(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023040912
(43)【公開日】2023-03-23
(54)【発明の名称】細胞回収方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/02 20060101AFI20230315BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20230315BHJP
C12M 3/00 20060101ALN20230315BHJP
【FI】
C12N1/02
C12M1/00 C
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021148107
(22)【出願日】2021-09-10
(71)【出願人】
【識別番号】000002059
【氏名又は名称】シンフォニアテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】堀井 大地
(72)【発明者】
【氏名】竹内 晴紀
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA27
4B029BB11
4B029CC02
4B029DF01
4B029DG08
4B065AA90X
4B065BD14
(57)【要約】
【課題】培養された細胞を剥離液によって培養容器から剥離させて回収する際、細胞の損傷を抑制しつつ、コストの増大を抑える。
【解決手段】細胞13を回収する細胞回収方法は、培地移動工程と、剥離液供給工程と、混合工程とを備える。細胞13が培養された後、培地移動工程においては、培養容器6内の使用済み培地11が回収容器5に移動させられる。培地移動工程の後、剥離液供給工程においては、細胞13を培養容器6の内面9から剥離させるための剥離液12Aが培養容器に供給される。剥離液供給工程の後、混合工程においては、剥離液12Aと使用済み培地11とが混合させられる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状の培地が入れられた培養容器の中で培養され、前記培養容器の内面に付着した細胞を回収する細胞回収方法であって、
前記細胞を培養した後、前記培養容器内の使用済み培地を所定の貯留部に移動させる培地移動工程と、
前記培地移動工程の後に、前記細胞を前記培養容器の前記内面から剥離させるための剥離液を前記培養容器に供給する剥離液供給工程と、
前記剥離液供給工程の後に、前記剥離液の少なくとも一部と前記使用済み培地とを混合させる混合工程と、を備えることを特徴とする細胞回収方法。
【請求項2】
前記貯留部は、前記細胞を回収するための回収容器を有するものであり、
前記混合工程において、前記剥離液と前記細胞とが混じった懸濁液を前記培養容器から前記回収容器に移動させることを特徴とする請求項1に記載の細胞回収方法。
【請求項3】
前記貯留部は、所定の第1貯留部と、前記第1貯留部とは別の第2貯留部と、を有するものであり、
前記培地移動工程は、
前記使用済み培地の一部である第1使用済み培地を前記培養容器から前記第1貯留部に移動させる第1培地移動工程と、
前記使用済み培地のうち、前記第1使用済み培地とは別の一部である第2使用済み培地を前記培養容器から前記第2貯留部に移動させる第2培地移動工程と、を有し、
前記混合工程において、前記剥離液と前記細胞とが混じった懸濁液を前記培養容器から前記第1貯留部に移動させ、
前記混合工程の後に、前記第2使用済み培地を前記第2貯留部から前記培養容器に移動させる戻し工程、を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞回収方法。
【請求項4】
前記剥離液供給工程と前記混合工程との間に、
前記細胞が前記培養容器の前記内面から完全に剥離する前に、前記剥離液を前記培養容器から排出する剥離液排出工程と、
前記剥離液排出工程の後に、前記培養容器に前記剥離液の一部が残った状態で所定時間待機する待機工程と、を備え、
前記混合工程において、前記使用済み培地を前記貯留部から前記培養容器に移動させることを特徴とする請求項1に記載の細胞回収方法。
【請求項5】
前記貯留部は、前記細胞を回収するための回収容器を有するものであり、
