(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023049243
(43)【公開日】2023-04-10
(54)【発明の名称】タンパク質剥離剤組成物
(51)【国際特許分類】
C11D 3/36 20060101AFI20230403BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20230403BHJP
C07K 1/14 20060101ALI20230403BHJP
C11D 1/14 20060101ALI20230403BHJP
C11D 3/34 20060101ALI20230403BHJP
B08B 3/08 20060101ALI20230403BHJP
【FI】
C11D3/36
G01N33/68
C07K1/14
C11D1/14
C11D3/34
B08B3/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021158879
(22)【出願日】2021-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】597128004
【氏名又は名称】国立医薬品食品衛生研究所長
(71)【出願人】
【識別番号】000175272
【氏名又は名称】三浦工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099841
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 恒彦
(72)【発明者】
【氏名】植松 美幸
(72)【発明者】
【氏名】宮本 優子
(72)【発明者】
【氏名】▲はい▼島 由二
(72)【発明者】
【氏名】岡本 吉弘
(72)【発明者】
【氏名】中岡 竜介
(72)【発明者】
【氏名】迫田 秀行
(72)【発明者】
【氏名】藤井 慎二
(72)【発明者】
【氏名】高橋 裕一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉章
(72)【発明者】
【氏名】内藤 朋子
【テーマコード(参考)】
2G045
3B201
4H003
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045DA36
3B201BB02
3B201BB83
3B201BB95
3B201BC05
4H003AB27
4H003DA05
4H003DA12
4H003DB01
4H003EB13
4H003EB21
4H003EB22
4H003EB23
4H003ED02
4H003FA04
4H003FA28
4H045AA20
4H045EA34
4H045GA20
(57)【要約】
【課題】医療器材に付着したタンパク質を強力に剥離可能な剥離剤を実現し、当該剥離剤を用いることで洗浄後の医療器材の清浄性を高精度に評価する。
【解決手段】タンパク質剥離剤組成物は、アニオン系界面活性剤であるドデシル硫酸塩と、タンパク質中のジスルフィド結合を不可逆的に還元可能な還元剤であるトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩と、グッド緩衝剤である2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸塩と、各成分を溶解するための溶剤としての水とを含む。この組成物に洗浄後の医療器材を浸漬することで当該医療器材に残留するタンパク質を剥離した採取液を得、この採取液に含まれるタンパク質を、そのチオール基をアルキル化した後にBCA法により定量すると、医療器材の清浄性を高精度に評価することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
医療器材に付着したタンパク質を剥離するための組成物であって、
ドデシル硫酸塩と、
前記タンパク質中のジスルフィド結合を不可逆的に還元可能な還元剤と、
グッド緩衝剤と、
前記各成分を溶解するための溶剤としての水と、
を含むタンパク質剥離剤組成物。
【請求項2】
前記還元剤がトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩である、請求項1に記載のタンパク質剥離剤組成物。
【請求項3】
前記グッド緩衝剤が2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸塩である、請求項1または2に記載のタンパク質剥離剤組成物。
