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特開2023-43459カルボキシメチル化セルロースナノファイバーおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023043459
(43)【公開日】2023-03-29
(54)【発明の名称】カルボキシメチル化セルロースナノファイバーおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/02 20060101AFI20230322BHJP
   D21H 11/20 20060101ALI20230322BHJP
   C08B 11/12 20060101ALI20230322BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20230322BHJP
【FI】
C08B15/02
D21H11/20
C08B11/12
B82Y40/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021151113
(22)【出願日】2021-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(74)【代理人】
【識別番号】100129311
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 規之
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 俊輔
【テーマコード(参考)】
4C090
4L055
【Fターム(参考)】
4C090AA05
4C090BA29
4C090BB92
4C090BD02
4C090BD08
4C090CA34
4C090DA11
4C090DA23
4C090DA26
4C090DA27
4C090DA28
4C090DA31
4L055AA03
4L055AF10
4L055AF46
4L055AG16
4L055AG46
4L055AG99
4L055EA20
4L055EA24
4L055EA25
4L055EA30
4L055EA32
4L055FA30
(57)【要約】
【課題】粘度が低く、かつ残留過酸化水素濃度が低い水分散体を与えることができるカルボキシメチル化セルロースナノファイバーを製造する方法を提供する。
【解決手段】カルボキシメチル置換度が0.01以上0.5未満であるカルボキシメチル化セルロースに過酸化水素を添加して所定時間撹拌した後、アルカリを添加して10分以上撹拌し、次いで、得られたカルボキシメチル化セルロースを解繊して、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーを得る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)カルボキシメチル置換度が0.01以上0.5未満であるカルボキシメチル化セルロースを準備する工程、
(B)前記カルボキシメチル化セルロースに過酸化水素を添加し、所定時間撹拌してカルボキシメチル化セルロースを過酸化水素で処理する工程、
(C)工程(B)の処理後のカルボキシメチル化セルロースと過酸化水素を含む混合物に、アルカリを添加し、10分以上撹拌して混合物中の過酸化水素濃度を低減させる工程、及び
(D)工程(C)により得られたカルボキシメチル化セルロースを解繊して、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーを得る工程、
を含む、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
前記工程(B)における撹拌時間が、10分以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(B)における過酸化水素の添加量が、カルボキシメチル化セルロースの絶乾質量に対して0.1~50質量%である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(C)におけるアルカリの添加量が、カルボキシメチル化セルロースの絶乾質量に対して0.1~50質量%である、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(B)の処理を、温度40~120℃で、0.5~24時間行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記工程(B)において、カルボキシメチル化セルロースの濃度が1~50質量%である、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカルボキシメチル化セルロースナノファイバーおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボキシメチル化セルロースナノファイバーは生分解性の新規素材として期待されている。