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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023004190
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/00 20060101AFI20230110BHJP
   F02F 3/00 20060101ALI20230110BHJP
   F02F 3/10 20060101ALI20230110BHJP
   F02F 3/14 20060101ALI20230110BHJP
   C25D 11/04 20060101ALI20230110BHJP
   C25D 11/16 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
C25D11/00 302
F02F3/00 G
F02F3/10 B
F02F3/14
C25D11/00 308
C25D11/04 101F
C25D11/04 302
C25D11/16
C25D11/16 301
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021105737
(22)【出願日】2021-06-25
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】村上 春彦
(72)【発明者】
【氏名】藤田 昌弘
(57)【要約】
【課題】 熱伝導率および体積比熱容量が低く、耐久性に優れ、且つ内燃機関の継続的な運転時においても熱籠りを抑制することができる陽極酸化皮膜をピストン冠面に備えた内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の製造方法は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面2にレーザー光Xを照射して凹部10を形成する工程と、ピストン冠面2に交直重畳電圧を印加して陽極酸化皮膜20を形成して、凹部10の開口部13を塞ぐ工程を含む。これにより、本発明の内燃機関用ピストンは、ピストン冠面2に複数の凹部10を有し、複数の凹部10の各開口部13が陽極酸化皮膜25によって塞がれており、複数の凹部10の内部にそれぞれ陽極酸化皮膜20で塞がれた空隙26を有する。
【選択図】 図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面にレーザー光を照射する工程であって、前記レーザー光が照射されたピストン冠面の部分に凹部を形成する工程と、
前記ピストン冠面を陽極酸化処理して陽極酸化皮膜を形成する工程であって、前記凹部の開口部を塞ぐ工程と
を含み、前記凹部の内部に前記陽極酸化皮膜で塞がれた空隙を有する内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
前記陽極酸化処理として、前記ピストン冠面に交直重畳電圧を印加する請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記陽極酸化皮膜を形成する工程の前に、前記凹部内にマスキング剤を塗布する工程と、
前記陽極酸化皮膜を形成する工程の後に、前記凹部内に塗布した前記マスキング剤を除去する工程と
を更に含む請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記陽極酸化皮膜を形成する工程の前に、前記凹部内のアルミニウム合金を再溶融する工程を更に含む請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
ピストン冠面を有するとともに、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体と、
前記ピストン冠面を覆う陽極酸化皮膜と
を備える内燃機関用ピストンであって、
前記内燃機関用ピストン本体の前記ピストン冠面に複数の凹部を有し、
前記陽極酸化皮膜のセルが、前記ピストン冠面の表面および前記複数の凹部内の表面に対してランダムな方向に延びているとともに、前記セルが、ランダムな方向に枝分かれした状態で、前記陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲しており、
前記複数の凹部の各開口部が前記陽極酸化皮膜によって塞がれており、前記複数の凹部の内部にそれぞれ前記陽極酸化皮膜で塞がれた空隙を有する内燃機関用ピストン。
【請求項6】
前記ピストン冠面における前記空隙の空隙率が、前記ピストン冠面の中心から外周部に向かうにつれて徐々に大きくなっている請求項5に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項7】
