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特開2023-44197被覆超微粒超硬合金,およびこれを用いた切削工具または耐摩耗部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023044197
(43)【公開日】2023-03-30
(54)【発明の名称】被覆超微粒超硬合金,およびこれを用いた切削工具または耐摩耗部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/02 20060101AFI20230323BHJP
   C22C 1/051 20230101ALI20230323BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20230323BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20230323BHJP
   B22F 7/00 20060101ALI20230323BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20230323BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230323BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 14/32 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20230323BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20230323BHJP
【FI】
C22C29/02 E
C22C1/05 G
B22F3/24 102A
B22F5/00 F
B22F7/00 G
B22F1/00 Q
B23B27/14 A
B23B51/00 M
B23B51/00 J
B23B27/14 B
C23C14/06 B
C23C14/06 A
C23C14/06 H
C23C14/08 A
C23C14/34
C23C14/32
C23C16/32
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021152099
(22)【出願日】2021-09-17
(71)【出願人】
【識別番号】302001240
【氏名又は名称】日本特殊合金株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001830
【氏名又は名称】弁理士法人東京UIT国際特許
(72)【発明者】
【氏名】堤 友浩
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 真之
(72)【発明者】
【氏名】松原 秀彰
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K018
4K029
4K030
【Fターム(参考)】
3C037CC02
3C037CC09
3C046FF03
3C046FF10
3C046FF19
3C046FF22
3C046FF32
3C046FF39
3C046FF40
3C046FF46
3C046FF50
3C046FF53
3C046FF57
4K018AB01
4K018AB02
4K018AD03
4K018BA04
4K018BA20
4K018BB04
4K018DA31
4K018FA24
4K018KA15
4K018KA16
4K018KA18
4K018KA19
4K029AA02
4K029BA44
4K029BA54
4K029BA55
4K029BA58
4K029BD05
4K029CA03
4K029CA05
4K029EA01
4K030BA36
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030CA03
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性に優れた工具等を提供する。
【解決手段】被覆超微粒超硬合金製ドリル1は,平均粒径が1.0μm以下であるWCを主成分とする硬質相を超微粒超硬合金全体に対して70~99.4wt%含み,Tiの酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるTi(C,N)を主成分とする粒成長抑制相を超微粒超硬合金全体に対して0.1~30wt%含み,Co,NiおよびFeからなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相を超微粒超硬合金全体に対して0.4~30wt%含み,上記硬質相と粒成長抑制相と結合相との合計が100wt%である超微粒超硬合金に硬質被膜がPVDまたはCVDによって被覆されたものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が1.0μm以下であるWCを主成分とする硬質相を超微粒超硬合金全体に対して70~99.4wt%含み,
