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特開2023-3761質量分析装置、質量分析システム及び質量分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023003761
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】質量分析装置、質量分析システム及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/24 20060101AFI20230110BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20230110BHJP
   H01J 49/16 20060101ALI20230110BHJP
   H01J 49/14 20060101ALI20230110BHJP
   H01J 49/10 20060101ALI20230110BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20230110BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
H01J49/24
H01J49/42 200
H01J49/16 500
H01J49/14 500
H01J49/16 800
H01J49/10 500
H01J49/04 950
H01J49/10
H01J49/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021105029
(22)【出願日】2021-06-24
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】熊野 峻
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 英樹
(72)【発明者】
【氏名】杉山 益之
【テーマコード(参考)】
5C038
【Fターム(参考)】
5C038GG06
5C038GG08
5C038GH17
5C038HH26
5C038HH30
(57)【要約】
【課題】質量分析装置の小型化を実現することを課題とする。
【解決手段】連続的にイオン23を生成させるイオン源200と、イオン23をトラップ可能なプレトラップ室130と、プレトラップ室130の後段に設けられ、プレトラップ室130からイオン23が導入可能であるとともに、イオン23をトラップ可能であるイオントラップ室140と、プレトラップ室130と、イオントラップ室140と隔てる第3隔壁147に設けられている第3細孔141と、第3細孔141を開閉可能なスライダバルブ101と、を有し、プレトラップ室130の内部圧力は、イオントラップ室140の内部圧力よりも高くなるよう調整されており、スライダバルブ101によって、第3細孔141の開閉が間欠的に行われることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続的にイオンを生成させるイオン源と、
前記イオンをトラップ可能な第1の質量分析部と、
前記第1の質量分析部の後段に設けられ、前記第1の質量分析部から前記イオンが導入可能であるとともに、前記イオンをトラップ可能である第2の質量分析部と、
前記第1の質量分析部と、前記第2の質量分析部と隔てる隔壁に設けられている隔壁孔部と、
前記隔壁孔部を開閉可能な開閉部と、
前記第1の質量分析部の内部を排気する第1の真空ポンプ部と、
前記第2の質量分析部の内部を排気する第2の真空ポンプ部と、
を有し、
前記第1の真空ポンプ部及び前記第2の真空ポンプ部によって、前記第1の質量分析部の内部圧力は、前記第2の質量分析部の内部圧力よりも高くなるよう調整されており、
前記開閉部によって、前記隔壁孔部の開閉が間欠的に行われる
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記開閉部は、上下にスライダ部が移動することで前記隔壁孔部を開閉可能なスライダバルブである
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記スライダバルブは、前記第2の質量分析部に備えられている
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記スライダバルブは、前記第1の質量分析部に備えられている
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記スライダバルブは複数の層によって構成されており、
前記層のうち、最も前記第1の質量分析部の側に設けられている層が導電体で構成される
ことを特徴とする請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記スライダバルブは、
前記スライダバルブが前記隔壁孔部を開状態にしている際に、前記隔壁孔部を通過した前記イオンを通過させるバルブ孔部を有し、
前記バルブ孔部の内径は、前記第1の質量分析部の側から前記第2の質量分析部の側に向かって広がっていく
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記スライダバルブは、コイルによって動作し、
前記コイルは前記第1の質量分析部及び前記第2の質量分析部の外部に設置されている
ことを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記イオン源が正負両方の極性のイオンを生成可能である
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項9】
前記イオン源は、針電極によって前記イオンを生成する
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項10】
前記イオン源は、低真空バリア放電イオン源である
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項11】
前記第1の質量分析部が
質量選択的に前記イオンをトラップするリニアイオントラップである
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項12】
前記第2の質量分析部がリニアイオントラップである
ことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項13】
質量分析装置と、前記質量分析装置を制御する制御装置と、を有する質量分析システムであって、
前記質量分析装置は、
連続的にイオンを生成させるイオン源と、
前記イオンをトラップ可能な第1の質量分析部と、
前記第1の質量分析部の後段に設けられ、前記第1の質量分析部から前記イオンが導入可能であるとともに、前記イオンをトラップ可能である第2の質量分析部と、
前記第1の質量分析部と、前記第2の質量分析部と隔てる隔壁に設けられている隔壁孔部と、
前記隔壁孔部を開閉可能な開閉部と、
前記第1の質量分析部の内部を排気する第1の真空ポンプ部と、
前記第2の質量分析部の内部を排気する第2の真空ポンプ部と、
を有し、
前記制御装置は
前記第1の真空ポンプ部及び前記第2の真空ポンプ部を制御することで、前記第1の質量分析部の内部圧力が、前記第2の質量分析部の内部圧力よりも高くなるよう調整し、
前記開閉部を制御することで、前記隔壁孔部の開閉を間欠的に行う
ことを特徴とする質量分析システム。
【請求項14】
質量分析装置と、前記質量分析装置を制御する制御装置と、を有する質量分析システムにおいて、
前記質量分析装置は、
連続的にイオンを生成させるイオン源と、
前記イオンをトラップ可能な第1の質量分析部と、
前記第1の質量分析部の後段に設けられ、前記第1の質量分析部から前記イオンが導入可能であるとともに、前記イオンをトラップ可能である第2の質量分析部と、
前記第1の質量分析部と、前記第2の質量分析部と隔てる隔壁に設けられている隔壁孔部と、
前記隔壁孔部を開閉可能な開閉部と、
前記第1の質量分析部の内部を排気する第1の真空ポンプ部と、
前記第2の質量分析部の内部を排気する第2の真空ポンプ部と、
を有し、
前記制御装置が、
前記第1の真空ポンプ部及び前記第2の真空ポンプ部を制御することで、前記第1の質量分析部の内部圧力が、前記第2の質量分析部の内部圧力よりも高くなるよう調整し、
前記開閉部を制御することで、前記隔壁孔部の開閉を間欠的に行う
ことを特徴とする質量分析方法。
【請求項15】
前記制御装置が、前記開閉部によって前記隔壁孔部が閉じることで、前記第1の質量分析部に連続的にイオンを導入し、
前記第1の質量分析部内にイオンが保持され、
前記制御装置が、前記開閉部によって前記隔壁孔部を開くことで、前記イオンが前記第2の質量分析部へと導入され、
前記制御装置が、前記開閉部によって前記隔壁孔部を閉じ、
前記イオンが検出部によって検出される
ことを特徴とする請求項14に記載の質量分析方法。
