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特開2023-39340鋼部材、処理液、鋼部材の製造方法及び溶接部補修方法
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  • 特開-鋼部材、処理液、鋼部材の製造方法及び溶接部補修方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023039340
(43)【公開日】2023-03-20
(54)【発明の名称】鋼部材、処理液、鋼部材の製造方法及び溶接部補修方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20230313BHJP
【FI】
C23C26/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021146468
(22)【出願日】2021-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【弁理士】
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】林田 隆秀
(72)【発明者】
【氏名】松野 雅典
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044AA02
4K044AA06
4K044AB02
4K044BA10
4K044BA11
4K044BA17
4K044BA21
4K044BB01
4K044BB03
4K044BC02
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】めっき鋼材の溶接部における耐食性をより簡便な方法でより一層向上させる。
【解決手段】溶接によるビード部を有する鋼部材は、鋼材の少なくとも一部に設けられためっき層と、ビード部、めっき消失部及びめっき層の少なくとも一部の表面に設けられた塗膜とを有する。塗膜は、厚みが10~100μmであり、硝酸、及び、硝酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類の酸成分Aと、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される元素を含む金属又は金属化合物である金属成分Bと、ウレタン樹脂を含む有機樹脂成分Cと、Feとを含有し、かつ、塗膜中における酸成分Aに対する金属成分Bの存在比は、モル比で0.25~0.45であり、ビード部上に位置する塗膜において、ビード部側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5~20atm%である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接によるビード部を有する鋼部材であって、
前記鋼部材は、
母材となる鋼材の少なくとも一部に設けられためっき層と、
前記ビード部、前記ビード部に隣接しており前記めっき層が消失した部位であるめっき消失部、及び、前記めっき消失部の周囲に位置する前記めっき層の少なくとも一部、の表面に設けられた塗膜と、
を有しており、
前記塗膜は、
厚みが、10~100μmであり、
硝酸、及び、硝酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類の酸成分Aと、
Ca、Zn及びMnからなる群より選択される元素を含む金属又は金属化合物である金属成分Bと、
ウレタン樹脂を含む有機樹脂成分Cと、
Feと、
を含有し、かつ、
前記塗膜中における、前記酸成分Aに対する前記金属成分Bの存在比(金属成分B/酸性分A)は、モル比で0.25~0.45であり、
前記ビード部上に位置する前記塗膜において、
前記ビード部側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5~20atm%である、鋼部材。
【請求項2】
前記塗膜は、前記酸成分Aとして、更に、リン酸、及び、リン酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類を含有する、請求項1に記載の鋼部材。
【請求項3】
前記ビード部上に位置する前記塗膜において、
前記塗膜の表層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5atm%以下である、請求項1又は2に記載の鋼部材。
【請求項4】
前記めっき層上に位置する前記塗膜において、
前記めっき層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mnの合計に対する元素Znの比率は、5~25atm%である、請求項1~3の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項5】
前記めっき層上に位置する前記塗膜において、
前記塗膜の表層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mnの合計に対する元素Znの比率は、7atm%以下である、請求項1~4の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項6】
前記塗膜は、更に、Mg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物を含んでおり、
前記Mg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物の存在量は、前記金属成分Bの存在量に対し、モル比で0.10~0.30である、請求項1~5の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項7】
前記塗膜において、前記有機樹脂成分Cの含有量は、50質量%以上である、請求項1~6の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項8】
前記塗膜において、前記有機樹脂成分Cに占めるウレタン樹脂の濃度は、50質量%以上である、請求項1~7の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項9】
前記塗膜における前記金属成分Bについて、塗膜中のZn、Ca、Mnの存在量に基づき算出される、モル比での存在割合[Zn]/([Ca]+[Mn])の値は、0.20~0.35である、請求項1~8の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項10】
前記塗膜中において、前記有機樹脂成分C 1gに対する、前記酸成分Aと前記金属成分Bの合計量の比率は、0.010~0.025mol/gである、請求項1~9の何れか一項に記載の鋼部材。
【請求項11】
前記めっき層は、以下の金属成分及び不純物からなるめっき層である、請求項1~10の何れか一項に記載の鋼部材。
Zn:65.0質量%超
Al:5.0質量%超25.0質量%未満
Mg:2.0質量%超12.5質量%未満
Si:0.1質量%以上2.0質量%以下
【請求項12】
請求項1~11の何れか一項に記載の鋼部材における前記塗膜を形成するための処理液であって、
酸性イオンとしての、硝酸イオンと、
Ca、Zn及びMnからなる群より選択される少なくとも1種類の金属イオンと、
ウレタン樹脂と、
を含有し、
前記酸性イオンに対する前記金属イオンの比率は、モル比で0.25~0.45であり、
pHは、1.0~3.0である、処理液。
【請求項13】
前記酸性イオンとして、更に、リン酸イオンを含有する、請求項12に記載の処理液。
【請求項14】
前記処理液は、更に、Mg及びSrからなる群から選択される少なくとも1種類の金属イオンを含む、請求項12又は13に記載の処理液。
【請求項15】
請求項1~11の何れか一項に記載の鋼部材の製造方法であって、
前記めっき層を有する鋼材を溶接により接合した後、前記溶接により形成されたビード部上の酸化膜を除去することなく、請求項12~14の何れか一項記載の処理液を、前記ビード部の表面、前記ビード部に隣接する前記めっき消失部の表面、及び、前記めっき消失部の周囲に位置する前記めっき層の少なくとも一部の表面に塗布して乾燥させ、前記塗膜を形成する、鋼部材の製造方法。
【請求項16】