Tiの酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるTi(C,N)を主成分とする粒成長抑制相を超微粒超硬合金全体に対して0.1~30wt%含み,
Co,NiおよびFeからなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相を超微粒超硬合金全体に対して0.4~30wt%含み,
上記硬質相と粒成長抑制相と結合相との合計が100wt%である超微粒超硬合金に,硬質被膜がPVDまたはCVDによって被覆されている,
被覆超微粒超硬合金。
【請求項2】
CrまたはCrを上記結合相全体に対して0.1~20wt%含む,
請求項1に記載の被覆超微粒超硬合金。
【請求項3】
上記硬質被膜が上記超微粒超硬合金に含まれる元素と同一の元素を含む,
請求項1または2に記載の被覆超微粒超硬合金。
【請求項4】
上記硬質被膜が少なくともTiまたはCrを含む炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物から選択される少なくとも1種類である,
請求項1または2に記載の被覆超微粒超硬合金。
【請求項5】
上記硬質被膜が,TiC,TiN,TiAlN,CrAlN,TiSiN,Ti(C,N)からなる群より選択される少なくとも1種類である,
請求項1または2に記載の被覆超微粒超硬合金。
【請求項6】
上記硬質被膜の下地にまたは上記硬質被膜の表面に,Alを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物もしくは酸化物,またはそれらの複合材が積層されている,
請求項5に記載の被覆超微粒超硬合金。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆超微粒超硬合金から構成される切削工具。
【請求項8】
請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆超微粒超硬合金から構成される耐摩耗部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は被覆超微粒超硬合金,およびこれを用いた切削工具または耐摩耗部材に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の切削加工に用いられる切削工具(ドリル,インサートチップなど),金属加工のための耐摩耗部材(金型,ダイスなど)には超硬合金が利用されている(特許文献1)。切削工具や耐摩耗部材は使用し続けると必ず摩耗する。摩耗が早いほど交換サイクルが早くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6786763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この発明は,耐摩耗性に優れた切削工具ないし耐摩耗部材に適する被覆超微粒超硬合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この発明による被覆超微粒超硬合金は平均粒径が1.0μm以下である炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相を超微粒超硬合金全体に対して70~99.4wt%含み,チタン(Ti)の酸化物を焼結中に炭窒化させて生成されるチタン炭窒化物(Ti(C,N))を主成分とする粒成長抑制相を超微粒超硬合金全体に対して0.1~30wt%含み,コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群より選択される少なくとも1種類を主成分とする結合相を超微粒超硬合金全体に対して0.4~30wt%含み,上記硬質相と粒成長抑制相と結合相との合計が100wt%である超微粒超硬合金に,硬質被膜がPVDまたはCVDによって被覆されている。不可避不純物,すなわち原料中に存在したり,製造工程において不可避的に混入したりするもので,本来は不要なものであるが,微量であり,製品の特性に影響を及ぼさないため許容される不純物が超微粒超硬合金に含まれる場合がある。
【0006】
この発明による被覆超微粒超硬合金は,基材(母材)となる超微粒超硬合金と,超微粒超硬合金の表面に被覆される硬質被膜とから構成される。超微粒超硬合金は「硬質相」(第1相)と,「粒成長抑制相」(第2相)と,「結合相」(第3相)の3種類の相を含む。これらの3つの相の合計が100%である。硬質被膜は,物理気相蒸着法(PVD)または化学気相蒸着法(CVD)を用いて超微粒超硬合金の表面に被覆される。
