(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023003918
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】位相差フィルム、偏光板および画像表示装置
(51)【国際特許分類】
G02B 5/30 20060101AFI20230110BHJP
B29C 55/02 20060101ALI20230110BHJP
G02F 1/13363 20060101ALI20230110BHJP
G09F 9/00 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
G02B5/30
B29C55/02
G02F1/13363
G09F9/00 313
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021105301
(22)【出願日】2021-06-25
(71)【出願人】
【識別番号】000003964
【氏名又は名称】日東電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】有賀 草平
【テーマコード(参考)】
2H149
2H291
4F210
5G435
【Fターム(参考)】
2H149AA02
2H149AB15
2H149BA02
2H149DA02
2H149DA12
2H149DA34
2H149DB28
2H149EA02
2H149FA05Y
2H149FD04
2H149FD05
2H149FD21
2H149FD28
2H149FD30
2H149FD47
2H291FA22X
2H291FA22Z
2H291FA30X
2H291FA30Z
2H291FB02
2H291FC08
2H291FC09
2H291FD12
2H291LA01
2H291PA25
4F210AA03
4F210AG01
4F210AG03
4F210AH73
4F210AR12
4F210AR20
4F210QC02
4F210QG01
5G435AA17
5G435FF05
(57)【要約】
【課題】耐溶剤試験においてクラックが発生し難い位相差フィルムを提供する。
【解決手段】位相差フィルムは、環状ポリオレフィン系樹脂の延伸フィルムである。位相差フィルムのガラス転移温度は145℃以上が好ましい。位相差フィルムのハンセン溶解度パラメータ(HSP)空間における相互作用半径Ro、およびHSP空間における位相差フィルムのHSPの座標とヘキサンのHSPの座標との距離Raは、1<Ra/Ro<2を満たすことが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状ポリオレフィン系樹脂の延伸フィルムからなる位相差フィルムであって、
ガラス転移温度が145℃以上であり、
位相差フィルムのハンセン溶解度パラメータ空間における相互作用半径Ro、および位相差フィルムのハンセン溶解度パラメータ空間における座標とヘキサンのハンセン溶解度パラメータ空間における座標との距離Raが、1<Ra/Ro<2を満たす、
位相差フィルム。
【請求項2】
正面レターデーションが200nm以上である、請求項1に記載の位相差フィルム。
【請求項3】
厚みが10~300μmである、請求項1または2に記載の位相差フィルム。
【請求項4】
面内の遅相軸方向の屈折率nxと面内の進相軸方向の屈折率nyとの差である面内複屈折Δnが、1.0×10-3以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の位相差フィルム。
【請求項5】
面内の遅相軸方向の屈折率nx、面内の進相軸方向の屈折率ny、および厚み方向の屈折率nzが、nx>nz>nyを満たす、請求項1~4のいずれか1項に記載の位相差フィルム。
【請求項6】
温度95℃での加熱寸法変化率が0.40%以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の位相差フィルム。
【請求項7】
偏光子の一方の面に請求項1~6のいずれか1項に記載の位相差フィルムが積層されている、偏光板。
【請求項8】
画像表示セルと、請求項7に記載の偏光板とを備える、画像表示装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、位相差フィルム、偏光板および画像表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶表示装置等のディスプレイには、コントラスト向上、視野角拡大等の光学補償や、金属電極で反射した外光の遮蔽(反射防止)のために、位相差フィルムが用いられる。非液晶性のポリマーを用いた位相差フィルムは、ポリマーフィルムを少なくとも一方向に延伸することにより光学異方性が付与される。多くのポリマーは正の固有複屈折を有しており、延伸方向の屈折率が増大する。