カルボキシメチル化セルロースナノファイバーの表面に導入されたカルボキシメチル基を基点として自由に改質することができ、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーを他の材料と複合化することによって、より高性能な素材を提供することもできる。通常、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーは水分散体の状態で製造され、水分散体の状態で他材料との複合化に供される。しかしながら、水分散体は粘度が高く複合化が困難である場合がある。
【0003】
これに対し、本出願人は、解繊前のカルボキシメチル化セルロースを過酸化水素で処理することにより、解繊後に低粘度の水分散体を与えるカルボキシメチル化セルロースナノファイバーを製造する方法を報告した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2018/194049号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法により、低粘度のカルボキシメチル化セルロースナノファイバー水分散体を製造することができる。しかし、この方法を用いて、さらに低粘度化することを目的に、過酸化水素の添加量を増加させると、反応終了時の過酸化水素の濃度が高くなることがあった。反応終了時に過酸化水素が多く残存していると、保管中に低粘度化が進行してしまい、製品の粘度が安定しないおそれがある。また、過酸化水素は酸化剤または還元剤になり得る化合物であり、製品を他材料と複合化する際に、他材料と過酸化水素とが反応することによって、複合材料に予期せぬ欠陥が生じる可能性がある。本発明は、過酸化水素の残留をできるだけ防ぎながら、低粘度のカルボキシメチル化セルロースナノファイバーを製造することができる、新規の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した。まず、反応終了後の過酸化水素の残留を防ぐために、過酸化水素の添加量を減少させると、最終製品の粘度は高くなる傾向にあった。次に、特許文献1の実施例2-1~2-5でも行ったように、過酸化水素と共に水酸化ナトリウム(アルカリ)を同時に添加したところ、水酸化ナトリウムの添加量に応じてやはり最終製品の粘度が高くなる傾向がみられた。さらに検討を行った結果、最初にカルボキシメチル化セルロースを過酸化水素で所定時間処理した後に、途中からアルカリを添加することで、反応終了後の過酸化水素の濃度を適度な範囲にまで低減することができると共に、低粘度化も十分に進行させることができることを見出した。本発明は、以下を含む。
[1](A)カルボキシメチル置換度が0.01以上0.5未満であるカルボキシメチル化セルロースを準備する工程、
(B)前記カルボキシメチル化セルロースに過酸化水素を添加し、所定時間撹拌してカルボキシメチル化セルロースを過酸化水素で処理する工程、
(C)工程(B)の処理後のカルボキシメチル化セルロースと過酸化水素を含む混合物に、アルカリを添加し、10分以上撹拌して混合物中の過酸化水素濃度を低減させる工程、及び
(D)工程(C)により得られたカルボキシメチル化セルロースを解繊して、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーを得る工程、
を含む、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーの製造方法。
[2]前記工程(B)における撹拌時間が、10分以上である、[1]に記載の製造方法。
[3]前記工程(B)における過酸化水素の添加量が、カルボキシメチル化セルロースの絶乾質量に対して0.1~50質量%である、[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]前記工程(C)におけるアルカリの添加量が、カルボキシメチル化セルロースの絶乾質量に対して0.1~50質量%である、[1]~[3]のいずれか一項に記載の製造方法。
