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  • 特開-フェライト系ステンレス鋼溶接構造体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023000426
(43)【公開日】2023-01-04
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼溶接構造体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221222BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221222BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20221222BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20221222BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/46 R
C21D6/00 102E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021101234
(22)【出願日】2021-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】藤村 佳幸
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FF03
4K037FG00
4K037FJ07
4K037JA06
4K037JA07
(57)【要約】
【課題】耐高温酸化性、耐食性及び寸法精度に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接構造体を提供する。
【解決手段】母材及び溶接金属部を含むフェライト系ステンレス鋼溶接構造体である。母材は、質量基準で、C:0.050%以下、Mn:1.00%以下、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Cr:10.00~24.00%、N:0.050%以下、Cu:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Si:3.00%以下、Al:0.80~5.00%、Nb:0.50%以下、Ti:0.50%以下を含み、Nb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。母材は、平均結晶方位差が0.15°以上である。溶接金属部は、粒界Cr濃度が10質量%以上である。フェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、Alを30質量%以上含む酸化皮膜を表面に備える。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材及び溶接金属部を含むフェライト系ステンレス鋼溶接構造体であって、
前記母材は、質量基準で、C:0.050%以下、Mn:1.00%以下、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Cr:10.00~24.00%、N:0.050%以下、Cu:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Si:3.00%以下、Al:0.80~5.00%、Nb:0.50%以下、Ti:0.50%以下を含み、Nb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記母材は、平均結晶方位差が0.15°以上であり、
前記溶接金属部は、粒界Cr濃度が10質量%以上であり、
前記フェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、Alを30質量%以上含む酸化皮膜を表面に備える、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体。
【請求項2】
前記母材は、質量基準で、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼溶接構造体。
【請求項3】
前記母材は、質量基準で、REM:0.10%以下、Ca:0.10%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼溶接構造体。
【請求項4】
前記母材は、質量基準で、Sn:0.10%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼溶接構造体。
【請求項5】
前記母材は、平均結晶粒径が100μm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼溶接構造体。
【請求項6】
前記母材は、シャルピー衝撃値が、100J/cm2以上である請求項1~5のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼溶接構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の世界的なCO2排出抑制の取り組みを受け、排熱を有効利用する取り組みが広がっている。例えば、排気ガスから熱エネルギーを取り出す技術として、自動車の排気系部品、プラント、家庭用エネルギー機器などにおいて多くの熱交換器が用いられており、今後もその利用が拡大することが期待されている。
【0003】
