(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023051557
(43)【公開日】2023-04-11
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/34 20160101AFI20230404BHJP
H02P 6/18 20160101ALI20230404BHJP
H02P 21/24 20160101ALI20230404BHJP
H02P 6/21 20160101ALI20230404BHJP
【FI】
H02P21/34
H02P6/18
H02P21/24
H02P6/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021162345
(22)【出願日】2021-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006611
【氏名又は名称】株式会社富士通ゼネラル
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浦山 昌春
【テーマコード(参考)】
5H505
5H560
【Fターム(参考)】
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505EE55
5H505FF01
5H505FF02
5H505GG02
5H505GG04
5H505GG06
5H505HA06
5H505JJ04
5H505JJ22
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ26
5H505LL22
5H560BB04
5H560BB12
5H560BB17
5H560DA14
5H560DC12
5H560HA04
5H560TT08
5H560XA02
5H560XA04
5H560XA06
5H560XA12
5H560XA13
(57)【要約】
【課題】モータの種類によらずモータの安定した起動を可能にすること。
【解決手段】速度指令値に基づく制御系座標軸の回転位相にモータを同期させる運転モードであって速度上昇区間と電流調整区間とを有する同期運転モードと、軸誤差を帰還制御することで得られる速度推定値に基づいて制御系座標軸の回転位相が生成される位置センサレス制御モードとを有するモータ制御装置100aにおいて、同期運転電流指令値生成器13は、速度上昇区間においてモータMの回転数を所定値まで上昇させた後、電流調整区間において、目標指令値へd軸電流指令値を近づける一方で、軸誤差を0に近づけるように帰還制御することによりq軸電流指令値を調整する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
速度指令値に基づく制御系座標軸の回転位相にモータを同期させる運転モードであって速度上昇区間と電流調整区間とを有する同期運転モードと、軸誤差を帰還制御することで得られる速度推定値に基づいて前記制御系座標軸の回転位相が生成される位置センサレス制御モードとを有するモータ制御装置であって、
前記速度上昇区間において前記モータの回転数を所定回転数まで上昇させた後、前記電流調整区間において、目標指令値へd軸電流指令値を近づける一方で、前記軸誤差を0に近づけるように帰還制御することによりq軸電流指令値を調整する同期運転電流指令値生成器、
を具備するモータ制御装置。
【請求項2】
前記同期運転電流指令値生成器は、前記速度上昇区間において前記d軸電流指令値を前記目標指令値よりも大きい値を有する所定値に設定し、
前記位置センサレス制御モードにおいて、前記d軸電流指令値を前記目標指令値よりも小さい値に調整する位置センサレス電流指令値生成器、をさらに具備する、
請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記同期運転電流指令値生成器は、前記同期運転モードにおいて、前記d軸電流指令値を0近傍の正の値を有する前記目標指令値へ近づけ、
前記位置センサレス電流指令値生成器は、前記位置センサレス制御モードにおいて、前記d軸電流指令値を0以下の値に調整する、
請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
運転モードが前記同期運転モードから前記位置センサレス制御モードへ移行する際に、前記同期運転モードにおける前記d軸電流指令値の最終値、及び、前記同期運転モードにおける前記q軸電流指令値の最終値に基づいて、前記速度指令値と前記速度推定値との差を0に近づけるためのトルク指令値の初期値を設定する速度制御器、をさらに具備する、
請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記電流調整区間において、前記軸誤差を比例制御することにより速度変動成分を算出し、前記速度変動成分に基づいて速度補正値を算出し、前記位置センサレス制御モードにおいて、前記軸誤差を比例積分制御することにより前記速度推定値を算出するPLL制御器と、
前記電流調整区間において、前記速度指令値と前記速度補正値とに基づいて前記回転位相を生成し、前記位置センサレス制御モードにおいて、前記速度推定値を積分することにより前記回転位相を生成する位置推定器と、
をさらに具備する請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記PLL制御器は、前記電流調整区間において、時間の経過に伴って増加する係数を前記速度変動成分に乗算することにより前記速度補正値を算出する、
請求項5に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記位置センサレス制御モードにおける第一の仮の電流指令値を生成する第一電流指令生成器と、
運転モードが前記同期運転モードから前記位置センサレス制御モードに移行する直前のd軸電流指令値に基づく第二の仮の電流指令値を生成する第二電流指令生成器と、
前記運転モードが前記位置センサレス制御モードにある区間内に設定されるスムージング区間において、前記スムージング区間の開始から終了までに0から1に増加する増加係数と、前記スムージング区間の開始から終了までに1から0に減少する減少係数とを生成する係数生成器と、
を有する位置センサレス電流指令値生成器、をさらに具備し、
前記位置センサレス電流指令値生成器は、前記第一の仮の電流指令値と前記増加係数との積と、前記第二の仮の電流指令値と前記減少係数との積とを加算することにより、前記位置センサレス制御モードにおける電流指令値を生成する、
請求項1に記載のモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
