(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023047422
(43)【公開日】2023-04-06
(54)【発明の名称】有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物
(51)【国際特許分類】
A61L 27/32 20060101AFI20230330BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20230330BHJP
A61L 27/20 20060101ALI20230330BHJP
【FI】
A61L27/32
A61L27/40
A61L27/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021156320
(22)【出願日】2021-09-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人科学技術振興機構、令和2年度「研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム トライアウト、「植物由来多糖類とリン酸カルシウムの複合化によるエコ機械材料の開発」委託研究開発、産業技術力強化法17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】100076406
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 勝徳
(74)【代理人】
【識別番号】100171941
【弁理士】
【氏名又は名称】辻 忠行
(74)【代理人】
【識別番号】100150762
【弁理士】
【氏名又は名称】阿野 清孝
(72)【発明者】
【氏名】水谷 義
(72)【発明者】
【氏名】奥田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】青山 安宏
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB04
4C081BA13
4C081CD03
4C081CF03
4C081DA11
4C081DC11
4C081EA02
4C081EA05
(57)【要約】
【課題】 水や高湿度の環境下でも元の機械的強度を相当程度保持することのできる有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明の有機-無機複合体は、ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体であって、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部が、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化された化学構造を備える。本発明の有機-無機複合体成形物は、前記本発明の有機-無機複合体からなる。本発明の有機-無機材料の製造方法は、ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体の製造方法であって、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部を、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化する工程を含む。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体であって、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部が、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化された化学構造を備える、有機-無機複合体。
【請求項2】
ヒドロキシ基含有高分子が多糖類である、請求項1に記載の有機-無機複合体。
【請求項3】
ヒドロキシ基含有高分子がデンプンである、請求項1に記載の有機-無機複合体。
【請求項4】
ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基が、単位グルコース当たり1.5以上3.0未満の範囲でアシル化されている、請求項2又は3に記載の有機-無機複合体。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれかに記載の有機-無機複合体からなる、有機-無機複合体成形物。
【請求項6】
ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体の製造方法であって、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部を、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化する工程を含む、有機-無機複合体の製造方法。
【請求項7】
前記アシル化は、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部を、芳香族カルボン酸ビニルエステル又は長鎖脂肪族カルボン酸ビニルエステルのビニル基と反応させることである、請求項6に記載の有機-無機複合体の製造方法。
【請求項8】
前記アシル化の反応温度が40~120℃である、請求項6又は7に記載の有機-無機複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物に関し、特に、水や高湿度の環境下でも元の機械的強度を相当程度保持することのできる有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物に関する。
【背景技術】
【0002】
骨は、有機成分(コラーゲン、他のたんぱく質、細胞など)と無機成分(ヒドロキシアパタイト)の複合材料であり、硬さと柔軟性を兼ね備えることで高靭性を有する。
このような骨の組成とそれによる優れた機械的性質に示唆を受けて、種々の有機-無機複合材料が合成され、骨組織の足場材料や人工骨としての適用可能性が模索されている。
【0003】
そのような従来技術の一つとして、本願出願人は、生体適合性、機械的強度の他、柔軟性にも優れた有機-無機複合材料として、ヒドロキシ基を有する高分子における当該ヒドロキシ基がリン酸化度1~20%となる割合で部分的にリン酸化された構造を備える部分リン酸化ヒドロキシ基含有高分子に、ヒドロキシアパタイトが複合化されてなる有機-無機複合材料を提案している(特許文献1参照。)。
本願出願人は、また、生体骨に類似した組成を有し、機械的性質に優れた新規な有機-無機複合材料として、少なくともアニオン変性セルロースナノファイバーを含む有機材料と、少なくともリン酸カルシウム化合物を含む無機材料とが複合されてなる、有機-無機複合材料も提案している(特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-131300号公報
