(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023047688
(43)【公開日】2023-04-06
(54)【発明の名称】摩擦材組成物および摩擦材
(51)【国際特許分類】
C09K 3/14 20060101AFI20230330BHJP
F16D 69/02 20060101ALI20230330BHJP
【FI】
C09K3/14 520C
C09K3/14 520L
F16D69/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021156750
(22)【出願日】2021-09-27
(71)【出願人】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】加藤 領幹
(72)【発明者】
【氏名】小坂井 亮輔
【テーマコード(参考)】
3J058
【Fターム(参考)】
3J058BA76
3J058CA02
3J058CA42
3J058GA31
3J058GA92
3J058GA95
(57)【要約】
【課題】回生ブレーキ搭載車両の制動装置用の摩擦材として用いた場合に、長期間にわたって性能変化が生じ難い摩擦材を提供する。
【解決手段】摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有する、回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材を成形するための摩擦材組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材を成形するための摩擦材組成物であり、
前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ
層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有する、摩擦材組成物。
【請求項2】
前記摩擦材組成物中の前記層状結晶構造のチタン酸塩と、前記トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量合計が、10質量%以上、30質量%以下である、請求項1に記載の摩擦材組成物。
【請求項3】
前記摩擦材組成物中の前記層状結晶構造のチタン酸塩と、前記トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量合計が、10質量%以上、25質量%以下である、請求項2に記載の摩擦材組成物。
【請求項4】
前記摩擦材組成物中の前記トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量が、2質量%以上である、請求項2または3に記載の摩擦材組成物。
【請求項5】
前記層状結晶構造のチタン酸塩において、前記層状結晶構造の層間にカリウムイオンが配位されている、請求項1から4のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【請求項6】
前記層状結晶構造のチタン酸塩として、層状結晶構造のチタン酸リチウムカリウム及び層状結晶構造のチタン酸マグネシウムカリウムの内の少なくとも一方を含有する、請求項1から5のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の摩擦材組成物を成形してなる、回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摩擦材組成物および摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキ、ドラムブレーキ等の制動装置のディスクブレーキパッドおよびブレーキシューには摩擦材が使用されている。
【0003】
特許文献1には、摩擦材組成物中に元素としての銅を含まない、または銅の含有率が0.5質量%を超えず、チタン酸カリウムを含有し、さらにチタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウムのうち少なくとも1種類を含有し、前記チタン酸カリウムおよび前記チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウムのうち少なくとも1種類の合計が10~35質量%であり、大気雰囲気下500℃で加熱した際の質量減少率が5~20%である摩擦材組成物が記載されている。当該摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、回生協調ブレーキ等に代表される、軽負荷制動時に安定したトランスファフィルム(被膜)を形成し、安定した摩擦係数を発現することが記載されている。
【0004】
特許文献2には、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として0.5質量%以下であり、チタン酸塩としてトンネル状結晶構造のチタン酸塩及び層状結晶構造のチタン酸塩を含有する摩擦材組成物が記載されている。当該摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、高温・高速での制動における耐摩耗性、摩擦係数の安定性に優れることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-2186号公報
【特許文献2】特開2015-147913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
回生ブレーキ搭載車両では、回生ブレーキ非搭載車両と比較してブレーキパットの摩耗が少ないため、パッドライフが長くなる傾向がある。摩擦性能の安定性および耐錆効果発現のためには、ディスクロータまたはドラムの表面に、摩擦材由来の被膜が安定して形成される必要がある。被膜は一度形成されたあとも、高負荷制動や環境放置による発錆と錆落としとの繰り返しなどで消失するため、継続的に被膜を生成し続ける必要がある。しかし、回生ブレーキ搭載車両はパッド摩耗が少なく、新たな摩擦面が出現し難いため、上述のような従来技術の摩擦材を回生ブレーキ搭載車両に使用した場合、継続的に被膜を生成し続けることができない。その結果、上述のような従来技術の摩擦材は、長期間にわたって安定した摩擦性能を発現させることが困難である。