PMSM(Permanent Magnet Synchronous Motor)の制御の一つとして、モータの回転に伴って発生する誘起電圧を用いてモータのロータ位置の推定(以下では「位置推定」と呼ぶことがある)を行う位置センサレス制御が知られている。位置センサレス制御では、モータの停止状態や、モータの誘起電圧が小さい極低回転状態において位置推定の誤差が大きくなる。
【0003】
これに対し、位置センサレス制御モードとは異なる運転モードとして、速度指令値に基づく制御系座標軸の回転位相にモータを同期させる「同期運転モード」を設け、同期運転モードにおいて軸誤差が0近傍になるように電流ベクトルの位相(以下では「電流位相」と呼ぶことがある)を調整した上で、運転モードを同期運転モードから位置センサレス制御モードに移行させる技術がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
同期運転モードにおいて電流位相のみが調整された状態で運転モードが同期運転モードから位置センサレス制御モードに切り替わる上記技術は、q軸電流のみがトルクに寄与しd軸電流がトルクに寄与しない(換言すれば、d軸電流によるリラクタンストルクを発生させない)SPMSM(Surface Permanent Magnet Synchronous Motor)には適用可能である。これは、d軸電流が0に調整される位置センサレス制御に切り替わる際に、切り替わる直前のq軸電流値を初期値として設定しても、SPMSMにはトルクの変動が生じないため、モータの制御が不安定化しないからである。
【0006】
しかし、リラクタンストルクを発生させるIPMSM(Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)では、d-q座標の第一象限で定トルク曲線が大きく湾曲する(換言すれば、d軸電流がトルクに寄与する)。このため、IPMSMに上記技術が適用されて同期運転モードにおいて電流位相のみが調整された状態で位置センサレス制御モードに切り替わると、q軸電流の初期値として大きな値が設定されてしまう。この結果、トルク増加が引き起こされて急加速回転につながる。
【0007】
さらに、インダクタンスの磁気飽和特性の変化が大きいモータの場合には、電流振幅が大きい過励磁状態(つまり、大きな正のd軸電流が流れている状態)では、位置センサレス制御への移行時のq軸電流の初期値が適正なq軸電流から大きく乖離するため、モータの制御が不安定化してしまう。
【0008】
そこで、本開示は、モータの種類によらずモータの安定した起動が可能な技術を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示のモータ制御装置は、速度指令値に基づく制御系座標軸の回転位相にモータを同期させる運転モードであって速度上昇区間と電流調整区間とを有する同期運転モードと、軸誤差を帰還制御することで得られる速度推定値に基づいて前記制御系座標軸の回転位相が生成される位置センサレス制御モードとを有する。また、本開示のモータ制御装置は、同期運転電流指令値生成器を有する。前記同期運転電流指令値生成器は、前記速度上昇区間において前記モータの回転数を所定回転数まで上昇させた後、前記電流調整区間において、目標指令値へd軸電流指令値を近づける一方で、前記軸誤差を0に近づけるように帰還制御することによりq軸電流指令値を調整する。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、モータの種類によらずモータの安定した起動が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本開示の実施例1のモータ制御装置の構成例を示す図である。
【
図2】
図2は、本開示の実施例1のモータ制御装置の動作例を示す図である。
【
図3】
図3は、本開示の実施例1のモータ制御装置の動作例を示す図である。
【
図4】
図4は、本開示の実施例2のモータ制御装置の構成例を示す図である。
【
図5】
図5は、本開示の実施例2のPLL制御器の構成例を示す図である。
【
図6】
図6は、本開示の実施例2の比例出力制御器の動作例を示す図である。
【
図7】
図7は、本開示の実施例3の位置センサレス制御モード移行時の電流ベクトル変化を示す図である。
【
図8】
図8は、本開示の実施例3のセンサレス電流指令値生成器の構成例を示す図である。
【
図9】
図9は、本開示の実施例3の重み係数生成器の動作例を示す図である。
【
図10】
図10は、本開示の実施例3の電流ベクトル軌跡の一例を示す図である。
【
図11】
図11は、本開示の実施例3のモータ制御装置の動作例を示す図である。
【
図12】
図12は、本開示の実施例3のモータ制御装置の動作例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施例を図面に基づいて説明する。以下の実施例において、同一の部位には同一の符号を付し、重複する説明を省略することがある。
【0013】
[実施例1]
<モータ制御装置の構成>
図1は、本開示の実施例1のモータ制御装置の構成例を示す図である。
図1において、モータ制御装置100aは、減算器11,18,19と、速度制御器12と、電流制御器20と、加算器21,22と、dq/uvw変換器23と、PWM(Pulse Width Modulation)処理器24と、IPM(Intelligent Power Module)25とを有する。IPM25は、モータMに接続される。モータMの一例としてIPMSM及びSPMSM等のPMSMが挙げられ、開示の技術は、磁気突極性を有するモータにも、磁気突極性を有しないモータにも、モータの種類にかかわらず適用可能である。
【0014】
また、モータ制御装置100aは、電流検出器28と、uvw/dq変換器29と、軸誤差演算器30と、PLL(Phase Locked Loop)制御器31aと、位置推定器32と、非干渉化制御器36とを有する。
【0015】
また、モータ制御装置100aは、電流指令値生成器10と、スイッチSW1,SW2,SW3と、運転モード切替器40とを有する。電流指令値生成器10は、同期運転電流指令値生成器13と、センサレス電流指令値生成器14とを有する。スイッチSW1,SW2,SW3の各々は、A接点とB接点とを有する。
【0016】