前記回収容器が配置されている空間の温度を、前記培養容器が配置されている空間の温度よりも低く維持することを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の細胞回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液状の培地が入れられた容器内で培養され、当該容器の内面に付着している細胞を回収する細胞回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液状の培地が入れられた培養容器内で細胞を培養すると、一般的に、細胞は培養容器の内面に付着した状態で増殖する。このため、培養された細胞を回収する際には、細胞を培養容器の内面から剥離させる必要がある。そのために、まず、一般的に、使用済みの培地が培養容器から排出される。その後、例えば非特許文献1に記載されているように、剥離液を培養容器に供給することにより、細胞を培養容器の内面から剥離させることができる。なお、細胞は、剥離液に長時間浸漬されると、剥離液によって損傷させられるおそれがある。そこで、剥離液と細胞とが混じった懸濁液を新鮮な培地と混合させることにより、剥離液による反応が停止させられる(つまり、剥離液が不活性化される)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Corning Incorporated,“Corning HYPERStack Cell Culture Vessel Closed System“,[online],2016年(平成28年),Corning Incorporated,[令和3年7月27日検索],インターネット<URL:https://www.corning.com/catalog/cls/documents/selection-guides/CLS-AN-364%20DL%20HYPERStack%20User%20Guide.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、大規模な設備によって大量の細胞を培養することが検討されている。大量の細胞を回収する必要が生じた場合、上述したように新鮮な培地を用いて剥離液を不活性化させる方法では、新鮮な培地を大量に消費することとなる。このため、コストが非常に大きくなるおそれがある。
【0005】
本発明の目的は、培養された細胞を剥離液によって培養容器から剥離させて回収する際、細胞の損傷を抑制しつつ、コストの増大を抑えることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明の細胞回収方法は、液状の培地が入れられた培養容器の中で培養され、前記培養容器の内面に付着した細胞を回収する細胞回収方法であって、前記細胞を培養した後、前記培養容器内の使用済み培地を所定の貯留部に移動させる培地移動工程と、前記培地移動工程の後に、前記細胞を前記培養容器の前記内面から剥離させるための剥離液を前記培養容器に供給する剥離液供給工程と、前記剥離液供給工程の後に、前記剥離液の少なくとも一部と前記使用済み培地とを混合させる混合工程と、を備えることを特徴とする。
【0007】
細胞が剥離液に長時間浸漬されると、細胞が損傷するおそれがある。本発明では、細胞を培養するために使用された使用済み培地によって、剥離液を少なくとも希釈できる。また、使用済み培地に剥離液を不活性化させる成分が含まれていれば、剥離液を不活性化させることもできる。このように、新鮮な培地を用いなくても、剥離液による細胞の損傷を抑制できる。したがって、培養された細胞を剥離液によって培養容器から剥離させて回収する際、細胞の損傷を抑制しつつ、コストの増大を抑えることができる。
【0008】
第2の発明の細胞回収方法は、前記第1の発明において、前記貯留部は、前記細胞を回収するための回収容器を有するものであり、前記混合工程において、前記剥離液と前記細胞とが混じった懸濁液を前記培養容器から前記回収容器に移動させることを特徴とする。
【0009】
混合工程において、貯留部から培養容器に使用済み培地を移動させても良いが、この場合、使用済み培地と細胞との懸濁液を回収するために、培養容器から回収容器に当該懸濁液を移動させる工程がさらに必要となる。本発明では、混合工程が、細胞を回収容器に移動させる工程(すなわち、回収工程)を兼ねている。したがって、工程数の増加を抑制できる。
【0010】
