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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023004728
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】酒の識別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/14 20060101AFI20230110BHJP
   C12G 3/022 20190101ALN20230110BHJP
【FI】
G01N33/14
C12G3/022 119A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021106609
(22)【出願日】2021-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】306024148
【氏名又は名称】公立大学法人秋田県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】川島 洋人
(72)【発明者】
【氏名】須藤 百香
【テーマコード(参考)】
4B115
【Fターム(参考)】
4B115CN03
(57)【要約】
【課題】日本酒の産地の識別を高精度で行う。
【解決手段】、本発明の実施の形態に係る酒(日本酒)の識別方法において用いられるのは、日本酒に含まれる硝酸成分(硝酸イオン)である。この手法を更に他の手法で用いられる指標と組み合わせることによって、特に高精度の識別が可能となる。日本酒の産地を判定するために、δ15N-NO の値を指標とすることができる。この際に、δ15N-NO 以外の測定値も指標として組み合わせて用いることができる。図9は、複数種類の日本酒における測定結果を、横軸をδ15N-NO 、縦軸をNO 濃度として各地方毎に示す。この場合には、秋田県、新潟県、京都府が2次元上の異なる領域として区分される。
【選択図】図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酒の産地を識別する、酒の識別方法であって、
前記酒から生成された試料から硝酸成分を抽出する抽出工程と、
抽出された前記硝酸成分の窒素安定同位体比であるδ15Nを測定する安定同位体比測定工程と、
測定されたδ15Nに基づいて前記酒の産地を推定する産地推定工程と、
を具備することを特徴とする酒の識別方法。
【請求項2】
前記抽出工程において脱窒菌法を適用することを特徴とする請求項1に記載の酒の識別方法。
【請求項3】
前記産地推定工程において、δ15N及び前記酒における前記硝酸成分の濃度に基づいて前記産地を推定することを特徴とする請求項1又は2に記載の酒の識別方法。
【請求項4】
前記安定同位体比測定工程において、前記硝酸成分の酸素安定同位体比であるδ18Oを測定し、
前記産地推定工程において、δ15N及びδ18Oに基づいて、あるいはδ15N、δ18O、及び前記酒における前記硝酸成分の濃度に基づいて、前記産地を推定することを特徴とする請求項1又は2に記載の酒の識別方法。
【請求項5】
前記産地推定工程において、
前記産地内における前記酒を生産した酒蔵を推定することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の酒の識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒(日本酒等)の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の識別を食品に含まれる軽元素(炭素、窒素、酸素、水素等)の安定同位体比率を用いて行う技術は、例えば非特許文献1に記載されている。ここでは、植物は光合成の方式の違いによりC3植物(米、麦、芋等)、C4植物(サトウキビ、トウモロコシ等)、CAM植物(サボテン、パイナップル等)に分類でき、それぞれにおける重い炭素(13C)の取り込みやすさの違いに起因して、炭素の同位体比(13C/12C)が異なることが用いられる。焼酎におけるアルコールの原料となる植物はC3植物、C4植物であるため、焼酎の種類によって、含まれるアルコール中の炭素における同位体比は異なり、この同位体比を、焼酎の種類の識別の指標として用いることができる。
