(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023049778
(43)【公開日】2023-04-10
(54)【発明の名称】金属粉の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2276 20180101AFI20230403BHJP
【FI】
G01N23/2276
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021159729
(22)【出願日】2021-09-29
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】堤 建一
(72)【発明者】
【氏名】伊木田 木の実
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 雅由
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA09
2G001CA03
2G001GA10
2G001LA11
2G001NA11
(57)【要約】
【課題】金属粉の凝集を有効に評価することができる金属粉の評価方法を提供する。
【解決手段】この発明の金属粉の評価方法は、金属粉の凝集が生じているか否かを評価する方法であって、前記金属粉が磁性体の金属粉であり、電子分光分析法により前記金属粉を分析し、その分析結果より前記金属粉の磁性の有無を判定するというものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属粉の凝集が生じているか否かを評価する方法であって、
前記金属粉が磁性体の金属粉であり、
電子分光分析法により前記金属粉を分析し、その分析結果より前記金属粉の磁性の有無を判定する、金属粉の評価方法。
【請求項2】
前記金属粉の粒径が、10nm~1000nmである、請求項1に記載の金属粉の評価方法。
【請求項3】
前記金属粉を分析するに当り、前記金属粉から放出される電子を検出する電子検出器に対し、前記金属粉の向きを変更した複数回の分析工程を行う、請求項1又は2に記載の金属粉の評価方法。
【請求項4】
前記分析工程が、第一分析工程及び第二分析工程を含み、
第一分析工程での前記電子検出器に対する前記金属粉の向きを0°としたとき、第二分析工程での前記電子検出器に対する前記金属粉の向きを90°とする、請求項3に記載の金属粉の評価方法。
【請求項5】
第一分析工程で前記分析結果として得られる第一スペクトルと、第二分析工程で前記分析結果として得られる第二スペクトルとを比較するスペクトル比較工程を含む、請求項4に記載の金属粉の評価方法。
【請求項6】
スペクトル比較工程で、前記第一スペクトルと前記第二スペクトルとの比較を、運動エネルギー値が50eV以下であるエネルギー領域について行う、請求項5に記載の金属粉の評価方法。
【請求項7】
スペクトル比較工程で、前記第一スペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置の運動エネルギー値と、前記第二スペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置の運動エネルギー値との差が、1.0eV以上であるか否かを確認する、請求項6に記載の金属粉の評価方法。
【請求項8】
前記電子分光分析法が、オージェ電子分光分析法である、請求項1~7のいずれか一項に記載の金属粉の評価方法。
【請求項9】
前記金属粉がニッケル粉である、請求項1~8のいずれか一項に記載の金属粉の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金属粉の凝集が生じているか否かを評価する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニッケル粉に代表される金属粉は、その優れた放熱特性や電気特性の故に、多機能携帯電話を含む電子計算機用の積層セラミックチップコンデンサ(MLCC)の電極材料、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の材料として用いられることがある。
【0003】