第3の発明の細胞回収方法は、前記第1又は第2の発明において、前記貯留部は、所定の第1貯留部と、前記第1貯留部とは別の第2貯留部と、を有するものであり、前記培地移動工程は、前記使用済み培地の一部である第1使用済み培地を前記培養容器から前記第1貯留部に移動させる第1培地移動工程と、前記使用済み培地のうち、前記第1使用済み培地とは別の一部である第2使用済み培地を前記培養容器から前記第2貯留部に移動させる第2培地移動工程と、を有し、前記混合工程において、前記剥離液と前記細胞とが混じった懸濁液を前記培養容器から前記第1貯留部に移動させ、前記混合工程の後に、前記第2使用済み培地を前記第2貯留部から前記培養容器に移動させる戻し工程、を備えることを特徴とする。
【0011】
混合工程において懸濁液を第1貯留部に移動させるとき、培養された細胞の一部が培養容器に残留する可能性がある。本発明では、培養容器に残留した一部の細胞を、戻し工程において培養容器に戻された第2使用済み培地と混合させることができる。これにより、当該一部の細胞を第2使用済み培地とともに回収できる。したがって、コストの増大を抑えつつ、細胞の回収率を向上させることができる。
【0012】
第4の発明の細胞回収方法は、前記第1の発明において、前記剥離液供給工程と前記混合工程との間に、前記細胞が前記培養容器の前記内面から完全に剥離する前に、前記剥離液を前記培養容器から排出する剥離液排出工程と、前記剥離液排出工程の後に、前記培養容器に前記剥離液の一部が残った状態で所定時間待機する待機工程と、を備え、前記混合工程において、前記使用済み培地を前記貯留部から前記培養容器に移動させることを特徴とする。
【0013】
細胞が培養容器の内面から完全に剥離するよりも前に剥離液を培養容器から排出したとき、一般的に、細胞及びわずかな剥離液が培養容器に残留する。このような状態で所定時間待機することによって、剥離液による細胞の損傷を極力抑制しつつ、細胞を培養容器の内面から完全に剥離させることができる。さらに、混合工程において使用済み培地を培養容器に移動させることにより、細胞を培養容器内の使用済み培地内に浮遊させることができる。したがって、例えば細胞が剥離液によって損傷されやすいものであっても、細胞の損傷を極力抑制しつつ細胞を回収できる。
【0014】
第5の発明の細胞回収方法は、前記第1~第4のいずれかの発明において、前記貯留部は、前記細胞を回収するための回収容器を有するものであり、前記回収容器が配置されている空間の温度を、前記培養容器が配置されている空間の温度よりも低く維持することを特徴とする。
【0015】
一般的に、細胞は、温かい場所では活性化して変質してしまうおそれがある。この点、本発明では、回収容器の内部の温度を培養容器の内部の温度よりも低く維持することができる。したがって、回収容器の内部の温度が高い場合と比べて、回収容器内に回収された細胞の変質を抑制し、細胞を長時間保存できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1実施形態に係る細胞回収方法を実施するための細胞培養システムを示す模式図である。
【
図2】細胞回収方法の手順を示すフローチャートである。
【
図3】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図4】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図5】第1実施形態の変形例に係る細胞培養システムを示す模式図である。
【
図6】細胞回収方法の手順を示すフローチャートである。
【
図7】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図8】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図9】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図10】別の変形例に係る細胞回収方法の手順を示すフローチャートである。
【
図11】第2実施形態に係る細胞培養システムを示す模式図である。
【
図12】細胞回収方法の手順を示すフローチャートである。
【
図13】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図14】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【
図15】(a)、(b)は、細胞回収方法の手順の一部を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<第1実施形態>
次に、本発明の第1実施形態について説明する。なお、単に説明の便宜上、
