(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023047807
(43)【公開日】2023-04-06
(54)【発明の名称】成形物、成形物の製造方法、及び物品
(51)【国際特許分類】
B32B 27/30 20060101AFI20230330BHJP
C08J 7/04 20200101ALI20230330BHJP
C08J 7/12 20060101ALI20230330BHJP
C08J 7/16 20060101ALI20230330BHJP
【FI】
B32B27/30 102
C08J7/04 Z CEX
C08J7/12
C08J7/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021156932
(22)【出願日】2021-09-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「濃厚ポリマーブラシ(CPB)の工業的製造方法の確立」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 博之
(72)【発明者】
【氏名】田儀 陽一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 広賢
(72)【発明者】
【氏名】谷嶋 美保
(72)【発明者】
【氏名】荘司 拓海
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】松川 公洋
【テーマコード(参考)】
4F006
4F073
4F100
【Fターム(参考)】
4F006AA19
4F006AB42
4F006AB43
4F006AB64
4F006BA09
4F006DA04
4F006EA05
4F073AA10
4F073BA17
4F073BB01
4F073EA01
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4F073EA36
4F073EA61
4F073FA03
4F100AK11B
4F100AK21A
4F100AK25B
4F100AK26B
4F100BA02
4F100EJ85A
4F100GB31
4F100GB32
4F100GB41
4F100GB66
4F100JA07B
4F100JB10B
4F100YY00B
(57)【要約】 (修正有)
【課題】十分な厚さを有するとともに、脱離しにくく、耐摩耗性等の耐久性に優れたポリマー層を備える成形物を提供する。
【解決手段】ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材と、基材の表面に設けられる、芳香族ビニル系モノマー等のモノマーに由来する構成単位を有するポリマー(ii)層とを備え、ポリマー(i)及び(ii)が、下式(1)の構造で結合し、ポリマー(ii)層の厚さが0.1~5μm、基材の表面に占めるポリマー(ii)の占有率σ*が0.1以上の成形物。
(R
1は、H、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Polymer(i)はポリマー(i)、Polymer(ii)はポリマー(ii)を示す)
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材と、
前記基材の表面に設けられる、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーに由来する構成単位を有するポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層と、を備え、
前記ポリマー(i)及び前記ポリマー(ii)が、下記一般式(1)で表される構造で結合しており、
前記ポリマー(ii)の数平均分子量が50万~500万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.5未満であり、
前記ポリマー(ii)層の厚さが0.1~5μmであり、
前記基材の表面に占める前記ポリマー(ii)の占有率σ*が0.1以上である成形物。
(前記一般式(1)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、「Polymer(i)」はポリマー(i)を示し、「Polymer(ii)」はポリマー(ii)を示す)
【請求項2】
前記ポリマー(ii)層が、溶媒を含有して膨潤している請求項1に記載の成形物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の成形物の製造方法であって、
ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材の表面に下記一般式(2)で表される化合物を反応させて、前記基材の表面に下記一般式(3)で表される官能基を導入する工程と、
芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーを10~1,000MPaの圧力条件下で重合してポリマー(ii)を形成し、前記ポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層を前記基材の表面に設ける工程と、を有する成形物の製造方法。
(前記一般式(2)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、塩素原子、臭素原子、又は水酸基を示す)
(前記一般式(3)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、「*」はポリマー(i)との結合位置を示す)
【請求項4】
前記モノマーを表面開始リビングラジカル重合して前記ポリマー(ii)を形成する請求項3に記載の成形物の製造方法。
【請求項5】
イオン液体中で前記モノマーを重合して前記ポリマー(ii)を形成する請求項3又は4に記載の成形物の製造方法。
【請求項6】
前記一般式(2)で表される化合物が、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸ブロマイドである請求項3~5のいずれか一項に記載の成形物の製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の成形物を備える物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形物、成形物の製造方法、及び物品に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の改質方法として、その末端に基材と吸着又は反応しうる基を有するポリマーを基材に作用させることで、物理的又は化学的に結合したポリマー層を基材表面に形成する方法が知られている。また、基材表面に付与した重合性基を起点としてモノマーを重合させることで、基材表面からグラフトしたポリマー層を形成する方法も知られている。
