(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023039833
(43)【公開日】2023-03-22
(54)【発明の名称】体感刺激付与装置および頭部搭載型ディスプレイ
(51)【国際特許分類】
G06F 3/01 20060101AFI20230314BHJP
【FI】
G06F3/01 560
G06F3/01 510
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021147144
(22)【出願日】2021-09-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年9月15日 第25回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.マジックテープ
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮上 昌大
(72)【発明者】
【氏名】梶本 裕之
【テーマコード(参考)】
5E555
【Fターム(参考)】
5E555AA08
5E555BA20
5E555BA22
5E555BA24
5E555BB20
5E555BB22
5E555BB24
5E555BC04
5E555BE08
5E555BE17
5E555DA08
5E555DA24
5E555DD08
5E555FA00
(57)【要約】
【課題】頭部に装着する硬い素材を必要としないことで、体感刺激を付与するデバイスの小型化を図る。
【解決手段】本発明の体感刺激付与装置は、顔の所定の部位に固定可能な固定部10と、当該固定部10に対して所定の牽引力を付与する牽引部20とを備えている。そして、固定部10に対する牽引部20による皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚の変形を生起させ、顔の所定の部位に皮膚せん断刺激を付与する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
顔の所定の部位に固定可能な固定部と、
前記固定部に対して所定の牽引力を付与する牽引部と
を備え、
前記固定部に対する前記牽引部による皮膚面に沿った方向の牽引によって前記所定の部位に皮膚せん断刺激を付与する
体感刺激付与装置。
【請求項2】
前記所定の部位は、側頭部および頬骨部の少なくとも一方である
請求項1に記載の体感刺激付与装置。
【請求項3】
前記牽引部は、一端部が前記所定の部位に固定され、他端部が前記所定の部位から所定の距離だけ離れた部位に固定される
請求項1または請求項2に記載の体感刺激付与装置。
【請求項4】
前記所定の部位が頬骨部であるとき、
前記牽引部は、前記固定部と耳との間に架け渡される輪ゴムから成る
請求項3に記載の体感刺激付与装置。
【請求項5】
前記固定部および前記輪ゴムは、顔に装着されたマスクによって覆われる
請求項4に記載の体感刺激付与装置。
【請求項6】
頭部に搭載した際に顔に接触する部位に取り付けられた体感刺激付与装置を有し、
前記体感刺激付与装置は、顔の所定の部位に、皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚せん断刺激を付与する
頭部搭載型ディスプレイ。
【請求項7】
前記体感刺激付与装置は、ディスプレイ本体の皮膚接触部分に設けられたフェイスクッションにおける左右両側頭部および左右両頬骨部の4箇所に接触する部位に取り付けられている
請求項6に記載の頭部搭載型ディスプレイ。
【請求項8】
前記体感刺激付与装置は、サーボモータの駆動によって皮膚の変形を生起させる
請求項6または請求項7に記載の頭部搭載型ディスプレイ。
【請求項9】
前記体感刺激付与装置は、DCモータの駆動による糸の牽引によって皮膚の変形を生起させる
請求項6または請求項7に記載の頭部搭載型ディスプレイ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体感刺激付与装置および頭部搭載型ディスプレイに関する。
【背景技術】
【0002】
頭部に針金ハンガーを装着することにより、頭が不随意に回旋する、所謂、ハンガー反射現象が知られている。ハンガー反射現象は、これまで報告されている疑似力覚提示手法の中でも身体を動かすほどの強い運動を生起させる現象であり、医療や歩行ナビゲーション、バーチャルリアリティ(VR)等への応用など、多岐に渡る提案が為されている。
【0003】