【0007】
この発明の被覆超微粒超硬合金はTi(C,N)を含む。Ti(C,N)は硬質相であるWCの粒成長を抑制する作用ないし効果を生じさせるが,これに加えて,PVDまたはCVDを用いて硬質被膜を被覆したときに超微粒超硬合金と硬質被膜の密着性を向上させる作用ないし効果も生じさせ,これによって耐摩耗性に優れた被覆超微粒超硬合金を得ることができる。後述するドリルおよびインサートチップを用いた切削試験(穴あけ試験および旋削試験)によると,この発明による被覆超微粒超硬合金は,従来の被覆超微粒超硬合金(この発明による被覆超微粒超硬合金の基材として用いられる超微粒超硬合金と異なる従来の超微粒超硬合金または超硬合金に,この発明の被覆超微粒超硬合金が備える硬質被膜を被覆したもの)に比べて優れた耐摩耗性を発揮する。
【0008】
一実施態様では,上記超微粒超硬合金が,クロム(Cr)または炭化クロム(Cr)を上記結合相全体に対して0.1~20wt%含んでいる。CrまたはCrを含む超微粒超硬合金を用いることで被膜超微粒超硬合金の耐摩耗性がさらに向上することが確認されたものである。さらには,試験によればCrの含有量を増やすことによって耐摩耗性がより向上することも確認されている。Crは粒成長抑制相としても機能する。
【0009】
一実施態様では,上記硬質被膜は上記超微粒超硬合金に含まれる元素を含む。超微粒超硬合金と硬質被膜との間の密着性の向上に寄与すると考えられる。
【0010】
好ましくは,上記硬質被膜は,少なくともTiまたはCrを含む炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物から選択される少なくとも1種類である。上述のように基材(母材)となる超微粒超硬合金は粒成長抑制相としてTi(C,N)を含む。また,好ましくは,粒成長抑制相として機能するCrまたはCrも含む。以下に詳述する切削試験結果に基づくと,粒成長抑制相としてのTi(C,N)ないしCrに含まれる元素と同一の元素であるTiまたはCrの炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物が,この発明による被覆超微粒超硬合金を構成する基材に良好に密着する硬質被膜に適すると考えられる。
【0011】
具体的には,上記硬質被膜としては,TiC,TiN,TiAlN,CrAlN,TiSiN,Ti(C,N)からなる群より選択される少なくとも1種類を用いることができる。複数種類の硬質被膜を超微粒超硬合金の表面に積層させてもよい。
【0012】
超微粒超硬合金に下地としてAlを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物もしくは酸化物,またはそれらの複合材を積層してもよい。この場合,硬質被膜は,Alを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物の上に積層される。逆に,超微粒超硬合金に硬質被膜を積層し,その上からAlを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物もしくは酸化物,またはそれらの複合材を積層してもよい。硬質被膜およびAlを含有する炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物は,2層に限らずに3層以上に積層してもよい。
【0013】
この発明は,上述した被覆超微粒超硬合金から構成される切削工具(たとえばドリル,インサートチップ)および耐摩耗部材(たとえば金型,ダイス)も提供する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ドリルの先端部分の拡大図である。
図2】インサートチップの拡大斜視図である。
図3】穴あけ試験の結果を示すもので,被加工材にあけた穴の数とドリルのチゼル摩耗量との関係を示すグラフである。
図4】穴あけ試験の結果を示すもので,被加工材にあけた穴の数とドリルの逃げ面摩耗量との関係を示すグラフである。
図5】穴あけ試験の結果を示すもので,被加工材にあけた穴の数とドリルのマージン摩耗量との関係を示すグラフである。
図6】旋削試験の結果を示すもので,切削距離とインサートチップの逃げ面摩耗幅との関係を示すグラフである。
図7】インサートチップの拡大断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1はドリルの先端部分(刃部)を拡大して示している。
【0016】
ドリル1は,先端のチゼル11,チゼル11の両側にのびる2つの切れ刃12,切れ刃12に連続する逃げ面13,逃げ面13に連続する二番取り面14,二番取り面14の頂部を形成するマージン15,および切削材料が流れるすくい面16を備えている。
【0017】
