IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人山形大学の特許一覧

特開2023-55058植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法、水系溶媒または水系電解液を媒質とするハイドロゲル、ならびに電気化学的分析キットおよび分光学的分析キット
<>
  • 特開-植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法、水系溶媒または水系電解液を媒質とするハイドロゲル、ならびに電気化学的分析キットおよび分光学的分析キット 図1
  • 特開-植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法、水系溶媒または水系電解液を媒質とするハイドロゲル、ならびに電気化学的分析キットおよび分光学的分析キット 図2
  • 特開-植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法、水系溶媒または水系電解液を媒質とするハイドロゲル、ならびに電気化学的分析キットおよび分光学的分析キット 図3
  • 特開-植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法、水系溶媒または水系電解液を媒質とするハイドロゲル、ならびに電気化学的分析キットおよび分光学的分析キット 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023055058
(43)【公開日】2023-04-17
(54)【発明の名称】植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法、水系溶媒または水系電解液を媒質とするハイドロゲル、ならびに電気化学的分析キットおよび分光学的分析キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20230410BHJP
   G01N 21/33 20060101ALI20230410BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20230410BHJP
【FI】
G01N27/416 302G
G01N21/33
G01N21/64 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021164154
(22)【出願日】2021-10-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度からの、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーションプログラム『フロンティア有機システムイノベーション拠点』委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】長峯 邦明
(72)【発明者】
【氏名】時任 静士
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 繁之
【テーマコード(参考)】
2G043
2G059
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA16
2G043EA01
2G043JA01
2G043LA01
2G059AA01
2G059BB12
2G059EE01
2G059HH02
2G059HH03
2G059KK01
(57)【要約】
【課題】本発明は、濡れた葉から植物体内物質が経表皮的に浸出する現象(リーチング)を利用して、植物体内物質を非破壊で抽出または検出する方法を提供する。
【解決手段】生育中の植物体の診断対象部位を水系電解液中に浸すことで植物の内部成分を水系電解液中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系電解液の電気化学測定を行う工程とからなる植物の内部成分の電気化学的分析方法。生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水溶液を紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる植物の内部成分の分光学的分析方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生育中の植物体の診断対象部位を水系電解液中に浸すことで植物体の内部成分を水系電解液中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系電解液の電気化学測定を行う工程とからなる植物の内部成分の電気化学的分析方法。
