(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023038883
(43)【公開日】2023-03-17
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2の検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/70 20060101AFI20230310BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20230310BHJP
【FI】
C12Q1/70 ZNA
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021185124
(22)【出願日】2021-11-12
(31)【優先権主張番号】P 2021145458
(32)【優先日】2021-09-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」「病理学的アプローチによる先天性感染症・原因不明感染症診断法の開発」補助事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桑野 哲矢
(72)【発明者】
【氏名】高田 直人
(72)【発明者】
【氏名】深川 聡子
(72)【発明者】
【氏名】井上 高良
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 忠樹
(72)【発明者】
【氏名】俣野 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】立川 愛
(72)【発明者】
【氏名】菅野 隆行
(72)【発明者】
【氏名】飛梅 実
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ03
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4B063QQ52
4B063QR08
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4B063QR72
4B063QR79
4B063QS24
4B063QS25
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】皮膚表上脂質を用いてSARS-CoV-2を検出する方法を提供する。
【解決手段】被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2の検出方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2の検出方法。
【請求項2】
SARS-CoV-2のゲノム情報を検出する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症の検出方法。
【請求項4】
さらに、IFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B及びEGR1から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物、B2Mタンパク質及びCRPタンパク質から選ばれる1種以上の分子の発現レベルを測定する、請求項3記載の検出方法。
【請求項5】
SARS-CoV-2に感染している被験者又はSARS-CoV-2感染の疑いがある被験者から採取された皮膚表上脂質について、IFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B及びEGR1から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物、B2Mタンパク質及びCRPタンパク質から選ばれる1種以上の分子の発現レベルを測定する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症確認の検出方法。
【請求項6】
SARS-CoV-2に感染している被験者又はSARS-CoV-2感染の疑いがある被験者から採取された皮膚表上脂質について、ISG15、IFITM1及びIFITM3から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物の発現レベルを測定する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症の重症度の検出方法。
【請求項7】
IFN応答関連遺伝子又はその発現産物の発現レベルがmRNAの発現量の測定である、請求項4~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬を含有する、請求項1又は2記載の方法に用いられるSARS-CoV-2検出キット。
【請求項9】
SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬、所望によりさらにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、請求項3又は4記載の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症検出キット。
【請求項10】
SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、請求項5記載の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症確認検出キット。
【請求項11】
SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、請求項6記載の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症の重症度検出キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚表上脂質を用いたSARS-CoV-2の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SARSコロナウイルス-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2;SARS-CoV-2)は、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)やMERSコロナウイルス(MERS-CoV)と同様ベータコロナウイルス属に属し、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルスである。2019年に中国湖北省武漢市付近で発生が初めて確認され、その後、COVID-19の世界的流行(パンデミック)を引き起こしている。
【0003】
SARS-CoV-2は、一本鎖プラス鎖RNAウイルスで、自律複製することはできず、ヒトの粘膜細胞等に付着し、入り込んで増殖することが知られている。増殖したウイルスは、感染者の飛沫と共に放出され、他の人がそのウイルスを口や鼻から吸い込むことで感染する(飛沫感染)。
また、感染者の手を介してウイルスが付着した物を他の人が触り、その手で口や鼻等を触ることで粘膜からウイルスが入り込む接触感染によっても感染が広がっていくと考えられている。
【0004】
感染者は味覚や嗅覚の異常、頭痛、発熱、咳や呼吸困難感といった症状を呈することがわかっている。中には無症状の感染者も存在し、このことがSARS-CoV-2の感染拡大を防ぐ難しさの要因の一つになっている。特に、基礎疾患を有する人や高齢者への感染を防ぐために、PCR検査をはじめとする検査数や検査体制の拡充が求められている。
【0005】
現在、SARS-CoV-2の感染を調べる方法には、PCR検査を含む遺伝子検査をはじめ、抗原検査や抗体検査が挙げられる。遺伝子検査の中で最も汎用されているPCR検査は、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechain reaction)を利用することで、ウイルス由来の遺伝子配列を100~1000万倍以上に増幅することができる極めて高感度な分析手法である。PCR反応により得られる増幅曲線の有無で陽性または陰性を判定することができる。
【0006】
