(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023039582
(43)【公開日】2023-03-22
(54)【発明の名称】金属ガスケット及びその製造方法、並びに燃料電池用の金属セパレータ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/028 20160101AFI20230314BHJP
H01M 8/0206 20160101ALI20230314BHJP
H01M 8/0276 20160101ALI20230314BHJP
F16J 15/08 20060101ALI20230314BHJP
B21D 22/02 20060101ALI20230314BHJP
B21D 53/00 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
H01M8/028
H01M8/0206
H01M8/0276
F16J15/08 H
B21D22/02 B
B21D53/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021146769
(22)【出願日】2021-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179970
【弁理士】
【氏名又は名称】桐山 大
(74)【代理人】
【識別番号】100071205
【弁理士】
【氏名又は名称】野本 陽一
(72)【発明者】
【氏名】佐宗 秀寿
(72)【発明者】
【氏名】高尾 友紀
(72)【発明者】
【氏名】畑中 啓
【テーマコード(参考)】
3J040
4E137
5H126
【Fターム(参考)】
3J040BA07
3J040CA04
3J040EA07
3J040EA15
3J040EA17
3J040EA27
3J040EA46
3J040EA48
3J040FA01
3J040FA06
3J040HA01
3J040HA09
4E137AA02
4E137BA01
4E137BA02
4E137BA05
4E137BB01
4E137BC05
4E137CA09
4E137EA01
4E137GA01
4E137GA15
4E137GB10
5H126AA05
5H126AA12
5H126AA13
5H126BB06
5H126DD05
5H126GG02
5H126HH01
5H126HH02
5H126JJ00
5H126JJ08
(57)【要約】
【課題】ビードシール自体の形状を変更することなく、ビードシールを座屈しにくくすること。
【解決手段】平板形状を有する金属製のベースプレート31を用意し、ビードシール51の成型が可能な金型にセットする。金型を用いてプレス加工をすることで、断面円弧状に隆起するビードシール51がベースプレート31に成形された金属セパレータが製造される。ビードシール51の頂部側の領域Aには硬化処理が施されており、この頂部側の領域Aには根元側の領域Bよりも硬度を高められた硬化部54が設けられている。硬化部54は、ビードシール51の他の領域とは異なる組織構造、例えば変態点以上の加熱によって変化した金属組織構造MS1、あるいはビードシール51の他の領域と比較して結晶構造の乱れが多く発生している金属組織構造を有している。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板形状を有する金属製のベースプレートと、
断面円弧状に隆起した形状で前記ベースプレートに成形されたビードシールと、
を備え、
前記ビードシールは、根元側の領域よりも硬度を高められた硬化部を頂部側の領域に有している金属ガスケット。
【請求項2】
前記硬化部は、前記ビードシールの他の領域とは異なる金属組織構造を有している、
請求項1に記載の金属ガスケット。
【請求項3】
前記硬化部の金属組織構造は、変態点以上の加熱によって変化した組織構造である、
請求項2に記載の金属ガスケット。
【請求項4】
前記硬化部の金属組織構造は、前記ビードシールの他の領域と比較して結晶構造の乱れが多く発生している組織構造である、
請求項2に記載の金属ガスケット。
【請求項5】
前記硬化部は、前記ビードシールに固着している硬化被膜である、
請求項1に記載の金属ガスケット。
【請求項6】
平板形状を有する金属製のベースプレートを用意し、断面円弧状に隆起するビードシールを成型する金型にセットする工程と、
前記金型を用いたプレス加工によって、前記ベースプレートに前記ビードシールを成形する工程と、
前記ビードシール中、頂部側の領域にのみ硬化処理を施す工程と、
を備える金属ガスケットの製造方法。
【請求項7】
前記硬化処理は、焼き入れによって行なう、
請求項6に記載の金属ガスケットの製造方法。
【請求項8】
前記硬化処理は、前記ビードシール成型前の前記ベースプレートに対して行なう、
請求項6又は7に記載の金属ガスケットの製造方法。
【請求項9】
前記硬化処理は、成型後の前記ビードシールに対して行なう、
請求項6又は7に記載の金属ガスケットの製造方法。
【請求項10】
前記硬化処理は、
前記ビードシールの成形前に、前記ビードシールを成形する位置に予備のプレス加工を施すことによって行なう、
請求項6に記載の金属ガスケットの製造方法。
【請求項11】
前記予備のプレス加工は、
前記ベースプレートを前記金型にセットする第1のサブ工程と、
前記金型を用いたプレス加工によって、前記第1のサブ工程でセットした前記ベースプレートに予備形状を付与する第2のサブ工程と、
前記予備形状を平板状に戻すようにプレス加工する第3のサブ工程と、
を含む、
請求項10に記載の金属ガスケットの製造方法。
【請求項12】
前記予備のプレス加工は、
前記ビードシールとは反転した形状の予備形状を成型する第2の金型に前記ベースプレートをセットする第1のサブ工程と、
前記第2の金型を用いたプレス加工によって、前記第1のサブ工程でセットした前記ベースプレートに前記予備形状を付与する第2のサブ工程と、
を含み、
前記ビードシールは、前記予備形状が付与された前記ベースプレートに対する前記金型を用いたプレス加工によって成形される、