図1の紙面上下方向を上下方向(重力の作用する鉛直方向)とする。
【0018】
(細胞培養システムの概略)
第1実施形態に係る細胞回収方法を実施するための細胞培養システム1の概略について、
図1を参照しつつ説明する。
図1は、細胞培養システム1を示す模式的な正面図である。なお、
図1には、後述する細胞13の培養が完了し、当該細胞13が収穫される(回収される)直前の状態の細胞培養システム1が示されている。
【0019】
図1に示すように、細胞培養システム1は、低温エリアを構成する冷蔵庫2と、培養エリアを構成するインキュベータ3とを備える。冷蔵庫2は、各種試薬の成分の変化を抑制しつつ当該試薬を貯蔵するための装置である。インキュベータ3は、後述する細胞13を培養するための装置である。培養される細胞13の種類として、例えば間葉系幹細胞(MSC)或いは人工多能性幹細胞(iPSC)等を挙げることができるが、これには限られない。
【0020】
冷蔵庫2は、低温エリアの温度を約4℃に維持可能に構成されている。これにより、冷蔵庫2内で、各種試薬の成分の変化を抑制しつつ当該試薬を貯蔵することができる。冷蔵庫2は、低温エリアの温度を約4℃以外の温度に調節可能に構成されていても良い。冷蔵庫2は、開閉可能な不図示のドアを有する。冷蔵庫2内には、少なくとも、剥離液貯蔵容器4と回収容器5(本発明の貯留部)とが収容されている。剥離液貯蔵容器4は、後述する剥離液12を貯蔵するための容器である。回収容器5は、培養された細胞13を回収するための容器である。その他にも、冷蔵庫2内には、例えば、細胞13の培養に用いられる液状の培地(不図示)を貯蔵する容器(不図示)等が収容されていても良い。
【0021】
インキュベータ3は、例えば、培養エリアの温度を約37℃に維持可能に構成されている。これにより、インキュベータ3内で細胞13を培養することができる。インキュベータ3は、培養エリアの温度を約37℃以外の温度に調節可能に構成されていても良い。インキュベータ3は、開閉可能な不図示のドアを有する。インキュベータ3内には、少なくとも、培養容器6と剥離液バッファ容器7とが収容されている。培養容器6は、細胞13を培養するための容器である。細胞13が培養され終わったとき、培養容器6内には液状の使用済み培地11が収容されており、使用済み培地11内で細胞13が十分に増殖している。細胞13は、一般的に、培養容器6の内面9(より具体的には、底面)に付着した状態で増殖する。剥離液バッファ容器7は、培養された細胞13を培養容器6の内面9から剥離させるための剥離液12を温めるための容器である。その他にも、インキュベータ3内には、例えば、培地(不図示)を温めるための容器(不図示)等が収容されていても良い。つまり、例えば、インキュベータ3内には、後述の変形例において使用される培地バッファ容器21(
図7参照)が収容されていても良い。但し、ここでは詳細な説明を省略する。
【0022】
少なくとも、剥離液貯蔵容器4、回収容器5、培養容器6及び剥離液バッファ容器7は、例えば複数のチューブを有する配管8によって互いに接続されている。細胞培養システム1において使用される液体又は懸濁液(液体と固体との混合物)は、配管8を経由して、上述した複数の容器のうちある任意の容器から別の任意の容器へ送られる(移動させられる)ことが可能となっている。配管8の途中部には、例えば、不図示の複数のバルブ及び1以上のポンプが設けられている。また、例えば、剥離液バッファ容器7には、不図示の加圧装置が接続されている。複数のバルブを適切に開閉した状態でポンプ又は加圧装置を作動させることにより、所定の液体又は懸濁液が所定の容器へ送られる。バルブ、ポンプ及び加圧装置は、オペレータによって操作されても良い。或いは、バルブ、ポンプ及び加圧装置を制御する不図示の制御装置が設けられていても良い。制御装置が、オペレータの代わりにバルブ、ポンプ及び加圧装置を制御して、液体又は懸濁液を移動させても良い。
【0023】
次に、培地について説明する。本実施形態では、細胞13を培養するために液状の培地(培養液)が用いられる。培地は、細胞13が増殖するための栄養素を有する。栄養素には、例えば、無機塩と、糖類と、アミノ酸と、ビタミン等が含まれる。培地の種類として、例えば、動物由来の血清(例えば、ウシ由来血清)を含む血清培地を採用することができるが、これには限られない。培地として、例えば、ヒト由来成分が含まれ且つヒト以外の動物由来成分が含まれないゼノフリー培地が用いられても良い。或いは、培地として、例えば、動物由来成分が含まれないアニマルフリー培地が用いられても良い。細胞13の培養が完了した後の培地は、使用済み培地11となる。