めっき層を有する鋼材を用いて製造された鋼部材における溶接部補修方法であって、
前記めっき層を有する鋼材を溶接により接合した後、当該溶接による溶接部に形成された酸化膜を除去することなく、請求項12~14の何れか一項に記載の処理液を前記溶接部に塗布して乾燥させ、塗膜を形成する、溶接部補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼部材、処理液、鋼部材の製造方法及び溶接部補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、外装建材などの様々な用途において、鋼板や、鋼板の表面にZn系めっき処理などが施されためっき鋼板等に代表される各種の鋼材が使用されている。これら鋼材のうち、例えばめっき鋼材は、成型加工過程で溶接されることがある。溶接部は高温となるため、施されためっき層が蒸発して鋼材が露出することとなる。その結果、そのままの状態ではめっき鋼材としての耐食性が不十分となることから、溶射や塗装等による補修が施される場合が多い。
【0003】
鋼材の溶接方法には、抵抗溶接法、高周波誘導溶接法、電子ビーム溶接法、プラズマ溶接法、ガス溶接法、レーザー溶接法等といった様々な方法がある。この中でも、アーク溶接法は、装置が簡便であることから、鋼材の接合で多用される。
【0004】
アーク溶接によって形成される溶接部(アーク溶接部)の補修方法として、例えば溶射を利用する場合には、溶接部に対し純ZnやZn合金を溶射して、溶接鋼材を補修する(例えば、以下の特許文献1、特許文献2を参照。)。また、アーク溶接部の補修方法として、例えば塗装を利用する場合には、溶接部に対し、純Znを含む塗料を塗装して、溶接鋼材を補修する(例えば、以下の特許文献3を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60-89559号公報
【特許文献2】特開平8-127855号公報
【特許文献3】特開2002-317492号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
溶射は大型の装置が必要であり、連続的に溶接される鋼管製造ラインなどで用いられることはあるが、部分的な溶接など全ての溶接に用いることは難しい。また、これらの方法では、溶射の前処理として溶接ビード部を研削除去する必要がある。
【0007】
純Znを含む補修塗料は、溶射と異なり、装置が不要であり、場所を選ばず簡便に補修することが出来るため、溶接部の補修にも多く用いられる手段である。溶接部では、露出した鋼材表面に酸化被膜が生成することが知られている。特にアーク溶接は、1800~2000℃の高温に達することがあるため、酸化被膜が厚く生成する。そのような厚い酸化被膜上では塗膜密着性が低く、本来の補修塗膜の防食性が発揮出来ないことがある。そのため、安定した耐食性を確保するためには、塗装の前処理として溶接金属やビード部に形成された酸化皮膜を研削等で除去する必要があった。
【0008】
そこで、本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、めっき鋼材の溶接部における耐食性を、より簡便な方法でより一層向上させることが可能な処理液と、かかる処理液を用いた鋼部材の製造方法及び溶接部補修方法と、めっき鋼材の溶接部における耐食性をより一層向上させた鋼部材と、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者が鋭意検討した結果、特定の液性を有し、特定の成分からなる処理液に想到し、かかる処理液を用いることで、溶接時に生成する酸化被膜を除去することなく、溶接部の耐食性をより一層向上させることが可能であることを知見した。また、かかる処理液を用いて補修が施された鋼部材は、溶接によるビード部上に設けられた塗膜において、特定の元素分布が実現され、より優れた耐食性が発現することが明らかとなった。
かかる知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0010】
(1)溶接によるビード部を有する鋼部材であって、前記鋼部材は、母材となる鋼材の少なくとも一部に設けられためっき層と、前記ビード部、前記ビード部に隣接しており前記めっき層が消失した部位であるめっき消失部、及び、前記めっき消失部の周囲に位置する前記めっき層の少なくとも一部、の表面に設けられた塗膜と、を有しており、前記塗膜は、厚みが、10~100μmであり、硝酸、及び、硝酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類の酸成分Aと、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される元素を含む金属又は金属化合物である金属成分Bと、ウレタン樹脂を含む有機樹脂成分Cと、Feと、を含有し、かつ、前記塗膜中における、前記酸成分Aに対する前記金属成分Bの存在比(金属成分B/酸性分A)は、モル比で0.25~0.45であり、前記ビード部上に位置する前記塗膜において、前記ビード部側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5~20atm%である、鋼部材。
(2)前記塗膜は、前記酸成分Aとして、更に、リン酸、及び、リン酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類を含有する、(1)に記載の鋼部材。
(3)前記ビード部上に位置する前記塗膜において、前記塗膜の表層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5atm%以下である、(1)又は(2)に記載の鋼部材。
(4)前記めっき層上に位置する前記塗膜において、前記めっき層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mnの合計に対する元素Znの比率は、5~25atm%である、(1)~(3)の何れか一つに記載の鋼部材。
(5)前記めっき層上に位置する前記塗膜において、前記塗膜の表層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置での、前記塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mnの合計に対する元素Znの比率は、7atm%以下である、(1)~(4)の何れか一つに記載の鋼部材。
(6)前記塗膜は、更に、Mg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物を含んでおり、前記Mg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物の存在量は、前記金属成分Bの存在量に対し、モル比で0.10~0.30である、(1)~(5)の何れか一つに記載の鋼部材。
(7)前記塗膜において、前記有機樹脂成分Cの含有量は、50質量%以上である、(1)~(6)の何れか一つに記載の鋼部材。
(8)前記塗膜において、前記有機樹脂成分Cに占めるウレタン樹脂の濃度は、50質量%以上である、(1)~(7)の何れか一つに記載の鋼部材。
(9)前記塗膜における前記金属成分Bについて、塗膜中のZn、Ca、Mnの存在量に基づき算出される、モル比での存在割合[Zn]/([Ca]+[Mn])の値は、0.20~0.35である、(1)~(8)の何れか一つに記載の鋼部材。
(10)前記塗膜中において、前記有機樹脂成分C 1gに対する、前記酸成分Aと前記金属成分Bの合計量の比率は、0.010~0.025mol/gである、(1)~(9)の何れか一つに記載の鋼部材。
(11)前記めっき層は、以下の金属成分及び不純物からなるめっき層である、(1)~(10)の何れか一つに記載の鋼部材。
Zn:65.0質量%超
Al:5.0質量%超25.0質量%未満
Mg:2.0質量%超12.5質量%未満
Si:0.1質量%以上2.0質量%以下
(12)(1)~(11)の何れか一つに記載の鋼部材における前記塗膜を形成するための処理液であって、酸性イオンとしての、硝酸イオンと、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される少なくとも1種類の金属イオンと、ウレタン樹脂と、を含有し、前記酸性イオンに対する前記金属イオンの比率は、モル比で0.25~0.45であり、pHは、1.0~3.0である、処理液。
