(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023048915
(43)【公開日】2023-04-07
(54)【発明の名称】嵌合音検出装置、および嵌合音検出システム
(51)【国際特許分類】
G01H 17/00 20060101AFI20230331BHJP
H01R 13/64 20060101ALI20230331BHJP
G01N 29/12 20060101ALI20230331BHJP
【FI】
G01H17/00 Z
H01R13/64
G01N29/12
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021158499
(22)【出願日】2021-09-28
(71)【出願人】
【識別番号】511192595
【氏名又は名称】ディー・クルー・テクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000844
【氏名又は名称】弁理士法人クレイア特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】夏目 尚紀
(72)【発明者】
【氏名】帆波 洋平
【テーマコード(参考)】
2G047
2G064
5E021
【Fターム(参考)】
2G047AA05
2G047AC05
2G047BA05
2G047BC04
2G047GD02
2G064AB01
2G064AB02
2G064AB13
2G064BA02
2G064BD02
2G064CC02
2G064CC41
2G064CC42
2G064CC43
2G064DD02
5E021KA04
(57)【要約】
【課題】環境雑音が存在する環境において確実に嵌合動作の良否を判定することのできる嵌合音検出装置を提供する。
【解決手段】コネクタの嵌合音を採取する1または複数のマイクロフォン10と、マイクロフォン10の出力信号をデジタルに変換する音声入力部15と、音声入力部15の出力が入力される信号処理部20と、信号処理部20の出力である音声信号をイヤホン110に送信する音声送信部30と、を備え、信号処理部20は、バンドパスフィルタ40と低域変換回路50とローパスフィルタ60とを備え、バンドパスフィルタ40は、マイクロフォン10の出力信号のうちの高周波数帯域信号を抽出し、低域変換回路50は、高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換し、ローパスフィルタ60は、低域変換回路50から副次的に出力される高域信号を除去する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コネクタの嵌合音を採取する1または複数のマイクロフォンと、
前記マイクロフォンの出力信号を増幅および/またはデジタル信号に変換する音声入力部と、
前記音声入力部の出力が入力される信号処理部と、
前記信号処理部の出力である音声信号をイヤホンに送信する音声送信部と、を備え、
前記信号処理部は、前記マイクロフォンの出力信号のうちの高周波数帯域信号を抽出し、前記高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換して出力する、嵌合音検出装置。
【請求項2】
前記信号処理部は、
前記高周波数帯域信号を抽出するバンドパスフィルタと、
抽出した前記高周波数帯域信号を前記低周波数帯域に周波数変換する低域変換回路と、
前記低域変換回路から副次的に出力される高域信号を除去するローパスフィルタと、を備える、請求項1に記載の嵌合音検出装置。
【請求項3】
前記信号処理部は、
前記高周波数帯域信号を抽出する複素バンドパスフィルタと、
抽出した前記高周波数帯域信号を前記低周波数帯域に周波数変換する低域変換回路と、
前記低域変換回路の出力の複素信号から実数部を抽出する実数抽出回路と、を備える、請求項1に記載の嵌合音検出装置。
【請求項4】
前記信号処理部は、環境雑音検知回路と、嵌合音検知回路と、をさらに備え、
前記環境雑音検知回路は、嵌合音を含まない環境雑音の低周波数側からの累積電力が全電力の第1の所定の割合となる第1周波数を検知し、
前記嵌合音検知回路は、カットオフ周波数が前記第1周波数のハイパスフィルタをさらに含み、前記ハイパスフィルタを通過させた嵌合音の高周波数側からの前記累積電力が全電力の第2の所定の割合となる第2周波数を検知し、
前記第2周波数はバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタの低域側のカットオフ周波数として用いられる、請求項1から3のいずれか1項に記載の嵌合音検出装置。
【請求項5】
前記低域変換回路の周波数シフト量は、嵌合音の前記高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差が前記第2周波数より小さい場合は、嵌合音の前記高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差に設定され、嵌合音の前記高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差が前記第2周波数以上である場合は、前記第2周波数に設定される、請求項4に記載の嵌合音検出装置。
【請求項6】
前記信号処理部はリミッタ回路をさらに備え、
前記リミッタ回路は入力信号をDC成分を中心として上下対称の位置でリミットし、
前記リミッタ回路の出力がバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタに入力される、請求項1から5のいずれか1項に記載の嵌合音検出装置。
【請求項7】
前記マイクロフォンは2つのMEMSマイクロフォンで構成され、
2つの前記MEMSマイクロフォンは作業者の腕の長手方向に、一方の前記MEMSマイクロフォンが手の先端側になるように配置され、
前記音声入力部は指向性回路をさらに備え、
前記指向性回路が、2つの前記MEMSマイクロフォンのうちの一方の前記MEMSマイクロフォンの出力信号から、他方の前記MEMSマイクロフォンの出力を遅延した信号を減算することにより、前記手の先端方向の指向性を高めた、請求項1から6のいずれか1項に記載の嵌合音検出装置。
【請求項8】
前記信号処理部の出力信号が入力され、入力信号の振幅および/または周波数スペクトルの時間変化によって正常な嵌合音であるかどうかを判定する判定部と、
前記判定部の判定結果を表示する表示部と、
音声データ、および/または前記判定結果を外部端末に送信するとともに、前記信号処理部および前記判定部の設定パラメータを送受信する通信部と、をさらに備える、請求項1から7のいずれか1項に記載の嵌合音検出装置。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1項に記載の嵌合音検出装置と、
前記嵌合音検出装置に有線または無線で接続され、嵌合音を聞くことのできる前記イヤホンと、
