(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023005435
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】歯科用硬化性組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 6/62 20200101AFI20230111BHJP
A61K 6/887 20200101ALI20230111BHJP
【FI】
A61K6/62
A61K6/887
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021107351
(22)【出願日】2021-06-29
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】深谷 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】本田 佳樹
(72)【発明者】
【氏名】山崎 達矢
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA03
4C089AA06
4C089AA10
4C089AA13
4C089BC02
4C089BC06
4C089BD01
4C089BE03
4C089CA03
(57)【要約】
【課題】 重合性単量体成分及び重合開始剤成分を含む歯科用硬化性組成物、特に患者の口腔内で使用され、硬化前の歯科用硬化性組成物から成分が唾液に溶出し易い義歯床用裏装材等として使用される歯科用硬化性組成物において、使用時における苦味の発生を抑制し、患者に対する不快感を低減する技術を提供する。
【解決手段】 重合開始剤成分として第3級アミン化合物を含む上記歯科用硬化性組成物において、該第3級アミン化合物に対する質量比で0.02~0.1となる量の(-)-メントンを配合する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合性単量体成分、並びに有機過酸化物及び/又はα-ジケトン、及び第3級アミン化合物を含む重合開始剤成分、を含む歯科用硬化性組成物であって、該歯科用硬化性組成物に含まれる前記第3級アミン化合物の含有量(質量部)の0.02~0.1倍の量(質量部)の(-)-メントンを含有することを特徴とする、歯科用硬化性組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の前記歯科用硬化性組成物からなる義歯床用裏装材。
【請求項3】
前記歯科用硬化性組成物における前記重合性単量体成分が(メタ)アクリル酸系重合性単量体からなり、更に(メタ)アクリル酸系ポリマーを含む、請求項2に記載の義歯床用裏装材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用硬化性組成物に関する。さらに、詳しくは、アミン系触媒に由来する苦味を緩和した義歯床用裏装材などの歯科用硬化性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療において使用される歯科用硬化性組成物は、ラジカル重合性単量体及びラジカル重合開始剤を含んでなり、一般的にラジカル重合開始剤が作用して、ラジカル重合性単量体が重合することで硬化する。このような歯科用硬化性組成物は、例えば、義歯の補修に使用される義歯床用裏装材、暫間歯等に使用される歯科用常温重合レジン、動揺歯の暫間固定等に使用される歯科用プライマーと歯科用硬化性組成物からなる歯科用レジンセメント、歯質とコンポジットレジンを接着させる歯科用接着性組成物、更には治療と治療の間において暫定的に歯に詰める仮封材等として利用されている。
【0003】
これらの歯科用硬化性組成物は、一般的に硬化前の状態(ペースト状態)で患者の口腔内に挿入され、賦形後に硬化を行う。そのため、口腔内挿入時に硬化前の歯科用硬化性組成物から、重合性単量体や開始剤等の成分が唾液に溶出し、苦味や刺激のような官能的負担を患者に与えることがあった。歯科用硬化性組成物の中でも、特に義歯床用裏装材は治療によっては大量のペーストを用いることがあるため、より前記官能的負担を与えやすいものであるといえる。
