(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023053647
(43)【公開日】2023-04-13
(54)【発明の名称】ユーグレナの培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20230406BHJP
【FI】
C12N1/12 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021162812
(22)【出願日】2021-10-01
(71)【出願人】
【識別番号】503333360
【氏名又は名称】スバル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 俊之助
(72)【発明者】
【氏名】東海 彰太
(72)【発明者】
【氏名】受川 友衣乃
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA83
4B065BB15
4B065BB16
4B065BC02
4B065BC03
4B065CA41
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】ユーグレナを大量培養する技術を提供することである。
【解決手段】本発明のユーグレナの培養方法は、グルコース濃度が2w/v%よりも高い培養液に対する耐性を有する糖耐性ユーグレナを、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを含み、糖類の濃度の合計が、2w/v%よりも高い増殖用培養液を用いて培養し、増殖させるものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコース濃度が2w/v%よりも高い培養液に対する耐性を有する糖耐性ユーグレナを、
フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを含み、糖類の濃度の合計が、2w/v%よりも高い増殖用培養液を用いて培養し、増殖させる、ユーグレナの培養方法。
【請求項2】
前記増殖用培養液が、更にグルコースを含むものである、
請求項1に記載のユーグレナの培養方法。
【請求項3】
前記増殖用培養液が、
ショ糖を含むものであって、該培養液中のショ糖濃度が4w/v%よりも高いものである、
請求項1に記載のユーグレナの培養方法。
【請求項4】
前記増殖用培養液の培養開始時におけるpHが4.0~5.0である、
請求項3に記載のユーグレナの培養方法。
【請求項5】
前記増殖用培養液の培養期間中におけるpHが0.5~5.0である、
請求項3に記載のユーグレナの培養方法。
【請求項6】
培養温度が20℃~35℃である、
請求項3~5のいずれかに記載のユーグレナの培養方法。
【請求項7】
少なくとも、グルコース濃度が0w/v%から2w/v%までの間の所定の濃度である低濃度培養液と、グルコース濃度が2w/v%よりも高く且つ8w/v%以下の所定の濃度である高濃度培養液とを含む、グルコース濃度が異なる複数種類の馴化用培養液を用意し、グルコース濃度が低い馴化用培養液から順に該馴化用培養液を使ってユーグレナを培養する馴化工程と、
前記馴化工程で得られたユーグレナを、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを含み、糖類の濃度の合計が、前記高濃度培養液におけるグルコースの濃度と同じか、それよりも高い増殖用培養液を用いて培養し、増殖させる増殖工程と、
を有するユーグレナの培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ユーグレナの培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細藻類の一種であるユーグレナ(Euglena gracilis)は長さが約50μm、幅が約10μm、植物にも動物にも属する生き物である。ユーグレナはミドリムシとしても知られており、光合成によって水と二酸化炭素から有機化合物を合成し、酸素を放出する。
【0003】
ユーグレナは、それ自身の栄養価が高いことから、乾燥粉末が食品添加物や栄養補助食品(サプリメント)として利用されている。また、ユーグレナの産生物質のひとつであるパラミロンは、ナノファイバーの原料物質として利用され、ワックスエステル(炭素数が十数個のアルコールとカルボン酸からなるエステル化合物)は燃料としての活用が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許出願公開第2003/0180898号明細書
【特許文献2】特開昭63-71192号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ogbonna, JC., Tomiyama, S., Tanaka, H., Heterotrophic cultivation of Euglena gracilis Z for efficient production of alpha-tocopherol. Journal of Applied Phycology 10, 67.
【非特許文献2】Doucha, J., Livansky, K.,(2011), Production of high-density Chlorella culture grown in fermenters. J Appl Phycol, 24, 35-43.
【非特許文献3】Swaaf, ME., Sijtsma, L.,Pronk, JT., (2003), High-cell-density fed-batch cultivation of the docosahexaenoic acid producing marine alga Crypthecodinium cohnii. Biotechnol Bioeng, 81, 666-672.
