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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023053452
(43)【公開日】2023-04-13
(54)【発明の名称】撥液膜およびこれを備えた包装材
(51)【国際特許分類】
   B32B 27/20 20060101AFI20230406BHJP
   B65D 65/40 20060101ALI20230406BHJP
【FI】
B32B27/20 Z
B65D65/40 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021162493
(22)【出願日】2021-10-01
(71)【出願人】
【識別番号】000208455
【氏名又は名称】大和製罐株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】502435454
【氏名又は名称】株式会社SNT
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(72)【発明者】
【氏名】松川 義彦
(72)【発明者】
【氏名】金森 進一郎
【テーマコード(参考)】
3E086
4F100
【Fターム(参考)】
3E086AB01
3E086BA04
3E086BA13
3E086BA15
3E086BA24
3E086BA44
3E086BB59
3E086BB62
3E086CA01
3E086CA28
3E086CA35
4F100AA20B
4F100AB10A
4F100AB33A
4F100AK01B
4F100AK03C
4F100AK07A
4F100AK17B
4F100AK25B
4F100AK52B
4F100AT00A
4F100BA02
4F100BA44B
4F100DD02B
4F100DE01B
4F100EH46B
4F100EH46C
4F100GB15
4F100JB05B
4F100JB06B
(57)【要約】
【課題】より優れた撥液膜の構造を特定し、そのような撥液膜を安定的に供給すること。
【解決手段】撥液膜10は、親水性粒子4と撥液性部位を有する樹脂6とを含み、親水性粒子4が凹凸構造を形成し、撥液性部位を有する樹脂6が凹凸構造の少なくとも表面を覆っていて、
(a)撥液膜10の表層部が炭素、フッ素、酸素およびケイ素を含み、X線光電子分光法(XPS)で計測した表層部の炭素、フッ素、酸素およびケイ素の原子の総数を基準として、フッ素の含有量が25原子%以上、50原子%以下であり、
(b)撥液膜10の表層部から内部までの範囲が炭素、フッ素、酸素およびケイ素を含み、SEM-EDS法による元素マッピングデータに基づいて計測した表層部から内部までの範囲における炭素、フッ素、酸素およびケイ素の原子の総数を基準として、フッ素の含有量が5原子%以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性粒子と、撥液性部位を有する樹脂とを含み、前記親水性粒子が凹凸構造を形成し、前記撥液性部位を有する樹脂が前記凹凸構造の少なくとも表面を覆っている撥液膜であって、
(a)前記撥液膜の表層部が炭素、フッ素、酸素およびケイ素を含み、X線光電子分光法で計測した前記表層部の炭素、フッ素、酸素およびケイ素の原子の総数を基準として、フッ素の含有量が25原子%以上、50原子%以下であり、
(b)前記撥液膜の表層部から内部までの範囲が炭素、フッ素、酸素およびケイ素を含み、SEM-EDS法による元素マッピングデータに基づいて計測した前記表層部から前記内部までの範囲における炭素、フッ素、酸素およびケイ素の原子の総数を基準として、フッ素の含有量が5原子%以下である、
ことを特徴とする撥液膜。
【請求項2】
前記表層部では、酸素の含有量よりもフッ素の含有量が多く、前記表層部から前記内部までの範囲においては、酸素の含有量よりもフッ素の含有量が少ない、
ことを特徴とする請求項1記載の撥液膜。
【請求項3】
前記表層部では、フッ素の含有量とケイ素の含有量の比率が1以上である、
