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  • 特開-スパイクタンパク質結合阻害方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023054717
(43)【公開日】2023-04-14
(54)【発明の名称】スパイクタンパク質結合阻害方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/70 20060101AFI20230407BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20230407BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230407BHJP
   C07K 14/165 20060101ALN20230407BHJP
【FI】
A61K36/70
A61P31/14
A61P43/00 111
C07K14/165
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021163746
(22)【出願日】2021-10-04
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(71)【出願人】
【識別番号】516294610
【氏名又は名称】吉田 久幸
(71)【出願人】
【識別番号】516294643
【氏名又は名称】佐々木 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100110560
【弁理士】
【氏名又は名称】松下 恵三
(74)【代理人】
【識別番号】100182604
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 二美
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 健郎
(72)【発明者】
【氏名】吉田 久幸
【テーマコード(参考)】
4C088
4H045
【Fターム(参考)】
4C088AB43
4C088AC05
4C088BA08
4C088BA11
4C088CA03
4C088CA09
4C088NA14
4C088ZB33
4C088ZC42
4H045BA10
4H045CA01
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】 重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を天然物を用いて感染予防すること。
【解決手段】 元の抽出物を基準として17,300倍以下に希釈した藍抽出物を重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質のACE2結合に対する阻害に用いる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
元の抽出物を基準として17,300倍以下に希釈した藍抽出物を重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質のACE2結合に対する阻害に用いるスパイクタンパク質結合阻害方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2の有するスパイクタンパク質のACE2への結合を阻害する機能に関するものである。
【背景技術】
【0002】
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、細胞侵入の最初のステップで、ヒト細胞上のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合するために独自の表面S1スパイクタンパク質を使用する。なお、SARS-CoV-2の感染を原因とする各種疾患の治療に用いる化合物としては、特許文献1に記載のようなものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-116295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
天然物を用いてSARS-CoV-2感染を予防できるようにすることが本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
トリプタンスリンは、ACE2を介した別のタイプのコロナウイルスの細胞侵入を阻害するものである。トリプタンスリンは、d-リモネンを使用して植物である藍の葉から調製した抽出物に有効成分として含まれていることが知られている。本発明は、この抽出物(「AOMORI-BLUEエキス」日本特許第6389492号、以下「藍抽出物」という)SARS-CoV-2スパイクタンパク質のACE2への結合を阻害できるかどうかを検証した結果得られた知見に基づくものである。
