(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023040047
(43)【公開日】2023-03-22
(54)【発明の名称】通信用電線
(51)【国際特許分類】
H01B 11/10 20060101AFI20230314BHJP
H01B 7/00 20060101ALI20230314BHJP
H01B 7/18 20060101ALI20230314BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20230314BHJP
H01F 1/37 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
H01B11/10
H01B7/00 304Z
H01B7/18 D
H01B7/18 H
H01F1/26
H01F1/37
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022204127
(22)【出願日】2022-12-21
(62)【分割の表示】P 2021007369の分割
【原出願日】2021-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安好 悠太
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 達也
(57)【要約】
【課題】粉末状の磁性材料を含有し、高い耐摩耗性を有する磁性シース層を備えた通信用電線を提供する。
【解決手段】導体2と、前記導体2の外周を被覆する絶縁層3と、前記絶縁層3の外側を被覆する磁性シース層8と、を有し、前記磁性シース層8は、有機ポリマーと、磁性材料と、を含有しており、前記磁性シース層8は、前記有機ポリマー全体を100質量部として、15質量部以上の酸変性ポリマーを含んでおり、前記磁性材料は、平均粒径50μm以下の粒子として構成され、前記有機ポリマー全体を100質量部として、300質量部以上が前記磁性シース層8に含有される、通信用電線1とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の外周を被覆する絶縁層と、
前記絶縁層の外側を被覆する磁性シース層と、を有し、
前記磁性シース層は、有機ポリマーと、磁性材料と、を含有しており、
前記磁性シース層は、前記有機ポリマー全体を100質量部として、15質量部以上の酸変性ポリマーを含んでおり、
前記磁性材料は、平均粒径50μm以下の粒子として構成され、前記有機ポリマー全体を100質量部として、300質量部以上が前記磁性シース層に含有される、通信用電線。
【請求項2】
前記磁性シース層における前記酸変性ポリマーの含有量は、前記有機ポリマー全体を100質量部として、25質量部以下である、請求項1に記載の通信用電線。
【請求項3】
前記磁性シース層は、前記有機ポリマーとして、前記酸変性ポリマーの他に、エラストマーを含んでいる、請求項1または請求項2に記載の通信用電線。
【請求項4】
前記磁性シース層の引張破壊応力は、20MPa以上である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項5】
前記磁性シース層の破断伸びは、80%以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項6】
前記磁性シース層の破断伸びは、55%以上である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項7】
前記通信用電線は、前記絶縁層の外周に金属シールド層を有する同軸電線として構成されており、
前記磁性シース層は、前記金属シールド層の外周に設けられている、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の通信用電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、通信用電線に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の分野において用いられる通信用電線において、外部からのノイズの侵入や外部へのノイズの放出を低減することを目的として、コア線の外側にシールド層が設けられる場合がある。そのようなシールド層の例として、粉末状の磁性材料を有機ポリマー中に分散させた材料を用いて、コア線の外周を被覆する形態のシース層を挙げることができる。そのような磁性材料を含むシース層を備えた通信用電線は、例えば特許文献1,2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-197509号公報
【特許文献2】特開平3-88214号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
通信用電線の外周に、磁性材料の粉末を有機ポリマー中に分散させた磁性シース層を配置する場合に、十分に高いノイズ遮蔽性能を得るためには、磁性シース層に多量の磁性材料を含有させる必要がある。しかし、磁性シース層が多量の磁性材料を含有すると、磁性シース層の材料組織が脆くなり、耐摩耗性が低くなってしまう。特に、通信用電線を、自動車内等、他の部材と接触した状態で振動を頻繁に受ける環境で使用すると、振動により、磁性シース層が他の部材との間で摩擦を受け、摩耗によって磁性シース層の表面が削り取られてしまう可能性がある。すると、磁性シース層によるノイズ遮蔽効果が低下してしまう。
【0005】
以上に鑑み、粉末状の磁性材料を含有し、高い耐摩耗性を有する磁性シース層を備えた通信用電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示にかかる通信用電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁層と、前記絶縁層の外側を被覆する磁性シース層と、を有し、前記磁性シース層は、有機ポリマーと、磁性材料と、を含有しており、前記磁性シース層は、前記有機ポリマー全体を100質量部として、15質量部以上の酸変性ポリマーを含んでおり、前記磁性材料は、平均粒径50μm以下の粒子として構成され、前記有機ポリマー全体を100質量部として、300質量部以上が前記磁性シース層に含有される。