前記嵌合音検出装置に有線または無線で接続され、前記嵌合音検出装置の設定を行うとともに、採取された嵌合音が正常かどうかを判定する外部端末と、を含む、嵌合音検出システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業者がコネクタを嵌合したときに検出される嵌合音を検出し、正常な嵌合がなされたかどうかを判定する嵌合音検出装置および嵌合音検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
嵌合音検出装置に関連して例えば、以下の発明が出願されている。
【0003】
特許文献1(特開2004-061437号公報)には、特別のセンサを用いずとも、対象物の作動時に生ずる振動波に基いて対象物の状態を精度良く判定することが可能な振動波判定装置が開示されている。
特許文献1に記載の振動波判定装置は、対象物の作動時に生ずる振動波を検出入力する振動波入力手段と、入力された振動波から、対象物の作動に対応して生ずる所定周波数帯域の第1の振動波を周波数分離、抽出する第1の手段と、入力された振動波から、対象物の動き度合に応じて変化し第1の振動波と相関した出力レベルをもつ第2の振動波を生ずる第2の手段と、第1の振動波と閾値とに基いて対象物の状態を判定する判定手段と、第2の振動波の出力レベルに基いて、判定手段に与える第1の振動波および閾値の少なくとも一方のレベルを調整する調整手段とを備えたことを特徴とする。
【0004】
特許文献2(特開2016-122568号公報)には、コネクタの嵌合作業において、工数を増加させることなく、コネクタの嵌合状態を精度良く判定することができるコネクタ嵌合判定装置が開示されている。
特許文献2に記載のコネクタ嵌合判定装置は、ロック爪が設けられた弾性変形可能なロックアームを有する雄コネクタと、ロック爪とそれぞれ嵌合可能な第1および第2のロック穴が設けられた雌コネクタとを備え、雄コネクタが雌コネクタに挿入されていくにつれて、ロック爪が第1のロック穴と一旦嵌合した後に第1のロック穴から離脱し、ロック爪が第2のロック穴と最終的に嵌合するコネクタの嵌合状態を判定するコネクタ嵌合判定装置であって、ロック爪が第1および第2のロック穴と順次嵌合するときに発生する音又は振動を順次検出する検出装置と、検出装置により順次検出された音同士又は振動同士を互いに比較することによりコネクタの嵌合状態を判定する嵌合判定部とを備える。
【0005】
特許文献3(特開2008-140222号公報)には、異常として検知すべきガスの漏洩音を、そのガスの漏洩音に類似する作業音と高精度で仕訳して検出し、高精度で異常を検知することができる異常検出装置および方法が開示されている。
特許文献3に記載の異常検出装置は、監視対象設備において音響を検出して音響信号を出力する集音部と、音響信号の周波数スペクトルを計算し、ニューラルネットワークのモデルを用い、周波数スペクトルに基づき、監視対象設備における状態を、正常から異常までに応じた数値に数値化した判定値を出力する周波数パターン分析部と、所定の期間に出力された判定値の時系列データに基づき監視対象設備の異常を検出する異常検出部とを有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-061437号公報
【特許文献2】特開2016-122568号公報
【特許文献3】特開2008-140222号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
自動車製造、工作機械組立工場、ハーネス製造工場などの工場で製品の組立を行う際、ハーネスによる接続を行う工程が存在する。この接続を行う動作を「嵌合動作」と呼ぶ。嵌合動作ではハーネス同士をコネクタにより嵌合させる。
従来は、作業者が嵌合動作に伴って発生する音(嵌合音)を聞いて嵌合の良否を判断することが多かった。この方法によれば、環境雑音が小さく、作業者が嵌合音をよく聞きとれる場合には正確な嵌合の良否の判定を行うことができる。しかし、工場などの組立製造現場では、多くの環境雑音が存在するため、この環境雑音がマイクロフォンに集音されることになる。そして、この環境雑音のためにコネクタの嵌合音をよく聞き取ることができず、嵌合が適切でないものまで合格判定としてしまう場合があった。
【0008】
この環境雑音に対する対策としては、指向性マイクロフォンを使用することで環境雑音を抑制することが考えられるが、従来の指向性マイクロフォンでは、形状が例えば直径10mm、長さ40mm程度と大きく、作業者の手首、あるいは指先に固定することは困難であった。
また、組み立て製造現場では例えばトルクレンチ、インパクトドライバ、作業工程で作業の節目に発生するピュアトーンなど、嵌合音の帯域と近い周波数の環境雑音が時々発生する。これらの雑音は3kHzから4kHz付近で正弦波に近い狭帯域の音である。これらの雑音を除去するには雑音の周波数に対応したトラップフィルタを挿入することが有効であるが、急峻な周波数特性を備えたトラップフィルタを構成すること、また、トラップフィルタのトラップ周波数をピュアトーンの周波数に一致させることは困難であった。
また、トラップフィルタなどのフィルタで環境雑音を抑制した場合、嵌合音についてもフィルタで抑制されてしまうため、作業者には聞こえにくい、嵌合音のうちの高い周波数の音のみが残るという課題もあった。
【0009】
特許文献1に記載の振動波判定装置では、嵌合動作時に生ずる振動波をウェーブレット変換により嵌合音に合わせた第1の周波数帯域と、特定の機械作動音に合わせた第2の周波数帯域とに分離、抽出し、補正器により、機械作動音信号の音圧レベルに応じたゲインG(補正係数)により嵌合音信号を補正してS/N比を向上させ、補正後の嵌合音信号を閾値と比較することで嵌合の良否を判定している。
しかし、この方法では結局ある特定の周波数帯域の音の大きさだけで嵌合の良否を判定しているため、嵌合音の大きさ、または機械作動音信号の大きさなどによって嵌合の良否を誤判定する可能性がある。
【0010】
特許文献2に記載のコネクタ嵌合判定装置は、ロック爪が第1および第2のロック穴と順次嵌合する場合に順次検出された音同士又は振動同士を互いに比較することによりコネクタの嵌合状態を判定するものである。
確かに、ロック爪が第1および第2のロック穴と順次嵌合する場合には、2回嵌合音が発生し、かつ、その嵌合音は常に類似しているため、1回目と2回目の音の振動波形、波形強度又はパワースペクトルを比較することにより、1回目と2回目の音同士が一致するか否かを判定することで、嵌合状態が良好であるか否かを判定することができる。
しかし、このコネクタ嵌合判定装置は、あくまでロック爪が第1および第2のロック穴と順次嵌合する場合に限定して使用可能であって、その他の場合には適用することができない。
【0011】
特許文献3に記載の異常検出装置は嵌合音検出を目的とするものではないが、音響信号の周波数スペクトルを計算し、ニューラルネットワークのモデルを用い、周波数スペクトルに基づき、監視対象設備における状態を、正常から異常までに応じた数値に数値化した判定値を出力する音響信号分析方法は、嵌合音検出にも有効となる可能性がある。
