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特開2023-45834積層体、積層体を含む電子源及び電子デバイス、並びに積層体の製法及び浄化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023045834
(43)【公開日】2023-04-03
(54)【発明の名称】積層体、積層体を含む電子源及び電子デバイス、並びに積層体の製法及び浄化方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20230327BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20230327BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20230327BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20230327BHJP
   H01J 37/06 20060101ALI20230327BHJP
   H01J 9/04 20060101ALI20230327BHJP
   B32B 18/00 20060101ALI20230327BHJP
   C23C 16/38 20060101ALN20230327BHJP
【FI】
C23C14/06 G
C23C14/58 A
B82Y30/00
B82Y40/00
H01J37/06
H01J9/04 C
H01J9/04 E
B32B18/00 A
C23C16/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021154427
(22)【出願日】2021-09-22
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長岡 克己
(72)【発明者】
【氏名】相澤 俊
(72)【発明者】
【氏名】大見 俊一郎
【テーマコード(参考)】
4F100
4K029
4K030
5C101
【Fターム(参考)】
4F100AA14A
4F100AA31B
4F100AD04A
4F100AD04B
4F100BA02A
4F100BA02B
4F100EC202
4F100EH66B
4F100EH902
4F100EJ482
4F100EJ48A
4F100EJ582
4F100EJ58B
4F100GB41
4F100GB61
4F100JA20
4F100JD14A
4F100JG10B
4F100JL06A
4K029AA08
4K029BA53
4K029BA58
4K029CA05
4K029CA06
4K029DC05
4K029DC09
4K029GA01
4K030BA39
4K030BB01
4K030CA05
4K030HA04
5C101AA03
5C101AA04
5C101BB01
5C101DD06
5C101DD08
5C101DD14
5C101DD15
(57)【要約】
【課題】 低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料、特に、材料表面を雰囲気ガスに暴露した後の当該表面の清浄化が従来よりも低い加熱温度で実施することが可能な低仕事関数材料の提供を目的とする。
【解決手段】 本発明は、表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、積層体である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、
前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、
積層体。
【請求項2】
前記ランタノイド系ホウ化物膜が六ホウ化ランタン膜である、請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
前記ランタノイド系ホウ化物膜が1nm以上100nm以下の厚さを有する、請求項1又は2に記載の積層体。
【請求項4】
雰囲気ガスに暴露された後の500℃以上600℃以下での真空加熱後の仕事関数が、前記雰囲気ガスの曝露前の仕事関数と凡そ同じである、請求項1から3のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の積層体を含む、電子源。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか一項に記載の積層体を含む、電子デバイス。
【請求項7】
窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜すること、
前記ランタノイド系ホウ化物膜を真空中で750℃より高く1200℃より低い温度範囲で加熱して前記ランタノイド系ホウ化物膜中の窒素を拡散させ、該窒素を前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面で前記ランタノイド系ホウ化物膜に含まれるホウ素原子と反応させて、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させ、該析出した単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜により、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面を被覆すること、
を含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の積層体を製造する方法。
【請求項8】
前記窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜の成膜を、窒素を含有するランタノイド系ホウ化物焼結体をターゲットに用い、不活性ガス雰囲気下でスパッタリングにより行う、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記基板は、ランタノイド系ホウ化物単結晶基板、又は、多結晶ランタノイド系ホウ化物膜を備えるSiO基板であり、
前記ランタノイド系ホウ化物膜の成膜を、窒素ラジカルを前記基板の表面に照射することにより行う、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜による前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面の被膜を、1×10-9Pa以上1×10-5Pa以下の範囲の真空中で、5分以上3時間以下の時間、加熱して窒素を拡散させることにより行う、請求項7から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
以下の工程を含む、積層体を清浄化する方法。
基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜の表面が単原子層の六方晶窒化ホウ素からなる薄膜で被覆されている前記積層体を雰囲気ガスに曝露後、該雰囲気ガスによって汚れた前記積層体を500℃以上600℃以下の低温度での真空加熱に付すことにより、前記積層体を清浄化すること。
【請求項12】
前記ランタノイド系ホウ化物膜が六ホウ化ランタン膜である、請求項11に記載の積層体を清浄化する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、積層体に関する。つまり、本発明は、基板と基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を有し、該ランタノイド系ホウ化物膜の表面が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜により被覆される構造を有する積層体に関する。
本発明はまた、前記積層体を含む、電子源及び電子デバイスに関する。
本発明はまた、前記積層体を製造する方法に関する。
本発明はまた、前記積層体を清浄化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低仕事関数材料は、高い電子放出効率を有しているため、電子源や電子デバイス等の電子材料として有望である。例えば、ランタノイド系ホウ化物である六ホウ化ランタン(LaB)膜は、(100)面で2.3eVという低い仕事関数を有していて高い電子放出効率を示すことから、これを電子源材料として使用することが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