【特許文献2】特開2021-31532号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、従来、骨組織の足場材料や人工骨などとして適用可能な有機-無機複合体を提供するための種々の研究がなされており、生体適合性、機械的強度、柔軟性といった物性の改良が進んでいる。
本発明者は、上記の如き有機-無機複合体について、骨組織の足場材料や人工骨以外の幅広い用途への展開を想定し、代替プラスチック材料、特にバイオマス由来・脱石油のグリーンで軽量なエコ材料としての利用可能性を検討した。
その検討において、従来の有機-無機複合体を用いた成形体は、優れた機械的性質を示すが、水に浸漬されると崩壊してしまい、優れた機械的性質を保持することが難しいことが分かった。
そこで、本発明は、水や高湿度の環境下でも元の機械的強度を相当程度保持することのできる有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の如く、鋭意検討を行った。
プラスチックの大きな問題点は、低弾性率であることと、生分解性が低いことである。また、多くのプラスチックは、水に不溶であり、海洋プラスチックなどの環境問題を引き起こしている。耐水性と生分解性はトレードオフの関係にあるので、環境問題を考えるならば、ある程度親水性をもった高分子から複合材料をつくり、材料としては、親水基がうまく固体内部で処理されて耐水性を示すようなものをつくることが理想的である。
そこで、環境問題への配慮の観点から、親水基であるヒドロキシ基を有するヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体について検討を進めることとした。そして、有機-無機複合体の優れた機械的性質を損なうことなく、耐水性を高めて、水や高湿度の環境下でも元の機械的強度を相当程度保持するための手法として、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基をアシル化することを検討した。さらに、種々の実験と考察を重ね、アシル化として芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によるアシル化を採用することが、耐水性を高め、水や高湿度の環境下でも元の機械的強度を相当程度保持するのに特に有効であることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいて完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明にかかる有機-無機複合体は、ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体であって、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部が、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化された化学構造を備える。
【0008】
本発明にかかる有機-無機複合体成形物は、上記有機-無機複合体からなる。
【0009】
本発明にかかる有機-無機材料の製造方法は、ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする有機-無機複合体の製造方法であって、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部を、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化する工程を含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明の有機-無機複合体及び有機-無機複合体成形物は、機械的強度に優れるだけでなく、水や高湿度の環境下でも相当程度の機械的強度を保持する。
本発明の有機-無機複合体の製造方法によれば、上記のように優れた物性を備える有機-無機複合体及び有機-無機複合体成形物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1~5及び比較例1の複合体の熱重量分析結果を示すグラフである。
【
図2】実施例6~8及び比較例2の複合体の熱重量分析結果を示すグラフである。
【
図3】比較例1,3~7の複合体の熱重量分析結果を示すグラフである。
【
図4】比較例2,8~10の各複合体の熱重量分析結果を示すグラフである。
【
図5】実施例9~11の各複合体の熱重量分析結果を示すグラフである。
【
図6】実施例1~5及び比較例1の複合体の無機重量分率をまとめたグラフである。
【
図7】各実施例及び比較例の複合体のアシル基置換度をまとめたグラフである。
【
図8】実施例1~5及び比較例1の複合体の粉末X線回折(XRD)の結晶構造解析結果を示すグラフである。
【
図9】実施例1~5及び比較例1の複合体のIR測定結果を示すグラフである。
【
図10】実施例1~5の複合体のエステル基とリン酸基の吸光度比の結果を示すグラフである。
【
図11】実施例6~8及び比較例2の複合体のIR測定結果を示すグラフである。
【
図12】比較例3~7及び比較例1の複合体のIR測定結果を示すグラフである。
【
図13】比較例8~10及び比較例2の各複合体のIR測定結果を示すグラフである。
【
図14】実施例9、比較例1の各複合体のIR測定結果を示すグラフである。
【
図15】実施例10~11、比較例1の各複合体のIR測定結果を示すグラフである。
【
図16】3点曲げ試験における3点曲げ強度(MPa)算出のための各パラメータについての参考説明図である。
【
図17】実施例1~5及び比較例1の複合体成形物の吸水率をまとめたグラフである。
【
図18】実施例6~8、10~11及び比較例2,8~10の複合体成形物の吸水率をまとめたグラフである。
【
図19】実施例1~5の複合体成形物について浸水前後の密度をまとめたグラフである。
【
図20】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の密度をまとめたグラフである。
【
図21】実施例1~5の複合体成形物について浸水前後の曲げ強度をまとめたグラフである。
【
図22】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の曲げ強度をまとめたグラフである。
【
図23】実施例1~5の複合体成形物について浸水前後の弾性率をまとめたグラフである。
【
図24】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の弾性率をまとめたグラフである。
【
図25】実施例1~5の複合体成形物について浸水前後の破壊エネルギーをまとめたグラフである。
【
図26】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の破壊エネルギーをまとめたグラフである。
【
