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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023048059
(43)【公開日】2023-04-06
(54)【発明の名称】有機ガラス製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/14 20150101AFI20230330BHJP
   G02B 1/115 20150101ALI20230330BHJP
   G02C 7/00 20060101ALI20230330BHJP
   C08J 7/046 20200101ALI20230330BHJP
【FI】
G02B1/14
G02B1/115
G02C7/00
C08J7/046 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2021173498
(22)【出願日】2021-09-27
(71)【出願人】
【識別番号】321009915
【氏名又は名称】村井 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】村井 幸雄
【テーマコード(参考)】
2H006
2K009
4F006
【Fターム(参考)】
2H006BA02
2H006BA04
2K009AA15
2K009BB11
2K009CC03
2K009CC09
2K009CC42
2K009DD02
2K009DD03
2K009DD06
4F006AA22
4F006AA34
4F006AA37
4F006AA40
4F006AB37
4F006AB74
4F006AB76
4F006BA02
4F006CA05
(57)【要約】
【課題】有機ガラス基材上に加熱硬化型のハードコート層を備えた有機ガラス製品を製造するに際して、ハードコートの硬化時間を格段に短くできる有機ガラス製品の製造方法を提供すること。
【解決手段】有機ガラス基材上に加熱硬化型のハードコート層を備えた有機ガラス製品を製造する方法。ハードコート組成物を、(A)母材モノマーとなるアルコキシシラン又はその加水分解物、(B)硬化触媒であるアセチルアセトン金属錯体、及び(C)ラミックコロイドゾル、の各成分を含むものとする。加熱硬化の加熱手段として、過熱水蒸気(大気圧)を使用する。過熱水蒸気の温度は、当然、硬化時間(加熱暴露時間)において有機ガラス基材に変形等の熱影響を与えない温度以下とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ガラス基材上に加熱硬化型のハードコート層を備えた有機ガラス製品を製造する方法であって、前記ハードコート組成物を、(A)母材であるシラン化合物モノマー並びそれらの加水分解物及び縮合物のいずれか1種以上とともに、(B)硬化触媒であるアセチルアセトン金属錯体、及び(C)セラミックコロイドゾルを含むものとして、前記加熱硬化を過熱水蒸気で行う、ことを特徴とする有機ガラス製品の製造方法。
【請求項2】
前記(A)のシラン化合物がアミノ基、エポキシ基、ビニル基、メタクリル基、メルカプト基、ハロゲン化アルキル基等の官能基を有する官能基含有有機基導入シラン化合物からなる又は主体とすることを特徴とする請求項1記載の有機ガラス製品の製造方法。
【請求項3】
前記ハードコートの加熱硬化に先立ち、予熱してコート組成物の残存有機溶剤を揮散させることを特徴とする請求項1又は2記載の有機ガラス製品の製造方法。
【請求項4】
前記有機ガラス基材を、アリルジグリコールカーボネート樹脂、ポリカーボネート樹脂、チオウレタン樹脂、チオエポキシ樹脂、(メタ)アクリレート樹脂及び脂環式ポリオレフィン樹脂のいずれかの単層又は異種複層で成形されたレンズ基体とすることを特徴とする請求項1、2又は3記載の有機ガラス製品の製造方法。