【請求項2】
生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系溶媒に水系電解液を混合する工程と、抽出成分を含む水系溶媒と水系電解液の混合溶液の電気化学測定を行う工程とからなる植物体の内部成分の電気化学的分析方法。
【請求項3】
生育中の植物体の診断対象部位に水系電解液を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体の内部成分をハイドロゲル中に抽出する工程と、ハイドロゲルに電極を接触させ、抽出成分を含むハイドロゲルの電気化学測定を行う工程とからなる植物の内部成分の電気化学的分析方法。
【請求項4】
生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物体の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系溶媒を紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる植物体の内部成分の分光学的分析方法。
【請求項5】
生育中の植物体の診断対象部位に水系溶媒を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体の内部成分をハイドロゲル中に抽出する工程と、抽出成分を含むハイドロゲルを紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる植物体の内部成分の分光学的分析方法。
【請求項6】
生育中の植物体の診断対象部位の電気化学的分析または分光学的分析に用いる、水系溶媒あるいは水系電解液を媒質とするハイドロゲル。
【請求項7】
生育中の植物体の診断対象部位の電気化学的分析に用いる水系電解液を媒質とするハイドロゲルと、電極とからなる電気化学的分析キット。
【請求項8】
生育中の植物体の診断対象部位の分光学的分析に用いる水系溶媒を媒質とするハイドロゲルと、光検出用センサとからなる分光学的分析キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
野菜、果樹、稲などの農作物が、病害虫による感染や食害を受けた場合、収穫量の減少や品質低下で、農家が受ける影響は深刻である。ある調査では20~40%の減収が生じていると報告されている。
【0003】
このような問題の解決策として、情報通信技術(ICT)を用いたスマート農業が期待されている。スマート農業では、各種センサを用いた環境モニタリングデータに基づいて農作物を管理する。しかしながら、この方法を用いれば施設内の数箇所で測定したデータによって、ある程度の範囲の被害または感染エリアを特定することはできるが、被害等を検知できないエリアもあるため、農薬散布が必要以上に広範囲に及ぶことがある。
【0004】
ところで、植物が病害虫による感染や食害を受けると、その部位で生成されるシグナル物質によって感染・食害情報が植物体全体に伝達され、健康な葉を含めて植物全体が抵抗力を持ち、病害虫による二次感染を抑制することが知られている。植物によって生成されるこれらのシグナル物質のうち、サリチル酸は、病原菌の種類や、感染部位によらず非特異的に感染時にその初期から植物体内で生成される。また分光分析に有利な自家蛍光を持つ。このサリチル酸を検出することで、植物が病原菌に感染したことを初期のうちに発見することができると考えられる。そして、植物病原菌の感染初期に殺菌剤を散布できれば、広範囲に渡って殺菌剤を散布することなく大きな治療効果が期待できる。
【0005】
植物体内の代謝物を溶出させる方法としては、自然界の降雨や霧によって濡れた葉から植物体内物質が経表皮的に溶出する現象(リーチング)を利用した、落ち葉の溶出成分の多感作用(アレロパシー)効果の評価法に関する報告例がある(非特許文献1および2)。例えば、非特許文献2のサンドイッチ法では、二層のアガロースシートの間に落ち葉を挟み、そのアガロースの表面で植物を成長させることで、落ち葉からの溶出成分が植物の生長にどのように影響するのかを評価できる。10cm2セルにつき0.5~1.0%のアガロースゲル内に様々な植物の落ち葉(50mg)を挟むことにより、レタスの幼根と胚軸の生長を促進する成分を有する落ち葉を同定できたと報告されている。
しかしながら、植物の病原菌感染の初期に植物体内に生成するサリチル酸などのシグナル物質を検出する方法は報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】雑草研究、Vol.43, p.258-266 (1998)
