(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023042611
(43)【公開日】2023-03-28
(54)【発明の名称】非結核性抗酸菌症の診断を補助する方法および非結核性抗酸菌症の診断補助用キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230317BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230317BHJP
G01N 33/569 20060101ALI20230317BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230317BHJP
C12N 5/078 20100101ALN20230317BHJP
C07K 14/35 20060101ALN20230317BHJP
C07K 14/52 20060101ALN20230317BHJP
C07K 16/24 20060101ALN20230317BHJP
C12R 1/325 20060101ALN20230317BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D ZNA
G01N33/569 F
C12Q1/02
C12N5/078
C07K14/35
C07K14/52
C07K16/24
C12R1:325
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021149798
(22)【出願日】2021-09-14
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)1.令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、感染症実用化研究事業 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「非結核性抗酸菌症の発生動向把握及び診断・治療法の開発に向けた研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願 2.令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「非結核性 抗酸菌症の発生動向の把握及び病原体ゲノム・臨床情報に基づいた予防・診断・治療 法に関する研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】森本 浩之輔
(72)【発明者】
【氏名】山下 嘉郎
(72)【発明者】
【氏名】松本 壮吉
(72)【発明者】
【氏名】シャイマ エナニー
(72)【発明者】
【氏名】大原 由貴子
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045DA36
2G045FB03
2G045FB07
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QR48
4B063QS33
4B063QX02
4B065AA94X
4B065AC20
4B065BD39
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045DA01
4H045DA02
4H045DA18
4H045DA76
4H045EA50
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】喀痰中のNTM症起因菌の検出を要しないNTM症の診断を補助する方法を提供すること。
【解決手段】以下の工程(1)~(3)を含む非結核性抗酸菌症の診断を補助する方法:(1)被検者のリンパ球を含む試料とマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させる工程、(2)接触後の試料におけるサイトカイン量を測定する工程、および(3)マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させた健常者試料におけるサイトカイン量と比較して、サイトカイン量が増加している被検者を選択する工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(1)~(3)を含む非結核性抗酸菌症の診断を補助する方法:
(1)被検者のリンパ球を含む試料とマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させる工程、
(2)接触後の試料におけるサイトカイン量を測定する工程、および
(3)マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させた健常者試料におけるサイトカイン量と比較して、サイトカイン量が増加している被検者を選択する工程。
【請求項2】
前記マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質が、配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびそれらのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記サイトカインがTh1系サイトカインおよび/または非Th1系サイトカインである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記Th1系サイトカインが、インターフェロンγ、腫瘍壊死因子αおよびインターロイキン2からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記非Th1系サイトカインが、インターロイキン10、インターロイキン13およびインターロイキン17からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記サイトカインが、インターロイキン10および/またはインターロイキン17である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項7】
配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびそれらのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質を含む、非結核性抗酸菌症の診断補助用キット。
【請求項8】
さらに、サイトカイン量を測定するための試薬を含む、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
前記サイトカインがTh1系サイトカインおよび/または非Th1系サイトカインである、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
前記Th1系サイトカインが、インターフェロンγ、腫瘍壊死因子αおよびインターロイキン2からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項9に記載のキット。
【請求項11】
前記非Th1系サイトカインが、インターロイキン10、インターロイキン13およびインターロイキン17からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項9に記載のキット。
【請求項12】
前記試薬が、前記サイトカインと特異的に結合する抗体を含む、請求項8~11のいずれか一項に記載のキット。
【請求項13】
さらに、抗インターロイキン10抗体および/または抗インターロイキン17抗体を含む請求項7に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非結核性抗酸菌症の診断を補助する方法および非結核性抗酸菌症の診断補助用キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
非結核性抗酸菌(non-tuberculousis mycobacteria:NTM)症(以下、「NTM症」とも記載する)は、結核菌群およびらい菌を除いた抗酸菌の感染で生じる疾患で、主たる感染臓器は肺である。肺NTM症は日本を含む先進国で増加が著しく、また難治性で現代の難病といえる様相を呈している。日本では2014年に10万人あたりの罹患者が14人を越え、年間8000人以上が罹患する疾患である。
【0003】
日本結核・非結核性抗酸菌症学会指針に沿った肺NTM症の診断では、二連痰陽性法という多くの時間を要する微生物学的検査が必須であるが、痰の症状が無い症例もある。肺NTM症では、抗酸菌症感染者におけるIgA抗体の動態解析(非特許文献1)を経て、液性免疫が注目されるようになり、肺MAC(Mycobacterium avium complex)症の診断ではGPL(Glycopeptidolipid)コア抗原に対する血清中IgA抗体を測定するキャピリアMAC抗体ELISA法が開発された(非特許文献2、非特許文献3)。しかしながら抗体量の多寡だけで治療の完遂や再燃の予見は困難であり(非特許文献4)、現時点で肺NTM症の客観的な病期の判定が達成できているとは言い難い。
【0004】
肺NTM症では、結核で認める程の大きさではないが、肉芽腫が形成されることが知られている。また、HIV感染群において播種性NTM症の発症が増えることが示されており(非特許文献5)、NTM症の防御においては、細胞性免疫(CD4陽性T細胞)が重要な役割を果たすことが示唆されている。
【0005】
本発明者らは、NTM症患者および健常者の末梢血単核球をマイトジェン、精製ツベルクリン(PPD: Purified Protein Derivative)、および結核菌抗原であるESAT-6/CFP-10で刺激した後、IL-2、IL-10、IL-13、IL-17、TNF-α、IFN-γの各サイトカインについてフローサイトメーターで測定した結果、PPDで刺激した場合に、TNF-αとIL-2の発現量が健常者群より患者群のほうが高かったことを報告している(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Niki M, Suzukawa M, Akashi S, Nagai H, Ohta K, Inoue M, Niki M, Kaneko Y, Morimoto K, Kurashima A, Kitada S, Matsumoto S, Suzuki K, Hoshino Y. J Immunol Res. (2015) 2015, 527395.