ことを特徴とする請求項1または2記載の撥液膜。
【請求項4】
基材と、基材上に形成された請求項1から3のいずれかに記載の撥液膜と、を備えることを特徴とする包装材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面が水や油に対する優れた撥液性を示す撥液性の物品に関し、例えば、食品、医薬品、化粧品、日用品などの内容物の包装材の表面に、その内容物の付着防止性を付与する撥液膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種内容物の包装材の表面に、内容物付着防止のための撥液膜を形成することが行われている。例えば、特許文献1には、低コストで製造でき、基材に様々な材料を選択でき、薄く、透明性にも優れた撥液性フィルムが示されている。
【0003】
特許文献1の撥液性フィルムは、基材フィルム上に、ベースコート層とトップコート層を積層させたものであり、そのベースコート層には、大径粒子を熱可塑性樹脂で基材フィルムの表面に固定することで、大きな凹凸構造が形成され、また、トップコート層には、撥液性部分を有する樹脂で小径粒子をベースコート層の表面に固定することで、小さな凹凸構造が形成され、このようにして全体として起伏の激しい凹凸構造が形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開6522841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者らは、撥液膜の実用化のために様々な条件で撥液膜を形成したところ、それらの中に、より優れた撥液性を示すものがあることが分かった。そこで、本発明は、より優れた撥液性を示す膜の構造を特定し、そのような撥液膜を安定的に供給することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、鋭意研究を重ね、撥液膜の表層部におけるフッ素原子の含有比率と、撥液膜の表層部から内部までの範囲におけるフッ素原子の含有比率とに着目したところ、これらの比率がそれぞれ所定の比率範囲に入っている場合に、その撥液膜がより優れた撥液性を示すことを見出し、本発明の完成に至った。
【0007】
すなわち、本発明の撥液膜は、親水性粒子と、撥液性部位を有する樹脂とを含み、前記親水性粒子が凹凸構造を形成し、前記撥液性部位を有する樹脂が前記凹凸構造の少なくとも表面を覆っている撥液膜であって、
(a)前記撥液膜の表層部が炭素、フッ素、酸素およびケイ素を含み、X線光電子分光法で計測した前記表層部の炭素、フッ素、酸素およびケイ素の原子の総数を基準として、フッ素の含有量が25原子%以上、50原子%以下であり、
(b)前記撥液膜の表層部から内部までの範囲が炭素、フッ素、酸素およびケイ素を含み、SEM-EDS法による元素マッピングデータに基づいて計測した前記表層部から前記内部までの範囲における炭素、フッ素、酸素およびケイ素の原子の総数を基準として、フッ素の含有量が5原子%以下である、ことを特徴とする。
【0008】
本発明の撥液膜における前記表層部では、酸素の含有量よりもフッ素の含有量が多く、前記表層部から前記内部までの範囲においては、酸素の含有量よりもフッ素の含有量が少ない、ことが好ましい。
【0009】
本発明の撥液膜における前記表層部では、フッ素の含有量とケイ素の含有量の比率が1以上である、ことが好ましい。
【0010】
また、本発明の包装材は、基材と、基材上に形成された上記の撥液膜とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、撥液膜の表層部におけるフッ素の含有量が、25原子%以上、50原子%以下にされ、かつ、撥液膜の表層部から内部までの範囲におけるフッ素の含有量が、5原子%以下にされることにより、より優れた撥液性を示す撥液膜を形成できることが明らかとなった。
なお、より好ましいフッ素の含有量は、表層部において30原子%以上、45原子%以下であり、表層部から内部までの範囲において4原子%以下である。