また、ランタノイド系ホウ化物である六ホウ化ランタンは、上述のとおり、低仕事関数材料であることから、その清浄な(100)、(110)、(111)面の表面構造や仕事関数に関する研究も行われている(非特許文献2)。
【0004】
また、ランタノイド系ホウ化物である六ホウ化ランタン(LaB)膜の製法に関しては、LaB膜のスパッタ成膜方法が報告されている(特許文献1)。具体的には、スパッタリングによってLaB膜を成膜する際、窒素ガスを0.01から5体積%添加したアルゴン雰囲気でLaBターゲットのスパッタリングを行い、不活性雰囲気中でアニールすることにより、結晶性の優れたLaB膜が得られることが特許文献1に開示されている。
【0005】
その他にも図1に示すとおり、様々なランタノイド系ホウ化物やアルカリ土類金属系ホウ化物が低仕事関数を有しており、高効率の電子放出源となり得ることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5665112号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R.Nishitani, et al., “SURFACE STRUCTURES AND WORK FUNCTIONS OF THE LaB6(100), (110) and (111) CLEAN SURFACES”, Surf. Sci, 93, 535-549 (1980)
【非特許文献2】R.Nishitani, et al., “OXYGEN ADSORPTION ON THE LaB6(100),(110) AND (111) SURFACES”, Surf. Sci, 115, 48-60 (1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上述の低仕事関数材料を電子源や電子デバイス等の電子材料として実際に使用する場合、次の課題がある。
低仕事関数材料は、電子を放出し易いという特性を有するため、一般に、化学的反応性が高い。そのため、その材料表面に雰囲気ガスが容易に吸着してしまい、表面が汚染され易い。つまり、低仕事関数材料の表面には化合物が形成され易い。その結果、仕事関数が容易に増大することになり、該仕事関数の増加は、放出電流の不安定性や減衰の要因となってしまう。
【0009】
そこで、汚染された表面状態(すなわち、化合物が形成された表面状態)に起因する高仕事関数状態から低仕事関数状態を回復させるために、真空加熱による表面の再清浄化が必要となる。ところが低仕事関数材料の場合、その表面に形成される化合物が安定であるため、表面を再清浄化するためには1300℃以上の高温で真空加熱を実施しなければならない。
【0010】
実際、非特許文献2には、低仕事関数材料として知られる六ホウ化ランタン(LaB)において、大気曝露や残留ガス吸着などの雰囲気ガスによって表面原子が酸素と結合して酸化されると、その仕事関数が急増すること、そして、この高仕事関数状態から低仕事関数状態を回復させるため、真空中で1300℃以上の高温で加熱することにより表面を清浄化させることが報告されている。
【0011】
このような理由により、六ホウ化ランタンのような低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関しては、化学的反応性が高く、これを電子源や電子デバイス等の電子材料として使用する場合、大気曝露や残留ガス吸着などの雰囲気ガスによってその表面に容易に化合物が形成されて汚染されてしまい、その表面状態は高仕事関数状態になってしまうため、この高仕事関数状態から低仕事関数状態を回復するためには、1300℃以上という極めて高い温度での真空加熱を実施して表面を清浄化する必要があると一般的に認識されている。
【0012】
しかし、このような1300℃以上という極めて高い温度での真空加熱は、温度による影響を受け易い電子源や電子デバイス等の電子材料として使用する場合、該電子材料として望ましくない材料の劣化を招き、短寿命の要因となってしまう。
【0013】
このような状況の下、低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、電子源や電子デバイス等の電子材料として使用するにあたり、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料の開発、特に、材料表面を雰囲気ガスに暴露した後の該表面の清浄化が、従来よりも低い温度での真空加熱により実施することが可能な低仕事関数材料の開発が希求されている。
【0014】
そこで本発明では、低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料、特に、材料表面を雰囲気ガスに暴露した後の該表面の清浄化が、従来よりも低い温度での真空加熱により実施することが可能な低仕事関数材料の提供を目的とする。具体的には、表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、積層体の提供を目的とする。
【0015】
或いは、本発明では、雰囲気ガスに暴露された積層体の清浄化を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で実施できる積層体を提供することを目的とする。
【0016】
或いは、本発明では、雰囲気ガスに暴露された積層体の清浄化を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)により実施した後の仕事関数が、雰囲気ガスに暴露される前の仕事関数と凡そ同じであり、積層体の低仕事関数が清浄化後も増大させずに維持され、保存される積層体の提供を目的とする。
【0017】
或いは、本発明では、低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料、特に、材料表面を雰囲気ガスに暴露した後の該表面の清浄化が、従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)により実施することが可能な低仕事関数材料を用いる、電子源及び電子デバイスの提供を目的とする。具体的には、前記積層体を含む電子源及び電子デバイスの提供を目的とする。
【0018】
或いは、本発明では、低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料、特に、材料表面を雰囲気ガスに暴露した後の該表面の清浄化が、従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)により実施することが可能な低仕事関数材料の製造方法の提供を目的とする。具体的には、前記積層体の製造方法の提供を目的とする。
【0019】
或いは、本発明では、低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、材料表面を雰囲気ガスに暴露した後の該表面を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で清浄化する方法の提供を目的とする。具体的には、前記積層体を清浄化する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、鋭意検討した結果、低仕事関数材料として知られるランタノイド系ホウ化物に関し、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を、雰囲気ガスに対するガス吸着性が低い、いわゆる化学的に安定な保護膜であって、前記ランタノイド系ホウ化物の低仕事関数を増大させずに維持できる前記保護膜(具体的には、ガス吸着性が低く、膜厚が極めて薄い単原子層の絶縁体の薄膜)で被覆することにより、上述の課題を解決できることを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。
【0021】
本発明は、具体的には以下の[1]から[12]の諸態様を有する。
[1]
表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、
前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、
積層体。
[2]