【非特許文献2】Kitada S, Yoshimura K, Miki K, Miki M, Hashimoto H, Matsui H, Kuroyama M, Ageshio F, Kagawa H, Mori M, Maekura R, Kobayashi K. Int J Tuberc Lung Dis. (2015) 19(1), 97-103.
【非特許文献3】Kitada S, Maekura R, Toyoshima N, Naka T, Fujiwara N, Kobayashi M, Yano I, Ito M, Kobayashi K. Clin Diagn Lab Immunol. (2005) 12(1), 44-51.
【非特許文献4】Kitada S, Maekura R, Yoshimura K, Miki K, Miki M, Oshitani Y, Nishida K, Sawa N, Mori M, Kobayashi K. J Clin Microbiol. (2017) 55(3), 884-892.
【非特許文献5】Ristola MA, von Reyn CF, Arbeit RD, Soini H, Lumio J, Ranki A, Buehler S, Waddell R, Tosteson AN, Falkinham 3rd JO, Sox CH. J Infect. (1999) 39(1), 61-67.
【非特許文献6】山下嘉郎、南健輔、安田一行、田中健之、高木理博、有吉紅也。日本呼吸器学会誌 (2019) 第8巻増刊号, 158頁.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、喀痰中のNTM症起因菌の検出を要しないNTM症の診断を補助する方法、および該方法を実施するためのNTM症診断補助用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]以下の工程(1)~(3)を含む非結核性抗酸菌症の診断を補助する方法:
(1)被検者のリンパ球を含む試料とマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させる工程、
(2)接触後の試料におけるサイトカイン量を測定する工程、および
(3)マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させた健常者試料におけるサイトカイン量と比較して、サイトカイン量が増加している被検者を選択する工程。
[2]前記マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質が、配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびそれらのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質を含む、前記[1]に記載の方法。
[3]前記サイトカインがTh1系サイトカインおよび/または非Th1系サイトカインである、前記[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記Th1系サイトカインが、インターフェロンγ、腫瘍壊死因子αおよびインターロイキン2からなる群から選択される少なくとも1種である、前記[3]に記載の方法。
[5]前記非Th1系サイトカインが、インターロイキン10、インターロイキン13およびインターロイキン17からなる群から選択される少なくとも1種である、前記[3]に記載の方法。
[6]前記サイトカインが、インターロイキン10および/またはインターロイキン17である、前記[1]または[2]に記載の方法。
[7]配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびそれらのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質を含む、非結核性抗酸菌症の診断補助用キット。
[8]さらに、サイトカイン量を測定するための試薬を含む、前記[7]に記載のキット。
[9]前記サイトカインがTh1系サイトカインおよび/または非Th1系サイトカインである、前記[8]に記載のキット。
[10]前記Th1系サイトカインが、インターフェロンγ、腫瘍壊死因子αおよびインターロイキン2からなる群から選択される少なくとも1種である、前記[9]に記載のキット。
[11]前記非Th1系サイトカインが、インターロイキン10、インターロイキン13およびインターロイキン17からなる群から選択される少なくとも1種である、前記[9]に記載のキット。
[12]前記試薬が、前記サイトカインと特異的に結合する抗体を含む、前記[8]~[11]のいずれかに記載のキット。
[13]さらに、抗インターロイキン10抗体および/または抗インターロイキン17抗体を含む前記[7]に記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、喀痰中のNTM症起因菌の検出を要しないNTM症の診断を補助する方法を提供することができる。また、本発明により、本発明のNTM症の診断補助方法を実施するためのNTM症診断補助用キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、マイコバクテリウム・アビウム(Mycobacterium avium)104株菌体の可溶性タンパク質の二次元電気泳動の結果を示す図である。(A)および(B)は二次元電気泳動後のゲルに銀染色を行った結果であり、(A)は量が少ないタンパク質を検出するために過剰に染色したもの、(B)は量が多いタンパク質に合わせて染色をしたものである。(C)および(D)は、二次元電気泳動後、タンパク質をPVDF膜に転写し、ウエスタンブロットを行った結果であり、(C)はNTM症患者血清(M4)、(D)は健常者血清(H16)を一次抗体として反応させたものである。
【
図2】
図2は、NTM症患者血清と反応するマイコバクテリウム・アビウムの4種類のタンパク質を同定し、それらの組換えタンパク質を作製してSDS-PAGEに供し、クマシーブリリアントブルー染色を行った結果を示す図である。
【
図3】
図3は、NTM症に矛盾しない所見を指摘された対象者(診断未確定、治療中、治療後)の末梢血単核球(PBMCs)を、
図2に示した各組換えタンパク質で処理した後、抗インターフェロンγ(IFN-γ)抗体で染色し、フローサイトメトリーによりCD4陽性T細胞の細胞内IFN-γ量を測定した結果を示す図である。
【
図4】
図4は、NTM症に矛盾しない所見を指摘された対象者(診断未確定、治療中、治療後)の末梢血単核球(PBMCs)を、
