量子ドットに需要がある。特に、深緑色(520nmの発光波長に相当)光を放射する蛍光体に強い需要がある。この蛍光体があれば、自然界に存在する色を全て再現できると考えられているが、実現されていない。
さらに、蛍光体、量子ドットには、高い量子効率(PLQY:Photoluminesence Quantum Yield)と、狭い半値幅のPL発光、および低い毒性の材料であることが求められている。
【0004】
しかしながら、現状の量子ドットは、緑色を示す波長500nm以上540nm以下域で高い量子効率と狭いPL半値幅を両立するものではなく、また毒性が認められている材料で構成されたものが大半であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011-76827号公報
【特許文献2】特開2010-138367号公報
【特許文献3】特開2019-218527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、波長500nm以上540nm以下の波長帯で高い量子収率と狭い半値幅を有する量子ドット、蛍光体およびそれらの製造方法を提供することを目的とする。また、高感度で視認性の高い緑色可視化染料および太陽光下で発色する緑色顔料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
コア部と前記コア部を覆うシェル部からなり、
前記コア部の表面は前記シェル部の内面側の表面と接しており、
前記コア部はインジウムリン(InP)の単結晶からなり、
前記シェル部は硫化亜鉛(ZnS)の単結晶からなり、
前記シェル部の厚さが0.2nm以上1.1nm以下である、量子ドット。
(構成2)
前記コア部は球形であり、前記コア部の直径が0.58nm以上2.95nm以下である、構成1記載の量子ドット。
(構成3)
前記コア部の結晶の格子定数と前記シェル部の結晶の格子定数が同一である、構成1または2記載の量子ドット。
(構成4)
前記格子定数は0.56nmである、構成3記載の量子ドット。
(構成5)
前記シェル部の厚さは0.27nm以上1.08nm以下である、構成1から4の何れか1項記載の量子ドット。
(構成6)
前記シェル部の厚さが0.81nmである、構成5記載の量子ドット。
(構成7)
コア部と前記コア部を覆うシェル部からなり、
前記コア部の表面は前記シェル部の内面側の表面と接しており、
前記コア部はインジウムリン(InP)の単結晶からなり、
前記シェル部は、前記コア部に接する第1のシェルと、前記第1のシェルに接する第2のシェルからなり、
前記第1のシェルはガリウムリン(GaP)の単結晶からなり、
前記第2のシェルは硫化亜鉛(ZnS)の単結晶からなり、
前記第1のシェル部の厚さが0.27nm以上1.9nm以下であり、
前記第2のシェル部の厚さが0.27nm以上1.9nm以下である、量子ドット。
(構成8)
前記コア部の直径が2.4nm以上2.95nm以下である、構成1から7の何れか1項記載の量子ドット。
(構成9)
酢酸インジウム、塩化インジウム、臭化インジウム、ヨウ化インジウムの内いずれか1以上と、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、臭化亜鉛、ヨウ化亜鉛からなる群より選ばれる1以上と、パルミチン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、オレイン酸からなる群より選ばれる1以上と、トリオクチルホスフィンと、1-オクタデセン(ODE)、ドデカン、テトラデカン、ヘキサデカン、オクタデカン、ドデセン、テトラデセン、ヘキサデセンからなる群より選ばれる1以上とを不活性ガス下で混合して第1の混合液を作製することと、
前記第1の混合液を真空下で第1の熱処理を行うことと、
前記第1の熱処理の後不活性ガス環境下で、前記第1の混合液に、トリオクチルホスフィンに亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶解させた第1の溶液を加えることと、
前記第1の溶液添加の後、前記第1の混合液を真空下で第2の熱処理を行うことと、
第2の熱処理の後、前記第1の混合液を不活性ガス下で第3の熱処理を行ってInPコアを作製することと、
前記InPコアと、ODEと、ドデカンチオール(DDT)または硫黄粉末と、オレイン酸亜鉛(Zn-OA)またはステアリン酸亜鉛(Zn-SA)とを混合し、真空下で保持して第2の混合液を作製することと、
前記第2の混合液を不活性ガス下で第4の熱処理を行うことと、
前記第4の熱処理後に、前記第2の混合液にDDTとZn-OAを添加し、不活性ガス下で第5の熱処理を行うことを含む、量子ドットの製造方法。
(構成10)
前記不活性ガスはアルゴンガスである、構成9記載の量子ドットの製造方法。
(構成11)
前記第1の熱処理の温度は、90℃以上140℃以下である、構成9または10記載の量子ドットの製造方法。
(構成12)
前記第2の熱処理の温度は、25℃以上60℃以下である、構成9から11の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
(構成13)
前記第3の熱処理の温度は、210℃以上320℃以下である、構成9から12の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
(構成14)
前記第4の熱処理の温度は、210℃以上320℃以下である、構成9から13の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
(構成15)
前記第5の熱処理の温度は、230℃以上320℃以下である、構成9から14の何れか1項記載の量子ドットの製造方法。