しかし、嵌合音検出の場合はインパクトドライバなどの特定の機械作動音が環境雑音として存在しており、特許文献3に記載の異常検出装置による判定では、環境雑音の変化によって判定結果が変化し、誤判定が生じる恐れがある。
【0012】
また、環境雑音の影響を除去することができれば、特許文献1乃至3に記載の、波形強度、周波数スペクトルなどで嵌合の良否を判定する方法に比べて、従来の作業者が、嵌合音を聞き取って嵌合の良否を判断する方法の方が、より正確に嵌合の良否を判断することができる。
【0013】
本発明の主な目的は、環境雑音が存在する環境において、嵌合動作の良否を判定することのできる嵌合音検出装置、および嵌合音検出システムを提供することにある。
本発明の他の目的は、環境雑音が存在する環境において、かつ嵌合音に高周波成分が少ない場合にも、作業者が自らの嵌合動作に伴って発生する嵌合音を聞き取って、確実に嵌合動作の良否を判定することのできる嵌合音検出装置、および嵌合音検出システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)
一局面に従う嵌合音検出装置は、コネクタの嵌合音を採取する1または複数のマイクロフォンと、マイクロフォンの出力信号を増幅および/またはデジタル信号に変換する音声入力部と、音声入力部の出力が入力される信号処理部と、信号処理部の出力である音声信号をイヤホンに送信する音声送信部と、を備え、信号処理部は、マイクロフォンの出力信号のうちの高周波数帯域信号を抽出し、高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換して出力する。
【0015】
インパクトドライバなどの環境雑音は嵌合音の基本周波数(約5kHz)と同程度ないしやや低い周波数(3-4kHz)に中心がある。一方で、通常、嵌合音には例えば15kHz前後の高周波数帯域信号が含まれている。したがって、マイクロフォンの出力信号のうちの高周波数帯域信号を抽出するようにすれば、環境雑音を大幅に低減することができる。しかし、例えば抽出する高周波数帯域信号の中心周波数を15kHz付近に設定した場合、多くの作業者は抽出された高周波数帯域信号をクリアに聞き取ることができない。したがって、嵌合動作の良否を判定することができない。
【0016】
一局面に従う嵌合音検出装置では、抽出した高周波帯域信号を低周波帯域に周波数変換し、作業者に聞き取りやすい音にしてから作業者のイヤホンに送信する。その結果、作業者がイヤホンで嵌合音を聞き取って、確実に嵌合動作の良否を判定することができる。
また、従来の嵌合判定装置では環境雑音による誤判定を防止するために判定音の閾値を高く設ける必要があった。しかし、一局面に従う嵌合音検出装置では、作業者は作業工程の中で自身がコネクタを接続したときに作業者自身が嵌合音を確認するので、騒音中であっても嵌合の判定をすることができる。
【0017】
(2)
第2の発明にかかる嵌合音検出装置は、一局面に従う嵌合音検出装置において、信号処理部は、高周波数帯域信号を抽出するバンドパスフィルタと、抽出した高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換する低域変換回路と、低域変換回路から副次的に出力される高域信号を除去するローパスフィルタと、を備えてもよい。
【0018】
低域変換回路は、入力信号とローカル信号とを乗算してその差周波数信号を出力するが、この場合、副次的に和周波数信号も出力される。第2の発明にかかる嵌合音検出装置の信号処理部では低域変換回路の出力をローパスフィルタを通過させることによって、この和周波数信号を除去している。なお、この構成はアナログ信号処理でも可能であり、アナログ信号処理で構成する場合には、音声入力部にADコンバータを備える必要がない。
【0019】
(3)
第3の発明にかかる嵌合音検出装置は、一局面に従う嵌合音検出装置において、信号処理部は、高周波数帯域信号を抽出する複素バンドパスフィルタと、抽出した高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換する低域変換回路と、低域変換回路の出力の複素信号から実数部を抽出する実数抽出回路とを備えてもよい。
【0020】
入力信号が複素数でローカル信号も複素数の場合、ローカル信号の周波数を負の周波数にすることで低域変換回路の乗算器の出力を差周波数信号のみにすることができる。そして、低域変換回路の出力を差周波数信号のみにすることで、低域変換回路の出力のローパスフィルタが不要になり、また、入力信号の周波数、ローカル信号の周波数などの周波数設計の自由度が増す。
ただし、この場合は低域変換回路の入力信号を複素信号にする必要があるため、バンドパスフィルタを複素バンドパスフィルタにする必要がある。また、低域変換回路の出力も複素信号になるため、そのあとに実数部を抽出する実数抽出回路を追加する必要がある。
【0021】
(4)
第4の発明にかかる嵌合音検出装置は、一局面から第3の発明にかかる嵌合音検出装置において、信号処理部は、環境雑音検知回路と、嵌合音検知回路と、をさらに備え、環境雑音検知回路は、嵌合音を含まない環境雑音の低周波数側からの累積電力が全電力の第1の所定の割合となる第1周波数を検知し、嵌合音検知回路は、カットオフ周波数が第1周波数のハイパスフィルタをさらに含み、ハイパスフィルタを通過させた嵌合音の高周波数側からの累積電力が全電力の第2の所定の割合となる第2周波数を検知し、第2周波数はバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタの低域側のカットオフ周波数として用いられてもよい。
【0022】
一局面に従う嵌合音検出装置においては、嵌合音の高周波帯域信号を抽出するためのバンドパスフィルタの低域側のカットオフ周波数をいくつとするかが重要である。このカットオフ周波数が低すぎれば、嵌合音の高周波帯域信号に環境雑音が多く含まれてしまうし、カットオフ周波数が高すぎれば、嵌合音の高周波帯域信号の多くの成分が失われてしまう。
したがって、第4の発明にかかる嵌合音検出装置では、まず、嵌合音を含まない環境雑音を記録し、周波数スペクトルを計算して低周波数側からの累積電力が全電力の第1の所定の割合(例えば90%)となる第1周波数を検知する。次に、嵌合音をカットオフ周波数が第1周波数のハイパスフィルタを通過させる。この、ハイパスフィルタを通過した信号は、環境雑音と嵌合音とが混在した状態で採取した信号から環境雑音と嵌合音の低周波数帯域信号とをハイパスフィルタで除去した信号に相当する。
次に、ハイパスフィルタを通過した信号の周波数スペクトルを計算して、高周波数側からの累積電力が全電力の第2の所定の割合(例えば90%)となる第2周波数を検知する。
