(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023047103
(43)【公開日】2023-04-05
(54)【発明の名称】筋電センサシステム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/296 20210101AFI20230329BHJP
A61F 2/72 20060101ALI20230329BHJP
A61B 5/256 20210101ALI20230329BHJP
A61B 5/276 20210101ALI20230329BHJP
【FI】
A61B5/296
A61F2/72
A61B5/256 220
A61B5/276 200
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021156039
(22)【出願日】2021-09-24
(71)【出願人】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(71)【出願人】
【識別番号】598144719
【氏名又は名称】株式会社 タナック
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】横井 浩史
(72)【発明者】
【氏名】小野 祐真
(72)【発明者】
【氏名】山野井 佑介
(72)【発明者】
【氏名】島田 岳佳
(72)【発明者】
【氏名】矢吹 佳子
(72)【発明者】
【氏名】棚橋 一将
(72)【発明者】
【氏名】若松 享平
【テーマコード(参考)】
4C097
4C127
【Fターム(参考)】
4C097AA02
4C097AA11
4C097BB02
4C097CC09
4C097EE13
4C097TB20
4C127AA04
4C127LL08
4C127LL13
(57)【要約】
【課題】装着が容易でノイズが抑制された防水型の筋電センサシステムを提供する。
【解決手段】筋電センサシステムは、筋電センサと、前記筋電センサを支持する装着ベルトと、を有し、前記筋電センサは、第1方向に伸長可能な防水性の基材と、前記基材の第1の面で露出する電極とを有し、前記筋電センサは、前記装着ベルトの円弧状の部分に対して弦を形成するように前記装着ベルトに固定されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筋電センサと、
前記筋電センサを支持する装着ベルトと、
を有し、
前記筋電センサは、第1方向に伸長可能な防水性の基材と、前記基材の第1の面で露出する電極とを有し、
前記筋電センサは、前記装着ベルトの円弧状の部分に対して弦を形成するように前記装着ベルトに固定されている、
筋電センサシステム。
【請求項2】
前記第1方向は、前記基材の長手方向であり、
前記筋電センサは、前記長手方向の第1端部と第2端部で前記装着ベルトに固定され、前記第1端部と前記第2端部の間の領域は前記装着ベルトに固定されていない、
請求項1に記載の筋電センサシステム。
【請求項3】
前記第1の面は、前記筋電センサが前記装着ベルトの前記円弧状の部分と対向する面と反対側の面である、
請求項1または2に記載の筋電センサシステム。
【請求項4】
前記基材は、前記第1方向に伸長する伸縮布にシリコーンゴムを充填した素材で形成されている、
請求項1から3のいずれか1項に記載の筋電センサシステム。
【請求項5】
前記電極は、一対の電極と、基準電極とを含み、
前記一対の電極は、前記第1の面で露出する第1露出面を除いて、筋電信号を処理する電子部品とともに防水加工されており、
前記基準電極は、前記電子部品に基準電位を供給する配線を引き出した状態で、前記第1の面で露出する第2露出面を除いて防水加工されている、
請求項1から4のいずれか1項に記載の筋電センサシステム。
【請求項6】
前記筋電センサシステムの装着時に、前記筋電センサは前記第1方向に伸びながら、前記装着ベルトの前記円弧状の部分に向かって湾曲する、
請求項1から5のいずれか1項に記載の筋電センサシステム。
【請求項7】
前記筋電センサが前記第1方向へ伸長することで、円弧の中心へ向かう荷重が単調増加する、
請求項6に記載の筋電センサシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋電センサシステムに関し、特に、防水型の筋電センサシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