(構成16)
構成1から8の何れか1項記載の量子ドットを含む、緑色の蛍光体。
(構成17)
構成1から8の何れか1項記載の量子ドットを含む、緑色の可視化染料。
(構成18)
構成1から8の何れか1項記載の量子ドットを含む、緑色の顔料
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、波長500nm以上540nm以下の波長帯で高い量子収率と狭い半値幅を有する量子ドットおよび蛍光体が提供される。また、高感度で視認性の高い緑色可視化染料および太陽光下で発色する緑色顔料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の量子ドットの構造を示す断面図である。
【
図2】InP、GaPおよびZnSのバンドギャップを並べて示した特性図である。
【
図3】本発明の量子ドットを作製する工程を示すフローチャート図である。
【
図5】作製した試料の粉末X線回折を示す特性図である。
【
図6】作製した試料のPLスペクトルを示す特性図である。
【
図7】作製した試料のPL内部収率とPLピーク半値幅のZnSシェル厚さ依存性を示す特性図である。
【
図8】InPコアの光吸収スペクトルにおける第1エキシトンピーク特性に及ぼす真空度の影響を示す特性図である。
【
図9】脱ガス処理がInPコアの吸収スペクトルにおける第1エキシトンピーク特性に与える影響を示す特性図である。
【
図10】TEMによるコア/シェル粒子の結晶格子像である。
【
図11】作製した試料の粉末X線回折を示す特性図である。
【
図12】作製した試料のPLスペクトルを示す特性図である。
【
図14】InPコアおよびコヒーレントInP/GaP/ZnSコア/シェル/シェル粒子の粉末X線回折を示す特性図である。
【
図15】コヒーレントInP/GaP/ZnSからなるコア/シェル/シェル粒子の光吸収およびPLスペクトルを示す特性図である。
【
図16】InPコアの吸収スペクトルにおける第1エキシトンピーク特性に及ぼす出すガス時間の影響を示す特性図である。
【
図17】TEMによるコア/シェル粒子の結晶格子像である。
【
図18】ZnSシェルを厚くするための処理工程図である。
【
図19】InP/ZnSコア/シェルの光吸収スペクトルと、そのスペクトルからValley-depthを測定する方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。なお、文中に出てくるA-Bという表現は、A以上B以下を示す。
【0011】
(実施の形態1)
実施の形態1では、InP/ZnSからなるコア/シェル構造をもつ量子ドットについて述べる。
【0012】
<構造と効果>
発明者は、
図1に示すように、緑色を示す510-540nm波長域に蛍光(PL)ピークを示すサイズに粒子化したInPをコア11にして、1.1nm以下の厚さのZnSシェル12で被覆したコア/シェル構造とした量子ドット1は、PLピークが粒子サイズに依存して500-530nmの波長域で変調でき、PLスペクトルのピーク近傍の対称性が高く、PLピークの半値幅(PL-FWHM)が40nm以下で、量子収率(PLQY)が60%以上が得られることを、多大な研究を通して見出した。さらに光吸収スペクトルの第1エキシトンピークは急峻で、Valley-depthが0.51以下かつ半値幅が50nm以下でという優れた特性をもつことを見出した。
ここで、
図19に示すように、Valley-depth(VD)は下記式(1)で定義される。
VD=1-[吸光度(最小)/吸光度(最大)] ・・・(1)
【0013】
上記のように、実施の形態1の量子ドット1は、InPをコア11、ZnSをシェル12としたコア/シェル構造の量子ドットである。
InPコア11を用いて、波長500-530nmの緑の領域の量子ドット1とするために、InPコア11の大きさを調整する。
直接遷移型バンド構造をもつ半導体結晶をバルクのエキシトンボーア半径よりも小さな結晶に微小化すると、その微小結晶粒子中に電子・正孔や励起子が閉じこめられ、それらのエネルギー状態は離散的となり、粒子サイズに依存して光吸収・PLスペクトルはシフトするようになる。この原理を適用して、発光や光吸収スペクトルをドットサイズで変調した。そのためのInPコア11の具体的な直径は、0.27nm以上1.08nm以下である。
【0014】
ここで、InPコアサイズから計算されるPLピークとInP/ZnSからなる量子ドット1のPLピークには約10nmのシフトが認められ、InPコア11のPLピークが波長510-540nmになるようなInPコア11の大きさに設定しておくと、InP/ZnS量子ドット1のPLピークは波長500-530nmになる。
【0015】
この10nmのシフトは、ZnSを薄膜のシェル12として被覆したことによるInPコア11の表面における結晶格子収縮による。詳細は後述するが、3単分子以下のZnSをシェル材料にしてコヒーレントコアシェル材料を作製すると、InPコア11の格子定数は、InPおよびZnS本来の格子定数の中間値である0.56nmをとることを見出した。このことにより、InP格子が収縮するので、バンドギャップは大きくなり、PLピークは相対的に10nm短波長側へシフトする。したがって、実施の形態1では、InPコア11のサイズは、PLピークが10nmシフトすることを前提に設定しておくことが肝要になる。
【0016】
InPコア11の単分散性は高めておくことが好ましい。単分散性を高めると、PLスペクトルの対称性が高く、PLピークの半値幅が狭く、そして光吸収スペクトルの第1励起準位のピークが急峻な良好な特性をもつ量子ドットを提供することが可能になる。