【発明の効果】
【0007】
本開示にかかる通信用電線は、粉末状の磁性材料を含有し、高い耐摩耗性を有する磁性シース層を備えた通信用電線となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる通信用電線の構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に、本開示の実施態様を説明する。
本開示にかかる通信用電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁層と、前記絶縁層の外側を被覆する磁性シース層と、を有し、前記磁性シース層は、有機ポリマーと、磁性材料と、を含有しており、前記磁性シース層は、前記有機ポリマー全体を100質量部として、15質量部以上の酸変性ポリマーを含んでおり、前記磁性材料は、平均粒径50μm以下の粒子として構成され、前記有機ポリマー全体を100質量部として、300質量部以上が前記磁性シース層に含有される。
【0010】
上記通信用電線は、磁性シース層を構成する有機ポリマーとして酸変性ポリマーを含んでおり、その酸変性ポリマーの含有量が、有機ポリマーの全体を100質量部として、15質量部以上となっている。酸変性ポリマーは、磁性シース層の破断強度を高める成分として機能する。その結果、磁性シース層が外部の物質との間で摩擦を受けることがあっても、摩耗時に削り取られる磁性材料を含んだ樹脂屑が、微細なものとなる。削り取られる樹脂屑が微細となることで、粗大な樹脂屑として磁性シース層が削れることによる局所的なノイズ遮蔽効果の低下が抑制できるとともに、摩耗によって形成された凹部に微細な樹脂屑が密に集積され、その凹部を介した電磁波の侵入および放出を抑制することができる。磁性材料の平均粒径が50μm以下に抑えられていることも、樹脂屑の微細化に寄与する。上記通信用電線は、磁性シース層に、有機ポリマー100質量部に対して、300質量部以上もの磁性材料を含んでいるにもかかわらず、上記のように、外部の部材との間で摩擦を受け、摩耗を起こした際に、粗大な樹脂屑が生成しにくいことで、摩耗によってノイズ遮蔽効果が低下しにくくなっており、磁性シース層の耐摩耗性に優れた通信用電線となる。
【0011】
ここで、前記磁性シース層における前記酸変性ポリマーの含有量は、前記有機ポリマー全体を100質量部として、25質量部以下であるとよい。すると、磁性シース層において、多量の酸変性ポリマーが含有されることによる結晶化度の過度の上昇が避けられ、磁性シース層の耐低温特性を高めることができる。
【0012】
前記磁性シース層は、前記有機ポリマーとして、前記酸変性ポリマーの他に、エラストマーを含んでいるとよい。エラストマーは、大きな破断伸びを有しており、磁性シース層の構成材料として酸変性ポリマーとともに用いることで、磁性シース層の耐摩耗性を効果的に向上させることができる。
【0013】
前記磁性シース層の引張破壊応力は、20MPa以上であるとよい。すると、磁性シース層が高い破断強度を有することで、磁性シース層が外部の部材との間に摩擦を受けた際に発生する樹脂屑が微細になり、高い耐摩耗性が得られやすくなる。
【0014】
前記磁性シース層の破断伸びは、80%以下であるとよい。有機ポリマーを含む材料においては、大きな破断伸びを示す材料ほど破断強度が低くなる傾向があり、磁性シース層の破断伸びを80%以下に抑えておくことで、高い破断強度を確保することができる。このように、磁性シース層において、破断伸びを大きくなりすぎないように抑えておくことで、摩耗時に発生する樹脂屑を微細化し、耐摩耗性を向上させる効果が高くなる。
【0015】
前記磁性シース層の破断伸びは、55%以上であるとよい。磁性シース層への多量の酸変性ポリマーの添加等により、磁性シース層の破断伸びを低くすると、磁性シース層の耐低温特性が低くなる傾向があるが、磁性シース層の破断伸びを55%以上としておくことで、磁性シース層の耐低温特性を高く保つことができる。
【0016】
前記通信用電線は、前記絶縁層の外周に金属シールド層を有する同軸電線として構成されており、前記磁性シース層は、前記金属シールド層の外周に設けられているとよい。同軸電線として構成された通信用電線は、ノイズの影響を受けやすいが、ノイズの低減を目的として、磁性シース層に多くの磁性材料を添加した場合でも、磁性シース層が高い耐摩耗性を有することで、摩耗によるノイズ遮蔽性の低下を抑制して、ノイズの影響を低減した状態で、通信に同軸電線を用いることができる。
【0017】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を用いて、本開示の一実施形態にかかる通信用電線について、詳細に説明する。以下、各種特性については、特記しない限り、常温、大気中で測定される値とする。
【0018】
(通信用電線の全体構成)
図1に、本開示の一実施形態にかかる通信用電線1について、軸線方向に垂直に切断した断面図を示す。通信用電線1は、同軸電線として構成されている。具体的には、通信用電線1は、導体2と、導体2の外周を被覆する絶縁層3とを有するコア線4を備えている。そして、コア線4の外周には、金属シールド層7として、金属箔5と、金属素線を編んだ編組体として構成された編組層6とが設けられている。金属箔5が、コア線4の外周を被覆し、さらに金属箔5の外周を被覆して、編組層6が設けられている。金属シールド層7の外周には、磁性材料を含有する磁性シース層8が設けられている。また、さらに磁性シース層8の外周に、磁性材料を含有しないアウターシース層9が設けられている。
【0019】
本実施形態にかかる通信用電線1においては、後に詳しく説明するように、磁性シース層8に、酸変性ポリマーが所定量以上含有されている。また、磁性シース層8に含有される磁性材料の粒径、およびその含有量が規定されている。磁性シース層8がそのような成分組成を有することで、磁性シース層8が外部の部材のとの間に摩擦を受けても、粗大な樹脂屑が摩耗によって発生しにくく、その結果として、高いノイズ遮蔽性能を維持しやすい。
【0020】
