(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023047697
(43)【公開日】2023-04-06
(54)【発明の名称】スペクトル推定システム
(51)【国際特許分類】
H04B 17/30 20150101AFI20230330BHJP
H04W 16/18 20090101ALI20230330BHJP
H04W 24/08 20090101ALI20230330BHJP
H04B 7/08 20060101ALI20230330BHJP
【FI】
H04B17/30
H04W16/18 110
H04W24/08
H04B7/08 680
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021156764
(22)【出願日】2021-09-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (発行者) 電子情報通信学会 (刊行物名)Angular-Frequency Wideband Spectrum Sensing based on Multi-Coset Sampling (発行日) 令和3年7月7日 (集会名)電子情報通信学会スマート無線研究会発表 (開催日)令和3年7月14日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、総務省、電波資源拡大のための研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】ハニズ アズリル
(72)【発明者】
【氏名】松村 武
(72)【発明者】
【氏名】児島 史秀
【テーマコード(参考)】
5K067
【Fターム(参考)】
5K067AA03
5K067AA13
5K067DD02
5K067DD41
5K067EE10
5K067EE12
5K067EE61
5K067KK02
5K067KK03
(57)【要約】
【課題】短時間で受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定可能なスペクトル推定システムを提供する。
【解決手段】アレイアンテナにより受信される受信信号の周波数スペクトル及び前記受信信号の到来角度の角度スペクトルを推定するスペクトル推定システムにおいて、前記受信信号を受信する複数のアンテナからなるアレイアンテナと、前記各アンテナにより受信された受信信号を離散フーリエ変換し、離散フーリエ変換された各受信信号に基づく行列からなるテンソルを算出する算出部と、周波数の各サブバンドに対応する圧縮された信号と到来角度毎のステアリングベクトルとに基づく辞書と、前記算出部により算出されたテンソルと、に基づいて、圧縮センシングを用いて、前記周波数スペクトル及び前記角度スペクトルを推定する推定部とを備えることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレイアンテナにより受信される受信信号の周波数スペクトル及び前記受信信号の到来角度の角度スペクトルを推定するスペクトル推定システムにおいて、
前記受信信号を受信する複数のアンテナからなるアレイアンテナと、
前記各アンテナにより受信された受信信号を離散フーリエ変換し、離散フーリエ変換された各受信信号に基づく行列からなるテンソルを算出する算出部と、
周波数の各サブバンドに対応する圧縮された信号と到来角度毎のステアリングベクトルとに基づく辞書と、前記算出部により算出されたテンソルと、に基づいて、圧縮センシングを用いて、前記周波数スペクトル及び前記角度スペクトルを推定する推定部とを備えること
を特徴とするスペクトル推定システム。
【請求項2】
前記推定部は、サブバンドの数に応じてそれぞれ成分が異なる行列と到来角度に応じて成分が異なる行列とのアダマール積からなる前記辞書を用いること
を特徴とする請求項1に記載のスペクトル推定システム。
【請求項3】
前記算出部は、前記アンテナの中から選択した2以上のアンテナにより受信された各受信信号に基づく前記テンソルを算出すること
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスペクトル推定システム。
【請求項4】
前記算出部は、複数の前記行列からなる3次元の前記テンソルを算出すること
を特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載のスペクトル推定システム。
【請求項5】
前記推定部は、前記算出部により算出したテンソルと擬似的に生成されたテンソルとの差分値を計算し、計算された差分値と前記辞書との相関を計算し、計算された相関が最も大きな周波数スペクトルのサブバンド及び到来角度に基づいて、前記受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定することを複数回繰り返すこと