【請求項5】
前記有機ガラス基材とハードコート層との間に、さらに、密着機能、耐衝撃機能、着色機能、紫外線吸収機能、フォトクロミック機能及び特定波長カット機能のいずれか1つ以上を備えた機能性コート層を形成することを特徴とする請求項4に記載の有機ガラス製品の製造方法。
【請求項6】
前記ハードコート層上に、さらに、単層又は複層の反射防止膜を形成することを特徴とする請求項1~5のいずれか記載の有機ガラス製品の製造方法。
【請求項7】
有機ガラス基材上に加熱硬化型のハードコート層を含む1層以上の機能層を備えた有機ガラス製品を製造する方法であって、前記ハードコート組成物を、(A)母材モノマーとなるシラン化合物及び/又はそれらの加水分解物、及び縮合物のいずれか1種以上とともに、(B)硬化触媒であるアセチルアセトン金属錯体、を含むものとするとともに、前記加熱硬化の加熱手段として、過熱水蒸気(大気圧)を使用する、ことを特徴とする有機ガラス製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ガラス基材上に、コート組成物を塗布後、加熱硬化させて形成するハードコート形成工程を経て有機ガラス製品を製造する方法に係る。ここでは、有機ガラス基材として、光学要素基材を例に採り、説明するが各種モバイルにおけるディスプレイ画面、車両や建築物のウィンドウガラス、さらには三次元有機ガラス製品においても同様である
【0002】
なお、本願において、「過熱水蒸気」とは、大気圧沸点(100℃)を超える温度に加熱した水蒸気のことをいい、大きな潜熱を有するものである。また、配合部数の単位は、特に断らない限り、「質量単位」を意味する。
【背景技術】
【0003】
近年、様々なガラス製品が無機ガラスから有機ガラスに代替が進んできている。有機ガラスは無機ガラスに比して、軽量性、耐衝撃性、加工性、染色性等の点で優れているためである。しかし、有機ガラスは、無機ガラスに比して、耐擦傷性に劣る。
【0004】
この耐擦傷性を、向上させるため、眼鏡レンズ等の光学要素の有機ガラス基材表面に、加熱硬化型のシリコーン系ハードコート(以下、単に「ハードコート」という。)を施すことが多い(特許文献1[要約]、[請求項1],[請求項2]等、特許文献2[請求項2],[0008]等)。このような、加熱硬化型のハードコートは、耐擦傷性、密着性及び耐候性などの諸性能に優れているだけでなく、アルカリ水溶液に浸漬することにより、ハードコートの再加工が可能となる特長をする。このため、当該加熱硬化型のハードコートは、レンズ等の有機ガラス基材において多用されている。
【0005】
なお、アクリル基導入したシラン化合物を母材(マトリックス)として、紫外線硬化(特許文献3[0032]等)ないし電子線重合(特許文献4[請求項1]等)させる技術は公知である。しかし、これらの特許文献は、加熱硬化型のハードコートに係るものではないため、本発明の特許性(進歩性)に影響を与えるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5-1258号報
【特許文献2】特開平9-5679号報
【特許文献3】特開平10-282302号公報
【特許文献4】特開2004-149737号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記加熱硬化型のハードコートは、その組成における硬化完了(実用的耐擦傷性を得る)には、長時間の加熱を要する。実用的耐擦傷性は、有機ガラス、特に、眼鏡レンズには厳格であった。この長時間の熱処理は、基材熱変形、異物の付着、さらには塗膜不均一の製品不良が発生するおそれがあった(特許文献4[0004])。なお、ハードコートの硬化温度を上げれば、硬化時間は短くなる。たとえば、友井著「熱硬化性樹脂の基礎」エレクトロニクス実装学会誌Vol.4 No.6(2001)p539には「発熱速度は硬化温度に強く依存しており、硬化温は度を10℃上昇させると、硬化速度・・・約2倍になり、硬化時間は約1/2に短縮される。」の記載がある。しかし、比較試験例で示す如く、熱風加熱では硬化完了時間の短縮は余り期待できないことを確認している(実施例3に対して比較例3)。
