(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023055388
(43)【公開日】2023-04-18
(54)【発明の名称】培養器、細胞構造体の製造方法、及び培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20230411BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20230411BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20230411BHJP
C07K 14/21 20060101ALN20230411BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N1/00
C12N5/071
C07K14/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021164727
(22)【出願日】2021-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(72)【発明者】
【氏名】仁宮 一章
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC02
4B029GA08
4B029GB01
4B029GB09
4B065AA90X
4B065BC42
4B065BC46
4B065CA44
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045CA11
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】細胞塊に与える損傷を低減することが可能な細胞構造体の製造方法と、これに使用可能な培養器及び培養方法の提供を目的とする。
【解決手段】底面(3a)を有する底部(3)、及び前記底面の少なくとも一部を囲う側壁部(4)を有する培養皿(1)と、前記側壁部に囲われた前記底面上に設置された筒状体(2)と、を備える培養器(10)であって、前記筒状体の一方の開口部(6)は前記底面に向けて設置され、前記筒状体の他方の開口部(7)は上方に向けて開口しており、前記筒状体の内部の少なくとも一部にはヒドロゲルからなる粒子集合体(G)が充填されており、前記筒状体の側面部(5)には、培養液が流通可能な貫通孔が1つ以上形成されている、培養器。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面を有する底部、及び前記底面の少なくとも一部を囲う側壁部を有する培養皿と、
前記側壁部に囲われた前記底面上に設置された筒状体と、を備える培養器であって、
前記筒状体の一方の開口部は前記底面に向けて設置され、前記筒状体の他方の開口部は上方に向けて開口しており、
前記筒状体の内部の少なくとも一部にはヒドロゲルからなる粒子集合体が充填されており、
前記筒状体の側面部には、培養液が流通可能な貫通孔が1つ以上形成されている、培養器。
【請求項2】
前記筒状体の前記貫通孔の開口径は、前記粒子集合体が実質的に通過することができないサイズである、請求項1に記載の培養器。
【請求項3】
前記筒状体の前記側面部の少なくとも一部は、メッシュ材、多孔質材、不織布又は織布によって形成されている、請求項1又は2に記載の培養器。
【請求項4】
前記ヒドロゲルは、0.05~1.00wt/v%のゲランガムによって形成されている、請求項1~3の何れか一項に記載の培養器。
【請求項5】
前記培養皿の前記底面がヒドロゲルからなる下地層によって覆われており、
前記筒状体の前記一方の開口部の先端が前記下地層に潜り込むことにより、前記筒状体が前記下地層及び前記底面に固定されている、請求項1~4の何れか一項に記載の培養器。
【請求項6】
前記培養皿の前記側壁部に囲まれた領域に培養液が保持されており、
前記培養液は前記貫通孔を通して前記筒状体の内外を拡散することが可能とされた、請求項1~5の何れか一項に記載の培養器。
【請求項7】
請求項6に記載の培養器を準備し、
前記培養器が有する前記筒状体内の前記粒子集合体に対して、上方から細胞塊を挿入し、前記細胞塊が前記粒子集合体に支持された状態で前記細胞塊を前記筒状体内の所望の位置に配置することと、
さらに上方から別の細胞塊を挿入し、前記別の細胞塊を先に配置した前記細胞塊に接触するか若しくはその近傍の位置に配置することと、を含む操作を任意の回数で繰り返すことによって、
2つ以上の細胞塊が互いに隣接した細胞塊群を、前記粒子集合体に支持された状態で得た後、培養期間を置き、
前記培養期間中に前記細胞塊群を構成する細胞塊の少なくとも一部同士を接着させることにより、前記細胞塊の2つ以上が互いに接着した細胞構造体を形成することを有する、細胞構造体の製造方法。
【請求項8】
前記細胞構造体を形成した後、前記細胞構造体及び前記粒子集合体を前記培養液中で保持していた前記筒状体を取り外すことにより、前記粒子集合体を前記培養液中で離散させ、前記粒子集合体に保持されていた前記細胞構造体を取り出すことを有する、請求項7に記載の細胞構造体の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の培養器を準備し、
前記培養器が有する前記筒状体内の前記粒子集合体に対して、上方から1つ以上の細胞塊又は細胞構造体を挿入し、前記細胞塊又は前記細胞構造体が前記粒子集合体に支持された状態で前記細胞塊又は前記細胞構造体を前記筒状体内の所望の位置に配置して培養することを有する、培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養器、細胞構造体の製造方法、及び培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞材料から任意の生体組織や臓器を製造しうる基盤技術としてバイオ3Dプリンティングが実用化されつつあり、再生医療や創薬研究への応用が期待されている。