(13)前記酸性イオンとして、更に、リン酸イオンを含有する、(12)に記載の処理液。
(14)前記処理液は、更に、Mg及びSrからなる群から選択される少なくとも1種類の金属イオンを含む、(12)又は(13)に記載の処理液。
(15)(1)~(11)の何れか一項に記載の鋼部材の製造方法であって、
前記めっき層を有する鋼材を溶接により接合した後、前記溶接により形成されたビード部上の酸化膜を除去することなく、(12)~(14)の何れか一つ記載の処理液を、前記ビード部の表面、前記ビード部に隣接する前記めっき消失部の表面、及び、前記めっき消失部の周囲に位置する前記めっき層の少なくとも一部の表面に塗布して乾燥させ、前記塗膜を形成する、鋼部材の製造方法。
(16)めっき層を有する鋼材を用いて製造された鋼部材における溶接部補修方法であって、前記めっき層を有する鋼材を溶接により接合した後、当該溶接による溶接部に形成された酸化膜を除去することなく、(12)~(14)の何れか一つに記載の処理液を前記溶接部に塗布して乾燥させ、塗膜を形成する、溶接部補修方法。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように本発明によれば、めっき鋼材の溶接部における耐食性を、より簡便な方法でより一層向上させることが可能な処理液と、かかる処理液を用いた鋼部材の製造方法及び溶接部補修方法と、めっき鋼材の溶接部における耐食性をより一層向上させた鋼部材と、を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態に係る鋼部材の一例を模式的に示した説明図である。
図2】同実施形態に係る鋼部材の一例を模式的に示した説明図である。
図3】同実施形態に係る鋼部材の一例を模式的に示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0014】
(鋼部材について)
以下では、まず、図1図3を参照しながら、本発明の実施形態に係る鋼部材について、詳細に説明する。本実施形態に係る鋼部材は、溶接により複数の鋼材が接合されたものであり、その溶接部位には、溶接によるビード部を有している。なお、本発明に係る鋼部材は、ビードが発生するような溶接方法であれば、いずれの溶接方法によっても製造可能であり、かかる溶接方法については、特に限定されるものではない。以下では、鋼材の接合の際に多用されるアーク溶接を一例として取り上げ、説明を行うものとする。
【0015】
<全体的な構成について>
図1では、鋼部材1の一例として、めっき鋼材の一例としてのめっき鋼板10A、10B(以下、まとめて「めっき鋼板10」と略記することがある。)がアーク溶接により溶接された接合体の一部の断面構造を模式的に図示している。すなわち、図1では、片面側の構造のみを模式的に示しており、もう一方の面側の構造は記載を省略している。
図1に示したように、本実施形態に係る鋼部材1は、めっき鋼板10A、10Bと、溶接金属を主成分とするビード部20と、塗膜30と、を有している。
【0016】
めっき鋼板10A、10Bは、母材鋼板101A、101B(以下、まとめて「母材鋼板101」と略記することがある。)と、かかる母材鋼板101A、101Bの表面に形成されためっき層103A、103B(以下、まとめて「めっき層103」と略記することがある。)と、を有している。
【0017】
めっき鋼板10A、10Bのめっき層103A、103Bの一部は、アーク溶接により発生する熱によってめっきが消失して、めっき消失部105A,105B(以下、まとめて「めっき消失部105」と略記することがある。)となっている。これらめっき消失部105A、105Bは、その形成過程から明らかなように、ビード部20に隣接するように位置している。
【0018】
また、本実施形態に係る塗膜30は、ビード部20の表面、めっき消失部105の表面、及び、めっき消失部105の周囲に位置するめっき層103の少なくとも一部の表面を被覆するように、設けられている。
【0019】
以下、これらめっき鋼板10、ビード部20、及び、塗膜30について、より詳細に説明する。
【0020】
なお、本実施形態では、めっき鋼材の一例としてめっき鋼板を取り上げているが、めっき鋼材はかかる例に限定されるものではない。各種のめっき鋼管や、めっきが施された各種の形鋼など、アーク溶接が施される可能性のある様々なめっき鋼材についても、めっき鋼材として用いることが可能である。
【0021】
<めっき鋼板10について>
鋼部材1の基材の一例としてのめっき鋼板10は、図1に模式的に示したように、母材鋼板101と、めっき層103と、を有している。
【0022】
[母材鋼板101について]
母材鋼板101としては、特に限定されるものではなく、鋼部材1に求められる機械的強度(例えば、引張強度等)や諸特性等に応じて、各種のものを用いることが可能である。このような鋼板としては、例えば、各種の低炭素鋼、中炭素鋼、高炭素鋼、合金鋼が挙げられる。また、母材鋼板101が低炭素Ti添加鋼や低炭素Nb添加鋼などの深絞り用鋼板であることは、鋼板の加工性の向上の観点から好ましい。
【0023】
かかる母材鋼板101の厚みについても、特に限定されるものではなく、鋼部材1に求められる機械的強度等に応じて、適切な厚みを選択すればよい。
【0024】
[めっき層103について]
上記母材鋼板101の表面には、めっき層103が形成されている。かかるめっき層103が存在することで、ビード部20と、かかるビード部20に隣接するめっき消失部105に対して、ビード部20の周辺に存在するめっき層103が犠牲防食作用を発現する。これにより、母材鋼板101は、より高い耐食性を発揮することができる。このようなめっき層103を有するめっき鋼板10としては、例えば、亜鉛めっき鋼板、Zn-Al合金めっき鋼板、Zn-Al-Mg合金めっき鋼板、Zn-Al-Mg-Si合金めっき鋼板、アルミニウムめっき鋼板を挙げることができる。
【0025】
上記のような各種めっきの中でも、めっき層103は、平均組成で、Al:0~90質量%、Mg:0~10質量%を含有し、残部がZn及び不純物からなる亜鉛系めっきであることが好ましい。かかるめっき層103は、より好ましくは、平均組成で、Al:4~22質量%、Mg:1~10質量%を含有し、残部がZn及び不純物からなるめっき層であり、更に好ましくは、平均組成で、Al:5.0質量%超25.0質量%未満、Mg:2.0質量%超12.5質量%未満を含有し、残部がZn及び不純物からなるめっき層である。
【0026】
また、めっき層は、平均組成で、Si:0.1質量%以上2.0質量%以下を含有していてもよい。更に、めっき層は、平均組成で、Ni、Ti、Zr、Sr、Fe、Sb、Pb、Sn、Ca、Co、Mn、P、B、Bi、Cr、Sc、Y、REM、Hf、Cのいずれか1種又は2種以上を合計で、0.001~2質量%含有していてもよい。
【0027】
以上説明したようなめっき層103の付着量については、特に限定するものではないが、例えば、母材鋼板101の片面当たり、30~240g/mとすることで、めっき層を設けることによる十分な耐食性を発現させることができる。
【0028】
以上、本実施形態に係るめっき鋼板10について、詳細に説明した。
【0029】
<ビード部20について>
ビード部20は、めっき鋼材の一例であるめっき鋼板10をアーク溶接により接合させることで形成され、溶接金属からなる部位である。かかるビード部20については、特に限定されるものではない。かかるビード部20が形成される過程で、隣接するめっき鋼板10のめっき層103の一部が消失し、めっき消失部105が形成される。
【0030】
<塗膜30について>
本実施形態に係る鋼部材1において、ビード部20の表面、めっき消失部105の表面、及び、めっき消失部105の周囲に位置するめっき層103の少なくとも一部の表面には、これら部位を被覆するように、塗膜30が設けられている。
【0031】
[厚みについて]
かかる塗膜30の厚み(平均厚み)は、10~100μmである。ここで、塗膜30の厚みとは、図1に模式的に示したように、ビード部20の表面、めっき消失部105の表面及びめっき層103の表面から、塗膜30の表面までの距離の平均値とする。詳細な測定の条件、及び、平均値の計算方法については、後述する。
【0032】