前記ランタノイド系ホウ化物膜が六ホウ化ランタン膜である、[1]に記載の積層体。
[3]
前記ランタノイド系ホウ化物膜が1nm以上100nm以下の厚さを有する、[1]又は[2]に記載の積層体。
[4]
雰囲気ガスに暴露された後の500℃以上600℃以下での真空加熱後の仕事関数が、前記雰囲気ガスの曝露前の仕事関数と凡そ同じである、[1]から[3]のいずれかに記載の積層体。
[5]
[1]から[4]のいずれかに記載の積層体を含む、電子源。
[6]
[1]から[4]のいずれかに記載の積層体を含む、電子デバイス。
[7]
窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜すること、
前記ランタノイド系ホウ化物膜を真空中で750℃より高く1200℃より低い温度範囲で加熱して前記ランタノイド系ホウ化物膜中の窒素を拡散させ、該窒素を前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面で前記ランタノイド系ホウ化物膜に含まれるホウ素原子と反応させて、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させ、該析出した単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜より、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面を被覆すること、
を含む、[1]から[4]のいずれかに記載の積層体を製造する方法。
[8]
前記窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜の成膜を、窒素を含有するランタノイド系ホウ化物焼結体をターゲットに用い、不活性ガス雰囲気下でスパッタリングにより行う、[7]に記載の方法。
[9]
前記基板は、ランタノイド系ホウ化物単結晶基板、又は、多結晶ランタノイド系ホウ化物膜を備えるSiO基板であり、
前記ランタノイド系ホウ化物膜の成膜を、窒素ラジカルを前記基板の表面に照射することにより行う、[7]に記載の方法。
[10]
前記単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜による前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面の被膜を、1×10-9Pa以上1×10-5Pa以下の範囲の真空中で、5分以上3時間以下の時間、加熱して窒素を拡散させることにより行う、[7]から[9]のいずれかに記載の方法。
[11]
以下の工程を含む、積層体を清浄化する方法。
基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜の表面が単原子層の六方晶窒化ホウ素からなる薄膜で被覆されている前記積層体を雰囲気ガスに曝露後、該雰囲気ガスによって汚れた前記積層体を500℃以上600℃以下の低温度での真空加熱に付すことより、前記積層体を清浄化すること。
[12]
前記ランタノイド系ホウ化物膜が六ホウ化ランタン膜である、[11]に記載の積層体を清浄化する方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料として、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜の表面が薄膜により被覆されている積層体であって、前記薄膜が、化学的に安定な保護膜であって低仕事関数の前記ランタノイド系ホウ化物膜(例えば、六ホウ化ランタン(LaB)膜)の仕事関数を増大させずに維持できる保護膜(具体的には、膜厚が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜)である、積層体を提供することができる。
【0023】
或いは、本発明によれば、前記積層体を用いることにより、雰囲気ガスに暴露された積層体の清浄化を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で実施することができる。
【0024】
或いは、本発明によれば、前記積層体を用いることにより、雰囲気ガスに暴露された積層体の清浄化を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で実施しても、該加熱後の仕事関数は、雰囲気ガスに暴露される前の仕事関数と凡そ同じであり、積層体の低仕事関数を清浄化後も増大させずに維持し、保存することができる。
【0025】
或いは、本発明によれば、前記積層体を含む、電子源や電子デバイスを得ることができる。上述のとおり、前記積層体は、雰囲気ガス暴露後の清浄化を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で実施できるので、本発明によれば、熱的ダメージが小さい電子源や電子デバイスを得ることができる。
また、上述のとおり、前記積層体は、雰囲気ガス暴露後の清浄化を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で実施しても、該加熱後の仕事関数は、雰囲気ガスに暴露される前の仕事関数と凡そ同じであり、積層体の低仕事関数を清浄化後も増大させずに維持し、保存することができるので、本発明によれば、電子源や電子デバイスとして安定した放出電流が得られる。
このような理由により、本発明によれば、電子源や電子デバイスの長寿命化が期待できる。
【0026】
或いは、本発明によれば、雰囲気ガスに暴露された低仕事関数材料を従来よりも低い温度での真空加熱(具体的には、1300℃未満)で清浄化する新規な清浄化方法を提供することができる。
【0027】
本発明によれば、化学的反応性が低い新規な低仕事関数材料を提供することができるので、ガス吸着性が低いという特性により、放出電流量の不安定性の要因である残留ガス吸着を抑制することができる。そのため、放出電流量の安定性向上を図ることができる。従って、例えば、上述の積層体を含む電子源を利用して電子顕微鏡の高性能化が期待できる。特に、このような電子顕微鏡では、ガス吸着性が低いため、通常、急速に表面汚染される低真空環境下での稼働も可能になり、その結果、生体試料等の低真空環境での観察が必要となる材料に関する電子顕微鏡像の高分解能化が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、代表的な希土類及びアルカリ土類金属の六ホウ化物の仕事関数を一覧にした図である。
図2図2は、オージェ電子分光(AES)測定結果であって、スパッタリングにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜の加熱温度による表面組成変化に関する結果を示す図である。
図3図3は、高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定結果であって、スパッタリングにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜の加熱温度による表面組成変化に関する結果を示す図である。
図4図4は、X線吸収端近傍構造(XANES)測定結果であって、スパッタリングにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を660℃での真空加熱に付して得られた積層体の表面構造に関する結果を示す図である(なお、図中のTEYは全電子収量法によるスペクトルを示し、TFYは全蛍光収量法によるスペクトルを示す。)。
図5図5は、オージェ電子分光(AES)測定結果であって、窒素ラジカルにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜の800℃での真空加熱による表面組成変化に関する結果を示す図である。
図6図6は、高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定結果であって、窒素ラジカルにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜の800℃での真空加熱による表面組成変化に関する結果を示す図である。
図7図7は、走査トンネル顕微鏡(STM)測定結果であって、スパッタリングにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を800℃での真空加熱に付して得られた積層体を大気中に曝露後、450℃の温度での真空加熱により前記積層体の清浄化を行った後の前記積層体表面に関する結果を示す図である(なお、図中の(a)は、幾何学的な凹凸を表すトポグラフ像を示し、(b)は、(a)と同時測定した同領域の仕事関数マッピングを示し、(c)は、(b)内の点線に沿った仕事関数プロファイルを示す。)。