【非特許文献4】Schmidt, RA., Wiebe, MG., Eriksen, NT., (2005), Heterotrophic high cell-density fed-batch cultures of the phycocyanin-producing red alga Galdieria sulphuraria. Biotechnol Bioeng, 90, 77-84. 29-36.
【非特許文献5】Ganuza, E., et al., (2008), High-cell-density cultivation of Schizochytrium sp. In an ammonium/pH-auxostat fed-batch system. Biotechnology Letters. 30, 1559-1564.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ユーグレナが産生する物質の工業的、商業的利用を実現するためには、ユーグレナを安定的に且つ大量に培養する技術が求められる。
【0007】
一般的に、微生物を大量に培養する場合、培養槽内に微生物を高密度に充填して培養する高密度培養法が用いられる。高密度培養における培養能力は、例えば、一度に培養可能な単位容量当たりの微生物の量(これを最大バイオマス収量という)で表すことができる。これまでに報告されている高密度培養における微細藻類の最大バイオマス収量は、クロレラ属(chlorella vulgaris)が117.2g/L、クリプテコディヌウム属(Cryptecodiniumu cohnii)が109.0g/L、ガルディエリア属(Galdieria sulphurariaha)が116.0g/L、スラウストキトリアルス(Thraustochytriales)が221.0g/Lであるのに対して、ユーグレナ(Euglena gracilis)では48.2g/Lであり、他の微細藻類に比べるとユーグレナは最大バイオマス収量が低く(特許文献1、2、非特許文献1~5)、ユーグレナの最大バイオマス収量を高めることができる培養条件が模索されていた。なお、ここでは、単位容量当たりの微細藻類の乾燥重量でバイオマス収量が表されている。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、ユーグレナを大量培養する技術の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
一般的に、培養液に含まれるグルコース等の炭素源の濃度が高いほど微細藻類の高密度培養が可能となり、バイオマス収量が増加する。ところが、ユーグレナを培養する場合、培養液に含めることができるグルコース濃度はせいぜい2w/v%程度で、それ以上にグルコース濃度を高めるとかえって増殖率が低下したり、増殖阻害が起きたりすることが知られていた。これに対して、本発明者は、ユーグレナの培養液に含まれるグルコース濃度を徐々に高めていくことにより、グルコース濃度が高い培養液に対して、つまり高濃度グルコースに対して耐性を有するユーグレナが現れることを見出した。以下、このように、ユーグレナに高濃度グルコースに対する耐性を獲得させることを、「馴化」とよぶ。
【0010】
そして、本発明者は、上記の知見に基づき、先の出願(特願2021-066518)において、培養液に含まれるグルコースの濃度を徐々に高めつつユーグレナを培養する馴化工程と、該馴化工程で得られた、高濃度グルコースに対する耐性を有するユーグレナを、グルコース濃度の高い培養液で培養する増殖工程と、を有するユーグレナの培養方法を提案した。このような、ユーグレナの培養方法によれば、増殖工程においてグルコース濃度の高い培養液(例えば、グルコース濃度が2w/v%より高く且つ8w/v%以下の培養液)を使ってユーグレナを培養しても、増殖率が低下したり増殖が阻害されたりすることがなく、ユーグレナを安定的に且つ効率よく大量培養することが可能となる。
【0011】
更に、本発明者は、前記馴化工程によって作出された、高濃度グルコースに対する耐性を有するユーグレナが、その他の糖についても高濃度耐性を有することを見出した。本発明はこのような知見に基づきなされたものである。