コア線4の外周に、金属シールド層7と磁性シース層8を備えた同軸電線として構成された、上記のような通信用電線1は、1GHz以上の高周波域の信号を伝送するのに、好適に用いることができる。しかし、本開示にかかる通信用電線は、コア線4の外側を被覆して、磁性シース層8が設けられるものであれば、上記のような構造を有するものに限られず、通信周波数や用途に応じた構成を採用すればよい。磁性シース層8は、コア線4の外周を直接被覆するものであっても、上記金属シールド層7のように、他の層を介在させて、コア線4の外周を被覆するものであってもよい。
【0021】
例えば、上記の形態では、コア線4として、単独の絶縁電線を用いているが、複数の絶縁電線を用いてもよい。具体的には、1対の絶縁電線を、相互に撚り合わせるか、並走させるかして、差動信号を伝送するように、コア線4を構成することができる。また、ノイズの影響がそれほど大きくない場合には、金属シールド層7として、金属箔5と編組層6のいずれか一方のみを配置するようにしてもよく、さらには金属シールド層7を省略してもよい。また、金属シールド層7として、横巻き線等、金属箔5や編組層6以外の形態のものを用いてもよい。アウターシース層9についても、磁性シース層8の保護等の機能に対する要請がそれほど大きくない場合には、省略してもよい。また、上記の形態では、説明した各層を、それぞれ内側の構成層の外周に直接接触させて形成しているが、通信用電線は、上記で説明した各層以外の構成層を、適宜含むものであってもよい。以下、上記で例示した同軸型の通信用電線1の各構成部材について、詳細に説明する。
【0022】
(コア線)
コア線4は、通信用電線1において、電気信号の伝送を担う信号線であり、導体2と、導体2の外周を被覆する絶縁層3とを有している。導体2および絶縁層3を構成する材料は、特に限定されるものではない。
【0023】
導体2を構成する材料としては、種々の金属材料を用いることができるが、高い導電性を有する等の点から、銅合金を用いることが好ましい。導体2は、単線として構成されてもよいが、屈曲時の柔軟性を高める等の観点から、複数の素線(例えば7本)が撚り合わせられた撚線として構成されることが好ましい。この場合に、素線を撚り合わせた後に、圧縮成形を行い、圧縮撚線としてもよい。導体2が撚線として構成される場合に、全て同じ素線よりなっても、2種以上の素線を含んでいてもよい。導体2の径は、特に限定されるものではない。導体断面積として、0.05mm2以上、また1.0mm2以下の範囲を例示することができる。
【0024】
絶縁層3は、コア線4において、導体2を絶縁するものであり、有機ポリマーを含んでいる。有機ポリマーの種類は、特に限定されるものではないが、ポリオレフィンやオレフィン系共重合体等のオレフィン系ポリマー、ポリ塩化ビニル等のハロゲン系ポリマー、各種エンジニアリングプラスチック、エラストマー、ゴム等を挙げることができる。有機ポリマーは、1種のみを用いても、混合、積層等により、2種以上を合わせて用いてもよい。有機ポリマーは、架橋されていてもよく、また、発泡されていてもよい。
【0025】
通信特性を高める観点からは、絶縁層3を構成する有機ポリマーとして、上記で列挙したうち、低分子極性のものを用いることが好ましい。例えば、ポリプロピレン(PP)をはじめとするポリオレフィン等、無極性の有機ポリマーを含んで、絶縁層3を構成することが好ましい。ポリオレフィンとしては、ホモPP等のホモポリオレフィンを用いても、ブロックPP等のブロックポリオレフィンを用いてもよい。
【0026】
絶縁層3は、有機ポリマーに加え、適宜、添加剤を含有してもよい。添加剤としては、金属水酸化物等の難燃剤、銅害防止剤、ヒンダードフェノール系や硫黄系等の酸化防止剤、酸化亜鉛等の金属酸化物を例示することができる。ただし、絶縁層3は、磁性シース層8に含有されるような、磁性材料よりなる添加剤は、含有しない方がよい。
【0027】
(金属シールド層)
金属シールド層7は、コア線4と磁性シース層8との間に設けられており、金属箔5と編組層6とが積層された2層構造を有している。
【0028】
金属箔5は、金属材料の薄膜として構成されている。金属箔5を構成する金属の種類は、特に限定されるものではなく、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等を例示することができる。金属箔5は、単一の金属種より構成されても、2種以上の金属種の層が積層されてもよい。また、金属箔5は、独立した金属薄膜よりなる形態のほか、高分子フィルム等の基材に、蒸着、めっき、接着等によって金属層が結合されたものであってもよい。ノイズ遮蔽性を高める観点から、金属箔5は、コア線4に対して、縦添え状に配置することが好ましい。
【0029】
編組層6は、複数の金属素線が相互に編み込まれて、中空筒状に成形された編組体として構成されている。編組層6を構成する金属素線としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属材料、あるいはそれら金属材料の表面に、スズ等によってめっきを施したものを例示することができる。
【0030】
金属シールド層7は、同軸電線構造において、外部導体を構成するものであり、静電遮蔽により、コア線4に対して侵入するノイズ、またコア線4から放出されるノイズを遮蔽する役割を果たす。後に説明するように、通信用電線1において、ノイズ遮蔽効果は、磁性シース層8によっても発揮されるが、通信用電線1を、1GHz以上のような高周波域の通信に用いる場合には、ノイズの影響が深刻になりやすく、磁性シース層8とともに金属シールド層7を設けることで、ノイズの影響を効果的に低減することができる。金属シールド層7として、金属箔5と編組層6を併用することで、ノイズ遮蔽効果を、高めることができる。金属箔5と編組層6の積層順は特に限定されるものではないが、信号の損失を少なくする等の理由で、金属箔5を内側、編組層6を外側に配置することが好ましい。
【0031】
(磁性シース層)
磁性シース層8は、コア線4の外周を被覆するものである。本実施形態においては、磁性シース層8は、金属シールド層7を介して、コア線4の外周を被覆している。
【0032】
