IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人加計学園の特許一覧 ▶ 独立行政法人物質・材料研究機構の特許一覧

特開2023-39798磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法
<>
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図1
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図2
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図3
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図4
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図5
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図6
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図7
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図8
  • 特開-磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023039798
(43)【公開日】2023-03-22
(54)【発明の名称】磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 6/00 20060101AFI20230314BHJP
   H01F 7/20 20060101ALI20230314BHJP
   C30B 29/58 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
H01F6/00
H01F7/20 Z ZAA
C30B29/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021147094
(22)【出願日】2021-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】牧 祥
(72)【発明者】
【氏名】廣田 憲之
(72)【発明者】
【氏名】萩原 政幸
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA04
4G077BF05
4G077EJ02
4G077HA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】擬似無重力環境を容易に実現できる磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法を提供する。
【解決手段】磁気力を局所的に強化する磁気力ブースターであって、磁気力ブースターは円錐台状、円筒状、或いは円錐台部と円筒部を組み合わせた形状の磁性体を含み、磁性体の一方の底面は開口部であり、他方の底面は開口部であるか或いはドーナツ状の円盤を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気力を局所的に強化する磁気力ブースターであって、前記磁気力ブースターは円錐台状、円筒状、或いは円錐台部と円筒部を組み合わせた形状の磁性体を含み、前記磁性体の一方の底面は開口部であり、他方の底面は開口部であるか、或いはドーナツ状の円盤を備えることを特徴とする、磁気力ブースター。
【請求項2】
円錐台状の磁性体を含む、請求項1に記載の磁気力ブースター。
【請求項3】
磁性体が鉄である、請求項1又は2に記載の磁気力ブースター。
【請求項4】
円錐台状、円筒状、或いは円錐台部と円筒部を組み合わせた形状の磁性体の厚さが0.1~0.5mmである請求項1~3のいずれか1項に記載の磁気力ブースター。
【請求項5】
超電導マグネットの内部に配置して使用される、請求項1~4のいずれかに記載の磁気力ブースター。
【請求項6】
超電導マグネットの内部に請求項1~4のいずれか1項に記載の磁気力ブースターを配置し、前記磁気力ブースター内の磁気力の半径方向成分が中心方向を向いている、強磁気力場発生装置。