図2に示した各組換えタンパク質で処理した後、抗腫瘍壊死因子α(TNF-α)抗体で染色し、フローサイトメトリーによりCD4陽性T細胞の細胞内TNF-α量を測定した結果を示す図である。
【
図5】
図5は、NTM症に矛盾しない所見を指摘された対象者(診断未確定、治療中、治療後)の末梢血単核球(PBMCs)を、
図2に示した各組換えタンパク質で処理した後、インターロイキン2(IL-2)抗体で染色し、フローサイトメトリーによりCD4陽性T細胞の細胞内IL-2量を測定した結果を示す図である。
【
図6】
図6は、NTM症に矛盾しない所見を指摘された対象者(診断未確定、治療中、治療後)の末梢血単核球(PBMCs)を、
図2に示した各組換えタンパク質で処理した後、インターロイキン10(IL-10)抗体で染色し、フローサイトメトリーによりCD4陽性T細胞の細胞内IL-10量を測定した結果を示す図である。
【
図7】
図7は、NTM症に矛盾しない所見を指摘された対象者(診断未確定、治療中、治療後)の末梢血単核球(PBMCs)を、
図2に示した各組換えタンパク質で処理した後、インターロイキン13(IL-13)抗体で染色し、フローサイトメトリーによりCD4陽性T細胞の細胞内IL-13量を測定した結果を示す図である。
【
図8】
図8は、NTM症に矛盾しない所見を指摘された対象者(診断未確定、治療中、治療後)の末梢血単核球(PBMCs)を、
図2に示した各組換えタンパク質で処理した後、インターロイキン17(IL-17)抗体で染色し、フローサイトメトリーによりCD4陽性T細胞の細胞内IL-17量を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔非結核性抗酸菌症の診断を補助する方法〕
本発明は、非結核性抗酸菌症(NTM症)の診断を補助する方法を提供する(以下、「本発明の方法」と記す)。本発明の方法は、以下の工程(1)~(3)を含むものであればよい。
(1)被検者のリンパ球を含む試料とマイコバクテリウム・アビウム(Mycobacterium avium)のタンパク質を接触させる工程、
(2)接触後の試料におけるサイトカイン量を測定する工程、および
(3)マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させた健常者試料におけるサイトカイン量と比較して、サイトカイン量が増加している被検者を選択する工程。
【0012】
本発明の方法を適用する対象は特に限定されないが、臨床的にNTM症が疑われる患者であることが好ましい。NTM症は肺NTM症であってもよく、肺MAC(Mycobacterium avium complex)症であってもよい。
【0013】
工程(1)では、被検者のリンパ球を含む試料とマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させる。試料はリンパ球を含むものであれば特に限定されず、例えば、血液、体液、組織等が挙げられる。リンパ球を含む試料は、被検者から採取した末梢血から分離されたリンパ球を含む試料であてもよく、末梢血単核球(peripheral mononuclear cells、以下「PBMCs」と記す)であってもよい。PBMCsは、例えば密度勾配遠心法等の公知の手法により調製することができる。
【0014】
マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質は、マイコバクテリウム・アビウムから抽出したタンパク質の全体をそのまま使用してもよく、マイコバクテリウム・アビウムから抽出したタンパク質の特定の画分を使用してもよく、マイコバクテリウム・アビウムの特定のタンパク質を使用してもよく、複数の特定のタンパク質を組み合わせて使用してもよい。マイコバクテリウム・アビウムからタンパク質を抽出する方法は特に限定されず、細菌からタンパク質を抽出する公知の方法を用いることができる。具体的には、例えば、マイコバクテリウム・アビウムを培養し、遠心分離等により集菌して菌体を破砕し、破砕液を遠心分離してタンパク質を回収する方法などを用いることができる。マイコバクテリウム・アビウムから抽出されるタンパク質は、可溶性タンパク質であってもよい。マイコバクテリウム・アビウムの特定の画分は、クロマトグラフィー、限外濾過等により調製したものであってもよい。マイコバクテリウム・アビウムの特定のタンパク質は、抽出タンパク質を電気泳動、クロマトグラフィー等により分離・回収したものであってもよく、公知の遺伝子組換え技術を用いて作製した組換えタンパク質であってもよい。
【0015】
本発明の方法で用いるマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質は、配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびそれらのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質を含むことが好ましい。これらのタンパク質は、NTM症患者血清と反応する領域を含むことが確認されている(実施例1参照)。上記フラグメントとして、NTM症患者血清と反応する領域を含むフラグメントを用いることができる。
【0016】
本発明の方法で用いるマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質は、配列番号1~4に示されるアミノ酸配列から選択される1種に基づくタンパク質を含むものであってもよく、2種に基づくタンパク質を含むものであってもよく、3種に基づくタンパク質を含むものであってもよく、4種すべてに基づくタンパク質を含むものであってもよい。いずれの組み合わせにも、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、またはそのフラグメントが含まれることが好ましい。
【0017】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、マイコバクテリウム・アビウム104株のUniProtデータベース(Proteome ID UP000001574)において、Protein name: Glucose-methanol-choline, Gene name: MAV_4925, Length: 598として登録されている。GenBankアクセッションはABK66486.1である。質量は約66kDaである。このタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば配列番号5に示される配列が挙げられる。
【0018】
