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特開2023-36117熱放出型電子銃及び荷電粒子ビーム装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023036117
(43)【公開日】2023-03-14
(54)【発明の名称】熱放出型電子銃及び荷電粒子ビーム装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/06 20060101AFI20230307BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20230307BHJP
【FI】
H01J37/06 A
H01J37/28 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021142940
(22)【出願日】2021-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松原 信一
(72)【発明者】
【氏名】佐山 淳一
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101AA03
5C101DD08
5C101DD13
5C101DD30
5C101DD40
5C101GG23
5C101KK09
5C101KK19
5C101LL06
(57)【要約】
【課題】フィラメント破断のタイミングを精度良く知ることを可能にし、装置の利用効率を向上させる。
【解決手段】熱放出型電子銃は、フィラメント11に印加する電圧の極性を切り替え可能に接続する極性切り替え機構113と、フィラメント11が接続される端子117,118間の電圧を測定する電圧計112と、極性切り替え機構を制御する切り替え制御装置114と、直流電源111の直流電流値及び電圧計により測定された電圧に基づき算出されたフィラメントの抵抗値に基づき、フィラメントの残りの寿命を予測する制御装置116とを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラメントと、
前記フィラメントの一端が接続される第1の端子と、
前記フィラメントの他端が接続される第2の端子と、
前記フィラメントに直流電流を流すための直流電源と、
前記直流電源と前記第1の端子及び前記第2の端子とを、前記フィラメントに印加する電圧の極性を切り替え可能に接続する極性切り替え機構と、
前記フィラメントに対して負のバイアス電圧が印加されるウエネルト電極と、
前記ウエネルト電極を挟んで前記フィラメントと対向するアノードと、
前記第1の端子と前記第2の端子との間の電圧を測定する電圧計と、
前記極性切り替え機構を制御する切り替え制御装置と、
前記直流電源の直流電流値及び前記電圧計により測定された電圧に基づき算出された前記フィラメントの抵抗値に基づき、前記フィラメントの残りの寿命を予測する制御装置と、を有する熱放出型電子銃。
【請求項2】
請求項1において、
前記フィラメントは中央が折り曲げられた金属細線であり、
前記金属細線の両端部が前記第1の端子及び前記第2の端子に溶接されている熱放出型電子銃。
【請求項3】
請求項1において、
前記電圧計は、前記極性切り替え機構を介することなく、前記第1の端子及び前記第2の端子に接続される熱放出型電子銃。
【請求項4】
請求項1において、
前記極性切り替え機構は、前記直流電源の正極の接続先を前記第1の端子と前記第2の端子との間で切り替える第1のリレー素子と前記直流電源の負極の接続先を前記第1の端子と前記第2の端子との間で切り替える第2のリレー素子とを備える熱放出型電子銃。
【請求項5】
真空排気される筐体と、
真空排気される試料室と、
前記筐体に内蔵され、請求項1記載の熱放出型電子銃を含み、前記熱放出型電子銃からの電子ビームを前記試料室内に配置される試料に照射する荷電粒子光学系と、
前記電子ビームが前記試料に照射されることにより放出される信号電子を検出する検出器とを備え、
前記制御装置による前記フィラメントの残りの寿命予測に基づき、前記フィラメントの破断のタイミングを表示あるいは警告する荷電粒子ビーム装置。
【請求項6】
請求項5において、
前記筐体または前記試料室内の湿度を測定する湿度計を有し、
前記制御装置は、前記湿度計により測定される湿度を用いて前記フィラメントの残りの寿命を予測する荷電粒子ビーム装置。
【請求項7】
請求項5において、
前記筐体の真空度を測定する真空計を有し、
前記制御装置は、前記真空計により測定される真空度を用いて前記フィラメントの残りの寿命を予測する荷電粒子ビーム装置。
【請求項8】
請求項5において、
前記制御装置は、前記フィラメントの形状情報を用いて前記フィラメントの残りの寿命を予測する荷電粒子ビーム装置。