【0003】
また、非特許文献2には、液体クロマトグラフによって日本酒におけるエタノール成分とグルコース成分を分離し、エタノール成分における炭素同位体比δ13Cとグルコース成分における炭素安定同位体比δ13Cを測定し、これらの値から日本酒の種類(純米酒、吟醸酒、普通酒)を高精度で判定できることが記載されている。ここで、δ13Cは、「((試料における13C/12Cの同位体比)/(国際標準化物質における13C/12Cの同位体比)-1)×1000(‰:パーミル)」で定義される。
【0004】
また、近年の日本酒の輸出量(海外での需要)の増加に伴い、日本酒の産地の保証をすることが重要になっており、この産地を識別(判定)するための技術が要求されている。ここで、日本酒の主な原料は米と水(仕込み水)であるが、水としては産地のものが用いられるため、特に日本酒における水の分析をすることによって、産地に関する情報を得ることができる。非特許文献3、特許文献1には、δ18Oを用いてこの産地を判定することが記載されている。ここで、δ18Oは、前記のδ13Cにおける13C/12Cの代わりに酸素についての18O/16Oの同位体比を用いた値である。ここでは、日本酒中の水のδ18Oとその産地(醸造地)近郊の水のδ18Oには強い相関があり、日本酒全体中の水のδ18Oは概ね-12.0~-5.7‰の範囲であるのに対して、北海道,東北,北陸地域の日本酒は,南の地域に比べてδ18Oの範囲が異なることが記載されている。このため、このδ18Oを産地の判定の指針とすることができる。
【0005】
また、非特許文献4、特許文献1には、日本酒の水分における水素安定同位体比δDと地域との相関が認められることも記載されている。ここで、δDは前記のδ13Cにおける13C/12Cの代わりに水素についてのH/Hの同位体比を用いた値であり、日本酒中のδDの値は-70.4~-35.2‰の範囲であり、前記のδ18Oの場合と同様に、δDを日本酒の産地の判定の指針に用いることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2013-132223号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】伊豆英恵、橋口知一、堀井幸江、須藤茂俊、松丸克己、「本格焼酎市販品の安定同位体比分析」、BUNSEKI KAGAKU、第61巻、第7号、643頁(2012年)
【非特許文献2】Momoka Suto and Hiroto Kawashima、「Compound Specific Carbon Isotope Analysisi in Sake by LC/IRMS and Brewes’ Alcohol Proportion」、Scientific Reports、Vol.9、Article.No.17653(2019年)
【非特許文献3】富山眞吾、橋口知一、「酸素同位体比測定による清酒の産地特定について」、日本醸造協会誌、第110巻、68頁(2015年)
【非特許文献4】笹本なみ、阿部善也、高久雄一、中井泉、「微量元素組成及び軽元素同位体比による日本酒の化学的キャラクタリゼーション」、BUNSEKI KAGAKU、第66巻、第8号、591頁(2017年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
日本酒の産地の判定をする際に、非特許文献3、4に記載の技術においては、主にδ18OやδDに緯度等の地理的条件依存性があることが用いられた。このため、地理的条件が類似した日本国内の他の地域や中国等の海外の地域との間の識別は困難であった。このため、これらの技術による地域の判定能力は十分ではなかった。
【0009】
このため、日本酒の産地の識別をより高精度で行う技術が求められた。
【0010】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の酒の識別方法は、酒の産地を識別する、酒の識別方法であって、前記酒から生成された試料から硝酸成分を抽出する抽出工程と、抽出された前記硝酸成分の窒素安定同位体比であるδ15Nを測定する安定同位体比測定工程と、測定されたδ15Nに基づいて前記酒の産地を推定する産地推定工程と、を具備する。