熱交換器では、高温の排気ガスと低温の水などの冷媒との間で熱交換が行われるが、排気ガス側と冷媒側とでは環境が大きく異なる。特に、排気ガス側は、高温(約400℃~約750℃)の排気ガスによる酸化環境に加え、熱交換器内で排気ガスが冷却されて生成した凝縮水による腐食環境に曝される。一方、冷媒側は、冷媒による腐食環境に曝されるが、排気ガス側に比べて温度が低く、水道水のような冷媒では塩化物イオンなどの腐食因子の濃度も低く規定されているため、その濃縮も生じ難い。したがって、熱交換器には、特に排気ガス側の環境に対する耐性(耐高温酸化性及び耐食性)が要求されるため、ステンレス鋼材が素材として用いられている。
【0004】
また、熱交換器は、低温(常温~約90℃)から高温(約400℃~約750℃)の温度差にも曝される。ステンレス鋼材の中でもオーステナイト相を含むオーステナイト系ステンレス鋼材や二相系ステンレス鋼材は、この温度差によって変形し易いため、これらのステンレス鋼材は熱交換器の素材としては適していない。そのため、熱交換器には、フェライト系ステンレス鋼材が素材として用いられることが多い。
【0005】
耐酸化性に優れるフェライト系ステンレス鋼材としては、例えば、特許文献1には、Cr:11~22質量%、C:0.03質量%以下、N:0.03質量%以下、Mn:1.5質量%以下、S:0.008質量%以下、Si:2質量%以下、Al:1.0~6.0質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有するフェライト系ステンレス鋼材が提案されている。
また、特許文献2には、質量%で、C:0.03%以下、Si:3%以下、Mn:1.0%以下、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Ni:0.5%以下、Cr:11~21%、Al:6%以下、Cu:0.01~0.5%、Mo:0.01~0.5%、Nb:0.1%以下、Ti:0.005~0.50%、Sn:0.001~0.1%、N:0.03%以下、O:0.002%以下、H:0.00005%以下、Pb:0.01%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有するフェライト系ステンレス鋼が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-167443号公報
【特許文献2】特開2012-012674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1及び2に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、Alを含んでおり、表面にAl酸化物(Al23)皮膜が形成されるため、一般的なフェライト系ステンレス鋼よりも耐酸化性が良好である。しかしながら、400~600℃の温度域では、Alを含むフェライト系ステンレス鋼材であってもFeが優先的に酸化する。Fe酸化物の皮膜は構造が粗く、酸素を十分に遮蔽することができないため酸化が継続的に進行する。したがって、特許文献1及び2に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、高温環境における耐酸化性(以下、「耐高温酸化性」という)が十分であるとはいえない。ここで、本明細書において「高温環境」とは、400~750℃の温度環境のことを主に意味する。
【0008】
一方、フェライト系ステンレス鋼材の耐食性については、フェライト系ステンレス鋼材中に固溶したC及びNの量が重要である。固溶したC及びNは、Crと結合してCrの炭化物や窒化物(以下、「炭窒化物」という)を形成し、粒界に優先的に析出する。Crの炭窒化物が析出した周囲はCrが欠乏した鋭敏化と呼ばれる状態となり、塩化物イオンなどの腐食因子が存在する環境に曝されると、腐食が著しく進行する。そのため、フェライト系ステンレス鋼材中のC及びNの含有量を極力低減するとともに、C及びNと優先的に結合するTiやNbなどの元素を添加して炭窒化物を形成させることでC及びNの固溶量を低減することが有効である。
【0009】
また、熱交換器などの各種製品は、フェライト系ステンレス鋼材に対して溶接などの加工処理を施すことによって製造される。溶接を行うと、溶接金属部では、TiやNbの炭化物が固溶してC及びNの固溶量が増大する。上記のようなC及びN含有量を極めて低いレベルに制御したフェライト系ステンレス鋼材では、溶接後の自然冷却によってTiやNbの炭化物が再度形成されるため、C及びNの固溶量は低いレベルのままとなり、鋭敏化による耐食性の低下を抑制することができる。しかしながら、Alを含む特許文献1及び2に記載のフェライト系ステンレス鋼材は、Ti及びNbの拡散が遅いため、溶接後の自然冷却ではTiやNbの炭化物が再度形成され難く、C及びNの固溶量が増大する。これは拡散速度による影響が大きいため、TiやNbの過剰添加によって解決できるものではない。逆に、TiやNbを過剰添加すると、TiO2などの介在物増加によって表面品質や靭性の低下を招いてしまう。このように特許文献1及び2は、フェライト系ステンレス鋼材を溶接して得られるフェライト系ステンレス鋼溶接構造体において、溶接金属部の耐食性が低下する問題について何ら認識していない。
【0010】
さらに、熱交換器などの各種製品の製造では、一般的に、フェライト系ステンレス鋼材を所定の形状に加工した後、ひずみを除去するために高温(例えば、900℃以上)条件下で熱処理が行われる。しかしながら、高温条件下で熱処理を行うと、形状が崩れ易くなるため、寸法精度が低下してしまう。
【0011】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、耐高温酸化性、耐食性及び寸法精度に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、母材及び溶接金属部を含むフェライト系ステンレス鋼溶接構造体について鋭意研究を行った結果、平均結晶方位差、母材の組成、溶接金属部の粒界Cr濃度、並びに表面の酸化皮膜中のAl濃度を制御することにより、上記の問題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、母材及び溶接金属部を含むフェライト系ステンレス鋼溶接構造体であって、