【0007】
本発明の一態様は、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用の摩擦材として用いた場合に、長期間にわたって性能変化が生じ難い摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、銅の含有量が銅元素として5質量%以下である組成において、層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとを含む摩擦材は、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用として使用した場合であっても、長期間にわたって摩擦材の性能変化が生じ難いことを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材を成形するための摩擦材組成物であり、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有する構成である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用の摩擦材として用いた場合に、環境負荷の高い銅の含有量が銅元素として5質量%以下である組成において、長期間にわたって性能変化が生じ難い摩擦材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<1.摩擦材組成物>
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材を成形するための摩擦材組成物であり、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有する。本態様の摩擦材組成物は、上述の成分を含む摩擦材原料を配合したものが意図される。本態様の摩擦材組成物は、後述する摩擦材を成形するために用いることができる。
【0011】
〔特徴〕
本態様の摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であるので環境に優しい。さらに、層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有するため、銅の含有量が銅元素として5質量%以下である組成においても、回生制動の有無にかかわらず、長期間にわたって性能変化が生じ難い摩擦材を提供することができるという効果を奏する。
【0012】
また、本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、回生制動の有無にかかわらず、長期間にわたって性能変化が生じ難いため、従来の摩擦材と比較して長期間にわたって良好なブレーキフィーリングを維持することができる。
【0013】
〔用途〕
上述のような特徴を有する本態様の摩擦材組成物は、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)等の回生ブレーキ搭載車両用のディスクブレーキ用パッド、ドラムブレーキ用ブレーキシューの摩擦面に使用される摩擦材を成形するための摩擦材組成物として特に有用である。回生ブレーキ搭載車両では、回生ブレーキによる低液圧での制動や、回生制動と摩擦制動とのすり替え作動を開始する前に実施される先行加圧(例えば、WO2020/004241号)のように制動トルクが発生しない範囲の液圧での摩擦接触が頻繁におこる。本態様の摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、回生制動の有無にかかわらず、継続的に被膜を生成し続けることができるため、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用摩擦材として使用しても、長期間にわたって摩擦係数が安定し、性能変化が生じ難いという優れた効果を発揮することができる。すなわち、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用摩擦材として特に有用であるといえる。
【0014】
本態様の摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用摩擦材として特に好適に適用することができるが、その用途は、回生ブレーキ搭載車両の制動装置用に限定されない。本態様の摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、二輪車を含む車両全般において採用されるディスクブレーキ用パッド、ドラムブレーキ用ブレーキシュー等の摩擦面に使用される摩擦材として好適に用いることができる。
【0015】
〔原料〕
以下に、本態様の摩擦材組成物に含まれている原料(摩擦材原料)について説明する。
【0016】
(銅)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下である。本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、環境有害性の高い銅および銅合金の含有量が少ないため、環境に優しい摩擦材を提供できるという効果を奏する。環境により優しい摩擦材を提供する観点から、摩擦材組成物中の銅の含有量は、銅元素として0.5質量%以下であることが好ましく、0質量%(銅フリー)であることがより好ましい。本発明の一態様に係る摩擦材組成物中に含まれる銅は、繊維基材として添加された銅繊維に由来するものであり得る。
【0017】
(層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウム)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有している。