【0003】
近年、1990年代に発展したリビングラジカル重合の技術を利用して基板上に高密度にグラフトされる、いわゆる「濃厚ポリマーブラシ」が研究されている。この濃厚ポリマーブラシでは、高分子鎖が1~4nm間隔の高密度(表面占有率(σ*)0.1以上)で基板上にグラフトされる。このような濃厚ポリマーブラシにより基材表面を改質し、低摩擦性、タンパク質吸着抑制、サイズ排除特性、親水性、撥水性等などの特徴を付与することができる(特許文献1及び2、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-133434号公報
【特許文献2】特開2010-261001号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Adv.Polym.Sci.,2006,197,1-45
【非特許文献2】J.Am.Chem.Soc.,2005,127,15843-15847
【非特許文献3】Polym.Chem.,2012,3,148-153
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
濃厚ポリマーブラシ(以下、単に「ブラシ」とも記す)は、潤滑、摩擦、摩耗のトライボロジー分野において低摩擦性を示す。しかしながら、摩擦時に使用する潤滑油や溶剤によってブラシのポリマー層が基材表面から脱離しやすくなる場合があった。濃厚ポリマーブラシは、単分子膜層である重合開始基層を形成した後に重合することで形成される。しかし、単分子膜層の結合力や密着性が弱いため、摩擦や溶剤でポリマー層が脱離しやすいと考えられる。
【0007】
濃厚ポリマーブラシは、例えば、重合開始基を付与した基材を使用し、リビングラジカル重合によって形成される。しかし、前述の通り、基材表面に対する重合開始基の結合力が弱いために脱離しやすくなる場合があるとともに、基材表面に重合開始基を付与(導入)する工程が煩雑であることが多く、改良の余地があった。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、十分な厚さを有するとともに、脱離しにくく、耐摩耗性等の耐久性に優れたポリマー層を備える成形物を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記の成形物の製造方法、及び上記の成形物を備える物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明によれば、以下に示す成形物が提供される。
[1]ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材と、前記基材の表面に設けられる、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーに由来する構成単位を有するポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層と、を備え、前記ポリマー(i)及び前記ポリマー(ii)が、下記一般式(1)で表される構造で結合しており、前記ポリマー(ii)の数平均分子量が50万~500万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.5未満であり、前記ポリマー(ii)層の厚さが0.1~5μmであり、前記基材の表面に占める前記ポリマー(ii)の占有率σ*が0.1以上である成形物。
【0010】
(前記一般式(1)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、「Polymer(i)」はポリマー(i)を示し、「Polymer(ii)」はポリマー(ii)を示す)
【0011】
[2]前記ポリマー(ii)層が、溶媒を含有して膨潤している前記[1]に記載の成形物。
【0012】
また、本発明によれば、以下に示す成形物の製造方法が提供される。
[3]前記[1]又は[2]に記載の成形物の製造方法であって、ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材の表面に下記一般式(2)で表される化合物を反応させて、前記基材の表面に下記一般式(3)で表される官能基を導入する工程と、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーを10~1,000MPaの圧力条件下で重合してポリマー(ii)を形成し、前記ポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層を前記基材の表面に設ける工程と、を有する成形物の製造方法。
【0013】
(前記一般式(2)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、塩素原子、臭素原子、又は水酸基を示す)
【0014】
(前記一般式(3)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、「*」はポリマー(i)との結合位置を示す)
【0015】
[4]前記モノマーを表面開始リビングラジカル重合して前記ポリマー(ii)を形成する前記[3]に記載の成形物の製造方法。
[5]イオン液体中で前記モノマーを重合して前記ポリマー(ii)を形成する前記[3]又は[4]に記載の成形物の製造方法。
[6]前記一般式(2)で表される化合物が、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸ブロマイドである前記[3]~[5]のいずれかに記載の成形物の製造方法。
【0016】
また、本発明によれば、以下に示す物品が提供される。
[7]前記[1]又は[2]に記載の成形物を備える物品。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、十分な厚さを有するとともに、脱離しにくく、耐摩耗性等の耐久性に優れたポリマー層を備える成形物を提供することができる。また、本発明によれば、上記の成形物の製造方法、及び上記の成形物を備える物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例7で得た成形物-7を構成するPETフィルム及びポリマー(ii)層の赤外吸収スペクトルの測定結果(IRチャート)である。