【非特許文献2】Weed Biology and Management Vol.4, p.19-23 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、リーチングを利用して、非破壊で植物体内物質の抽出または検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の事項からなる。
[1]生育中の植物体の診断対象部位を水系電解液中に浸すことで植物体の内部成分を水系電解液中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系電解液の電気化学測定を行う工程とからなる植物体の内部成分の電気化学的分析方法。
[2]生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物体の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系溶媒に水系電解液を混合する工程と、抽出成分を含む水系溶媒と水系電解液の混合溶液の電気化学測定を行う工程とからなる植物体の内部成分の電気化学的分析方法。
[3]生育中の植物体の診断対象部位に水系電解液を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体の内部成分をハイドロゲル中に抽出する工程と、ハイドロゲルに電極を接触させ、抽出成分を含むハイドロゲルの電気化学測定を行う工程とからなる植物体の内部成分の電気化学的分析方法。
【0009】
[4]生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物体の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系溶媒を紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる植物体の内部成分の分光学的分析方法。
[5]生育中の植物体の診断対象部位に水系溶媒を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体の内部成分をハイドロゲル中に抽出する工程と、抽出成分を含むハイドロゲルを紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる植物体の内部成分の分光学的分析方法。
【0010】
[6]生育中の植物体の診断対象部位の電気化学的分析または分光学的分析に用いる、水系溶媒あるいは水系電解液を媒質とするハイドロゲル。
[7]生育中の植物体の診断対象部位の電気化学的分析に用いる水系電解液を媒質とするハイドロゲルと、電極とからなる電気化学的分析キット。
[8]生育中の植物体の診断対象部位の分光学的分析に用いる水系溶媒を媒質とするハイドロゲルと、光検出用センサとからなる分光学的分析キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒あるいは水系電解液中に浸すことで、電気化学的測定、または紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により、非破壊で植物体内物質を検出または測定することができる。
【0012】
本発明によれば、生育中の植物体の診断対象部位に水系溶媒あるいは水系電解液を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体内物質をハイドロゲル中に抽出した後、該ハイドロゲルの電気化学的測定、または紫外・可視分光分析もしくは蛍光分光分析を行うことにより、非破壊で植物体内物質を検出または測定することができる。
【0013】
植物が病原菌に感染したとき、感染初期に植物体内に蓄積されるサリチル酸をこれらの電気化学的または分光学的分析法で検出することで、感染の早期発見に繋がる。よって、本発明によれば、広範囲に渡って病原菌に汚染されることによって、農作物に病気が蔓延するのを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に各種界面活性剤を終濃度0.3 mg/mLの濃度で混合して調製した水系電解液にトマトの葉を18時間浸漬させて抽出し、電気化学イオンセンサで定量したときの実験手順(図1a)、およびカリウムイオン(K+)の量(ppm)(図1b)、およびナトリウムイオン(Na+)の量(ppm)(図1c)を表すグラフである。
図2図2は、PBSを媒質とするアガロースゲルで被覆したカリウムイオンセンサをトマトの葉の表面に貼り、溶出するカリウムイオンを経時的にモニタリングした時の実験手順(図2a)、予備検討としてPBSに既知濃度のカリウムイオンを加えて調べたカリウムイオンセンサの電位応答(図2b)、および経時変化(図2c)である。
図3図3は、PBSに各種界面活性剤を終濃度0.3 mg/mLの濃度で混合して調製した水系電解液にトマトの葉を18時間浸漬させて抽出し、比色試薬を混合して可視光分光法により定量したときの実験手順(図3a)、およびグルコースの量(μM)(図3b)と乳酸の量(μM)(図3c)を表すグラフである。