【0004】
このような官能的負担への対策として、特許文献1では、臭気や苦味がない特定の構造を有するエチレングリコールユニット含有ラジカル重合性単量体を用いた義歯床用裏装材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-083101号公報
【特許文献2】特開2014-177419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示されている義歯床用裏装材では、主として、義歯床材料の主要成分である重合性単量体として、臭気や苦味のない重合性単量体を用いることにより、患者に対する上記官能的負担の軽減に成功している。しかしながら、重合性単量体のみの臭気や苦味をなくすという方法だけでは義歯床用材料として苦味の低減が不十分であり、苦味に対し過敏な一部の患者は不快な苦味を我慢して使用している現状があり、患者から不快な苦みを感じることを指摘されることがあった。
【0007】
そこで、本発明は、歯科用硬化性組成物、特に患者の口腔内で使用され、硬化前の歯科用硬化性組成物から唾液に溶出し易い義歯床用裏装材等として使用される歯科用硬化性組成物において、使用時における苦味の発生を抑制し、患者に対する不快感を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、
重合性単量体成分、並びに有機過酸化物及び/又はα-ジケトン及び第3級アミン化合物を含む重合開始剤成分、を含む歯科用硬化性組成物であって、該歯科用硬化性組成物に含まれる前記第3級アミン化合物の含有量(質量部)の0.02~0.1倍の量(質量部)の(-)-メントンを含有することを特徴とする、歯科用硬化性組成物である。
【0009】
本発明の第二の形態は、前記本発明の歯科用硬化性組成物からなる義歯床用裏装材である。
【0010】
上記形態の義歯床用裏装材(以下、「本発明の義歯床用裏装材」ともいう。)においては、前記本発明の歯科用硬化性組成物における前記重合性単量体成分が(メタ)アクリル酸系重合性単量体からなり、更に(メタ)アクリル酸系ポリマーを含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、歯科用硬化性組成物において、その重合硬化性等の性能に悪影響を与えることがなく、苦味の発生を効果的に緩和することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者等は、義歯床用裏装材は、患者の口腔内粘膜に直接接触して使用されるため、使用方法の異なる他の用途では認識されることは無いものの、苦味を発生させる物質が含まれており、それが原因なっているのではいるのではないかと考え、検討を行った。
【0013】
前記義歯床用裏装材を含めて多くの歯科用硬化性組成物においては、重合性単量体成分として一般に(メタ)アクリレートが用いられており、該低級アルキル(メタ)アクリレートに由来する臭気を低減するためにラクトン系香料を少量配合することも行われている(特許文献2参照。)。このことから、低級アルキル(メタ)アクリレートが原因物質となっている可能性があると考え、ラクトン系香料を配合してみたが、所期の効果を得ることはできなかった。そこで、原因物質の特定と、様々な香料の添加効果について更に検討を行った。その結果、重合開始剤として有機過酸化物及び/又はα-ジケトン及び第3級アミンを含む化学重合開始剤及び/又は光重合開始剤を使用した場合に苦みを感じること、(-)-メントンを第3級アミンに対して特定量加えた場合には、特異的に苦味の発生を抑えられ、且つ重合性等の物性には悪影響を与えないことを見出し、本発明を完成するに至ったものである。別言すれば、前記苦味の発生は、苦味による不快感が顕在するか否かに拘わらず、重合性単量体成分と、前記化学重合開始剤及び/又は光重合開始剤の一成分である第3級アミン化合物を含んでなる歯科用硬化性組成物に共通する課題であり、本発明は、(-)-メントンを第3級アミンに対して特定量配合することにより、この課題を解決するものであるといえる。
【0014】