【0012】
すなわち、上記課題を解決するために成された本発明に係るユーグレナの培養方法は、グルコース濃度が2w/v%よりも高い培養液に対する耐性を有する糖耐性ユーグレナを、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを含み、糖類の濃度の合計が、2w/v%よりも高い増殖用培養液を用いて培養し、増殖させるものである。
【0013】
本発明において、「グルコース濃度が2w/v%よりも高い培養液に対する耐性を有する」とは、グルコース濃度が2w/v%よりも高いいずれかの濃度である培養液中での増殖率が、(グルコース濃度以外は前記培養液とほぼ同一の組成であって)グルコース濃度が2w/v%以下である培養液中における増殖率よりも高いユーグレナを意味する。
【0014】
また、上記本発明に係るユーグレナの培養方法は、前記増殖用培養液が、ショ糖を含むものであって、該培養液中のショ糖濃度が4w/v%より高いものとしてもよい。
【0015】
上記本発明に係るユーグレナの培養方法において、前記糖耐性ユーグレナとしては、培養液に含まれるグルコースの濃度を徐々に高めつつユーグレナを培養することによって作出されたものを用いることができる。
【0016】
すなわち、上記課題を解決するために成された本発明に係るユーグレナの培養方法は、少なくとも、グルコース濃度が0w/v%から2w/v%までの間の所定の濃度である低濃度培養液と、グルコース濃度が2w/v%よりも高く且つ8w/v%以下の所定の濃度である高濃度培養液とを含む、グルコース濃度が異なる複数種類の馴化用培養液を用意し、グルコース濃度が低い馴化用培養液から順に該馴化用培養液を使ってユーグレナを培養する馴化工程と、前記馴化工程で得られたユーグレナを、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを含み、糖類の濃度の合計が、前記高濃度培養液におけるグルコースの濃度と同じか、それよりも高い増殖用培養液を用いて培養し、増殖させる増殖工程と、を有するものとすることができる。
【0017】
また、前記糖耐性ユーグレナは、上述の馴化工程によって作出されたもののほか、天然の淡水中又は海水中から採取した、天然のユーグレナの中から所定の条件を満たすものを選抜し分離することで取得されたものであってもよく、天然のユーグレナ若しくは微生物保存機関から取得したユーグレナの継代培養を続けるなかで現れた自然変異種であってもよい。また、糖耐性ユーグレナは、公知の方法で突然変異を誘導させたり、遺伝子組み換えやゲノム編集等の技術を利用したりして人為的に作出することもできる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ユーグレナを安定的に且つ効率よく大量培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明におけるユーグレナの培養方法の一例を示すフローチャート。
【
図2】実験例1における各種培養液の濁度の時間的変化を示すグラフ。
【
図3】実験例1における各種培養液のグルコース濃度の時間的変化を示すグラフ。
【
図4】実験例1における培養開始後124時間の各種培養液における細胞数及びバイオマス収量を示すグラフ。
【
図5】実験例3における培養液の濁度、pH、Brix値、及びグルコース濃度の時間変化を表したグラフ。
【
図6】実験例3における糖耐性株及び未馴化株の培養液の濁度の時間変化を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施形態に係るユーグレナの培養方法は、グルコース濃度が2w/v%よりも高い培養液に対する耐性を有する糖耐性ユーグレナを、フルクトース(果糖)及びショ糖(スクロース)のうちの少なくとも1つを含み、糖類の濃度の合計が、2w/v%よりも高い増殖用培養液を用いて培養し、増殖させることを特徴とするものである。
【0021】
なお、本発明における「ユーグレナ」とは、典型的にはユーグレナ属のユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)であるが、ユーグレナ属であればそれ以外の種(species)であってもよい。