【0003】
特許文献1には、剣山状の支持体を用い、剣山を構成する複数の針状体に細胞塊(例えばスフェロイド)を刺入し、隣接する細胞塊同士が接着(融着)することにより一体化した細胞組織を形成する方法が記載されている。隣接する針状体の距離が密接するように配置されているので、第一の針状体に刺入された細胞塊と、これに隣接する第二の針状体に刺入された細胞塊とが接触した状態で保つことができる。また、個々の針状体において、上下に隣接する細胞塊同士を密着させたり、離間させたりした状態で保つことも容易である。この技術によれば、剣山を足場として、ある程度任意の位置に目的の細胞塊を配置し、細胞の立体構造体を形成することができる。
特許文献2には、特許文献1の方法を自動化しうる細胞の立体構造体の製造装置が記載されている。
【0004】
特許文献3には、特許文献1の方法を変形した細胞の立体構造体(細胞構造体)の製造方法及び製造装置が記載されている。すなわち、支持体に固定されていない一つの針状体(ニードル)に複数の細胞塊を串刺し、この串刺し体を複数得た後で、これらの串刺し体の基部を基板上に配置し、剣山状の支持体を構成することにより、隣接する針状体に串刺しされた細胞塊同士を接触させる技術である。この技術によれば、剣山を足場として、ある程度任意の位置に目的の細胞塊を配置し、細胞の立体構造体を形成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4517125号
【特許文献2】特許第5896104号
【特許文献3】特許第6334837号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3に記載された方法では、針状体が細胞塊を突き刺して貫通するので、細胞塊の一部を損傷する問題がある。この損傷は細胞塊同士が接着して細胞構造体を形成する培養期間中に回復する場合もある。しかし、目的の細胞構造体を使用するためには、剣山状の支持体から細胞構造体を抜去する必要があり、この抜去の際にも細胞構造体が損傷する問題がある。また、損傷が軽微であるとしても、抜去後の細胞構造体には針状体を引き抜いた痕の複数の貫通孔が存在するので、各貫通孔が埋まるまで細胞構造体を更に培養する後培養工程を要する場合がある。この場合、後培養工程中に細胞構造体が意図しない形態に変形する懸念があるので、後培養工程を経ずに直ぐに使用できる細胞構造体が望ましい。
従って、細胞構造体中に複数の貫通孔が必然的に形成されてしまう剣山を支持体とする方法に代わる、新たな細胞構造体の製造方法が求められている。
【0007】
本発明は、細胞塊に与える損傷を低減することが可能な細胞構造体の製造方法と、これに使用可能な培養器及び培養方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1] 底面を有する底部、及び前記底面の少なくとも一部を囲う側壁部を有する培養皿と、前記側壁部に囲われた前記底面上に設置された筒状体と、を備える培養器であって、前記筒状体の一方の開口部は前記底面に向けて設置され、前記筒状体の他方の開口部は上方に向けて開口しており、前記筒状体の内部の少なくとも一部にはヒドロゲルからなる粒子集合体が充填されており、前記筒状体の側面部には、培養液が流通可能な貫通孔が1つ以上形成されている、培養器。
[2] 前記筒状体の前記貫通孔の開口径は、前記粒子集合体が実質的に通過することができないサイズである、[1]に記載の培養器。
[3] 前記筒状体の前記側面部の少なくとも一部は、メッシュ材、多孔質材、不織布又は織布によって形成されている、[1]又は[2]に記載の培養器。
[4] 前記ヒドロゲルは、0.05~1.00wt/v%のゲランガムによって形成されている、[1]~[3]の何れか一項に記載の培養器。
[5] 前記培養皿の前記底面がヒドロゲルからなる下地層によって覆われており、前記筒状体の前記一方の開口部の先端が前記下地層に潜り込むことにより、前記筒状体が前記下地層及び前記底面に固定されている、[1]~[4]の何れか一項に記載の培養器。
[6] 前記培養皿の前記側壁部に囲まれた領域に培養液が保持されており、前記培養液は前記貫通孔を通して前記筒状体の内外を拡散することが可能とされた、[1]~[5]の何れか一項に記載の培養器。
[7] [6]に記載の培養器を準備し、前記培養器が有する前記筒状体内の前記粒子集合体に対して、上方から細胞塊を挿入し、前記細胞塊が前記粒子集合体に支持された状態で前記細胞塊を前記筒状体内の所望の位置に配置することと、さらに上方から別の細胞塊を挿入し、前記別の細胞塊を先に配置した前記細胞塊に接触するか若しくはその近傍の位置に配置することと、を含む操作を任意の回数で繰り返すことによって、2つ以上の細胞塊が互いに隣接した細胞塊群を、前記粒子集合体に支持された状態で得た後、培養期間を置き、前記培養期間中に前記細胞塊群を構成する細胞塊の少なくとも一部同士を接着させることにより、前記細胞塊の2つ以上が互いに接着した細胞構造体を形成することを有する、細胞構造体の製造方法。
[8] 前記細胞構造体を形成した後、前記細胞構造体及び前記粒子集合体を前記培養液中で保持していた前記筒状体を取り外すことにより、前記粒子集合体を前記培養液中で離散させ、前記粒子集合体に保持されていた前記細胞構造体を取り出すことを有する、[7]に記載の細胞構造体の製造方法。