現在、SARS-CoV-2のPCR検査等の遺伝子検査には、検体として鼻咽頭ぬぐい液や唾液が使用できることが確認されている。患者の鼻咽頭からスワブで検体を採取する際に、くしゃみ等による医療従事者への飛沫感染のリスクが問題となることから、発症から9日以内に限られるものの、飛沫感染のリスクが低い唾液を検体とする遺伝子検査が保険適用となっている。
【0007】
一方、生体試料中のDNAやRNA等の核酸の解析によりヒトの生体内の生理状態を調べる技術が開発されている。生体由来の核酸は、血液等の体液、分泌物、組織等から抽出することができるが、最近、皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)に含まれるRNAを生体の解析用の試料として用いること、SSLから表皮、汗腺、毛包及び皮脂腺のマーカー遺伝子が検出できることが報告されている(特許文献1)。
これまでに、SARS-CoV-2は、感染者の肺胞、気管支、痰、鼻腔、咽頭、糞便で検出され、血液や尿では殆ど検出さないことが報告されているが、皮膚表面から検出できることは全く報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開公報第2018/008319号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、皮膚表上脂質を用いてSARS-CoV-2を検出する方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、SARS-CoV-2感染が確認されたCOVID-19患者から採取したSSLからSARS-CoV-2を検出でき、SSLがSARS-CoV-2を検出ための検体となり得ることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の1)~8)に係るものである。
1)被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2の検出方法。
2)被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症の検出方法。
3)SARS-CoV-2に感染している被験者又はSARS-CoV-2感染の疑いがある被験者から採取された皮膚表上脂質について、IFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B及びEGR1から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物、B2Mタンパク質及びCRPタンパク質から選ばれる1種以上の分子の発現レベルを測定する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症確認の検出方法。
4)SARS-CoV-2に感染している被験者又はSARS-CoV-2感染の疑いがある被験者から採取された皮膚表上脂質について、ISG15、IFITM1及びIFITM3から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物の発現レベルを測定する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症の重症度の検出方法。
5)SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬を含有する、1)の方法に用いられるSARS-CoV-2検出キット。
6)SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬、所望によりさらにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、2)の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症検出キット。
7)SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、3)の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症確認検出キット。
8)SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、4)の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症の重症度検出キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、皮膚表上脂質の採取によって、被験者におけるSARS-CoV-2を検出できると共に、SARS-CoV-2感染によって変化する生体分子を検出することができ、簡便且つ非侵襲的に、確度の高いSARS-CoV-2感染症の検出が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】健常者(HL)とCOVID-19患者(COVID-19)の顔由来SSL中のHLA-B、B2M及びCRPのタンパク発現量。
【
図2】SSL中CRP量と血中CRP濃度との相関関係。
【
図3】COVID-19患者重症度別のIFN応答関連遺伝子の発現量。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0015】
本発明において、「核酸」又は「ポリヌクレオチド」と云う用語は、DNA又はRNAを意味する。DNAには、cDNA、ゲノムDNA、及び合成DNAのいずれもが含まれ、「RNA」には、total RNA、mRNA、rRNA、tRNA、non-coding RNA及び合成のRNAのいずれもが含まれる。
【0016】
本発明において「遺伝子」と云う用語は、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNAの他、cDNAを含む1本鎖DNA(正鎖)、当該正鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(相補鎖)、及びこれらの断片を包含するものであって、DNAを構成する塩基の配列情報の中に、何らかの生物学的情報が含まれているものを意味する。
また、当該「遺伝子」は特定の塩基配列で表される「遺伝子」だけではなく、これらの同族体(すなわち、ホモログもしくはオーソログ)、遺伝子多型等の変異体、及び誘導体をコードする核酸が包含される。
【0017】
本発明において、「SARS-CoV-2」とは、COVID-19の原因となる、SARSコロナウイルス2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)を指す。SARS-CoV-2は、全長29.9 kbの一本鎖プラス鎖RNAウイルスであり、そのゲノム配列はGISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data)に登録されている。
【0018】
本発明において、「SARS-CoV-2の検出」には、SARS-CoV-2を検出する他、SARS-CoV-2の遺伝子を検出することを含み、遺伝子の検出にはゲノム情報、好ましくは全ゲノム情報の検出が包含される。したがって、本発明のSARS-CoV-2の検出には、SARS-CoV-2変異株の検出が含まれる。
【0019】
本発明において、「SARS-CoV-2感染症」とは、SARS-CoV-2がヒトに感染することによって発症する気道感染症、すなわちCOVID-19を指す。一般的な症状として、頭痛、嗅覚や味覚の消失、鼻詰まり(鼻閉)及び鼻漏、咳、筋肉痛、咽頭痛、発熱、下痢、呼吸困難が挙げられる。多くの場合、無症状または風邪様症状を伴う軽症で自然治癒するが、重症では急性呼吸窮迫症候群や敗血症、多臓器不全を伴う。
【0020】
本発明において、「SARS-CoV-2感染症の検出」とは、SARS-CoV-2感染症の存在又は不存在を明らかにすることを意味する。なお、「検出」という用語は、検査、測定、判定、評価又は評価支援という用語で言い換えることもできる。なお、本発明において「検出」という用語は、医師による判定や評価を含むものではない。
【0021】
本発明のSARS-CoV-2の検出方法及びSARS-CoV-2感染症の検出方法は、被験者から採取されたSSLについて、SARS-CoV-2を検出する工程を含む。
