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  • 特開-過酢酸の定量方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023044384
(43)【公開日】2023-03-30
(54)【発明の名称】過酢酸の定量方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3577 20140101AFI20230323BHJP
【FI】
G01N21/3577
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021152396
(22)【出願日】2021-09-17
(71)【出願人】
【識別番号】000106106
【氏名又は名称】サラヤ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100122297
【弁理士】
【氏名又は名称】西下 正石
(72)【発明者】
【氏名】水戸 博之
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059BB04
2G059CC01
2G059EE01
2G059EE12
2G059KK01
2G059MM01
(57)【要約】
【課題】分光法により、過酢酸水溶液の過酢酸を、正確かつ簡便に定量する方法を提供すること。
【解決手段】既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液を標準試料として使用し、標準試料の赤外吸収スペクトルにおける過酢酸に帰属する所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度との関係を利用する、分光法による、過酢酸水溶液中の過酢酸の定量方法であって、標準試料として使用する過酢酸水溶液は、酢酸、過酸化水素及び水を含む原料水溶液の平衡反応物を含み、所定のスペクトルピークは、1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークであり、所定のスペクトルピークの強度又は面積は、所定のスペクトルピークの強度を特定する波長又は面積を特定する波長範囲において、酢酸、過酸化水素及び水のスペクトル強度を差し引いて決定された値である、過酢酸の定量方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液を標準試料として使用し、標準試料の赤外吸収スペクトルにおける過酢酸に帰属する所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度との関係を利用する、分光法による、過酢酸水溶液中の過酢酸の定量方法であって、
標準試料として使用する過酢酸水溶液は、酢酸、過酸化水素及び水を含む原料水溶液の平衡反応物を含み、
所定のスペクトルピークは、1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークであり、
所定のスペクトルピークの強度又は面積は、所定のスペクトルピークの強度を特定する波長又は面積を特定する波長範囲において、酢酸、過酸化水素及び水のスペクトル強度を差し引いて決定された値である、
過酢酸の定量方法。
【請求項2】
前記酢酸、過酸化水素及び水のスペクトル強度は、原料水溶液の赤外吸収スペクトルにおけるスペクトル強度である、請求項1に記載の過酢酸の定量方法。
【請求項3】
前記標準試料は複数種類存在し、それぞれ異なる過酢酸濃度を有する3種類以上の過酢酸水溶液を含む、請求項1又は2に記載の過酢酸の定量方法。
【請求項4】
前記標準試料は、既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液と、該既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液を所定量の水で希釈した希薄過酢酸水溶液とを含み、
該希薄過酢酸水溶液は、赤外吸収スペクトル測定を行った場合に、過酢酸の分解反応による濃度変化が未だ実質的に検知されていない状態の希薄過酢酸水溶液である、請求項1~3のいずれか一項に記載の過酢酸の定量方法。
【請求項5】
前記希薄過酢酸水溶液は、室温環境下における希釈後経過時間が48時間以内に赤外吸収スペクトル測定が行われるものである、請求項4に記載の過酢酸の定量方法。
【請求項6】