を特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載のスペクトル推定方法。
【請求項6】
アレイアンテナにより受信される受信信号の周波数スペクトル及び前記受信信号の到来角度の角度スペクトルを推定するスペクトル推定システムにおいて、
前記受信信号を受信するN
el個のアンテナからなるアレイアンテナと、
前記アレイアンテナの中から選択されたP個のアンテナにより受信された各受信信号に基づいて、下記の[数1]で示される3次元テンソルを算出する算出部と、
前記算出部により算出された3次元テンソルと、下記の[数2]で示される2次元テンソルとを用いて、下記の[数3]のスパース解を求めることにより、前記受信信号の角度スペクトル及び周波数スペクトルを推定する推定部とを備えること
を特徴とするスペクトル推定システム。
【数1】
ここで、y
p[n]は、p番目の前記アンテナにより受信された前記受信信号を示し、Y
p[k]は、y
p[n]を離散フーリエ変換した前記受信信号を示し、nは、サンプリングした前記受信信号の標本点を示し、kは、離散フーリエ変換したy
p[n]の標本点を示し、N
bは、Y
p[k]の標本点の数を示し、Lは、前記周波数スペクトルのサブバンドの数を示し、c
pは集合{0・・・L-1}から選択される整数を示し、N
sは、行列のスナップショットの数を示す。
【数2】
ここで、f
kは、k番目の標本点の周波数ビンの周波数を示し、cは、光速を示し、φ
gは、g番目の到来角度候補値を示し、C
pは集合{0・・・N
el-1}から選択される整数を示し、dはアレイアンテナの間隔を示す。
【数3】
ここで、×
nは、n番目のモードのテンソル・行列の積を示し、
Sは、下記の[数4]で示される。
【数4】
ここで、||・||
Fは、フロベニウスノルムを示し、
S(i,:,:)は、任意の3次元テンソル
Sの1次元目の軸の方向に切り分け、i番目の切り分けを行列として取り出したものを示し、S
l,g[k]は、l番目の前記サブバンド及び前記到来角度φ
gにおけるスペクトルを示す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルのスペクトル推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
第5世代移動通信システムの普及の伴い、ミリ波帯を使用する基地局は複数のオペレータにより密に展開されるようになると予測される。これに伴い、オペレータ・基地局間の干渉を防ぎ、スペクトル利用効率を上げるために複数の基地局から送信される信号の中心周波数を把握することが重要になる。このため、非特許文献1及び非特許文献2等に開示されている複数の基地局から送信される信号の中心周波数を把握する技術が注目を集めている。
【0003】
非特許文献1では、低速なADC(Analog-to-digital converter)を用いて、中心周波数を掃引する周波数掃引手法が開示されている。また、非特許文献2では、推定に必要なADCの変換速度を減らすために、不等間隔でサンプリングを行うMCS(multi-coset sampling)が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】H. Sun, A. Nallanathan, C. Wang, and Y. Chen, “Wideband Spectrum Sensing for Cognitive Radio Networks: A Survey,” IEEE Wirel. Commun., no. April, pp. 74-81, 2013.
【非特許文献2】C. P. Yen, Y. Tsai, and X. Wang, “Wideband spectrum sensing based on sub-Nyquist sampling,” IEEE Trans. Signal Process., vol. 61, no.12, pp. 3028-3040, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1に開示されている周波数掃引手法は、低速ADCを用いるため、測定に長時間を要する。このため、測定にかかるコストが膨大となるという問題点がある。
【0006】
また、角度特性を含めた電波伝搬チャネルの正確なモデルを必要とするCPS(cyber physical system)エミュレータを開発する際に、中心周波数だけではなく、受信信号の到来角度の角度スペクトル等の角度特性を含めた情報が求められている。
【0007】
しかしながら、非特許文献1は、角度特性を含めた情報を掃引することを想定していない。このため、非特許文献1の開示技術では、角度特性を含めた情報を掃引することができないという問題点がある。
【0008】