磁性シース層8は、粉末状の磁性材料と、有機ポリマー成分とを含有している。磁性材料の粉末は、有機ポリマー成分より構成されるマトリクス中に分散された状態をとる。磁性シース層8に含有される磁性材料は、好ましくは強磁性材料であり、さらに好ましくは、軟磁性を有する金属または金属化合物である。磁性シース層8に、磁性材料、特に軟磁性材料が含有されることにより、通信用電線1において、優れたノイズ遮蔽効果を得ることができる。つまり、通信用電線1の外部からの電磁波が、通信用電線1に侵入し、ノイズとなってコア線4を伝送される信号に影響を与える現象、および、コア線4を伝送される信号に起因する電磁波が、通信用電線1の外部に放出される現象を、抑制することができる。磁性シース層8に含有される磁性材料における磁性損失により、ノイズの要因となりうる高周波の電磁波が吸収され、減衰されるからである。通信用電線1において、ノイズ遮蔽効果は、金属箔5および編組層6によっても発揮されるが、通信用電線1を、1GHz以上のような高周波域の通信に用いる場合には、ノイズの影響が深刻になりやすく、金属箔5および編組層6とともに磁性シース層8を設けることで、ノイズの影響を効果的に低減することができる。
【0033】
(1)磁性材料
1GHz以上等の高周波領域で、高いノイズ遮蔽性を示す軟磁性材料として、鉄(純鉄または少量の炭素を含む鉄)、Fe-Si系合金(ケイ素鋼)、Fe-Si-Al合金(センダスト)、Fe-Cr-Al-Si合金、Fe-Si-Cr合金等の磁性ステンレス鋼、Fe-Ni系合金(パーマロイ)、フェライト等を例示することができる。これらの材料の中で、ノイズ遮蔽性と低価格性に優れることから、フェライトを用いることが特に好ましい。フェライトとしては、Ni-Zn系のものを、特に好適に用いることができる。磁性材料は、1種のみを用いても、混合等により、2種以上を合わせて用いてもよい。
【0034】
磁性シース層8に含有される磁性材料の粒子は、平均粒径(電子顕微鏡観察における円相当径のD50値)が50μm以下となっている。磁性材料の粒径が大きすぎると、磁性材料が有機ポリマー成分の中に分散された複合材の組織が、脆くなってしまい、磁性材料が有機ポリマー成分とともに、粗大な樹脂屑(磁性材料を含んだ有機ポリマーの粉体)を形成して、磁性シース層8から削り取られる事態が起こりやすい。しかし、磁性材料の平均粒径を50μm以下に抑えておくことで、磁性材料と有機ポリマー成分との間の親和性が高くなり、磁性材料と有機ポリマー成分との間の接着力が強くなる。すると、磁性シース層8が外部の部材との間に摩擦を受けても、樹脂屑の発生を伴う摩耗が起こりにくくなる。また、摩耗が起こって樹脂屑が発生する場合でも、それらの樹脂屑が微細なものとなる。50μm以下の平均粒径を有する磁性材料は、ノイズの遮蔽においても、優れた効果を発揮する。樹脂屑の微細化およびノイズ遮蔽性能向上の効果をさらに高める観点から、磁性材料の平均粒径は、45μm以下、さらには30μm以下であると、より好ましい。磁性材料は、有機ポリマー成分中で、凝集等によって二次粒子を形成せずに分散していることが好ましいが、二次粒子を形成する場合には、一次粒径だけでなく、二次粒径も、上記の上限以下となっていることが好ましい。
【0035】
磁性材料の粒径には、特に下限は設けられない。しかし、粗大な樹脂屑の形成抑制、および形成される樹脂屑の微細化における効果の飽和を避ける観点、また磁性材料の取り扱い性を確保する観点から、磁性材料の平均粒径は、0.1μm以上、さらには0.5μm以上としておくとよい。磁性材料の粒子形状も特に限定されず、球形、扁平形状、不定形等の粒子を用いることができる。
【0036】
磁性シース層8における磁性材料の含有量は、有機ポリマー成分全体を100質量部として、300質量部以上となっている。有機ポリマー成分100質量部に対して磁性材料が300質量部以上含有されることで、磁性シース層8が高いノイズ遮蔽性能を示す。磁性材料の含有量は、350質量部以上であると、磁性シース層8のノイズ遮蔽性能を高める点で、さらに好ましい。磁性シース層8が多量の磁性材料を含有することで、外部の部材との間で摩擦を受けた際に、摩耗によって粗大な樹脂屑が発生しやすくなるが、上記のように、磁性材料の平均粒径が50μm以下に抑えられていること、また次に説明するように有機ポリマー成分が所定量以上の酸変性ポリマーを含有することにより、磁性シース層8が300質量部以上もの磁性材料を含んでいても、樹脂屑の発生が抑えられ、発生する樹脂屑も微細なものとなる。以降においても、磁性シース層8の各構成成分について、質量部を単位とする含有量は、有機ポリマー成分全体を100質量部として表記するものとする。
【0037】
磁性材料の含有量の上限は、特に限定されるものではない。しかし、その含有量は、800質量部以下であることが好ましい。すると、樹脂屑の微細化効果や、機械的強度等、有機ポリマー成分によってもたらされる特性を、磁性シース層8全体の特性として、発揮させやすくなる。
【0038】
(2)有機ポリマー成分
磁性シース層8を構成する材料は、有機ポリマーを含んでいる。その有機ポリマーには、少なくとも、酸変性ポリマーが含まれる。そして、酸変性ポリマーの含有量が、有機ポリマー成分全体を100質量部として、15質量部以上となっている。
【0039】
磁性シース層8が、酸変性ポリマーを含むこと、さらにその酸変性ポリマーの含有量が、15質量部以上となっていることにより、磁性シース層8において、外部の部材との間の摩擦によって、粗大な樹脂屑が発生しにくくなる。その理由は以下のとおりである。まず、酸変性ポリマーは、材料自体の特性として高い破断強度を有するうえ、極性を有することで磁性材料との間に高い親和性を有し、磁性材料粒子との界面において高い接着性を示すため、磁性シース層8の破断強度を効果的に高める材料となる。磁性シース層8が高い破断強度を有することで、磁性シース層8が外部の部材との間に摩擦を受けても、摩耗による磁性シース層8の削り取りが起こりにくくなる。加えて、摩耗が起こる場合でも、磁性シース層8の破断強度が高いことで、摩耗によって発生した樹脂屑が、大きく引き伸ばされずに、微細な状態で引きちぎられて、磁性シース層8から分離される。これらの機構により、摩耗によって粗大な樹脂屑が発生しにくくなる。それらの効果をさらに高める観点から、磁性シース層8における酸変性ポリマーの含有量は、20質量部以上であると、さらに好ましい。
【0040】