標準試料における過酢酸の所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度とは実質的に相関している、請求項1~5のいずれか一項に記載の過酢酸の定量方法。
【請求項7】
標準試料における過酢酸の所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度との相関係数が0.80~0.99である請求項1~6のいずれか一項に記載の過酢酸の定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酢酸の定量方法に関し、特に、分光法による過酢酸の定量方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療、食品業界において、殺菌剤として過酢酸水溶液が広く使用されている。殺菌剤用の過酢酸水溶液は、通常、過酸化水素と酢酸と水との平衡反応物を含むため、過酢酸、酢酸、過酸化水素及び水を含む溶液である。殺菌剤として使用する場合、過酢酸水溶液の過酢酸濃度は、使用回数、周囲温度、空気又は光への暴露等の影響により、徐々に低下する。そのため、殺菌剤としての品質又は有効寿命を確認する等のために、過酢酸水溶液中の過酢酸の濃度管理を行うことは重要である。
【0003】
過酢酸の濃度測定方法として、特許文献1にはヨウ素適定法が記載されている。該方法では、測定誤差を小さくすることができるが、チオ硫酸ナトリウムによる滴定を二回することが必要であり、さらに滴定前に添加するヨウ化カリウムを過酢酸及び過酸化水素に対して小過剰量になるようにすることが必要である。そのため、定量作業は煩雑なものになる。
【0004】
非特許文献1には、酢酸及び過酸化水素から過酢酸を合成する反応の特徴について、次の通り記載されている。即ち、過酢酸は、反応式
【0005】
【化1】
【0006】
[式中、Acはアセチル基を意味する。]
【0007】
に示される通り、酢酸と過酸化水素とが水中で反応することにより生成する。この反応は可逆反応であり、平衡状態における4種類の成分濃度は相互に関連する。また、正反応及び逆反応共に室温下において反応速度が非常に遅く、平衡に達するためには長時間を要する。それゆえ、溶液の平衡到達時間及び平衡組成を予測するためには、この反応の速度定数及び平衡定数が決定されるべきである。
【0008】
非特許文献1では、酢酸及び過酸化水素の初期モル比を種々に相違させた原料水溶液から出発して平衡に達した過酢酸水溶液を調製し、それぞれの過酢酸水溶液について、ヨウ素滴定法を使用して、過酢酸濃度を決定している。
【0009】
次いで、決定された過酢酸濃度に基づいて、20℃における平衡定数Kが算出されている。その結果は、第1127頁に、表1として示されている。平衡定数Kは温度にのみ依存する特性値であるので、全ての初期モル比の過酢酸水溶液において実質的に同一であり、平均値はK=2.10±0.05である。
【0010】
非特許文献2には、消毒、漂白、および廃水処理で使用される強酸化剤のリアルタイム濃度モニタリングのための、ダイアモンド様カーボン(diamond like carbon(DLC))保護IR導波管に基づく、オンラインIR分光センサーシステムが記載されている。
【0011】
前記システムは過酢酸の濃度モニタリングに使用されている。例えば、非特許文献2の図5(c)には、過酢酸水溶液のIRスペクトルを測定した結果が記載されている。また、過酢酸は酢酸及び過酸化水素との平衡状態においてのみ安定であり、上記図5(c)の過酢酸のIRスペクトルは、過酢酸32%、酢酸40~45%、過酸化水素6%の各吸収スペクトルが積み重なったものであることが記載されている。
【0012】
非特許文献2では、図5(c)の過酢酸のIRスペクトルの中で、斜線で示された中赤外線吸収ピーク1217cm-1を、過酢酸濃度の測定に採用し、図6には、過酢酸濃度と1217cm-1ピークの面積との関係が示されている。尚、非特許文献2でいう1217cm-1ピークの面積は、過酢酸、酢酸、過酸化水素及び水の前記波長の吸収スペクトルが積み重なったピークの面積を意味する。
【0013】
その後、主成分回帰(PCR:Principal Components Regression)が採用されて、積み重なっている化合物のスペクトル特性が各成分に分解され、過酢酸水溶液、即ち、過酢酸、酢酸及び過酸化水素の混合物の水溶液中の多成分の濃度が決定されている。
【0014】
