(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023004537
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】歯科切削用ミルブランク及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 6/887 20200101AFI20230110BHJP
A61C 13/15 20060101ALI20230110BHJP
A61C 13/087 20060101ALI20230110BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20230110BHJP
A61K 6/878 20200101ALI20230110BHJP
A61K 6/891 20200101ALI20230110BHJP
A61L 27/16 20060101ALI20230110BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20230110BHJP
A61L 27/02 20060101ALI20230110BHJP
A61L 27/44 20060101ALI20230110BHJP
A61L 27/48 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
A61K6/887
A61C13/15
A61C13/087
A61P1/02
A61K6/878
A61K6/891
A61L27/16
A61L27/18
A61L27/02
A61L27/44
A61L27/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021106287
(22)【出願日】2021-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】飯田 駿太朗
(72)【発明者】
【氏名】永沢 友康
【テーマコード(参考)】
4C081
4C089
【Fターム(参考)】
4C081AB06
4C081BC02
4C081CA081
4C081CA082
4C081CC01
4C081CC05
4C081CF122
4C081DA01
4C081DC13
4C081EA02
4C081EA03
4C081EA05
4C089AA06
4C089BA05
4C089BD02
4C089BD05
4C089BD20
4C089BE03
4C089BE08
4C089CA04
4C089CA09
(57)【要約】
【課題】 盤状又は柱状のハイブリッドレジン成形体からなる被切削部に、切削加工機に取り付ける用の環状保持部材が、接着剤を使用することなく良好に接合している歯科切削用ミルブランク及び該ミルブランクを効率的かつ安定して製造できる方法を提供する。
【解決手段】 非フッ素系重合性単量体からなる重合性単量体を含む硬化性組成物をハイブリッドレジンの原料組成物として用いると共に環状保持部材として、少なくとも内周面及びその近傍が、弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーからなるものを用い、成形型内で前記熱可塑性エラストマーと前記原料組成物とを50℃以上の温度で接触させてから原料組成物を硬化させて両者を一体化する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
盤状又は柱状の被切削部と、当該被切削部を切削加工機に取り付けるための保持部材であって、前記被切削部に環装して固定される環状保持部材と、が接合されて一体化した接合体を有する歯科切削用ミルブランクにおいて、
前記被切削部は、重合性単量体の硬化体からなるレジンマトリックス中に充填材が分散したハイブリッドレジン成形体からなり、
前記重合性単量体は、非フッ素系重合性単量体からなり、
前記環状保持部材は、少なくとも内周面及びその近傍がJIS:K7171-2016に基づく弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの成形体からなり、
前記接合体では、前記被切削部と前記保持部材の内周面とが接着剤材層を介さずに直接接合している、
ことを特徴とする歯科切削用ミルブランク。
【請求項2】
前記非フッ素系重合性単量体が非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体からなり、前記熱可塑性エラストマーのJIS K6253-2012に基づくタイプAデュロメータ硬さが50~90度である、請求項1に記載の歯科切削用ミルブランク。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の歯科切削用ミルブランクを製造する方法であって、
非フッ素系重合性単量体からなる重合性単量体、無機充填材及び重合開始剤を含有する硬化性組成物からなる前記ハイブリッドレジンの原料組成物を準備する原料組成物準備工程:
前記被切削部の形状に対応する筒状の第1キャビティー部と前記環状保持部材の形状に対応する環状の第2キャビティー部とを有し、これらキャビティー部が前記接合体の形状に対応するように配置されると共に、前記第2キャビティー部の内周側が前記第1キャビティー部と連通している成形用キャビティーを形成し得る成形型を準備する成形型準備工程;
前記成形型の第2キャビティー部内に前記環状保持部材を配置すると共に前記第1キャビティー部内に前記原料組成物を充填する、配置・充填工程;
前記第1キャビティー部内に充填された前記原料組成物を、50℃~前記熱可塑性エラストマーの融点未満範囲内の温度に、加熱し、前記温度範囲内の温度に維持された前記原料組成物を前記保持部材の内周面に接触させる加熱工程;及び
前記熱処理工程の最中又は後に、前記第1キャビティー部内の前記原料組成物を重合硬化させる硬化工程;
を含んでなることを特徴とする、前記歯科切削用ミルブランクの製造方法。
【請求項4】
