(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023046209
(43)【公開日】2023-04-03
(54)【発明の名称】脱臭素廃材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 11/24 20060101AFI20230327BHJP
C08J 11/16 20060101ALI20230327BHJP
【FI】
C08J11/24 ZAB
C08J11/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022021138
(22)【出願日】2022-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2021154695
(32)【優先日】2021-09-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】306039131
【氏名又は名称】DOWAメタルマイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 敏明
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 将吾
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 優子
(72)【発明者】
【氏名】中川原 聡
(72)【発明者】
【氏名】堀内 章芳
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 宏満
【テーマコード(参考)】
4F401
【Fターム(参考)】
4F401AA40
4F401AB02
4F401AB10
4F401AC06
4F401BA10
4F401CA34
4F401CA48
4F401CA51
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4F401CA68
4F401EA04
4F401EA07
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4F401EA10
4F401EA60
4F401EA71
4F401FA01Y
4F401FA01Z
4F401FA07Y
4F401FA07Z
(57)【要約】
【課題】マイルドな湿式反応環境下で、廃電子基板を含む廃材から臭素系難燃剤に由来する臭素成分を効果的に取り除き、有価金属の回収に適した素材を得る。
【解決手段】 廃電子基板を含む臭素含有廃材の破砕物を、有機溶媒と、塩基と、鉄粉とを混合した100~250℃の非水溶液中で撹拌することにより、前記破砕物中の臭素を前記非水溶液中に溶出させる脱臭素工程と、
前記脱臭素工程後の非水溶液から固形分を脱臭素廃材として回収する固液分離工程と、
を含む脱臭素廃材の製造方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
廃電子基板を含む臭素含有廃材の破砕物を、有機溶媒と、塩基と、鉄粉、銅粉およびニッケル粉からなる群より選ばれる1種以上の金属粉とを混合した100~250℃の非水溶液中で撹拌することにより、前記破砕物中の臭素を前記非水溶液中に溶出させる脱臭素工程と、
前記脱臭素工程後の非水溶液から固形分を脱臭素廃材として回収する固液分離工程と、
を含む脱臭素廃材の製造方法。
【請求項2】
前記有機溶媒はジオール類である、請求項1に記載の脱臭素廃材の製造方法。
【請求項3】
前記塩基は、アルカリ水酸化物、アルカリ土類水酸化物および有機塩基から選ばれる1種以上の物質である、請求項1または2に記載の脱臭素廃材の製造方法。
【請求項4】
前記塩基は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよびカリウムtert-ブトキシドから選ばれる1種以上の物質である、請求項1または2に記載の脱臭素廃材の製造方法。
【請求項5】