図4図4は、超純水を溶媒としたアガロースゲルシートをトマトの葉表面に貼り付けてゲル内に抽出したサリチル酸の蛍光スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の植物体の内部成分の電気化学的分析方法および分光学的分析方法について、順に詳細に説明する。
[電気化学的分析方法]
本発明の植物体の内部成分の電気化学的分析方法の一実施形態は、生育中の植物体の診断対象部位を水系電解液中に浸すことで、植物体の内部成分を水系電解液中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系電解液の電気化学測定を行う工程とからなる。あるいは、生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物体の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水系溶媒を水系電解液と混合する工程と、抽出成分を含む水系溶媒と水系電解液の混合溶液の電気化学測定を行う工程とからなる。
【0016】
生育中の植物体とは、生きた植物体を意味する。本発明は、植物体の診断対象部位を水系電解液、あるいは水系溶媒に浸すことで、植物体を破壊することなく、その診断対象部位から水系電解液中あるいは水系溶媒中に溶け出した代謝物を検出または測定して、植物の病原菌感染または病害虫による食害に対する応答の有無等を判断しようとするものである。
【0017】
診断対象部位は、植物体の内部成分を多く排出する部位、例えば、扁平で柔らかく、水系電解液や水系溶媒に浸すときに取り扱い容易な葉が好適である。葉は、張り巡らされた葉脈の間で脈目を形成する細脈が葉肉の細胞へ水や養分を供給し、さらに代謝物を搬出する役割を果たす。よって、葉からは代謝物が多く溶出する。或いは、生長点は細胞分裂が盛んであり、体内代謝に関与する植物の根幹や茎なども診断対象部位として好適である。
【0018】
電気化学的分析方法に使用することができる植物は、栽培作物、例えば、根菜類(大根、にんじん、馬鈴薯、里芋、かぶ、ごぼう、蓮根、やまのいも)、葉茎菜類(白菜、キャベツ、ほうれんそう、レタス、ねぎ、たまねぎ、小松菜、ちんげんさい、ふき、三つ葉、春菊、水菜、セロリ、アスパラガス、カリフラワー、ブロッコリー、にら、にんにく)、果菜類(きゅうり、なす、トマト、ピーマン、かぼちゃ、スイートコーン、さやいんげん、さやえんどう、グリーンピース、そら豆、枝豆)、香辛野菜(生姜)、および果実的野菜(苺、メロン、すいか)などの野菜がある。
【0019】
植物体の内部成分には、スクロース、グルコース、乳酸、過酸化水素、エチレン、ジャスモン酸、アブシシン酸、サリチル酸およびサリチル酸メチルなどの代謝物、ナトリウムイオン、カリウムイオン、硝酸イオンなどのイオン種が含まれる。これらのうち、病害感染の早期発見の観点から、本発明では、自家蛍光を持ち、病原菌感染初期に植物体内に生成されるサリチル酸に着目している。
【0020】
水系電解液には、塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの電解質を含んだ水溶液が用いられる。
【0021】
界面活性剤には、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン界面活性剤のいずれを用いることもできる。
【0022】
陰イオン界面活性剤には、カルボン酸塩(石鹸等)、スルホン酸塩(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩、α-オレフィンスルホン酸塩、α-スルホ脂肪酸メチルエステル塩、スルホこはく酸塩)、および硫酸エステル塩(アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩)などが挙げられる。これらのうち、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)などが好適である。
陽イオン界面活性剤には、アミン塩型および第4級アンモニウム塩型が挙げられる。
【0023】
両性界面活性剤は、水に溶けたとき、アルカリ性領域では陰イオン界面活性剤の性質を示し、酸性領域では陽イオン界面活性剤の性質を示す界面活性剤である。具体的には、塩酸アルキルジアミノエチルグリシンおよびアルキルポリアミノエチルグリシンなどが挙げられる。
【0024】