【0017】
InPコア/ZnSシェル構造では、VBM(Valence Band Maximum)-CBM(Condition Band Minimum)のエネルギーバンドは
図2に示されるように、ZnSのバンドがInPのバンド(バンドギャップ)を完全に挟みむ。エネルギーバンド的に完全に挟み込んでいるため、キャリアはシェルにはみ出すことなくコアに留まる。このため、狭い半値幅PL-FWHMと高い量子収率PLQYが得やすくなる。仮に、挟み込めない場合はキャリアがシェルにまで染み出し、キャリアの放射性再結合がコナ内だけでなく、コア/シェル界面、さらにはシェルでも起こって、半値幅PL-FWHMは広くなり、量子収率PLQYは小さくなる。
【0018】
一般に、InPをコア11にしてZnSシェル12で被覆すると、材料本来のInPとZnSの格子定数の差は7.7%と大きいのでコア/シェル界面の格子整合性が低い。そのため、コア/シェル界面で生じる格子歪みエネルギーを下げるために、ダングリングボンドなどの格子欠陥や転位が界面に生成する。これらの欠陥は無輻射失活のチャンネルとして働き、キャリアの放射性再結合確率を減らす。結果として例えば量子収率PLQYは20%を下回る低い値をとる。
【0019】
コア/シェル界面における格子整合性を上げるために、コア/シェル/シェル構造が提案されている。典型的な半導体の組み合わせは、コアInPに対して内殻がZnSe、外殻がZnSである。格子整合性は、InPとZnSeの格子定数差は3.3%、ZnSeとZnSの格子定数差は4.4%なので、InP/ZnSの場合に比べて、異種結合界面における格子ミスマッチが低減される。
このダブルシェル構造は、600nmよりも長い波長域で発光する蛍光体として使用されるときは問題ないが、PL波長が530nmよりも短くなる波長域では、InPのバンドギャップはZnSeのバンドギャップではエネルギー的に挟み込めなくなるほどに増大する。上述のように、挟み込めないとキャリアはシェルにまで染み出し、キャリアの放射性再結合がコア内だけでなく、コア/シェル界面、さらにはシェルでも起こる。その結果、半値幅PL-FWHMは増大し、量子収率PLQYは減少するという問題が起こる。
また、このダブルシェル構造では、セレン、セレン化合物が用いられており、ジョイント・インダストリー・ガイドライン(JIG)における調査対象物質に選定される毒性の問題もある。
【0020】
本発明者は、前述のように、3単分子以下のZnSをシェル12の材料にしてInP/ZnSコヒーレントコアシェル量子ドット1を作製すると、InPコア11の表面の格子定数は、材料本来の0.587nmから変調されて0.56nmになり、ZnSシェル12の格子定数も材料本来の0.542nmから変調されて0.56nmになることを見出した。
コアとシェルが同一の格子定数をもつために、異種半導体が接合しているにも関わらず、コア/シェル界面の格子整合性が良い。さらに、上述のように、コア11のバンドギャップをZnSシェル12がエネルギー的に完全に挟み込めるので、キャリアをコア結晶内に強く閉じ込み(シェルに逃がさず)、放射性再結合確率を増大できる。その結果、60%以上という高い量子収率PLQYを得ることが可能になる。
【0021】
ここで、ZnSシェル12の厚さは、1単分子以上3単分子以下が好ましく、3単分子がさらに好ましい。nmで表すと、ZnSシェル12の厚さは、0.27nm以上1.08nm以下が好ましく、1.08nmがさらに好ましい。このようにすると高い量子収率PLQYと狭い半値幅PL-FWHMを得ることができる。
【0022】
以上述べてきたように、実施の形態1の量子ドット1は、コア粒子の単分散性が高く、PLスペクトルの対称性が高く、PLピークの半値幅が狭く、光吸収スペクトルの第1励起準位のピークが急峻で、量子収率PLQYが高い量子ドットである。
【0023】
実施の形態1の量子ドット1およびそれを含む材料は、高い量子収率をもち、PL半値幅も狭く、有毒性が指摘されている材料も含まない緑色の蛍光体として利用することができる。具体的には、液晶や有機ELなどのディスプレーに用いると、低電力でありながら高輝度の緑色蛍光体として使用できる。
また、実施の形態1の量子ドット1およびそれを含む材料は、高い量子収率をもち、PL半値幅も狭く、有毒性が指摘されている材料も含まない緑色の可視化染料として使用することもできる。具体的には、手術で用いる緑色の可視化染料などを挙げることができる。光を当てると高輝度で明瞭性の高いマーカーとなり、例えばがんの手術がやりやすくなる。
また、実施の形態1の量子ドット1およびそれを含む材料は、緑色の顔料、緑色の化粧品として使用することもできる。光が当たらない暗闇では目立った色を発色せず、太陽光などの光の下で色度図の緑の頂点付近の色を効率よく発色する、これまでにあまり例のない特徴をもった顔料、化粧品を提供することが可能になる。
【0024】
<製造方法>
量子ドット1の製造方法を、製造フローチャート図である
図3を参照しながら説明する。
最初に、酢酸インジウム、塩化インジウム、臭化インジウム、ヨウ化インジウムと酢酸亜鉛、塩化亜鉛、臭化亜鉛、ヨウ化亜鉛からなる群より選ばれる1以上と、パルミチン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、オレイン酸からなる群より選ばれる1以上と、トリオクチルホスフィンと、1-オクタデセン(ODE)、ドデカン、テトラデカン、ヘキサデカン、オクタデカン、ドデセン、テトラデセン、ヘキサデセンからなる群より選ばれる1以上とを不活性ガス下で混合して第1の混合液を作製する(工程S11)。ここで、不活性ガスとしては、アルゴンガス、クリプトンガス、ネオンガスなどの希ガスおよび窒素ガスを挙げることができ、混合を行うときの温度は、特に制限はないが、室温(例えば20℃以上25℃以下)が取り扱いが容易で好ましい。なお、酸としては、パルミチン酸が、収率が高く、特に好んで用いることができる。