ハンガー反射現象は、側頭部前方と側頭部後方のような対抗する2点を圧迫することによって生起する現象である。現在の頭部ハンガー反射現象再現デバイスでは、この対抗する2点の圧迫を再現することにより、ハンガー反射現象の再現および制御を実現している。ハンガー反射現象を利用した技術として、特許文献1に開示の技術、即ち、「装着者の頭部サイズに調節可能で、頭部の回旋運動を誘発する装具」の技術が知られている。
【0004】
特許文献1には、「略楕円形状を維持する外層部と、外層部の内周に設けられ、頭部の所定箇所を緩衝する緩衝部とを備え、略楕円形状の短軸が頭部の幅に相当する状態からずらして装着すると、ずらす前よりも強い力で、頭部の所定箇所をそれぞれ圧迫する圧迫部が形成されて、頭部の回旋運動を誘発する装具に関する。」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示の従来技術では、外層部の素材として、素材表面をアルマイト加工したアルミニウムを例示している。このように、特許文献1に開示の従来技術では、頭部の所定の箇所を圧迫するためには、硬い素材から成る外層部を備える必要があり、結果として、装置が大型になってしまうという課題がある。
【0007】
本発明は、頭部に装着する硬い素材を必要としないことで、デバイスの小型化を図ることができる体感刺激付与装置、および、当該体感刺激付与装置を有する頭部搭載型ディスプレイを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の体感刺激付与装置は、
顔の所定の部位に固定可能な固定部と、
固定部に対して所定の牽引力を付与する牽引部と
を備え、
固定部に対する牽引部による皮膚面に沿った方向の牽引によって顔の所定の部位に皮膚せん断刺激を付与する
構成となっている。
【0009】
本発明の頭部搭載型ディスプレイは、
頭部に搭載した際に顔に接触する部位に取り付けられた体感刺激付与装置を有し、
前記体感刺激付与装置は、顔の所定の部位に、皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚せん断刺激を付与する
構成となっている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、頭部に装着する硬い素材を必要としないため、体感刺激を付与するデバイスの小型化を図ることができる。
上記した以外の課題、構成、および、効果は、以下の[発明を実施するための形態]の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係る体感刺激付与装置の構成例を示すシステム構成図である。
【
図2】実施例1に係る体感刺激付与装置の装着例を示す図である。
【
図3】実施例2に係る体感刺激付与装置の装着例を示す図である。
【
図4】実施例3に係る体感刺激付与装置の装着例を示す図である。
【
図5】刺激提示部位を決定する手順を示す図である。
【
図6】被験者が感じた力覚についての実験結果を示す図である。
【
図7】被験者の頭部回旋角度についての実験結果を示す図である。
【
図8】サーボモータの駆動によって皮膚の変形を生起させる具体例1に係る頭部搭載型ディスプレイの構成例を示すブロック図である。
【
図9】DCモータの駆動による糸の牽引によって皮膚の変形を生起させる具体例2に係る頭部搭載型ディスプレイの構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(実施形態)について、添付図面を参照して説明する。本明細書および図面において、実質的に同一の機能または構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複する説明を省略する。
【0013】
《本発明の一実施形態に係る体感刺激付与装置》
本発明の一実施形態に係る体感刺激付与装置は、顔の対抗する2点を圧迫することによって生起するハンガー反射現象を利用するデバイスであり、医療や歩行ナビゲーション、バーチャルリアリティ(VR)等の分野において用いることができる。
【0014】
[システム構成]
図1は、本発明の一実施形態に係る体感刺激付与装置の構成例を示すシステム構成図である。本実施形態に係る体感刺激付与装置は、顔の所定の部位に固定可能な固定部10と、当該固定部10に対して所定の牽引力を付与する牽引部20とを備えており、固定部10に対する牽引部20による皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚の変形を生起させ、顔の所定の部位に皮膚せん断刺激を付与することができる構成となっている。
【0015】
本実施形態に係る体感刺激付与装置は、顔の所定の部位、具体的には、側頭部および頬骨部の少なくとも一方、即ち、側頭部、頬骨部、または、その両方の部位に装着されて用いられる。上記のように、本実施形態に係る体感刺激付与装置は、基本的に、固定部10および牽引部20から構成され、頭部に装着する硬い素材を必要としないため、体感刺激を付与するデバイスの小型化を図ることができる。