【請求項7】
請求項6に記載の装置において、磁気力ブースターの内部に反磁性の結晶性物質の溶液を含む容器を配置し、結晶を容器の器壁に接触させることなく成長させることを特徴とする、結晶の製造方法。
【請求項8】
等方的に成長してなる反磁性物質の結晶。
【請求項9】
タンパク質の結晶である、請求項8に記載の結晶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質等の物質を結晶化させるとき、容器の器壁に密着した状態で結晶が成長するため、器壁に接触した面と器壁に接触していない面における結晶構造が異なることが結晶構造解析において問題となっている。
【0003】
結晶構造解析ではループというナイロン製のリング状の小道具を使って析出した結晶を拾い上げ、放射光施設の試料台に設置するが、この作業は作業者の経験と勘に頼ることが多く、結晶を傷つけたり歪ませたりする危険性が高い。結晶が容器壁に付着して成長した場合、それを剥がす作業は極めて困難であるため、結晶が非接触で成長させる技術はあらゆる結晶に共通した課題でもある。
【0004】
溶液中で浮上した状態で容器に接触することなく安定的に結晶が成長すると等方的或いは対称性に優れた結晶が得られるがこのような完全無容器条件で成長した結晶は得られていない。
【0005】
特許文献1は、ソレノイド状超電導マグネットの中空内部の赤道面上方に円盤状強磁性体を中心軸対称に配置し、前記円盤状強磁性体の上方にリング状強磁性体を前記円盤状強磁性体に接触することなく中心軸対称に配置することで強磁気力場を発生させているが、このような装置では、非磁性体を安定的に磁気浮上させることは極めて困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3532888号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、擬似無重力環境を容易に実現できる技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、磁気力ブースター、強磁気力場発生装置、結晶及びその製造方法を提供するものである。
〔1〕
磁気力を局所的に強化する磁気力ブースターであって、前記磁気力ブースターは円錐台状、円筒状、或いは円錐台部と円筒部を組み合わせた形状の磁性体を含み、前記磁性体の一方の底面は開口部であり、他方の底面は開口部であるか、或いはドーナツ状の円盤を備えることを特徴とする、磁気力ブースター。
〔2〕
円錐台状の磁性体を含む、〔1〕に記載の磁気力ブースター。
〔3〕
磁性体が鉄である、〔1〕又は〔2〕に記載の磁気力ブースター。
〔4〕
円錐台状、円筒状、或いは円錐台部と円筒部を組み合わせた形状の磁性体の厚さが0.1~0.5mmである〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の磁気力ブースター。
〔5〕
超電導マグネットの内部に配置して使用される、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の磁気力ブースター。
〔6〕
超電導マグネットの内部に〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の磁気力ブースターを配置し、前記磁気力ブースター内の磁気力の半径方向成分が中心方向を向いている、強磁気力場発生装置。
〔7〕
〔6〕に記載の装置において、磁気力ブースターの内部に反磁性の結晶性物質の溶液を含む容器を配置し、結晶を容器の器壁に接触させることなく成長させることを特徴とする、結晶の製造方法。
〔8〕
等方的に成長してなる反磁性物質の結晶。
〔9〕
タンパク質の結晶である、〔8〕に記載の結晶。
【発明の効果】
【0009】
本発明の磁気力ブースターは、「磁気力の半径方向成分」を積極的に利用することで結晶を溶液中の一箇所に浮上させながら凝集化させることが可能となり、完全無容器条件によるタンパク質結晶成長を実現することができる。完全無容器条件とは、タンパク質結晶をタンパク質溶液中に浮上させながら一度も容器に接触させずに安定的な結晶成長を実現させるための条件のことである。本発明では小型の磁気力ブースターを使用することで、磁気力の強さの空間勾配を大きくして結晶を局所集中させることができた。