前記母材は、質量基準で、C:0.050%以下、Mn:1.00%以下、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Cr:10.00~24.00%、N:0.050%以下、Cu:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Si:3.00%以下、Al:0.80~5.00%、Nb:0.50%以下、Ti:0.50%以下を含み、Nb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記母材は、平均結晶方位差が0.15°以上であり、
前記溶接金属部は、粒界Cr濃度が10質量%以上であり、
前記フェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、Alを30質量%以上含む酸化皮膜を表面に備える、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐高温酸化性、耐食性及び寸法精度に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】フェライト系ステンレス鋼溶接構造体の模式的な部分拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、上記の観点に基づいて完成された本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0017】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、母材及び溶接金属部を含む。このフェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、フェライト系ステンレス鋼材を溶接することによって製造される。
ここで、本明細書において「フェライト系」とは、常温で金属組織が主にフェライト相であるものを意味する。したがって、「フェライト系」にはフェライト相以外の相(例えば、オーステナイト相やマルテンサイト相など)が僅かに含まれるものも包含される。また、「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼から形成される材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。また、材料は、断面形状がT形、I形などの各種形鋼であってもよい。
【0018】
図1は、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体の模式的な部分拡大断面図を示す。
図1に示されるように、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体(100)は、母材(10)及び溶接金属部(30)を含む。また、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体(100)は、母材(10)と溶接金属部(30)との間に熱影響部(20)を更に含む。
ここで、「母材」とは、溶接の影響を受けない部分を意味する。また、「熱影響部」とは、溶接の影響によって溶融しないものの熱影響を受ける部分(HAZとも称される)のことを意味する。また、「溶接金属部」とは、溶接の影響によって溶融して再凝固する部分のことを意味する。
【0019】
母材は、溶接の影響を受けないため、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体の素材であるフェライト系ステンレス鋼材と同じ組成及び金属組織を有する。
母材(フェライト系ステンレス鋼材)は、C:0.050%以下、Mn:1.00%以下、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Cr:10.00~24.00%、N:0.050%以下、Cu:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Si:3.00%以下、Al:0.80~5.00%、Nb:0.50%以下、Ti:0.50%以下を含み、Nb及びTiの合計含有量が6(C+N)以上(C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す)であり、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。
ここで、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。
【0020】
また、母材(フェライト系ステンレス鋼材)は、必要に応じて、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
また、母材(フェライト系ステンレス鋼材)は、必要に応じて、REM:0.10%以下、Ca:0.10%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
さらに、母材(フェライト系ステンレス鋼材)は、必要に応じて、Sn:0.10%以下、B:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
なお、以下の各元素の説明において、「母材」という場合には、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体の母材だけでなく、フェライト系ステンレス鋼溶接構造体の製造に用いられるフェライト系ステンレス鋼材が含まれる。
【0021】
(C:0.050%以下)