図8図8は、走査トンネル顕微鏡(STM)測定結果であって、スパッタリングにより基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を800℃での真空加熱に付して得られた積層体を大気中に曝露後、550℃の温度での真空加熱により前記積層体の清浄化を行った後の前記積層体表面に関する結果を示す図である(なお、図中の(a)は、幾何学的な凹凸を表すトポグラフ像を示し、(b)は、(a)と同時測定した同領域の仕事関数マッピングを示し、(c)は、(b)内の点線に沿った仕事関数プロファイルを示す。)。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができることに留意すべきである。
【0030】
本発明の一態様は、表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、積層体である。つまり、本発明の積層体は、基板と基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を有し、該ランタノイド系ホウ化物膜の表面が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜により被覆される構造を有する。
【0031】
前記のランタノイド系ホウ化物膜を形成するための基板は、本発明の目的を達成できるものであれば特に制限はないが、ランタノイド系ホウ化物単結晶基板又は多結晶ランタノイド系ホウ化物膜を備えるSiO基板(いわゆる多結晶ランタノイド系ホウ化物膜付SiO基板)を用いることが好ましい。
また、ランタノイド系ホウ化物単結晶基板又はSiO基板が備える多結晶ランタノイド系ホウ化物膜は、基板上に形成するランタノイド系ホウ化物膜と材料が一致していることがより好ましい。これは、例えば、基板上に形成するランタノイド系ホウ化物膜が六ホウ化ランタン(LaB)膜であれば、その基板には、六ホウ化ランタン単結晶基板又は多結晶六ホウ化ランタン膜を備えるSiO基板を用いることがより好ましいという意味である。
ここで、「多結晶六ホウ化ランタン膜を備える」とは、SiO基板上に多結晶六ホウ化ランタン(LaB)膜を積層等の形態で有していればよく、その形成方法は、本発明の目的を達成できる限り特に制限はなく、例えば、SiO基板への蒸着や析出等が挙げられる。
SiO基板が備える多結晶ランタノイド系ホウ化物膜に関し、該多結晶六ホウ化ランタン膜の膜厚は、本発明の目的を達成できる限り特に制限はないが、20から60nmであることが好ましい。
【0032】
本発明においてランタノイド系ホウ化物は、基板材料や基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜の材料として用いられる。
本発明で用いるランタノイド系ホウ化物としては、ランタノイド原子とホウ素原子を含む、低仕事関数を有する化合物であれば特に制限はなく、例えば、LaB、CeB、PrB、NdB、GdBなどのランタノイド系ホウ化物が挙げられる。汎用性や電子放出効率の観点から、仕事関数の低いLaB(仕事関数:2.3eV)やCeB(仕事関数:2.6eV)が好ましく、LaBがより好ましい。
ここで、ランタノイド原子とは、周期律表の原子番号57から71に相当する原子、すなわちランタンからルテチウムまでの15の原子のことである。
【0033】
本願における低仕事関数は、一般的に仕事関数が低いと認識されているエネルギー(単位:eV)であればよいが、具体的には4eV以下であることが好ましい。より好ましくは、3.5eV以下であり、より一層好ましくは3eV以下である。高い電子放出効率という観点からは、仕事関数は低ければ低いほど好ましい。
【0034】
本発明におけるランタノイド系ホウ化物膜に関し、窒素は、本発明の目的を達成できる限り、含有されていても含有されていなくてもよい。但し、本発明の積層体の表面が劣化してきた場合に再加熱によって自己修復が可能であるという観点から、窒素を含有していることが好ましい。
前記ランタノイド系ホウ化物膜が窒素を含有する場合、含有量(重量%)は、0.1重量%以上2重量%以下であることが好ましく、0.2重量%以上0.5重量%以下であることがより好ましい。
【0035】
基板上に形成されるランタノイド系ホウ化物膜の膜厚は、本発明の目的を達成できる限り特に制限はないが、電子放出効率の観点から、1nm以上100nm以下の範囲であることが好ましく、5nm以上100nm以下の範囲であることがより好ましく、20nm以上60nm以下の範囲であることがより一層好ましい。
【0036】
本発明では、基板上に形成されるランタノイド系ホウ化物膜を被覆する薄膜は、単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である。
前記薄膜の材料である「六方晶窒化ホウ素」は、層状物質であり、ダングリングボンドを持たない不活性な材料(すなわち、絶縁性材料)である。そのため、「六方晶窒化ホウ素」は、雰囲気ガスとの結合を抑制し、酸化物などの好ましくない化合物が形成されることを防ぐ特性を有する。つまり、六方晶窒化ホウ素は、雰囲気ガスに対するガス吸着性が低い化学的に安定であり、基板上に形成されるランタノイド系ホウ化物膜を被覆する保護膜として有効な材料である。
【0037】
加えて、前記六方晶窒化ホウ素薄膜の「薄膜」とは、絶縁性材料である六方晶窒化ホウ素の厚さが、下地として被覆するランタノイド系ホウ化物膜に吸着する際、電荷移動を伴わない物理吸着となる極めて薄い厚さであることを意味する。具体的には、2原子層以下であり、好ましくは単原子層である。前記物理吸着の場合、真空準位が揃うように接合するので、下地として被覆するランタノイド系ホウ化物膜の低仕事関数が系の仕事関数として維持され、保存されることになる。つまり、ランタノイド系ホウ化物膜の低仕事関数は、前記六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆された状態でも維持され、保存されることになる。そうすると、本願においては、本発明の積層体の仕事関数(すなわち、系の仕事関数)が、該積層体表面の仕事関数を意味することを踏まえると、前記積層体を構成するランタノイド系ホウ化物膜の仕事関数が、本発明の積層体の仕事関数(すなわち、系の仕事関数)ということになる。
このように、前記六方晶窒化ホウ素薄膜は、「薄膜」としての厚さが前記物理吸着となる極めて薄い厚さである(具体的には、2原子層以下であり、好ましくは単原子層である)ことにより、下地として被覆するランタノイド系ホウ化物膜の低仕事関数を維持し、保存するのに有効な保護膜となる。
【0038】
従って、本発明で用いられる「単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜」は、基板上に形成される低仕事関数のランタノイド系ホウ化物膜を被覆するための化学的に安定な保護膜(具体的には、雰囲気ガスに対するガス吸着性が低い保護膜)であり、また、ランタノイド系ホウ化物膜の仕事関数を増大させずに低仕事関数として維持し、保存するための保護膜でもある。
【0039】
因みに、単原子層グラファイトであるいわゆるグラフェンは、本発明で用いられる「単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜」の代替物として使用することはできない。グラフェンは導電性材料であるため、下地として被覆するランタノイド系ホウ化物膜に吸着する際、電荷移動を伴うことになり、その結果、下地として被覆するランタノイド系ホウ化物膜の低仕事関数を系の仕事関数として維持し、保存することができないためである。つまり、基板上に形成されるランタノイド系ホウ化物膜を被覆する薄膜がグラフェンである場合、グラフェンで被覆された状態では前記ランタノイド系ホウ化物膜の低仕事関数が増大してしまい、該低仕事関数を維持し、保存することができないためである。
【0040】
本発明で用いられる「六方晶窒化ホウ素薄膜」は、結晶性のよい単原子層であることがより好ましい。そのため、本発明で用いられる「六方晶窒化ホウ素薄膜」は、下地として被覆する低仕事関数材料の表面で自己形成することが望ましく、この観点からも下地として被覆する低仕事関数材料は、ランタノイド系ホウ化物膜であることが好ましい。