[5]前記工程(B)の処理を、温度40~120℃で、0.5~24時間行う、[1]~[4]のいずれか一項に記載の製造方法。
[6]前記工程(B)において、カルボキシメチル化セルロースの濃度が1~50質量%である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明は、カルボキシメチル化セルロースナノファイバーの製造方法である。以下、「カルボキシメチル」を「CM」、「セルロースナノファイバー」を「CNF」と略す。本発明のCM化CNFの製造方法は、(A)CM置換度が0.01以上0.5未満のCM化セルロースを準備する工程、(B)CM化セルロースに過酸化水素を添加し、所定時間撹拌してCM化セルロースを過酸化水素で処理する工程、(C)工程(B)の処理後のCM化セルロースと過酸化水素を含む混合物にアルカリを添加し、10分以上撹拌して混合物中の過酸化水素濃度を低減させる工程、及び(D)工程(C)により得られたCM化セルロースを解繊し、CNFを得る工程、を含む。
【0008】
<工程(A)>
工程AではCM置換度が0.01以上0.5未満であるCM化セルロースを準備する。CM化セルロースは市販のものを用いてもよいし、公知の方法で調製したものを用いてもよい。
【0009】
CM化セルロースの調製方法としては、セルロース原料をマーセル化し、その後エーテル化する方法を挙げることができる。
CM化セルロースの調製に用いるセルロース原料の由来は特に限定されない。例えば、植物由来、動物由来、藻類由来、微生物由来等のセルロース繊維を用いることができる。中でも植物由来または微生物由来のセルロース繊維が好ましく、植物由来のセルロースが特に好ましい。植物由来のセルロース繊維としては、例えば、木材、竹、麻、ジュート、ケナフ、又は農地残廃物由来のセルロース繊維や、パルプ(針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、再生パルプ、古紙パルプ等)を挙げることができ、動物由来のセルロース繊維としては、例えばホヤ類由来のセルロース繊維を挙げることができ、微生物由来のセルロース繊維としては、例えば酢酸菌(アセトバクター)由来のセルロース繊維を挙げることができる。これらの2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0010】
マーセル化及びエーテル化の際に用いる溶媒としては、例えば、水、アルコール(例えば低級アルコール)およびこれらの混合溶媒が挙げられる。低級アルコールとしては例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブタノール、イソブタノール、t-ブタノールが挙げられる。混合溶媒における低級アルコールの混合割合は、通常は80質量%以下程度である。溶媒の量は、セルロース原料に対し1.5~20質量倍程度が好ましい。
【0011】
マーセル化は通常、セルロース原料とマーセル化剤を混合して行う。マーセル化剤としては例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化アルカリ金属が挙げられる。マーセル化剤の使用量は、セルロース原料の無水グルコース残基当たり0.5倍モル以上が好ましく、1.0倍モル以上がより好ましく、1.5倍モル以上であることがさらに好ましい。上限は、通常20倍モル以下であり、10倍モル以下が好ましく、5倍モル以下がより好ましい。
【0012】
マーセル化の際の温度は、通常0℃以上であり、好ましくは10℃以上である。上限は通常70℃以下、好ましくは60℃以下である。反応時間は、通常15分以上、好ましくは30分以上である。上限は、通常8時間以下、好ましくは7時間以下である。
【0013】
エーテル化反応は通常、マーセル化後にCM化剤を添加することにより行う。さらに溶媒として低級アルコールを添加してもよい。CM化剤としては例えば、モノクロロ酢酸ナトリウムが挙げられる。CM化剤の添加量は、セルロース原料のグルコース残基当たり通常は0.05倍モル以上が好ましく、0.5倍モル以上がより好ましく、0.8倍モル以上であることがさらに好ましい。上限は、通常10.0倍モル以下であり、5モル以下が好ましく、3倍モル以下がより好ましい。反応温度は通常30℃以上、好ましくは40℃以上である。上限は通常90℃以下、好ましくは80℃以下である。反応時間は、通常30分以上であり、好ましくは1時間以上である。上限は、通常は10時間以下、好ましくは4時間以下である。エーテル化反応の間必要に応じて、反応液を撹拌してもよい。