Cは、母材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)及びフェライト系ステンレス鋼材の加工性などの特性に影響を与える元素である。Cの含有量が多すぎると、母材の耐粒界腐食性及びフェライト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.050%、好ましくは0.040%、より好ましくは0.030%である。一方、Cの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、好ましくは0.0005%、より好ましくは0.001%である。
【0022】
(Mn:1.00%以下)
Mnは、脱酸元素として有用な元素である。Mnの含有量が多すぎると、腐食起点となるMnSを生成し易くなるとともに、フェライト相を不安定化させる。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Mnの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%である。
【0023】
(Ni:1.00%以下)
Niは、母材の耐食性及び溶接金属部の靭性を向上させるのに有効な元素である。Niの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Niの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%である。一方、Niの含有量の下限値は、特に限定されないが、上記の効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%である。
【0024】
(P:0.100%以下)
Pは、フェライト系ステンレス鋼材の溶接性や加工性などの特性に影響を与える元素である。Pの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Pの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、Pの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Pの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.010%である。
【0025】
(S:0.050%以下)
Sは、腐食起点となるMnSを生成し、溶接金属部の靭性に影響を与える元素である。Sの含有量が多すぎると、溶接金属部の靭性が低下する恐れがある。そのため、Sの含有量の上限値は、0.050%、好ましくは0.040%、より好ましくは0.030%である。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、Sの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Sの含有量の下限値は、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%である。
【0026】
(Cr:10.00~24.00%)
Crは、母材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Crの含有量が多すぎると、母材の靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Crの含有量の上限値は、24.00%、好ましくは23.50%、より好ましくは23.00%である。一方、Crの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Crの含有量の下限値は、10.00%、好ましくは10.50%、より好ましくは10.90%である。
【0027】
(N:0.050%以下)
Nは、母材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)、及びフェライト系ステンレス鋼材の加工性などの特性に影響を与える元素である。Nの含有量が多すぎると、母材の耐粒界腐食性及びフェライト系ステンレス鋼材の加工性が低下してしまう。そのため、Nの含有量の上限値は、0.050%、好ましくは0.030%、より好ましくは0.020%である。一方、Nの含有量の下限値は、特に限定されないが、Nの含有量を少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Nの含有量の下限値は、好ましくは0.0005%、より好ましくは0.001%である。
【0028】
(Cu:1.00%以下)
Cuは、母材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Cuの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Cuの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.70%、より好ましくは0.30%である。一方、Cuの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.01%である。
【0029】
(Mo:1.00%以下)
Moは、母材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Moの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性が低下するとともに、製造コストが上昇する。そのため、Moの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.50%である。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0030】