また、非特許文献2に記載されているMCSアルゴリズムは、単一アンテナの場合しか対応せず、複数のアンテナを用いることを想定していない。このため、非特許文献2の開示技術では、角度スペクトルを推定することができない問題点がある。
【0009】
本発明は、上述した問題点を解決するために導出されたものであり、短時間で受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定可能なスペクトル推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載のスペクトル推定システムは、アレイアンテナにより受信される受信信号の周波数スペクトル及び前記受信信号の到来角度の角度スペクトルを推定するスペクトル推定システムにおいて、前記受信信号を受信する複数のアンテナからなるアレイアンテナと、前記各アンテナにより受信された受信信号を離散フーリエ変換し、離散フーリエ変換された各受信信号に基づく行列からなるテンソルを算出する算出部と、周波数の各サブバンドに対応する圧縮された信号と到来角度毎のステアリングベクトルとに基づく辞書と、前記算出部により算出されたテンソルと、に基づいて、圧縮センシングを用いて、前記周波数スペクトル及び前記角度スペクトルを推定する推定部とを備えることを特徴とする。
【0011】
請求項2に記載のスペクトル推定システムは、請求項1に記載のスペクトル推定システムにおいて、前記推定部は、サブバンドの数に応じてそれぞれ成分が異なる行列と到来角度に応じて成分が異なる行列とのアダマール積からなる前記辞書を用いることを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載のスペクトル推定システムは、請求項1又は請求項2に記載のスペクトル推定システムにおいて、前記算出部は、前記アンテナの中から選択した2以上のアンテナにより受信された受信信号に基づく前記テンソルを算出することを特徴とする。
【0013】
請求項4に記載のスペクトル推定システムは、請求項1~3の何れか1項に記載のスペクトル推定システムにおいて、前記算出部は、複数の前記行列からなる3次元の前記テンソルを算出することを特徴とする。
【0014】
請求項5に記載のスペクトル推定システムは、請求項1~4の何れか1項に記載のスペクトル推定システムにおいて、前記推定部は、前記算出部により算出したテンソルと擬似的に生成されたテンソルとの差分値を計算し、計算された差分値と前記辞書との相関を計算し、計算された相関が最も大きな周波数スペクトルのサブバンド及び到来角度に基づいて、前記受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定することを複数回繰り返すことを特徴とする。
【0015】
請求項6に記載のスペクトル推定システムは、アレイアンテナにより受信される受信信号の周波数スペクトル及び前記受信信号の到来角度の角度スペクトルを推定するスペクトル推定システムにおいて、前記受信信号を受信するN
el個のアンテナからなるアレイアンテナと、前記アレイアンテナの中から選択されたP個のアンテナにより受信された各受信信号に基づいて、下記の[数1]で示される3次元テンソルを算出する算出部と、前記算出部により算出された3次元テンソルと、下記の[数2]で示される2次元テンソルとを用いて、下記の[数3]のスパース解を求めることにより、前記受信信号の角度スペクトル及び周波数スペクトルを推定する推定部とを備えることを特徴とする。
【数1】
ここで、y
p[n]は、p番目の前記アンテナにより受信された前記受信信号を示し、Y
p[k]は、y
p[n]を離散フーリエ変換した前記受信信号を示し、nは、サンプリングした前記受信信号の標本点を示し、kは、離散フーリエ変換したy
p[n]の標本点を示し、N
bは、Y
p[k]の標本点の数を示し、Lは、前記周波数スペクトルのサブバンドの数を示し、c
pは集合{0・・・L-1}から選択される整数を示し、N
sは、行列のスナップショットの数を示す。
【数2】
ここで、f
kは、k番目の標本点の周波数ビンの周波数を示し、cは、光速を示し、φ
gは、g番目の到来角度候補値を示し、C
pは集合{0・・・N
el-1}から選択される整数を示し、dはアレイアンテナの間隔を示す。
【数3】
ここで、×
nは、n番目のモードのテンソル・行列の積を示し、
Sは、下記の[数4]で示される。
【数4】
ここで、||・||
Fは、フロベニウスノルムを示し、
S(i,:,:)は、任意の3次元テンソル
Sの1次元目の軸の方向に切り分け、i番目の切り分けを行列として取り出したものを示し、S
l,g[k]は、l番目の前記サブバンド及び前記到来角度φ
gにおけるスペクトルを示す。
【発明の効果】
【0016】