本発明の酒の識別方法において、前記抽出工程において脱窒菌法を適用してもよい。
本発明の酒の識別方法は、前記産地推定工程において、δ15N及び前記酒における前記硝酸成分の濃度に基づいて前記産地を推定してもよい。
本発明の酒の識別方法は、前記安定同位体比測定工程において、前記硝酸成分の酸素安定同位体比であるδ18Oを測定し、前記産地推定工程において、δ15N及びδ18Oに基づいて、あるいはδ15N、δ18O、及び前記酒における前記硝酸成分の濃度に基づいて、前記産地を推定してもよい。
本発明の酒の識別方法は、前記産地推定工程において、前記産地内における前記酒を生産した酒蔵を推定してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明は以上のように構成されているので、日本酒の産地の識別を高精度で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】様々な試料における硝酸成分中のδ18とδ15Nの値を示す図である。
図2】実施の形態に係る酒の識別方法における抽出工程、安定同位体比測定工程を標準試料に対して適用して得られたδ18O-NO (a)、δ15N-NO (b)の測定結果である。
図3】複数種類の仕込み水におけるNO 濃度、δ18O-NO 、δ15N-NO を測定した結果である。
図4】複数種類の日本酒におけるNO 濃度、δ18O-NO 、δ15N-NO を測定した結果である。
図5】仕込み水、日本酒におけるNO 濃度、δ18O-NO 、δ15N-NO の測定結果を産地毎に集計した結果である。
図6】試料となった日本酒におけるNO 濃度とその仕込み水におけるNO 濃度の関係である。
図7】試料となった日本酒におけるδ18O-NO とその仕込み水におけるδ18O-NO の関係である。
図8】試料となった日本酒におけるδ15N-NO とその仕込み水におけるδ15N-NO の関係である。
図9】試料となった日本酒におけるδ15N-NO 、NO 濃度をそれぞれ横軸、縦軸として示した際の、産地毎の区分を示す例である。
図10】試料となった日本酒におけるδ15N-NO 、δ18O-NO をそれぞれ横軸、縦軸として示した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施の形態に係る酒の識別方法について説明する。この識別方法においては、日本酒の産地が識別される。ここで、非特許文献3、4に記載された技術においては、この識別のために用いられるOやDは日本酒中に含まれる水に含まれるものであったのに対し、本発明の実施の形態に係る酒(日本酒)の識別方法において用いられるのは、日本酒に含まれる硝酸成分(硝酸イオン:NO )である。後述するように、この手法を更に他の手法で用いられる指標と組み合わせることによって、特に高精度の識別が可能となる。
【0015】
NO は日本酒の製造の際の仕込み水に含まれ、日本酒の造りの一つである生もと(きもと)造りにおいては重要な役割を果たしており、産地の地下水や井戸水等、この産地で算出されるものが用いられる。生もと造りとは,日本酒の元となる酒母を作る工程で,自然な微生物を利用し雑菌の増殖を抑える方法である。一般的な方法では,人工的に醸造用乳酸を用いるのに対し、生もと造りでは,硝酸還元菌により,仕込み水に含まれる硝酸塩から亜硝酸(NO )が生成され雑菌の増殖が抑制される。ここで、仕込み水に含まれているNO は,化学肥料や人畜由来のし尿等の様々な人間の活動に関連した発生源に由来する。
【0016】
例えば、C.Kendall、E.M.Elliott、 and S.D.Wankel、「Tracing Anthropogenic Inputs Of Nitrogen To Ecosystems」、Capter 12、 in 「Stable Isotopes In Ecology And Environmental Science」、2nd Edition、Blackwell Publishing、p375のFig.12.1には、環境中の様々な試料中の硝酸イオン(NO )における酸素安定同位体比δ18O(δ18O-NO )、窒素安定同位体比δ15N(δ15N-NO )が、試料に応じて様々な値をとることが記載されている。ここで、δ18O(又はδ15N)は、「((試料における18O/16Oの同位体比、又は15N/14Nの同位体比)/(国際標準化物質における18O/16Oの同位体比、又は15N/14Nの同位体比)-1)×1000(‰:パーミル)」で定義される。