(Si:3.00%以下)
Siは、母材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Siの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び溶接金属部の靭性が低下する。そのため、Siの含有量の上限値は、3.00%、好ましくは2.50%、より好ましくは2.00%である。一方、Siの下限値は、特に限定されないが、上記の効果を得る観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.10%である。
【0031】
(Al:0.80~5.00%)
Alは、Siと同様に、母材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Alの含有量が多すぎると、母材の靭性が低下する。そのため、Alの含有量の上限値は、5.00%、好ましくは4.50%、より好ましくは4.00%である。一方、Alの含有量の下限値は、上記の効果を得る観点から、0.80%、好ましくは1.00%、より好ましくは1.20%である。
【0032】
(Nb:0.50%以下、Ti:0.50%以下、Nb及びTiの合計含有量:6(C+N)以上)
Nb及びTiは、母材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)などの特性に影響を与える元素である。
Nbの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び母材の靭性が低下する。そのため、Nbの含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.48%、より好ましくは0.45%である。
また、Tiの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び表面品質が低下する。そのため、Tiの含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.48%、より好ましくは0.45%である。
一方、Nb及びTiの合計含有量の下限値は、耐粒界腐食性を低下させるC及びNの含有量との関係から制御される。具体的には、Nb及びTiの合計含有量の下限値は、6(C+N)、好ましくは7(C+N)である。ここで、C及びNは、C及びNの含有量をそれぞれ表す。
【0033】
(Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下)
Zr、Co、V及びWは、母材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。Zr、Co、V及びWの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の加工性及び母材の靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Zr、Co、V及びWの含有量の上限値はいずれも、1.00%、好ましくは0.80%、より好ましくは0.60%である。一方、Zr、Co、V及びWの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.01%である。
【0034】
(REM:0.10%以下、Ca:0.10%以下)
REM(希土類元素)及びCaは、母材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。REM及びCaの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の製造コストの上昇につながる。そのため、REM及びCaの含有量の上限値はいずれも、0.100%、好ましくは0.08%、より好ましくは0.05%である。一方、REM及びCaの下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.003%である。
なお、REMは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらは単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。
【0035】
(Sn:0.10%以下)
Snは、母材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。Snの含有量が多すぎると、Snが偏析し、製造性が低下する。そのため、Snの含有量の上限値は、0.10%、好ましくは0.08%、より好ましくは0.05%である。一方、Snの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0036】
(B:0.0100%以下)
Bは、フェライト系ステンレス鋼材の二次加工性を向上させるのに有効な元素である。Bの含有量が多すぎると、フェライト系ステンレス鋼材の疲労強度が低下する。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0080%、より好ましくは0.0050%である。一方、Bの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%である。
【0037】
母材は、平均結晶粒径が、好ましくは100μm以下、より好ましくは95μm以下、更に好ましくは90μm以下である。このような範囲に平均結晶粒径を制御することにより、結晶粒径の粗大化による靭性の低下を抑制することができる。
なお、平均結晶粒径の下限値は、特に限定されないが、好ましくは1μm、より好ましくは5μm、更に好ましくは10μmである。
ここで、本明細書において平均結晶粒径は、後述する実施例に記載された方法で測定されたものを意味する。
【0038】