ここで、X線光電子分光法(XPS)は、撥液膜の表層部の表面から約5nmの深さまでの範囲に存在するフッ素等の含有量(原子パーセント)を計測するものとする。また、SEM-EDS(SEM-EDXとも呼ぶ)法は、元素マッピングデータに基づいて、撥液膜の表層部の表面から約2~3μmの深さまでの範囲に存在するフッ素等の含有量(原子パーセント)を計測するものとする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】一実施形態に係る撥液膜の断面構造を模式的に示した図である。
図2】実施例3-4の撥液膜のSEM画像およびSEM-EDS分析結果の図。
図3】比較例2-3の撥液膜のSEM画像およびSEM-EDS分析結果の図。
図4】比較例4-5の撥液膜のSEM画像およびSEM-EDS分析結果の図。
図5】実施例1と同等の条件で作製した撥液膜のXPS分析結果の図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。図1は、第一実施形態に係る撥液膜10の概略断面図である。
【0014】
(基材)
基材2は、支持体となる物であれば特に制限はなく、樹脂を含むフィルム、紙、または金属箔からなる層を少なくとも1層以上有する。樹脂を含むフィルムとしては、スチレン系樹脂、オレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ナイロン系樹脂、エチレンビニルアルコール共重合体及びアクリル系樹脂から少なくとも1種選択される樹脂フィルムが用いられる。基材2が多層である場合、その積層方法は特に限定されず、ドライラミネート法やウエットラミネート法、ヒートラミネート法などを用いることができる。また、基材2に無機・金属蒸着処理などが施されていてもよい。基材2には印刷が施されていてもよく、その印刷方式も特に限定されるものではなく、グラビア印刷、フレキソ印刷、スクリーン印刷など公知のものを用いることができる。
【0015】
基材2の厚さは特に限定されるものではないが、フィルムとして1~200μm、シートとして200μm~10mm程度が一般的に使用される。
【0016】
(撥液膜)
撥液膜10は撥液性を有する膜であり、図1のように基材2の表面を覆うように形成される。撥液膜10は親水性粒子4と撥液性部位を有する樹脂6とを含有する撥液層塗料を、基材2の表面に塗布し乾燥して形成される。
【0017】
(親水性粒子)
親水性粒子4としては、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化アルミニウムなどの親水性酸化物微粒子を用いることもできるが、特に、平均一次粒子径が7~40nmである親水性シリカ微粒子を用いて塗料を調製することが好ましい。このような粒径の親水性シリカ微粒子は、塗布形成の過程でその一部が適度な凝集状態となり、その凝集体8に形成される多孔質性の空隙に撥液性部位を有する樹脂6が保持されるようになり、撥液膜10の表面の低濡れ性の付与に貢献する。基材2の表面を、親水性粒子4の凝集体8が覆うとともに、その親水性粒子4の凝集体8の表面を樹脂6が覆った状態になっている。
【0018】
(撥液性部位を有する樹脂)
撥液性部位としてフッ素樹脂からなるものが好適であり、フッ素樹脂を含む部位として、例えば、パーフルオロアルキル基、ポリフルオロアルキル基、パーフルオロポリエーテル基などを含んだ樹脂組成物が好ましい。
【0019】
(撥液膜の厚さ・接触角)
撥液膜10の厚さは特に限定されないが、100nm~1.5μmであるとよい。また、オレイン酸と接触した時の接触角が130度以上であることが好ましく、実用的な撥液性が得られる。さらには、ヘキサデカンと接触した時の接触角が120度以上であることが好ましい。
【0020】
(撥液膜の塗布方法)
撥液膜10は、親水性粒子4と撥液性部位を有する樹脂6を溶剤に溶かしまたは分散させた撥液層塗料を、基材2の上に塗布し乾燥して形成される。溶剤としては、特に限定されないが、水、エタノール、イソプロピルアルコール(IPA)、n-ブチルアルコールなどのアルコール類などを用いる。塗布後の乾燥は、空気中で50℃以上、300℃未満の温度での加熱乾燥が好ましい。
【0021】