【請求項4】
前記ドデシル硫酸塩を0.2~5質量%、前記還元剤を2~50mMおよび前記グッド緩衝剤を2~100mM含み、かつ、pHが5~9の水溶液である、請求項1から3のいずれかに記載のタンパク質剥離剤組成物。
【請求項5】
洗浄後の医療器材の清浄性評価のために前記医療器材に残留するタンパク質を剥離して採取するための方法であって、
前記医療器材に請求項1から4のいずれかに記載のタンパク質剥離剤組成物を適用し、前記医療器材に残留するタンパク質を剥離した採取液を得る工程を含む、
洗浄後医療器材に残留するタンパク質の採取方法。
【請求項6】
請求項5に記載の採取方法により洗浄後の医療器材に残留するタンパク質を剥離した採取液を得る工程1と、
前記採取液に含まれるタンパク質を定量する工程2と、
を含む洗浄後医療器材の清浄性評価方法。
【請求項7】
工程2において前記採取液にアルキル化剤を添加した後にBCA法によりタンパク質を定量する、請求項6に記載の洗浄後医療器材の清浄性評価方法。
【請求項8】
前記アルキル化剤が有機ヨウ化物塩である、請求項7に記載の洗浄後医療器材の清浄性評価方法。
【請求項9】
前記有機ヨウ化物塩がヨードアセトアミドまたはヨード酢酸である、請求項8に記載の洗浄後医療器材の清浄性評価方法。
【請求項10】
請求項5に記載の採取方法において用いるタンパク質剥離剤組成物に含まれる還元剤の少なくとも5倍モル当量の前記アルキル化剤を前記採取液に対して添加する、請求項7から9のいずれかに記載の洗浄後医療器材の清浄性評価方法。
【請求項11】
使用後の医療器材に請求項1から4のいずれかに記載のタンパク質剥離剤組成物を適用する工程Aと、
工程Aを経た前記医療器材に付着する前記タンパク質剥離剤組成物を洗い流す工程Bと、
を含む使用後医療器材の洗浄方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、剥離剤組成物、特に、医療器材に付着したタンパク質を剥離するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
再利用のために洗浄された医療器材の一般的な清浄性評価では、洗浄後の医療器材に残留するタンパク質を採取し、採取したタンパク質を定量分析する。具体的には、医療器材に剥離剤を適用することで残留タンパク質を剥離し、これにより得られた剥離剤溶液に含まれる残留タンパク質を例えばBradford法またはBCA法により定量する。
【0003】
残留タンパク質を医療器材から剥離して採取するための剥離剤として、通常、精製水、0.2Mの水酸化ナトリウム水溶液(例えば、非特許文献1)または1%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液[pH11](例えば、非特許文献2)が用いられる。医療器材を再利用する場合、使用後の医療器材を洗浄するのが一般的であるが、殺菌効果を高める観点から高温、特に60℃を超える高温で医療器材を洗浄すると、医療器材に付着した血液の一成分であるタンパク質が熱変性する。熱変性したタンパク質は上述の剥離剤により剥離しにくく医療器材に残留しやすいことから、上述の剥離剤に採取したタンパク質を定量分析することで評価した清浄性は信頼性を欠く。
【0004】
タンパク質に対する強力な剥離力を有する剥離剤として、タンパク質を分子量の順に分離可能なポリアクリルアミドゲル電気泳動法であるSDS-PAGE用のサンプルバッファーが知られている。SDS-PAGE用サンプルバッファーは、アニオン系界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)、還元剤であるDTT(ジチオトレイトール)および緩衝剤であるTris(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)をそれぞれ所定濃度で含む水溶液であり(例えば、非特許文献3)、細胞や生物組織からタンパク質を抽出してSDS-PAGEに適用するために用いられるものであるが、その成分であるSDSがタンパク質に対する強力な溶解力を発揮することから、医療器材に残留するタンパク質の採取においても有用な剥離剤になり得るものと期待される。
【0005】