請求項10に記載の金属ガスケットの製造方法。
【請求項13】
膜/電極接合体に積層されて発電セルを構成する燃料電池用金属セパレータであって、
平板形状を有する金属製のベースプレートと、
断面円弧状に隆起した形状で前記ベースプレートに成形され、前記膜/電極接合体の外枠に接合して流体の漏れを阻止するビードシールと、
を備え、
前記ビードシールは、根元側の領域よりも硬度を高められた硬化部を頂部側の領域に有している燃料電池用の金属セパレータ。
【請求項14】
膜/電極接合体に接合されて発電セルを構成する燃料電池用の金属セパレータの製造方法であって、
平板形状を有する金属製のベースプレートを用意し、前記膜/電極接合体の外枠に接合して流体の漏れを阻止する断面円弧状に隆起したビードシールを前記ベースプレートに成型する金型にセットする工程と、
前記金型を用いたプレス加工によって、前記ベースプレートに前記ビードシールを成形する工程と、
前記ビードシール中、頂部側の領域にのみ硬化処理を施す工程と、
を備える燃料電池用の金属セパレータの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属ガスケット及びその製造方法、並びに燃料電池用の金属セパレータ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属ガスケットは、内燃機関や電子機器などの幅広い分野で広く普及しており、近年では燃料電池用の金属セパレータに設けるビードシールという形態での需要にも高まりをみせている。
【0003】
特に温室効果ガスによる地球温暖化は待ったなしの状況で、2030年代を目途としたガソリン車及びディーゼル車の新車販売禁止が世界的な潮流になっている中、急速給電が可能な燃料電池自動車(FCV)は、10年後には間違いなく自動車という乗り物の主流をなしているはずである。燃料電池のより一層の技術革新が期待される。
【0004】
反応ガスを電気化学反応させて発電する燃料電池のうち、自動車用として最適な固体高分子型のものは、電解質膜の両面にアノード電極(陽極)とカソード電極(陰極)とを配置した膜/電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)を主役に据え、これを一対のセパレータで挟み込んだ構造を備えている。一対のセパレータは、MEAのアノード電極とカソード電極との間に水素と酸素の流路を形成する。燃料電池はこれらの流路を利用し、アノード電極には水素、カソード電極には酸素を供給して、水の電気分解と逆の電気化学反応によって発電を行なう。
【0005】
MEAを一対のセパレータで挟み込んだ構造体はセル(単電池ともいう)と呼ばれ、燃料電池の一単位をなしている。燃料電池は複数のセルを積層した燃料電池スタックとして構成され、このようなスタック構造によって必要な電気エネルギーを獲得している。
【0006】
セパレータによく用いられているのは、ビードシールを一体にプレス成形した金属セパレータである(特許文献1-3参照)。ビードシールは、MEAや隣接するセルのセパレータと接することによって水素、酸素、冷却水という発電に必要な流体の流路を形成し、これらの流路をシールする役割を担っている。この種の金属セパレータはプレス成形されるために製造コストが安価であるばかりでなく、シール構造と流路構造とを兼ねることができるという利点も併せもっている。
【0007】
特許文献1~3は、MEA、MEAと金属セパレータとの積層構造、発電セルのスタック構造をつぎに示す箇所に開示している。
【0008】
(MEA)
特許文献1の段落[0040][
図1a]
特許文献2、3の段落[0018]-[0021][
図1]
【0009】
(MEAと金属セパレータとの積層構造)
特許文献1の[0049]-[0044][
図4]-[
図5ab]
特許文献2、3の段落[0018][0025]-[0033][
図1]-[
図4]
【0010】
(発電セルのスタック構造)
特許文献1の段落[0039][
図1a-c]
特許文献2、3の段落[0015][
図1]-[
図2]
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2006-504872号公報
【特許文献2】特開2021-015766号公報
【特許文献3】特開2021-034127号公報
【特許文献4】特開2016-094978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
金属セパレータには、軽量化のために金属薄板が用いられている。それでも燃料電池はスタック構造をなし、とりわけ自動車用では積層方向を上下方向にして配置されることが一般的であることから、下方に位置する発電セルほど大きな荷重を受ける。このため特許文献2、3にも記載されているように、ビードシールは、相手部材と接する部分が座屈してへこんでしまうことがある(文献2、3の段落[0006]参照)。
【0013】
とりわけ断面円弧状に隆起した形状のビードシールでは、最も高い面圧を発生するはずの頂部に座屈が発生してしまうと、頂部以外の部分に面圧が分散し、シールラインを途切れさせてしまう。シールラインの断絶は流体漏れの原因になるため、改善が必要である。
【0014】
この点特許文献2には、ビードシール(45、47)の頂部(50、60)を含む湾曲部(51、61)の両側にばね部(52、53、62、63)を設け、ばね部には湾曲部よりも柔らかいばね特性を持たせるようにした発明が記載されている。特許文献3には、ビードシール(45)の湾曲部(51)を一対の弾性支持部(52、53)で支持するようにした発明が記載されている。いずれも発明も、ビードシールに大きな力がかかったとき、頂部を含む湾曲部の両側のばね部(特許文献2)又は弾性支持部(特許文献3)を撓ませ、湾曲部に座屈が生じにくくなるようにしている。
【0015】
特許文献2、3に記載された発明は、断面円弧状に隆起した形状のビードシールを座屈しにくくしている。その一方でビードシール自体の形状を変更するため、金属セパレータをプレス加工するための金型の変更を必要とする。本発明の発明者等は、ビードシール自体の形状は変更せずに、ビードシールを座屈しにくくする手立てはないものか検討し、その研究開発を進めた。