ここで、メントンとは、C10H18Oで表される、多くの異性体構造を有する天然有機化合物の一種であり、本発明においては、天然か又が合成されたものかに拘わらず、(-)-メントン{IUPAC名:(2S,5R)-trans-2-イソプロピル-5-メチルシクロヘキサン-1-オン}を使用する。
【0015】
(-)-メントンを特定量配合することにより第3級アミン化合物に由来する苦味の発生が抑制される理由は定かではないが、(-)-メントンの配合により第3級アミン化合物の重合開始剤成分としての機能が損なわれていないことから、本発明者等は次のように推定している。すなわち、前記粉液型義歯床用裏装材を使用する際に、粉材および液材を混合し所望のペースト状となったのちに、口腔内へ挿入するが、このときにペーストから唾液に溶出した(-)-メントンが、素早く舌の味覚受容体に作用することで、第3級アミン化合物の苦味を味覚受容体が感知されることを阻害しているのだと考えている。
【0016】
なお、前記特許文献1では、化学重合触媒としてアリールボレート塩及び固体酸を使用しているため、第3級アミン化合物に由来する苦味が、問題にならなかったとものと考えられる。
【0017】
前記したように、本発明の歯科用硬化性組成物は、重合性単量体成分と、第3級アミン化合物を含む重合開始剤成分と、を含んでなる“従来の歯科用硬化性組成物”においてメントンを特定量配合したことを最大の特長とするものであり、重合性単量体成分や第3級アミン化合物を含む重合開始剤成分については、上記“従来の歯科用硬化性組成物”と特に変わる点は無い。以下、これらを含めて本発明の歯科用硬化性組成物及び本発明の義歯床用裏装材について、詳細に説明する。
【0018】
なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0019】
1.本発明の歯科用硬化性組成物
(1)ラジカル重合性単量体成分
本発明の歯科用硬化性組成物で使用するラジカル重合性単量体成分としては、歯科用として使用可能なラジカル重合性単量体が特に制限なく使用することができるが、重合性のよさ等から、(メタ)アクリレート系重合性単量体が好適に使用される。
【0020】
(メタ)アクリレート系重合性単量体としては、歯科用に一般的に使用される公知の化合物が特に制限されず使用できる。本発明の歯科用硬化性組成物を義歯床用裏装材(本発明の義歯床用裏装材)、特に粉液型の義歯床用裏装材として使用する場合には、高い機械的強度の硬化体が得られ、低刺激性であるという観点から、分子量が150以上、特に180以上の(メタ)アクリレート系重合性単量体を使用することが好ましい。
【0021】
好適に使用できる分子量が150以上の(メタ)アクリレート系重合性単量体を具体的に例示すると、(1)単官能のものとして、n-ヘキシル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、2-(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート、アセトアセトキシエチル(メタ)アクリレート等を、(2)2官能のものとして、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート等を、(3)3官能のものとして、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート等を、(4)4官能のものとして、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート等を、挙げることができる。
【0022】
これら(メタ)アクリレート系重合性単量体は、単独で使用しても異なるものを複数混合使用してもよく、また、単官能のものを単独で使用してもよく、多官能重合体単量体と組み併せて使用してもよい。
【0023】
(2)重合開始剤成分