第1発明~第5発明によれば、辞書と、テンソルと、に基づいて、圧縮センシングを用いて、周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定する。これにより、広帯域な周波数スペクトル推定に必要なADCサンプリング周波数を減らすことが可能になり、コスト削減及び計算量の軽減が可能となる。さらに角度スペクトルを推定することが可能になり、より多くのスペクトル情報が把握できるようになる。
【0017】
特に、第2発明によれば、推定部は、サブバンドの数に応じてそれぞれ成分が異なる行列と到来角度に応じて成分が異なる行列とのアダマール積からなる辞書を用いる。これにより、さらに広帯域な周波数スペクトル推定に必要なADCサンプリング周波数を減らすことが可能になり、コスト削減及び計算量の軽減が可能となる。
【0018】
特に、第3発明によれば、算出部は、アンテナの中からランダムに選択した2以上のアンテナにより受信された受信信号に基づくテンソルを算出する。これにより、スペクトルのピーク探索の曖昧さを減らし、高精度にスペクトルを推定することができる。
【0019】
特に、第4発明によれば、算出部は、複数の行列からなる3次元のテンソルを算出する。これにより、複数のスナップショットからなる3次元テンソルに基づいてスペクトルを推定することが可能となり、高精度にスペクトルを推定することができる。
【0020】
特に、第5発明によれば、推定部は、計算された複素振幅に応じて、前記受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定することを複数回繰り返す。これにより、圧縮センシングを用いて、高精度にスペクトルを推定することができる。
【0021】
第6発明によれば、推定部は、[数2]で示される2次元テンソルを用いることにより、受信信号の角度スペクトル及び周波数スペクトルを推定する。これにより、広帯域な周波数スペクトル推定に必要なADCサンプリング周波数を減らすことが可能になり、コスト削減及び計算量の軽減が可能となる。さらに角度スペクトルを推定することが可能になり、より多くのスペクトル情報が把握できるようになる。また、[数3]のスパース解を求めることにより、コスト削減及び計算量の軽減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、本発明を適用したスペクトル推定システムの全体概略図である。
【
図2】
図2は、受信信号の到来角度を示す図である。
【
図3】
図3は、3次元テンソル
S(i,:,:)の模式図を示す図である。
【
図4】
図4は、復元アルゴリズムのフローチャートを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を適用したスペクトル推定システムについて、図面を参照しながら詳細に説明をする。
【0024】
図1は、本発明を適用したスペクトル推定システム100の全体概略図である。スペクトル推定システム100は、基地局20と、基地局20から送信される信号を受信するスペクトル推定装置1とを備える。
【0025】
基地局20は、通信機器の間において無線アクセスポイントとしての役割を果たし、インターネット等を始めとした公衆通信網との間においてインタフェースとしての役割を果たすものである。即ち、基地局20は、これを介して通信機器がインターネット等を始めとした公衆通信網との間でデータの送受信を行うことを可能とするための中継手段を担うものである。基地局20は、スペクトル推定装置1に信号を送信する。
【0026】
スペクトル推定装置1は、基地局20から送信された信号を受信し、受信した信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定する。スペクトル推定装置1は、複数のアンテナ素子が設けられるアレイアンテナ10と、アレイアンテナ10の各アンテナ素子にそれぞれ接続される複数の遅延素子11と、各遅延素子11にそれぞれ接続される複数のADC12と、各ADC12に接続される選択部13と、選択部13に接続される処理部14と、処理部14に接続される推定部15と、推定部15に接続される記憶部16とを備える。
【0027】
アレイアンテナ10は、基地局20から送信された信号を受信するための複数個配列される素子アンテナにより構成される。アレイアンテナ10は、アンテナ素子間の間隔がdとなるようにNel個のアンテナ素子が設けられている。アレイアンテナ10は、受信した信号を遅延素子11に出力する。
【0028】
遅延素子11は、アレイアンテナ10から出力された信号を遅延させる遅延回路により構成される。遅延素子11は、アレイアンテナ10に含まれるアンテナ素子にそれぞれ信号の遅延時間が異なる遅延回路が一つずつ接続される。遅延素子11は、遅延させた信号をADC12に出力する。
【0029】
ADC12は、遅延素子11から出力された信号をサンプリングし、デジタル変換する。ADC12は、遅延素子11のそれぞれの遅延回路に一つずつ接続される。ADC12は、例えば変換速度が50MHzの変換器が用いられる。ADC12は、デジタル変換した信号を選択部13に出力する。