ここで、SSLを採取する被験者としては、SARS-CoV-2の検出を必要とするヒトであれば限定されないが、例えば、SARS-CoV-2の感染が疑われるヒト、SARS-CoV-2に感染しているヒトが挙げられる。
【0022】
「SSL」とは、皮膚の表上に存在する脂溶性画分をいい、皮脂と呼ばれることもある。一般に、SSLは、皮膚にある皮脂腺等の外分泌腺から分泌された分泌物を主に含み、皮膚表面を覆う薄い層の形で皮膚表上に存在している。尚、SSLには、皮膚細胞で発現した被験者由来のRNAが含まれている(前記特許文献1参照)。また本発明において、「皮膚」とは、特に限定しない限り、体表の表皮、真皮、毛包、ならびに汗腺、皮脂腺及びその他の腺等の組織を含む領域の総称である。
【0023】
被験者の皮膚からのSSLの採取には、皮膚からのSSLの回収又は除去に用いられているあらゆる手段を採用することができる。好ましくは、後述するSSL吸収性素材、SSL接着性素材、又は皮膚からSSLをこすり落とす器具を使用することができる。SSL吸収性素材又はSSL接着性素材としては、SSLに親和性を有する素材であれば特に限定されず、例えばポリプロピレン、パルプ等が挙げられる。皮膚からのSSLの採取手順のより詳細な例としては、あぶら取り紙、あぶら取りフィルム等のシート状素材へSSLを吸収させる方法、ガラス板、テープ等へSSLを接着させる方法、スパーテル、スクレイパー等によりSSLをこすり落として回収する方法、等が挙げられる。SSLの吸着性を向上させるため、脂溶性の高い溶媒を予め含ませたSSL吸収性素材を用いてもよい。一方、SSL吸収性素材は、水溶性の高い溶媒や水分を含んでいるとSSLの吸着が阻害されるため、水溶性の高い溶媒や水分の含有量が少ないことが好ましい。SSL吸収性素材は、乾燥した状態で用いることが好ましい。SSLが採取される皮膚の部位としては、特に限定されず、頭、顔、首、体幹、手足等の身体の任意の部位の皮膚が挙げられる。好ましくは、皮脂の分泌が多い部位、例えば顔の皮膚が挙げられるが、体幹(例えば体幹部前面、脇、背中)の皮膚でも良い。
【0024】
被験者から採取されたSSLは一定期間保存されてもよい。採取されたSSLは、含有するRNAの分解を極力抑えるために、採取後できるだけ速やかに低温条件で保存することが好ましい。本発明における該RNA含有SSLの保存の温度条件は、0℃以下であればよく、好ましくは-20±20℃~-80±20℃、より好ましくは-20±10℃~-80±10℃、さらに好ましくは-20±20℃~-40±20℃、さらに好ましくは-20±10℃~-40±10℃、さらに好ましくは-20±10℃、さらに好ましくは-20±5℃である。該RNA含有SSLの該低温条件での保存の期間は、特に限定されないが、好ましくは12か月以下、例えば6時間以上12ヶ月以下、より好ましくは6ヶ月以下、例えば1日間以上6ヶ月以下、さらに好ましくは3ヶ月以下、例えば3日間以上3ヶ月以下である。
【0025】
SSLに含まれるSARS-CoV-2の検出は、具体的にはウイルスRNAを逆転写によりcDNAに変換した後、該cDNA又はその増幅産物が測定される。
SSLからのRNAの抽出には、生体試料からのRNAの抽出又は精製に通常使用される方法、例えば、フェノール/クロロホルム法、AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法、又はTRIzol(登録商標)、RNeasy(登録商標)、QIAzol(登録商標)等のカラムを用いた方法、シリカをコーティングした特殊な磁性体粒子を用いる方法、Solid Phase Reversible Immobilization磁性体粒子を用いる方法、ISOGEN等の市販のRNA抽出試薬による抽出等を用いることができる。
【0026】
該逆転写には、SARS-CoV-2に特異的なRNA配列を標的としたプライマーを用いる。該逆転写には、一般的な逆転写酵素又は逆転写試薬キットを使用することができる。好適には、正確性及び効率性の高い逆転写酵素又は逆転写試薬キットが用いられ、その例としては、M-MLV Reverse Transcriptase及びその改変体、あるいは市販の逆転写酵素又は逆転写試薬キット、例えばPrimeScript(登録商標)Reverse Transcriptaseシリーズ(タカラバイオ社)、SuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseシリーズ(Thermo Scientific社)等が挙げられる。SuperScript(登録商標)III Reverse Transcriptase、SuperScript(登録商標)VILO cDNA Synthesis kit(いずれもThermo Scientific社)等が好ましく用いられる。
該逆転写における伸長反応は、温度を好ましくは42℃±1℃、より好ましくは42℃±0.5℃、さらに好ましくは42℃±0.25℃に調整し、一方、反応時間を好ましくは60分間以上、より好ましくは80~120分間に調整するのが好ましい。
【0027】
cDNAを検出・測定する方法としては、PCR法の他、SmartAmp法、LAMP法等の核酸増幅法や、ハイブリダイゼーション法(DNAチップ、DNAマイクロアレイ、ドットブロットハイブリダイゼーション、スロットブロットハイブリダイゼーション、ノーザンブロットハイブリダイゼーション等)、塩基配列を決定する方法(シーケンシング)、又はこれらを組み合わせた方法から選ぶことができるが、操作の簡便性及び利便性から核酸増幅法を用いるのが好ましい。中でも汎用性の高いPCR法が好ましく、RNAから逆転写反応(RT)によりcDNAを合成後、PCR法に供するRT-PCR法がより好ましい。
【0028】
RT-PCR法は、RTとPCRを分けて行う2-step法と、逆転写酵素をあらかじめ反応系に混合することで、RTとPCRを同一反応液中で行うOne-stepRT-PCR法があるが、本発明においてはいずれの方法を用いてもよい。また、PCRによるDNA増幅と定量を同時に実施するリアルタイムPCR法、さらには、RTを組み合わせたリアルタイムRT-PCR法やリアルタイムOne-stepRT-PCR法を採用することもできる。リアルタイムOne-step RT-PCRの例として、QIAGEN社のQuantiTect Probe RT-PCR Kit等が好ましく用いられる。また、リアルタイムPCR法においては、複数の標的配列を同時に増幅できる様に、異なる蛍光色素で標識したオリゴDNAタイプのプローブとプライマーのセットを複数混在させるマルチプレックスリアルタイムPCR法を採用することもできる。
【0029】
リアルタイムPCR法では、通常PCR増幅産物を蛍光により検出する。蛍光検出方法には、インターカレーター性蛍光色素を用いる方法及び蛍光標識プローブを用いる方法がある。インターカレーター性蛍光色素としては、SYBR(登録商標)Green Iが使用されるが、これに限定されるわけではない。インターカレーター性蛍光色素は、PCRによって合成された二本鎖DNAに結合し、励起光の照射により蛍光を発する。この蛍光強度を測定することにより、PCR増幅産物の生成量を測定することができる。
蛍光標識プローブとしては、TaqManプローブ、Molecular Beacon、サイクリングプローブ等が挙げられるが、これらに限定されるわけではない。TaqManプローブは、5’末端が蛍光色素で、また3’末端がクエンチャー物質で修飾されたオリゴヌクレオチドである。TaqManプローブは、PCRのアニーリングステップで鋳型DNAに特異的にハイブリダイズするが、プローブ上にクエンチャーが存在するため、励起光を照射しても蛍光の発生は抑制される。その後の伸長反応ステップで、Taq DNAポリメラーゼのもつ5’→3’エキソヌクレアーゼ活性により、鋳型DNAにハイブリダイズしたTaqManプローブが分解されると、蛍光色素がプローブから遊離し、クエンチャーによる蛍光の発生の抑制が解除されて蛍光を発する。この蛍光強度を測定することにより、増幅産物の生成量を測定することができる。前記蛍光色素としては、FAM、ROX、Cy5が挙げられるが、これらに限定されない。前記クエンチャーとしては、TAMRA(登録商標)及びMGBが挙げられるが、これらに限定されない。2種類以上のDNA標的配列を区別して検出するためには、それぞれ異なる蛍光色素を結合させた2種類以上のオリゴヌクレオチドプローブ(例えばTaqManプローブ)を用いてPCRを行う。
【0030】