本発明の歯科用硬化性組成物では、重合開始剤成分として有機過酸化物及び/又はα-ジケトンと第3級アミン化合物を含む重合開始剤、具体的には、化学重合開始剤及び/又は光重合開始剤を使用する必要がある。第3級アミン化合物を含まないものを使用した場合は、独特の苦味が発生することがないので、(-)-メントンを配合する必要性は特になく、また(当然ではあるが)(-)-メントンを配合しても苦み抑制効果を得ることができない。なお、有機過酸化物及び/又はα-ジケトンと第3級アミン化合物を含む化学重合開始剤及び/又は光重合開始剤においては、両化合物が共存することによりラジカル重合開始剤として機能する。したがって、本発明の歯科用硬化性組成物を粉液型の義歯床用裏装材として使用する場合には、両者が同時に液材に配合されることは無く、通常は、有機過酸化物及び/又はα-ジケトンは粉材に、第3級アミン化合物は液材に、分けて配合される。
【0024】
(2-1)有機過酸化物
化学重合開始剤として使用される有機過酸化物の代表的なものには、ケトンパーオキサイド、パーオキシケタール、ハイドロパーオキサイド、ジアリールパーオキサイド、パーオキシエステル、ジアシルパーオキサイド、パーオキシジカーボネートなどがあり、具体的には、メチルエチルケトンパーオキサイド、シクロヘキサノパーオキサイド、P-メタンハイドロパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンパーオキサイド、2,4-ジクロロベンゾイルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイド、ベンゾイルパーオキサイド、ジ-n-プロピルパーオキシジカーボネート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシネオデカノエート等があり、本発明ではこれら化合物が特に制限なく使用できる。
【0025】
これら有機過酸化物の好適な使用量は、用いられる有機過酸化物の種類によって異なるため一概に限定できないが、通常は、前記ラジカル重合性単量体成分の合計質量100質量部に対して0.1~10質量部であり、好ましくは0.35~7、特に0.5~5質量部である。
【0026】
(2-2)α-ジケトン
光重合開始剤として使用されるα-ジケトンとしては、カンファーキノン、ベンジル、2,3-ペンタジオン、3,4-ヘプタジオンなどを挙げることができる。
【0027】
これらα-ジケトンの好適な使用量は、ラジカル重合性単量体100質量部に対して、通常、0.05~5質量部、好ましくは0.1~3質量部の範囲で配合される。
【0028】
(2-3)第3級アミン化合物
第3級アミンとしては、有機過酸化物と接触してラジカルを発生させるものとして知られている第3級アミンが特に制限されず使用される。好適に使用される第3級アミン化合物を具体的に例示すると、N,N-ジメチルアニリン、N,N-ジエチルアニリン、N,N-ジプロピルアニリン、N,N-ジブチルアニリン、N-メチル,N-β-ヒドロキシエチルアニリン等のアニリン類、N,N-ジメチル-p-トルイジン、N,N-ジエチル-p-トルイジン、N,N-ジプロピル-p-トルイジン、N,N-ジブチル-p-トルイジン、p-トリルジエタノールアミン、p-トリルジプロパノールアミン等のトルイジン類、N,N-ジメチル-アニシジン、N,N-ジエチル-p-アニシジン、N,N-ジプロピル-p-アニシジン、N,N-ジブチル-p-アニシジン等のアニシジン類、N-フェニルモルフォリン、N-トリルモルフォリン等のモルフォリン類、ビス( N,N-ジメチルアミノフェニル)メタン、ビス(N,N-ジメチルアミノフェニル)エーテル等が挙げられる。これらのアミン化合物は、塩酸、リン酸、酢酸、プロピオン酸等の有機酸などとの塩として使用してもよい。上記第3級アミン化合物の内、重合活性が高く、なおかつ低刺激、低臭という観点から、N,N-ジエチル-p-トルイジン、N,N-ジプロピル-p-トルイジン、p-トリルジエタノールアミン、p-トリルジプロパノールアミンが好適に使用される。
【0029】
第3級アミン化合物の使用量は前記ラジカル重合性単量体合計質量100質量部に対して、0.05~5質量部の範囲で用いることが好ましく、0.1~3質量部の範囲で用いることがさらに好ましい。
【0030】
(3)(-)-メントン