【請求項16】
前記イオンが前記第2の質量分析部に導入され、前記開閉部によって前記隔壁孔部が閉じた後、前記第2の質量分析部の内部圧力が所定の値まで低下した後、前記検出部による前記イオンの検出が行われる
ことを特徴とする請求項15に記載の質量分析方法。
【請求項17】
前記制御装置は、
前記第1の質量分析部に前記イオンが保持されている間、前記隔壁孔部と、前記イオンとが反発するよう、前記隔壁孔部に電圧を印加させ、
前記開閉部によって前記隔壁孔部が開く際、前記隔壁孔部に印加されている電圧が、前記イオンを誘引するよう、前記隔壁孔部に印加されている電圧を変化させる
ことを特徴とする請求項15に記載の質量分析方法。
【請求項18】
前記イオンが前記検出部によって検出されている間、前記第1の質量分析部の内部に、前記検出部によって検出されている前記イオンとは別のイオンが導入され、保持される
ことを特徴とする請求項15に記載の質量分析方法。
【請求項19】
前記別のイオンは、前記検出部によって検出されている前記イオンとは逆の極性を有するイオンである
ことを特徴とする請求項18に記載の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置、質量分析システム及び質量分析方法の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌や大気の汚染の測定、食品の農薬検査、血中代謝物による診断、尿中薬物検査、爆発物探知等、混合試料中の微量物質をその場で簡便に、かつ、高感度に測定する可搬型の分析装置が求められている。このような質量分析装置では、イオン源において物質を気相のイオンとし、このイオンを質量分析装置の真空部に導入することで質量分析が行われる。この際、真空部内を真空状態に保つため、質量分析計は真空ポンプを必要とする。
【0003】
真空ポンプの大きさは、その吸引量と相関しており、真空ポンプを小型化すると吸引量が低下する。この場合、質量分析計において、大気と真空チャンバとを隔てる隔壁の細孔径を小さくする必要がある。しかし、細孔径が小さくなると質量分析計の感度が低下する。従って、一般的に質量分析装置の大きさと感度はトレードオフの関係になる。
【0004】
このようなトレードオフを解消するため、特許文献1では、隔壁にパルスバルブを設置し、パルスバルブを介して大気圧中で生成したイオンを断続的に質量分析部へと導入する技術が開示されている。
【0005】
また、非特許文献1では、分析精度を向上させるため、イオントラップとイオンファネルの間にバルブを設定し、イオントラップにイオンを導入してからバルブを閉じてイオントラップ内の圧力を低下させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第9058967号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Xinming Huo, Xuanyu Zhu Fei Tang, Jian Zhang, Xiaohua Zhang, Quan Yu, and Xiaohao Wang,“Discontinuous Subatmospheric Pressure Interface Reduces the Gas Flow Effects on Miniature CAPI Mass Spectrometer”,analytical.chemistry,92,3207-3715,[online],2020,ACS Publications[令和3年5月24日検索],internet<https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.analchem.9b04824>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の方法では、大気圧と、真空(0.1Pa程度)とを隔てる隔壁にバルブが設置されている。しかし、隔壁の両側における圧力差が大きいため、密閉度が高いバルブを使用する必要がある。また、イオン源にエレクトロスプレーが用いられた場合、試料液滴がバルブを通過する。また、放電イオン源が用いられている場合、高濃度の試料ガスがバルブを通過する。いずれの場合でも、バルブの汚染リスクが生じる。汚染されたバルブを加熱することで、汚染物質を気化させ、バルブから汚染物質を除去することが考えらえる。しかし、バルブを加熱することは簡単ではなく、強い汚染が発生した場合、汚染物質がキャリーオーバして前の測定が次の測定に影響する可能性がある。
【0009】
特許文献1及び非特許文献1に記載の方法では、バルブを開けている時間のみイオントラップにイオンを溜めこむことができる。そこで、イオンを大量に溜めこむことによって分析感度を向上させたいと考えても、バルブが開いている間はイオントラップの圧力が上昇してしまうため、ポンプの耐久性やイオントラップ効率の観点から長時間、バルブを開けていることは好ましくない。また、バルブを長時間開けてもポンプが耐えられる程度に隔壁の細孔を小さくするとイオンの透過率が低下して感度が低下する。
【0010】
このような背景に鑑みて本発明がなされたのであり、本発明は、質量分析装置の小型化を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記した課題を解決するため、本発明は、連続的にイオンを生成させるイオン源と、前記イオンをトラップ可能な第1の質量分析部と、前記第1の質量分析部の後段に設けられ、前記第1の質量分析部から前記イオンが導入可能であるとともに、前記イオンをトラップ可能である第2の質量分析部と、前記第1の質量分析部と、前記第2の質量分析部と隔てる隔壁に設けられている隔壁孔部と、前記隔壁孔部を開閉可能な開閉部と、前記第1の質量分析部の内部を排気する第1の真空ポンプ部と、前記第2の質量分析部の内部を排気する第2の真空ポンプ部と、を有し、前記第1の真空ポンプ部及び前記第2の真空ポンプ部によって、前記第1の質量分析部の内部圧力は、前記第2の質量分析部の内部圧力よりも高くなるよう調整されており、前記開閉部によって、前記隔壁孔部の開閉が間欠的に行われることを特徴とする。
その他の解決手段は実施形態中において適宜記載する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、質量分析装置の小型化を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1実施形態に係る質量分析装置の一例を示す構成図(その1)である。
図2】第1実施形態に係る質量分析装置の一例を示す構成図(その2)である。
図3】第1実施形態に係る質量分析システムの構成例を示す図である。
図4】第1実施形態に係る質量分析システムの動作シーケンスを示す図である。
図5】複数の質量分析処理を並列処理する場合における動作シーケンスを示す図である。
図6】イオントラップ室の内部圧力変化の例を示す図である。
図7A】スライダバルブの構造の一例を示す図(その1)である。
図7B】スライダバルブの構造の一例を示す図(その2)である。
図8】バルブ駆動装置の一例を示す図である。
図9】第2実施形態に係る質量分析装置の動作シーケンスの一例を示す図である。
図10】第3実施形態に係る質量分析装置の一例を示す構成図である。
図11】スライダバルブの別の構成例を示す図である。
図12】第4実施形態に係る質量分析装置の一例を示す構成図である。
図13】制御装置のハードウェア構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明を実施するための形態(「実施形態」という)について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0015】
[第1実施形態]
図1及び図2は、第1実施形態に係る質量分析装置1の一例を示す構成図である。図1はスライダバルブ101によって第3細孔141が閉じられている図を示し、図2はスライダバルブ101によって第3細孔141が開放している図を示す。スライダバルブ101及び第3細孔141(隔壁孔部)については後記する。
図1に示すように、質量分析装置1は主にイオン源200と質量分析部100とで構成される。図1及び図2に示す例では、イオン源200として大気圧化学イオン化イオン源が用いられており、針電極21に高電圧を印加して放電プラズマ22を生成させることで試料ガスがイオン化する。ただし、イオン源200は、必ずしも大気圧化学イオン化イオン源である必要はなく、その他の放電イオン源でもよいし、エレクトロスプレーイオン源等でイオン源200が構成されてもよい。なお、本実施形態では、イオン源200において正イオンが生成しているものとしているが、負イオンが生成されてもよい。
【0016】
そして、質量分析部100は差動排気室120、プレトラップ室130、イオントラップ室140に分かれている。差動排気室120は、第1細孔121を介して大気と接続している。第1細孔121は大気と差動排気室120とを隔てる第1隔壁123に設けられている。また、差動排気室120には、第1細孔121を介して、イオン源200で生成したイオン23が導入される。