【0016】
本開示の課題は、ビードシール自体の形状を変更することなく、ビードシールを座屈しにくくすることである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
金属ガスケットは、平板形状を有する金属製のベースプレートと、断面円弧状に隆起した形状で前記ベースプレートに成形されたビードシールとを備え、前記ビードシールは、根元側の領域よりも硬度を高められた硬化部を頂部側の領域に有している。
【0018】
金属ガスケットの製造方法は、平板形状を有する金属製のベースプレートを用意し、断面円弧状に隆起するビードシールを成型する金型にセットする工程と、前記金型を用いたプレス加工によって、前記ベースプレートに前記ビードシールを成形する工程と、前記ビードシール中、頂部側の領域にのみ硬化処理を施す工程とを備える。
【0019】
膜/電極接合体に積層されて発電セルを構成する燃料電池用金属セパレータであって、平板形状を有する金属製のベースプレートと、断面円弧状に隆起した形状で前記ベースプレートに成形され、前記膜/電極接合体の外枠に接合して流体の漏れを阻止するビードシールとを備え、前記ビードシールは、根元側の領域よりも硬度を高められた硬化部を頂部側の領域に有している。
【0020】
膜/電極接合体に接合されて発電セルを構成する燃料電池用の金属セパレータの製造方法であって、平板形状を有する金属製のベースプレートを用意し、前記膜/電極接合体の外枠に接合して流体の漏れを阻止する断面円弧状に隆起したビードシールを前記ベースプレートに成型する金型にセットする工程と、前記金型を用いたプレス加工によって、前記ベースプレートに前記ビードシールを成形する工程と、前記ビードシール中、頂部側の領域にのみ硬化処理を施す工程とを備える。
【発明の効果】
【0021】
ビードシール自体の形状を変更することなく、ビードシールの座屈を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本実施の形態の金属セパレータ(金属ガスケット)が用いられる発電セルの一例を分解して示す模式図。
【
図3】金属セパレータにおけるビードシールの使用態様を例示する垂直断面図。
【
図4】マニホールドをシールするビードシールを例示する斜視図。
【
図5】比較例として例示する金属セパレータのビードシールを示す垂直断面図。
【
図6】加圧された比較例のビードシールの面圧分布の状態を示す模式図。
【
図7】さらに加圧されて座屈した比較例のビードシールの面圧分布を示す模式図。
【
図8】第1の実施の形態のビードシールを示す垂直断面図。
【
図9】ビードシールの製造方法の一例として、その加工工程を(A)~(D)に示す垂直断面図。
【
図10】ビードシールの製造方法の別の一例として、その加工工程を(A)~(D)に示す垂直断面図。
【
図11】硬化処理を施すべき領域を例示するビードシールの垂直断面図。
【
図12】硬化処理の一例として、(A)はビードシールにレーザ照射している状態を、(B)はレーザ照射によって硬化した硬化部をそれぞれ概念的に示すビードシールの模式図。
【
図13】硬化処理の別の一例として、(A)はビードシールにレーザ照射している状態を、(B)はレーザ照射によって硬化した硬化部をそれぞれ概念的に示すビードシールの模式図。
【
図14】硬化処理のさらに別の一例として、(A)はビードシールにレーザ照射している状態を、(B)はレーザ照射によって硬化した硬化部をそれぞれ概念的に示すビードシールの模式図。
【
図15】硬化部の金属組織構造を拡大して示す模式図。
【
図16】FEM解析によるシミュレーションを説明するための模式図で、(A)はビードシールの耐座屈性を比較例と比較して求める模式図、(B)はビードシールの面圧を比較例と比較して求める模式図。
【
図17】座屈発生時のビードシールの高さを比較例と比較して示すグラフ。
【
図18】ビードシールの面圧を比較例と比較して示すグラフ。
【
図19】第2の実施の形態のビードシールを示す垂直断面図。
【
図20】金属セパレータの製造方法のさらに別の一例として、(A)~(F)はビードシールの加工工程を順に示す垂直断面図。
【
図21】金属セパレータの製造方法のさらに別の一例として、(A)~(E)はビードシールの加工工程を順に示す垂直断面図。
【
図22】
図20(A)~(F)、
図21(A)~(E)に示す製造方法によって金属セパレータに成形されたビードシールの垂直断面図。
【
図23】硬化部の金属組織構造を説明するための模式図で、(A)は刃状転位が生じている結晶構造、(B)はらせん転位が生じている結晶構造、(C)は格子欠損が生じている結晶構造をそれぞれ示す模式図。
【
図24】FEM解析によるシミュレーションを説明するための模式図で、(A)はビードシールの耐座屈性を比較例と比較して求める模式図、(B)はビードシールの面圧を比較例と比較して求める模式図。
【
図25】座屈発生時のビードシールの高さを比較例と比較して示すグラフ。
【
図26】ビードシールの面圧を比較例と比較して示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本実施の形態の金属ガスケットは、燃料電池用の金属セパレータに設けられたビードシールへの適用例である。このようなビードシール(金属ガスケット)及びその製造方法をつぎの項目に沿って説明する。
【0024】
1.燃料電池
2.ビードシールの座屈
3.第1の実施の形態
(1)ビードシールの構造
(2)ビードシールの製造方法
(2-1)方法1
(2-2)方法2
(3)硬化処理
(3-1)裏面照射
(3-2)表面照射
(3-3)両面照射
(4)比較例との比較
(5)作用効果
2.第2の実施の形態
(1)ビードシール
(2)作用効果
3.第3の実施の形態
(1)ビードシールの構造
(2)ビードシールの製造方法
(2-1)方法3
(2-2)方法4
(3)硬化処理
(4)比較例との比較
(5)作用効果
4.変形例
【0025】
1.燃料電池