モータ制御装置100aの運転モードには、同期運転モードと、位置センサレス制御モードとがある。運転モード切替器40は、モータ制御装置100aの運転モードを、同期運転モードと位置センサレス制御モードとの間で切り替える。運転モード切替器40は、運転モードが同期運転モードであるときは、電流指令値生成器10において同期運転電流指令値生成器13を動作させる一方でセンサレス電流指令値生成器14の動作を停止させるとともに、スイッチSW1,SW2,SW3を接点Bに接続する。また、運転モード切替器40は、運転モードが位置センサレス制御モードであるときは、電流指令値生成器10においてセンサレス電流指令値生成器14を動作させる一方で同期運転電流指令値生成器13の動作を停止させるとともに、スイッチSW1,SW2,SW3を接点Aに接続する。同期運転電流指令値生成器13は、運転モードが同期運転モードにあるときの電流指令値を生成する。センサレス電流指令値生成器14は、運転モードが位置センサレス制御モードにあるときの電流指令値を生成する。
【0017】
軸誤差演算器30は、d軸電流検出値idと、q軸電流検出値iqと、d軸電圧指令値Vdと、q軸電圧指令値Vqとに基づいて、制御系座標軸であるdc-qc座標軸と、モータMの回転子座標軸であるd-q座標軸との差である軸誤差Δθを算出する。軸誤差演算器30によって算出された軸誤差Δθは、PLL制御器31a及び同期運転電流指令値生成器13に入力される。
【0018】
位置推定器32は、スイッチSW3を介して入力される速度情報を積分することで、dc-qc座標軸の回転位相θdqを生成する。運転モードが同期運転モードにあるときは、スイッチSW3は接点Bに接続されるため、モータ制御装置100aの外部(例えば、上位のコントローラ)からモータ制御装置100aへ入力される電気角速度の指令値である速度指令値ω*が速度情報として位置推定器32に入力される。よって、同期運転モードでは、速度指令値ω*に基づいて生成された回転位相θdqにモータMが同期する。一方で、運転モードが位置センサレス制御モードにあるときは、スイッチSW3は接点Aに接続されるため、PLL制御器31aから出力される電気角速度の推定値である速度推定値ωが速度情報として位置推定器32に入力される。よって、位置センサレス制御モードでは、軸誤差Δθが帰還制御されることで得られる速度推定値ωに基づいて回転位相θdqが生成される。
【0019】
電流制御器20は、d軸電流指令値id
*とd軸電流検出値idとの誤差であるd軸電流誤差id_difを比例積分制御することにより、非干渉化前のd軸電圧指令値Vd_ccを算出する。また、電流制御器20は、q軸電流指令値iq
*とq軸電流検出値iqとの誤差であるq軸電流誤差iq_difを比例積分制御することにより、非干渉化前のq軸電圧指令値Vq_ccを算出する。例えば、電流制御器20は、式(1)に従ってd軸電圧指令値Vd_ccを算出し、式(2)に従ってq軸電圧指令値Vq_ccを算出する。式(1)において、Kp_dはd軸比例ゲイン、Ki_dはd軸積分ゲインであり、式(2)において、Kp_qはq軸比例ゲイン、Ki_qはq軸積分ゲインである。
【数1】
【数2】
【0020】
非干渉化制御器36は、速度指令値ω
*とd軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*とに基づいて、d軸電圧指令値Vd_ccを補償するためのd軸非干渉化電圧指令値Vd_aを算出する。また、非干渉化制御器36は、速度指令値ω
*とd軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*とに基づいて、q軸電圧指令値Vq_ccを補償するためのq軸非干渉化電圧指令値Vq_aを算出する。例えば、非干渉化制御器36は、式(3)に従ってd軸非干渉化電圧指令値Vd_aを算出し、式(4)に従ってq軸非干渉化電圧指令値Vq_aを算出する。式(3)及び式(4)において、RはモータMの巻線抵抗、LdはモータMのd軸インダクタンス、LqはモータMのq軸インダクタンス、ΨaはモータMの電気子鎖交磁束である。
【数3】
【数4】
【0021】
ここで、非干渉化制御器36でのd軸非干渉化電圧指令値Vd_a及びq軸非干渉化電圧指令値Vq_aの算出に使用される電流をd軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*とすることにより、急激な電流指令値の変化にもモータMの制御を追従させることが可能となる。よって、後述する同期運転モードでの電流調整区間において、d軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*が瞬時に変化する状況下でも、モータMの制御の安定性と応答性とを両立させることができる。
【0022】
加算器21は、式(5)に従って、d軸非干渉化電圧指令値Vd_aをd軸電圧指令値Vd_ccに加算することにより、最終的なd軸電圧指令値Vdを算出する。また、加算器22は、式(6)に従って、q軸非干渉化電圧指令値Vq_aをq軸電圧指令値Vq_ccに加算することにより、最終的なq軸電圧指令値Vqを算出する。これにより、d-q座標軸間の干渉がフィードフォワードでキャンセルされたd軸電圧指令値Vd及びq軸電圧指令値Vqが算出される。
【数5】
【数6】
【0023】
dq/uvw変換器23は、加算器21,22から出力される2相のd軸電圧指令値Vd及びq軸電圧指令値Vqを、位置推定器32から出力される回転位相θdqに基づいて、3相のU相電圧指令値Vu、V相電圧指令値Vv及びW相電圧指令値Vwへ変換する。
【0024】
PWM処理器24は、U相電圧指令値Vu、V相電圧指令値Vv及びW相電圧指令値Vwと、PWMキャリア信号とに基づいて6相のPWM信号を生成し、生成した6相のPWM信号をIPM25へ出力する。
【0025】
IPM25は、PWM処理器24から出力される6相のPWM信号に基づいて、直流電圧VdcからU相、V相、W相の3相の交流電圧を生成し、生成した3相それぞれの交流電圧をモータMのU相、V相、W相へ印加する。
【0026】
電流検出器28は、1シャント方式でIPM25の母線電流が検出される場合、PWM処理器24より出力される6相のPWM信号と、検出された母線電流とから、モータMのU相電流値iu、V相電流値iv、W相電流値iwを検出し、各相の相電流値iu,iv,iwをuvw/dq変換器29へ出力する。なお、電流検出器28は、2CT方式で各相の相電流値iu,iv,iwを検出しても良い。
【0027】
uvw/dq変換器29は、位置推定器32から出力される回転位相θdqに基づいて、3相のU相電流値iu、V相電流値iv、W相電流値iwを、2相のd軸電流検出値id及びq軸電流検出値iqへ変換する。
【0028】
PLL制御器31aは、軸誤差Δθを比例積分制御することにより、軸誤差Δθが0となるような速度推定値ωを算出する。PLL制御器31によって算出された速度推定値ωがスイッチSW3を介して位置推定器32に入力されることで回転位相θdqが修正され、その結果、軸誤差Δθを0に近づけることができる。
【0029】
減算器11は、速度指令値ω*から速度推定値ωを減算することにより速度誤差Δωを算出する。