磁性シース層8における酸変性ポリマーの含有量の上限は、特に限定されるものではない。しかし、酸変性ポリマーは、後に挙げるエラストマー等、破断伸びの大きい有機ポリマーと比較して、結晶化度が高いため、磁性シース層8に多量に含有されると、低温環境で磁性シース層8の特性が低くなってしまう可能性がある。そこで、磁性シース層8の耐低温特性を確保し、低温環境において亀裂等の損傷の発生を抑制する観点から、酸変性ポリマーの含有量は、25質量部以下に抑えられることが好ましい。
【0041】
酸変性ポリマーの具体的な種類は特に限定されないが、酸変性ポリプロピレンをはじめとする酸変性ポリオレフィンを好適に用いることができる。酸変性の種類としては、マレイン酸変性、無水マレイン酸変性等を適用することができる。酸変性ポリマーとしては、引張破壊応力が20MPa以上、また50MPa以下のもの、破断伸びが10%以上、また200%以下のものを好適に用いることができる。ポリマー組成物の破断伸びおよび引張破壊応力は、JIS K 7161に準拠した引張試験によって評価することができる。酸変性ポリマーとしては、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。
【0042】
酸変性ポリマー以外に磁性シース層8に含まれる有機ポリマーの種類は特に限定されるものではなく、ポリオレフィンやオレフィン系共重合体等のオレフィン系ポリマー、ポリ塩化ビニル等のハロゲン系ポリマー、各種エンジニアリングプラスチック、エラストマー、ゴム等を用いることができる。酸変性ポリマー以外の有機ポリマーとしては、1種のみを用いても、2種以上を合わせて用いてもよい。
【0043】
磁性シース層8に含有される酸変性ポリマー以外の有機ポリマーの少なくとも一部として、酸変性ポリマーよりも大きな破断伸びを有するものを用いることが好ましい。破断伸びの大きい有機ポリマーとして、エラストマーを好適に用いることができる。エラストマーをはじめとして、大きな破断伸びを有する材料を、磁性シース層8において酸変性ポリマーと併用することで、磁性シース層8の耐摩耗性を向上させる効果が、特に高くなる。
【0044】
エラストマーの種類は、特に限定されるものではなく、オレフィン系、スチレン系、塩化ビニル系、ウレタン系、エステル系等の各種熱可塑性エラストマー等を適用することができる。それらの中で、オレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)を用いることが、特に好適である。TPOは、磁性シース層8を構成する有機ポリマー成分として、酸変性ポリオレフィンをはじめとする酸変性ポリマーと共に用いることで、摩耗時の粗大な樹脂屑の発生抑制に高い効果を示す。磁性シース層8に含有されるエラストマーは、破断伸びが200%以上、また1100%以下であるとよい。
【0045】
磁性シース層8において、エラストマーの含有による効果を十分に得る観点から、エラストマーの含有量は、有機ポリマー成分100質量部のうち45質量部以上であるとよい。一方、多量のエラストマーの含有による磁性シース層8の破断強度の低下を抑制する観点から、エラストマーの含有量は、60質量部以下に抑えておくとよい。特に、エラストマーは異種のものを2種以上併用することが好ましい。さらに好ましくは、2種のエラストマーとして、破断伸びが200%以上400%以下の第一のエラストマーと、破断伸びが900%以上1100%以下の第二のエラストマーを用いて、有機ポリマー成分100部のうち、第一のエラストマーを30部以下配合するとともに、第二のエラストマーを第一のエラストマー以下の量だけ配合するとよい。
【0046】
磁性シース層8に含有される酸変性ポリマー以外の有機ポリマーとして、エラストマーに加えて、未変性のポリオレフィンを用いる形態も好ましい。未変性のポリオレフィンを用いることで、樹脂の流動性が向上し、押出成形性が良化する効果が得られる。未変性ポリオレフィンとしては、ポリプロピレン等を好適に用いることができる。未変性ポリオレフィンは、ホモポリオレフィンでも、ブロックポリオレフィンでもよい。磁性シース層8における未変性ポリオレフィンの含有量は有機ポリマー成分100質量部のうち、10質量部以上、また50質量部以下としておくとよい。
【0047】
磁性シース層8は、磁性材料と有機ポリマーに加え、適宜、添加剤を含有してもよい。添加剤としては、難燃剤、銅害防止剤、酸化防止剤、金属酸化物等を例示することができる。ただし、それら添加剤も、磁性材料と同様に、平均粒径が50μm以下に抑えられていることが好ましい。
【0048】
磁性シース層8の厚さは、特に限定されるものではないが、ノイズ遮蔽効果および耐摩耗性を十分に高める観点から、0.10mm以上であるとよい。一方、曲げ柔軟性を確保する等の観点から、磁性シース層8の厚さは、0.50mm以下であるとよい。
【0049】
(3)磁性シース層の特性
以上のように、磁性シース層8は、有機ポリマー成分として、酸変性ポリマーを含有し、その酸変性ポリマーの含有量が、有機ポリマー成分100質量部のうち、15質量部以上となっていることにより、300質量部以上もの磁性材料を含有していても、高い破断強度を有するものとなる。磁性シース層8が高い破断強度を有することで、磁性シース層8が外部の部材との間で摩擦を受けても、磁性シース層8の表面が摩耗によって削り取られにくくなる。また、摩耗が起こることがあっても、その摩耗によって発生する樹脂屑が、微細なものとなりやすい。樹脂屑の微細化は、磁性シース層8を構成する磁性材料の平均粒径が50μm以下に抑えられていることによっても促進される。
【0050】
摩耗によって粗大な樹脂屑が発生し、磁性シース層8から離脱すると、樹脂屑として磁性シース層8が削り取られた箇所において、ノイズ遮蔽性能が局所的に悪化する可能性があるのに対し、発生する樹脂屑が微細なものであると、そのように局所的なノイズ遮蔽性能の低下が起こりにくい。また、摩耗によって磁性シース層8の表面が削れて凹部が形成されることがあっても、摩耗に伴って発生する樹脂屑が微細なものであれば、発生した樹脂屑がその凹部に入り込み、凹部を埋めるように密に集積される。すると、ノイズとなる電磁波が、凹部を通って通信用電線1に対して侵入および放出されにくくなり、磁性シース層8が有するノイズ遮蔽性能が高く維持される。このように、磁性シース層8への所定量の酸変性ポリマーの添加によって、磁性シース層8が摩擦を受けても、粗大な樹脂屑が発生しにくくなることで、磁性シース層8の耐摩耗性が向上し、摩擦を経ても磁性シース層8が高いノイズ遮蔽性能を維持するものとなる。おおむね、磁性シース層8の摩耗に伴って発生する樹脂屑の長径(樹脂屑を横切る最も長い直線の長さ)が、400μm以下となれば、凹部への樹脂屑の集積によってノイズ遮蔽性を保つ効果が高く得られる。発生した樹脂屑が粗大なものであれば、微細なものである場合とは異なり、凹部を密に塞ぐように、凹部に嵌まり込むことができず、ノイズ遮蔽性の維持に有効に寄与しない。