図27】比較例1の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図28】実施例1の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図29】実施例2の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図30】実施例3の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図31】実施例4の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図32】実施例5の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図33】実施例6の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図34】実施例7の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図35】実施例8の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図36】実施例9の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図37】実施例10の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図38】実施例11の複合体成形物について浸水前後の応力-ひずみ曲線を示すグラフである。
【
図39】実施例1~5及び比較例1の複合体成形物について浸水前後の曲げ強度の(浸水後/浸水前)×100の値をまとめたグラフである。
【
図40】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の曲げ強度の(浸水後/浸水前)×100の値をまとめたグラフである。
【
図41】実施例1~5及び比較例1の複合体成形物について浸水前後の弾性率の(浸水後/浸水前)×100の値をまとめたグラフである。
【
図42】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の弾性率の(浸水後/浸水前)×100の値をまとめたグラフである。
【
図43】実施例1~5及び比較例1の複合体成形物について浸水前後の破壊エネルギーの(浸水後/浸水前)×100の値をまとめたグラフである。
【
図44】実施例6~8、10~11及び比較例8~10の複合体成形物について浸水前後の破壊エネルギーの(浸水後/浸水前)×100の値をまとめたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明にかかる有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物の好ましい実施形態について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更実施し得る。
【0013】
〔有機-無機複合体〕
本発明の有機-無機複合体は、ヒドロキシ基含有高分子を有機材料とし、リン酸カルシウム化合物を無機材料とする。
【0014】
前記ヒドロキシ基含有高分子としては、ヒドロキシ基を含有するものであればよく、特に限定するわけではないが、多糖類や、ポリビニルアルコール、ポリ(2-ヒドロキシエチルアクリレート)などが挙げられる。植物由来の原料として入手可能な多糖類を用いることが環境問題への配慮の観点から好ましい。
多糖類としては、例えば、デンプン、セルロース、アルギン酸ナトリウム、グルコマンナンなどが挙げられる。
特に限定するわけではないが、例えば、重量平均分子量が1万~10万の範囲のものが好ましく、重量平均分子量が1万~5万の範囲のものがより好ましい。
【0015】
ヒドロキシ基含有高分子は、ヒドロキシ基の一部が修飾されていても良く、例えば、リン酸化されていても良い。リン酸化により、有機-無機複合体の機械的強度、柔軟性の向上が期待できる。リン酸化度の程度としては、特に限定するわけではないが、例えば、0.001~20%であることが好ましく、0.01~20%であることがより好ましく、0.01~15%であることが特に好ましい。
なお、上記において、リン酸化度は、ヒドロキシ基含有高分子におけるヒドロキシ基とリン酸基との合計を100としたときのリン酸基の割合を指すものとする。
ヒドロキシ基含有高分子のリン酸化の方法としては、特に限定するわけではないが、例えば、尿素、リン酸、ジメチルホルムアミド(DMF)によるヒドロキシ基含有高分子の均一系リン酸化反応(勝浦嘉久次、稲垣訓宏、桜井史朗,日本化学会誌,1972,1305-1309参照)が有用である。この反応によれば、反応時間を適宜選定することでリン酸化度を容易に調整することができ、また、高リン酸化度のものを得ることも可能である。
【0016】
リン酸カルシウム化合物としては、カルシウムイオンとリン酸イオン(PO4
3-)または二リン酸イオン(P2O7
4-)からなる塩であり、骨の構成成分の一つであるヒドロキシアパタイトが代表的なものとして挙げられる。
ヒドロキシアパタイトは、Ca10(PO4)6(OH)2を基本組成とするものであるが、Ca成分の一部がSr、Ba、Mg、Fe、Al、Y、La、Na、K、Hなどで置換されていたり、PO4成分の一部がVO4、BO3、SO4、CO3、SiO4などで置換されていたり、OH成分の一部がF、Cl、O、CO3などで置換されていたり、これらの各成分の一部に欠陥があったりしたものであってもよい。具体的には、例えば、炭酸アパタイト、フッ化アパタイト、フッ素化アパタイトなどが挙げられる。
また、その他のリン酸カルシウム化合物として、第一リン酸カルシウム(MCPM)、第二リン酸カルシウム(DCPD)、リン酸三カルシウム(α-TCP、β-TCP)、リン酸四カルシウム(TTCP)、リン酸八カルシウム、オクタリン酸カルシウム(OCP)、アモルファスリン酸カルシウム(ACP)などのリン酸カルシウムや、それらの水和物なども挙げられる。
【0017】
本発明の有機-無機複合体は、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部が、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化された化学構造を備える。
芳香族アシル基としては、代表的なものとして、ベンゾイル基が挙げられるが、ベンゾイル基の芳香環上に、例えば、炭素数1~6程度の低級アルキル基や低級アルコキシ基などの置換基を有するものなども含まれる。芳香環上の置換基の数、位置も特に限定されない。
長鎖脂肪族アシル基としては、特に限定するわけではないが、例えば、炭素数6~20程度の脂肪族アシル基である。炭素数が6未満では、アシル化による耐水性の付与が不十分となることが懸念される。成形物の機械的性質や耐水性などを考慮すると、好ましくは炭素数10~20程度の脂肪族アシル基である。好ましい具体例としてラウロイル基が挙げられるが、その他、カプロイル基、カプリロイル基、ミリストイル基、ペンタデカノイル基、パルミトイル基、ヘプタデカノイル基、ステアロイル基なども含まれる。直鎖、分岐のいずれでもよく、また、発明の効果を害しない限り、置換基を有しても良い。
【0018】