【0030】
速度制御器12は、速度誤差Δωを比例積分制御することにより、速度誤差Δωを0に近づけるためのトルク指令値T
*を生成する。例えば、速度制御器12は、式(7)に従って、トルク指令値T
*を生成する。式(7)において、Kp_scは速度制御器12の比例ゲインであり、Ki_scは速度制御器12の積分ゲインである。また、速度制御器12は、運転モードが同期運転モードから位置センサレス制御モードに移行する際には、d軸電流指令値id
*及びq軸電流指令値iq
*に基づいてトルク指令値T
*の初期値を算出する。
【数7】
【0031】
センサレス電流指令値生成器14は、運転モードが位置センサレス制御モードであるときに、トルクが一定となる電流の軌跡である定トルク曲線に基づいてトルク指令値T*をd-q座標軸上の電流ベクトルに変換することにより、センサレスd軸電流指令値id_sl*及びセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を生成する。以下では、センサレスd軸電流指令値及びセンサレスq軸電流指令値を「センサレス電流指令値」と総称することがある。
【0032】
ここで、モータMがSPMSMである場合とIPMSMである場合とでセンサレス電流指令値の好ましい生成方法は異なるため、制御するモータの種類に応じたセンサレス電流指令値の生成方法をモータ制御装置100aに予め設定しておくのが好ましい。例えば、センサレス電流指令値生成器14は、モータMがSPMSMである場合は、定トルク曲線上でのセンサレスd軸電流指令値id_sl*を0としてセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を生成する一方で、モータMがIPMSMである場合は、定トルク曲線とMTPA曲線(最大トルク/電流制御曲線)との交点(以下では「二曲線交点」と呼ぶことがある)からセンサレスd軸電流指令値id_sl*及びセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を生成するのが好ましい。なお、モータMがSPMSMである場合とIPMSMである場合の両方のセンサレス電流指令値の生成方法をモータ制御装置100aに設定しておき、モータMの種類に応じていずれか一方を選択するようにしても良い。
【0033】
例えば、センサレス電流指令値生成器14は、モータMがSPMSMである場合は、式(8)に示すモータトルク式におけるセンサレスd軸電流指令値id_sl
*に0を代入することで、式(9)に示すセンサレスq軸電流指令値iq_sl
*を得ることができる。式(8)及び式(9)において、PnはモータMの極対数である。
【数8】
【数9】
【0034】
また例えば、センサレス電流指令値生成器14は、モータMがIPMSMである場合は、式(8)に示すモータトルク式と、式(10)とに従って、センサレスd軸電流指令値id_sl
*及びセンサレスq軸電流指令値iq_sl
*を算出する。
【数10】
【0035】
まず、式(8)及び式(10)からセンサレスd軸電流指令値id_sl
*を消去すると、センサレスq軸電流指令値iq_sl
*に関する四次方程式である式(11)が得られる。
【数11】
【0036】
式(11)に示す四次方程式の実数解の一つが二曲線交点でのセンサレスq軸電流指令値iq_sl*となるため、センサレス電流指令値生成器14は、式(11)の解を導出することによりセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を算出する。四次方程式の解は、例えばニュートン法などを用いて導出することができる。センサレス電流指令値生成器14は、式(11)を用いてセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を算出した後に、式(10)にセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を代入することでセンサレスd軸電流指令値id_sl*を算出する。
【0037】
運転モードが位置センサレス制御モードであるときは、スイッチSW1,SW2は接点Aに接続されるため、センサレス電流指令値生成器14によって生成されるセンサレスd軸電流指令値id_sl*及びセンサレスq軸電流指令値iq_sl*が、減算器18,19及び非干渉化制御器36に入力されるd軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*となる。
【0038】
一方で、運転モードが同期運転モードであるときは、スイッチSW1,SW2は接点Bに接続されるため、同期運転電流指令値生成器13によって生成される同期運転d軸電流指令値id_sy*及び同期運転q軸電流指令値iq_sy*が、減算器18,19及び非干渉化制御器36に入力されるd軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*となる。
【0039】
減算器18は、d軸電流指令値id*からd軸電流検出値idを減算することによりd軸電流誤差id_difを算出する。減算器19は、q軸電流指令値iq*からq軸電流検出値iqを減算することによりq軸電流誤差iq_difを算出する。
【0040】
<モータ制御装置の動作>
図2及び
図3は、本開示の実施例1のモータ制御装置の動作例を示す図である。
図2には軽負荷時の動作例を示し、
図3には過負荷時の動作例を示す。モータMの起動時や低回転時では、モータMの誘起電圧が小さいため、軸誤差演算器30によって算出される軸誤差Δθに誤差が生じ、軸誤差Δθに生じる誤差の影響でモータMの制御が不安定化する恐れがある。そこで、モータMの回転数を位置センサレス制御が適用可能な回転数まで引き上げるために、位置センサレス制御を行う前に、位置決め、及び、同期運転を行う。つまり、モータ制御装置100aの運転モードは、
図2及び
図3に示すように、位置決めモードM1、同期運転モードM2、位置センサレス制御モードM3の順に移行する。運転モードが位置決めモードM1または同期運転モードM2であるときは、運転モード切替器40は、電流指令値生成器10において同期運転電流指令値生成器13を動作させる一方でセンサレス電流指令値生成器14の動作を停止させるとともに、スイッチSW1,SW2,SW3を接点Bに接続する。センサレス電流指令値生成器14の動作の停止に伴い、センサレス電流指令値生成器14の入力側に位置する速度制御器12及びPLL制御器31aの動作も停止される。また、運転モードが位置センサレス制御モードM3であるときは、運転モード切替器40は、電流指令値生成器10においてセンサレス電流指令値生成器14を動作させる一方で同期運転電流指令値生成器13の動作を停止させるとともに、スイッチSW1,SW2,SW3を接点Aに接続する。