塗膜30の厚みが10μm未満である場合には、必要とする耐食性の向上効果を発現させることができない。塗膜30の厚みを10μm以上とすることで、腐食因子からの遮蔽効果が得られ、耐食性を顕著に向上させることが可能となる。塗膜30の厚みは、好ましくは20μm以上である。一方、塗膜30の厚みが100μmを超える場合には、塗膜30を形成するための処理液を乾燥・固化させるために要する乾燥時間が長時間となり、また、塗膜30の外観が低下する可能性があるため、好ましくない。塗膜30の厚みを100μm以下とすることで、処理液の乾燥時間が長期化することを防止しつつ、塗装後の外観を良好なものとすることが可能となる。塗膜30の厚みは、好ましくは80μm以下である。
【0033】
なお、かかる塗膜の厚みは、以下のようにして測定することが可能である。
すなわち、着目する鋼部材1の一部を樹脂で埋め込み、機械研磨して断面を露出させて、分析面とする。得られた分析面を走査型電子顕微鏡により断面観察し、ビード部20の表面、めっき消失部105の表面及びめっき層103上に塗膜30が形成されている部位を特定する。かかる特定部位のうち塗膜形成部位において、任意の5箇所について、ビード部20の表面、めっき消失部105の表面及びめっき層103と塗膜30との界面の位置を特定して、かかる界面から、塗膜30の表層までの厚みを、断面像から測定する(図1における厚みT1~T5)。この際、塗膜断面の両端から塗膜断面の全幅の10%までの範囲(図1において、「測定除外」と示した範囲)は、測定対象から除外する。このような測定を、複数の断面箇所(例えば、10箇所)で実施し、各測定箇所で得られた測定値を測定箇所数で平均する。このようにして得られた平均値を、図1に示したような塗膜の厚み(平均厚み)Tとする。
【0034】
[成分について]
上記塗膜30は、以下で詳述するように、酸成分Aと、金属成分Bと、有機樹脂成分Cと、Feと、の4種類に大別される成分を含有している。
【0035】
≪酸成分A≫
酸成分Aは、硝酸、及び、硝酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類である。これら酸成分Aは、塗膜30を形成するための処理液(塗料とも言える。)を特定の液性(pH)とするために導入されたものであり、かかる処理液を乾燥・固化させることで形成される塗膜30は、これら酸成分Aを含有することとなる。処理液がかかる酸成分に関連する酸性イオンを有していることで、ビード部20やその近傍に酸性被膜が存在していたとしても、かかる酸性被膜を溶解しながら塗膜30を形成することが可能となる。その結果、より簡便な溶接部の補修(ひいては、鋼部材の製造)が実現できる。
【0036】
また、本実施形態に係る塗膜30は、かかる酸成分Aとして、リン酸、及び、リン酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類を、更に含有することが好ましい。換言すれば、塗膜30は、酸成分Aとして、硝酸、硝酸化合物、リン酸、及び、リン酸化合物からなる群より選択される少なくとも1種類を含有することが好ましい。
【0037】
塗膜30を形成するための処理液に含まれるリン酸イオンは、溶出及び乾燥された際に、鋼材にリン酸やリン酸化合物(より詳細には、リン酸塩結晶)として析出する。このリン酸塩結晶が、鋼材表面の耐食性を高めることに、特に効果的である。
【0038】
≪金属成分B≫
金属成分Bは、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される元素を含む金属又は金属化合物である。塗膜30が、かかる金属又は金属化合物を含有することで、鋼部材1の耐食性を向上させることが可能となる。
【0039】
上記のような酸成分Aと、金属成分Bとは、互いに反応し、塗膜30中においては、主に金属成分Bの金属塩として存在している。
【0040】
上記の酸成分Aと金属成分Bとの金属塩は、水に覆われた際に溶出する。溶出物は、ビード部20の溶接金属、めっき層が存在していない部位(例えば、めっき消失部105や鋼部材1の端面等)において露出している鋼、めっき層103の成分、及び/又は、めっき鋼板10由来の金属イオン、と反応する。その結果、塩形成や共析出が起こり、反応部位に防食皮膜を形成して、耐食性を付与することができる。
【0041】
上記のような反応を確実に発現させるために、本実施形態に係る塗膜30では、塗膜中における、酸成分Aに対する金属成分Bの存在比(金属成分B/酸性分A)を、モル比で0.25~0.45とする。酸成分Aに対する金属成分Bの存在比(金属成分B/酸性分A)は、好ましくは0.25~0.40であり、より好ましくは0.25~0.35である。
【0042】
また、かかる金属成分Bに関し、Ca、Mnに対するZnの存在量を調整することで、耐食性をより一層向上させることが可能となる。具体的には、Ca、Mnの合計存在量([Ca]+[Mn])に対する、Znの存在量[Zn]の割合(モル比での割合)([Zn]/([Ca]+[Mn]))の値は、0.20以上0.45以下であることが好ましい。上記モル比での割合を0.20以上とすることで、Znによる耐食性の向上効果が顕著となる。上記モル比での割合は、より好ましくは0.25以上である。一方、上記モル比での割合を0.45以下とすることで、塗膜の形成不良をより確実に防止することが可能となる。上記モル比での割合は、より好ましくは0.40以下であり、更に好ましくは0.35以下である。
【0043】
また、本実施形態に係る塗膜30は、上記の金属成分Bとは別に、更に、Mg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物を含んでもよい。この際、かかるMg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物の存在量は、上記金属成分Bの存在量に対し、モル比で0.10~0.30とすることが好ましい。かかるモル比を0.10以上とすることで、リン酸イオンやCa、Zn及びMnとの共析晶を生成させて、耐食性を更に向上させることが可能となる。上記モル比は、より好ましくは0.15以上であり、更に好ましくは0.20以上である。一方、かかるモル比を0.30以下とすることで、耐食性を高める共析晶組成とすることが可能となる。上記モル比は、より好ましくは0.33以下であり、更に好ましくは0.31以下である。
【0044】
なお、先だって説明した酸成分Aに対する金属成分Bの存在比(金属成分B/酸性分A)を考慮する際、塗膜30が上記のMg又はSrの少なくとも何れかの元素を含む金属又は金属化合物を含有していたとしても、これら金属又は金属化合物は、金属成分Bに含めずに取り扱うものとする。
【0045】
≪有機樹脂成分C≫
本実施形態に係る塗膜30は、有機樹脂成分Cとして、ウレタン樹脂を含有する。ウレタン樹脂は、めっき鋼板10における母材鋼板101、ビード部20、ビード部20に隣接するめっき消失部105、及び、ビード部20周辺のめっき層103の表面等と良好な密着性を有し、基材となる鋼材の耐食性を長期にわたって高めることが可能となる。
【0046】
また、本実施形態に係る塗膜30では、有機樹脂成分Cとして、上記のウレタン樹脂以外に、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂等の有機樹脂を含有していてもよい。
【0047】
塗膜30において、上記有機樹脂成分Cの含有量は、塗膜30の全質量に対して、50質量%以上であることが好ましい。有機樹脂成分Cの含有量を50質量%以上とすることで、上記のような酸成分A及び金属成分Bをより確実に保持することが可能となる。有機樹脂成分Cの含有量は、より好ましくは55質量%以上である。一方、有機樹脂成分Cの含有量は、塗膜30の全質量に対して、80質量%以下であることが好ましい。有機樹脂成分Cの含有量80質量%以下とすることで、塗膜の遮蔽性と溶出成分による防食性の適切な性能バランスが得られ、耐食性をより高めることが可能となる。有機樹脂成分Cの含有量は、より好ましくは65質量%以下である。
【0048】
塗膜30において、有機樹脂成分Cに占めるウレタン樹脂の濃度は、有機樹脂成分Cの全質量に対して、50質量%以上であることが好ましい。有機樹脂成分Cに占めるウレタン樹脂の濃度を50質量%以上とすることで、上記のような長期にわたる耐食性の保持効果を、より確実に発現させることが可能となる。有機樹脂成分Cに占めるウレタン樹脂の濃度は、より好ましくは50質量%以上である。一方、有機樹脂成分Cに占めるウレタン樹脂の濃度は、特に限定されるものではなく、100質量%であってもよい。
【0049】