【0025】
次に、第1の混合液を真空下で第1の熱処理を行う(工程S12)。
ここで、真空度としては60Pa以下が好ましい。60Pa以下とすることで光吸収スペクトルの狭い第1エキシトンピークを得ることができる。真空度の下限は特に制限はないが、取り扱いの容易さやコストを鑑みると15Pa以上とするのが好ましい。また、15Pa以下ではODEの蒸発が始まるので、熱処理温度を下げる必要がある。
また、第1の熱処理の温度は90℃以上140℃以下、第1の熱処理の時間は2時間以上12時間以下が、不純物を取り除くのに十分な温度と時間のため、好ましい。
【0026】
その後、不活性ガス環境下で、第1の混合液に、トリオクチルホスフィンに亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶解させた第1の溶液を加える(工程S13)。
【0027】
しかる後、第1の混合液を真空下で第2の熱処理を行う(工程S14)。
ここで、真空度としては60Pa以下が好ましい。60Pa以下とすることで光吸収スペクトルの半値幅が狭くValley-depthの大きな第1エキシトンピークを得ることができる。真空度の下限は特に制限はないが、取り扱いの容易さやコストを鑑みると15Pa以上とするのが好ましい。
また、第2の熱処理の温度は20℃以上60℃以下、第2の熱処理の時間は5分以上20分以下が、不純物を取り除くのに十分な温度と時間のため、好ましい。
【0028】
その後、第1の混合液を不活性ガス下で第3の熱処理を行ってInPコアを作製する(工程S15)。
ここで、不活性ガスとしては、アルゴンガスなどの希ガスや窒素ガス、及びそれらの混合ガスを挙げることができ、不活性ガスの圧力としては、特に制約はないが、取り扱いの容易さから大気圧が好ましい。
また、第3の熱処理の温度は210℃以上320℃以下、第3の熱処理の時間は2分以上30分以下が、オストワルド成長を抑制し均一な粒度を得るために、好ましい。
【0029】
次に、作製したInPコアと、ODEと、ドデカンチオール(DDT)または硫黄粉末と、オレイン酸亜鉛(Zn-OA)またはステアリン酸亜鉛(Zn-SA)とを混合し、真空下で保持して第2の混合液を作製する(工程S16)。
ここで、真空度としては60Pa以下が好ましい。60Pa以下とすることで光吸収スペクトルの半値幅の狭い第1エキシトンピークを得ることができる。真空度の下限は特に制限はないが、取り扱いの容易さやコストを鑑みると15Pa以上とするのが好ましい。
また、熱処理の温度は90℃以上140℃以下、熱処理の時間は20分以上30分以下が、狭いPL半値幅を有する緑色の蛍光体の適切な合成温度と時間のため、好ましい。
【0030】
その後、第2の混合液を不活性ガス下で第4の熱処理を行う(工程S17)。
ここで、不活性ガスとしては、アルゴンガスなどの希ガスおよび窒素ガス、またはこれらの混合ガスを挙げることができ、不活性ガスの圧力としては、特に制約はないが、取り扱いの容易さから大気圧が好ましい。
また、第4の熱処理の温度は210℃以上320℃以下、第4の熱処理の時間は20分以上30分以下が、作製したInPコア上にZnSシェルを均一に成長させるための適切な温度と時間のため、好ましい。
【0031】
しかる後、第2の混合液にDDTとZn-OAを添加し(工程S18)、不活性ガス下で第5の熱処理を行うことによって(工程S19)、量子ドットが製造される。
ここで、不活性ガスとしては、アルゴンガスなどの希ガスおよび窒素ガス、またこれらの混合ガスを挙げることができ、不活性ガスの圧力としては、特に制約はないが、取り扱いの容易さから大気圧が好ましい。
また、第5の熱処理の温度は、所望するZnSシェル膜厚に依存し、230℃以上320℃以下の範囲で制御する。第5の熱処理の時間はいずれの反応温度においても20分以上30分以下が、InPコア/ZnSシェル上にZnSシェルを単分子層ずつ成長させるために適切な温度と時間のため、好ましい。
図18に示す熱処理工程図は、DDTとZn-OA添加液量、熱処理温度およびシェル層の関係である。
【0032】
以上の工程により、コア粒子の単分散性が高く、PLスペクトルの対称性が高く、PLピークの半値幅が狭く、光吸収スペクトルの第1励起準位のピークが急峻で、量子収率PLQYが高い量子ドット1を提供することが可能になる。
【0033】
(実施の形態2)
実施の形態2では、InP/GaP/ZnSからなるコア/シェル/シェル構造をもつ量子ドットについて述べる。
【0034】
InPコアは実施の形態1に準拠する。
GaPシェルは、厚さ0.27nm以上1.9nm以下、分子数で表すと1単分子以上7単分子以下、ZnSシェルは、厚さ0.27nm以上1.9nm以下、分子数で表すと1単分子以上7単分子以下が好ましく、GaPシェルの厚さは1単分子、ZnSシェルはの厚さは3単分子がより好ましい。
このようにすると、InP/GaP/ZnSの格子整合性が高くなる。すなわち、InP、GaP、ZnSの材料自体の格子定数は、それぞれ0.587nm、0.545nmおよび0.542nmであるが、InPコアは実施の形態1に準拠し、シェルが上記の厚さの場合は、InPコア表面、GaPシェル、ZnSシェルの格子定数は、全て0.56nmに変調される。
さらに、
図2に示されているように、GaPシェルのバンドギャップは、InPコアのそれをほぼ挟み込み、ZnSシェルのバンドギャップはGaPシェルのそれを完全に挟み込んでいるので、電荷キャリアをコア結晶内に強く閉じ込み(シェルに逃がさず)、放射性再結合確率を増大できる。