【
図2】実施例7で得た成形物-7の断面の微構造を示す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<成形物>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。本発明の成形物は、ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材と、基材の表面に設けられる、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーに由来する構成単位を有するポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層と、を備える。ポリマー(i)及びポリマー(ii)は、下記一般式(1)で表される構造で結合している。また、ポリマー(ii)の数平均分子量は50万~500万、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)は1.5未満である。そして、ポリマー(ii)層の厚さは0.1~5μmであり、基材の表面に占めるポリマー(ii)の占有率σ*は0.1以上である。以下、本発明の成形物の詳細について説明する。
【0020】
(前記一般式(1)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、「Polymer(i)」はポリマー(i)を示し、「Polymer(ii)」はポリマー(ii)を示す)
【0021】
(基材)
基材は、ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含んで構成されており、好ましくはポリマー(i)で実質的に形成されている。すなわち、少なくとも表面には水酸基が存在する。この水酸基を利用することで、基材の表面に重合開始基として機能する官能基を容易に導入することができる。そして、導入した重合開始基からポリマー(ii)をブラシ状に形成させることで、ポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層を備える成形物とすることができる。基材自体が水酸基を有するため、付与した重合開始基からブラシ状のポリマー(ii)を形成させても、重合開始基やポリマー(ii)が実質的に脱離しにくく、ポリマー(ii)層の耐久性が向上している。
【0022】
ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)としては、ポリビニルアルコール、ポリエチレンビニルアルコール、ポリビニルブチラール、ポリビニルホルマール、ポリビニルアルコールポリ(メタ)アクリル酸共重合体、ポリビニルアルコールポリ(メタ)アクリレート共重合体、ポリビニルアルコール塩化ビニル共重合体、ポリビニルアルコール塩化ビニリデン共重合体、ポリ酢酸ビニルポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニルポリ酢酸ビニルポリビニルアルコール共重合体、ポリ塩化ビニルポリ塩化ビニリデンポリビニルアルコール共重合体、ブテンジオールビニルアルコール共重合体、これらの水酸基を利用した架橋構造体、ブロックコポリマー、グラフトコポリマー等を挙げることができる。
【0023】
なかでも、ポリマー(i)としては、コーティング等でフィルム等の素材の表面に水酸基を付与しうるポリビニルアルコールの架橋構造体や、フィルム及び容器等に使用される、その表面に水酸基を有するポリエチレンビニルアルコールが好ましい。ポリビニルアルコールの架橋構造体としては、ホウ酸、多価カルボン酸、多価イソシアネート、多価アルデヒド化合物等で架橋されたポリビニルアルコールの架橋構造体を挙げることができる。
【0024】
基材の形状としては、フィルム、シート、ディスク、スポンジ、レンズ、チューブ、パイプ、スティック、繊維、不織布、ボトル等の成形品等を挙げることができる。基材は、そのまま用いてもよく、表面処理して表面を活性化したものを用いてもよい。表面処理としては、プラズマ処理、紫外線照射処理、オゾン酸化処理、放射線処理、X線処理、電子線処理、レーザー処理等の他、表面処理官能基付与処理等を挙げることができる。
【0025】
ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリアミド、エンジニアリングプラスチック等の他のポリマー;ガラス、シリコン等のケイ素化合物;アルミニウム、ステンレス等の金属;アルミナ、炭化ケイ素、窒化ケイ素等のセラミックス;等の素材の表面にポリマー(i)を付与してコーティング膜を形成したものを基材として用いることもできる。また、架橋剤で架橋させた架橋構造体のコーティング膜を付与したフィルム、シート、部品等の成形品を基材として用いることもできる。各種素材の表面にポリマー(i)を付与する方法としては、スクリーン印刷法、ディップコート法、インクジェット法、スピンコート法、ブレードコート法、バーコート法、スリットコート法、エッジキャスト法、スプレーコート法、ロールコート法、カーテンコート法、グラビア印刷法、フレキソ印刷法、グラビアオフセット印刷法等を挙げることができる。
【0026】
(ポリマー(ii)層)
ポリマー(ii)層は、基材の表面に設けられる、ポリマー(ii)を含んで構成される層であり、好ましくはポリマー(ii)で実質的に形成された層である。ポリマー(ii)は、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択少なくとも一種のモノマーに由来する構成単位を有する。ポリマー(ii)を構成するモノマーとしては、重合率が高く、重合条件が温和であることから、(メタ)アクリレート系モノマーが好ましい。なかでも、リビング性が良好であり、より高分子量のポリマー(ii)を形成しうる、メタクリレート系モノマーが好ましい。
【0027】
芳香族ビニル系モノマーとしては、スチレン、ビニルトルエン、ビニルヒドロキシベンゼン、クロロメチルスチレン、ビニルナフタレン、ビニルビフェニル、ビニルエチルベンゼン、ビニルジメチルベンゼン、α-メチルスチレン等を挙げることができる。
【0028】