(フッ素の含有量)
発明者らは、撥液膜10の表層部におけるフッ素の含有量(原子パーセント)と、撥液膜10の表層部から内部までの範囲におけるフッ素の含有量(原子パーセント)とに着目したところ、これらの数値がそれぞれ所定の数値範囲に入っている場合に、その撥液膜10がより優れた撥液性を示すことを見出した。所定の数値範囲とは、表層部においては、25原子%以上、50原子%以下であり、表層部から内部までの範囲においては、5原子%以下である。つまり、撥液性を発現するフッ素は、撥液膜10の表層部に集積されている方がよく、撥液膜10の全体としては、フッ素の含有量が少ない方がよい。
【0022】
撥液膜10の表層部におけるフッ素の含有量は、撥液性に深く関わっている。フッ素原子はあらゆる元素と結合し易く、特に炭素原子との結合(C-F結合)は最も強固な結合である。このようなC-F結合を表面に有するフッ素化合物は、最も安定した状態であり、フッ素化合物の分子と分子が引き合う力(分子間凝集エネルギー)は弱く、表面張力が低いため、優れた撥液性を発現する。
【0023】
親水性粒子4(金属酸化物微子)もしくはその凝集体8の表面は、通常、水酸基などの表面官能基によって覆われて、表面親水化、水分の吸着性、高い凝集性・付着性を発現する。このような表面をフッ素化することは、表面水酸基をフッ素基で覆うことにより表面自由エネルギーを低下させ、親水性粒子4もしくはその凝集体8に実用上好ましい表面性状、すなわち、親水性粒子4もしくはその凝集体8の流動性、溶媒などでの分散性、低吸湿(水)性あるいは撥水性を付与することになる。
【0024】
なお、疎水性シリカのような従来の表面疎水化金属酸化物粒子では、その高分散によって疎水化されていない部分が表面に表われ易く、これによって形成された塗膜の表面疎水性は経時劣化し易い。これに対して、フッ素基で覆うことによる表面への撥液性の付与はそのような経時劣化が生じにくい。
【0025】
撥液膜10の表層部のフッ素の含有量が、所定の数値範囲の下限(25原子%)に満たない場合、所望する撥液性を発揮できないおそれがある。一方、表層部のフッ素の含有量が、所定の数値範囲の上限(50原子%)を超える場合、それ以上の撥液性の向上は期待できず、かえって、その表層部において極性が生じて撥液性を低下させるおそれがある。
【0026】
また、表層部では、酸素の含有量よりもフッ素の含有量が多く、表層部から内部までの範囲においては、酸素の含有量よりもフッ素の含有量が少ない方が好ましい。
【0027】
さらに、表層部では、フッ素の含有量とケイ素の含有量の比率が1以上であることが好ましい。この場合、フッ素が表層部に十分に濃縮することになる。また、フッ素/ケイ素の含有量の比率は、表層部におけるフッ素原子の存在量の指針になり、この比率が1.0より小さい場合は、表層部にフッ素原子の存在が少ないことを示し、撥液性が十分に発揮されなくなる傾向になる。
【0028】
なお、上述した撥液膜10と同等の撥液層をトップコート層として、以下のベースコート層との積層構造を形成してもよい。
【0029】
(ベースコート層)
ベースコート層は、熱可塑性樹脂を含む。熱可塑性樹脂としては、ポリエステル、ポリオレフィン、塩素化ポリオレフィン、ポリスチレン、ナイロン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体、エチレン酢酸ビニル共重合体、ポリアセタール、ポリメチルメタクリレート、メタクリルスチレン共重合体、酢酸セルロース、ポリウレタン、ポリカーボネートなどが用いられる。
【0030】
また、ベースコート層は、親水性シリカ粒子(ここでは親水性シリカビーズと呼ぶ。)および熱可塑性樹脂を含むものとして、親水性シリカビーズによる比較的大きな凹凸構造を有するようにしてもよい。
【0031】
(親水性シリカビーズ)