【0008】
すなわち、有機ガラスに対してハードコート硬化のための100℃を超える加熱は躊躇されていた。このことは、次の特許文献等における記載等から支持される。
特許文献1[0052]には、「特に、80~100℃が望ましい。また、加熱は2~3以上かけることが良好な結果を与える。」の記載があり、また、同[0070]の望ましい態様である実施例1~3の加熱処理の条件も「100℃×2h」である。さらに、特許文献2における本発明と同様なエポキシ基導入シラン化合物とアセチルアセトン金属錯体の組み合わせの望ましい実施例1における加熱処理の条件も「100℃×2h」である([0029])。
【0009】
本発明は、上記にかんがみて、有機ガラス基材上に加熱硬化型のハードコート層を含む1以上の機能層を備えた有機ガラス製品を製造するに際して、硬化時間を格段に短くできる有機ガラス製品の製造方法を提供することを目的(課題)とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために、従来、躊躇されていた100℃を超える加熱媒体である過熱水蒸気に着目して、鋭意研究に努力をした結果、ハードコート組成物(塗料)を特定のものとして、加熱硬化を過熱水蒸気(大気圧)により行うことで、想定を超えてハードコートの硬化時間(加熱暴露時間)を短くでき、結果的に有機ガラスに対する長時間加熱(熱影響)に伴う不良品発生を低減できることを知見して、下記各構成に係る本発明に想到した。
【0011】
有機ガラス基材上に加熱硬化型のハードコート層を含む1層以上の機能層を備えた有機ガラス製品を製造する方法であって、ハードコート組成物を、(A)母材であるシラン化合物モノマー並びそれらの加水分解物及び縮合物のいずれか1種以上とともに、(B)硬化触媒であるアセチルアセトン金属錯体、及び(C)セラミックコロイドゾルを含むものとして、加熱硬化を過熱水蒸気で行うことを特徴とする。
【0012】
上記構成により、後述の試験例に示す如く、加熱硬化を過熱水蒸気により行うことで、想定を超えて硬化時間を短くできる。特に、コロイドゾルを含有させることにより、耐擦傷性を得やすくなる。
【0013】
上記発明において、(A)のシラン化合物モノマーがアミノ基、エポキシ基、ビニル基、メタクリル基、メルカプト基、ハロゲン化アルキル基等の官能基を導入した官能基含有有機基導入シラン化合物からなる又は主体とすることが好ましい。シラン化合物がこれら反応性の高い官能基を有することにより、硬化時間の短縮促進、さらには、ハードコートのコロイドゾル添加作用(耐擦傷性、屈折率調節、対反射防止膜密着性等)を担保し易くなる。官能基導入シラン化合物は、シランカップリング作用も奏するためである。
【0014】
上記各発明において、ハードコートの加熱硬化に先立ち、予熱してコート組成物の残存有機溶剤を揮散させることが好ましい。残存有機溶剤の起因する不均一硬化や突沸による表面不良の発生を抑制できる。
【0015】
上記各発明において、有機ガラス基材を、アリルジグリコールカーボネート樹脂、ポリカーボネート樹脂、チオウレタン樹脂、チオエポキシ樹脂、(メタ)アクリレート樹脂及び脂環式ポリオレフィン樹脂のいずれかの単層又は異種複層で成形されたレンズ基体とすることが好ましい。これらの樹脂が好ましいのは、熱硬化性ハードコートが適用し易いという観点からである。
【0016】
上記発明において、有機ガラス基材とハードコート層との間に、さらに、密着機能、耐衝撃機能、着色機能、紫外線吸収機能、フォトクロミック機能及び特定波長カット機能のいずれか1つ以上を備えた機能性コート層を形成することが好ましい。それらの層の乾燥や硬化も、ハードコートの硬化と同時に行うことができるとともに、有機ガラス製品の品質向上ないし機能性付加が期待できる。