【請求項9】
請求項8において、
交換するフィラメントの形状を把握する形状把握モードを有し、前記フィラメントの形状情報は、当該フィラメントの交換前に前記形状把握モードにより把握されたフィラメントの形状情報である荷電粒子ビーム装置。
【請求項10】
請求項5において、
前記切り替え制御装置は、前記極性切り替え機構が、前記直流電源の正極を前記第1の端子に接続し、前記直流電源の負極を前記第2の端子に接続する時間と、前記極性切り替え機構が、前記直流電源の正極を前記第2の端子に接続し、前記直流電源の負極を前記第1の端子に接続する時間とがあらかじめ決められた割合になるように、前記極性切り替え機構を制御する荷電粒子ビーム装置。
【請求項11】
請求項10において、
前記切り替え制御装置は、前記フィラメントの破断情報を用いて、前記極性切り替え機構が、前記直流電源の正極を前記第1の端子に接続し、前記直流電源の負極を前記第2の端子に接続する時間と、前記極性切り替え機構が、前記直流電源の正極を前記第2の端子に接続し、前記直流電源の負極を前記第1の端子に接続する時間との割合を変更する荷電粒子ビーム装置。
【請求項12】
請求項11において、
破断したフィラメントの形状を把握する形状把握モードを有し、前記フィラメントの破断情報は、フィラメントの破断時に前記形状把握モードにより把握されたフィラメントの破断位置情報である荷電粒子ビーム装置。
【請求項13】
請求項10において、
前記切り替え制御装置は、前記フィラメントの形状情報を用いて、前記極性切り替え機構が、前記直流電源の正極を前記第1の端子に接続し、前記直流電源の負極を前記第2の端子に接続する時間と、前記極性切り替え機構が、前記直流電源の正極を前記第2の端子に接続し、前記直流電源の負極を前記第1の端子に接続する時間との割合を変更する荷電粒子ビーム装置。
【請求項14】
請求項5において、
GUIを表示するディスプレイを有し、
前記GUIには、前記極性切り替え機構が前記フィラメントに印加する電圧の極性を切り替え動作中であることを示すアラート、または前記フィラメントに印加される電圧の現在の極性、または前記フィラメントに印加される電圧の極性切り替えを指示するトグルボタンを含む荷電粒子ビーム装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に対して荷電粒子線を照射する荷電粒子ビーム装置、及びそれに用いる熱放出型電子銃に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁界レンズを通して電子ビームを集束し、これを走査しながら試料に照射して、試料から放出される荷電粒子(2次電子)を検出することにより、試料表面の構造を観察することができる。これを走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)と呼ぶ。この技術は微細な構造の可視化に広く用いられている。SEMは、金属などの材料の形状や組成の観察や、生体試料の形状や形態の観察や、半導体デバイスのパターンの寸法や欠陥管理のための検査用途に広く用いられている。
【0003】
SEM技術を用いる際に重要なポイントは電子源から放出される電子ビームの電流を安定に保つことである。照射される電子ビームの電流が揺らぐと、SEMで観察される像の明るさが揺らぎ、像質が悪化する。最悪のケースにおいては電子ビームの放出が何らかの影響で止まり、観察の中止を余儀なくされることもありうる。
【0004】
電子銃には様々なタイプがあるがショットキー型電子銃や電界放出型の電子銃の寿命は非常に長く、1~2年は継続的に使用可能である。一方でタングステンなどの金属をフィラメント状にし、通電加熱により発生する熱電子を用いるタイプの電子銃を熱電子銃、あるいは熱放出型電子銃と呼ぶ。この手法においては非常に簡便な原理に基づいており、短期的には高安定な電子ビームを得られ、しかも安価に装置を構成できる。その一方で、この手法においてはフィラメントが高温で使用されるので、昇華によりフィラメントが損耗し、フィラメントが細くなることで、最終的には断線してしまう。このフィラメント寿命は一般的には50時間~100時間であり、上記の他方式の寿命と比較すると非常に短いことがわかる。
【0005】
特許文献1は、カソードとしてLaBを用いる熱電子放出型の電子銃に関する。カソードに長時間同じ方向の電流を流すことにより、蒸発したカソード材料であるLaBが片側のヒーターのみに飛散して付着することにより機械的な傾きが発生する。この傾きが大きくなると、カソードの機械的な傾きに伴う電子ビームの傾きが調整不能となり、本来の寿命よりも短い周期で交換が必要となる。このため、特許文献1にはカソードに電流を供給する電源の極性を変更することにより長寿命化を図ることが開示されている。
【0006】
