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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023048174
(43)【公開日】2023-04-07
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20230331BHJP
   C22C 29/02 20060101ALI20230331BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20230331BHJP
   C22C 1/051 20230101ALI20230331BHJP
【FI】
B23B27/14 B
C22C29/02 E
B22F3/24 102A
C22C1/05 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021157336
(22)【出願日】2021-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】駒村 優
【テーマコード(参考)】
3C046
4K018
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF27
3C046FF39
3C046FF40
3C046FF48
4K018AB02
4K018AB03
4K018AC01
4K018AD03
4K018BA04
4K018BB04
4K018BC12
4K018CA02
4K018DA03
4K018DA29
4K018DA31
4K018DA32
4K018FA06
4K018FA24
4K018KA15
(57)【要約】      (修正有)
【課題】耐塑性変形性が向上した表面被覆切削工具の提供。
【解決手段】基体は、Coを含む結合相7が9.0体積%以上、14.0体積%以下、MCまたはMCN(MはTi、Ta、Nb、Zrの少なくとも1種)を含むβ相6が10.0体積%以上、17.0体積%以下、残部がWCを含む硬質相5であって、Crを0.0質量%以上、0.5質量%以下含み、前記基体表面から前記基体の内部に向かってその下端の平均値が15μm以上、47μm以下の前記β相を含まない脱β層を有し、前記脱β層の下端から前記基体の内部に100μmまでの領域では、全界面に占める前記β相と前記β相との界面割合が1.0%以上、7.0%以下であって、かつ、前記硬質相と前記β相との界面割合が20.0%以上、35.0%以下である表面被覆切削工具。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と該基体上に被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
前記基体は、
Coを含む結合相が9.0体積%以上、14.0体積%以下、
MCまたはMCN(MはTi、Ta、Nb、Zrの少なくとも1種)を含むβ相が10.0体積%以上、17.0体積%以下、
残部がWCを含む硬質相であって、
Crを0.0質量%以上、0.5質量%以下含み、
前記基体表面から前記基体の内部に向かってその下端の平均値が15μm以上、47μm以下である前記β相を含まない脱β層を有し、
前記脱β層の下端から前記基体の内部に100μmまでの領域では、全界面に占める前記β相と前記β相との界面割合が1.0%以上、7.0%以下であって、かつ、前記硬質相と前記β相との界面割合が20.0%以上、35.0%以下
であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記領域において、前記硬質相の平均粒径が1.40μm以上、2.10μm以下であり、前記β相の平均粒径に対する前記硬質相の平均粒径の比が1.50以上、1.70以下であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、WC基超硬合金製の基材(工具基体)に被覆層を被覆した表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
WC基超硬合金は、機械的強度、耐熱疲労性等に優れる特徴を有するため、例えば、被覆層を被覆した表面被覆切削工具の基体等に用いられている。