【0017】
図1は、そのFig.12.1に記載の内容を示し、ここでは、様々な試料におけるδ18O-NO とδ15N-NO の値が記載されている。なお、ここでは原図に対してプロットが追加されており、この内容については後述する。ここで示されるように、土壌(Soil)のδ15N-NO は、肥料の種類(Manure(有機質肥料)、Fertilizer(化学肥料))腐敗廃棄物(Septic Waste)やPrecipitation(降水)の有無によって、-10‰~+25‰程度の広い範囲にわたり変動するため、人間の生活排水等、地理的条件や気象条件以外の影響も大きく受ける。このため、日本酒に含まれる硝酸イオンのδ15N-NO にも、仕込み水の産地に起因した依存性があると考えられる。また、仕込み水は酒蔵毎に定まっているため、この依存性は酒蔵に起因する依存性と考えることもできる。この依存性については、前記のδ18OやδDがこの地域の地理的条件(緯度等)を反映したのに対し、前記のようにこの地域の人間の生活活動を反映するため、この地域を識別するための情報として有効である。また、δ15N-NO を、地理的条件を反映した依存性に対応する他の評価値と組み合わせることによって、特に産地(酒蔵)の判定を正確に行うことができる。
【0018】
このため、この識別方法は、(1)試料(日本酒)から硝酸成分を抽出する抽出工程、(2)抽出された硝酸成分中における安定同位体比(特に窒素安定同位体比)を測定し、δ15N等を算出する安定同位体比測定工程、(3)測定されたδ15N等に基づいて試料の産地を推定する産地推定工程、を具備する。各工程の詳細について以下に説明する。
【0019】
抽出工程は、試料から硝酸成分を抽出するために行われ、例えば試料に対して脱窒菌法を適用することによって行われる。脱窒菌法は、D.M.Sigman、K.L.Casciotti、M.Andreani、C.Barford、M.Galanter、 and J.K.Bohlke、「A Bacterial Method For The Nitrogen Isotopic Analysis Of Nitrate In Seawater And Freshwater]、Analytical Chemistry、Vol.73(17)、p4145(2001年)に記載されており、脱窒菌を用いて試料の硝酸成分をNOガスとして得る手法である。
【0020】
脱窒菌法によれば、得られたNO中のN(δ15N)やO(δ18O)の高感度分析を行うことができ、この際に必要となる元の試料の量も僅かであるため、脱窒菌法を用いることが特に好ましい。脱窒菌法は、地下水、河川、海水中のNO 成分中のδ15N、δ18Oの分析を行う際に用いられている。ただし、上記のような分析を行う際には、試料(日本酒)に含まれるエタノールや糖類等の夾雑物を除去することが好ましい。このため、ここでは固相抽出法によって予めこれらが除去することが好ましい。
【0021】
以下に、実際に抽出工程及び安定同位体比測定工程を標準試薬と試料(各種の日本酒)に対して適用した際の手順及び結果を具体的に説明する。また、ここでは日本酒を製造する際に用いられた仕込み水に対してもこれらの工程が同様に適用された。
【0022】
標準試薬は、試料に対する結果の妥当性を確認するために作成された日本酒と類似組成をもち予め組成が判明している疑似日本酒である。ここでは、L(+)-酒石酸(>99.5%)、リンゴ酸(>99.0%)、乳酸(85.0~92.0%)、コハク酸(>99.5%)、L-アラニン(>99.0%)、L-グルタミン酸(> 99.0%)、エタノール(>99.5%)、硝酸カリウム(以上、富士フィルム和光純薬工業製)、D(+)-グルコース(>98.0%)(関東化学製)を混合したものを標準試薬として作成した。ここで、硝酸成分は硝酸カリウムに含まれる。