特許文献2には、試料の観察画像を生成するために要する撮像時間を算出するとともに、フィラメントの残り使用可能時間を推定し、撮像時間が残り使用可能時間よりも長い場合にはその旨を提示する荷電粒子線装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-283217号公報
【特許文献2】国際公開第2020/170408号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
熱電子源を用いたSEMにおいて長時間必要な観察や分析の途中でフィラメントが断線すると、再度その観察や分析が最初からやり直しになるが、断線したフィラメント交換をすることにより、観察分析箇所の視野探しや、フォーカス調整、などの前準備も必要になることから、装置の利用効率の低下につながる。また前もってフィラメントを交換することも可能ではあるが、より多くのフィラメントの消費するためコスト増加をまねく。このためフィラメントの断線のタイミングを事前に精度よく知ることが必要である。
【0009】
特許文献2にも開示されているように、フィラメントの断線を事前に知る手法として、フィラメントの抵抗を測定する手法は広く知られている。しかしながら、フィラメントが断線するまでの時間は様々の要因でばらつくため寿命を正確に予測することは困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施の態様である熱放出型電子銃は、フィラメントと、フィラメントの一端が接続される第1の端子と、フィラメントの他端が接続される第2の端子と、フィラメントに直流電流を流すための直流電源と、直流電源と第1の端子及び第2の端子とを、フィラメントに印加する電圧の極性を切り替え可能に接続する極性切り替え機構と、フィラメントに対して負のバイアス電圧が印加されるウエネルト電極と、ウエネルト電極を挟んでフィラメントと対向するアノードと、第1の端子と第2の端子との間の電圧を測定する電圧計と、極性切り替え機構を制御する切り替え制御装置と、直流電源の直流電流値及び電圧計により測定された電圧に基づき算出されたフィラメントの抵抗値に基づき、フィラメントの残りの寿命を予測する制御装置とを有する。
【発明の効果】
【0011】
ユーザはフィラメント破断のタイミングを精度良く知ることができ、装置の利用効率を向上させられる。
【0012】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】熱放出型電子銃の構成図である。
図2】熱放出型電子銃を備える荷電粒子ビーム装置の構成図である。
図3】フィラメントの破断パターンの例である。
図4】フィラメントの破断パターンの例である。
図5】フィラメントが経過時間ごとに損耗する様子を示す図である。
図6】フィラメント寿命の測定結果の分布である。
図7A】極性切り替え機構によりフィラメントに印加する電圧の極性を切り替える様子を示す図である。
図7B】極性切り替え機構によりフィラメントに印加する電圧の極性を切り替える様子を示す図である。
図8A】加熱したフィラメントの温度分布(輝度分布)を示す図である。
図8B】加熱したフィラメントの温度分布(輝度分布)を示す図である。
図9A】フィラメントの全体外観を示す光学顕微鏡像である。
図9B】フィラメント先端近傍の光学顕微鏡像(拡大図)である。
図10A】フィラメント径の減少率の時間依存性を表すグラフである。
図10B】フィラメント径の減少率とフィラメント抵抗の上昇率の相関を表すグラフである。
図11】フィラメント径の減少速度(フィラメント蒸発速度)の温度依存性を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下では本発明の理解を容易にするため、本発明の実施形態に係る荷電粒子ビーム装置の具体的構成について図面を用いて説明する。
【0015】
図1は、荷電粒子ビーム装置に使用する熱放出型電子銃1の構成図である。フィラメント11はタングステン等の金属の細線でできており、直流電源111から電流を流すことによりジュール加熱現象によって加熱され、熱電子放出現象で電子が放出される。フィラメント11は端子A117及び端子B118に溶接処理などにより接続される。端子はそれぞれ絶縁碍子12に接続され固定される。このようにしてフィラメントアセンブリ10は構成される。
【0016】
フィラメント11の電位は加速電圧電源119によって調整され、発生した電子はこの電位によって加速される電子ビームを形成する。電子ビームはウエネルト電極14及びウエネルト電極電源141により電位を調整することにより、主にその電流量が調整される。ウエネルト電極電源141は、ウエネルト電極14にフィラメント11に対して負のバイアス電圧を印加する。アノード15はウエネルト電極14を挟んでフィラメント11と対向するように配置され、典型的にはグランド電位に接続されるが、必要に応じて電圧を印加してよい。