【0017】
差動排気室120と、プレトラップ室130とは、第2細孔131を介して接続している。第2細孔131は差動排気室120と、プレトラップ室130とを隔てる第2隔壁135に設けられている。
そして、プレトラップ室130と、イオントラップ室140とは、第3細孔141を介して接続している。第3細孔141は、プレトラップ室130と、イオントラップ室140とを隔てる第3隔壁147に設けられている。
【0018】
プレトラップ室130には、四重極電極であるプレトラップ電極133が設けられている。また、イオントラップ室140には、四重極電極であるイオントラップ電極143が設けられている。さらに、イオントラップ室140にはスライダバルブ101、インキャップ電極144、エンドキャップ電極145、検出器146が設けられている。なお、インキャップ電極144及びエンドキャップ電極145のそれぞれは、円盤状を有しており、中央にイオン23が通過するための開口部が備えられている。また、イオントラップ室140の外部には、スライダバルブ101を駆動するためのバルブ駆動装置110が備えられている。
【0019】
さらに、差動排気室120は、差動排気用真空ポンプ122によって減圧されている。そして、プレトラップ室130はプレトラップ用真空ポンプ132によって減圧されている。さらに、イオントラップ室140はイオントラップ用真空ポンプ142によって減圧されている。なお、必ずしも3個のポンプが必要なわけではなく、一つのポンプで2箇所以上を減圧してもよい。また、いずれかのポンプを、その他のポンプの背圧を下げるために利用してもよい。
【0020】
前記したように、プレトラップ室130及びイオントラップ室140のそれぞれにはプレトラップ電極133及びイオントラップ電極143として四重極電極が設けられている。ただし、図1及び図2では、プレトラップ電極133及びイオントラップ電極143それぞれにおいて、計4本存在する電極のうち、2本ずつが示されている。
【0021】
プレトラップ室130及びイオントラップ室140それぞれは、プレトラップ電極133、イオントラップ電極143によってのどちらもリニアイオントラップとして機能する。すなわち、プレトラップ室130及びイオントラップ室140のどちらもイオン源200で生成されたイオン23をトラップする。
【0022】
以降、説明のためにプレトラップ室130におけるリニアイオントラップをプレトラップ、イオントラップ室140におけるリニアイオントラップを分析用イオントラップと適宜称する。なお、プレトラップ室130では、プレトラップ電極133に印加される電圧の電圧条件で正負どちらか一方の極性のイオン23をトラップ可能である。また、イオントラップ室140では、イオントラップ電極143、インキャップ電極144、エンドキャップ電極145に印加される電圧の電圧条件で正負どちらか一方の極性のイオン23をトラップ可能である。さらに、プレトラップ電極133及びイオントラップ電極143に印加する電圧によってLow mass cut offが設定される。従って、検出したいイオン23の極性と分子量を考慮してプレトラップ及び分析用イオントラップの電圧条件が決定される。
【0023】
プレトラップ及び分析用イオントラップは、イオン23をトラップできれば、必ずしも四重極リニアイオントラップである必要はない。四重極リニアイオントラップとは、四重極電極を用いたリニアイオントラップである。例えば、プレトラップはオクタポール型のトラップでもよいし、イオンファネル型のトラップでもよい。プレトラップ室130は一般的に10Pa程度であり、イオントラップ室140は一般的に0.1~1Pa程度であるが、必ずしもそれらの値でなくてもよい。ただし、イオントラップ室140はプレトラップ室130よりも低圧となるようそれぞれの内部圧力が設定される。
【0024】
イオン源200で生成されたイオン23は第1細孔121を通過し、差動排気室120に導入される。続いて、イオン23は第2細孔131を通過してプレトラップ室130へと導入される。その後、イオン23は、第3細孔141を通過してイオントラップ室140へと導入される。
【0025】
プレトラップ室130とイオントラップ室140との間に配置されている第3細孔141にはスライダバルブ101が設けられている。スライダバルブ101はプッシュロッド111を介して、バルブ駆動装置110と接続している。そして、バルブ駆動装置110はプッシュロッド111を介して、スライダバルブ101を紙面上下方向へ移動させる。なお、バルブ駆動装置110については後記する。
【0026】
スライダバルブ101には開口部102が設けられており、スライダバルブ101が紙面上下方向にスライドすることで、図2に示すように開口部102と第3細孔141とが一致すると、プレトラップ室130とイオントラップ室140とが導通状態となる。即ち、第3細孔141が開口状態となる。
【0027】
また、スライダバルブ101がスライドすることで、図1に示すように開口部102と第3細孔141とが不一致になると、プレトラップ室130とイオントラップ室140とが非導通状態となる。即ち、第3細孔141が閉じられる。
【0028】
そして、スライダバルブ101によって第3細孔141が開口すると、プレトラップ室130でプレトラップされているイオン23がイオントラップ室140へと流入する(図2参照)。これにより、イオントラップ室140の内部圧力が上昇する。また、スライダバルブ101によって第3細孔141が閉じられると、イオントラップ室140へ流入するイオン23の流れが停止する。そして、プレトラップ室130とイオントラップ室140が非導通状態となっている状態で、イオントラップ室140に備えられているイオントラップ用真空ポンプ142によってイオントラップ室140の内部が排気される。この結果、イオントラップ室140内の内部圧力が低下する(図1参照)。なお、イオントラップ室140における内部圧力の変化については後記する。
【0029】
このように、スライダバルブ101によって間欠的に第3細孔141が開閉することによって、プレトラップ室130でプレトラップされたイオン23を間欠的にイオントラップ室140へと導入することが可能である。なお、間欠とは、一定の(所定の)時間をおいて、物事が起こったり止んだりすることである。
【0030】
イオントラップ室140において、イオントラップ電極143の前段にはインキャップ電極144が設けられ、後段にはエンドキャップ電極145が設けられている。インキャップ電極144及びエンドキャップ電極145は、イオントラップ電極143とともにリニアイオントラップとして機能し、イオン23をトラップ(分析用イオントラップ)する。また、イオントラップ室140には検出器146が配置されており、分析用イオントラップから排出されたイオン23を検出する。なお、分析用イオントラップ及びイオン23の排出については後記する。
【0031】
検出器146は一般にコンバージョンダイノード、シンチレータ、光電子増倍管等で構成されている。検出器146では、イオン23がコンバージョンダイノードで電子に変換され、シンチレータでさらに光へと変換され、その光が光電子増倍管で倍増されることで検出される。
【0032】
図3は第1実施形態に係る質量分析システムZの構成例を示す図である。
制御装置3は質量分析部100の第1隔壁123、第2隔壁135、第3隔壁147に印加する電圧を、それぞれ独立に制御可能である。第1隔壁123、第2隔壁135、第3隔壁147に印加する電圧が制御されることにより、第1細孔121、第2細孔131、第3細孔141に印加される電圧が制御される。
【0033】
また、制御装置3は、プレトラップ電極133、イオントラップ電極143、インキャップ電極144、エンドキャップ電極145に印加する電圧を、それぞれ独立に制御可能である。また、制御装置3は差動排気用真空ポンプ122、プレトラップ用真空ポンプ132、イオントラップ用真空ポンプ142のそれぞれを制御している。さらに、制御装置3は、検出器146からイオン23の検出信号を取得する。また、制御装置3はバルブ駆動装置110を制御することによって、スライダバルブ101の移動を制御する。そして、制御装置3は針電極2121を制御することによってイオン23の生成を制御する。
【0034】
[動作シーケンス]
図4は第1実施形態に係る質量分析システムZの動作シーケンスを示す図である。適宜、図1図3を参照する。
図4では、紙面上から順に針電極21の電圧、プレトラップ電極133に印加されるオフセット電圧(プレトラップオフセット電圧)、第3細孔141の電圧、第3細孔141の開閉、イオン排出用AC振、イオントラップRF振幅を示している。プレトラップオフセット電圧とは、イオン23をプレトラップするため、プレトラップ電極133に印加される電圧である。また、第3細孔141の電圧とは第3細孔141(第3隔壁147)に印加される電圧であり、第3細孔141の開閉はスライダバルブ101による第3細孔141の開閉である。
【0035】