【0022】
本発明における糖耐性ユーグレナとしては、例えば、培養液に含まれるグルコースの濃度を徐々に高めつつユーグレナを培養することによって作出されたものであって、2w/v%よりも高い濃度のグルコースに耐性を有するもの(望ましくは4w/v%以上の濃度のグルコースに耐性を有するもの)を用いることができる。
【0023】
以下、本発明に係るユーグレナの培養方法の一例について、
図1のフローチャートを参照しつつ説明する。この例では、糖耐性ユーグレナを作出するために、グルコース濃度が0w/v%から2w/v%までの間の所定の濃度である低濃度培養液と、グルコース濃度が2w/v%よりも高く且つ8w/v%以下の所定の濃度である高濃度培養液と、グルコース濃度が前記低濃度培養液よりも高く、前記高濃度培養液よりも低い濃度である中間濃度培養液とを使用する。
【0024】
まず、前記低濃度培養液を用いて、糖耐性を有しないユーグレナを培養する(ステップS11)。ここで、糖耐性を有しないユーグレナとは、グルコース濃度が2w/v%よりも高い培養液中での増殖率が、(グルコース濃度以外の組成が前記培養液とほぼ同じであって)グルコース濃度が2w/v%以下である培養液中における増殖率よりも低いユーグレナを意味する。このようなユーグレナとしては、湖沼や池、水田等の天然の淡水中あるいは海水中から採取したもの、市販されているもの、又は微生物保存機関から入手したものなどを用いることができる。
【0025】
そして、前記低濃度培養液を用いた培養の開始から所定の期間が経過した時点、又は前記低濃度培養液中でユーグレナがある程度増殖した時点(例えば該培養液の濁度が所定の値を超えた時点)で、増殖したユーグレナを含む低濃度培養液を所定量採取し、前記中間濃度培養液に植え継いで培養する(ステップS12)。
【0026】
その後、前記中間濃度培養液を用いた培養の開始から所定の期間が経過した時点、又は前記中間濃度培養液中でユーグレナがある程度増殖した時点で、増殖したユーグレナを含む中間濃度培養液を所定量採取し、前記高濃度培養液に植え継いで培養する(ステップS13)。その後は、前記高濃度培養液を用いた培養の開始から所定の期間が経過した時点、又は前記高濃度培養液中でユーグレナがある程度増殖した時点で、該高濃度培養液による培養を終了する。
【0027】
以上のステップS11~S13が本発明における「馴化工程」に相当する。また、ここでは前記低濃度培養液、中間濃度培養液、及び高濃度培養液が本発明における「馴化用培養液」に相当する。前記馴化用培養液としては、ユーグレナ等の微細藻類の培養に一般的に使用される培養液に適宜の量のグルコースを添加してグルコース濃度を調整したものを用いることができる。なお、上記では中間濃度培養液を1種類のみとしたが、中間濃度培養液を、濃度が異なる複数種類の培養液から成るものとしてもよい。このとき、中間濃度培養液のグルコース濃度は、低濃度培養液よりも高く、高濃度培養液よりも低い濃度範囲を等分した値に設定すると、馴化工程で用いられる馴化用培養液のグルコース濃度を直線的に高めることができる点で好ましいが、これに限定されるものではない。また、馴化用培養液を、グルコース濃度が0w/v%から2w/v%までの間の所定の濃度である低濃度培養液と、グルコース濃度が2w/v%よりも高く且つ8w/v%以下の所定の濃度である高濃度培養液の2種類の培養液から成るものとして、中間濃度培養液による培養(ステップS12)を省略してもよい。
【0028】
続いて、前記馴化工程を経たユーグレナの中から増殖能力の高いユーグレナを選抜する(ステップS14)。具体的には、例えば、前記ステップS13における培養が終了した後の培養液(つまり糖耐性ユーグレナを含む高濃度培養液)を寒天培地に塗り広げ、所定期間に亘って培養した後、前記寒天培地に出現したコロニーを観察し、増殖速度が速かったコロニーを増殖速度順に1つ又は複数個採取する。このような選抜工程を行うことにより、後の増殖工程におけるユーグレナの増殖率を高めることができる。ただし、このような選抜工程は必ずしも行わなくてもよい。
【0029】