前記原料組成物に含まれる重合性単量体が、(メタ)アクリル基を有するラジカル重合性単量体である、請求項3に記載の歯科切削用ミルブランクの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科切削用ミルブランク及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療に用いられる歯科用補綴物には、金や銀、パラジウム合金等の金属材料から鋳造により成形されるものの他に、ジルコニア等のセラミックスやチタン、レジンマトリックス中に無機充填材が高密度で分散された複合材料であるハイブリッドレジン等で形成された加工用ブロックに対して切削や研磨等の機械加工を施して、所望の形状に形成したものが使用されている。
【0003】
後者の機械加工に関しては、近年のデジタル画像技術やコンピュータ処理技術等の発達により、口腔内の撮影画像から、コンピュータ支援設計(CAD:Computer Adid Design)及びコンピュータ支援製造(CAM:Computer Aided Manufacturing)技術によるCAD/CAM装置を用いて、加工用ブロックに切削加工を施して歯科用補綴物を加工するCAD/CAMシステムが多用されるようになってきている(特許文献1参照)。このような加工用ブロックは、歯科用CAD/CAMブロック或いはミルブランクなどと称されるものであり、CAD/CAMシステムにおける切削加工機に取り付け可能にされた被切削部と、これを切削加工機に取り付け可能にするための保持部と、を有する。そして、被切削部としては、直方体や円柱の形状に成形された(ソリッド)ブロック又は板状若しくは盤状に形成された(ソリッド)ディスク等が一般的に知られており、被切削部がハイブリッドレジンからなる加工用ブロック(以下、「ハイブリッドレジン系ミルブランク」とも言う。)も知られている。
【0004】
盤上、特に円盤状(或いは円柱状)の形状をしている加工用ブロック(CAD/CAM加工用ディスク等と称される場合がある。)は、複数の歯科用補綴物を加工する場合や、複数本の歯に亘って形成される大型となる歯科用補綴物を加工する場合に適している。そして、円盤状(或いは円柱状)のミルブランクにおける保持部は、通常、前記被切削部に環装して固定される環状のもの(環状保持部材)が一般的である(特許文献2及び3参照)。ハイブリッドレジン系ミルブランクにおいて、このような環状保持部材を有するもの(以下、「環状保持部付HR系ブランク」)とも言う。)では、接着剤等で被切削部に接合したものが多いが、その場合には、切削加工時にミルブランク部に加わる応力によって接合部において破断することがあるため、接着剤を用いない接合方法が提案されている。
【0005】
例えば特許文献2には、「無機充填材の成形体(A)と重合性単量体を含む組成物(B)とを鋳型内において接触させて前記成形体(A)に前記組成物(B)を含浸させる工程(I)と、前記成形体(A)を収容した前記鋳型内において前記重合性単量体を重合させる工程(II)と、を含み、前記鋳型が、前記成形体(A)を収容する収容空間と前記収容空間に連通する付属空間とを有し、前記工程(I)において、前記組成物(B)を前記収容空間及び前記付属空間に導入して、前記収容空間において前記組成物(B)を前記成形体(A)に含浸させると共に、前記付属空間において前記組成物(B)を前記無機充填材が実質的に含まれない状態に保持し、前記工程(II)において、前記収容空間及び前記付属空間に導入された前記組成物(B)に含まれる前記重合性単量体を重合させて、前記無機充填材と前記重合性単量体単位を有する重合体とを含むミルブランク部と、前記ミルブランク部から突出し、かつ前記無機充填材を実質的に含まず前記重合体を含む支持部とを一体として形成する、歯科用ミルブランクの製造方法」が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、「被加工体を準備する工程と、リング形状を有する保持部材を準備する工程と、前記保持部材を加熱して膨張させる工程と、前記保持部材のリングに前記被加工体をはめ込む工程と、前記保持部材を冷却して収縮させて、前記被加工体の外周部に前記保持部材を取り付ける工程と、を含み、前記保持部材は、前記外周部に沿って連続的に配される、被加工ユニットの製造方法」が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2016-535610号公報
【特許文献2】特開2017-109036号公報
【特許文献3】特開2020-179225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2に開示されている歯科用ミルブランクの製造方法では、被切削部と環状保持部材が一体化した接合体を得る前に、予め別途無機充填材をプレス成型等により所定の形状に成形する必要があるばかりでなく、含浸工程において減圧下で長時間放置する必要があるため簡便さに欠けるという課題がある。
【0009】
また、特許文献3に開示されている被加工ユニットの製造方法では、所定の位置に保持部材を取り付けるために、被加工体の成形・加工を行って、その外周部に嵌合のための位置決め部を設ける必要があるため、やはり工程が煩雑であった。また、被加工体が円盤状で、さらに位置決め部が単純な(円周に沿った)直線状の凹溝である場合には、被加工体を構成するハイブリッドレジンの表面と環状保持部材との間で、周に沿った方向で滑りが生じることがある。
【0010】
そこで、本発明は、接着剤を使用していない環状保持部付HR系ブランクを提供すると共に、予め無機充填材成形体や被加工体(被切削部)の成形・加工を行うことなく、被切削部の成形と環状保持部材との一体化を同時に行って環状保持部付HR系ブランクを製造することができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、盤状又は柱状の被切削部と、当該被切削部を切削加工機に取り付けるための保持部材であって、前記被切削部に環装して固定される環状保持部材と、が接合されて一体化した接合体を有する歯科切削用ミルブランクにおいて、前記被切削部は、重合性単量体の硬化体からなるレジンマトリックス中に充填材が分散したハイブリッドレジン成形体からなり、前記重合性単量体は、非フッ素系重合性単量体からなり、前記環状保持部材は、少なくとも内周面及びその近傍がJIS:K7171-2016に基づく弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの成形体からなり、前記接合体では、前記被切削部と前記保持部材の内周面とが接着剤材層を介さずに直接接合している、ことを特徴とする歯科切削用ミルブランクである。