【0003】
一方、表面被覆切削工具の使用条件は高能率化が進み、より一層の耐塑性変形性等の耐久性が求められている。そのため、表面被覆切削工具の基体に使用されるWC基超硬合金に対して、前述の特徴を改善すべく、提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、結合相中にWCと炭化物・炭窒化物の少なくとも1種の立方晶を含み、富結合相表面領域を有し、前記富結合相表面領域の下の結合相の含有量がインサート内部の結合相の含有量の0.85から1倍であり、前記富結合相表面領域における前記立方晶の含有量がゼロであるWC基超硬合金製インサートが記載され、該インサートは耐塑性変形性を有するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平7-503996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記事情や提案を鑑みてなされたものであって、耐塑性変形性が向上した表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
基体と該基体表面の被覆層を有し、
前記基体は、
Coを含む結合相が9.0体積%以上、14.0体積%以下、
MCまたはMCN(MはTi、Ta、Nb、Zrの少なくとも1種)を含むβ相が10.0体積%以上、17.0体積%以下、
残部がWCを含む硬質相であって、
Crを0.0質量%以上、0.5質量%以下含み、
前記基体表面から前記基体の内部に向かってその下端の平均値が15μm以上、47μm以下である前記β相を含まない脱β層を有し、
前記脱β層の下端から前記基体の内部に100μmまでの領域では、全界面に占める前記β相と前記β相との界面割合が1.0%以上、7.0%以下であって、かつ、前記硬質相と前記β相との界面割合が20.0%以上、35.0%以下
である。
【0008】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、次の事項を満足してもよい。
【0009】
前記領域において、前記硬質相の平均粒径が1.40μm以上、2.10μm以下であり、前記β相の平均粒径に対する前記硬質相の平均粒径の比が1.50以上、1.70以下であること。
【発明の効果】
【0010】
前記の表面被覆切削工具によれば、耐塑性変形性が向上し、高熱・高負荷の切削条件であっても優れた工具寿命を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る基体の組織を示す断面模式図である。
図2】本発明の実施形態における脱β層の下端よりも基体内部の組織を示す断面模式図である。
図3】インサートの断面における脱β層を測定する領域を示す模式図(被覆層の図示は省略している)である。
図4】切刃の逃げ面塑性変形量の一例を示す模式図(被覆層の図示は省略している)である。なお、上図(すくい面)は平面図、下図(逃げ面)は側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、前記目的を達成する超硬合金を得るために鋭意検討を行った。その結果、次の(1)から(3)の知見を得た。
【0013】
(1)高速切削加工等の高熱・高負荷の切削条件下で塑性変形を生じた表面被覆切削工具の変形を解析したところ、硬質相およびβ相の界面を起点とする硬質相が分断される損傷が発生し、この損傷によって塑性変形が進行すること。
【0014】
ここで、硬質相およびβ相の界面とは、硬質相と硬質相の界面(硬質相/硬質相界面)、硬質相とβ相との界面(硬質相/β相界面)、β相とβ相との界面(β相/β相界面)をいう。
【0015】
そして、特に、硬質相/β相界面は、結合相中に溶解した元素の偏析、結晶構造の違い(硬質相の主成分であるWCは六方晶、β相の主成分は立方晶)に起因する界面不整合によって界面強度が低く、切削中の負荷によって容易に分断され、刃先全体の塑性変形を引き起こすこと。
【0016】
(2)被覆層からの亀裂進展による欠損を防止するために、基体表面にβ相が実質的に存在しない脱β層を設けても、その下端から基体内部の領域は、脱β層を形成時にβ相が凝集しやすいため、前記硬質相/β相界面およびβ相/β相界面が増加しやすいこと。
【0017】