【0003】
位相差フィルムは、面内の遅相軸方向の屈折率nx、面内の進相軸方向の屈折率ny、および厚み方向の屈折率nzの大小関係により、ポジティブAプレート(nx>ny=nz)、ネガティブAプレート(nz=nx>ny)、ポジティブCプレート(nx=ny<nz)、ネガティブCプレート(nx=ny>nz)等の一軸性フィルムや、ポジティブBプレート(nz>nx>ny)、ネガティブBプレート(nx>ny>nz)、Zプレート(nx>nz>ny)等の二軸性フィルムに分類される。
【0004】
ポリマーフィルムを、縦延伸(自由端一軸延伸)すると、延伸に伴って長手方向(延伸方向)にポリマーの分子鎖が配向するとともに、幅方向および厚み方向には収縮作用が生じる。正の固有屈折率を有するポリマーのフィルムを縦延伸すると、長手方向の屈折率(nx)が大きくなり、幅方向の屈折率(ny)および厚み方向の屈折率(nz)が小さくなるため、nx>ny=nzの屈折率異方性を有するポジティブAプレートが得られる。
【0005】
ポリマーフィルムの少なくとも一方の面に熱収縮性フィルムを貼り合わせた状態で長手方向に延伸を行うと、熱収縮性フィルムの収縮力の影響により、通常の自由端一軸延伸の場合に比べて幅方向の収縮量が大きくなる。そのため、正の固有複屈折を有するポリマーの場合は、進相軸方向の屈折率nyがより小さくなり、厚み方向の屈折率nzが相対的に大きくなるため、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する位相差フィルムが得られる(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
位相差フィルムは、一般に偏光子と貼り合わせて用いられ、偏光子と位相差フィルムとを積層した偏光板を液晶セルや有機ELセル等の画像表示セルに貼り合わせることにより、画像表示パネルが形成される。画像表示パネルを駆動回路に接続し、必要に応じて、カバーガラスやバックライト等を組み合わせて、筐体に収容することにより画像表示装置が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
画像表示装置の組み立てにおいて、偏光板の表面にカバーガラスを貼り合わせる際には粘着剤が用いられ、フィルムの端面が粘着剤に含まれる溶剤に曝される場合がある。また、画像表示装置の組み立て時には、溶剤による洗浄が実施される場合がある。そのため、位相差フィルムには耐溶剤性が求められる。
【0009】
環状ポリオレフィンは、透明性および耐熱性に優れるとともに、耐薬品性にも優れており、ディスプレイ用の光学フィルム材料として好適である。しかし、環状ポリオレフィンの延伸位相差フィルムを画像表示パネルに組み込んだ状態で耐溶剤試験を実施すると、ヘキサン等の炭化水素系溶媒を用いた場合に、フィルムの端面に微細なクラックが生じる場合がある。特に、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する延伸フィルムにおいて、耐溶剤試験でのクラックの発生が顕著である。
【0010】
上記に鑑み、本発明は、ヘキサン等の炭化水素系溶媒による耐溶剤試験においても端部クラックが生じ難い延伸位相差フィルムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施形態の位相差フィルムは、環状ポリオレフィン系樹脂の延伸フィルムである。位相差フィルムのガラス転移温度は145℃以上が好ましい。位相差フィルムは、温度95℃での加熱寸法変化率が0.40%以下であってもよい。
【0012】
位相差フィルムのハンセン溶解度パラメータ(HSP)空間における相互作用半径Ro、およびHSP空間における位相差フィルムの座標とヘキサンの座標との距離Raは、1<Ra/Ro<2を満たすことが好ましい。
【0013】
位相差フィルムの正面レターデーションは、200nm以上であってもよい。位相差フィルムの厚みは10~300μmであってもよい。位相差フィルムの面内複屈折Δn=nx-nyは、1.0×10-3以上であってもよい。位相差フィルムは、nx>nz>nyの屈折率異方性を有していてもよい。
【0014】