その後、上記の選抜工程(ステップS14)で選抜したコロニーを、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを含む増殖用培養液に植え継いで、ユーグレナを増殖させる(ステップS15)。このステップS15が本発明における「増殖工程」に相当する。なお、選抜工程(ステップS14)を省略する場合は、ステップS13が終了した後に、糖耐性ユーグレナを含む高濃度培養液を所定量採取し、前記増殖用培養液に植え継いで増殖させる。
【0030】
前記増殖用培養液としては、ユーグレナ等の微細藻類の培養に一般的に使用される培養液に、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つを適宜の量添加して、該培養液中における糖類の濃度の合計を、前記高濃度培養液におけるグルコースの濃度と同じか、それよりも高い濃度、例えば、2w/v%より高濃度(望ましくは4w/v%以上)であって、且つ25w/v%以下(望ましくは20w/v%以下)に調整したものを用いることができる。
【0031】
前記増殖用培養液を、フルクトースを含むものとする場合には、該培養液中のフルクトース濃度は、2w/v%より高濃度(より望ましくは4w/v%以上)であって、且つ15w/v%以下(より望ましくは10w/v%以下)とすることが望ましい。
【0032】
なお、前記増殖用培養液を、フルクトースを含むものとする場合、該増殖用培養液は、更にグルコースを含むものとしてもよい。その場合、該培養液中の糖類の濃度の合計は、2w/v%より高濃度(より望ましくは4w/v%以上)であって、且つ15w/v%以下(より望ましくは10w/v%以下)とすることが望ましい。
【0033】
一方、前記増殖用培養液を、ショ糖を含むものとする場合には、該培養液中におけるショ糖濃度が、4w/v%よりも高濃度(より望ましくは7w/v%以上)であって、且つ25w/v%以下(より望ましくは20w/v%以下)とすることが望ましい。なお、二糖であるショ糖の水溶液は、同じ重量パーセント濃度で比較した場合、単糖であるグルコース等の水溶液よりも、浸透圧が低くなる。そのため、ショ糖は、グルコース等の単糖よりも高濃度(重量基準)で培地成分として使用することができる。また、ショ糖は、そのままではユーグレナの栄養源として利用されないが、加水分解によって単糖であるグルコースとフルクトースに分かれると、ユーグレナの栄養源として利用可能となる。すなわち、増殖用培養液としてショ糖を含む培養液を使用した場合、ユーグレナを培養する過程でショ糖が自然加水分解され、培養液中にグルコース及びフルクトースが徐放的に供給されていく。そのため、前記増殖用培養液としてショ糖を含むものを使用することにより、増殖用培養液によるユーグレナの培養開始後に、培養液に炭素源となる糖を補給する頻度を下げたり、補給の必要をなくしたりすることができる。
【0034】
なお、培養液の温度が高いほど、又は培養液のpHが低いほどショ糖の加水分解が促進される。ただし、温度が高すぎたりpHが低すぎたりした場合には、加水分解が過剰に進行して培養液中の単糖の濃度が高くなり、ユーグレナの生育が阻害されるおそれがある。そのため、ショ糖を含む増殖用培養液を使用する場合、培養期間中における温度は20℃~35℃程度とし、増殖用培養液のpHは0.5~5.0に維持することが望ましい。また、ユーグレナの培養においては、ユーグレナが増殖するにつれて、窒素源として培養液に添加されているアンモニウム塩(例えば、硫酸アンモニウム又はリン酸アンモニウムなど)に由来するアンモニウムが消費されていき、その結果、前記アンモニウム塩に由来する硫酸イオンやリン酸イオンがpHに与える影響が相対的に大きくなって、培養液のpHが徐々に下がっていく。そのため、増殖用培養液による培養(すなわち増殖工程)の開始時点では、pHを比較的高く(例えば、pH4.0~5.0程度)してショ糖の加水分解速度を抑えておき、その後の、ユーグレナの増殖に伴う培養液のpH低下によってショ糖の加水分解が促進されていくようにしてもよい。このようにすることで、単糖の濃度上昇によってユーグレナの増殖が抑制されるのを防止しつつ、培養開始時点における増殖用培養液中に比較的高濃度のショ糖を含有させることが可能となる。
【0035】