【0016】
顔の所定の部位に固定可能な固定部10としては、粘着性を有するテープ、例えば、伸縮性を有し、皮膚テーピングなどで使用されるキネシオテープ11を用いることができる。ただし、固定部10については、キネシオテープ11に限られるものではなく、顔の所定の部位に固定可能な部材であればよい。
【0017】
牽引部20としては、弾力性を有する弾性体、例えば、伸縮性や弾力性に優れた輪ゴム21を用いることができる。ただし、牽引部20については、輪ゴム21に限られるものではなく、固定部10に対して牽引力を付与することができる部材、例えば形状記憶合金などであってもよい。また、牽引部20としては、弾力性を有する弾性体でなくても、例えば、サーボモータユニットによる駆動によって皮膚の変形を生起させたり、DCモータの駆動による糸の牽引によって皮膚の変形を生起させたりすることができる。
【0018】
キネシオテープ11と輪ゴム21との組み合わせから成る本実施形態に係る体感刺激付与装置において、キネシオテープ11については、所定の大きさの矩形、例えば、縦2cm×横2cm程度の大きさに形成する。ただし、キネシオテープ11の大きさについて、縦2cm×横2cmは一例であって、この大きさに限られるものではない。キネシオテープ11は、一方の面が粘着面となっており、この粘着面を顔の所定の部位に固定することができる。キネシオテープ11の他方の面は非粘着面となっている。
【0019】
輪ゴム21は、輪の一部がキネシオテープ11の非粘着面の中央部に位置するように設置され、その上から例えば幅1cm程度のキネシオテープ12を接着剤で接着することによってキネシオテープ11に固定される。この輪ゴム21について、キネシオテープ11への固定箇所と反対側の輪の一部に、輪の外方向の張力を付与することにより、輪ゴム21は楕円形状に変形し、キネシオテープ11に対して所定の牽引力を付与することができる。
【0020】
ここで言う「楕円形状」とは、厳密に楕円形状である場合の他、実質的に楕円形状である場合をも含む意味であり、変形の過程で生ずる種々のばらつきの存在は許容される。
【0021】
ここで、楕円形状に変形した輪ゴム21について、キネシオテープ11に固定された楕円形状の長軸方向の一方の端部を楕円形状の一端部とし、輪の外方向の張力を付与する長軸方向の他方の端部を楕円形状の他端部とするとき、本実施形態に係る体感刺激付与装置は、次のようにして顔に装着されて用いられる。
【0022】
すなわち、輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の一端部が固定されたキネシオテープ11をその粘着面にて顔の所定の部位に固定し、当該所定の部位から所定の距離だけ離れた部位に、輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部を固定する。ここで、固定部10の一例であるキネシオテープ11を固定する顔の所定の部位を、側頭部の前方(額部分)、頬骨部、または、その両方(側頭部の前方および頬骨部)とすることができる。
【0023】
所定の部位を側頭部の前方とするとき、本実施形態に係る体感刺激付与装置は、側頭部に装着されることになる。具体的には、本実施形態に係る体感刺激付与装置において、固定部10の一例であるキネシオテープ11は、側頭部の前方部分(額部分)に固定され、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部は、所定の取り付け部材を介して側頭部の後方部分に取り付けられる。このときの輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によって、側頭部の前方部分に皮膚の変形を生起させることができる。所定の取り付け部材としては、水球帽のようなキャップや、頭に装着する取り付けバンドなどを例示することができる。
【0024】
また、所定の部位を頬骨部とするとき、本実施形態に係る体感刺激付与装置は、頬骨部に装着されることになる。具体的には、本実施形態に係る体感刺激付与装置において、固定部10の一例であるキネシオテープ11は、頬骨部に固定され、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部は、キャップや取り付けバンドなどの取り付け部材を介して、頬骨部から離れた部位に取り付けられる。このときの輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によって、頬骨部に皮膚の変形を生起させることができる。
【0025】