前記非水溶液は、前記塩基を前記有機溶媒1L当たり合計0.2~2.0モル混合したものである、請求項1~4のいずれか1項に記載の脱臭素廃材の製造方法。
【請求項6】
前記非水溶液は、前記金属粉を前記有機溶媒1L当たり2~200g混合したものである、請求項1~5のいずれか1項に記載の脱臭素廃材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、廃電子基板を含む臭素含有廃材から、環境や有価金属回収設備の耐久性に悪影響を及ぼす臭素を大幅に取り除き、有価金属の効率的な回収に適した脱臭素廃材を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子基板には銅、金、銀、その他の多くの有価金属が含まれているため、廃電子基板のリサイクルには大きな経済的価値がある。しかし、電子基板を構成する樹脂には臭素系難燃剤が含まれていることが多い。臭素系難燃剤は人体や地球環境へ悪影響を及ぼすことが懸念されることから、臭素系難燃剤に対する国際的な規制の取り組みが進んでいる。また、リサイクル工程において臭素系難燃剤に由来する臭化水素が装置の腐食を引き起こすことも問題となっている。そのため、廃電子基板を含む臭素含有廃材から、臭素を取り除く技術の開発が望まれている。
【0003】
特許文献1には、臭素系難燃剤を含有する熱可塑性樹脂組成物を200℃以下で塩基性化合物と接触させて、臭素系難燃剤の脱臭素化反応を促進させることが記載されている。その塩基性化合物として、アミン基含有化合物(段落0028)、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム(段落0029)が挙げられている。
【0004】
特許文献2には、臭素系難燃剤を含む樹脂を水蒸気雰囲気下で熱分解させ、樹脂の熱分解によって生成された液体生成物中の有機臭素化合物の脱臭素を行うことが記載されている。熱分解の温度として300~700℃の記載があり(請求項3)、実施例では500~700℃での実験が行われている。この水蒸気雰囲気下での熱分解に鉄粉などの鉄を共存させると、脱臭素化がさらに促進されるという(段落0010、0021)。水蒸気によって鉄が酸化され、その際に発生した水素が、脱臭素化反応、脱水酸基反応、脱アルキル化反応を加速するために、液体生成物中の有機臭素化合物の脱臭素化が加速され、廃電子機器に含まれている臭素は臭化水素(HBr)や臭化鉄(FeBr2)として回収されると記載されている(段落0011)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-123812号公報
【特許文献2】特開2020-125421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の技術によれば、臭素系難燃剤を含む熱可塑性樹脂を200℃以下で塩基性化合物と接触させることにより、脱臭素化反応を促進することができるとされる。しかし、発明者らの検討によれば、廃電子基板を多く含む廃材を塩基性化合物と接触させるだけでは、必ずしも十分に脱臭素が達成できるとは限らない。廃電子基板のリサイクルを考慮すると、より強力な脱臭素化技術の確立が望まれる。特許文献1の技術において、臭素系難燃剤を含む熱可塑性樹脂を塩基性化合物と接触させる処理は、溶媒に浸出させる工程の前処理として行われるものである。引用文献1の技術は、一段プロセスで溶媒への浸出までを完了させるものではない。
【0007】
特許文献2の技術は水蒸気による熱分解プロセスを利用することから、高温の水蒸気に耐え得る反応装置が必要となり、付帯設備も大がかりとなる。また、脱臭素を進める反応は鉄と水蒸気の反応により水素を生成し、樹脂の分解が進むことが鍵となっているため、300℃以上の温度が必要となる。
【0008】
本発明は、300℃以上といった高温での反応を必要とせず、よりマイルドな反応環境下で、廃電子基板を含む廃材から臭素系難燃剤に由来する臭素成分を効果的に取り除き、有価金属の回収に適した素材を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的は、廃電子基板を含む臭素含有廃材の破砕物を、有機溶媒と、塩基と、鉄粉、銅粉およびニッケル粉からなる群より選ばれる1種以上の金属粉とを混合した100~250℃、好ましくは150~250℃の非水溶液中で撹拌することにより、前記破砕物中の臭素を前記非水溶液中に溶出させる脱臭素工程と、