【0035】
このため、実施の形態2の量子ドットは、実施の形態1と同様に、コア粒子の単分散性が高く、PLスペクトルの対称性が高く、PLピークの半値幅が狭く、光吸収スペクトルの第1励起準位のピークが急峻で、量子収率PLQYが高い量子ドットである。
【0036】
実施の形態2の量子ドットおよびそれを含む材料は、高い量子収率をもち、PL半値幅も狭く、有毒性が指摘されている材料も含まない緑色の蛍光体として利用することができる。具体的には、量子ドットディスプレーに用いると、低電力でありながら演色性が高く、高輝度の緑色蛍光体として使用できる。
また、実施の形態2の量子ドットおよびそれを含む材料は、高い量子収率をもち、PL半値幅も狭く、有毒性が指摘されている材料も含まない緑色の可視化染料として使用することもできる。具体的には、手術で用いる緑色の可視化染料などを挙げることができる。光を当てると高輝度で明瞭性の高いマーカーとなり、例えばがんの手術がやりやすくなる。
また、実施の形態2の量子ドットおよびそれを含む材料は、緑色の顔料、緑色の化粧品として使用することもできる。光が当たらない暗闇では目立った色を発色せず、太陽光などの光の下で色度図の緑の頂点付近の色を効率よく発色する、これまでにあまり例のない特徴をもった顔料、化粧品を提供することが可能になる。
【0037】
InP/GaP/ZnSからなるコア/シェル/シェル構造の量子ドットは、下記の工程により製造することができる。
InPコアは実施の形態1に準拠して作製する。
GaP/ZnSシェルは下記により形成する。InPコア、ODE、GaCl3を混合して、室温、真空度60Pa以下に保持した試料を不活性ガスの大気圧下において200℃に到達した段階で、まずはGaPシェルを形成し、同温度でDDTとZn-OAを添加し、230℃に昇温し、DDTとZn-OAを添加し、その後240℃の熱処理を施すことによりZnSシェルを形成する。
【0038】
以上の工程により、コア粒子の単分散性が高く、PLスペクトルの対称性が高く、PLピークの半値幅が狭く、光吸収スペクトルの第1励起準位のピークが急峻で、量子収率PLQYが高い量子ドットを提供することが可能になる。
【実施例0039】
(実施例1)
実施例1では、InPコアからなるサンプルAを作製してその特性を評価した。その作製工程を下記に示す。
最初に、酢酸インジウム(0.15mmol)、酢酸亜鉛(0.075mmol)、パルミチン酸 (0.6mmol)および1-オクタデセン(ODE、6.3mL)を混合してアルゴンガスでパージした。なお、アルゴンガスに代えて廉価な窒素ガスを用いてもよかった。
その後、真空度60Pa以下で140℃まで昇温し、同温度で12時間保持した後に、室温まで冷却し、アルゴン大気圧環境に保持した。
続いて0.12mmolの亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶かしたトリオクチルホスフィン(1mL)を加え、真空度60Pa以下で40℃に昇温し、同温度で10分保持した。室温に戻してからアルゴン大気圧にして、300℃へ昇温、10分保持することでInPコアを得た。
【0040】
InPコアの直径は、走査型透過電子顕微鏡(SEM)で実測したところ、2.42nmであった(
図4)。また単分散性は、±0.3nmであった。
図5のサンプルAに示された粉末X線回折法(XRD)から、格子定数は0.58nmと算出された。この値はInP結晶の理論値(0.58nm)と一致している。
図6のサンプルAに示されているように、PLスペクトルは510nmと660nmに2つのピークをもつ低対称なスペクトル形状を有する。510nmに位置するPLピークの半値幅(FWHM)は54nmであった(
図7白丸)。また、PL内部量子収率(PLQY)は1%であった(
図7黒丸)。また、
図8に示されているように、光吸収スペクトルの460nmに表されている第1エキシトンピークは、急峻で、半値幅FWHMは48nmであった(
図9)。InPコア単体では量子収率PLQYは十分に小さいものである。
【0041】
(実施例2)
実施例2では、コヒーレントコア/シェル構造の量子ドットであるサンプルBを作製してその特性を評価した。
最初に、上記工程により作製したInPコアであるサンプルAを準備した。
ZnSシェルは下記工程により作製した。
まず、InPコア(サンプルA)(2mL)、ODE(2mL)、ドデカンチオール(DDT、0.52mmol、124μL)、オレイン酸亜鉛(Zn-OA、0.4mol/L、1mL)を混合して、室温、真空度60Pa以下で30分保持した。
続いてアルゴン大気圧にして、230℃へ昇温、230℃で20分保持することでInP/ZnSコア/シェル粒子を得た。これをここでは、サンプルBとする。
【0042】
図5に示されているXRDパターンから、サンプルBの回折ピークは、低角度側へシフトしている。回折ピーク位置から算出された格子定数は、0.56nmであった。
HRTEM(High Resolution Transmission Electron Microscope)計測値から見積もった(111)結晶の面間隔は,0.32nmであった(
図10)。この面間隔から格子定数は0.56nmと見積もられ、これはXRDより算出された値と一致した。
HRTEM観察から、ZnSシェルの膜厚は0.54nmと見積もられた。この厚さは2単分子膜厚のシェルに相当するものである。
PLスペクトルは、
図6に示すとおり、500nmにのみピークをもち、他にピークをもたず、対称性も高かった。
図7(同図の左から2番目の点)に示すとおり、量子収率PLQYは37%、PLピークの半値幅であるPL-FWHMは35nmであった。また、光吸収スペクトルの第1キシトンピークのFWHMは、43nmであった。