なお、所定の部位を頬骨部とする場合には、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部を耳にかけることによっても、輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によって、頬骨部に皮膚の変形を生起させるようにすることもできる。
【0026】
上述したように、本実施形態に係る体感刺激付与装置は、固定部10の一例であるキネシオテープ11、および、牽引部20の一例である輪ゴム21の組み合わせによって構成されている。そして、本実施形態に係る体感刺激付与装置によれば、固定部10に対する牽引部20による皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚の変形を生起させ、顔の所定の部位に皮膚せん断刺激を付与する。このとき、皮膚面に対して垂直方向への力提示を行わない。したがって、頭部に装着する硬い素材を必要としないため、体感刺激を付与するデバイスの更なる小型化が可能となる。
【0027】
なお、本実施形態に係る体感刺激付与装置は、固定部10および牽引部20から成る小型デバイスとして、顔の側頭部の前方部分(額部分)、頬骨部、あるいは、その両方の部位に直接装着して用いることができる他、頭部搭載型ディスプレイ(HMD:Head Mounted Display)に内蔵して用いるようにすることができる。
【0028】
以下に、固定部10の一例であるキネシオテープ11、および、牽引部20の一例である輪ゴム21から成る本実施形態に係る体感刺激付与装置を装着する具体的な実施例について説明する。
【0029】
(実施例1)
実施例1は、体感刺激付与装置を側頭部に装着する例である。
図2は、実施例1に係る体感刺激付与装置の装着例を示す図である。
【0030】
体感刺激付与装置を側頭部に装着する実施例1では、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部を取り付けるために、頭部に水球帽のようなキャップ30が装着された状態を示している。この点については、後述する各実施例においても同様である。
【0031】
体感刺激付与装置を側頭部に装着する実施例1の場合、固定部10の一例であるキネシオテープ11は、側頭部の前方部分、具体的には、額部分に固定される。また、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部は、キネシオテープ11が固定された部位から所定の距離だけ離れた側頭部の後方部分、具体的には、キネシオテープ11が固定された部位から所定の距離だけ離れたキャップ30上の部位に、マジックテープ等を用いた固定具31によって取り付けられる。
【0032】
ここで、「所定の距離」とは、輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によって所望の皮膚せん断力になる距離である。この点については、後述する各実施例においても同様である。
【0033】
上述したように、実施例1では、キネシオテープ11と輪ゴム21との組み合わせから成る体感刺激付与装置を側頭部の前方部分と後方部分の2点(2つの部位)に装着する構成となっている。実施例1の構成によれば、輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によってハンガー反射現象と類似した錯覚現象を生起させ、側頭部の前方部分に皮膚せん断刺激を付与(提示)することができる。結果として、皮膚せん断刺激に起因する頭部回旋現象を生起させることができる。
【0034】
また、実施例1では、輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部について、頭部に装着した水球帽のようなキャップ30を用いて固定する構成を例示しているが、キャップ30で頭部全体を覆うことにより、輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部の固定部と反対側の部位の触覚を感じにくくすることができる。そうすることによって、輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部の固定部からの側頭部の前方部分(額部分)への刺激を相対的に感じやすくすることができる、という利点がある。この点については、後述する実施例においても同様である。
【0035】
ここでは、キネシオテープ11のサイズについて、
図1に示した縦2cm×横2cmの大きさに設定しているが、これによりも大きいサイズ、例えば、縦5cm×横5cmの大きさと比較した場合、縦5cm×横5cmよりも縦2cm×横2cmの刺激条件の方が力覚強度は強く、頭部もより回旋する傾向にある。これは刺激 面積が小さいキネシオテープは大きいキネシオテープよりも皮膚に対する単位面積当たりのせん断力が強いことから生じた結果であると予測される。この点については、後述する各実施例においても同様である。