しかし、SDS-PAGE用サンプルバッファーを用いた残留タンパク質の採取溶液は、SDS、DTTおよびTrisを必然的に含有することから、Bradford法によるときは界面活性剤(SDS)の干渉を受けることで定量精度が損なわれ、BCA法によるときは還元剤(DTT)およびTris(緩衝剤)の干渉を受けることで定量精度が損なわれる。Bradford法については、界面活性剤の影響を抑えた改良法も発案されているが、当該改良法によりSDS-PAGE用サンプルバッファー中の残留タンパク質を定量する場合は残留タンパク質の測定可能範囲が狭く、低濃度領域の残留タンパク質の定量が実質的に困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】洗浄評価判定ガイドライン、一般社団法人日本医療機器学会、2012年8月15日初版
【非特許文献2】医療用具の用手洗浄と用手消毒のバリデーションガイドライン、 mhp-Verlag GmbH、 Central Service Suppl. 2013、 付録8:洗浄の確認、24頁
【非特許文献3】R. Novy, B. Morris (2001). Preparation of protein samples for SDS-polyacrylamide gel electrophoresis: procedures and tips
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、医療器材に付着したタンパク質を強力に剥離可能な剥離剤を実現するとともに、当該剥離剤を用いることで洗浄後の医療器材の清浄性を高精度に評価できるようにしようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、医療器材に付着したタンパク質を剥離するための組成物に関するものである。この剥離剤組成物は、ドデシル硫酸塩と、タンパク質中のジスルフィド結合を不可逆的に還元可能な還元剤と、グッド緩衝剤と、各成分を溶解するための溶剤としての水とを含む。
【0009】
本発明の剥離剤組成物に含まれる還元剤は、例えば、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩である。また、グッド緩衝剤は、例えば、2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸塩である。
【0010】
本発明の剥離剤組成物の一形態は、ドデシル硫酸塩を0.2~5質量%、還元剤を2~50mMおよびグッド緩衝剤を2~100mM含み、かつ、pHが5~9の水溶液である。
【0011】
他の観点に係る本発明は、洗浄後の医療器材の清浄性評価のために医療器材に残留するタンパク質を剥離して採取するための方法に関するものである。この採取方法は、洗浄後の医療器材に本発明のタンパク質剥離剤組成物を適用し、医療器材に残留するタンパク質を剥離した採取液を得る工程を含む。
【0012】
さらに他の観点に係る本発明は、洗浄後医療器材の清浄性評価方法に関するものである。この清浄性評価方法は、本発明に係る採取方法により洗浄後の医療器材に残留するタンパク質を剥離した採取液を得る工程1と、工程1で得られた採取液に含まれるタンパク質を定量する工程2とを含む。
【0013】
本発明の清浄性評価方法の一形態では、工程2において採取液にアルキル化剤を添加した後にBCA法によりタンパク質を定量する。この形態において用いるアルキル化剤は、例えば、有機ヨウ化物塩である。有機ヨウ化物塩は、例えば、ヨードアセトアミドまたはヨード酢酸である。また、この形態では、タンパク質剥離剤組成物に含まれる還元剤の少なくとも5倍モル当量のアルキル化剤を採取液に対して添加する。
【0014】
さらに他の観点に係る本発明は、使用後医療器材の洗浄方法に関するものである。この洗浄方法は、使用後の医療器材に本発明のタンパク質剥離剤組成物を適用する工程Aと、工程Aを経た医療器材に付着するタンパク質剥離剤組成物を洗い流す工程Bとを含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明のタンパク質剥離剤組成物は、特定の成分組成を有するものであるため、医療器材に付着したタンパク質を強力に剥離することができる。
【0016】
本発明に係る残留タンパク質の採取方法は、本発明のタンパク質剥離剤組成物を用いるものであることから、洗浄後の医療器材に残留するタンパク質を強力に剥離して採取し、それにより得られる残留タンパク質の採取液を残留タンパク質の定量に適用することができる。
【0017】
本発明に係る清浄性評価方法は、本発明のタンパク質の採取方法により洗浄後の医療器材に残留するタンパク質を剥離して採取することから、洗浄後の医療器材の清浄性を高精度に評価可能である。
【0018】