前記脱臭素工程後の非水溶液から固形分を脱臭素廃材として回収する固液分離工程と、
を含む脱臭素廃材の製造方法によって達成される。
【0010】
前記有機溶媒としては例えばジオール類を使用することができる。その好ましい具体例としてエチレングリコールを挙げることができる。その場合、脱臭素工程において、非水溶液の温度を例えば100~195℃、好ましくは150~195℃とすればよい。
【0011】
前記非水溶液は、塩基を、前記有機溶媒1L当たり例えば合計0.2~2.0モル混合したものとすることができる。すなわち、前記非水溶液を構成する溶媒物質と、塩基との量比は、溶質を含まない有機溶媒1Lに対し、塩基を例えば合計0.2~2.0モル加えた量的関係とすることができる。前記塩基として、例えば、アルカリ水酸化物、アルカリ土類水酸化物、有機塩基などを使用することができる。塩基は1種を単独で使用することもできるし、2種以上を複合して使用することもできる。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、カリウムtert-ブトキシドといった塩基物質を単独または複合で使用することができる。
【0012】
また前記非水溶液は、鉄粉、銅粉およびニッケル粉からなる群より選ばれる1種以上の金属粉を前記有機溶媒1L当たり例えば2~200g混合したものとすることができる。すなわち、前記非水溶液における溶媒物質と前記金属粉の量比は、溶質を含まない有機溶媒1Lに対し、金属粉を例えば2~200g加えた量的関係とすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、種々の有価金属と共に臭素系難燃剤成分を含む、廃電子基板を主体とする廃材から、臭素成分が顕著に除去されたリサイクル用素材(脱臭素廃材)を、比較的低温でのマイルドな湿式反応プロセスで得ることが可能となった。本発明では例えば300℃以上といった高温での反応や激しい化学反応を必要としないため、前記の素材を得るための設備コストも低く抑えられ、本発明の工業的な実施化は比較的容易である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】臭素系難燃剤物質の一例であるテトラブロモビスフェノールA(TBBPA)の構造式。
【
図2】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例1)。
【
図3】実施例1および比較例3における固液分離後の液体について、ICP-MSにより金属成分を分析した結果を示すグラフ。
【
図4】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例2)。
【
図5】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例3~6)。
【
図6】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例7~9)。
【
図7】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例10~12)。
【
図8】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例13)。
【
図9】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例14~16)。
【
図10】非水溶液サンプルの臭素含有量に基づく脱臭素率の経時変化を表すグラフ(実施例17)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[処理対象の材料]