【0036】
実施例1では、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部を取り付けるために、キャップ30を装着する構成を例示したが、これに限られるものではなく、ヘッドバンド等の他の装具を装着する構成であってもよい。
【0037】
(実施例2)
実施例2は、体感刺激付与装置を頬骨部に装着する例である。
図3は、実施例2に係る体感刺激付与装置の装着例を示す図である。
【0038】
体感刺激付与装置を頬骨部に装着する実施例2の場合、固定部10の一例であるキネシオテープ11は、頬骨部分に固定される。また、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部は、キネシオテープ11が固定された部位から所定の距離だけ離れた頬部分、具体的には、キネシオテープ11が固定された部位から所定の距離だけ離れたキャップ30上の部位に、マジックテープ等を用いた固定具31によって取り付けられる。
【0039】
上述したように、実施例2では、キネシオテープ11と輪ゴム21との組み合わせから成る体感刺激付与装置を、頬骨部分と頬部分の対抗する2点(2つの部位)に装着する構成となっている。実施例2の構成によれば、輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によってハンガー反射現象と類似した錯覚現象を生起させ、頬骨部分に皮膚せん断刺激を付与(提示)することができる。結果として、皮膚せん断刺激に起因する頭部回旋現象を生起させることができる。
【0040】
本願発明者らによれば、体感刺激付与装置を側頭部に装着する実施例1の刺激条件よりも、体感刺激付与装置を頬骨部に装着する実施例2の刺激条件の方が、主観的な力覚強度および回旋角度が大きく、錯覚現象としては強く生起する傾向が確認されている。これは、頬骨部分よりも額部分(側頭部の前方部分)の方が、ヤング率が高いことから、額部分は皮膚の変形が頬骨部分よりも生起しにくく、側頭部の前方部分と頬骨部分をそれぞれ同じ力でせん断刺激を提示した際に皮膚変形量としては頬骨部分の方が多く変形した可能性が考えられる。ハンガー反射現象の錯覚強度は皮膚の変形量との間に相関関係があることが分かっており、皮膚の変形量の違いから頬骨部分の方が、回旋現象が強く生起したと考えられる。
【0041】
なお、体感刺激付与装置を頬骨部に装着する実施例2の場合には、牽引部20の一例である輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部を耳にかけ、固定部10の一例であるキネシオテープ11と耳との間に輪ゴム21を架け渡すようにすることもできる。この場合にも、輪ゴム21による皮膚面に沿った方向の牽引によって、頬骨部に皮膚の変形を生起させることができる。
【0042】
このように、輪ゴム21の楕円形状の長軸方向の他端部を耳にかけて使用する場合、当該他端部を頬骨部から離れた部位に取り付けるための部材が不要となるため、体感刺激を付与するデバイスの更なる小型化が可能となる。また、頬骨部に固定された固定部10の一例であるキネシオテープ11と耳との間に輪ゴム21を架け渡す構成の場合、顔にマスクを装着した際に、キネシオテープ11及び輪ゴム21がマスクによって覆われる(隠される)ことになるため、体感刺激付与装置の装着を目立たなくすることができる。更には、マスクを耳に装着することにより、輪ゴム21を耳にかけることによる耳への刺激を軽減できることにもなる。
【0043】
(実施例3)
実施例3は、体感刺激付与装置を側頭部および頬骨部に装着する例である。
図4は、実施例3に係る体感刺激付与装置の装着例を示す図である。
【0044】
実施例3は、体感刺激付与装置を側頭部に装着する実施例1と、体感刺激付与装置を頬骨部に装着する実施例2との組み合わせである。具体的には、キネシオテープ11と輪ゴム21との組み合わせから成る体感刺激付与装置を、側頭部の前方部分と後方部分の対抗する2点に装着するとともに、頬骨部分と頬部分の対抗する2点に装着する構成となっている。
【0045】
実施例3の構成によれば、ハンガー反射現象では皮膚の変形量と錯覚強度との間に相関関係があるため、側頭部の前方部分と頬骨部分とを同時に刺激し、皮膚の総変形量を増加させることにより、実施例1の構成や実施例2の構成の場合よりも、錯覚強度の増強を図ることができる。
【0046】
[頭部回旋現象の生起頻度について]
