(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023045135
(43)【公開日】2023-04-03
(54)【発明の名称】低圧低酸素システム、気圧および酸素濃度調整方法、細胞培養システム、細胞培養方法、肉製造システム、肉製造方法、トレーニングシステム、ならびに、トレーニング方法
(51)【国際特許分類】
A63B 26/00 20060101AFI20230327BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230327BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20230327BHJP
【FI】
A63B26/00
C12M1/00 A
C12M1/00 G
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021153374
(22)【出願日】2021-09-21
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(71)【出願人】
【識別番号】514266404
【氏名又は名称】日本気圧バルク工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100130281
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 道幸
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100148633
【弁理士】
【氏名又は名称】桜田 圭
(74)【代理人】
【識別番号】100165489
【弁理士】
【氏名又は名称】榊原 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100214813
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 幸江
(72)【発明者】
【氏名】藤野 英己
(72)【発明者】
【氏名】天野 英紀
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA08
4B029AA12
4B029BB01
4B029BB20
4B029GA06
4B029GB08
4B065AA91X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BC06
4B065BC34
4B065BC50
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】
収容する対象物に応じて、チャンバ内部を所望する気圧および所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境を容易に作ることができる低圧低酸素システム、気圧および酸素濃度調整方法、細胞培養システム、細胞培養方法、肉製造システム、肉製造方法、トレーニングシステム、ならびに、トレーニング方法を提供する。
【解決手段】
人、動物および/または物を収容するチャンバと、チャンバ内の気圧を下げるための減圧手段と、チャンバ内の酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持するための低酸素濃度調整手段とを備え、人、動物および/または物を収容した状態のチャンバ内で、減圧手段によりチャンバ内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持し、かつ、低酸素濃度調整手段によりチャンバ内の酸素濃度を、所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持するよう構成されている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人、動物および/または物を収容するチャンバと、
前記チャンバ内の気圧を下げるための減圧手段とを備え、
前記人、動物および/または物を収容した状態の前記チャンバ内で、前記減圧手段により前記チャンバ内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持することによって、前記チャンバ内の酸素濃度が通常の空気より低濃度の、前記所定の気圧によって定まる所定の酸素濃度に維持されるよう構成されていることを特徴とする低圧低酸素システム。
【請求項2】
人、動物および/または物を収容するチャンバと、
前記チャンバ内の気圧を下げるための減圧手段と、
前記チャンバ内の酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持するための低酸素濃度調整手段とを備え、