【0023】
試料となる日本酒は合計87種類で、対応する酒蔵の数は14(秋田県:8、新潟県、京都府:2ずつ、石川県、福井県:1ずつ)とし、各酒蔵毎に2~11種類とした。ここでは,日本酒を水、米、麹のみで作る「純米酒」、純米酒に醸造アルコールも添加可能な「吟醸酒」、さらに砂糖や有機酸も添加可能な「普通酒」の3つに分類した。また、これらの日本酒とは別に、その醸造中に使用される仕込み水を14種類の酒蔵毎に入手して分析の対象とした。
【0024】
抽出工程における前記の固相抽出法によるエタノール成分の除去には、アニオン交換樹脂のカートリッジ(商品名AG1-X8:Bio-Rad社製)が用いられ、これがエンプティーポリエチレンカートリッジに充填された。ここでは塩酸(HCl:35~37%:富士フィルム和光純薬工業製)を用いた抽出が行われた。
【0025】
この工程を最適化するために、上記の標準試薬として、Fumikazu Akamatsu、Tomokazu Hashiguchi、Yuri Hisatsune、Takaaki Oe、Takafumi Kawao、Tsutomu Fujii、「Method For The Isolation Of Citric Acid And Malic Acid In Japanese Apricot Liqueur For Carbon Stable Isotope Analysis」、Food Chemistry、Vol.217、p112 (2017年)に記載されたものと同様のものが用いられた。具体的には、前記のエタノール/水(体積比16:84)、D(+)-グルコース:20000ppm、リンゴ酸:300ppm、乳酸:800ppm、コハク酸:300ppm、L-アラニン:250ppm、L-グルタミン酸:150ppmに、更に硝酸カリウムを1~10ppm混合したものを作成した。ここで用いられた硝酸カリウムにおけるδ18O-NO は23.7‰、δ15N-NO は-1.9‰であった。
【0026】
この標準試薬を用い、NO の絶対量が0.4、0.8、2.0、4.0、8μmolとなるように、通液量を5~50mLとした。ここでは、前記のイオン交換樹脂と超純水を重量比1:1で混合したものを0.25mL、前記のエンプティーポリエチレンカートリッジ1mLに充填し、イオン交換樹脂の活性化のためにコンディショニングとして超純水50mL通液した。
【0027】
また、特に実際の試料(日本酒)に対しては、前記のような夾雑物の除去のために、孔径0.45μmメンブレンフィルターを通過させたものを、1mL/min以下の流量で15~25mL通液した。最後に、1Mの前記の塩酸でNO を抽出した。
【0028】
その後、周知の脱窒菌法として、抽出された成分に対して、NO がNOに還元された成分が30~50nmolNとなるように脱窒菌が添加された。これによって、窒素同位体比、酸素同位体比を測定する直接の対象となるNO成分が抽出された(抽出工程)。
【0029】
次に、この成分に対して、Gas Bench II(ユニバーサルオンラインガス調製/導入システム:Thermo Fisher Scientific社製)と安定同位体比質量分析計(IRMS:商品名DeltaplusXP:Thermo Fisher Scientific社製)を組み合わせて、窒素同位体比δ15N(δ15N-NO )、酸素同位体比δ18O(δ18O-NO )を測定した(安定同位体比測定工程)。IRMSにおける分析のためのソフトウェアはISODAT3.0(Thermo Fisher Scientific社製)を用いた。δ15N-NO 、δ18O-NO は、硝酸カリウムの国際同位体標準(USGS32:δ15N=180‰、、USGS34:δ15N=-1.8‰)、及び硝酸ナトリウムの国際同位体標準(USGS35:δ15N=2.7‰)を用い、2点検量線法によって算出された。
【0030】
また、試料(仕込み水を含む)中のNO 濃度もイオンクロマトグラフを用いて測定された。ここでは、前記のように夾雑物の除去のためにメンブレンフィルターを通過させたものに対してイオンクロマトグラフ(商品名IC2010:東ソー株式会社製)を適用してNO 濃度が測定された。ここで、陰イオン分析用のカラムはTSゲルガードカラムSuper IC-AHS、TSKGelSuper IC Anion HSである。陰イオン混合標準溶液(和光純薬社製)を希釈して分析することによって、検量線を作成し、この際の決定係数>0.999であり、NO の検出下限は10ppbであった。