筋電義肢では、筋肉の収縮により発生する微弱な電流(表面筋電位)を電極で採取して義指、義手、義足などの動作を制御する。電極は手足の皮膚と直接接触することから、筋電位(EMG:electromyography)信号を検知するセンサの電極には装着感の良さが求められる。
【0003】
筋電センサの電極に生体適合性の高い導電性の高分子材料を用い、伝導率の異なる導電性高分子の層を積層にした電極が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。この電極は、皮膚との接触部が、カーボンを添加した導電性のシリコーンで形成されており、義手使用後の電極痕も少なく、良好な装着感を提供する。
【0004】
義肢を装着して自立した生活をおくるためには、入浴、洗顔、炊事など、水を使う動作をこなせることが望ましい。筋電センサに用いられている電極が水などの導電体に触れると、内部インピーダンスが変動し、出力電圧が低下するので、装着感に加えて、高い防水機能が求められる。EMG信号を取得する電極間の導電経路を耐水性テープで保護することで、EMG信号の振幅の低下が抑制できるという研究結果が出されている(たとえば、非特許文献1参照)。筋電図用アクティブ電極の差動増幅回路を防水保護し、電極を皮膚に密着させる圧力を高めることで性能が改善されることが報告されている(たとえば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A. Rainoldi, et al., "Surface EMG alterations induced by underwater recording", Journal of Electromyography and Kinesiology, Vo. 14, pp. 325-331、2004
【非特許文献2】小池康晴,"お風呂に入ることができる福祉機器の開発",科学研究費助成事業研究成果報告書,2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の非特許文献1、及び2に記載されている防水構成は実験の域を出ず、実際に義肢に適用する際の具体的な構成は開示されていない。実際、非特許文献2では、水中での低圧時と高圧時の出力信号を比較しているだけであり、センサを皮膚に密着させるための周辺構造については、何ら開示されていない。筋電センサは一般的に外力の影響を受けやすいので、センサを皮膚に密着させる構成を具体化するにあたっては、センサと皮膚の間の接触圧力の変動に起因するノイズ低減の問題を解決する必要がある。
【0008】
本発明は、装着が容易でノイズが抑制された防水型の筋電センサシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
一実施形態において、筋電センサシステムは、筋電センサと、前記筋電センサを支持する装着ベルトと、を有し、
前記筋電センサは、第1方向に伸長可能な防水性の基材と、前記基材の第1の面で露出する電極とを有し、
前記筋電センサは、前記装着ベルトの円弧状の部分に対して弦を形成するように前記装着ベルトに固定されている。
【発明の効果】
【0010】
上記の構成により、装着が容易でノイズが抑制された防水型の筋電センサシステムが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態の筋電センサシステムの模式図である。
【
図3A】防水チップを搭載する前の基材を示す図である。
【
図3B】作製した筋電センサシステムの外観図である。
【
図5】筋電センサの弦状配置により働く荷重を示す図である。
【
図6】筋電センサの基材の伸長量と荷重の関係を示すシミュレーション図である。
【
図7】筋電センサの基材の伸長量と荷重の関係を示す実測データである。
【
図8A】実施形態の筋電センサシステムにより測定された筋電波形図である。
【
図8B】実施形態の筋電センサシステムにより測定された筋電波形図である。
【
図8C】実施形態の筋電センサシステムにより測定された筋電波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