【0006】
当該実験では、ACE2を過剰発現するイヌ腎臓MDCK細胞を、フルオレセインで標識されたS1スパイクタンパク質とともにインキュベートしたところ、翌日、フルオレセインの蛍光が細胞膜上の生細胞で明確に検出され、ACE2の局在部分と一致した。なお、蛍光強度は、スパイクタンパク質-ACE2結合の程度を直接反映していると考えられる。この培養実験では、S1タンパク質とともに、17,300倍希釈の藍抽出物を添加したところ、翌日、蛍光は著しく減少した。次に、藍抽出物の代わりに、d-リモネンを17,300倍希釈で添加したところ、蛍光強度は低下したが、藍抽出物の場合に比べて程度は小さかった。このことから、藍抽出物は、高い希釈率でS1-ACE2結合を阻害することで、SARS-CoV-2感染の予防に役立つ可能性が認められると結論付けることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】MDCK細胞におけるACE2の発現を示す図表。さまざまなタイプのMDCK細胞を、抗ACE2抗体を使用して蛍光抗体法(A)およびウエスタンブロット分析(B)に供した。使用する細胞は、トランスフェクトされていないMDCK細胞(MDCK)と、空のpCX4purベクター(MDCK-ベクター)またはヒトACE2完全長cDNAを保持するベクター(MDCK-ACE2)でトランスフェクトされた細胞である。 MDCK-ACE2細胞は、フルオレセインで標識されたS1タンパク質(S1-Fc-フルオレセイン)とともに、藍抽出物またはd-リモネンとともに1日さらにインキュベートされた。 Aでは、抗ACE2抗体がAlexa Flour 488標識二次抗体(緑色)で着色されています。細胞核はDAPI(青)で標識された。緑と青の蛍光シグナルのマージされた画像が表示される。バー=50μm。 Bでは、矢印はACE2固有のバンドを示す。ブロットを抗β-アクチン抗体で再プローブして、レーンあたりのタンパク質負荷量を示す。
図2】MDCK細胞上のACE2に結合したS1タンパク質の定量化を示す図表。マウスIgGFc部分と融合したSARS-CoV-2S1タンパク質をフルオレセイン(S1-Fc-フルオレセイン)で標識した。 MDCK、MDCK-ACE2、およびMDCK-vector細胞をμ-Dishesで1日間培養し、S1-Fc-フルオレセイン(3μg/ ml)を培地に添加した。一部のMDCK-ACE2細胞培養では、藍抽出物またはd-リモネンのいずれかも、示された希釈率で添加された。インキュベーションの1日後、細胞を洗浄し、次に細胞に残っているフルオレセインの蛍光強度を共焦点レーザー顕微鏡システムを使用して測定した。示されているのは、微分干渉コントラスト画像とマージされた代表的な顕微鏡写真である。各画像の下に、平均と標準の偏差対応する実験グループの強度(任意単位)のオンが表示される。 MDCK-ACE2細胞の強度と比較した場合の一元配置分散分析ボンフェローニ分析によるP値:a P = 0.0074、b P = 4.80E-14、およびc P = 1。バー=50μm。統計データは図5に詳細に示される。
図3図2の微分干渉コントラスト画像。
図4】フルオレセインで標識されたマウスIgG画像。MDCK-vectorおよびMDCK-ACE2細胞をμ-Dishesで培養した。翌日、フルオレセインで標識したマウスIgGおよびS1タンパク質(それぞれmIgG-フルオレセインおよびS1-Fc-フルオレセイン)を3μg/ mlの濃度で培地に添加し、共焦点顕微鏡で細胞の生存を観察した。代表的な顕微鏡写真をAに示す。フルオレセイン(緑色)の蛍光強度は、mIgG-フルオレセインまたはS1-Fc-フルオレセインを含む2つのウェル間で同等である。さらに1日培養した後、細胞を洗浄し、細胞に残っているフルオレセインの蛍光強度を共焦点レーザー顕微鏡システムを使用して測定した。 Bに示されているのは代表的な顕微鏡写真であり、下部にそれらの微分干渉コントラスト画像がある。各画像の下に、対応する実験グループの強度(任意単位)の平均と標準偏差が示される。 MDCK-ACE2細胞の強度と比較した場合の一元配置分散分析ボンフェローニ分析によるP値 <2E-16。バー=50μm。
図5】一元配置分散分析とボンフェローニ補正によるP値。
【発明を実施するための形態】
【0008】