本実施形態に係る塗膜30において、有機樹脂成分C 1gに対する、上記酸成分Aと上記金属成分Bの合計量(合計モル量)の比率(酸成分Aと金属成分Bの合計モル量/有機樹脂成分C 1g)は、0.010~0.025mol/gであることが好ましい。かかる比率が0.010mol/gより小さい場合には、腐食環境における塗膜30からの酸性分A及び金属成分Bの溶出量が少なくなる可能性がある。その結果、ビード部20、めっき消失部105、及び、ビード部20周辺のめっき層103の表面における耐食性向上効果が、十分に認められない可能性がある。かかる比率を0.010mol/g以上とすることで、腐食環境における塗膜30からの酸性分A及び金属成分Bの溶出量をより確実に適切な状態とすることが可能となり、上記のような耐食性向上効果をより確実に発現させることが可能となる。一方、かかる比率が0.025mol/gより大きい場合には、腐食環境における塗膜30からの溶出成分量が多くなり過ぎる結果、塗膜30がポーラス(多孔質状態)になり、塗膜の遮蔽性が低下する可能性がある。その結果、耐食性向上効果が得られにくくなる可能性がある。かかる比率を0.025mol/g以下とすることで、腐食環境における塗膜30からの酸性分A及び金属成分Bの溶出量をより確実に適切な状態とすることが可能となり、上記のような耐食性向上効果をより確実に発現させることが可能となる。かかる比率は、より好ましくは0.020mol/g以下である。
【0050】
≪Fe≫
塗膜30中に含有されるFeは、ビード部20の酸化被膜やビード部20を形成する溶接金属の成分、ビード部20に隣接するめっき消失部105に形成される酸化被膜や基材である鋼材の成分が、塗膜形成時に溶解、拡散したことによって、塗膜30に取り込まれたものである。従って、ビード部20近傍における塗膜30中のFe濃度が、ビード部20の酸化被膜の溶解除去の程度を示すものであり、酸化被膜の除去により確保される塗膜30の耐食性の指標となる。このビード部20近傍における塗膜30中のFe濃度とビード部20上に形成された塗膜30の耐食性との関係を調査することで、塗膜30の耐食性や密着性を確保するのに必要な塗膜30中のFe濃度を見出した。
【0051】
なお、ビード部20は、通常の鋼材よりも酸化被膜が厚く、塗膜密着性が低い傾向にある。以下で詳述するような塗膜30を形成するための処理液は、pHが低い上に、乾燥過程で更に低pH化することで、強酸性になると考えられる。以下に示すように、ビード部20の近傍における塗膜30中のFe濃度が高いという事実から、処理液は、乾燥過程でビード部20の酸化被膜を溶解し、酸化被膜を塗膜30内に取り込んでいると示唆される。そのため、塗膜30は、密着性を損なうことなく、ビード部20に対して優れた耐食性向上に寄与すると考えられる。
【0052】
[塗膜厚み方向でのFe濃度]
具体的には、塗膜30の厚み方向の所定の位置において、塗膜30の主要成分を構成する元素であるP、N、Ca、Zn、Mn、Cの原子濃度(atm%)と、Feの原子濃度(atm%)とを測定し、そのatm%比率と塗膜30の性能について調査を行った。その結果、Fe濃度を管理すべき塗膜30中の位置と、その濃度範囲を見出した。
【0053】
より詳細には、図2に模式的に示したように、ビード部20上に位置する塗膜30において、ビード部20側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置(図2における位置A)に着目する。なお、図2は、ビード部20上に位置する塗膜30の一部を、拡大して模式的に示したものである。本実施形態に係る塗膜30は、かかる位置Aにおいて、塗膜30中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5~20atm%の範囲内となっている。かかる状態が実現されていることで、ビード部20の酸化被膜が適切な量だけ溶解除去され、塗膜30に求められる、十分な耐食性が実現されることとなる。上記のような位置Aにおける元素Feの比率は、好ましくは10~20atm%の範囲内である。
【0054】
なお、後述するように、本発明に係る塗膜は、ビード部に存在する酸化被膜を除去した後に形成したものであっても、優れた耐食性を発現する。酸化被膜を除去した後であっても、ビード部からのFe溶出は発生する。そのため、酸化被膜を除去した後に塗膜を形成した場合であっても、上述のようなFe濃度とすることで、塗膜の耐食性やその他性能は実現される。
【0055】
ここで、塗膜形成に伴う過剰なFeの溶解は、塗膜30の性能に悪影響を及ぼす可能性がある。このような過剰なFeの溶解を確認するための指標として、ビード部20上に位置する塗膜30において、塗膜30の表層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置(図2における位置B)での元素Feの存在状態に着目する。かかる位置Bにおいて、塗膜30中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率が1~5atm%の範囲内であれば、塗膜形成に伴う過剰なFeの溶解が生じておらずに、塗膜30の性能が所望の状態に保持されていると判断することができる。従って、ビード部20上における塗膜30について、位置Bにおける塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Feの比率は、5atm%以下であることが好ましい。上記のような位置Bにおける元素Feの比率は、好ましくは3atm%以下である。なお、位置Bにおける元素Feの比率の下限値は、特に規定するものではなく、小さければ小さいほど良い。
【0056】
なお、上記位置A及び位置Bにおける元素Feの比率は、以下のようにして測定する。すなわち、着目する鋼部材1の一部を樹脂で埋め込み、機械研磨して断面を露出させて、分析面とする。得られた分析面を走査型電子顕微鏡により断面観察し、ビード部20上に塗膜30が形成されている部位を特定する。かかる特定部位の任意の箇所において、ビード部20と塗膜30との界面の位置を特定する。その後、図2に示したような位置A(界面から塗膜厚み方向に3μmの位置)及び位置B(塗膜30の表層から塗膜厚み方向に3μmの位置)について、SEM-EDXを用いて、P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの定量分析を実施し、各元素の存在量(atm%)と、元素Feの比率と、を特定する。このような測定を、複数の断面箇所(例えば、10箇所)で実施し、各測定箇所で得られた測定値を測定箇所数で平均する。このようにして得られた平均値を、図2に示したような位置A、位置Bにおける元素Feの比率とする。
【0057】
[塗膜厚み方向でのZn濃度]
めっき層103上に形成された塗膜30には、めっき層の主成分となる金属の溶解、拡散に由来する、金属元素の上昇が認められる。例えば、めっき層103として、亜鉛系めっき層を設けた場合には、めっきの主成分であるZnの溶解、拡散に由来する、元素Znの濃度上昇が認められるようになる。この際、めっき層103が亜鉛系めっき層である場合には、めっき層から拡散してくるZnにより、耐食性の更なる向上を図ることが可能となる。この点について、以下に、詳細に説明する。
【0058】
Znは、金属成分Bに含まれる元素であり、塗膜30の主要成分である。ここで、元素Znの濃度上昇についても適切に制御することで、更なる耐食性の向上効果が期待できる。特に、塗膜30を形成するための処理液中でのZn濃度については、処理液の安定性から上限がある。そのため、めっき層103からの溶解Znは、処理液の安定性を損なうことなく、耐食性の更なる向上を実現できるという利点がある。
【0059】
上記のようなめっき層103からのZnの拡散について考慮するために、本実施形態では、図3に模式的に示したように、めっき層103上に位置する塗膜20において、めっき層103側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置(図3における位置C)に着目する。なお、図3は、めっき層103上に位置する塗膜30の一部を、拡大して模式的に示したものである。
【0060】