親水性シリカビーズは、例えばマイクロメートルオーダーの平均粒径を有するもので、結晶性シリカ、非晶性シリカ(乾式シリカ、湿式シリカ、シリカゲル等)から適宜選択すればよい。親水性シリカビーズの形状についても特に限定されず、多面体や凹凸形など様々な形状を選択できる。また、多孔質性の親水性シリカビーズを用いてもよい。また、親水性シリカビーズに代えて、大径粒子を含めてもよい。例えば、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化アルミニウムなどの親水性酸化物微粒子を用いることができる。また、大径粒子として、アクリル樹脂製のビーズを含めてもよい。これらの粒子の平均粒径は、例えば、1~60μm、好ましくは、1~12μmである。
【0032】
(ベースコート層の塗布方法)
ベースコート層は、親水性シリカビーズと熱可塑性樹脂を溶剤に溶かし又は分散させた塗料を、基材2に塗布し乾燥させることで形成される。溶剤としては特に限定されないが、n-ヘキサン、シクロヘキサン、トルエン、ベンゼン、キシレンなどの炭化水素類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、アルコール類などがあげられる。
【0033】
親水性シリカビーズを含む場合、親水性シリカビーズが存在する部分や存在しない部分の厚さの平均を、ベースコート層の平均厚さとすると、平均厚さは、親水性シリカビーズの粒径と比べて幾らか小さく、0.2~1.5μm程度が好適である。親水性シリカビーズが全て熱可塑性樹脂に埋まっていては、親水性シリカビーズによる凹凸構造が形成されないので、隣接する親水性シリカビーズ間にエアーポケットのための適度な空間が生じるように、親水性シリカビーズに対する熱可塑性樹脂の塗布量が設定される。
【0034】
(O/W型エマルションの付着防止膜)
撥液性部位を有する樹脂6は、撥液性部位および親水性部位の共重合体とすることができる。特に、フッ素系共重合樹脂を用いることで、コーヒーフレッシュなどの水中油型(O/W型)エマルションの付着防止に適する撥液膜10が好適に得られる。このような共重合体は、例えば、撥液性部位を含む重合体と、親水性部位を含む重合体とのブロック共重合体の構造を含む。撥液性部位としては、フッ素樹脂からなる撥液性部位(パーフルオロアルキル基、ポリフロオロアルキル基、パーフルオロポリエーテル基など)が好適である。また、親水性部位としては、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、オキシエチレン基、アルコキシシリル基などを用いることができる。このようなブロック共重合体が、親水性シリカ微粒子を覆っていると、空気雰囲気下では、その表面自由エネルギーの関係から撥液性部位を含む共重合体が表面配向する。また、親水性部位を含む共重合体は、シラノール基などの表面親水性を有する親水性シリカ微粒子4との親和性が高く、ブロック共重合体と親水性シリカ微粒子4との結合に役立つ。
【0035】
ここで、本実施形態の撥液膜10に採用可能な撥液性部位および親水性部位の共重合体樹脂を構成する撥液性部位のうち、フッ素樹脂を含むものの例を式(1)に挙げる。
【0036】
【化1】
【0037】
また、本実施形態の撥液膜10に採用可能な共重合体樹脂を構成する親水性部位の例を式(2)に挙げる。
【0038】
【化2】
ここで、式中のRは水素または望ましくは6個より多くないアルキル基を示す。nは整数である。
【0039】
O/W型エマルションは、水性液体中に微小な油性のミセルが分散している状態である。本実施形態において撥液性部位を有する樹脂6が、フッ素などの撥液性部位を含む重合体と、親水性部位を含む重合体とのブロック共重合体からなっている場合、以下の理由で、O/W型エマルションの付着防止の効果を発揮する。
【0040】
まず、親水性粒子4の凝集体8がブロック重合体樹脂で覆われていると、ブロック重合体樹脂の親水性部位が親水性粒子4の凝集体8側に配向し、それに伴って撥液性部位が外側に配向する。
【0041】
そして、O/W型エマルションが撥液膜10に接すると、その親水性部位がエマルションの連続相である水を引き寄せるので、O/W型エマルションの油成分であるミセルが撥液膜10に接触し難くなり、ミセルの破損が防止される。
【0042】
また、撥液膜10の撥液性部位の重合体の存在により、引き寄せられた水で撥液膜10が濡れることも防止される。特にO/W型エマルションが撥液膜10に長時間接触した状態が続いた後でもこの付着防止機能が維持される。