本発明歯科用硬化性組成物では、前記第3級アミン化合物に由来する苦味を抑制するために(-)-メントンを所定量含有する必要がある。すなわち(-)-メントンの配合量(質量部)をa、前記第3級アミン化合物の配合量(質量部)をbとしたときに、a/b=0.02~0.1となる範囲の量で配合する必要がある。a/bが0.02未満の場合には、第3級アミン化合物の苦味を効果的に低減することができず、a/bが0.1を越える場合には(-)-メントン自体の苦味を強く感じてしまうと言う理由から、a/bは0.02~0.1であることが好ましく、0.04~0.07であることが特に好ましい。なお、前記bは、第3級アミン化合物を複数種配合した場合には、各種類の配合量の総和(第3級アミン化合物の総配合量)を表す。
【0031】
なお、(-)-メントン、単離精製された高純度のものを配合してもよく、また、ペパーミントオイルのように(-)-メントンを含む香料等として配合してもよい。後者の場合でも、(-)-メントンの量が上記範囲内であれば、同様の効果を発揮することが可能である。
【0032】
また、(-)-メントンは、常温常圧(25℃、1気圧)で液体あり、融点が-6℃と低いため、本発明の歯科用硬化性組成物を粉液型義歯床材料として使用する場合には、通常、液材に配合される。
【0033】
2.本発明の義歯床用裏装材
義歯床材料は患者の口腔内粘膜に直接接触して使用されるため、前記第3級アミン化合物に起因する苦味が問題となり易い。このため、効果の高さと言う観点から、本発明の歯科用硬化性組成物は義歯床材料として使用することが好ましい。そして、発明の歯科用硬化性組成物からなる本発明の義歯床材料は、患者に苦味による不快感を与え難いという特長を有する。
【0034】
(1)非架橋樹脂紛体
本発明の義歯床用裏装材、特に粉液型の義歯床用裏装材においては、本発明の歯科用硬化性組成物は、非架橋樹脂紛体を更に含むことが好ましい。ここで、非架橋樹脂紛体とは、前記ラジカル重合性単量体成分に可溶な非架橋樹脂からなる紛体を意味し、粉液型義歯床用裏装材における粉材の主成分となるものである。ここで、前記ラジカル重合性単量体成分に可溶とは、具体的には、液材のラジカル重合性単量体に対する溶解性は、23℃のラジカル重合性単量体100質量部に非架橋樹脂紛体200質量部を混合して攪拌した際に、10質量部以上の当該非架橋樹脂紛体が溶解することを意味する。粉液型義歯床用裏装材における液材は、前記ラジカル重合性単量体成分を主成分とするものとなるため、粉材と液材を混合した際に、斯様な非架橋樹脂紛体を構成する粒子の少なくとも一部が、液材に溶解し、且つ溶解残滓の粒子は膨潤することにより混合物は増粘し、ラジカル重合性単量体の重合性が促進される。併せて、この成分の溶解残滓の粒子は、義歯床用裏装材の硬化体の靱性を高める作用も有する。
【0035】
非架橋樹脂として、好適に使用できるものを例示すれば、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレートとエチルメタクリレートの共重合体等の(メタ)アクリレート類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド類、ポリエステル類、ポリスチレン類等を例示できる。このうち、硬化体が高靱性である観点から、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレートとエチルメタクリレートの共重合体等の、低級(アルキル鎖の炭素数が4以下)アルキル(メタ)アクリレート系重合性単量体の重合体がより好ましく、これらは単独で使用してもよく2種類以上を併用してもよい。
【0036】
非架橋樹脂紛体を構成するこれら非架橋樹脂のGPC(Gel Permeation Chromatography)法による重量平均分子量は得られる硬化体の機械的強度やラジカル重合性単量体成分への溶解性や膨潤等を勘案すると、3~200万の範囲であることが好ましく、5~150万の範囲であることが特に好ましい。尚、非架橋樹脂粒子の形状は特に限定されず、球状、異形若しくは不定形でもよい。
【0037】
本発明においては、液の主成分であるラジカル重合性単量体との溶解性が良好で粘度上昇の発現が適度であると言う理由から、非架橋樹脂紛体としては、ポリエチルメタクリレート紛体、ポリメチルメタクリレート紛体、及びメチルメタクリレートとエチルメタクリレートの共重合体の紛体を含む混合紛体を使用することが好ましい。このとき、当該混合紛体に占める前記エチルメタクリレート紛体の割合が55質量%~100質量%であること、特に75質量%~100質量%であることが好ましい。