【0017】
図2に荷電粒子ビーム装置の例として、熱放出型電子銃1を備える走査電子顕微鏡100を示す。熱放出型電子銃1の構成により引き出された電子ビーム31は、必要に応じて第1集束レンズ21、第2集束レンズ22によって集束される。これら二つのレンズの構成により、試料26に電子ビーム31に照射される際の電流量と開き角が自由に変更できる。電子ビーム31は必要に応じて、第1偏向コイル23、第2偏向コイル24によってビームの偏向量が調整される。また、これらのコイルによって試料26上で電子ビーム31を走査し、その結果放出される信号電子を検出器で検出することで走査電子顕微鏡像(SEM像)を得ることができる。偏向コイル23,24は磁界による作用でビーム偏向を行うものであっても、電極に電圧を印加することにより発生する電場による作用でビーム偏向を行うものであってもよい。電子ビーム31は最後に対物レンズ25によってフォーカスされる。これによりビームをより細く集束することができる。
【0018】
第1集束レンズ21及び第2集束レンズ22、第1偏向コイル23及び第2偏向コイル24、対物レンズ25はそれぞれ電源211、電源231、電源251によって電流または電圧が印加される。これらのレンズ、偏向器は熱放出型電子銃1とともに荷電粒子光学系(電子光学系)を形成し、筐体内に配置される。電子ビーム31がガス分子に散乱されないように筐体内は排気装置28、電子ビーム31が照射される試料が配置される試料室内は排気装置29により真空排気される。
【0019】
発明者らはフィラメント11が破断するパターンを様々な条件でつぶさに観察したところこれまで知られていなかった新たな知見を得るに至った。図3に示すように、フィラメントの破断パターンにはばらつきがあることが見いだされた。破断パターン50aでは左側が破断し、その破断位置51aはフィラメント先端52から大きくずれている。破断パターン50bでは中央付近が破断している。破断パターン50cでは右側が破断しているものの、その破断位置51cは破断パターン50aの破断例と比べると、中央に寄っている。
【0020】
このような破断パターンのばらつきはフィラメント11がおかれた条件の違い、例えばフィラメント11周囲の真空度、湿度など、さらには、フィラメント11自体の形状の個体差に依存することが分かった。図4に、真空度が異なる場合の破断パターンを破断パターン50d~gとして示す。真空度の違いによって、破断の位置が大きく異なり、図4の例では真空度の悪化にともない、破断位置51が中央に近づく現象が観測された。
【0021】
フィラメントの破断はフィラメントの温度をジュール加熱により上昇させる必要があることから発生する。温度が高いことによりフィラメントを構成する金属原子が蒸発し、フィラメントが蒸発する。図5は、常に一定の電流が印加されることにより加熱されたフィラメントが経過時間ごとに損耗する様子を示す図である。フィラメントの画像の輝度はフィラメントの温度と相関があり、明るいほど温度が高いことを表している。金属原子の蒸発により時間経過とともにフィラメントの径は徐々に小さくなる。断面積が減少することにより抵抗が上昇し、単位電流量あたりのジュール加熱による発熱量が上昇することにより、温度が上昇する。経過時間が長くなるにつれて、フィラメントの画像の輝度が大きくなっているのはこのためである。
【0022】
発明者らは数多くの試験の結果からこのフィラメント11の破断位置は、電流を流す電圧の極性と特に強い相関があることを見出した。具体的には、フィラメント11の正極性側に破断位置51が接近することを見出した。例えば、破断パターン50a(図3)の場合、左側が正極性側であり、破断位置51aは左側であった。一方、破断パターン50cの場合、右側が正極性側であり、破断位置51cは右側であった。
【0023】
そこで、本実施例の熱放出型電子銃1では、この破断位置の偏りをフィラメント11に直流電源111から通電される電圧の極性を極性切り替え機構113で周期的に切り替える。これにより、破断位置のばらつきが抑えられ、破断パターン50bのように、フィラメント11の中央付近を破断させることができる。つまり破断位置51を中央に位置させることができる。このばらつきの低減効果は例えば真空度が変化しても効果がある。つまり真空度が悪い場合でも、良い場合でも、フィラメントの極性を周期的に切り替えることにより、破断位置のばらつきは抑えられ、その位置は中央に近づく。
【0024】