nxは位相差フィルムの面内の遅相軸方向の屈折率、nyは位相差フィルムの面内の進相軸方向の屈折率、nzは位相差フィルムの厚み方向の屈折率である。
【0015】
上記の位相差フィルムを偏光子と積層一体化することにより、位相差フィルムを備える偏光板が得られる。この偏光板は、液晶表示装置や有機EL表示装置等の画像表示装置の形成に好適に用いられる。
【発明の効果】
【0016】
上記の位相差フィルムは、画像表示装置の製造プロセスにおいて、加熱や洗浄等による溶媒との接触の際にも、クラックの発生が抑制されている。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の位相差フィルムは、環状ポリオレフィン系フィルムの延伸により得られる延伸位相差フィルムである。環状ポリオレフィンは、主鎖の繰り返し単位に脂環式構造を含むポリマーである。
【0018】
環状ポリオレフィン系樹脂としては、例えば、特開平1-240517号公報、特開平3-14882号公報、特開平3-122137号公報等に記載されている樹脂が挙げられる。具体例としては、環状オレフィンの開環(共)重合体、環状オレフィンの付加重合体、環状オレフィンとエチレン、プロピレン等のα‐オレフィンとの共重合体(代表的にはランダム共重合体)、および、これらを不飽和カルボン酸やその誘導体で変性したグラフト重合体や水素化物等が挙げられる。環状ポリオレフィン系樹脂の市販品としては、日本ゼオン製の「ゼオノア」および「ゼオネックス」、JSR製の「アートン」、三井化学製の「アペル」、TOPAS ADVANCEDPOLYMERS製の「トパス」等が挙げられる。
【0019】
後に詳述するように、位相差フィルムを構成する環状ポリオレフィン系樹脂は、ハンセン溶解度パラメータ(HSP)の座標空間において、ヘキサンのHSPとの距離Raが大きいことが好ましい。
【0020】
環状ポリオレフィン系フィルムは、環状ポリオレフィン系樹脂を50重量%以上含有するものが好ましい。環状ポリオレフィン系フィルムにおける環状ポリオレフィン系樹脂の含有量は、70重量%以上がより好ましく、80重量%以上がさら好ましく、90重量%以上または95重量%以上であってもよい。
【0021】
環状ポリオレフィン系フィルムの製造方法としては、溶液キャスト法、溶融押出法等の公知の方法を採用できる。フィルムの厚みは特に限定されないが、一般には、5μm~300μm程度である。フィルム中には、紫外線吸収剤、安定剤、滑剤、可塑剤等の添加剤が含まれていてもよい。
【0022】
ポリマーフィルムを延伸し、特定の方向の分子配向性を高めることにより、位相差フィルムが得られる。延伸方法としては、縦一軸延伸法、横一軸延伸法、縦横逐次二軸延伸法、縦横同時二軸延伸法等が挙げられる。延伸手段としては、ロール延伸機、テンター延伸機やパンタグラフ式あるいはリニアモーター式の二軸延伸機等、任意の適切な延伸機を用いることができる。
【0023】
ポリマーフィルムの少なくとも一方の面に熱収縮性フィルムを積層した状態で、一方向に延伸しながら、熱収縮性フィルムの収縮力を利用して延伸方向と直交する方向にフィルムを収縮させることにより、収縮方向(進相軸方向)に対して厚み方向の屈折率が大きくなり、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する延伸位相差フィルムが得られる。nxは面内の遅相軸方向(延伸方向)の屈折率、nyは面内の進相軸方向の屈折率、nzは厚み方向の屈折率である。
【0024】
例えば、ポリマーフィルムの一方の面または両面に熱収縮性フィルムを貼り合わせた積層体を自由端一軸延伸すれば、熱収縮性フィルムの作用により延伸方向と直交する方向(幅方向)の収縮が大きくなり、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する延伸位相差フィルムが得られる。同時二軸延伸機を用い、フィルムの幅方向の両端をクリップ等で把持した状態で、幅方向の収縮量を制御しながら長手方向に延伸してもよい。また、幅方向に延伸しながら、熱収縮性フィルムの収縮力を利用して長手方向に収縮させることにより、幅方向が遅相軸方向であり、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する位相差フィルムを作製することもできる。
【0025】