図1に示すように、燃料電池1は、複数の発電セル2を積層したスタック構造を有している。発電セル2は、膜/電極接合体と呼ばれているMEA(Membrane Electrode Assembly)101を一対の燃料電池用の金属セパレータ11で挟んだ構造を有し、セルと呼ばれる燃料電池1の一単位をなす。燃料電池1は、何枚もの発電セル2を積層した燃料電池スタックによって構成されている。
【0026】
図2に示すように、MEA101は、電解質膜102の両面中央部分に電極103を設けた構造物である。電極103は、電解質膜102上に成膜された触媒層104と、触媒層104上に成膜されたガス拡散層(GDL)105との積層構造を有している。このような電極103は、電解質膜102の一面側をアノード電極103a(陽極)、その反対面側をカソード電極103b(陰極)として用いられる。
【0027】
図1に示すように、MEA101は、例えば樹脂製の外枠111に保持されている。外枠111は平板状の部材であり、中央部分にMEA101を保持している。
【0028】
図1及び
図2に示すように、燃料電池1用の金属セパレータ11は、例えば鋼板、ステンレス鋼板、アルミニウム板などの平板状の金属薄板をベースプレート31として備えている。
【0029】
金属セパレータ11のベースプレート31は、矩形の平面形状を備え、MEA101を配置するための配置領域12を設けている。配置領域12から外れた両端側の位置に三つずつ設けられている開口は、発電のために用いられたり、発電によって生じたりする流体を流通させるためのマニホールド13である。マニホールド13を流通させる流体は、燃料ガス(水素)、酸化ガス(酸素)、発電時の電気化学反応によって生成される水や余剰の酸化ガス、冷媒等である。
【0030】
金属セパレータ11に設けられたマニホールド13に位置を合わされて、外枠111にもマニホールド106が設けられている。これらのマニホールド106は、MEA101から外れた両端側の位置にそれぞれ三つ設けられた開口である。
【0031】
燃料電池1は、マニホールド13、106を利用して、MEA101の電解質膜102の一面と金属セパレータ11aとの間に燃料ガス(水素)を導き、電解質膜102の反対側の面と金属セパレータ11bとの間に酸化ガス(酸素)を導く。冷媒として用いられる冷却水は、二組の発電セル2の金属セパレータ11a、11bの間に導かれる。このとき燃料ガス、酸化ガス、及び冷却水は、一対の金属セパレータ11(11a,11b)によって形成されたそれぞれの流路(図示せず)を流れる。
【0032】
一対の金属セパレータ11は、金属ガスケットとしてのビードシール51を一体に成形している。
【0033】
ビードシール51は、MEA101を取り囲む内側のシールライン(図示せず)と、マニホールド13、106まで含んだ領域を取り囲む外側のシールライン(図示せず)とを有するシール構造を形成し、シールライン上でMEA101の外枠111に接合して流体(燃料ガス、酸化ガス、冷却水)の漏れを阻止する。
【0034】
図4に示すように、金属セパレータ11のビードシール51は、マニホールド13、106の周縁にもシール構造を提供している。
【0035】
上記シール構造は、燃料ガス及び余剰の燃料ガスの流路、酸化ガス及び発電時の電気化学反応により生成される水の流路、及び冷媒である冷却水の流路をそれぞれ独立させ、異なる種類の流体の混合を防止する。
【0036】
2.ビードシールの座屈
図5は、比較例のビードシール51Cを示している。このビードシール51Cは、本実施の形態のビードシール51と同一の材料を用いて同一の形状及び大きさに形成されている。符号52は、シール面53に設けられたシール層である。シール層52は、例えばゴムや樹脂などをコーティングしたり、あるいは接着したりしてシール面53に固定されている。本実施の形態のビードシール51にシール層52が設けられる場合、比較例のビードシール51Cにも同一のシール層52が設けられる。
【0037】
図6に示すように、ビードシール51Cは、既定の寸法D1を開けて相手部材O(MEA101、別のビードシール51など)に接しているときには加圧されて変形し、シールするのに十分な反力をもって相手部材Oに接触する。このときビードシール51Cのシール面53の面圧分布PDは、頂部を中心として対称形の正規分布を示す。
【0038】
これに対して
図7に示すように、相手部材Oとの間の間隔が狭まり、限界点を超えるとビードシール51Cは座屈する。このときの相手部材Oとの間の寸法をD2とする。座屈はビードシール51Cの頂部において生ずるため、座屈したビードシール51Cのシール面53では、頂部の面圧分布PDが抜けたようになり、頂部に隣接する部分の面圧分布PDが高まる。
【0039】
図6と
図7とを比較するとわかるように、ビードシール51Cに座屈が生ずると、その頂部に位置していたシールラインSLが両隣に分散し、シールラインSLの位置が変動する。これによって連続性が損なわれたシールラインSLに断続が生じ、シールしている流体に漏れを生じさせてしまう。
【0040】
3.第1の実施の形態
(1)ビードシールの構造
図8に示すように、本実施の形態のビードシール51は、比較例のビードシール51Cと同一の材料を用いて同一の形状及び大きさに形成されている。異なるのは、根元側の領域Bよりも硬度を高められた硬化部54を頂部側の領域Aに有していることである。
【0041】
図8では、一点鎖線Lによって、根元側の領域Bと頂部側の領域Aとの境界を明示している。一点鎖線Lよりも下側が根元側の領域B、上側が頂部側の領域Aである。もっとも一点鎖線Lの位置は、根元側の領域Bと頂部側の領域Aとの概念的な境界位置を視覚的に理解しやすいようにしているにすぎない。二つの領域の厳密な境界を規定しているわけではない。
【0042】
硬化部54は、変態点以上の加熱によって変化した金属組織構造MS1を有している。この金属組織構造MS1は、変態点以上に加熱される前の金属組織構造MS、換言すると、このような金属組織構造MS1をもたないビードシール51の他の領域の金属組織構造MSとは異なる組織構造をなしている。
【0043】
(2)ビードシールの製造方法
硬化部54を生成する硬化処理のタイミングが異なる二種類の方法を紹介する。
【0044】
(2-1)方法1