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、コロナウイルス病2019(COVID-19)の原因であり、エントリー受容体としてアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を使用すると考えられている。ウイルスの感染の最初のステップは、ウイルス表面スパイクのACE2への結合である。SARS-CoV-2スパイクタンパク質は、S1受容体結合サブユニットとS2融合サブユニットで構成され、当該スパイクはタンパク質の三量体としてウイルス表面に存在する。ACE2への結合に使用されるスパイク部分は前記S1サブユニット内にあり、受容体結合ドメイン(RBD)と呼ばれる。したがって、RBDとの親和性が高い化合物は、スパイクタンパク質とACE2の結合を妨げる可能性があれば、SARS-CoV-2感染に対する予防薬の有望な候補となることが期待できる。
【0009】
タデアイに代表される藍と呼ばれる植物の葉は、日本では古くから衣服の染色に使用されてきた。このタデアイに代表される藍と呼ばれる植物の葉は、青い染料の原料としてだけでなく、抗ウイルス、抗炎症、抗アレルギーなどのさまざまな生物学的活性を有することが知られている。この葉に含まれる生物活性成分を同定した結果、有効成分の1つは、トリプタンスリン、インドロ[2,1-b]キナゾリン-6,12-ジオンであることが判明し、特に、琉球藍の葉から分離されたトリプタンスリンは、ヒトコロナウイルスNL63(HCoV-NL63)に対する抗ウイルス作用を有すると報告した研究者らがいる。
【0010】
彼らはサルLLC-MK2およびヒトCalu-3細胞をHCoV-NL63とインキュベートし、トリプタンスリンの存在下でウイルスを含む細胞の数が減少することを発見した。これは、トリプタンスリンがウイルスの細胞への侵入を妨げる可能性があることを示唆するものであり、特に、HCoV-NL63はACE2を受容体として認識することが判った。すなわち、SARS-CoV-2とHCoV-NL63は、ACE2への異なる結合インターフェースを持つ可能性があるが、藍葉の成分は、SARS-CoV-2のACE2への結合を阻害する可能性がある。
【0011】
そこで、発明者らは、タデアイの葉から有効成分を効果的に抽出する手順を考案し、単環性モノテルペン(香りとして使用される)であって溶媒として広く使用されるd-リモネン、(+)-p-メンサ-1,8-ジエンを使用する独自の方法を確立した。得られた抽出物は、高濃度のトリプタンスリンを含むものである。
【0012】
本発明では、ACE2とフルオレセインで標識されたS1スパイクタンパク質を過剰発現するイヌ腎臓上皮MDCK細胞を調製し、生細胞培養システムを構成した。そして、蛍光強度を測定することでスパイクタンパク質とACE2の結合の程度を定量化し、独自に開発した藍抽出物またはd-リモネンを培養物に添加し、それらが生細胞での結合を阻害するかどうかを確認するものとする。
【0013】
[材料および方法]
[細胞]
Madin Darbyイヌ腎臓(MDCK)細胞を10%胎児子牛血清を含むイーグル最小必須培地で培養した。また、ヒト結腸腺癌Caco-2細胞を準備した。
【0014】
[プラスミドの構築とトランスフェクション]
Trizol試薬(Invitrogen、マサチューセッツ州ウォルサム、米国)を使用してCaco-2細胞から全RNAを抽出し、Superscript IV(Invitrogen)を用いたRNAをテンプレートとして使用して第1鎖cDNAを逆転写した。ヒトACE2完全長cDNA(NM_001371415.1)は、Caco-2 cDNAをプライマーセット(フォワード、5'-gtggatgtgatcttggctca-3 'およびリバース、5'-caaaatcacctcaagaggaaaaa-3 ')を使用したテンプレートとして使用するポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって得た。このPCR産物をpTA2TAクローニングベクター(東洋紡)に挿入した。増幅後、インサートをNotIおよびHincII部位で切除し、NotIおよびHpaI部位(pCX4pur-hACE2)を介してpCX4purベクター(AB086386.1; Kimura 2021)に挿入した。突然変異がないことは、配列決定によって確認した。
【0015】
前記MDCK細胞を60~70%のコンフルエンスまで増殖させ、Lipofectamine 3000(Invitrogen、Carlsbad、CA、USA)を製造元の指示に従って使用し、pCX4pur-hACE2または空のpCX4purベクターのいずれかでトランスフェクトした。ピューロマイシンに対する2週間の耐性によって細胞を選択した。
【0016】
[植物材料]
タデアイの葉は、2020年9月に青森県で採集された。バウチャー標本は、東北医科薬科大学の薬草園の植物標本室に寄託された。
【0017】
[インディゴ植物葉抽出物の調製と高速液体クロマトグラフィー(HPLC)]
日本で特許を取得した「藍抽出物」を使用した抽出方法を以下に簡単に示す。粉末状および風乾した葉(100g)を1200mlのd-リモネン(和光純薬工業株式会社、東京、日本)により室温にて48時間かけて抽出した。濾過後、淡黄色の抽出物が得られ、当該抽出物をHPLCに供した。両方の抽出物の成分プロファイルを分析するために、これらをエタノール(5.0 mg / ml)に溶解し、次の条件下でこれらの成分プロファイルを分析した。