イオン排出用AC振幅とは、検出器146でイオン23を検出するため、分析用イオントラップからイオン23を排出する際にイオントラップ電極143に印加されるAC電圧(イオン排出用AC電圧)の振幅である。
また、イオントラップRF振幅は、イオン23を分析用イオントラップするためにイオントラップ電極143に印加される高周波電圧(イオントラップRF電圧)の振幅である。なお、後記するように、検出器146でイオン23を検出するため、分析用イオントラップからイオン23を排出する際に、イオントラップRF振幅は変化させられる。
【0036】
また、図4に示すように、質量分析システムZの動作シーケンスはプレトラップ期間T1、イオン移動期間T2、クーリング期間T3、イオン検出期間T4、クリーニング期間T5で構成される。
【0037】
プレトラップ期間T1、イオン移動期間T2、クーリング期間T3、イオン検出期間T4、クリーニング期間T5それぞれにおける各電圧及び第3細孔141の開閉の概要は以下のようになる。
まず、針電極21に印加される電圧(針電極21の電圧)は、プレトラップ期間T1~クリーニング期間T5にかけて一定の電圧(図4の例では4kV)が印加される。
また、プレトラップオフセット電圧は、プレトラップ期間T1~クリーニング期間T5にかけて一定の電圧(図4の例では4kV)が印加される。
そして、第3細孔141に印加される電圧(第3細孔141の電圧)は、イオン移動期間T2以外の期間では一定(図4の例では10V)である。そして、イオン移動期間T2のみ、それ以外の期間で印加されている電圧より低い電圧が印加される図4の例では1V)。
【0038】
第3細孔141の開閉は、イオン移動期間T2のみ開口(「開」)であり、それ以外の期間では閉じられている(「閉」)。
また、イオン排出用AC振幅は、イオン検出期間T4のみ1Vであり、それ以外の期間では0Vが設定されている。
そして、イオントラップRF振幅は、プレトラップ期間T1~クーリング期間T3の間、200Vが設定されている。また、イオン検出期間T4において、イオントラップRF振幅が200V~1kVまで上昇した後、クリーニング期間T5では0Vに設定される。
【0039】
以降、プレトラップ期間T1~クリーニング期間T5の詳細な説明を行う。
まず、所定の電圧(図4の例では4kV)が印加されたイオン源200の針電極21は試料ガスからイオン23を生成する。図4の例では正の電荷を有するイオン23(正イオン)が生成されるものとする。なお、前記したように、プレトラップ期間T1~クリーニング期間T5の間、針電極21には4kVが印加され続ける。つまり、イオン源200は正イオンを生成し続ける。
【0040】
(プレトラップ期間T1)
生成されたイオン23は、第1細孔121に印加されている電圧によって誘引されることで、第1細孔121から差動排気室120へ連続的に導入される。さらに、差動排気室120に導入された第2細孔131に印加されている電圧によって誘引されることで、イオン23は第2細孔131からプレトラップ室130へ連続的に導入される。プレトラップ室130に導入されたイオン23はプレトラップオフセット電圧が印加されているプレトラップ電極133によってトラップ(プレトラップ)される。
【0041】
プレトラップできるイオン23の極性と質量範囲はプレトラップ電極133に印加されるプレトラップオフセット電圧の電圧条件により決定する。図4ではプレトラップ電極133にプレトラップオフセット電圧として3Vが印加されている。この、プレトラップオフセット電圧の電圧条件によってプレトラップされるイオン23と、プレトラップされないイオン23とが分離する。プレトラップされないイオン23はプレトラップ電極133の系外へ排出される。このように、イオン23はプレトラップされる段階で質量分離する、換言すれば、プレトラップではイオン23の粗分離が行われている。このように、プレトラップ室130は第1の質量分析部と考えることができる。これに伴い、イオントラップ室140は第2の質量分析部と考えることができる。
【0042】
また、プレトラップ期間T1では、第3細孔141がイオン23(正イオン)の障壁としての役割を果たすよう、第3細孔141の電圧はプレトラップオフセット電圧よりも高く設定されている。図4の例において、プレトラップ期間T1におけるプレトラップオフセット電圧は3Vに設定されており、第3細孔141の電圧は10Vに設定されている。
【0043】
(イオン移動期間T2)
十分な量のイオン23がプレトラップされると、制御装置3は、第3細孔141を開口し、かつ、プレトラップオフセット電圧よりも第3細孔141の電圧を低く(図4の例では1V)する(時刻t1)。これにより、第3細孔141に印加される電圧がプレトラップオフセット電圧より低くなる。従って、正の電荷を有するイオン23が第3細孔141の電圧に誘引されイオントラップ室140へと導入される(イオン移動期間T2)。
なお、イオン23のプレトラップとスライダバルブ101以降への導入を制御するために、第3細孔141とプレトラップ電極133の間に電極が別途配置されてもよい。このように、第3細孔141に印加される電圧が制御されることにより、確実なプレトラップを実現するとともに、イオントラップ室140へイオン23を移動させることを確実に行うことができる。
【0044】
(クーリング期間T3)
イオン23がイオントラップ室140に導入されると、制御装置3はスライダバルブ101を駆動させて第3細孔141を閉じる(時刻t2)。また、制御装置3は第3細孔141の電圧を引き上げる(時刻t2)。図4の例では第3細孔141の電圧が1Vから10Vに引き上げられている。時刻t2以降、制御装置3は、第3細孔141の電圧を時刻t2で引き上げられた電圧で維持する。
【0045】
クーリング期間T3では、イオントラップ電極143、インキャップ電極144、エンドキャップ電極145によってイオン23はイオントラップ室140にトラップ(分析用イオントラップ)されている。ここで、イオントラップ電極143には、イオントラップRF振幅として200Vを有するイオントラップRF電圧が印加されている。
【0046】
イオントラップRF電圧は四重極電極であるイオントラップ電極143のうち向かい合う電極に対して、同相のRF電圧が印加され、隣りあう電極に対して逆相のRF電圧が印加される。また、図4では図示していないが、クーリング期間T3おいて、イオントラップ室140でイオン23がトラップ(分析用イオントラップ)されている間、インキャップ電極144及びエンドキャップ電極145は接地状態となっている。
【0047】
スライダバルブ101による第3細孔141の典型的な開時間は50ms程度である。前記したように、イオントラップ室140はプレトラップ室130よりも減圧されている。そのため、スライダバルブ101による第3細孔141の開口時、プレトラップ室130からイオン23とともにガスが流入する。その結果、イオントラップ室140の内部圧力が上昇する。典型的にはイオントラップ室140の内部圧力は10Pa程度まで上昇する。
【0048】
前記したように、プレトラップ室130からイオントラップ室140へイオン23が移動した後、制御装置3はスライダバルブ101によって第3細孔141を閉じる(時刻t2)。スライダバルブ101によって第3細孔141が閉じられることにより、プレトラップ室130からイオントラップ室140へイオン23とともに流入するガスの量が制限される。具体的には、イオントラップ室140に対するガスの流入が停止する。そして、イオントラップ用真空ポンプ142によりイオントラップ室140の内部圧力が再び低下する。このように、スライダバルブ101による第3細孔141の開口により、上昇したイオントラップ室140の内部圧力を低下させる時間がクーリング期間T3である。なお、イオントラップ室140の内部圧力の変化については後記する。
【0049】
(イオン検出期間T4)
イオントラップ室140の内部圧力が0.1~1Pa程度まで低下すれば、イオン23が、質量選択的に分析用イオントラップから検出器146へと排出される。これにより、イオン23が質量電荷比毎に検出される(イオン検出期間T4)。イオン検出期間T4において、図4に示すようにイオントラップRF振幅は図4に示すように徐々に増幅される。図4に示す例では1kVまで増幅されている。そして、イオントラップRF振幅が、所定の振幅になると、分析用イオントラップされているイオン23が不安定となる。また、イオン検出期間T4では、イオントラップ電極143に一定のイオン排出用AC振幅(図4の例では1V)を有するイオン排出用AC電圧が印加される。
【0050】
つまり、イオントラップRF振幅を有するイオントラップRF電圧に加えて、イオン排出用AC振幅を有するイオン排出用AC電圧がイオントラップ電極143に印加される。また、図4において図示していないが、イオン検出期間T4において、インキャップ電極144及びエンドキャップ電極145には、所定電圧を有する矩形波電圧が印加される。これによって、分析用イオントラップされているイオン23から所定の質量電荷比を有するイオン23が選択的に検出器146へと排出され、検出器146によって検出される。