【0018】
層状結晶構造のチタン酸塩は、TiO6八面体またはTiO5三角両錐体が稜線を共有しながら一組に連なり形成されたユニットからなる層状結晶構造を有している。当該層状結晶構造における層の間にはリチウムを除くアルカリ金属から選ばれる少なくとも1種の元素のイオンが配位されている。被膜生成効果に優れることから、層状結晶構造における層の間にはカリウムイオンが配位されていることが好ましい。層状結晶構造を形成しているTi席の一部は、リチウム、マグネシウム等の元素で置換されていてもよい。
【0019】
被膜生成効果の点で、層状結晶構造のチタン酸塩の種類は特に限定されない。層状結晶構造のチタン酸塩は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。被膜生成効果に優れることから、本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、層状結晶構造のチタン酸塩として、層状結晶構造のチタン酸リチウムカリウム及び層状結晶構造のチタン酸マグネシウムカリウムの内の少なくとも一方を含有していることが好ましい。被膜生成効果の点で、層状結晶構造のチタン酸リチウムカリウムまたは層状結晶構造のチタン酸マグネシウムカリウムを構成している各元素のモル比は特に限定されない。
【0020】
トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムは、TiO6八面体が稜線を共有しながら一組に連なり形成されたユニットからなるトンネル結晶構造を有し、Ti席の一部がリチウム元素で置換され、トンネル結晶構造におけるトンネル内にカリウムイオンが配位されている。被膜生成効果の点で、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムを構成している各元素のモル比は特に限定されない。
【0021】
層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの粒径は特に限定されない。層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの平均粒径が100μm以下であれば、摩擦材組成物の製造時に偏りなく均一に混合することが可能となること、および制動時に粒子が摩擦面から脱落しにくいことから好ましい。また、摩擦材組成物の製造時の取扱い性の観点から、層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの平均粒径が1μm以上であることが好ましい。層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの平均粒径は、JIS Z 8825「粒子径解析-レーザ解析・散乱法」により得られる体積基準の中位径(メジアン径)とする。摩擦材成形後の粒子径を確認する場合は、摩擦材の断面の電子顕微鏡画像から層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムに該当する粒子の平均粒径をJIS Z 8827-1「粒子径解析-画像解析法-第1部:静的画像解析法」により体積基準の粒度分布を測定し、中位径を求めればよい。
【0022】
(層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの作用および効果)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を共に含有していることにより、回生制動の有無にかかわらず、カーライフ初期~カーライフ後期までの長期間にわたって摩擦係数が安定し、性能変化が生じ難いという優れた効果を発揮することができる。
【0023】
これは、回生ブレーキ搭載車両特有の摩擦制動が少なく、摩擦材の摩耗が進みにくい状況下において、層状結晶構造のチタン酸塩により、カーライフ初期~中期における被膜生成効果を発現させ、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムにより、カーライフ中期~後期における被膜生成効果を発現させることができるためである。
【0024】
そのメカニズムは以下のとおりであると考えられる。まず、被膜生成には、摩擦制動による摩擦面へのカリウム放出が重要である。層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸塩のカリウム放出特性には次のような違いがある。
・層状結晶構造のチタン酸塩:カリウムが放出されやすい。また、雨や洗車による含水時にカリウムが流出しやすい。
・トンネル結晶構造のチタン酸塩:カリウムが放出されにくい。
【0025】
回生ブレーキ非搭載車両では、摩擦制動が多く、摩擦材の摩耗が進みやすいため、チタン酸塩の結晶構造が層状であってもトンネル状であっても、継続的にカリウムが放出されて、安定的に被膜が生成される。
【0026】
一方、回生ブレーキ搭載車両では、摩擦制動が少なく、摩擦材の摩耗が進みにくい。このため、チタン酸塩の結晶構造がトンネル状のみの場合は、カーライフ初期にカリウムが放出されず、カーライフ後期になってカリウムが放出されるようになる。一方、チタン酸塩の結晶構造が層状のみの場合は、カーライフ初期にカリウムが放出されるが、カーライフ初期にカリウムの放出が終了してしまい、カーライフ後期にカリウムが放出されず、被膜を形成することができない。
【0027】
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を共に含有しているため、層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸塩のカリウム放出特性の違いを利用して、カーライフ初期~カーライフ後期までの長期間にわたって安定的に被膜生成することが可能な摩擦材を提供するということが可能となる。また、トンネル結晶構造チタン酸塩として特にチタン酸リチウムカリウムを採用することにより、回生制動を行う場合に他のトンネル結晶構造チタン酸塩よりもより安定的に被膜を生成することが可能となる。