RT-PCR法における逆転写反応の反応温度条件、及びPCR条件(温度、時間及びサイクル数)の設定は、使用するプライマーに応じて、適宜設定することができる。例えば、QIAGEN社のQuantiTect Probe RT-PCR Kitを用いたOne-step RT-PCR(TaqManプローブ法)では、50℃で30分間、95℃で15分間反応の後、95℃で15秒間、60℃で60秒間を45サイクル反応させる。
【0031】
PCR法を行う場合のSARS-CoV-2の標的遺伝子(増幅対象となる標的箇所)は、検出の感度や特異度を考慮して適宜選択されるが、主として、ヌクレオカプシド(N)、エンベロープタンパク質(E)、スパイクタンパク(S)、非構造タンパク質をコードするORF1abやその一部のRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)の各領域に対する遺伝子から選択することができる。例えば、Nタンパク質の2ヶ所の領域に対する遺伝子を標的とすること等が行われている。
【0032】
また、ウイルス由来の核酸を特異的に認識し増幅するためのプライマーや、ウイルス由来の核酸に特異的に結合するプローブは、当該標的遺伝子を構成する塩基配列に基づいて設計された一定数のヌクレオチドを含むオリゴヌクレオチドを利用することができる。
斯かるオリゴヌクレオチドは、プライマーとして用いる場合には、特異的なアニーリング及び鎖伸長ができればよく、通常、例えば10塩基以上、好ましくは15塩基以上、より好ましくは20塩基以上、かつ例えば100塩基以下、好ましくは50塩基以下、より好ましくは35塩基以下の鎖長を有するものが挙げられる。また、プローブとして用いる場合には、特異的なハイブリダイゼーションができればよく、ウイルス由来の核酸を構成する塩基配列からなるDNA(又はその相補鎖)の少なくとも一部若しくは全部の配列を有し、例えば10塩基以上、好ましくは15塩基以上、かつ例えば100塩基以下、好ましくは50塩基以下、より好ましくは25塩基以下の鎖長のものが用いられる。
【0033】
PCR産物の確認は、電気泳動、融解曲線法、各種プローブ法(Qプローブ、スコーピオンプローブ、ハイブリプローブ等)で検出、識別することができる。
リアルタイム測定によれば、使用する蛍光色素に対応した蛍光フィルターを用いてRT-PCR産物の増幅曲線をモニターすることにより確認できる。PCRサイクル数に応じて蛍光強度が増加する場合には、検体における分析対象のSARS-CoV-2の存在が陽性であると判定され、一方、PCRにおいて蛍光強度が増加しない場合は陰性であると判定される。
【0034】
また、SARS-CoV-2のゲノム情報を検出する場合は、増幅されたPCR産物から次世代シーケンサーを用いて、ウイルスゲノム全長に由来する配列を取得することによりゲノム解析が行われる。例えば、マルチプレックスPCR法によりSARS-CoV-2ゲノム領域を特異的に増幅し、次世代シーケンサーを用いて、ゲノム全長の配列を取得することが行われる。
【0035】
斯くして、被験者から採取されたSSLを用いてSARS-CoV-2を検出することができ、これにより、被験者のSARS-CoV-2感染症を検出することができる。後述する実施例に示すとおり、SSLを用いたSARS-CoV-2の検出は、唾液を検体として用いた場合の結果とは必ずしも一致しないが、唾液検体では検出されずSSLのみで検出される症例があることから、本発明の方法は、唾液検体によるSARS-CoV-2の検出法を補完できると云える。
【0036】
また、後述する実施例に示すように、SARS-CoV-2感染が確認されたCOVID-19患者について、SSL中のRNA発現解析を行ったところ、健常者に比べCOVID-19患者でIFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B及びEGR1の9個のIFN応答関連遺伝子の発現上昇が認められた。COVID-19患者の血液でIFN応答関連遺伝子の発現が上昇することは既に報告されており(Science. 2020 Aug 7;369(6504):718-724.)、SSL中においても同様の変化が捉えられる。さらに、タンパクの発現解析ではHLA-Bに加え、B2M(Beta-2-microglobulin)の発現が健常人と比べて大幅に上昇し、また、COVID-19患者で発現が上昇することが知られているCRP(C-reactive protein)(Science. 2020 Aug 7;369(6504):718-724)の上昇も認められる。
【0037】
したがって、SSL中の上記IFN応答関連の9遺伝子若しくはその発現産物、B2Mタンパク質及びCRPタンパク質から選ばれる分子は、SSL中のSARS-CoV-2感染を確認するためのマーカー分子(SARS-CoV-2感染確認マーカー)として有用である。したがって、SARS-CoV-2の検出と併せて、被験者から採取されたSSLについて当該マーカー分子の発現レベルを測定することにより、より確度の高いSARS-CoV-2感染症の検出が可能となる。また、当該マーカー分子を用いることにより、SARS-CoV-2に感染しているヒト、或いはSARS-CoV-2感染の疑いがあるヒト、例えばPCR検査における偽陰性者、偽陽性者等に対して、SARS-CoV-2感染の程度や感染の可能性に関するより詳細な情報を提供することができる。
【0038】
さらに、COVID-19患者重症度別のSSLにおける遺伝子発現解析において、ISG15、IFITM1、IFITM3の発現は、健常者に比べ軽症患者で発現が高く、その程度は中等症患者よりも高いことが明らかとなった。
したがって、SSL中のISG15、IFITM1、IFITM3の3遺伝子若しくはその発現産物は、SSL中のSARS-CoV-2感染の重症度を判別するためのマーカー分子としても有用である。したがって、被験者から採取されたSSLについて当該マーカー分子の発現レベルを測定することにより、SARS-CoV-2感染の軽症患者と中等症患者の検出が可能となる。
【0039】
本発明のIFN応答関連遺伝子は、IFI6(NCBI Gene ID:2537)、ISG15(NCBI Gene ID:9636)、IFITM1(NCBI Gene ID:8519)、IFITM3(NCBI Gene ID:10410)、IRF7(NCBI Gene ID:3665)、MX1(NCBI Gene ID:4599)、IFIT1(NCBI Gene ID:3434)、HLA-B(NCBI Gene ID:3106)、EGR1(NCBI Gene ID:1958)の9遺伝子である。
また、上記のIFN応答関連遺伝子に加え、当該各遺伝子を構成するDNAの塩基配列と実質的に同一の塩基配列を有し且つ同一の機能を有する遺伝子は本発明のマーカー分子に包含される。ここで、実質的に同一の塩基配列とは、例えば、相同性計算アルゴリズムNCBI BLASTを用い、期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3の条件にて検索をした場合、当該遺伝子を構成するDNAの塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましく98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性があることを意味する。
【0040】
IFN応答関連遺伝子の「発現産物」とは、遺伝子の転写産物及び翻訳産物を包含する概念である。「転写産物」とは、遺伝子(DNA)から転写されて生じるRNAであり、「翻訳産物」とは、RNAに基づき翻訳合成される、遺伝子にコードされたタンパク質を意味する。
【0041】
また、本発明において、B2Mタンパク質とはBeta-2-microglobulin(UniProtKB:P61769)を指し、CRPタンパク質とはC-reactive protein(UniProtKB:P02741)を指す。
【0042】
斯かるマーカー分子の発現レベルを測定するための測定対象としては、RNAから人工的に合成されたcDNA、RNAをエンコードするDNA、RNAにコードされるタンパク質の他、そのタンパク質と相互作用をする分子、そのRNAと相互作用する分子、又はそのDNAと相互作用する分子等であってもよい。ここで、RNA、DNA又はタンパク質と相互作用する分子としては、DNA、RNA、タンパク質、多糖、オリゴ糖、単糖、脂質、脂肪酸、及びこれらのリン酸化物、アルキル化物、糖付加物等、及び上記いずれかの複合体が挙げられる。また、発現レベルとは、遺伝子又はその発現産物であるタンパク質の発現量や活性を包括的に意味する。