【0041】
また、同期運転モードM2は、
図2及び
図3に示すように、速度上昇区間I1と電流調整区間I2とを有し、同期運転モードM2では、制御区間が、速度上昇区間I1、電流調整区間I2の順に移行する。
【0042】
また、運転モードが位置決めモードM1または同期運転モードM2であるときは、スイッチSW1,SW2が接点Bに接続されるため、同期運転電流指令値生成器13によって生成される同期運転d軸電流指令値id_sy*及び同期運転q軸電流指令値iq_sy*が、減算器18,19及び非干渉化制御器36に入力されるd軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*となる。一方で、運転モードが位置センサレス制御モードM3であるときは、スイッチSW1,SW2が接点Aに接続されるため、センサレス電流指令値生成器14によって生成されるセンサレスd軸電流指令値id_sl*及びセンサレスq軸電流指令値iq_sl*が、減算器18,19及び非干渉化制御器36に入力されるd軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*となる。
【0043】
図2及び
図3に示すように、位置決めモードM1では、速度指令値ω
*が0とされ、同期運転電流指令値生成器13は、d軸電流指令値id
*を0から所定値id_iniまで増加させる一方で、q軸電流指令値iq
*を0にする。d軸電流指令値id
*の増加中にモータMのロータが動き始めて位置決めされる。例えば、最大負荷を駆動可能な電流値が所定値id_iniとして設定されることで、同期運転モードM2において過負荷時でもモータMは脱調することなく起動できる。
【0044】
また、
図2及び
図3に示すように、速度上昇区間I1では、同期運転電流指令値生成器13がd軸電流指令値id
*を所定値id_iniで一定に保つとともに、q軸電流指令値iq
*を0で一定に保ったまま、速度指令値ω
*が0から所定回転数ω1まで線形増加される。これにより、速度上昇区間I1では、d軸電流指令値id
*及びq軸電流指令値iq
*が一定に保たれた状態で、モータMの回転数が、所定回転数ω1に対応する所定の回転数まで上昇する。なお、所定回転数ω1は、モータMの誘起電圧が十分に検出できることが分かっている回転数に予め設定され、例えば15rpsである。
【0045】
次いで、電流調整区間I2では、速度指令値ω*が所定回転数ω1で一定に保たれた状態で、同期運転電流指令値生成器13は、d軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*を調整する。電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、所定値id_iniを初期値としてd軸電流指令値id*の調整を開始する。また、電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、q軸電流指令値iq*の初期値を0としてq軸電流指令値iq*の調整を開始する。電流調整区間I2でのd軸電流指令値id*及びq軸電流指令値iq*の調整により、電流調整区間I2では、dc-qc座標軸上での電流ベクトルが、位置センサレス制御モードM3時の電流ベクトルに近い状態まで調整される。電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、d軸電流指令値id*を、フィルタを用いて、または、線形減少させて、電流調整区間I2の最終点で目標指令値id_sy_endに収束させる。目標指令値id_sy_endは、0近傍の正の値を有し、位置センサレス制御モードM3時の電流ベクトルよりも多少過励磁(id*>0)となる値に設定されるのが好ましい。
【0046】
つまり、速度上昇区間I1では、同期運転電流指令値生成器13は、目標指令値id_sy_endよりも大きい値を有する所定値id_iniにd軸電流指令値id*を設定する。また、速度上昇区間I1に続く電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、所定値id_iniを初期値としてd軸電流指令値id*を目標指令値id_sy_endまで徐々に減少させる。
【0047】
ここで、一般的に、モータMが突極性を有しないSPMSMである場合は、定トルク曲線上でのd軸電流指令値id*を0として位置センサレス制御が行われ、モータMが突極性を有するIPMSMである場合は、二曲線交点に基づいて位置センサレス制御が行われる。一方で、同期運転モードM2では、PLL制御器31aによって算出される速度推定値ωに基づく回転位相θdqの修正が為されないため、所望のトルクを得るための電流ベクトル振幅が最小となるd軸電流までd軸電流指令値id*を減少させると、同期運転電流指令値生成器13が電流指令値を生成する際の応答速度によっては、負荷トルクが出力トルクを上回り、モータMが脱調する懸念がある。このため、上記のように、電流調整区間I2の最終点でのd軸電流指令値id*を多少過励磁に収束させることが好ましい。
【0048】
また、電流調整区間I2の最終点における目標指令値id_sy_endを、モータMの定格の電流ベクトル振幅や、モータMが最大負荷を駆動する際の電流ベクトル振幅の10%程度の値に設定することで、電流調整区間I2においてd軸電流指令値id*を位置センサレス制御モードM3でのd軸電流指令値id*に適度に近づけつつ、多少過励磁に収束させることができるため、電流調整区間I2でのモータMの脱調を防止できる。例えば、定格の電流ベクトル振幅が10A程度の場合には、目標指令値id_sy_endは1A程度に設定されるのが好ましい。
【0049】
また、電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、軸誤差Δθを積分または比例積分制御することよりq軸電流指令値iq
*を生成する。同期運転電流指令値生成器13は、軸誤差Δθが正の場合はq軸電流指令値iq
*を増加させ、軸誤差Δθが負の場合はq軸電流指令値iq
*を減少させる。このようにして、電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、軸誤差Δθを0に近づけるように帰還制御によりq軸電流指令値iq
*を調整する。電流調整区間I2では、同期運転電流指令値生成器13は、例えば式(12)に従ってq軸電流指令値iq
*を生成する。式(12)において、Ki_iqは積分ゲインである。
【数12】
【0050】