[9] [6]に記載の培養器を準備し、前記培養器が有する前記筒状体内の前記粒子集合体に対して、上方から1つ以上の細胞塊又は細胞構造体を挿入し、前記細胞塊又は前記細胞構造体が前記粒子集合体に支持された状態で前記細胞塊又は前記細胞構造体を前記筒状体内の所望の位置に配置して培養することを有する、培養方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細胞構造体の製造方法によれば、細胞構造体へのダメージを低減することができる。本発明の培養器及び培養方法は細胞構造体の製造方法に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明に係る実施形態の一例である培養器10の斜視図である。
【
図2】
図1の培養器10に培養液を注入した様子の斜視図である。
【
図3】
図2の粒子集合体Gのみを拡大して示した断面図である。
【
図4】粒子集合体Gの所望の位置に配置した細胞構造体の一例について、細胞構造体のみを示す斜視図である。
【
図5】粒子集合体Gに保持された細胞構造体Zを観察する様子を示した断面図である。
【
図6】粒子集合体Gを保持していた筒状体2を取り外した様子を示した断面図である。
【
図7】ヒト皮膚線維芽細胞からなるスフェロイドを複数積層した細胞塊群が、ゲランガムからなる粒子集合体中で培養されて細胞構造体になる様子を観察した実施例の結果である。
【
図8】ヒト皮膚線維芽細胞からなる正常スフェロイドと、ヒト乳がん細胞株からなるがんスフェロイドを混在して整列させた細胞塊群が、ゲランガムからなる粒子集合体中で培養されて細胞構造体になる様子を観察した実施例の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、「下方」は鉛直下向きの方向を意味し、「上方」はその逆の鉛直上向きの方向を意味する。「下方に移動する」とは、鉛直下向きのベクトル成分を有する移動を意味し、「上方に移動する」とは、鉛直上向きのベクトル成分を有する移動を意味する。
本明細書で示す数値範囲は、「超」又は「未満」を明記しない限り、その下限値及び上限値を含む。
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明するが、各部材の寸法や相対的な大きさは説明の便宜上変更してあり、実際のものと異なる場合がある。
【0012】
≪培養器≫
本発明の第一態様は培養器である。この実施形態の一例として
図1に培養器10を示す。
培養器10は、培養皿1と、筒状体2とを備える。培養皿1は水平(X-Y平面)に設置されており、筒状体2の中心線は鉛直方向(Z方向)に向くように設置されている。
培養皿1は、底面3aを有する底部3と、底面3aの少なくとも一部を囲う側壁部4とを有する。
筒状体2は、筒の側面(筒の本体)をなす側面部5と、下方に向けて開口した一方の開口部6と、上方に向けて開口した他方の開口部7とを有する。
筒状体2は、側壁部4に囲われた領域において底面3a上に設置されている。底面3aはヒドロゲルからなる下地層8によって被覆されている。
筒状体2の一方の開口部6の先端が下地層8に潜り込んでいる。これにより、筒状体2の一方の開口部6が下方の底面3aに向き、他方の開口部7が上方に開口した状態で固定されている。
筒状体2の内部の少なくとも一部にはヒドロゲルからなる粒子集合体Gが充填されている。
筒状体2の側面部5は金属製メッシュによって形成されている。側面部5には、培養液が流通可能な貫通孔(メッシュの開口)が多数形成されている。
【0013】
<培養皿>
本態様の培養皿は、底部と側壁部とを有し、培養液を保持できる空間(ウェル)を備えた皿状の容器であればよい。一例である培養皿1はφ35mm、高さ10mmのシャーレ(ペトリ皿)の下皿である。この他、6穴プレートや24穴プレート等のように、側壁部の内部が仕切り壁によって区切られた複数のウェルを備えた培養皿を使用することもできる。また、図示しないが、培養皿1の上方から被せる蓋体が備えられていてもよい。
【0014】
培養皿1の底面3aにはヒドロゲルからなる下地層8が形成されているので、底面3aは露出していない。下地層8の厚さは、筒状体2の開口部6の先端を潜り込ませられる程度の厚さであればよく、例えば0.5mm~5mmが挙げられ、1mm~3mmが好ましい。上記範囲であると、筒状体2が容易に動かなくなる程度に固定しつつ、必要時に筒状体2を容易に取り外すことができる。
下地層8のヒドロゲルを構成するゲル化剤の種類は特に制限されず、培養液と接触した際に溶解しないものが好ましく、例えば、アガロース(寒天)、ゲランガム、カラギーナン、アルギン酸、セルロース、キトサン、グルコマンナン等の多糖類が挙げられる。これらの中でも、下地層を通して粒子集合体中の細胞塊の観察が容易であることから、透明性に優れたゲランガムが好ましい。
下地層8を構成するヒドロゲルの濃度(ゲル化剤の濃度)としては、筒状体2の開口部の先端を差し込むことが容易であり、その後に筒状体2を充分に固定することが可能な固さを呈する濃度であることが好ましく、例えば、0.1~1.0wt/v%が挙げられ、0.3~0.7wt/v%が好ましい。
【0015】
<筒状体>
本態様の筒状体は、内部が空洞であり、その内部空間の少なくとも一部に粒子集合体Gを充填できるものであればよい。一例である筒状体2は、帯状のステンレス製メッシュを円筒状に組み立てたものである。
本態様の筒状体を輪切りにした断面形状は特に制限されず、円や楕円であってもよいし、四角形やその他の多角形等、任意の形状でよい。筒状体の一方の開口部及び他方の開口部の形状も同様に任意の形状でよい。
【0016】