ランタノイド系ホウ化物膜の材料は、上述のとおり、ランタノイド原子とホウ素原子を含む、低仕事関数を有する化合物であれば特に制限はなく、例えば、LaB、CeB、PrB、NdB、GdBなどのランタノイド系ホウ化物が挙げられる。これらのランタノイド系ホウ化物を材料とするランタノイド系ホウ化物膜のうち、「六方晶窒化ホウ素薄膜」の自己形成という観点からも、六ホウ化ランタン(LaB)膜や六ホウ化セリウム(CeB)膜が好ましく、六ホウ化ランタン(LaB)膜がより好ましい。
【0041】
本発明の積層体は、上述のとおり、基板と基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を有し、該ランタノイド系ホウ化物膜の表面が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜により被覆される構造を有するものであり、前記積層体は、雰囲気ガスの暴露後、1300℃よりも低い温度(例えば、500℃以上600℃以下の温度範囲)の真空加熱でもその表面の清浄化を実施し得る。
また、前記清浄化前後の積層体の仕事関数は凡そ同じになり、該積層体の低仕事関数は、雰囲気ガスの暴露後にその清浄化が実施されても、増大せずに維持され、保存されることになる。
【0042】
このように、本発明の積層体を雰囲気ガスに暴露した後の清浄化のための真空加熱による仕事関数が、前記雰囲気ガスの暴露前の仕事関数と凡そ同じであるにもかかわらず、真空加熱による洗浄化が従来よりも低い加熱温度で実施できるということは、本発明の積層体のガス吸着性が低いことを意味する。
ここで、「凡そ同じ」とは、清浄化後の仕事関数が清浄化前の仕事関数よりも+0.5eV以下の範囲内にあるという意味である。因みに、清浄化後の仕事関数が清浄化前の仕事関数よりも小さくなることは、上述したとおり、積層体の低仕事関数を清浄化後も増大させずに維持し、保存する積層体を提供するという本発明の目的に沿うものであるから、特に問題ない。
【0043】
雰囲気ガスに暴露された後の加熱温度は、従来よりも低い加熱温度(具体的には、1300℃よりも低い温度)で実施するという本発明の目的に鑑み、加熱温度は1300℃よりも低い温度であればよいが、好ましくは600℃以下である。より低い温度であることが好ましいが、加熱温度が低すぎると積層体の十分な清浄化ができず、該積層体の低仕事関数を維持することが困難なため、十分な清浄化を実施するという観点から450℃を超える温度とするが望ましい。好ましくは500℃以上であり、より好ましくは550℃以上である。
【0044】
雰囲気ガスに暴露された後の加熱時の雰囲気は、真空中が好ましい。但し、本発明の目的を達成できる限り、不活性雰囲気中でもよく、真空中に制限されるものではない。
真空中で加熱を行う真空加熱の場合、真空度は、1×10-5Pa以下の範囲であることが好ましく、5×10-7Pa以下の範囲であることがより好ましい。
【0045】
以下に、本発明に関し、本発明の一態様である前記積層体とは別の一態様について述べるが、本発明の一態様である積層体において既に述べた説明については、特に断りがない限り、同様に適用される。
【0046】
本発明の別の一態様は、前記積層体を含む、電子源又は電子デバイスである。
電子源とは、電子放出源のことであり、電子放出方法としては、与えるエネルギーの種類により、熱電子放出、光電子放出、電界放射、電子、又はイオンの衝撃による二次電子放出などの種類がある。電子源は、走査電子顕微鏡(SEM)、透過電子顕微鏡(TEM)、電子線マイクロアナライザ(EPMA)表面分析装置、金属3Dプリンター、マイクロフォーカスX線源、リソグラフィー装置等に利用される。
電子デバイスとは、一般的に電子デバイスとして認識されているものであればよく、大別すると、電子回路などの半導体、液晶デバイスなどの電子ディスプレー、半導体や電子ディスプレー以外の一般電子部品(例えば、コンデンサー、電源)の3種類に分けられる。電子デバイスは、電子機器等に広く利用される。
【0047】
前記積層体を含む電子源が、一般的によく知られている、電界放出電子源及び熱放出電子源である場合、例えば、以下のような一実施態様が挙げられる。
電界放出電子源としては、例えば、電界電子放出用金属針(本願の「基板」に相当する)とし、該金属針上に六ホウ化ランタン層(本願の「ランタノイド系ホウ化物膜」に相当する)を形成させ、該層を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆する構造を有する積層体とする態様が挙げられる。この場合、500から600℃に加熱し、その状態で電界放出電子源として使用する。500から600℃で加熱すると清浄表面が保持できるので、従来の電界放出源の課題である、残留ガスなどの吸着による放出電流量の減衰が予防される。
熱放出電子源としては、例えば、基板上に六ホウ化ランタン層(本願の「ランタノイド系ホウ化物膜」に相当する)を形成させ、該層を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆する構造を有する積層体とする態様が挙げられる。この場合、前記六ホウ化ランタン層を通電加熱、又は、前記基板を加熱することにより、温度を上昇させ、熱電子を放出させる。従来の六ホウ化ランタンを用いる熱放出電子源では、上述のとおり、清浄化のために1300℃以上で稼働させる必要があるが、本発明による前記熱放出電子源では、清浄化温度を1300℃よりも低い温度で行うことができるため、稼働温度が下がる。その結果、表面原子の蒸発が抑えられ、電子源の長寿命化が期待される。
【0048】
本発明の別の一態様は、前記積層体を製造する方法である。
本発明の積層体を製造する方法としては例えば、窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜し、前記ランタノイド系ホウ化物膜を真空中で750℃より高く1200℃より低い温度範囲で加熱して前記ランタノイド系ホウ化物膜中の窒素を拡散させ、該窒素を前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面で前記ランタノイド系ホウ化物膜に含まれるホウ素原子と反応させて、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させ、該析出した単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜により、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面を被覆することにより製造する方法がある。
【0049】
ここで、窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜する方法としては、本発明の目的を達成することができる限り特に制限はないが、例えば、スパッタリングによる成膜方法や窒素ラジカルによる成膜方法が挙げられる。
【0050】
スパッタリングによる成膜方法とは、プラズマ化した不活性ガス(主にアルゴン)イオンを高エネルギーで衝突させ、弾き飛ばされたターゲット材料の微粒子を、離れた位置に置かれた対象物に付着させることにより薄膜を形成させる方法である。具体的には、窒素を含有するランタノイド系ホウ化物焼結体をターゲットとし、アルゴンガスの不活性ガス雰囲気下でスパッタリングし、該スパッタリングにより、前記窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜する方法である。一般的には、RFスパッタリング法により窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を堆積させることにより成膜する。該RFスパッタリング堆積により成膜すると、前記ランタノイド系ホウ化物膜は、単結晶材料にはない、高い形状自由度と高い拡張性を持ち得る。
なお、不活性ガスとしては、本発明の目的を達成できる限り特に制限はなく、例えば、窒素ガスや希ガスのような一般的に化学的に不活性な気体が挙げられる。本発明において、窒素を含有するランタノイド系ホウ化物焼結体を用いて上述のスパッタリングによる成膜を行う場合、過度の不純物供給となってしまう窒素ガスは使用しないことが好ましい。そのため、希ガスを使用することが好ましく、汎用性などの観点からアルゴンガスを使用することがより好ましい。但し、上述のスパッタリングによる成膜は、窒素を含有しないランタノイド系ホウ化物焼結体を用いて行うことも可能であり、この場合、不活性ガスとして窒素を使用すること、例えば、窒素を含有する不活性ガス(例えば、窒素含有アルゴンガス)を使用することがある。