上記アシル化の程度については、多糖類の場合の置換度を例とすると、グルコース単位当たり1.5以上3.0未満の範囲が好ましく、1.8~2.8の範囲が好ましい。なお、グルコース単位当たりのヒドロキシ基は3つであるので、この置換度の上限は3である。
アシル化の程度が少なすぎると、十分な耐水性を付与できない恐れがあり、アシル化の程度が大きすぎると、有機-無機複合体における有機物の比率が高くなるため、複合体本来の優れた機械的特性が阻害される恐れがある。
【0019】
本発明の有機-無機複合体の無機重量分率は、特に限定するわけではないが、例えば、10~70重量%が好ましく、20~50重量%がより好ましい。この無機重量分率は、有機材料と無機材料の仕込み比だけでなく、アシル化によっても影響を受ける。すなわち、アシル化の前後で、無機重量分率は低下する。
【0020】
〔有機-無機複合体の製造方法〕
上記本発明の有機-無機複合体は、特に限定するわけではないが、例えば、以下に詳述するように、ヒドロキシ基含有高分子とリン酸カルシウム化合物との複合化を行った後、アシル化を行うことによって製造することが好ましい。
なお、有機材料をアシル化した後に無機材料と複合化することも考えられるが、この場合は、有機材料のヒドロキシ基がアシル化されていることで、無機材料との複合化が難しくなる可能性がある。また、有機材料と無機材料を複合化した後にアシル化を行う場合は、複合体の表面が主にアシル化されると考えられるのに対し、有機材料をアシル化した後に無機材料と複合化する場合は、複合体の表面だけでなく内部までアシル化されたものになると考えられる。耐水性は、内部のアシル化よりも表面のアシル化が主に寄与していると考えれることから、表面のアシル化に有利な前者の方法、すなわち、有機材料と無機材料を複合化した後に、この複合体をアシル化する方が好ましい。
【0021】
<ヒドロキシ基含有高分子とリン酸カルシウム化合物との複合化>
高分子とリン酸カルシウム化合物の複合化としては、(1)高分子とリン酸カルシウム化合物を別々に合成してから混合する方法、(2)リン酸カルシウム化合物を予め合成してからこれに高分子のモノマーを加えて重合させる方法、(3)高分子を予め作っておき、ここにカルシウムイオン、リン酸イオンを加えることで、高分子の存在下でリン酸カルシウム化合物の結晶を成長させ、複合化させる方法などが挙げられる。
本発明においては、特に、3つ目の方法(3)、すなわち、高分子を予め作っておき、ここにカルシウムイオン、リン酸イオンを加えることで、高分子の存在下でリン酸カルシウム化合物の結晶を成長させ、複合化させる方法が効率的で好ましい。
上記の方法(3)としては、高分子ゲルを用いて、ゲルにカルシウムイオン、リン酸イオンを拡散させる交互浸漬法、高分子溶液にカルシウムイオン、リン酸イオンを加えて共沈させる方法、半透膜を用いて水酸化物イオンをゆっくりと拡散させリン酸カルシウム化合物の結晶化を促すなどの方法がある。
【0022】
上記複合化方法(3)のうち、交互浸漬法を利用する場合は、例えば、以下のようにして行うことができる(上記特許文献1の段落0026~0029も参照。)。
まず、ヒドロキシ基含有高分子の水溶液を調製した後、例えば、水酸化ナトリウム水溶液などを用いて、pHを塩基性側に調整したのち、カルシウムイオンを含む溶液を加え、ゲル化させる。
次いで、このゲルに対し、リン酸イオンを含む溶液とカルシウムイオンを含む溶液を交互に1回以上、好ましくは2~5回程度繰り返し反応させることで、ヒドロキシ基含有高分子とリン酸カルシウム化合物(ヒドロキシアパタイト)との複合化を実現することができる。
【0023】
上記において、カルシウムイオンを含む溶液としては、例えば、塩化カルシウム、硝酸カルシウム等の水溶液を挙げることができ、また、リン酸イオンを含む溶液としては、例えば、リン酸水素二アンモニウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウムなどのリン酸水素塩の水溶液を挙げることができる
また、反応の際の溶液の温度としては、例えば、10~50℃が好ましく、20~40℃がより好ましい。反応の際の溶液のpHとしては、塩基性側、例えば、pH6~13、pH7~10がより好ましい。pH調整には、例えば、アンモニア水溶液などを用いることができる。
溶媒としては、各成分の溶解度の点から、上記のように水を使用することが好ましいが、これに限定されるものではなく、例えば、有機溶媒と水の混合溶液を使用しても良い。
さらに、本発明の目的を害しない範囲で、上記成分以外の成分を用いても良い。
【0024】
また、上記複合化方法(3)のうち、共沈法を利用する場合は、例えば、以下のようにして行うことができる(上記特許文献2の段落0022~0027も参照。)。
まず、有機材料を含む高分子溶液を調製する。ここで、高分子溶液は、有機材料が液中に溶解している場合だけでなく分散している場合も含む。溶媒としては、水、親水性有機溶媒や、これらの混合溶媒を用いることができる。
次いで、有機材料を含む上記高分子溶液に、無機材料であるリン酸カルシウムの原料となるリン酸イオン及びカルシウムイオンを添加することにより、有機-無機複合体を共沈させることができる。
リン酸イオン源としては、例えば、Na2HPO4、(NH4)2HPO4、K2HPO4、Li2HPO4、H3PO4などのリン酸塩やリン酸を用いることができる。
カルシウムイオン源としては、例えば、CaCl2、Ca(NO3)2、CaBr2、CaI2、Ca(OH)2、Ca(OCOCH3)2などを用いることができる。
共沈の条件として、pHは、例えば、5~10の範囲、より好ましくは7~9の範囲に調整することが好ましい。このpH調整は、例えば、水酸化ナトリウムなどを加えることにより、行うことができる。
また、共沈温度は、例えば、20~100℃の範囲とすることができ、好ましくは40℃以上である。共沈温度が高い方が、得られる有機-無機複合体及びその成形物の機械的性質が良好となる傾向があるが、高すぎると熱により有機材料の変質をきたす恐れがある。
共沈時間は、混合溶液中で、カルシウムイオンとリン酸イオンとが共沈して有機-無機複合体を生成するのに十分な時間であれば良く、例えば、1分~24時間程度とすることができる。
【0025】
<アシル化>
本発明の有機-無機複合体の製造方法では、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部を、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化する工程を含む。
このアシル化は、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基に対し、適当なアシル化剤を反応させることにより、実現することができる。
【0026】
この場合のアシル化剤としては、カルボン酸ビニルを用いることが好ましい。
アシル化剤としては、他にカルボン酸無水物やカルボン酸クロリドなども挙げられるが、これらは、アシル化反応の副生成物としてカルボン酸を生成させる。カルボン酸は、複合体の無機物を一部溶解させる点、除去が容易でない点などの理由で、好ましくない。これに対し、カルボン酸ビニルをアシル化剤として使用した場合、副生成物はビニルアルコールであるが、ビニルアルコールは熱力学的に不安定であるがゆえに揮発性のアセトアルデヒドに変換されるため、副生成物の除去が容易である。