【0043】
遺伝子の発現レベルの測定としては、好ましい態様として、SSLに含まれるRNAの発現レベルが測定され、具体的にはRNAを逆転写によりcDNAに変換した後、該cDNA又はその増幅産物が測定される。
SSLからのRNAの抽出、cDNへの変換、cDNA又はその増幅産物の測定については、前述した方法と同様に行うことができる。cDNA又はその増幅産物の測定は、PCR法の他に、これらにハイブリダイズする核酸をプローブとして用いるハイブリダイゼーション法(DNAチップ、DNAマイクロアレイ、ドットブロットハイブリダイゼーション、スロットブロットハイブリダイゼーション、ノーザンブロットハイブリダイゼーション等)、塩基配列を決定する方法(シーケンシング)、又はこれらを組み合わせた方法から選ぶことができる。
【0044】
ノーザンブロットハイブリダイゼーション法を利用して標的である遺伝子又はそれに由来する核酸の発現量を測定する場合は、例えば、まずプローブDNAを放射性同位元素、蛍光物質等で標識し、次いで、得られた標識DNAを、常法に従ってナイロンメンブレン等にトランスファーした生体試料由来のRNAとハイブリダイズさせる。その後、形成された標識DNAとRNAとの二重鎖を、標識物に由来するシグナルを検出することにより測定する方法が挙げられる。
【0045】
DNAマイクロアレイを用いて標的である遺伝子又はそれに由来する核酸の発現量を測定する場合は、例えば、支持体に本発明の標的遺伝子由来の核酸(cDNA又はDNA)の少なくとも1種を固定化したアレイを用い、mRNAから調製した標識化cDNA又はcRNAをマイクロアレイ上に結合させ、マイクロアレイ上の標識を検出することによって、mRNAの発現量を測定することができる。
前記アレイに固定化される核酸としては、ストリンジェントな条件下に特異的(すなわち、実質的に目的の核酸のみに)にハイブリダイズする核酸であればよく、例えば、本発明の標的遺伝子の全配列を有する核酸であってもよく、部分配列からなる核酸であってもよい。ここで、「部分配列」とは、少なくとも15~25塩基からなる核酸が挙げられる。ここでストリンジェントな条件は、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の洗浄条件を挙げることができ、より厳しいハイブリダイズ条件としては「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度、さらに厳しいハイブリダイズ条件としては「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の条件を挙げることができる。ハイブリダイズ条件は、J. Sambrook et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Thrd Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2001)等に記載されている。
【0046】
シーケンシングによって標的である遺伝子又はそれに由来する核酸の発現量を測定する場合は、例えば、次世代シーケンサー(例えばIon S5/XLシステム、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)が用いて解析することが挙げられる。シーケンシングで作成されたリードの数(リードカウント)に基づいて、RNA発現を定量することができる。
【0047】
また、B2Mタンパク質、CRPタンパク質、IFN応答関連遺伝子の翻訳産物(タンパク質)を測定する場合は、プロテインチップ解析、免疫測定法(例えば、ELISA等)、質量分析(例えば、LC-MS/MS、MALDI-TOF/MS)を用いることができ、対象に応じて適宜選択できる。また、タンパク質、RNA又はDNAと相互作用する分子を測定する場合は、1-ハイブリッド法(PNAS 100, 12271-12276(2003))や2-ハイブリッド法(Biol. Reprod. 58, 302-311 (1998))を用いることができる。
例えば、測定対象がタンパク質である場合は、当該タンパク質に対する抗体を生体試料と接触させ、当該抗体に結合した試料中のタンパク質を検出し、そのレベルを測定することによって実施される。例えば、ウェスタンブロット法によれば、一次抗体として上記の抗体を用いた後、二次抗体として放射性同位元素、蛍光物質又は酵素等で標識した一次抗体に結合する抗体を用いて、その一次抗体を標識し、これら標識物質由来のシグナルを放射線測定器、蛍光検出器等で測定することが行われる。
尚、上記タンパク質に対する抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。これらの抗体は、公知の方法に従って製造することができる。具体的には、ポリクローナル抗体は、常法に従って大腸菌等で発現し精製したタンパク質を用いて、あるいは常法に従って当該タンパク質の部分ポリペプチドを合成して、家兎等の非ヒト動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。
一方、モノクローナル抗体は、常法に従って大腸菌等で発現し精製したタンパク質又は該タンパク質の部分ポリペプチドをマウス等の非ヒト動物に免疫し、得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させて調製したハイブリドーマ細胞から得ることができる。また、モノクローナル抗体は、ファージディスプレイを用いて作製してもよい(Griffiths, A.D.; Duncan, A.R., Current Opinion in Biotechnology, Volume 9, Number 1, February 1998 , pp. 102-108(7))。
【0048】
斯くして、被験者から採取されたSSL中の本発明のマーカー分子の発現レベルが測定され、当該発現レベルに基づいてSARS-CoV-2の感染確認や重症度が検出される。感染確認や重症度の検出は、具体的には、測定されたマーカー分子の発現レベルを対照レベルと比較することによって行われる。
シーケンシングにより複数の遺伝子の発現レベルの解析を行う場合は、上記したように、発現量のデータであるリードカウント値、該リードカウント値をサンプル間の総リード数の違いを補正したRPM値、当該RPM値を底2の対数値に変換した値(Log2RPM値)又は整数1を加算した底2の対数値(Log2(RPM+1)値)、あるいはDESeq2を用いて補正されたカウント値(Normalized count値)又は整数1を加算した底2の対数値(Log2(count+1)値)を指標として用いるのが好ましい。また、RNA-seqの定量値として一般的な、fragments per kilobase of exon per million reads mapped (FPKM)、reads per kilobase of exon per million reads mapped (RPKM)、transcripts per million (TPM)等によって算出される値であってもよい。マイクロアレイ法によって得られるシグナル値、及びその補正値であってもよい。また、RT-PCR等により標的である特定の遺伝子のみ発現レベルの解析を行う場合には、対象遺伝子の発現量をハウスキーピング遺伝子の発現量を基準とする相対的な発現量に変換(相対定量)して解析する方法、又は標的遺伝子の領域を含むプラスミドを用いて絶対的なコピー数を定量(絶対定量)して解析する方法が好ましい。デジタルPCR法によって得られるコピー数であってもよい。
ここで、「対照レベル」とは、例えば、健常人におけるマーカー分子の発現レベルが挙げられる。健常人の発現レベルは、健常人集団から測定したマーカー分子の発現レベルの統計値(例えば平均値等)であってもよい。感染確認又は重症度検出の目的によっては、軽症COVID-19患者におけるマーカー分子の発現レベルを「対照レベル」としても良い。
【0049】
また、本発明のマーカー分子を用いたSARS-CoV-2の感染確認又は重症度の検出は、マーカー分子の発現レベルの上昇/減少により行うこともできる。この場合は、被験者由来のSSLにおけるマーカー分子の発現レベルが、マーカー分子のカットオフ値(参照値)と比較される。