このうち、積層セラミックチップコンデンサは、誘電体層と内部電極層とを交互に積層し、その両端に外部電極を設けた構成を有するものである。ここで、誘電体層には、チタン酸バリウム等の誘電率の高いセラミックを主成分とする材料が使用される。他方、内部電極層には、各種の金属もしくは合金の粉末が用いられ得る。なかでも、近年は、内部電極層に微細なニッケル粉を使用した積層セラミックチップコンデンサの開発が進められている。
【0004】
積層セラミックチップコンデンサの内部電極層は、誘電体層になるグリーンシート間に設けた金属粉ペーストを加熱し、ペーストの有機成分を除去するとともに金属粉を焼結させることにより形成される。このとき、金属粉に凝集が含まれると、その凝集が誘電体層を突き抜けて電極間で短絡を発生させる原因になる。特にそのような用途では、金属粉の凝集を可能な限り無くすことが求められる。
【0005】
これに関連して、特許文献1では、「金属ニッケル粉末の酸化被膜中に含まれるニッケルの水酸化物(例えばNa(OH)2)のOH基の極性によって、粉末どうしが集合して分散性が損なわれるのではないかとの推論に達した。」とし、「酸素含有量が0.1~2.0重量%であって、しかも赤外線吸収スペクトルにおける波数が3600~3700cm-1において吸収ピークを有しない金属ニッケル粉末」が提案されている。
【0006】
また、特許文献2は、「金属ニッケル粉末表面の水酸化物の他に、微量に含まれるケイ酸の存在により、ニッケル粉が凝集し粗大粒子が発生する」との知見に基づいて、「平均粒径が10nmから1000nmであって、MCT検出器を具備するフーリエ変換赤外分光光度計における1200cm-1から900cm-1の吸収スペクトル信号のS/N比(X)と3700cm-1から3600cm-1の吸収スペクトル信号のS/N比(Y)が、Y≦-1.0X+23.0であることを特徴とする金属ニッケル粉末」を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000-045002号公報
【特許文献2】国際公開第2013/151172号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2に記載されているような、赤外線吸収スペクトルを用いてOH基やケイ酸の存在に基づいて金属粉の凝集を評価する方法は、ある程度有用であるものの、更なる微小な凝集の有無を判定するには十分であるとは言い難い。
【0009】
また、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)や走査電子顕微鏡(SEM)での特性X線による元素分析では、凝集した金属粒子と凝集していない金属粒子との間の構成元素が同じである場合は、その凝集を有効に評価できないことがある。加えて、これらの元素分析で電子線によって励起された特性X線は電荷をもたないことから、仮に電場や磁場の乱れが存在していたとしても、その影響を受けない特性X線では電磁場の有無を確認することが困難である。
【0010】
この発明は、このような問題を解決することを課題とするものであり、その目的は、金属粉の凝集を有効に評価することができる金属粉の評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は鋭意検討の結果、所定の金属粉が磁気を帯びていること、その磁気が金属粉の凝集に影響を及ぼすことを新たに見出した。
【0012】
かかる知見の下、この発明の金属粉の評価方法は、金属粉の凝集が生じているか否かを評価する方法であって、前記金属粉が磁性体の金属粉であり、電子分光分析法により前記金属粉を分析し、その分析結果より前記金属粉の磁性の有無を判定するというものである。
【0013】
この発明の金属粉の評価方法は、前記金属粉の粒径が10nm~1000nmである場合に特に有効である。
【0014】
前記金属粉を分析するに当っては、前記金属粉から放出される電子を検出する電子検出器に対し、前記金属粉の向きを変更した複数回の分析工程を行うことが好ましい。
【0015】
この場合、前記分析工程が、第一分析工程及び第二分析工程を含み、第一分析工程での前記電子検出器に対する前記金属粉の向きを0°としたとき、第二分析工程での前記電子検出器に対する前記金属粉の向きを90°とすることが好ましい。
【0016】
さらにここでは、第一分析工程で前記分析結果として得られる第一スペクトルと、第二分析工程で前記分析結果として得られる第二スペクトルとを比較するスペクトル比較工程を含むことが好適である。
【0017】
スペクトル比較工程では、前記第一スペクトルと前記第二スペクトルとの比較を、運動エネルギー値が50eV以下であるエネルギー領域について行うことが好ましい。