【0043】
(実施例3)
実施例3では、極大のPL値を与えるコヒーレントコア/シェル構造の量子ドットであるサンプルCを作製してその特性を評価した。
最初に、InPコアとしてサンプルAを準備した。
ZnSシェルは、下記工程により作製した。
InPコア(2mL)、ODE(2mL)、DDT(124μL)およびZn-OA(1mL)を混合して、室温、真空度60Pa以下で30分保持した。続いてアルゴン大気圧にして、230℃へ昇温、同温度で20分保持し、続いてDDT(124μL)とZn-OA(1mL)を添加して240℃に昇温し、20分間保持することで3単分子シェルからなる量子ドット(サンプルC)を作製した。
【0044】
XRDから算出した格子定数は、0.56nmであった。
HRTEM観察から、ZnSシェルの膜厚は0.81nmと見積もられた。
HRTEMから計測した(111)面の面間隔は0.32nmであり、この面間隔から格子定数は0.56nmと見積もられ、XRDから計算された値と一致した。
図7(同図の左から3番目の点)に示されるように、PL内部量子収率(PLQY)は60%であった。PLスペクトルは対称で、ピークは500nmに観察された。PLピークの半値幅FWHMは35nmであり、光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHMは44nm、Valley-depthは0.51(
図19)であった。以上から、3単分子シェルからなるInP/ZnSコヒーレントコア/シェル構造の量子ドットは、高い量子収率PLQYと狭い半値幅PL‐FWHMをもつ量子ドットであった。
【0045】
(実施例4)
実施例4では、コアサイズを変えたコヒーレントコア/シェル構造の量子ドットであるサンプルDを下記の工程により作製してその特性を評価した。
InPコアは、下記工程により作製した。
最初に、酢酸インジウム(0.15mmol)、酢酸亜鉛(0.075mmol)、パルミチン酸(0.6mmol)およびODE(6.3mL)を混合してアルゴンガスでパージした。引き続き、真空度60Pa以下で140℃まで昇温し、同温度で0.12mmolの亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶かしたトリオクチルホスフィン(1mL)を加え、真空度60Pa以下で、40℃に昇温し、同温度で10分保持した。室温に戻してからアルゴン大気圧にして、300℃へ昇温し、15分保持することでInPコアを作製した。
このInPコアのPLピークは、波長535nmに観察された。
このInPコアにZnSシェルをサンプルCと同様の作製条件で形成し、コヒーレントコア/シェル構造の量子ドット(サンプルD)を作製した。
【0046】
その結果、実施例3と同様シェル形成後、回折線は広角側へシフトした(
図11)。XRDパターンから算出した格子定数は0.56nmであった。
量子収率PLQYは62%、半値幅PL-FWHMは40nm、PLスペクトルは対称で、ピークは525nmに観察された(
図12)。波長525nmは、
図13に示す色度図の緑領域の頂点付近に位置する波長である。このため、この量子ドットを蛍光体、染料、あるいは顔料として使用するとカバーする色合いの範囲を拡げることができる。その上で、この量子ドットは、62%という高い量子収率PLQYと狭い半値幅PL-FWHMをもつのであることが示された。
【0047】
(実施例5)
実施例5では、コヒーレントInP/GaP/ZnS(コア/シェル/シェル)構造の量子ドットを下記の工程により作製してその特性を評価した。
InPコアは実施例1と同じ方法で得た。
GaP/ZnSシェルは、InPコア(2mL)、ODE(2mL)、GaCl3(3mg)を混合して、室温、真空度60Pa以下で30分保持した後にアルゴン大気圧にし、昇温し、200℃に到達した段階で、DDT(124μL)とZn-OA(1mL)を添加した。引き続いて、230℃に昇温して20分間保持し、続いてDDT(124μL)とZn-OA(1mL)を添加した。その後に240℃に昇温し、20分間保持することで形成した。
得られた量子ドットは、1単分子シェルのGaPシェルと2単分子シェルのZnSシェルからなる3単分子シェルである。したがって、GaPシェルの厚さは0.27nm、ZnSシェルの厚さは0.54nmである。
【0048】
図14にXRDパターンを示す。
InPコアのXRDと比較すると、GaP/ZnSシェルにより回折線が広角側へシフトした。
回折線から格子定数は0.56nmと算出され、コヒーレントコア/シェル/シェル構造を有していることがわかった。GaP結晶の格子定数0.545nmはZnS結晶の格子定数0.542nmとほぼ等しいので、InP/ZnSからなるコヒーレントコア/シェル構造のときと同じく0.56nmの格子定数であったと考えられる。
InP/GaP/ZnSからなるコア/シェル/シェル粒子の量子収率PLQYは82%と極めて高く、半値幅PL-FWHMは38nmと狭く、PLスペクトルは対称で、ピークは513nmであった。また光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHMは44nmであった(
図15)。
【0049】
この量子ドットのPLピーク波長である513nmは、
図13に示す色度図の緑領域の頂点付近に位置する波長である。このため、この量子ドット(コヒーレントInP/GaP/ZnS(コア/シェル/シェル))を蛍光体、染料、あるいは顔料として使用するとカバーする色合いの範囲を拡げることができる。その上で、この量子ドットは、極めて高い量子収率PLQYと狭い半値幅PL-FWHMをもつのであることが示された。
【0050】