過酢酸のIRスペクトルの1217cm-1ピークの面積には、過酢酸に加えて、酢酸、過酸化水素及び水の吸収スペクトルの寄与分が含まれていること、及び主成分解析によりこれらを分解することの結果、非特許文献2のオンラインIR分光センサーシステムでは、得られる過酢酸濃度の信頼性は極めて低くなる。つまり非特許文献2には、過酢酸の正確な成分濃度は測定されていないし、それを得ようとする研究主旨は見られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平6-130051号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】L. V. Dul'neva et al., "Kinetics of Formation of Peroxyacetic Acid", Russian Journal of General Chemistry, Vol. 75, No. 7, 2005, pp. 1125-1130
【非特許文献2】Markus Janotta et al., "Direct Analysis of Oxidizing Agents in Aqueous Solution with Attenuated Total Reflectance Mid-Infrared Spectroscopy and DLC Protected Waveguides", Anal. Chem., 2004, 76, 384-391
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上記従来の問題を解決するものであり、その目的とするところは、分光法により、過酢酸水溶液の過酢酸を、正確かつ簡便に定量する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液を標準試料として使用し、標準試料の赤外吸収スペクトルにおける過酢酸に帰属する所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度との関係を利用する、分光法による、過酢酸水溶液中の過酢酸の定量方法であって、
標準試料として使用する過酢酸水溶液は、酢酸、過酸化水素及び水を含む原料水溶液の平衡反応物を含み、
所定のスペクトルピークは、1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークであり、
所定のスペクトルピークの強度又は面積は、所定のスペクトルピークの強度を特定する波長又は面積を特定する波長範囲において、酢酸、過酸化水素及び水のスペクトル強度を差し引いて決定された値である、
過酢酸の定量方法を提供する。
【0019】
ある一形態においては、前記酢酸、過酸化水素及び水のスペクトル強度は、原料水溶液の赤外吸収スペクトルにおけるスペクトル強度である。
【0020】
ある一形態においては、前記標準試料は複数種類存在し、それぞれ異なる過酢酸濃度を有する3種類以上の過酢酸水溶液を含む。
【0021】
ある一形態においては、前記標準試料は、既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液と、該既知の過酢酸濃度を有する過酢酸水溶液を所定量の水で希釈した希薄過酢酸水溶液とを含み、
該希薄過酢酸水溶液は、赤外吸収スペクトル測定を行った場合に、過酢酸の分解反応による濃度変化が未だ実質的に検知されていない状態の希薄過酢酸水溶液である。
【0022】
ある一形態においては、前記希薄過酢酸水溶液は、室温環境下における希釈後経過時間が48時間以内に赤外吸収スペクトル測定が行われるものである。
【0023】
ある一形態においては、標準試料における過酢酸の所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度とは実質的に相関している。
【0024】
ある一形態においては、標準試料における過酢酸の所定のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度との相関係数が0.80~0.99である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、分光法により、過酢酸水溶液の過酢酸を、正確かつ簡便に定量する方法が提供される。本発明によれば、分光法による過酸化水素の定量において、ヨウ素滴定法と同等の測定精度が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】過酢酸水溶液中の過酢酸の吸光度と過酢酸の濃度との関係を示す過酢酸の検量線である。