(メタ)アクリレート系モノマーとしては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-メチルプロパン(メタ)アクリレート、t-ブチル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、テトラデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、べへニル(メタ)アクリレート、イソステアリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、t-ブチルシクロヘキシルメチル(メタ)アクリレート、イソボロニル(メタ)アクリレート、トリメチルシクロヘキシル(メタ)アクリレート、シクロデシル(メタ)アクリレート、シクロデシルメチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、t-ブチルベンゾトリアゾールフェニルエチル(メタ)アクリレート、フェニル(メタ)アクリレート、ナフチル(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、トリフルオロエチル(メタ)アクリレート、パーフルオロペンチル(メタ)アクリレート、パーフルオロオクチル(メタ)アクリレート等の脂肪族、脂環族、芳香族アルキル、ハロゲン化アルキル(メタ)アクリレート等を挙げることができる。(メタ)アクリレート系モノマーは、水酸基、グリコール基、酸基(カルボキシ基、スルホン酸基、リン酸基等)、酸素原子、アミノ基、窒素原子、ケイ素原子などを含んでいてもよい。
【0029】
(メタ)アクリルアミド系モノマーとしては、(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N-ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリロイルモルホリン等を挙げることができる。
【0030】
モノマーを選択して用いることで、形成されるポリマー(ii)の特性に応じた機能を有するポリマー(ii)層を形成することができる。例えば、フッ素系モノマーを用いることで、水や油を弾きやすく、表面張力の低いポリマー(ii)層を形成することができる。また、ポリエチレングリコール基やカルボキシ基等を有するモノマーを用いることで、防曇性等の性質を有する親水性のポリマー(ii)層を形成することができる。さらに、タンパク質等が付着しにくい生体適合性のポリマー(ii)層を形成することもできる。そして、潤滑油等で膨潤させて潤滑膜とし、極低摩擦性のポリマー(ii)層とすることもできる。
【0031】
基材を構成するポリマー(i)と、ポリマー(ii)層を構成するポリマー(ii)とは、下記一般式(1)で表される構造で結合している。
【0032】
(前記一般式(1)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、「Polymer(i)」はポリマー(i)を示し、「Polymer(ii)」はポリマー(ii)を示す)
【0033】
一般式(1)で表される構造(「Polymer(i)」及び「Polymer(ii)」を除く部分の構造)としては、エチレンカルボニルオキシ基、1-プロピレンカルボニルオキシ基、アセチルメチレンカルボニルオキシ基、2-プロピレンカルボニルオキシ基、2-ブチレンカルボニルオキシ基、1-フェニル-1-エチレンカルボニルオキシ基、1-フェニル-1-プロピレンカルボニルオキシ基等を挙げることができる。なかでも、リビングラジカル重合の条件が温和で、開始効率が良好な重合開始基を導入しうる化合物である2-ブロモイソ酪酸ブロミドから誘導される2-プロピレンカルボニルオキシ基が好ましい。
【0034】
ポリマー(ii)の数平均分子量(Mn)は50万~500万であり、好ましくは70万~400万、さらに好ましくは100万~300万である。ポリマー(ii)のMnが50万未満であると、ポリマー(ii)層の厚さが不足する。一方、Mnが500万超のポリマー(ii)を重合することは困難であるとともに、副反応での停止反応が多く進行し、分子量分布(PDI)が過度に大きくなる場合がある。なお、本明細書におけるポリマー(ii)のMn及びMwは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GC)により測定されるポリスチレン換算の値である。
【0035】
ポリマー(ii)の分子量分布(PDI=重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は1.5未満であり、好ましくは1.4以下、さらに好ましくは1.3以下である。PDIは、ポリマーの分子量のバラツキを表す指標となる物性値である。PDIが1.5以上であると、分子量のバラツキが大きいため、形成されるポリマー(ii)層の表面に分子量の大きい(長い)分子鎖が突出しやすくなり、濃厚ポリマーブラシの特徴が損なわれる場合がある。
【0036】
ポリマー(ii)層の厚さは0.1~5μmであり、好ましくは0.2~3μm、さらに好ましくは0.5~1.5μmである。ポリマー(ii)の厚さを上記の範囲(すなわち高膜厚)とすることで、耐摩耗性等の耐久性を向上させることができる。ポリマーii)層の厚さが0.1μm未満であると、耐摩耗性が不足する。一方、ポリマー(ii)層の厚さが5μm超であると、ポリマー(ii)の重合時間が過度に長くなるとともに、その厚さにするための高分子量のポリマー(ii)を製造することが実質的に困難である。
【0037】
基材の表面に占めるポリマー(ii)の占有率(表面占有率σ*)は0.1以上であり、好ましくは0.1~1.0、さらに好ましくは0.15~0.8、特に好ましくは0.2~0.7である。ポリマー(ii)の表面占有率σ*を上記範囲内とすることで、濃厚ポリマーブラシとしての特性を発揮させることができる。すなわち、濃厚ポリマーブラシであるポリマー(ii)によってポリマー(ii)層を形成したことで有効なブラシ効果が発揮され、様々な用途での使用が可能となる。そして、極低摩擦性による摩擦エネルギーロス低減や摩耗を防止することで、高寿命化、サイズ排除特性による抗菌・抗ウィルス性、耐汚染性、タンパク質付着防止性等の効果、液保持性による高潤滑性、高すべり性等の効果を成形物に付与することができる。
【0038】
表面占有率σ*は、下記式(A)により算出される「グラフト密度σ(本/nm2)」を用いて、下記式(B)にしたがって算出することができる。
σ=dLNAMn ・・・(A)
d:ポリマー(ポリマー(ii))の密度
L:ポリマー層(ポリマー(ii)層)の厚さ
NA:アボガドロ数
Mn:ポリマー(ポリマー(ii))の数平均分子量
σ*=a2σ ・・・(B)
a2:モノマー断面積
【0039】
ポリマー(ii)層の厚さは、例えば、エリプソメータ、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡等を使用し、従来公知の方法にしたがって測定することができる。ポリマー(ii)の密度は、従来公知の文献に記載された値や、JIS K 7112:1999等に記載された方法にしたがって測定した値を用いることができる。