【0051】
窒素ラジカルによる成膜方法とは、真空中で窒素ラジカルをターゲット材料の表面に照射することにより、該表面に窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を形成させる方法である。具体的には、室温、真空中で窒素ラジカルを、ランタノイド系ホウ化物単結晶基板表面、又は、多結晶ランタノイド系ホウ化物膜を備えるSiO基板表面に照射し、該照射により前記基板表面に窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を形成させ、成膜する方法である。
【0052】
基板上に成膜した窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆する方法としては、例えば、前記方法により基板上に成膜した窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を、真空中で750℃より高く1200℃より低い温度範囲で加熱し、該加熱による前記ランタノイド系ホウ化物膜中の窒素の熱拡散で、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面で前記ランタノイド系ホウ化物膜に含まれるホウ素原子と反応させて、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させ、被覆する方法が挙げられる。
真空度や加熱条件は、本発明の目的を達成できる限り特に制限はないが、窒素の熱拡散という観点から、以下の範囲が好ましい。
真空度としては、1×10-9Pa以上1×10-5Pa以下の範囲が好ましく、1×10-9Pa以上5×10-7Pa以下がより好ましい。
加熱温度は、750℃より高く1200℃より低い温度範囲であるが、800℃以上1100℃以下の範囲が好ましい。該加熱時間は、5分以上3時間以下の時間であることが好ましい。
【0053】
窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜する方法としてはまた、窒素を含有していないランタノイド系ホウ化物膜をスパッタリング等の方法により基板上に成膜し、次いで上述の窒素ラジカルによる成膜方法により、窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を形成させて成膜する方法も挙げられる。
具体的には、例えば、窒素をドープしていない<100>配向した多結晶六ホウ化ランタン(LaB)膜をスパッタリングにより基板上に成膜し、次いで前記の窒素をドープしていない多結晶六ホウ化ランタン膜に窒素ラジカルを照射することにより、窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜する方法が挙げられる。
【0054】
また、基板上に成膜した窒素を含まないランタノイド系ホウ化物膜を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆するために、例えば、ボラジンガス(B)を曝露し、その表面を化学気相成長による単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆してもよい。
【0055】
本発明の積層体を製造する方法は、上述のとおり、窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜し、それから該ランタノイド系ホウ化物膜を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆するものである。そのため、前記のスパッタリングによる成膜方法や窒素ラジカルによる成膜方法によって窒素を含むランタノイド系ホウ化物膜を基板上に成膜した時点では、六方晶窒化ホウ素は存在しない。つまり、前記窒素は、六方晶窒化ホウ素として存在するものではない。その後の真空中での750℃より高く1200℃より低い温度範囲での加熱で、前記ランタノイド系ホウ化物膜中の窒素が熱拡散することにより、前記ランタノイド系ホウ化物膜の表面で前記ランタノイド系ホウ化物膜に含まれるホウ素原子と反応して六方晶窒化ホウ素が単原子層で形成されることになる。その結果、前記ランタノイド系ホウ化物膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆されることになる。
六方晶窒化ホウ素薄膜の膜厚が単原子層の場合の表面は、バルクの六方晶窒化ホウ素の表面と同等なものではなく、極めて薄い膜厚の絶縁体膜の物理吸着系として扱われる。その結果、本発明の積層体の表面電子物性は、六方晶窒化ホウ素の下地であるランタノイド系ホウ化物膜の電子物性に大きく依存することになり、この系の仕事関数(すなわち、本発明の積層体の仕事関数)は、下地であるランタノイド系ホウ化物膜の仕事関数で与えられることになる。
【0056】
本発明の別の一態様は、前記積層体を清浄化する方法である。具体的には、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜の表面が単原子層の六方晶窒化ホウ素からなる薄膜で被覆されている前記積層体を、雰囲気ガスに曝露後、該雰囲気ガスによって汚れた前記積層体を500℃以上600℃以下の低温度での真空加熱により清浄化する方法である。
前記積層体を500℃以上600℃以下の低温度で真空加熱することは、上述のとおり、雰囲気ガスに暴露された後の加熱温度を従来よりも低い加熱温度(具体的には、1300℃よりも低い温度)で積層体の清浄化を行うことになり、望ましい。
また、本清浄化方法によれば、雰囲気ガスに暴露された前記積層体の清浄化を従来よりも遥かに低い500℃以上600℃以下の低温度で実施しても、その洗浄化前後の前記積層体の仕事関数は凡そ同じで、前記積層体の低仕事関数を清浄化後も増大させずに維持され得る。これは、上述のとおり、電子材料として望ましいことである。
【0057】
本願において定めのない条件については、本発明の目的を達成できる限り、特に制限はない。
【実施例0058】
次に、実施例を挙げて本発明の実施の形態をより具体的に説明するが、本発明の実施の形態はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
表面が薄膜により被覆された、基板上に形成されたランタノイド系ホウ化物膜を含む積層体であって、前記薄膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜である、本発明の積層体を、ランタノイド系ホウ化物の代表例として六ホウ化ランタン(LaB)を使用することによって以下の2通りの方法で製造した。1つ目は、窒素を含む六ホウ化ランタン膜の基板上での成膜を、スパッタリングによる成膜方法を用いて行う方法であり、2つ目は、窒素を含む六ホウ化ランタン膜の基板上での成膜を、窒素ラジカルによる成膜方法を用いて行う方法である。
【0060】
実施例1
まず、窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜の基板上での成膜を、スパッタリングによる成膜方法を用いて行った。具体的には以下のとおりである。
【0061】
<スパッタリングによる成膜>
六ホウ化ランタン単結晶基板又は多結晶六ホウ化ランタン膜を積層しているSiO基板上に、RFスパッタリング法により、窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を堆積することにより成膜した。具体的には、RFスパッタリング装置(すなわち、前記六ホウ化ランタン膜の成膜用装置)として、Canon ANELVA E200-Sを使用し、ターゲットとして、0.4重量%の窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)焼結体を使用した。スパッタリング中の前記装置内の圧力は、アルゴンガス流量を10sccmとしてアルゴンガス雰囲気を維持しながら、0.3から0.5Paの範囲に保持した。スパッタリングパワーは20から50Wとし、スパッタリング中の基体温度は室温とした。但し、基体温度は室温から150℃の範囲であればよい。