前記空隙が、前記ピストン冠面の中心から外周部に向かって拡孔するように放射状に延在している請求項5又は6に記載の内燃機関用ピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストン及びその製造方法に関し、より詳しくは、ピストン冠面に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、内燃機関のエンジンの燃焼室を形成する部品又は内燃機関用ピストンの一部に、アルミニウム合金が用いられる場合には、燃焼室内の熱効率の向上を目的として、アルミニウム合金表面に皮膜を形成して断熱性を向上させることが要求されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、燃焼室に臨むアルミニウム系壁面の一部もしくは全部に陽極酸化皮膜が形成されてなる内燃機関であって、陽極酸化皮膜は膜厚が30~170μmの範囲にあり、陽極酸化皮膜は、その表面から内部に向かって陽極酸化皮膜の厚み方向もしくは略厚み方向に延びる、直径がミクロサイズの第1のミクロ孔および直径がナノサイズのナノ孔と、陽極酸化皮膜の内部にあって直径がミクロサイズの第2のミクロ孔とを有しており、第1のミクロ孔および前記ナノ孔は封止剤が転化してなる封止物で封止され、第2のミクロ孔は封止されていない構造を呈している内燃機関が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-31226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ガソリンエンジンでは、混合気を圧縮して点火プラグによる火花点火が行われ、点火プラグを中心に火炎が広がるように伝播して燃焼し、発生した燃焼ガスが膨張する。そして、点火プラグから遠い場所にある未燃焼の混合気(エンドガス)はピストンやシリンダー壁面に押し付けられ、断熱圧縮により高温・高圧になる。この高温・高圧が限界を超えるとエンドガスは一気に自己着火し、その際に衝撃波(ノッキング)が発生する。内燃機関のように燃焼室全体に亘り遮熱膜を設けるようにすると、燃焼室内において全体的に熱が逃げ難くなることから、燃焼温度が一律に高くなる。この結果、熱効率の向上には寄与するが、反面、特に高負荷時においてノッキングが発生し易くなるという問題が発生する。
【0006】
このようなノッキングの発生を抑制するために、遮熱膜である陽極酸化皮膜の低熱伝導率化、低体積比熱容量化が試みられている。例えば、皮膜の気孔率または空隙率を上げて、熱伝導率が0.1W/m・K、体積比熱容量が0.1×10kJ/m・Kのような低い熱物性が求められているが、内燃機関に採用し得る耐久性や、良好な表面性状は得られていない。また、特許文献1のように皮膜内のミクロ孔やナノ孔を封止した陽極酸化皮膜では、良好な熱物性が得られていても、内燃機関用のピストンの冠面に採用すると、皮膜内の気孔が封止されていることから内燃機関の継続的な運転時では本来の熱物性を維持することができず、熱籠りによりノッキングの発生要因となってしまう。
【0007】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、熱伝導率および体積比熱容量が低く、耐久性に優れ、且つ内燃機関の継続的な運転時においても熱籠りを抑制することができる陽極酸化皮膜をピストン冠面に備えた内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンの製造方法であって、この方法は、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面にレーザー光を照射する工程であって、前記レーザー光が照射されたピストン冠面の部分に凹部を形成する工程と、前記ピストン冠面を陽極酸化処理して陽極酸化皮膜を形成する工程であって、前記凹部の開口部を塞ぐ工程とを含み、前記凹部の内部に前記陽極酸化皮膜で塞がれた空隙を有する内燃機関用ピストンが製造される。
【0009】
また、本発明は、別の態様として、内燃機関用ピストンであって、ピストン冠面を有するとともに、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体と、前記ピストン冠面を覆う陽極酸化皮膜とを備え、前記内燃機関用ピストン本体の前記ピストン冠面に複数の凹部を有し、前記陽極酸化皮膜のセルは、前記ピストン冠面の表面および前記複数の凹部内の表面に対してランダムな方向に延びているとともに、前記セルは、ランダムな方向に枝分かれした状態で、前記陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲しており、前記複数の凹部の各開口部は前記陽極酸化皮膜によって塞がれており、前記複数の凹部の内部にそれぞれ前記陽極酸化皮膜で塞がれた空隙を有する。
【発明の効果】
【0010】