母材は、平均結晶方位差が0.15°以上である。平均結晶方位差は、加工時に導入された歪の保持状態を示す指標である。このような平均結晶方位差に制御することにより、歪が十分に保持され、形状が崩れ難くなるため、寸法精度を向上させることができる。平均結晶方位差は、歪を安定して保持する観点から、好ましくは0.18°以上、より好ましくは0.20°以上である。一方、平均結晶方位差の上限値は、特に限定されないが、例えば2.00°、好ましくは1.80°、より好ましくは1.50°である。
ここで、本明細書において平均結晶方位差とは、後述する実施例に記載された方法によって測定されたものを意味する。
【0039】
母材は、シャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(以下、「シャルピー衝撃値」という)が、好ましくは100J/cm2以上、より好ましくは120J/cm2以上である。このような範囲のシャルピー衝撃値とすることにより、所望の靭性を確保することができる。一方、シャルピー衝撃値の上限値は、特に限定されないが、一般的に300J/cm2、好ましくは280J/cm2である。
ここで、本明細書においてシャルピー衝撃値とは、後述する実施例に記載された方法によって測定されたものを意味する。
【0040】
溶接金属部は、粒界Cr濃度が10%以上である。溶接金属部の粒界Cr濃度は、溶接時に析出したCrの炭窒化物の周囲のCr欠乏領域の多さを表す指標である。このような粒界Cr濃度に制御することにより、Cr欠乏領域が少なくなり、鋭敏化が起こり難くなるため、溶接金属部の耐食性を向上させることができる。溶接金属部の粒界Cr濃度は、Cr欠乏領域を安定して少なくする観点から、好ましくは11%以上、より好ましくは12%以上である。一方、溶接金属部の粒界Cr濃度の上限値は、特に限定されないが、例えば30%、好ましくは28%、より好ましくは23%である。
ここで、本明細書において溶接金属部の粒界Cr濃度とは、後述する実施例に記載された方法によって測定されたものを意味する。
【0041】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、Alを30%以上含む酸化皮膜を表面(母材、熱影響部及び溶接金属部の表面)に有する。このような酸化皮膜を表面に設けることにより、耐高温酸化性を向上させることができる。酸化皮膜中のAl濃度は、耐高温酸化性を安定して高める観点から、好ましくは31%以上、より好ましくは32%以上である。一方、酸化皮膜中のAl濃度の上限値は、特に限定されないが、例えば90%、好ましくは80%である。
ここで、本明細書において酸化皮膜中のAl濃度は、後述する実施例に記載された方法で測定されたものを意味する。
【0042】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、上記の組成を有するフェライト系ステンレス鋼材を用い、当該技術分野において公知の方法に準じて製造することができる。本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接構造体の典型的な製造方法を以下に説明する。
【0043】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、上記の組成を有するフェライト系ステンレス鋼材を溶接して溶接構造体を得る溶接工程と、2×10-5Pa以上の酸素分圧下、600~800℃の温度域且つ式(1)を満たす条件で溶接構造体を加熱する熱処理工程とを含む。
0.011×TA+logTB≧8.8 …(1)
式中、TAは加熱時間(℃)、TBは加熱時間(分)を表す。
【0044】
上記の組成を有するフェライト系ステンレス鋼材は、常法によって製造することができる。具体的には、まず、上記の組成を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製して鍛造又は鋳造した後、熱間圧延を行って熱延材を得る。次に、熱延材に対して焼鈍、酸洗、冷間圧延を順次行って冷延材を得る。次に、冷延材に対して焼鈍及び酸洗を順次行って冷延焼鈍材を得る。なお、各工程における条件については、ステンレス鋼の組成などに応じて適宜調整すればよく、特に限定されない。このような方法で作製される熱延材、冷延材又は冷延焼鈍材をフェライト系ステンレス鋼材として用いることができる。これらの中でもフェライト系ステンレス鋼材は冷延焼鈍材であることが好ましい。また、熱延材、冷延材又は冷延焼鈍材は、所定の部材形状に成形加工を行ってもよい。成形加工としては、金型を用いた各種プレス加工、曲げ加工などの機械加工などが挙げられる。
なお、各工程における条件については、フェライト系ステンレス鋼材の組成に応じて適宜調整すればよく、特に限定されない。
【0045】
溶接工程は、上記の組成を有するフェライト系ステンレス鋼材を用いて行われる。フェライト系ステンレス鋼材の溶接は、複数のフェライト系ステンレス鋼材を溶接してもよいし、フェライト系ステンレス鋼材を他の材質の金属材に溶接してもよい。
溶接方法としては、特に限定されず、アーク溶接(TIG溶接など)、電子ビーム溶接、レーザー溶接、プラズマアーク溶接、スポット溶接などの当該技術分野において公知の方法を用いることができる。また、溶接には、溶加材を用いてもよいし、用いなくてもよい。
なお、溶接条件は、溶接の種類やフェライト系ステンレス鋼材の組成に応じて適宜調整すればよく、特に限定されない。
【0046】
熱処理工程は、2×10-5Pa以上の酸素分圧で行われる。このような酸素分圧下で熱処理工程を行うことにより、Alを30%以上含む酸化皮膜を表面に形成することができる。酸素分圧が2×10-5Pa未満であると、酸化皮膜中のAl濃度が低くなるため、耐高温酸化性が低下する。Alを30%以上含む酸化皮膜を安定して形成する観点から、酸素分圧は、好ましくは3×10-5Pa以上、より好ましくは5×10-5Pa以上である。一方、酸素分圧の上限値は、特に限定されないが、例えば1Paである。