ここで、皮膚せん断刺激を側頭部の前方部分と頬骨部分にそれぞれ適用することで、頭部回旋現象の生起頻度について考察する。この考察では、固定部10として縦2cm×横2cmの大きさのキネシオテープ11を用いるとともに、牽引部20として輪ゴム21を用いる。また、側頭部の前方部分と頬骨部分を同時に刺激する条件と、独立に刺激する条件とを比較することで、生起する回旋現象の錯覚強度に及ぼす影響について考察する。
【0047】
被験者について、針金ハンガーによってハンガー反射現象を生起し、かつ側頭部の前方部分に皮膚せん断刺激を提示したときに頭部回旋現象が生起する男性7名(23~28歳)で行うこととする。
図1に示す本実施形態に係る体感刺激付与装置を装着する場合において、刺激条件については、せん断力の強さを50gf、100gf、150gf、200gfの4条件、刺激提示部位を側頭部前方(T)、頬骨部(C)、側頭部前方および頬骨部(TC)の3条件、これらを組み合わせた合計12条件を設定する。頭部回旋角度の計測中は閉眼し、頭は知覚した力覚に抗わないようにする。実験中、感じた力覚によって回旋した被験者の頭部角度を計測するため、頭頂部に再起性反射材マーカを取り付けた実験装置を装着し、光学式モーションキャプチャシステムを用いて計測する。
【0048】
ここでは、頭部搭載型ディスプレイ(HMD)への内蔵を念頭に、次のような手順で刺激提示部位を決定する。
図5(A)~
図5(C)に、刺激提示部位を決定する手順を示す。
【0049】
先ず、針金ハンガー40の長辺部分が被験者の右前方側頭部に当たるように装着し、ハンガー反射現象の生起を確認する。ハンガー反射現象の生起を確認できた場合、針金ハンガー40の長辺部分で圧迫していた刺激提示部位の垂直軸41を決定する(
図5(A)を参照)。次に、頭部搭載型ディスプレイ50を映像が鮮明に見える位置に装着し、頭部搭載型ディスプレイ50の皮膚との接触部分と垂直軸41との2つの交点、即ち、2つの刺激提示部位の水平軸42,43を決定する(
図5(B)を参照)。
【0050】
次に、垂直軸41と水平軸42,43との交点を刺激提示部位と定め、2つの刺激提示部位、即ち、右側前方側頭部および右側頬骨部にテープ、例えばキネシオテープ11を貼付し(
図5(C)を参照)、輪ゴム21で牽引する。このとき、輪ゴム21の牽引力が設定値になる位置を、X軸、Y軸、Z軸の3軸力センサを用いて見つけ、その位置に輪ゴム21の固定器具をマジックテープで貼り付ける。
【0051】
被験者は、頭部に実験装置を装着し、光学式モーションキャプチャシステムによって頭部がトラッキング可能な位置に座る。実験担当者は、前述の準備によって貼付された輪ゴム21の固定器具を用いて指定された力で刺激提示を行う。刺激提示から頭部回旋角度の計測を開始するまでに時間がかかることから、刺激への順応を防ぐために刺激提示後、力覚を感じても正面を向き続けるようにする。
【0052】
その後、被験者の手で2箇所の刺激提示部位に対して皮膚のせん断方向とは逆向きの方向に皮膚をせん断させた後、頭部回旋角度の計測を開始し、開始直後に手を離すようにする。このとき、閉眼および感じた力に抗わないようする。被験者の頭部がこれ以上力覚によって動かないと感じた位置を最終的な回旋角度として計測を行う。
【0053】
その後、感じた力覚 について 7段階リッカートスケールで被験者に回答させる。回答について、“1”を「感じない」とし、“7” を「とても強く感じる」とする。回答後は実験担当者が輪ゴム21を刺激固定装置から外し、再度特定の条件で輪ゴム21を刺激固定装置に設置して刺激を行う。これを各条件1試行ずつ、合計12試行行う。条件を提示する順番はランダムで決定する。
【0054】
図6に、被験者が感じた力覚についての実験結果を示す。縦軸は被験者が回答した主観的な力覚強度、横軸は刺激条件である。横軸の刺激条件において、1行目は刺激部であり、2行目は刺激強度である。
図7に、被験者の頭部回旋角度についての実験結果を示す。縦軸は被験者の頭部回旋角度、横軸は刺激条件である。
【0055】
図6および
図7において、Tは側頭部の前方部、Cは頬骨部、TCは側頭部の前方部および頬骨部の各刺激提示部位を表している。また、pは有意確率を表している。
【0056】
図6および
図7のそれぞれの実験結果に対し、刺激提示部位ごとの違いを見るため、刺激提示部位間で多重比較法(例えば、Bonferroni法)を行った。
【0057】
感じた力覚についての実験結果では、100gfと150gf、200gfの刺激強度条件で側頭部の前方部および頬骨部(TC)と側頭部の前方部(T)との間に有意差が生じている。一方で、側頭部の前方部(T)、頬骨部(C)、側頭部の前方部および頬骨部(TC)のどの刺激強度条件においても、側頭部の前方部および頬骨部(TC)と側頭部の前方部(T)との間に有意差は生じていない。これに加え、100gf、200gfの刺激強度条件では側頭部の前方部(T)と頬骨部(C)との間に有意差が生じた一方で、200gfの刺激強度条件では側頭部の前方部および頬骨部(TC)と頬骨部(C)との間に有意差は生じていない。