【0027】
本発明では、ヒドロキシ基含有高分子のヒドロキシ基の一部を、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化するので、上記カルボン酸ビニルとしては、芳香族カルボン酸ビニルエステル又は長鎖脂肪族カルボン酸ビニルエステルを用いることになる。
芳香族カルボン酸ビニルエステルとしては、代表的なものとして、安息香酸ビニルが挙げられるが、その芳香環上に、例えば、炭素数1~6程度の低級アルキル基や低級アルコキシ基などの置換基を有するものなどであってもよい。芳香環上の置換基の数、位置も特に限定されない。長鎖脂肪族カルボン酸ビニルエステルとしては、好ましくはラウロイルビニルなどが挙げられるが、これに限定されるものではない。長鎖アルカノイル基の炭素数は、例えば、6~20程度であり、好ましくは10~20程度である。その理由は、長鎖脂肪族アシル基における炭素数に関して述べたのと同様の理由である。また、長鎖アルカノイル基の置換基の数、位置も特に限定されない。
【0028】
アシル化温度は、高い方がアシル化反応がより進行する傾向があるが、高すぎると反応が飽和するため、エネルギーコストや原料への熱の影響を考慮すると好ましくない。特に限定するわけではないが、40~120℃の範囲が好ましい。なお、複合体の無機重量分率が多い場合は、アシル化反応が進行し難くなるため、アシル化温度を高め(例えば、80℃以上)に設定するのが好ましい。また、長鎖脂肪族アシル基によるアシル化も、芳香族アシル基によるアシル化と比べて、アシル化反応が進行し難い傾向が見られたため、アシル化温度を高め(例えば、80℃以上)に設定するのが好ましい。
【0029】
〔有機-無機複合体成形物〕
本発明の有機-無機複合体成形物は、本発明にかかる有機-無機複合体からなる。
【0030】
〔有機-無機複合体成形物の製造方法〕
本発明の有機-無機複合体成形物は、上述の有機-無機複合体の製造方法で得た複合体を所望の形状に成形することで得ることができる。
成形方法としては、特に限定するわけではないが、熱圧成形が好ましい。熱圧成形にあたっては、有機-無機複合体を、一軸加熱プレス成形(ホットプレス成形)してもよく、温間等方圧プレス成形してもよい。温間等方圧プレス成形を採用すると、成形物の機械的強度及び柔軟性を向上させやすい。加圧成形を行う場合の成形温度は80℃以上180℃以下であることが好ましい。加圧成形を行う場合の加圧力は50MPa以上1000MPa以下であることが好ましい。
【0031】
有機-無機複合体を冷間等方静水圧プレス成形してから、熱圧成形してもよい。冷間等方静水圧プレス成形を行う場合の成形温度は5℃以上30℃以下であることが好ましい。冷間等方静水圧プレス成形を行う場合のプレス圧は100MPa以上300MPa以下であることが好ましい。
冷間等方静水圧プレス成形の前に有機-無機複合体を予備成形してもよい。
【実施例0032】
以下、実施例を用いて、本発明にかかる有機-無機複合体及びその製造方法並びに有機-無機複合体成形物について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0033】
有機材料であるヒドロキシ基含有高分子としては、三和澱粉工業株式会社のリン酸化タピオカデンプン(0.013%のリンを含む)を用いた。
【0034】
〔合成例1〕
以下の操作により、仕込み無機重量分率50重量%のリン酸化タピオカデンプンとヒドロキシアパタイトの複合体(以下、リン酸化タピオカデンプンを「PTS」、ヒドロキシパタイトを「HAP」、これらの複合体を、「PTS-HAP複合体」と略記する。)を合成した。
1000mLビーカーにリン酸化タピオカデンプン(PTS)を9g秤量し、0.2M CaCl2水溶液を448mL加え、90℃で1時間、600rpmの撹拌速度で撹拌した。その後、同撹拌速度を保ちながら一旦室温になるまで放冷してから、70℃で0.2M Na2HPO4水溶液268mLと1M NaOH水溶液72mLの混合溶液を0.06mL/sの滴下速度で加えた。滴下終了後、同温度同撹拌速度で1時間熟成した。
得られたPTS-HAP複合共沈物を大過剰の蒸留水で吸引ろ過することで洗浄した。その後、大過剰のアセトンを加えてから吸引ろ過することで共沈物を脱水してから80℃で2時間以上真空乾燥した。その後、すり鉢でより細かい粉末にした。
上記と同じ操作で10個の同サンプルを合成し、これらの粉末を全て混合し、1つのサンプルとして用いた。
【0035】
〔合成例2〕
以下の操作により、仕込み無機重量分率70重量%のPTS-HAP複合体を合成した。
1000mLビーカーにリン酸化タピオカデンプン(PTS)を3.86g秤量し、0.2M CaCl2水溶液を448mL加え、90℃で1時間、600rpmの撹拌速度で撹拌した。その後、同撹拌速度を保ちながら一旦室温になるまで放冷してから、70℃で0.2M Na2HPO4水溶液268mLと1M NaOH水溶液72mLの混合溶液を0.06mL/sの滴下速度で加えた。滴下終了後、同温度同撹拌速度で1時間熟成した。
得られたPTS-HAP複合共沈物を大過剰の蒸留水で吸引ろ過することで洗浄した。その後、大過剰のアセトンを加えてから吸引ろ過することで共沈物を脱水してから80℃で2時間以上真空乾燥した。その後、すり鉢でより細かい粉末にした。
上記と同じ操作で10個の同サンプルを合成し、これらの粉末を全て混合し、1つのサンプルとして用いた。
【0036】
〔実施例1〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末2.5g、DMSO 50mL、K2CO3 0.5gを150mL反応容器に加え、安息香酸ビニル18.3gをそれぞれ加えた。その後、それぞれ40℃で8時間反応させ、ベンゾイル化を行なった。反応終了後、大過剰のメタノールを加え、沈殿物が生じたことを確認してから、これを濾過して、DMSOと未反応の安息香酸ビニルを除去した。引き続き、大過剰の蒸留水を加え、沈殿物が溶解していないことを確認してから、これを濾過し、残存していたK2CO3を完全に除去した。濾紙上に残った沈殿物に再び大過剰のメタノールを加え、これを濾過することで、沈殿物に含まれていた水を脱水した。さらに、回収した沈殿物を80℃で2時間以上真空乾燥し、その後、すり鉢でより細かい粉末にして、実施例1のPTS-HAP複合体を得た。
【0037】
上記の40℃下で合成されたアシル化複合体粉末を0.13gほど、容器内径4mm×13mmの角柱金型に入れ、120℃、120MPaの一軸加圧成形を5分間おこない、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.9)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0038】
〔実施例2〕
ベンゾイル化を行う際の反応温度を60℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例2のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0039】
〔実施例3〕