さらに発明者らは、破断位置のばらつきは、フィラメント破断までの期間、すなわちフィラメント寿命のばらつきと強い相関があることを見出した。図6にフィラメント寿命の測定結果の分布を示す。極性切り替え機構113による極性の切り替えがない場合、その寿命は長短広く分布しフィラメント寿命の平均は56時間、標準偏差は52時間であった。これに対し、極性切り替え機構113による極性の切り替えを行った場合には、フィラメントの寿命の平均は57時間でほぼ同程度であったのに対して、標準偏差は11.1時間であり、大幅にフィラメント寿命のばらつきが低減された。これによりフィラメントの破断時期、つまりはフィラメントの交換時期を荷電粒子ビーム装置のユーザに正確に通知することが可能になる。この通知のため、熱放出型電子銃1ではフィラメントに通電した累積時間を制御装置116に記憶し、フィラメントの平均寿命との比較を行う。
【0025】
図7A,Bに、極性切り替え機構113によりフィラメント11に印加する電圧の極性を切り替える様子を示す。極性切り替え機構113は2つのリレー素子A61、リレー素子B62を備える。リレー素子A61は直流電源111の負極の接続先を端子A117と端子B118との間で切り替え、リレー素子B62は直流電源111の正極の接続先を端子A117と端子B118との間で切り替える。図7Aの回路を形成すれば直流電源111から端子B118に正極性の電圧が、図7Bの回路を形成すれば端子A117に正極性の電圧がそれぞれ印加される。つまり2つのリレー素子を用いた回路でフィラメント11に印加する電圧の極性を切り替えることができる。この切り替え回路は一例であり、必要に応じて変更してよい。
【0026】
フィラメント11の交換時期の提示に関しては、フィラメント11の抵抗値を測定し、フィラメント11の断面積を推定することにより、その時々における損耗状態をセンシングすることがさらなる高精度化のために効果的である。どの程度の損耗でフィラメント11が破断するかについては事前に調査することにより、既知の情報とすることができるので、損耗状態が分かれば、ユーザに、後どのくらいの使用期間があるかを明示することができる。ここでフィラメント抵抗の測定はフィラメント11が加熱状態であるときに行われるので、加熱状態時の温度分布に依存する。なぜなら、金属の抵抗値は温度依存性があるからである。
【0027】
図8Bはフィラメントの温度分布に偏りがない例であり、フィラメントの中央が最も明るい部分となっている。これに対して、極性切り替え機構113を使用しない場合、図8Aのようにフィラメントの温度分布にも偏りが生じる。この図では明るい箇所が温度の高い箇所を表しており、明らかにフィラメントの左側に高温部分が偏っている。なお、図8Aの温度分布は、フィラメントが破断する直前に観測された温度分布であり、その破断後のフィラメントの形状が破断パターン50a(図3参照)であった。フィラメントの左側の明るい箇所が破断したことになる。このように、極性切り替え機構113を使用しない場合はフィラメントの温度分布は真空度他の使用条件によりまちまちとなり、その結果測定されるフィラメント抵抗の測定値も、破断位置も大きくばらつくことになる。上述したように温度分布のばらつきによる抵抗の測定値のばらつきは金属の抵抗値は温度依存性があることによる。
【0028】
フィラメントの寿命予測は、フィラメントの実際の使用状況を反映させることにより、より精度を上げることができる。電子ビーム31をフィラメント11から取り出して使用する際、電子ビームが取り出されるフィラメント11の位置は中心である。熱電子放出は物理法則に基づくため、決まった電子ビーム量を取り出そうとすると、当該フィラメント位置の温度は同一となる。この熱電子放出のための温度をT℃とおく。ある一定時間使用し、中心から外れた位置が損耗したフィラメント(図8Aの状態)において、電子ビーム取り出しのためフィラメント中心がT℃に加熱されていたとすると、損耗した位置での温度(例えば図8Aのフィラメント左側の最も明るい部分の温度)はT+X℃と、熱電子放出のための温度T℃より若干高くなっている状態である。これに対して、図8Bの状態ではフィラメントの先端が熱電子放出の温度T℃で他の部分は押しなべてこれより低い温度分布を持つ。このため、フィラメントの個体差を無視すると、図8Aのフィラメントの方が図8Bのフィラメントよりも高い抵抗値を示すはずである。このように温度分布がばらつくとフィラメント抵抗の測定値もばらつきうる。フィラメント抵抗の測定値のばらつきは損耗状態のセンシング、寿命の残り期間の表示に対して大きな障害である。
【0029】
極性切り替え機構113を使用した場合、図8Bに示されるようにフィラメントの温度分布は左右対称になり、温度分布のばらつきは小さくなる。ゆえにフィラメント抵抗の測定値も、ばらつきも小さくなる。極性切り替え機構113による周期的な極性切り替え操作は、周囲の条件などの違いに対して、フィラメント抵抗測定を用いたフィラメント損耗状態のセンシングの精度が大きく向上する効果を奏する。よってフィラメント抵抗測定による寿命残り期間の表示に対する精度を顕著に向上する効果を奏する。
【0030】