【0018】
スペクトル比較工程では、前記第一スペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置の運動エネルギー値と、前記第二スペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置の運動エネルギー値との差が、1.0eV以上であるか否かを確認することが好ましい。
【0019】
前記電子分光分析法は、オージェ電子分光分析法であることが好適である。
【0020】
前記金属粉は、たとえばニッケル粉とすることができる。
【発明の効果】
【0021】
この発明の金属粉の評価方法によれば、金属粉の凝集を有効に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図4】実施例のAES評価での電子検出器(アナライザー)に対する試料の向きを変更した様子を示す模式図である。
【
図5】実施例の銅板についてのAES評価の分析結果のスペクトルを示すグラフである。
【
図7】実施例のニッケル粉BについてのAES評価の分析結果のスペクトルを示すグラフである。
【
図9】
図8の各スペクトルにおける立ち上がり位置を示すグラフである。
【
図10】実施例のニッケル粉CについてのAES評価の分析結果のスペクトルを示すグラフである。
【
図11】実施例の加熱による脱磁済みのニッケル粉C2についてのAES評価の分析結果のスペクトルを示すグラフである。
【
図12】AES評価の分析結果のスペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置の求め方を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態に係る金属粉の評価方法は、金属粉の凝集が生じているか否かを評価する方法である。ここで、金属粉は磁性体の金属粉であり、電子分光分析法によりその金属粉を分析し、それにより得られる分析結果から、当該金属粉の磁性の有無を判定する。これにより、粒径が比較的小さい微細な金属粉であっても、そこに凝集が含まれるかどうかを有効に評価することができる。
【0024】
(金属粉)
評価対象とする金属粉は、磁性体の金属粉である。具体的には、金属粉は、いずれも単体金属としてのニッケル粉、鉄粉、コバルト粉、ニッケル粉及びガドリニウム粉からなる群から選択される少なくとも一種である。先述したような積層セラミックチップコンデンサ(MLCC)の電極材料や、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の材料の用途では、評価対象をニッケル粉とすることがある。
【0025】
金属粉は、積層セラミックチップコンデンサ製造時の活性化を抑制するとの観点等から、硫黄が含まれる場合がある。金属粉中の硫黄含有量は、好ましくは5000質量ppm以下、より好ましくは3000質量ppm以下、特に好ましくは2000質量ppm以下である。硫黄含有量の下限値は特に限らないが、成分分析機器の検出限界値又は検出限界値よりも小さい値であってもよい。
【0026】
金属粉の粒径は、好ましくは10nm~1000nm、好ましくは1nm~1000nm、好ましくは0.5nm~1000nm、好ましくは0.1nm~1000nmである。このような微細な金属粉は、有機溶剤、可塑剤、有機バインダー等と混合して金属粉ペーストとし、積層セラミックチップコンデンサの内部電極層の形成に好適に用いることができる。但し、微細な金属粉は凝集が生じやすくなるので、ここで述べる評価方法を用いて凝集の有無を評価することが有効である。
【0027】
上記の粒径は、金属粉を走査電子顕微鏡(SEM)で観察して得られるSEM画像にて、金属粉を構成する各金属粒子を包み込む最小包含円の直径の平均値を意味する。粒径を求めるに当っては、たとえば約40000個程度のある程度多い個数の金属粒子が含まれるSEM画像に対し、画像解析ソフトを使用することができる。画像解析ソフトは、JIS規格Z8827-1の規格に準拠し、一次粒子径の長径、短径、アスペクト比等の評価解析ができるソフトであれば特に制限はない。その一例を挙げると、マウンテック社製のMac Viewがある。粒子数の多さから自動測定ができるソフトが好ましく、球形の金属粒子の場合は内部に持つ三角形の三点を認識し、その三点を通る円形を粒子として自動認識させる。また、稀に自動測定が可能なソフトでは判別が難しい不定形の金属粒子や粒子どうしが連結した金属粒子の解析に備えて、金属粒子の輪郭外周に沿って直接トレース判別できる手動解析の機能があるソフトが組み込まれているものがさらに好ましい。