熱収縮性フィルムは、上記のポリマーフィルムに貼り合わせて延伸する際に、延伸方向と直交する方向に熱収縮するものであれば特に限定されない。熱収縮性フィルムは、収縮率が異方性を有していてもよい。例えば、延伸時に、ポリマーフィルムと熱収縮性フィルムとの積層体を幅方向に延伸し長手方向に収縮させる場合、幅方向の収縮量よりも長手方向の収縮量が大きい熱収縮性フィルムを用いてもよい。一例として、熱収縮性フィルムの作製時(延伸時)に、テンタークリップ等でフィルムの両端を把持して、幅方向のクリップ間距離を保持した状態で長手方向のテンタークリップ間隔が増大するようにクリップを移動させることにより、長手方向に収縮し易い熱収縮性フィルムが得られる。
【0026】
熱収縮性フィルムを構成する材料は特に限定されないが、環状ポリオレフィン系フィルムの延伸温度付近で熱収縮するものが好ましい。汎用性に優れ安価であることから、熱収縮性フィルムの材料としては、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィンや、ポリエステル類が好ましく用いられる。
【0027】
位相差フィルムの正面レターデーションReは、例えば15nm~400nm程度であり、100nm以上であってもよく、150nm以上であってもよい。位相差フィルムは、NZ=(nx-nz)/(nx-ny)で定義されるNZ係数が、0~3程度であってもよい。NZ係数は、1.5以下でもよく、1.0以下でもよく、0.1~0.9、0.2~0.8または0.3~0.7であってもよい。位相差フィルムの正面レターデーションおよびNZ係数は、位相差フィルムの用途や、画像表示装置の光学設計等に応じて適宜に設定される。NZ係数が1より小さい位相差フィルムの用途としては、液晶表示装置の光学補償や、有機EL表示装置の反射光を遮蔽するための円偏光板が挙げられる。
【0028】
例えば、IPS方式の液晶表示装置は、偏光子の吸収軸に対して45度の角度(方位角45度、135度、225度、315度)において斜め方向から視認した場合に、黒表示の光漏れが大きく、コントラストの低下やカラーシフトが生じ易い。液晶セルと偏光子との間に、正面レターデーションが波長λの1/2であり、NZ係数が0.5である位相差フィルムを配置することにより、斜め方向の黒輝度を低減し、コントラストを向上できる。
【0029】
有機EL表示装置では、金属電極で光が反射し、外部から反射光が鏡面のように視認されることを防止するために、有機ELセルの視認側に円偏光板が配置されている。円偏光板は、偏光子の一方の面(有機ELセル側の面)に、正面レターデーションが波長λの1/4であるλ/4板を配置した構成を有している。nx>nz>nyの屈折率異方性を有する位相差フィルムは、視認角度によるレターデーションの変化が小さいため、円偏光板のλ/4板として、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する位相差フィルムを用いれば、表示装置の正面(法線方向)だけでなく、斜め方向の光の遮蔽性も高められる。
【0030】
位相差フィルムの厚みは、特に制限されないが、強度や取扱性等の作業性の観点から、5~300μmが好ましい。正面レターデーションを大きくするために、位相差フィルムの厚みは、10μm以上が好ましく、20μm以上がより好ましく、30μm以上、40μm以上、または50μm以上であってもよい。位相差フィルムの厚みは250μm以下または200μm以下であってもよい。
【0031】
位相差フィルムの面内複屈折Δnは、1.0×10-3以上であってもよい。面内複屈折Δn=nx-nyは、面内の遅相軸方向の屈折率nxと面内の進相軸方向の屈折率nyの差であり、正面レターデーションReを厚みで割った値である。延伸位相差フィルムでは、延伸倍率が大きいほどΔnが大きくなる傾向があり、Δnが大きいほど、小さな厚みで大きな正面レターデーションを実現できる。位相差フィルムのΔnは、1.3×10-3以上、または1.5×10-3以上であってもよい。
【0032】
位相差フィルムのガラス転移温度(Tg)は、145℃以上が好ましく、147℃以上であってもよい。位相差フィルムのTgが高いほど、加熱によるレターデーションの変化が生じ難い。位相差フィルムの95℃での寸法変化率は、0.40%以下が好ましい。95℃での寸法変化率は、熱機械分析(TMA)による測定値である。Tgが高いほど95℃での寸法変化率が小さい傾向がある。
【0033】
画像表示装置の製造工程においては、画像表示セルの表面に偏光板を貼り合わせた後に、偏光子の水分量の調整を目的として加熱が行われる場合がある。また、点灯試験の際に、パネルの温度が80~100℃程度に上昇する場合がある。位相差フィルムのTgが高く、95℃での寸法変化率が小さいほど、画像表示パネルを加熱後に耐溶剤試験を実施した際の位相差フィルムのクラックの発生が抑制される傾向がある。
【0034】