【0014】
工程(A)で準備するCM化セルロースは、分散媒中に分散または懸濁された分散体またはスラリーの形態であることが好ましい。分散媒は、マーセル化及びエーテル化反応時に用いた水、アルコール(例えば低級アルコール)又はこれらの混合溶媒であってもよいが、CM化セルロースが分散または懸濁しやすく、後の工程(B)において反応が均一に進みやすいと想定される点から、水であることが好ましい。水を分散媒とするCM化セルロースの分散体またはスラリーは、マーセル化及びエーテル化を水を媒体として行うことにより得てもよいし、マーセル化及びエーテル化により得られたCM化セルロースを回収して洗浄、脱液、乾燥させた後に、水に再度分散または懸濁させることにより得てもよい。
【0015】
工程(A)で準備するCM化セルロースのCM基は酸型(-CH2-COOH)であってもよいし、塩型(-CH2-COOM、Mは一価の金属イオン)であってもよい。また、これらの混合型であってもよい。
【0016】
工程(A)で準備するCM化セルロースの無水グルコース単位あたりのCM置換度は、0.01以上0.5未満である。下限は、0.05以上がより好ましく、0.10以上であることがさらに好ましい。上限は、0.40以下がより好ましく、0.35以下がさらに好ましい。CM置換度は、マーセル化及びエーテル化における薬剤の添加量や反応温度及び時間などの条件を調整することにより、調整することができる。
【0017】
CM化セルロースのCM置換度は、以下の方法により測定することができる:
CM化セルロース(絶乾)約2.0gを精秤して、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。硝酸メタノール1000mLに特級濃硝酸100mLを加えた液100mLを加え、3時間振とうして、塩型のCM化セルロースを水素型のCM化セルロースにする。水素型のCM化セルロース(絶乾)を1.5~2.0g精秤し、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。80%メタノール15mLで水素型CM化セルロースを湿潤し、0.1NのNaOHを100mL加え、室温で3時間振とうする。指示薬として、フェノールフタレインを用いて、0.1NのH2SO4で過剰のNaOHを逆滴定する。CM置換度(DS)を、次式によって算出する:
A=[(100×F’-(0.1NのH2SO4)(mL)×F)×0.1]/(水素型CM化セルロースの絶乾質量(g))
DS=0.162×A/(1-0.058×A)
A:水素型CM化セルロースの1gの中和に要する1NのNaOH量(mL)
F:0.1NのH2SO4のファクター
F’:0.1NのNaOHのファクター
<工程(B)>
工程(B)では、工程(A)で準備したCM化セルロースに過酸化水素を添加し、所定時間撹拌することによりCM化セルロースを過酸化水素で処理する。この処理によってCM化セルロースが短繊維化され、低粘度の分散体を与えるCM化CNFを得ることができる。
【0018】
工程(B)は、副反応を抑制する観点から、水を含む媒体下で行うことが好ましい。すなわち、CM化セルロースと、過酸化水素と、水を含む媒体とを混合して、所定時間撹拌することによりCM化セルロースを過酸化水素で処理することが好ましい。媒体における水の割合は80~100質量%であることが好ましく、90~100質量%であることがより好ましく、100質量%(すなわち媒体が水)であることがさらに好ましい。媒体が水以外の溶媒を含む場合は、アルコール等の水溶性有機溶媒であることが好ましい。
【0019】
CM化セルロースと過酸化水素と媒体とからなる混合物中のCM化セルロースの濃度は、1~50質量%であることが好ましく、1~20質量%がより好ましい。このような濃度であると、撹拌がしやすいという利点がある。
【0020】
過酸化水素(H)の添加量は、CM化セルロース絶乾質量に対して、0.1~50質量%となるような量であることが好ましく、1~40質量%となる量がさらに好ましく、1~30質量%となる量がさらに好ましく、1~20質量%となる量がさらに好ましい。過酸化水素は、これに限定されないが、水溶液の形態で、CM化セルロースの分散体又はスラリーに添加すればよい。
【0021】
工程(B)における撹拌に用いる装置は、CM化セルロースを含む混合物の撹拌が可能であればよく、特に限定されない。例えば、ホモディスパー、ニーダー、ホモミキサー、プロペラミキサー、アンカーミキサーなどを用いることができる。撹拌速度は、特に限定されないが、10~5000rpm程度が好ましく、100~4000rpm程度がさらに好ましい。