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、マイコバクテリウム・アビウム104株のUniProtデータベース(Proteome ID UP000001574)において、Protein name: Diaminopimelate decarboxylase, Gene name: MAV_1160, Length: 444として登録されている。GenBankアクセッションはABK66486.1である。質量は約50kDaである。このタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば配列番号6に示される配列が挙げられる。
【0019】
配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、マイコバクテリウム・アビウム104株のUniProtデータベース(Proteome ID UP000001574)において、Protein name: Acetyl-CoA acetyltransferase, Gene name: MAV_1276, Length: 382として登録されている。GenBankアクセッションはABK68410.1である。質量は約40kDaである。このタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば配列番号7に示される配列が挙げられる。
【0020】
配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、マイコバクテリウム・アビウム104株のUniProtデータベース(Proteome ID UP000001574)において、Protein name: Bac_luciferase domain-containing protein, Gene name: MAV_0986, Length: 345として登録されている。GenBankアクセッションはABK65320.1である。質量は約38kDaである。このタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば配列番号8に示される配列が挙げられる。
【0021】
配列番号1に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質としては、例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも80%、85%、90%、92%、95%、96%、97%、98%または99%同一のアミノ酸配列からなるタンパク質であって、NTM症患者血清と反応するタンパク質、さらにアフィニティータグが付加されたタンパク質などが挙げられる。配列番号2、3または4に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質についても同様である。
【0022】
配列番号1~4に示される同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質およびそれらのフラグメントは、組換えタンパク質であってもよい。組換えタンパク質は、これらのタンパク質のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNAを用いて、公知の遺伝子組換え技術および組換えタンパク質作製技術を用いることにより作製することができる。組換えタンパク質は、アフィニティータグを含んでいてもよい。アフィニティータグは特に限定されず、例えば、Hisタグ、HAタグ、FLAGタグ、Mycタグ等の公知のアフィニティータグを用いることができる。アフィニティータグは上記のタンパク質に直接連結されていてもよく、スペーサーペプチドやリンカーを介して連結されていてもよい。
【0023】
試料とマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させる方法は特に限定されず、例えば、マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質の溶液に試料を浸漬させる方法などが挙げられる。試料としてPBMCsを用いる場合、PBMCsの培養に適した市販の培地にマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を添加して、PBMCsを培養する方法などが挙げられる。試料とマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させる時間は特に限定されないが、PBMCsをマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させて37℃、5%CO2インキュベーター内で培養する場合、例えば12時間以上、13時間以上、14時間以上であってもよく、24時間以下、22時間以下、20時間以下、18時間以下、16時間以下であってもよい。
【0024】
工程(2)では、マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質と接触させた後の試料におけるサイトカイン量を測定する。測定するサイトカインは特に限定されず、Th1系サイトカインであってもよく、非Th1系サイトカインであってもよく、Th1系サイトカインと非Th1系サイトカインの両方であってもよい。Th1系サイトカインは、ヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞)のサブセットであるTh1細胞が産出するサイトカインであり例えば、インターフェロンγ(Interferon-γ、IFN-γ)、腫瘍壊死因子α(Tumor Necrosis Factor-α、TNF-α)、インターロイキン2(Interleukin-2、IL-2)などが挙げられる。非Th1系サイトカインは、Th1細胞が産出するサイトカイン以外のサイトカインであり、例えば、インターロイキン10(IL-10)、インターロイキン13(IL-13)およびインターロイキン17(IL-17)、インターロイキン6(IL-6)、インターロイキン9(IL-9)、インターロイキン21(IL-21)、インターロイキン27(IL-27)、トランスフォーミング増殖因子β(Transforming growth factor-β、TGF-β)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(Granulocyte Macrophage colony-stimulating Factor、GM-CSF)などが挙げられる。
【0025】