そして、この第2周波数を、環境雑音と嵌合音とが混在した状態で採取した信号から嵌合音の高周波数帯域信号を抽出するためのバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタの低域側のカットオフ周波数として用いる。
この嵌合音の高周波数帯域信号を抽出するためのバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタでは、環境雑音を第1の所定の割合以上除去しなければいけないため、バンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタの低域側のカットオフ周波数である第2周波数は第1周波数同等以上でなければいけない。一方で、第2周波数が第1周波数より高い場合には環境雑音を第1の所定の割合よりも多く除去することができるのでより望ましい。
なお、環境雑音検知回路と嵌合音検知回路とは、嵌合作業を開始する前にバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタの低域側のカットオフ周波数を設定するために用いられるものであり、実際の嵌合作業時には使用しない。したがって、嵌合音検出装置を環境雑音検知回路と嵌合音検知回路とを設けた外部端末に接続し、外部端末に音声信号を送信して、外部端末で第2周波数を検知して、検知した第2周波数を外部端末が嵌合音検出装置に設定するようにしてもよい。
【0023】
(5)
第5の発明にかかる嵌合音検出装置は、第4の発明にかかる嵌合音検出装置において、低域変換回路の周波数シフト量は、嵌合音の高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差が第2周波数より小さい場合は、嵌合音の高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差に設定され、嵌合音の高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差が第2周波数以上である場合は、第2周波数に設定されてもよい。
【0024】
この場合、嵌合音の高周波数帯域信号のピーク周波数を人間の耳の感度の高い周波数に低域変換することによって、作業者が嵌合音をより感度よく聞くことができ、より正確に嵌合の良否を判断することができるようになる。
ただし、嵌合音の高周波数帯域信号の低周波数側のスペクトルは第2周波数まで伸びている。したがって、もし低域変換回路の周波数シフト量が第2周波数より大きい場合は、低域変換回路によって信号が周波数スペクトル上で折り返されるため、低域変換回路の周波数シフト量は必ず第2周波数以下でなければならない。したがって、嵌合音の高周波数帯域信号のピーク周波数と人間の耳の感度の高い周波数との差が第2周波数より大きい場合は、周波数シフト量は第2周波数に設定する必要がある。
【0025】
(6)
第6の発明にかかる嵌合音検出装置は、一局面から第5の発明にかかる嵌合音検出装置において、信号処理部はリミッタ回路をさらに備え、リミッタ回路は入力信号をDC成分を中心として上下対称の位置でリミットし、リミッタ回路の出力がバンドパスフィルタまたは複素バンドパスフィルタに入力されてもよい。
【0026】
コネクタの種類によっては、嵌合音の高周波数帯域信号がそれほど大きくない場合がある。このような場合には、嵌合音をリミッタ回路に入力し、嵌合音の3次高調波または5次高調波を発生させて嵌合音の高周波数帯域信号とすることが有効である。
【0027】
(7)
第7の発明にかかる嵌合音検出装置は、一局面から第6の発明にかかる嵌合音検出装置において、マイクロフォンは2つのMEMSマイクロフォンで構成され、2つのMEMSマイクロフォンは作業者の腕の長手方向に、一方のMEMSマイクロフォンが手の先端側になるように配置され、音声入力部は指向性回路をさらに備え、指向性回路が、2つのMEMSマイクロフォンのうちの一方のMEMSマイクロフォンの出力信号から、他方のMEMSマイクロフォンの出力を遅延した信号を減算することにより、手の先端方向の指向性を高めてもよい。
【0028】
この場合、2つのマイクロフォンの入力信号同士の遅延時間は、入力音声の2つのマイクロフォンへの入射角度と2つのマイクロフォンの間の距離で決定される。2つのマイクロフォンから同じ音声が入力された場合、一方のマイクロフォンの側からの音声信号から、他方のマイクロフォンの入力信号を、2つのマイクロフォンの入力信号同士の遅延時間と同じ時間遅延して減算することにより、同じ音声が他方のマイクロフォン側から入射した場合の減算後の入力信号を大幅に減衰することができる。すなわち、2つのマイクロフォンの間の遅延時間が信号処理部の内部の遅延時間と同じ時間となる方向は、指向性の死角となる。
したがって、入射角度を2つのマイクロフォンを結んだ方向に近づけた場合には、他方のマイクロフォン側は死角となり、逆に一方のマイクロフォン側は感度が高くなる。すなわち、作業者の腕の長手方向に、一方のマイクロフォンが手の先端側になるように配置することで、手の先端方向の指向性を高めたコネクタ嵌合音検出装置を実現することができる。
そして、嵌合音検出装置が手の先端方向の指向性をそなえることによって、手の先端方向から入射される嵌合音の感度を向上させ、その他の方向から入射される環境雑音を抑制することができる。
また、第7の発明にかかる嵌合音検出装置では、マイクロフォンとして、例えば1mm×1mm程度の、非常に外形の小さいMEMSマイクロフォンを用いることによって、手首に装着することのできる、小型薄型で好適な指向性を備えた嵌合音検出装置を実現している。
【0029】
(8)
第8の発明にかかる嵌合音検出装置は、一局面から第7の発明にかかる嵌合音検出装置において、信号処理部の出力信号が入力され、入力信号の振幅および/または周波数スペクトルの時間変化によって正常な嵌合音であるかどうかを判定する判定部と、判定部の判定結果を表示する表示部と、音声データ、および/または判定結果を外部端末に送信するとともに、信号処理部および判定部の設定パラメータを送受信する通信部と、をさらに備えてもよい。
【0030】
この場合、作業者のイヤホンからの低域変換信号の聞き取りによる嵌合動作の良否判定に加えて、信号処理部の出力信号の振幅および/または周波数スペクトルの時間変化によって正常な嵌合音であるかどうかを判定する判定部を備え、判定部の判定結果を表示するとともに外部端末に送信することによって、より確実な嵌合動作の良否判定を行うことができる。
判定部の判定方法としては、例えば、信号処理部の出力信号の振幅がある閾値以上であれば嵌合動作が正常であると判定してもよい。
【0031】
また、外部端末と送受信できる通信部を備えることにより、外部端末で、例えばディープラーニングなどのより複雑な信号処理を行ったうえで嵌合動作の良否判定を行うこともできる。
また、第1周波数および第2周波数の検知は、嵌合作業を開始する前に行われ、実際の嵌合作業中は行われない。したがって、例えば、環境雑音検知回路と嵌合音検知回路とを外部端末に備え、嵌合音検出装置から環境雑音と嵌合音のデータを送ることにより外部端末で第1周波数および第2周波数を検知し、第2周波数を嵌合音検出装置に設定することもできる。この場合、嵌合音検出装置の処理能力は低くてもよくなり、嵌合音検出装置の低価格化が可能となる。