成膜された六ホウ化ランタン膜の厚さは、触針式プロファイラー装置(KLA-Tencor社製Alpha-Step D-500)を使用して測定した結果、20から60nmの範囲であった。
なお、スパッタリングは、上述のとおり、アルゴンガスのみの雰囲気下で実施し、該スパッタリング中に窒素ガスを供給することはなかった。
また、成膜直後にアニーリングを実施することもなかった。
【0062】
次に、前記のスパッタリングによる成膜方法によって基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を被覆して本発明の積層体を作製した。具体的には以下のとおりである。
【0063】
<単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜による被覆>
前記のスパッタリングによる成膜方法又は窒素ラジカルによる成膜方法によって基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を、1×10-5Pa以下の真空中で800から1100℃の温度範囲で加熱し、前記六ホウ化ランタン膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させて被覆した。これにより、本発明の積層体を得た。ここで、加熱温度はパイロメータ(Advanced Energy Industries製Impac 8 Pro Series)を用いて測定した。加熱は、電子ビーム衝撃加熱により実施した。但し、この加熱は、通電加熱、電子ビーム衝撃加熱、輻射加熱のいずれでもよい。加熱時間は、各設定温度において、積層体表面で平衡状態を得るため、ベース圧力を回復するまでの時間又は2×10-7Pa以下に到達するまでの時間とした。具体的には、30分から3時間の範囲であった。
なお、前記六ホウ化ランタン膜の表面を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆するための前記真空加熱は、前記六ホウ化ランタン膜の成膜直後にその成膜用装置内で実施する必要はなく、基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜を一旦大気に曝露した後、実施してもよい。
【0064】
上述のようにして得られた積層体に関し、その表面に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜が形成されていることを以下の方法により確認した。
【0065】
<オージェ電子分光(AES)測定による被覆の確認>
基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆するための真空加熱に関し、加熱温度変化による前記六ホウ化ランタン膜の表面組成変化を評価するため、オージェ電子分光(AES)測定装置としては、円筒鏡型電子アナライザー(山本真空研究所製)と電子銃(アールデック製RDA001型)を組合せ使用した。装置内の真空度は、2×10-8から1×10-7Paとした。測定は、真空加熱前の成膜直後の前記六ホウ化ランタン膜と、500から1200℃の範囲の各温度で真空加熱した前記六ホウ化ランタン膜について実施した。なお、真空加熱した前記六ホウ化ランタン(LaB)膜に関しては、真空加熱終了後に室温で測定した。電子ビームのエネルギーは15keVとし、照射角度は表面垂直方向から約70°とした。その結果を図2に示す。
図2の結果から、750℃までは認められなかった390eV付近に現われる窒素に対応する信号が、750℃を超えた800℃では検出されることが確認された。同時に、窒素に対応する前記信号は、1100℃でも検出され、1200℃になると検出されなくなることも確認された。
従って、基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜上に窒素を含む被膜が現れるためには、真空加熱を750℃より高く1200℃より低い温度範囲で行うことが必要であることがわかった。
【0066】
<高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定による確認>
前記オージェ電子分光(AES)測定結果に基づき、750℃から1200℃の範囲の各温度で真空加熱した前記六ホウ化ランタン(LaB)膜の表面組成の構造を同定するため、高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定を実施した。この方法は、表面原子振動から原子の結合状態を評価し、表面原子構造を決定する方法である。高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定に用いた装置は、Specs GmbH社製Delta-0.5である。電子の入射エネルギーは2.0eVとし、鏡面反射条件で測定を行った。測定は、真空加熱終了後に室温で実施した。その結果を図3に示す。
図3の結果に示されているとおり、真空加熱を850℃から1100℃で実施すると、100、173、180meVの損失エネルギーピークが検出された。これらのピークは、「E. Rokuta et al., “Phonon Dispersion of an Epitaxial Monolayer Film of Hexagonal Boron Nitride on Ni(111)”, Phys. Rev. Lett. 79, 4609[1997]」で報告されている単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜のフォノンエネルギー(すなわち、単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜の振動ピーク)とほぼ一致することが確認された。つまり、真空加熱を850℃から1100℃で実施すると、前記六ホウ化ランタン膜の表面には、単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜が形成されていることが確認された。一方、750℃及び1200℃では、100、173、180meVの損失エネルギーピークは検出されなかった。
従って、真空加熱を750℃より高く1200℃より低い温度範囲で行うことにより、基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆され得ることがわかった。
【0067】
<X線吸収端近傍構造(XANES)測定による被覆の確認>
750℃より高く1200℃より低い温度範囲で真空加熱した前記六ホウ化ランタン(LaB)膜の表面組成の構造を同定するため、その代表例として800℃で真空加熱した場合の表面組成の構造を別の方法によっても同定した。具体的には、あいちシンクロトロン光センターにあるビームライン(BL7U真空紫外分光)装置を用いてX線吸収端近傍構造(XANES)測定を実施した。この測定方法は、物質固有の電子状態を観察し、物質を同定するための方法である。その際、表面に単原子層の六方晶窒化ホウ素が形成されていることを実証するために、参照試料として、六方晶窒化ホウ素粉末を用いた。その結果を図4に示す。
図4のスペクトルは、窒素のK端近傍のXANESスペクトルである。この測定では、表面検出感度に敏感な全電子収量法(TEY)と、バルク検出感度に敏感な全蛍光収量法(TFY)とを併用して行った。測定した試料は、上述のとおり、800℃での真空加熱に付して得られた積層体であり、該真空加熱後、大気曝露し、前記ビームライン装置へ移送してから、同装置内で660℃の温度で再清浄化を行った。図4の破線に見られるとおり、前記真空加熱に付して得られた積層体(具体的には、図4の「h-BN/LaB(加熱後)」)のTEYによるスペクトルには、参照用の六方晶窒化ホウ素(具体的には、図4の「h-BN(参照用)」)のTEYによるスペクトル及びTFYによるスペクトルと同じエネルギー位置に同じ構造であることを示すピークが確認された。一方で、前記の真空加熱に付して得られた積層体に関し、同時測定したTFYによるスペクトルには、そのような構造を示すピークは検出されないことが確認された。これらの結果から、前記真空加熱に付して得られた積層体では、六方晶窒化ホウ素が内部には存在せず、表面にのみ存在することがわかった。また、表面に存在する六方晶窒化ホウ素は、TFYの検出感度に照らし、単原子層であることもわかった。
従って、真空加熱を750℃より高く1200℃より低い温度範囲で行うことにより、基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆され得ることがわかった。