【0012】
上記形態の歯科切削用ミルブランク(以下、「本発明のミルブランク」とも言う。)においては、前記非フッ素系重合性単量体が非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体からなり、前記熱可塑性エラストマーのJIS K6253-2012に基づくタイプAデュロメータ硬さが50~90度である、ことが好ましい。
【0013】
また、本発明の第二の形態は、本発明のミルブランクを製造する方法であって、非フッ素系重合性単量体からなる重合性単量体、無機充填材及び重合開始剤を含有する硬化性組成物からなる前記ハイブリッドレジンの原料組成物を準備する原料組成物準備工程:
前記被切削部の形状に対応する筒状の第1キャビティー部と前記環状保持部材の形状に対応する環状の第2キャビティー部とを有し、これらキャビティー部が前記接合体の形状に対応するように配置されると共に、前記第2キャビティー部の内周側が前記第1キャビティー部と連通している成形用キャビティーを形成し得る成形型を準備する成形型準備工程;
前記成形型の第2キャビティー部内に前記環状保持部材を配置すると共に前記第1キャビティー部内に前記原料組成物を充填する、配置・充填工程;
前記第1キャビティー部内に充填された前記原料組成物を、50℃~前記熱可塑性エラストマーの融点未満範囲内の温度に、加熱し、前記温度範囲内の温度に維持された前記原料組成物を前記保持部材の内周面に接触させる加熱工程;及び
前記熱処理工程の最中又は後に前記第1キャビティー部内の前記原料組成物を重合硬化させる硬化工程;を含んでなることを特徴とする、前記歯科切削用ミルブランクの製造方法である。
【0014】
上記形態の歯科切削用ミルブランクの製造方法(以下、「本発明の製造方法」ともいう。)においては、前記原料組成物に含まれる重合性単量体が、(メタ)アクリル基を有するラジカル重合性単量体である、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、接着剤を使用することなく、ハイブリッドレジンからなる被切削部の外周部の所定の位置に環状保持部材が強固に接合された歯科切削用ミルブランクが提供されるばかりでなく、このような優れた特長を有する本発明のミルブランクを効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一例を示した歯科切削用ミルブランクの3面図である。
【
図2】本発明の歯科切削用ミルブランクを製造するための、蓋をした状態の成形型の一例を示す断面図である。
【
図3】
図2に示す成形型の第2キャビティー内に環状保持部材を配置すると共に第1キャビティー内にハイブリッドレジンの原料組成物を充填した状態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
ハイブリッドレジン系ミルブランクの被切削部は、通常、ハイブリッドレジンの原料となる重合硬化性組成物を用いて注型重合することによって製造される。したがって、環状保持部付HR系ブランクを製造する際に、環状保持部材も被切削部と同じハイブリッドレジンで構成し、成型型として保持物が接合した最終形状に対応するキャビティーを有する型を用いて注型重合を行えば、前記課題は解決できると考えられるが、前記重合硬化性組成物は高価であり、環状保持部材は歯科切削用ミルブランクの使用後に廃棄されるため。経済的ではなく、また、切削加工機に取り付ける際の締め付け具合などよっては破損する危険性もある。
【0018】
そこで、本発明者らは、前記課題を解決する方法として、安価で破損の危険性が少ない材料で予め作製した環状保持部材を型内に配置してから前記重合硬化性組成物を型内に充填し、重合硬化させる所謂インサート成形を行うことを着想し、検討を行った。すなわち、先ず、ステンレス(SUS)のような金属製の環状保持部材について上記方法を試みたところ、十分な接着強度を得ることができなかった。そこで、レジン材料との親和性が高いと考えられる樹脂製の環状保持部材について検討を行ったところ、熱可塑性エラストマー製の環状保持部材を用いて熱重合を行った場合には高い接着性が得られる場合があることを見出した。そして、このような効果が得られる材料や製造条件について更に検討を行った結果、特定の熱可塑性エラストマーを用い特定の温度範囲で熱処理を行って重合硬化させ場合に良好な接着性を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0019】
本発明の歯科切削用ミルブランクによれば、前記したような効果を得ることができる。このような効果が得られる機構は必ずしも明らかではなく、また、本発明は何ら論理に拘束されるものではないが、熱可塑性樹脂製の環状保持部材を用いた場合であっても、結晶性熱可塑性樹脂からなるものを用いた場合には十分な接着強度が得られ難いこと、非晶質性熱可塑性樹脂を用いた場合には、加熱処理時に環状保持部材の変形が起こることがあることから、次のようなものであると推定している。すなわち、加熱工程において、熱可塑性エラストマーと重合硬化性組成物とを加熱下で接触さることにより熱可塑性エラストマーのソフトセグメント或いは非晶質部の分子振動によって接触面近傍領域(表面近傍の極めて薄い領域であると思われる。)のソフトセグメント或いは非晶質部に重合硬化性組成物の重合性単量体の中で親和性が高いものが浸透し、これが重合することにより、ミクロな分子鎖の絡み合い(相互侵入高分子網目:IPNなど)や嵌合構造等が導入されたことにより接着強度が高くなったものと推定している。そして、加熱工程における温度では、熱可塑性エラストマーの結晶質部分は影響を受けないため、変形などが起こり難くなっていると考えられる。
【0020】
以下、本発明の歯科切削用ミルブランク及び本発明の製造方法について詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0021】