上記の例では、馴化工程によってユーグレナに糖耐性を付与した上で、増殖用培養液による培養(増殖工程)を行うものとしたが、予め糖耐性ユーグレナが用意されている場合には、前記馴化工程を省略することができる。例えば、グルコース濃度が2w/v%よりも高い(望ましくは4w/v%以上である)培養液に対する耐性を既に有しているユーグレナを使用する場合には、上記のような低濃度培養液、中間濃度培養液、及び高濃度培養液(又は低濃度培養液及び高濃度培養液)を用いた培養を経ずに、培養開始当初から増殖用培養液を使用することができる。
【0036】
なお、本発明における糖耐性ユーグレナは、上述の馴化工程において、グルコースに代えて、フルクトース及びショ糖のうちの少なくとも1つの糖の濃度を徐々に高めつつユーグレナを培養することによって作出されたものであってもよい。また、本発明における糖耐性ユーグレナは、上記のような馴化工程によって作出されたもののほか、天然の淡水中又は海水中から採取した、天然のユーグレナの中から所定の条件を満たすものを選抜し分離することで取得されたものであってもよく、天然のユーグレナ、市販のユーグレナ、又は微生物保存機関から取得したユーグレナの継代培養を続けるなかで現れた自然変異種であってもよい。また、糖耐性ユーグレナは、公知の方法で突然変異を誘導させたり、遺伝子組み換えやゲノム編集等の技術を利用したりして人為的に作出することもできる。
【実施例0037】
以下、本発明に関連して行った実験例について説明する。
【0038】
[実験例1]
糖耐性ユーグレナを増殖させる際の培養条件を検討するため、培養液のpH、又は培養液中のフルクトース及び/又はグルコース濃度を異ならせた複数種類の培養液を用いて、糖耐性ユーグレナの培養を行った。前記糖耐性ユーグレナとしては、国立環境研究所から入手したユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis Z株 NIES48)から馴化工程及び選抜工程を経て作出された、5w/v%グルコースに対する耐性を有するユーグレナを使用した。前記糖耐性ユーグレナの作出方法は、本件出願人による関連出願である特願2021-066518に詳しく記載されている。
【0039】
培養液としては、表1に示す組成の培養液に2N(規定度)の水酸化ナトリウム又は2Nの塩酸を添加することによって、pHをそれぞれ表2に示すように調整し、その後、25g/L~50g/Lの適宜の量のグルコース、25g/L~100g/Lの適宜の量のフルクトース、又はその両方を添加することによって、グルコース及び/又はフルクトースの濃度をそれぞれ表2のように調整した培養液を用いた。なお、本実験例及び後述の実験例2、3では、グルコース及びフルクトース(並びにショ糖)の濃度(%)を、いずれも溶質重量/容量%(w/v%)で表す。
【表1】
【表2】
【0040】
100mL容量のバッフル付きフラスコを複数個用意し、上記の各培養液をそれぞれ異なるフラスコに50mLずつ入れ、滅菌した後、各フラスコ中の培養液に、上記糖耐性ユーグレナをそれぞれ所定量ずつ植藻(植菌ともいう)した。これを、温度28℃、撹拌速度100rpm、暗黒下の条件で124時間、回転振とう培養を行った。培養を開始してから適宜のタイミングで、増殖したユーグレナを含む培養液を採取し、その濁度(OD660)、グルコース濃度(残糖量)、細胞数、及びバイオマス収量(1Lあたりの乾燥藻体重量)を測定した。なお、細胞数の測定には、一般的なセルカウンターを使用した。
【0041】
<グルコース濃度の測定>
採取した1.5mLの培養液に含まれるグルコースの濃度を、グルコースC-IIテストワコーキット(ムタロターゼ・GOD法、和光純薬株式会社製)を用いて測定した。測定波長は550nmに設定した。
【0042】
<バイオマス収量の測定>
(1) 恒量になった1.5mL容量のエッペンドルフチューブに、採取した1.0mLの培養液を入れ、遠心分離(5000rpm、5分間)を行った。
(2) 遠心分離の後、上清を除去し、そこに、0.8%生理食塩水を1.0mL加え、ボルテックスミキサーを用いて撹拌した。
(3) 再び、遠心分離(5000rpm、5分間)を行い、上清を除去した。
(4) (2)及び(3)の工程を再度繰り返した。