【0024】
次に、剥離液12について説明する。剥離液12は、培養容器6の内面9に付着した細胞13を内面9から剥離させるための細胞剥離酵素を含む液体である。細胞剥離酵素の種類として、例えば公知のトリプシンを採用することができるが、これには限られない。剥離液12は、トリプシン以外の細胞剥離酵素を含んでいても良い。或いは、剥離液12は、必ずしも細胞剥離酵素を含んでいなくても良く、細胞13を培養容器6の内面9から剥離させる機能を有していれば良い。例えば、剥離液12は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含んでいても良い。
【0025】
ここで、培養された細胞13を収穫する(回収する)ための従来の手順として、例えば以下のような手順が考えられる。すなわち、培養容器6から使用済み培地11が排出されると、細胞13が培養容器6の内面9に付着した状態で残る。その後、剥離液12が培養容器6に供給される。なお、細胞13は、剥離液12に長時間浸漬されていると、剥離液12によって損傷させられるおそれがある。そこで、例えば、回収容器5に新鮮な培地(不図示)が予め入れられている。適切なタイミングで、剥離液12と細胞13とが混じった懸濁液が回収容器5へ送られる。これにより、懸濁液と新鮮な培地とが混合される。一般的に、新鮮な培地には細胞剥離酵素を不活性化させる物質が含まれている。例えば、血清培地には無機塩(カルシウム及びマグネシウム等)が含まれている。また、例えば、細胞剥離酵素であるトリプシンは、カルシウム及びマグネシウムによって不活性化される。このように、培地によって剥離液12が不活性化される。したがって、剥離液12による細胞13の損傷を抑制しつつ、細胞13が回収される。
【0026】
ここで、近年、大規模な設備によって大量の細胞13を培養することが検討されている。大量の細胞13を回収する必要が生じた場合、上述したように新鮮な培地を用いて剥離液12を不活性化させる方法では、新鮮な培地を大量に消費することとなる。このため、コストが非常に大きくなるおそれがある。そこで、細胞13の損傷を抑制しつつ、コストの増大を抑えるために、第1実施形態では以下の手順で細胞13が回収される。
【0027】
細胞培養システム1において細胞13を回収する細胞回収方法の手順について、
図2のフローチャート及び
図3(a)~
図4(b)の模式図を参照しつつ説明する。以下では、説明の便宜上、オペレータが作業を行うものとする。オペレータは、上述したバルブ、ポンプ及び加圧装置(不図示)を操作して、各種液体或いは懸濁液をある容器から別の容器へ送る(移動させる)。オペレータの代わりに、不図示の制御装置がバルブ、ポンプ及び加圧装置を制御しても良い。
【0028】
まず、細胞13の培養が完了した後(培養容器6内の細胞13が十分に増殖した後)、オペレータは、剥離液12を剥離液貯蔵容器4から剥離液バッファ容器7へ送る(S101)。例えば
図3(a)に示すように、剥離液貯蔵容器4内の剥離液12の一部(剥離液12A)が剥離液バッファ容器7へ送られても良い。剥離液12Aは、インキュベータ3内で温められる。剥離液12の別の一部(剥離液12B)は、剥離液貯蔵容器4に残る。
【0029】
次に、オペレータは、使用済み培地11を培養容器6から回収容器5へ送る(S102。培地移動工程。
図3(b)参照)。回収容器5が配置された空間(低温エリア)の温度は、培養容器6が配置された空間(培養エリア)の温度よりも低く維持されている。したがって、使用済み培地11は、冷蔵庫2内で冷やされる。細胞13は、内面9に付着した状態で培養容器6内に残る。
【0030】
次に、オペレータは、温まった剥離液12Aを剥離液バッファ容器7から培養容器6へ送る(S103。剥離液供給工程)。その後、所定時間待つことにより、剥離液12Aによって、細胞13が培養容器6の内面9から剥離させられる。これにより、剥離液12Aと細胞13とが混じって懸濁液14(
図4(a)参照)となる。
【0031】
最後に、オペレータは、懸濁液14を培養容器6から回収容器5へ送る(S104。混合工程)。これにより、懸濁液14(剥離液12A及び細胞13)と使用済み培地11とが混合され、懸濁液15(
図4(b)参照)となる。したがって、使用済み培地11によって剥離液12Aが希釈される。さらに、本願発明者は以下の事実を見出した。すなわち、使用済み培地11において、無機塩以外の栄養素の大部分は細胞13に吸収されてほとんど残っていないが、無機塩は使用済み培地11内にある程度残る。このため、当該無機塩によって剥離液12Aを不活性化することができる。これにより、使用済み培地11によって、細胞13が剥離液12Aによって損傷することを効果的に抑制できる。