1.本発明の歯科切削用ミルブランク
本発明の歯科切削用ミルブランクは、環状保持部付HR系ブランクに該当するものであり、被切削部が重合性単量体の硬化体からなるレジンマトリックス中に充填材が分散した、盤状又は柱状ハイブリッドレジン成形体と、環状保持部材と、を有し、前記被切削部の側面外周に環状保持部材が固定された(被切削部に環状保持部材が環装して固定された)接合体となっている。
【0022】
ここで、被切削部は、形状及び大きさは、盤状又は柱状であれば特に限定されないが、切削加工装置の規格等から、直径が60~150mm、好ましくは80~120mmで、厚さが8~20mm、好ましくは12~16mmの円盤状(円柱状)であることが好ましい。
【0023】
また、環状保持部材の形状は、その貫通孔(又は開口部)の形状が被切削部の底面形状(或いは底面に対して水平な断面形状)と同一で、被切削部の側面外周に環装して固定できるものであればよいが、通常、環状保持部材の高さ(厚み)は、被切削部の高さ(厚み)の1/3以上被切削部の厚さ以下、好ましくは1/5~1/2であり、鍔部の径方向の幅は5~20mm程度である。
【0024】
このような環状保持部付HR系ブランクは、一般的なものであり、既に実用化されているが、本発明の歯科切削用ミルブランクは、(1)前記重合性単量体が、非フッ素系重合性単量体、好ましくは、非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体からなる点、(2)前記環状保持部材は、少なくとも内周面及びその近傍がJIS:K7171-2016に基づく弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの成形体からなる点、そして、(3)前記接合体では、前記被切削部と前記保持部材の内周面とが接着剤材層を介さずに直接接合している点、に特徴を有している。
図1に代表的な本発明の歯科切削用ミルブランク1を示すが、該歯科切削用ミルブランク1では、円盤状(円柱状)の被切削部2の側面外周に開口部が外周及び内周が同心円であるリング状の板状体からなる環状保持部材3が環装して固定された接合体では、接着剤を介さずに被切削部と前記保持部材とが直接接合している。
【0025】
上記特徴(3)は、接着剤を使用しないという本発明の目的を反映するものであり、前記特徴点(1)及び(2)に示される条件を満足した結果、実現可能のとなったものである。そこで、以下、前記特徴点(1)及び(2)について説明する。
【0026】
1-1.特徴点(1)について
本発明の歯科切削用ミルブランクでは、その被切削部となるハイブリッドレジン成型体のレジンマトリックスの原料となる重合性単量体(モノマー)として、非フッ素系重合性単量体を使用する必要がある。ここで非フッ素系とは、モノマー分子の主鎖を構成する炭素原子にフッ素原子や、フッ素化アルキルのようなフッ素原子を有する置換基が結合していないことを意味する。非フッ素系重合性単量体としては、非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体が好ましい。非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体としては、従来のハイブリッドレジン系ミルブランクで使用されているものが特に制限なく使用できるが、非フッ素系ラジカル重合性単量体としては、非フッ素系(メタ)アクリレート化合物が好適に使用され、非フッ素系カチオン重合性単量体としては、非フッ素系のエポキシ化合物及びオキセタン化合物が好適に使用される。
【0027】
好適に使用される非フッ素系(メタ)アクリレート化合物としては、例えばトリエチレングリコールジメタクリレート、ネオペンチルグリコールジメタクリレート、2,2-ビス(メタクリロイルオキシフェニル)プロパン、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン、1,6-ヘキサンジオールジメタクリレート等のを挙げることができ、好適に使用される非フッ素系エポキシ化合物及びオキセタン化合物としては、夫々1,2-エポキシプロパン、1,3-ブタジエンジオキサイド、グリセロールトリグリシジルエーテル等、並びに3,3-ビスクロロメチルオキセタン、3-エチル-(3-ヒドロキシメチル)オキセタン、3,3-ビス(ヒドロキシメチル)オキセタン等といった公知の化合物を挙げることができる。
【0028】
接着性の観点からは、非フッ素系重合性単量に占める非フッ素系ラジカル重合性単量体の割合は高いほうが好ましい。
【0029】
1-2.特徴点(2)について
本発明の歯科切削用ミルブランクでは、その環状保持部材は、少なくとも被切削部と接する内周面及びその近傍がJIS:K7171-2016に基づく弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの成形体からなる必要がある。ここで、少なくとも内周面及びその近傍が上記熱可塑性エラストマーの成形体からなるとは、前記した注型重合(本発明の製造方法における配置・充填工程及び加熱工程)において上記重合性単量体(モノマー)と接触する接触面からある一定の厚さ、好ましくは0.5mm以上、好ましくは2mm以上、が上記熱可塑性エラストマーの成形体からなることを意味する。このような条件を満足すれば、環状保持部材の全体を上記熱可塑性エラストマーの成形体で構成しても良く、また、例えば金属材料、エンジニアリングプラスチック、ガラス繊維やフィラー等で強化された熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂等の高強度材料で構成された環状の体の内周面及びその近傍のみを上記熱可塑性エラストマーの成形体で構成しても良い。このとき、内周面の全面を上記熱可塑性エラストマーで構成する必要はないが、上記熱可塑性エラストマーで構成される内壁面は周全体に亘って途切れることなく、全内壁面の80%以上、特に90%以上は上記熱可塑性エラストマーで構成することが好ましく、全面を上記熱可塑性エラストマーで構成することが最も好ましい。
【0030】