寿命残り期間の表示にあたってはフィラメント損耗の速度を把握することが重要である。フィラメント損耗の速度は、フィラメントの温度はもちろんのこと、真空度や周囲の湿度、フィラメントの個別の形状に依存する。真空度に関しては、走査電子顕微鏡100では、フィラメント11の周囲の真空度を測定できるように真空計41とそのコントローラ411を設けている。図2ではフィラメント11の近傍に真空計41を配置した例を示しているが、試料26が配置される試料室に真空計を配置してもよい。この場合、試料室の真空度の測定値によりフィラメント11の真空度を前もって把握し、推定できるように構成する。
【0031】
湿度に関しては、走査電子顕微鏡100では湿度計42を配置している。図2では試料室に配置した例を示しているが、これは試料に含まれる水分の影響を精度よく検出できることによる。状況に応じて真空計の例のようにフィラメント近傍に配置することも可能である。
【0032】
フィラメント11の個別の形状に関しては、メーカは交換フィラメントの個別の形状を測定し、その情報をインターネット上のファイルサーバーに保存しておくことができる。これらのデータにアクセスするためのコードをフィラメント本体、もしくはケースに貼付することにより、ユーザはコードを用いて交換フィラメントの形状情報にアクセスし、制御装置116にダウンロードすることができる。制御装置116はこれを可能にするため、パーソナルコンピュータ等を含む構成としてよい。あるいは、走査電子顕微鏡100を用いてフィラメント11の交換前に交換フィラメントの個別の形状を把握するためのモード(形状把握モード)を設けてもよい。ユーザが実施するフィラメントの形状把握に関しては、電子ビーム31の照射、つまりSEM像による詳細な観察でもよいし、併設された光学顕微鏡により形状の概略を把握する観察でもよい。交換フィラメントの形状情報は制御装置116に蓄積される。この情報を用いて、フィラメント損耗の速度を見積もるように制御装置116を構成することができる。
【0033】
図9Aはフィラメント全体の外観、形状を示す光学顕微鏡像である。端子A117、端子B118に溶接されたフィラメント11が示されている。フィラメント11は溶接位置53の位置で二つの端子に対して溶接されている。フィラメントアセンブリ10の製造工程において、この溶接位置53はそれぞれの端子の面に対して、微小なばらつきをもって製造されることになる。図9A中に定義された端子A117、端子B118の上端からフィラメント先端52までの距離であらわされるフィラメント高さhや、端子A117と端子B118の中間線54とフィラメント先端52との変位ずれΔ(フィラメント先端近傍を拡大した図9Bに図示)、フィラメントの折り曲げ角度θも同様に微小なばらつきを持って製造される。図示はしていないがフィラメント先端52から溶接位置53までの距離、溶接位置53の形状等も同様である。これらを例とするさまざまな形状の数値パラメータが上記の形状把握モードで読み取られる。
【0034】
このようなフィラメント形状の数値パラメータの違いによる影響は様々である。例えば変位ずれΔ(図9B参照)により、フィラメントの熱的な性質や電気的な性質が左右非対称になる。端的に言えば加熱した際、どちらか片方が温まりやすくなる。つまりは中心から外れた位置が損耗しやすくなる。また例えば、溶接位置53の形状が左右非対称な場合も同様の影響が懸念される。
【0035】
極性切り替え機構113の切り替え周期は、切り替え制御装置114により制御される。基本的には端子A117、端子B118に同程度正極性で電圧を印加する時間が割り振られる。ただし電子ビーム31を放出し、試料26を観察している最中に極性の切り替えを行うと、フィラメントの加熱が瞬間的に停止され電子ビームが放出されなくなる不具合が生じる。そこで切り替え制御装置114はユーザが走査電子顕微鏡100による試料の観察を中止している期間を自動で検出し、極性の切り替えを行うように切り替え制御装置114を構成することが望ましい。切り替え制御装置114は端子A117、端子B118にそれぞれどの程度の時間正極性で電圧を印加したかを記憶し、その時間が所定の割合になるように、適宜切り替え操作を実行するよう構成してよい。所定の割合は1:1が基本であるのは上記のとおりであるが、フィラメントの破断位置51が中心に近づくように、つまりよりフィラメントの寿命のばらつきが小さくなるようにこの割合の変更、調整を行ってもよい。
【0036】
走査電子顕微鏡100を出荷する前の検査の段階では所定の割合を1:1で設定しておき、走査電子顕微鏡100の使用実績におけるフィラメント11の破断位置51を確認し、より破断位置がフィラメントの中心になるよう、上記の割合を変更することが可能である。またはユーザが破断位置51の情報を、切り替え制御装置114に順次入力することによっても、あとからこの割合を補正することもできる。破断位置51の確認、および形状データの入力に関しては、上記したフィラメントの個別の形状を把握するための形状把握モードを用いてよい。このモードにより電子ビーム31を用いて破断したフィラメントを測定し、中心からの破断位置51を測量するとよい。この情報を切り替え制御装置114に入力し、どれだけ中心、すなわちフィラメント先端52から破断位置51がどちらの極性側にずれているかを自動的に把握し、上記の割合を変更するように構成することができる。つまり、生じた破断位置51の中心からのずれを小さくするように上記の割合を変更できる。