【0051】
(クリーニング期間T5)
イオン検出が終了すると、制御装置3がイオントラップRF振幅及びイオン排出用AC振幅をゼロとすることで残ったイオン23が排気される。これがクリーニング期間T5である。なお、クリーニング期間T5では、エンドキャップ電極145に少なくともイオントラップ電極143及びインキャップ電極144より低い電圧が印加されることで、イオン23はエンドキャップ電極145の開口部から排出される。さらに、イオン23はイオントラップ室140に設けられている図示しない排出口から外部へ排出される。
【0052】
プレトラップ期間T1からクリーニング期間T5までを一つのシーケンスとし、質量分析装置1は、プレトラップ期間T1からクリーニング期間T5を繰り返しながら測定を行う。
【0053】
本実施形態では、図4に示すイオン検出期間T4においてイオントラップRF振幅が変化され、かつ、所定のイオン排出用AC振幅を有するイオン排出用AC電圧が加えられる。これにより、イオン23が検出器146へ排出され、イオン23が検出される。
ただし、プレトラップ電極133とイオントラップ電極143とが電気的に接続されることで、プレトラップ電極133とイオントラップ電極143とが連動して制御される場合がある。このような場合、イオントラップRF振幅が変化すると、プレトラップ電極133に印加されているRF電圧の振幅も変化してしまい、プレトラップの効率に影響が生じてしまう場合がある。このため、プレトラップの効率を考えると、イオン検出期間T4においてイオントラップRF振幅が一定のまま、イオン排出用AC電圧の周波数を変化させることでイオン23を検出器146に向かって排出させてもよい。
【0054】
(並列動作)
図5は、複数の質量分析処理を並列処理する場合における動作シーケンスを示す図である。
図5に示されているプレトラップS1,S1A,S1Bは図4のプレトラップ期間T1に対応するものである。また、イオン移動S2,S2A,S2Bは図4のイオン移動期間T2に対応するものである。そして、クーリングS3,S3Aは図4のクーリング期間T3に対応するものである。さらに、イオン検出S4,S4Aは図4のイオン検出期間T4に対応するものである。そして、クリーニングS5,S5Aは図4のクリーニング期間T5に対応するものである。
【0055】
図4に示すように、プレトラップ電極133にはプレトラップオフセット電圧が常に印加されている。つまり、プレトラップ電極133は常にイオン23をプレトラップ可能な状態となっている。換言すれば、クーリングS3の間からプレトラップ電極133はイオン23をトラップ可能な状態となっている。そして、図4に示すように、イオン源200では連続的にイオン23を生成している。そのイオン23は連続的にプレトラップ室130へと導入されている。このため、実際の運用として、図5に示すように、クーリングS3~クリーニングS5と並行して、プレトラップ電極133による別のイオン23のプレトラップS1Aが可能である。
【0056】
そして、イオントラップ室140でのクリーニングS5が終わったタイミングで、制御装置3はスライダバルブ101によって第3細孔141を開口する。これによって、プレトラップされているイオン23がプレトラップ室130からイオントラップ室140へと導入される(イオン移動S2A)。
【0057】
そして、クーリングS3A~クリーニングS5Aが行われている間に、プレトラップ電極133による、さらに別のイオン23のプレトラップS1Bが並行して行われる。そして、イオントラップ室140のクリーニングS5Aが終了すると、スライダバルブ101によって第3細孔141が開口して、プレトラップされているイオン23がイオントラップ室140へ移動する(イオン移動S2B)。
【0058】
このように、本実施形態によれば、イオントラップ室140でクーリングS3,S3A~クリーニングS5,S5Aが行われている間、プレトラップ室130で新しいイオン23をプレトラップすることができる。つまり、本実施形態の質量分析システムZは、クーリングS3,S3A~クリーニングS5,S5Aと、プレトラップS1,S1A,S1Bを並行処理することができる。これにより、高スループットによる質量分析を実現することができる。
【0059】
(イオントラップ室140の内部圧力変化)
図6はイオントラップ室140の内部圧力変化の例を示す図である。適宜、図1を参照する。
図6におけるプレトラップ期間T1~イオン検出期間T4は図4に示すものと同様である。また、図6において、縦軸はイオントラップ室140の内部圧力を示している。
プレトラップ期間T1ではスライダバルブ101によって第3細孔141が閉じている。そのため、プレトラップ期間T1において、イオントラップ室140の内部圧力は0.1Pa程度と低い内部圧力が保たれている。
【0060】
そして、イオン移動期間T2において、スライダバルブ101により第3細孔141が開口されると、イオントラップ室140より内部圧力が高いプレトラップ室130からイオン23とともにガスが流入する。これにより、イオントラップ室140の内部圧力が上昇する。
【0061】
その後、スライダバルブ101によって第3細孔141が閉じられ、かつ、イオントラップ用真空ポンプ142による排気で、イオントラップ室140の内部圧力が低下する(クーリング期間T3)。そして、イオントラップ室140の内部圧力が所定の値、例えば、0.1Pa程度となった段階でイオン検出期間T4となる。このように、オントラップ室140の内部圧力が所定の値まで下がった時点でイオン検出が行われることにより、精度の高いイオン検出を行うことができる。
【0062】
一般的に、質量分析装置では感度を向上させるため、隔壁に設けられる細孔を大きくすることでイオン23の透過率を向上させている。しかし、細孔を大きくすると、イオン23以外のガスの導入量も増加する。そして、導入されたガスを排気するため、一般的に排気量の大きい真空ポンプが設置される。
【0063】
一方、質量分析装置を小型化しようとした際には小型の真空ポンプが設置される。しかし、真空ポンプを小型化すると、導入されるガスの導入を小さくするため、細孔を小さくする必要がある。これにより、イオンの取り込み量が低下するため、感度が低下する。このように、感度維持と小型化は一般に両立しない。
【0064】
仮に、図1及び図2に示す構成からスライダバルブ101が省略された場合、プレトラップ室130からイオントラップ室140へは、イオン23とともに、イオン23以外のガスが常に流れる状態となる。この状態でプレトラップ室130を10Pa、イオントラップ室140を0.1Paに維持しようとすると、イオントラップ室140に接続するイオントラップ用真空ポンプ142を排気量が大きいポンプ、例えば100L/s程度吸引できる真空ポンプにする必要がある。
【0065】
一方で、本実施形態では、スライダバルブ101によって第3細孔141が開口したタイミングのみプレトラップ室130からイオントラップ室140へイオン23とともにイオン23以外のガスが流れる。その後、スライダバルブ101によって第3細孔141が閉じることにより、ガスの流入が制限された状態でイオントラップ室140の内部圧力が0.1Paまで下げられる。そのため、本実施形態の質量分析装置1によれば、イオントラップ用真空ポンプ142として10L/s程度の吸引流量の小型真空ポンプを利用することができる。
【0066】
なお、図1及び図2に示す質量分析装置1において、プレトラップ室130や差動排気室120を省略し、イオン源200とイオントラップ室140との間にスライダバルブ101を設置することも考えられる。しかし、このような場合、イオン源200が存在する大気圧(0.1MPa)とイオントラップ室140の内部圧力(0.1Pa)との圧力差が大きくなる。そのため、空気のリークを防ぐためにスライダバルブ101のシール性が問題となる。また、スライダバルブ101がイオン源200と近い位置に設置されるため、イオン23とともに、イオン23以外の濃度の高い試料ガスや、試料液滴がスライダバルブ101を通過する。これにより、スライダバルブ101が汚染される問題が生じる。さらに、イオントラップ室140に導入するイオン23の量を増加させるためにはスライダバルブ101による第3細孔141の開口時間を長くする必要がある。これはイオントラップ室140への、イオン23以外のガスの導入量増加を意味し、イオントラップ用真空ポンプ142の負荷が増加する。
【0067】
一方、本実施形態の場合、スライダバルブ101が備えられる第3隔壁147の両側における圧力差は、プレトラップ室130の内部圧力(10Pa)とイオントラップ室140の内部圧力(0.1Pa)との差となる。この圧力差は、大気圧(0.1MPa)とイオントラップ室140の内部圧力(0.1Pa)との圧力差よりはるかに小さい。そのため、本実施形態における質量分析装置1では、スライダバルブ101のシール性への要求度を低くすることができる。
【0068】