【0068】
実施例2
まず、窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜の基板上での成膜を、窒素ラジカルによる成膜方法を用いて行った。具体的には以下のとおりである。
【0069】
<窒素ラジカルによる成膜>
六ホウ化ランタン(001)単結晶基板に窒素ラジカルを室温で3分間照射することにより、窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を前記基板上に成膜した。具体的には、ラジカル源装置(エイコー製ER-1000)を使用し、前記装置内の圧力は、窒素ガス流量を4sccmとして窒素雰囲気下で1×10-2から2×10-2Paの範囲に保持した。電力は280Wとした。
【0070】
次に、前記の窒素ラジカルによる成膜方法によって基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を被覆して本発明の積層体を作製した。
【0071】
<単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜による被覆>
前記のスパッタリングによる成膜方法又は窒素ラジカルによる成膜方法によって基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を、実施例1と同じ方法によって前記六ホウ化ランタン膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させて被覆し、本発明の積層体を得た。
【0072】
上述のようにして得られた積層体に関し、その表面に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜が形成されていることを以下の方法により確認した。
【0073】
<オージェ電子分光(AES)測定による被覆の確認>
基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン(LaB)膜を単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆するための真空加熱に関し、加熱温度変化による前記六ホウ化ランタン膜の表面組成変化を評価するため、実施例1と同じ方法で、オージェ電子分光(AES)測定を室温で実施した。そのため、測定条件は、実施例1と同じである。
その結果の1つ(真空加熱の条件が、1×10-6Paの真空中、800℃で15分間の加熱である場合)を図5に示す。
図5の結果に示されているとおり、実施例1と同様、750℃までは認められなかった390eV付近に現われる窒素に対応する信号が750℃を超えた800℃では検出されることが確認された。なお、図示はしていないが、窒素に対応する前記信号は、1100℃でも検出され、1200℃になると検出されなくなることも確認された。
従って、実施例1と同様、基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜上に窒素を含む被膜が現れるためには、真空加熱を750℃より高く1200℃より低い温度範囲で行うことが必要であることがわかった。
【0074】
<高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定による被覆の確認>
前記オージェ電子分光(AES)測定結果に基づき、750℃から1200℃の範囲の各温度で真空加熱した前記六ホウ化ランタン(LaB)膜の表面組成の構造を同定するため、実施例1と同じ方法で、高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)測定を実施した。そのため、測定条件は実施例1と同じである。
その結果の1つ(真空加熱の条件が、1×10-6Paの真空中、800℃での15分間の加熱である場合)を図6に示す。
図6の結果に示されているとおり、真空加熱を800℃で実施すると、実施例1と同様、100、173、180meVの損失エネルギーピークが検出された。これらのピークは、「E. Rokuta et al., “Phonon Dispersion of an Epitaxial Monolayer Film of Hexagonal Boron Nitride on Ni(111)”, Phys. Rev. Lett. 79, 4609[1997]」で報告されている単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜のフォノンエネルギー(すなわち、単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜の振動ピーク)とほぼ一致することが確認された。なお、図示はしていないが、真空加熱の温度が1100℃でも検出され、1200℃になると検出されなくなることも確認された。つまり、真空加熱を850℃から1100℃で実施すると、前記六ホウ化ランタン膜の表面には、単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜が形成されていることが確認された。
従って、真空加熱を750℃より高く1200℃より低い温度範囲で行うことにより、基板上に成膜した窒素を含む六ホウ化ランタン膜が単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜で被覆され得ることがわかった。
【0075】
実施例3
<清浄化評価>
実施例1と2において最終的に得られた積層体を、大気中に曝露した後、真空加熱を実施した。代表例として、実施例1で最終的に得られた積層体のうち、前記六ホウ化ランタン(LaB)膜の表面上に単原子層の六方晶窒化ホウ素薄膜を析出させて被覆するための真空加熱の温度が800℃である場合について、大気中に曝露した後、3×10-7Paの真空中にて450℃と550℃の加熱温度で積層体の清浄化を行った結果をそれぞれ、図7と8に示す。ここで、積層体の加熱は、通電加熱によって実施し、温度はパイロメータで測定した。また、加熱時間は、前記設定温度(450℃)において、ベース圧力(2×10-8Pa)を回復するまでの時間又は1×10-7Pa未満に到達するまでの時間、具体的には、30分から2時間程度とした。また、真空加熱後の積層体の表面状態は、走査トンネル顕微鏡(STM)測定によって評価した。測定には、走査トンネル顕微鏡(STM)装置としてOmicron社製LT-STMを使用した。この装置を用いてトポグラフ像及び局所仕事関数マッピングを同時測定した。トンネル条件は、試料バイアスを-3.5V、トンネル電流を0.5nA、探針振幅を1Å、1kHzにして測定した。図7(a)と図8(a)は、幾何学的な凹凸を表すトポグラフ像であり、図7(b)と図8(b)は、同時測定した同領域の仕事関数マッピングであり、図7(c)と図8(c)はそれぞれ、図7(b)内の点線に沿った仕事関数プロファイルと図8(b)内の点線に沿った仕事関数プロファイルである。
図7の結果から、450℃での真空加熱では、均一な仕事関数分布が得られず、また、仕事関数の値も、六ホウ化ランタン膜本来の低仕事関数(すなわち、2.3eVであり、図7(c)の破線)に比べて、0.2から0.6eV程度大きくなることが確認された。つまり、450℃での真空加熱では、積層体の大気曝露後の清浄化が不十分であることがわかった。
他方、図8の結果から、450℃を上回る550℃での真空加熱では、均一な仕事関数分布が得られ、また、仕事関数の値も、六ホウ化ランタン膜本来の低仕事関数(すなわち、2.3eVであり、図8(c)の破線)が十分に回復されることが確認された。つまり、550℃やそれを上回る600℃の真空加熱によれば、積層体の大気曝露後の清浄化を十分に行え、450℃を大きく上回る500℃でも同様の効果が期待できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明によれば、電子を放出し易く、化学的反応性が高い低仕事関数材料であるランタノイド系ホウ化物を使用する電子源や電子デバイス等の電子材料としての利用が期待できる。特に、本発明寄れば、500から600℃に加熱すると清浄表面が保持できるので、電界放出電子源や熱放出電子源の分野及びそれを利用する分野での利用可能性(例えば、電子顕微鏡の分野での利用可能性)が大いに期待できる。
図1
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図7
図8