高速回転するドリル1がその先端から被加工材に押し当てられる。被加工材はチゼル11およびチゼル11につながる切れ刃12によって切削される。ドリル1を被加工材に向けて送り出すことで被加工材が切削され,被加工材にはドリル1の直径に相当する孔があく。
【0018】
チゼル11および切れ刃12は被加工材に直接に接触するので次第に摩耗する。チゼル11および切れ刃12のみならず,切れ刃12に連続する逃げ面13およびマージン15の摩耗も避けられない。
【0019】
図2はインサートチップを拡大して示す斜視図である。
【0020】
インサートチップ2は,切れ刃21,逃げ面22およびすくい面23を備えている。切れ刃21によって材料が切削され,切削された材料はすくい面23に沿って流れる。逃げ面22とすくい面23の稜線が切れ刃21となる。高速回転する被加工材の表面にインサートチップ2の切れ刃21が押し当てられると,被加工材の表面がインサートチップ2によって削り取られる。被加工材の回転軸の軸方向に沿って(被加工材の長手方向に沿って)インサートチップ2を移動させることで,被加工材の表面が旋削される。インサートチップ2についても,切れ刃21のみならず,切れ刃21に連続する逃げ面22も次第に摩耗する。
【0021】
発明者の検討によれば,以下に説明する超微粒超硬合金に所定の被膜を施した被覆超微粒超硬合金製ドリルないしインサートチップ(開発品)は,従来の超硬合金に所定の被膜を施した被覆超硬合金製ドリルないしインサートチップ(従来品)に比べて耐摩耗性能が大幅に向上することが分かった。以下では,開発品の組成上の特徴を説明するとともに,開発品と従来品のそれぞれについての切削試験結果を説明する。
【0022】
(超微粒超硬合金について)
被覆超微粒超硬合金製ドリルないしインサートチップを構成する超微粒超硬合金は,炭化タングステン(WC)を主成分とする第1相(以下,「WC相」または包括的に「硬質相」という)と,チタン炭窒化物(Ti(C,N))を主成分とする第2相(以下,包括的に「粒成長抑制相」という)と,コバルト(Co),ニッケル(Ni)および鉄(Fe)からなる群から選択される少なくとも1種類を含み,かつクロム(Cr)または炭化クロム(Cr)が添加された第3相(以下,包括的に「結合相」という)とを含む,いわゆる炭化タングステン基超硬合金である。硬質相を形成するWCの粒径は平均1.0μm以下であり,超微粒であるので,特にタングステン基超微粒超硬合金と呼ぶことができる。
【0023】
後述するように,上述した粒成長抑制相を形成するTi(C,N)は出発材料としては用いられず,出発材料としてはチタン酸化物(TiO)が用いられる。超微粒超硬合金の製造工程の一つである焼結処理においてTiOが炭窒化されることによってTi(C,N)が生成され,これが最終的に作製される超微粒超硬合金の組成の一つとなる。
【0024】
(1)硬質相(WC相)の含有量
WC相は,超微粒超硬合金全体に対して70wt%未満になると,相対的に結合相が多くなり,WC相の粒成長の制御が困難となり,超微粒超硬合金の硬さが低下することから,WC相は超硬合金全体に対して70~99.4wt%とされる。この要件を達成するためにはこの範囲に入る量の原料粉末を配合すれば良い。その中でもWC相を超微粒超硬合金全体に対して80~95wt%とするとさらに好ましい。WC平均粒径が大きいと超微粒超硬合金の硬さと強度が低下することから,WC平均粒径は1.0μm以下であるのが好ましい。
【0025】
(2)粒成長抑制相の含有量
粒成長抑制相を含ませる理由の一つは,上述したようにWC相の粒成長を抑制し,WC相を超微粒に維持するためである。WC相の成長とは焼結時に結合相に溶解したWC相が他のWC相に析出することによって直径の大きな粒子に成長する現象である。粒成長抑制相としてのTi(C,N)を添加することによってWC相の周囲にTi(C,N)が点在し,これによってWC相析出量が減少することでWC相の粒成長が抑制されると考えられている。
【0026】
粒成長抑制相は,WC相の粒成長を効果的に抑制するのに適する量,すなわち超微粒超硬合金中全体に対して,0.1wt%以上30wt%以下とされる。十分な粒成長抑制効果を得るためには少ない添加量で多数の粒成長抑制相が必要であり,この要求を満たすために粒成長抑制相は微粒であることが好ましい。このため,粒成長抑制相は平均粒径が5~500nmの範囲がよい。粒成長抑制相の平均粒径が500nmを越えると,多量に添加しなければ十分な粒成長抑制効果が得られず,強度と硬度を高い水準で両立することが困難となる。また5nm未満の炭窒化物相は粉末混合中に凝集してしまい強度の低下を招く。
【0027】
Ti(C,N)については,上述のように出発材料としては用いられず,出発材料としてはチタン酸化物(TiO)が用いられ,これを焼結中に炭窒化させることによってTi(C,N)が生成される。これは,超微粒超硬合金に微細な粒成長抑制相を含有させ,少ない含有量でWC相の粒成長を効果的に抑制するためである。