位置センサレス制御モードM3では、軸誤差Δθが正のときは、PLL制御器31aが速度推定値ωを減少させることにより速度推定値ωが速度指令値ω*を下回るため、速度制御器12がトルク指令値T*を増加させ、センサレス電流指令値生成器14がq軸電流指令値iq*を増加させる。一方で、同期運転モードM2では、速度指令値ω*が位置推定器32に直接入力されるため、同期運転電流指令値生成器13が軸誤差Δθに基づいて、直接的にq軸電流指令値iq*を調整する。そこで、電流調整区間I2の開始点でのd軸電流指令値id*の初期値である所定値id_iniの大きさ、モータMのイナーシャ、モータMの誘起電圧定数、または、モータMが駆動する負荷の特性等に応じて積分ゲインKi_iq(式(12))が調整されることで、同期運転電流指令値生成器13の所望の応答速度を得ることができる。
【0051】
電流調整区間I2から位置センサレス制御モードM3への移行の際、速度制御器12は、位置センサレス制御モードM3の開始時点でのd軸電流指令値id
*及びq軸電流指令値iq
*(つまり、同期運転モードM2におけるd軸電流指令値id
*の最終値、及び、同期運転モードM2におけるq軸電流指令値iq
*の最終値)に基づいて式(13)に従ってトルク指令値T
*を算出し、式(13)に従って算出したトルク指令値T
*を速度誤差Δωに対する比例積分制御の初期値(つまり、速度制御器12が生成するトルク指令値T
*の初期値)として設定する。こうすることで、運転モードが同期運転モードM2から位置センサレス制御モードM3へ切り替わる際のトルク指令値T
*の不連続の発生を防止できるため、運転モードの切替によりモータMに発生する切替ショックを低減できる。
【数13】
【0052】
また、式(13)に従って算出されるトルク指令値T
*が速度誤差Δωに対する比例積分制御の初期値として位置センサレス制御が開始されるため、位置センサレス制御モードM3では、センサレス電流指令値生成器14によって生成されるセンサレスd軸電流指令値id_sl
*は、
図2及び
図3に示すように、目標指令値id_sy_endよりも小さい値に調整される。例えば、目標指令値id_sy_endが0近傍の正の値を有する場合において、センサレスd軸電流指令値id_sl
*は、0以下の値に調整される。
【0053】
以上のように、d軸電流指令値を同期運転の段階で0近傍に収束させる一方で、軸誤差を帰還制御することによりq軸電流指令値を生成することで、軸誤差が0近傍に調整された状態、かつ、過励磁の度合いが抑制された状態で同期運転から位置センサレス制御へ移行できる。このため、位置センサレス制御への移行後の電流ベクトルの変化が小さくなるので、突極性を有するIPMSM等においても、位置センサレス制御への移行時の電流飛びや速度飛び等による切替ショックを低減できる。よって、モータMの突極性の有無というモータMの種類によらず、位置センサレス制御モードへの移行時のモータMの制御の安定性を向上させることができる。よって、モータMの種類によらず、モータMの安定した起動が可能となる。
【0054】
以上、実施例1について説明した。
【0055】
[実施例2]
実施例1では、同期運転モードにおいてd軸電流指令値を減少させることにより過励磁の度合いを抑制した状態で同期運転モードから位置センサレス制御モードへ移行することを示した。また、実施例1では、電流調整区間の最終点(つまり、位置センサレス制御モードの開始時点)でわずかのd軸電流を流すことで、モータMの脱調の懸念を減少させた。しかし、モータMに接続される負荷が周期的に変動する場合や、モータMの温度やモータMに流れる電流値の変化によりモータMに設定されるモータ定数が真値から乖離している場合には、d軸電流指令値の減少過程でモータMの脱調を引き起こす懸念がある。
【0056】
そこで、実施例2では、同期運転モードの電流調整区間でのモータMの脱調の懸念をより減少させる。以下、実施例1と異なる点について説明する。
【0057】
<モータ制御装置の構成>
図4は、本開示の実施例2のモータ制御装置の構成例を示す図である。
図4において、モータ制御装置100bは、PLL制御器31bと、加算器41とを有する。
【0058】
PLL制御器31bには軸誤差演算器30から軸誤差Δθが入力される。PLL制御器31bは、同期運転モードにおいては、軸誤差Δθに基づいて、回転位相θdqの生成に用いられる速度指令値ω*を補正する速度補正値ωbを算出し、算出した速度補正値ωbを出力する。また、PLL制御器31bは、位置センサレス制御モードにおいては、軸誤差Δθに基づいて、速度推定値ωを算出し、算出した速度推定値ωを出力する。
【0059】
加算器41は、速度指令値ω*と速度補正値ωbとを加算することにより、位置推定器32に入力される速度加算値ω+を算出する。
【0060】
位置推定器32は、運転モードが同期運転モードであるときは、速度加算値ω+を積分することで回転位相θdqを生成する。一方で、運転モードが位置センサレス制御モードであるときは、位置推定器32は、実施例1と同様に、速度推定値ωを積分することで回転位相θdqを生成する。
【0061】
<PLL制御器の構成>
図5は、本開示の実施例2のPLL制御器の構成例を示す図である。
図5において、PLL制御器31bは、比例積分制御器311と、比例制御器312と、比例出力制御器313と、スイッチSW4とを有する。
【0062】
比例制御器312は、軸誤差Δθを比例制御することにより、モータMに接続される負荷の周期的な変動による速度の変動を表す速度変動成分ωaを算出する。
【0063】
比例出力制御器313は、時間変化する比例出力係数Rを速度変動成分ωaに乗算することにより、徐々に増加する速度補正値ωbを算出する。
【0064】
比例積分制御器311は、実施例1のPLL制御器31aと同様に、軸誤差Δθを比例積分制御することにより速度推定値ωを算出する。
【0065】
スイッチSW4は、A接点とB接点とを有する。運転モード切替器40は、運転モードが同期運転モードであるときは、スイッチSW4を接点Bに接続する一方で、運転モードが位置センサレス制御モードであるときは、スイッチSW4を接点Aに接続する。よって、運転モードが同期運転モードであるときは、速度補正値ωbがPLL制御器31bから出力され、運転モードが位置センサレス制御モードであるときは、速度推定値ωがPLL制御器31bから出力される。
【0066】
<PLL制御器の動作>
図6は、本開示の実施例2の比例出力制御器の動作例を示す図である。
【0067】
上記ように、比例出力制御器313は、時間の経過に伴って徐々に増加する比例出力係数Rを比例出力である速度変動成分ωaに乗算することにより速度補正値ωbを算出する。