【0030】
選択部13は、ADC12からそれぞれ出力された複数のデジタル信号の中から所定の数のデジタル信号を選択し、選択したデジタル信号を処理部14に出力する。
【0031】
処理部14は、選択部13から出力された各デジタル信号を離散フーリエ変換し、離散フーリエ変換された各信号に基づく行列からなるテンソルを算出する。処理部14は、算出したテンソルを推定部15に出力する。
【0032】
記憶部16は、周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定するための周波数と到来角度の辞書等を含む各種情報を記憶する。記憶部16は、予め記憶された周波数と到来角度の辞書を必要に応じて推定部15に出力する。
【0033】
推定部15は、処理部14から出力されたテンソルと、記憶部16から出力された辞書とに基づいて、圧縮センシングを用いて、受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定する。圧縮センシング(Compressed Sensing:CS)は、本来必要とされるサンプリング数より少ない観測から信号を復元する方法である。元の信号をベクトルx∈Rnとするとき、大きさがm×n(m<n)の観測行列Φを用いると、観測(圧縮)信号ベクトルは、y=Φx∈Rmとなる。このとき、観測信号ベクトルyの次元が元信号ベクトルxの次元より低いと、解が一意に求まらない不良設定問題となり、観測信号ベクトルyから元信号ベクトルxを求めることはできない。しかしながら、元の信号ベクトルxが辞書行列を用いることでスパース性を有する信号ベクトルに変換できる場合、ゼロ、スペース又は疎を多く含むように信号ベクトルを解く、つまりはスパース解を求めることで元の信号を復元できる。
【0034】
次に、スペクトル推定システム100を用いて、周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定する動作について説明する。
【0035】
周波数スペクトルは、信号の周波数毎の強度を示すスペクトルである。周波数スペクトルは、例えばL個のサブバンドに分割される。かかる場合、スペクトル帯域幅をBとすると、一つのサブバンドの帯域幅は、B/Lとなる。周波数スペクトルは、各サブバンドの帯域幅に含まれる周波数の強度を示すスペクトルであってもよい。
【0036】
角度スペクトルは、アレイアンテナ10が受信する受信信号の到来角度の角度毎の強度を示すスペクトルである。到来角度は、例えば
図2に示すように、基地局20とアレイアンテナ10を結ぶ直線αに対する、アンテナ10a~cが配列している方向βに垂直な方向γの角度φである。また、到来角度は、AOA(Angle of Arrival)である。
【0037】
まず、スペクトル推定システム100において、アレイアンテナ10は、基地局20から送信された信号を受信する。かかる場合、アレイアンテナ10に設けられているNel個のアンテナ素子のそれぞれが信号を受信する。また、アレイアンテナ10に設けられたアンテナ素子はそれぞれ集合{0・・・Nel-1}から順に選択される番号が付けられる。この番号は、例えばアンテナの並び順により選択されてもよいがこの限りではなく、任意の方法で選択されてもよい。アレイアンテナ10は、受信した受信信号をそれぞれ遅延素子11に出力する。
【0038】
次に、遅延素子11は、出力された受信信号を遅延させる。遅延素子11に設けられている各素子の遅延時間は、接続されている各アンテナ素子の番号に応じて、τ
0~τ
Nel-1で示される。またτ
pは[数5]により示される。
【数5】
ここでc
pは集合{0・・・L-1}から選択される整数を示す。また、c
pは集合{0・・・L-1}から任意の乱数を用いてランダムに選択された整数を用いてもよい。遅延素子11は、遅延させた受信信号をADC12に出力する。
【0039】
次に、ADC12は、出力された受信信号をデジタル信号に変換する。ADC12は、例えばサンプリング周波数がB/Lとなるようにサンプリングしてもよい。ADC12は、変換したデジタル信号を選択部13に出力する。
【0040】
次に、選択部13は、ADC12からそれぞれ出力された複数のデジタル信号の中から所定の数のデジタル信号を選択する。例えば、選択部13は、アレイアンテナ10に設けられたNel個のアンテナ素子の中からP個のアンテナ素子を選択し、選択したアンテナ素子が受信した受信信号に基づくデジタル信号を選択してもよい。かかる場合、選択部13は、任意の乱数を用いてP個のアンテナ素子をランダムに選択してもよい。これにより、後述する復元アルゴリズムのピーク探索の曖昧さを減らすことができる。選択部13は、選択した信号を処理部14に出力する。
【0041】