【0028】
(3)結合相の含有量
結合相は硬くかつ超微粒のWC粒子を結合するために用いられる。
【0029】
結合相にはCo,NiまたはFeを用いることができ,これらを混合した合金を用いることもできる。結合相はこれらの金属元素を主成分(結合相全体に対して50wt%以上含む)とする金属である。
【0030】
結合相が超微粒超硬合金全体に対して0.4wt%未満になると超微粒超硬合金の抗折力が低下し,30wt%を超えると超微粒超硬合金の硬さが低下する。これらの観点から結合相は超微粒超硬合金全体に対して0.4~30wt%含むのが好ましい。結合相によってWC粒子同士をしっかりと結合させることで,超微粒超硬合金からのWC粒子の脱落が防止され,超微粒超硬合金の強度を確保することができる。
【0031】
(4)CrまたはCrの含有量
CrまたはCrは,WC相の粒成長抑制および炭窒化物の成長抑制のために用いられる。また,Crは結合相の硬さおよび耐酸化性の向上にも寄与することが知られている。CrまたはCrが結合相全体に対して0.1wt%以上含まれると,結合相の硬さ,強度および耐酸化性が向上し,WC相の粒成長が抑制され,超硬合金の硬さおよび強度が向上する。結合相にCrまたはCrを十分に溶解するために,CrまたはCrは結合相に対して20wt%以下とされる。
【0032】
超微粒超硬合金の製造方法の一例を説明する。原料粉として平均粒径0.05~2.0μmのWCを超微粒超硬合金に対して70~99.4wt%になるように秤量し,TiOを超微粒超硬合金に対して0.1~30wt%になるように秤量する。また結合相として,Co,NiおよびFeから成る群より選択された少なくとも1種類を主成分とする金属およびCrまたはCrを,焼結後のWC相と粒成長抑制相と結合相の合計が100wt%となるように秤量する。焼結後に遊離炭素や脱炭相を生じないように原料粉末に1wt%以下の炭素粉末または1wt%以下のタングステン粉末を加えてもよい。これらを有機溶剤とともにボールミルまたはアトライタに投入し,所定の時間にわたって混合および粉砕する。その後,乾燥を経て所定の形状,たとえばドリル1の形状に成形する。
【0033】
窒素雰囲気中で,1300~1500℃の温度で60~120分成形品を焼結する。これにより添加したTiOは材料中の炭素と焼結時の窒素とによって炭窒化される(Ti(C,N))。
【0034】
(被膜について)
上述の工程を経ることで作られた超微粒超硬合金製成形品,たとえばドリル1またはインサートチップ2に被膜が被覆される。被膜には,少なくともTiまたはCrを含む炭化物,窒化物,炭窒化物および酸化物からなる群より選択される少なくとも1種類が用いられる。
【0035】
より具体的には,TiC,TiN,TiAlN,CrAlN,TiSiN,Ti(C,N)からなる群より選択される少なくとも1種類が被膜に用いられる。これらの被膜は,上述した超微粒超硬合金に粒成長抑制相として含まれるTi(C,N),Crと同一元素(すなわちTiまたはCr)を含み,このために上述した超微粒超硬合金との密着性に優れ,ドリル1またはインサートチップ2に代表される切削工具,金型やダイスに代表される耐摩耗部材(工具)に必要とされる耐摩耗性が向上すると考えられる。TiC,TiN,TiAlN,CrAlN,TiSiN,Ti(C,N)のうちの複数種類を,超微粒超硬合金に積層してもよい。また,超微粒超硬合金に下地としてAlを成膜し,Alの表面にさらに上述した被膜のいずれか(複数でもよい)を成膜することで2層以上の多層構造の被膜を形成してもよい。Alを含有する酸化物であるAlに代えて,Alを含有する炭化物,窒化物もしくは炭窒化物,またはそれらの複合材を積層してもよい。逆に超微粒超硬合金にTiC,TiN,TiAlN,CrAlN,TiSiN,Ti(C,N)からなる群より選択される少なくとも1種類を被膜し,その上からAlを含有する酸化物,炭化物,窒化物もしくは炭窒化物,またはそれらの複合材を積層してもよい。被膜は2層に限らず3層以上に積層することもできる。
【0036】
上述した被膜(下地を含む)の成膜には,物理気相蒸着法(PVD)(たとえば,イオンプレーティング法,スパッタリング法)を用いてもよいし,化学気相蒸着法(CVD)を用いてもよい。いずれにしても全体に均等な厚さの被膜が成膜される。典型的には1μm~20μm程度の層厚により被膜は成膜される。
【0037】
(穴あけ試験)
表1は穴あけ試験に使用した5種類の被覆超微粒超硬合金製または被覆超硬合金製ドリル1(実施例1および2,比較例1~3)を構成する超微粒超硬合金または超硬合金の組成(成分ごとの量),ならびに焼結後のWC粒径,硬さおよび平均抗折力を示している。WCの量に記載の「bal.」は残部量であることを表す。結合相としてのCoの量は実施例1~2および比較例1~3において統一している。
【0038】
【表1】
【0039】