ブースターを小型化することによってブースターを固定する支柱を簡素化出来、安全性、操作性、汎用性も同時に改善された。さらに、本発明のブースターの体積は非常に小さくてもよく、高磁場空間への導入リスクが小さく、固定時にバランスをとるために対称位置にカウンターパートの磁性体を設置する必要がなく、高磁場空間内で使用する際の安全リスクが著しく低減されている。超電導マグネットの付属部品として本発明の磁気力ブースターを活用すれば、結晶成長以外の分野にも利用範囲が拡大し、工学・応用物理学等、幅広い学術分野の発展に貢献出来る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の磁気力ブースターの形状の一例を示す。(A)SUS430、(B)Ni、(C)SUS430
図2】本発明の磁気力ブースターの形状の一例を示す。
図3】超電導マグネットが形成する磁気力と重力の合力分布. (A)青色は擬似無重力状態を示す。(B) 超電導マグネットが形成する半径方向磁気力の等高線分布。
図4】三次元数値計算によるリング状の磁気力ブースターの上方の空間の磁気力と重力の合力ベクトルを示す。周囲に発生する磁気力ベクトル B(▽・B)と重力ベクトルの合力ベクトルを示す。
図5】本発明の筒状の磁気力ブースターを使用したときの磁気力場を示す。
図6】特許文献1に記載された磁気力ブースターを構成する円盤状の部品が発生させる磁気力場を示す。
図7】実施例1で得られた完全無容器状態で成長したリゾチーム結晶を示す写真を示す。
図8】実施例2で得られた完全無容器状態で成長したリゾチーム結晶を示す写真を示す。
図9】実施例3で得られた完全無容器状態で成長したリゾチーム結晶を示す写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の磁気力ブースターの形状は、円錐台状、円筒状、或いは円錐台部と円筒部を組み合わせた形状が挙げられ、2つの底面に円形の開口部があり、内部空間及び開口部のない円盤状の形状のブースターは本発明に含まれない。本発明の磁気力ブースターの形状の一例を図1図2に示す。
【0012】
磁気力ブースターを構成する材料は、鉄、コバルト、ニッケルなどの磁性金属を含むものが挙げられ、金属単体であっても合金であってもよい。好ましい材料は鉄又は鉄を含む合金である。鉄を含む合金としてはステンレスが挙げられ、例えばオーステナイト系(SUS301, 301J1, 301L, 302, 302B, 303, 303Cu, 304, 304L, 304N1、304N2, 304Cu, 304J1, 304J2, 305, 305J1, 309S, 310S, 312, 315J1, 315J2, 316, 316L, 316N, 316J1, 316LN, 316J1L, 317, 317J1, 317J1, 317L, 347, 630, 631, 836L, 890L, XM15J1, XM7等)、フェライト系(SUS430, 405, 410L, 429, 430F, 430LX, 434, 434J1L, 436L, 443J1, 444, 445J1, 445J2, 447J1, XM27, SUH409, SUH409L等) 、マルテンサイト系のSUS(SUS403, 410, 410S, 410F2, 416, 420J1, 420J2, 420F, 420F2, 431, 440A, 440B, 440C, 440F等)が挙げられ、好ましくはフェライト系のSUSが挙げられ、さらに好ましくはSUS430が挙げられる。磁気力ブースターは、超電導マグネットの内部に置くことで磁化する。
【0013】
例えばSUS430は、1.1~1.5 Tで磁化される。本発明の実験では印加磁束密度は常に2.0 T以上で行ったので磁気力ブースターは飽和磁化に達している。
【0014】
磁場中でSUS430製の磁気力ブースターを使用する場合、ボア内部に安全に固定する支持台が不可欠である。図2(A), (B)は、共に半径方向に突起を有し、そこの金具を引っ掛けて固定する磁気力ブースターを例示する。
【0015】