【0028】
この実施形態の評価方法に供するニッケル粉等の金属粉としては、たとえば気相法もしくは液相法等の公知の方法により製造したもの又は、市販のものとすることができる。
【0029】
(電子分光分析法)
上述したような金属粉は、電子分光分析法による分析に供されて、凝集の有無についての評価が行われる。
【0030】
電子分光分析法は、試料に対して電子線又はX線等を照射し、それにより放出される電子(二次電子)を検出してエネルギー分析を行う手法である。ここで検出される電子は、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)や走査電子顕微鏡(SEM)で検出する特性X線とは異なり電荷をもつことから、磁気を帯びた磁性体の金属粉の磁性に起因するローレンツ力の影響で、分析結果のスペクトルが有意に変化する。それにより、金属粉の磁性の有無を判定することが可能である。
【0031】
電子プローブマイクロアナライザや走査電子顕微鏡の元素分析では、検出対象が特性X線であることから、試料の磁性の存在によってスペクトルに変化が表れることはない。また、一般に電子線を用いる手法は、磁気を帯びた試料に対して適用すると、照射電子がローレンツ力で曲げられ、分析が困難になることがある。特に磁性が局所に集中している場合は、高電圧によって加速された照射電子でもローレンツ力により曲げられてしまうことがある。これにより、磁気を帯びた試料を観察すると、フォーカスが合わせにくく、像が歪むことがある。
【0032】
そして、発明者は、電子分光分析法によれば、電子プローブマイクロアナライザや走査電子顕微鏡で観測できない電荷を観測できることに着目した。その結果、金属粉が、電子プローブマイクロアナライザや走査電子顕微鏡では像の歪み等が起きない程度の微弱な磁気を帯びている場合、その磁気が金属粉の凝集の発生をもたらしているとの新たな知見を得た。この知見に基づくと、電子分光分析法により判定可能な金属粉の磁性の有無から、凝集が生じているか否かを評価することが可能になる。
【0033】
なお一般に、微小な領域の磁場を計測するには、磁気力顕微鏡(MFM)が用いられる。磁気力顕微鏡では、磁性をもつ探針を試料に近づけることで磁気的引力、斥力を探針の振れや位相差によって検出する。空間分解能は電子顕微鏡と同程度であるが、現状では、試料の平坦性やサイズなどの制約上、金属粉等の粉体のような凹凸のある試料に適用することができない。これに対し、電子分光分析法であれば、磁気を帯びた金属粉から放出された電荷をもつ電子がローレンツ力を受けて、スペクトルに変化が生じるので、凹凸のある金属粉でも有効に磁性の有無を判定することができる。
【0034】
電子分光分析法としては、光電子分光法(具体的にはX線光電子分光法(XPS)、真空紫外光電子分光法(UPS)等)や、オージェ電子分光分析法(AES)等が挙げられる。X線光電子分光法は、試料にX線を照射し、試料のイオン化に伴って放出される光電子を捕捉するものである。真空紫外光電子分光法では、X線に代えて真空紫外光が用いられる。
【0035】
オージェ電子分光分析法では、たとえば、超高真空中で数eVから数KeVの電子線を照射ないし走査する。それにより、試料の極表面から、元素の種類に固有のエネルギーを有するオージェ電子が放出される。オージェ電子分光法では、電子検出器(静電半球型アナライザー)により、ある特定のエネルギー範囲の電子を高エネルギー分解能で狙って検出することができ、選択したオージェ電子のピーク強度を正確に測定して定性・定量分析を可能としている。
【0036】
一般に試料から放出される二次電子はエネルギーが比較的低く、照射電子(一次電子)よりも速度が遅いため、試料が磁化していた場合その影響を強く受けやすい。これに対し、オージェ電子分光分析法は、元来オージェ電子(二次電子)を高エネルギー分解能で分光するので、ローレンツ力の影響を敏感に検出可能である。
【0037】
オージェ電子分光分析法で分析する場合、フィールドエミッション電子銃と、絶縁体の分析を可能とした高精度ユーセントリック試料ステージと、フローティング型イオン銃とを備えるオージェ電子分光分析装置を用いることが好適である。これにより、金属試料及び絶縁体試料の組成情報及び化学情報について汎用性の高い分析が可能になる。
【0038】
(分析工程)