【0032】
(9)
他の局面に従う嵌合音検出システムは、一局面から第8の発明にかかる嵌合音検出装置と、嵌合音検出装置に有線または無線で接続され、嵌合音を聞くことのできるイヤホンと、嵌合音検出装置に有線または無線で接続され、嵌合音検出装置の設定を行うとともに、採取された嵌合音が正常かどうかを判定する外部端末と、を含む。
【0033】
この場合、嵌合音検出装置で嵌合音の高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換した信号を作業者がイヤホンで聞いて嵌合動作の良否を判定するとともに、外部端末で、例えばディープラーニングなどのより複雑な信号処理を行ったうえで嵌合動作の良否判定を行うことができる。
また、環境雑音検知回路と嵌合音検知回路とを外部端末に備え、嵌合音検出装置から環境雑音と嵌合音のデータを送ることにより外部端末で第1周波数および第2周波数を検知し、第2周波数を嵌合音検出装置に設定することもできる。この場合、嵌合音検出装置の処理能力は低くてもよくなり、嵌合音検出装置の低価格化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】第1の実施形態の嵌合音検出システムの構成を示す模式図である。
【
図2】第1の実施形態の嵌合音検出装置の構成を示す模式図である。
【
図3】第1の実施形態の嵌合音検出装置の環境雑音検知回路の構成を示す模式図である。
【
図4】第1の実施形態の嵌合音検出装置の嵌合音検知回路の構成を示す模式図である。
【
図5】第1の実施形態の嵌合音検出装置のマイクロフォンおよび音声入力部の構成を示す模式図である。
【
図6】第1の実施形態の嵌合音検出装置におけるフィルタおよび低域変換回路の周波数特性を示す模式図である。
【
図7】(a)は環境雑音の周波数スペクトルを、(b)は環境雑音と嵌合音とを含んだ信号の周波数スペクトルを示す図である。
【
図8】(a)は環境雑音の信号処理部出力の周波数スペクトルを、(b)は環境雑音と嵌合音とを含んだ信号の信号処理部出力の周波数スペクトルを示す図である。
【
図9】第1の実施形態の嵌合音検出装置における第1周波数および第2周波数検知のフローを示すフローチャートである。
【
図10】第1の実施形態の嵌合音検出装置における低域変換回路の周波数シフト量決定のフローを示すフローチャートである。
【
図11】信号処理部に変形例を用いた場合の、第1の実施形態の嵌合音検出装置の構成を示す模式図である。
【
図12】第2の実施形態の嵌合音検出装置の信号処理部の構成を示す模式図である。
【
図13】(a)は、第2の実施形態の嵌合音検出装置の嵌合音の周波数スペクトルを示し、(b)は、環境雑音と嵌合音とを含んだ信号のリミッタ回路出力の周波数スペクトルを示し、(c)は、環境雑音と嵌合音とを含んだ信号の信号処理部出力の周波数スペクトルを示す図である。
【
図14】第3の実施形態の嵌合音検出装置のマイクロフォンおよび音声入力部の構成を示す模式図である。
【
図15】第3の実施形態の嵌合音検出装置のマイクロフォンの指向性を示す模式図である。
【
図16】第2の実施形態と第3の実施形態を組み合わせた場合の変形例の嵌合音検出装置のマイクロフォンから減算回路に至る構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態について説明する。以下の説明では、同一の部品には同一の符号を付す。また、同符号の場合には、それらの名称および機能も同一である。したがって、それらについての詳細な説明は繰り返さないものとする。
【0036】
[第1の実施形態]
図1は第1の実施形態の嵌合音検出装置100を中心とした嵌合音検出システム200の構成を示す模式図、
図2は第1の実施形態の嵌合音検出装置100の構成を示す模式図である。
図3は環境雑音検知回路70の構成を示す模式図、
図4は嵌合音検知回路80の構成を示す模式図、
図5はマイクロフォン10(図中では、MIC)および音声入力部15の構成を示す模式図である。
また、
図6はバンドパスフィルタ40(以下、BPF40と呼ぶ)、ローパスフィルタ60(以下、LPF60と呼ぶ)および低域変換回路50の周波数特性を示す模式図、
図7(a)は環境雑音の周波数スペクトル、
図7(b)は環境雑音+嵌合音の周波数スペクトル、
図8(a)は環境雑音の信号処理部出力の周波数スペクトル、
図8(b)は環境雑音+嵌合音の信号処理部出力の周波数スペクトルを示す図である。
また、
図9は第1周波数f
1および第2周波数f
2検知のフローを示すフローチャート、
図10は低域変換回路50の周波数シフト量決定のフローを示すフローチャートである。
【0037】
(嵌合音検出システム200の構成)
図1に示すように、嵌合音検出システム200では、嵌合音検出装置100を手首に装着し、イヤホン110を耳に装着した作業者150がコネクタを嵌合し、その際に発生する嵌合音をイヤホン110で聞いて嵌合動作の良否を判断する。ただし、嵌合音検出装置100は、嵌合音の高周波数帯域信号を抽出して低周波数帯域に周波数変換し、低域変換回路50から副次的に出力される高域信号を除去した信号を出力する。したがって、作業者150はイヤホン110で嵌合音をそのまま聞くのではなく、嵌合音検出装置100で信号処理された嵌合音を聞くことになる。
また、嵌合音検出システム200には、スマートフォンなどの制御端末120、パーソナルコンピュータなどの外部端末130、外部記憶装置140などを備えてもよい。
【0038】
(嵌合音検出装置100の構成)
図2に示すように、嵌合音検出装置100は、コネクタの嵌合音を採取する1または複数のマイクロフォン10と音声入力部15と信号処理部20と音声信号をイヤホンに送信する音声送信部30とで構成される。嵌合音検出装置100には、さらに、入力信号の振幅および/または周波数スペクトルの時間変化によって正常な嵌合音かどうかを判定する判定部92と、判定部92の判定結果を表示する表示部94と、音声データ、および/または判定結果を外部端末130に送信するとともに、音声入力部15、信号処理部20および判定部92の設定パラメータを送受信する通信部96を備えてもよい。ただし、作業者150が嵌合音をイヤホン110で聞いて嵌合動作の良否を判定する場合は、判定部92、表示部94、通信部96は無くてよい。
図5に示すように、音声入力部15はマイクロフォン10の信号をADコンバータ16でデジタル信号に変換する。なお、
図5には記載していないが、音声入力部15には、入力信号を増幅するアンプおよび/またはADコンバータ16に入力する信号の帯域を制限するアンチエイリアシングフィルタも内蔵されている。また、信号処理部20をアナログ回路で構成する場合は、ADコンバータ16は不要である。
【0039】