本発明の磁気力ブースターは超電導マグネットに内挿して使用する。この実施形態において、超電導マグネットが形成する磁気力場と、磁気力ブースターが磁化されることで発生する磁気力場の両方を同時に制御する。超電導マグネットが作る磁気力場は、コイル寸法が大きいため磁気力の強さの空間勾配は小さく、微小空間を制御するのは困難である。そこで超電導マグネットが作る磁気力場は結晶を鉛直方向に安定浮上させる目的で利用する。一方、ブースターが作る磁気力場は、ブースターのサイズが小さいため磁気力場の空間勾配が大きく、局所的に強い半径方向磁気力を結晶に印加出来る。さらに結晶化容器に近接配置出来るので、結晶の浮上位置を制御しやすい利点もある。このように本発明の磁気力ブースターは、結晶を主に半径方向に安定化させる目的で利用する。
【0016】
超電導マグネットのコイルエッジ近傍で磁気力と重力が相殺されたと仮定した場合の合力ベクトルの強度分布を数値計算で求めた結果を図3に示す。図3(A)の青色の領域は擬似無重力状態を表し、黄色~赤色ほど合力ベクトルが強くなることを示す。この領域で結晶を安定浮上させながら凝集させるためには、磁気力ブースターを青色の位置よりもやや下方に設置する必要がある。
【0017】
図4に三次元数値計算を用いてリング状の磁気力ブースターの周囲に発生する磁気力ベクトル B(▽・B)と重力ベクトルの合力ベクトルを示す。磁気力ブースターは直径20mm、高さ4mmで、肉厚は条件 (1)~(7)でそれぞれ0.1, 0.2, 0.3, 0.5, 1.0, 3.0, 5.0 mmである。磁気力ベクトル Fm(fr, fθ, fz)の鉛直方向成分fzと重力ベクトル G (0,0, -g)の合力が地点A(図 4(1)のピンクの円)で 反磁性体を安定浮上させるためには、その地点より鉛直上方で fz-g <0、鉛直下方で fz-g>0となる必要がある。さらに、半径方向ではfr<0でなければならない。なお、ソレノイダル形状の超電導マグネットの中心軸上では磁気力の半径方向成分frは常にゼロなる。また、磁気力は軸対称に作用するので、磁気力ブースターが超電導マグネットと同軸で回転対称に設置されているならば、周方向成分fθは常にゼロなる。
【0018】
計算の結果、反磁性体が地点Aに向かって漸近安定させる力線分布が得られた。その効果は肉厚が0.1~1.0 mmでは顕著であったが、肉厚が厚くなるほど磁気力の効果は弱 くなる傾向が示された。これは磁場が均一化した結果、磁場勾配▽・Bが小さくなったためである。肉厚が薄いほど固定する金具を軽量化でき、安全性が向上するため汎用性は向上する。以上の知見から、磁気力ブースターの肉厚を薄くした磁気力ブースターが望ましい。本発明の磁気力ブースターの肉厚は、好ましくは0.1~0.5 mm、より好ましくは0.1~0.2 mmである。
【0019】
完全無容器条件を実現するためには、結晶が力学的安定な状態を維持しながら成長する必要がある。即ち、結晶が鉛直下向きに下降すると鉛直上向きの力が作用し、鉛直上向きに上昇すると鉛直下向きの力が作用する必要がある。さらに結晶が半径方向に対し正方向に移動すると、その方向と逆方向に駆動力が発生する必要がある。そこで結晶に作用する駆動力を鉛直方向と半径方向に分解し、それぞれの安定性を実現するための方法を考える。なお超電導マグネット中では磁気力は軸対称に作用するので、周方向の磁気力成分は考慮しなくてよい。
【0020】
鉛直方向の安定性は容易に実現出来る。タンパク質結晶は反磁性なので、超電導マグネットのコイルよりも上方の位置で結晶成長させると、「(結晶の重力 + 結晶に作用する密度差浮力)<磁気力」の状態では結晶は上向きに上昇する。結晶がコイルから離れるほど磁束密度は距離の二乗に反比例して弱くなるので、磁気力も急激に弱くなる。そして「(結晶の重力 + 結晶に作用する密度差浮力)>磁気力」になれば結晶は下降する。最終的に「(結晶の重力 + 結晶に作用する密度差浮力)=磁気力」の位置で結晶は安定的に静止する。このとき結晶は擬似的な無重力状態になっている。
【0021】
一方、半径方向の磁気力は重力によって相殺されない。従って重力下で無視出来るくらい弱い力であっても、擬似無重力状態では駆動力として顕在化する。図5は筒状の部品が形成する磁気力分布を数値計算によって求めたものである。分布の矢印は反磁性のタンパク質結晶に作用する方向である。図5では筒状の部品の下端において磁気力分布が中心軸上に集中しているのが確認できる。これは反磁性のタンパク質結晶を中心軸上へ駆動させる効果があることを示唆している。この結果を参考に、本発明者は新型の磁気力ブースターを円筒形状にすることを着想した。ただし実際の筒状の部品の下端近傍には、筒状の部品が発生させる磁気力のほかに、超電導マグネットが発生させる磁気力も加わり、それぞれの力の合力が作用する。従って本磁気力ブースターを使用する場合は、超電導マグネットの磁気力分布も考慮する必要がある。