本発明に係る洗浄方法は、使用後の医療器材に対して本発明のタンパク質剥離剤組成物を適用することから、使用後の医療器材に付着したタンパク質を強力に剥離することができ、医療器材の洗浄効果を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の剥離剤組成物は、医療器材に付着したタンパク質を定量したり除去したりするために医療器材からタンパク質を剥離するものである。本発明の剥離剤組成物の適用対象となり得る医療器材は、特に限定されるものではなく、刃物(スカルペル)、鉗子、剪刀、鑷子、持針器、鈎、開創器、吸引管、各種のドレーン管、血管シーリングデバイス、各種のカテーテル、各種のシリンジ、各種のチューブ、トレイ、膿盆、マイクロサージェリー用器具およびこれらの部材や部品を例示することができる。対象の医療器材は、当初から再利用を想定されたものであってもよいし、例外的に再製造が認められた単回使用医療器材(SUD/Single Use Devices)であってもよい。本発明の剥離剤組成物は、タンパク質の付着、特に、血液やその他の体液の付着が避け難い医療器材に対して用いた場合に特に有用である。
【0020】
対象の医療器材の材質は、特に限定されるものではなく、例えば、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮およびチタンなどの金属、ガラス、並びに、ポリエチレン樹脂やポリプロピレン樹脂等のポリオレフィン樹脂、シリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ポリメタクリレート樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、ポリアミド樹脂、アセタール樹脂、アクリル樹脂、メチレンペンテン樹脂、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂およびエポキシ樹脂などの樹脂が挙げられる。
【0021】
本発明の剥離剤組成物は、ドデシル硫酸塩、還元剤、緩衝剤およびこれらを溶解するための溶剤としての水を含む水溶液である。
【0022】
ドデシル硫酸塩は、アニオン系界面活性剤として機能するものであれば各種の塩を用いることができる。典型的にはドデシル硫酸ナトリウムやドデシル硫酸カリウムなどのアルカリ金属塩が用いられるが、ドデシル硫酸ナトリウムが特に好ましい。ドデシル硫酸塩は、二種類以上のものが併用されてもよい。
【0023】
本発明の剥離剤組成物におけるドデシル硫酸塩の濃度は、0.2~5質量%に設定するのが好ましく、0.5~2質量%に設定するのがより好ましい。ドデシル硫酸塩の濃度が0.2質量%未満の場合、医療器材に付着したタンパク質に対する剥離性が低下する可能性がある。一方、ドデシル硫酸塩の濃度が5質量%を超える場合、本発明の剥離剤組組成物をタンパク質の定量のために用いた場合においてタンパク質の測定が困難になる可能性がある。
【0024】
還元剤としては、タンパク質中のジスルフィド結合(-S-S-)を不可逆的に還元可能なもの、具体的には、ジスルフィド結合を不可逆的にチオール基(-SH)に還元可能なものが用いられる。このような還元剤の例としては、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩およびトリス(ヒドロキシプロピル)ホスフィンを挙げることができる。これらのうち、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩が特に好ましい。還元剤は、二種類以上のものが併用されてもよい。
【0025】
本発明の剥離剤組成物における還元剤の濃度は、2~50mMに設定するのが好ましく、5~20mMに設定するのがより好ましい。還元剤の濃度が2mM未満の場合、医療器材に付着したタンパク質中のジスルフィド結合がチオール基に還元されにくくなり、本発明の剥離剤組成物によるタンパク質の剥離性が低下する可能性がある。一方、還元剤の濃度が50mMを超える場合、使用量に伴う効果を見込めず不経済になる可能性がある。
【0026】