耐溶剤試験でのクラックの発生を抑制する観点から、位相差フィルムを構成する環状ポリオレフィン系樹脂は、ハンセン溶解度パラメータ(HSP)の座標空間において、ヘキサンのHSPとの距離Raが大きいことが好ましい。
【0035】
ハンセン溶解度パラメータ(HSP)は、ヒルデブランド(Hildebrand)の溶解度パラメータδを、分散項δd,極性項δp,および水素結合項δhの3成分に分割し、3次元の座標空間に表したものであり、δ2=δd
2+δp
2+δh
2の関係が成り立つ。分散項δdは分散力による効果、極性項δpは双極子間力による効果、水素結合項δhは水素結合力による効果を示す。2つの物質のHSPの距離Raは、2つの物質間の分散項の差Δδd、極性項の差Δδp、および水素結合項の差Δδhから、Ra={4Δδd
2+Δδp
2+Δδh
2}1/2で表され、Raが小さいほど相溶性が高く、Raが大きいほど相溶性が低い。
【0036】
特定のポリマーの溶媒に対する溶解性は、ポリマーのHSP(δd,δp,δh)および相互作用半径Roと、溶媒のHSPから予測できる。相互作用半径Roは、「溶解球の半径」とも称され、相互作用半径Roに対するHSPの距離Raの比Ra/Roは、相対エネルギー差(relative energy difference; RED)と称される。ポリマーのHSPの座標を中心とした半径Roの球(溶解球)を仮定した場合、溶媒のHSPの座標がポリマーの溶解球の内部にある場合(すなわち、Ra/Ro<1の場合)は、ポリマーは溶媒に可溶であり、溶媒のHSPの座標がポリマーの溶解球の外部にある場合(すなわち、Ra/Ro>1の場合)は、ポリマーは溶媒に不溶であると予測される。溶媒のHSPの座標がポリマーの溶解球の表面にある場合(すなわち、Ra/Ro=1の場合)は、ポリマーは溶媒に部分的に可溶と予測される。
【0037】
ハンセン溶解度パラメータの詳細は、Charles M. Hansen著、Hansen Solubility Parameters: A Users Handbook (CRCプレス、2007年)に記載されている。各種の有機溶媒のHSPは既知である。ポリマーのHSPおよびRaは、溶媒に対する溶解性試験の結果に基づき、コンピュータソフトウエア Hansen Solubility Parameters in Practice (HSPiP)のSphereプログラムにより算出できる。
【0038】
環状ポリオレフィンのHSPおよびRoは、溶媒として、トルエン、ヘキサン、メタノール、トリクロロベンゼン、およびγ-ブチルラクトン、ならびにトルエンとヘキサンの混合溶媒、トルエンとメタノールの混合溶媒、トルエンとトリクロロベンゼンの混合溶媒、およびトルエンとγ-ブチルラクトンの混合溶媒を用いた溶解試験を実施し、溶解したものを「1」溶解しなかったものを「0」として、上記プログラムにその結果を入力することにより算出される。位相差フィルムが複数のポリマーを含む場合は、位相差フィルムを対象として溶解試験を実施して、上記プログラムによりHSPおよびRoを算出すればよい。
【0039】
位相差フィルム(環状ポリオレフィン系樹脂)のHSP空間における相互作用半径Roと、HSP空間における位相差フィルムのHSP座標とヘキサンのHSP座標との距離Raは、1<Ra/Roを満たすことが好ましい。なお、ヘキサンのHSPは公知であり、(δd,δp,δh)=(14.9,0,0)である。したがって、位相差フィルム(環状ポリオレフィン系樹脂)のHSPが求められれば、HSP空間での座標間の距離Ra={4Δδd
2+Δδp
2+Δδh
2}1/2を算出できる。
【0040】
前述のように、位相差フィルムのガラス転移温度が高いことに加えて、Ra/Roが1より大きい(すなわち、ヘキサンのHSPの座標がポリマーの溶解球の外部にある)ことにより、耐溶剤試験での位相差フィルムの端部でのクラックの発生が抑制される傾向がある。Ra/Roは、1.03以上が好ましく、1.05以上または1.07以上であってもよい。環状ポリオレフィン系樹脂では、一般にはRa/Roは2未満であり、Ra/Roは、1.8以下、1.6以下または1.5以下であってもよい。
【0041】
耐溶剤試験における位相差フィルムの端部でのクラックの発生は、延伸位相差フィルムの歪みと、有機溶媒への局所的な溶解の影響によるものと考えられる。延伸位相差フィルムでは、ポリマー鎖が延伸方向に配向しており、一般に、延伸方向に沿ったクラックが生じやすい。特に、環状ポリオレフィンは固有複屈折が小さいため、面内複屈折Δnが大きく、大きな正面レターデーションを有する位相差フィルムを得るためには、延伸倍率を高くする必要がある。また、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する延伸フィルムは、延伸方向(遅相軸方向)への延伸と同時に、延伸方向と直交する方向(進相軸方向)に高度に収縮させているため、延伸方向へのポリマー鎖の配向度が高く、クラックが生じやすい。