本発明において、熱可塑性エラストマーとは、JIS K6418で定義されているように、使用温度では加硫ゴムと同様の性質をもつが、高温では熱可塑性樹脂と同様に成形又は再成形することができるポリマー又はポリマーブレンド物であり、オレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)、アミド系熱可塑性エラストマー(TPA)、エステル系熱可性エラストマー(TPC)、スチレン系熱可塑性エラストマー(TPS)、ウレタン系熱可塑性エラストマー(TPU)及びこれらの混合物が使用できるが、効果の観点からオレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)、特に、ポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)をハードセグメントとし、エチレン-プロピレンゴムをソフトセグメントとするオレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)を用いることが好ましい。
【0031】
また、本発明で使用する熱可塑性エラストマーは、保持部材が変形することなく被切削部を固定できるという理由から、そのJIS:K7171-2016に基づく弾性率は、300~2000MPaである必要がある。上記弾性率が300MPa未満の場合には、加工装置に歯科切削用ミルブランクを固定した場合に、加工時に掛かる荷重により保持部材が変形し加工ズレが生じ、2000MPaを越える場合には、良好な接着強度を得ることができない。被切削部との接着強度及び使用時における(切削)加工の精密性確保という観点から上記弾性率は、400~1200MPaであることが好ましく、450~800MPaであることが特に好ましい。
【0032】
また、同様の理由から、本発明で使用する熱可塑性エラストマーのJIS K6253-2012に準拠したデュロメータ硬さ試験(タイプA)における硬さは、50~90度であることが好ましく、70~90であることがさらに好ましい。
【0033】
なお、本明細書において、JIS:K7171-2016に基づく弾性率とは、射出成型により得られた樹脂をダイヤモンドカッターを用いて寸法80×10×t4mmの板状の試験片を作製し、試験機(島津製作所製、オートグラフAG5000D)を用いて試験速度5mm/分の条件での試験により決定される弾性率(Mpa)を意味する。
【0034】
また、JIS :K6253-2012に基づくデュロメータ硬さとは、前記弾性率用試験片と同様に射出成型により得られた樹脂をダイヤモンドカッターを用いて30mm×25mm×t5mmの板状の試験片を作製し、デュロメータ硬度計タイプA GS-619R-G(株式会社テクロック製)を用いた試験により決定される硬さを意味する。
【0035】
環状保持部材は、使用する熱可塑性エラストマーの種類に応じて、プレス成形、射出成形、又は押出成形等の成形方法で所望の形状に成形すればよい。たとえば、内周部のみを熱可塑性エラストマーとし、残部を金属などの他の材料で構成する場合には、金型内に他の材料で構成された部材を配してこれら成形法を適用するインサート成形が好適に採用できる。なお、環状保持部材の視認可能な位置に、印字、刻印、シール等によって、文字やバーコード等の記号で情報を設けることができる。情報には、例えば、ロット番号、色調(シェード)、収縮率(割り掛け)、上下の区別等が含まれる。
【0036】
2.本発明の製造方法
本発明の歯科切削用ミルブランクは、夫々以下に示す、原料組成物準備工程、成形型準備工程、配置・充填工程、加熱工程;及び硬化工程を有する本発明の製造方法により、好適に製造することができる。
【0037】
原料組成物準備工程: 非フッ素系重合性単量体、好ましくは非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体からなる重合性単量体、無機充填材及び重合開始剤を含有する硬化性組成物からなる前記ハイブリッドレジンの原料組成物を準備する工程。
成形型準備工程: 前記被切削部の形状に対応する筒状の第1キャビティー部と前記環状保持部材の形状に対応する環状の第2キャビティー部とを有し、これらキャビティー部が前記接合体の形状に対応するように配置されると共に、前記第2キャビティー部の内周側が前記第1キャビティー部と連通している成形用キャビティーを形成し得る成形型を準備する工程。
配置・充填工程: 前記成形型の第2キャビティー部内に前記環状保持部材、すなわち、少なくとも内周面及びその近傍がJIS:K7171-2016に基づく弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの成形体からなる環状保持部材、を配置すると共に前記第1キャビティー部内に前記原料組成物を充填する工程。
加熱工程: 前記第1キャビティー部内に充填された前記原料組成物を、50℃~前記熱可塑性エラストマーの融点未満範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内の温度に維持された前記原料組成物を前記保持部材の内周面に接触させる工程。
硬化工程: 前記熱処理工程の最中又は後に前記第1キャビティー部内の前記原料組成物を重合硬化させる工程。
【0038】
以下、これら各工程について詳しく説明する。
【0039】
2-1.原料組成物準備工程
原料組成物準備工程では、非フッ素系重合性単量体、好ましくは非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体からなるモノマー、無機充填材及び重合開始剤を含有する硬化性組成物からなる前記ハイブリッドレジンの原料組成物を準備する。ここで、非フッ素系ラジカル重合性単量体及び/又は非フッ素系カチオン重合性単量体は、前1-1項でレジンマトリックスの原料となるモノマーとして既に説明したとおりである。
【0040】