前記人、動物および/または物を収容した状態の前記チャンバ内で、前記減圧手段により前記チャンバ内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持し、かつ、前記低酸素濃度調整手段により前記チャンバ内の酸素濃度を、前記所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持するよう構成されていることを特徴とする低圧低酸素システム。
【請求項3】
前記低酸素濃度調整手段はゼオライトを含むことを特徴とする請求項2記載の低圧低酸素システム。
【請求項4】
前記チャンバ内の気圧は0.3気圧以上1.0気圧未満に維持されていることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の低圧低酸素システム。
【請求項5】
前記チャンバ内の酸素濃度は1%以上21%未満に維持されていることを特徴とする請求項2~請求項4のいずれか一項に記載の低圧低酸素システム。
【請求項6】
前記チャンバと外部との間に前室が設けられ、
前記チャンバと前記前室との間に前記チャンバの出入口を閉鎖するように構成された開閉ドアを備え、
前記チャンバ内の気圧と前記チャンバ外の気圧との差により、前記開閉ドアが前記出入口に密着し、前記出入口が閉じられることを特徴とする請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の低圧低酸素システム。
【請求項7】
人、動物および/または物を収容するチャンバ内部の気圧を常圧より低圧にし、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度にし、
前記チャンバ内を減圧手段により常圧よりも低圧の所定の気圧に維持することによって、前記チャンバ内の酸素濃度が前記所定の気圧により定まる所定の酸素濃度に維持されることを特徴とする気圧および酸素濃度調整方法。
【請求項8】
人、動物および/または物を収容するチャンバ内部の気圧を常圧より低圧にし、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度にし、
前記チャンバ内を減圧手段により常圧よりも低圧の所定の気圧に維持し、かつ、前記チャンバ内の酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持するための低酸素濃度調整手段により、前記所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持することを特徴とする気圧および酸素濃度調整方法。
【請求項9】
請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の低圧低酸素システムを備え、
前記チャンバは細胞を培養する培養容器を収容する少なくとも1つの培養室を収容することを特徴とする細胞培養システム。
【請求項10】
請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の低圧低酸素システムを備え、
前記チャンバは培養室に収容され、前記チャンバは細胞を培養する培養容器を収容することを特徴とする細胞培養システム。
【請求項11】
前記培養室は既存の細胞培養装置であることを特徴とする請求項9または請求項10記載の細胞培養システム。
【請求項12】
請求項9または請求項11に記載の細胞培養システムを用い、
前記チャンバに収容された前記培養室内で細胞を培養することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項13】
請求項10または請求項11に記載の細胞培養システムを用い、
前記培養室に収容された前記チャンバ内で細胞を培養することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項14】
請求項9~請求項11のいずれか一項に記載の細胞培養システムを備え、肉を構成する細胞を培養することを特徴とする肉製造システム。
【請求項15】
請求項12または請求項13に記載の細胞培養方法を用いて培養した細胞から肉を製造することを特徴とする肉製造方法。
【請求項16】
請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の低圧低酸素システムを備え、
前記チャンバはトレーニングルームであることを特徴とするトレーニングシステム。
【請求項17】
請求項16に記載のトレーニングシステムを用い、
前記チャンバ内で人および/または動物が運動することを特徴とするトレーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チャンバ内部の気圧を常圧より低圧、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持可能な低圧低酸素システム、気圧および酸素濃度調整方法、細胞培養システム、細胞培養方法、肉製造システム、肉製造方法、トレーニングシステム、ならびに、トレーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、気圧と酸素濃度が及ぼす作用を活用したものとして所謂高地トレーニングが行われている。標高の上昇と共に気圧が平地(1気圧)に比べて低くなり、気圧の低下によって酸素分圧が低下し、酸素濃度も通常の空気(20.9%)より低下する。つまり、