このように本発明によれば、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面に複数の凹部を形成し、複数の凹部の各開口部を塞ぐように陽極酸化皮膜をピストン冠面に形成することで、複数の凹部の内部にそれぞれ陽極酸化皮膜で塞がれた空隙が存在することから、熱伝導率および体積比熱容量が低く、耐久性に優れた陽極酸化皮膜をピストン冠面に形成することができる。また、この陽極酸化皮膜内の気孔は封止されていないことから、内燃機関の継続的な運転時においても熱籠りを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を説明するための、レーザー光の照射後の内燃機関用ピストン本体を示す斜視図である。
図2図1に示す内燃機関用ピストン本体のピストン冠面に形成された凹部を模式的に示す拡大平面図である。
図3図2に示すピストン冠面に形成された凹部のA-A線に沿った断面図である。
図4】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態において、ピストン冠面に形成される凹部の形状の変形例を模式的に示す平面図である。
図5】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を模式的に説明するフロー図である。
図6】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を説明するための、陽極酸化皮膜が交直重畳電解皮膜の場合を模式的に示す拡大断面図である。
図7】比較例として、陽極酸化皮膜が直流電解皮膜の場合を模式的に示す拡大断面図である。
図8】比較例として、陽極酸化皮膜が直流電解皮膜の場合の内燃機関用ピストンの製造方法を模式的に説明するフロー図である。
図9】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の別の実施の形態を模式的に説明するフロー図である。
図10】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の更に別の実施の形態を模式的に説明するフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0013】
本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法は、図5(a)、(b)に示すように、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストン本体のピストン冠面2にレーザー光Xを照射して、レーザー光Xが照射されたピストン冠面2の部分に凹部10を形成するレーザー照射工程と、図5(c)~(e)に示すように、ピストン冠面2に交直重畳電圧を印加して陽極酸化皮膜20を形成し、凹部10の開口部13を陽極酸化皮膜20で塞ぐ陽極酸化処理工程とを含み、これによって、ピストン冠面2の凹部10の内部に陽極酸化皮膜20で塞がれた空隙26を有する内燃機関用ピストンを製造するというものである。各工程について、より詳しく説明する。
【0014】
[レーザー照射工程]
レーザー照射の対象となるピストン冠面2を有する内燃機関用ピストン本体は、アルミニウム合金材料4で形成されており、アルミニウム合金材料4には、耐摩耗性および耐アルミ凝着性に寄与する成分として、一般に、シリコン(Si)が含有されている。このようなアルミニウム合金材料4としては、例えば、ピストンとしてAC4、AC8、AC8A、AC9等のAC材、ADC10~ADC14等のADC材、A4000等がある。
【0015】
ピストン冠面2に凹部を形成するためのレーザー光Xとしては、金属加工用のレーザーであれば特に限定されないが、例えば、COレーザー、YAGレーザー、ファイバーレーザーなどを単独で又はこれらを組み合わせて用いることができる。アルミニウム合金材料4のピストン冠面2にレーザー光Xを照射することで、レーザー照射Xを受けた部分のアルミニウム合金材料が昇華ないし蒸発して、凹部10を形成することができる。
【0016】
凹部10の大きさは、次の陽極酸化処理工程で凹部の10の開口部が陽極酸化皮膜で塞がれた際に凹部10の内部に空隙ができる大きさの範囲であれば、特に限定されるものではないが、例えば、形成する陽極酸化皮膜の膜厚を100とすると、凹部の深さは50~300の範囲、凹部の幅は100~200の範囲とすることが好ましく、凹部の深さは100~200の範囲、凹部の幅は130~160の範囲とすることがより好ましい。すなわち、凹部10の内部に形成される空隙の大きさは、凹部10の大きさ及び陽極酸化皮膜の膜厚によって調整することができる。凹部10の深さ及び幅は、レーザー光Xの波長や出力などでコントロールすることができる。
【0017】