焼結後のWC粒径の測定にはインターセプト法を用いた。硬さはロックウェル硬度計(Aスケール)を用いて測定した。平均抗折力は3点曲げ試験により測定した。
【0040】
実施例1および2の超微粒超硬合金はいずれも硬質相としてWCを含み,粒成長抑制相としてTi(C,N)を含み,結合相としてCoを含み,さらにCrが添加された,上述した超微粒超硬合金である。表1において,WC,Ti(C,N),Co,および後述するVCについては超硬合金全体を基準とする量を示している。Crは結合相(ここではCo)を基準とする量を示している。実施例1と実施例2ではCrの量が異なっている。
【0041】
実施例1および2の超微粒超硬合金がいずれも粒成長抑制相としてTi(C,N)を含むのに対し,比較例1~比較例3の超微粒超硬合金ないし超硬合金はTi(C,N)を含まない。比較例1の超微粒超硬合金は粒成長抑制相として炭化バナジウム(VC)を含む。比較例2の超微粒超硬合金はTi(C,N)およびVCのいずれも含まず,その結果として焼結後のWC粒径がやや大きい(0.81μm)。比較例3の超硬合金はさらにCrも含まず,その結果焼結後のWC粒径がさらに大きいものとなっている(1.72μm)。
【0042】
硬さに着目すると,実施例2の超微粒超硬合金および比較例1の超微粒超硬合金が比較的優れている。他方,実施例2の超微粒超硬合金と比較例1の超微粒超硬合金の平均抗折力に着目すると,実施例2の超微粒超硬合金の平均抗折力が大きく,実施例2の超微粒超硬合金の方が比較例1に比べてバランスのよい超硬合金となっている。
【0043】
図3図5は,上述した5種類の超微粒超硬合金または超硬合金を用いて直径6mmのドリルを作製し,これに物理気相蒸着法(PVD)を用いてTiAlNを被覆した5種類のドリル1を用いた穴あけ試験の試験結果を示している。図3図5に示すグラフにおいて横軸はドリル1を用いて被加工材に開けた穴の数である。縦軸については,図3はチゼル11の摩耗量(mm)を,図4は逃げ面13の摩耗量(mm)を,図5はマージン15の摩耗量(mm)を,それぞれ示している。図3図5のグラフには,実施例1および実施例2の超微粒超硬合金を用いて作製した被覆超微粒超硬合金製ドリル1(開発品)のグラフが実線により,比較例1~3の超微粒超硬合金ないし超硬合金を用いて作製した被覆超硬合金製ドリル(従来品)のグラフが破線によって,それぞれ示されている。
【0044】
穴あけ試験では被加工材(被削材)としてS50C(HRC34)を用いた。被加工材をノンステップで穿孔し,被加工材に深さ20mmの止まり穴を次々とあけた。穿孔中,外部から水溶性クーラントを適宜供給した。ドリル1の回転数は4700rpm,送り量は600mm/minとした。
【0045】
図3図5のグラフの終点はドリル1が寿命に達したためにそこで穴あけ試験を終了したことを示している。ここではドリル1の寿命(穴あけ試験の終了)を0.3mm以上の逃げ面摩耗が発生したときとした(図4)。ドリル1の寿命判断には,逃げ面摩耗の他,ドリル1の折損発生,0.5mm以上のカケ発生,切削くずの形状異常の発生,切削時の異音発生なども考えられる。
【0046】
寿命に達したとき(0.3mm以上の逃げ面摩耗が発生したとき)の穴数は,実施例1の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金製ドリル1は約2000,実施例2の超微粒超硬合金を用いると約2500,比較例1の超微粒超硬合金を用いると約1300,比較例2の超微粒超硬合金を用いると約1200,比較例3の超硬合金を用いると約900であった。
【0047】
図3図5を参照して,実施例1,2の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金製ドリル1は,比較例1~3の超微粒超硬合金ないし超硬合金にTiAlNを被覆したドリルに比べて耐摩耗性にかなり優れ,特に実施例2の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金製ドリル1が優れていることが分かった。基材(母材)となる超微粒超硬合金と被覆されるTiAlNとに同一元素(Ti)が含まれるために両者の密着性が良好になって寿命が伸びたと考えられる。また,実施例1と実施例2とを比較すると,Crの添加量が多い実施例2の方が実施例1よりも寿命が伸びており,Crの添加量が被覆超微粒超硬合金製ドリル1の耐摩耗性の向上に寄与することも確認される。結合相全体に対して5.0wt%以上のCrを含有させることで耐摩耗性が十分に向上すると考えられる。
【0048】
(旋削試験)
表2は,旋削試験に使用した4種類の被覆超微粒超硬合金製インサートチップ(実施例3,4および比較例4,5)を構成する超微粒超硬合金の組成(量),ならびに焼結後のWC粒径,硬さおよび平均抗折力を示している。比較例4,5は市販の超硬合金であり,平均抗折力は測定できていない。