実施形態では、EMG信号を検知する筋電センサ自体に防水機能をもたせ、装着が容易で、かつノイズが抑制された筋電センサシステムを提供する。一般的に、筋電センサでは所定距離離して皮膚に取り付けられた一対の電極から電気信号を取得し、その信号を差動増幅して出力する。電極と皮膚の間に水が存在すると、内部インピーダンスが変動して、出力電圧が低下する。防水型の筋電センサを実現するには、差動増幅回路などの電子部品を防水するとともに、皮膚と電極の界面を防水する必要がある。
【0013】
電極と皮膚の間の電気的インピーダンスは、電極と皮膚との接触圧力に反比例する傾向にある。電極と皮膚の間の電気的インピーダンス(これを皮膚インピーダンスと呼ぶ)を低くしてEMG信号の検出感度を上げるためには、接触圧力を高く保つ必要がある。一方で、電極と皮膚との接触圧力は外力の影響を強く受け、皮膚インピーダンスも外力の影響によって敏感に変化する。電極と皮膚の間でインピーダンスが変化し2つの電極間で皮膚インピーダンスが異なると、同相成分のノイズを除去することができず、差動成分である筋電位のみを取り出すことが難しくなる。
【0014】
実施形態では、皮膚への電極の密着性と、ノイズ抑制の両方を満たすために、以下の構成を採用する。一方向に伸長可能な防水性の基材に電極を埋め込むことで、筋電センサ自体を防水シールとして機能させる。同時に、円弧上の装着ベルトに対して基材を弦のように固定することで、筋電センサにかかる圧力変動を最小にして、ノイズを抑制する。筋電センサの弦状の配置は、ユーザが筋電センサシステムを装着したときに、筋電センサと皮膚との密着性を強め、防水機能を強化する効果もある。これにより、装着が容易で、かつノイズが抑制された防水型の筋電センサシステムが実現される。
【0015】
<筋電センサシステムの構成>
図1は、実施形態の筋電センサシステム10の模式図である。筋電センサシステム10は、筋電センサ11と、筋電センサ11を支持する装着ベルト12を有する。筋電センサ11は、双方向矢印Aで示すように、長手方向に伸長可能な防水性の基材17を有する。
【0016】
基材17は、P1とP2の2か所で装着ベルト12に固定されている。装着ベルト12は、P1とP2の間で円弧を形成している。基材17の長手方向の両端を、
図1の状態でP1とP2で装着ベルト12に固定することで、筋電センサ11は、装着ベルト12の円弧に対して弦を形成する。装着ベルト12は、繊維、合成繊維、その他のファブリック製のベルトであってもよいし、後述するように、一部がプラスチックまたは防水性のポリマーで形成されたベルトであってもよい。装着ベルト12には、バックル121等のベルト締具が設けられていてもよい。
【0017】
筋電センサ11は、位置P1とP2で装着ベルト12に連結され、P1とP2の間の領域は装着ベルト12に固定されていない。筋電センサ11と装着ベルト12との連結箇所を最小限にして、筋電センサ11を浮かせた状態で保持することで、筋電センサ11にかかる外力の影響を最小化できる。一般に、筋電センサを固定する装着ベルトを付けた状態で腕や足を動かすだけで、装着ベルトに多大な外力がかかる。筋電センサの全体を装着ベルトに取り付ける構成では、外力の発生により筋電セン自体が振動して、ノイズが大きくなる。
図1の構成とすることで、筋電センサ11にかかる圧力変動を最小化して、ノイズを抑制することができる。
【0018】
筋電センサ11の基材17に、2組の測定電極140及び150と、基準電位を与える基準電極131が埋め込まれている。基材17の底面17bで、測定電極140、150、及び基準電極131が露出する。基材17の底面17bは、筋電センサ11が円弧状の装着ベルト12に対向する面と反対側の面であり、皮膚との接触面になる。
【0019】
図2は、筋電センサ11の模式図である。
図2の(A)は底面図、(B)は側面図である。座標系として、筋電センサ11の長さ(l)方向をX方向、幅(W)方向をY方向、高さ方向をZ方向とする。
【0020】
筋電センサ11は、基材17と、基材の底面17bで露出する測定電極140、150、及び基準電極131を有する。この例では、基準電極131に対して、2組の測定電極140と150を設けて2チャンネルのセンサとしているが、この例に限定されない。基準電極に対して、一組の測定電極だけを用いてもよいし、4組の測定電極を用いて4チャンネルのセンサとしてもよい。
【0021】