凹部10のピストン冠面2表面における形状ないしパターンは、特に限定されないが、例えば、図1図3に示すように、複数の溝状の凹部10を、内燃機関用ピストン本体1のピストン冠面2の中心から外周部3に向かって放射状に形成するようにしてもよい。この場合の各凹部10は、溝状の凹部10の左右の壁面11が、図2の矢線R、Rで示すように、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって広がるように形成してもよい。すなわち、溝状の凹部10の幅が、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって拡大する。溝状の凹部10の底面12は、一定の深さで形成してよい。
【0018】
[陽極酸化処理工程]
このような凹部10を表面に形成したピストン冠面2を陽極酸化処理して、ピストン冠面2に陽極酸化皮膜20を形成する。陽極酸化処理工程では、アルミニウム合金の表面に陽極酸化皮膜を形成することができる従来の陽極酸化処理を広く採用することができる。例えば、硫酸、シュウ酸、リン酸、クロム酸等の酸性の処理浴や、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、フッ化ナトリウム等の塩基性の処理浴に、陰極としてチタンやカーボンなどの電極板と、陽極として内燃機関用ピストン本体1のピストン冠面2を浸漬し、電気分解を行うことで、ピストン冠面2表面のアルミニウム合金材料4を酸化させて、陽極酸化皮膜20を形成することができる。
【0019】
電解法としては、一般的に直流電解法や交直重畳電解法などがあるが、本実施の形態では交直重畳電解法を用いることで、詳しくは後述するが、凹部10の内部に空隙26を形成することができる。交直重畳電解法は、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に、プラス電圧を印加する工程と、電荷を除去する工程とを繰り返して陽極酸化処理を行う方法である。交直重畳電解法で陽極酸化処理する場合、図6に示すように、交直重畳電解法で形成された陽極酸化皮膜(交直重畳電解皮膜)20は、アルミニウム合金材料4の表面に対してランダムな方向に成長し、配向性を持たないことから、電解処理対象であるアルミニウム合金材料4に含まれるシリコン(図示省略)を、ランダムな方向に枝分かれした状態で内包しながら成長し、よって、緻密で平滑な表面の陽極酸化皮膜20を形成することができる。
【0020】
陽極酸化処理工程では、図5(c)に示すように、ピストン冠面2の表面に陽極酸化皮膜23が形成されるとともに、凹部10の壁面11にも陽極酸化皮膜21が形成され、凹部10の底面12にも陽極酸化皮膜22が形成される。なお、陽極酸化処理では、アルミニウム合金材料4を酸化して皮膜を形成することから、形成される陽極酸化皮膜20は、膜厚の約半分が、ピストン冠面2の表面や凹部10の壁面11および底面12に対して浸透した浸透皮膜であり、膜厚の残りの約半分が、ピストン冠面2の表面や凹部10の壁面11および底面12から成長した成長皮膜となる。
【0021】
交直重畳電解法では、上述したように陽極酸化皮膜20のセルがアルミニウム合金材料4の表面に対してランダムな方向に成長する。よって、ピストン冠面2の陽極酸化処理を続けると、図5(d)に示すように、凹部10の開口部13における陽極酸化皮膜24の成長スピードが、凹部10の壁面11や底面12における陽極酸化皮膜21、22の成長スピードよりも速く、よって、図5(e)に示すように、凹部10の開口部13が陽極酸化皮膜25によって塞がれた際に、凹部10の内部に空隙26を発生させることができる。
【0022】
一方、直流電解法は、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に、一定の直流電圧をかけて陽極酸化処理を行う方法である。直流電解法で陽極酸化処理する場合、図7に示すように、直流電解法で形成された陽極酸化皮膜(直流電解皮膜)30は、アルミニウム合金材料4の表面に対して垂直方向に成長する。なお、直流電解法では、電解処理対象であるアルミニウム合金材料に含まれるシリコン(図示省略)によって、陽極酸化皮膜30の成長が阻害されることから、直流電解皮膜30の皮膜表面は、交直重畳電解皮膜20の皮膜表面よりも表面粗さが大きい。
【0023】
よって、このようにアルミニウム合金材料4に対して垂直方向に成長する直流電解法で、凹部10を表面に形成したピストン冠面2を陽極酸化処理した場合は、図8(a)に示すように、ピストン冠面2の表面に陽極酸化皮膜33が形成されるとともに、凹部10の壁面11にも陽極酸化皮膜31が形成され、凹部10の底面12にも陽極酸化皮膜32が形成されるものの、図8(b)に示すように、凹部10の開口部13における陽極酸化皮膜34の成長スピードは遅く、よって、図8(c)に示すように、凹部10の開口部13が陽極酸化皮膜35によって塞がれた時には、凹部10の内部は陽極酸化皮膜31、32によって埋められてしまい、空隙を発生させることは難しい。
【0024】