本実施形態に係る塗膜30は、かかる位置Cにおいて、塗膜30中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Znの比率は、5~25atm%の範囲内となることが好ましい。かかる状態が実現されていることで、更なる耐食性の向上効果を実現できるだけのZnがめっき層103から拡散されて、更なる耐食性の向上を図ることができる。上記のような位置Cにおける元素Znの比率は、好ましくは10~25atm%の範囲内である。
【0061】
なお、めっき層103に由来するZnの過剰な溶解は、必要以上にめっき層を損耗させ、溶接部位周辺における亜鉛系めっきによる耐食性能向上効果を阻害する可能性がある。このような過剰なZnの溶解を確認するための指標として、めっき層103上に位置する塗膜30において、塗膜30の表層側の界面から塗膜厚み方向に3μmの位置(図3における位置D)での元素Znの存在状態に着目する。かかる位置Dにおいて、塗膜30中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Znの比率が2~7atm%の範囲内であれば、めっき層103に由来する過剰なZnの溶解が生じておらずに、塗膜30の性能が所望の状態に保持されていると判断することができる。従って、めっき層103上における塗膜30について、位置Dにおける塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Znの比率は、7atm%以下であることが好ましい。なお、位置Dにおける元素Znの比率の下限値は、特に規定するものではなく、小さければ小さいほど良い。
【0062】
なお、上記位置C及び位置Dにおける元素Znの比率は、以下のようにして測定する。すなわち、着目する鋼部材1の一部を樹脂で埋め込み、機械研磨して断面を露出させて、分析面とする。得られた分析面を走査型電子顕微鏡により断面観察し、めっき層103上に塗膜30が形成されている部位を特定する。かかる特定部位の任意の箇所において、めっき層103と塗膜30との界面の位置を特定する。その後、図3に示したような位置C(界面から塗膜厚み方向に3μmの位置)及び位置D(塗膜30の表層から塗膜厚み方向に3μmの位置)について、SEM-EDXを用いて、P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの定量分析を実施し、各元素の存在量(atm%)と、元素Znの比率と、を特定する。このような測定を、複数の断面箇所(例えば、10箇所)で実施し、各測定箇所で得られた測定値を測定箇所数で平均する。このようにして得られた平均値を、図3に示したような位置C、位置Dにおける元素Znの比率とする。
【0063】
以上、図1図3を参照しながら、本実施形態に係る鋼部材1について、詳細に説明した。
【0064】
(処理液について)
続いて、以下では、上記のような塗膜30を形成するために用いられる処理液について、詳細に説明する。
【0065】
本実施形態に係る処理液は、酸性イオンとしての硝酸イオンと、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される少なくとも1種類の金属原子又は金属イオンと、ウレタン樹脂と、を含有する。
【0066】
<酸性イオン>
また、本実施形態に係る処理液は、酸性イオンとして、更にリン酸イオンを含有してもよい。処理液が更にリン酸イオンを含有することで、処理液が塗布される鋼材の耐食性をより向上させることが可能となる。なお、かかる「リン酸イオン」との表記には、処理液中で解離してリン酸イオンを生ずるようなリン酸化合物も含むものとする。
【0067】
上記リン酸及びリン酸化合物は、オルトリン酸などの通常のリン酸であってもよいし、ピロリン酸などの複合リン酸であってもよい。リン酸化合物において、リン酸イオンの対イオンとなる陽イオンの例には、水素イオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、アンモニウムイオン、マンガンイオン、アルミニウムイオン、チタニウムイオン、ジルコニウムイオン、ハフニウムイオン、及び、亜鉛イオン等が含まれる。
【0068】
<金属原子・金属イオン>
本実施形態に係る処理液は、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される少なくとも1種類の金属原子又は金属イオンを含有する。
【0069】
上記金属原子は、例えば、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩等として、上記処理液に添加される。上記金属原子は、通常、処理液中で解離してイオン化するが、その一部が塩のまま処理液中に含まれていてもよい。
【0070】
ここで、Ca、Mnに対するZnの含有量を調整することで、鋼材の耐食性をより向上させることが可能である。具体的には、金属Ca、金属Mnとこれらイオンの合計含有量に対する、金属Zn又はZnイオンの含有量の比{Zn/(Ca+Mn)}を、モル比で0.25以上0.45以下とすることが好ましい。上記モル比を0.25以上とすることで、Znによる耐食性の向上効果をより顕著なものとすることができる。一方、上記モル比を0.45以下とすることで、塗膜の形成不良をより確実に防止することが可能となる。上記モル比は、より好ましくは0.40以下であり、更に好ましくは0.35以下である。
【0071】
上記のような金属原子又は金属イオンの比率は、上記酸性イオンに対し、モル比で0.25~0.45(金属イオン量/酸性イオン量)である。上記金属原子又は金属イオンは、鋼材から溶出してきた金属イオンと共析出することで、鋼部材を保護して防食すると考えられる。かかる金属原子又は金属イオンが多く存在することで、耐食性の向上効果をより発揮させることが可能である。かかる観点から、上記金属原子又は金属イオンの比率は、上記酸性イオンに対し、モル比で0.25以上とする。なお、上記金属原子又は金属イオンが過剰になることで処理液の安定性が低下し、処理液の保管や取り扱いが困難になる傾向にある。かかる観点から、上記のような金属原子又は金属イオンの比率は、上記酸性イオンに対し0.45以下とする。金属原子又は金属イオンの比率は、上記酸性イオンに対し、好ましくは0.40以下であり、より好ましくは0.35以下である。
【0072】
また、本実施形態に係る処理液は、上記Ca、Mn、Znの少なくとも何れか1種類の金属原子又は金属イオンに加えて、更に、Mg及びSrからなる群から選択される少なくとも1種類の金属原子又は金属イオンを含有してもよい。Mg及びSrからなる群から選択される少なくとも1種類の金属原子についても、通常、処理液中で解離してイオン化している。
【0073】
ここで、かかるMg又はSrの少なくとも何れか1種類の金属原子又は金属イオンの含有量は、Ca、Zn及びMnからなる群より選択される少なくとも1種類の金属原子又は金属イオンの含有量に対し、モル比で0.10~0.30とすることが好ましい。かかるモル比を0.10~0.30とすることで、Ca、Zn及びMnとリン酸イオンとの共析晶が生成され、より耐食性を向上させることが可能となる。上記モル比は、より好ましくは0.15~0.30であり、更に好ましくは0.20~0.30である。
【0074】
上記のような硝酸イオン、リン酸イオンなどの酸性イオン、Ca、Zn、Mnの金属原子又は金属イオン、更には、Mg、Srの金属原子又は金属イオンは、処理液の塗布、乾燥が施された鋼材の表面と反応したり、めっき鋼材由来の金属イオンと塩形成したり共析出したりすることで、防食皮膜を形成して耐食性を向上させる。また、雨等で、処理液が塗布された部位である補修部が水に覆われた際に、塗膜中から酸成分A及び金属成分Bが溶出することでインヒビターとして作用し、鋼部材の耐食性を向上させる。
【0075】
<ウレタン樹脂>
処理液に含有されるウレタン樹脂は、処理液の塗布及び乾燥により形成される塗膜の膜構造を主に構成する。かかるウレタン樹脂は、ある一種類のものを用いてもよいし、複数種類を用いてもよい。
【0076】
本実施形態に係る処理液は、上記ウレタン樹脂として、ノニオン性のウレタン樹脂、又は、カチオン性のウレタン樹脂を含有することが好ましい。上記ノニオン性のウレタン樹脂又はカチオン性のウレタン樹脂は、ビード部、ビード部に隣接するめっき消失部、及び、ビード部周辺のめっき層等の鋼材を、より確実に腐食因子から遮蔽し、耐食性をより長期に渡って向上させる。また、上記ノニオン性のウレタン樹脂又はカチオン性のウレタン樹脂は、リン酸イオン又は金属イオンとの混和安定性が高いため、上記処理液の保存性及び処理性をより向上させることができる。
【0077】