図1に示すように気圧の低下に比例して酸素濃度も低下する。例えば標高3000mに相当する低圧(0.7気圧)かつ低酸素濃度(14.6%)環境下で人がトレーニングを行うことにより、持久力が向上するといわれている。
【0003】
また、動植物の細胞、微生物等の培養については、温度、ガス濃度、培養液の組成、pH等の様々な要因がそれらの成育に影響を及ぼす。特に培養室内の酸素濃度は重要であり、間葉系幹細胞等は低酸素条件下で培養を行う必要があるため、様々な低酸素培養器が開発されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、扉を有する気密の培養室であって、空気中のN2を自動的に濃縮するN2濃縮器とN2の貯留タンクのそれぞれの自動弁V1、V2を制御部により開閉して制御しながらO2濃度を目標の一定値に保つよう構成したことを特徴とする低酸素培養器が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の低酸素培養器は窒素ガスの供給により酸素濃度を調整しているものの、圧力については考慮されていない。また、高地トレーニング用装置は、人間や動物を対象としているため酸素濃度を従来よりもさらに低くすることは考慮されていない。このため、低圧低酸素環境が様々なものに対してどのような影響を及ぼすか、そして、気圧と酸素濃度の様々な組み合わせについて十分な検討ができていなかった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、その目的は、収容する対象物に応じて、チャンバ内部の気圧を常圧より低圧である所望する気圧、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度である所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境を容易に作ることができる低圧低酸素システム、気圧および酸素濃度調整方法、細胞培養システム、細胞培養方法、肉製造システム、肉製造方法、トレーニングシステム、ならびに、トレーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1記載の低圧低酸素システムは、人、動物および/または物を収容するチャンバと、チャンバ内の気圧を下げるための減圧手段とを備え、人、動物および/または物を収容した状態のチャンバ内で、減圧手段によりチャンバ内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持することによって、チャンバ内の酸素濃度が通常の空気より低濃度の、所定の気圧によって定まる所定の酸素濃度に維持されるよう構成されていることを特徴とする。
【0009】
請求項2記載の低圧低酸素システムは、人、動物および/または物を収容するチャンバと、チャンバ内の気圧を下げるための減圧手段と、チャンバ内の酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持するための低酸素濃度調整手段とを備え、人、動物および/または物を収容した状態のチャンバ内で、減圧手段によりチャンバ内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持し、かつ、低酸素濃度調整手段によりチャンバ内の酸素濃度を、所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持するよう構成されていることを特徴とする。
【0010】
請求項3記載の低圧低酸素システムは、低酸素濃度調整手段がゼオライトを含むことを特徴とする。
【0011】
請求項4記載の低圧低酸素システムは、チャンバ内の気圧が0.3気圧以上1.0気圧未満に維持されていることを特徴とする。
【0012】
請求項5記載の低圧低酸素システムは、チャンバ内の酸素濃度が1%以上21%未満に維持されていることを特徴とする。
【0013】
請求項6記載の低圧低酸素システムは、チャンバと外部との間に前室が設けられ、チャンバと前室との間にチャンバの出入口を閉鎖するように構成された開閉ドアを備え、チャンバ内の気圧とチャンバ外の気圧との差により、開閉ドアが出入口に密着し、出入口が閉じられることを特徴とする。
【0014】
請求項7記載の気圧および酸素濃度調整方法は、人、動物および/または物を収容するチャンバ内部の気圧を常圧より低圧にし、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度にし、チャンバ内を減圧手段により常圧よりも低圧の所定の気圧に維持することによって、チャンバ内の酸素濃度が所定の気圧により定まる所定の酸素濃度に維持されることを特徴とする。