【0037】
またフィラメント11を熱放出型電子銃1に対して、どのように電気的に接続したかを把握できるように、フィラメント11にしるしをつけることができる。または常に一貫した極性で接続できるように端子A117、および端子B118とリード線との接続部分を非対称にすることも可能である。またフィラメントを使用する前に前述の形状把握モードで得られた様々な形状の数値パラメータに基づいて、上記割合を変更することも可能である。
【0038】
フィラメントの損耗に関して、図10Aにフィラメント径の減少率の時間依存性を表すグラフを示す。グラフはフィラメントに通電加熱している状態でのフィラメント径を実測した結果に基づくものである。このように時間経過とともにフィラメント径は減少していく。この例ではおよそ50時間でフィラメントが破断している。フィラメントが破断する臨界的な径は多少のばらつきはあるがほぼ一様であり、この例ではグラフの横線で示すようにおよそ割合にして0.7程度にフィラメント径が損耗した時に破断する。
【0039】
図10Bにフィラメント径の減少率とフィラメント抵抗の上昇率との相関を表すグラフを示す。フィラメントの抵抗値は電圧計112の読み値と直流電源111の電流投入値をもとに計算され、制御装置116に入力される。図1に示すように電圧計112はフィラメント11と極性切り替え機構113との間に設置されるのが好適である。いわゆる四端子測定方式である。四端子測定方式は、フィラメントを支持する端子の両端に電流を流すための電圧源を接続するとともに電圧計を並列に接続することにより、コード線の抵抗値の影響を受けることなく、フィラメントの抵抗を正確に測定できる。
【0040】
さらに、図1に示すように極性切り替え機構113よりフィラメントの端子117、118側に電圧計112を接続する。つまり極性切り替え機構113を介さずに両端子に電圧計112を接続することにより、極性切り替え機構113の内部の配線の抵抗や接触抵抗の影響を排除してフィラメント11の抵抗を評価することができる。特に極性切り替え機構113の内部にはリレー素子の使用が想定されるので、この部分の抵抗のばらつきを排除してフィラメント抵抗を評価することは非常に重要である。ただし、極性切り替え機構113の動作により電圧の極性が反転するため、電圧計112で測定される電圧の極性も同時に反転する。制御装置116において抵抗値を評価する場合にはこの極性反転の影響も加味する必要がある。必要に応じて切り替え制御装置114から制御装置116に極性に関する情報を入力してよい。制御装置116は、測定器115により読み取られた電圧計112の電圧値と直流電源111の電流値、および上記の極性に関する情報を用いてフィラメント11の抵抗値を評価する。
【0041】
この設置方法が困難である場合には、電圧計112は極性切り替え機構113と直流電源111との間に設置するか、あるいは設置を省略して、直流電源111の電圧の出力値をもって代用してもよい。この場合、リード線及び極性切り替え機構113の抵抗値や電流投入時の抵抗の変動値、および切り替えに伴う抵抗の変動値等を事前に把握し、その値を考慮することで、フィラメント11の抵抗値を正確に把握することができる。
【0042】
図10Bから理解されるように、抵抗の上昇率からフィラメント径の損耗割合を知ることができる。そして、フィラメント径の損耗割合が分かれば図10Aから理解されるように、フィラメントの残りの寿命を把握することができる。図10A図10Bに実験値1001,1003とシミュレーション値1002,1004を併記しているように、これらの関係はシミュレーションにより再現が可能である。このシミュレーションを制御装置116で行うか、もしくはインターネット上のサーバで行われたシミュレーションの結果に制御装置116がアクセスできるように構成することができる。上記のように把握したフィラメント周囲の真空度や湿度、フィラメント固有の形状データなどの結果をこのシミュレーションを行う条件として設定することで、より精度の高い寿命の予測が可能になる。またこのシミュレーションは条件の変動があった場合順次その計算を更新することも可能である。
【0043】