図9(A)に示すように、金属セパレータ11を生成するための平板状のベースプレート31を用意し、ビードシール51を成形する位置に予め硬化処理を施す。硬化処理については後述する。
【0045】
硬化処理を施したベースプレート31を金型201にセットする。金型201はプレス金型であり、下型211には、断面円弧状に隆起するビードシール51をベースプレート31に成型するためのダイ212が設けられている。上型231には、ダイ212との干渉を回避するようにした形状のキャビティ232が設けられ、キャビティ232の両側にパンチ233が設けられている。
【0046】
金型201の構造については、後述するすべての製造方法において同一である。後述する実施の形態では説明を省略する。
【0047】
図9(B)に示すように、下型211と上型231とを閉じてプレス加工を実行する。これによってビードシール51がベースプレート31に成形される。
【0048】
説明の便宜上、
図9(B)には一つのビードシール51しか示していないが、実際の製造時には、一枚の金属セパレータ11に必要とされるすべてのビードシール51が同時に成形される。マニホールド13に関しては、ビードシール51と同時にプレス成型するようにしても、ビードシール51とは別工程でプレス成型するようにしても、いずれであってもよい。
【0049】
この点についても、後述するすべての製造方法において同一である。後述する実施の形態では説明を省略する。
【0050】
図9(C)に示すように、金型201を型開きし、ビードシール51の成形後の金属セパレータ11を取り出す。
【0051】
図9(D)に示すように、必要に応じてシール層52をシール面53に製膜すれば、金属セパレータ11が完成する。
【0052】
(2-2)方法2
図10(A)に示すように、金属セパレータ11を生成するための平板状のベースプレート31を用意し、金型201にセットする。
【0053】
図10(B)に示すように、下型211と上型231とを閉じてプレス加工を実行する。これによってビードシール51がベースプレート31に成形される。
【0054】
図10(C)に示すように、金型201を型開きし、ビードシール51の成形後の金属セパレータ11を取り出す。取り出した金属セパレータ11の頂部側の領域Aに、硬化処理を施す。硬化処理については後述する。
【0055】
図10(D)に示すように、必要に応じてシール層52をシール面53に製膜すれば、金属セパレータ11が完成する。
【0056】
(3)硬化処理
前述した通り、硬化部54は変態点以上の加熱によって変化した金属組織構造MS1を有している。金属組織構造MS1は、焼き入れによって獲得することができる。本実施の形態では、レーザ照射器301を用いて、硬化処理の対象個所にレーザビームを照射して焼き入れをしている。
【0057】
図11に破線で示すように、レーザ照射により焼き入れをするのは、ビードシール51の頂部側の領域Aである。ここでレーザビームの照射位置について、三つの例を示す。
【0058】
(3-1)裏面照射
図12(A)に示すように、最初に示す例では、ビードシール51の裏面側、つまり流体の流路となる側にレーザ照射器301によってレーザビームを照射する。レーザ照射によって、ビードシール51には裏面側から改質が進み、変態点以上に加熱された部分の金属組織構造MSが変化して硬化する。
【0059】
その結果
図12(B)に示すように、ビードシール51の頂部側の領域Aには、その裏側に、金属組織構造MSから金属組織構造MS1に変化した硬化部54が形成される。
【0060】
(3-2)表面照射
図13(A)に示すように、つぎに示す例は、ビードシール51の表面側、つまり相手部材O(
図16(A)(B)参照)に接する側にレーザビームを照射する一例である。レーザ照射によって、ビードシール51には表面側から改質が進み、変態点以上に加熱された部分の金属組織構造が変化して硬化する。硬化した部分は、ハッチングで概念的に示す。
【0061】
その結果
図13(B)に示すように、ビードシール51の頂部側の領域Aには、その表面側に、金属組織構造MSから金属組織構造MS1に変化した硬化部54が形成される。
【0062】
(3-3)両面照射
図14(A)に示すように、最後に示す例は、ビードシール51の表裏面、つまり流体の流路となる側と相手部材Oに接する側とにレーザビームを照射する一例である。レーザ照射によって、ビードシール51には裏面側と表面側とから改質が進み、変態点以上に加熱された部分の金属組織構造が変化して硬化する。硬化した部分は、ハッチングで概念的に示す。
【0063】
その結果
図14(B)に示すように、ビードシール51の頂部側の領域Aには、全体的に、金属組織構造MSから金属組織構造MS1に変化した硬化部54が形成される。
【0064】
図15(A)には、硬化前の金属組織構造MSを拡大して示す。これにレーザビームを照射して焼き入れをすると、
図15(B)に示すように、結晶粒微細化が発生して金属組織構造MS1に変化する。金属組織構造MS1に変化した領域は、結晶粒微細化によって硬化し、硬化部54が生成される。
【0065】
(4)比較例との比較
【0066】
本発明の発明者等は、金属セパレータ11に成形したビードシール51と比較例のビードシール51C(
図5参照)とにそれぞれ得られる耐座屈性及び面圧をFEM解析し、比較例との比較を試みた。
図16(A)(B)は、FEM解析によるシミュレーションを説明するための模式図である。
【0067】
図16(A)は、ビードシール51の耐座屈性を比較例と比較して求めるシミュレーションを図式化している。このシミュレーションは、相手部材Oに押し付けられたビードシール51(51C)に座屈が生ずるときのビード高さH1をFEM解析によって求め、これを耐座屈性として評価するという内容である。
【0068】
図17に示すグラフは、ビードシール51(51C)に座屈が生ずるときのビード高さH1の値を本実施の形態と比較例とで比較して示している。本グラフ中、比較例のビードシール51Cが座屈するときのビード高さH1の値は1に設定されている。これに対して本実施の形態のビードシール51が座屈するときのビード高さH1の値は、0.9をやや下回る程度の値である。