【0015】
請求項8記載の気圧および酸素濃度調整方法は、人、動物および/または物を収容するチャンバ内部の気圧を常圧より低圧にし、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度にし、チャンバ内を減圧手段により常圧よりも低圧の所定の気圧に維持し、かつ、チャンバ内の酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持するための低酸素濃度調整手段により、所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持することを特徴とする。
【0016】
請求項9記載の細胞培養システムは、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の低圧低酸素システムを備え、チャンバは細胞を培養する培養容器を収容する少なくとも1つの培養室を収容することを特徴とする。
【0017】
請求項10記載の細胞培養システムは、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の低圧低酸素システムを備え、チャンバは培養室に収容され、チャンバは細胞を培養する培養容器を収容することを特徴とする。
【0018】
請求項11記載の細胞培養システムは、培養室が既存の細胞培養装置であることを特徴とする。
【0019】
請求項12記載の細胞培養方法は、請求項9または請求項11に記載の細胞培養システムを用い、チャンバに収容された培養室内で細胞を培養することを特徴とする。
【0020】
請求項13記載の細胞培養方法は、請求項10または請求項11に記載の細胞培養システムを用い、培養室に収容されたチャンバ内で細胞を培養することを特徴とする。
【0021】
請求項14記載の肉製造システムは、請求項9~請求項11のいずれか一項に記載の細胞培養システムを備え、肉を構成する細胞を培養することを特徴とする。
【0022】
請求項15記載の肉製造方法は、請求項12または請求項13に記載の細胞培養方法を用いて培養した細胞から肉を製造することを特徴とする。
【0023】
請求項16記載のトレーニングシステムは、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の低圧低酸素システムを備え、チャンバはトレーニングルームであることを特徴とする。
【0024】
請求項17記載のトレーニング方法は、請求項16に記載のトレーニングシステムを用い、チャンバ内で人および/または動物が運動することを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本願の発明によれば、収容する対象物に応じて、チャンバ内部を所望する気圧および所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境を容易に作ることができる低圧低酸素システム、気圧および酸素濃度調整方法、細胞培養システム、細胞培養方法、肉製造システム、肉製造方法、トレーニングシステム、ならびに、トレーニング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】気圧と酸素濃度との関係を示す説明図である。
【
図2】本発明に係る低圧低酸素システムの一実施例を示す説明図である。
【
図3】本発明に係る低圧低酸素システムの他の実施例を示す説明図である。
【
図4】同一実施例によるマウスの飼育結果を示す説明図である。
【
図5】同他の実施例による細胞の培養結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の形態について図面を参照しながら具体的に説明する。
図1は、気圧と酸素濃度との関係を示すグラフである。
図2は、本発明に係る低圧低酸素システムの一実施例を示す模式図である。
図3は、本発明に係る低圧低酸素システムの他の実施例を示す模式図である。
図4は、同一実施例によるマウスの飼育に対する気圧と酸素濃度の影響を示すグラフである。
図5は、同他の実施例による細胞の培養に対する気圧と酸素濃度の影響を示すグラフである。
【0028】
本発明に係る低圧低酸素システム1は、
図2に示すように、チャンバ10と、減圧手段20とを備えている。チャンバ10は、人、動物および/または物を収容するものである。チャンバ10の大きさは特に限定されないが、人、動物を収容する場合には、その中に人および/または動物の体が完全に収まる大きさで、単に横たわって入ることができるカプセル状の大きさから、座ったり、運動をしたり、複数の人および/または動物が入ることができる部屋状の大きさまで様々である。物を収容する場合には、チャンバ10の大きさは、収容したい物や量にもよるが物置等の収納庫や倉庫、温室、インキュベーター、箱等のような様々な大きさのものが考えられる。