図6に示すように、比例出力係数Rは、速度変動成分ωaに比例出力係数Rが乗算されることにより速度補正値ωbの大きさが調整される区間(以下では「比例出力調整区間」と呼ぶことがある)の開始点TAから比例出力調整区間の終了点TBまでの間で0から1に線形で増加する。例えば、電流調整区間I2の始点を開始点TAとし、電流調整区間I2の終点を終了点TBとしても良い。また例えば、軸誤差Δθがほぼ0に調整された時点で、実質的に電流調整区間を設けずに比例出力係数Rを1に増加させても良い。つまり、電流調整区間において軸誤差Δθがほぼ0に調整された時点を開始点TAとし、開始点TAの到来後、即座に比例出力係数Rを1に増加させて終了点TBを迎えても良い。
【0068】
速度変動成分ωaに
図6に示す比例出力係数Rが乗算されることにより速度補正値ωbが算出されることで、速度補正値ωbは、時間の経過に伴って、0から徐々に増加する。
【0069】
以上のようにして電流調整区間における速度補正値ωbの大きさを調整することで、電流調整区間の初期でd軸電流指令値が大きくてモータMの脱調の懸念が小さい区間では、PLL制御の比例応答が小さく抑えられるため、モータMの急減速を防止できる。一方で、電流調整区間の終期でd軸電流指令値が小さくてモータMの脱調の懸念が大きい区間では、軸誤差Δθが0近傍に収束している状態なので、PLL制御の比例応答を大きくしても問題がない。このため、電流調整区間の終期や軸誤差Δθが0近傍に収束している状態での比例出力係数Rを大きくすることで、モータMの速度の変動に応じた回転位相の生成が可能となる。これにより、モータMの速度の変動に応じて、dc-qc座標軸の回転位相を瞬時に修正することが可能となる。よって、d軸電流指令値が減少した際に周期的な負荷変動やモータ定数の真値からの乖離の影響によるモータMの脱調を防止できる。
【0070】
以上、実施例2について説明した。
【0071】
[実施例3]
突極性を有するIPMSMを過負荷で起動させる場合、
図7に示すように、負荷トルク相当の定トルク曲線とMTPA曲線との交点上の電流ベクトルが、同期運転時の最終電流ベクトルから乖離していく。
図7は、本開示の実施例3の位置センサレス制御モード移行時の電流ベクトル変化を示す図である。
【0072】
図7に示すように、過負荷になるほど同期運転モードと位置センサレス制御モードとの間で電流ベクトルの乖離が大きくなる。よって、
図2,
図3に示すように、過負荷になるほど、運転モードが同期運転モードM2から位置センサレス制御モードM3に切り替えられたときのd軸電流指令値及びq軸電流指令値の不連続の度合いが大きくなる。このため、運転モードの切替によりモータMに発生する切替ショック等、モータMの制御の不安定化が引き起こされてしまうことが懸念される。
【0073】
そこで、実施例3では、モータMの制御の不安定化の懸念を減少させる。以下、実施例1と異なる点について説明する。
【0074】
<センサレス電流指令値生成器の構成>
図8は、本開示の実施例3のセンサレス電流指令値生成器の構成例を示す図である。
図8において、センサレス電流指令値生成器14は、重み係数生成器141と、MTPA電流指令値生成器142と、同期運転最終電流指令値生成器143と、乗算器144,145,146,147と、加算器148,149とを有する。
【0075】
MTPA電流指令値生成器142は、実施例1におけるセンサレス電流指令値生成器14で行われる処理をMTPA制御に限定して行うことにより、トルク指令値T*に基づいてMTPA_d軸電流指令値id_mt*及びMTPA_q軸電流指令値iq_mt*を生成する。つまり、MTPA電流指令値生成器142は、トルク指令値T*に基づいて、二曲線交点からMTPA_d軸電流指令値id_mt*及びMTPA_q軸電流指令値iq_mt*を生成する。以下では、MTPA_d軸電流指令値及びMTPA_q軸電流指令値を「MTPA電流指令値」と総称することがある。
【0076】
同期運転最終電流指令値生成器143は、電流調整区間I2の最終点(つまり、同期運転モードM2の終了時点)でのd軸電流指令値である最終点d軸電流指令値id_sy_end
*を生成する。また、同期運転最終電流指令値生成器143は、最終点d軸電流指令値id_sy_end
*とトルク指令値T
*とに基づいて、式(14)に従って、最終点q軸電流指令値iq_sy_end
*を生成する。式(14)に従って生成される最終点q軸電流指令値iq_sy_end
*は、dc-qc座標軸上においてd軸電流指令値を最終点d軸電流指令値id_sy_end
*に固定したqc軸に平行な直線上に位置し、負荷トルクの変化に応じて変動する値である。以下では、最終点d軸電流指令値及び最終点q軸電流指令値を「最終点電流指令値」と総称することがある。
【数14】
【0077】
なお、電流指令値を最終点電流指令値からMTPA電流指令値に切り替える区間(以下では「電流ベクトルスムージング区間」と呼ぶことがある)で負荷トルクが急激に変化しないことが実験等により予め分かっている場合には、同期運転最終電流指令値生成器143は、式(14)に従った最終点q軸電流指令値iq_sy_end*の生成を行わずに、d軸電流指令値と同様に、電流調整区間I2の最終点でのq軸電流指令値を最終点q軸電流指令値iq_sy_end*としても良い。
【0078】
重み係数生成器141は、MTPA電流指令値及び最終点電流指令値のそれぞれに乗算される第一重み係数W_up及び第二重み係数W_downを生成する。
【0079】
乗算器144は、MTPA_d軸電流指令値id_mt*に第一重み係数W_upを乗算する。
【0080】
乗算器145は、MTPA_q軸電流指令値iq_mt*に第一重み係数W_upを乗算する。
【0081】
乗算器146は、最終点d軸電流指令値id_sy_end*に第二重み係数W_downを乗算する。
【0082】
乗算器147は、最終点q軸電流指令値iq_sy_end*に第二重み係数W_downを乗算する。
【0083】
加算器148は、乗算器144での乗算結果と乗算器146での乗算結果とを加算することにより、電流ベクトルスムージング区間におけるセンサレスd軸電流指令値id_sl*を生成する。
【0084】
加算器149は、乗算器145での乗算結果と乗算器147での乗算結果とを加算することにより、電流ベクトルスムージング区間におけるセンサレスq軸電流指令値iq_sl*を生成する。
【0085】
つまり、電流ベクトルスムージング区間におけるセンサレスd軸電流指令値id_sl
*は式(15)に従って生成され、電流ベクトルスムージング区間におけるセンサレスq軸電流指令値iq_sl
*は式(16)に従って生成される。
【数15】
【数16】
【0086】
よって、MTPA電流指令値は、運転モードが位置センサレス制御モードであるときに、二曲線交点に基づいて算出され、加算器148,149によって最終的にセンサレス電流指令値が算出される前に算出される第一の仮の電流指令値に相当する。また、最終点電流指令値は、運転モードが位置センサレス制御モードであるときに、電流調整区間I2の最終点でのd軸電流指令値に基づいて算出され、加算器148,149によって最終的にセンサレス電流指令値が算出される前に算出される第二の仮の電流指令値に相当する。