【0069】
このシミュレーション結果より、本実施の形態のビードシール51は、比較例のビードシール51Cよりも多く圧し潰され、ビード高さH1がより低くなってから座屈することがわかる。
【0070】
図16(B)は、ビードシール51の面圧を比較例のビードシール51Cと比較して求めるシミュレーションを図式化している。このシミュレーションは、相手部材Oとの間で任意のビード高さH2に設定されているときのビードシール51(51C)の面圧をFEM解析によって求め、これを面圧として評価するという内容である。
【0071】
図18に示すグラフは、ビードシール51(51C)に加わる面圧の値を本実施の形態と比較例とで比較して示している。本グラフ中、比較例のビードシール51Cに加わる面圧の値は1に設定されている。これに対して本実施の形態のビードシール51に加わる面圧の値は、約1.3である。
【0072】
このシミュレーション結果より、本実施の形態のビードシール51は、比較例のビードシール51Cよりも高い面圧を示すことが分かる。
【0073】
(5)作用効果
図16(A)及び
図17に示す解析結果から、本実施の形態のビードシール51によれば、比較例のビードシール51Cよりも高い耐座屈性を得ることができる。硬化部54を設けたことによって頂部側の領域Aの硬度が高まり、この領域Aが座屈しにくくなったからであると推測される。
【0074】
したがって本実施の形態のビードシール51によれば、例えば比較例のビードシール51Cに対して形状を変更することなく、耐座屈性を向上させて座屈しにくくすることができる。その結果シールラインの連続性を維持し、流体漏れを生じさせにくい金属セパレータ11を得ることができる。
【0075】
図16(B)及び
図18に示す解析結果から、本実施の形態のビードシール51によれば、比較例のビードシール51Cよりも高い面圧を得ることができる。硬化部54を設けたことによって頂部側の領域Aの硬度が高まり、加圧力を受けたときに根元側の領域Bが一層撓んで弾性復元力を増大させるからであると推測される。
【0076】
したがって本実施の形態のビードシール51によれば、例えば比較例のビードシール51Cに対して形状を変更することなく、高い面圧を得ることができる。その結果シールラインのシール性を向上させ、流体漏れを生じさせにくい金属セパレータ11を得ることができる。
【0077】
2.第2の実施の形態
第2の実施の形態を
図19に基いて説明する。第1の実施の形態と同一部分は同一符合で示し説明も省略する。
【0078】
(1)ビードシール
本実施の形態の金属セパレータ11が第1の実施の形態と相違するのは、ビードシール51に設けた硬化部54の構造である。本実施の形態の硬化部54は、ビードシール51に固着している硬化被膜54aである。
【0079】
硬化被膜54aは、一例としてメッキ処理によって生成した膜状物である。メッキ処理は、金属セパレータ11の材料よりも硬度の高い材料を用いたメッキ、例えばクロムメッキや硬質クロムメッキによってなされる。クロムメッキや硬質クロムメッキは、金属セパレータ11の材料である鉄、ステンレス、アルミなどに対しても行なうことができる。このときメッキ処理を行なう金属セパレータ11には、その材料に応じた前処理を必要に応じて施す。
【0080】
本実施例ではシール層52を省略しているが、必要に応じて硬化被膜54aの上層にシール層52を設けるようにしてもよい。
【0081】
(2)作用効果
硬化被膜54aによって硬化部54を生成した場合にも、ビードシール51の頂部側の領域Aの硬度を根元側の領域Bの硬度よりも高くすることが可能である。このため第1の実施の形態と同様に、
図5に例示した比較例のビードシール51Cと比較して耐座屈性を高めることができ、また相手部材Oに対して高い面圧を得ることができる。その結果流体漏れを生じさせにくい金属セパレータ11を得ることができる。
【0082】
3.第3の実施の形態
第2の実施の形態を
図20(A)~(F)ないし
図25に基いて説明する。第1の実施の形態と同一部分は同一符合で示し説明も省略する。
【0083】
(1)ビードシールの構造
本実施の形態の金属セパレータ11が第1の実施の形態と相違するのは、ビードシール51に設けた硬化部54の金属組織構造MSである。本実施の形態の硬化部54は、ビードシール51の他の領域と比較して、結晶構造CA(
図23(A)(B)(C)参照)の乱れが多く発生している組織構造を金属組織構造MS2として有している。
【0084】
(2)ビードシールの製造方法
ビードシール51の頂部側の領域Aにのみ硬化処理を施して硬化部54を生成する方法として、第1の実施の形態では二種類の方法(方法1、方法2)を紹介した。本実施の形態でも、硬化部54を生成する二種類の方法(方法3、方法4)を紹介する。
【0085】
(2-1)方法3
方法3では、ベースプレート31にビードシール51を成形するのに先立ち、ビードシール51を成形する位置に予備のプレス加工を施す。予備のプレス加工は、三つのサブ工程を含んでいる。
【0086】
第1のサブ工程では、
図20(A)に示すように、金属セパレータ11を生成するための平板状のベースプレート31を用意し、金型201にセットする。
【0087】
第2のサブ工程では、
図20(B)に示すように、下型211と上型231とを閉じてプレス加工を実行する。これによってビードシール51と同一の形状を有する予備形状PF1がベースプレート31に付与される。
【0088】
第3のサブ工程では、
図20(C)に示すように、予備形状PF1を平板状に戻すようにプレス加工する。このときのプレス加工は、金型201を型開きし、予備形状PF1を付与したベースプレート31を一端取り出し、別の金型201Fにセットして行なう。金型201Fは、ともに平面形状であるダイ212F及びキャビティ232なしのパンチ233Fがセットされている下型211F及び上型231Fを有するプレス金型であり、プレス加工をすることによって、予備形状PF1を平板状に戻すことが可能である。
【0089】
別の実施の形態としては、金型201を別の金型201Fに変更することなく、ともに平面形状であるダイ212F及びキャビティ232なしのパンチ233Fを金型201にセットし直し、この金型201のプレス加工によって、予備形状PF1を平板状に戻すようにしてもよい。