本態様の筒状体の直径(φ)は、培養皿のウェルのφよりも小さければよく、ウェルのφ35mmに対して、筒状体2のφは例えば5mm~30mmとすることができ、筒状体2の周囲に培養液を充分に配置する観点から、10mm~15mmが好ましい。これを一般化すると、例えば、(筒状体のφ/ウェルのφ)で表される比は、1/7~6/7が好ましく、2/7~3/7がより好ましい。培養器を移動したときに培養液が揺れることがあるが、上記比が1/7以上であると、培養液の揺れが筒状体を揺らしたり倒したりすることが防止され、安定性が向上する。また、上記比が6/7以下であると、筒状体の周囲に充分な培養液を保持することができ、筒状体の内部へ栄養を供給することが容易となる。
なお、筒状体のφは、後述する細胞塊を配置する高さ位置(概ね筒状体の中央付近)で水平に輪切りにした断面を含む最小円の直径とする。同様に、ウェルのφは、筒状体を配置するウェルの、筒状体を配置する高さ位置(概ね培養皿の中央付近)で水平に輪切りにした断面を含む最小円の直径とする。
【0017】
本態様の筒状体の高さ(一方の開口部から他方の開口部への中心線に沿う長さ)は特に制限されず、培養皿の高さ(底面から側壁部の頂上までの高さ)より低くてもよいし、高くてもよい。培養皿に蓋をする場合には、筒状体の高さは培養皿の高さよりも低いことが好ましい。一例である筒状体2の高さは5mmであり、培養皿1の高さ(底面3aから側壁部4の頂上までの高さ)は10mmである。
【0018】
本態様の筒状体の側面部には、培養液が流通可能な貫通孔が1つ以上形成されていることが好ましい。貫通孔は筒状体の側面部の任意の位置にあり、筒状体内部に充填された粒子集合体Gと接する位置にあってもよいし、接しない位置にあってもよい。
一例である筒状体2の側面部5はメッシュ材であるので、当然ながら貫通孔が多数存在し、筒状体2の側面部5を通して、筒状体2の内外を培養液が拡散することが可能である。筒状体の側面部の少なくとも一部がメッシュ材、多孔質材、不織布又は織布によって形成されていることが好ましい。これらの材料であると、培養液が筒状体の内外を容易に拡散できるとともに、粒子集合体Gが筒状体2から流出することを防止できる。
【0019】
本態様の筒状体の側面部の前記貫通孔の開口径(ポアサイズ)は、粒子集合体を構成するヒドロゲルからなる粒子が容易には通過しないサイズであることが好ましい。ここで開口径とは、前記貫通孔を真正面から観察したときの開口を含む最小円の直径とする。本態様の筒状体が複数の貫通孔を有する場合、無作為に選択される10以上の貫通孔の開口径の平均値は、例えば、10μm~500μmが好ましく、30μm~250μmがより好ましく、50μm~100μmがさらに好ましい。10μm以上であると、貫通孔を通して培養液が容易に拡散できるので好ましい。500μm以下であると、粒子集合体の流出を抑制できるので好ましい。
一例である筒状体2を構成するステンレスメッシュの開口径は75μmであり、直径75μm程度又はそれ以上の直径の粒子は実質的に通過することができない。
【0020】
<粒子集合体>
本態様の筒状体の内部の少なくとも一部に充填されている粒子集合体は、ヒドロゲルからなる粒子の集合である。
前記粒子のヒドロゲルを構成するゲル化剤の種類は特に制限されず、培養液と接触した際に溶解せず、使用時に細胞塊同士の接着(融合)を阻害しないものが好ましい。このような観点から、例えば、アガロース(寒天)、ゲランガム、カラギーナン、アルギン酸、セルロース、キトサン、グルコマンナン等の多糖類が挙げられる。これらの中でも、粒子集合体中の細胞塊の観察が容易であることから、透明性に優れたゲランガムが好ましい。
【0021】
前記粒子を形成するヒドロゲルに含まれるゲル化剤の濃度としては、例えば、0.05~1.00wt/v%が好ましく、0.10~0.60wt/v%がより好ましく、0.15~0.55wt/v%がさらに好ましい。
上記の好適な範囲であると、次の効果が得られる。
1)粒子集合体中での細胞塊の移動操作が容易である。
2)細胞塊を粒子集合体中の任意の位置に配置した後にその位置に細胞塊を留めて保持することが容易である。
3)培養期間中に細胞塊同士が接着(融合)して細胞構造体を形成することが容易である。つまり、細胞塊同士の接着を阻害し難い。
4)細胞塊を粒子集合体中に配置する操作を繰り返し行う場合、細胞塊を運ぶ治具を粒子集合体中で動かしたときの轍(軌跡)が、粒子の流動により短時間で消える。この結果、細胞塊を粒子集合体中で動かす際に、先行する操作によって形成された轍によって妨害されることが防止される。
【0022】
本態様の粒子集合体は、ゲル化剤と水若しくは緩衝液とを含むゲル用組成物を用いて常法により作製された一塊のヒドロゲルをホモジナイザー等の粉砕手段によって粉砕して得られたクラッシュゲルであることが好ましい。
【0023】
ホモジナイザーは、円筒体の先端に形成された固定刃(外刃)とその円筒体の内側で固定刃に隣接しつつ回転するように備えられた高速回転刃(内刃)を備えたジェネレータを有するものが好ましい。内刃の回転に伴い、粉砕対象が円筒体の内部に引き込まれ、外刃の近傍に設けられたスリット(円筒体の側面に形成された小窓)から激しく噴射される。
まず、粉砕対象であるヒドロゲルの大きな塊はジェネレータの先端で外刃と内刃によって粗く砕かれる。小さくなった塊は、内刃が回転する円筒体の内部に引き込まれ、前記スリットから激しく噴射されるとともに微細化した粒子となる。さらに、高速回転する内刃とスリットの間で高周波や超音波が発生し、微細化した粒子が得られる。このような外刃と内刃による機械的ひきちぎりの方式はローター・ステーター方式と称される。
ホモジナイザー等で一塊のヒドロゲルの粉砕を継続すると、微細化が頭打ちとなり、粒子径が概ね均一化した粒子からなる粒子集合体が得られる。
【0024】
本態様の粒子集合体を構成する粒子の平均粒子径は、10μm~500μmが好ましく、50μm~250μmがより好ましく、75μm~100μmがさらに好ましい。