上述した電子分光分析法で金属粉を分析するに当っては、金属粉から放出される電子を検出する電子検出器に対し、金属粉の向きを変更した複数回の分析工程を行うことが好ましい。
【0039】
磁気を帯びていない金属粉の場合、分析時に金属粉から放出される二次電子は、何の磁気の影響も受けないので、0eV~50eVの低運動エネルギーの電子であっても、その軌道を曲げられることなく、すべて電子検出器で検出できる。そのため、強度が違ったとしてもエネルギースペクトルは、ほぼ同様ないし相似の形状のものが得られる。一方、磁気を帯びた金属粉の場合、分析時に金属粉から放出される二次電子は、試料の磁気(磁束密度)に由来するローレンツ力を受けるので、金属粉の向きを分析工程間で変更すると特に0~50eVの低運動エネルギーの電子の軌道が大きく曲げられる。これにより、電子検出器に取り込まれる電子の量に変化が生じる。その結果、複数回の分析工程のそれぞれでスペクトル形状や、主な二次電子ピークの立ち上がり位置に差がみられる。このことから、金属粉の磁性の有無をより正確に判定することができる。そして、それをもとに金属粉に凝集が生じているか否かを評価可能である。
【0040】
特にオージェ電子分光分析法では、エネルギー分解能が0.1%以下である高エネルギー分解能を用いると、鋭いピークを有するスペクトルが得られた金属粉の環境(化学状態等)によって、複数回の分析工程でピーク形状や位置の異なったスペクトルが得られることがわかっている。
【0041】
より具体的には、分析工程として、少なくとも第一分析工程及び第二分析工程を行い、第一分析工程での電子検出器に対する金属粉の向きを0°としたとき、第二分析工程での電子検出器に対する金属粉の向きを90°とすることが好ましい。第一分析工程での金属粉の向きに対して第二分析工程で金属粉の向きをこの範囲内の角度で回転させることにより、金属粉の磁性をさらに高い精度で判定することができる。
【0042】
上述したような金属粉の向きを変更した複数回の分析工程を行うため、電子分光分析装置としては、電子検出器と、電子検出器に対する試料の向きを変更可能な試料ステージとを備えるものを用いることが好適である。試料ステージは、試料の向きを360°で自由に回転させて制御できるものが好ましい。
【0043】
一例として、分析工程は、片側検出の電子検出器を備えるオージェ電子分光分析装置を用いて、10kV、10nAでのエネルギー分解能をΔE/E=0.5%で行うことができる。加速電圧や照射電流には特に制限はないが、100V以下となると、試料の金属粉の磁場の影響を受けるおそれがある。1kV以上の電子線を用いることが望ましい。
【0044】
(スペクトル比較工程)
第一分析工程及び第二分析工程を含む分析工程の後、第一分析工程で分析結果として得られる第一スペクトルと、第二分析工程で分析結果として得られる第二スペクトルとを比較するスペクトル比較工程を行うことができる。なお、スペクトルは、横軸を運動エネルギー値とし、縦軸を電子検出強度としたグラフ上に表すことができる。
【0045】
先述したように、磁気を帯びた金属粉では、当該金属粉の向きを変更した第一分析工程及び第二分析工程のそれぞれで得られる第一スペクトルと第二スペクトルとが、相似形スペクトルにはならずに形状の異なるものになる。それらの第一スペクトルと第二スペクトルを比較するスペクトル比較工程を行うことで、金属粉の磁性の有無、ひいては凝集の有無を推測することができる。
【0046】
スペクトル比較工程では、運動エネルギー値が50eV以下、さらに30eV以下であるエネルギー領域について、第一スペクトルと第二スペクトルとの比較を行うことが好ましい。各種条件によるが、金属粉の磁性の有無によるスペクトルの変化は、運動エネルギー値が比較的大きいエネルギー領域ではほぼ無いが、50eV以下のエネルギー領域では顕著になる傾向があるからである。
【0047】
また、50eV以下のエネルギー領域では、スペクトル中に真の二次電子ピークが含まれる。そして、そのピークは、金属粉の磁性に応じて、電子の軌道が曲げられ、電子検出器に取り込まれる電子の量が減少し、第一スペクトルと第二スペクトルとの間で、スペクトル形状や、主な二次電子ピークの立ち上がり位置に運動エネルギー値の差がみられる。
【0048】
第一スペクトルや第二スペクトル等のスペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置は、