処理対象の材料として、廃電子基板を含む廃材の破砕物を用意する。これまでに世界で生産された電子基板には、多くの場合、臭素系難燃剤が使用されている。代表的な臭素系難燃剤物質としては、例えばポリ臭素化ビフェニル(PBB)、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)、ヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)、テトラブロモビスフェノールA(TBBPA)、2,4,6-トリブロモフェノール(TBP)などが例示できる。
図1に、一例としてテトラブロモビスフェノールA(TBBPA)の構造式を示す。本発明では、臭素系難燃剤物質あるいはそれに由来する臭素化合物を含有する「臭素含有廃材」が処理対象となる。脱臭素工程では、後述のように非水溶液中での撹拌処理に供することから、予め小片あるいは粉粒状に破砕処理された破砕物を適用する。破砕物のサイズは例えば2cm大程度以下であることが好ましいが、後述の脱臭素工程をボールミル中で行う場合には、ミルの能力に応じて例えば数cm大の電子基板が含まれていても処理可能であると考えられる。脱臭素工程を破砕能力の低い撹拌処理により実施する場合は、粉粒状の破砕物を適用することが好ましい。
【0016】
[脱臭素工程]
上記の臭素含有廃材の破砕物を、有機溶媒と、塩基と、鉄粉、銅粉およびニッケル粉からなる群より選ばれる1種以上の金属粉とを混合した100~250℃の非水溶液中で撹拌することにより、前記破砕物中の臭素を前記非水溶液中に溶出させる。前記温度は有機溶媒の沸点以下とすることができる。そうすることにより、揮発した有機溶媒の回収作業を簡略化することができる。
【0017】
発明者らのこれまでの研究によると、臭素系難燃剤に由来する臭素を溶液中に溶出させるためには、溶液の温度を100℃以上とすることが望ましく、150℃以上とすることがより好ましく、170℃以上とすることがより効果的である。そのような温度環境を水溶媒で実現するにはオートクレーブが必要となり、工業的規模での実施は難しい。一方、溶液の温度を高めると臭素の溶出反応は促進されると考えられるが、比較的簡便な装置でマイルドな反応による脱臭素を実現するためには、溶液温度を250℃以下に抑えたい。そこで、本発明では有機溶媒を用いた100~250℃の非水溶液中で脱臭素反応を進行させる。反応時の溶液が接する気相の圧力(外圧)は概ね大気圧とすることができる。
【0018】
有機溶媒としては、大気圧での沸点が100~250℃であるものが好ましく、150~250℃であるものがより好ましい。また、使用する塩基が溶解しやすく、かつ臭素含有廃材から抽出された臭素化合物が溶解しやすい有機溶媒であれば特に限定されない。例えば、ジオール類や、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが使用できる。ここで「ジオール類」とは、2個の水酸基が2個の異なる炭素に結合している脂肪族あるいは脂環式化合物の総称をいう。工業的に入手しやすいエチレングリコール(大気圧での沸点:約197℃)は、好適な有機溶媒の1つである。エチレングリコールを用いるときは、脱臭素工程において、非水溶液の温度を170~195℃とすることが特に効果的である。ジエチレングリコール(大気圧での沸点:約244℃)も好適な有機溶媒として挙げられる。有機溶媒は1種のみを使用することもできるし、2種以上を混合して使用してもよい。2種以上の有機物を混合した有機溶媒を用いるときは最も沸点が低い物質の沸点以下で脱臭素工程を行うのがよい。
【0019】
ハロゲンである臭素を臭素系難燃剤物質から溶液中へ溶出させるためには、溶液中に塩基を溶解させておくことが効果的である。塩基としては、上述の有機溶媒に可溶な種々のものが適用可能と考えられる。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ水酸化物、水酸化カルシウム等のアルカリ土類水酸化物、ジブチルアミン、水酸化ブチルトリメチルアンモニウム、カリウムtert-ブトキシド(KOtBu)等の有機塩基が挙げられる。塩基は、1種のみを使用することもできるし、2種以上を混合して使用してもよい。使用する塩基の量は、非水溶液を構成する有機溶媒1L当たり塩基を例えば合計0.2~2.0モル混合した量とすることが好ましい。発明者らのこれまでの研究によれば、アルカリ水酸化物、アルカリ土類水酸化物および有機塩基から選ばれる1種以上の物質を使用することが効果的である。例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウムを複合で使用した場合でも良好な結果が得られている。