サイトカイン量の測定方法は特に限定されず、公知の方法を適宜選択することができる。具体的には、例えば、ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)、CLEIA(Chemiluminescent enzyme immunoassay)、CLIA(Chemiluminescent immunoassay)、フローサイトメトリー、ELISPOT(Enzyme-Linked ImmunoSpot)などが挙げられる。
【0026】
工程(1)で、マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を含む培地で血液または血液より採取したPBMCsを培養した場合、培養上清中のサイトカインを測定してもよく、PBMCsを回収して細胞内のサイトカインを測定してもよく、培養上清と細胞内の全体のサイトカインを測定してもよい。これらの測定には、ELISA、CLEIA、CLIA等を好適に用いることができる。PBMCsの細胞内のサイトカインを測定する場合、フローサイトメトリーおよびELISPOTを用いることができる。フローサイトメトリーで測定する場合、例えば後段の実施例に記載のように、マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を含む培地で培養したPBMCsを回収し、細胞表面固定および細胞膜透過性亢進処理を行い、標的のサイトカインに対する蛍光標識抗体で染色して、フローサイトメーターに供する方法を用いることができる。PBMCs中のCD4陽性T細胞のみを測定対象にする場合は、同時に細胞表面マーカー(例えばCD3とCD4)に対する抗体で染色してCD4陽性T細胞を同定できるようにしておき、細胞表面マーカーと標的サイトカインの両方の蛍光を評価すればよい。ELISPOTを用いる場合は、あらかじめ標的のサイトカインキャプチャー抗体をコートしたプレートを準備し、この上でPBMCsのアッセイを行う。アッセイ後に検出用抗体と発色基質を加え、発色する陽性スポット数を計測することでサイトカインを測定することができる。
【0027】
工程(3)では、マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を接触させた健常者試料におけるサイトカイン量と比較して、サイトカイン量が増加している被検者を選択する。本発明の方法における健常者は、通常、NTM症既往が無く、NTM症の疑いも指摘されたことがない者が該当する。健常者試料は、被検者のリンパ球を含む試料であって、マイコバクテリウム・アビウムのタンパク質と接触させた後の試料である。健常者試料は、被検者試料と同じ条件でマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質と接触処理を行ったものであることが好ましい。また、健常者試料のサイトカイン量は、被検者試料と同じ方法を用いて測定したものであることが好ましい。健常者試料におけるサイトカイン量は、被験者試料の工程(1)および(2)と同時進行で測定された数値を用いてもよく、被験者試料と同じ条件で過去に測定された数値の蓄積データを用いてもよい。
【0028】
サイトカインとしてTh1系サイトカインを測定した場合、被験者試料のTh1系サイトカイン量が、健常者試料の対応するサイトカイン量と比較して増加している場合に、当該被験者は非結核性抗酸菌症を発症している可能性が高いと判定することができる。サイトカイン量の増加の程度は特に限定されないが、例えば、健常者試料のサイトカイン量と比較して2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上に増加している被検者を選択してもよい。Th1系サイトカインとしては、IFN-γ、TNF-αおよびIL-2が好ましく、複数のTh1系サイトカインを測定して、全てが増加している被検者を選択してもよい。
【0029】
サイトカインとして非Th1系サイトカインを測定した場合、被験者試料の非Th1系サイトカイン量が、健常者試料の対応するサイトカイン量と比較して増加している場合に、当該被験者は非結核性抗酸菌症を発症している可能性が高いと判定することができる。サイトカイン量の増加の程度は特に限定されないが、例えば、健常者試料のサイトカイン量と比較して2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上に増加している被検者を選択してもよい。非Th1系サイトカインとしては、IL-10、IL-13およびIL-17が好ましく、IL-10およびIL-17がさらに好ましい。複数の非Th1系サイトカインを測定して、全てが増加している被検者を選択してもよい。
【0030】
より精度を高めるために、Th1系サイトカインと非Th1系サイトカインの両方を測定して、いずれのサイトカインについても健常者試料の対応するサイトカイン量と比較して増加している場合に、当該被験者は非結核性抗酸菌症を発症している可能性が高いと判定してもよい。Th1系サイトカインとしてIFN-γ、TNF-αおよびIL-2から選択される少なくとも1種を測定し、非Th1系サイトカインとしてIL-10およびIL-17から選択される少なくとも1種を測定することが好ましい。
【0031】
〔非結核性抗酸菌症の診断補助キット〕
本発明は、上記本発明の方法を実施するためのキットを提供する(以下「本発明のキット」と記す)。本発明のキットは、配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびそれらのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質を含むものであればよい。好ましくは、配列番号1~4に示されるアミノ酸配列から選択される2種に基づくタンパク質を含むキット、3種に基づくタンパク質を含むキット、4種に基づくタンパク質を含むキットである。
【0032】
これらのタンパク質は組換えタンパク質であってもよい。組換えタンパク質は、アフィニティータグを含んでいてもよい。アフィニティータグは特に限定されず、例えば、Hisタグ、HAタグ、FLAGタグ、Mycタグ等の公知のアフィニティータグを用いることができる。アフィニティータグは上記のタンパク質に直接連結されていてもよく、スペーサーペプチドやリンカーを介して連結されていてもよい。
【0033】
本発明のキットは、上記のタンパク質に加えて、測定対象のサイトカイン量を測定するための試薬を含むものであってもよい。測定対象のサイトカインは、Th1系サイトカインであってもよく、非Th1系サイトカインであってもよい。好ましくは、Th1系サイトカインと非Th1系サイトカインの両方である。Th1系サイトカインとしては、IFN-γ、TNF-αおよびIL-2が好ましく、非Th1系サイトカインとしては、IL-10、IL-13およびIL-17が好ましい。測定対象のサイトカイン量を測定するための試薬は、測定対象のサイトカインと特異的に結合する抗体であってもよい。