ベンゾイル化を行う際の反応温度を80℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例3のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0040】
〔実施例4〕
ベンゾイル化を行う際の反応温度を100℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例4のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を4つ作製した。
【0041】
〔実施例5〕
ベンゾイル化を行う際の反応温度を120℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例5のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0042】
〔実施例6〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、ベンゾイル化を行う際の反応温度を80℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例6のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0043】
〔実施例7〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、ベンゾイル化を行う際の反応温度を100℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例7のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0044】
〔実施例8〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、ベンゾイル化を行う際の反応温度を120℃に変更したこと以外は実施例1と同様にして、実施例8のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、実施例1と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0045】
〔実施例9〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末2.5g、DMSO 50mL、K2CO3 0.5gを150mL反応容器に加え、ラウリン酸ビニル27.16gをそれぞれ加えた。その後、それぞれ80℃で8時間反応させ、ラウロイル化を行なった。反応終了後、大過剰のメタノールを加え、沈殿物が生じたことを確認してから、これを濾過して、DMSOと未反応のラウリン酸ビニルを除去した。引き続き、大過剰の蒸留水を加え、沈殿物が溶解していないことを確認してから、これを濾過し、残存していたK2CO3を完全に除去した。濾紙上に残った沈殿物に再び大過剰のメタノールを加え、これを濾過することで、沈殿物に含まれていた水を脱水した。さらに、回収した沈殿物を80℃で2時間以上真空乾燥し、その後、すり鉢でより細かい粉末にして、実施例9のPTS-HAP複合体を得た。
上記のラウロイル化複合体粉末を0.13gほど、容器内径4mm×13mmの角柱金型に入れ、60℃、120MPaの一軸加圧成形を5分間おこない、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.9)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0046】
〔実施例10〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いたこと以外は実施例9と同様にして、実施例10のPTS-HAP複合体を得た。
また、このラウロイル化複合体粉末を用いて、実施例9と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0047】
〔実施例11〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、ラウロイル化を行う際の反応温度を100℃に変更したこと以外は実施例9と同様にして、実施例11のPTS-HAP複合体を得た。
また、このラウロイル化複合体粉末を用いて、実施例9と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0048】
〔比較例1〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体(仕込み無機重量分率50wt%、アシル化なし)を比較例1のPTS-HAP複合体とした。
また、上記PTS-HAP複合体粉末を0.14gほど、容器内径4mm×13mmの角柱金型に入れ、120℃、120MPaの一軸加圧成形を5分間おこない、4.0mm×13.0mm×1.7mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0049】
〔比較例2〕
合成例2で得られたPTS-HAP複合体(仕込み無機重量分率70wt%、アシル化なし)を比較例2のPTS-HAP複合体とした。
また、上記PTS-HAP複合体粉末を0.14gほど、容器内径4mm×13mmの角柱金型に入れ、120℃、120MPaの一軸加圧成形を5分間おこない、4.0mm×13.0mm×1.7mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0050】
〔比較例3〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末2.5g、DMSO 50mL、K2CO3 0.5gを150mL反応容器に加え、酢酸ビニル10.5gをそれぞれ加えた。その後、それぞれ40℃で8時間反応させ、アセチル化を行なった。反応終了後、大過剰のメタノールを加え、沈殿物が生じたことを確認してから、これを濾過して、DMSOと未反応の酢酸ビニルを除去した。引き続き、大過剰の蒸留水を加え、沈殿物が溶解していないことを確認してから、これを濾過し、残存していたK2CO3を完全に除去した。濾紙上に残った沈殿物に再び大過剰のメタノールを加え、これを濾過することで、沈殿物に含まれていた水を脱水した。さらに、回収した沈殿物を80℃で2時間以上真空乾燥し、その後、すり鉢でより細かい粉末にして、比較例3のPTS-HAP複合体を得た。
上記のアセチル化複合体粉末を0.13gほど、容器内径4mm×13mmの角柱金型に入れ、120℃、120MPaの一軸加圧成形を5分間おこない、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.9)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0051】
〔比較例4〕
アセチル化を行う際の反応温度を60℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例4のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0052】