【0017】
上記発明において、ハードコート層上に、さらに、単層又は複層の反射防止膜を形成することが望ましい。有機ガラス製品の、特に眼鏡レンズの製品価値を高めることができる。
【0018】
なお、上記各構成において、ハードコート組成物が、(C)コロイドゾルを含まない構成も本発明の技術的範囲に属するものである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の上記各構成(発明特定事項)について、詳細に説明する。
ハードコート組成物は、前記の如く、(A)シラン化合物、(B)アセチルアセトン金属錯体及び(C)セラミックコロイドゾルを含有するものである。
【0020】
(A)本発明において、シラン化合物とは、ハートコート用であれば特に限定されるものではなく、下記一般式で示されるシラン化合物(モノマー)並びそれらの加水分解物及び縮合物のいずれか1種以上を含むものである。
一般式 R Si(OR4-(a+b)
(ここで、Rは官能基含有有機基であり、Rは炭素数1~3のアルキル基又はフェニル基、及び、Rは炭素数1~4のアルキル基又はアシル基である。またa=0又は1,b=0,1又は2、a+b≦2である)。
これらのうちで、官能基含有有機基としては、アルキル基炭素数1~4のグリシドキシアルキル基、アミノアルキル基、メタクリロキシアルキル基およびハロゲン化アルキル基、等を好適に使用できる。
【0021】
具体的には、特許文献1[0015],[0017]、特許文献2[0014]に例示の周知のシラン化合物、さらには特許文献4[0036]~[0040]に例示の周知のシランカップリグ剤(官能基含有有機基アルコキシシラン)を挙げることができる。
【0022】
そして、架橋密度や基材に対する密着性の調整のために、官能基含有有機基導入シラン化合物とともに、上記一般式のうちからテトラアルコキシシラン、アルキル・フェニルトリメトキシシラン等を適宜併用することもできる。ここで、官能基含有有機基導入シランとしては、グリシドキシプロピルトリメトキシシランが、後者のテトラアルコキシシランとしてはテトラエトキシシラン、アルキルトリメトキシシランとしてメチルトリメトキシシランがそれぞれ最も好ましい。
【0023】
なお、これらシラン化合物は、事前に加水分解、もしくは部分的な加水分解を行って使用することが好ましい。更には、加水分解を行ったシラン化合物を低温熟成させ、部分的に縮合させた後に使用することも可能である。
加水分解の方法としては、酸や塩基の触媒の存在下、前記シラン化合物と水を混合し、攪拌する慣用の方法で行う。
【0024】
(B)硬化促進剤は、本実施形態では、下記一般式で示される金属イオンのアセチルアセトナト(acac)錯体から適宜選択する。
一般式:M(CHCOCH)n
但し、Mは、Zr(IV)、Fe(III)、Sn(II)、Al(III)、In(III)、Zn(II)、Co(III)、Cr(III)のいずれかであるとともに、nはMのイオン価数に対応する数:、2又は3である。
【0025】
これらのうちで、(acac)Al(III)、(acac)Fe(III)、(acac)Sn(II)が、150℃以下の低温硬化に於ける硬化速度の観点から好ましく、特に、(acac)Al(III)が好ましい。
【0026】
なお、これらのアセチルアセトナト錯体(C)のシラン化合物(A)に対する配合比率(加水分解後換算値)は、両者の組み合わせによって変動するが、(C)/(A)=0.001~0.1、好ましくは、0.003~0.08、さらに好ましくは、0.005~0.06の範囲で適宜選定する。比率が小さいと硬化促進効果を得難く、逆に比率が大きいと過剰配合となり無駄であるとともに、着色するおそれがある。
【0027】