【0032】
さらにその後、懸濁液15を例えば不図示の遠心分離機によって細胞13とその他の物質とに分離することにより(濃縮工程)、細胞13を収穫することができる。
【0033】
以上のように、細胞13を培養するために使用された使用済み培地11によって、剥離液12Aを少なくとも希釈できる。また、使用済み培地11に剥離液12Aを不活性化させる成分が含まれていれば、剥離液12Aを不活性化させることもできる。このように、新鮮な培地を用いなくても、剥離液12Aによる細胞の損傷を抑制できる。したがって、培養された細胞13を剥離液12Aによって培養容器6から剥離させて回収する際、細胞13の損傷を抑制しつつ、コストの増大を抑えることができる。
【0034】
また、混合工程において、剥離液12Aと細胞13とが混じった懸濁液14が、培養容器6から回収容器5に移動させられる。つまり、混合工程が、細胞13を回収容器5に移動させる工程(すなわち、回収工程)を兼ねている。したがって、混合工程において回収容器5から培養容器6に使用済み培地11を移動させる場合と比べて、工程数の増加を抑制できる。
【0035】
また、冷蔵庫2内に収容された回収容器5の内部の温度を、インキュベータ3内に収容された培養容器6の内部の温度よりも低く維持することができる。したがって、回収容器5の内部の温度が高い場合と比べて、回収容器5内に回収された細胞13の変質を抑制し、細胞13を長時間保存できる。
【0036】
次に、上記第1実施形態に変更を加えた変形例について説明する。但し、第1実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0037】
(1)第1実施形態においては、培地移動工程において使用済み培地11が全て培養容器6から回収容器5へ送られるものとした。しかしながら、これには限られない。以下、具体的に説明する。例えば
図5に示すように、細胞培養システム1aは、上述した剥離液貯蔵容器4、回収容器5(本発明の第1貯留部)、培養容器6及び剥離液バッファ容器7に加え、培地バッファ容器21(本発明の第2貯留部)を備えていても良い。培地バッファ容器21は、例えばインキュベータ3内に収容されている。剥離液貯蔵容器4、回収容器5、培養容器6、剥離液バッファ容器7及び培地バッファ容器21は、配管8aによって互いに接続されている。
【0038】
細胞培養システム1aにおける細胞回収方法の手順について、
図6のフローチャート及び
図7(a)~
図9(b)の模式図を参照しつつ説明する。まず、細胞13の培養が完了した後、オペレータは、剥離液12Aを剥離液貯蔵容器4から剥離液バッファ容器7へ送る(S201。
図7(a)参照)。次に、オペレータは、培地移動工程の一部として、使用済み培地11の一部(使用済み培地11A。本発明の第1使用済み培地)を培養容器6から回収容器5へ送る(S202。第1培地移動工程。
図7(b)参照)。さらに、オペレータは、培地移動工程の一部として、残りの使用済み培地11B(本発明の第2使用済み培地)を培養容器6から培地バッファ容器21へ送る(S203。第2培地移動工程。
図7(b)参照)。使用済み培地11Bは、使用済み培地11のうち、使用済み培地11Aとは別の一部である。なお、S202とS203の順番は入れ替わっても良い。その後、オペレータは、温まった剥離液12Aを剥離液バッファ容器7から培養容器6へ送る(S204。剥離液供給工程)。その後、所定時間待つことにより、剥離液12Aによって、細胞13が培養容器6の内面9から剥離させられる。これにより、剥離液12Aと細胞13とが混じって懸濁液22(
図8(a)参照)となる。その後、オペレータは、懸濁液22を培養容器6から回収容器5へ送る(S205。混合工程)。これにより、懸濁液22(剥離液12A及び細胞13)と使用済み培地11Aとが混合され、懸濁液23(
図8(b)参照)となる。ここで、S205の工程において懸濁液22内の全ての細胞13が培養容器6から流れ出ることが最も好ましいが、実際には、一部の細胞13が流れ出ずに培養容器6に残ってしまう可能性がある(
図8(a)、(b)の細胞13Aを参照)。そこで、次に、オペレータは、使用済み培地11Bを培地バッファ容器21から培養容器6へ送る(S206。戻し工程)。これにより、細胞13Aと使用済み培地11Bとを混合させて懸濁液24(