【0043】
本実施形態の撥液膜10は、包装材用フィルムまたはシートに適しているし、既存の包装材用フィルムまたはシートに貼り合わせることにも適している。例えば、食品や化粧品、洗剤やシャンプー、リンスなどが入っているパウチ用の包装材として、または、例えば、ヨーグルトやプリン、ゼリーなどの食品容器の蓋材用の包装材として、本実施形態の撥液膜10を利用できる。また、クリームを使用したケーキ用の包装材として、団子等の粘性のあるタレがかかっている食品用の包装材としても、本実施形態の撥液膜10を利用できる。
【実施例0044】
以下、実施例に基づいて本発明についてさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例の内容に限定されるものではない。
【0045】
<実施例1-6および比較例1-5>
撥液膜のサンプルを次のように作製した。
(1)基材
基材として、表1に示すように、厚さ20μmのアルミ箔、または厚さ25μmの二軸延伸ポリプロピレンフィルム(OPP)を使用した。OPPの塗布面には、濡れ性を高めるためのコロナ処理を施した。
【0046】
(2)ベースコート層
表1に示す平均粒径の親水性シリカビーズと、熱可塑性樹脂として塩素化ポリオレフィン系樹脂とを使用し、溶剤に、以下の配合比で溶解・分散させて塗料を作製した。
実施例1は、熱可塑性樹脂のみ(親水性シリカビーズなし)でベースコート層を形成し、配合比は、樹脂:溶剤(トルエンのみ)=20:80(質量%)とした。
実施例2は、ベースコート層を形成しなかった。
実施例3-4の配合比はビーズ:樹脂:溶剤(トルエン、MEK)=3:10:87(質量%)とした。
実施例5-6の配合比はビーズ:樹脂:溶剤(トルエン、MEK)=6.2:7.8:86(質量%)とした。
塗料を表1の塗布量で基材に塗布後、乾燥してベースコート層を作製した。なお、塗布量は、溶剤を除く固形分の値である。
【0047】
(3)トップコート層
表1の平均一次粒子径の市販品の親水性フュームドシリカ微粒子を使用し、撥液性部位を含む樹脂にフッ素系共重合樹脂(ポリフルオロアルキルメタアクリレート樹脂を含む樹脂)を使用し、溶剤(水、2-プロパノール)に、以下の配合比で溶解・分散させて塗料を作製した。
実施例1-4の配合比はシリカ:樹脂:溶剤=5:5:90(質量%)とした。
実施例5-6の配合比はシリカ:樹脂:溶剤=4.8:3.2:92(質量%)とした。
塗料を表1の塗布量で基材に塗布後、乾燥してトップコート層を作製した。
【0048】
比較例1-5のサンプルについても表1の通り作製し、作製方法、材料等は実施例と同様とした。なお、比較例1では溶剤に水を用いた。
【0049】
【表1】
【0050】
(4)撥液膜の表層部の組成比の測定方法
X線光電子分光分析装置(XPS装置)を使って、撥液膜の表層部(撥液膜の表面から約5nmの深さまでの範囲)に含まれるフッ素(F)、酸素(O)、炭素(C)、ケイ素(Si)の組成比(含有量の比率)を次の条件で測定した。
XPS装置:Kratos社製 AXIS NOVA
X線源:単色化Al Kα
X線出力 エミッション:15mA
アノード HT:15kV
測定面積:700μm×300μm
【0051】
(5)撥液膜の表層部から内部の範囲の組成比の測定方法
エネルギー分散型X線分析装置付きの走査型電子顕微鏡(SEM-EDS装置)を使って、以下のマッピング条件で元素マッピングデータを測定し、これに基づいて、撥液膜の表層部から内部の範囲(撥液膜の表面から約2~3μmの深さまでの範囲)に含まれるフッ素(F)、酸素(O)、炭素(C)、ケイ素(Si)の組成比(含有量の比率)を取得した。
SEM-EDS装置:日本電子社製 JSM-IT100
加速電圧:10kV
プロセスタイム:T2
デッドタイム(P.C.):75
倍率:5000倍
解像度:1024×768(ピクセル)
スキャン回数:10回
分析に使用した特性X線:Kα線
【0052】