(C)セラミックコロイドゾルは、耐擦傷性向上、屈折率調節等の見地から添加する。具体的には、特許文献2[0016]や特許文献4[0010]に例示のものを使用できる。基材との密着性の観点からは「二酸化ケイ素」を含有することが好ましく(特許文献4[0043])、さらには、光学特性の観点から、特許文献1[請求項1]や特許文献4[請求項3]、[0044]の屈折率1.60以上の金属酸化物さらにはそれらの複酸化物を含有させる。なお、粒子径(動的光散乱法)で、ハードコート層の層厚や有機ガラス基材の屈折率により異なるが、例えば、1~100nm、好ましくは2~50nm、さらに好ましくは3~30nmの範囲から適宜粒径のものを使用する。なお、これらのコロイドゾルは、慣用の方法により、水や有機溶剤に分散させて調製する。固形分濃度としては、粒子径や分散媒とセラミック微粉体の組み合わせにより、異なるが、10~50%の範囲で調製する。この際、金属酸化物微粒子の表面をシラン合物で改質したものや、リン化合物などの分散剤を使用して分散させたものも使用することができる。
【0028】
なお、上記コロイドゾル(B)(固形分換算)のシラン化合物(A)(加水分解後換算)に対する配合比率は、両者の組み合わせにより変動するが、例えば(B)/(A)=0.1~1.5、好ましくは0.15~1.30、さらに好ましくは0.2~1.2の範囲で適宜選定する。(B)の比率が小さいと、硬度の向上や上層に形成される光学薄膜(反射防止膜、ミラー膜、光学フィルター等)との密着性が確保し難く、逆に比率が大きいと、有機ガラス基材との密着性を確保し難くなり、表面平滑性(レベリング性)を確保し難くなる傾向にある。
【0029】
本実施形態のハードコート組成物は、汎用のシラン化合物(A)を適宜加水分解ないし部分縮合させたものに、硬化触媒であるアセチルアセトン金属錯体(B)さらにはセラミックコロイドゾル(C)さらにはである添加して調合する。この調合に際して、均一な塗工、塗膜レベリング性の観点から、塗料に有機溶剤や界面活性剤を適宜添加する。
【0030】
こうして、調製したハードコート組成物(コート液)は、有機ガラス基材に対して、塗工する。この塗工法としては、基材の形状により異なるが、ディップコート法、スピンコート法、スプレーコート法などを適宜選択する。
【0031】
ここで、基材の成形材料としての有機ガラスとしては、汎用の有機ガラス、例えば、特許文献1[0053]、特許文献3[0011]、さらには透明ナイロン、脂環式ポリオレフィン樹脂等を挙げることができる。眼鏡レンズには、汎用のポリメタクリレート、透明ポリアミドでもよいが、強度的および吸水率の観点からアリルジグリコールカーボネート樹脂(「CR39」登録商標)やポリカーボネート樹脂、さらには高屈折率の観点からチオウレタン樹脂(「MR-8」登録商標)、エピスルフィド樹脂(チオエポキシ樹脂)(「MR-174」登録商標)が好適である。
【0032】
このように有機ガラス基材上にハードコート組成物を塗工して形成した未硬化塗膜は、過熱水蒸気で加熱硬化させる前に、熱風または遠赤外線により予熱して、指触乾燥させておくことが好ましい。このときの予熱条件は、コート組成物の組成(固形分濃度、希釈溶剤等)により変動するが、例えば、40~100℃、好ましくは、60~95℃の温度で3~30分とする。予熱温度が低くかったり時間が短かったりすると、過熱水蒸気による加熱硬化に際して、溶剤残存に伴う硬化不良が発生するおそれがある。予熱温度が高すぎると、溶剤の急激な蒸発が起こり、ハードコート層の外観を損ねる恐れがある。予熱時間が長いと、本発明の目的に反するばかりでなく、省エネ上からも好ましくない。
【0033】