【0087】
<センサレス電流指令値生成器の動作>
図9は、本開示の実施例3の重み係数生成器の動作例を示す図である。
図9に示すように、重み係数生成器141は、電流ベクトルスムージング区間の開始点TXから電流ベクトルスムージング区間の終了点TYまでの間で0から1に線形で増加する第一重み係数W_upを生成する。また、重み係数生成器141は、開始点TXから終了点TYまでの間で1から0に線形で減少する第二重み係数W_downを生成する。
【0088】
ここで、電流ベクトルスムージング区間は任意に設定可能である。例えば、電流ベクトルスムージング区間は、
図11及び
図12において速度指令値ω
*がω1からω2まで増加する区間等、位置センサレス制御モード区間内に設定されるのが好ましい。
図11及び
図12は、本開示の実施例3のモータ制御装置の動作例を示す図である。
【0089】
図10は、本開示の実施例3の電流ベクトル軌跡の一例を示す図である。センサレスd軸電流指令値id_sl
*及びセンサレスq軸電流指令値iq_sl
*が第一重み係数W_up及び第二重み係数W_downを用いて式(15)及び式(16)に従って生成されることで、
図10に示すように、運転モードが同期運転モードから位置センサレス制御モードに移行する際においても、電流ベクトルの連続性が保たれる。よって、
図11及び
図12に示すように、運転モードが同期運転モードM2から位置センサレス制御モードM3に切り替えられたときのd軸電流指令値及びq軸電流指令値の連続性が保たれる。その結果、位置センサレス制御モードへの移行時の電流飛びや速度飛び等による切替ショックを低減できるため、位置センサレス制御モードへの移行時のモータMの制御の安定性をさらに向上させることができる。
【0090】
以上、実施例3について説明した。
【0091】
なお、実施例3は実施例2と組み合わせて実施することも可能である。
【0092】
以上のように、本開示のモータ制御装置(実施例のモータ制御装置100a,100b)は、速度上昇区間及び電流調整区間を有する同期運転モードと、位置センサレス制御モードとを有する。同期運転モードでは、速度指令値に基づく制御系座標軸の回転位相にモータ(実施例のモータM)が同期する。位置センサレス制御モードでは、軸誤差を帰還制御することで得られる速度推定値に基づいて制御系座標軸の回転位相が生成される。また、本開示のモータ制御装置は、同期運転電流指令値生成器(実施例の同期運転電流指令値生成器13)を有する。同期運転電流指令値生成器は、速度上昇区間においてモータの回転数を所定回転数(実施例の所定回転数ω1に対応する所定の回転数)まで上昇させた後、電流調整区間において、目標指令値(実施例の目標指令値id_sy_end)へd軸電流指令値を近づける一方で、軸誤差を0に近づけるように帰還制御することによりq軸電流指令値を調整する。
【0093】
また、本開示のモータ制御装置(実施例のモータ制御装置100a,100b)は、位置センサレス電流指令値生成器(実施例のセンサレス電流指令値生成器14)を有する。同期運転電流指令値生成器は、速度上昇区間においてd軸電流指令値を目標指令値よりも大きい値を有する所定値(実施例の所定値id_ini)に設定する。位置センサレス電流指令値生成器は、位置センサレス制御モードにおいて、d軸電流指令値を目標指令値よりも小さい値に調整する。
【0094】
また、同期運転電流指令値生成器は、同期運転モードにおいて、d軸電流指令値を0近傍の正の値を有する目標指令値へ近づけ、位置センサレス電流指令値生成器は、位置センサレス制御モードにおいて、d軸電流指令値を0以下の値に調整する。
【0095】
また、本開示のモータ制御装置(実施例のモータ制御装置100a,100b)は、速度制御器(実施例の速度制御器12)を有する。速度制御器は、運転モードが同期運転モードから位置センサレス制御モードへ移行する際に、同期運転モードにおけるd軸電流指令値の最終値、及び、同期運転モードにおけるq軸電流指令値の最終値に基づいて、速度指令値と速度推定値との差を0に近づけるためのトルク指令値の初期値を設定する。
【0096】
また、本開示のモータ制御装置(実施例のモータ制御装置100b)は、PLL制御器(実施例のPLL制御器31b)と、位置推定器(実施例の位置推定器32)とを有する。PLL制御器は、電流調整区間において、軸誤差を比例制御することにより速度変動成分(実施例の速度変動成分ωa)を算出し、速度変動成分に基づいて速度補正値を算出する一方で、位置センサレス制御モードにおいて、軸誤差を比例積分制御することにより速度推定値を算出する。また、位置推定器は、電流調整区間において、速度指令値と速度補正値とに基づいて回転位相を生成する一方で、位置センサレス制御モードにおいて、速度推定値を積分することにより回転位相を生成する。
【0097】
また、PLL制御器は、電流調整区間において、時間の経過に伴って増加する係数を速度変動成分に乗算することにより速度補正値を算出する。
【0098】
また、位置センサレス電流指令値生成器は、第一電流指令生成器(実施例のMTPA電流指令値生成器142)と、第二電流指令生成器(実施例の同期運転最終電流指令値生成器143)と、係数生成器(実施例の重み係数生成器141)とを有する。第一電流指令生成器は、位置センサレス制御モードにおける第一の仮の電流指令値(実施例のMTPA電流指令値)を生成する。第二電流指令生成器は、運転モードが同期運転モードから位置センサレス制御モードに移行する直前のd軸電流指令値に基づく第二の仮の電流指令値(実施例の最終点電流指令値)を生成する。係数生成器は、運転モードが位置センサレス制御モードにある区間内に設定されるスムージング区間(実施例の電流ベクトルスムージング区間)において、スムージング区間の開始から終了までに0から1に増加する増加係数(実施例の第一重み係数W_up)と、スムージング区間の開始から終了までに1から0に減少する減少係数(実施例の第二重み係数W_down)とを生成する。そして、位置センサレス電流指令値生成器は、第一の仮の電流指令値と増加係数との積と、第二の仮の電流指令値と減少係数との積とを加算することにより、位置センサレス制御モードにおける電流指令値を生成する。
【符号の説明】
【0099】
100a,100b モータ制御装置
12 速度制御器
13 同期運転電流指令値生成器
14 センサレス電流指令値生成器
31a,31b PLL制御器
32 位置推定器
141 重み係数生成器
142 MTPA電流指令値生成器
143 同期運転最終電流指令値生成器