(比較例1)
比較例1では、下記サンプルを作製してInPコア合成時における真空度の影響を調べた。
InPコアは、下記工程で作製した。
最初に、酢酸インジウム(0.15mmol)、酢酸亜鉛(0.075mmol)、パルミチン酸(0.6mmol)およびODE(6.3mL)を混合して、アルゴンガスでパージした。続いて、真空度120-180Pa下で140℃まで昇温し、同温度で12時間保持した後に、室温まで冷却してアルゴン大気圧とした。引き続いて、0.12mmolの亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶かしたトリオクチルホスフィン(1mL)を加え、真空度120-180Pa下で40℃に昇温し、10分間保持することで脱ガスした。その後、室温に戻してから、アルゴン大気圧にして300℃へ昇温し、同温度で10分保持することでInPコアを作製した。
図8に示すとおり、InPコアの光吸収スペクトルの第1エキシトンピークの急峻度はサンプルAに比べると低く、またピークの半値幅FWHMは55nmに留まった。真空度は120-180Paでは不十分で、実施例で示したように60Pa以下にすることが好ましい。
【0051】
(比較例2)
比較例2では、下記サンプルを作製してInPコア合成時における脱ガス時間の影響を調べた。
InPコアは、下記工程で作製した。
InPコアは、酢酸インジウム(0.15mmol)、酢酸亜鉛(0.075mmol)、パルミチン酸(0.5mmol)およびODE(6.3mL)を混合してアルゴンガスでパージした。続いて、真空度120-180Pa下で140℃まで昇温し、同温度で2時間保持した後に、室温まで冷却してアルゴン大気圧とした。引き続いて、0.12mmolの亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶かしたトリオクチルホスフィン(1mL)を加え、真空度120-180Pa下40℃に昇温し、10分間保持することで脱ガスした。室温に戻してからアルゴン大気圧にして、300℃へ昇温、同温度で10分保持することでInPコアを得た。したがって、比較例2は、材料を混合した後の140℃の熱処理時間を比較例1の12時間から2時間に短縮したこと以外は、比較例1に準拠している。
その結果、比較例2の光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHMは、67nmに拡がった(
図16)。脱ガス時間が短いと特性が劣化することが確認された。
【0052】
(比較例3)
比較例3では、下記サンプルを作製してInPコア合成時において、リン源を添加した際に真空引きを行うことの影響を調べた。
InPコアの作製工程は、材料を混合してアルゴンガスでパージした後の真空度を120-180Paから実施例に示した60Paに変更したことと、トリオクチルホスフィン(1mL)を添加した後の脱ガス処理を行わないこと以外は、比較例1に準拠させた。
すなわち、比較例3のInPコアは下記の工程により作製した。最初に、酢酸インジウム(0.15mmol)、酢酸亜鉛(0.075mmol)、パルミチン酸(0.6mmol)およびODE(6.3mL)および1-オクタデセン(ODE、6.3mL)を混合してアルゴンガスでパージした。続いて、真空度60Pa以下で140℃まで昇温し、同温度で12時間保持した後に、室温まで冷却しアルゴン大気圧とした。引き続いて、0.12mmolの亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶かしたトリオクチルホスフィン(1mL)を加え、脱ガス処理を行わず、300℃へ昇温、10分保持することでInPコアを得た。
その結果、比較例3の光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHMは、55nmであった(
図9)。
【0053】
<実施例2、比較例1、比較例2、比較例3から得た結論>
脱ガスは、新しい薬品を添加した際には全ての工程で必要である。
また、脱ガスを行う真空度については、60Pa以下で行うことで、光吸収スペクトルの狭い第1エキシトンピークを得られる。
また、140℃で行う脱ガスに関しては12時間以上行うことで、光吸収スペクトルの第1エキシトンピークは狭くなる。
以上、酢酸を含む不純物の脱ガス除去を充分に行うことで、光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHMを小さくすることが可能となる。
【0054】
(比較例4)
比較例4では、下記サンプルを作製して直鎖飽和脂肪酸の分子鎖長の影響を調べた。
InPコアは、酢酸インジウム(0.15mmol)、酢酸亜鉛(0.075mmol)、ラウリン酸 (0.6mmol)および1-オクタデセン(6.3mL)に、0.12mmolの亜リン酸トリス(トリメチルシリル)を溶かしたトリオクチルホスフィン(1mL)を加え、アルゴンガス雰囲気中で300℃、10分加熱することで作製した。
ZnSシェル形成は実施例3と同様に行った。
【0055】
XRDから計算した格子定数は0.56nmであった。量子収率PLQYは50%、PLスペクトルは対称で、ピークは510nmに観察された。半値幅PL-FWHMは39nmであった。C12-C16の範囲で炭化水素鎖の鎖長を変えてもコヒーレントコア/シェル構造は作製できるが、パルミチン酸で最も良い光学特性が得られた。
【0056】
(比較例5)
比較例5では、下記サンプルEを作製して、InP/ZnS構造で、シェル層を4層に厚したときの影響を調べた。
InPコアは、実施例1と同じ方法で作製した。
ZnSシェルは下記方法により形成した。