【0040】
ポリマー(ii)層厚さのバラツキは、ポリマー(ii)層の平均厚さを基準として、±20%以内であることが好ましく、±10%以内であることがさらに好ましい。ポリマー(ii)層の平均厚さは、任意の10箇所で測定したポリマー(ii)層の厚さの平均値である。ポリマー(ii)層厚さのバラツキが±20%超であると、ポリマー(ii)層の平滑性がやや低下し、ブラシ効果が不十分になる場合がある。
【0041】
ポリマー(ii)層は、溶媒を含有して膨潤していることが、より有効なブラシ効果が発揮されるために好ましい。ポリマー(ii)層を膨潤させる溶媒としては、ポリマー(ii)を溶解しうる親和性のある液媒体を用いることが好ましい。このような液媒体でポリマー(ii)層を膨潤させることで、ポリマー(ii)層の厚さを1.1~3倍にまで増大させることもできる。
【0042】
ポリマー(ii)層を膨潤させる溶媒(液媒体)としては、水系潤滑材や潤滑油等を挙げることができる。水系潤滑材としては、水、グリセリン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等を挙げることができる。潤滑油としては、炭化水素系潤滑油、エステル系潤滑油、シリコーンオイル、イオン液体等を挙げることができる。これらの液媒体でポリマー(ii)層を膨潤させることで、極低摩擦性、サイズ排除特性、高液保持性等のブラシ効果を有効に発揮させることができる。これにより、省エネルギー、高寿命、及び高性能化等の特性が付与された各種の物品を提供することができる。
【0043】
ポリマー(ii)層は、基材の表面全体に設けてもよく、基材の表面の一部に設けてもよい。ポリマー(ii)層を設けていない基材の表面には、他の表面処理やコーティングなどを施してもよい。例えば、フィルム状の基材の一方の面にポリマー(ii)層を設けるとともに、他方の面に粘着層や粘着層を設けることで、種々の物品等に貼り付けて用いることが可能な成形物とすることができる。
【0044】
<成形物の製造方法>
本発明の成形物は、以下に示す方法によって製造することができる。すなわち、本発明の成形物の製造方法は、ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)を含む基材の表面に下記一般式(2)で表される化合物を反応させて、基材の表面に下記一般式(3)で表される官能基を導入する工程(工程(1))と、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーを重合してポリマー(ii)を形成し、ポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層を基材の表面に設ける工程(工程(2))と、を有する。
【0045】
(前記一般式(2)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、Yは、塩素原子、臭素原子、又は水酸基を示す)
【0046】
(前記一般式(3)中、R
1は、水素原子、メチル基、エチル基、フェニル基、又はアシル基を示し、R
2は、メチル基、エチル基、又はアシル基を示し、Xは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示し、「*」はポリマー(i)との結合位置を示す)
【0047】
(工程(1))
工程(1)では、基材の表面に一般式(2)で表される化合物を反応させて、基材の表面に一般式(3)で表される官能基を導入する。ポリマー(i)で形成されている基材の表面には水酸基が存在する。このため、一般式(2)で表される化合物を反応させることで、基材の表面に一般式(3)で表される官能基(重合開始基)を導入することができる。
【0048】
一般式(2)で表される化合物としては、2-クロロプロピオン酸、2-ブロモプロピオン酸、2-アイオドプロピオン酸、2-クロロ-2-メチルプロピオン酸、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸、2-アイオド-2-メチルプロピオン酸、3-クロロ-3-メチルブタン酸、3-ブロモ-3-メチルブタン酸、2-ブロモ-2-フェニルプロピオン酸、2-アセチル-2-ブロモプロピオン酸等のカルボキシ基を有する化合物;2-クロロプロピオン酸クロライド、2-ブロモプロピオン酸クロライド、2-ブロモプロピオン酸ブロマイド、2-アイオドプロピオン酸クロライド、2-クロロ-2-メチルプロピオン酸クロライド、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸ブロマイド、2-アイオド-2-メチルプロピオン酸ブロマイド、3-クロロ-3-メチルブタン酸クロライド、3-ブロモ-3-メチルブタン酸ブロマイド、2-ブロモ-2-フェニルプロピオン酸ブロマイド、2-アセチル-2-ブロモプロピオン酸ブロマイド等の酸ハロゲナイド;を挙げることができる。なかでも、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸ブロマイドが好ましい。2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸ブロマイドは入手しやすい化合物であるとともに、ハロゲン原子が脱離しやすく、4級炭素上に生成するラジカルが比較的安定であるために副反応を抑制することができる。また、反応が低温で迅速に進行するので、成形物の製造が容易である。
【0049】
カルボキシ基を有する化合物を基材の表面に反応させて重合開始基を導入する具体的な方法としては、加熱して脱水し、エステル化する方法;カルボジミド化合物等の脱水剤を使用してエステル化する方法;トリフルオロ酢酸無水物を使用し、カルボン酸無水物を経由してエステル化する方法;等を挙げることができる。また、酸ハロゲナイドを基材の表面に反応させて重合開始基を導入する具体的な方法としては、好ましくはアミン等の塩基の存在下で反応させてエステル化する方法等を挙げることができる。なかでも、低温で迅速に反応させることができる点で、酸ハロゲナイドを用いることが好ましい。
【0050】
(工程(2))
工程(2)では、その表面に重合開始基(一般式(3)で表される官能基)を導入した基材の存在下、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される少なくとも一種のモノマーを重合してポリマー(ii)を形成する。これにより、ポリマー(ii)を含むポリマー(ii)層を基材の表面に配設し、目的とする成形物を得ることができる。
【0051】