本発明は、ハードコート層の加熱硬化に過熱水蒸気を使用する。加熱に際して、非常に大きな潜熱を被加熱物に与える。この手法により、格段に短時間処理にも係わらず、優れた密着性と耐擦傷性を有した透明有機ガラス基材を得ることができる。過熱水蒸気での硬化条件は、前記(A)、(B)、(C)の組み合わせにより変動するが、例えば、105~150℃の過熱水蒸気で10分~60分間の処理が好ましく、生産性(処理時間の短縮)及び有機ガラス基材に対する熱影響の観点から、110~140℃の過熱水蒸気で15~40分間の処理がより好ましい。硬化温度が105℃未満では、コート層の硬化不良となり、所要の耐擦傷性を得難い。150℃を超えると、有機ガラス基材が熱影響による変形さらには、ハードコートにクラックが発生したりするおそれがある。硬化時間が短いと硬化不良が発生するおそれがあり、硬化時間が長いと、ハードコートに熱影響による不良が発生するおそれがあるばかりでなく、過剰加熱となり省エネの観点からも好ましくない。
【0034】
本発明による過熱水蒸気による硬化は、条件によってはハードコート層に凝縮水が吸着している場合もある。その場合は、慣用の乾燥処理(加熱乾燥ないし減圧乾燥)により、凝縮水を除去すれば何ら問題はない。
【0035】
本発明による過熱水蒸気でのコート層の硬化は、凝縮水による潜熱、過熱水蒸気による対流加熱と輻射熱が組み合わされ、加熱効率が上がるのと同時に、コート層がフレキシブルな状態で過熱水蒸気に曝露されることにより、未反応のアルコキシ基の加水分解さらには脱水縮合により、ハードコートが十分な硬化が達成されると考えられる。
【0036】
また、本発明に係わる有機ガラス基材は、前記プラスチック基板とハードコート層との間には、適宜、機能性を付与することを目的とする機能性コートを介在させることができる。ここで、機能性とは、密着機能、耐衝撃機能、着色機能、紫外線吸収機能、フォトクロミック機能、特定波長カット剤を含有させた特定波長カット機能など、特に限定されるものではない。
【0037】
また、本発明に係わる有機ガラス基材は、前記ハードコート層上に単層ないし多層の汎用の反射防止膜を、慣用の真空蒸着法やスパッタリング、イオンプレートングにより形成することもできる。
【実施例0038】
以下、比較例とともに実施例に基づき、本発明を更に具体的に説明する。しかし、本発明の技術的範囲は、これらの実施例に記載された態様に限定されず、各請求項に記載された範囲で種々の態様に及ぶ。
【0039】
(I)各実施例・比較例に使用した有機ガラス基材は、それぞれ、下記各市販品から注型成形したものである。
・「CR-39」(登録商標)・・・PPG社製ジアリルグリコールアクリレート樹脂
・「MR-8」(登録商標)・・・三井化学社製チオウレタン樹脂A(nd:1.59)、
・「MR-7」(登録商標)・・・同チオウレタン樹脂B(nd:1.67)、
・「MR-174」(登録商標)・・・同チオエポキシ樹脂(nd:1.74)、
【0040】
(II)ハードコート液の調製
表1に示す配合処方に従って、下記手順で調製した。なお、表1及び下記の説明で、「実施例」及び「比較例」は、それぞれ「実」及び「比」と略し、そのあとに対応数字を続けた。各シラン化合物に対して、メタノールで適宜粘度に希釈し、酸触媒を用いて室温にて略1日、攪拌して加水分解を行った。次いで、この加水分解液をメタノールで適宜粘度に希釈後、表示のコロイドゾル及び硬化促進剤を、適量のレベリング剤(ノニオン系界面活性剤)とともに配合し、室温にて略1日、攪拌して各ハードコート液を調製した。
【0041】
なお、セラミックコロイドゾルは、それぞれ下記仕様の市販品を使用した。
・「シリカゾル」・・・平均粒径(動的光散乱法):22nm、固形分濃度:35%、水分散系、
・「ジルコニアゾル」・・・平均粒径(動的光散乱法): 3nm、固形分濃度:30%、メタノール分散系、
【0042】
(III)ハードコート層の形成
各有機ガラス基材を、各ハードコート液に浸漬後、150mm/分の速さで引上げ(ディップコート法)、90℃で10分間の予熱を行い、そのあと、表示の各条件で加熱硬化させた各コート層を形成した
【0043】
(IV)機能性コート液の調製
市販の水分散自己乳化型ポリウレタンエマルション(固形分30%、pH8)60gに、メタノール400gに対して、架橋剤としてカルボジイミド2gを、適量のレベリング剤(ノニオン性界面活性剤)とともに配合し、室温にて略1昼夜攪拌して調製した。