カットオフ値は、種々の統計解析手法により求めることができる。例えば、ROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve、受信者動作特性曲線)解析に基づく値(例えば、Youden’s index、ROC曲線における左上隅座標(0,1)からの距離値等)が例示される。
ROC曲線は、縦軸を陽性患者において陽性の結果がでる確率(真陽性率(TPF:True Position Fraction)、感度)、横軸を陰性患者において陰性の結果がでる確率(特異度)を1から減算した値(偽陽性率(FPF:False Position Fraction))とし、測定結果のどの値を所見ありと判断するかの閾値、つまりカットオフポイント(cutoff point)を媒介変数として変化させてプロットしていくことで作成される。
作成したROC曲線から、どのカットオフポイントをカットオフ値として採用するかは、感染確認や重症度の検出の位置づけ、その他種々の条件より決定すればよい。通常、カットオフポイントを偽陽性率の低い点に採ると、陰性患者で陽性となる者は減るものの、逆に陽性患者を多数除いてしまう結果、感度が低くなる。反対に感度を高めると陰性患者における偽陽性率が高くなる。
一般に感度、特異度をともに高める(1に近づくようにする)ために、カットオフ値は、ROC曲線上で点(0,1)に最も近い点を与える値や、「真陽性(感度)」-「偽陽性(1-特異度)」が最大となる値(Youden index)に設定される。
【0050】
本発明のSARS-CoV-2を検出するための検出キットは、SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬を含有するものである。
また、本発明のSARS-CoV-2感染症を検出するための検出用キットは、SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬、さらに所望によりマーカー分子の発現レベルを測定するための試薬を含有するものである。
また、本発明のSARS-CoV-2感染症確認又は重症度の検出用キットは、SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからマーカー分子の発現レベルを測定するための試薬を含有するものである。
【0051】
ここで、SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬としては、例えば、SSLを採取するための脂取りフィルム、採取したSSLを保存するための試薬、保存用の容器等が挙げられる。
SARS-CoV-2を検出するための試薬、マーカー分子の発現レベルを測定するための試薬としては、例えば採取したSSLからRNAを抽出・精製するための試薬、SARS-CoV-2やマーカー分子に由来する核酸と特異的に結合(ハイブリダイズ)するオリゴヌクレオチド(例えば、PCR用のプライマー)を含む、核酸増幅又はハイブリダイゼーションのための試薬、マーカー分子(タンパク質)を認識する抗体を含む免疫学的測定のための試薬の他、標識試薬、緩衝液、発色基質、二次抗体、ブロッキング剤、ポジティブコントロールやネガティブコントロールとして使用するコントロール試薬、試験に必要な器具等が挙げられる。
【0052】
本発明の態様及び好ましい実施態様を以下に示す。
<1>被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2の検出方法。
<2>SARS-CoV-2のゲノム情報、好ましくは全ゲノム情報を検出する、<1>の方法。
<3>SARS-CoV-2変異株を検出する、<1>又は<2>の方法。
<4>被験者から採取された皮膚表上脂質について、SARS-CoV-2を検出する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症の検出方法。
<5>SARS-CoV-2の検出がウイルスRNAを逆転写によりcDNAに変換した後、該cDNA又はその増幅産物が測定される、<1>~<4>のいずれかの方法。
<6>さらに、被験者から採取された皮膚表上脂質について、IFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B及びEGR1から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物、B2Mタンパク質及びCRPタンパク質から選ばれる1種以上の分子の発現レベルを測定する、<4>の検出方法。
<7>SARS-CoV-2に感染している被験者又はSARS-CoV-2感染の疑いがある被験者から採取された皮膚表上脂質について、IFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B及びEGR1から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物、B2Mタンパク質及びCRPタンパク質から選ばれる1種以上の分子の発現レベルを測定する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症確認の検出方法。
<8>SARS-CoV-2に感染している被験者又はSARS-CoV-2感染の疑いがある被験者から採取された皮膚表上脂質について、ISG15、IFITM1及びIFITM3から選ばれるIFN応答関連遺伝子若しくはその発現産物の発現レベルを測定する工程を含む、当該被験者におけるSARS-CoV-2感染症の重症度の検出方法。
<9>IFN応答関連遺伝子又はその発現産物の発現レベルがmRNAの発現量の測定である、<6>~<8>のいずれかの方法。
<10>SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬を含有する、<1>~<3>のいずれかの方法に用いられるSARS-CoV-2検出キット。
<11>SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLからSARS-CoV-2を検出するための試薬、所望によりさらにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、<4>~<6>のいずれかの方法に用いられるSARS-CoV-2感染症検出キット。
<12>SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、<7>の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症確認検出キット。
<13>SSLの採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにSSLから前記分子の発現レベルを測定するための試薬を含有する、<8>の方法に用いられるSARS-CoV-2感染症の重症度検出キット。
【実施例0053】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
実施例1 皮膚表上からのSARS-CoV-2の検出
1)被験者
日本国内において2020年4月~2020年12月の間にSARS-CoV-2感染が確認された20歳以上男女で唾液と皮脂の両検体が採取できたCOVID-19患者9名を対象とした。
【0054】
2)SSL及び唾液採取
各被験者の全顔からあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を
用いて皮脂を回収後、該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、RNA抽出に使用するまで-80℃にて保存した。皮脂と同日または前日に唾液採取を行った。
【0055】
3)RNA調製
上記2)のあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてRNAを抽出した。精製済みRNA溶液100μLに3M酢酸ナトリウム10μLとEthachinmate(Nippon Gene)1μLを添加後、さらに100%EtOH 250μLを加え、ボルテックスした。-20℃で30分間(または-80℃で15分間)静置、冷却後、15,000rpm、4℃で15分間遠心した。溶液を除去後、70%EtOHを700μL加え、再度15,000rpm、4℃で15分間遠心した。溶液を完全に除去し、チューブのフタを開けて1分間乾燥後、RNase-free water 10μLで再溶解した。得られたRNA溶液は-80℃で保管した。