上記の好適な範囲であると、上述した1)~4)の効果がより一層得られる。
ここで、平均粒子径は、粒子集合体をPBS(15~25℃)に分散した状態で顕微鏡観察し、無作為に選択される100個の粒子の直径(最長径)を測定し、平均した値である。
一例である筒状体2の内部に充填された粒子集合体Gを構成する粒子の平均粒子径は、筒状体2のメッシュのポアサイズが75μmであり、粒子集合体が外部へ流出しないことから、75μm超である。また、ホモジナイザーによって頭打ちになるまで微細化されているので100μm以下である。
【0025】
本態様の粒子集合体は、筒状体の内部空間の全てを充填してもよいし、一部のみ(例えば、筒状体の高さの2/3程度まで)を充填していてもよい。
一例である
図1の粒子集合体Gは、筒状体2の内部空間を全て充填しており、筒状体2の他方の開口部7の高さ位置で擦り切りされている。
【0026】
<培養液>
本態様の培養皿の底部と側壁部に囲まれた領域(ウェル)には培養液を保持することができる。培養液(培地)は、ウェル内に配置された筒状体の側面部の貫通孔を通して筒状体の内外を自由に拡散できることが好ましい。ウェルに保持された培養液の分量は特に制限されない。筒状体の他方の開口部の高さを基準として、培養液の液面は、前記基準より高くてもよいし、同じでもよいし、低くてもよい。筒状体内の粒子集合体の全体が培養液に浸っていると、粒子集合体の全体の流動性が高まり、細胞塊の配置(特に細胞塊を粒子集合体に挿入すること)が容易なるので好ましい。つまり、培養液の液面は前記基準と同じであるか、前記基準よりも高いことが好ましい。
図2に、培養液Mの液面が前記基準と同じである場合を例示する。
培養液の種類は特に制限されず、細胞塊の培養に適した公知の培養液を使用すればよい。
【0027】
本態様の培養器にあっては、ウェルに注入した培養液が筒状体の側面部の一部又は全部を包囲するので、筒状体及び内部の粒子集合体を安定に保つことができる。培養器をインキュベーターに出し入れする等の振動により、培養液は波立ったり、対流したりするが、筒状体の側面部が防波堤の役割を果たすので、筒状体の内部の粒子集合体は安定に保たれる。また、培養器に加えられた振動エネルギーは、培養液が制振材の役割を果たし、培養液に吸収される。仮に、筒状体を備えず、ウェルの全体に粒子集合体を充填し、培養液に浸らせた場合、培養器に加えられた振動が粒子集合体を揺らし、粒子集合体内に配置した細胞塊の配置がずれるので、目的の細胞構造体が得難い。
【0028】
≪細胞構造体の製造方法≫
本発明の第二態様は、第一態様の培養器を用いた細胞構造体の製造方法である。この実施形態例を、
図3を参照して説明する。
図3では、
図2の培養器10における粒子集合体Gのみを示してあり、培養皿1、筒状体2及び培養液M等の他の部材は説明の便宜上図示しない。また、
図3では、筒状体2に充填された粒子集合体Gの深さ方向(Z方向)の断面の一部を拡大して模式的に示している。
【0029】
図3(a)は、ノズルNの先端に保持した細胞塊Sを下方の粒子集合体Gの表面に向けて下ろし、挿入する直前の様子を示す模式図である。
図3(b)は、粒子集合体Gの中を、所望の位置まで細胞塊Sを運ぶ様子を示す模式図である。
図3(c)は、所望の位置に配置した細胞塊Sを粒子集合体Gに保持させた状態で、ノズルNの先端を細胞塊Sから離して、粒子集合体Gから引き上げる様子を示す模式図である。
【0030】
さらに、
図3と同様にして上方から別の細胞塊S’を挿入し(不図示)、別の細胞塊S’を先に配置した細胞塊Sに接触するか若しくはその近傍の位置に配置する。このような処理を含む操作を任意の回数で繰り返すことによって、2つ以上の細胞塊が互いに隣接する細胞塊群が粒子集合体Gによって支持された状態で得られる。
【0031】
例えば、
図4に示すように、27個の細胞塊Sが縦×横×高さ=3個×3個×3個で互いに隣接するように積層した細胞塊群を、粒子集合体G(
図4では不図示)に支持された状態で得ることができる。また、図示しないが、多数の細胞塊Sが円筒形状に配置された細胞塊群(特許文献3参照)等のように任意の形状で配置された細胞塊群を得ることができる。また、細胞塊群の配置は縦×横×高さの3次元に限られず、縦×横の2次元の配置や、一列に整列させた1次元であってもよい。
【0032】
隣接する細胞塊同士は接触していることが好ましいが、接触していなくても互いに近傍に位置していれば、後の培養期間中に細胞塊同士の界面にある細胞の移動・分裂・成長等により、細胞塊同士が接触して接着することができる。この接着を容易にする観点から、細胞塊同士を近傍に配置したとき、細胞塊同士が最も近接している箇所の離間距離は100μm以下が好ましく、50μm以下がより好ましく、10μm以下がさらに好ましい。
【0033】
以上の処理では、細胞塊を粒子集合体に1つずつ順に挿入する処理を説明したが、本態様の製造方法はこれに限定されず、複数の細胞塊を同時並行的に粒子集合体に挿入してもよい。複数のノズルを同時並行的に操作することにより、粒子集合体中における細胞塊の配置を高速化することができる。
【0034】
粒子集合体中に支持された所望の細胞塊群を得た後、培養期間を置くと、細胞塊に含まれる細胞が移動したり、分裂したり、成長したり等の活動が起こる。この活動により、互いに隣接する細胞塊の界面における細胞が混ざったり接着したりする。故に、培養期間中に細胞塊群を構成する細胞塊の少なくとも一部同士を接着させることできる。この結果、細胞塊の2つ以上が互いに接着した細胞構造体を形成することができる。
細胞塊群を構成する各細胞塊の上記活動が充分になされれば、細胞塊群を構成する各細胞塊の殆ど全てが接着し、細胞塊群の形態(細胞塊群における細胞塊の配置)が反映された細胞構造体が得られる。