【0044】
(V)機能性コート層の形成
上記機能性コート液に浸漬後、150mm/分の速さで引上げ(ディップコート法)、100℃で15分間の加熱処理(予備乾燥処理)を行い、密着性を付与することを目的とするコート層を形成した。その後、前記ハードコート層を形成した。
【0045】
(VI)反射防止膜の形成
実施例・比較例6においては、有機ガラス基材上に形成したハードコート層の上に、真空蒸着法により、SiO/ZrO:1/4λ、ZrO:1/2λ、SiO:1/4λの構成の反射防止膜を形成した。
【0046】
[透明有機ガラス基材の評価試験]
上記で作成した各実施例・比較例の試験体について、以下の評価試験に供した。
【0047】
[評価法]
(1)外観
前記の実施例および比較例の透明有機ガラス基材を三波長蛍光灯直下でコート層の異常(ひび割れ、くもりなど)の有無を目視確認した。
【0048】
(2)耐擦傷性試験
前記の実施例および比較例の透明有機ガラス基材の表面を、ボンスタースチールウール♯0000(日本スチールウール(株)製)に700gの荷重をかけ、30往復/30秒(ストローク長)の条件で擦り、傷の入り具合を下記の基準で目視判定した。
5:殆ど傷が入らない
4:若干の傷が入る
3:かなりの傷が入る
2:擦った面積のほぼ全面に傷が入る
1:擦った面積のほぼ全面に深い傷が入る
【0049】
(3)常態密着性試験
カッターナイフにより各試験体の表面に1mm間隔で切れ目を入れ、1平方mmのマス目を100個形成し、セロハン製粘着テープ(ニチバン製)を強く押し付けた後、90度方向へ急速にはがし(10回)、少しも剥離していないマス目の数を数え、下記の基準に照らし合わせ、判定した。
5:残っているマス目の数が100個(剥がれ無し)
4:残っているマス目の数が90個以上、100個未満
3:残っているマス目の数が70個以上、90個未満
2:残っているマス目の数が50個以上、70個未満
1:残っているマス目の数が50個未満
【0050】
(4)煮沸塩水浸漬後密着性試験
沸騰中の10%食塩水に、各試験体を60分間浸漬させた煮沸試験後後、前記の密着性試験を行った。なお、反射防止膜を形成した実・比6は、反射防止膜が侵されるため行わなかった。
【0051】
(5)熱水浸漬後密着性試験
熱水(80℃)中に、各試験体を30分間浸漬させた後、前記の密着性試験を行った。反射防止膜を形成した実・比6は、上記煮沸塩水浸漬後密着性試験の代わりに行った。
【0052】
各評価試験結果を示す表2から、下記のことが確認できた。なお、試験体外観および状態・煮沸塩水浸漬密着性においては、いずれの試験体も問題は発生しなかった。
(i)実施例1・1´・・・コロイドゾル(シリカゾル)を含有しないコート液H4を用いる比1は、コロイドゾルを含有するコート液H1を用いる実1に比して耐擦傷性(硬度)が劣る。
(ii)実施例・比較例2・・・硬化促進剤がカルボン酸/ジシアンジアミド併用系であるH5を用いる比2は、同アセチルアセトン錯体であるH1を用いた実2に比して耐擦傷性(硬度)が劣る。
(iii)実施例・比較例3・・・加熱手段が熱風である比3は、同過熱蒸気である実3に比して、加熱温度・時間が同じでも、耐擦傷性(硬度)が劣る。
(iv)実施例・比較例4・・・加熱手段を熱風とした比4は、同過熱蒸気とする実4と同等の耐擦傷性を得るには、加熱時間を20分から120分前後とする格段に長くする必要がある。
(v)実施例・比較例5・・・有機ガラス基材をエピスルフィド樹脂とし、機能性コート層を介在させた場合においても、実・比3と同様、比5は実5に比して、耐擦傷性が劣る。
(vi)実施例・比較例6・・・実・比3において、反射防止膜を形成した場合においても実・比3と同様、比5は実5に比して、耐擦傷性が劣る。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】