【0038】
前記非架橋樹脂紛体を配合する場合における配合量は、液材のラジカル重合性単量体100質量部当り、通常、30~450質量部であるが、80~350質量部とすることが好ましく、130~300質量部とすることがより好ましい。
【0039】
(2)その他成分
本発明の(粉液型)義歯床用裏装材には、前記成分の他にも必要に応じて、後述する各成分を配合してもよい。
【0040】
例えば、粉材の流動性を改良したり、得られる硬化体の諸物性及び操作性をコントロールしたりするために、無機フィラーおよび有機フィラー(架橋樹脂粒子);義歯の色調や質感を再現するために、色素、顔料、繊維等を配合することができる。これらは通常粉材に配合され、その合計の配合量は、ラジカル重合性単量体成分100質量部に対して10質量部以下に抑えるのが好ましく、6質量部以下に抑えるのが特に好ましい。
【0041】
また、液材には得られる硬化体の硬さや諸物性をコントロールするために、エタノール、ジブチルフタレート、ジオクチルフタレート等のアルコール又は可塑剤;ラジカル重合性単量体の保存安定性の向上や硬化時間の調整、発熱温度の抑制、変色の抑制のために、ブチルヒドロキシトルエン、メトキシハイドロキノン等の重合禁止剤;2,4-ジフェニル-4-メチル-1-ペンテン、テルペノイド系化合物等の重合調整剤;4-メトキシ-2-ヒドロキシベンゾフェノン、2-(2-ベンゾトリアゾール)-p-クレゾール等の紫外線吸収剤;臭気の抑制やマスキングのために香料等を配合することができる。これらは通常液材に配合され、液材全体の20質量%以下、好ましくは10質量%以下に抑えることが特に好ましい。
【0042】
(3)各材の調製方法、保管方法及び混合方法
粉材及び液材は、各々所定量の配合成分を計り取り、揺動ミキサー等の混練器又は混合器を用いて均一の性状になるまで混合することにより調製される。製造した粉材及び液材は各々容器に保存しておけばよい。保存に際しては、各材をボトルなどの比較的内容量の大きな容器内に保存し、使用時にこれら容器から夫々1回分の使用量に相当する量を計り取り、混合するようにしても良いし、1回分の使用量毎に小分けして保管し、使用時に当該小分けされた各材を容器から取り出して混合するようにしても良い。
【0043】
この際の混合(混錬)は、使用直前に、ラバーカップ等に所望の量の液材及び粉材を量りとり、練和棒或いはヘラ等を用いて均一なペーストになるまで練和することが一般的であるが、計量(秤量)の手間を省き、また混練時の気泡や埃などの混入を抑制するために、1回分の使用量毎に小分けして保管と共に、これら小分けされたものをキット化することが好ましい。
【実施例0044】
次に、本発明に関する実施例、比較例について説明するが、本発明は下記の実施例によって限定されるものではない。
【0045】
1.原材料について
実施例及び比較例で使用した原材料の略号、称号を以下に示す。
【0046】
(1)ラジカル重合性単量体成分
・HPr:2-(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート(分子量186)
・ND:1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート(分子量296)。
【0047】
(2)非架橋樹脂紛体
・PEMA(35):球状ポリエチルメタクリレート粒子からなる紛体(体積平均粒子径35μm、重量平均分子量50万)
・PEMA(10):球状ポリエチルメタクリレート粒子からなる紛体(体積平均粒子径10μm、重合平均分子量50万)。
【0048】
(3)重合開始剤成分
有機過酸化物
・BPO:ベンゾイルパーオキサイド
α-ジケトン
・CQ:カンファーキノン
第3級アミン化合物
・DMPT:N,N-ジメチル-p-トルイジン
・DEPT:p-トリルジエタノールアミン
・DMBE:p-ジメチルアミノ安息香酸エチル。
【0049】
(4)香料成分
メントン含有系
・(-)-メントン
・PMOil:ペパーミントオイル(メントン約20質量%含有)
その他(メントン非含有系)
・BF:ブルーベリーフレーバー