【0035】
粒子集合体中の細胞塊群を培養する方法は特に制限されず、細胞塊を構成する細胞の培養方法と同様とすることができる。筒状体の側面部には培養液が流通可能な貫通孔が形成されているので、筒状体の外部の新鮮な培養液が拡散によって自然に流入する。また、栄養が細胞塊群によって吸収された古い培養液は拡散によって筒状体の外部へ自然に流出する。この際、培養液は粒子集合体を構成する粒子同士の間隙を容易に拡散できるので、細胞塊群に対して新鮮な培養液が容易に供給される。
【0036】
培養期間としては、培養条件や細胞塊の種類にもよるが、例えば6時間~240時間の範囲を目安とすることができる。培養時間が短いと細胞塊同士の接着が充分になされず、培養時間が長いと細胞構造体の形態が細胞塊群の配置(設計)からずれて変形する傾向が顕著になる。
【0037】
本態様で使用する細胞塊の種類はとくに制限されず、例えば公知の細胞によって形成されたスフェロイドが挙げられる。本態様で使用する細胞塊の種類は1種類でもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
細胞塊の大きさとしては、例えば100μm~1000μmが挙げられる。スフェロイドの典型的な大きさは300μm~600μmである。
【0038】
常法により準備した細胞塊を粒子集合体の上方に運搬し、粒子集合体の中へ挿入し、粒子集合体中の任意の位置に配置し、その位置で細胞塊を離す方法としては、特許文献1~3に記載されたような吸引機能を有するノズルを用いて
図3のように実施する方法が、高精度で細胞塊を配置できるので好ましいが、他の方法であってもよい。
他の方法としては、例えば、細胞塊よりも大きな内径のノズルを粒子集合体に差し込み、ノズルの先端を所望の位置に配置し、そこでノズルの内部を通して、ノズルの先端から細胞塊を放出する方法が挙げられる。この方法によれば、ノズルを粒子集合体から引き上げることなく、ノズルの先端から連続的に細胞塊を順次放出できるので、配置処理を高速化できる。なお、細胞塊をノズル内部から放出する方法としては、細胞塊と共に緩衝液等の流体をノズルの基部側から供給し、ノズル先端から流体と細胞塊を同時に放出する方法が挙げられる。
【0039】
細胞塊群が培養期間中に成熟して細胞構造体を形成する経過は、例えば
図5に示すように顕微鏡やカメラを用いて、培養器10の下方から底面3aを通して観察したり、培養器10の上方から観察したり、培養器10の側壁部4を通して観察したりすることができる。
【0040】
上記の培養期間を経て2つ以上の細胞塊同士が接着(融合)した目的の細胞構造体を粒子集合体から取り出す方法としては、損傷を与えずに細胞構造体を容易に取り出せることから次の方法が好ましい。すなわち、培養器の筒状体を培養皿の底面から取り外し、筒状体に保持されていた粒子集合体を培養液中で離散させ、粒子集合体の中に保持されていた細胞構造体を取り出す方法が好ましい。例えば
図6(a)に示すように、筒状体2を上方に持ち上げて下地層8による固定を解除し、培養皿1の外へ取り外すことができる。この結果、
図6(b)に示すように、筒状体2に保持されていた粒子集合体Gが崩れて、粒子を培養液M中に分散させることが容易であり、ダメージを与えることなく細胞構造体Zを培養液M中に穏やかに回収することができる。
【0041】
以上の方法により、目的の細胞構造体を製造することができる。
上述の第二態様は細胞塊を組み立てた細胞塊群を培養して細胞構造体を製造する方法であるが、本態様の変形例として次の第三態様の培養方法が挙げられる。
【0042】
≪培養方法≫
本発明の第三態様は、第一態様の培養器を用いた細胞塊又は細胞構造体の培養方法である。すなわち、本態様は、培養液を注いだ前述の培養器を準備し、前記培養器が有する前記筒状体内の前記粒子集合体に対して、上方から1つ以上の細胞塊又は細胞構造体を挿入し、前記細胞塊又は前記細胞構造体が前記粒子集合体に支持された状態で前記細胞塊又は前記細胞構造体を前記筒状体内の所望の位置に配置して培養することを有する、培養方法である。
【0043】
本態様にあっては、粒子集合体に挿入する対象が細胞塊に限られず、第二態様で得られるような細胞構造体(細胞塊よりも大きな集合体)を培養対象とすることができる。また、挿入する対象の個数は1つ以上であればよく、例えば、一つの細胞塊を挿入して培養してもよい。また、複数の細胞塊を挿入する場合であっても、個々の細胞塊同士は必ずしも接触したり近傍に位置したりしていなくてもよく、例えば5mm以上の離間距離をとって個別に培養してもよい。
【0044】
本態様によれば、挿入した細胞塊や細胞構造体を粒子集合体に支持された状態で培養することができる。粒子集合体に支持された状態は、培養プレートの表面に接着させた状態や、培養液中に浮遊させた状態と異なり、生体内により近い状態といえる。
【0045】
上述の他は、第二態様を参照して常法により所望の細胞塊又は細胞構造体を培養することができる。
【実施例0046】
[実施例1]
(1)クラッシュゲルの作製
ゲランガム(ナカライテスク社製12389-96)が0.15wt/v%で含まれるPBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)溶液をオートクレーブ(121℃、20分)にかけて滅菌処理し、室温に戻した後で更に4℃で保管し、ゲランガムのヒドロゲルを得た。
ホモジナイザー(アズワン社製、ローター・ステーター方式)を用い、上記ヒドロゲルを粉砕した。具体的には、まず5000rpm、3分で粉砕し、次に10000rpm、3分で粉砕した後、抗生物質(種類:ペニシリン-ストレプトマイシン-アムホテリシンB)を有効濃度で加え、更に15000rpmで、均一な気泡が形成される(粉砕の程度が頭打ちになる)状態になるまで(3分)粉砕した。