非イオン界面活性剤には、エステル型(グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル)、エーテル型(ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル)などが挙げられる。これらのうち、Tween(登録商標)20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート(トリス緩衝生理食塩水))、Triton(登録商標) X-100(4-(1,1,3,3-テトラメチルブチル)フェニル-ポリエチレングリコール(乳化剤))などが好適である。
【0025】
前記界面活性剤のうち、農薬の展着剤であるTween 20およびTriton X-100などの非イオン界面活性剤が特に好適である。
【0026】
緩衝液には、通常、リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate-buffered saline、PBS)やHepes緩衝液(2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸)などが用いられる。緩衝液は水系溶媒、水系電解液中のpHまたは塩条件を調整する役割を有し、主に電気化学的測定のために添加される。
【0027】
前記水系電解液中の緩衝液は電解質として役割を果たす。前記水系電解液中の電解質の濃度は、通常は1μM~1Mであり、好ましくは1μM~10mMである。前記水系電解液のpHは6~8である。
【0028】
前記水系電解液の代わりに、特定の水系溶媒を用いてもよい。前記水系溶媒としては、純水(蒸留水、塩水、精製水)および超純水などのイオンを含まないものが挙げられる。ただし、電解質がないと電気化学測定ができないため、電気化学測定用の水系溶媒には、ナトリウムイオン(Na+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、カリウムイオン(K+)、カルシウムイオン(Ca2+)、硝酸イオン(NO3 -)、硫酸イオン(SO4 2-)、または塩化物イオン(Cl-)などの電解質を添加する必要がある。前記電解質および水系溶媒には、界面活性剤および緩衝液の他に、抽出効率向上のためアルコール類を添加してもよい。アルコール類としては特にエタノールが好ましい。
【0029】
本発明の植物体の内部成分の電気化学的分析方法の他の実施形態は、生育中の植物体の診断対象部位に水系電解液を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体の内部成分をハイドロゲル中に抽出する工程と、ハイドロゲルに電極を接触させ、抽出成分を含むハイドロゲルの電気化学測定を行う工程とからなる。
【0030】
ハイドロゲルは、三次元構造を有し、水に不溶な高分子物質の内部に水を包摂したものである。本発明におけるハイドロゲルは、含水率70~99%程度であり、電気化学的分析または分光学的分析に使用できるものであればよく、水系電解質を媒質とするものであれば、例えば、水分を適度に含んだ紙でも同等の効果を発揮し得るが、具体的には、アガロース、ゼラチン、キサンタンガム、ジェランガム、スクレロチウガム、アラビアガム、トラガントガム、カラヤガム、セルロースガム、タマリンドガム、グアーガム、ローカストビーンガム、グルコマンナン、キトサン、カラギーナン、クインスシード、ガラクタン、マンナン、デンプン、デキストリン、カードラン、カゼイン、ペクチン、コラーゲン、フィブリン、ペプチド、コンドロイチン硫酸ナトリウムなどのコンドロイチン硫酸塩、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸ナトリウムなどのヒアルロン酸塩、アルギン酸、アルギン酸塩、ならびにこれらの誘導体などの天然高分子;メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースなどのセルロース誘導体およびこれらの塩;ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、アクリル酸・メタクリル酸アルキルコポリマーなどのポリ(メタ)アクリル酸類およびこれらの塩;ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレートの重合体(PPEGDA、PPEGDM)、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリアクリルアミド、ポリ(N,N-ジメチルアクリルアミド)、ポリ2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリビニルピロリドン、ポリスチレンスルホン酸、ポリエチレングリコール、カルボキシビニルポリマー、アルキル変性カルボキシビニルポリマー、無水マレイン酸コポリマー、ポリアルキレンオキサイド系樹脂、ポリ(メチルビニルエーテル-alt-マレイン酸無水物)とポリエチレングリコールとの架橋体、ポリエチレングリコール架橋体、N-ビニルアセトアミド架橋体、アクリルアミド架橋体およびデンプン・アクリル酸塩グラフトコポリマー架橋物などの合成高分子などが用いられる。これらのハイドロゲルのうち、抽出物の物理的拡散に影響を及ぼさない程度に孔径が0.1~1μmと大きく、静電的に中性、さらに非毒性であるなどの理由により、アガロースゲルが好適である。