また、プレトラップ室130の内部圧力は大気圧に比べて低いため、プレトラップ室130ではイオン23が希釈される。つまり、プレトラップ室130に導入されたイオン23以外の試料ガスや、試料液滴はプレトラップ室130の低い内部圧力によって拡散し、希釈される。このような、希釈効果により、本実施形態に示す質量分析装置1では、イオン源200の近傍にスライダバルブ101を配置場合と比較して、スライダバルブ101を通過する試料ガスや試料液滴の量が少ない。このためスライダバルブ101の汚染を低減することができる。
【0069】
また、イオン23を一旦プレトラップする本実施形態の方法において、イオントラップ室140に導入するイオン23の量を増加させたい場合はプレトラップする時間を長くすればよい。すなわち、プレトラップする時間を長くすることにより、プレトラップ室130で多くのイオン23がトラップされる。その後、スライダバルブ101によって第3細孔141が開口されることにより、多くのイオン23をイオントラップ室140に導入することができる。この場合、イオントラップ室140へのイオン23の導入量はスライダバルブ101による第3細孔141の開時間とは関係ない。即ち、本実施形態によれば、スライダバルブ101による第3細孔141の開時間を短くすることによって、イオン23以外のガスの導入量を低減することができる。そして、プレトラップする時間を長くすることによって、スライダバルブ101による第3細孔141の開時間が短くても、多くのイオン23をイオントラップ室140に導入することができる。
【0070】
このように、本実施形態によれば、質量分析装置1の小型化と感度維持の向上を両立させることができる。
【0071】
(スライダバルブ101)
図7A及び図7Bはスライダバルブ101の構造の一例を示す図である。図7Aはスライダバルブ101によって第3細孔141が開口している図を示し、図7Bはスライダバルブ101によって第3細孔141が閉じられている図を示す。なお、図7A及び図7Bにおいて、図1及び図2と同様の構成については同一の符号を付して、説明を省略する。
図7A及び図7Bは、図1及び図2における第3細孔141、スライダバルブ101及びインキャップ電極144の部分を抽出した図であり、その他の部分は省略してある。スライダバルブ101は第3細孔141を閉じることができればよく、その素材は金属製よりは樹脂製が望ましい。また、スライダバルブ101に汚染物質が付着した場合、図示しないヒータをスライダバルブ101に接続し、スライダバルブ101が加熱されることによって汚染物質を気化することが考えられる。このように、スライダバルブ101に付着した汚染物質が加熱によって気化することで、スライダバルブ101に付着した汚染物質を除去することができる。このような加熱によるスライダバルブ101の汚染対策が用いられる場合、スライダバルブ101は熱伝導性のよい素材、即ち、樹脂製より金属製で構成されることが好ましい。
【0072】
前記したように、スライダバルブ101は紙面上下方向に移動することで、第3細孔141の開閉を行い、プレトラップ室130からイオントラップ室140へのイオン23の流入を制限(停止)する。即ち、第3細孔141の内径より、スライダバルブ101の開口部102の内径が小さいと、第3細孔141を通過したイオン23の一部がスライダバルブ101に衝突してしまう。このように、第3細孔141の内径より、スライダバルブ101の開口部102の内径が小さいと、イオン23がイオントラップ室140へ導入される際の導入効率が低下してしまう。このように、第3細孔141を通過するイオン23の飛行経路上に樹脂板がない方が好ましいため、スライダバルブ101の開口部102の内径は第3細孔141の内径より大きい方が望ましい。
【0073】
また、図7A及び図7Bに示すようにスライダバルブ101の開口部102の内径は、インキャップ電極144の方向に向かって広がっていく構造が望ましい。つまり、開口部102の内径は、プレトラップ室130の側よりイオントラップ室140の側の方が広い構造を有することが望ましい。第3細孔141を通過したイオン23は拡散するため、このように構造とすることで、開口部102がイオン23の飛行を阻害することを防止することができる。
【0074】
ちなみに、図1図2において、スライダバルブ101とイオントラップ電極143の間にはインキャップ電極144のみ存在するが、必ずしもその構成である必要はない。例えば、3枚の円盤電極でアインツェルレンズを構成し、このアインツェルレンズがインキャップ電極144とスライダバルブ101との間に配置されてもよい。あるいは、イオン23を収束させるためにインキャップ電極144の前にイオントラップ電極143とは別の四重極電極が配置されてもよい。
【0075】
(バルブ駆動装置110)
図8は、スライダバルブ101を駆動するためのバルブ駆動装置110の一例を示す図である。
バルブ駆動装置110は、プッシュロッド111、プランジャ112、ボビン114、コイル115を有する。
プッシュロッド111はスライダバルブ101に接続されるとともに、支持部117を介してプランジャ112に接続している。プランジャ112は中空の導電体で構成されており、コイル115に電流が流れることによる磁力によって紙面上下方向へ移動する。プランジャ112の移動に伴い、プッシュロッド111及びスライダバルブ101が紙面上下方向へ移動する(図8の白抜き矢印)。なお、図8に示す例は、プランジャ112、プッシュロッド111及びスライダバルブ101が最上位の位置まで引き上げられている状態を示している。
【0076】
コイル115はボビン114に巻回され、ボビン114の筒状部にプランジャ112が挿入されている。プランジャ112は上部にフランジ部112A,112Bを有している。そして、ボビン114の上部と、プランジャ112におけるフランジ部112Aの下面とがバネ116によって接続されている。
【0077】
スライダバルブ101に接続されるプッシュロッド111やプランジャ112は内部圧力の低いイオントラップ室140の内部に存在する。図1に示すように、バルブ駆動装置110は質量分析部100の外部、即ち、大気圧中に設置されている。そのため、ボビン114の周囲からイオントラップ室140へ外部の空気が流入するおそれがある。
そこで、図8では、ボビン114の上下にOリング113を設けることで、イオントラップ室140の密閉性を維持し、ボビン114の周囲から外部の空気が流入するのを防いでいる。
【0078】
そして、コイル115によって発生した磁界の変化によってプランジャ112が駆動し、プッシュロッド111及びスライダバルブ101を移動させる。この構造によって、ボビン114の周囲から外部の空気が流入するのを防ぎつつ、スライダバルブ101を移動させることができる。
なお、本実施形態ではバルブ駆動装置110が質量分析装置1の外部に設置されているが、イオントラップ室140の内部等、質量分析装置1の内部に設置されてもよい。ただし、図8に示す例のように、バルブ駆動装置110、具体的には、コイル115が質量分析部100の外部、即ち、大気圧中に設置されることにより、バルブ駆動装置110(コイル115)に電力を供給するための電力線を質量分析部100の内部へ引き込む必要がなくなる。つまり、質量分析部100の密閉性を高めることができる。
【0079】
これまで記載してきたように、本実施形態ではプレトラップ室130とイオントラップ室140との間にスライダバルブ101が設置される。そして、スライダバルブ101によって第3細孔141閉じている状態で、イオン源200から連続的にプレトラップ室130へイオン23が導入されることで、プレトラップ室130で質量選択的にイオン23がトラップされる。そして、スライダバルブ101によって第3細孔141が間欠的に開口される際にプレトラップ室130からイオントラップ室140へとイオン23が移動する。そして、イオントラップ室140でイオン23が質量分離され、検出器146で検出される。この手法によって、感度を維持したままイオントラップ室140に接続するイオントラップ用真空ポンプ142を小型化できる。
【0080】
また、第3細孔141がスライダバルブ101によって開閉される構成とすることで、簡易な構造で第3細孔141の開閉を制御することができる。
【0081】
[第2実施形態]
図9は、第2実施形態に係る質量分析装置1の動作シーケンスの一例を示す図である。
第1実施形態では、正負のイオン23の片方の極性だけ(第1実施形態に示す例では正イオン)を繰り返し測定する例が示されている。一方、第2実施形態では正イオン測定と負イオン測定とが交互に実施される例を示している。
【0082】
第2実施形態において、質量分析装置1の構成は第1実施形態と同様であるため、構成の図示を省略する。また、第1実施形態と同様、第2実施形態ではイオン源200として大気圧化学イオン化イオン源が利用されている例を示す。この場合、検出するイオン23の極性を変更するため、針電極21の電位が反転される。
【0083】
(動作シーケンス)
図9は、本実施形態に係る質量分析システムZの動作シーケンスを示す図である。適宜、図1を参照する。また、図4と同じ構成については、適宜説明を省略する。