【0029】
減圧手段20は、チャンバ10内の気圧を下げるためのものである。減圧手段20の配置については任意でありチャンバ10の中でも外でもよいが、減圧手段20はチャンバ10内に配置され、チャンバ10内の空気をチャンバ10外に押し出すものであることが好ましい。減圧手段20は、例えば、減圧用コンプレッサであるが、ポンプ等の他の手段でもよい。
【0030】
なお、低圧低酸素システム1は、チャンバ10内の気圧をモニタするための圧力計や、酸素濃度をモニタするための酸素濃度計を備えていてもよい。本発明において低圧とは、大気圧(常圧)である1.0気圧未満、0気圧より大きい値であり、低酸素濃度とは、通常の空気中の酸素濃度である約21%未満、0%より大きい値である。
【0031】
本発明の低圧低酸素システム1は、人、動物および/または物を収容した状態のチャンバ10内で、減圧手段20によりチャンバ10内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持することによって、チャンバ10内の酸素濃度が通常の空気より低濃度の、所定の気圧によって定まる所定の酸素濃度に維持されるよう構成されている。つまり、酸素濃度は、気圧を所定の低圧に維持することに伴い、気圧と比例関係にある所定の酸素濃度に定まる。これにより、所望する気圧および所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境を作ることができる。ただし、この場合の所望する酸素濃度とは、所望する気圧によって定まる酸素濃度である。
【0032】
本発明に係る低圧低酸素システム2は、
図3に示すように、チャンバ30と、減圧手段40と、低酸素濃度調整手段50とを備えている。チャンバ30および減圧手段40は、低圧低酸素システム1のチャンバ10および減圧手段20と同様である。
【0033】
低酸素濃度調整手段50は、チャンバ30内の酸素濃度を通常の空気の酸素濃度(約21%)より低濃度に維持するためのものである。低酸素濃度調整手段50の構成については特に限定されないが、例えば、外気および/またはチャンバ30内からの排気が通過する位置に低酸素濃度調整手段50を配置し、PSA(Pressure Swing Adsorption)法等により吸着剤に窒素を選択的に吸着させて酸素と窒素を分離し、高酸素濃度の空気を排出し、低酸素濃度の空気をチャンバ30内に供給する。
【0034】
窒素の選択的吸着には、例えば、ゼオライトを充填した容器やポリイミド等から成る中空糸膜を用いる。あるいは、吸着剤としてペロブスカイト型酸化物等の酸素吸着剤を用いて酸素と窒素を分離してもよい。低酸素濃度調整手段50を用いることにより、チャンバ30内の酸素濃度を0%より大きい値から約21%未満に調整可能である。
【0035】
本発明の低圧低酸素システム2は、人、動物および/または物を収容した状態のチャンバ30内で、減圧手段40によりチャンバ30内の気圧を常圧より低圧の所定の気圧に維持し、かつ、低酸素濃度調整手段50によりチャンバ30内の酸素濃度を、所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持するよう構成されている。つまり、酸素濃度は、減圧手段40と併せて低酸素濃度調整手段50を用いることによって、気圧と比例関係にある値よりも低濃度の所定の酸素濃度とすることができる。これにより、所望する気圧、および、気圧によって定まる酸素濃度以外のより広範囲の所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境を作ることができる。
【0036】
低圧低酸素システム2において、低酸素濃度調整手段50の構成については特に限定されないが、低酸素濃度調整手段50はゼオライトを含むことが好ましい。多孔質材料であるゼオライトを用いた窒素吸着器は小型であっても多くの窒素を貯留できる。
【0037】
低圧低酸素システム1、2のチャンバ10、30内の気圧は、人、動物および/または物を収容した状態では、0気圧より大きい値であって常圧(1気圧)より低圧の所定の気圧に維持されている必要があるが、0.3気圧以上1.0気圧未満に維持されていることが好ましい。また、チャンバ10、30内の酸素濃度は、0%より大きい値であって通常の空気中の酸素濃度(約21%)より低濃度の所定の酸素濃度に維持されている必要がある。低圧低酸素システム2のチャンバ30内の酸素濃度は、1%以上21%未満に維持されていることが好ましい。
【0038】
また、低圧低酸素システム1、2は、前室60が設けられていてもよい。前室60は、
図3にしか記載されていないが、
図2にも設けることは可能である。前室60はチャンバ10、30と外部との間に設けられ、チャンバ10、30と前室60との間にチャンバ10、30の出入口を閉鎖するように構成された開閉ドア62を備えている。そして、チャンバ10、30内の気圧とチャンバ10、30外の気圧との差により、開閉ドア62が出入口に密着し、出入口が閉じられるような構成が考えられる。これにより、簡易な構造でチャンバ10、30の出入口を密封することができる。