緩衝剤としてはグッド緩衝剤が用いられる。使用可能なグッド緩衝剤の例として、N-(2-アセトアミド)-2-アミノエタンスルホン酸(ACES)、N-(2-アセトアミド)イミノ二酢酸(ADA)、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-2-アミノエタンスルホン酸(BES)、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン(Bicine)、ビス(2-ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis-Tris)、N-シクロヘキシル-3-アミノプロパンスルホン酸(CAPS)、N-シクロへキシル-2-ヒドロキシ-3-アミノプロパンスルホン酸(CAPSO)、N-シクロへキシル-2-アミノエタンスルホン酸(CHES)、3-[N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)アミノ]-2-ヒドロキシプロパンスルホン酸(DIPSO)、3-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]プロパンスルホン酸(EPPS)、2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸(HEPES)またはその塩(例えば、ナトリウム塩などのアルカリ金属塩)、2-ヒドロキシ-3-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]プロパンスルホン酸一水和物(HEPPSO)、2-モルホリノエタンスルホン酸一水和物(MES)、3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、2-ヒドロキシ-3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPSO)、ピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸)(PIPES)、ピペラジン-1,4-ビス(2-ヒドロキシ-3-プロパンスルホン酸)二水和物(POPSO)、N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-3-アミノプロパンスルホン酸(TAPS)、2-ヒドロキシ-N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-3-アミノプロパンスルホン酸(TAPSO)、N-トリス(ヒドロキシメチル)メチル-2-アミノエタンスルホン酸(TES)およびN-[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン(Tricine)を挙げることができる。これらのグッド緩衝剤のうち、2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸またはその塩が特に好ましい。グッド緩衝剤は、二種類以上のものが併用されてもよい。
【0027】
本発明の剥離剤組成物における緩衝剤の濃度は、2~100mMに設定するのが好ましく、1~50mMに設定するのがより好ましい。緩衝剤の濃度が2mM未満の場合、剥離剤組成物のpHが不安定になる可能性がある。一方、緩衝剤の濃度が100mMを超える場合、剥離剤組成物のpHを安定化する点において使用量に伴う効果を見込めず不経済になる可能性がある。
【0028】
溶剤としての水は、蒸留水や純水などの精製水が用いられる。
【0029】
本発明の剥離剤組成物は、溶剤としての水にドデシル硫酸塩、還元剤およびグッド緩衝剤を混合、溶解することで調製することができ、そのpHは、通常、各成分の濃度を既述の範囲に制御することで5~9の中性付近に調整される。本発明の剥離剤組成物として特に好ましいものは、ドデシル硫酸塩としてドデシル硫酸ナトリウム、還元剤としてトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩、グッド緩衝剤として2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸ナトリウムをそれぞれ既述の濃度範囲になるよう精製水に溶解することで調製したpH5~9の水溶液である。
【0030】
本発明の剥離剤組成物は、使用後に再利用を目的として洗浄した医療器材の清浄性の評価のために医療器材に付着して残留するタンパク質を剥離して採取するために用いることができる。清浄性の評価対象となる医療器材は、洗浄時の処理温度の点で制限されにくい。例えば、滅菌効果を高めるためにタンパク質が変性し得る60℃超の高温で洗浄された医療器材も、本発明の剥離剤組成物を用いることで清浄性の評価対象となり得る。
【0031】
本発明の剥離剤組成物を用いて洗浄後の医療器材に残留するタンパク質を採取し、洗浄後の医療器材の清浄性を評価するための方法は、次の二工程を含む。