【0022】
特許文献1に開示された磁気力ブースターは筒状の部品と円盤状の部品を近接させ、一体的に使用しているのが特徴である。この場合の磁気力分布は、図5に示したような筒状の部品が形成する磁気力分布と、円盤状の部品が形成する磁気力場の合成によって表される。図6は円盤状の部品が形成する磁気力場を三次元数値計算でもとめたものである。分布の矢印は反磁性のタンパク質結晶に作用する磁気力の方向である。図6より磁気力が円盤から放射状上に発生しているのが判る。これは磁気力の半径方向成分が負となる領域が円盤上部の空間に実現せず、結晶を中心軸上から排除する駆動力が存在することを意味する。その結果、筒状の部品が結晶を中心軸上へ駆動させる効果を発揮しても、磁気力ブースターとしては円盤状部分の存在により、全体としては結晶凝集効果がほとんど相殺されてしまう。言い換えると、特許文献1の磁気力ブースターは鉛直方向に均一な磁気力場を発生させるのに適した形状になっている。これに対し、本発明の磁気力ブースターは、結晶を凝集させるために半径方向の磁気力成分を積極的に利用している点が異なっており、使用目的も先行研究と異なる。
【0023】
本発明の磁気力ブースターの構成であれば、磁気力の半径方向成分を効果的に発生させることができるため、超電導マグネットと組み合わせて使用することで、完全無容器条件によるタンパク質結晶成長を実現することが本発明の好ましい実施形態の1つである。本発明の磁気力ブースターを超電導マグネットと組み合わせて使用することで、タンパク質以外の反磁性物質の結晶についても同様に完全無容器条件で製造することができる。さらに、「磁気力の半径方向成分」を積極的に利用し、磁気力の強さの空間勾配を大きくすることにより、結晶成長以外の分野にも幅広く利用することができる。
【0024】
本発明の磁気力ブースターを超電導マグネットの内部に配置することで、強磁気力場発生装置を得ることができる。超電導マグネットは、公知のものを広く使用することができる。
【0025】
強磁気力場発生装置の内部に磁気力ブースターを配置し磁気力ブースターの内部に反磁性の結晶性物質の溶液を含む容器を配置し、結晶を容器の器壁に接触させることなく成長させることで、無容器条件で結晶を成長させることができる。この結晶は、結晶化容器に付着することなく成長しているので、歪のない結晶として得ることができる。
【0026】
本発明の結晶の製造方法では、結晶を小さな磁場で浮上させるために、磁気アルキメデス効果を利用する。この方法は、常磁性の沈殿剤を使用してタンパク質などの反磁性物質の溶液全体の磁性を常磁性にし、この状態で磁気力を印加しながら結晶成長をさせる。溶液は磁場の強い方に引き寄せられ、その反作用の力がタンパク質などの反磁性物質の結晶に作用するため、小さな磁気力でも結晶を浮上させることが出来る。ブースターの磁化による磁気力にも磁気アルキメデス効果は同様に作用するので、半径方向の結晶の駆動や凝集に効果的に作用する。
【0027】
結晶は、磁性調整剤(常磁性物質又は反磁性物質)と結晶化する反磁性物質を溶媒に溶解した溶液を用いることができる。この溶液には、溶解補助剤、分散安定剤、懸濁安定剤、結晶の析出を促す結晶化剤、結晶化助剤などをさらに添加してもよい。
【0028】
溶媒としては、流動性を有する溶媒が挙げられ、例えば水、アルコール類(メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなど)、脂肪族炭化水素(ヘキサンなど)、脂環式炭化水素(シクロヘキサンなど)、アミン類(トリエチルアミン、ジエチルアミンなど)、エーテル類(ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、イソプロピルエーテルなど)、エステル類(酢酸エチルなど)、カルボン酸類(酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、ペンタン酸など)、芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエン、キシレンなど)、ハロゲン化炭化水素(クロロホルム、塩化メチレンなど)、アセトニトリル、DMF,DMSO,アセトアミド等の有機溶媒が例示される。
【0029】