【0031】
本発明の電気化学的分析キットは、生育中の植物体の診断対象部位の電気化学的分析に用いる水系電解液を媒質とするハイドロゲルと電極とからなる。
【0032】
一般に電気化学測定では、測定溶液に浸漬した電極に対して電圧を印加した時に生じる電気化学反応で流れる電流、あるいは電極/測定溶液界面において電気化学反応が平衡状態にあるときの電極の電位などを測定する。本発明では、水系電解液を媒質とするハイドロゲルに接した電極における電気化学反応から、水系電解液中に溶け出した植物体の内部成分、具体的には、シグナル物質(サリチル酸など)を含む代謝物やイオン種などを検出または測定する。本発明では、イオン種の測定では二極式を採用し、作用電極と参照電極の間に生じる電位差を計測して、作用電極の電位の変化を検出する。あるいは、電流応答に基づき測定対象を測定する場合は三極式(作用電極、対極、参照電極の3電極を使用)を採用し、参照電極に対する作用電極の電位を制御しながら作用電極と対極の間に流れる電流を測定する。このようにして、植物体の内部成分の電気化学的な分析が可能となる。
【0033】
二極式の場合は、測定対象を検出するための作用電極と、基準電位を示す参照電極とからなる。三極式の場合は、測定対象を検出するための作用電極と、参照電極への通電を回避しながら回路を形成する対極と、基準電位を示す参照電極とからなる。参照電極は、Ag/AgCl電極のような基準電位を取るための電極である。本発明では、水溶液系での電気化学測定のため、作用電極と対極には水の電気分解が起こりにくい(電位窓の広い)電極材料が用いられる。具体的には、カーボン類、金、白金、ダイヤモンド、酸化インジウム錫(ITO)、ニッケル、および導電性高分子(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)、ポリアセチレン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリビチオフェン、ポリイソチオフェン、ポリドデシルチオフェン、ポリイソナイトチオフェン、ポリ-3-ヘキシルチオフェン、ポリアニオン、ポリイソチアナフテン、ポリチアジル、ポリフェニレン、ポリフルオレン、ポリジアセチレン、ポリアセン、ポリパラフェニレン、ポリチエニレンビニレン、ポリフェニレスルフィド)が挙げられる。植物体内物質を選択的に測定するため、作用電極表面に抽出物反応体を固定する場合がある。抽出物反応体は、植物体からの抽出物と反応するもので、例えば酵素、抗体、イオノフォア、核酸(DNA,RNA)、人工受容体、細胞、微生物、組織、臓器等を用いることができ、抽出成分と選択的に反応する点から、酵素、抗体、イオノフォア、核酸(DNA,RNA)、人工受容体を用いることができる。これらの抽出物反応体は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、人工受容体とは、抽出成分と化学的相互作用(酸化還元反応、配位結合、水素結合、ファンデルワールス力等)を形成する化合物の総称である。
【0034】
本発明の電気化学的分析キットでは、ハイドロゲルに接するように電極を配置し、電気化学的に抽出物を検出または測定する。このとき、前記電気化学的分析キットは、電気化学センサ表面にハイドロゲルを被覆した一体化構造を有してもよいし、電気化学センサは別途準備して、葉などの診断対象部位に貼り付けたハイドロゲルに電気化学センサを接触させて電気化学的に測定してもよい。
【0035】
[分光学的分析方法]
本発明の植物体の内部成分の分析は、分光学的方法によっても行うことができる。本発明の植物体の内部成分の分光学的分析方法の一実施形態は、生育中の植物体の診断対象部位を水系溶媒中に浸すことで植物体の内部成分を水系溶媒中へ抽出する工程と、抽出成分を含む水溶液を紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる。
【0036】
分光学的分析方法に使用する植物および水系溶媒は、電気化学的分析方法で使用するものと同じである。分光学的分析の場合、電気化学的分析の場合とは異なり、水系溶媒に電解質を添加する必要はない。
【0037】
紫外・可視分光分析では、紫外から可視領域(200~800nm)の光を試料に照射し、透過、反射、あるいは吸収した光を検出し、スペクトルを取得する。得られたスペクトルのピーク強度からは試料の濃度が分かり、ピーク波長からは試料を同定できる。
【0038】