図2】3種類の過酢酸水溶液R1、R2及びR3について、原料水溶液から平衡状態に達するまでの1753cm-1における吸光度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の過酢酸の定量方法は、分光法による、過酢酸水溶液中の過酢酸の定量方法である。つまり、本発明の定量方法では、過酢酸水溶液の分光分析を行うことで過酢酸の光吸収特性を測定し、測定された光吸収特性に基づいて、過酢酸水溶液に含まれている過酢酸の濃度を決定する。その際、過酢酸水溶液の分光分析としては、過酢酸の光吸収特性を考慮して、中赤外吸収スペクトル分析を使用する。
【0028】
本発明に使用する中赤外吸収スペクトル分析として、好ましいものは、減衰全反射フーリエ変換赤外(ATR-FTIR)分光法である。この分光法による過酢酸の定量分析では、次のような作業を行う。
【0029】
即ち、まず、ATR結晶板を備えた測定セルを準備し、定量対象である過酢酸水溶液をATR結晶板に流延して液膜を形成する。ATR結晶としては、セレン化亜鉛、ゲルマニウム及びダイヤモンド等の通常使用される高屈折率物質を使用することができる。測定セルをフーリエ変換赤外分光分析装置に装着し、液膜に中赤外光線を照射して、測定光の波長に応じた過酢酸の光吸収特性を記録する。
【0030】
尚、測定セルとして、非特許文献1に記載されているような、ダイヤモンド様カーボン保護IR導波管は使用しない。これを使用した場合には、過酢酸の光吸収特性が正確に記録されない波長域(約1300~2000cm-1)が発生することがある。
【0031】
次いで、記録された過酢酸の光吸収特性を、予め特定された、過酢酸の光吸収特性と過酢酸の濃度とを関連させたデータに照合することで、過酢酸の濃度を決定する。過酢酸の光吸収特性と過酢酸の濃度とを関連させたデータは、両者の相関関係を決定したデータであり、一般に、検量線と呼ばれるものである。
【0032】
分光法による定量では、滴定法のように、対象試料に試薬を加えて反応させ、試薬の量を計測する作業が不要である。そのため、定量操作が簡単であり、短時間のうちに定量を完了することができる。
【0033】
本発明の方法では、分光分析において記録し、過酢酸の検量線と照合する過酢酸の光吸収特性として、過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度または面積を使用する。そうすることで、当該スペクトルピークの強度または面積と過酢酸の濃度との相関性に優れた、信頼性の高い検量線を作成することができる。本発明で使用する検量線は、過酢酸のスペクトルピークの強度又は面積と、標準試料の過酢酸濃度との相関係数が0.80~0.99、好ましくは0.90~0.99、より好ましくは0.95~0.99、最も好ましくは0.99である。尚、過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークは、過酢酸のC=O二重結合の対称伸縮振動による光吸収を示すピークである。
【0034】
過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度は、スペクトルピークの最上点又はその近辺において特定した波長における吸光度を意味する。当該特定した波長を、「スペクトルピークの強度を特定する波長」ということがある。スペクトルピークの強度を特定する波長は、検出器が感度を有する波長を考慮して決定してよい。強度を正確に決定しやすいため、好ましくは、スペクトルピークの強度を特定する波長は、スペクトルピークの最上点又はその近辺の波長である。スペクトルピークの強度を特定する波長は、1771~1944cmcm-1の範囲から適宜選択される。
【0035】
過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの面積は、ベースラインから立ち上がって後にベースラインに戻るまでの波長範囲におけるスペクトル曲線とベースラインとに囲まれた部分の面積を意味する。当該波長範囲を、「スペクトルピークの面積を特定する波長範囲」ということがある。
【0036】
本発明の方法では、分光分析時に試料に照射する光の波長は、中赤外線全域にわたる必要はなく、前記「スペクトルピークの強度を特定する波長」又は「スペクトルピークの面積を特定する波長範囲」を含むものであれば足りる。分光分析時に試料に照射する光の波長は、例えば、15,000~28,000cm-1である。
【0037】
本発明の方法では、過酢酸水溶液の分光分析に使用する光源として、前記分光分析時に試料に照射する光の波長を発光する発光装置を使用することができる。また、照射光の検出器として、前記分光分析時に試料に照射する光の波長に感度を有する受光装置を使用することができる。
【0038】