基材17は、X方向に伸長可能である。基材17がY方向にわずかに伸長可能であっても、基材17は幅方向に沿って装着ベルト12に固定されるので、Y方向への伸長は無視できる。基材17は一方向に伸長可能と評価することができる。
【0022】
基材17は、十分な弾性と、防水性または撥水性を備えた材料で形成される。このような材料として、シリコーン、ポリウレタンゴム系のポリマー、エチレンプロピレンゴムなどを用いることができ、高伸長のシリコーンは特に望ましい。ただし、シリコーンは断裂しやすく、短辺(幅)側の端部だけで装着ベルト12に固定することが難しい。
【0023】
そこで、基材17の強度を強め、かつ加工しやすい素材にするために、伸縮布にシリコーンなどの弾性材料を充填した基材17を作製する。伸縮布として、パワーネット、伸縮包帯、スパンデックス(登録商標)包帯などを用いることができる。実施形態では、表面凹凸が少なく、適切なメッシュサイズをもつパワーネットを用いる。
【0024】
パワーネットは、ポリエステル、ポリウレタン、ナイロンとポリエステルの重合体などの弾性糸を用いたメッシュ素材である。パワーネットにシリコーン(TSG-E30,株式会社タナック製)を塗布し、メッシュ内にシリコーンを充填することで、防水性と弾性を備えた基材17が得られる。実施形態では、一方向(たとえばX方向)のみに支配的に伸長するように、ハニカム形状に編み込まれたパワーネットを用いる。
【0025】
基材17の厚さtは、たとえば0.45mm、幅Wは、たとえば、50mmである。基材17の自然長lは、筋電センサシステム10が適用される部位(前腕など)の太さ、または直径によって決定され得る。
【0026】
基材17に埋め込まれる測定電極140と150、及び基準電極131のそれぞれは、防水加工されている。測定電極140と150、及び基準電極131は、特許文献1に記載されているように、所定量のカーボンを含むシリコーンゴムで形成されてもよい。あるいは、ポリフェニレンビニレン等の導電性ポリマーにバインダー樹脂を添加した材料、または、金、白金などの耐食性に優れた比較的柔らかい金属などで、これらの電極を形成してもよい。
【0027】
測定電極140は、距離d離れて配置される一対の電極141と142を含む。測定電極150は、距離d離れて配置される一対の電極151と152を含む。距離dは、たとえば10mm程度である。電極141、142、151、及び152の長さl2は、たとえば20mm、幅w2は、たとえば10mmである。基準電極131は、たとえば30mm×30mmの正方形状であってもよい。
【0028】
測定電極140は、配線146によってアンプ145に接続されている。電極141と142の底面を除いて、測定電極140、配線146、及びアンプ145の全体は、防水加工された防水チップ14内に収容されている。同様に、測定電極150は、配線156によってアンプ155に接続されている。電極151と152の底面を除いて、測定電極150、配線156、及びアンプ155の全体は、防水加工された防水チップ15内に収容されている。
【0029】
防水チップ14は、以下の手順で作製されてもよい。入出力用のコードが接続された状態のアンプ145を、一対の電極141、142、及び、配線146とともに防水加工用の金型に配置し、液状シリコーンを注入する。液体シリコーンを乾燥し、固化した後に金型から取り出して、防水チップ14を得る。防水チップ15も同様の方法で作製される。
【0030】
基準電極131は、アンプ145、及び155に基準電位を供給するための配線133に接続されている。防水チップ13は、配線133を外に引き出した状態で基準電極131を金型に配置し、注入した液状シリコーンを固化して作製される。ここで、「チップ」という用語は文字通り「小片」という意味で用いられており、電子回路を封止しているか否かは無関係である。
【0031】
防水チップ13、14、15は、基準電極131と、電極141、142、151、及び152が基材17の底面17bに露出するように、基材17に埋め込まれている。基材17bの底面17bで各電極が露出する限り、作製方法は特に限定されない。実施形態では、準備した基材17に、電極露出用の開口を形成し、開口に防水チップ13、14、15をはめ込んでシーリングする。
【0032】
図3Aは、防水チップ13、14、及び15を搭載する前の基材17を示す。パワーネットにシリコーンを充填した基材17に、防水チップ搭載用の開口が形成されている。具体的には、基準電極131を露出するための開口171、電極141と142をそれぞれ露出する開口173と174、及び、電極151と152をそれぞれ露出する開口175と176が、基材17に形成されている。