発明者らは、撥液膜におけるフッ素の含有量に着目したのであるが、XPS及びSEM-EDSのいずれか一方の測定方法によるのではなく、XPS及びSEM-EDSの両方の測定方法によるフッ素の含有量の違いに着目している。つまり、親水性シリカ微粒子による複雑な凹凸構造を有する撥液膜において、その凹凸状の表面付近(例えば表面から約5nmの深さまで)のフッ素の含有量と、その凹凸状の表面から比較的深い位置までの範囲(例えば表面から約2~3μmの深さまで)のフッ素の含有量とが、それぞれ適切な数値である場合に、優れた撥液性を発現するのである。
【0053】
(6)撥液性の評価方法
撥液膜の撥液性を水および2種類の油の接触角に基づいて次のように評価した。
純水 :撥液膜の上に純水10μLを載せて、
接触角計 DropMasterシリーズ DMs-401
(協和界面科学社製)を用いて接触角を測定した。
オレイン酸 :撥液膜の上にオレイン酸10μLを載せて、水と同様に測定した。
ヘキサデカン:撥液膜の上にヘキサデカン10μLを載せて、水と同様に測定した。
【0054】
純水の接触角が150°以上であり、かつ、オレイン酸の接触角が130°以上である場合を「優れた撥液性を示す」と評価し、「A」で示す。この中で、さらに、ヘキサデカンの接触角が120°以上であるものは「より優れた撥液性を示す」と評価し、「AA」で示す。純水の接触角が150°未満、または、オレイン酸の接触角が130°未満であるものを「B」で示す。
【0055】
XPS測定の結果を表2に示し、SEM-EDS測定の結果を表3に示す。各組成の含有量の単位は原子パーセント(原子%)である。撥液性の評価結果を表4に示す。
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
表2~表4の結果が示す通り、実施例1-6のサンプルについては、表層部のフッ素の含有量が、25原子%以上、50原子%以下の範囲に入った。また、表層部から内部の範囲におけるフッ素の含有量が、5原子%以下であった。そして、実施例1-6のサンプルはどれも「A」以上の撥液性を示した。特に、実施例3-6のようにベースコート層に親水性シリカビーズによる比較的大きな凹凸構造が形成されているものでは、撥液性の評価が最良である「AA」になった。
【0060】
実施例1-6のサンプルは、ベースコートの有無、およびベースコートの成分の組合せが異なる等の相違がある。一方、共通点は、ベースコートの表面または基材の表面に、トップコート層の親水性シリカ微粒子の凝集体が分布していること、および、これらによる凹凸構造の表面がフッ素系共重合樹脂で覆われていることである。
【0061】
表2のXPS測定のフッ素の含有量は、丁度、トップコート層の凹凸状の表面(約5nmの深さ)におけるフッ素の分布状態を示し、この範囲には、フッ素系共重合樹脂が集積していて、親水性シリカ微粒子の分布が少ないことを示していると言える。また、表3のSEM-EDS測定のフッ素の含有量は、丁度、トップコート層の全体におけるフッ素の割合が、表面でのフッ素の割合よりも低いことを示していると言える。そして、これらの数値が上記の範囲に入っている場合に、優れた撥液性を有する膜が形成されると言える。
【0062】
これに対し、比較例1のサンプルでは、トップコート層(ベースコート層なし)がフッ素系共重合樹脂のみで形成されているので、親水性シリカ微粒子による凹凸構造は無く、表2のXPS測定(表層部)のフッ素の含有量が過大(50原子%を超える)になった。また、比較例1のサンプルは、表3のSEM-EDS測定(トップコート層の全体)のフッ素の含有量も大きく(5原子%以上)なった。
また、比較例2のサンプルは、トップコート層に含まれる親水性シリカ微粒子の割合が小さい(12質量%)ため、親水性シリカ微粒子による凹凸構造よりも、その表面を覆うフッ素系共重合樹脂が体積的に多くなり、表2の表層部におけるフッ素の含有量は50原子%以下ではあるが、表3のトップコート層の全体(表層部から内部まで)におけるフッ素の含有量が大きく(5原子%以上)なった。
このため、比較例1,2のサンプルは、表4に示すように、水および油の接触角が小さく、撥液性の評価が低い(「B」)。
【0063】