COSMOSIL 5PE-MSパックドカラム(id4.6×250mm; Nacalai Tesque、京都、日本);移動相40%CH3CN;流量、1.0ml /分;検出254nm;温度25°C
データはChromato-PRO(RTC Co.、Tokyo、Japan)によって収集。
【0018】
トリプタンスリンの標準的な試薬は、Sigma-Aldrich Japan(東京、日本)から入手。他のすべての試薬は、富士フイルム和光純薬株式会社(東京、日本)から入手。本発明では、藍抽出物をエタノール(原液)で100倍に希釈した。 d-リモネンもエタノールで100倍に希釈した。
【0019】
[S1タンパク質とフルオレセインのラベリング]
マウスIgG2aのFc部分(S1N-C5257)でタグ付けされた組換えタンパク質SARS-CoV-2 S1サブユニットおよび通常のマウスIgG(mIgG; 140-09511)はそれぞれ、ACROBiosystems(Newark、DE、USA)およびFujifilm-Wako pure chemicals、Coから入手した。フルオレセインラベリングキット-NH2(Dojindo、熊本、日本)を使用して、製造元の指示に従ってフルオレセインをS1タンパク質およびマウスIgGに結合させた。
【0020】
[MDCK細胞培養におけるフルオレセイン蛍光の検出と定量化]
トランスフェクトまたは非トランスフェクトMDCK細胞の3x10をμ-Dish(35 mm、高さ、No。 80406; ibidi、Martinsried、ドイツ)の上で10μlの培地に懸濁した。3時間のインキュベーション後、150 μlの培地をインサートに注ぎ、すべてのウェルに同じ培地を充填した。翌日、フルオレセイン標識S1またはmIgGを3 μg / mlの濃度で培地に添加した。同時に、いくつかの実験では、藍抽出物またはd-リモネンのストック溶液を使用して、所定の濃度で添加した。細胞培養を24時間続けた後、マイクロインサートガスケットを静かに取り外し、細胞を培地で3回洗浄した。次に、μ-Dishに1 mlの培地を充填し、C2+共焦点レーザー走査システム(Nikon、東京、日本)の顕微鏡ステージに配置した。
【0021】
フルオレセイン蛍光画像は、Nikon C2 +コンピューターシステムの40倍の対物レンズを通してキャプチャした。フルオレセイン強度(単位面積あたりの任意単位)は、各ウェルに対してランダムに選択された5つの高倍率視野で測定した。μ-Dishesのウェルでの細胞培養を準備し、実験グループごとに3回測定し、ROI統計を使用してフルオレセイン強度の平均と標準偏差を計算した。実験は独立して3回繰り返されたが、いずれも同様の結果が得られた。
【0022】
[免疫蛍光抗体法]
S1タンパク質からの蛍光を検出した後、細胞をμ-Dishesでメタノールを用いて-20°Cで10分間固定し、2%ウシ血清アルブミンで室温で30分間ブロックした。現時点では、どの皿の細胞でもフルオレセインの蛍光は検出されなかった。次に、細胞をACE2に対する抗体(E-11、sc-390851; Santa Cruz、CA、USA)と4°Cで一晩インキュベートし、Alexa Flour 488標識二次抗体(抗マウスIgG; Jackson ImmunoResearch、米国ペンシルベニア州ウェストグローブ)。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で3回洗浄した後、核をDAPI(Molecular Probes、Carlsbad、CA、USA)で4°Cで2時間標識した。蛍光画像は、488nmのアルゴンレーザーと543nmのヘリウムネオンレーザー(Nikon)を備えたC2 +共焦点走査システムを使用してキャプチャした。
【0023】
[ウエスタンブロッティング分析]
細胞をPBSで洗浄し、50 mM Tris-HCl(pH 8.0)、150 mM NaCl、1%TritonX-100および1mMフェニルメチルスルホニルフルオリドを含むバッファーで溶解した。遠心分離により不純物を除去した後、ライセートをウエスタンブロット分析にかけた。免疫反応性バンド強度は、ImageJソフトウェア(National Institutes of Health、Bethesda、MD、USA)を使用して定量化した。
【0024】
[統計分析]
比較分析は、3つ以上のグループからなる実験で行った。これには一元配置分散分析(ANOVA)を使用した。各グループの平均を計算し、一元配置分散分析のボンフェローニ補正を使用して2つのグループ間の平均値を比較した。これは、蛍光強度のデータに適用された。なお、P値小なり0.05である場合、統計的に有意差があると判断した。