【0039】
本発明の低圧低酸素システム1、2は、低圧低酸素環境を作り出すことができる。そして、低圧低酸素環境は、チャンバ10、30内に収容された人、動物および/または物に対して様々な影響を及ぼし、その影響は収容された人、動物、物により異なると考えられる。例えば、細胞培養では、細胞の種類によっては低酸素条件下で培養を行うものもあるが、これまで気圧、特に低圧の影響については検討されてこなかった。また、常圧、通常の酸素濃度で培養されている細胞であっても、低圧低酸素下での培養が細胞の増殖、分化に影響を与える可能性がある。
【0040】
そのため、本発明は、前述した低圧低酸素システム1、2を備え、チャンバ10、30内に細胞を収容し培養を行う細胞培養システムであってもよい。その場合、チャンバ10、30は細胞を培養する培養容器32を収容する少なくとも1つの培養室34を収容し、チャンバ10、30に収容された培養室34内で細胞を培養する。または、チャンバ10、30は培養室34に収容され、チャンバ10、30は細胞を培養する培養容器32を収容し、培養室34に収容されたチャンバ10、30内で細胞を培養する。そして、所望する気圧および所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境で細胞を培養することができる。
【0041】
培養室34は、細胞を培養するためのシャーレやフラスコ等の培養容器32を収容するものであるので、培養容器32の収容が可能であればその大きさは任意である。培養室34は、既存の細胞培養装置(インキュベーター)であってもよいが、より大きい部屋状のものでもよい。また、培養室34はチャンバ10、30と一体として作られたものであってもよい。
【0042】
チャンバ10、30の大きさも任意である。培養室34である例えば細胞培養装置がチャンバ10、30の中に1台もしくは複数台分入る大きさであってもよいが、培養室34である例えば細胞培養装置の中にチャンバ10、30が入ることができる箱状の大きさであってもよい。あるいは、人がチャンバ10、30の中に入室可能な大きさであってもよい。人が入室可能な場合、人はチャンバ10、30内で作業をすることが可能となる。
【0043】
また、本発明の低圧低酸素システム1、2を備えた細胞培養システムについては、当該細胞培養システムを備え、肉を構成する細胞を培養する肉製造システムとしてもよい。肉製造システムは、細胞培養システムを含み、培養容器32内で細胞を培養し、増殖させ、密集状態まで増殖した細胞を筋管へ分化させ、最終的に肉を製造するためのシステムである。なお、本発明において肉とは、培養肉であって、豚、牛等の哺乳類、鶏等の鳥類、魚類等の動物の肉と同様の、細胞、脂肪、血管、繊維等から構成されたものだけでなく、筋細胞のみ、または、主として筋細胞から動物の肉のような形状に成形されたものも含むものである。
【0044】
または、本発明は、前述した低圧低酸素システム1、2を備えるトレーニングシステムであってもよい。その場合、チャンバ10、30はトレーニングルームであり、チャンバ10、30内で人および/または動物が運動する。気圧と酸素濃度に関して、本発明の低圧低酸素システム1では、所定の気圧によって定まる所定の酸素濃度に維持することができ、本発明の低圧低酸素システム2では、所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持することができる。このため、本発明では、所望する気圧および所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境でトレーニングすることができる。
【0045】
トレーニングルームであるチャンバ10、30は、人および/または動物を収容し、運動可能な大きさである。チャンバ10、30内に自転車エルゴメータ、トレッドミル、クロストレーナ、または、ステッパ等の運動負荷装置を配置すれば、自転車走行、歩行、または、ランニングに相当する運動負荷をチャンバ10、30内の運動者に与えることができる。
【0046】
そして、低圧、低酸素濃度の環境下で人および/または動物がトレーニングを行うことにより、酸素運搬能力が高まり、持久力を向上することができる。さらに、低酸素濃度調整手段50によって、気圧によって定まる酸素濃度よりも低い酸素濃度に下げることにより、酸素運搬能力がより高まる。もちろん、低圧低酸素システム1、2において、人および/または動物はチャンバ10、30内に滞在しているだけでも、運動を行った場合ほどではないが酸素運搬能力が高まる。
【0047】