【0028】
(層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量)
摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量は特に限定されない。摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計が多い程、被膜生成効果は高くなる。
【0029】
摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計が10質量%以上であれば、摩擦係数の長期間安定性が十分に良好となる。摩擦係数の長期間安定性がさらに良好となることから、摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計が15質量%以上であることがより好ましく、20質量%以上であることがさらに好ましい。なお、本明細書において、摩擦材組成物中の任意の成分の含有量は、摩擦材組成物の総量を100質量%としたときのその成分の割合(質量%)を示している。
【0030】
また、被膜生成効果の発現の観点で、摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計の上限は限定されないが、摩擦係数の長期間安定性と摩擦材に要求される他の性能とを両立させる観点から、摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計が30質量%以下であることが好ましく、25質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
摩擦材組成物中のトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量は、摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計が上述の範囲を満たし、且つ摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩の含有量が2質量%以上となる範囲において適宜設定することができる。摩擦係数の長期間安定性の観点から、摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計が上述の範囲を満たす場合に、摩擦材組成物中のトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量が2質量%以上であることが好ましい。従って、例えば、摩擦材組成物中の層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量の合計の上限値が30質量%である場合は、摩擦材組成物中のトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量は、2質量%以上、28質量%以下の範囲で適宜設定すればよい。
【0032】
(層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウム以外のチタン酸塩)
本発明の摩擦材組成物の一態様は、本発明の効果を損なわない範囲で、層状結晶構造のチタン酸塩およびトンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウム以外に当該技術分野で公知のチタン酸塩を含んでいてもよい。
【0033】
(その他の成分)
本態様の摩擦材組成物は、上述した成分の他に、繊維基材、結合材、有機充填材、およびチタン酸塩以外の無機充填材を摩擦材原料として含有する。
【0034】
(繊維基材)
繊維基材としては、例えば、有機繊維、無機繊維、金属繊維等を挙げることができる。これらの繊維は、天然繊維であってもよく、人工的に合成した合成繊維であってもよい。有機繊維としては、例えば、芳香族ポリアミド繊維(アラミド繊維)、アクリル繊維、セルロース繊維、炭素繊維等を挙げることができる。無機繊維としては、ロックウール、ガラス繊維等を挙げることができる。金属繊維としては、スチール、ステンレス、アルミニウム、亜鉛、スズ等の単独金属からなる繊維、並びに、それぞれの合金金属からなる繊維を挙げることができる。繊維基材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。摩擦材組成物中の繊維基材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0035】
(結合材)
結合材は、摩擦材組成物中の摩擦材原料を結合させる機能を有している。結合材としては、前記性能を発揮できるものであれば特に限定されず、当該技術分野で公知の結合材を好ましく使用することができる。結合材の具体例としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、イミド樹脂等の樹脂を挙げることができる。結合材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。摩擦材組成物中の結合材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0036】
(有機充填材)
有機充填材は、耐摩耗性等を向上させるための摩擦調整材としての機能を有している。有機充填材としては、前記性能を発揮できるものであれば特に限定されず、当該技術分野で公知の有機充填材を好ましく使用することができる。有機充填材の具体例としては、カシューダスト、ゴム粉、タイヤ粉、フッ素樹脂、メラミンシアヌレート、ポリエチレン樹脂等を挙げることができる。有機充填材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。また、有機充填材は、リン酸やフッ素樹脂によって表面を被覆していてもよい。摩擦材組成物中の有機充填材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0037】