本実施の形態では、交直重畳電解法によって陽極酸化皮膜20を形成することから、ピストン冠面2の複数の凹部10の内部にそれぞれ空隙26が形成される。空隙26の形状は凹部10の形状に依存し、よって、これら複数の空隙26は、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって拡孔するように放射状に延在する。本実施の形態の陽極酸化皮膜20には、このように凹部10の内部に空隙26が存在することから、熱伝導率および体積比熱容量を低くすることができる。また、空隙26はアルミニウム合金材料4内にできることから、陽極酸化皮膜20は優れた耐久性を有する。更に、陽極酸化皮膜20内の気孔(図示省略)自体は封止されていないことから、内燃機関の継続的な運転時においても熱籠りを抑制することができる。
【0025】
ここで、低熱伝導率および低体積比熱容量の陽極酸化皮膜をピストン冠面に均等に形成した場合、内燃機関の運転時において、低回転・低負荷時には熱籠りの抑制効果が高いものの、高回転・高負荷時には中心部の熱が顕著に高くなることから、熱籠りの抑制効果が十分に発揮できない。本実施の形態では、空隙26が、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって拡孔するように放射状に延在し、これは、ピストン冠面2における空隙の空隙率が、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かうにつれて徐々に大きくなっているということである。
【0026】
陽極酸化皮膜の空隙率が高い程、熱伝導率も体積比熱容量も低くなる。熱伝導率が低い程、熱が伝わりにくく、遮熱効果が高い。また、体積比熱容量が低い程、温まりやすく、冷めやすく、熱が籠りにくい。すなわち、表面温度が燃焼室内のガス温度変化に対して追従しやすい。よって、空隙26の空隙率が、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって大きくなる程、低熱伝導率、低体積比熱容量となることから、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって熱が逃げやすくなり、高回転・高負荷時でも熱籠りを効果的に抑制することができる。
【0027】
また、ピストン冠面2へ燃料が付着し固着(カーボンデポジットが堆積)すると、内燃機関の不調の発生を招くおそれがある。本実施の形態では、ピストン冠面2に燃料が付着しても、陽極酸化被膜20の気孔を介して空隙26へ浸透させて、空隙26内に固着させることができる。内燃機関の始動時の熱負荷により、内燃機関用ピストン本体1や陽極酸化皮膜20は膨張し、内燃機関用ピストン本体1の素材であるアルミニウム合金と陽極酸化膜との熱膨張係数の違いで、膨張および収縮の度合いに差がでてくる。膨張と収縮が繰り返されることで、空隙26内の固着物が剥離し、空隙26は外周部3まで延在していることから、空隙26を介して固着物を排出することができる。
【0028】
なお、本実施の形態では、空隙26がピストン冠面2の中心から外周部3に向かって拡孔するように放射状に延在する場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、例えば、図4に示すように、レーザー照射工程において、内燃機関用ピストン本体1のピストン冠面2の表面に、平面円形の凹部10Aを形成することで、凹部10Aの内部に平面円形の空隙を形成してもよい。このような形状の空隙であっても、熱伝導率および体積比熱容量が低く、耐久性に優れ、熱籠りを抑制することができる陽極酸化皮膜を得ることができる。また、図4では、凹部を平面円形としたが、このような形状に限定されず、例えば、四角形などの多角形や、楕円などの形状であってもよい。更に、図4では、ピストン冠面2に同じ大きさの凹部を均等に配置したが、このようなパターンに限定されず、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かって、凹部の大きさを大きくしたり、凹部の数を多くすることで、ピストン冠面2における空隙の空隙率を、ピストン冠面2の中心から外周部3に向かうにつれて徐々に大きくすることができ、上述した高回転・高負荷時でも熱籠りを抑制する効果を得ることができる。
【0029】
本実施の形態の陽極酸化皮膜20の膜厚は、ピストン冠面2表面において、遮熱効果を高めるため、例えば、40μm以上が好ましく、50μm以上がより好ましい。また、膜厚の上限は、熱篭りを防ぐ(耐ノッキング性)ため、例えば、100μm以下が好ましく、80μm以下がより好ましい。
【0030】
また、本実施の形態では、レーザー照射工程後に、直ぐに陽極酸化処理工程を行ったが、本発明はこれに限定されず、例えば、本発明の内燃機関用ピストンの製造方法は、別の実施形態として、陽極酸化処理工程の前に、ピストン冠面の表面に形成した凹部内にマスキング剤を塗布するマスキング塗布工程と、陽極酸化処理工程の後に、凹部内に塗布したマスキング剤を除去するマスキング除去工程とを更に含んでもよいし、また別の実施形態として、陽極酸化処理工程の前に、ピストン冠面の表面に形成した凹部内のアルミニウム合金を再溶融するアルミニウム合金再溶融工程を更に含んでもよい。以下に、これら実施形態の各工程について説明する。