【0034】
本発明のキットは、上記のタンパク質に加えて、抗IFN-γ抗体、抗TNF-α抗体、抗IL-2抗体、抗IL-10抗体、抗IL-13抗体および抗IL-17抗体から選択される1種以上の抗体を含むものであることが好ましい。より好ましくは、上記のタンパク質に加えて、抗IFN-γ抗体、抗TNF-α抗体、抗IL-2抗体および抗IL-10抗体から選択される少なくとも1種と、抗IL-10抗体、抗IL-13抗体および抗IL-17抗体から選択される少なくとも1種を含むキットである。
【0035】
本発明のキットは、上記のタンパク質に加えて、抗IL-10抗体および抗IL-17抗体のいずれか1つまたは両方を含むものであってもよい。さらに本発明のキットは、試薬調製用の各種チューブ類、試薬調製用の緩衝液、使用説明書等を含んでいてもよい。
【実施例0036】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
〔実施例1:NTM症患者血清と反応するマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質の同定〕
1-1 NTM症患者血清と反応するマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質の検出
<等電点電気泳動>
マイコバクテリウム・アビウム104株を、0.2%グリセロール、ADC、0.05%Tween80を添加したMiddlebrook 7H9 broth(Difco社)で培養した。OD600=1まで増殖させ、遠心分離にて集菌し、菌体を得た。菌体をビーズ式破砕装置にて破砕し、遠心分離にて可溶性の菌体タンパク質を採取した。得られたマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質を既報(Enany S et al., Molecules, 2021)にしたがって等電点電気泳動により分離した。等電点電気泳動は、pH3-10に調整された7cmのpH勾配ゲルストリップ(商品名:Immobiline DryStrip Non-Linear、GE Healthcare社)を用いてEttan IPGphor 3(Amersham Biosciences社)により行った。ゲルストリップの再水和は製造者のマニュアルにしたがって行った。タンパク質抽出物はDestreak rehydration bufferでさらに希釈し、最大電圧出力を5000Vとして9400V/時で泳動した。泳動後、ゲルストリップは50mgジチオスレイトールを添加した5mLの平衡溶液(6M尿素、50mMトリス塩酸;pH8.8、30%グリセロール、2%SDS、00.004%ブロモフェノールブルー)に15分間室温で浸漬し、続いて125mgヨードアセトアミドを添加した5mLの同平衡溶液に同様に浸漬してタンパク質の還元およびアルキル化を行った。
【0038】
<二次元SDS-PAGE>
等電点電気泳動後にSDS処理したゲルストリップを既報(O'Farrell, J Biol Chem, 1975)にしたがって二次元SDS-PAGEを行った。上述のとおり平衡化したゲルストリップは0.5%アガロースを用いてSDS-PAGEゲル(12.5%ポリアクリルアミドゲル)の上部に封入した。緩衝液としてはトリス グリシン SDS溶液(25mMトリス、198mMグリシン、0.1%SDS)を使用した。ゲルは20mA/ゲルで染料がゲルの底辺に到達するまで泳動した。二次元電気泳動は各試料につき二回ずつ行った。
【0039】
<銀染色>
二次元電気泳動後のゲルを、2D-Silver Stain Reagent II(コスモバイオ社)を用いて銀染色した。染色は製造者のマニュアルにしたがって行った。ゲル上のタンパク質の分布は高解像度スキャナを用いてデジタル化し記録した。画像は800dpiでTIFFファイルとして取得し、Progenesis SameSpots software(Totallab社)を用いて比較した。
【0040】
<ウエスタンブロッティング>
二次元電気泳動後のゲルにPVDFメンブレンを密着させ、定法に従って転写した。転写したメンブレンは5%BSA溶液でブロッキング後、一次抗体と反応させた。一次抗体には、国立病院機構刀根山病院にて分離したNTM症患者由来血清(M4)と、対照として健常者由来血清(H16)をそれぞれ5000倍希釈して使用した。メンブレンを洗浄後、二次抗体として10000倍に希釈したヤギ抗ヒトIgG-Fc抗体と反応させた。メンブレンを洗浄後、ECLprimeと反応させ、シグナルを検出した。
【0041】
<結果>
結果を
図1に示す。
図1(A)および(B)はマイコバクテリウム・アビウム104株菌体の可溶性タンパク質を試料として等電点電気泳動後、取り出したゲルを二次元電気泳動し銀染色を行った結果である。(A)は量が少ないタンパク質を検出するために過剰に染色したものであり、(B)は量が多いタンパク質に合わせて染色をしたものである。銀染色を行うと多数のスポットが検出された。(C)および(D)は、二次元電気泳動後、タンパク質をPVDF膜に転写し、ウエスタンブロットを行った結果である。(C)はNTM症患者血清(M4)、(D)は健常者血清(H16)を一次抗体として反応させたものである。NTM症患者血清(M4)に反応し、健常者血清(H16)に反応しない5つのスポットを見出し(
図1(C)参照)、質量分析の試料とした。
【0042】
1-2 NTM症患者血清と反応するマイコバクテリウム・アビウムのタンパク質の同定
<質量分析>
実施例1で特定した5つのスポットを銀染色したゲルから切り出し、Silver Stain Kit for Mass Spectrometry(商品名、Pierce社)を用いて脱染した。切り出した各スポットは10mMジチオスレイトールおよび55mMヨードアセトアミドでメチル化したカルバミドで還元し、トリプシンで消化した。得られたペプチドは0.3%ギ酸に溶解しnano-flow-LC(Eksgent nanoLC 415 with ekspert cHiPLC, AB Sciex社)に注入した。解析は試料ごとに二度繰り返し、サイズの異なる2種のChromeXP C18 Chipカラム(200μm×0.5mm)およびChromeXP C18 Chipカラム(75μm×150mm)トラップ・溶出モード(trap and elute mode)で行った。移動相Aでは0.1%ギ酸を使用し、移動相Bではアセトニトリル-0.1%ギ酸を使用した。アセトニトリルは疎水性ペプチド溶出のための有機溶媒として使用した。移動相Bの2%から32%まで20分間溶出した。質量分析はデータ依存モードで行った。出力されたデータはUniProtKBデータベースおよびMascotサーチエンジン(version2.4, Matrix Science社)を用いて分析した。