【0090】
以上説明した予備のプレス加工を完了した後、ベースプレート31にビードシール51を成形する。
【0091】
図20(D)に示すように、一旦成形した予備形状PF1を平板状に戻した金属セパレータ11を金型201に再びセットする。このとき用いられる金型は、断面円弧状に隆起するビードシール51をベースプレート31に成型するためのダイ212を下型211に備え、ダイ212との干渉を回避するようにした形状のキャビティ232とパンチ233とを上型231に設けた金型201である。
【0092】
図20(E)に示すように、下型211と上型231とを閉じて、プレス加工を実行する。これによってビードシール51がベースプレート31に成形される。ビードシール51の成形位置は、予備形状PF1が成形されていた位置である。
【0093】
図20(F)に示すように、金型201を型開きし、ビードシール51の成形後の金属セパレータ11を取り出し、必要に応じてシール層52をシール面53に製膜すれば、金属セパレータ11が完成する。
【0094】
(2-2)方法4
方法4では、ベースプレート31にビードシール51を成形するのに先立ち、ビードシール51を成形する位置に予備のプレス加工を施す。予備のプレス加工は、二つのサブ工程を含んでいる。
【0095】
第1のサブ工程では、
図21(A)に示すように、金属セパレータ11を生成するための平板状のベースプレート31を用意し、金型201Rにセットする。この金型201Rは、金型201に対して、ダイ212とキャビティ232及びパンチ233とを上下反転して設けた構造を有している。つまり金型201Rの下型211Rにはキャビティ232及びパンチ233を設け、上型231Rにはダイ212を設けている。
【0096】
第2のサブ工程では、
図21(B)に示すように、下型211Rと上型231Rとを閉じてプレス加工を実行する。これによってビードシール51の上下反転形状を有する予備形状PF2がベースプレート31に付与される。
【0097】
以上説明した予備のプレス加工を完了した後、ベースプレート31にビードシール51を成形する。
【0098】
図21(C)に示すように、予備形状PF2を成形した金属セパレータ11を金型201に再びセットする。このとき用いられる金型は、断面円弧状に隆起するビードシール51をベースプレート31に成型するためのダイ212を下型211に備え、ダイ212との干渉を回避するようにした形状のキャビティ232とパンチ233とを上型231に設けた金型201である。金属セパレータ11は、キャビティ232及びパンチ233を設けた上型231の側に予備形状PF2を向けて金型201にセットする。
【0099】
そして下型211と上型231とを閉じ、プレス加工を実行する。これによってビードシール51がベースプレート31に成形される。ビードシール51の成形位置は、予備形状PF2が成形されていた位置である。
【0100】
図21(D)(E)に示すように、金型201を型開きし、ビードシール51の成形後の金属セパレータ11を取り出し、必要に応じてシール層52をシール面53に製膜すれば、金属セパレータ11が完成する。
【0101】
図22は、
図20(A)~(F)、
図21(A)~(E)に示す製造方法によって金属セパレータ11に成形されたビードシール51を示している。このビードシール51に形成された硬化部54は、根元側の領域Bをも含むベースプレート31の他の領域と比較して、結晶構造CA(
図23(A)~(C)参照)の乱れが多く発生している金属組織構造MS2を有している。
【0102】
(3)硬化処理
結晶構造CA(
図23(A)~(C)参照)の乱れが多く発生している金属組織構造MS2は、上記方法3での予備のプレス加工(
図20(A)~(C)参照)、上記方法4での予備のプレス加工(
図21(A)(B)参照)によって獲得される。このような予備のプレス加工をベースプレート31に施しておき、その後ベースプレート31にビードシール51のプレス加工(
図20(D)、
図21(C)参照)を施すことによって、ビードシール51に加工硬化が生ずるからである。
【0103】
このときビードシール51の頂部側ほど金属加工による変形度合いが大きくなるため、より一層加工硬化が進む。その結果根元側の領域Bよりも硬度を高められた硬化部54を頂部側の領域Aに有しているビードシール51を得ることができる。
【0104】
図23(A)~(C)は、硬化部54の金属組織構造MS2を説明するための模式図である。金属の加工硬化は、加工時の塑性変形によって変形抵抗が大きくなる現象である。
図23(A)~(C)に示すように、金属は格子Gの交点に原子ATが整然と配列された結晶構造CAを有している。このような金属に力を加えたとき、力を抜いても元の形状に戻る弾性変形の限界を超えると、局所的には原子ATの配列(原子配列)を維持しながらも、元の形状には戻らない塑性変形が生ずる。
【0105】
塑性変形が生じたときには、原子配列が乱れる転位71(
図23(A)(B)参照)、あるいは格子Gの交点から原子ATが抜ける格子欠落72(
図23(C)参照)という現象が発生する。転位の種類には
図23(A)に示すような刃状転位71a、
図23(B)に示すようならせん転位71bがある。このような原子配列の乱れ(転位71)や格子欠落72は互いに干渉しあい、弾性変形ばかりか塑性変形も起こりにくくし、原子配列の変動や再配列を阻害する。このときの状態が加工硬化である。
【0106】
加工硬化した領域は、加工硬化していない領域と比べると、結晶構造CAの乱れが多く発生している金属組織構造MS2になっている。
【0107】
(4)比較例との比較
【0108】
本発明の発明者等は、上記方法3と方法4とを用いた硬化処理によって硬化部54を形成した二種類の金属セパレータ11に成形したビードシール51と、比較例のビードシール51C(
図5参照)とにそれぞれ得られる耐座屈性及び面圧をFEM解析して、比較例との比較を試みた。
図24(A)(B)は、FEM解析によるシミュレーションを説明するための模式図である。
【0109】