図9において、プレトラップ期間T1、イオン移動期間T2、クーリング期間T3、イオン検出期間T4、クリーニング期間T5が行う役割は図4と同様である。また、図5において説明したように、クーリング期間T3~クリーニング期間T5と並列して、次のイオン測定のためのプレトラップが行われている(プレトラップ期間T1a)。そして、クリーニング期間T5が終了するとともに、スライダバルブ101によって第3細孔141が開口し、プレトラップされているイオン23がイオントラップ室140へ移動する(イオン移動期間T2a)。
【0084】
ここで、図9において図4と異なる点の概要を記載する。
まず、針電極21に印加される電圧(針電極21の電圧)は、イオン移動期間T2が完了すると、反転される。図9の例では(+)4kVから-4kVに設定される。
そして、プレトラップオフセット電圧は、イオン移動期間T2が完了すると、反転される。図9の例では(+)3Vから-3Vに設定される。
第3細孔141に印加される電圧(第3細孔141の電圧)は、イオン移動期間T2において0Vに設定された後、プレトラップ期間T1における電圧とは逆の極性を有する電圧に設定される。図9の例では、プレトラップ期間T1では(+)10Vに設定され、イオン移動期間T2では0Vに設定され、クーリング期間T3~クリーニング期間T5では-10Vに設定される。そして、2回目のイオン移動期間T2aでは0Vに設定される。
【0085】
第3細孔141の開閉、イオン排出用AC振幅、イオントラップRF振幅については概ね図4と同様である。ただし、2回目のイオン移動期間T2aにおいて、第3細孔141が開口し(「開」)、イオントラップRF振幅が200Vに設定される。
【0086】
以下において、それぞれの期間について、図4との差異を中心に詳細な説明を行う。
まず、針電極21に正の電圧(図9の例では(+)4kV)が印加されることで正イオンが生成される。生成された正イオンは第1細孔121に印加されている電圧によって誘引されることで、第1細孔121から差動排気室120へ連続的に導入される。さらに、差動排気室120に導入された第2細孔131に印加されている電圧によって誘引されることで、正イオンは第2細孔131からプレトラップ室130へ連続的に導入される。プレトラップ室130に導入された正イオンはプレトラップオフセット電圧(図9の例では(+)3V)が印加されているプレトラップ電極133によってトラップ(プレトラップ)される(プレトラップ期間T1)
【0087】
十分な量のイオン23(正イオン)がプレトラップされると、制御装置3は、スライダバルブ101によって第3細孔141を開口し、かつ第3細孔141の電圧を10Vから0Vへ変化させる(時刻t1a)。また、図9において、図示していないが、時刻t5aの段階で、制御装置3は、インキャップ電極144及びエンドキャップ電極145の電圧も正イオンの極性に合わせて設定する。これにより、第3細孔141の電圧がプレトラップオフセット電圧より低くなる。従って、正の電荷を有するイオン23が第3細孔141の電圧に誘引されイオントラップ室140へと導入される(イオン移動期間T2)。
【0088】
正イオンの移動が完了すると(時刻t2a)、スライダバルブ101によって第3細孔141が閉じる。また、正イオンの移動が完了した時点で、負イオンを生成するため、針電極21に印加される電圧(針電極21の電圧)を-4kVに設定する。
また、正イオンの移動が完了した時点で、制御装置3は、プレトラップオフセット電圧及び第3細孔141の電圧を、次に生成され、プレトラップされるイオン23のための極性に合わせる(時刻t2a)。図9の例では、次に生成されるイオン23は負イオンとする。従って、制御装置3は、プレトラップオフセット電圧を-3Vに設定し、第3細孔141の電圧を-10Vに設定する。
【0089】
そうすることで、最初に生成された正イオンについてクーリング(クーリング期間T3)~クリーニング(クリーニング期間T5)が行われている間に、次に生成されたイオン23(ここでは負イオン)をプレトラップすることができる(プレトラップ期間T1a)。この間、スライダバルブ101によって第3細孔141は閉じている状態である。また、負イオンが処理の対象となるため、前記したように、第3細孔141の電圧は負の電圧(図9の例では-10V)に設定されている。なお、最初に生成された正イオンに対するクーリング(クーリング期間T3)~クリーニング(クリーニング期間T5)については図4と同様であるので、ここでの説明を省略する。
【0090】
最初に生成された正イオンについてクリーニング期間T5が終わった段階で(時刻t5a)、制御装置3はスライダバルブ101によって第3細孔141を開口し、第3細孔141の電圧を0Vに変化させる。また、図9において、図示していないが、時刻t5aの段階で、制御装置3は、インキャップ電極144及びエンドキャップ電極145の電圧も負イオンの極性に合わせて設定する。この結果、第3細孔141の電圧である0Vより低い電位を有する負イオンは第3細孔141に誘引され、イオントラップ室140に導入される。これにより、プレトラップされているイオン23がイオントラップ室140へ移動される(イオン移動期間T2a)。
【0091】
最初に生成された正イオンについてクリーニング期間T5が終わった段階で(時刻t5a)、制御装置3はイオントラップRF振幅を200Vに設定する。これにより、イオントラップRF振幅が、次に分析用イオントラップされる負イオンに対応するよう設定される。なお、負イオンに対するイオン排出用AC振幅及びイオントラップRF振幅の変化は、正イオンに対する変化(プレトラップ期間T1~クリーニング期間T5)と同様である。
【0092】
なお、図9において、第1細孔121や第2細孔131等の電圧が示されていないが、第1細孔121及び第2細孔131の電位が針電極21と同様に正負を反転される。これにより、プレトラップ室130に誘引されるイオン23の極性がコントロールされる。
【0093】
また、図9において、プレトラップ期間T1におけるプレトラップオフセット電圧と、プレトラップ期間T1aにおけるプレトラップオフセット電圧とは反転している。すなわち、プレトラップ期間T1におけるプレトラップオフセット電圧の絶対値と、プレトラップ期間T1aにおけるプレトラップオフセット電圧の絶対値は同じである。しかし、必ずしも、プレトラップ期間T1におけるプレトラップオフセット電圧の絶対値と、プレトラップ期間T1aにおけるプレトラップオフセット電圧の絶対値とが同じである必要はなく、極性があっていれば絶対値が異なっていてもよい。
【0094】
同様に、図9において、プレトラップ期間T1における第3細孔141の電圧と、プレトラップ期間T1aにおける第3細孔141の電圧とは反転している。すなわち、プレトラップ期間T1における第3細孔141の電圧の絶対値と、プレトラップ期間T1aにおける第3細孔141の電圧の絶対値は同じである。しかし、必ずしも、プレトラップ期間T1における第3細孔141の電圧の絶対値と、プレトラップ期間T1aにおける第3細孔141の電圧の絶対値とが同じである必要はなく、極性があっていれば絶対値が異なっていてもよい。
【0095】
図9に示す例では、1つめのイオン23(ここでは正イオン)に対するクリーニング期間T5の直後に2つめのイオン23(ここでは負イオン)のイオン移動期間T2aが設けられている。しかし、一般的に、イオントラップRF振幅を有するイオントラップRF電圧が設定値まで上昇する時間が、ある程度必要である。そのため、クリーニング期間T5とイオン移動期間T2aとの間にイオントラップRF電圧を安定させるための期間であるイオントラップRF安定化期間が設けられてもよい。即ち、イオントラップRF電圧が安定化してからスライダバルブ101によって第3細孔141が開口され、イオン23の移動が行われてもよい。
【0096】
また、図9に示す例では正イオン検出の次に負イオン検出が実施される場合の動作シーケンスが示されている。図9に示す動作シーケンスとは逆に、負イオン検出の次に正イオン検出を行う場合、各電圧の正負が図9に示す各電圧と逆になればよい。
【0097】
第2実施形態の方法が用いられることで、正イオン及び負イオンの分析が高スループプットで可能となる。なお、第2実施形態では正イオンと負イオンとが交互に検出される方法について記載したが、その順番に限定されるものではない。例えば、正イオンが複数回連続で検出されてから、負イオンが複数回連続で検出されるシーケンスでもよい。この際も、検出するイオン23の極性が変化するタイミングで図9のような動作シーケンスが適用されればよい。第1実施形態と同様、プレトラップの効率を考えると、イオン検出期間T4においてイオントラップRF振幅が一定のまま維持され、イオン排出用AC電圧の周波数が変化してもよい。このようにすることでイオン23が検出器146に向かって排出されるようにしてもよい。
【0098】
[第3実施形態]
図10は、第3実施形態に係る質量分析装置1aの一例を示す構成図である。図10において、図1及び図2と同様の構成については同一の符号を付して、説明を省略する。
図10では、スライダバルブ101によって第3細孔141が閉じられている状態が示されている。