【0020】
本発明では、塩基に加え、鉄粉、銅粉およびニッケル粉からなる群より選ばれる1種以上の金属粉を存在させた非水溶液中で臭素含有廃材からの脱臭素を行う。上述のように、臭素系難燃剤物質の臭素成分を溶液中へ溶出させるためには、溶液中に塩基を溶解させておくことが有効である。ところが、その溶液中に鉄粉等の上記金属粉を存在させておくと、臭素含有廃材からの脱臭素反応が飛躍的に促進されることが分かった。特許文献2に教示されるように、鉄が酸化されて水素が発生するような環境では、発生した水素によって脱臭素化反応、脱水酸基反応、脱アルキル化反応が加速されることから、鉄粉の存在は臭素系難燃剤からの臭素の抽出に寄与することが知られている。しかしながら、塩基が溶解している溶液中でのマイルドな反応によって廃材から臭素成分を溶液中へ溶出させる手法においては、そもそも鉄粉のような金属鉄は水酸化ナトリウムをはじめとする塩基と基本的に反応しないと推察されることから、水素の発生による上記のような反応の加速効果は期待できない。本発明において、鉄粉等の上記金属粉の存在が脱臭素反応の促進に顕著に効くメカニズムについては、現時点では未解明であるが、塩基を含まない鉄粉含有溶液では、脱臭素反応の促進効果は僅かであることが発明者らの調査により確かめられていることから、塩基と鉄粉等の上記金属粉との相乗作用が生じているものと考えられる。発明者らの検討によれば、例えば鉄粉を使用した場合、塩基と鉄粉が存在する溶液中で撹拌処理した廃材中には、銅、金、銀その他の有価金属が十分に残留しており、かつ、その処理に使用した溶液中には臭素と共に鉄が多く溶解していることが確認されている。このことから、鉄粉に由来する鉄は、溶液に可溶な化合物を生成することによって、脱臭素反応の促進に寄与しているものと現時点では推察される。
【0021】
金属粉は、平均粒子径が例えば10~250μm程度のものを使用すればよい。鉄粉の場合、金属Feとしての鉄含有量が例えば90.0質量%以上である金属鉄の粉体を使用することが好ましい。使用する鉄粉の粒度分布については特に限定されないが、例えば平均粒子径45~250μm程度のものが好適な対象として例示できる。本発明では、平均粒子径が100nm以下であるような、大気中での取扱い性が悪いナノ鉄粉を使用する必要はない。金属粉の混合量は有機溶媒1L当たりに対し、2g以上とすることが好ましく、4g以上とすることがより効果的である。通常、金属粉の混合量は有機溶媒1L当たりに対し200g以下の範囲で設定すればよく、有機溶媒1L当たり50g以下、あるいは30g以下の範囲に管理してもよい。
【0022】
脱臭素反応を進行させるための反応容器は、処理対象である臭素含有廃材の破砕物を100~250℃の範囲の液温に調整された非水溶液中で撹拌することができるものであれば特に限定されない。ボールミルを反応容器として使用してもよい。その場合、例えば数cm大の臭素含有廃材の破砕物を非水溶液中で更に破砕しながら脱臭素反応を進行させることができるので、ボールミルを反応容器として使用する手法は工業的規模で脱臭素廃材を生産する上で好適である。
【0023】
脱臭素工程は、例えば以下のような手順で実施することができるが、これに限定さるものではない。