シミュレーション、もしくはもともと保持していた図10A図10Bに対応する数値的な関係から、ユーザに残りのフィラメント破断までの時間を表示することができる。表示には制御装置116に接続されたパーソナルコンピュータのディスプレイを用い、数値で表示することができる。また熱放出型電子銃1の外側、もしくは走査電子顕微鏡100の外側にLEDなどの表示器、あるいはブザーなどの音声発生機を付けて寿命が残り少ないことを知らせる機能を設けてもよい。あるいは制御装置116に接続したインターネット回線により、ユーザにメール等の電子的な手段をもって通知することもできる。このディスプレイには、GUI(Graphical User Interface)により、ユーザにさらなる情報を表示するようにしてもよい。例えば、極性の切り換えは試料の観察を中止している期間に行われるが、フィラメント極性を変更する動作中であることを示すアラートをGUIに表示したり、現在の極性を表示したりしてもよい。さらには、極性切り替えを指示するトグルボタンをGUIに備え、ユーザが極性の切り替えを指示できるようにしてもよい。
【0044】
シミュレーションには有限要素法を使用することができる。実際に使用するフィラメントの形状、フィラメントの素材(例えばタングステン)の温度依存性を含んだ導電率、比熱等を仮定することによって、フィラメントに電流を流した際のジュール加熱による温度分布をこの手法を用いて計算することができる。特に上記の形状把握モードで読み取られたフィラメントの形状数値データを使用することで、より正確な計算が可能である。有限要素法によってジュール加熱による温度分布が得られると、上記の導電率や比熱に加えて、蒸発速度の温度依存性を仮定することにより、素材のフィラメントの各位置においてその素材が蒸発する速度を見積もることができる。蒸発速度は一般に温度が高い方が早くなる。この蒸発速度によって、一定時間(例えば1時間後)経過後のフィラメントの形状を再定義することができる。当然のことであるが、最初に定義した形状よりも、径が細い形状を再定義することになる。形状が変化したことにより、フィラメントの抵抗値や熱容量等が変化し、電流を流した際のジュール加熱による温度分布は若干変化することになる。具体的には蒸発前後で同一の電流を流した場合、蒸発後のフィラメント形状では、径が細くなり抵抗が上がり、熱容量が小さくなっているため、温度が高くなる傾向がある。再定義された形状をもとに、再度有限要素法によってジュール加熱による温度分布を計算すると、再定義された形状における蒸発速度を得ることができる。この計算を逐次的に繰り返せば、フィラメントの損耗とそれに伴う破断をシミュレーションにより再現できる。
【0045】
上記の蒸発速度は、温度分布の他にも装置内外の湿度、装置の真空度、装置の大気解放の回数等によって変動するので、その依存性をあらかじめインプットしておき、実際の装置が収集するデータに合わせて、計算に使用する値を修正することで、より精度の高い寿命予測が可能となる。例えば図11はフィラメントの温度変化に対してフィラメントの径が減少する速度、つまりは上記の蒸発速度に対応する量を実際に実験で調査した結果である。実線にて示されているのはこのデータをフィッティングした結果であり、前もってこのように温度の関数に表しておけば、寿命予測がより簡便になる。上記の逐次的な計算を開始する際のフィラメント形状の初期状態は、損耗前の新しいフィラメントの場合は、規定した形状を仮定すればよい。一方である程度損耗がすすんだフィラメント11の形状を初期値として逐次的な計算を開始する場合は、抵抗値を正確に測定し、その値を使用して形状を推定してよい。
【0046】
本実施例によれば、フィラメント電流を供給する電圧の極性切り替え機構により破断のばらつきを抑え、フィラメントの残りの寿命の予測精度を高める。フィラメントの破断位置の情報を逐次ため込み、SEM装置それぞれが待つ固有の傾向、機差を把握することよって、切り替え機構による極性切り替えのタイミングを制御することで、さらに破断位置のばらつきを低減することができる。
【符号の説明】
【0047】
1:熱放出型電子銃、10:フィラメントアセンブリ、11:フィラメント、12:絶縁碍子、14:ウエネルト電極、15:アノード、21:第1集束レンズ、22:第2集束レンズ、23:第1偏向コイル、24:第2偏向コイル、25:対物レンズ、26:試料、28,29:排気装置、31:電子ビーム、41:真空計、42:湿度計、50:破断パターン、51:破断位置、52:フィラメント先端、53:溶接位置、54:中間線、61:リレー素子A、62:リレー素子B、100:走査電子顕微鏡、111:直流電源、112:電圧計、113:極性切り替え機構、114:切り替え制御装置、115:測定器、116:制御装置、117:端子A、118:端子B、119:加速電圧電源、141:ウエネルト電極電源、211,231,251:電源、411:コントローラ、1001,1003:実験値、1002,1004:シミュレーション値。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10A
図10B
図11