充填材は、主に、被切削部となるハイブリッドレジン成形体の物性(強度、弾性率、靱性など)を調整したり色調や透明性を調整したりする目的で配合される。充填材としては、従来のハイブリッドレジン系ミルブランクで使用される無機フィラー、有機無機複合フィラー、樹脂フィラーが特に制限なく使用できるが、高強度化や審美性の観点から、シリカ-ジルコニア、シリカ-チタニア-酸化バリウム、シリカ-チタニア-ジルコニア等の無機フィラー及び/又はこれら無機フィラーと(メタ)アクリル系樹脂とが複合化した有機無機複合フィラーが好適に使用される。なお、これら無機フィラーはシランカップリング材等で表面処理されていることが好ましい。充填材の形状は、目的とする性質となるように適宜選択できる。一般的に、不定形状あるいは球形状のものが挙げられ、球形状である場合は、耐摩耗性、表面滑沢性、光沢持続性に優れた樹脂系硬化性複合材料の硬化体が得られる。不定形の場合は、滑沢性が劣るが高強度になる。これら充填材の平均粒子径は、特に制限されないものの、0.001μm以上3μm以下であることが好ましく、0.01μm以上であることで、耐摩耗性、表面滑沢性、光沢持続性が向上するため、より好ましい。原料組成物に含まれる充填材の配合量は、通常、重合性単量体100質量部に対して50~1000質量、好ましくは300~800質量部である。
【0041】
重合開始剤は、用いる重合性単量体によって適したものを適宜使用することができる。非フッ素系ラジカル重合性単量体を使用する場合には、取り扱いの点から、熱ラジカル重合開始剤及び/又は光ラジカル重合開始剤が好適に使用される。また、非フッ素系カチオン重合性単量体を用いる場合には、熱酸発生剤及び/又は光酸発生剤が好適に使用される。加熱工程と硬化工程とを同時に行うこともできるという理由からは、50℃~前記熱可塑性エラストマーの融点未満範囲内の温度で機能する熱重合開始剤、具体的には、熱ラジカル重合開始剤及び/又は熱酸発生剤を使用することが好ましい。
【0042】
好適に使用できる熱ラジカル重合開始剤としては、例えば、ベンゾイルパーオキサイド、p-クロロベンゾイルパーオキサイド、tert-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、tert-ブチルパーオキシジカーボネート、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート等の過酸化物、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物、トリブチルボラン、トリブチルボラン部分酸化物、テトラフェニルホウ酸ナトリウム、テトラキス(p-フロルオロフェニル)ホウ酸ナトリウム、テトラフェニルホウ酸トリエタノールアミン塩等のホウ素化合物、5-ブチルバルビツール酸、1-ベンジル-5-フェニルバルビツール酸等のバルビツール酸類、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム、p-トルエンスルフィン酸ナトリウム等のスルフィン酸塩類等が挙げられる。高い強度の硬化体が得られることから、ベンゾイルパーオキサイド等の過酸化物を挙げることができる。
【0043】
好適に使用できる光ラジカル重合開始剤としては、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテルなどのベンゾインアルキルエーテル類、ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタールなどのベンジルケタール類、ベンゾフェノン、4,4’-ジメチルベンゾフェノン、4-メタクリロキシベンゾフェノンなどのベンゾフェノン類、ジアセチル、2,3-ペンタジオンベンジル、カンファーキノン、9,10-フェナントラキノン、9,10-アントラキノンなどのα-ジケトン類、2,4-ジエトキシチオキサンソン、2-クロロチオキサンソン、メチルチオキサンソン等のチオキサンソン化合物、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-2,5-ジメチルフェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-4-プロピルフェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-1-ナフチルホスフィンオキサイド、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)-フェニルホスフィンオキサイドなどのアシルホスフィンオキサイド類等を挙げることができる。
【0044】
好適に使用できる熱酸発生剤としては、例えば、アリールスルホニウム塩、アリールヨードニウム塩、アレン-イオン錯体、第4級アンモニウム塩、アルミニウムキレート、三フッ化ホウ素アミン錯体等を挙げることができる。
【0045】
好適に使用できる光酸発生剤としては、例えば、ジアリールヨードニウム塩系化合物、スルホニウム塩系化合物、スルホン酸エステル化合物、およびハロメチル置換-S-トリアジン有導体等を挙げることができる。
【0046】
前記重合開始剤の配合量は、通常、重合性単量体100質量部に対して0.01~10質量部ある。
【0047】
原料組成物には、必要に応じて任意成分を加えても良い。例えば、重合禁止剤、連鎖移動剤、蛍光剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、顔料、抗菌剤、X線造影剤などが挙げられるが、これらによらず歯科用ブランクとして公知の添加材を目的に応じて添加すれば良い。
【0048】
前記原料組成物は、所定量の各成分をミキサーなどの混合(混錬)装置を用いて混合・混錬することにより調製造することができる。混錬中又は混錬後に脱泡処理を行うことが好ましい。
【0049】
2-2.成形型準備工程
図2に示される成形型10を用いて
図1に示した本発明の歯科切削用ミルブランク1を製造する場合を例に、本工程について説明する。
図2に示される成形型10は、前記被切削部2の形状に対応する筒状の第1キャビティー部21と前記環状保持部材3の形状に対応する環状の第2キャビティー部22とを有し、これらキャビティー部が前記接合体の形状に対応するように配置されると共に、前記第2キャビティー部22の内周側が前記第1キャビティー部21と連通している成形用キャビティー20を形成し得る成形型である。上記成形型10は、配置・充填工程における環状保持部材3のセッティングのし易さを考慮して3つのパーツから構成されている。すなわち、歯科切削用ミルブランク1を平面上に載置したときに環状保持部材3の上面より下側の形状に対応するキャビティー(第1キャビティー部21を、該上面を境に上側の部分と下側の部分に分けた時の下側の部分と第2キャビティー部22とが結合した形状のキャビティー)を有する、有底の成形型本体30と、環状保持部材3の上面より下側の形状に対応するキャビティーを形成するためのリング状のスペーサー部40と、平板状の蓋部50との3つのパーツからなり。これらを組み合わせることにより成形型10が形成されるようになっている。