(5) エッペンドルフチューブを加熱し、該チューブ内の細胞(ユーグレナの細胞)を乾燥した(105℃、12時間)。
(6) エッペンドルフチューブをデシケーターに入れて放冷した後、エッペンドルフチューブの重量を測定し、そこから該エッペンドルフチューブの初期重量を差し引いて細胞の乾燥細胞重量を算出した。
【0043】
図2は、各培養液の濁度(OD
660)の時間的変化を示すグラフである。濁度(OD
660)は増殖率を表す指標であり、値が大きいほどユーグレナが増殖したこと(増殖率が大きいこと)を示す。同図から分かるように、グルコース濃度が5%であって、且つpHが4.5、3.5、2.5のもの(図中の(1)-(3))では、pHが低いものほど増殖速度が低くなった。また、pHが4.5で、且つグルコースとフルクトースの両方を添加した培養液を用いたもの(図中の(4)-(8))及びフルクトースのみを添加した培養液を用いたもの(図中の(9)-(11))では、いずれも糖濃度の合計が5%程度のときに最も増殖速度が高くなり、それ以上の濃度では増殖速度が低くなった。なお、関連出願(特願2021-066518)で示したように、グルコースのみを添加した培養液で糖耐性ユーグレナを培養した場合には、糖濃度8%の条件下で増殖がみられるまでに長時間(培養開始から200時間程度)を要したが、前記フルクトースのみを添加した培養液では、
図2中の(10)のグラフに示す通り、糖濃度8%の条件下において、比較的短時間(培養開始から48~72時間程度)で増殖が確認された。
【0044】
図3は各培養液におけるグルコース濃度の時間的変化を示すグラフである。同図から分かるように、グルコースを添加した培養液を用いたもの(図中の(1)-(8))では、増殖速度が高いものほど培養液中のグルコースが大きく減少していた。
【0045】
図4は培養開始後124時間における、各培養液についての細胞数及びバイオマス収量を示すグラフであり、同グラフの左側の縦軸はバイオマス収量(g/L)を示し、右側の縦軸は細胞数(個/mL)を示している。同図から分かるように、細胞数及びバイオマス収量についても、pHが4.5であって、且つ糖濃度の合計が5%程度のときに多くなり(図中の(1)、(7)、(9))、それ以上の糖濃度では細胞数及びバイオマス収量が低くなった(図中の(4)-(8))。
【0046】
以上の通り、グルコースを用いた馴化工程によって作出された糖耐性ユーグレナが、グルコースのみならず、フルクトースに対しても同等又はそれ以上の耐性を有することが分かった。
【0047】
[実験例2]
次に、ショ糖の加水分解条件を検討するため、飽和状態のショ糖水溶液を、種々のpH及び温度条件下に置いたときのグルコース濃度及びBrix値を測定した。なお、グルコース濃度の測定方法は実験例1で説明した通りである。
【0048】
実験開始時点では、前記ショ糖水溶液は、Brix値:69.85%、グルコース濃度:1.02%、pH7.318であった。このショ糖水溶液10mLに対して2mol/LのH2SO4を50μL添加してpHを1.4に調整した。
【0049】
上記pH1.4のショ糖水溶液を室温で静置したところ、3時間後にはグルコース濃度が1.8%となり、24時間後にはグルコース濃度が11.4%、Brixが69.532%となった。また、5日後にはグルコース濃度が24.7%、Brixが70.985%となった。一方、上記pH1.4のショ糖水溶液を70℃で静置したところ、3時間後にはグルコース濃度が51.1%、Brixが71.638%となり、5.5時間後にはグルコース濃度が54.3%となった。また、上記の飽和ショ糖水溶液に2mol/LのH2SO4を添加してpH4.5に調整したものをオートクレーブしたところ、オートクレーブ直後のグルコース濃度は7.5%となった。これを更に70℃の条件下に静置したところ、1時間後のグルコース濃度は12.4%、Brixは74.759%であり、5日後のグルコース濃度は31.7%、Brixは85.480%であった。
【0050】