【0031】
[マスキング塗布工程およびマスキング除去工程]
図9(a)に示すように、陽極酸化処理工程の前に、マスキング塗布工程を行い、ピストン冠面2の凹部10内にマスキング剤40を塗布することで、この実施形態の陽極酸化処理工程では、ピストン冠面2の表面と、凹部10の壁面11のマスキング剤40で覆われていない部分(すなわち、マスキング剤40の露出面41よりも開口部13側の部分)に、陽極酸化皮膜20Aが形成される。
【0032】
マスキング剤40としては、例えば、半導体の製造で使用されるマスキング剤などを用いることができ、具体的には、フォトレジストと呼ばれる感光性材料が挙げられる。また、半導体の製造で使用されるフォトリソグラフィ技術などを用いて、凹部10内にマスキング剤を塗布することができる。
【0033】
陽極酸化処理を続けると、図9(b)に示すように、凹部10の開口部13も陽極酸化皮膜25Aによって塞がれる。そして、マスキング除去工程を行い、凹部10内のマスキング剤40を除去することで、凹部10の内部に空隙26Aを発生させることができる。この実施の形態でも、陽極酸化処理20Aはピストン冠面2の凹部10の内部に空隙26Aを有することから、熱伝導率および体積比熱容量が低く、耐久性に優れ、熱籠りを抑制することができる陽極酸化皮膜を得ることができる。
【0034】
マスキング剤40の除去は、陽極酸化処理20Aが多孔質体であることから、半導体の製造で使用されるマスキング除去剤で溶解したり、加熱により焼成したりすることで、凹部10からマスキング剤40を除去することができる。なお、マスキング除去工程を行わなくてもよく、凹部10内にマスキング剤40が残ったままの内燃機関用ピストンは、内燃機関に組み込まれた後、内燃機関が始動されれば、熱により焼成除去されることで空隙が生じる。
【0035】
この実施の形態では、陽極酸化処理工程で採用される電解法が交直重畳電解法に限定されず、直流電解法であっても空隙26Aを形成することが可能である。但し、陽極酸化膜20Aは、上述したようにアルミニウム合金材料4を酸化することで成膜することから、アルミニウム合金材料4の表面に対して垂直方向に成長する直流電解法では、マスキング剤40の露出面41の陽極酸化皮膜20Aの高さが顕著に低くなってしまうことから、交直重畳電解法が好ましい。また、ピストン冠面2には平滑性が求められ、陽極酸化皮膜20Aの表面粗さが低い程、燃焼室内の流動が良好となったり、ピストンへの燃料付着量が減って燃費が向上、排気ガスが低減する。交直重畳電解法は、上述したようにアルミニウム合金材料4の表面に対してランダムな方向に成長し、平滑な表面の陽極酸化皮膜が得られることから、この点からも交直重畳電解法が好ましい。
【0036】
[アルミニウム合金再溶融工程]
図10(a)に示すように、陽極酸化処理工程の前に、アルミニウム合金再溶融工程を行い、ピストン冠面2の凹部10の壁面11下部および底面12のアルミニウム合金を再溶融させる。アルミニウム合金の再溶融部分50は、再溶融していない部分よりも組織(シリコン粒径)が細かくなる。よって、図10(b)に示すように、陽極酸化処理工程において、アルミニウム合金の再溶融部分50では、再溶融していない部分よりも陽極酸化皮膜20Bの成長スピードを遅くすることができる。
【0037】
そして、陽極酸化処理を続けることで、図10(c)に示すように、凹部10の開口部13を陽極酸化皮膜25Bで塞いで、凹部10の内部に空隙26Bを発生させることができる。よって、陽極酸化処理20Bはピストン冠面2の凹部10の内部に空隙26Bを有することから、熱伝導率および体積比熱容量が低く、耐久性に優れ、熱籠りを抑制することができる陽極酸化皮膜を得ることができる。
【0038】
この実施の形態では、アルミニウム合金の再溶融部分50での陽極酸化皮膜25Bの成長スピードを遅くできるため、上述した交直重畳電解法による陽極酸化処理との相乗効果で、空隙26をより一層形成しやすくなる。アルミニウム合金を再溶融させる方法としては、ピストン冠面2の凹部10にレーザー光を再照射したり、アーク処理や、イオンビーム照射をしたりする等の方法が挙げられる。レーザー光を再照射する場合は、凹部を形成する際のレーザー光の照射よりもレーザー出力を大きくする等によって、アルミニウム合金の再溶融部分50について、再溶融していない部分よりも組織(シリコン粒径)を細かくすることができ、陽極酸化皮膜20Bの成長スピードを遅くすることができる。
【符号の説明】
【0039】
1 内燃機関用ピストン本体
2 ピストン冠面
3 ピストン外周面
4 アルミニウム合金材料
10 凹部
11 壁面
12 底面
13 開口部
20~25 陽極酸化皮膜(交直重畳電解皮膜)
26 空隙
27 セル
30~34 陽極酸化皮膜(直流電解皮膜)
37 セル
40 マスキング剤
41 マスキング剤表面
50 アルミニウム合金の再溶融部分
図1
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図10