反応容器中に所定濃度の塩基が溶解している有機溶媒からなる非水溶液と、処理対象である臭素含有廃材の破砕物と、鉄粉、銅粉およびニッケル粉からなる群より選ばれる1種以上の金属粉とを投入する。有機溶媒と塩基を反応容器中で混合して非水溶液を調製し所定温度に到達したのちに、臭素含有廃材の破砕物と鉄粉とをその中に投入してもよい。臭素含有廃材の投入量は、その全部が非水溶液に浸漬し、撹拌が可能な量とする。撹拌装置やボールミルの撹拌能力にもよるが、非水溶液を構成する有機溶媒の体積(塩基と混合する前の正味の有機溶媒の体積)1L当たりにおける臭素含有廃材の破砕物の投入量を、例えば200gまでの範囲内で設定すればよい。臭素含有廃材の破砕物を非水溶液中で撹拌しながら、ヒーターにより加熱し、非水溶液の温度を上昇させる。有機溶媒の沸騰が起こらない100~250℃の範囲、好ましくは150~250℃の範囲に設定した所定温度に到達したのち、さらに撹拌を継続する。容器内の非水溶液と接する気相空間には窒素などの不活性ガスを流して還流することが好ましい。反応容器内を特に加圧する必要はなく、外圧(非水溶液が接する気相の圧力)は、大気圧付近の圧力とすることができる。撹拌時間については、脱臭素反応の進行に伴う反応速度の低下、脱臭素廃材の目標臭素含有量、および生産性を考慮して、最適な時間を設定すればよい。操業条件に応じて、予備実験により最適な撹拌時間を定めることができる。通常、1~10時間の範囲で最適条件を見出すことができる。脱臭素反応がある程度進んだ後にも高い反応効率を得たい場合には、撹拌開始から最終的に撹拌を終了するまでの間に、塩基や、鉄粉等の上記金属粉を追加投入してもよい。
【0024】
[固液分離工程]
上記の撹拌を終えた固形分を含む非水溶液(スラリー)を固液分離し、固形分を脱臭素廃材として回収する。固液分離の方法としては、フィルターを用いた濾過、ふるい分け、遠心分離などの公知の手法を適用することができる。固液分離によって回収された脱臭素廃材には、溶出した臭素含有物質が付着していると考えられるので、洗浄することが望ましい。洗浄は、例えば水洗によって行うことができる。得られた脱臭素廃材は、その後、必要に応じて乾燥させ、有価金属を回収するプロセスに供するための素材製品として利用できる。
【実施例0025】
廃電子基板を粉砕して約2mm以下の粉粒状の破砕片を得た。ここでは各条件下での脱臭素反応の効果を定量的に比較するため、上記の破砕片を篩い分けすることにより、100μmアンダーの粉体試料を用意した。以下、この粉体試料を「廃電子基板粉体」と呼ぶ。
廃電子基板粉体の臭素含有量を、燃焼法による元素分析にて調べた。その結果、廃電子基板粉体の臭素含有量は3.37質量%であった。
また、廃電子基板粉体の金属含有量をICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析)により調べたところ、表1の結果を得た。
【0026】
【0027】
有機溶媒として、エチレングリコール(C2H6O2、大気圧での沸点:約197℃)を用意した。
塩基として、試薬の水酸化ナトリウム(NaOH)を用意した。
金属粉として、関東化学株式会社鹿1級鉄粉(20071-01、純度>90.0%)を用意した。
これらを用いて以下に示す比較例1~3、実施例1の実験を行った。
【0028】
[比較例1]
本例では、非水溶液として、有機溶媒であるエチレングリコール(C2H6O2)のみからなる液を使用した。
フラスコ内にエチレングリコール50mLを入れた。本例では塩基および鉄粉は使用していない。フラスコ内の気相空間には窒素ガスを連続的に導入し、還流器を取り付けて還流できるようにした。このフラスコを所定温度に調整されたシリコーンオイル浴に浸漬して加熱し、フラスコ内の液を回転羽根で撹拌しながら液温を上昇させ、190℃に到達後、その液中に上記の廃電子基板粉体1gを入れた。液中に廃電子基板粉体を入れた時点から起算して5時間、液温を190℃に維持しながら撹拌を継続した。その間、30分毎にフラスコ中の非水溶液1mLをサンプルとして分取し、イオンクロマトグラフ法により液中の臭素含有量を測定し、後述の(1)式により各反応時間における脱臭素率XDe-Br(%)を求めた。5時間経過時点で撹拌を止め、フラスコをシリコーンオイル浴から出して室温下で放冷した。放冷中もフラスコ内に窒素ガスを流し続けた。フラスコ内の液温が約50℃以下に低下した後、フラスコ内の液(スラリー)を孔径1μmの濾紙による吸引濾過によって固液分離した。
【0029】
固液分離により回収された固形分を脱イオン水で洗浄した。この洗浄を終えた段階の粉体試料を「処理済み粉体」と呼ぶ(以下の各例において同じ。)。処理済み粉体の臭素含有量を、上述の廃電子基板粉体の場合と同様の方法で調べた。その結果、処理済み粉体の臭素含有量は2.91質量%であった。