上記の通り、70℃に置いたものの方が、室温に置いたものよりBrix値の低下及びグルコース濃度の上昇が早く、温度が高いほどショ糖の加水分解が促進されることが確かめられた。なお、上記のグルコース濃度及びBrix値によれば、室温ではショ糖が数日掛けて徐々に加水分解されたのに対し、70℃では数時間でショ糖がほぼ全て加水分解されたと推測される。また、上記の結果から、pHが低い方がショ糖の加水分解が早く進行することが確認された。
【0051】
[実験例3]
糖耐性ユーグレナを増殖させる際の培養条件を更に検討するため、ショ糖を含む培養液を使用してユーグレナの培養を行った。前記ユーグレナとしては、実験例1と同様の糖耐性ユーグレナを使用した。
【0052】
培養液としては、表1で示した組成の培養液に2Nの水酸化ナトリウム又は2Nの塩酸を添加することによって、pHを4.5程度に調整し、その後、70g/Lのショ糖を添加することによって、ショ糖の濃度を7%に調整した培養液を用いた。培養条件は実験例1と同様とした。培養開始から所定のタイミングで培養液の一部を採取し、濁度(OD660)、pH、Brix値、及びグルコース濃度を測定した。また、比較のため、ユーグレナを植藻しない培養液を同様の条件下におき、同様のタイミングで該培養液の一部を採取してBrix値とグルコース濃度を測定した。
【0053】
図5は、培養液の濁度、pH、Brix値、及びグルコース濃度の時間変化を表したグラフである。同グラフの左側の縦軸は濁度、pH、及びBrix値を示し、右側の縦軸はグルコース濃度を示している。同図から分かるように、糖耐性ユーグレナはショ糖濃度が7%の培養液中で良好な生育を示した。また、Brix値は時間経過に伴って減少したが、グルコース濃度はほぼ横ばいであり、なお且つ時間経過に伴ってpHの低下がみられた。このことから、ユーグレナの増殖に伴うpHの低下によって、ショ糖の自然加水分解が促進され、グルコース及びフルクトースが培養液中に放出されて、これらを栄養源として利用可能な糖耐性ユーグレナが良好な増殖を示したものと考えられる。一方、ユーグレナを植藻しなかった培養液(
図5中では「未植藻」と表記)では、Brix値及びグルコース濃度はほぼ横ばいであった。このことから、ユーグレナを植藻しない培養液では、前記糖耐性ユーグレナを植藻した培養液と同様の条件下においても、ショ糖の自然加水分解が殆ど進行しないことが確かめられた。
【0054】
更に、ショ糖濃度をそれぞれ10%, 15%, 及び20%とした培養液を用いてユーグレナの培養を行った。前記ユーグレナとしては、上記と同様の糖耐性ユーグレナに加えて、糖耐性を有しないユーグレナ、すなわち馴化工程を経ていないユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis Z株 NIES48)を使用した。以下では、便宜上、前記の糖耐性ユーグレナを「糖耐性株」とよび、前記の糖耐性を有しないユーグレナを「未馴化株」とよぶ。なお、ショ糖濃度以外の培養条件は、前記のショ糖濃度7%の試験区と同様とし、培養開始から所定のタイミングで培養液の一部を採取して濁度(OD660)を測定した。
【0055】
図6は、ショ糖濃度が10%の培養液で糖耐性株及び未馴化株をそれぞれ培養した際の、各培養液の濁度の時間変化を示したグラフである。同図から分かるように、ショ糖濃度10%の試験区では糖耐性株のみが緩やかな増殖を示し、未馴化株は殆ど増殖がみられなかった。また、図示を省略しているが、ショ糖濃度が15%の試験区及び20%の試験区では、糖耐性株及び未馴化株共に、増殖がみられなかった。なお、上述の関連出願で示したように、グルコースのみを添加した培養液で糖耐性ユーグレナを培養した場合には、糖濃度8%の条件下で増殖がみられるまでに長時間(培養開始から200時間程度)を要したのに対し、前記ショ糖のみを添加した培養液では、
図6に示す通り、糖濃度10%の条件下でも、比較的短時間(培養開始から72時間程度)で増殖が確認された。
【0056】
更に、比較のため、ショ糖濃度2%の培養液を用いて未馴化株の培養を行った。なお、ショ糖濃度以外の培養条件は、上述のショ糖濃度7%の試験区と同様とした。このときの培養液の濁度(OD
660)の測定結果を表3に示す。表3に示す通り、培養開始から69時間まではごく僅かに濁度の上昇がみられたが、その後は濁度が低下しており、未馴化株のユーグレナは、ショ糖濃度2%の培養液でも増殖しないことが確認できた。
【表3】