抽出成分自体に特徴的な紫外・可視分光特性が無い場合は、比色試薬との化学反応を用いて紫外・可視分光測定を可能にする方法がある。比色試薬は色素、あるいは色素と触媒で構成される。抽出成分と色素が直接反応して紫外・可視分光特性が変化する場合は色素のみを用いる。抽出成分と色素が直接反応しない場合は、触媒を介して抽出成分と色素を反応させ紫外・可視分光特性の変化を誘導する。
【0039】
蛍光分光分析では、試料に励起光を照射し、励起された電子が基底状態に戻る際に発生した光を検出する。サリチル酸のような自家蛍光を持つ抽出物を検出または測定する場合、ハイドロゲルに励起光を照射して蛍光を測定する方法が有効である。
【0040】
本発明では、紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により、水系溶媒中に溶け出した植物体の内部成分、具体的には、サリチル酸などの代謝物やイオン種などを検出または量を測定することができる。前記のとおり、サリチル酸は、病害感染時に感染初期から植物体内に生成される成分である。ただし、サリチル酸は植物体内でサリチル酸メチルなどの誘導体に変化することもある。よって、サリチル酸やサリチル酸誘導体が検出されるということは、植物体が病害に感染して間もないが、対応が必要であることを示している。
【0041】
本発明の植物体の内部成分の分光学的分析方法の他の実施形態は、生育中の植物体の診断対象部位に水系溶媒を媒質とするハイドロゲルを貼り付け、植物体の内部成分をハイドロゲル中に抽出する工程と、抽出成分を含むハイドロゲルを紫外・可視分光法もしくは蛍光分光法により測定する工程とからなる。
【0042】
ハイドロゲルには、電気化学的分析方法で使用するものと同じものを使用することができる。ただし、電気化学測定と異なり、媒質には純水(蒸留水、精製水)および超純水、アルコール含有水など、イオンを含まないものも使用可能である。
【0043】
本発明の分光学的分光分析では、光検出用センサ表面にハイドロゲルを被覆した一体化構造を有する分光学的分析キットを用いてもよいし、光検出器は別途準備して、葉などの診断対象部位に貼り付けたハイドロゲルに光検出器を近接させて蛍光を測定してもよい。
【実施例0044】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
[電気化学的分析]
電気化学的分析に用いた機器は以下のとおりである。
コンパクトナトリウムイオンメータ(LAQUAtwin Na-11、(株)堀場アドバンスドテクノ製)
コンパクトカリウムイオンメータ(LAQUAtwin K-11、(株)堀場アドバンスドテクノ製)
【0045】
[分光学的分析]
分光学的分析に用いた機器及び測定条件は以下のとおりである。
(1)紫外・可視(UV-vis)分光光度計
(株)島津製作所製 UV-3150
測定条件:スキャンスピード 中速、測定範囲 200~800nm サンプリングピッチ 0.5nm、スリット幅 0.5nm
Thermo Scientific社製プレートリーダー(Multiskan Sky T)
【0046】
(2)分光蛍光光度計
日本分光(株)製FP8600
測定条件:励起波長310nm、測定範囲 350~550nm、励起バンド幅 10nm、蛍光バンド幅 5nm、走査速度 100nm/min
【0047】
[実施例1]各種溶液を用いた抽出試験
終濃度0.3mg/mLの各種界面活性剤を含有、あるいは不含の超純水あるいはPBSを1mL準備し(液体(1)~(8))、そこにトマトの葉を18時間浸漬させた。その後、抽出液を回収し、電気化学イオンセンサを使用して、カリウムイオン(K+)およびナトリウムイオン(Na+)の抽出量(ppm)を測定した。
【0048】
使用した界面活性剤を以下に示す。
Triton(登録商標) X-100(非イオン性界面活性剤)
Tween(登録商標)20(トリス緩衝生理食塩水)
SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)
【0049】
液体(1)~(8)の組成を以下に示す。超純水およびPBSに添加した界面活性剤の濃度はすべて0.3mg/mLである。
(1)超純水
(2)PBS(リン酸緩衝生理食塩水)
(3)Triton X-100および超純水の混合液
(4)Triton X-100およびPBSの混合液
(5)Tween 20および超純水の混合液
(6)Tween 20およびPBSの混合液
(7)SDSおよび超純水の混合液
(8)SDSおよびPBSの混合液
【0050】
結果を図1(b)に示す。抽出濃度が正の場合は抽出溶液中のイオン種の濃度が増加したこと、負の場合は減少したことを表す。K+の抽出量は、Triton X-100含有PBSおよびSDS含有PBSの場合がそれぞれ110.0μMおよび116.7μMと最も多かった。Na+の抽出量はSDS含有PBSの場合が166.7μMと、最も多かった。