上記カチオン性のウレタン樹脂は、塗膜の製造の容易さ、及び、安全性の観点から、水溶性又は水分散性のウレタン樹脂であることが好ましく、水分散性のウレタン樹脂であることがより好ましい。
【0078】
また、上記カチオン性のウレタン樹脂は、ポリオキシエチレン基及びポリオキシプロピレン基等のポリオキシアルキレン基を有するウレタン樹脂であることが好ましい。上記ポリオキシアルキレン基は、処理液の展延性をより高めやすい。このようなカチオン性のウレタン樹脂は、以下で説明するような有機ポリイソシアネート化合物と、上記ポリオキシアルキレン基を有するポリオール化合物と、上記ポリオキシアルキレン基を有さないポリオール化合物と、を反応させて合成してもよい。また、このようなカチオン性のウレタン樹脂は、ポリエーテルアルコールとイソシアヌレートとを反応させ、その後にポリオール化合物と反応させて合成してもよい。
【0079】
上記有機ポリイソシアネート化合物には、脂肪族ジイソシアネート、脂環族ジイソシアネート、及び、芳香族ジイソシアネートが含まれる。脂肪族ジイソシアネートとしては、例えば、テトラメチレンジイソシアネート、1,6-ヘキサメチレンジイソシアネート、ドデカメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート等を挙げることができる。脂環族ジイソシアネートとしては、例えば、シクロヘキサンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ノルボルナンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、テトラメチルキシリレンジイソシアネート等を挙げることができる。芳香族ジイソシアネートとしては、例えば、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート等を挙げることができる。
【0080】
なお、上記イソシアヌレートは、上記各種ジイソシアネートのイソシアヌレート三量化物であることが好ましく、脂肪族ジイソシアネート類のイソシアヌレート三量化物であることがより好ましい。
【0081】
上記ポリオール化合物には、ポリオレフィンポリオールが含まれる。ポリオレフィンポリオールとしては、例えば、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール、ポリアセタールポリオール、ポリアクリレートポリオール、ポリブタジエンポリオール等を挙げることができる。
【0082】
上記ポリエーテルアルコールとしては、例えば、炭素数1以上18以下のアルコール及び炭素数1以上18以下のアルキレングリコールのモノアルキルエーテルの、アルキレンオキサイド付加物が含まれる。
【0083】
<ウレタン樹脂以外の有機樹脂>
また、本実施形態に係る処理液では、上記ウレタン樹脂以外に、更に別の有機樹脂を含有してもよい。ウレタン樹脂以外の有機樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂等を挙げることができる。上記ウレタン樹脂以外の有機樹脂の含有量は、上記ウレタン樹脂の性能に悪影響及ぼさない範囲であれれば特に規定されるものではない。ただし、ウレタン樹脂の性能を効果的に発現させるためには、ウレタン樹脂以外の有機樹脂の含有量は、ウレタン樹脂に対する質量%で、50%以下であることが好ましい。
【0084】
<有機樹脂の含有量>
上記処理液における上記有機樹脂の含有量は、上記処理液の固形分の全質量に対して、10質量%以上であることが好ましい。かかる範囲内であれば、形成される塗膜に十分な量の有機樹脂を含有させて、形成される塗膜に腐食因子からの遮蔽性を付与でき、耐食性の向上効果を十分に発揮させることができる。かかる観点から、上記有機樹脂の含有量は、15質量%以上であることがより好ましく、20質量%以上であることが更に好ましい。なお、上記有機樹脂の含有量の上限は、特に規定されるものではない。ただし、上記処理液の塗布性を良好にするという観点からは、有機樹脂の含有量は、80質量%以下であることが好ましい。好ましくは、上記ノニオン性のウレタン樹脂又はカチオン性のウレタン樹脂の含有量が上記範囲である。
【0085】
<溶媒>
上記処理液の溶媒は、塗膜の製造時における防爆性の観点から、水性媒体であることが好ましい。上記処理液の調製時には、上記有機樹脂の配合に、有機樹脂の水系エマルションや水溶性処理溶液を好適に用いることができる。このような水性の組成物は、引火点を有しない。そのため、水性組成物を上記処理液の材料に用いることは、防爆設備のない乾燥設備であっても塗膜の製造を可能とすることから、好ましい。
【0086】
上記水性媒体は、水を主成分とする液媒であり、例えば、水や水と水溶性有機溶剤との混合液などである。かかる溶媒の含有量は、処理液の塗布に適当な上述の固形分の濃度の範囲において、適宜決定することが可能である。
【0087】
<処理液の液性(pH)>
本実施形態において、上記処理液のpHは、1.0~3.0の範囲内とする。pHが1未満である場合には、処理液の安定性確保が困難となる。pHを1.0以上とすることで、処理液の安定性を確保しつつ、ビード部の酸化被膜を適切に溶解させることが可能となる。これにより、補修処理に先立つビード部上の酸化被膜の検索除去処理が不要となり、処理液を用いた補修処理の利便性を、より向上させることができる。処理液のpHは、好ましくは1.5以上であり、より好ましくは2.0以上である。一方、処理液のpHが3を超える場合には、ビード部の酸化被膜の溶解が不十分となる結果、ビード部の耐食性を担保することが困難となる。処理液のpHを3.0以下とすることで、ビード部の酸化被膜を適切に溶解させて、ビード部の耐食性を担保することが可能となる。処理液のpHは、好ましくは2.5以下である。
【0088】
このような酸性の処理液において、特にカチオン性のウレタン樹脂は、安定であって処理液をゲル化させにくく、上記処理液の保存性及び塗布性を、より向上させることができる。かかる観点からも、ウレタン樹脂として、カチオン性のウレタン樹脂を用いることがより好ましい。
【0089】
<その他の成分>
上記処理液は、上記の成分に加えて、本発明の効果を損なわない範囲で、例えば、バルブメタル化合物、レオロジーコントロール剤、エッチング剤、無機化合物、潤滑剤等を更に含有してもよい。
【0090】
上記バルブメタル化合物は、塗膜に自己修復性を付与し、塗膜の耐食性の更なる向上に寄与する。上記のバルブメタルには、例えば、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、Wが含まれる。バルブメタル化合物は、バルブメタルの酸化物、水酸化物及びフッ化物を含む、バルブメタルの塩であればよい。なお、上述した金属原子又は金属イオンの含有量には、これらバルブメタル又はそのイオンの含有量は含まれない。
【0091】
上記レオロジーコントロール剤は、例えば、上記処理液中での固形分の沈降を防止し、当該固形分の分散性の向上に寄与する。上記レオロジーコントロール剤として、例えば、ウレタン、アクリル、ポリオレフィン、アマイド、アニオン系活性剤、ノニオン系活性剤、ポリカルボン酸、セルロース、メトローズ、ウレア等を挙げることができる。
【0092】
上記エッチング剤は、上記鋼材の表面を活性化し、塗膜の鋼材への密着性の向上に寄与する。エッチング剤には、例えば、フッ化物が含まれる。上記無機化合物は、塗膜を更に緻密化して、塗膜の耐水性の向上に寄与する。無機化合物としては、例えば、V、W、Mn、Ni、B、Si及びSnの酸化物、並びに、これら元素の硝酸塩及びリン酸塩を挙げることができる。上記潤滑剤は、塗膜の潤滑性を高める。上記潤滑剤として、例えば、二硫化モリブデンやタルク等の無機潤滑剤を挙げることができる。
【0093】
以上説明したような処理液は、鋼部材におけるビード部、ビード部に隣接するめっき消失部、及び、めっき層等の表面に塗布し、乾燥させることで、これら部位上に塗膜を形成させる。このとき、上記有機樹脂を含有しない上記処理液により皮膜を形成し、その後、上述した有機樹脂を含有する処理液により上記皮膜を被覆することで塗膜を形成してもよいし、上記有機樹脂を含有する上記処理液により、上記酸性イオン及び金属イオンを含有する塗膜を形成してもよい。
【0094】
以上、本実施形態に係る処理液について、詳細に説明した。
【0095】
(鋼部材の製造方法、溶接部補修方法について)