【0051】
磁性シース層8の耐摩耗性の向上は、上記のように、磁性シース層8を構成する有機ポリマー成分として破断強度の高いものを用いること以外に、磁性シース層8を構成する有機ポリマー成分として破断伸びの大きいものを用いることでも達成されうる。ただし、破断強度の向上による耐摩耗性の向上は、摩耗自体の抑制、および摩耗時に発生する樹脂屑を微細化することによって達成されるのに対し、破断伸びの向上による耐摩耗性の向上は、発生途上にある樹脂屑を磁性シース層8から分離させずに、磁性シース層8とつながった状態に留まらせることによって達成される。発生する樹脂屑の大きさに関しては、有機ポリマー成分の破断伸びが大きくなり、摩擦の過程で、発生途上の樹脂屑が引きずられて延伸されることで、むしろ粗大になる。粗大な樹脂屑が発生し、磁性シース層8から分離されない状態に留まったとしても、その粗大な樹脂屑は、摩耗によって発生した凹部を密に埋めるものとはなりにくく、摩耗によるノイズ遮蔽性低下の抑制には、有効に寄与しない。
【0052】
このように、有機ポリマー成分の破断強度の向上による耐摩耗性の向上と、破断伸びの向上による耐摩耗性の向上は、異なるメカニズムにより、異なる状態を磁性シース層8の表面に形成するものであり、破断伸びの向上は、ノイズ遮蔽性低下の抑制に効果を示す樹脂屑の微細化現象には、寄与しない。一般に、大きな破断伸びを有する有機ポリマーは、破断強度が低くなってしまう。本実施形態においては、磁性シース層8を構成する有機ポリマー成分として、酸変性ポリマーが、有機ポリマー成分100質量部のうち、15質量部以上含有されることにより、相対的に、エラストマー等、高い破断伸びを有しうる有機ポリマーの含有量が、少なく抑えられる。そのため、磁性シース層8が、全体として、破断伸びが抑えられる代わりに高い破断強度を有するものとなり、摩耗によって発生する樹脂屑の微細化と、それによる摩耗時のノイズ遮蔽性の維持という意味での耐摩耗性の向上に、高い効果が得られる。本実施形態にかかる通信用電線1は、他の部材と接触した状態で摩擦を受けても、磁性シース層8の摩耗によるノイズ遮蔽性能の低下が起こりにくいため、自動車内等、他の部材と接触した状態で振動を頻繁に受ける環境で使用するのに適している。
【0053】
さらに、磁性シース層8における酸変性ポリマーの含有量を、25質量部以下に抑えておけば、上で説明したように、磁性シース層8の耐低温特性を高く維持することができる。通信用電線1を自動車内で用いる場合には、通信用電線1が低温環境にさらされることも想定されるため、耐低温特性を耐摩耗性とともに高くしておくことが、好ましい。なお、高い耐低温特性は、本開示の通信用電線1が必須に備えるべきものではなく、低温環境での使用が想定されない場合等には、備えなくてもよい。
【0054】
材料の破断強度は、引張破壊応力によって評価することができ、磁性シース層8において、摩耗の抑制および樹脂屑の微細化の効果を高く得る観点から、磁性シース層8全体としての引張破破壊応力が、20MPa以上、さらには24MPa以上であることが好ましい。一方、酸変性ポリマー等、引張破壊応力を高める成分を多量に含有することによる耐低温特性の低下を抑制する観点から、磁性シース層8全体としての引張破壊応力は、28MPa以下であるとよい。
【0055】
上記のように、エラストマー成分等、大きな破断伸びを有する有機ポリマーは、磁性シース層8において、摩耗時に発生する樹脂屑の微細化に寄与せず、むしろ樹脂屑を粗大化させるものとなるが、酸変性ポリマーとは異なる機構で、磁性シース層8の摩耗の抑制に寄与するものではある。また、それら大きな破断伸びを有する有機ポリマーは、酸変性ポリマーの含有による耐低温特性の低下を補って、耐低温特性の向上に寄与するものとなる。よって、本実施形態の磁性シース層8において、有機ポリマー成分100質量部のうち、15質量部以上を酸変性ポリマーとすることで、相対的に他の成分の含有量を制限したうえでならば、他の成分として、エラストマー成分等、破断伸びの大きな有機ポリマーを含有させることで、磁性シース層8において、高い耐摩耗性と高い耐低温特性を効果的に両立しやすくなる。それらの効果を高める観点から、磁性シース層8全体としての破断伸びが、55%以上であることが好ましい。一方、磁性シース層8の破断伸びが大きくなりすぎることによって、樹脂屑の微細化の効果が低下するのを避ける観点から、磁性シース層8全体としての破断伸びが、80%以下、さらには75%以下であることが好ましい。
【0056】
(アウターシース層)
アウターシース層9は、磁性シース層8の外周を被覆して設けられる層であり、通信用電線1全体としての外周に露出している。アウターシース層9は、不可避的不純物を除いて、磁性材料を含有していない。
【0057】
アウターシース層9は、磁性シース層8およびさらに内側の各構成部材を、外部の物体との接触等から、物理的に保護する役割を果たす。上記のように、磁性シース層8は、成分組成の設定により、摩耗によって発生する樹脂屑を微細化することで、外部の物体との接触があっても、ノイズ遮蔽性が低下するような摩耗は発生しにくくなっているため、磁性シース層8の摩耗の十分な抑制の観点からは、アウターシース層9は必ずしも設けられなくもよい。しかし、アウターシース層9で磁性シース層8を保護しておくことで、磁性シース層8がさらに摩耗を起こしにくくなり、ノイズ遮蔽性能をさらに高度に維持しやすくなる。また、磁性シース層8においては、磁性材料の含有により、硬度が高くなり、亀裂や割れ等の損傷が発生しやすくなる場合があるが、磁性シース層8がアウターシース層9で被覆されていることで、磁性シース層8に亀裂や割れ等の損傷が生じることがあっても、その損傷が進展し、大きな空隙の形成に至るのを、抑制することができる。すると、損傷の進展によって、磁性シース層8の面に空隙が形成され、その空隙を介して電磁波が漏洩することで、磁性シース層8のノイズ遮蔽性能が低下する事態が、起こりにくくなる。