【0043】
<結果>
各スポットのトリプシン消化サンプルの質量分析結果を、マイコバクテリウム・アビウム104株のUniProtデータベース(Proteome ID UP000001574)と照合し、以下の4種類のタンパク質を同定した。
・スポット1:グルコース-メタノール-コリン酸化還元酵素(GenBank: ABK64837.1、Gene name: MAV_4925)
・スポット2:ジアミノピメリン酸脱炭酸酵素(GenBank: ABK66486.1、Gene name: MAV_1160)
・スポット4:アセチルCoA-アセチル基転移酵素(GenBank: ABK68410.1、Gene name: MAV_1276)
ス・ポット5:未同定タンパク質(GenBank: ABK65320.1、Gene name: MAV_0986)
【0044】
以下、スポット1から同定したタンパク質を「MAV_4925」と記載し、スポット2から同定したタンパク質を「MAV_1160」と記載し、スポット4から同定したタンパク質を「MAV_1276」と記載し、スポット5から同定したタンパク質を「MAV_0986」と記載する。これらのうち、MAV_4925はマイコバクテリウム・アビウムおよびマイコバクテリウム・アブセサス(Mycobacterium abscessus)に特異的な抗原であり、MAV_0986はNTM症、特にMAC症に特異的な抗原であった。「MAV_4925」のアミノ酸配列を配列番号1、「MAV_1160」のアミノ酸配列を配列番号2、「MAV_1276」のアミノ酸配列を配列番号3、「MAV_0986」のアミノ酸配列を配列番号4に示す。
【0045】
1-2 組換えタンパク質の作製
<大腸菌での発現>
マイコバクテリウム・アビウム104株を増殖させ、定法に従いゲノムDNAを抽出した。得られたゲノムDNAを鋳型として、以下のプライマーセットを用いてPCRにより各タンパク質をコードするDNAを増幅した。これらのプライマーにより、増幅されたDNAの5'末端に制限酵素 NdeI配列が付加され、3'末端に制限酵素 HindIIIが付加される。また、MAV_0986、MAV_1160およびMAV_4925の開始コドン(メチオニン)がATGに変更される。
【0046】
MAV_4925-Fw: GGGCATATGCGGTGCGGCCCGCTGAACAC(配列番号9)
MAV_4925-Rv: CCCAAGCTTCTTGTACAGGTCCGTGTGGTC(配列番号10)
MAV_1160-Fw: GGGCATATGCTGGACATCCTGCCGTCGCTGG(配列番号11)
MAV_1160-Rv: CCCAAGCTTCCCGCGGTCGCGGGCCAGCAGG(配列番号12)
MAV_1276-Fw: GGGCATATGGCTGAAGCCGTCATCGTCGAG(配列番号13)
MAV_1276-Rv: CCCAAGCTTCAACAGTTCCACGATGGTGG(配列番号14)
MAV_0986-Fw: GGGCATATGAAAACCGTTGCGGTGCGGCCGG(配列番号15)
MAV_0986-Rv: CCCAAGCTTGCTCAGCGCGGGAATGATCTCCCGC(配列番号16)
【0047】
増幅した遺伝子断片を、制限酵素(NdeIおよびHindIII)で切断し、pET-22b(+)ベクターの同制限酵素サイトに挿入した。それぞれの発現用プラスミドを大腸菌DH-5αにて増幅し、エンドトキシンフリーのタンパク質発現用大腸菌(商品名:ClearColi BL21(DE3)エレクトロコンピテントセル、Lucigen社)に導入した。これらの形質転換体を50μg/mLカルベニシリン含有LB培地で培養し、既報(Osada-Oka M et al., Microbiol Immunol, 2013)に従ってニッケルアフィニティカラムを用いて、各組換えタンパク質を精製した。なお、各組換えタンパク質のC末端には、6×ヒスチジンタグを含む配列(KLAAALEHHHHHH、配列番号17)が付加されている。
【0048】
精製した各組換えタンパク質をSDS-PAGEに供し、クマシーブリリアントブルー染色を行った結果を
図2に示した。各組換えタンパク質は、それぞれの質量の位置にバンドが現れ、目的の組換えタンパク質が作製されたことが確認された。
【0049】
〔実施例2:各組換えタンパク質で処理したPBMCsが発現するサイトカインの分析〕
<対象者の選定および群分け>
対象者は、胸部CTなどの画像検査にてNTM症に矛盾しない所見を指摘された者で、喀痰および気管支肺胞洗浄液の培養が1回以上陽性、または喀痰および気管支肺胞洗浄液の非結核性抗酸菌PCRが1回以上陽性、またはGPLコア抗原に対する血清中IgA抗体が1回以上陽性の者とした。このうち、喀痰培養が1回だけ陽性で、日本結核・非結核性抗酸菌症学会指針を満たしておらず、化学療法による介入がなされていない対象者をNTM症診断未確定(Before-Treatment)群とし(n=17)、検体を回収した時点で化学療法下にあった対象者をNTM症治療中(On-Treatment)群とし(n=16)、検体を回収した時点で化学療法後であった対象者をNTM症治療後(After-Treatment)群とした(n=18)。さらに、これまでNTM症既往が無く、NTM症の疑いも指摘されたことがない対象者を健常者(Control)群とした(n=17)。
【0050】
<PBMCsの抽出>
対象者から、15~20mLの全血を採取した後に、既報(Y Yamashita et al., Jpn. J. Infect. Dis. 2013)にしたがって全血からPBMCsの抽出を行った。PBMCsの抽出には比重分離法を用いた。全血を15mLチューブに分注し、遠心分離後、血漿層と血球層の間に出現するバッフィーコート層を、パスツールピペットを用いて回収した。回収した画分をリン酸緩衝食塩水(PBS)と混和し、あらかじめ15mLチューブ内に用意したリンパ球分離溶液(商品名:Lymphoprep、AXIS-Shield社)上に静置した。遠心分離後、白色の薄い層(PBMCs)を、パスツールピペットを用いて回収した。回収したPBMCsはPBSで洗浄した後、以降のアッセイに用いた。
【0051】
<PBMCsインビトロアッセイ>