本実施形態に係る鋼部材の製造方法では、先だって説明したようなめっき層を有する鋼材をアーク溶接をはじめとする各種の溶接方法により接合した後、溶接により形成されたビード部上の酸化被膜を事前に除去することなく、先だって説明したような処理液を、ビード部の表面、ビード部に隣接するめっき消失部の表面、及び、めっき消失部周辺のめっき層の表面に塗布、乾燥する。これにより、ビード部の表面、ビード部に隣接するめっき消失部の表面、及び、めっき消失部周辺のめっき層の表面に対し、先だって説明したような塗膜を形成する。上記のような工程を経ることで、本実施形態に係る鋼部材を製造することができる。
【0096】
上記処理液は、刷毛塗り、スプレー法等の公知の塗布方法によって、所望の部位に塗布することができる。塗布された処理液の乾燥は、常温で行うことが可能である。ただし、生産性(連続操業)の観点から、処理液の乾燥は50℃以上で行うことが好ましく、100℃以上で行うことがより好ましい。この乾燥温度は、上記処理液中の成分の熱分解を防止する観点から、300℃以下であることが好ましい。
【0097】
これまで述べたように、本実施形態に係る処理液は、アーク溶接等によるビード部を有する鋼部材の製造に用いられるものであるが、めっきを有する鋼材の溶接部の補修にも適用が可能である。具体的には、めっき層を有する鋼材を溶接により接合した後、接部に形成された酸化被膜を除去することなく、上記処理液を溶接部及びその周辺の損傷部や健全なめっき部を含むように塗布、乾燥し塗膜を形成すればよい。これにより、鋼材に存在する溶接部を、適切に補修することができる。
【0098】
ここで、処理液の塗布は、刷毛塗り、スプレー法等の公知の塗布方法によって、所望の部位に塗布することができる。また、乾燥は、常温で行うことが可能であるが、生産性(連続操業)の観点から、50℃以上で行うことが好ましく、100℃以上で行うことがより好ましい。この乾燥温度は、上記処理液中の成分の熱分解を防止する観点から、300℃以下であることが好ましい。
【0099】
以上、本実施形態に係る鋼部材の製造方法、及び、溶接部補修方法について説明した。
【実施例0100】
以下、実施例を参照して本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0101】
[めっき鋼板の作製]
冷間圧延鋼板(SPCC)に対し、溶融Zn-19質量%Al-6質量%Mg-0.2質量%Si合金めっき(以下、「鋼板種A」とする。)、溶融Zn-6質量%Al-3質量%Mg合金めっき(以下、「鋼板種B」とする。)、又は、溶融Znめっき(以下、「鋼板種C」とする。)を施して、各種組成のめっき鋼板を用意した。めっき鋼板の板厚は、4.5mmであり、片面のめっき付着量は、それぞれ90g/mとした。
【0102】
上記めっき鋼板を幅50mm、長さ100mmに切り出し、めっき面に長手方向で70mmのアーク溶接を施した。溶接ワイヤには軟鋼用ソリッドワイヤYM-28を用い、溶接時のシールドガスはCOガスを用いて、200Aの電流をかけて溶接した。
【0103】
[処理液の調製]
以下の表1に示した材料を配合して、塗膜形成用の処理液とした。
【0104】
金属成分のCaとしては硝酸Ca、Znとしては硝酸Zn、Mnとしては硝酸Mn、Mgとしては硝酸Mg、Srとしては硝酸Srを用いて、所定の濃度となるよう処理液に配合した。また、酸成分のPO 2-としては85%リン酸を用い、NO3-としては69%硝酸を用いて、所定の濃度となるよう処理液に配合した。
【0105】
有機樹脂としては、ノニオン性のウレタン樹脂として、DIC社製のハイドランAPX-601を、カチオン性のウレタン樹脂として、第一工業製薬社製のスーパーフレックス650を、ポリフェノール系樹脂として、富士フイルム和光純薬性のタンニン酸を用いた。
【0106】
また、調整した処理液のpHは、硝酸の添加により2.0に調整した。処理液のpHは、堀場社製pHメーターF-71より測定した。
【0107】
以下の表1に、処理液1~処理液38に添加した酸成分、金属成分及び有機樹脂の種類とその濃度、金属量/酸性イオン量、並びに、各処理液のpHを示した。
【0108】
【表1】
【0109】
上記めっき鋼板のビード部、めっき消失部、及び、ビード部周辺のめっき層に対し、表面の酸化被膜を除去せずに、所定の膜厚となるように表1の処理液1~処理液38を刷毛塗りで塗布し、常温で乾燥させて、これを試験片とした。また、溶融Zn-19質量%Al-6質量%Mg-0.2質量%Si合金めっき鋼板のビード部に対し、ジンクリッチペイント(ローバル、ロ-バル株式会社製)を膜厚50μmとなるよう刷毛塗り塗布し、比較材として用いた。
【0110】
上記処理液を塗布・乾燥させた試験材を樹脂で埋め込み、機械研磨して断面を分析面とした。断面像から塗膜の厚みを測定した。また、ビード部上の塗膜の任意の個所(ビード中心点)の塗膜厚み方向でビード部側から3μmの位置(図2における位置A)と、塗膜の表層側から3μmの位置(図2における位置B)について、それぞれP、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの定量分析を行った。更に、めっき層表面上の塗膜の任意の個所(めっき消失部と塗膜端の中間部)の塗膜厚み方向でめっき層側から3μmの位置(図3における位置C)と、塗膜の表層側から3μmの位置(図3における位置D)について、それぞれP、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの定量分析を行った。定量分析では、SEM-EDX(株式会社日立ハイテクノロジーズ製走査電子顕微鏡「SU6600形」)を用いて、各atm%比率を確認した。SEM-EDXによる分析は、加速電圧:15KV、エミッション電流:90μA、ビーム径:20nmの条件で行った。
【0111】
[耐食性の評価]
幅50mm、長さ100mmに切り出し、めっき面に長手方向で70mmのアーク溶接を施した試験片に対し、促進腐食試験CCT-JASOを実施し、ビード部、めっき消失部に発生した赤錆面積率が5%を超える時点のCCT-JASOサイクル(5mass%塩水噴霧(35℃、2h)→乾燥(60℃、4h)→湿潤(50℃,95%RH以上、2h))を計測し、試験材の耐食性を調査した。評価基準は、以下の通りである。
評価A 赤錆発生面積率5%超えは150サイクル以上だった
評価B 赤錆発生面積率5%超えは150サイクル以上だった
評価C 赤錆発生面積率5%超えは90サイクル以上だった
評価D 赤錆発生面積率5%超えは90サイクル未満だった
【0112】
塗膜の形成に用いた処理液の種類、めっき種、ビード部上の塗膜厚み方向でビード部側から3μmの位置(図2における位置A)と塗膜の表層側から3μmの位置(図2における位置B)の塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feに対する元素Feのatm%比率、ビード周辺のめっき層上の塗膜厚み方向でめっき側から3μmの位置(図3における位置C)と塗膜の表層側から3μmの位置(図3における位置D)の塗膜中の元素P、N、Ca、Zn、Mn、C、Feの合計に対する元素Znのatm%比率、及び、各鋼材の耐食性評価結果を、以下の表2に示した。
【0113】
なお、本実験では、耐食性評価が「C」以上であったものを、実用性のある耐食性が認められたとして、合格とした。
【0114】
【表2】
【0115】
上記表2から明らかなように、本発明の実施例に対応する例は、優れた耐食性を示す一方で、本発明の比較例に対応する例では、耐食性に劣ることがわかる。
【0116】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0117】
めっき鋼材の溶接部における耐食性をより高めることができ、場所を選ばず簡便に溶接部を補修可能な処理液は、成形加工等による溶接で基材鋼板が露出しためっき鋼材の耐食性を、より高めることができる。例えば、本発明に係る鋼部材は、1)ビニールハウス又は農業ハウス用の鋼管、形鋼、支柱、梁、搬送用部材、2)遮音壁、防音壁、吸音壁、防雪壁、ガードレール、高欄、防護柵、支柱、3)鉄道車両用部材、架線用部材、電気設備用部材、安全環境用部材、構造用部材、太陽光架台などの用途に使用する鋼材に好適に使用されうる。
【符号の説明】
【0118】
1 鋼部材
10 めっき鋼板
20 ビード部(溶接金属)
30 塗膜
101 母材鋼板
103 めっき層
105 めっき消失部

図1
図2
図3