【0042】
画像表示パネルでは、位相差フィルムは、偏光板(偏光子)や画像表示セル等の他の部材と貼り合わせられて固定されている。この状態で、偏光子の水分量調整のための加熱や点灯試験を実施すると、画像表示パネルの温度が80~100℃程度に上昇する。画像表示セルは100℃程度に加熱しても寸法変化はごく僅かであるのに対して、位相差フィルム等の樹脂材料は加熱により膨張する。
【0043】
位相差フィルムが画像表示セル等に貼り合わせられた状態では、加熱によるフィルムの膨張の作用力が、応力としてフィルム内に溜まった状態となる。大きな応力が溜まった状態で、フィルムの端面が溶媒に接触すると、溶媒接触箇所では局所的に応力が緩和されるが、その周辺では逆に応力が集中し、クラック発生の原因になると考えられる。ガラス転移温度が低く、加熱寸法変化が大きいフィルムは、画像表示セル等と貼り合わせられた状態で内部に溜まる応力が大きいため、溶媒との接触によるクラックが生じやすいと考えられる。特に、nx>nz>nyの屈折率異方性を有する延伸位相差フィルムのように、分子鎖の配向性が高いフィルムは、分子の配向性が高いためにクラックが生じやすく、加熱により生じる応力も大きいこともクラックが発生しやすい要因になっていると考えられる。
【0044】
本発明においては、フィルムのガラス転移温度が高いために、加熱時の寸法変化が小さく、画像表示装置においてフィルム内に溜まる応力が低減される。また、Ra/Roが1より大きくヘキサンに対する溶解性が低いために、溶媒との接触による局所的な応力緩和およびその周辺への応力の集中が生じ難く、nx>nz>nyの屈折率異方性を示す延伸フィルムのように分子鎖が高度に配向している場合であっても、クラックの発生が抑制されると考えられる。
【0045】
本発明の位相差フィルムは、偏光子と積層一体化して偏光板を形成してもよい。偏光子の一方の主面に、適宜の接着剤層または粘着剤層を介して位相差フィルムを貼り合わせることにより、偏光板が得られる。偏光子と位相差フィルムの間に、他のフィルムが積層されていてもよい。
【0046】
偏光子としては、ポリビニルアルコール系フィルム、部分ホルマール化ポリビニルアルコール系フィルム、エチレン・酢酸ビニル共重合体系部分ケン化フィルム等の親水性高分子フィルムに、ヨウ素や二色性染料等の二色性物質を吸着させて一軸延伸したもの、ポリビニルアルコールの脱水処理物やポリ塩化ビニルの脱塩酸処理物等のポリエン系配向フィルム等が挙げられる。
【0047】
中でも、高い偏光度を有することから、ポリビニルアルコールや、部分ホルマール化ポリビニルアルコール等のポリビニルアルコール系フィルムに、ヨウ素や二色性染料等の二色性物質を吸着させて所定方向に配向させたポリビニルアルコール(PVA)系偏光子が好ましい。例えば、ポリビニルアルコール系フィルムに、ヨウ素染色および延伸を施すことにより、PVA系偏光子が得られる。
【0048】
PVA系偏光子として、厚みが10μm以下の薄型の偏光子を用いることもできる。薄型の偏光子としては、例えば、特開昭51-069644号公報、特開2000-338329号公報、WO2010/100917号パンフレット、特許第4691205号明細書、特許第4751481号明細書等に記載されている薄型偏光膜を挙げることができる。このような薄型偏光子は、例えば、PVA系樹脂層と延伸用樹脂基材とを積層体の状態で延伸し、ヨウ素染色することにより得られる。
【0049】
偏光子と位相差フィルムの配置角度は特に限定されない。例えば、液晶表示装置を斜め方向から視認した際の光抜けを抑制する光学補償の目的で位相差フィルムを用いる場合、偏光子の吸収軸方向と、位相差フィルムの遅相軸方向とが、平行または直交となるように、両者を配置することが好ましい。偏光子と位相差フィルムとを積層して円偏光板を形成する場合は、偏光子の吸収軸方向と位相差フィルムの遅相軸方向とのなす角度が45°となるように両者を配置することが好ましい。なお、配置角度は、厳密に上記の範囲である必要はなく、±2°程度の誤差を含んでいてもよい。
【0050】