【0058】
頭部回旋角度についての実験結果では、100gf、150gfの刺激強度条件において、側頭部の前方部および頬骨部(TC)と側頭部の前方部(T)との間に有意差が生じ、150gfの刺激強度条件では側頭部の前方部(T)と頬骨部(C)との間にも有意差が生じている。
【0059】
[変形例]
なお、本発明は上述した実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限り、その他種々の応用例、変形例を取り得ることは勿論である。例えば、上述した実施形態は本発明を分かりやすく説明するためにシステムの構成を詳細かつ具体的に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されない。また、本実施形態の構成の一部について、他の構成の追加、削除、置換をすることも可能である。
【0060】
《本発明の一実施形態に係る頭部搭載型ディスプレイ》
上述した体感刺激付与装置、即ち、顔の所定の部位に、皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚せん断刺激を付与する体感刺激付与装置は、顔の側頭部、頬骨部、あるいは、その両方の部位に直接装着して用いることができる他、頭部搭載型ディスプレイ(HMD)に内蔵して用いることができる。
【0061】
頭部搭載型ディスプレイは、両眼を覆うように装着することで、映像を見ることができるデバイスである。頭部搭載型ディスプレイに体感刺激付与装置を内蔵するに当たっては、ディスプレイ本体の皮膚接触部分に設けられたフェイスクッションに取り付ける構成とすることができる。このように、フェイスクッションに体感刺激付与装置を取り付けることで、フェイスクッションが当接する顔の部位に、皮膚面に沿った方向の牽引によって皮膚せん断刺激を付与することができる。
【0062】
頭部搭載型ディスプレイのフェイスクッションに体感刺激付与装置を取り付ける位置については、
図5の説明において決定された2つの刺激提示部位、即ち、右側前方側頭部および右側頬骨部の一方、あるいは、その両方とすることができる。特に、フェイスクッションにおける左右両側頭部および左右両頬骨部の計4箇所に接触する部位に体感刺激付与装置を取り付ける構成とすることが好ましい。
【0063】
以下に、頭部搭載型ディスプレイに体感刺激付与装置を内蔵し、当該体感刺激付与装置を制御する具体例について説明する。
【0064】
[具体例1]
具体例1は、サーボモータの駆動によって皮膚の変形を生起させる例である。サーボモータは、サーボ機構において位置および速度を自動制御できるモータである。具体例1では、サーボモータユニットによって体感刺激付与装置が構成されることになる。
【0065】
図8は、サーボモータの駆動によって皮膚の変形を生起させる具体例1に係る頭部搭載型ディスプレイの構成例を示すブロック図である。
【0066】
具体例1では、例えば、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に対して皮膚の変形を生起させる場合を例に挙げることとする。
【0067】
具体例1に係る頭部搭載型ディスプレイ50は、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に接触するフェイスクッションの位置に、サーボモータユニット61~64を取り付ける構成となっている。この構成により、頭部搭載型ディスプレイ50を装着した際に、サーボモータユニット61~64は、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の各部位に当接(接触)することになる。
【0068】
サーボモータユニット61~64は、それぞれ独立に、制御用マイクロコンピュータ65によってサーボモータの動きを制御されることによって、当接した部位、即ち、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の各部位の皮膚に対して、
図8に矢印で示す方向の牽引刺激を付与し、皮膚の変形を生起させることができる。
【0069】
制御用マイクロコンピュータ65は、パーソナルコンピュータ66による制御の下に、サーボモータユニット61~64を制御する。パーソナルコンピュータ66は、制御用マイクロコンピュータ65に対して、電源供給を行うとともに、サーボモータユニット61~64の各サーボモータ制御信号を供給する。
【0070】