次に処理部14は、選択部13から出力された信号を離散フーリエ変換し、離散フーリエ変換された各信号に基づく行列からなるテンソルを算出する。処理部14は、例えば信号を処理し、[数1]に示すような3次元テンソルYを算出する。ここで、Yp[k]は、yp[n]を離散フーリエ変換した受信信号を示し、yp[n]は、p番目のアンテナにより受信された受信信号を示し、nは、サンプリングした受信信号の標本点を示し、kは、離散フーリエ変換したyp[n]の標本点を示し、Nbは、Yp[k]の標本点の数を示し、Lは、周波数スペクトルのサブバンドの数を示し、cpは集合{0・・・L-1}から選択される整数を示し、Nsは、行列のスナップショットの数を示す。3次元テンソルYは、ADC12の出力信号yp[n]を離散フーリエ変換し、位相回転した後、Nb個の周波数ビン及びP個のアンテナ素子のサンプルを一つの行列にまとめ、さらにまとめた行列をNs個のスナップショットにまとめたものである。これにより、相関の計算を用いることなく、処理をすることが可能となるため、周波数スペクトル及び角度スペクトルの複素振幅を推定することが可能となる。
【0042】
かかる場合、処理部14は、まず離散フーリエ変換を用いて、受信信号yp[n]に基づく周波数ビンを演算する。その後、処理部14は、同一のアンテナにより受信された受信信号に基づくそれぞれ標本点が異なる周波数ビンに基づく行と、それぞれ異なるアンテナにより受信された受信信号に基づく標本点が同一の周波数ビンに基づく列とからなる行列を演算する。さらに処理部14は、演算したNs個の行列に基づく3次元テンソルYを生成する。かかる場合、Ns個の行列は、同じ行列のスナップショットであってもよいし、異なる時間帯にアレイアンテナ10により受信された異なる受信信号に基づいて生成された異なる複数の行列からなる3次元テンソルYであってもよい。また、Nsは1以上の整数であり、Nsは、1であってもよい。かかる場合、[数1]で示されるテンソルは2次元テンソルであってもよい。処理部14は、算出したテンソルを推定部15に出力する。
【0043】
次に、推定部15は、処理部14から出力されたテンソルと、記憶部16から出力された周波数と到来角度の辞書とに基づいて、圧縮センシングを用いて、周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定する。推定部15は、例えば処理部14で圧縮されたスペクトルを、周波数と到来角度の辞書を用いて、例えば、推定部15は、処理部14から出力された[数1]で示される3次元テンソル又は3階テンソルと、記憶部16から出力された[数2]で示される辞書とに基づいて、受信信号の周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定する。かかる場合、推定部15は、[数1]で示される3次元テンソルと、[数2]で示される2次元テンソルの辞書とを用いて、[数3]のスパース解を求めることにより、受信信号の角度スペクトル及び周波数スペクトルを推定する。ここで、f
kは、k番目の標本点の周波数ビンの周波数を示し、cは、光速を示し、φ
gは、g番目の到来角度の候補値を示し、C
pは集合{0・・・N
el-1}から選択される整数を示し、dはアレイアンテナの間隔を示し、lは、l番目のサブバンドを示す。×
nは、n番目のモードのテンソル・行列の積(Mode-n tensor-by-matrix product)を示し、
Sは、下記の[数4]で示される。φ
gは、φ
0からφ
Nφ-1までのN
φ個の到来角度の候補値を用意してもよい。
【数4】
ここで、||・||
Fは、フロベニウスノルムを示し、
S(i,:,:)は、任意の3次元テンソル
Sの1次元目の軸の方向に切り分け、i番目の切り分けを行列として取り出したものを示し、S
l,g[k]は、l番目のサブバンド及び到来角度φ
gにおけるスペクトルを示す。
【0044】
図3は、3次元テンソル
S(i,:,:)の模式図を示す図である。
S(1,:,:)は、3次元テンソル
Sを縦軸方向yに切り分け、切り分けた1番目のxz平面の2次元テンソルを示す。
S(2,:,:)は、3次元テンソル
Sを縦軸方向yに切り分け、切り分けた2番目のxz平面の2次元テンソルを示す。
【0045】
[数2]で示される2次元テンソルの辞書は、周波数及び到来角度の辞書である。周波数及び到来角度の辞書は、周波数の各サブバンドに対応する圧縮された信号と到来角度毎のステアリングベクトルとに基づく辞書である。ステアリングベクトルは、アレイアンテナ10のアンテナ素子間の位相関係を示すベクトルである。周波数及び到来角度の辞書は、例えば周波数スペクトルのサブバンドの数に応じてそれぞれ成分が異なる行列と到来角度に応じて成分が異なる行列とのアダマール積からなる行列であってもよい。この辞書を用いることにより、広帯域な周波数スペクトル推定に必要なADCサンプリング周波数を減らすことが可能になり、コスト削減及び計算量の軽減が可能となる。さらに角度スペクトルを推定することが可能になり、より多くのスペクトル情報が把握できるようになる。