図9(a)参照)とし、懸濁液24に含まれる細胞13Aを回収することが可能となる。最後に、オペレータは、懸濁液24を培養容器6から回収容器5へ送る(S207)。これにより、懸濁液23と懸濁液24とが混合されて、懸濁液25(
図9(b)参照)となる。以上のようにして、培養容器6に残留した一部の細胞13Aを、戻し工程において培養容器6に戻された使用済み培地11Bと混合させることができる。これにより、細胞13Aを使用済み培地11Bとともに回収できる。したがって、コストの増大を抑えつつ、細胞13の回収率を向上させることができる。
【0039】
(2)前記までの実施形態においては、混合工程において、剥離液12Aと細胞13との懸濁液(懸濁液14又は懸濁液22)が培養容器6から回収容器5へ送られるものとした。しかしながら、これには限られない。オペレータは、混合工程において、使用済み培地11を回収容器5から培養容器6へ送っても良い。このような作業によって剥離液12Aを希釈及び不活性化できる。なお、この場合、細胞13を回収するために、細胞13が含まれた懸濁液(不図示)を最終的に培養容器6から回収容器5へ送る必要があるので、工程数は多くなる。
【0040】
(3)
図5に示された構成における別の変形例として、細胞培養システム1aにおいて、第1実施形態で示した手順(上述したS101~S104)と類似する以下の手順で細胞回収方法が実施されても良い。以下、
図10のフローチャートを参照しつつ説明する。オペレータは、S101の工程を実行した後、S102(使用済み培地11を培養容器6から回収容器5へ送る工程)の代わりに、例えば、使用済み培地11の全てを培養容器6から培地バッファ容器21へ送る工程(S102A)を実行しても良い。この場合、培地バッファ容器21が本発明の貯留部に相当する。さらに、オペレータは、S103の工程を実行した後、S104(懸濁液14を培養容器6から回収容器5へ送る工程)の代わりに、使用済み培地11を培地バッファ容器21から培養容器6に戻す工程(S104A。本発明の混合工程に相当)を実行しても良い。その後、オペレータは、培養容器6内の懸濁液(不図示)の全てを回収容器5へ送る工程(S105A)を実行しても良い。
【0041】
或いは、当該変形例において、オペレータは、S104Aの工程の代わりに、懸濁液14を培養容器6から培地バッファ容器21へ送る工程(本発明の混合工程に相当)を実行しても良い。その後、オペレータは、S105Aの工程の代わりに、培地バッファ容器21内の懸濁液(不図示)の全てを回収容器5へ送る工程を実行しても良い。
【0042】
<第2実施形態>
次に、本発明の第2実施形態について説明する。但し、第1実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0043】
第1実施形態においては、混合工程において、培養容器6へ送られた剥離液12Aの全てと、使用済み培地11とが混合されるものとした。第2実施形態においては、後述する混合工程において、剥離液12Aの一部と使用済み培地11とが混合される。つまり、第1実施形態及び第2実施形態の両方を考慮すると、混合工程において、剥離液12Aの少なくとも一部と使用済み培地11とが混合される。
【0044】
例えば、一般的に、上述したiPSCは、上述したMSCと比べて剥離液12によって損傷されやすい。このため、iPSCを回収する際には、後述する細胞回収方法が特に有効である。
図11に示すように、細胞培養システム1bは、上述した剥離液貯蔵容器4、回収容器5、培養容器6、剥離液バッファ容器7及び培地バッファ容器21に加え、室温エリア31に配置された排液容器32を有する。剥離液貯蔵容器4、回収容器5、培養容器6、剥離液バッファ容器7、培地バッファ容器21及び排液容器32は、配管8bによって互いに接続されている。
【0045】
細胞培養システム1bにおける細胞回収方法の手順について、
図12のフローチャート及び
図13(a)~
図15(b)の模式図を参照しつつ説明する。
【0046】
まず、細胞13の培養が完了した後、オペレータは、剥離液12Aを剥離液貯蔵容器4から剥離液バッファ容器7へ送る(S301。
図13(a)参照)。次に、オペレータは、使用済み培地11を培養容器6から培地バッファ容器21へ送る(S302。培地移動工程。
図13(b)参照)。第2実施形態においては、培地バッファ容器21が本発明の貯留部に相当する。次に、オペレータは、温まった剥離液12Aを剥離液バッファ容器7から培養容器6へ送る(S303。剥離液供給工程。