【0032】
工程1:
この工程では、洗浄後の医療器材に対し、本発明に係る残留タンパク質の採取方法を適用する。具体的には、洗浄後の医療器材に対して本発明の剥離剤組成物を適用し、医療器材に残留するタンパク質を剥離して採取する。すなわち、医療器材から剥離した残留タンパク質を含む採取液を得る。
【0033】
この工程では、通常、容器内において評価対象の医療器材の全体を本発明の剥離剤組成物に浸漬する。そして、必要により剥離剤組成物を加温するか、或いは、容器を振とうするか容器内の医療器材に対して微振動を与えたり超音波を照射したりし、医療器材に残留するタンパク質を剥離剤組成物中の主としてドデシル硫酸塩の界面活性作用により剥離させる。加温や振とう等の処理は、適宜組み合わせてもよい。これにより、医療器材上のタンパク質が剥離剤組成物中に移行し、タンパク質の採取液が得られる。この過程において、医療器材上のタンパク質は、その構造中のジスルフィド結合が還元剤の作用によりチオール基に還元されることで剥離剤組成物への溶解性が高まることから、上述の界面活性作用を受けて剥離剤組成物中へ円滑に移行する。
【0034】
この工程で用いられる容器は、例えば、金属製や樹脂製のトレイ、樹脂製の袋またはガラス製の容器などである。
【0035】
工程2:
この工程では、工程1で得られた採取液に含まれるタンパク質を定量する。タンパク質の定量方法としては、採取液に含まれる界面活性剤であるドデシル硫酸塩による干渉を受けにくい公知の方法、例えば、Bradford法の改良法、BCA法またはOPA法等を用いることができる。
【0036】
Bradford法の改良法は、トリフェニルメタン系色素であるCoomassie Brilliant Blue G250(CBB G250)がタンパク質と結合することで赤紫色から青色に色調が変化することを利用してタンパク質を定量するものである。この方法による場合、採取液にCBB G250を含むXL-Bradford試薬を添加し、その採取液について青色に当たる波長(通常は595nm)の吸光度の変化を測定することで採取されたタンパク質を定量することができる。
【0037】
BCA法は、タンパク質と二価の銅イオン(Cu2+)とでキレート錯体を形成させる(ビューレット反応)。そして、このキレート錯体がタンパク質により還元されることでタンパク質の量に比例して生成する一価の銅イオン(Cu+)に比色試薬であるビシンコニン酸(BCA)を配位させ、それにより青紫色の錯体が生成することを利用してタンパク質を定量するものである。この方法による場合、採取液にBCA試薬を添加することで生成する青紫色の錯体に当たる波長(通常は562nm)の吸光度の変化を測定することで採取されたタンパク質を定量することができる。
【0038】
なお、BCA法においては、工程1において還元剤の作用により生成したタンパク質のチオール基がチオールアニオンとなり、これが一価の銅イオンと強く結合することから、採取液においてビシンコニン酸と一価の銅イオンとの錯体の生成が阻害され、当該錯体の生成による吸光度の変化が採取液中のタンパク質の量を正確に反映しにくくなる。そこで、BCA法による場合、工程1で得られた採取液にアルキル化剤を添加する。ここで添加するアルキル化剤は、採取液に採取されたタンパク質のチオール基をアルキル化可能なものである。このようなアルキル化剤は、通常、有機ヨウ化物塩またはエチレンオキサイド等のアルキレンオキサイドなどであるが、有機ヨウ化物塩を用いるのが好ましい。特に、有機ヨウ化物塩としてヨードアセトアミドまたはヨード酢酸を用いるのが好ましい。
【0039】
アルキル化剤の添加により、採取液中のタンパク質は、そのチオール基がアルキル化されることで安定性の高いアミド基を有する構造となって一価の銅イオンとの結合が抑えられることから、BCA法による高精度の定量が可能となる。
【0040】
採取液に対するアルキル化剤の添加量は、タンパク質のチオール基のアルキル化を円滑に促進するため、工程1において用いた剥離剤組成物に含まれる還元剤の少なくとも5倍モル当量に設定するのが好ましい。
【0041】
OPA法は、蛍光法または紫外線吸収法(UV法)のいずれかを用いることができるが、UV法が好ましい。蛍光法は、オルトフタルアルデヒド(OPA)がタンパク質中の第一級アミンと反応することで青色の蛍光物質を生成することを利用してタンパク質を定量するものである。この方法による場合、採取液にOPA試薬を添加することで生成する蛍光物質に青色波長(通常は455nm)の光を照射したときに生じる蛍光強度の変化を測定することで採取されたタンパク質を定量することができる。一方、UV法は、OPAにより青色の蛍光物質を生成させる点において蛍光法と反応原理が同じであるが、測定の際に使用するOPA試薬中の還元剤の種類が異なり、蛍光物質に対する紫外波長(通常は340nm)の透過光の変化を測定することでタンパク質を定量するものである。