重合法としては、アゾ系開始剤や過酸化物等のラジカル発生剤を用いるラジカル重合法などがある。なかでも、リビングラジカル重合法が好ましく、表面から重合が開始及び進行する表面開始リビングラジカル重合法がさらに好ましい。一般式(3)中、Xで表される塩素原子等のハロゲン原子は、光、熱、及びラジカル等の作用によってハロゲンラジカルとして脱離し、第3級又は第4級炭素ラジカルが生成する。生成した第3級又は第4級炭素ラジカルが、ラジカル重合しうる基を有するモノマーを攻撃して反応し、ポリマー(ii)が伸長する。
【0052】
リビングラジカル重合としては、原子移動ラジカル重合法(ATRP法)、ヨウ素移動ラジカル重合法(ITP法)、可逆的移動触媒重合法(RTCP法)、可逆的配位媒介重合法(RCMP法)等を挙げることができる。なかでも、ATRP法が好ましい。ATRP法は、金属錯体を触媒とする酸化還元を利用したリビングラジカル重合法である。金属触媒としては、塩化銅や臭化銅と、ジノニルビピリジン、トリジメチルアミノエチルアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン等のポリアミンとの錯体や;ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム;等を挙げることができる。ATRP法は、バルク重合であってもよく、有機溶剤等を用いる溶液重合であってもよい。有機溶剤としては、炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、グリコール系溶剤、エーテル系溶剤、アミド系溶剤、アルコール系溶剤、スルホキシド系溶剤、尿素系溶剤、イオン液体等を用いることができる。ATRP法では、酸化還元の還元性を高めるために、ジラウリン酸スズ等の還元剤を使用してもよいし、アゾ系重合開始剤を使用してもよい。
【0053】
ATRP法では重金属を用いるため、着色や環境への負荷を考慮する必要があるとともに、重金属を反応系から除去する必要もある。このため、重金属を用いない汎用の有機化合物の存在下で重合することが好ましい。具体的には、ハロゲン化第4級アンモニウム塩、ハロゲン化第4級ホスホニウム塩、及びハロゲン化アルカリ金属塩からなる群より選択される少なくとも一種の塩の存在下で、表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合することが好ましい。これにより、市販の安価な有機材料や無機塩で重合することができる。また、金属を除去する必要がないため、環境に対する負荷を減ずることができるとともに、工程を簡略化することもできる。
【0054】
ハロゲン化第4級アンモニウム塩としては、塩化ベンジルトリメチルアンモニウム、臭化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、塩化ノニルピリジニウム、塩化コリン等を挙げることができる。ハロゲン化第4級ホスホニウム塩としては、塩化テトラフェニルホスホニウム、臭化メチルトリブチルホスホニウム、ヨウ化テトラブチルホスホニウム等を挙げることができる。ハロゲン化アルカリ金属塩としては、臭化リチウム、ヨウ化カリウム等を挙げることができる。
【0055】
塩としては、ヨウ化物塩を用いることが好ましい。ヨウ化物塩を用いることで、リビングラジカル重合が進行し、分子量分布がより狭いポリマー(ii)を形成することができる。また、ヨウ化第4級アンモニウム塩、ヨウ化第4級ホスホニウム塩、及びヨウ化アルカリ金属塩等の重合溶液に溶解しうる塩を用いることが好ましく、ヨウ化第4級アンモニウム塩を用いることがさらに好ましい。ヨウ化第4級アンモニウム塩としては、ヨウ化ベンジルテトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、ヨウ化ドデシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化オクタデシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化トリオクタデシルメチルアンモニウム等を挙げることができる。
【0056】
活性度を高めるとともに、より濃厚で高分子量のポリマー(ii)を形成する観点から、重合開始基に対する塩の量は当モル以上とすることが好ましく、10倍モル以上とすることがさらに好ましく、100倍モル以上としてもよい。
【0057】
この第4級塩やハロゲン化物塩を使用する方法において、その重合条件は特に限定されない。従来公知の条件で行われる。好ましくは、温度は60℃以上、溶媒として有機溶媒を使用することが好ましい。溶媒としては、塩を溶解する溶媒を用いることが好ましく、アルコール系、グリコール系、アミド系、尿素系、スルホキシド系、イオン液体などの極性が高い有機溶媒が好ましい。
【0058】
数平均分子量(Mn)50万~500万の高分子量のポリマー(ii)を安定して形成するには、ラジカル重合由来の停止反応を抑制しつつ、重合時間を長くすることが好ましい。このため、10~1,000MPa、好ましくは100~400MPaの圧力(外圧)条件下でモノマーを重合してポリマー(ii)を形成する。基材及びモノマーを入れた容器に高圧を負荷して重合することで、成長速度を増大させるとともに、停止反応速度を低下させることができる。このため、より短時間(例えば、10時間以内)で目的とするMn及びPDIのポリマー(ii)を形成することが可能であり、所望とする厚さのポリマー(ii)層を基材の表面上に設けることができる。なお、1,000MPa超の圧力を加えるには、特殊な装置や反応浴が必要となる。
【0059】
重合容器としては、密閉可能であるとともに、高圧に耐えうる容器を用いることが好ましい。また、容器の内部に圧力が伝達される必要があるため、プラスチック製の軟質部分や伸縮部分などの、圧力で変形する部分を有する容器を用いることが好ましい。具体的には、ポリエチレン製の瓶、ペットボトル、レトルトパウチ、ブリスター容器など様々な容器を用いることができる。また、重合時の温度で変形しにくい、耐熱性を有する素材からなる容器が好ましい。さらに、重合用の溶剤等で侵されにくい、耐薬品性や耐溶剤性などの特性を有する素材からなる容器が好ましい。重合容器を構成する素材としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エンジニアプラスチック等を挙げることができる。また、重合時には、可能な限り、重合容器内に気体が入りこまないようにすることが好ましい。例えば、重合容器の容量の90%以上に重合溶液を仕込むことが好ましい。
【0060】