【0022】
工程(B)における撹拌時間は、10分以上であることが好ましい。より好ましくは20分以上であり、さらに好ましくは30分以上である。工程(B)における撹拌時間を十分に取ることにより、CM化セルロースの過酸化水素による短繊維化を十分に進行させて、最終的に得られるCM化CNFの分散体の粘度を十分に低下させることができる。撹拌時間の上限は特に限定されないが、24時間以下程度が好ましく、12時間以下程度がさらに好ましく、6時間以下程度がさらに好ましい。
【0023】
工程(B)における混合物の温度は、適宜設定してよいが、40~120℃程度が好ましく、60~100℃程度がさらに好ましい。温度を一定に調整できる調温タンクなどを用いて、温度を制御することが好ましいが、これに限定されない。
【0024】
工程(B)における混合物のpHは限定されないが、通常、酸性~中性領域であり、3.0~8.0程度であり、5.0~7.0であることが好ましい。過酸化水素を含むため、混合物のpHは通常は酸性となる。工程(B)では、pHを特に調整しなくてもよい。また、工程(B)の最中は、アルカリは添加しない。混合物のpHメーター等の通常の装置を用いて測定することができる。
【0025】
<工程(C)>
工程(B)において所定時間撹拌を継続した後に、混合物にアルカリを添加して、混合物中の過酸化水素の濃度を低減させる工程(C)を行う。アルカリの種類は、特に限定されず、水に溶解して塩基性を示し、酸を中和することができる物質であればよい。例えば、アルカリ金属の水酸化物やアルカリ土類金属の水酸化物が挙げられる。好ましくは水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムであり、水酸化ナトリウムが最も好ましい。アルカリは、これに限定されないが、水溶液の形態で混合物に添加することが好ましい。アルカリは全量を一度に投入してもよいし、数回に分けて添加してもよい。アルカリを添加する際には、酸素の発生量に注意して行う必要がある。
【0026】
アルカリの添加量は、工程(B)で添加した過酸化水素の量に応じて適宜変更してよいが、通常は、CM化セルロースの絶乾質量に対して0.1~50質量%程度であり、0.1~40質量%程度が好ましく、0.1~20質量%がさらに好ましく、0.1~10質量%がさらに好ましく、0.1~5質量%がさらに好ましい。
【0027】
工程(C)でアルカリを添加した後に、10分以上撹拌して、過酸化水素の濃度を低減させる。撹拌時間は、30分以上がより好ましい。工程(C)での撹拌時間を十分に取ることにより、混合物中に残存する過酸化水素の濃度を十分に低減させることができる。撹拌時間の上限は特に限定されないが、10時間以下程度が好ましく、5時間以下がさらに好ましく、2時間以下がさらに好ましい。
【0028】
工程(C)における撹拌は、工程(B)で行っている撹拌を同じ条件でそのまま継続してもよいし、条件を多少変更して行ってもよい。工程(C)における撹拌は、工程(B)と同様に、例えば、ホモディスパー、ニーダー、ホモミキサー、プロペラミキサー、アンカーミキサーなどを用いて、10~5000rpm程度で行うことが好ましく、100~4000rpm程度で行うことがさらに好ましい。工程(C)でアルカリを添加することにより、混合物中の過酸化水素の濃度が低減するが、過酸化水素が残存している間は工程(C)の間にもCM化セルロースの短繊維化は進行すると考えられる。
【0029】
工程(C)において撹拌を継続している際の温度は、工程(B)の際の温度と同じであってもよいし、多少変更してもよい。温度は好ましくは、40~120℃程度であり、さらに好ましくは60~100℃程度である。
【0030】
撹拌を所定時間継続した後、混合物の温度を5~40℃程度に低下させ、撹拌を止めてもよい。
工程(C)を経て得られた混合物のpHは限定されないが、5~10程度であることが好ましく、6~9であることが好ましい。このようなpHであると、ナノファイバーにした際の分散性が良いという利点が得られる。
【0031】
<工程(D)>
工程(D)では、工程(C)により得られたCM化セルロースを解繊して、CM化CNFを得る。解繊処理は1回行ってもよいし、複数回行ってもよい。解繊に供するCM化セルロースは、分散体またはスラリーの形態であることが好ましい。分散媒またはスラリーにおける分散媒は、水が好ましい。解繊に用いる装置は、特に限定されないが、例えば、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの分散・解繊装置を挙げることができる。中でも、50MPa以上の圧力を印加できる高圧または超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。