【0056】
4)ウイルスRNA定量
国立感染症研究所「病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.9.1」記載の方法に従って、QuantiTect Probe RT-PCR kit(QIAGEN)及び表1のプライマーを用いたウイルスRNA検出を実施した。
Positive Control RNA Mix(2019-nCoV)(XA0142,TAKARA)を用いて105copies/μLを最も濃い濃度として5倍希釈9段階のスタンダード溶液を調製した。あぶらとりフィルム1枚から得た10μL RNAのうち1μLを5倍希釈し、ウイルスRNA検出に用いた(duplicateのため元溶液は計2μL使用)。7500 fast real-time PCR system(Applied Biosystems)で反応系20μL(表2)、下記条件:[50℃ for 30min]→[95℃ for 15min]→45 cycles of[95℃ for 15sec、60℃ for 60sec]にてRT-PCRを実施した。唾液検体から得られたRNAも同様にウイルスRNA検出を行った。
【0057】
【0058】
【0059】
5)結果
唾液13検体中8検体で、皮脂14検体中8検体で陽性反応が認められた。皮脂で検出されず唾液のみで検出されたものが4例、唾液で検出されず皮脂のみで検出されたものが3例であった(表3)。このことから皮脂検体によるウイルスRNA検出法と唾液検体によるウイルスRNA検出法は相互に補完できる可能性が示唆された。
【0060】
【0061】
実施例2 皮膚表上検体からのSARS-CoV-2ゲノム解析
1)被験者
日本国内において2020年4月~2020年12月の間にSARS-CoV-2感染が確認された20歳以上男女で皮脂からウイルスRNAが検出されたCOVID-19患者6名8検体(2名は2タイムポイント)を対象とした。
【0062】
2)SSL及び唾液採取
各被験者の全顔からあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を
用いて皮脂を回収後、該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、RNA抽出に使用するまで-80℃にて保存した。皮脂と同日または前日に唾液採取を行った。
【0063】
3)RNA調製
上記2)のあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてRNAを抽出した。精製済みRNA溶液100μLに3M酢酸ナトリウム10μLとEthachinmate(Nippon Gene)1μLを添加後、さらに100% EtOH 250μLを加え、ボルテックスした。-20℃で30分間(または-80℃で15分間)静置、冷却後、15,000rpm、4℃で15分間遠心した。溶液を除去後、70% EtOHを700μL加え、再度15,000rpm、4℃で15分間遠心した。溶液を完全に除去し、チューブのフタを開けて1分間乾燥後、RNase-free water 10μLで再溶解した。得られたRNA溶液は-80℃で保管した。
【0064】
4)ウイルスゲノム解析
国立感染症研究所実施のプロトコルに準拠したマルチプレックスPCR法(A proposal of an alternative primer for the ARTIC Network’s multiplex PCR to improve coverage of SARS-CoV-2 genome sequencing. Kentaro Itokawa, Tsuyoshi Sekizuka, Masanori Hashino, Rina Tanaka, Makoto Kuroda. bioRxiv 2020 March 10.)にてウイルスゲノム領域を特異的に増幅し、次世代シーケンサーMiSeqを用いて、ウイルスゲノム全長に由来する配列を取得した。具体的には検体RNA溶液をSuperScript IV First-Strand Synthesis System(Thermo Fisher Scientific)を用いて逆転写し、マルチプレックスPCRによりSARS-CoV-2ゲノム領域を増幅したDNAアンプリコンを得た。次に、QIAseq FX DNA Library Kit(QIAGEN)を用いてDNAアンプリコンの断片化、平滑末端処理及びA突出末端の付与、アダプター付与を行い、シーケンスライブラリーとした。Quant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いてライブラリーの品質確認をした。調製したライブラリーをMiSeq Reagent Kit v3を用いてシーケンスを実施した。得られたシーケンスデータは解析ツールONE CODEXを用いてSARS-CoV-2参照配列(MN908947)へのマッピングを実施した。
【0065】
5)結果
8検体中6検体でライブラリー品質基準を満たし、SARS-CoV-2参照配列のほぼ全域(99%以上)を網羅するMean depth 2000 x以上のシーケンスデータが得られた。SSL検体からSARS-CoV-2のゲノム解析が十分可能であると示された(表4)。
【0066】
【0067】
実施例3 COVID-19患者のSSLにおける遺伝子発現解析
1)被験者
日本国内において2020年4月~2020年12月の間にSARS-CoV-2感染が確認された20歳以上男女のCOVID-19患者14名を対象とした。なお、2019年に実施した20歳以上の健常男性18名のSSL-RNAをコントロールとした。
【0068】
2)SSL採取
各被験者の全顔からあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を用いて皮脂を回収後、該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、RNA抽出に使用するまで-80℃にて保存した。
【0069】
3)RNA調製及びシーケンシング
上記2)のあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてRNAを抽出した。精製済みRNA溶液100μLに3M酢酸ナトリウム10μLとEthachinmate(Nippon Gene)1μLを添加後、さらに100%EtOH 250μLを加え、ボルテックスした。-20℃で30分間(または-80℃で15分間)静置、冷却後、15,000rpm、4℃で15分間遠心した。溶液を除去後、70%EtOHを700μL加え、再度15,000rpm、4℃で15分間遠心した。溶液を完全に除去し、チューブのフタを開けて1分間乾燥後、RNase-free water 10μLで再溶解した。得られたRNA溶液は-80℃で保管した。
抽出されたRNAを元に、SuperScript VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、90分間逆転写を行いcDNAの合成を行った。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。得られたcDNAから、マルチプレックスPCRにより20802遺伝子に由来するDNAを含むライブラリーを調製した。マルチプレックスPCRは、Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて、[99℃、2分→(99℃、15秒→62℃、16分)×20サイクル→4℃、Hold]の条件で行った。得られたPCR産物は、Ampure XP(ベックマン・コールター株式会社)で精製した後に、バッファーの再構成、プライマー配列の消化、アダプターライゲーションと精製、増幅を行い、ライブラリーを調製した。調製したライブラリーをIon 540 Chipにローディングし、Ion S5/XLシステム(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いてシーケンシングした。
【0070】
4)データ解析
得られたリードカウントデータはRを用いて解析を行った。Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kitのターゲットとなっている20802遺伝子のうち検出された遺伝子数の割合が20%未満のサンプルを低品質サンプルとして解析から除外した。基準をクリアしたサンプルについて得られたシーケンスデータから90%以上のサンプルで検出された遺伝子についてDESeq2におけるsize factorによる正規化を行い、発現変動遺伝子の抽出(False discovery rate(FDR)<0.05, |Log2FC|>2)を行った。