(3)前記領域において、前記硬質相/β相界面およびβ相/β相界面の割合を小さくすれば、界面に生じる損傷を低減させ、耐塑性変形性を向上させることができること。
【0018】
以下、本発明の実施形態について、表面被覆切削工具としてインサートに適用した場合を中心に説明を行う。
【0019】
1.基体の組織と組成
本実施形態に係る基体は所定の組織を有し、その組織は結合相、β相、硬質相を有する。
【0020】
(1)結合相
結合相は、Coを含み、9.0体積%以上、14.0体積%以下で含まれることが好ましい。その理由は、9.0体積%未満では基体の靭性が低く、耐欠損性が不足し、一方、14.0体積%より大きいと基体の強度が低く、耐塑性変形性が不足するためである。
結合相は、10.0体積%以上、12.0体積%以下で含まれることがより好ましい。
【0021】
結合相には、Coが主成分、すなわち、結合相を形成する全ての成分に対して、Coが50質量%以上を占めている(主成分の定義は他の相でも同様である)。
そして、Coは、基体全体としてみたとき(結合相以外に、β相、硬質相に含有されるものを含む)6.0質量%以上、9.0質量%以下を含有することが好ましい。その理由は、含有量がこの範囲であれば表面被覆切削工具の基体として用いたときに耐塑性変形性と靭性のバランスに優れるためである。
【0022】
なお、結合相中には、硬質相の成分であるWやC、その他の製造過程において不可避的に混入する不可避的不純物が含まれていてもよい。さらに、結合相は、Cr、Ti、Ta、Nb、Ti、Zrの1種または2種以上を含んでいてもよい。これら元素が結合相中に存在するときは、結合相に固溶した状態であると推定される。
【0023】
(2)β相
β相は、基体の耐酸化性や耐クレータ摩耗性を向上させるものであって、10.0体積%以上、17.0体積%以下で含まれることが好ましい。その理由は、10.0体積%未満では基体の耐酸化性や耐クレータ摩耗性が不足し、一方、17.0体積%より大きいと基体の靭性が低下し、耐欠損性が不足するためである。
β相は、12.0体積%以上、15.0体積%以下で含まれることがより好ましい。
【0024】
β相は、MCまたはMCN(MはTi、Ta、Nb、Zrの少なくとも1種)が主成分として含有されている。すなわち、β相には硬質相の成分であるWやその他の製造過程において不可避的に混入する不可避的不純物が含まれていてもよい。
そして、これらMCまたはMCNを構成するMは、基体全体としてみたとき5.0質量%以上、9.0質量%以下含まれることが好ましい。その理由は、この含有範囲であれば耐摩耗性が向上するためである。
【0025】
立方晶であるMCまたMCNは、化学量論的な比で結合しているものに限定されずMとC、MとCとNが結合した全ての窒化物、炭窒化物である。
【0026】
(3)硬質相
硬質相は、WCを主成分とし、結合相とβ相以外の残部を占める。
硬質相には、不可避不純物が含まれてもよい。また、硬質層の結晶構造は六方晶である。
【0027】
(4)結合相、β相、硬質相の体積%の測定
結合相、β相、硬質相の体積%は、次のようにして測定する。すなわち、逃げ面とすくい面との交点である基体表面の端部(図3で、番号10で示される刃先)から逃げ面およびすくい面方向にそれぞれ300μm離れた点を通り、逃げ面およびすくい面にそれぞれ平行に引かれた直線が交差する点(図3で、記号Xで示される点)を起点として、逃げ面およびすくい面にそれぞれ平行な直線により区画される基体内部の領域(図3で、記号Aで示される領域)の任意の場所をEBSDにより観察する。EBSD観察で得られた観察視野の結晶方位マップを解析して、結合相、β相、硬質相を分離する。そして、観察視野の観察結果で得られた結合相とβ相と硬質相の合計が4000個以上となるまで観察視野を増やし、結合相、β相、硬質相の面積%を求める。すなわち、観察視野の1視野で硬質相とβ相の累積が4000個に満たない場合は、前記領域内に新たに観察視野を設け、4000個になるまで測定を続ける。
なお、観察視野の端部に、一部しか視認できない結合相、β相、硬質相があるとき、それらはいずれも一つのとして扱う。
そして、観察視野とした断面に対する垂直断面の結合相、β相、硬質相の分布も同様であると考えて、求めた面積%を体積%として扱う。
【0028】
(5)Cr