【0031】
まず、測定の妥当性を検証するために、前記の標準試薬(疑似日本酒)におけるδ18O-NO 、δ15N-NO が測定された。硝酸成分の吸着量を0.4~8.1μmolの範囲としてδ18O-NO 、δ15N-NO を測定した結果をそれぞれ図2(a)(b)に示す。この結果より、δ18O-NO の値(a)は、23.4±0.3‰(0.4μmol)、24.1±0.2‰(0.8μmol)、24.3±0.1‰(2.0μmol)、24.3±0.04‰(4.0μmol)、24.3±0.1‰(8.1μmol)であり、確度≦0.6‰、精度≦0.3‰となった。δ15N-NO の値(b)は、-1.5±0.1‰(0.4μmol)、-1.5±0.1‰(0.8μmol)、-1.5±0.1‰(2.0μmol)、-1.7±0.1‰(4.0μmol)、-1.6±0.1‰(8.1μmol)であり、確度≦0.4‰、精度≦0.1‰となった。以上より、上記の吸着量の範囲でδ18O-NO 、δ15N-NO は高精度で測定される。
【0032】
次に、前記のようにイオンクロマトグラフを用いて各々が酒蔵に対応した14種類の仕込み水中のNO 濃度を前記のように測定し、かつ前記のようにNO 成分を抽出して前記のようにIRMSを用いてδ18O-NO 、δ15N-NO を測定した。結果を図3の表に示す。ここで、14種類の酒蔵として、酒蔵1-1~1-8は秋田県、酒蔵2-1、2-2は新潟県、酒蔵3-1は石川県、酒蔵4-1は福井県、酒蔵5-1、5-2は京都府にそれぞれ属する。
【0033】
この結果より、仕込み水中のNO 濃度は1.4~25.6ppmの範囲(平均値:8.2±6.6ppm)となり、酒蔵毎に有意な差があることがわかる。なお、この濃度は環境基準値よりも大幅に低くなっているため、安全性に対する問題はない。
【0034】
一方、図3において、δ18O-NO は-0.04~5.7‰の範囲(平均値:2.4±1.5‰)であり、δ15N-NO は2.0~11.2‰の範囲(平均値:6.7±2.7‰)である。この結果より、酒蔵毎の違いは、δ15N-NO の方がδ18O-NO よりも大きい。
【0035】
図1においては、前記のKendall等の図に、図3の結果(14の酒蔵毎のδ18O-NO 、δ15N-NO )がプロットとして追記されている。Kendall等によれば、化学肥料や人畜由来のし尿に起因するδ18O-NO は-10~+10‰程度であるのに対し,大気由来のδ18O-NO は60~100‰程度となる。図3の結果(δ18O-NO が-0.04~5.7‰の範囲)は、仕込み水におけるNO 成分は、大気由来よりも、化学肥料や人畜由来のし尿から硝化によって生じた、人間の活動に由来する成分が多いことを示している。
【0036】
これに対して、図3におけるδ15N-NO の結果(2.0~11.2‰の範囲)は、図1より、汚染のない自然土壌中の窒素に由来すると考えられる範囲である。酒蔵1-1、2-1、3-1、5-1、5-2における値はこの範囲内では高めとなっており、これは、他の酒蔵と比べてこれらの酒蔵が人畜由来の硝酸イオンの影響を受けていることを示すと考えられる。このため、δ15N-NO の値を、地域だけでなく酒蔵の判定を行うための指標とすることもできる。
【0037】
図4は、図3(仕込み水)と同様に、製造後の日本酒におけるNO 濃度、δ18O-NO 、δ15N-NO を酒蔵毎に分類した結果である。ここで、試料となった日本酒の種類の数も酒蔵毎に示されている。全ての試料(日本酒)におけるδ18O-NO は2.3~9.1‰の範囲となり、酒蔵内におけるδ18O-NO の標準偏差は1.4‰であった。この結果より、酒蔵間におけるδ18O-NO の違いは大きいのに対して、酒蔵内ではこの差は小さい。
【0038】