また、比較例3-5のサンプルは、種々の平均一次粒子径の親水性シリカ微粒子を用いてトップコート層を形成している。そして、これらのサンプルには、親水性シリカ微粒子が一定以上の割合で含まれていて、親水性シリカ微粒子の凝集体による凹凸構造が形成されているものと言える。比較例3-5のサンプルでは、表3のSEM-EDS測定(トップコート層の全体)のフッ素の含有量が規定内(5原子%以下。なお、比較例5ではフッ素の含有量が検出下限に達しなかった。)であるが、表2のXPS測定(表層部)のフッ素の含有量が低い(25原子%以下)。これらのサンプルでは、親水性シリカ微粒子の凝集体による凹凸構造の表面を覆うフッ素系共重合樹脂が不足し、凹凸構造の表面付近まで親水性シリカ微粒子が分布しているためと考えられる。これらの構造では、凹凸構造の表面に分布するフッ素が不足していて、表4のように撥液性が不十分である(「B」)。
【0064】
なお、表2に示すように、表層部におけるケイ素(Si)に対するフッ素(F)の含有量の比率については、実施例1-6および比較例1-3のサンプルが、いずれも1以上になり、特に、実施例1-6のサンプルでは、比率が3~4の間に入っている。表層部でのSiに対するFの含有量の比率が1以上であることが、優れた撥液性を発現するための要件になり得る。
【0065】
また、表2にて、表層部におけるフッ素(F)と酸素(O)の含有量を比較すると、実施例1-6および比較例1-2のサンプルで、いずれも酸素Oよりもフッ素Fの含有量の方が大きい。表層部でのフッ素Fが酸素Oの含有量よりも大きいことが、優れた撥液性を発現するための要件になり得る。
【0066】
また、表3に示すように、トップコート層の全体におけるフッ素(F)の含有量については、実施例1-6および比較例2-5のサンプルが、いずれも酸素(O)の含有量よりも小さくなった。トップコート層の全体において、フッ素Fが酸素Oの含有量よりも小さいことが、優れた撥液性を発現するための要件になり得る。
【0067】
SEM-EDS測定のエネルギー分布図を5000倍のSEM画像とともに図2図4に示す。SEM画像のスケールバーは5μmである。SEM-EDS測定のエネルギー分布図には、C,O,F,Siの成分のピークの他、塩素(Cl)のピークも検出されていることが分かる。これは、ベースコート層の熱可塑性樹脂として用いた塩素化ポリオレフィン系樹脂のCl成分と考えられる。
【0068】
図2図4のSEM画像に比較的大きく写っている球体は、親水性シリカビーズである。なお、撥液膜のSEM画像が示すように、撥液膜の外観的構造の特徴だけでは、優れた撥液性を示す構造とそうではない構造とを区別することが困難である。そのため、本発明のように、撥液膜におけるフッ素の含有量に着目し、XPS及びSEM-EDSの両方の測定方法によるフッ素の含有量がそれぞれ所定の数値範囲に入っているかどうかによって、優れた撥液性を示す構造であるかどうかを判断できることのメリットは非常に大きい。
【0069】
実施例1と同等の条件(親水性シリカビーズを含まないベースコート層:0.64g/m、トップコート層:0.71g/m)で形成した撥液膜のサンプルについて、上記とは異なるX線光電子分光分析装置(XPS装置)を使って、撥液膜に含まれるフッ素(F)、酸素(O)、カリウム(K)、炭素(C)、塩素(Cl)、ケイ素(Si)の組成比を次の条件で測定した。
XPS装置:アルバック ファイ社製 PHI QUANTERA SXM
X線源:単色化Al Kα線
X線出力:25W
X線ビーム径:100μm
光電子取り出し角:45°
アルゴンイオン(Ar+)によるスパッタ速度:約15nm/min(SiO換算)
スパッタ深さ 1回目:0nm
2回目:7.5nm
3回目:15nm
その結果を図5に示す。KとClの組成比は微小である。スパッタ深さ(0nm)での測定結果を4成分(F,O,C,Si)のみの数値に換算することで、
F :34.1原子%、
O :31.1原子%、
C :23.0原子%、
Si:11.8原子%
が得られる。この結果、撥液膜の表層部のF,O,C,Siの原子の総数を基準として、Fの含有量が25原子%以上、50原子%以下になっていることが分かる。
【符号の説明】
【0070】
2 基材
4 親水性粒子
6 撥液性部位を有する樹脂
8 凝集体
10 撥液膜
図1
図2
図3
図4
図5