偏光子の他方の面には、適宜の接着剤層または粘着剤層を介して、偏光子保護フィルムとしての透明フィルムが貼り合わせられていてもよい。偏光板には、上記の位相差フィルムおよび偏光子保護フィルム以外の光学フィルムが積層されていてもよい。偏光板には、画像表示セル等との貼り合わせのための接着剤層や粘着剤層が積層されていてもよい。
【0051】
位相差フィルムおよび偏光板は、画像表示装置用光学フィルムとして用いることができる。例えば、画像表示セルの表面に、位相差フィルムを備える偏光板を、適宜の粘着剤を介して貼り合わることにより、画像表示パネルが得られる。画像表示セルが液晶セルである場合には、さらに光源としてのバックライトを組み合わせることにより、液晶表示装置が形成される。
【0052】
画像表示セルの表面に偏光板を貼り合わせた後、偏光子の水分量の調整等を目的として加熱が行われる場合がある。また、点灯試験の際には、パネルが80~100℃程度の高温となる。本発明においては、位相差フィルムのガラス転移温度が高いため、加熱や点灯試験等により温度が上昇した場合でも、位相差フィルムの内部または界面に溜まる応力が小さい。また、位相差フィルムを構成する樹脂材料がヘキサン等の炭化水素系溶媒に対する溶解性が低い(Ra/Roが大きい)ため、加熱後に位相差フィルムの端面が有機溶媒と接触した場合でも、位相差フィルムの端面へのクラックの発生が抑制されている。
【実施例0053】
以下に、実施例および比較例を示して、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0054】
[合成例1]
窒素置換した反応容器に、モノマーとして、ジシクロペンタジエン:21重量部、8-メチル-8-カルボキシメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]-3-ドデセン:78重量部、および2-ノルボルネン:1重量部、分子量調整剤として1-ヘキセン:14.7重量部、ならびに溶媒としてトルエン:150重量部を投入し、107℃に加熱した。この溶液に、エチルアルミニウムのトルエン溶液(0.6mol/l):0.4重量部、およびメタノール変性した六塩化タングステンのトルエン溶液(0.025mol/l):1.8重量部を加え、107℃で1時間反応させて開環重合体を得た。得られた開環重合体の溶液360重量部に、水素添加反応触媒としてRu[4-CH3(CH2)4C6H4CO2]H(CO)[P(C6H5)3]:0.04重量部を添加し、水素ガス圧を9~10MPaとし、160~165℃の温度で、3時間反応させた。反応終了後、得られた生成物(水素添加物)をメタノール中で沈殿させ、真空乾燥して環状ポリオレフィン樹脂(重量平均分子量:46000、ガラス転移温度:148℃)を得た。2軸押出機を用い、得られた樹脂を溶融混練した後、ストランド状に押出し、水冷後にフィーダールーダーを通してペレットを得た。
【0055】
[比較例1]
環状ポリオレフィン樹脂のペレット(JSR製「ARTON R5000」)を用い、溶融押出法により、厚み135μmの未延伸フィルムを作製した。このフィルムを、温度150℃、倍率1.5倍で自由端一軸延伸(縦延伸)して、延伸位相差フィルムを得た。
【0056】
[実施例1]
上記の合成例1で得られた環状ポリオレフィン樹脂のペレットを用い、溶融押出法により、厚み60μmの未延伸フィルムを作製した。このフィルムを、表1に示す条件で縦延伸して、延伸位相差フィルムを得た。
【0057】
[比較例2]
環状ポリオレフィン樹脂のペレット(JSR製「ARTON R5000」)を用い、溶融押出法により、厚み135μmの未延伸フィルムを作製した。このフィルムの両面に、熱収縮性を有する二軸延伸プロピレンフィルム(東レ製「トレファン」)を、粘着剤を介して貼り合わせて積層体を得た。この積層体を、温度150℃、倍率1.3倍で縦延伸した後、両面に貼り合わせられた熱収縮性フィルムを剥離除去して、延伸位相差フィルムを得た(以下、この延伸方法を「Z延伸」と記載する)。
【0058】
[比較例3,4、実施例2]
環状ポリオレフィン樹脂の種類およびフィルムの厚みを表1に示す様に変更して未延伸フィルムを作製し、表1に示す条件でZ延伸を行った。それ以外は、比較例2と同様にして、延伸位相差フィルムを得た。
【0059】
[比較例5]
環状ポリオレフィンフィルムの市販品(日本ゼオン製「ゼオノアフィルム ZF16」)を、表1に示す条件でZ延伸を行い、延伸位相差フィルムを得た。
【0060】
[比較例6]
環状ポリオレフィンフィルムの市販品(日本ゼオン製「ゼオノアフィルム ZF14」)を、表1に示す条件でZ延伸を行い、延伸位相差フィルムを得た。
【0061】
[実施例3]