図14(a)参照)。
【0047】
そして、オペレータは、ある程度の時間待機した後、細胞13が培養容器6の内面9から完全に剥離するよりも前に、剥離液12Aを培養容器6から排出して排液容器32へ送る(S304。剥離液排出工程。
図14(b)参照)。このとき、細胞13は、培養容器6の内面9に付着しているため、剥離液12Aとともに排出されずに培養容器6内に残留する。また、培養容器6内には、剥離液12Aの一部が、例えば細胞13に付着した状態で残留する。その後、オペレータは所定時間待機する(S305。待機工程)。これにより、培養容器6内にわずかに残った一部の剥離液12Aによって、細胞13を培養容器6の内面9から完全に剥離させることができる。このような方法においては、細胞13が培養容器6の内面9から完全に剥離するまで剥離液12Aに浸漬される場合と比べて、剥離液12Aによる細胞13の損傷を極力抑制できる。次に、オペレータは、使用済み培地11を培地バッファ容器21から培養容器6へ送る(S306。混合工程)。このように、剥離液供給工程と混合工程との間に、剥離液排出工程と待機工程とが設けられている。
【0048】
混合工程において使用済み培地11を培養容器6に移動させることにより、細胞13を培養容器6内の使用済み培地11内に浮遊させることができる。これにより、使用済み培地11と細胞13とが混じって懸濁液33になる(
図15(a)参照)。また、培養容器6内に残留した一部の剥離液12Aが使用済み培地11と混合されるので、使用済み培地11によって当該一部の剥離液12Aを希釈及び不活性化できる。最後に、オペレータは、懸濁液33を培養容器6から回収容器5へ送る(S307。
図15(b)参照)。以上のようにして、例えば細胞13が剥離液12Aによって損傷されやすいものであっても、細胞13の損傷を極力抑制しつつ細胞13を回収できる。
【0049】
次に、上記第2実施形態に変更を加えた変形例について説明する。但し、第2実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0050】
(1)第2実施形態において、混合工程において使用済み培地11の全てが培地バッファ容器21から培養容器6へ送られるものとした。しかしながら、これには限られない。例えば、混合工程において培地バッファ容器21から培養容器6へ使用済み培地11の一部を送り、その後、当該一部の使用済み培地11と細胞13との懸濁液(不図示)を培養容器6から回収容器5へ送っても良い。その後、さらに、残りの使用済み培地11を培地バッファ容器21から培養容器6へ送っても良い。その後、当該残りの使用済み培地11と、培養容器6に残りうる細胞13の一部との懸濁液(不図示)を培養容器6から回収容器5へ送っても良い。
【0051】
次に、上記第1実施形態及び第2実施形態に共通の変形例について説明する。但し、第1実施形態又は第2実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0052】
(1)第1実施形態及び第2実施形態において、細胞13の回収時に剥離液12Aが剥離液バッファ容器7に送られて温められるものとした。しかしながら、これには限られない。例えば、細胞13の培養中に(細胞13の回収が開始されるよりも前のタイミングで)、剥離液12が予め温められていても良い。
【0053】
(2)第1実施形態及び第2実施形態において、回収容器5が冷蔵庫2内に収容されているものとした。しかしながら、これには限られない。例えば、回収容器5に送られた細胞13が速やかに濃縮工程を経て収穫されるならば、回収容器5は別の場所に配置されていても良い。この場合、回収容器5は、例えば、インキュベータ3内に収容されていても良い。或いは、回収容器5は、冷蔵庫2及びインキュベータ3の外側の空間(例えば室温エリア31)に配置されていても良い。
【0054】
(3)使用済み培地11には、剥離液12を不活性化させるための成分が必ずしも含まれていなくても良い。すなわち、細胞13を培養容器6の内面9から剥離させるために使用された剥離液12の少なくとも一部を単に希釈するために、使用済み培地11が用いられても良い。このような場合でも、新鮮な培地を使わずに、剥離液12による細胞13の損傷を抑制できる。
【符号の説明】
【0055】
5 回収容器(貯留部、第1貯留部)
6 培養容器
9 内面
11 使用済み培地
11A 使用済み培地(第1使用済み培地)
11B 使用済み培地(第2使用済み培地)
12 剥離液
13 細胞
21 培地バッファ容器(第2貯留部)