第1実施形態では図1及び図2に示すように第3細孔141に対し、イオントラップ室140の側にスライダバルブ101が配置されている。これに対し、第3実施形態では図10に示すように質量分析部100aのプレトラップ室130aの側にスライダバルブ101が配置されている。この場合、図10に示すように、スライダバルブ101よりもイオン源200の側にイオン23を閉じ込めるためのプレトラップ用エンドキャップ電極134が配置される。なお、プレトラップ用エンドキャップ電極134には、イオン23が通過するための開口部が設けられている。また、プレトラップ室130aの側にスライダバルブ101が配置されることに伴い、バルブ駆動装置110もプレトラップ室130aの上部に備えられている。
【0099】
また、図10に示す質量分析装置1aにおいて、プレトラップ期間T1(図4参照)ではプレトラップオフセット電圧(図4参照)よりもプレトラップ用エンドキャップ電極134の電圧が高く設定されることでイオン23がプレトラップされる。そして、イオン移動期間T2(図4参照)では、制御装置3がプレトラップ用エンドキャップ電極134の電圧を下げることでイオン23がイオントラップ室140の方向へ移動できるようにする。この場合、第3細孔141の電圧は変化させなくてもよい。
【0100】
前記したように、プレトラップ室130aの内部圧力の方がイオントラップ室140の内部圧力よりも高い。そのため、図10に示すように、プレトラップ室130aの側にスライダバルブ101を設置した方が、ガスがプレトラップ室130aからイオントラップ室140へリークすることを防止できる。つまり、プレトラップ室130aの内部圧力の方がイオントラップ室140の内部圧力よりも高いため、プレトラップ室130aの側にスライダバルブ101が設置されることにより、スライダバルブ101が第3隔壁147に押し付けられる状態となる。これにより、スライダバルブ101のシール性を向上させることができる。
【0101】
なお、図10に示す質量分析装置1aでは、第3細孔141が開口される際、スライダバルブ101のみが移動することが想定されているが、これに限らない。例えば、スライダバルブ101とプレトラップ用エンドキャップ電極134とが一体となって移動してもよい。
【0102】
また、図10に示すスライダバルブ101は、第1実施形態と同様、すべて金属製か、すべて樹脂製かのいずれかである。しかし、図11に示すように、スライダバルブ101においてプレトラップ電極133の側の素材101Aを金属(導電体)とし、第3細孔141の側の素材101Bを樹脂とすることも可能である。このような構成とすることで、金属で構成されている素材101Aの部分がプレトラップ用エンドキャップ電極134の役割を有するため、プレトラップ用エンドキャップ電極134を省略することが可能である。なお、図11に示す例では、スライダバルブ101が2層(素材101A,101B)で構成されているものとしているが、3層以上でもよい。スライダバルブ101が3層以上で構成されていても、最もプレトラップ室130側に配置されている層が金属(導電体)で構成されてもよい。このようにすることで、金属で構成されている層がプレトラップ用エンドキャップ電極134の役割を有するようにしてもよい。
【0103】
[第4実施形態]
図12は、第4実施形態に係る質量分析装置1bの一例を示す構成図である。
図12に示す質量分析装置1bでは、スライダバルブ101によって第3細孔141が開口されている状態が示されている。なお、図12において、図1及び図2と同様の構成については同一の符号を付して、説明を省略する。
第4実施形態では、イオン源200として正負両方のイオン23を同一の電圧条件で生成可能なイオン源200を利用している。図12では、正負両方のイオン23を同一の電圧条件で生成可能なイオン源200の一例として低真空バリア放電イオン源200bが使用されている例を示す。低真空バリア放電イオン源200bでは、絶縁体(図12に示す例ではガラス管201)の周りに円環電極202が2つ周設され、それらの円環電極202にAC電源203が接続されている。そして、円環電極202にAC電源203から電力が供給されることでガラス管201の内部で放電プラズマ22が発生する。低真空バリア放電イオン源200bでは、図12に示すように正負のイオン23が同時に発生する。
【0104】
また、低真空バリア放電イオン源200bの内部は大気圧よりも低圧となっている。試料ガス(不図示)はキャピラリ204を通過して低真空バリア放電イオン源200bの内部に導入され、放電プラズマ22によってイオン化される。これによって、イオン23が生成される(図12の例では正イオンが生成されている)。図1等に示す大気圧化学イオン化イオン源と異なり、低真空バリア放電イオン源200bでは電圧を変更しなくても、正負両方のイオン23を質量分析部100の内部に導入可能である。従って、第2実施形態(図9)では分析するイオン23の極性を変更するために針電極21の電位を反転させていたが、第4実施形態のように低真空バリア放電イオン源200bが用いられる場合、そのような変更は不要となる。針電極21の各電圧の動作は図4に示すものと同様である。
【0105】
[制御装置3のハードウェア構成]
図13は、制御装置3のハードウェア構成例を示す図である。
制御装置3はPC(Personal Computer)等で構成され、メモリ301、CPU(Central Processing Unit)302、HD(Hard Disk)や、SSD(Solid State Drive)等の記憶装置303を有する。さらに、制御装置3は、キーボードや、マウス等の入力装置304、ディスプレイ等の出力装置305、質量分析装置1から情報を取得したり、指示を送信したりする通信装置306を有する。
そして、記憶装置303に格納されているプログラムがメモリ301にロードされる。そして、ロードされたプログラムがCPU302に実行されることにより、制御装置3が行う各機能が具現化する。
【0106】
本発明は前記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前記した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明したすべての構成を有するものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0107】
また、前記した各構成、機能、制御装置3、制御装置3に備えられる記憶装置303等は、それらの一部又はすべてを、例えば集積回路で設計すること等によりハードウェアで実現してもよい。また、図13に示すように、前記した各構成、機能等は、CPU302等のプロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウェアで実現してもよい。各機能を実現するプログラム、テーブル、ファイル等の情報は、HDに格納すること以外に、メモリ301や、SSD等の記録装置、又は、IC(Integrated Circuit)カードや、SD(Secure Digital)カード、DVD(Digital Versatile Disc)等の記録媒体に格納することができる。
【0108】
また、各実施形態において、制御線や情報線は説明上必要と考えられるものを示しており、製品上必ずしもすべての制御線や情報線を示しているとは限らない。実際には、ほとんどすべての構成が相互に接続されていると考えてよい。
【符号の説明】
【0109】
1,1,1a 質量分析装置
3 制御装置
21 針電極
23 イオン
100,100a 質量分析部
101 スライダバルブ(開閉部、スライダ部)
101A 素材(スライダバルブを構成する層のうち、導電体で構成される層)
101B 素材(スライダバルブを構成する層)
102 開口部(バルブ孔部)
110 バルブ駆動装置
120 差動排気室
121 第1細孔
122 差動排気用真空ポンプ
123 第1隔壁
130 プレトラップ室(第1の質量分析部、リニアイオントラップ)
130a プレトラップ室
131 第2細孔
132 プレトラップ用真空ポンプ(第1の真空ポンプ)
133 プレトラップ電極
134 プレトラップ用エンドキャップ電極
135 第2隔壁
140 イオントラップ室(第2の質量分析部、リニアイオントラップ)
141 第3細孔(隔壁孔部)
142 イオントラップ用真空ポンプ142(第2の真空ポンプ)
143 イオントラップ電極
146 検出器(検出部)
147 第3隔壁(隔壁)
200 イオン源
200b 低真空バリア放電イオン源
S1,S1A,S1B プレトラップ
S2,S2A,S2B イオン移動
S3,S3A クーリング
S4,S4A イオン検出
S5,S5A クリーニング
T1,T1a プレトラップ期間
T2,T2a イオン移動期間
T3 クーリング期間
T4 イオン検出期間
T5 クリーニング期間
Z 質量分析システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12
図13