以下、過酢酸の検量線を作成する方法について説明する。以下に説明されている、過酢酸のスペクトルピークの強度または面積を決定する方法は、標準試料である過酢酸水溶液、及び定量対象である過酢酸水溶液の両方に適用される。
【0039】
過酢酸の検量線は、標準試料として使用する過酢酸水溶液に含まれる過酢酸の濃度と、過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度または面積とに基づいて、作成される。
【0040】
ここでいう標準試料は、それに含まれている過酢酸の濃度が既に特定されている、過酢酸水溶液である。標準試料の過酢酸濃度は、分光法による過酢酸濃度の基準になるので、正確である必要がある。標準試料の過酢酸濃度の決定方法は、好ましくは、ヨウ素適定法である。例えば、サラヤ社製「アセサイド6%消毒液」(商品名)はヨウ素滴定法により過酢酸濃度が正確に決定されているので、標準試料として使用することができる。
【0041】
過酢酸は、酢酸と過酸化水素と水との平衡反応物であるため、過酢酸が存在する水溶液中には、必ず過酸化水素及び酢酸が存在する。つまり、過酢酸水溶液の赤外吸収スペクトルは、過酢酸、酢酸、過酸化水素及び水の各吸収スペクトルが積み重なったものである。一方、過酢酸水溶液の赤外吸収スペクトルの1753cm-1付近においては、酢酸、過酸化水素及び水のいずれの吸収による悪影響が最小となり、過酢酸の赤外吸収スペクトルは、酢酸、過酸化水素及び水の光吸収スペクトルとの重複が少なくなっている。
【0042】
つまり、前記スペクトルピークの面積を特定する波長範囲においては、過酢酸の光吸収スペクトルから、酢酸、過酸化水素及び水の光吸収スペクトルを、選択的に除去することができ、過酢酸単独のスペクトルピークを正確に抽出することができる。過酢酸単独のスペクトルピークが正確に抽出される結果、1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度又は面積は、酢酸、過酸化水素及び水が寄与する光吸収量を差し引いて、正確に決定することができる。
【0043】
標準試料の過酢酸水溶液は、酢酸、過酸化水素及び水を含む原料水溶液を平衡反応させて製造される。この平衡反応は、反応速度が非常に遅い。従って、原料水溶液を調製した場合、室温にて48時間以内であれば、未だ、原料水溶液の組成の変化は検知することができない。かかる状態の原料水溶液、例えば、成分を配合した直後の原料水溶液について測定された赤外吸収スペクトルは、1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークが検知されず、標準試料の光吸収スペクトルから差し引くべき酢酸、過酸化水素及び水の光吸収スペクトルとみなすことができる。
【0044】
このようにして、標準試料として使用する過酢酸水溶液に含まれる過酢酸の濃度と、過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度または面積とを、正確に決定することができる。過酢酸の濃度と、過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度または面積とが、正確に決定された標準試料を複数準備して、グラフにプロットすることにより、過酢酸濃度の検量線を作成することができる。準備する標準試料の数は、3種類3回測定で充分である。準備する標準試料の数は、好ましくは、5種類以上、より好ましくは9種類以上である。標準試料の数が多いほど、過酢酸の検量線の精度が向上する。
【0045】
上述のとおり、過酢酸の平衡反応の反応速度が非常に遅いことを利用して、濃度が特定された1つの標準試料を水で希釈して、複数の標準試料を調製することも可能である。即ち、標準試料を水で希釈した場合、過酢酸濃度は、希釈後室温下で数時間は、未だ平衡が変化せず、希釈濃度に維持される。そのため、水で希釈した希薄過酢酸水溶液の過酢酸濃度は希釈濃度とみなすことができる。
【0046】
そして、水で希釈した希薄過酢酸水溶液について、例えば希釈直後に分光分析を行い、上述の通りスペクトルの補正を行うことで、過酢酸の1753cm-1付近に最上点を持つスペクトルピークの強度または面積を決定する。その際、希釈過酢酸水溶液の光吸収スペクトルから差し引くべき酢酸、過酸化水素及び水の光吸収スペクトルの光吸収量は、希釈倍率に対応して減少させる。
【0047】
上記作業によれば、希薄過酢酸水溶液について、過酢酸濃度とスペクトルピークの強度または面積とが決定されるので、これを標準試料の1つにすることができる。希薄過酢酸水溶液は、室温環境下における希釈後経過時間が48時間以内、好ましくは12時間以内、より好ましくは10~30分以内に赤外吸収スペクトル測定が行われる。そうすることで、過酢酸の検量線の精度がより向上する。