(チタン酸塩以外の無機充填材)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、チタン酸塩以外の無機充填材を含んでいてもよい。チタン酸塩以外の無機充填材としては、当該技術分野で公知の無機物を好ましく使用することができ、例えば、酸化ジルコニウム、硫酸バリウム、マイカ、酸化鉄(酸化第一鉄、酸化第二鉄等)、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム等を挙げることができる。これらの無機充填材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。チタン酸塩以外の無機充填材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で採用される含有量とすることができる。また、チタン酸塩以外の無機充填材の粒径は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される平均粒径を有する無機物を好ましく使用することができる。
【0038】
(潤滑剤)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、潤滑剤をさらに含んでいてもよい。潤滑剤としては特に限定されず、当該技術分野で公知の潤滑剤を好ましく使用することができる。潤滑剤の具体例としては、コークス、黒鉛、カーボンブラック、グラファイト、金属硫化物等を挙げることができる。金属硫化物としては、例えば、硫化スズ、三硫化アンチモン、二硫化モリブテン、硫化ビスマス、硫化鉄、硫化亜鉛、硫化タングステン等を挙げることができる。これらの潤滑剤は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。潤滑剤の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0039】
(摩擦材組成物の製造方法)
本態様の摩擦材組成物は、上述した摩擦材原料を配合し、それらを混合する混合工程を含む製造方法によって製造することができる。摩擦材原料を均一に混合する観点から、混合工程は、粉体状の摩擦材原料を混合する工程であることが好ましい。混合工程における混合方法および混合条件は、摩擦材原料を均一に混合することができる限り特に限定されず、当該技術分野で公知の方法を採用することができる。例えば、フェンシェルミキサ、レーディゲミキサ等の公知の混合機を使用して、摩擦材原料を常温で10分間程度混合すればよい。混合工程では、混合中の摩擦材原料が昇温しないように、公知の冷却方法によって摩擦材原料の混合物を冷却しながら混合してもよい。
【0040】
<2.摩擦材>
本発明の一態様に係る摩擦材は、本発明の一態様に係る摩擦材組成物を成形してなる。本態様の摩擦材の効果、用途等は本発明の摩擦材組成物の一態様について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0041】
(摩擦材の製造方法)
本態様の摩擦材は、本発明の一態様に係る摩擦材組成物を成形する成形工程を含む製造方法によって製造することができる。成形工程における成形方法および成形条件は、本発明の摩擦材組成物の一態様を所定の形状に成形することができる限り特に限定されず、当該技術分野で公知の方法を採用することができる。例えば、本発明の摩擦材組成物の一態様をプレス等で押し固めることにより成形することができる。プレスによる成形方法としては、本発明の摩擦材組成物の一態様を加熱して押し固めて成形するホットプレス工法および本発明の摩擦材組成物を加熱せずに常温で押し固めて成形する常温プレス工法のいずれかを好適に採用することができる。ホットプレス工法で成形する場合には、例えば、成形温度を140℃以上、200℃以下(好ましくは160℃)とし、成形圧力を10MPa以上、40MPa以下(好ましくは20MPa)とし、成形時間を3分以上、15分以下(好ましくは10分)とすることで、本発明の摩擦材組成物の一態様を摩擦材に成形することができる。常温プレス工法で成形する場合には、例えば、成形圧力を50MPa以上、200MPa以下(好ましくは100MPa)とし、成形時間を5秒以上、60秒以下(好ましくは15秒)とすることで、本発明の摩擦材組成物の一態様を摩擦材に成形することができる。更に、必要に応じて、摩擦材の表面を研磨して摩擦面を形成する研磨工程を行ってもよい。
【0042】
<3.摩擦部材>
本発明の一態様に係る摩擦材を摩擦面として用いた摩擦部材も本発明の範疇に含まれる。摩擦部材としては、本発明の摩擦材の一態様のみを備える構成、または裏板としての金属板等の板状部材と本発明の摩擦材の一態様とを一体化した構成とすることができる。本態様の摩擦部材の効果、用途等は本発明の摩擦材組成物の一態様について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0043】
本態様の摩擦部材を、板状部材と本発明の摩擦材の一態様とが一体化した構成とする場合は、本発明の摩擦材の一態様と板状部材とをクランプ処理し、その後、熱処理することによって本発明の摩擦材の一態様と板状部材とを接着することができる。クランプ処理の条件は特に限定されないが、例えば、例えば、180℃、1MPa、10分間である。また、クランプ処理後の熱処理の条件も特に限定されないが、例えば、150℃以上、250℃以下、5分以上、180分以下であり、好ましくは、230℃、3時間である。
【0044】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る、摩擦材組成物は、回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材を成形するための摩擦材組成物であり、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ層状結晶構造のチタン酸塩と、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有する構成である。