靭性を劣化させることなく耐塑性変形性を向上させるため、Crを含有させることが好ましい。すなわち、Crは結合相に固溶し、結合相を固溶強化する。Crは含有させなくてもよいが、含有されるときは基体に対して、0.5質量%を上限とすることが好ましい。また、Coの含有量の10%以下であることがより一層好ましい。
【0029】
Crの含有量は、結合相、β相、硬質相の体積%をEBSDにより測定した領域をEPMAによって3点測定し、その平均値を算出する。
【0030】
(6)不可避不純物
前記のように、硬質相、結合相は製造過程で不可避的(意図せずに)に混入する不純物を含んでいてもよく、その量は基体全体を100質量%として外数として0.3質量%以下が好ましい。
【0031】
(7)脱β層
基体表面から、断面模式図として図1に示すように、その内部に向かってその下端の平均値が15μm以上47μm以下の脱β層を有することが好ましい。
この脱β層を有することにより、被覆層からの亀裂進展による基体の欠損を防止することができる。脱β層とは、実質的にβ相が存在しない領域をいう。実質的にβ相が存在しないとは、鏡面加工した基体断面を水酸化ナトリウム等のアルカリ腐食液を用いてβ相を腐食し、光学顕微鏡により1000倍に拡大して観察したとき、目視によってβ相が視認できないことをいう。
【0032】
基体表面から脱β層下端までの長さは、この観察において、表面から最短と視認される3個のβ相と基体表面との距離、すなわち、3個のβ相それぞれと基体表面の最短長さの平均値をいう。
【0033】
なお、基体の逃げ面とすくい面の近傍は、後述する脱窒工程において脱窒が過度に進行する可能性があるため、図3に示すように、すくい面および逃げ面の交点(図3において番号10で示される切刃)から300μm以上離れた位置の逃げ面とすくい面のいずれかで前述の最短長さを測定する。
なお、図3において斜線で示す測定領域は測定領域を視覚的に明確にするだけのものであり、その長さには技術的な意義はない。
【0034】
2.界面の割合
次に、脱β層の下端から基体内部に向かって100μmまでの領域(図2に、この領域の組織の断面模式図を示す)における界面の割合について説明する。
【0035】
(1)全界面
図2に模式的に示すように、本実施形態に係る基体では、硬質相と硬質相との界面(硬質相/硬質相界面)、硬質相とβ相との界面(硬質相/β相界面)、β相とβ相との界面(β相/β相界面)、硬質相と結合相との界面(硬質相/結合相界面)、β相と結合相との界面(β相/結合相界面)、結合相と結合相の界面(結合相/結合相界面)が存在する。そして、この6種の界面を総称して全界面といい、その長さを全界面長いう。
【0036】
(2)β相/β相界面割合および硬質相/β相界面割合
β相/β相界面割合および硬質相/β相界面割合とは、それぞれ、
β相/β相界面割合(%)=(β相/β相界面の界面長)/(全界面長)×100
硬質相/β相界面割合(%)=(硬質相/β相界面の界面長)/(全界面長)×100
により定義される。ここで、各界面長は断面における二次元の長さである。
【0037】
β相/β相界面割合(%)は、7.0%以下が好ましい。7.0%以下であれば、基体の耐塑性変形性が向上する。β相/β相界面割合(%)の下限値は、0.0%であってもよいが、後述する製造方法によれば、1.0%が下限値になる。
【0038】
硬質相/β相界面割合(%)は、20.0%以上、35.0%以下が好ましい。その理由は、20.0%未満の場合、亀裂発生時に亀裂が硬質相/β相界面を進行せず、硬質相を破壊して進展するため、亀裂が直線的に進展しないため、欠損しやすなり、一方、35.0%よりも多いと、硬質相/β相界面の損傷が多く、塑性変形が進行しやすくなるためである。硬質相/β相界面割合(%)は、25.0%以上、30.0%以下がより好ましい。
【0039】
β相/β相界面割合および硬質相/β相界面割合は、次のようにして測定する。
すなわち、EBSDの観察結果によって得られる結晶方位マップを解析し、硬質相/β相界面の界面長の累積値が1000μm以上、β相/β相界面の界面長の累積値が100μm以上、全界面長の累積が3000μm以上となるまで分析を行い、β相/β相界面割合および硬質相/β相界面割合を算出する。
【0040】