〔比較例5〕
アセチル化を行う際の反応温度を80℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例5のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0053】
〔比較例6〕
アセチル化を行う際の反応温度を100℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例6のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を4つ作製した。
【0054】
〔比較例7〕
アセチル化を行う際の反応温度を120℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例7のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0055】
〔比較例8〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、アセチル化を行う際の反応温度を80℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例8のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0056】
〔比較例9〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、アセチル化を行う際の反応温度を100℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例9のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0057】
〔比較例10〕
合成例1で得られたPTS-HAP複合体粉末に代えて、合成例2で得られたPTS-HAP複合体粉末を用いるとともに、アセチル化を行う際の反応温度を120℃に変更したこと以外は比較例3と同様にして、比較例10のPTS-HAP複合体を得た。
また、このアシル化複合体粉末を用いて、比較例3と同様の操作で成形を行って、4.0mm×13.0mm×(1.7~1.8)mmサイズの角柱型試験片を3つ作製した。
【0058】
〔実施例及び比較例の整理〕
理解の容易化のため、各実施例及び比較例の要点を整理して、下表1に示す。
【0059】
【0060】
〔物性の測定・評価〕
<TGA>
上記の各実施例および比較例にかかる複合体について、株式会社島津製作所製の示差熱・重量同時測定装置(DTG―60)を用いて熱重量分析(TGA)測定および解析を行った。
実施例1~5及び比較例1の複合体についての熱重量分析結果を
図1に示す。実施例6~8及び比較例2の複合体についての熱重量分析結果を
図2に示す。比較例1,3~7の複合体についての熱重量分析結果を
図3に示す。比較例2,8~10の複合体についての熱重量分析結果を
図4に示す。実施例9~11の複合体についての熱重量分析結果を
図5に示す。
各図において、線が重なっていて見づらいので、念のために補足すると、
図1では、比較例1以外の実施例1~5のグラフはほぼ重なっている。また、
図2では、比較例2以外の実施例6~8のグラフがほぼ重なっている。
図3では、比較例1以外の比較例3~7のグラフがほぼ重なっている。
図4では、比較例2以外の比較例8~10のグラフがほぼ重なっている。
図5では、実施例10,11のグラフがほぼ重なっている。
各図におけるグラフの重なりはアシル化反応が十分に進行し、アシル化による有機物の導入が同程度行われているためと理解される。
図5において実施例9のグラフが実施例10,11のグラフから離れているのは仕込み無機重量分率が異なっているためである。
【0061】
また、実施例1~11及び比較例1~10の複合体について、以下の式より複合体の無機重量分率ICを測定した。測定結果を後述の表2~5に示す。また、理解の容易化のため、実施例1~5及び比較例1についての測定結果を、
図6にグラフ化して示す。
【0062】
IC=(1000℃まで昇温し10分間ホールドしたときの重量/100℃まで昇温し10分間ホールドしたときの重量)×100(wt%)
【0063】
図1~6及び表2~5に示すとおり、比較例1(合成例1)の複合体の無機重量分率は仕込み値50wt%に近い値をとり、実施例1~5,比較例3~7で得られたアシル化複合体はアシル化温度の高いものほど無機重量分率が小さくなった。比較例2(合成例2)の複合体についても、無機重量分率は仕込み値70wt%に近い値をとり、実施例6~11,比較例8~10で得られたアシル化複合体はアシル化温度の高いものほど無機重量分率が小さくなった。
【0064】
さらに、アシル化による無機重量分率ICの変化から、PTSの単位グルコース当たりのアシル基に置換されたヒドロキシ基の数(置換度DS)を算出した。
各実施例及び比較例で行ったアシル化反応は塩基性条件下で行われているため、理論的にはHAPは分解されることはない。ゆえに、上記のアシル化反応によってHAPの重量が変動することはほとんどないと考えられる。すなわち、アシル化によって有機-無機重量分率が変動するのであれば、それは有機物の重量変化によるものである。この有機物の重量変化をPTSのヒドロキシ基がアシル基に置換されたことによっておこるものと考えると、アシル化後の複合体の無機重量分率ICafterは、(アシル化前の無機重量分率ICbefore)/(複合体100gをアシル化した後の全重量)のパーセントで表すことができるため、複合体100g中の置換されたヒドロキシ基のモル数をXとすると、以下の式が得られる。
【0065】
【0066】
ICbefore、ICafterは、それぞれ、アシル化前、アシル化後の無機重量分率、MOHはヒドロキシ基の分子量(17g/mol)、Macyはアシルオキシ基の分子量を示す(ベンゾイル基:121g/mol)。
複合体100g中のPTSのヒドロキシ基のモル数Yは複合体の有機重量分率をPTSのグルコース単位の分子量で割って、単位グルコースあたりのヒドロキシ基の数3をかけた値になるため、以下の式のようになる。
【0067】
【0068】
MAGUはPTSの単位グルコースあたりの分子量(162g/mol)を示す。
単位グルコース当たりのアシル基に置換されたヒドロキシ基の数(置換度DS)は複合体100g中のアシル化されたヒドロキシ基のモル数Xをアシル化される前の全ヒドロキシ基のモル数Yで割り、それに3をかけた値であるため、以下のような式で表せる。
【0069】
【0070】
アシル化を行った実施例1~11、比較例3~10の各複合体について、計算結果を後述の表2~5に示す。また、実施例1~8、比較例3~10の各複合体についての計算結果を
図7にまとめた。
なお、本実施例及び比較例で使用したPTSは、ヒドロキシ基の一部がリン酸基で置換されているものの、このリン酸基は有機高分子の重量の0.1%以下であり、計算上無視できる程度であるため、上記の計算においてリン酸基の存在は考慮していない。
【0071】
<XRD>