【0032】
解繊には、工程(C)で得た混合物をそのまま用いてよい。したがって、混合物中のCM化セルロースの濃度は工程(B)で最初に用意したのと同様に、1~50質量%であってもよく、1~10質量%程度であってもよい。また、工程(C)で得た混合物を希釈または濃縮して濃度を変更してから工程(D)の解繊に供してもよい。例えば、解繊に供する分散体またはスラリー中のCM化セルロースの濃度を0.1質量%以上、0.2質量%以上、あるいは0.3質量%以上としてもよく、また、8質量%以下あるいは6質量%以下程度としてもよい。
【0033】
工程(D)によりCM化CNFが得られる。CM化CNFの平均繊維径は、長さ加重平均繊維径にして通常2~500nm程度であり、好ましくは2~50nmである。平均繊維長は長さ加重平均繊維長にして50~2000nmが好ましい。長さ加重平均繊維径および長さ加重平均繊維長(以下、単に「平均繊維径」、「平均繊維長」ともいう)は、原子間力顕微鏡(AFM)または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、200本程度の繊維の径及び長さを観察、測定することにより、求めることができる。CM化CNFのアスペクト比は、通常10以上である。上限は特に限定されないが、通常は1000以下である。アスペクト比は、下記の式により算出できる。
【0034】
アスペクト比=平均繊維長/平均繊維径
工程(D)で得たCM化CNFにおけるCM置換度は、工程(A)で準備したCM化セルロースのCM置換度と通常同じである。
【0035】
本発明で得られるCM化CNFは、比較的温和な条件で低粘度化処理(工程(B))がなされているため、結晶化度の変動が少なく、さらには繊維自体のダメージも小さい。CM化CNFのセルロースI型の結晶化度は、40%以上であり、好ましくは50%以上であり、さらに好ましくは55%以上である。上限は特に限定されないが、65%以下程度となると考えられる。
【0036】
また、本発明で得られるCM化CNFは、固形分濃度が1質量%の水分散体としたときに、700mPa・s以下の粘度を呈する。より好ましくは500mPa・s以下であり、さらに好ましくは200mPa・s以下である。条件によっては、100mPa・s以下、あるいは50mPa・s以下の粘度を得ることも可能である。粘度の下限値は特に限定されないが、5mPa・s以上程度あるいは10mPa・s以上程度である。本明細書において、粘度は、B型粘度計(東機産業社製)を用い、25℃、No.3ロータを用いて、60rpmで測定される。従来、CM化CNFにおいてこのような低粘度を達成するには、過酷な低粘度化処理が必要であったためセルロースI型の結晶化度が低くなり、繊維自体の強度に問題が生じることがあった。しかし、本発明によれば、低粘度の分散体を与えかつ優れた強度を有するCM化CNFを製造することができる。
【0037】
CM化CNFのセルロースI型の結晶化度の測定方法は、以下の通りである:
試料をガラスセルに乗せ、X線回折測定装置(LabX XRD-6000、島津製作所製)を用いて測定する。結晶化度の算出はSegal等の手法を用いて行い、X線回折図の2θ=10゜~30゜の回折強度をベースラインとして、2θ=22.6゜の002面の回折強度と2θ=18.5゜のアモルファス部分の回折強度から次式により算出する。
【0038】
Xc=(I002c―Ia)/I002c×100
Xc=セルロースのI型の結晶化度(%)
I002c:2θ=22.6゜、002面の回折強度
Ia:2θ=18.5゜、アモルファス部分の回折強度。
【0039】
さらに、本発明で得られるCM化CNFは、工程(C)においてアルカリを添加することにより過酸化水素濃度を低減させているため、残留する過酸化水素の濃度が低いという特徴を有する。工程(D)により得られたCM化CNF中の過酸化水素の濃度は、工程(B)で添加した過酸化水素の量や、工程(C)で添加したアルカリの量、また、工程(B)の継続時間、温度などにより異なるが、固形分4質量%のCM化CNF水分散体とした際の過酸化水素の濃度が、0.20%以下程度となることが好ましく、0.15%以下がさらに好ましく、0.10%以下がさらに好ましい。混合物中の過酸化水素の濃度は、後述する実施例に記載の方法により測定することができる。
【0040】