【0050】
成形型の材質としては、成形用型枠材料として一般的な材質を選択することが出来るが、後述の加熱工程における温度条件や、重合性単量体の接触によって劣化しない材質であることが好ましい。例えば、前記熱可塑性エラストマーの融点以上の耐熱性を有する各種汎用プラスチックや、エンジニアリングプラスチック、金属、シリコーンやフッ素系ゴム、ガラス、セラミック等の材料が使用できる。型枠の成形のしやすさや、型抜き時の抜きやすさ、型の耐久性という観点からは、エンジニアリングプラスチックや金属、ゴム製の型が好適に使用できる。後述の工程で、光重合開始剤を用いる場合は、型の少なくとも一部分に、用いる開始剤に対応した波長の光透過性を有する材料を使用することが好ましい。また、開始剤とは関係なく可視光透明な材料を用いれば、工程内で型内部の状態確認が可能となる。
【0051】
2-3.成形型準備工程
配置・充填工程では、前記成形型の第2キャビティー部22内に「少なくとも内周面及びその近傍がJIS:K7171-2016に基づく弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの成形体からなる環状保持部材3、を配置すると共に前記第1キャビティー部21内に前記原料組成物を充填する。具体的には、先ず、成形型本体30の第2キャビティー部22の下面上に環状保持部材3を載置して配置した後に、環状保持部材3の上面上にスペーサー部40を載置し、その後、形成された第1キャビティー部21内に前記原料組成物を充填する。原料組成物の充填は、原料の流動性に応じて押し出しや流し込みといった方法を適宜選択すればよく、ディスペンサー装置を用いて自動で行っても良いし、シリンジ等を用いて手動で行っても良い。この際、単一ではなく、2種以上の複数の色調や組成の異なる原料組成物を順次充填することで、被切削部の厚み方向に数色の色や物性が積層された設計とすることも可能である。
【0052】
2-4.加熱工程
加熱工程では、環状保持部材3の内周面及びその近傍を構成する前記熱可塑性エラストマーの外表面の分子振動を増幅させ、原料組成物中のモノマー成分が浸透し易くするために、前記第1キャビティー部21内に充填された前記原料組成物を、50℃~前記熱可塑性エラストマーの融点未満範囲内の温度に加熱し、前記温度範囲内の温度に維持された前記原料組成物を前記保持部材3の内周面に接触させる。なお、前記弾性率が300~2000MPaである熱可塑性エラストマーの融点は、通常70~170℃の範囲内である。接着力向上効果及び熱可塑性エラストマーの変形防止の観点から、加熱温度の下限温度は、60℃、特に75℃であることが好ましく、上限温度は上記融点より、20℃低い温度、特に融点より30℃低い温度であることが好ましい。このような温度で両者を接触させる時間は、通常1~48時間であれば効果が得られるが、効果及び効率性の観点から2~24時間、特に5~20時間とすることが好ましい。
【0053】
加熱工程は、酸素が存在しない状況下で行うことが好まく、このため、前記原料組成物充填後、蓋部50をセットする前に系内を窒素置換するか又は、減圧下として空気を排除した状態とすることが好ましい。また、前記浸透を促進するという観点から窒素雰囲気下で加圧しても良い。このときの圧力は、通常0.00~1MPa程度である。1MPaよりも高い圧力による運用の場合は専用の耐圧設備が必要となるが、より短時間で含浸させるために有用である。
【0054】
2-5.硬化工程
硬化工程では、前記熱処理工程の最中又は後に前記第1キャビティー部21内の前記原料組成物を重合硬化させる。重合硬化させる方法は、前記原料組成物に含まれる重合開始剤の種類に応じて適宜決定される。重合開始剤として熱重合開始剤や熱酸発生材を使用する場合には、前記加熱工程の加熱温度として重合が進行するような温度を設定し、加熱工程と硬化工程とを同時に行うようにしても良い。光重合開始剤及び/または光酸発生剤を用いた場合には加熱工程の最中または後に該光重合開始剤及び/または光酸発生剤を活性化する光を照射して原料組成物を重合硬化すればよい。
【0055】
熱ラジカル重合開始剤、熱酸発生剤を用い、重合が進行する温度で加熱工程を実施することにより、前記原料組成物は硬化してハイブリッドレジン成型体となり被切削部2となると同時に、熱可塑性エラストマー中に浸透したモノマーも重合し、被切削部2と環状保持部材3が良好に接合して固定された接合体4を得ることができる。光ラジカル重合開始剤及び/または光酸発生剤を用いた場合は、加熱と同時に光を照射するか、加熱工程でモノマーを含浸させた後に光硬化させることで、前記同様に被切削部2と環状保持部材3が良好に接合して固定された接合体4を得ることができる。
【0056】
上記の工程の後、必要に応じて成形型を冷却して、得られた接合体4を成形型10から取り出し、必要に応じて表面の研磨等の仕上げを行って、本発明の歯科切削用ミルブランク1)が製造される。
【実施例0057】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。実施例および比較例において用いられる材料、試験方法等を以下に示す。
【0058】
1.原材料
実施例及び比較例において原料組成物に使用した各種化合物とその略号及び環状保持部材として使用した各種材料とその略号を以下に示す。
【0059】
(1)重合性単量体
〔非フッ素系重合性単量体〕
非フッ素系ラジカル重合性単量体
・UDMA:1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
・HD:1,6-ヘキサンジオールジメタクリレート
・NPG:ネオペンチルグリコールジメタクリレート
非フッ素系カチオン重合性単量体
・BCMO:3,3-ビスクロロメチルオキセタン