なお、熱処理雰囲気中の酸素以外の気体は、特に限定されず、水素、アルゴンなどを用いることができる。
【0047】
また、熱処理工程は、600~800℃の温度域且つ式(1)を満たす条件で溶接構造体を加熱することにより行われる。加熱温度を上記の範囲に制御することにより、耐高温酸化性及び寸法精度を両立させることができる。加熱温度が600℃未満であると、Crの炭窒化物の形成や母材中の元素の拡散が遅く、長時間の加熱が必要になる。加えて、Fe酸化物が優先的に生成する温度域であるため、Alを30%以上含む酸化皮膜を形成し難くなる。一方、加熱温度が800℃を超えると、歪が除去され、変形が起こり易くなるため、寸法精度が低下してしまう。また、式(1)を満たす条件とすることにより、Crの炭窒化物周辺のCr欠乏領域が少なくなり、鋭敏化が起こり難くなるため、耐食性が向上する。
熱処理工程は、例えば、加熱炉を用いて行うことができる。加熱炉の形態は、バッチ式であっても連続式であっても構わない。
【0048】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接構造体は、耐高温酸化性、耐食性及び寸法精度に優れているため、これらの特性が要求される各種用途で用いることができる。用途の例としては、自動車の排気系部品、プラント、家庭用エネルギー機器などに用いられる熱交換器が挙げられる。
【実施例0049】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0050】
(実施例1~6及び比較例1~7)
フェライト系ステンレス鋼材として、以下の手順に従ってフェライト系ステンレス鋼板を作製した。
表1に示す組成を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延して厚さ3.0mmの熱延板を得た後、熱延板を1050℃で焼鈍して酸洗することによって熱延焼鈍板を得た。次に、熱延焼鈍板を冷間圧延して厚さ1.0mmの冷延板を得た後、冷延板を1000℃で仕上焼鈍して酸洗することによって冷延焼鈍板を得た。次に、冷延焼鈍板から幅方向150mm×圧延方向300mmの試験片を切削によって切り出した。
【0051】
【表1】
【0052】
上記の試験片について溶接処理を行った。溶接処理は、試験片の幅方向中央部をTIGなめつけ溶接と同じようにして溶解させる(ただし、溶接は行わない)疑似溶接加工を行って溶接試験片を得た。溶接条件は、溶接電流を100A、溶接速度を60cm/分、溶接電極の直径を1.6mmとした。
次に、溶接を行っていない上記の試験片(以下、「未溶接試験片」という)及び溶接試験片のそれぞれを真空炉に入れ、表2に示す条件で熱処理を行った後、平均冷却速度を35℃/分として冷却を行った。酸素分圧は、真空炉内の圧力を変えることによって制御した。表2に示す酸素分圧は、真空炉内の圧力を0.2倍した値である。また、冷却速度は、真空炉内への冷却用窒素ガスの導入量によって制御した。
なお、比較例1では、上記の未溶接試験片及び溶接試験片に対して熱処理及び冷却を行わなかった。
【表2】
【0053】
上記で得られた熱処理後の未溶接試験片及び溶接試験片(ただし、比較例1は熱処理を行っていないため、比較例1の場合は熱処理を行っていない未溶接試験片及び溶接試験片を使用)について以下の評価を行った。なお、平均結晶方位差及び寸法精度については、上記のフェライト系ステンレス鋼板を用いて測定用試験片を改めて作製して評価を行った。
【0054】
(酸化皮膜中のAl濃度)
熱処理後の未溶接試験片から50mm角の測定用試験片を切削によって切り出し、その表面をアセトンで脱脂した。次に、JIS K0144:2001に準拠し、グロー放電発光分光法(GD-OES)を用いて深さ方向の成分濃度の分析を行った。この分析で得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて、O(酸素)濃度が最大値の4分の3となる位置のAl、Fe及びCr濃度を求め、以下の式によって酸化皮膜中のAl濃度を求めた。
酸化皮膜中のAl濃度[質量%]=Al濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Al濃度)×100
【0055】
(母材の平均結晶粒径)
熱処理後の未溶接試験片から10mm角の測定用試験片を切削によって切り出した後、板厚の圧延方向に平行且つ幅方向に直交する面が観察面となるように樹脂埋めを施した。次に、樹脂埋めを行った測定用試験片を湿式研磨によって鏡面処理した後、フッ硝酸でエッチングして現出させた金属組織を光学顕微鏡で観察した。光学顕微鏡による観察は、JIS G0551:2013に準じ、光学顕微鏡画像上の任意の位置に直線を引き、直線と結晶粒界との交点の数を計測し、平均切片長さを結晶粒径とした。結晶粒径の測定は、複数の視野で20本以上の直線で引いて計測することにより行い、それらの平均値を平均結晶粒径とした。
【0056】
(平均結晶方位差)
上記のフェライト系ステンレス鋼板(冷延焼鈍板)から幅方向10mm×圧延方向75mmの測定用試験片を切削によって切り出した。次に、万能試験機(株式会社島津製作所製UH-300kNI)を用い、内側半径8mmのポンチを用い、両脚が平行となるようにU字曲げ加工を施した。次に、各測定用試験片について上記と同様の各条件で熱処理を行った。
次に、熱処理後の測定用試験片をU字曲げ頂部の板厚断面が観察面となるように樹脂埋めを施した。樹脂埋めを行った測定用試験片は、SiC研磨紙及びダイヤモンドペーストを用いた湿式研磨、コロイダルシリカ研磨剤による研磨を行った。その後、OIM(Orientation Imaging Microscopy)システムを備えたFE-SEMを用いて結晶方位差の測定を行った(EBSD法)。この測定において、評価面積は100μm角とした。このとき、評価範囲内に結晶粒界を含むようにした。測定結果は、KAMマップ(Kernel Average Misorientation Map)を用いて結晶方位差解析を行った。粒界である結晶方位差が5°以上の点を除外した後、測定範囲内の結晶方位差の平均値を平均結晶方位差として算出した。