図12に示すようにして求めることができる。すなわち、多くの場合、多数の測定点で構成されるスペクトルは、運動エネルギー値が0eVからピークに向かって大きくなるに伴い、電子検出強度が増大して立ち上がる形状になる。このようなスペクトルの立ち上がりにおいて、運動エネルギー値が小さい側に初めて現れる初期ピークの最大ピーク強度(Pmax)の半分(Pmax/2)の位置に最も近接する三点以上の測定点であって、同一直線上にある三点以上の測定点を通る立ち上がり直線を引く。その立ち上がり直線とX軸との交点を、スペクトルの立ち上がり位置とする。
【0049】
スペクトル比較工程では、各スペクトルにおける電子検出強度の立ち上がり位置の運動エネルギー値の差(第一スペクトルの立ち上がり位置の運動エネルギー値と第二スペクトルの立ち上がり位置の運動エネルギー値との差)が、1.0eV以上であるか否かを確認することが好ましい。それらの立ち上がり位置の運動エネルギー値の差が1.0eV以上である場合は、金属粉が磁気を帯びていて、金属粉に凝集が含まれるとみなすことができる。この一方で、1.0eV未満であれば、金属粉が実質的に磁気を帯びておらず、凝集がほぼ生じていないと判断することができる。
【0050】
以上に述べたようにして金属粉を分析し、その分析結果から金属粉の磁性の有無を判定することにより、金属粉の凝集が生じているか否かを有効かつ容易に評価することができる。これにより凝集が生じていないと評価された金属粉は、特に積層セラミックチップコンデンサの電極材料として好適に用いることができる。そのような金属粉は微小な凝集も含まれていないので、凝集による電極間での短絡の発生を抑制できるからである。
【実施例0051】
次に、この発明の金属粉の評価方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0052】
標準として非磁気である銅板と、磁気が残っていると推測される三種類のニッケル粉A~Cを準備した。それらのニッケル粉A~Cについて、次に述べる観察及び評価を行った。
【0053】
(SEM観察)
各ニッケル粉A~Cについて、顕微鏡観察試料を作製するため、水道水をオルガノ株式会社製の0.3μmのフィルター及びオルガノ株式会社製の活性炭でろ過した後、オルガノ株式会社製のカートリッジ純水器G-10C型及びオルガノ株式会社製の0.1μmのフィルターを順次に通して得られたろ過水を用いて、濃度が約50質量%のスラリーを得た。このニッケル粉スラリーを、松浪硝子工業社製の白緑磨No2(サイズ76mmx26mm、厚み1.0mm~1.2mm)のスライドガラスの上端に、ミクロスパチュラで1さじ添加した。ニッケル粉スラリーをスライドガラスに添加した後、エリクセン社製の360フィルムアプリケーター4面式の塗布厚30μmを用いて、スライドガラス上のニッケル粉スラリーを約5cmに均一なスピードと力で引き延ばした。最後に塗膜スラリーの水が乾くまで風乾させて、顕微鏡観察試料を得た。
【0054】
観察は、上記の顕微鏡観察試料に対し、日本電子株式会社製の走査電子顕微鏡(SEM)のJSM-6060を用いて、加速電圧20kV、観察倍率500倍の条件で行った。各ニッケル粉A~CについてのSEM画像を、
図1~3にそれぞれ示す。また、電子顕微鏡を用いた観察で把握できた凝集の有無を、表1に示す。
【0055】
(フィルトレーション評価)
各ニッケル粉A~Cについて、ニッケル粉100gを純水1900gに投入し、5質量%のニッケル粉スラリーを作製した。次いで、目開き1μmのフィルターにより吸引ろ過を行った。その後、フィルター上に残ったニッケル粉を不活性ガス雰囲気の下、120℃で30分間乾燥させ、その重量を計測し、その通過率((100g-フィルター上の金属ニッケル粉の重量g)/100(g))を求めて金属粉の凝集を評価した。その結果を表1に示す。ここでは、通過率が90%以上であったのものを「○」、90%未満であったものを「×」としている。
【0056】
【0057】
(AES評価)
AES評価を行うに当り、標準である銅板は、縦横約1cm角、厚さ2mmの寸法のものを両面テープで動かないように固定した。一方、各ニッケル粉A~Cについては、SWを基板上にダイアモンドカッターで基板内に切り込みを入れて、その切り込みの中にニッケル粉を刷り込み、その後に余分なニッケル粉を窒素ガスで吹き飛ばしてAES評価試料とした。
【0058】
上記のAES評価試料に対して、片側検出のAES(日本電子株式会社製 オージェ電子分光分析装置JAMP-9510F)を用いて、