〔フッ素系ラジカル重合性単量体〕
・NFH:3,3,4,4,5,5,6,6,6-ノナフルオロ-1-ヘキセン。
【0060】
(2)充填材
〔無機フィラー〕
・F1: 平均粒径0.3μmの球状シリカジルコニアのγ-メタクリロイロキシプロピルトリメトキシシラン処理物
〔有機無機複合フィラー〕
・F2:F1:100質量部、UDMA:25質量部及び熱重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN):0.5質量部の硬化性組成物の硬化体を粉砕したもの(平均粒径30μm)。
【0061】
(3)熱重合開始剤
熱ラジカル重合開始剤
・BPO:ベンゾイルパーオキサイド
熱酸発生剤
・DPMSTFB: ジフェニルメチルスルホン酸テトラフルオロボレート。
【0062】
(4)樹脂材料
〔熱可塑性エラストマー〕
弾性率が300~2000MPaのもの
・TPO1:ハードセグメント:ポリプロピレン(PP)、ソフトセグメント:オレフィン系ゴム(ETP)のポリオレフィン系熱可塑性エラストマー(三井化学社製ミラストマー(登録商標)6010NST、融点:160℃、弾性率:500MPa、タイプAデュロメータ硬さ:70度)
・TPO2:ハードセグメント:ポリプロピレン(PP)、ソフトセグメント:オレフィン系ゴム(ETP)のポリオレフィン系熱可塑性エラストマー(三井化学社製ミラストマー(登録商標)W600NS、融点:150℃、弾性率:340MPa、タイプAデュロメータ硬さ:60度)
・TPO3:ハードセグメント:ポリプロピレン(PP)、ソフトセグメント:オレフィン系ゴム(ETP)のポリオレフィン系熱可塑性エラストマー(三井化学社製タフマー(登録商標)DF110、融点:94℃、弾性率:460MPa、タイプAデュロメータ硬さ:96度)。
【0063】
弾性率が300MPa未満のもの
・TPO4:ハードセグメント:ポリプロピレン(PP)、ソフトセグメント:オレフィン系ゴム(ETP)のポリオレフィン系熱可塑性エラストマー(三井化学社製ミラストマー(登録商標)4010NS、融点:100℃、弾性率:200MPa、タイプAデュロメータ硬さ:46度)。
【0064】
〔結晶性熱可塑性樹脂〕
・PP:ポリプロピレン(日本ポリプロ社製ノバテック(登録商標)PP MA3、弾性率:1500MPa)
・LDPE:低密度ポリエチレン(ENEOS NUC社製NUC-8321、融点:112℃、弾性率:350MPa、タイプAデュロメータ硬さ:50度)。
【0065】
〔非晶性熱可塑性樹脂〕
・EVA:エチレン酢酸ビニル共重合体(東ソー社製ウルトラセン625(登録商標)、弾性率:50MPa、タイプAデュロメータ硬さ:94度)。
【0066】
〔金属〕
・SUS:ステンレス鋼。
【0067】
なお、各樹脂の融点及びガラス転移点はカタログ値であり、弾性率及びタイプAデュロメータ硬さは、同一の成形方法により作製試料について、「1-2.特徴点(2)について」で説明した方法により測定した値である。
【0068】
2.原料組成物の調製
表1に示した組成に従い、各成分を混合し、その後、得られた混合物を容器に入れ減圧下で脱泡して、原料組成物となる硬化性組成物A~Gを調製した。
【0069】
【0070】
3.環状保持部材の作製
樹脂材料を用いた場合は、プレス成型により、SUSを用いた場合に切削加工により、内周と外周との距離(幅)は、2.5mmであり、厚み12mm、環状部分面積3850cm2(環状部分の半径35mm)のである表2に示す材料で環状保持部材を作製した。
【0071】
4.実施例1~21及び比較例1~6
SUS製の
図2に示す形状の成形型を準備した。なお、該成形型における第1キャビティー部は直径70mm、深さ(高さ)15mmの円筒状であり、第2キャビティー部は、その中心高さ(厚さの1/2の地点の高さ)が、第1キャビティー部の中心高さ(全高の1/2の地点の高さ)と一致するように設けられている。
【0072】
次に、各例において、夫々表2に示す材質の環状保持部材を、容器内に配置した成形型の底部における第2キャビティー部内に設置し、環状保持部材の上面上にスペーサー部を配置してから、夫々表2に示す原料組成物を第1キャビティー部に充填した。その後、前記容器内を窒素雰囲気下としてから蓋部を配置した(蓋をした)。
【0073】
蓋をした前記成形型をSUS製の耐圧容器内に移し、加熱して表2に示す温度に15時間保持して加熱工程及び硬化工程を同時に行った。
【0074】
加熱後、放冷して成形型が室温まで戻った後、成形型から歯科切削用ミルブランクを取り出し、以下に示す方法で接着性の評価を行った。
【0075】
すなわち、作製した歯科切削用ミルブランクから保持部材と被切削部の接着面積が28mm2、保持部材と被切削部の厚みが2mmとなるようにダイヤモンドカッター(BUEHLER社製アイソメットLS)を用いて切り出した。径3mm、高さ10mmの金属製アタッチメントを保持部材面、被切削部面に接着剤(東亜合成社製アロンアルファ(登録商標))をもちいて取り付け、島津製作所製オートグラフ(クロスヘッドスピード2mm/分)を用いて引張接着強度(MPa)を測定することにより接着性の評価を行った。
結果を表2に示す。
【0076】
【0077】
表2に示されるように実施例では被切削部と保持部材とが強固に融着していた。これに対し、保持部材材料として弾性率が300MPa未満のTPO4を用いた場合には、接着強度は低く、さらに、加工装置に把持した際に締め付けによって保持部材が変形した。また、結晶性熱可塑性樹脂を用いた比較例2、3では十分な接着強度が得られず、非晶性熱可塑性樹脂であるEVAを用いた比較例4では、十分な接着強度が得られないだけでなく、加工装置に把持した際に締め付けによって保持部材が変形した。また、金属材料を用いた比較例5では接着しなかった。さらに、弾性率が300~2000MPaのTPO1を用いた場合であっても重合性単量体としてフッ素系のものを用いた比較例6では、十分な接着強度が得られなかった。
【0078】
なお、実施例においては、熱処理温度が60℃の場合よりも75℃以上の方が接着強度が高い傾向が見られ、また、非フッ素系重合性単量体としては非フッ素系ラジカル重合性単量体の含有率が高い方が接着強度が高い傾向が見られた。