【0042】
清浄性が許容範囲と評価された医療器材は、次に説明する洗浄方法の工程Bに従って付着した剥離剤組成物を洗い流すと再利用することができる。
【0043】
本発明の剥離剤組成物は、医療器材に付着したタンパク質の剥離能に優れていることから、使用後の医療器材を再利用するための洗浄剤として用いることもできる。本発明の剥離剤組成物を用いて医療器材を洗浄する方法は、次の二工程を含む。
【0044】
工程A:
この工程では、医療器材に対して本発明の剥離剤組成物を適用する。例えば、洗浄槽内において洗浄対象の医療器材の全体を本発明の剥離剤組成物に浸漬する。そして、必要により剥離剤組成物を加温するか、或いは、洗浄槽を振とうするか洗浄槽内の医療器材に対して微振動を与えたり超音波を照射したりし、医療器材に付着したタンパク質などの汚れを剥離剤組成物中の主としてドデシル硫酸塩の界面活性作用により剥離させる。加温や振とう等の処理は、適宜組み合わせてもよい。この過程における剥離剤組成物中の還元剤の作用は清浄性の評価方法の工程1において説明したとおりである。
【0045】
この工程を適用する使用後の医療器材は、予備洗浄されたもの、例えば、界面活性剤を用いる医療器材用の洗浄機を用いて洗浄とともに滅菌処理されたものであってもよい。
【0046】
工程B:
この工程では、工程Aを経た医療器材に付着した剥離剤組成物を洗い流す。例えば、工程Aで用いた洗浄槽から剥離剤組成物を排出する。そして、洗浄槽内に医療器材の濯ぎ用の精製水を供給し、この精製水により医療器材に付着した剥離剤組成物を濯ぎ落とす。ここで用いる精製水は、剥離剤組成物において用いる溶剤としての水と同様のもの、特に、特に無菌状態の純水を用いるのが好ましい。
【0047】
工程Bを経た医療器材は、乾燥後に再利用することができる。
【実施例0048】
以下に実験例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明は実験例によって限定されるものではない。
【0049】
実験例で用いた剥離剤は次のとおりである。
・剥離剤R1
メルク社の超純水製造装置(製品名「Mili-Q」)を用いて超純水を調製し、これを剥離剤R1とした。
・剥離剤R2
剥離剤R1として用いる超純水にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を濃度が1質量%になるよう添加、溶解することでpH11の水溶液を調製し、これを剥離剤R2とした。
・剥離剤R3
剥離剤R1として用いる超純水にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、ジチオトレイトール(DTT)およびトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を添加、溶解することでpH8.5の水溶液を調製し、これを剥離剤R3とした。この剥離剤において、SDSの濃度は2質量%、DTTの濃度は100mM、Trisの濃度は60mMにそれぞれ設定した。ここで用いたDTTは、タンパク質中のジスルフィド結合を可逆的に還元可能な還元剤である。
・剥離剤R4
剥離剤R3においてSDSの濃度を1質量%、DTTの濃度を100mMにそれぞれ変更し、これを剥離剤R4とした。
・剥離剤R5
剥離剤R1として用いる超純水にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)および2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸ナトリウム(HEPES-Na)を添加、溶解することでpH7の水溶液を調製し、これを剥離剤とした。この剥離剤において、SDSの濃度は1質量%、TCEPの濃度は10mM、HEPES-Naの濃度は10mMにそれぞれ設定した。
・剥離剤R6
剥離剤R1として用いる超純水にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)および2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸ナトリウム(HEPES-Na)を添加、溶解することでpH7の水溶液を調製し、これを剥離剤とした。この剥離剤において、SDSの濃度は1質量%、HEPES-Naの濃度は10mMにそれぞれ設定した。