ポリマー(ii)の成長反応を増大させる観点から、イオン液体中でモノマーを重合してポリマー(ii)を形成することが好ましい。イオン液体としては、常温(25℃)で固体の有機塩を用いることができる。なかでも、第4級アンモニウム塩や第4級ホスホニウム塩等のイオン液体を用いることが好ましく、テトラアルキル4級アンモニウム塩、イミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、4級ホスホニウム塩、グアジニウム塩等のイオン液体を用いることがさらに好ましい。
【0061】
形成されたポリマー(ii)層を構成するポリマー(ii)の分子量を検証することは容易であるとはいえない。そこで、重合開始基と同一の開始基を有する開始基モノマーの共存下で表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合することが好ましい。これにより、ポリマー(ii)層に含まれない遊離ポリマーが形成される。そして、形成された遊離ポリマーの分子量を定法にしたがって測定することで、ポリマー(ii)層を構成するポリマー(ii)の分子量を推測することができる。形成される遊離ポリマーのGPCにより測定されるポリスチレン換算の数平均分子量(Mn)は50万~500万であり、分子量分布(PDI=重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn))は1.5未満である。
【0062】
開始基モノマーとしては、重合開始基と同一の基を有する化合物を用いる。具体的には、下記式(4)~(6)で表される化合物を開始基モノマーとして用いることができる。
【0063】
【0064】
<物品>
本発明の物品は、前述の成形物を備える。成形物は、前述の通り、十分な厚さを有するとともに、脱離しにくく、耐摩耗性等の耐久性に優れた濃厚ポリマーブラシであるポリマー(ii)層を備える。このため、成形物を備える本発明の物品は、例えば、医療設備、ロボット、製造設備、構造物、家電、乗り物、航空機、宇宙関係、容器、パッケージ、電子機器、電池材料、ディスプレイ材料等として好適である。さらに、前述の溶媒(液媒体)によって膨潤させたポリマー(ii)層を有する成形物を用いることで、省エネルギー、高寿命、及び高性能化等の特性が付与された各種の物品を提供することができる。
【実施例0065】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0066】
<成形物の製造>
(実施例1)
基材として、メチルエチルケトン(MEK)、テトラヒドロフラン(THF)、及びイソプロピルアルコール(IPA)で洗浄したポリビニルアルコールシート(商品名「ベルクリン」、アイオン製、30mm×50mm、厚さ1mm)(PVAシート)を用意した。トルエン85.5部、ピリジン4.5部、及び2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸ブロミド(BBiB)10.0部をガラス製のビーカーに入れて溶液を調製した。ビーカー内にPVAシートを入れて溶液に浸漬し、室温で1時間放置して、重合開始基である2-ブロモ-2-メチルプロピロイルオキシ基をPVAシートの表面に導入した。トルエン及びメタノールで洗浄及び乾燥して、開始基付与基材-1を得た。ATR-IRにより、重合開始基のエステル結合に由来する1,735cm-1付近に吸収を有することを観測した。
【0067】
アルゴン雰囲気下、2-ブロモ-2-メチルプロピオン酸エチル(EBiB)0.0005部、臭化銅(II)(CuBr2)0.043部、臭化銅(I)(CuBr)0.2610部、4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジル(dNbpy)1.7478部、メタクリル酸メチル(MMA)54.06部、及びアニソール56.11部をガラス製のスクリュー管に入れて撹拌し、重合溶液を調製した。開始基付与基材-1及び重合溶液をアルミラミネート袋に入れ、気体を抜きながらヒートシールした。加圧媒体として水を入れた高圧装置(商品名「PV-400」、シンコーポレーション社製)内にアルミラミネート袋を入れ、60℃、400MPaで4時間重合した。重合後の高圧装置内には、形成されたポリマー(ii)を含有する高粘性の溶液が生成していた。溶液の一部をサンプリングし、THFを展開溶媒とするゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によりポリメタクリル酸メチル(PMMA)換算の数平均分子量(Mn)を測定し、分子量分布(PDI=Mw/Mn)を算出した。形成されたポリマー(ii)のMnは188万であり、PDIは1.28であった。容器から取り出した内容物をTHFで十分に洗浄して、基材の表面上にポリマー(ii)層が設けられた成形物-1を得た。分光エリプソメトリーにより測定したポリマー(ii)層の厚さは1,410nmであった。前述の式(A)より算出したグラフト密度σは0.54であった。また、前述の式(B)より算出した表面占有率σ*は0.30であった。
【0068】
(実施例2~4)
表1に示す種類のモノマーを用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、成形物-2~4を得た。表1中の略号の意味を以下に示す。なお、実施例4では、塩化リチウム水溶液/アセトニトリルを展開溶媒とするGPCにより、PMMA換算のポリマー(ii)のMnを測定した。
・LMA:メタクリル酸ラウリル
・PEGMA:メタクリル酸ポリエチレングリコールモノメチルエーテル(分子量400)
・TFSI:メタクリロイルオキシエチルジエチルメチルアンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド塩
【0069】
【0070】
(実施例5)
アルゴン雰囲気下、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ素(BMIMBF4)56.11部、MMA54.06部、EBiB0.0005部、及びテトラブチルアンモニウムヨージド(TBAI)3.30部をフラスコに入れて撹拌し、重合溶液を調製した。開始基付与基材-1及び重合溶液を入れた容器を油浴に入れ、80℃、常圧で24時間重合した。重合後の容器内にはポリマー(ii)を含有する高粘性の溶液が生成していた。形成されたポリマー(ii)のMnは51万であり、PDIは1.30であった。容器から取り出した内容物をTHFで十分に洗浄して、基材の表面上にポリマー(ii)層が設けられた成形物-5を得た。ポリマー(ii)層の厚さは153nmであり、表面占有率σ*は0.12であった。
【0071】
(実施例6)