【0033】
開口171、173、174、175、176の周縁に硬化前のシリコーンを塗布し、各電極が対応する開口内に位置するように防水チップ13、14、及び15を取り付け、シリコーンを硬化させる。硬化後に、基材17の端部を装着ベルト12の位置P1とP2に縫合する。
【0034】
図3Bは、実際に作製された筋電センサシステム10の外観を示す。装着ベルト12を円弧状にたわませた状態で、筋電センサ11が弦となるように装着ベルト12に取り付けられている。使用時に筋電センサシステム10に外力がかかる場合でも、筋電センサ11に対して外力がかかるのは、両端の固定部だけである。測定電極140、150、及び基準電極131に対して働く外力は少なく、EMG信号に混入するノイズを低減することができる。
【0035】
図3Cは、アンプ145、及び155に接続されたコードと配線133の接続状態を示す。基準電極131の配線133は、アンプ145の基準電位V
REFと、アンプ155の基準電位V
REFに接続されている。アンプ145と155のGNDは、それぞれ接地電位に接続されている。アンプ145と155を駆動する電圧は、それぞれのV
INに接続されている。測定電極140と150で得られた電流信号は、アンプ145と155によりそれぞれ差動増幅され、V
SIGから出力される。
【0036】
<筋電センサシステムの装着>
図4は、筋電センサシステム10Aの装着を示す図である。筋電センサシステム10Aを前腕20に装着する例を考える。
図4の(A)は装着前の状態、(B)は装着後の状態である。筋電センサシステム10Aは、装着ベルト12Aと、装着ベルト12Aに弦状に取り付けられた筋電センサ11を有する。
【0037】
装着ベルト12Aは、円弧部123と、ベルト122と、固定具121を有する。円弧部123は、プラスチック等により、前腕20の外周にフィットする形状に成形されていてもよい。ベルト122は、前腕20に巻き付けることのできる任意の素材で形成されており、たとえば、マジックベルトである。固定具121は、ベルト122を所定位置に固定する固定具であり、たとえば、バックルである。
【0038】
筋電センサ11は、基材17の裏面17bで露出する測定電極140、150、及び基準電極131が前腕20と接触するように、位置P1とP2で装着ベルト12Aに固定されている。基材17は、長手方向に伸長可能である。ユーザが、前腕20を筋電センサ11の裏面17bに押し当てながら円弧部123に嵌め込むと、筋電センサ11は長手方向に伸びながら、円弧部123に沿って湾曲する。
【0039】
図4の(B)のように、装着する方と反対側の手で、ベルト122を前腕20の外周に巻き付けて固定すると、測定電極140、150と基準電極131は前腕20にぴったりと接触する。基材17は、長手方向に引っ張られた状態で前腕20を覆うので、筋電センサ11自体がシーリングとして機能する。同時に、測定電極140、150、及び基準電極131が、前腕20の表面に対して押圧され、皮膚と電極の間への水の侵入を防止できる。基材17は、両端部のみで装着ベルト12に固定されているので、測定電極140、150、及び基準電極131のそれぞれで、圧力変動に起因するインピーダンス変動が抑制され、ノイズを低減できる。
【0040】
図5は、筋電センサ11の弦状配置によりはたらく荷重を説明する図である。筋電センサ11の自然長をl[m]、伸長方向に垂直な断面積をS
0[m
2]、基材17のゴム弾性をE[N/m
2]とする。前腕20の半径をR[m]、筋電センサ11が前腕20に沿って彎曲したときの円弧長をL[m]とする。
【0041】
筋電センサ11が自然長lから円弧長Lまで伸長変形したとき、筋電センサ11のひずみεは、式(1)で表される。
【0042】
ε=(L-l)/l (1)
したがって、筋電センサ11の長手方向への引張り強さFは、式(2)で表される。
【0043】
F=εES0={(L-l)/l}×ES0 (2)
ここで、(L-1)は伸長長さΔlである。
【0044】
引張り強さFは、微小な長さに対しても同様であるので、筋電センサ11が微小な角度dθで
図5のように接触することを考えると、引張強さFの法線方向の力の合成が、
図5の矢印の方向に働く向心力に等しい。引張り強さFの法線方向成分F