これら界面割合を算出するための観察領域は、前記のとおり測定した脱β層の下端位置から基体の内部に100μmまでの領域である。この観察視野の1視野で硬質相/β相界面の界面長の累積値が1000μm以上、β相/β相界面の界面長の累積値が100μm以上、全界面長の累積が3000μm以上とならない場合は、前記下端に対して平行な方向に10μm以上離れた領域に新たに観察視野を設け、これらを満足するまで測定を続ける。
なお、観察視野の端部に、一部しか視認できない結合相、β相、硬質相があるとき、それらはいずれも一つのとして扱う。
【0041】
(3)硬質相の平均粒径とβ相の平均粒径に対する前記硬質相の平均粒径の比
硬質相の平均粒径が1.40μm以上2.10μm以下であり、硬質相とβ相の平均粒径の比率が1.50以上1.70以下であることがより好ましい。
その理由は、硬質相の平均粒径が1.40μm未満では耐欠損性が不足し、2.10μmより大きいと耐摩耗性が不足することがあるからである。また、硬質相とβ相の平均粒径の比率が1.50未満では硬質相とβ相の界面長が長く、界面の損傷が大きくなり、塑性変形が進行しやすく、1.70よりも大きいと、WC-WC間に挟まれるβ相の量が増加し、β相の分散不良から合金組織が不均一になり、工具寿命が不安定になることがあるためである。
【0042】
ここで、硬質相の平均粒径とβ相の平均粒径は、硬質相とβ相を合計して4000個以上、観察できる観察領域を作成し、個々の硬質相およびβ相の面積を測定し、それらを一体のもの(一体の炭化物、炭窒化物)として扱って、面積の累積面積が50%となるときの面積の直径、すなわち、面積平均粒径(μm)とする。
【0043】
これら平均粒径を算出するための観察領域は、界面割合を求めた領域と同じである。そして、観察視野の1視野で硬質相とβ相の累積が4000個に満たない場合は、前記下端と平行な方向に10μm以上離れた領域に新たな観察視野を設け、4000個になるまで測定を続ける。
なお、観察視野の端部に、一部しか視認できない結合相、β相、硬質相があるとき、それらはいずれも一つのとして扱う。
【0044】
3.被覆層
基材表面の被覆層は、例えば、CVD法によって成膜される公知の表面被覆層切削工具に用いられる被覆層(平均厚みは5から20μm)であれば、特段の制約がなく用いることができる。
【0045】
4.製造方法
本実施形態の表面被覆切削工具の基体は、原料粉の準備、原料粉の混合、成形、焼結、および、機械加工の各工程により製造することができる。
ここで、原料粉の準備、成形、および、機械加工の各工程は、従来公知のものを適宜採用すればよい。しかし、原料粉の混合工程と焼結工程として以下のようにすることが好ましい。
【0046】
原料粉の混合工程は、β相を構成する原料粉末を予め粉砕する。この粉砕により、硬質相とβ相構成原料の粒度比に差が生じ、硬質相とβ相の接触長が短くなるので、硬質相/β相界面の割合が低減し、また、原料の製造時に生じる原料粒子同士の凝集が解けることにより、β相/β相界面が低減すると推察される。
【0047】
焼結工程は、脱脂工程(例えば600℃で行う)後、2から10kPaの窒素雰囲気下で1250から1400℃で、30から60分保持する第1保持工程と、10-1Pa以下の真空雰囲気下で1420から1500℃で60分保持する第2保持工程とし、その後、不活性雰囲気下で20℃/分以上の冷却速度で常温まで冷却する。
第1保持工程によって、結合相およびβ相を十分に分散させ、耐塑性変形向上に好ましくない界面の生成を抑制し、また、第2保持工程により脱β層を形成すると推察される。
【実施例0048】
本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0049】
まず、焼結用の粉末として、表1に示す平均粒径(d50)が3.0から5.5μmのWC粉末、平均粒径(d50)が0.5から1.1μmの範囲内のCo粉末、並びに、TiC粉末、TiN粉末、NbC粉末、TaC粉末、ZrC粉末、Cr粉末、TaとNbを質量比9:1で含有する(Ta,Nb)C粉末、TiとWを質量比1:1で含有する(Ti,W)C粉末、および、TiとWを質量比1:1で含有する(Ti,W)CN粉末を用意した。
【0050】
ここで、TiC粉末、TiN粉末、NbC粉末、TaC粉末、ZrC粉末、(Ta,Nb)C粉末、(Ti,W)C粉末、(Ti,W)CN粉末は、β相の原料となるものであり、これらを比面積が8.0m/g以上となるように粉砕する。
【0051】
また、WC粉末は、一部にWC1粉末とWC2粉末の2種の平均粒径(WC1の平均粒径>WC2の平均粒径)のものを用意し、