【0049】
【表2】
【0050】
実施例3および4はいずれも硬質相としてWCを含み,粒成長抑制相としてTi(C,N)を含み,結合相としてCoを含み,さらにCrが添加された,上述した超微粒超硬合金である。表2においてもTi(C,N),Co,および後述するTaCについては超硬合金全体を基準とする量を示し,Crについては結合相を基準とする量を示している。実施例3と実施例4は同一組成を持つ超微粒超硬合金であるが,別サンプル(別々に製造した超微粒超硬合金)である。
【0051】
実施例3および4の超微粒超硬合金がいずれも粒成長抑制相としてTi(C,N)を含むのに対し,比較例4の超微粒超硬合金はTi(C,N)を含まず,粒成長抑制相として炭化タンタル(TaC)を含む。また,Crを含まない。比較例5の超微粒超硬合金はTi(C,N)もTaCも含まずに粒成長抑制相としてCrを含む。また,比較例5については,次に説明する被膜についてTiAlNとCrAlNの2層構造を採用した。
【0052】
図6は,上述の4種類の超微粒超硬合金を用いて図2に示す形状のインサートチップを作製し,これに物理気相蒸着法(PVD)を用いてTiAlN(実施例3,4および比較例4)を被覆した3種類のインサートチップ2(実施例3,4および比較例4)と,TiAlNおよびCrAlNを被覆した1種類のインサートチップ2(比較例5)を用いた旋削試験の試験結果を示している。図6のグラフにおいて横軸は切削距離を,縦軸は逃げ面22の摩耗幅(mm)を示している。図6のグラフには,実施例3および4の超微粒超硬合金を用いて作製した被覆超微粒超硬合金製インサートチップ2(開発品)のグラフが実線によって,比較例4および5の超微粒超硬合金を用いて作製した被覆超微粒超硬合金製インサートチップ(従来品)のグラフが破線によって,それぞれ示されている。
【0053】
旋削試験では,被加工材(被削材)として直径80mmのS45C製のみがき丸棒を用いた。切削速度は160m/min,送り量は0.2mm/rev,切込み量は2.0mmとし,旋削中に水溶性切削油を適宜供給した。
【0054】
インサートチップ2の寿命(旋削試験の終了)を0.2mm以上の逃げ面摩耗が発生したときとした。インサートチップ2の寿命判断には,その他,カケ発生,切削くずの形状異常の発生,切削時の異音発生なども考えられる。
【0055】
寿命に到達したとき(0.2mm以上の逃げ面摩耗が発生したとき)の切削距離は,実施例3の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金製インサートチップ2は約22,000m,実施例4の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金を用いると約27,000m,比較例4,5の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金を用いると,いずれも約7,000mであった。実施例3および実施例4の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金製インサートチップ2は,比較例4および5の超微粒超硬合金にTiAlN,またはTiAlNおよびCrAlNを被覆したインサートチップに比べて耐摩耗性に優れることが分かった。
【0056】
上述した実施例では被覆超微粒超硬合金製ドリル1および被覆超微粒超硬合金製インサートチップ2に関する試験結果を説明したが,ドリルまたはインサートチップ以外の切削工具または耐摩耗部材についても,従来に比べて耐摩耗性に優れる結果が得ることができる。また,上述した実施例ではTiAlNを硬質被膜として用いている。TiAlN以外のTiを含む硬質被膜,具体的には上述したTiC,TiN,TiSiNおよびTi(C,N)についても,TiAlNと同等の耐摩耗性の向上に寄与すると考えられる。また,Crを含むCrAlNを硬質被膜に用いても耐摩耗性の向上を図ることができると考えられる。さらには複数種類の硬質被膜を超微粒超合金に積層することも考えられる。なお,TiAlN,TiNおよびTi(C,N)の3種類の硬質被膜についてそれぞれ同一条件のもとでスクラッチ試験をしたところ,いずれについても膜剥がれは発生せず,これらの3種類について性能差は確認することができなかった。いずれにしても,少なくともTiまたはCrを元素に含む炭化物,窒化物,炭窒化物または酸化物を硬質被膜として用いれば,上述した超微粒超硬合金と良好に密着し,切削工具ないし耐摩耗部材として用いた場合の寿命が大幅に伸びると考えられる。
【0057】
図7に,上述した実施例3の超微粒超硬合金にTiAlNを被覆した被覆超微粒超硬合金製インサートチップ2の拡大断面写真を示しておく。
【符号の説明】
【0058】
1 ドリル
2 インサートチップ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7