【0045】
本発明の態様2に係る摩擦材組成物は、前記の態様1において、前記摩擦材組成物中の前記層状結晶構造のチタン酸塩と、前記トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量合計が、10質量%以上、30質量%以下である構成であることが好ましい。
【0046】
本発明の態様3に係る摩擦材組成物は、前記の態様2において、前記摩擦材組成物中の前記層状結晶構造のチタン酸塩と、前記トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムとの含有量合計が、10質量%以上、25質量%以下である構成であることがより好ましい。
【0047】
本発明の態様4に係る摩擦材組成物は、前記の態様2または3において、前記摩擦材組成物中の前記トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムの含有量が、2質量%以上である構成であることがより好ましい。
【0048】
本発明の態様5に係る摩擦材組成物は、前記の態様1または4のいずれか1つにおいて、前記層状結晶構造のチタン酸塩において、前記層状結晶構造の層間にカリウムイオンが配位されている構成であることが好ましい。
【0049】
本発明の態様6に係る摩擦材組成物は、前記の態様1から5のいずれか1つにおいて、前記層状結晶構造のチタン酸塩として、層状結晶構造のチタン酸リチウムカリウム及び層状結晶構造のチタン酸マグネシウムカリウムの内の少なくとも一方を含有する構成であることが好ましい。
【0050】
本発明の態様7に係る摩擦材は、回生ブレーキを備えた車両の制動装置用摩擦材であり、前記の態様1から6のいずれか1つに記載の摩擦材組成物を成形してなる構成である。
【0051】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0052】
<摩擦材原料>
実施例および比較例で用いた摩擦材原料は以下のとおりである。
【0053】
・層状結晶構造のチタン酸リチウムカリウム:組成式K0.5~0.7Li0.27Ti1.73O3.85~3.95
・層状結晶構造のチタン酸マグネシウムカリウム:組成式K0.2~0.7Mg0.4Ti1.6O3.7~3.95
・トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウム:組成式K2.10Ti5.90Li0.10O12.9
・トンネル結晶構造のチタン酸カリウム:組成式K2Ti6O13
上述した以外の表1に示す摩擦材原料は、当技術分野で通常用いられるものを使用した。
【0054】
〔実施例1〕
<ブレーキパッドの作製>
表1に示す配合比率に従って各原料を配合し、レーディゲミキサを使用して、常温(20℃)で10分間程度混合することで、摩擦材組成物を得た。なお、表1の各原料の配合量の単位は、摩擦材組成物中の質量%である。
【0055】
成形プレスを使用して、ホットプレス工法によって摩擦材組成物を加熱しつつ押し固めて成形して成形品を得た。ホットプレス工法による成形条件は、以下のとおりであった:
成形温度:160℃
成形圧力:20MPa
成形時間:10分間。
【0056】
得られた成形品の表面を、研磨機を用いて研磨し摩擦面を形成して、摩擦材を得た。この摩擦材を使用して実施例1のブレーキパッドを作製し、摩擦係数の安定性試験を行った。なお、実施例1で作製したブレーキパッドは、摩擦材の厚み12.5mm、摩擦材投影面積55cm2であった。
【0057】
〔実施例2~11〕
表1に示す配合比率に従って各原料を配合したこと以外は、実施例1と同様の方法で実施例2~11のブレーキパッドを作製した。
【0058】
〔比較例1~7〕
表1に示す配合比率に従って各原料を配合したこと以外は、実施例1と同様の方法で比較例1~7のブレーキパッドを作製した。
【0059】
<摩擦係数の安定性試験>
含水と制動とを繰り返し行ったときの摩擦係数の安定性を評価した。具体的には、ディスクブレーキ表面に水をかけて2時間放置したのち、車速40km/h、1m/s2での制動を400回繰り返し、これを1サイクルとした。
【0060】
7サイクル実施後に、1サイクル目全体の平均摩擦係数と、7サイクル目全体の平均摩擦係数との差を算出し、以下に示す基準に従って◎、○、△または×の4段階のスコアで摩擦係数の安定性を評価した。
◎(優秀):1サイクル目全体の平均摩擦係数と、7サイクル目全体の平均摩擦係数との差が0以上、0.01未満。
○(良好):1サイクル目全体の平均摩擦係数と、7サイクル目全体の平均摩擦係数との差が0.01以上、0.02未満。
△(やや不適):1サイクル目全体の平均摩擦係数と、7サイクル目全体の平均摩擦係数との差が0.02以上、0.03未満。
×(不適):1サイクル目全体の平均摩擦係数と、7サイクル目全体の平均摩擦係数との差が0.03以上。
【0061】
なお、回生制動の有無での効果差を確認するため、上述の試験は、回生制動なし・ありのそれぞれで評価を実施した。
【0062】
<結果>
摩擦係数の安定性試験における各評価結果を表1に示した。
【0063】
【0064】
表1に示すとおり、層状結晶構造のチタン酸リチウムカリウムまたは層状結晶構造のチタン酸マグネシウムカリウムと、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムと、を含有する実施例1~11の摩擦材は、回生制動の有無にかかわらず、長期間にわたって(1サイクル目~7サイクル目まで)安定した摩擦係数を示した。また、実施例1~11の摩擦材は、トンネル結晶構造のチタン酸リチウムカリウムを含有しない比較例1~3、5および7の摩擦材、ならびにチタン酸塩を層状結晶構造またはトンネル結晶構造のいずれか一種類のみしか含有しない比較例2~7の摩擦材と比較して、回生制動を行う場合の摩擦係数の長期安定性が優位であることが示された。
本発明の一態様に係る摩擦材組成物および摩擦材は、自動車等の車両の制動装置、特に、回生ブレーキ搭載車両の制動装置における摩擦部材に好適に利用することができる。