環状オレフィンポリマー(COP)の樹脂ペレット(JSR製「ARTON R5000」)を、塩化メチレンに溶解し、溶液成膜法により厚み100μmの未延伸フィルムを作製し、表1に示す条件でZ延伸を行い、延伸位相差フィルムを得た。
【0062】
[評価]
<位相差特性>
位相差フィルムを50mm×50mmのサイズに切り出し、偏光・位相差測定システム(Axometrics製「AxoScan」)により、測定波長550nmで正面レターデーション、および遅相軸方向を回転中心として試料を40°傾斜した状態でのレターデーションを測定した。これらの測定値から、波長550nmにおける正面レターデーション:Re=(nx-ny)×dおよびNZ係数:NZ=(nx-nz)/(nx-ny)を算出した。nxは面内の遅相軸方向の屈折率、nyは面内の進相軸方向の屈折率、nzは厚み方向の屈折率、dは厚みである。NZ係数の計算に際しては、アタゴ社製のアッベ屈折率計により測定したフィルムの平均屈折率を用いた。
【0063】
<ハンセン溶解度パラメータ(HSP)>
25℃の環境下で、樹脂ペレット(比較例5および比較例6ではフィルム片)約10gを、50mLの溶媒に溶解し、溶解するか否かを目視にて確認した。溶解試験における溶媒としては、トルエン、ヘキサン、メタノール、トリクロロベンゼン、γ-ブチルラクトン、トルエンとヘキサンの混合溶媒、トルエンとメタノールの混合溶媒、トルエンとトリクロロベンゼンの混合溶媒、およびトルエンとγ-ブチルラクトンの混合溶媒を用いた。混合溶媒は、10:90~90:10の範囲で混合比を5段階以上に変更し、それぞれの混合溶媒について溶解試験を実施した。
【0064】
溶解したものを「1」溶解しなかったものを「0」として、コンピュータソフトウエア Hansen Solubility Parameters in Practice (HSPiP)のSphereプログラムに入力し、樹脂ペレット(ポリマー)のハンセン溶解度パラメータ(HSP)δd、δp、およびδh、ならびに溶解球の半径Roを算出した。
【0065】
さらに、ポリマーのHSPとヘキサンのHSP(δd,δp,δh)=(14.9,0,0)から、ポリマーとヘキサンのHSP距離Ra={4Δδd
2+Δδp
2+Δδh
2}1/2を算出し、溶解球の半径Roに対するHSP距離Raの比Ra/Roを求めた。
【0066】
<ガラス転移温度>
示差走査熱量分析装置(SII製「DSC6200」)により、下記の条件で延伸位相差フィルムの示差熱分析を実施し、得られたDSC曲線の変曲点をガラス転移温度とした。
サンプル量:7~9mg
参照:アルミニウムパン
導入ガス:窒素
温度範囲:室温~230℃
昇温速度:10℃/分
【0067】
<加熱寸法変化率>
延伸位相差フィルムを、延伸方向を長辺方向とする16mm×4mmの短冊状に切り出し、熱機械分析装置(日立ハイテクサイエンス製「TMA7100」)により、下記の条件で延伸位相差フィルムの熱機械分析を実施し、得られたTMA曲線から、室温における試料長さL0と95℃における試料長さLに基づいて、95℃の寸法変化率(%)=100×(L-L0)/L0を算出した。
導入ガス:窒素
荷重:0.0196N
温度範囲:室温~100℃
昇温速度:10℃/分
【0068】
<耐溶剤試験>
位相差フィルムを50mm×50mmのサイズに切り出して、粘着剤付きのガラス板に貼り合わせた。この試料を、95℃で3時間加熱し、室温で20分放冷した後、フィルムの端部(4辺全て)にヘキサンを滴下し、目視確認した。フィルムの端部にクラックが発生していたものをNG、クラックがみられなかったものをOKとした。
【0069】
実施例および比較例の延伸位相差フィルムの作製条件および評価結果を表1に示す。
【0070】
【0071】
Ra/Roが1より大きい環状ポリオレフィンを用いた実施例1の一軸延伸位相差フィルムは、ヘキサンを用いた耐溶剤試験後もクラックの発生がみられなかった。Z延伸を行った実施例2も同様であり、実施例1,2とは異なる環状ポリオレフィンを用いた実施例3も同様であった。
【0072】
Ra/Roが1未満である比較例5,6のZ延伸フィルムは、耐溶剤試験後にクラックが発生していた。比較例1~4では、Ra/Roが1より大きく、ヘキサンに対する溶解性が低いにも関わらず、耐溶剤試験後にクラックが発生していた。比較例1~4では、実施例1,2に比べて、ガラス転移温度が低く、加熱時の寸法変化が大きいことが、クラック発生の要因になっていると推測される。
【0073】
以上の結果から、ガラス転移温度が高く、かつRa/Roが大きい位相差フィルムは、加熱後にヘキサン等の有機溶媒と接触しても、端面のクラックが生じ難いことが分かる。