過酸化水素を用いて低粘度化することを含むCM化CNFの製造方法において、最終的なCM化CNF中に残存する過酸化水素の量を低減させることを目的として添加する過酸化水素の量を低減させると、低粘度化の程度が小さくなる(CM化CNFの粘度が高くなる)傾向がある。これに対し、過酸化水素を添加する際に同時にアルカリを添加すると、CM化CNF中に残留する過酸化水素の量は減るが、過酸化水素の添加量が同じ場合と比べるとやはりCM化CNFの粘度が高くなる傾向がある。これに対し、本発明では、工程(B)として過酸化水素での処理を一定時間継続させた後に、工程(C)としてアルカリを添加することで、過酸化水素による低粘度化の効果を享受しつつ、アルカリによって残留過酸化水素の濃度を低減させることができ、低粘度化と、残留過酸化水素の量の低減とを両立させることができる。
【0041】
<CM化CNFの用途>
本発明により得られるCM化CNFは前述のとおり低粘度の分散体を与え、また、残留過酸化水素の量が少ない。このようなCM化CNFの分散体は、他の材料と複合化することに有利である。例えば、CM化CNF水分散体は、紙基材表面に塗布することでガスバリアー性や強度を高めた紙を製造するための製紙用コーティング剤として有用である。
【0042】
紙基材とは、パルプを含む紙料を抄紙して得られる原紙または原紙の上に公知の塗工層等を有する紙である。得られる紙の強度等の観点から、製紙用コーティング剤中の固形分におけるCM化CNFの割合は0.02~100質量%が好ましく、1.0~90質量%がより好ましい。製紙用コーティング剤の固形分とは、コーティング剤を乾燥させて得られる固形成分である。
【0043】
製紙用コーティング剤は、炭酸カルシウムやカオリン等の顔料およびバインダーを含んでいてもよい。配合質量比は、顔料:バインダー=100:5~100:20が好ましい。この場合、CM化CNFは、ラテックス等の公知の接着剤と併用してバインダーとして用いてもよい。バインダーにおけるCM化CNFの割合は、0.5~5質量%が好ましく、0.7~3質量%がより好ましい。さらに、製紙用コーティング剤は、必要に応じて、分散剤、増粘剤、保水剤、消泡剤、耐水化剤、着色剤等、通常の塗工液に配合される各種助剤を含んでいてもよい。
【0044】
製紙用コーティング剤を塗布してなる紙は、紙基材の孔部にCM化CNFが充填されると共に、紙基材の上に、CM化CNFの密な層(膜)が形成される。従って、このような紙は酸素バリア性に優れる。さらに、このようにして得られた紙は光沢性にも優れる。光沢性に優れる理由は、紙基材の孔が塞がれ、かつ紙基材の上にCM化CNFの密な層(膜)が形成されるので、紙表面の平滑性が向上するためと考えられる。このような紙の光沢性は、JIS-Z 8741の測定において、48%以上が好ましく、50%以上がより好ましい。このような紙は、インクジェット記録用紙等の光沢が必要とされる用途に好適である。
【0045】
製紙用コーティング剤の塗工量は限定されず、例えば1~10g/m2とすることができる。塗工方法も限定されず、バーコート、ブレードコートなど公知の塗工方法を用いることができる。
【0046】
また、本発明により得られるCM化CNFは、一般的に添加剤が用いられる様々な分野、例えば、食品、飲料、化粧品、医薬、各種化学用品、製紙、土木、塗料、インキ、農薬、建築、防疫薬剤、電子材料、難燃剤、家庭雑貨、洗浄剤等における添加剤として使用することが出来る。添加剤の例としては、粘度調整剤、ゲル化剤、糊剤、食品添加剤、賦形剤、ゴム・プラスチック用配合材料、塗料用添加剤、接着剤用添加剤、製紙用添加剤、研磨剤、保水剤、保形剤、泥水調整剤、ろ過助剤及び溢泥防止剤等を上げることができる。また、これらの添加剤を構成成分として含むゴム・プラスチック材料、塗料、接着剤、コート紙用塗剤、コート紙、バインダー、化粧品、潤滑用組成物、研磨用組成物、衣料用しわ低減剤、アイロンがけ用滑り剤等に応用できる。
【実施例0047】
[実施例1~11]
(1)工程(A)
回転数を150rpmに調節した二軸ニーダーに、水酸化ナトリウム20部を水10部とIPA90部に溶解したものと、水130部とを加え、広葉樹パルプ(日本製紙(株)製、LBKP)を100℃で60分間乾燥した際の乾燥質量で100部仕込んだ。35℃で80分間撹拌、混合し、マーセル化セルロースを調製した。更に撹拌しつつイソプロパノール(IPA)230部と、モノクロロ酢酸ナトリウム60部を添加し、30分間撹拌した後、70℃に昇温して90分間エーテル化反応をさせた。反応終了後、pH7になるまで酢酸で中和、含水メタノールで洗浄、脱液、乾燥、粉砕して、CM化セルロースのナトリウム塩を得た。
【0048】