表2に、処理済み粉体の臭素含有量を以下の各例と共にまとめて示してある。
【0030】
各反応時間における脱臭素率X
De-Brの算出においては、脱臭素した臭素分は臭化物イオンとして溶液中に存在すると仮定し、下記(1)式を用いた。
X
De-Br(%)=(W
Br/W
Br0)×100 …(1)
W
Br(g):溶液に含まれる臭素重量
W
Br0(g):廃電子基板粉体に含まれる臭素重量
ここで、W
Br0の算出には廃電子基板粉体の臭素含有量3.37質量%を用いた。
図2に、脱臭素率X
De-Br(%)の経時変化を示す(以下の各例において同じ。)。
【0031】
[比較例2]
本例では金属粉として上記の鹿1級鉄粉を使用した。すなわち、190℃に昇温させたフラスコ内のエチレングリコール50mL中に、廃電子基板粉体1gと共に上記の鉄粉1gを入れたことを除き、比較例1と同様の条件で実験を行った。本例では塩基は使用していない。有機溶媒(エチレングリコール)1L当たりの金属粉(鹿1級鉄粉)の混合量は20gとなる。実験の結果、処理済み粉体の臭素含有量は0.99質量%であった。
【0032】
[比較例3]
水酸化ナトリウムを有機溶媒であるエチレングリコール1L当たり0.5モルの割合で混合した溶液を調製し、その溶液50mLを非水溶液として使用したことを除き、比較例1と同様の条件で実験を行った。水酸化ナトリウムは有機溶媒中に完全に溶解させた。本例では金属粉は使用していない。実験の結果、処理済み粉体の臭素含有量は0.34質量%であった。
【0033】
[実施例1]
本例では塩基および上記の鹿1級鉄粉を使用した。すなわち、水酸化ナトリウムを有機溶媒であるエチレングリコール1L当たり0.5モルの割合で混合した溶液を調製し、その溶液50mLを非水溶液として使用したこと、および190℃に昇温させたフラスコ内の非水溶液中に、廃電子基板粉体1gと共に上記の鉄粉1gを入れたことを除き、比較例1と同様の条件で実験を行った。水酸化ナトリウムは有機溶媒中に完全に溶解させた。有機溶媒(エチレングリコール)1L当たりの金属粉(鹿1級鉄粉)の混合量は20gとなる。実験の結果、処理済み粉体の臭素含有量は0.09質量%であった。
【0034】
【0035】
表2、
図2から分かるように、有機溶媒のみからなる溶液中で撹拌するだけでは脱臭素効果は小さい(比較例1)。鉄粉を混合することより脱臭素効果は向上する(比較例2)。塩基を混合した溶液を使用することにより脱臭素効果はさらに向上する(比較例3)。これに対し、塩基を混合した溶液を使用し、かつ鉄粉を混合することより、脱臭素効果は著しく向上する(実施例1)。すなわち、塩基のみを混合した溶液では除去できなかった臭素含有廃材中の臭素を、鉄粉を使用することによって大幅に除去できるようになることが確認された。なお、
図2に示した5hの脱臭素率の値と、表2に示した撹拌処理前および撹拌処理5h後の臭素含有量とを対比すると、撹拌処理前の廃電子基板粉体中には、溶液の分析値に現れていない臭素(例えば反応後溶液側に溶出している臭素化合物のうち臭化物イオンとして検出されないものなど)がある程度存在していると考えられる。しかし、
図2のデータは、脱臭素反応の経時変化を知るうえで参考になる。
【0036】
図3に、実施例1および比較例3における固液分離後の液体について、ICP-MSにより金属成分を分析した結果を示す。鉄粉を使用した実施例1では、液中の鉄含有量が大幅に増加している。本来、鉄粉は水酸化ナトリウムとほとんど反応しないことから、実施例1で加えた鉄粉は臭素系難燃剤物質と反応し、溶媒に可溶な臭素含有物質の形成に消費されたことが示唆される。
【0037】
[実施例2~6]
還元鉄粉(DOWA IPクリエイション株式会社製、銘柄:DE)を用意した。この還元鉄粉は、レーザー回折・散乱法による体積基準の累積50%粒子径D50が約80μmであり、金属Feとしての鉄含有量が92.3質量%、酸化鉄として含まれる鉄分を加えたトータル鉄含有量は97.6質量%である。金属粉としてこの還元鉄粉を使用したこと、および金属粉の混合量を有機溶媒1L当たり2.0g(実施例2)、4.0g(実施例3)、8.0g(実施例4)、12.0g(実施例5)、16.0g(実施例6)としたことを除き、実施例1と同様の方法で実験を行った。各例の条件を表3に示す。また、実験結果を