【0051】
[実施例2]ハイドロゲル被覆K+センサによる電気化学測定
図2(a)にセンサの写真を示す。ポリエチレンナフタレート基板にK+センサ(作用電極)とAg/AgCl参照電極を作製した。K+センサは、カーボン電極表面に抽出物反応体の溶液を滴下・乾燥させた。抽出物反応体溶液は、2mgのバリノマイシン(富士フイルム和光純薬(株)製)、0.5mgのテトラキス(4-クロロフェニル)ほう酸カリウム(Sigma Aldrich社製)、32.7mgのポリ塩化ビニル(Sigma Aldrich社製)、71μLのセバシン酸ビス(2-エチルヘキシル)(東京化成工業(株)製)を350μLのテトラヒドロフラン(東京化成工業(株)製)に溶解して調製した。図2(b)は0.3mg/mL TritonX-100を含むPBS中で測定した、種々濃度のK+イオンに対するセンサの電位応答である。これら2電極を囲むようにシリコーンゴムシート枠(貫通孔のサイズは15mm×15mm×2mm、アズワン(株)製)を貼り付けた。超純水19.2mLに、アガロース粉末(ゲル化温度30~31℃、ナカライテスク(株)製)0.8gを添加して、沸騰させて溶解させた。このアガロース水溶液をシリコーンゴムシート枠内に充填し、室温まで冷却してアガロースゲルシートを得た。図2(c)は、このセンサをトマトの葉表面に貼り付けた状態でセンサの電位応答を48時間連続計測した結果である。
【0052】
[実施例3]分光学的分析(比色試薬を用いた可視分光分析)
(1)比色用試薬の調製
各試薬の準備
Oxiredプローブ(比色測定用の色素。Thermo Scientific社製)をジメチルスルホキド(DMSO)に溶解させて、Oxiredプローブの10mM DMSO溶液を調製した。
100 U/mL ホースラディッシュ・ペルオキシダーゼ(富士フイルム和光純薬(株)製)のグリセロール希釈液を調製した。
酵素溶液として、200 U/mL グルコースオキシダーゼ(富士フイルム和光純薬(株)製)のPBS希釈液と、200 U/mL 乳酸オキシダーゼ(TOYOBO社製)のPBS希釈液の2種類を調製した。
【0053】
比色用試薬の調製
OxiredプローブのDMSO溶液を50μLと、100 U/mL ホースラディッシュ・ペルオキシダーゼのグルセロール希釈液を10μLと、200 U/mLグルコースオキシダーゼのPBS希釈液100μL、または、200 U/mL 乳酸オキシダーゼのPBS希釈液100μLと、PBS 4.84mLとを混合し、比色用試薬を調製した。
【0054】
(2)可視分光分析法によるグルコースと乳酸の定量
実施例1に記載の手順で液体(1)~(8)中にトマトの葉から代謝物を抽出した。可視分光分析法により、水系溶媒中に溶け出したグルコースと乳酸の量を測定した(図3(b))。
グルコース(富士フイルム和光純薬(株)製)および乳酸(富士フイルム和光純薬(株)製)をそれぞれPBSで希釈して、グルコースの標準溶液および乳酸の標準溶液(いずれも0、1μM,5μM,10μM,50μM,100μM,1mM,10mMの溶液)を調製した。これらの標準溶液とトマトの葉からの抽出溶液をそれぞれ50μLずつ96ウェルプレートに分注した。
比色用試薬を、標準溶液あるいは抽出液をあらかじめ50μL入れた96ウェルプレートに50μLずつ分注し(合計100μL)、抽出成分と比色用試薬を室温で30分間反応させた。プレートリーダー(Multiskan Sky T, Thermo Scientific社製)を用いて570nmの吸光度を測定した。標準溶液で作成した検量線を用いて抽出液中のグルコースと乳酸の濃度を定量した。
結果を図3(b)(c)に示す。グルコースはTriton X-100含有超純水で80.7μMと、最も多かった。乳酸はTriton X-100含有超純水で163.3μMと、最も多かった。
【0055】
[実施例4]分光学的分析(蛍光)
超純水19.2mLに、アガロース粉末(ゲル化温度30~31℃、ナカライテスク(株)製)0.8gを添加して、沸騰させて溶解させた。このアガロース水溶液を厚さ1mmのテフロン(登録商標)板をスペーサーとして挟んだ2枚のガラス板の隙間に流し込んだ。室温まで冷却して、ガラス板を外すことで厚さ1mmのアガロースゲルシートを得た。
アガロースゲルシートをトマトの葉の表面に貼り付けて、24時間静置した。アガロースゲルシートからトマトの葉を剥がし、分光蛍光光度計を用いてアガロースゲルシート中に抽出されたサリチル酸およびその誘導体の蛍光を測定した。310nmの励起光の照射によりサリチル酸およびサリチル酸エステルの蛍光波長領域に蛍光が観測された。得られた蛍光スペクトル図4に示す。検量線を用いた定量の結果、アガロースゲルに含まれる水溶液中濃度としてサリチル酸濃度換算で0.01mmol/Lのサリチル酸およびサリチル酸エステルを検出した。
図1
図2
図3
図4