(2)工程(B)
工程(A)で得たCM化セルロースと、イオン交換水を、プライミクス社製超高速マルチ撹拌システム(商品名:ラボ・リューション(登録商標))の温調タンクにいれた。混合液を撹拌しながら80℃に温調した後、過酸化水素30%水溶液を添加し、反応を開始した。混合物中のCM化セルロースの固形分濃度は4質量%とした。過酸化水素の量は、CM化セルロースの絶乾質量に対して表1に記載の割合となるように添加した。80℃で、表1に記載の時間、2000rpmの回転速度で撹拌した。
【0049】
(3)工程(C)
工程(B)で所定時間撹拌した後、3M水酸化ナトリウム水溶液を添加した。水酸化ナトリウムの量は、CM化セルロースの絶乾質量に対して表1に記載の割合となるように添加した。工程(C)の間、温度を80℃として、工程(B)と同じ条件で撹拌を継続した。表1に記載の時間撹拌した後、降温を開始した。降温開始後30分後にスラリーを回収し、次の工程(D)へと進んだ。
【0050】
(4)工程(D)
工程(C)で得たCM化セルロースを含有するスラリーにイオン交換水を加えてCM化セルロースの固形分濃度が2質量%となるように希釈し、超高圧ホモジナイザー(処理圧150MPa)で5回処理した。次いで、イオン交換水を用いて固形分濃度が1質量%となるように希釈した後、ホモディスパー(3000rpm、5分)で処理し、CM化CNF水分散体を得た。
【0051】
(5)粘度の測定及び評価
上記(4)の工程(D)を経て得たCM化CNF水分散体(固形分濃度1質量%)の粘度を、B型粘度計(東機産業社製)を用い、25℃、No.3ロータを用いて、60rpmで測定した。結果を表1に示す。
【0052】
また、粘度が200mPa・s以下の場合をA、200mPa・sより大きく500mPa・s未満である場合をB、500mPa・s以上700mPa・s未満である場合をC、700mPa・s以上場合をDと評価した。
【0053】
(6)pHの測定
工程(C)で反応終了とした時点でのpHを測定した。結果を表1に示す。
(7)残留過酸化水素濃度の測定及び評価
上記の工程(D)で得たCM化CNF水分散体にイオン交換水を加え、固形分濃度0.2質量%となるように希釈した。希釈したサンプル50mlをメスシリンダーで200ml容ビーカーに量り入れた。ここに、ホールピペットを用い、100g/lのヨウ化カリウム水溶液を10ml量り入れ、撹拌しながらさらに、95%濃硫酸をマイクロピペットで80μl加えた。アルミホイルで遮光しながら、30分間撹拌した。以上により、下記式で示される反応で水分散体の過酸化水素の全量を変換した。
+2KI+HSO→KSO+2HO+I
上記の撹拌後、1M 水酸化ナトリウム水溶液0.5mlを加えた。0.1M Na水溶液を用い、サンプルの色が消えるまで滴定した。具体的には、ヨウ素による褐色が薄くなってきた時点(終点の直前)でデンプン分散液(富士フィルム和光純薬社製でんぷん(溶性))を加え、ヨウ素デンプン反応による紫色が消えた点を滴定の終点とした。
+2Na→2NaI+Na
滴定で消費した0.1M Na水溶液の量(ml)をVとし、以下の式でH濃度を算出した。
(mol/l)=V×0.1×10/(2×50)
(ppm)=H(mol/l)×34.01×1000
(質量%)=H(ppm)/10000
得られたH濃度を、CM化CNF水分散体の固形分濃度を4質量%とした際の値に換算した。結果を表1に示す。
【0054】
また、残留過酸化水素濃度が0.10質量%以下の場合をA、0.10質量%より大きく0.15質量%以下である場合をB、0.15質量%より大きく0.20質量%以下である場合をC、0.20質量%より大きい場合をDと評価した。
【0055】
[比較例1~7]
比較例1では、過酸化水素と水酸化ナトリウムの添加を行わなかった以外は実施例1~11と同様の手順でCM化CNF水分散体を得た。比較例2、4、及び5では、水酸化ナトリウムを添加しなかった以外は実施例1~11と同様の手順でCM化CNF水分散体を得た。比較例3、6、及び7では、工程(B)で過酸化水素を添加した際に同時に水酸化ナトリウムを添加した以外は実施例1~11と同様の手順でCM化CNF水分散体を得た。得られた水分散体について、実施例1~11と同様に評価した。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1の結果より、本発明の製造方法に従って、工程(B)を所定時間継続した後に工程(C)でアルカリ(水酸化ナトリウム)を添加して得た実施例のCM化CNF水分散体は、低い粘度と、低い残留過酸化水素濃度とを両立できたことがわかる。