図24(A)は、ビードシール51の耐座屈性を比較例と比較して求めるシミュレーションを図式化している。このシミュレーションは、相手部材Oに押し付けられたビードシール51(51C)に座屈が生ずるときのビード高さH1をFEM解析によって求め、これを耐座屈性として評価するという内容である。
【0110】
図25に示すグラフは、ビードシール51(51C)に座屈が生ずるときのビード高さH1の値を本実施の形態と比較例とで比較して示している。本グラフ中、比較例のビードシール51Cが座屈するときのビード高さH1の値は1に設定されている。
【0111】
サンプル1は、方法3を用いた硬化処理によって生成した硬化部54を有するビードシール51が座屈するときのビード高さH1の値を示している。0.8をやや上回る程度の値である。
【0112】
サンプル2は、方法4を用いた硬化処理によって形成した硬化部54を有するビードシール51が座屈するときのビード高さH1の値を示している。0.7をやや上回る程度の値である。
【0113】
このシミュレーション結果より、本実施の形態のビードシール51は、サンプル1にせよサンプル2にせよ、比較例のビードシール51Cよりも多く圧し潰され、ビード高さH1がより低くなってから座屈することがわかる。
【0114】
図24(B)は、ビードシール51の面圧を比較例のビードシール51Cと比較して求めるシミュレーションを図式化している。このシミュレーションは、相手部材Oとの間で任意のビード高さH2に設定されているときのビードシール51(51C)の面圧をFEM解析によって求め、これを面圧として評価するという内容である。
【0115】
図26に示すグラフは、ビードシール51(51C)に加わる面圧の値を本実施の形態と比較例とで比較して示している。本グラフ中、比較例のビードシール51Cに加わる面圧の値は1に設定されている。
【0116】
サンプル1は、方法3を用いた硬化処理によって生成した硬化部54を有するビードシール51に加わる面圧の値を示している。1.2という値を得た。
【0117】
サンプル2は、方法4を用いた硬化処理によって形成した硬化部54を有するビードシール51に加わる面圧の値を示している。サンプル1と同じ1.2という値を得た。
【0118】
このシミュレーション結果より、本実施の形態のビードシール51は、サンプル1にせよサンプル2にせよ、比較例のビードシール51Cよりも高い面圧を示すことが分かる。
【0119】
(5)作用効果
図24(A)及び
図25に示す解析結果から、本実施の形態のビードシール51によれば、比較例のビードシール51Cよりも高い耐座屈性を得ることができる。硬化部54を設けたことによって頂部側の領域Aの硬度が高まり、この領域Aが座屈しにくくなったからであると推測される。
【0120】
したがって本実施の形態のビードシール51によれば、例えば比較例のビードシール51Cに対して形状を変更することなく、耐座屈性を向上させて座屈しにくくすることができる。その結果シールラインの連続性を維持し、流体漏れを生じさせにくい金属セパレータ11を得ることができる。
【0121】
図24(B)及び
図26に示す解析結果から、本実施の形態のビードシール51によれば、比較例のビードシール51Cよりも高い面圧を得ることができる。硬化部54を設けたことによって頂部側の領域Aの硬度が高まり、加圧力を受けたときに根元側の領域Bが一層撓んで弾性復元力を増大させるからであると推測される。
【0122】
したがって本実施の形態のビードシール51によれば、例えば比較例のビードシール51Cに対して形状を変更することなく、高い面圧を得ることができる。その結果シールラインのシール性を向上させ、流体漏れを生じさせにくい金属セパレータ11を得ることができる。
【0123】
4.変形例
実施に際しては、各種の変更や変形が可能である。
【0124】
例えば第1の実施の形態において、変態点以上の加熱によって変化した金属組織構造MS1を硬化部54に持たせるために、硬化処理の対象個所にレーザビームを照射して焼き入れをする例を示したが、実施に際しては、例えば電子ビームを用いた焼き入れやその他の焼き入れ手法を採用してもよい。
【0125】
第2の実施の形態では、硬化部54を形成する硬化被膜54aとしてクロムメッキや硬質クロムメッキを例示したが、別の種類のメッキを用いてもよく、あるいはメッキとは異なる手法で硬化被膜54aをビードシール51の頂部側の領域Aに製膜するようにしてもよい。
【0126】
第三の実施の形態では、ベースプレート31を加工硬化させて金属組織構造MS2に変化させる方法として、二つの方法3(
図20(A)~(F))及び方法4(
図20(A)~(E))を例示したが、加工硬化を生じさせる方法はこれらの方法3、4に限らない。例えば方法3において、
図20(B)(C)の工程を複数回繰り返すようにしてもよく、方法3と方法4とを組み合わせるようにしてもよい。
【0127】
その他実施に際しては、あらゆる変更及び変形が可能である。
【符号の説明】
【0128】
1 燃料電池
2 発電セル
11 金属セパレータ
11a 金属セパレータ(アノード側、燃料ガス側)
11b 金属セパレータ(カソード側、酸化ガス側)
12 配置領域
13 マニホールド
31 ベースプレート
51 ビードシール(金属ガスケット)
51C ビードシール(比較例)
52 シール層
53 シール面
54 硬化部
54a 硬化被膜
71 転位
71a 刃状転位
71b せん転位
72 格子欠落
101 MEA(膜/電極接合体)
102 電解質膜
103 電極
103a アノード電極
103b カソード電極
104 触媒層
105 ガス拡散層(GDL)
106 マニホールド
111 外枠
201、201F、201R 金型
211、211F 下型
212、212F ダイ
231、231F 上型
232 キャビティ
233、233F パンチ
301 レーザ照射器
A 頂部側の領域
B 根元側の領域
AT 原子
CA 結晶構造
FC 流路
FCA 燃料ガスの流路
FCB 酸化ガスの流路
FCC 冷却水の流路
G 格子
MS、MS1、MS2 金属組織構造
O 相手部材
PF1、PF2 予備形状
PD 面圧分布
SL シールライン