上記の粉砕処理を経たヒドロゲルを遠心分離処理(4000×g、2分)し、上澄み液を除去することにより、目的のクラッシュゲルを得た。
【0047】
(2)金属製メッシュ筒の作製
幅5mm、長さ38mmの帯状のステンレスメッシュ(ポアサイズ:75μm)を準備し、帯の長さ方向の両端を重ねてホッチキス止めすることにより、上下両方が開口した円筒形の金属製メッシュ筒(φ12mm、高さ5mm、容積約600μL)を得た。
【0048】
(3)培養器の作製
ゲランガムが0.5wt/v%で含まれるPBSをオートクレーブで滅菌処理した溶液を、φ35mmのシャーレの下皿(ディッシュ)に少量注ぎ、冷却することにより、ディッシュの底面にヒドロゲルからなる平坦な厚さ約1mmの下地層を形成した。
次に、上記で得た金属製メッシュ筒の一方の開口部を、ディッシュの中央で下地層に押し付けて、容易に動かないように設置し、他方の開口部を上方に開口した状態とした。この開口部からメッシュ筒の内部に、上記で得たクラッシュゲル600μLを注いで充填した後、ディッシュの全体に細胞培養液を注ぎ、メッシュ筒の外部及び内部が細胞培養液に浸り、その液面がメッシュ筒の上端と面一になるようにした。37℃で1時間静置した後、ディッシュ内の細胞培養液を吸引し、新しい細胞培養液を同量注ぐことにより、ディッシュ内の細胞培養液を新鮮な状態にして(
図2参照)、後述する細胞積み上げ工程に供する培養器を得た。
【0049】
(4)スフェロイドの作製
常法により培養したヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)を含む細胞懸濁液を準備し、U底の96ウェルプレートに対して、25000cells/ウェルで播種し、CO2インキュベーターにて48時間培養することにより、各ウェル内に直径約500μmの1つのスフェロイドを得た。
【0050】
(5)細胞積み上げ工程
上記で作製した培養器のメッシュ筒内のクラッシュゲルの中心付近に、縦(X方向)×横(Y方向)×高さ(Z方向)=2個×2個×2個で合計8個のスフェロイドが互いに接触した状態で配置した。この際、特許文献2に開示されているような吸引ノズルを使用し、96ウェルプレートから1つずつスフェロイドを取り出し、吸引ノズルの先端に保持したスフェロイドを下方のクラッシュゲルへ挿入し、所定の位置でスフェロイドを離し(保持を解除し)、吸引ノズルをクラッシュゲルから引き上げる、という操作を繰り返した。
【0051】
(6)融合工程
培養器のクラッシュゲルの中に配置したスフェロイド群を、CO
2インキュベーター内で120時間培養し、スフェロイド同士が融合した細胞構造体を得た。この培養期間中、所定時間毎に顕微鏡及びカメラを用いて観察した。その結果を
図7に示す。
ここで、培養操作及び観察操作に際して、培養器をCO
2インキュベーターから出し入れするときに、ディッシュ内の細胞培養液が対流したが、メッシュ筒内のクラッシュゲル内に保持されたスフェロイド群(又は細胞構造体)は、その対流に巻き込まれることなく安定に保持されていた。このように培養器の移動に伴う外乱を受けた場合にもスフェロイド群が安定に保持されることは、他の実施例でも同様であった。
【0052】
(7)評価
図7に示す通り、8個のスフェロイドは所定の位置に積み上げた状態で安定に維持され、培養期間中に徐々に融合し、目的の細胞構造体が得られた。
また、メッシュ筒を上方に引き上げると、クラッシュゲルが円筒形を維持せずに崩れて、ディッシュ内の細胞培養液中に分散可能な状態となった。このように穏やかに分散したクラッシュゲルの中から、目的の細胞構造体を取り出すことは極めて容易であった。このように細胞構造体の取り出しが容易であることは、他の実施例でも同様であった。
【0053】
[実施例2]
クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度を0.20wt/v%に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
その結果、実施例1と同様に、8個のスフェロイドは所定の位置に積み上げた状態で安定に維持され、培養期間中に徐々に融合し、目的の細胞構造体が得られた。
【0054】
[実施例3]
クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度を0.10wt/v%に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
その結果、培養期間中にスフェロイド同士の融合は徐々に進行したが、実施例1~2と比べて、スフェロイド群の一部に間隙が見られ、融合の程度が緩く、融合の速度が遅い傾向がみられた。培養期間の終期には、目的の細胞構造体は一応得られた。
この結果から、0.10wt/v%のゲランガム濃度は、これよりも高濃度の場合と比べて、スフェロイドの位置保持力が弱いことが分かった。
【0055】
[実施例4]
クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度を0.40wt/v%に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
その結果、実施例1と同様に、8個のスフェロイドは所定の位置に積み上げた状態で安定に維持され、培養期間中に徐々に融合し、目的の細胞構造体が得られた。
【0056】
[実施例5]
クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度を0.60wt/v%に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