【実施例0048】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0049】
<過酢酸水溶液の検量線の作製>
サラヤ社製「アセサイド6%消毒液」(商品名)を準備した。これは、過酢酸6%と、酢酸と、過酸化水素とを含む水溶液であり、ヨウ素滴定法により過酢酸濃度が正確に決定されている。この過酢酸6%水溶液を標準試料として使用した。
【0050】
過酢酸6%水溶液を所定量の水で希釈して、複数の希薄過酢酸水溶液を作製した。各希薄過酢酸水溶液について、希釈濃度を計算し、記録した。過酢酸の室温下における反応速度は非常に遅いので、希薄過酢酸水溶液の濃度は、少なくとも48時間は、希釈濃度に維持される。
【0051】
BRUKER社製赤外光度計(「INVENO S Bruchure EN」(商品名))を使用して、過酢酸6%水溶液及び各希薄過酢酸水溶液について、波長領域15,000~28,000cm-1、波長分解能0.16cm-1の光を照射した。1753cm-1における吸光度を測定し、記録した。過酢酸6%水溶液の原料水溶液(反応時間ゼロの状態)についても前記と同様にして吸光度を測定した。原料水溶液においては、過酢酸は存在しないので、その時点の吸光度をブランクとして、希釈倍率を考慮して、各吸光度の測定値からから差し引くことで、過酢酸の吸光度を決定した。
【0052】
記録された過酢酸の希釈濃度と、決定された過酢酸の吸光度の値をグラフにプロットして、過酢酸の検量線を作製した。図1は、過酢酸水溶液中の過酢酸の吸光度と過酢酸の濃度との関係を示す過酢酸の検量線である。図1中、■(黒い四角)で示した点は、1種類の標準試料を示す。図1の検量線では、標準試料における過酢酸の吸光度と過酢酸の濃度とは実質的に相関している。検量線の相関係数Rは0.99であった。
【0053】
<検量線の精度の確認>
過酢酸の原料として酢酸及び過酸化水素、反応触媒として硫酸、及び安定剤としてリン酸を、以下のモル濃度になるように水に溶解して、過酢酸の原料水溶液R1、R2及びR3を調製した。つまり、非特許文献1を参考にして、酢酸及び過酸化水素の初期モル比を相違させた原料水溶液を3種類調製した。
【0054】
【表1】
【0055】
調製した直後に、R1、R2及びR3について、前記と同様にして、波長1753cm-1における吸光度を測定し、記録した。記録された吸光度は、過酢酸が未だ生成していない、反応時間ゼロにおける吸光度である。
【0056】
次いで、R1、R2及びR3を室温下に置き、平衡反応させた。前記と同様にして、R1、R2及びR3について、波長1753cm-1における吸光度を経時的に測定した。図2は、過酢酸水溶液について、原料水溶液から平衡状態に達するまでの1753cm-1における吸光度の経時変化を示すグラフである。
【0057】
図2の吸光度経時曲線から、反応時間70~80時間において、過酢酸の生成反応が平衡に達していると判断した。各水溶液について、その時点における吸光度を記録した。反応時間ゼロにおける吸光度をブランクとして、上記吸光度から差し引いて、過酢酸の吸光度を決定した。決定された過酢酸の吸光度を検量線に照合することで、R1、R2及びR3について、過酢酸の濃度を決定した。
【0058】
【化2】
【0059】
[式中、Acはアセチル基を意味する。]
【0060】
という過酢酸生成にかかる反応式を考慮すると、過酢酸水溶液中の成分のモル濃度に関し、
【0061】
【化3】
【0062】
[式中、PAAは過酢酸を意味し、Acはアセチル基を意味し、添字0は、反応時間ゼロの状態を意味する。]
【0063】
という関係が成立する。この関係式に基づいて、水、過酸化水素及び酢酸のモル濃度を計算し、これらの計算値に基づいて、過酢酸の平衡定数Kを決定した。計算結果を以下の表に示す。尚、表中、PAAは過酢酸を意味し、Acはアセチル基を意味し、Kは平衡定数を意味する。
【0064】
【表2】
【0065】
【表3】
【0066】
【表4】
【0067】
表2~4に示される通り、本発明の方法を使用して決定した平衡定数は、非特許文献1に記載されているヨウ素滴定法を使用して決定した過酢酸の平衡定数K=2.10±0.05に近似した値であった。この結果は、前記検量線の精度が高いこと、及び前記検量線で特定される、過酢酸のスペクトルピークの強度と、過酢酸濃度との関係に基づく本発明の過酢酸の定量方法が、ヨウ素滴定法と同様の測定精度、信頼性を有することを示すものである。
図1
図2