【0057】
(溶接金属部の粒界Cr濃度)
熱処理後の溶接試験片から溶接金属部を集束イオンビーム(FIB)加工で測定用試験片を切り出した。観察面は、溶接方向と垂直な板厚断面とし、少なくとも1つの結晶粒界を含む範囲とした。次に、電界放出型透過電子顕微鏡を用いて測定用試験片を観察し、粒界の析出物についてエネルギー分散型X線分光法による分析(EDS分析)を行い、Cr炭化物を同定した。そのあと、Cr炭化物と結晶粒との界面から結晶粒内方向に10nm離れた位置においてEDS分析を行った(分析径1nm)。この分析において、Cr、Fe及びAl濃度を求め、以下の式によって溶接金属部の粒界Cr濃度を求めた。
溶接金属部の粒界Cr濃度[質量%]=Cr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Al濃度)×100
【0058】
(母材の靭性)
上記の熱処理後の未溶接試験片から50mm(板幅方向長さ)×10mm(圧延方向長さ)×1mm(板厚方向長さ)の測定用試験片を切削によって切り出した。
次に、測定用試験片の板幅方向の中心部に圧延方向に向かってVノッチ(ノッチ角度45°、ノッチ深さ2mm、ノッチ底半径0.25mm)を切削によって施した。この測定用試験片を用いてJIS Z2242:2018に準じ、試験温度25℃にてシャルピー衝撃試験を行った。測定は、3つの測定用試験片で行い、その平均値を測定結果とした。この評価において、単位面積当たりのシャルピー衝撃の吸収エネルギー(シャルピー衝撃値)が100J/cm2以上の場合を靭性が良好であると判断した。
【0059】
(溶接金属部の耐食性)
フェライト系ステンレス鋼溶接構造体の実際の使用環境を考慮し、上記の熱処理後の溶接試験片について、エレマ電気炉を用い、大気雰囲気中、500℃で100時間加熱する使用環境模擬熱処理を行った。
次に、使用環境模擬熱処理を行った溶接試験片から溶接金属部が中央に位置するように50mm角の測定用試験片を切り出した後、測定用試験片の全面に#600湿式研磨を施した。この測定用試験片について、JIS G0575:2012に規定されるステンレス鋼の硫酸・硫酸銅腐食試験方法に準拠し、フラスコ底面に銅の粒を敷き詰めた後、15.7%硫酸/5.5%硫酸銅水溶液400mLと測定用試験片を入れてホットプレートで加熱した。そして、20時間沸騰状態を保持した後、測定用試験片を取り出して水洗し、乾燥させた。
次に、万能試験機(株式会社島津製作所製UH-300kNI)を用い、溶接方向と垂直な方向に1t曲げを測定用試験片に施し、曲げ頂部を光学顕微鏡で観察した。この観察の結果、粒界に沿って割れが発生したものを×(耐食性が不良)、割れの発生が無かったものを○(耐食性が良好)と評価した。
【0060】
(母材の耐酸化性)
上記の熱処理後の未溶接試験片に対し、上記と同様の条件で使用環境模擬熱処理を行った。
次に、使用環境模擬熱処理を行った未溶接試験片から50mm角の測定用試験片を切削によって切り出し、その表面をアセトンで脱脂した。次に、JIS K0144:2001に準拠し、上記と同様にしてグロー放電発光分光法(GD-OES)を用いて深さ方向の成分濃度の分析を行った。この分析で得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて、O(酸素)濃度が最大値の4分の3となる位置のAl、Fe及びCr濃度を求め、以下の式によって酸化皮膜中のFe濃度を求めた。
酸化皮膜中のFe濃度[質量%]=Fe濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Al濃度)×100
この評価において、Fe濃度が10質量%以下の場合を耐酸化性が良好であると判断した。
【0061】
(寸法精度)
上記のフェライト系ステンレス鋼板(冷延焼鈍板)から幅方向10mm×圧延方向75mmの測定用試験片を切削によって切り出した。次に、万能試験機(株式会社島津製作所製UH-300kNI)を用い、内側半径8mmのポンチを用い、両脚が平行となるようにU字曲げ加工を施し、両脚の間隔を両端で測定した。次に、各測定用試験片について上記と同様の各条件で熱処理を行った後、両脚の間隔を両端で再度測定した。この評価において、両脚の間隔が平均で7mm以下の場合を寸法精度が良好であると判断した。
上記の各評価結果を表3に示す。
【0062】
【表3】
【0063】
表3に示されるように、平均結晶方位差、母材の組成、溶接金属部の粒界Cr濃度、並びに酸化皮膜中のAl濃度が所定の範囲を満たす実施例1~6は、溶接金属部の耐食性、母材の耐酸化性及び寸法精度が良好であった。
これに対して比較例1及び3は、酸化皮膜中のAl濃度及び溶接金属部の粒界Cr濃度が低すぎたため、溶接金属部の耐食性及び母材の耐酸化性が十分でなかった。
比較例2は、溶接金属部の粒界Cr濃度が低すぎたため、溶接金属部の耐食性が十分でなかった。
比較例4及び5は、平均結晶方位差及び粒界Cr濃度が低すぎたため、溶接金属部の耐食性及び寸法精度が十分でなかった。また、比較例5は、母材の平均結晶粒径も大きく、母材の靭性も低かった。
比較例6は、酸化皮膜中のAl濃度が低すぎたため、母材の耐酸化性が十分でなかった。比較例7は、母材のAl含有量が低すぎたため、酸化皮膜中のAl濃度が低くなってしまい、母材の耐酸化性が十分でなかった。
【0064】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、耐高温酸化性、耐食性及び寸法精度に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接構造体を提供することができる。
図1