【0046】
推定部15は、例えば
図4に示す圧縮センシングの反復アルゴリズムを用いて、[数3]で示される式のスパース解を推定してもよい。推定部15は、処理部14から出力されたテンソルと擬似的に生成されたテンソルとの差分値を計算し、計算された差分値と上述した辞書との相関を計算し、計算された相関が最も大きな周波数スペクトルのサブバンド及び到来角度に基づいて、受信信号の角度スペクトル及び周波数スペクトルを推定することを複数回繰り返す。以下、
図4の各ステップでの詳細な処理を説明する。
【0047】
まず、S10において、[数1]で示される3次元テンソルと擬似的に生成された3次元テンソルとの差分値Rを算出する。このとき、差分値を算出することなく、[数1]で示される3次元テンソルをそのまま用いてもよい。
【0048】
次に、ステップS11において、差分値
Rと[数2]で示される辞書との[数6]で示される相関
Cを求める。
【数6】
ここで、1
Nbは、すべての要素が1に等しい長さN
bのベクトルを示し、iとjとは、それぞれサブバンドと到来角度との番号を示し、Tは行列の転置を示す記号であり、Hは行列のエルミート転置を示す記号である。また、は、N
b個の周波数ビンを合計して周波数帯域を形成することによって計算される。
【0049】
次に、ステップS12において、停止条件を満たすかを判断する。推定されたスペクトルに誤差が含まれると、後述する擬似的にテンソルを生成するときに、連続して誤差を引き起こすため、ステップS10において差分値Rが算出される際、検出した信号を完全に取り除くことができず、信号の一部が残る。この残りは、後の反復で誤った信号として検出される可能性がある。したがって、誤警報率を低減するために、停止条件を判断する。ステップS12において、停止条件を満たす場合、アルゴリズムのループを中断する。
【0050】
停止条件は、相関
Cの周波数ビンと[数7]で示される閾値γとの大きさにより決定される。
【数7】
ここで、Γ
cdf(x)は、それぞれ形状とスケールのパラメーターkとφを持つガンマ分布の累積分布関数を示し、σ
2nは、ガウス分布の分散を示す。
【0051】
また、停止条件は[数8]で示される式を満たすかどうかも判断する。
【数8】
ここで、κは設定された閾値を示す。
【0052】
次に、ステップS13において、相関が最も大きいサブバンド及び角度を探索する。かかる場合、例えば[数9]で示される数式を用いて、相関が最も大きいサブバンド及び角度を探索する。
【数9】
ここで、1
Nbは、すべての要素が1に等しい長さN
bのベクトルを示す。
【0053】
次に、ステップS14において、スペクトルの複素振幅W
qを推定する。かかる場合、例えば、[数10]で示される式を用いて、スペクトルの複素振幅W
qを推定する。
【数10】
ここでV
qは、一時的に生成される辞書を示し、(・)
+は、逆行列を示す。
【0054】
次に、ステップS15において、反復回数が最大反復回数を超えるかを判断する。最大反復回数を超える場合、アルゴリズムのループを中断する。最大反復回数を超えない場合は後述するステップS16に移行する。
【0055】
次に、ステップS16において、擬似的な3次元テンソルを生成する。その後、再びステップS10へと移行し、[数11]で示される式を用いて、差分値
Rを算出する。
【数11】
【0056】
この反復アルゴリズムは、ステップS10からS16のステップをkの値を1ずつ増加させながら複数回繰り返し、条件を満たす周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定するアルゴリズムである。これにより、圧縮センシングを用いて、高精度にスペクトルを推定することができる。また、推定部15は、この反復アルゴリズムを用いた圧縮センシングに限らず、任意の方法を用いて、周波数スペクトル及び角度スペクトルを推定してもよい。
【0057】
上述した動作を実施することで、本実施形態におけるスペクトル推定システム100の動作は終了する。これにより、広帯域な周波数スペクトル推定に必要なADCサンプリング周波数を減らすことが可能になり、コスト削減及び計算量の軽減が可能となる。さらに角度スペクトルを推定することが可能になり、より多くのスペクトル情報が把握できるようになる。
【0058】
本発明の実施形態を説明したが、この実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。このような新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0059】
1 スペクトル推定装置
10 アレイアンテナ
11 遅延素子
12 ADC
13 選択部
14 処理部
15 推定部
16 記憶部
20 基地局
100 スペクトル推定システム