回収したPBMCsの数をカウントした後、96穴プレートに1ウェルあたり1×106個を分注した。アッセイにはRPMI1640(和光純薬社)に10%のウシ胎児血清とペニシリン-ストレプトマイシンを添加した培地を用いた。PBMCsを播種後、実施例1で作製した各組換えタンパク質(MAV_0986、MAV_1160、MAV_1276、MAV_4925)を最終濃度が2.1μg/mLとなるよう各ウェルに加えた。対照にはPPD(精製ツベルクリン)を使用した。PBMCsのアッセイは全ウェルとも、CD28/49d共刺激剤(0.5μg/mL、BD社)、ゴルジブロッカーであるブレフェドリンA(1μg/mL)およびモネンシン(0.5μM)(いずれもSigma-Aldrich社)を加えた条件下で、37℃、5%CO2インキュベーター内で14~16時間行った。
【0052】
<細胞表面および細胞内染色>
インビトロアッセイ終了後、培地を除去してPBMCsの細胞表面マーカーの染色を行った。対照はCD3,CD4およびCD19とした。同時に生細胞/死細胞マーカー染色も行った。蛍光抗体カクテルをPBMCsに加え、4℃で30分静置した。次に、permeabilized fixed with FACS permeabilizing solution(BD社製)をPBMCsに加え、細胞表面固定と細胞膜透過性の亢進を同時に行った。その後抗サイトカイン蛍光抗体を加えて、4℃で30分静置し、細胞内のサイトカインを染色した。また、非特異的反応を防止するためにFcR blocking reagent(MBL社)を用いた。測定したサイトカインは、IFN-γ、TNF-α、IL-2(以上Th1系サイトカイン)、IL-10、IL-13、IL-17(以上、非Th1系サイトカイン)である。使用した抗体を以下に記載する。抗CD3-APC-Cy7(HIT3a)、抗IFN-γ-PE-Cy7(4S.B3)、抗IL-10-PE(JES3-9D7)、抗IL-17-Alexa Fluor 700(BL168)、抗TNF-α-PerCP-Cy5.5(MAb11)(以上、Biolegend社)、抗CD4-Pacific Blue(OKT4)、抗IL-2-APC(MQ1-17H12)、抗IL-13-FITC(PVM13-1)(以上、eBioscience社)、抗CD19-ECD(J3-119)(Beckman Coulter社)。
【0053】
<染色細胞のフローサイトメトリーによる判別>
染色を終えたPBMCsをフローサイトメーター(Gallios、ベックマン・コールター社)に取り込み、計測を行った。データの解析には、専用のソフトウェア(Flow Jo、TreeStar社)を用いた。CD3陽性CD4陽性細胞(CD4陽性T細胞)における各抗サイトカイン抗体の発色状況を評価した。Flow Joによる解析で得た数値を用いて統計解析を行った。統計解析用ソフトウェアにはGraphPad Prism(GraphPad software社製)を用いた。多群間の比較はKruskal-Wallis testで行った。
【0054】
<結果>
図3にCD4陽性T細胞の細胞内IFN-γ量の測定結果を示す。4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、治療中群および治療後群のIFN-γ量が健常者群より有意に高かった。MAV_0986、MAV_1276およびMAV_4925で処理した場合は、治療中群および治療後群のIFN-γ量が診断未確定群より有意に高かった。MAV_1160で処理した場合は、治療中群のIFN-γ量が診断未確定群より有意に高かった。PPDで処理した場合は、いずれの群間にも有意差は認められなかった。
【0055】
図4にCD4陽性T細胞の細胞内TNF-α量の測定結果を示す。4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、治療中群および治療後群のTNF-α量が健常者群より有意に高かった。MAV_1276およびMAV_4925で処理した場合は、治療中群および治療後群のTNF-α量が診断未確定群より有意に高かった。MAV_0986おおびMAV_1160で処理した場合は、治療中群のTNF-α量が診断未確定群より有意に高かった。PPDで処理した場合は、いずれの群間にも有意差は認められなかった。
【0056】
図5にCD4陽性T細胞の細胞内IL-2量の測定結果を示す。4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、治療中群および治療後群のIL-2量が健常者群より有意に高かった。また、4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、治療中群および治療後群のIL-2量が診断未確定群より有意に高かった。PPDで処理した場合は、治療後群のIL-2量が健常者群および診断未確定群より有意に高かったが、組換えタンパク質で処理した場合と同様の傾向は認められなかった。
【0057】
図6にCD4陽性T細胞の細胞内IL-10量の測定結果を示す。4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、診断未確定群のIL-10量が健常者群、治療中群および治療後群より有意に高かった。PPDで処理した場合は、いずれの群間にも有意差は認められなかった。
【0058】
図7にCD4陽性T細胞の細胞内IL-13量の測定結果を示す。4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、診断未確定群のIL-13量が健常者群より有意に高かった。MAV_1160で処理した場合は、治療中群のIL-13量が健常者群より有意に高かった。MAV_0986、MAV_1160およびMAV_4925で処理した場合は、診断未確定群のIL-13量が治療後群より有意に高かった。PPDで処理した場合は、いずれの群間にも有意差は認められなかった。
【0059】
図8にCD4陽性T細胞の細胞内IL-17量の測定結果を示す。4種類の組換えタンパク質のいずれで処理した場合も、診断未確定群のIL-17量が健常者群、治療中群および治療後群より有意に高かった。PPDで処理した場合は、いずれの群間にも有意差は認められなかった。
【0060】
以上より、4種類の組換えタンパク質で処理した場合、CD4陽性T細胞の細胞内においてTh1系サイトカインであるIFN-γ、TNF-α、IL-2の量が、治療中群および治療後群で健常者群より有意に高く、診断未確定群では健常者群より高い傾向が認められた。一方、CD4陽性T細胞の細胞内において非Th1系サイトカインであるIL-10、IL-13およびIL-17の量が、診断未確定群で、健常者群、治療中群および治療後群より有意に高かった。したがって、これらのサイトカイン量を指標にして、NTM症の診断を補助することができることが明らかになった。
【0061】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献のすべてが本明細書中において参考として援用される。