次に、本発明における気圧および酸素濃度を調整する方法について説明する。人、動物および/または物を収容するチャンバ10内部の気圧を常圧より低圧にし、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度にし、チャンバ10内を減圧手段20により常圧よりも低圧の所定の気圧に維持することによって、チャンバ10内の酸素濃度が、常圧よりも低圧の所定の気圧により定まる所定の酸素濃度に維持される。
【0048】
また、気圧および酸素濃度を調整する他の方法について説明する。人、動物および/または物を収容するチャンバ30内部の気圧を常圧より低圧にし、かつ、酸素濃度を通常の空気より低濃度にし、チャンバ30内を減圧手段40により常圧よりも低圧の所定の気圧に維持し、かつ、チャンバ30内の酸素濃度を通常の空気より低濃度に維持するための低酸素濃度調整手段50により、常圧より低圧の所定の気圧によって定まる酸素濃度よりも低濃度の所定の酸素濃度に維持する。
【0049】
どちらの方法も、低圧低酸素環境下のチャンバ10、30内部で何を行うかは任意である。例えば、
図3に示すように、チャンバ30に細胞を培養する培養容器32を収容する培養室34を収容する場合には、培養室34内で細胞を培養してもよい。または、図示していないが、チャンバ10、30が培養室34に収容されている場合には、チャンバ10、30内で細胞を培養してもよい。また、前述の細胞培養方法を用いて培養した細胞から肉を製造してもよい。
【0050】
または、チャンバ10、30がトレーニングルームである場合には、チャンバ10、30内で人および/または動物が運動してもよし、内部に滞在して、寝たり、読書をしたり、食事をしたり、人および/または動物が自由に過ごしてもよい。さらに、チャンバ10、30は、低圧低酸素環境にある内部で温度、湿度等を調整して植物を育成したり、麹菌などの微生物を培養したり、有機物だけでなく金属製品等無機物の保管等といった様々な用途に使用可能である。
【0051】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。本発明は、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例0052】
[実施例1]
本実施例では、低圧低酸素システム1は、
図2に示すように、チャンバ10および減圧手段20を備えている。チャンバ10は、人を収容可能な部屋状の大きさであって、内部の気圧を常圧より低圧に維持可能な空間である。また、減圧手段20は、チャンバ10内に配置され、チャンバ10内の空気をチャンバ10外に押し出し気圧を下げるための減圧用コンプレッサである。
【0053】
次に、本実施例における低圧低酸素システム1の気圧および酸素濃度を調整する方法について説明する。まずは、チャンバ10内が常圧、通常の酸素濃度の状態で、チャンバ10内に対象物である人、動物および/または物を収容する。そして、減圧手段20を稼働させてチャンバ10内部の気圧を常圧より低圧にしていくと、気圧の低下に伴って酸素濃度も通常の空気より低濃度になっていく。チャンバ10内の気圧を減圧手段20により、目的とする所定の低圧に維持することによって、チャンバ10内の酸素濃度も、
図1に示すような所定の低圧により定まる所定の低酸素濃度に維持される。本実施例において低圧低酸素システム1は、チャンバ10内の気圧を0.3気圧以上1.0気圧未満に、酸素濃度を5%以上21%未満に調整可能であった。
【0054】
[実施例2]
本実施例では、低圧低酸素システム2は、
図3に示すように、チャンバ30、減圧手段40、および、低酸素濃度調整手段50を備えている。チャンバ30は、人を収容可能な部屋状の大きさであって、内部の気圧を常圧より低圧に維持可能な空間である。また、減圧手段40は、チャンバ30内に配置され、チャンバ30内の空気をチャンバ30外に押し出し気圧を下げるための減圧用コンプレッサである。
【0055】
また、低酸素濃度調整手段50は、チャンバ30内の酸素濃度を通常の空気の酸素濃度より低濃度に維持するためのものであって、ゼオライトを充填した容器を窒素吸着部としている。低酸素濃度調整手段50は、減圧手段40によるチャンバ30内からの排気が通過する位置に配置されている。PSA法により、排気に含まれる窒素ガスをゼオライトに選択的に吸着させて、高酸素濃度の空気をチャンバ30外に排出し、ゼオライトに吸着した窒素をチャンバ30内に供給する。
【0056】
低圧低酸素システム2は、
図3に示すように、チャンバ30と外部との間に前室60を備えている。前室60は、開閉ドア62を有している。開閉ドア62は、チャンバ30と前室60との間に配置されている。
【0057】
次に、本実施例における低圧低酸素システム2の気圧および酸素濃度を調整する方法について説明する。まずは、チャンバ30内が常圧、通常の酸素濃度の状態で、前室60の開閉ドア62を開けて、チャンバ30内に対象物である人、動物および/または物を収容する。そして、前室60の開閉ドア62を閉めて、減圧手段40を稼働させてチャンバ30内部の気圧を常圧より低圧にしていくと、気圧の低下に伴って酸素濃度も通常の空気より低濃度になっていく。チャンバ30内の気圧とチャンバ外の気圧との差により開閉ドア62がチャンバ30の出入口に密着し、出入口を閉鎖する。そして、チャンバ30内の気圧を、減圧手段40によって、常圧よりも低圧の所定の低圧に維持する。