図5は、図3(仕込み水)、図4(日本酒)の測定結果を産地(府県)毎に集計した結果である。ここでは、府県毎の酒蔵の数(図3、4)も示されている。この結果より、δ18O-NO は秋田県で4.3±1.5‰、新潟県で6.7±3.5‰、石川県で3.9±0.3‰、福井県で2.3±0.8‰、京都府で5.6±1.0‰である。またδ15N-NO は,秋田県で6.1±1.6‰、新潟県で4.3±4.1‰、石川県で7.5±0.4‰、福井県で3.2±0.1‰、京都府で11.6±1.0‰である。この結果より、産地毎の違いは、δ15N-NO の方がδ18O-NO よりも大きい。これは、δ15N-NO の方が前記のような人間の活動状況の地域毎の違いをより反映するためと考えられる。なお、同じ酒蔵内でも日本酒の種類によって酒母(生もと系酒母、速醸系酒母等)や精米歩合によるδ18O-NO 、δ15N-NO の有意な差は見られなかった。このため、δ15N-NO のを、日本酒の産地を判定するための指標として用いることができる。
【0039】
図6は、図3、4の結果より、日本酒のNO 濃度と仕込み水のNO 濃度の相関を示した結果である。この結果より、両者には相関があり、両者を直線近似した時の決定係数Rは0.76であった。すなわち、日本酒のNO 濃度の大部分は仕込み水に起因する。ただし、日本酒のNO 濃度は仕込み水のNO 濃度よりも0.5~16.2ppm(直線近似では3.8ppm)低くなっている。この原因としては、製造過程において発生する還元反応によってNO の一部がNOとなること等、製造過程においてNO の一部が分解されることに起因すると考えられる。
【0040】
図7は、同様に、日本酒のδ18O-NO と仕込み水のδ18O-NO との相関を示した結果である。この結果より、これらの間の相関は、図6(NO 濃度)と比べて弱い(R=0.68)。ただし、全ての試料において、日本酒の方が仕込み水よりもδ18O-NO が大きくなっており、この差の平均値は+2.2‰となっている。
【0041】
一方、図8は、日本酒のδ15N-NO と仕込み水のδ15N-NO との相関を示した結果である。この結果より、これらの間の相関は、図6(NO 濃度)、図7(δ18O-NO )と比べると強い(R=0.90)。このため、日本酒のδ15N-NO はその仕込み水のδ15N-NO を特に強く反映する。仕込み水は酒蔵に対応するため、日本酒のδ15N-NO を、この日本酒を製造した酒蔵の判定のための指標とすることができる。
【0042】
このため、日本酒の産地あるいは酒蔵を判定するためには、その仕込み水に起因する量(パラメータ)として、特に日本酒のδ15N-NO を用いることが有効である。ただし、日本酒における他のパラメータも組み合わせと組み合わせてこの判定を行うことがより好ましい。このような他のパラメータとしては、NO 濃度やδ18O-NO がある。図9は、複数種類の日本酒における測定結果(図4)を、横軸をδ15N-NO 、縦軸をNO 濃度として図5における各地方毎に示す。この場合には、秋田県、新潟県、京都府が2次元上の異なる領域として区分される。すなわち、日本酒において測定されたδ15N-NO 、NO 濃度を用いて、産地の判定をすることができる。
【0043】
また、図10は、図9のNO 濃度に変えて、δ18O-NO を用いた結果である。ここで、プロットの種別は図9同様である。この結果からも、少なくとも秋田県、京都府の区分は明確である。また、δ15N-NO 、NO 濃度、δ18O-NO の3つを指標として同時に用いることもできる。この場合には、δ15N-NO 、NO 濃度、δ18O-NO を各軸とした3次元データ中の領域を産地に対応させて設定し、試料となった日本酒におけるデータがこのうちのどの領域に属するかを判定することによって、この日本酒の産地を判定することができる。あるいは、酒蔵毎にこの3次元データ中のプロファイルを作成し、この日本酒の酒蔵を判定することもできる。
【0044】
このように複数のパラメータを組み合わせて判定を行うことは、特に日本酒の産地偽装等に対しては有効である。例えば、異なる産地(日本以外も含む)の酒に対して新たにNO 成分を添加し、δ15N-NO とδ18O-NO が日本におけるある産地(例えば秋田県)に対応する値になるように調整して産地の偽装をすることは可能である。この場合、この調整後の酒について、δ15N-NO 、δ18O-NO の2つを指標とした場合には、この偽装を発見することができない。
【0045】