【0071】
5)結果
健常者に比べCOVID-19患者で発現上昇する遺伝子として67種、発現低下する遺伝子として20種同定された。COVID-19で上昇する遺伝子にはIFN応答に関連するIFI6、ISG15、IFITM1、IFITM3、IRF7、MX1、IFIT1、HLA-B、EGR1の9遺伝子が含まれており、ウイルス応答が検知できることが明らかとなった。
【0072】
【0073】
実施例4 COVID-19患者のSSLにおけるタンパク質発現解析
1)被験者
日本国内において2020年4月~2020年12月の間にSARS-CoV-2感染が確認された20歳以上男女のCOVID-19患者18名を対象とした。なお、2019年に実施した20歳以上の健常男性18名のSSL-RNAをコントロールとした。
【0074】
2)SSL採取
各被験者の全顔からあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を用いて皮脂を回収後、該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、RNA抽出に使用するまで-80℃にて保存した。
【0075】
3)タンパク調製
上記1)のあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてタンパク質沈殿物を得た。得られたタンパク質沈殿物より、EasyPep Mini MS Sample Prep Kit(Thermo Scientific)を用いて、付属のプロトコルに準じてタンパク質を可溶化液で溶解後、トリプシン消化した。得られた消化液を減圧乾燥(35℃)した後、0.1%formic acid、2%acetonitrileを含む水溶液にて溶解させ、ペプチド溶液を調製した。PierceTM Quantitative Fluorometric Peptide Assay(ThermoFisher Scientific)のプロトコルに従い、マイクロプレートリーダーを用いて溶液中のペプチド濃度を測定した。ペプチド溶液の濃度を一定に調整して、LC-MS/MS分析によりタンパク定量値を算出した。
【0076】
4)LC-MS/MS分析及びデータ解析
上記2)で得られたサンプルペプチド溶液を下記表6の条件にてLC-MS/MS分析に供した。
【0077】
【0078】
LC-MS/MS分析にて得られたスペクトルデータの解析には、Proteome Discoverer ver.2.2(ThermoFisher Scientific)を用いた。タンパク質同定には参照データベースをSwiss Prot、TaxonomyをHomo sapiensと設定し、Mascot database search(Matrix Science)を用いて検索した。検索では、EnzymeをTrypsinとし、Missed cleavageを2、Dynamic modificationsをOxidation(M)、Acetyl(N-term)、Acetyl(Protein N-term)、Static Modificationsを Carbamidomethyl(C)に設定した。False discovery rate(FDR)p<0.01を満たすペプチドを検索の対象とした。同定したタンパク質についてプリカーサーイオンをベースとしたラベルフリー定量解析(LFQ,Label Free Quantification)を行った。ペプチド由来のプリカーサーイオンのピーク強度によりタンパク質存在量を算出し、ピーク強度が検出限界以下であれば欠損値とした。実験的な偏りを補正するためタンパク質存在量をTotal peptide amount法にてノーマライズし、Summed Abundance Based法にてタンパク質存在比を算出した。群間の存在差異の有意性を示すp値の算出には、ANOVA(Individual Based,t検定)を用いた。同定されたタンパク質のうち、False discovery rate(FDR)が0.1以上であるタンパク質は解析から除外した。
【0079】
5)結果
健常者に比べCOVID-19患者で発現変動するタンパク(FDR<0.05)を134種同定でき、その中で、HLA class Iを構成するHLA-B(Q31612)がCOVID-19患者で5.9倍上昇、B2M(Beta-2-microglobulin, P61769)がCOVID-19患者で21.5倍上昇することが明らかとなった。また、健常者で検出されず、COVID-19患者でのみ検出されるタンパクとして、CRP(C-reactive protein,P02741)を同定した(健常者で0/18名、COVID-19患者で8/18名検出)。さらに、SSL中CRP量は血中のCRP濃度と正相関(Pearson’s r=0.92)することが明らかとなった。健常者及びCOVID-19患者の顔由来SSL中HLA-B、B2M、CRPタンパク存在量(normalized abundance)のプロットを
図1に、SSL中CRP量と血中CRP濃度との相関関係を
図2に示した。
【0080】
実施例5 皮膚表上からのSARS-CoV-2の検出(顔と体幹部比較)
1)被験者
日本国内において2020年12月~2021年4月の間にSARS-CoV-2感染が確認された20歳以上男女で唾液と皮脂の両検体が採取できたCOVID-19患者15名を対象とした。
【0081】
2)SSL及び唾液採取
各被験者の全顔および体幹部(体幹部前面+脇)からそれぞれあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)1枚を用いて皮脂を回収後、該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、RNA抽出に使用するまで-80℃にて保存した。
【0082】
3)RNA調製・ウイルスRNA定量
実施例1と同様にして、RNAを調製し、SARS-CoV-2を定量した。
【0083】
4)結果
顔皮脂15検体中9検体で、体幹部皮脂15検体中4検体で陽性反応が認められた(表7)。皮脂の多い顔以外でも、ウイルスRNAの検出が可能であることが明らかとなった。
【0084】
【0085】
実施例6 COVID-19患者重症度別のSSLにおける遺伝子発現解析
1)被験者
日本国内において2020年4月~2021年4月の間にSARS-CoV-2感染が確認された20歳以上男女のCOVID-19軽症患者15名、中等症患者14名を対象とし、入院後初回の採取皮脂を検体として用いた。なお、2019年に実施した20歳以上の健常男性18名をコントロールとした。
【0086】
2)SSL採取
各被験者の全顔からあぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3M社)を用いて皮脂を回収後、該あぶら取りフィルムをバイアルに移し、RNA抽出に使用するまで-80℃にて保存した。
【0087】
3)RNA調製及びシーケンシング
上記2)のあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、実施例3と同様にRNAを調製し、シーケンシングを行った。
【0088】
4)データ解析
得られたリードカウントデータはRを用いて解析を行った。Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kitのターゲットとなっている20802遺伝子のうち検出された遺伝子数の割合が20%未満のサンプルを低品質サンプルとして解析から除外した。基準をクリアしたサンプルについて得られたシーケンスデータから90%以上のサンプルで検出された遺伝子についてDESeq2におけるsize factorによる正規化を行った。その後、健常群、軽症群、中等症群のIFN刺激遺伝子発現量についてTukey-Kramerの多重比較検定を行った。
【0089】
5)結果
IFN応答に関係するISG15、IFITM1、IFITM3はいずれも健常に比べ軽症で発現高く、さらに軽症に比べ中等症で発現が低いことが明らかとなった。これら抗ウイルスに関与するIFN関連遺伝子の応答性で重症度を予測できる可能性が示された(
図3)。