図2に示すように、信号処理部20はBPF40、低域変換回路50、LPF60、環境雑音検知回路70、嵌合音検知回路80、および制御回路90で構成されている。
また、
図3に示すように、環境雑音検知回路70は、FFT(高速フーリエ変換器)71と第1周波数検知器72とで構成される。
図4に示すように、嵌合音検知回路80は、ハイパスフィルタ81(以下HPF81と呼ぶ)とFFT(高速フーリエ変換器)82と第2周波数検知器83とで構成されている。
図2のBPF40はマイクロフォン10の出力信号のうちの高周波数帯域信号を抽出し、低域変換回路50は、高周波帯域信号を人間の耳の感度の高い低周波帯域に周波数変換し、LPF60は低域変換回路50から副次的に出力される高域信号を除去する。
なお、BPF40、低域変換回路50、LPF60は、アナログ回路で構成することも可能である。また、ADコンバータ16を具えず、BPF40、低域変換回路50、LPF60をアナログ回路で構成する場合は、環境雑音検知回路70と嵌合音検知回路80とは、後述するように、外部端末130に備えることが望ましい。
【0040】
図6に、信号処理部20のBPF40および低域変換回路50の周波数特性を示す。
図6(a)のBPF40は入力信号が入力されるBPF40の周波数特性を示す。BPF40は嵌合音の高周波帯域信号のピーク周波数f
pを中心に必要な帯域(f
2-f
3)を抽出する。必要な帯域(f
2-f
3)は嵌合音によって異なるので、現場で嵌合音を記録しスペクトル解析をして決定することが望ましい。この場合、嵌合音の高周波帯域信号のスペクトル解析を行うことになるが、嵌合音の高周波帯域信号とは、言い換えれば嵌合音のうち環境雑音と重ならないスペクトルの信号に相当する。
したがって、嵌合音の高周波帯域信号のスペクトル解析を行うにあたっては、まず、環境雑音のスペクトル解析を行い、環境雑音の周波数帯域の最高周波数である第1周波数f
1を求めて、嵌合音にカットオフ周波数が第1周波数f
1のHPF81をかけて嵌合音の高周波帯域信号を抽出し、抽出された嵌合音の高周波帯域信号のスペクトルからBPF40の帯域に相当するf
2、f
3を求めることが望ましい。
【0041】
図6(b)および
図6(c)は低域変換後のBPF40で抽出された信号のスペクトル、および低域変換回路50から副次的に出力される高域信号を除去するためのLPF60の周波数特性を示す。低域変換回路50は入力信号と内部で発生するローカル信号との乗算器であり、入力信号の周波数がf
3でローカル信号の周波数がf
shiftの場合、サンプリング周波数f
sの半分の周波数(f
s/2)がf
3+f
shiftより大きい場合は、f
3-f
shiftとf
3+f
shift、小さい場合はf
3-f
shiftとf
s-f
3-f
shiftの周波数の信号が出力される。
LPF60は低域変換回路50の出力信号のうちf
3-f
shiftの信号のみを抽出するためのローパスフィルタである。このLPF60のカットオフ周波数f
4は、サンプリング周波数f
sの半分の周波数(f
s/2)がf
3+f
shiftより大きい場合は、f
3-f
shiftより大きく、f
2+f
shiftより小さくなければならない。
また、サンプリング周波数f
sの半分の周波数(f
s/2)がf
3+f
shiftより小さい場合は、LPF60のカットオフ周波数f
4は、f
3-f
shiftより大きく、f
s-f
3-f
shiftより小さくなければならない。
【0042】
図7(a)には環境雑音の周波数スペクトルを、
図7(b)には環境雑音と嵌合音とを含んだ信号の周波数スペクトルを示す。また、
図8(a)には環境雑音の信号処理部20の出力における周波数スペクトルを、
図8(b)には環境雑音と嵌合音とを含んだ信号の信号処理部20の出力における周波数スペクトルを示す。
図7(a)と
図7(b)とを比較すると、環境雑音は15kHzまでの範囲で周波数が高くなるにつれて減衰する周波数特性であるのに対して、環境雑音と嵌合音とを含んだ信号では18kHz~20kHz付近にピークを持つスペクトルが表れており、これが嵌合音のスペクトルであることが分かる。そして、この18kHz~20kHz付近の信号をBPF40で抽出し、低域変換回路50で低域変換し、LPF60にかけることにより、
図8(b)の6kHz~8kHz付近にピークを持つ信号となる。この信号を音声送信部30を介してイヤホン110に送信することにより、作業者150は正常な嵌合動作が行われたかどうかを容易かつ確実に判断することができる。
図8(a)は環境雑音のみに対して高周波数帯域信号を抽出し低周波数帯域に低域変換した場合の周波数スペクトルで、
図8(b)は環境雑音と嵌合音とを含んだ信号に対して同様の信号処理をした場合の周波数スペクトルである。
図8(b)では
図8(a)に対して8kHz付近の周波数スペクトルの大きさが30dB~40dB大きくなっており、信号処理部20の信号処理によって、環境雑音がある場合にも嵌合音を確実に検出できている。
【0043】
図9は、作業現場で環境雑音および嵌合音を入力して、HPF81のカットオフ周波数である第1周波数f
1およびBPF40の低域側のカットオフ周波数である第2周波数f
2を決定するためのフローチャートである。以下、各ステップについて説明する。
(S1)作業現場で環境雑音のみを録音する。
(S2)環境雑音のパワースペクトルを計算する。
(S3)全電力P1を計算する。
(S4)f
1の初期値を設定する。この場合、初期値は低めの値に設定する。
(S5からS7)f
1の値を少しずつ大きくして、低周波数側からf
1までの累積電力Pf
1がP1の第1の所定の割合T
1以上になるf
1を求める。T
1は通常90から95%の範囲であるが、環境によっては異なる場合もある。
(S8)作業現場で嵌合音を記録する。
(S9)嵌合音をS5-S7で求めた第1周波数f
1をカットオフ周波数とするHPF81に入力する。
(S10)HPF81の出力のパワースペクトルを計算する。
(S11)パワースペクトルの全電力P2を計算するとともに、パワースペクトルのピーク周波数f
pを求める。なお、ピーク周波数f
pは低域変換の周波数シフト量f
shiftを自動計算しない場合は求めなくてもよい。
(S12)f
2の初期値を設定する。この場合、初期値は高めの値に設定する。
(S13から15)f
2の値を少しずつ小さくして、高周波数側からf
2までの累積電力Pf
2がP2の第2の所定の割合T
2以上になるf
2を求める。T
2は通常90から95%の範囲であるが、環境によっては異なる場合もある。
(S16)BPF40の低域側のカットオフ周波数をf
2に設定する。
なお、BPF40の高域側のカットオフ周波数をf
3についても同様の方法で、低周波数側からf
3までの累積電力Pf
3がP2のT
2以上になるf
3を求めてもよい。
【0044】
図3のFFT71は
図9のステップS2に相当し、
図3の第1周波数検知器は
図9のステップS3からステップS7に相当する。
また、
図4のHPF81は
図9のステップS9に相当し、FFT82は