【0058】
アウターシース層9は、有機ポリマーを含んでいることが好ましい。具体的な有機ポリマーとしては、絶縁層3や磁性シース層8を構成する有機ポリマーと同様に、ポリオレフィンやオレフィン系共重合体等のオレフィン系ポリマー、ポリ塩化ビニル等のハロゲン系ポリマー、各種エンジニアリングプラスチック、エラストマー、ゴム等を挙げることができる。中でも、絶縁性および耐熱性に優れる等の点から、オレフィン系ポリマー、特にTPOを用いることが好ましい。有機ポリマーは、1種のみを用いても、混合、積層等により、2種以上を合わせて用いてもよい。有機ポリマーは、架橋されていてもよく、また、発泡されていてもよい。好ましくは、磁性シース層8とアウターシース層9の間の接着性を高める観点から、磁性シース層8を構成する有機ポリマーのうち、少なくとも一部と同種の有機ポリマーが、アウターシース層9にも含まれるとよい。特に、磁性シース層8に含まれるのと同種のエラストマーがアウターシース層9にも含まれるとよい。
【0059】
アウターシース層9の厚さは、特に限定されるものではないが、磁性シース層8に対する保護性能を高める等の観点から、0.10mm以上とするとよい。一方、柔軟性を高めやすくする等の観点から、アウターシース層9の厚さは、0.50mm以下としておくとよい。
【実施例0060】
以下に実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。本実施例において、各特性の評価は、特記しないかぎり、常温、大気中において行っている。
【0061】
[通信用電線の作製]
銅合金の撚線として構成された導体の外周に、押出し成形によって絶縁層を形成して、コア線とした。絶縁層の構成材料としては、下の表1に、「絶縁層」として表示した各成分を混合したものを用いた。導体断面積は0.18mm2、絶縁層の厚さは0.54mmとした。
【0062】
コア線の外周に、金属箔として、銅箔を縦添え状に配置した。さらに、銅箔の外周に、編組層を形成した。編組層は、スズめっき軟銅線(TA線)よりなる一重編組として構成した。
【0063】
編組層の外周に、磁性シース層を形成した。磁性シース層としては、試料A1~A11およびB1~B7のそれぞれにおいて、下の表2,3に示す有機ポリマーおよび磁性材料粉末を混合したものを、肉厚0.20mmで押出し成形した。試料A1~A11では、各成分の配合比を変化させている。一方、試料B1~B7では、それぞれ異なる磁性材料を添加している。
【0064】
さらに、各試料について、磁性シース層の外周に、押出し成形によってアウターシース層を形成することで、通信用電線を完成させた。アウターシース層の肉厚は0.20mmとした。アウターシース層の構成材料としては、いずれの試料についても、下の表1に、「アウターシース層」として表示した各成分を混合したものを用いた。
【0065】
絶縁層、磁性シース層、アウターシース層を構成する各成分としては、以下のものを用いた。有機ポリマーのうち、磁性シース層に用いたものについては、破断伸びおよび引張破壊応力も合わせて表示している。
(有機ポリマー)
・TPO1:ライオンデル・バセル社製 TPO 「Adflex Q200F」、破断伸び:350%、引張破壊応力:11MPa
・TPO2:エクソン・モービル社製 TPO 「サントプレーン 203-40」
・TPO3:三井化学社製 TPO 「タフマー PN-20300」、破断伸び:1080%、引張破壊応力:21MPa
・ブロックPP1:日本ポリプロ社製 ブロックPP 「ノバテック EC9GD」
・ブロックPP2:日本ポリプロ社製 ブロックPP 「ノバテック BC06C」、破断伸び:10%、引張破壊応力:40MPa
・ホモPP:日本ポリプロ社製 「ノバテック EA9FTD」
・酸変性SEBS:旭化成社製 「タフテック M1913」
・マレイン酸変性PP:三井化学社製「アドマー QE820」、破断伸び:82%、引張破壊応力:22MPa
【0066】
(磁性材料)
・Ni-Znフェライトとして、以下の3種の粒径(平均粒径)の製品を用いた。いずれも、粒子形状は、凹凸球形を含む不定形である。いずれも、JFEケミカル社製である。
「KNI-109」:粒径0.8mm
「KNI-109GSM」:粒径21mm
「KNI-109GS」:粒径100mm
・Fe-Si-Cr合金:三菱製鋼社製「AKT-7」(粒子形状:凹凸のない球形、粒径10μm)
・Fe-Si-Al合金として、以下の2種の粒径の製品を用いた。いずれも、粒子形状は、扁平形状である。いずれも、山陽特殊製鋼社製である。
「高透磁率微粉タイプ」:粒径30μm
「高透磁率 タイプB」:粒径45μm
・Fe-Si系合金:山陽特殊製鋼社製「高透磁率 標準タイプ」(粒子形状:扁平形状、粒径60μm)
【0067】
(その他の添加剤)
・銅害防止剤:ADEKA社製 「CDA-1」
・ヒンダードフェノール系酸化防止剤:BASF社製 「Irganox 1010FF」
・硫黄系酸化防止剤:川口化学社製 「アンテージMB」(2-メルカプトベンゾイミダゾール)
・酸化亜鉛:ハクスイテック社製 「亜鉛華2種」
・難燃剤:協和化学工業株式会社製 「キスマ5」(水酸化マグネシウム)
【0068】
表1に、全試料の絶縁層およびアウターシース層の作製に用いた材料について、成分組成を、質量部を単位として示す。
【表1】
【0069】
[評価]
(1)ノイズ遮蔽性
試料A1~A11および試料B1~B7にかかる通信用電線に対して、ノイズ遮蔽性を評価した。評価としては、CISPR25(国際無線障害特別委員会による「車載受信機保護のための妨害波の推奨限度値および測定法」の規格)に準拠した放射エミッション評価を行った。具体的には、電波暗室内にて、1500mmに切り出した通信用電線の中央部から側方に1.0m離した位置に、ホーンアンテナを設置した。そして、通信用電線に、1.6GHzの周波数の電気信号を入力し、この際のノイズ放射量を、ホーンアンテナにより計測した。ノイズ放射量が16dB(μV/m)未満の場合を、ノイズ遮蔽性が特に高い「A+」と評価した。ノイズ放射量が16dB(μV/m)以上22dB(μV/m)未満の場合を、ノイズ遮蔽性が高い「A」と評価した。ノイズ放射量が22dB(μV/m)以上の場合を、ノイズ遮蔽性が低い「B」と評価した。評価は、製造した通信用電線の初期状態と、摩耗試験を行った後の状態に対して行った。摩耗試験としては、通信用電線の側周部に、外径0.45mmの鉄線を荷重7Nで押し当てた状態で、100回往復運動させた。