図4に示すように電子検出器(アナライザー)に対して正対させた場合と、そこから90°回転させた場合のそれぞれについてオージェ電子分光分析法を実施した。加速電圧を10kV、照射電流を10nA、エネルギー分解能をΔE/E=0.5%とし、0~2000eVのエネルギー範囲について1eVステップで分析を行った。またDwell timeは20ms、積算回数は10回積算とした。
【0059】
非磁性である銅板について、AESによる試料の向きを0°と90°で変更した場合の分析結果のスペクトルを
図5及び
図6に示す。銅板のスペクトルでは、
図5及び
図6に示すように、試料の向きを0°と90°で変更させても、ピーク波形が変化していないことが分かる。
【0060】
ニッケル粉B及びCについて、AESによる試料の向きを0°と90°で変更した場合の分析結果のスペクトルを
図7、
図8及び
図10のそれぞれに示す。なお
図9では、参考として、
図8のニッケル粉Bの各スペクトル上に立ち上がり直線を引いて、立ち上がり位置を示している。
図7~
図10から解かるように、ニッケル粉B及びCの両方について、試料の向きが0°である場合及び90°である場合のいずれにおいても、運動エネルギー(Kinetic Energy)の値が50eV以下であるエネルギー領域にて、電子検出強度(Intensity)の特徴的なピークが確認された。
【0061】
ニッケル粉Bでは、
図8及び
図9に示すように、試料の向きを90°に変更した場合の立ち上がり位置(第二スペクトルの立ち上がり位置)が、試料の向きが0°である場合の立ち上がり位置(第一スペクトルの立ち上がり位置)に対して運動エネルギー値の小さいほうに2.9eV程度シフトしていた。また、ニッケル粉Bの各スペクトルは相似形スペクトルになっていなかった。
また、ニッケル粉Cでは、
図10に示すように、試料の向きが0°である場合と90°である場合のそれぞれにおける立ち上がり位置の運動エネルギー値の差は3.8eV程度であった。また、ニッケル粉Cの各スペクトルも相似形スペクトルになっていなかった。
表1の上述したフィルトレーション評価の結果を考慮すると、ニッケル粉Bでは、二次電子の立ち上がりの傾きも大きく異なっており、SEM観察で確認できない磁気の影響が大きいと推測される。
【0062】
(磁性による影響の確認)
上記のニッケル粉Cに下記二つの手法の脱磁(消磁)をそれぞれ行って得られたニッケル粉C1及びニッケル粉C2に対し、同様のAES評価及びフィルトレーション評価を実施した。
【0063】
脱磁としては、以下に述べる消磁器を用いる手法と、加熱による手法の二つの手法を採用した。
【0064】
消磁器を用いる手法では、SWを基板とし、ダイアモンドカッターで切り込みを入れた。次に切り込みの中にニッケル粉(ニッケル粉C)を刷り込みポリ袋に入れた後、最後にホーザン株式会社製HC-33(最大磁束密度68mT)の消磁器を用いて、消磁器を徐々にニッケル粉の入ったポリ袋から遠ざけることでニッケル粉が入ったポリ袋にかざして、消磁器による脱磁済みのニッケル粉(ニッケル粉C1)を得た。
【0065】
加熱による手法では、SWを基板とし、ダイアモンドカッターで切り込みを入れた。次に、切り込みの中にニッケル粉(ニッケル粉C)を刷り込んだ。そして、ニッケル粉が入ったステンレスバットを、乾燥機内で400℃(キュリー温度以上の温度)まで加熱した。400℃に到達した後、その温度を維持して30分間加熱を継続した。加熱が終了した後、室温になるまで温度を下げ、最後にニッケル粉が入ったステンレスバットを乾燥機から取り出し、加熱による脱磁済みのニッケル粉(ニッケル粉C2)を得た。なお、ニッケルのキュリー温度は約358℃であり、一度キュリー温度を超える温度で加熱すると常温に戻しても磁性体には戻らない。
【0066】
加熱による脱磁済みのニッケル粉C2について、AES評価の分析結果のスペクトルを
図11に示す。脱磁前のニッケル粉Cのスペクトルと比較すると、脱磁後のニッケル粉C2のスペクトルは、100eV以上のエネルギーを持つ電子はどの場合においても0.0eVであり、変化は無く、スペクトルを確認すると相似形であった。
【0067】
また、各ニッケル粉C1及びC2について、上記と同様のフィルトレーション評価を行ったところ、いずれのニッケル粉C1及びC2も、通過率が95%以上であって結果が「◎」であり、磁気による微小な凝集が生じていないことが確認された。
【0068】
以上より、この発明の金属粉の評価方法によれば、金属粉の凝集を有効に評価できることが解かった。