・γ-ブチロラクトン
・SMOil:スペアミントオイル。
【0050】
2.実施例及び比較例
実施例1
非架橋樹脂紛体としてPEMA(35):140質量部及びPEMA(10):30質量部を、有機過酸化物としてBPO:1(質量部)を、量りとり、揺動ミキサーにて3時間混合して粉材を調製した。
【0051】
これとは別に、ラジカル重合性単量体としてHPr:50質量部及びND:50質量部を、第3級アミン化合物としてDMPT:0.6質量部及びDEPT:0.3質量部を、そして、香料成分として(-)-メントン:0.05(質量部)を、量りとり、3時間攪拌混合して液材を調製した。
【0052】
次に、上記粉材と上記液材とを、粉材(質量部)/液材(質量部)=1.7/1の割合でラバーカップ内に入れ、30秒間混和することにより、本発明の歯科用硬化性組成物からなる義歯床用裏装材を調製し、得られた義歯床用裏装材を、1mLテルモシリンジに0.5mL充填し、混和開始から1分30秒後、下顎頬側部粘膜-下唇裏間に義歯床用裏装材を挟み、圧接した。圧接状態を2分30秒保持し、その時の苦味を評価した。
【0053】
苦味の評価は、以下に示した5段階とし、A:2、B:4、C:6、D:8、E:10ポイントとして10人で評価を行い、平均苦味マスキングポイントを算出した。
【0054】
A:不快で、強烈な苦味を感じ、口腔内での保持が非常に厳しい
B:不快な苦味を感じ、口腔内での保持が厳しい
C:やや不快な苦味を感じるが、口腔内での保持に苦痛や抵抗はない
D:微妙に苦味は感じるが、口腔内での保持に苦痛や抵抗はない
E:苦味を感じず、口腔内での保持が容易である。
【0055】
その結果、苦味評価結果(平均苦味マスキングポイント)は8.5であり、高い苦み低減効果が確認された。
【0056】
また、(-)-メントン配合による義歯床用裏装材の硬化体物性への影響を調べるために、硬化体の3点曲げ強度測定を行った。すなわち、先ず、上記と同様に調製(混和)した義歯床用裏装材を30×30×2mmのポリテトラフルオロエチレン製のモールドに流し込み、両面をポリプロピレンフィルムで圧接した状態で37℃のインキュベーターで24時間硬化させ、硬化体を作製した。次いで、#800および#1500の耐水研磨紙にて硬化体を研磨後、4×30×2mmの角柱状の試験片に切断した。この試験片を試験機(島津製作所製、オートグラフAG5000D)に装着し、支点間距離20mm、クロスヘッドスピード1mm/分で3点曲げ強度を測定した。なお、測定は23℃の恒温室で行った。このようにして測定した3点曲げ強度は、68(MPa)であり、(-)-メントンを配合しない場合と同等であった。
【0057】
実施例2~5、比較例1~5
使用する重合開始剤の種類及び量(質量部)、並びに、香料成分の種類及び配合量(質量部)を表1に示すように変更した他は、実施例1と同様にして、歯科用硬化性組成物の調製と苦味の評価とを行った。また、実施例2~4及び比較例1~5については実施例1と同様にして硬化体の評価を行い、実施例5については、硬化方法を次のように変更して硬化体試料を作成し評価を行った。すなわち、実施例5では、実施例1と同様にして義歯床用裏装材を前記モールドに流し込んだ後に両面をポリプロピレンフィルムで圧接した状態で歯科技工用光重合装置αライトV(MORITA社製)を用いて波長465~475nmの活性光(光出力密度100mW/cm2)を5分間照射し、硬化させて試料を作製した。
【0058】
結果を表1に示す。なお、表1中の括弧:()内の数値は質量部を意味し、「↑」は、「同上」を意味する。
【0059】
実施例2~5における平均苦味マスキングポイントは、0.8~9.0であり、実施例1と同等の苦味低減効果が得られた。これに対し、(-)-メントンを含まない香料を用いた比較例1~3の平均苦味マスキングポイントは、3.5~4.0と低く、良好な苦味低減効果は得られなかった。また、第3級アミン化合物に対して(-)-メントンが上限を越えて過剰に配合されている比較例4では、(-)-メントン自体の苦味を強く感じてしまい、苦味低減効果は殆どなかった。一方、第3級アミン化合物に対して(-)-メントンの配合量が下限未満である比較例5では、苦味低減効果は殆どなかった。
【0060】