具体例1に係る頭部搭載型ディスプレイ50によれば、頭部に装着した際にフェイスクッションが接触する部位、即ち、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に対して、サーボモータによる皮膚面に沿った方向の駆動によって皮膚せん断刺激を生起させることができる。結果として、皮膚せん断刺激に起因する頭部回旋現象を生起させることができる。
【0071】
具体例1に係る頭部搭載型ディスプレイ50の使用例としては、パーソナルコンピュータ66による制御の下に、ディスプレイに表示されるコンテンツに応じて、サーボモータユニット61~64を動的に制御する例を挙げることができる。
【0072】
[具体例2]
具体例2は、DCモータの駆動による糸の牽引によって皮膚の変形を生起させる例である。DCモータは、直流電圧(DC)を印加することによって回転するモータである。具体例2では、DCモータおよび糸によって体感刺激付与装置が構成されることになる。
【0073】
図9は、DCモータの駆動による糸の牽引によって皮膚の変形を生起させる具体例2に係る頭部搭載型ディスプレイの構成例を示すブロック図である。
【0074】
具体例2でも、具体例1と同様に、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に対して皮膚の変形を生起させる場合を例に挙げることとする。
【0075】
具体例2に係る頭部搭載型ディスプレイ50は、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に接触するフェイスクッションの位置に取り付けられた、人肌ゲル等の摩擦係数の高い物体から成る固定部71~74を有する。固定部71~74は、頭部搭載型ディスプレイ50を装着した際に、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に固定されることになる。
【0076】
具体例2に係る頭部搭載型ディスプレイ50は、更に、両耳近傍に対応する位置に設けられた例えば2つのDCモータ75,76、および、DCモータ75,76の各回転軸に一端が固定され、固定部71~74に他端が固定された糸77,78を有する構成となっている。
【0077】
ここでは、固定部71,73に対してDCモータ75を共通に設け、固定部72,74に対してDCモータ76を共通に設けた構成例を例示しているが、この構成例に限られるものでない。例えば、固定部71~74のそれぞれに対応してDCモータを設ける構成とすることもできる。
【0078】
2つのDCモータ75,76は、それぞれ独立に、DCモータ駆動部79,80を介して、制御用マイクロコンピュータ81によって動きが制御されることにより、それぞれの回転軸に固定された糸77,78を通して固定部71~74に牽引力を付与することができる。これにより、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の各部位の皮膚に対して牽引刺激を付与し、皮膚の変形を生起させることができる。
【0079】
制御用マイクロコンピュータ81は、パーソナルコンピュータ82による制御の下に、2つのDCモータ75,76を制御する。パーソナルコンピュータ82は、制御用マイクロコンピュータ81に対して、電源供給を行うとともに、2つのDCモータ75,76の各モータ制御信号を供給する。
【0080】
具体例2に係る頭部搭載型ディスプレイ50によれば、頭部に装着した際に、フェイスクッションに取り付けられた固定部71~74が顔の所定の部位、即ち、右側前方側頭部、左側前方側頭部、右側頬骨部、および、左側頬骨部の計4箇所の部位に固定される。そして、当該4箇所の部位に対して、DCモータ75,76の駆動による糸77,78の皮膚面に沿った方向(
図9に矢印で示す方)の牽引によって、皮膚せん断刺激を生起させることができる。結果として、皮膚せん断刺激に起因する頭部回旋現象を生起させることができる。
【0081】
具体例2に係る頭部搭載型ディスプレイ50の使用例としては、パーソナルコンピュータ82による制御の下に、ディスプレイに表示されるコンテンツに応じて、DCモータ75,76を動的に制御する例を挙げることができる。
【符号の説明】
【0082】
10…固定部、11,12…キネシオテープ、20…牽引部、21…輪ゴム、30…キャップ、31,32…固定具、40…針金ハンガー、50…頭部搭載型ディスプレイ(HMD)、61~64…サーボモータユニット、65,81…制御用マイクロコンピュータ、66,82…パーソナルコンピュータ、71~74…固定部、75,76…DCモータ、77,78…糸、79,80…DCモータ駆動部、C…頬骨部の刺激提示部位、T…側頭部前方の刺激提示部位、TC…側頭部前方および頬骨部の刺激提示部位