図9のステップS10に相当し、第2周波数検知器83は
図9のステップS11からステップS15に相当する。
なお、第1周波数f
1および第2周波数f
2の検知は、嵌合作業を開始する前に行われ、実際の嵌合作業中は行われない。したがって、例えば、環境雑音検知回路70と嵌合音検知回路80とを外部端末130に備え、嵌合音検出装置100から環境雑音と嵌合音のデータを送ることにより外部端末130で第1周波数f
1および第2周波数f
2を検知し、第2周波数f
2を嵌合音検出装置100に送信して設定することもできる。この場合、嵌合音検出装置100の処理能力は低くてもよくなり、嵌合音検出装置100の低価格化が可能となる。
【0045】
図10は、低域変換回路50の周波数シフト量f
shift決定のフローを示すフローチャートである。以下、各ステップについて説明する。
(S20)
図9のS11で求めた嵌合音の高域信号のピーク周波数f
pと人間の耳の感度の高い周波数f
oとの差をBPF40の低域側のカットオフ周波数である第2周波数f
2と比較する。
(S21)嵌合音の高域信号のピーク周波数f
pと人間の耳の感度の高い周波数f
oとの差がBPF40の低域側の第2周波数f
2より小さい場合は、嵌合音の高域信号のピーク周波数f
pと人間の耳の感度の高い周波数f
oとの差を低域変換回路50の周波数シフト量f
shiftとする。
(S22)嵌合音の高域信号のピーク周波数f
pと人間の耳の感度の高い周波数f
oとの差がBPF40の低域側のカットオフ周波数である第2周波数f
2より大きい場合は、BPF40の低域側のカットオフ周波数であるf
2を低域変換回路50の周波数シフト量f
shiftとする。
【0046】
(変形例の信号処理部20a)
図11に、変形例の信号処理部20aを用いた場合の、第1の実施形態の嵌合音検出装置100の構成を示す。信号処理部20aは、高周波数帯域信号を抽出する複素バンドパスフィルタ45(以下複素BPF45と呼ぶ)と、高周波数帯域信号を低周波数帯域に周波数変換する低域変換回路50aと、低域変換回路50aの出力から実数部を抽出する実数抽出回路65とから構成されている。
実数の乗算器を用いた低域変換回路50では、入力信号とローカル信号との差周波数の信号でだけでなく、入力信号とローカル信号との和周波数の信号も出力され、低域変換回路50の後段にLPF60を設けて和周波数の信号を除去する必要がある。しかし、ローカル信号の周波数が入力信号の周波数と比較して小さく、低域変換回路50の出力の差周波数の信号と和周波数の信号との周波数の差が小さい場合などにはLPF60の設計が困難になる。
また、低域変換回路50がデジタル信号処理回路で構成されている場合は、入力信号の周波数がf
3でローカル信号の周波数がf
shiftの場合、サンプリング周波数f
sの半分の周波数(f
s/2)がf
3+f
shiftより小さい場合はf
3-f
shiftとf
s-f
3-f
shiftの周波数の折り返し信号が出力される。したがって、サンプリング周波数f
3が低い場合には低域変換回路50の出力の差周波数の信号と和周波数の信号とを分離できない可能性もある。
【0047】
これに対して、変形例の信号処理部20aでは入力信号を複素BPF45に入力して複素信号に変換したうえで、低域変換回路50aで負周波数の複素ローカル信号と乗算することで、差周波数信号のみを出力することができる。したがって、変形例の信号処理部20aでは、後段に和周波数信号を除去するためのLPF60を設ける必要はないし、サンプリング周波数との関係で折り返し信号が発生することもない。
ただし、イヤホン110で嵌合音を聞くためには信号は実数でなければならないため、低域変換回路50aの後段に実数部を抽出する実数抽出回路65を設けている。
【0048】
[第2の実施形態]
通常のコネクタでは、コネクタを嵌合したときの嵌合音に高周波数帯域信号が含まれているが、コネクタの種類によっては、嵌合音に高周波数帯域信号の大きさが小さい場合がある。第2の実施形態の嵌合音検出装置100aは、嵌合音に高周波数帯域信号の大きさが小さい場合にも、作業者150が自らの嵌合動作に伴って発生する嵌合音を聞き取って、確実に嵌合動作の良否を判定することのできる嵌合音検出装置100a、および嵌合音検出システム200aを提供することにある。
【0049】
図12に、第2の実施形態の嵌合音検出装置100aの信号処理部20bの構成を示す。
信号処理部20bは第1の実施形態の嵌合音検出装置100の信号処理部20に対して、入力にリミッタ回路25が追加されている点で異なり、その他の点では第1の第1の実施形態の嵌合音検出装置100の信号処理部20と同一である。なお、リミッタ回路25は入力信号のDC成分を中心として上下対称の位置で入力信号をリミットする。
また、信号処理部20a以外のマイクロフォン(MIC)10、音声入力部15、音声送信部30等についても第1の実施形態の嵌合音検出装置100と同一である。
【0050】
図13(a)に、高周波成分が少ないコネクタの嵌合音の周波数スペクトルを示す。周波数スペクトルは8kHz以下に集中しており、8kHz以上の周波数にはスペクトルはない。したがって、
図13(a)を
図7(b)の環境雑音+嵌合音の周波数スペクトルと比較すると分かるように、このコネクタではそのままでは嵌合音の高周波数帯域信号を抽出することは不可能である。
そこで、発明者は信号処理部20にリミッタ回路25を追加し、嵌合音の高調波信号を生成することを考えた。この場合、リミッタ回路25の入力は嵌合音と環境雑音とが含まれているため、環境雑音の高調波信号、および嵌合音と環境雑音との混変調信号も生成される。
しかし、嵌合音が環境雑音より大きければ、高周波数帯域信号は環境音の高調波信号(主として3次高調波信号)が主成分となることから、高周波数帯域信号を抽出して低周波数帯域に周波数変換した信号を、作業者150がイヤホン110で聞くことで、嵌合動作の良否を判断することができる。
したがって、第2の実施形態の嵌合音検出装置100aの場合は、環境雑音の影響を抑制するために、嵌合音の振幅を環境雑音の振幅より大きくする必要があるため、後述する第3の実施形態の指向性の強い嵌合音検出装置100bを用いるなどの方法により嵌合音の環境雑音に対するSN比を向上させることが望ましい。
【0051】
図13(b)には、環境雑音と嵌合音とを含んだ信号のリミッタ回路25の出力の周波数スペクトルを、
図13(c)には、環境雑音と嵌合音とを含んだ信号の信号処理部20bの出力の周波数スペクトルを示す。
図13(b)を見ると、リミッタをかけることによって、
図7(a)の環境雑音の周波数スペクトルにも、
図13(a)の嵌合音の周波数スペクトルにも存在しない、15kHz以上の成分が生成されていることがわかる。そして、
図13(c)には、この、15kHz以上の成分を低域変換した5kHz~8kHzのスペクトルが表れている。