しかしながら、この場合には新たにNO 成分が添加されるため、調整前の状態からNO 濃度が大きく増加する場合が多く、NO 濃度がこの産地(秋田県)の範囲、あるいは一般的な日本酒における範囲から外れる可能性が高い。このため、このように判定に用いるパラメータの中にNO 濃度を含めることが有効である。同様に、このように新たにNO 成分を添加してδ15N-NO 、δ18O-NO の2つを同時に所望の範囲にすることは、例えばδ15N-NO のみを所望の範囲に調整することよりも困難である。このため、このような点において、NO 濃度をδ15N-NO と組み合わせて指標として用いることは有効である。
【0046】
また、例えばTakashi Nakamura、Ken-ichi Osaka、Yuki Hiraga、 and Futaba Kazama、「Nitrogen And Oxygen Isotope Composition Of Nitrate In Stream Water Of Fuji River Basin」、Vol.41(3)、p79(2011年)等に記載されるように、一般的な日本の河川や地下水におけるδ18O-NO 、δ15N-NO はそれぞれ-4.2~+48‰、-6~+46‰の範囲である。これに対して、例えばXin Zhang、Yan Zhang、Peng Shi、 Zhilei Bia、 Zexuan Shana、 and Lijiang Ren、「The Deep Challenge Of Nitrate Pollution In River Water Of China]、Science Of Total Environment、Vol.770、p144674(2021年)には、中国の河川や地下水におけるδ18O-NO 、δ15N-NO はそれぞれ-12.7~+83.5‰、-23.5~+26.9‰の範囲である。このため、δ18O-NO 、δ15N-NO を用いて、日本産の酒と中国で製造された酒を識別することができる場合が多い。すなわち、上記の産地推定工程においては、日本産の酒と中国で製造された酒を識別することもできる。このため、このような点において、δ18O-NO をδ15N-NO と組み合わせて指標として用いることは有効である。
【0047】
すなわち、δ15N-NO を少なくとも含む、1つまたは複数のパラメータを指標として用いることによって、日本酒の産地(酒蔵)の判定を行うことができ、複数のパラメータを用いることによって、その判定をより正確に行うことができる。この場合、予め素性の判明している多くの日本酒あるいは仕込み水におけるこれらのパラメータを上記の抽出工程、安定同位体比測定工程等を適用することによって測定してデータベース化し、図9に示されるように、産地あるいは酒蔵に対応する領域を設定し、試料(産地が未知の日本酒)において測定されたパラメータがどの領域に属するかを判定することによって、この試料の産地を判定することができる(産地推定工程)。この判定は、上記のデータベースを記憶したコンピュータで容易に行うことができる。
【0048】
この際、例えばある酒の産地や酒蔵が明示されているがその銘柄(種類)が不明、あるいはこれに対応したデータがデータベースにない場合もある。こうした場合、これに対応した仕込み水における上記のデータを上記のようにデータベース化しておけば、例えば、図8の関係より、本来この産地、酒蔵である日本酒のδ15N-NO の範囲が推定でき、この範囲からこの酒のδ15N-NO が大きく異なった場合には、この酒における表示は偽装である可能性が高いと判定される。この際、図示されたような精度の高い回帰式を用いてもよい。すなわち、具体的に産地や酒蔵を特定しない場合でも、日本酒の偽装を判定することができる。
【0049】
上記の例では、識別の対象が日本酒であったが、原料として産地の水(天然水)が用いられる酒類であれば、同様に産地の識別が可能である。あるいは、酒以外の飲料や、野菜等の農産物についても同様である。
【0050】
また、上記の方法では試料から硝酸成分を抽出するために脱窒菌法が用いられたが、同様に硝酸成分が抽出できる限りにおいて、他の手法を用いてもよい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10