(WC1粉末の平均粒径(μm))×(全WC粉末に占めるWC1粉末の比率(質量%))+(WC2粉末の平均粒径)×(全WC粉末に占めるWC2の比率(質量%))が3.0から5.5μmなるように配合した。
【0052】
すなわち、これらの粉末を、表2に示す配合組成となるように配合して、焼結用粉末を作製した。すなわち、全ての原料粉末をアトライターで5時間混合した後、150MPaの圧力でプレス成形して圧粉成形体を作製した。
【0053】
焼結は、
脱脂を600℃で行い、
第1保持工程:1350℃(窒素雰囲気中3kPa)で40分保持し
第2保持工程:1450℃(10-1Pa以下の真空)で60分保持し、
冷却:アルゴンガス雰囲気下で25℃/分の冷却速度で冷却した。
【0054】
その後、機械加工、研削加工によりISO形状CNMG120408に加工し、実施例の表面被覆切削工具の基体1から10(以下、実施例基体1から10という)を作製した。表5に実施例基体1から10の各相の体積%、Crの含有量、脱β層の厚さ、β相/β相界面の割合、硬質相/β相界面の割合、硬質相の平均粒径、硬質相の平均粒径/β相の平均粒径を示す(測定方法は前述のとおりである)。
【0055】
比較のために、比較例の表面被覆切削工具の基体1から5(以下、比較例基体1から5という)を作製した。
その製造工程は、
表3に示す原料粉末を用意し、表4に示すような配合組成となるように配合して、焼結用粉末を作製した。配合に用いたWCの粒度、β相構成原料の比表面積は表4に示すとおりである。β相を構成する原料粉末を予め粉砕することなく、全ての原料粉末をアトライターで5時間混合し、150MPaの圧力でプレス成形して圧粉成形体を作製した。その後、焼結は脱脂を600℃で行い、1200℃から1450℃まで3kPaの窒素雰囲気下で昇温し、この窒素雰囲気下で温度保持することなく、1450℃(10-1Pa以下の真空)で60分保持し、アルゴンガス雰囲気下で25℃/分の冷却速度で冷却した。
【0056】
そして、実施例基体1から10と同様に、各相の体積%、Crの含有量、脱β層の厚さ、β相/β相界面の割合、硬質相/β相界面の割合、硬質相の平均粒径、硬質相の平均粒径/β相の平均粒径を測定した。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
【表5】
【0062】
【表6】
【0063】
実施例基体1から10と比較例基体1から6に対して、それぞれ、表7、8に記載した被覆層を形成し、それぞれ、実施例被覆工具1から10と比較例被覆工具1から5を作製した。その後、以下に示す切削条件で切削試験を行った。その結果を表9に示す。
【0064】
切削試験の切削条件
被削材:SNCM439のΦ200の丸棒
切削速度:100m/分
切り込み:1.5mm
送り:1.0mm/rev
切削時間:0.5分
【0065】
切削試験では、切刃の逃げ面塑性変形量として次のものを採用した。すなわち、切削前の変形していない切刃稜線を基準とし、切削によって切刃稜線が押し込まれて変形した量を切刃の逃げ面塑性変形量とした。具体的には、図4に示すように、工具の主切刃側逃げ面(9)について、切刃から十分離れた位置で切刃(10)側逃げ面(9)とすくい面(8)が交差する稜線上に線分を引き、同線分を切刃部方向に延伸し、延伸した線分(12)と切刃部稜線間の距離(延伸した線分の垂直方向)が最も離れている部分を測定し、これを切刃の逃げ面塑性変形量(11)とした。また、切削時間終了後に切刃の損耗状態を観察した。
【0066】
【表7】
【0067】
【表8】
【0068】
【表9】
【0069】
表9の結果から明らかなように、実施例被覆工具は、いずれも寿命に影響を及ぼす逃げ面塑性変形量が少なく、偏摩耗や欠損を発生することなく、優れた耐塑性変形性を発揮した。これに対して、比較例被覆工具は、所定の切削時間において工具の塑性変形が大きく、所定の被削材寸法を得る加工を行うことが困難であった。
【符号の説明】
【0070】
1 基体
2 脱β層の下端から工具基体内部に100μmの領域
3 脱β層
4 被覆層
5 硬質相
6 β相
7 結合相
8 すくい面
9 逃げ面
10 切刃
11 切刃の逃げ面塑性変形量
12 延伸した線分
A 硬質相、β層、結合相の面積%を測定する領域
X 起点
図1
図2
図3
図4