すなわち、第2の実施形態の嵌合音検出装置100aでは、信号処理部20aの入力にリミッタ回路25を挿入することにより、嵌合音に高周波成分が少ないコネクタの場合にも、高周波数帯域信号を抽出して低周波数帯域に周波数変換した信号を、作業者150がイヤホン110で聞くことで、嵌合動作の良否を判断することができる。
なお、
図13の各スペクトルのパワーは相対値である。
【0052】
[第3の実施形態]
第3の実施形態の嵌合音検出装置100bは、マイクロフォン10として2つのMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bを用い、マイクロフォン10の指向性を高めた嵌合音検出装置100bである。
2つのMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bは作業者150の腕の長手方向に、MEMSマイクロフォン10aが手の先端側になるように配置され、音声入力部15aにおいて、MEMSマイクロフォン10aの出力信号から、MEMSマイクロフォン10bの出力を遅延回路17で遅延した信号を減算回路18で減算することにより、手の先端方向の指向性を高めている。
【0053】
図14にMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bと音声入力部15aの構成を示す。MEMSマイクロフォン10aとMEMSマイクロフォン10bとの間の距離はd0である。MEMSマイクロフォン10bの出力はAD変換された後、遅延回路17で時間t1遅延してから、MEMSマイクロフォン10aの出力をAD変換した信号から減算回路18で減算されている。
なお、第3の実施形態の嵌合音検出装置100bは、MEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bと音声入力部15a以外の部分は第1の実施形態の嵌合音検出装置100、または第2の実施形態の嵌合音検出装置100aと同一である。
【0054】
図14の、音声入力部15aの出力yは、下記数式1で表すことができる。
【0055】
【0056】
ここで、wは入力信号の角周波数、e
j*w*tはMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bの出力信号、t1は遅延回路17の遅延時間、d0は2つのMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bの間の距離、θは
図14の入射角、vは音速である。
数式1によれば、減算回路18の出力の入射角θに対する依存性は入力信号の周波数と遅延回路17の遅延時間とで決定される。
【0057】
図15に、2つのマイクの距離d0を約28mm、回路遅延t1を約83μSとした場合の1kHz,2kHz,および5kHzにおけるマイクロフォンの指向性を示した。
図15によれば、環境雑音の中で特に周波数スペクトルの大きい1kHz付近では、θ=0deg、すなわち手の先端方向が最もマイクロフォン10の感度が高く、手の先端方向と直交する方向では約6dB感度が低下し、手の先端方向と反対方向付近では30dB以上感度が低下している。したがって、手の先端方向で発生する嵌合音の環境雑音に対するSN比を向上させることができる。
【0058】
第3の実施形態のマイクロフォン10として2つのMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bを用い、マイクロフォン10の指向性を高めた嵌合音検出装置100bに、第2の実施形態の入力にリミッタ回路25が追加された信号処理部20bを組み合わせてもよい。この場合、嵌合音の環境雑音に対するSN比を向上させることができて好ましい。
さらに、変形例として、2つのMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bの出力をそれぞれADコンバータ16a、16bでAD変換し、リミッタ回路25a、25b、BPF40a、40b、低域変換回路50b、50c、LPF60a、60bを経てから、LPF60bの出力を遅延回路17で時間t1遅延し、LPF60aの出力から減算回路18で減算するという構成も考えられる。この場合のMEMSマイクロフォン10a、MEMSマイクロフォン10bから減算回路18に至る構成を
図16に示した。この変形例では、MEMSマイクロフォン10a、10bに対し別々のBPF40a、40bを設けているので、BPF40a、40bでマイクロフォン10a、10bの周波数特性の差異を補正することにより、さらにマイクロフォン10の指向性を高めることができる。
【0059】
本発明において、マイクロフォン10、MEMSマイクロフォン10a、10bが『マイクロフォン』に相当し、音声入力部15、15aが『音声入力部』に相当し、信号処理部20、20a、20bが『信号処理部』に相当し、イヤホン110が『イヤホン』に相当し、音声送信部30が『音声送信部』に相当し、バンドパスフィルタ(BPF)40、40a、40bが『バンドパスフィルタ』に相当し、複素バンドパスフィルタ(複素BPF)45が『複素バンドパスフィルタ』に相当し、低域変換回路50,50a、50b、50cが『低域変換回路』に相当し、ローパスフィルタ(LPF)60、60a、60bが『ローパスフィルタ』に相当し、実数抽出回路65が『実数抽出回路』に相当し、嵌合音検出装置100、100a、100bが『嵌合音検出装置』に相当し、環境雑音検知回路70が『環境雑音検知回路』に相当し、ハイパスフィルタ(HPF)81が『ハイパスフィルタ』に相当し、リミッタ回路25、25a、25bが『リミッタ回路』に相当し、遅延回路17および減算回路18が『指向性回路』に相当し、判定部92が『判定部』に相当し、表示部94が『表示部』に相当、通信部96が『通信部』に相当し、外部端末130が『外部端末』に相当し、嵌合音検出システム200が『嵌合音検出システム』に相当する。
【0060】
本発明の好ましい一実施形態は上記の通りであるが、本発明はそれだけに制限されない。本発明の精神と範囲から逸脱することのない様々な実施形態が他になされることは理解されよう。さらに、本実施形態において、本発明の構成による作用および効果を述べているが、これら作用および効果は、一例であり、本発明を限定するものではない。
【符号の説明】
【0061】
10、10a、10b マイクロフォン
15、15a 音声入力部
17 遅延回路
18 減算回路
20、20a、20b 信号処理部
25、25a、25b リミッタ回路
30 音声送信部
40、40a、40b バンドパスフィルタ(BPF)
45 複素バンドパスフィルタ(複素BPF)
50、50a、50b、50c 低域変換回路
60、60a、60b ローパスフィルタ(LPF)
65 実数抽出回路
70 環境雑音検知回路
72 第1周波数検知回路
80 嵌合音検知回路
81 ハイパスフィルタ(HPF)
83 第2周波数検知回路
90 制御回路
92 判定部
94 表示部
96 通信部
100、100a、100b 嵌合音検出装置
110 イヤホン
130 外部端末
150 作業者
200 嵌合音検出システム