実施例1~5及び比較例1のサンプル(複合体粉末)について、粉末X線回折装置「SmartLab」(リガク社製)を用いて粉末X線回折(XRD)を行い、結晶構造解析を行った。測定結果をそれぞれ
図8に示す。
図8より、26°、32°、39°、46°、49°、53°にHApの特徴的なピークが見られることから、比較例1の複合体においてHApの結晶が生成されたことがわかった。また実施例1~5にかかる各アシル化複合体は、アシル化によってHApの結晶がブルシャイトやモネタイトなどの別種のリン酸カルシウムに転移していないことがわかった。
【0072】
<IR>
実施例1~5及び比較例1のサンプル(複合体粉末)について、フーリエ変換赤外分光光度計「FT/IR-4600」(JASCO日本分光)を用いて、KBr錠剤法により測定を行なった。測定結果をそれぞれ
図9に示す。
図9のとおり、アシル化温度を高くするほどエステル基とHApのリン酸基の吸光度比が大きくなり、アシル化温度を高くすることでアシル化がより進行することがわかった。実施例1~5の各サンプルのエステル基とHApのリン酸基の吸光度比の結果を
図10に示す。
同様にして、実施例6~8,比較例3~7,比較例8~10,実施例9、実施例10~11の各サンプルについてもIR測定を行い、結果をそれぞれ、
図11~15に示す。なお、
図11~15では、アシル化されていない比較例1又は2の測定結果も併せて示している。
【0073】
<成形物の浸水前の物性試験>
浸水前の実施例1~11及び比較例1~10の各複合体成形物について、ファインセラミックス曲げ強さ試験機「MZ-250」(株式会社マルトー社製)を用いて、3点曲げ試験を行った。支点間距離Lは8mm、曲げ試験のクロスヘッド速度は、0.5mm/minとした。
試験結果に基づき、3点曲げ強度(MPa)、3点曲げひずみを以下の算出式から算出した。
3点曲げ強度:σ
b=(3PL)/(2wt
2)
3点曲げひずみ:ε
b=(600st)/(L
2)
ここで、Pは最大荷重(N)、Lは支点間距離(mm)、wは試験片の幅(mm)、tは試験片の厚さ(mm)、sは最大たわみ(mm)である。なお、3点曲げ強度σ
b(MPa)算出のための前記各パラメータについての参考説明図を
図16に示す。
また、3点曲げ試験で得られた応力-ひずみ曲線の傾きから、各成形体の曲げ弾性率E
b(GPa)面積から破壊エネルギーG
f(MJ/m
3)も算出した。
実施例1~11及び比較例1~10の各複合体成形物の密度、曲げ強度σ
b、弾性率E
b、破壊エネルギーG
fを下表2~5に示す。
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
<成形物の吸水率>
実施例1~11及び比較例1~10の各複合体成形物について、室温の蒸留水に24時間浸漬した後の重量変化から、以下の算出式より吸水率を算出した。
吸水率=((浸水後の重量-浸水前の重量)/浸水前の重量)×100%
算出した値を下表6~9に示す。また、実施例1~5及び比較例1の値を
図17にグラフとしてまとめた。同様に、実施例6~8,10~11,比較例2,8~10の結果を
図18にグラフとしてまとめた。
【0079】
<成形物の浸水後の物性試験>
浸水後の実施例1~11及び比較例1~10の各複合体成形物について、浸水前同様に、ファインセラミックス曲げ強さ試験機「MZ-250」(株式会社マルトー社製)を用いて、3点曲げ試験を行った。試験は浸水前と同様の条件で行なった。
浸水後の各複合体成形物の密度、曲げ強度σb、弾性率Eb、破壊エネルギーGfを下表6~9に示す。
【0080】
【0081】
【0082】
【0083】
【0084】
浸水前後の実施例1~5の各複合体成形物のアシル化温度に対する密度dの値をまとめたものを
図19に示す。同様に、浸水前後の実施例6~8,10~11及び比較例8~10の各複合体成形物のアシル化温度に対する密度dの値をまとめたものを
図20に示す。
同様に、浸水前後の曲げ強度σ
bをまとめたものを
図21,22に、浸水前後の弾性率E
bをまとめたものを
図23,24に、浸水前後の破壊エネルギーG
fの値をまとめたものを
図25,26に、それぞれ示す。
【0085】
浸水前後の実施例1~11及び比較例1の各複合体成形物の応力-ひずみ曲線を、それぞれ、
図27~38に示す。
図27~38の応力-ひずみ曲線より、芳香族アシル基によるアシル化と、長鎖脂肪族アシル基によるアシル化とで、機械的な性質に違いがあることが分かった。
具体的には、
図28~35(芳香族アシル基によるアシル化)に示す応力-ひずみ曲線は下に凸の曲線となっている。このように下に凸の場合は、曲げに対し、脆性的に破壊する。
これに対し、
図36~38(長鎖脂肪族アシル基によるアシル化)に示す応力-ひずみ曲線は、上に凸の曲線となっている。このように上に凸の場合は、塑性変形を起こしてから破壊する。この破壊機構は、プラスチックや骨に近い。
【0086】
実施例1~5及び比較例1の各複合体成形物のアシル化温度に対する曲げ強度の(浸水後/浸水前)×100%の値を
図39に示す。同様に、実施例6~8,10~11及び比較例8~10の各複合体成形物のアシル化温度に対する曲げ強度の(浸水後/浸水前)×100%の値を
図40に示す。
同様に、弾性率の(浸水後/浸水前)×100%の値を
図41,42に、破壊エネルギーの(浸水後/浸水前)×100%の値を
図43,44に、それぞれ示す。
図39~44より、複合体をアシル化することで、浸水後も曲げ強度、弾性率、破壊エネルギーが半分以上保持され、耐水性が向上することがわかった。
【0087】
以上に示す結果から、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によるアシル化により、浸水後も元の機械的強度を相当程度保持することができること、および、この機械的強度の保持は、アセチル化では困難であり、芳香族アシル基又は長鎖脂肪族アシル基によりアシル化されていることが重要であることが確認できた。
そして、芳香族アシル基によるアシル化と、長鎖脂肪族アシル基によるアシル化は、いずれも耐水性の向上に寄与するものであるが、上記のように、両者は、破壊機構が異なっているため、用途によって使い分けることが可能である。
【0088】
なお、以上においては、PTSを用いた例を示したが、PTS以外の多糖類についても、そのヒドロキシ基、あるいは化学修飾により導入されたリン酸基やカルボキシ基とHAPの結合を残したままアシル化できることが合理的に推測できる。
したがって、当業者は、上記実施例を参酌することにより、本発明が、PTSを用いる実施形態において好適であることを理解するとともに、PTS以外の多糖類を用いる実施形態においても適用できるものであると理解することが可能である。
本発明における有機-無機複合体及び有機-無機複合体成形物は優れた機械的強度、柔軟性、軽量性、生体適合性を利用して、携帯用の様々な部品、食品包装材、低燃費自動車などの構造材料、また人工骨や人工歯根などの生体材料において好適に利用することができる。また、水に浸漬後も元の曲げ強度の半分以上を保持するような複合体が得られた。環境負荷の小さな材料を用いて、プラスチックに匹敵する機械的な強度をもち、耐水性もあるので、いろいろな用途が考えられる。骨の代替材料などの再生医療にも道を開くものである。