nは、
F
n=Fsin(dθ/2)
である。dθ→0のときsin(dθ/2)≒dθ/2より、向心力、すなわち前腕20の中心方向に向かう荷重N
0は、
N
0=2F
n=Fdθ={L(L―l)}ES
0dθ (3)
となる。
【0045】
図5のモデルで、L=Rθ
0を満たすθ
0を考えたとき、筋電センサ11が接触している領域にはたらく、前腕20の中心方向へ向かう加重Nは、
【0046】
【0047】
この値Nは理論値である。以下では、実際の値を力センサで測定することで、
図5の力学モデルによる理論値と、実際の値との対応関係を確かめる。
【0048】
<伸長長さΔlと荷重Nの関係>
図6は、筋電センサ11の基材17の伸長量と荷重の関係を示すシミュレーション図である。
図6のシミュレーションは、
図5のモデルに基づき、
N={L(L―l)/RL}×ES
0
で表される理論値を、異なる周長Lについてプロットしたものである。筋電センサ11の自然長lを14cm(0.14m)、断面積S
0を、50mm×0.45mm=22.5mm
2(22.5×10
-6m
2)に設定する。周長Lを、19cm、24cm、29.4cmの3通りに設定し、伸長長さΔlと荷重Nの関係をプロットする。
【0049】
周長Lの値にかかわらず、荷重Nは伸長長さΔlに対して単調増加する。筋電センサ11から装着部位の中心方向にはたらく荷重を大きくしたいときは、自然長lからの伸長長さΔlを大きくすればよい。また、周長Lが小さいほど、伸長長さΔlの増加による荷重の変化が大きくなる。
【0050】
図7は、作製した筋電センサ11の伸長量と荷重の関係を示す実測データである。測定は、以下の手順で行う。前腕20と疑似するテーパ状の円筒の表面に、力センサを固定する。筋電センサ11を長手方向にΔlだけ伸ばした状態で、基準電極131の中心を力センサに接触させて装着ベルト12を締める。
【0051】
図6と同様に、周長Lを19cm、24cm、29.4cmと変え、それぞれの周長Lで荷重を測定する。力センサとして、Interlink Electronics, Inc.製の感圧センサFSR(登録商標)400を用い、シリアル通信で取得できる電圧の変位を測定する。
【0052】
図7の横軸は、
図6と同様に伸長長さΔlであるが、縦軸は、力センサの出力電圧値Voutの指数関数exp(Vout)を表す。exp(Vout)は、荷重に対応する値として用いられる。
【0053】
使用した感圧センサのデータシートによると、感圧センサの出力電圧値Voutは、荷重Nに対して、Vout=C×lоgNで変化する。定数Cは感圧センサの個体差により決まる値であり、正確な値は不明なので、ここではC=1とおく。N=exp(Vout)で求まる値を、荷重に対応する値として記録する。同じ伸長長さΔlに対して、5回の測定を行い、5回の記録の平均値と標準偏差を求める。
【0054】
実測データによると、伸長長さΔlが2cm以上の領域で、
図7の変化の傾向は、
図6と同じである。すなわち、周長Lにかかわらず、伸長長さΔlに対して荷重は単調増加し、線形近似が可能である。また、周長Lが小さいほど、伸長長さΔlの変化に対する縦軸の値の変化の割合が大きい。伸長長さΔlが2cm未満の領域で、
図6と同じ傾向が観察されないのは、感圧センサで取得される出力電圧は荷重に対して対数的に増加するため、Δlが小さく荷重の小さい領域で、誤差が大きくなるためと考えられる。
【0055】
図6、及び
図7から、実施形態の筋電センサシステム10は理論値と同じ傾向を示し、皮膚と電極の間に水が浸入しない条件を満たす荷重を、筋電センサ11の自然長l、伸長長さΔl、装着部位の周長Lに基づいて、設計できることがわかる。
【0056】
<効果確認>
図8A~
図8Cは、実施形態の筋電センサシステム10により測定された筋電波形図である。筋電センサシステム10は、義肢使用中に、水を扱う日常生活動作を可能とすることを目的としている。筋電センサシステム10を空気中で使用するときと、水中で使用するときで、EMG信号に差がないことを検証する。
【0057】
実験を以下の手順で行う。3名の被験者につき、筋電センサシステム10を前腕の同じ位置に固定する。一対の電極141、142は腕の長さ方向に所定距離、離れて配置される。3名の被験者の前腕の周長は、基材17の長軸に沿った中心線の位置で、それぞれ23.0cm、24.8cm、26.6cmである。