【0070】
(2)磁性シース層の引張特性
JIS K 7161に準拠した引張試験により、試料A1~A11の磁性シース層の破断伸びおよび引張破壊応力を計測した。計測対象の試験片としては、上記のように通信用電線を形成する途中で、磁性シース層の形成まで完了した段階の電線に対し、内部のコア線と金属箔、編組層を引き抜いて除去したものを用いた。
【0071】
(3)樹脂屑のサイズ
試料A1~A11について、上記ノイズ遮蔽性試験の一環として行った摩耗試験において、磁性シース層から発生した樹脂屑を回収し、顕微鏡で観察した。樹脂屑のうち、長径(樹脂屑を横切る最長の直線)が最も長いものについて、その長径を樹脂屑のサイズとして記録した。
【0072】
(4)耐低温特性
試料A1~A11について、耐低温特性を評価するために、低温巻き付け試験を行った。つまり、電線外径と等しいステンレス製の丸棒に各通信用電線を巻き付け、-40℃の低温に、4時間放置した。その後、目視にて磁性シース層の表面を観察し、亀裂が発生していない場合に、耐低温特性が高い「A」と評価した。亀裂が発生している場合には、耐低温特性が低い「B」と評価した。
【0073】
[結果]
表2に、磁性シース層の各成分の配合比を異ならせた試料A1~A11のそれぞれについて、磁性シース層の成分組成(単位:質量部)を上段に、各評価の結果を下段に示す。また、表3に、磁性シース層に添加する磁性材料を異ならせた試料B1~B7のそれぞれについて、磁性シース層の成分組成(単位:質量部)を上段に、ノイズ遮蔽性の評価結果を下段に示す。表2,3で、各成分の配合量は、有機ポリマー成分の合計を100質量部として表示している。試料A7と試料B1は同じものである。
【0074】
【0075】
【0076】
表2によると、磁性材料の含有量が、300質量部よりも少ない試料A1,A2では、摩耗試験を行う前の初期状態から、ノイズ遮蔽性が低くなってしまっている(B)。一方で、磁性材料の含有量が、300質量部以上となっている試料A3~A11では、初期状態においては、高いノイズ遮蔽性が得られている(A+)。この結果から、通信用電線において十分に高いノイズ遮蔽性を得るためには、磁性シース層において、有機ポリマー成分100質量部に対して、300質量部以上の磁性材料を含有させる必要があることが分かる。
【0077】
初期状態で高いノイズ遮蔽性が得られた試料A3~A11のうち、マレイン酸変性PPを含有していないか、15質量部よりも少量しか含有していない試料A3~A5では、摩耗試験後には、ノイズ遮蔽性の評価結果が、悪くなっている(B)。一方で、マレイン酸変性PPを15質量部以上含有している試料A6~A11では、摩耗試験を経ても、高いノイズ遮蔽性能が維持されている(A+)。さらに、摩耗試験で発生した樹脂屑のサイズを見ると、試料A3からA11へと、マレイン酸変性PPの含有量が多くなるほど、樹脂屑が微細になっている。マレイン酸変性PPの含有量が15質量部以上である試料A6~A11では、樹脂屑のサイズが400μm以下となっている。これらの結果から、磁性シース層において、酸変性ポリマーを有機ポリマー成分100質量部に対して15質量部以上含有させることで、摩耗時に発生する樹脂屑が長径400μm以下に微細化され、その結果として、摩耗試験を経ても優れたノイズ遮蔽性を維持できる高い耐摩耗性が得られていることが分かる。さらに、試料A6~A11では、磁性シース層の破断伸びが80%以下に抑えられるとともに、引張破壊応力が20MPa以上となっており、これらの物性値が、十分な量の酸変性ポリマーの含有による引張強度の向上と、それに伴う樹脂屑の微細化に対応する指標となっていると言える。
【0078】
ここで一旦表3を見ると、いずれの磁性材料を用いた試料でも、摩耗試験前の初期状態においては、高いノイズ遮蔽性が得られている(A+)。しかし、磁性材料の粒径が50μmよりも大きい試料B3,B7では、摩耗試験を経て、ノイズ遮蔽性が低くなっているのに対し(B)、磁性材料の粒径が50μm以下である試料B1,B2,B4~B6ではいずれも、摩耗試験を経ても高いノイズ遮蔽性を維持している(A+)。このことから、磁性材料の粒径を50μm以下とすることで、磁性シース層の耐摩耗性が高くなり、摩耗を経ても高いノイズ遮蔽性が維持されることが分かる。また、試料B1~B7に用いた磁性材料は、化学組成が異なっているとともに、形状も不定形、球形、扁平形状で異なっているが、いずれにおいても、粒径50μm以下の場合に、摩耗試験を経て高いノイズ遮蔽性が保持されるという結果が得られており、耐摩耗性の向上は、磁性材料の化学組成や形状よりも粒径に依存することが分かる。
【0079】
再び表2を見ると、上記のように、有機ポリマー成分100質量部のうち15質量部以上のマレイン酸変性PPを含有させている試料A6~A11ではいずれも、摩耗試験を経て高いノイズ遮蔽性を維持できる高い耐摩耗性が得られているが(A+)、耐低温特性に注目すると、マレイン酸変性PPの含有量が30質量部以上となっている試料A9~A11では、耐低温特性が低くなっている(B)。一方でマレイン酸変性PPの含有量が25質量部以下となっている試料A6~A8では、高い耐低温特性が得られている(A)。このことから、磁性シース層における酸変性ポリマーの含有量を、15質量部以上、25質量部以下としておけば、高い耐摩耗性に加え、高い耐低温特性が得られると言える。さらに、試料A6~A8では、磁性シース層の破断伸びが55%以上となっているとともに、引張破壊応力が28MPa以下となっており、これらの物性値が、酸変性ポリマーの含有量の抑制による耐低温特性の向上に対応する指標となっていると言える。
【0080】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。