【0025】
[結果]
[MDCK細胞上のACE2に結合したS1タンパク質の検出]
ヒトACE2完全長cDNAを保持するpCX4purベクターと空のベクターをMDCK細胞にトランスフェクトし、ACE2を強力に発現する細胞(MDCK-ACE2)とベクターコントロール細胞(MDCK-vector)をそれぞれ取得した。ACE2の発現は、蛍光抗体法およびウエスタンブロッティング分析によって確認された。抗ACE2抗体は、MDCK-ACE2細胞の細胞膜でのACE2発現を明確に検出し、MDCKベクターやトランスフェクトされていないMDCK細胞からではなく、MDCK-ACE2細胞からの細胞溶解物で約150 kDaのバンドとして検出した(図1)。
【0026】
生細胞培養におけるACE2へのS1タンパク質の結合を定量的に検出した。このために、マウスIgG Fc部分と融合したS1タンパク質を使用し、フルオレセインで標識した。得られたタンパク質(S1-Fc-フルオレセイン)を、トランスフェクトされていないMDCK、MDCK-ベクター、およびMDCK-ACE2細胞培養物に3μg/ mlの濃度でμ-ディッシュで添加した。 24時間後、細胞をPBSで洗浄し、共焦点レーザー顕微鏡で生存を観察した。フルオレセインの蛍光は、MDCK-ACE2細胞の細胞膜で明確に検出されたが、トランスフェクトされていないMDCKまたはMDCKベクター細胞ではまったく検出されなかった(図2および図3)。
【0027】
また、ネガティブコントロールとして、マウスIgGをフルオレセインで標識し、培養物に添加した。どちらのタイプの細胞でも蛍光は検出されなかった(図4)。蛍光強度は、細胞タイプと処理設定のそれぞれについて計算された。 S1-Fc-フルオレセインとインキュベートしたMDCK-ACE2細胞は、他のタイプの培養物よりもはるかに高い強度を示した(P <2E-16;図2、および図3図5)。
【0028】
[藍抽出物によるS1-ACE2結合の阻害]
S1-Fc-フルオレセインとともに、藍抽出物ストック溶液をμ-DishesのコンフルエントなMDCK-ACE2細胞培養液に173倍(元の抽出物を基準とすると17,300倍)の希釈率で添加し、24時間後に細胞が生きているか否か観察した。蛍光シグナルは弱く検出された(図4)。蛍光強度は、藍抽出物を含まないMDCK-ACE2細胞培養よりもはるかに低かった(P <2E-16;図2および図5)。
【0029】
藍抽出物はd-リモネンを使用して調製したため、d-リモネンをS1-Fc-フルオレセインとともに、17,300倍希釈(0.35 mM)でMDCK-ACE2細胞培養に添加した。フルオレセインの蛍光強度は低下したが、減少の程度は藍抽出物よりも小さかった(図4)。
【0030】
次に、さらに5倍に希釈した濃度、つまり元の抽出物を基準として86,500倍に希釈した藍抽出物を使用した。 S1-ACE2結合に対する阻害効果は実質的に消失したことから、藍抽出物の効果は用量依存的であることが示された(図4)。
【0031】
藍抽出物または17,300倍希釈のd-リモネンで処理したMDCK-ACE2細胞でウエスタンブロッティング分析と免疫蛍光抗体法を実施した。どちらの実験でも、ACE2の発現はどちらの処理でも本質的に変化しないことが判った(図1)。
【0032】
[実験結果の考察]
本発明では、哺乳類細胞のACE2に結合したSARS-CoV-2スパイクタンパク質の量を簡単に定量化できる細胞培養アッセイシステムを確立した。このシステムは、さまざまな試薬によるこの結合に対する阻害効果を評価するのに役立つものである。そして、前記結合は、d-リモネン(分子量136.23;比重0.842 g / ml)を使用して調製した藍抽出物によって阻害されることがわかった。 d-リモネンは、その濃度に応じて、哺乳類細胞の生存率と成長に影響を与えると報告されている。
【0033】
過去の研究では、d-リモネンは、それぞれ0.6μl/ ml(1,667倍v / v希釈)および0.5 mMでも、PC12細胞の生存率とDU-145およびPZ-HPV-7細胞の生存に影響を与えないことが示されている。藍抽出物を17,300倍または86,500倍v / v希釈で使用する場合は、d-リモネンが351または70μMである。これらの濃度は、MDCK細胞を健康に保つのに十分低いと考えた。実際、藍抽出物で処理したMDCK細胞でACE2発現の実質的な変化は検出されなかった(図1)。これは、藍抽出物が高希釈率でACE2発現ではなくS1-ACE2結合を阻害するということを示したものである。
【0034】
結論として、藍抽出物は、細胞の生存率に影響を与えないほど低い濃度で、S1のACE2への結合に阻害効果があることが判った。換言すれば、有効成分の1つはトリプタンスリンである可能性があることが判った。この結果は、SARS-CoV-2感染の予防薬としてこの天然物を実際に使用できることを示すものである。

図1
図2
図3
図4
図5