【0058】
それに加えて、低酸素濃度調整手段50を稼働させることにより、酸素濃度は、
図1に示す所定の低圧によって定まる酸素濃度よりも、さらに低濃度の所定の低酸素濃度に維持される。本実施例において低圧低酸素システム2は、チャンバ30内の気圧を0.3気圧以上1.0気圧未満に、酸素濃度を1%以上21%未満に調整可能であった。
【0059】
[実施例3]
本実施例では、実施例1の低圧低酸素システム1のチャンバ10内でマウスの飼育を行う。飼育方法は、マウスを、室温、0.7気圧、酸素濃度14~15%のチャンバ10内に8時間滞在させ、次に、チャンバ10からマウスを出して1.0気圧、酸素濃度21%の環境下で16時間過ごさせる。これを5日間繰り返す。5日目の通常環境下での16時間の飼育終了後、マウスの赤血球(RBC)とヘモグロビン(Hb)を測定する。
【0060】
[比較例]
比較例では、マウスをチャンバ10外で1.0気圧、酸素濃度21%で飼育したこと以外は実施例3と同様に飼育を行い、その後、マウスの赤血球(RBC)とヘモグロビン(Hb)を測定する。
【0061】
その結果、マウスの赤血球(RBC)の値は、
図4(a)に示すように、実施例3は1048±24×10
4/μL、比較例は911±25×10
4/μLであった。また、ヘモグロビン(Hb)の値は、
図4(b)に示すように、実施例3は16.1±0.4g/dL、比較例は13.9±0.4g/dLであった。実施例3では、標高3000mに相当する低圧低酸素下でマウスを飼育することで、マウスの赤血球(RBC)とヘモグロビン(Hb)の値が、従来の飼育方法である常圧、通常の酸素濃度で飼育した比較例と比べてそれぞれ1.15倍、1.16倍に増加した。
【0062】
[実施例4]
本実施例では、実施例2の低圧低酸素システム2のチャンバ30内で細胞培養を行う。細胞株は、マウス筋芽細胞株C2C12細胞を使用する。培地には、10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)を用いて、細胞を培養容器32であるシャーレに播種する。チャンバ30内に培養室34として既存の細胞培養装置(外形寸法:W410mm×D402mm×H500mm、内容量:32L)を1台収容し、培養室34内に細胞を播種した培養容器32を配置する。培養は、温度37度、二酸化炭素濃度5%、酸素濃度10%、0.7気圧で行う。48時間培養した後、トリプシン処理を行い、細胞数を測定する。
【0063】
[比較例]
比較例では、チャンバ30外で酸素濃度21%、1.0気圧としたこと以外は実施例4と同様に細胞培養を行い、48時間培養した後、トリプシン処理を行い、細胞数を測定する。
【0064】
その結果、48時間培養後の細胞数は、
図5に示すように、実施例4は5.65±0.58×10
5cell/mL、比較例は4.05±0.48×10
5cell/mLであった。実施例4では、低圧低酸素下で培養することで、細胞数が、従来の培養方法である常圧、通常の酸素濃度で培養した比較例と比べて1.40倍に増加した。なお、酸素濃度を5%としたこと以外は実施例4と同様に細胞培養を行った参考例では、細胞は死滅した。
【0065】
本実施例1~4の低圧低酸素システム1、2は、所望する気圧および所望する酸素濃度に制御された低圧低酸素環境を容易に作り出すことができた。そして、実施例3では、標高3000mに相当する環境下でのマウスの飼育において、赤血球(RBC)とヘモグロビン(Hb)の値が増加するという効果が得られた。また、実施例4では、マウス筋芽細胞株C2C12細胞の培養において、細胞数が増加するという効果が得られ、低圧低酸素システム2により、細胞増殖に適する条件を検討することができた。このため、本発明の細胞培養方法を用いて肉を製造すると、細胞が増殖して細胞数が特定量となるスピードが上がることになるため、肉製造のスピードを上げることができる。
【0066】
本発明はマウスの飼育、細胞培養以外の様々な用途にも利用することができ、その結果、有利な効果が得られる対象物や条件を見いだすことができると考える。また、実施例4では、ゼオライトを含む低酸素濃度調整手段50を用いることにより、低酸素環境での細胞培養にこれまで使用されてきた窒素ガスボンベを準備する必要がなかった。
【0067】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
以上のように、本発明によれば、収容する対象物に応じて、チャンバ内部を所望する気圧および所望する酸素濃度に制御可能な低圧低酸素環境を容易に作ることができる低圧低酸素システム、気圧および酸素濃度調整方法、細胞培養システム、細胞培養方法、肉製造システム、肉製造方法、トレーニングシステム、ならびに、トレーニング方法を提供することができる。