図4、
図5に示す。
【0038】
【0039】
図4、
図5から分かるように、金属粉を添加していない比較例3との対比において、金属粉(ここでは鉄粉)を有機溶媒1L当たり2.0g以上混合したものでは、撹拌時間を十分に確保したときの脱臭素効果の向上が認められる。
【0040】
[実施例7~9]
金属粉として還元鉄粉(実施例2~6と同種のもの)を使用したこと、金属粉の混合量を有機溶媒1L当たり16.0gとしたこと、および塩基の混合量を有機溶媒1L当たり0.25モル(実施例7)、0.5モル(実施例8)、1.0モル(実施例9)としたことを除き、実施例1と同様の方法で実験を行った。各例の条件を表4に示す。また、実験結果を
図6に示す。
【0041】
【0042】
図6から分かるように、金属粉を添加していない比較例3との対比において、金属粉(ここでは鉄粉)を添加したものでは、種々の塩基混合量において、撹拌時間を十分に確保したときの脱臭素効果の向上が認められる。
【0043】
[実施例10~12]
金属粉として還元鉄粉(実施例2~6と同種のもの)を使用したこと、金属粉の混合量を有機溶媒1L当たり16.0gとしたこと、および塩基の種類と有機溶媒1L当たりの塩基の混合量を、水酸化カリウム:0.5モル(実施例10)、カリウムtert-ブトキシド:0.5モル(実施例11)、水酸化ナトリウム:0.25モル+水酸化カリウム:0.25モル(実施例12)としたことを除き、実施例1と同様の方法で実験を行った。各例の条件を表5に示す。また、実験結果を
図7に示す。
【0044】
【0045】
図7から分かるように、金属粉(ここでは鉄粉)を添加したものでは、水酸化ナトリウム以外の塩基を使用しても優れた脱臭素効果が得られる。
図7中には水酸化ナトリウムを使用した実施例8の結果を併記してある。アルカリ金属アルコキシドであるカリウムtert-ブトキシドを使用した実施例11では、水酸化ナトリウムを使用した実施例8を上回る脱臭素効果が観測された。
【0046】
[実施例13]
金属粉として還元鉄粉(実施例2~6と同種のもの)を使用したこと、金属粉の混合量を有機溶媒1L当たり16.0gとしたこと、および有機溶媒としてジエチレングリコールを使用したことを除き、実施例1と同様の方法で実験を行った。本例の条件を表6に示す。また、実験結果を
図8に示す。
【0047】
【0048】
図8から分かるように、有機溶媒としてジエチレングリコールを使用した場合でも優れた脱臭素効果を得ることができる。
図8中にはエチレングリコールを使用した実施例8の結果を併記してある。
【0049】
[実施例14~16]
銅粉(関東化学株式会社製、鹿1級07439-31、純度>99.5%)、ニッケル粉(関東化学株式会社製、28104-32、純度>99.0%)、還元鉄粉(実施例2~6と同種のもの)を用意した。
金属粉として上記銅粉(実施例14)、上記ニッケル粉(実施例15)、上記還元鉄粉(実施例16)をそれぞれ使用したことを除き、実施例1と同様の方法で実験を行った。各例の条件を表7に示す。また、実験結果を
図9に示す。
【0050】
【0051】
図9から分かるように、金属粉を添加していない比較例3との対比において、金属粉として銅粉やニッケル粉を使用した場合でも、撹拌時間を十分に確保したときの脱臭素効果の向上が認められる。
【0052】
[比較例4、実施例17]
ここでは撹拌中の液温を160℃とした実験例を示す。
比較例4は、液温を160℃としたことを除き、比較例2と同様の方法で実験を行ったものであり、金属粉を使用していない例である。一方、実施例17は、液温を160℃としたことを除き、実施例6と同様の方法で実験を行ったものであり、金属粉として鉄粉を使用した例である。各例の条件を表8に示す。また、実験結果を
図10に示す。
【0053】
【0054】
図10から分かるように、金属粉を使用することによる脱臭素効果の向上が認められる。