磁性調整剤として溶媒に添加する常磁性物質としては、媒体が水である場合には、塩化ガドリニウム、硝酸ガドリニウム、塩化コバルト、硝酸コバルト、塩化ニッケル、硝酸ニッケル、塩化マンガン、硝酸マンガン、造影剤(ジエチレントリアミン五酢酸ガドリニウム(III)二水素塩水和物(別名 ガドペンテト酸))を例示することができる。本発明者はガドペンテト酸と食塩(NaCl)を併用し、リゾチームを磁気浮上させながら結晶成長させることに成功している。ガドペンテト酸としては、例えばSigma-Aldrich社製のジエチレントリアミン五酢酸ガドリニウム(III)二水素塩水和物97%を使用することができる。
【0030】
媒体が有機溶媒である場合には、添加する常磁性物質は、有機溶媒に溶解できるガドリニウム、コバルト、ニッケル、マンガンなどを含む有機酸塩、錯化合物などが例示できる。
【0031】
磁性調整剤として溶媒に添加される反磁性物質としては、溶媒に溶解、分散、懸濁可能な各種の有機物、ガドリニウム、コバルト、ニッケル、マンガン以外の元素からなる各種の無機物が広く例示される。反磁性溶媒を常磁性にするために配合される常磁性物質の量は、常磁性の強さによって変化するが、例えば常磁性物質としてガドリニウム塩、反磁性媒体として水を用いる場合、ガドリニウム濃度が0.001モル濃度以上であれば、媒体全体として反磁性物質を析出させるのに十分に常磁性になる。
【0032】
本発明の結晶は、反磁性物質であればよく、低分子又は高分子の有機化合物、無機化合物を広く含み、好ましくはタンパク質、有機半導体材料、高輝度半導体レーザー結晶などが挙げられる。
【実施例0033】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1
図2(B)に示される磁気力ブースターを使用した。容器の底面と磁気力ブースター本体上端の距離が28 mmになるように容器を設置した。溶液量が約1mLなので、溶液深さは約10 mmである。従って磁気力ブースターの鉛直上方28+5 = 33 mmの位置で溶液の中央付近で鉛直方向の磁気力と密度差浮力と重力の合力を相殺させた。最終的に磁気力ブースター本体上端をZ = +86 mmとする位置に固定し、溶液中央がZ = +119mmとなる位置で結晶化実験を行った。
【0034】
結晶成長過程を側面から撮影し、リゾチーム結晶が球状に凝集しながら完全無容器状態で成長する過程を、カセットレコーダーを利用して録画した。65分テープ2本分である。非常に美しい状態で完全無容器状態の結晶成長過程を撮影することに成功した(図7)。
【0035】
結晶化条件は、 水1.0030g、リゾチーム0.0798g、塩化ガドリニウム6水和物0.1510g, 1M塩酸0.0056g, 温度17℃, 磁場2.120 T (at Z=0)であった。
【0036】
実施例2
図2(B)に示される磁気力ブースターを使用した。再現性を確かめることが目的であるため、容器位置は実施例1と全く同じである。観察方法も同様である。実施例1と同様に完全無容器状態で成長したリゾチームの結晶が得られ、本発明の結晶の製造方法により再現性よく完全無容器状態で成長した結晶が得られることが確認された(図8)。
【0037】
結晶化条件は、 水1.0040g、リゾチーム0.0814g、塩化ガドリニウム6水和物0.1620g, 1M塩酸0.00101g, 温度17℃, 磁場2.050 T (at Z=0)であった。
【0038】
実施例3
図2(A) に示される磁気力ブースターを使用した。
容器の底面と磁気力ブースター本体上端の距離が30 mmになるように容器を設置した。溶液中央がZ = +119mmとなる位置で実験を行った。これは磁気力ブースター本体上端をZ = +84 mmとする位置である。
【0039】
結晶成長過程を側面から10分おきに自動撮影(Image Pro Plusというソフトを使用)した。完全無容器状態の結晶成長を実現出来た(図9)。このことから、磁気力ブースターの違いである「突起」部分よりも、円筒部分の効果が重要であることが示唆される。
【0040】
結晶化条件は、水1.0012g、リゾチーム0.0827g、塩化ガドリニウム6水和物0.1432g、1M塩酸0.0072g、温度22.0℃、磁場2.150 T (at Z=0)であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9