【0050】
[実験例A]
疑似汚染試験片の作成:
クエン酸添加ブタ血液500μLに0.025M塩化カルシウム溶液500μLを添加して混合し、疑似汚染物を調製した。ステンレス製の板状の試験片(50mm×15mm×1mm)の片面にブタ血液が凝固する前の疑似汚染物200μLを塗布して乾燥し、疑似汚染試験片を作成した。ここでは、疑似汚染物の乾燥方法が異なる次の二種類の疑似汚染試験片を作成した。
【0051】
・疑似汚染試験片T1
疑似汚染物を塗布した試験片を室温(20℃)にて16時間静置することで乾燥したもの。この疑似汚染試験片は、ブタ血液中のタンパク質が未変性の状態で維持される。
・疑似汚染試験片T2
疑似汚染物を塗布した試験片を95℃の蒸気釜内で10分間静置することで乾燥したもの。この疑似汚染試験片は、ブタ血液中のタンパク質が湿熱変性したものとなる。
【0052】
実験例A1~A4:
5mLの剥離剤を入れた樹脂製試験管に疑似汚染試験片を投入し、室温(20℃)にて浸漬した。16時間経過後、樹脂製試験管を振とうしてから疑似汚染試験片を取り出し、剥離剤中のタンパク質の量をBradford法の改良法を実施するための市販のBradford法タンパク質定量キット(アンテグラル社の商品名「XL-Bradford(SDS-PAGE適応)」)を用いて予め作成しておいた検量線に照らして定量した。そして、この定量結果に基づき、疑似汚染試験片から剥離剤へ移行したタンパク質の割合(回収率)を算出した。
【0053】
各実験例を3回実施した結果を表1に示す。なお、実験例A1~A3が比較例、実験例A4が実施例である。
【0054】
【0055】
[実験例B]
疑似採取液の調製:
表2に示す剥離剤を用いてウシ血清アルブミンを希釈し、ウシ血清アルブミン濃度が100μg/mLの疑似採取液S1~S3を調製した。
【0056】
【0057】
実験例B1~B3:
ウェルプレートに疑似採取液を25μL入れ、これに市販のBCA法タンパク質定量試薬(サーモフィッシャーサイエンティフィックインコーポレーテッド社の商品名「Pierce BCA」)200μLを添加して37℃で30分間インキュベートした。インキュベート後、10分以内に562nmの吸光度を測定し、予め作成しておいた検量線に照らして疑似採取液中のタンパク質を定量した。
【0058】
結果を表3に示す。なお、実験例B1~B3は、いずれも比較例である。実験例B2は、吸光度が検量線の上限を超え、タンパク質の定量ができなかった。
【0059】
実験例B4~B6:
疑似採取液50μLに対して同量の4質量%ヨードアセトアミド水溶液を添加して混和し、37℃で20分間インキュベートすることで疑似採取液中のタンパク質のチオール基をアルキル化した。このように処理した疑似採取液25μLをウェルプレートに入れ、これに市販のBCA法タンパク質定量試薬(サーモフィッシャーサイエンティフィックインコーポレーテッド社の商品名「Pierce BCA」)200μLを添加して37℃で30分間インキュベートした。インキュベート後、10分以内に562nmの吸光度を測定し、予め作成しておいた検量線に照らして疑似採取液中のタンパク質を定量した。
【0060】
結果を表3に示す。なお、実験例B4、B5は比較例であり、実験例B6は実施例に該当する。実験例B5は、吸光度が検量線の上限を超え、タンパク質の定量ができなかった。
【0061】
【0062】
[実験例C]
剥離剤R5を用いてウシ血清アルブミンを希釈し、ウシ血清アルブミン濃度が25μg/mLの疑似採取液を調製した。ウェルプレートに疑似採取液を100μL入れ、これに16質量%ヨードアセトアミド水溶液を添加して混和し、37℃で20分間インキュベートすることで疑似採取液中のタンパク質のチオール基をアルキル化した。インキュベート後、疑似採取液に市販のBCA法タンパク質定量試薬(サーモフィッシャーサイエンティフィックインコーポレーテッド社の商品名「Pierce Micro BCA」)100μLを添加して37℃で120分間インキュベートした。インキュベート後、10分以内に562nmの吸光度を測定し、予め作成しておいた検量線に照らして疑似採取液中のタンパク質を定量した。
【0063】
同じ実験を4回繰り返したところ、タンパク質の定量結果は25.86±0.83μg/mLであった。この結果によると、本実験例(実施例に該当)では疑似採取液中の微量のタンパク質を定量可能なことがわかる。