【0058】
机上に水を入れた水槽を置き、各被験者は、空気中での使用時と、水中での使用時で同じ姿勢を維持する。空気中と水中の双方で、手を握りしめて力を入れる把握(Grasp)動作を5秒、オフセットを挟んで、安静(Relax)動作を5秒行って、信号を記録する。これを20回繰り返す。筋電センサ11の出力をA/Dコンバータに接続し、デジタル変換されたデータをパーソナルコンピュータに入力してEMG波形を取得する。
【0059】
3名の被験者の各々で、筋電センサ11の伸長長さΔlを、1cm、3cm、5cmと異らせている。伸長長さΔlを変え、同じ条件で、20回の計測を3セット、合計60回の計測を行う。1回の計測ごとのRMS(root mean square:二乗平均平方根)と、MDF(median frequency:周波数中央値)を導出し、水中使用時と空気中での使用時の値を比較する。
【0060】
図8Aは、伸長長さΔlが1cmのときのEMG波形、
図8Bは、伸長長さΔlが3cmのときのEMG波形、
図8Cは、伸長長さΔlが5cmのときのEMG波形である。安静時は手の力を抜いているので、筋肉の収縮に起因するEMG信号はほぼコンスタントである。把握持は、筋肉の収縮によるEMG信号が得られる。被験者、すなわち伸長長さΔlに拠らず、空気中(図中、「Land」と表記)と水中(図中、「Water」と表記)で、同等のEMG信号が得られる。この構成例では、いずれの被験者でも、水中、空気中ともにEMG波形の振幅は約0.5Vであり、ノイズが抑制されている。
【0061】
図8A~
図8Cの結果から、実施形態の筋電センサシステム10は、電子部品の防水と、電極と皮膚の間の防水とが確実に行われていることがわかる。上述のように、伸長長さΔlが大きいほど、前腕中心方向に働く荷重Nが大きくなり、皮膚への密着度が高まる。水中での計測後に筋電センサ11の基材17の裏面17bの状態を観察したところ、伸長長さΔlが3cmと5cmのときは、水が筋電センサ11の電極露出位置に入り込んだ形跡は見られなかった。
【0062】
伸長長さΔlが1cmのときは、皮膚と基材17の裏面17bとの間にわずかに水が浸入した形跡が見られたが、EMG信号の計測値に視覚的に識別できるほどの影響は出ていない。これは、筋電センサ11を端部のみで装着ベルト12に固定して電極面にかかる圧力変動を最小化した構成が優位に働いているためと考えられる。
【0063】
実施形態の筋電センサシステム10は、筋電義手、筋電義足等に適用される。これまでは、特に小児や短断端のユーザにとって、装着性の悪さと、ノイズの混入によるEMG信号の品質劣化は深刻な問題であった。装着が容易でノイズが抑制された防水型の筋電センサシステム10を用いることで、義肢の利便性が向上し、リハビリテーションもスムーズに進行する。
【0064】
筋電センサシステム10では、アンプ145、155等の電子部品が防水加工されているだけでなく、筋電センサ11自体が引張り力による密着性を発揮して、皮膚と電極の間の防水シールとして機能する。筋電センサ11の弦状の配置によりノイズが抑制されることは上述したとおりである。
【0065】
以上、特定の構成例に基づいて本発明を述べてきたが、本発明は上記の構成例に限定されず、種々の変形が可能である。筋電センサ11の基材17として、防水性または撥水性があり一方向に支配的に伸長する任意の材料を用いることができる。基材17の端部の装着ベルト12への取付は、縫合に限定されず、ステープルで固定してもよいし、装着ベルトに形成したスリットに基材17の端部を挿入して、挿入側と反対側から硬化樹脂などで固定してもよい。
【0066】
装着ベルトはマジックベルトに限定されず、一部または全部をドライスーツ用の発泡プロピレンゴムで形成してもよいし、断端に嵌めるソケットの円弧部に筋電センサを弦状に固定してもよい。測定電極140、150に接続されるアンプ145、155は、EMG信号のフィルタリング、電流/電圧変換、増幅等を行う電子部品と一体化されていてもよい。
【符号の説明】
【0067】
10、10A 筋電センサシステム
11 筋電センサ
12、12A 装着ベルト
13、14、15 防水チップ
17 基材
17b 裏面(第1の面)
131 基準電極
133、146、156 配線
140、150 測定電極
141、142、151、152 電極
145、155 アンプ
171、173、174、175、176 開口