基材として、ポリエチレンビニルアルコールフィルム(商品名「エバールEF-E」、クラレ社製、厚さ30μm、ポリエレン含有量44mol%)を用意した。PVAシートに代えてポリエチレンビニルアルコールフィルムを用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、開始基付与基材-2を得た。そして、開始基付与基材-1に代えて開始基付与基材-2を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、成形物-6を得た。ポリマー(ii)のMnは185万であり、PDIは1.26であった。また、ポリマー(ii)層の厚さは1,330nmであり、表面占有率σ*は0.29であった。
【0072】
(実施例7)
A4サイズのポリエチレンテレフタレートフィルム(商品名「ルミラーS-10」、東レ社製、厚さ100μm)(PETフィルム)を用意した。ポリエステル(テレフタル酸/イソフタル酸/5-ナトリウムスルホイソフタル酸/エチレングリコール/ジエチレングリコール共重合体=49/18/3/40/60質量比、Mn20,000、酸価2mgKOH/g)水分散体(固形分15%)30.0部、ポリビニルアルコール(500量体、ケン化度88)水溶液(固形分10%)45部、ヘキサメチレンジイソシアネート系水分散型架橋剤(商品名「デュラネートWR-70P」、旭化成社製、固形分70%、NCO%=9.2)1.4部、水161.8部、及びIPA161.8部を容器に入れて混合物を調製した。
【0073】
ディップコータを使用して調製した混合物をPETフィルムに塗布し、80℃で1分間、次いで150℃で1分間乾燥して、厚さ55nmの塗工膜をPETフィルム上に形成した。JIS K 5400:1990の8.5.1の記載に準拠して塗工膜の密着性を試験したところ、PETフィルムからほとんど剥がれないことがわかった。これにより、ビニルアルコール単位を有するポリマー(i)で形成された高密着性のポリマー層をPETフィルム上に配設した基材を得た。そして、開始基付与基材-1に代えて得られた基材を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、成形物-7を得た。ポリマー(ii)のMnは189万であり、PDIは1.23であった。ポリマー(ii)層の任意の10箇所((1)~(10))における厚さを測定した結果を表2に示す。
【0074】
【0075】
ポリマー(ii)層の平均厚さは1,126nmであり、表面占有率σ*は0.24であった。また、ポリマー(ii)層の平均厚さに対する最小厚さの割合は90.3%であり、平均厚さに対する最大厚さの割合は115%であった。すなわち、ポリマー(ii)層の厚さの幅は「-9.7~+15.0%」の範囲内であることがわかった。
【0076】
PETフィルム及びポリマー(ii)層の赤外吸収スペクトルの測定結果(IRチャート)を
図1に示す。
図1に示すように、ポリマー(ii)層のIRチャートにおいてポリメタクリル酸メチルに由来する吸収を確認することができる。また、成形物-7の断面の微構造を示す電子顕微鏡写真を
図2に示す。
図2に示すように、厚さ約1μmのポリマー(ii)層がPETフィルムの表面上に配設されていることがわかる。
【0077】
(実施例8~10)
表3に示す種類のモノマー及び溶媒を用いたこと、並びに表3に示す圧力条件下で重合したこと以外は、前述の実施例7と同様にして、成形物-8~10を得た。
【0078】
【0079】
(比較例1)
圧力をかけずに常圧条件下で重合したこと以外は、前述の実施例1と同様にして比較成形物-1を得た。形成されたポリマー(ii)のMnは10万であり、PDIは1.11であった。また、ポリマー(ii)層の厚さは56nmであり、表面占有率σ*は0.23であった。
【0080】
(比較例2)
実施例7で用いたPETフィルムをUVオゾン処理し、PETフィルムの表面に水酸基を付与した。そして、PVAシートに代えて、水酸基を付与した上記のPETフィルムを用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、比較成形物-2を得た。形成されたポリマー(ii)のMnは264万であり、PDIは1.29であった。また、ポリマー(ii)層の厚さは352nmであり、表面占有率σ*は0.05であった。
【0081】
<評価>
(評価(1))
成形物-1、成形物-5、及び比較成形物-1をそれぞれトルエンに一晩浸漬して、ポリマー(ii)層を膨潤させた。その後、摩擦試験機(商品名「Heidon摩擦試験機タイプ14」、新東科学社製)を使用し、荷重1,000g、振幅幅30mm、摺動速度200mm/minの条件下、1,000往復のボール圧子往復摺動試験を行った。データ解析の結果、成形物-1の摩擦係数は0.001であり、1,000往復後も摩擦係数に変化はなかった。摺動試験後の表面をレーザー顕微鏡により観察したところ、摩耗は認められなかった。成形物-5の摩擦係数は0.0015であり、1,000往復後も摩擦係数に変化はなかったが、若干の摩耗痕が確認された。これに対して、比較成形物-1の摩擦係数は、初期段階で0.0015であったが、徐々に増大した。そして、50往復経過後に摩擦係数が急激に増大したとともに、下地の基材にまで達する摩耗痕が確認された。
【0082】
(評価(2))
成形物-2をジイソトリデシルアジペートに一晩浸漬して、ポリマー(ii)層を膨潤させた。また、成形物-3を水に一晩浸漬して、ポリマー(ii)層を膨潤させた。さらに、成形物-4をN-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(MEMPTFSI)に一晩浸漬して、ポリマー(ii)層を膨潤させた。その後、上記の「評価(1)」と同様にしてボール圧子往復摺動試験を行った。その結果、摩擦係数はいずれも0.001であり、1,000往復後にも削れなどは生じていなかった。
【0083】
(評価(3))
成形物-7、比較成形物-2、及び成形物-6をそれぞれ切断して短冊状の試験片を作製した。作製した試験片をMEMPTFSIに一晩浸漬してポリマー(ii)層を膨潤させた。ポリマー(ii)層の反対側の面に瞬間接着剤を塗布してシリコン基板に貼り付け、前述の「評価(1)」と同様にしてボール圧子往復摺動試験を行った。その結果、成形物-6及び成形物-7の摩擦係数は、いずれも0.0007であり、1,000往復後も摩擦係数に変化はなかった。また、摩耗痕も認められなかった。これに対して、比較成形物-2の摩擦係数は0.02であり、1,000往復後には摩耗痕が確認された。
本発明の成形物は、例えば、自動車、医療機器、ロボット、航空・宇宙産業、エネルギー、電池部材、精密機器等に属する各種機器を構成する摺動部材の摺動面に設けられる材料として有用である。