その結果、縦(X方向)×横(Y方向)×高さ(Z方向)=2個×2個×2個で合計8個のスフェロイドが互いに接触した状態で配置した初期段階で、スフェロイド同士の間の一部に間隙が存在し、これを埋めることができなかった。つまり、スフェロイドの位置を大まかに配置することはできたが、精密に配置することが実施例1~2,4と比べて困難であった。このため、培養期間中にスフェロイド同士の融合は徐々に進行したが、実施例1~2,4と比べて、スフェロイド群の一部に間隙が見られ、融合しないスフェロイドが存在する場合があった。この結果をまとめると、培養期間の終期には、目的の細胞構造体は一応得られたが、作製前に描いた設計図と比べて変形した部分があった。
【0057】
[実施例6]
クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度を0.80wt/v%に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
その結果、実施例5と同様に、培養期間の終期には、目的の細胞構造体は一応得られたが、作製前に描いた設計図と比べて変形した部分があり、この変形は実施例5の場合と比べて大きかった。
【0058】
[実施例7]
クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度を1.00wt/v%に変更した以外は、実施例1と同様に行った。
その結果、実施例5~6と同様に、培養期間の終期には、目的の細胞構造体は一応得られたが、作製前に描いた設計図と比べて変形した部分があり、この変形は実施例6の場合と比べてさらに大きかった。
【0059】
[比較例1]
培養器のメッシュ筒の中にクラッシュゲルを充填せず、単なる細胞培養液を充填したこと以外は、実施例1と同様に試験した。
その結果、細胞培養液はスフェロイドの位置を保持することはできないので、当然ながら、メッシュ筒内において8個のスフェロイドを所定の位置に積み上げることはできず、目的の細胞構造体は得られなかった。
【0060】
[比較例2]
実施例1の方法を変形して、クラッシュゲルに代えて粉砕する前のヒドロゲルの中に、複数のスフェロイドを配置することを試みた。しかし、ヒドロゲルの中に吸引ノズルを挿入して動かすと、動かした軌跡がヒドロゲルの中に轍として残る問題が生じた。この轍は時間が経過しても消えず、この轍が吸引ノズルの先端にあるスフェロイドに当たるので、複数のスフェロイドを任意の位置に配置して積み上げることができなかった。
【0061】
<実施例1~7の総合評価>
以上の結果から、クラッシュゲルを作製するためのゲランガムPBS溶液に含まれるゲランガム濃度は、0.05~1.00wt/v%が好ましく、0.10~0.60wt/v%がより好ましく、0.15~0.55wt/v%がさらに好ましいことが理解される。
何れの実施例においても、細胞構造体をクラッシュゲル中から取り出す際に、細胞構造体に損傷が及ぶことはなかった。また、引用文献1~3に開示されたような剣山状の支持体を用いていないので、得られた細胞構造体において針状体が貫通したことによる損傷や貫通孔は存在せず、得られた細胞構造体を回復させるための後培養工程は要さず、直ぐに目的の用途に使用することができる状態であった。
【0062】
[実施例8]
(8)がんスフェロイドの作製
常法により培養したヒト乳がん細胞株(MCF-7、GFP発現型)と、上記のヒト皮膚線維芽細胞とを1:9の細胞数の比で混合した細胞群を含む細胞懸濁液を準備し、U底の96ウェルプレートに対して、15000cells/ウェルで播種し、CO2インキュベーターにて48時間培養することにより、各ウェル内に直径約500μmの1つのがんスフェロイドを得た。
【0063】
(9)細胞配置工程
実施例1と同様にして作製した培養器のメッシュ筒内のクラッシュゲル(ゲランガム濃度:0.15wt/v%)の中心付近に、縦(X方向)×横(Y方向)=3個×3個で合計9個のスフェロイドが互いに接触した状態で配置した。この際、実施例1と同様に吸引ノズルを用いてスフェロイドを配置した。また、9個のスフェロイドのうち、中央の1個はがんスフェロイドとし、これを取り囲む8個のスフェロイドは上記(4)で作製した正常細胞からなるスフェロイドとした。
【0064】
(10)融合工程
培養器のクラッシュゲルの中に配置したスフェロイド群を、CO
2インキュベーター内で120時間培養し、スフェロイド同士が融合した細胞構造体を得た。この培養期間中、所定時間毎に蛍光顕微鏡及びカメラを用いて観察した。その結果を
図8に示す。また、参考のために、正常細胞からなるスフェロイドのみを同様に9個配置した場合の結果も
図8に併せて示す。
【0065】
(11)評価
図8に示す通り、9個のスフェロイドは所定の位置に整列した状態で安定に維持され、培養期間中に徐々に融合し、目的の細胞構造体(モデル腫瘍三次元組織)が得られた。
培養時間が経過するとともに、がん細胞スフェロイドの蛍光が正常細胞の方へ浸潤していく様子も観察された。
また、メッシュ筒を上方に引き上げると、クラッシュゲルが円筒形を維持せずに崩れて、ディッシュ内の細胞培養液中に分散可能な状態となった。このように穏やかに分散したクラッシュゲルの中から、目的の細胞構造体を取り出すことは極めて容易であった。
【0066】
以上で説明した実施形態は本発明の一例であって、本発明はこれらだけに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
1…培養皿、2…筒状体、3…底部、3a…底面、4…側壁部、5…側面部、6…一方の開口部、7…他方の開口部、8…下地層、10…培養器、G…粒子集合体、M…培養液、S…細胞塊、N…ノズル、L…顕微鏡の対物レンズ、C…カメラ、Z…細胞構造体