最初に、InPコア(2mL)、ODE(2mL)、DDT(124μL)およびZn-OA(1mL)を混合して、アルゴンガス雰囲気中、230℃で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)とZn-OA(1mL)を添加し、240℃に昇温し、同温度で20分間保持した。引き続いて、DDT(124μL)とZn-OA(1mL)を添加して250℃に昇温し、同温度で20分間保持することでZnSシェルを形成した。
【0057】
XRDから算出された格子定数は0.55nmであり、高解像TEM(HRTEM)から計測されたZnSシェルの膜厚は1.08nmであった。量子収率PLQYは30%で、PLピークは510nmに観察された。半値幅PL-FWHMは42nmであり、光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHM=48nmであった。
【0058】
(比較例6)
比較例6では、下記サンプルFを作製して、InP/ZnS構造で、シェル層を比較例5よりさらに1層厚して5層にしたときの影響を調べた。
InPコアは、実施例1と同じ方法で作製した。
ZnSシェルは、下記方法により形成した。
最初に、InPコア(2mL)、ODE(2mL)、DDT(124μL)およびZn-OA(1mL)を混合して、アルゴンガス雰囲気中、230℃で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し、240℃に昇温し、同温度で20分間保持した。引き続き、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し250℃に昇温して、同温度で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し260℃に昇温して、同温度で20分間保持した。引き続き、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し270℃に昇温して、同温度で20分間保持した。続いてDDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し、280℃に昇温し、同温度で20分間保持することでZnSシェルを形成した。
【0059】
XRDから算出された格子定数は0.54nmであり、HRTEMから計測されたZnSシェルの膜厚は1.35nmであった。量子収率PLQYは25%で、PLピークは510nmに観察された。半値幅PL-FWHMは45nmであり、光吸収スペクトルの第1キシトンピークFWHMは50nmであった。
【0060】
(比較例7)
比較例7では、下記サンプルGを作製して、InP/ZnS構造で、シェル層を比較例6よりさらに3層厚くして8層にしたときの影響を調べた。
InPコアは、実施例1と同じ方法で作製した。
ZnSシェルは、下記方法により形成した。
図18にZn-OA添加工程を示す。
最初に、InPコア(2mL)、ODE(2mL)、DDT(124μL)およびZn-OA(1mL)を混合して、アルゴンガス雰囲気中、230℃で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し、240℃に昇温し、同温度で20分間保持した。引き続き、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し250℃に昇温して、同温度で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し260℃に昇温して、同温度で20分間保持した。引き続き、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し270℃に昇温して、同温度で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し280℃に昇温して、同温度で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し290℃に昇温して、同温度で20分間保持した。続いて、DDT(124μL)、Zn-OA(1mL)を添加し300℃に昇温して、同温度で20分間保持することでZnSシェルを形成した。
【0061】
XRDから算出した格子定数は0.54nmであり、HRTEMから計測されたZnSシェルの膜厚は2.16nmであった。HRTEMから計測した(111)面の面間隔0.31nmはZnS(111)面の面間隔と一致し(
図17)、その値から算出された格子定数はXRDから算出された値と一致した。量子収率PLQYは19%、PLピークは510nmに観察された。半値幅PL-FWHMは50nmであり、光吸収スペクトルの第1エキシトンピークFWHMは58nmであった。
【0062】
<ZnSシェル厚さ依存性>
ZnSシェルの厚さと量子収率およびPL半値幅の関係を
図7に示す。この図は、サンプルAからGまでのデータを左から順に並べたものである。
この図から、ZnSの厚さが3単分子に相当する1.08nm以下で高い量子収率および狭いPL半値幅が得られ、特にZnSの厚さが1.08nmで最も高い量子収率および最も狭いPL半値幅が得られることがわかる。
本発明により、波長500nm以上540nm以下の波長帯で高い量子収率と狭い半値幅を有する量子ドットおよび蛍光体が提供される。この蛍光体の波長は色度図の緑の頂点に位置するものであり、例えばカラーディスプレーの緑色蛍光体として高い市場価値をもつ。また、本発明の量子ドットは、癌等の検出に好適な高感度で視認性の高い緑色可視化染料や太陽光下で発色する緑色顔料化粧品へも適用可能である。
このため、産業の発展に大いに寄与するものと考える。